32年ぶりの円安(1)―低金利と巨額の財政赤字―
最近の日本経済に関する話題といえば、円安とそれによる物価の上昇です。
今年の9月22日に対ドル円相場が146円になった時、日銀は10年ぶりに円買いドル売り
の、いわゆる為替介入に踏み切りました。この時使ったドルは2.8兆円でした。
今年の年初では1ドル110円から115円の間であったことを考えれば、146円というレ
ートは円安が大きく進んだことがわかります。
しかし、事前に予想されたように、為替介入一時的に140円まで円高に向かったものの、間
もなくその効果は消失し、じりじりと円安が進行しました。
そして10月20日、日本円の対ドル為替レートはついに、32年ぶりに1ドル150円を超
えてしまいました。
政府はこれに対して直ちに円買い・ドリ売りの介入に踏み切ったようです。ここで「ようです」
というのは、政府は介入のタイミングや規模(金額)を公表することなくひそかに介入する、
いわゆる「覆面介入」の手法を採ったからです。
今回も円相場は突然、5円ほど円高に進みましたたが、25日現在、148~149円、ほぼ
介入前の水準に戻ってしまいつつあります。
こうした円安の背景として、日米の金利差が挙げられます。すなわち、アメリカの年初の政策
金利(国債などの公的金利)は1%であったのに、現在は4.5%にまで上昇しています。
これにたいして日本は超低金利、あるいは実質ゼロ金利政策をとっています。日米の金利差が
これほど大きく開いてしまうと、円で保有しているより、ドルで運用した方がはるかに利益が
あるため、金融機関やヘッジファンドなどの投資機関、個人投資家は円を売ってドルに換金し
ようとします。
たとえば、最も単純な運用で、アメリカの政府債を100億円分購入すれば、1年後には利子
が4憶5千万円ついてきます。しかし、日本では国債を買っても、受け取る利子はごくわずか
か、ほぼゼロです。
こうして、円を売りドルを買う動きが活発となり、円安はますます進んでしまいます。
円安の理由を記者に問われた鈴木財務大臣は、政府は「投機筋と厳しく対峙している」と答
えていました。
つまり、ヘッジファンドのような、巨額のお金を動かす金融界のギャンブラーによる円の売
買が主要因で、政府は彼らと厳しい戦いをおこなっている、と説明していました。
しかし、これは政府の苦しい言い訳で、そのまま信じることはできません。というのも、円
を売りドルを買っているのは、ヘッジファンドだけではありません。
日本は、食料の60%以上を輸入し、エネルギー(石油、ガスなど)の大部分、多くの製造
業の原材料を輸入に依存しています。
これらを輸入にはドル払いが原則ですから、輸入業者(企業)はどうしても円を売ってドル
を買わなければなりません。
とりわけ、今年のウクライナ戦争、コロナ禍での物流の停滞、欧米諸国のインフレなどで輸
入品価格が高騰したので、これら主要輸出品を輸入するだけでも以前より多くの円を売りド
ルを買わなければなりません。
ただし、実はウクライナ戦争をはじめとする上記の特殊事情が影響する以前の2010年以
降には貿易収支(輸出と輸入の差額)はほぼ赤字(輸入超過)です。
そこに、特殊事情が加わったので、輸入超過がさらに膨らみました。例えば今年の7月一か
月だけで、2兆2500億円ほどの輸入超過(赤字)です。
つまり、大幅な円安に世界的な物価上昇が加わったのです。こうして、円安により日本の富
は流出していることになります。
では、かつて「輸出立国」とまで言われた日本がなぜ、輸入立国となってしまったのでしょ
うか?
一言でいえば、日本経済がほかの国と比べて輸出品の競争力を失って弱体化したからです。
これについては、さらに詳しい説明が必要なので、別の機会に譲りたいと思います。
次に、現在の円安が日米の金利差にあることは確かですが、問題は、なぜアメリカや多くの
ヨーロッパ諸国は金利を上げることができるのに、日本は金利を上げることができないので
しょうか?
これは、10年に及ぶ「アベノミクス」結果でもあります。この政策の中の「異次元の金融
緩和」政策により、国は巨額の国債を発行し(つまり借金して)市中への貨幣供給量を増や
してきました。
もし、好景気で経済が拡大しつつあり、それに見合った貨幣需要があれば問題はありません
が、「失われた30年」ともいわれる日本経済の長期低迷状況においてはただ貨幣の供給量
をふやすことは、円の価値の下落、したがって円安をもたらします。
「アベノミクス」ではこうした借金によって市中への貨幣供給量を増やすことによって景気
を刺激すると同時に、円安を誘導して日本の製品(特に自動車)を相対的に安くし、それを
梃子に輸出を伸ばそうとしました。
しかし、すでにみたように、輸出も多少は増えましたが、原材料の高騰や円安によって輸入
の増加の方が大きく、ここ10年ほどは輸入超過となってしまっています。
それにもかかわらず日銀の黒田総裁は直近の会見で、これからも金融緩和を続けてゆく、と
明言しています。これは、国内外の投資家からすると、日本はさらに円安を進めるという明
確なサインと映るでしょう。
安倍元首相の主導のもとに始められた「アベノミクス」では「異次元の金融緩和」政策の下、
毎年巨額の国債を発行して市中への貨幣供給量を増やしてきました。
必要な政策資金の20%超を国債によって賄ってきました。その方法は、国が国債を発行し、
それを日銀が制限なく引き受け、その金額を市中に流す、言い換えると紙幣を輪転機にかけ
て大増刷してきたのです。
このため、現在国の国の借金(国債+借入金+政府短期証券)の債務残高は1255兆19
32億円(うち、国債は1026兆円)、GDPの2.5倍に相当する借金財政となってい
ます。
このような財政状態で、もし国債の金利を1%上げると、元金の返済(毎年30兆円ほど)
に加えて、利払いの増加分だけで毎年計算上は毎年12兆600億円となり、国債の利払い
増加分は10兆2600億円となってしまいます。
このため、欧米諸国のように日本は金利を上げることはできず、ゼロ金利に近い日本との金
利差が拡大し続けています。その結果、円を売ってドルを買う円安への動きが止まらないの
が現状です。
なお日銀は本来独立した機関であるはずですが、かつて安倍氏が「日銀は政府の子会社」と
はばかることなく言ったように、自公政権の下では事実上政府の指示で動いています。
ところが、円安に関して政府と日銀はまったく逆の動きをしています。一方で政府(財務相)
は円高を誘導するために円買い介入をしているのに、他方で日銀の黒田総裁は「金融緩和」
を続ける、つまり円安を誘導する政策を維持すると公言しています。
こうした基本的な矛盾があるにもかかわらず、平然と経済運営を行っている実態に岸田自公
政権の一貫性のなさ、いい加減さが如実に表れています。
今回は、最近の円安を、金利と巨額の財政赤字という観点から検討しましたが、次回は、も
っと本質的な、日本経済の弱体化という面から考えてみたいと思います。
最近の日本経済に関する話題といえば、円安とそれによる物価の上昇です。
今年の9月22日に対ドル円相場が146円になった時、日銀は10年ぶりに円買いドル売り
の、いわゆる為替介入に踏み切りました。この時使ったドルは2.8兆円でした。
今年の年初では1ドル110円から115円の間であったことを考えれば、146円というレ
ートは円安が大きく進んだことがわかります。
しかし、事前に予想されたように、為替介入一時的に140円まで円高に向かったものの、間
もなくその効果は消失し、じりじりと円安が進行しました。
そして10月20日、日本円の対ドル為替レートはついに、32年ぶりに1ドル150円を超
えてしまいました。
政府はこれに対して直ちに円買い・ドリ売りの介入に踏み切ったようです。ここで「ようです」
というのは、政府は介入のタイミングや規模(金額)を公表することなくひそかに介入する、
いわゆる「覆面介入」の手法を採ったからです。
今回も円相場は突然、5円ほど円高に進みましたたが、25日現在、148~149円、ほぼ
介入前の水準に戻ってしまいつつあります。
こうした円安の背景として、日米の金利差が挙げられます。すなわち、アメリカの年初の政策
金利(国債などの公的金利)は1%であったのに、現在は4.5%にまで上昇しています。
これにたいして日本は超低金利、あるいは実質ゼロ金利政策をとっています。日米の金利差が
これほど大きく開いてしまうと、円で保有しているより、ドルで運用した方がはるかに利益が
あるため、金融機関やヘッジファンドなどの投資機関、個人投資家は円を売ってドルに換金し
ようとします。
たとえば、最も単純な運用で、アメリカの政府債を100億円分購入すれば、1年後には利子
が4憶5千万円ついてきます。しかし、日本では国債を買っても、受け取る利子はごくわずか
か、ほぼゼロです。
こうして、円を売りドルを買う動きが活発となり、円安はますます進んでしまいます。
円安の理由を記者に問われた鈴木財務大臣は、政府は「投機筋と厳しく対峙している」と答
えていました。
つまり、ヘッジファンドのような、巨額のお金を動かす金融界のギャンブラーによる円の売
買が主要因で、政府は彼らと厳しい戦いをおこなっている、と説明していました。
しかし、これは政府の苦しい言い訳で、そのまま信じることはできません。というのも、円
を売りドルを買っているのは、ヘッジファンドだけではありません。
日本は、食料の60%以上を輸入し、エネルギー(石油、ガスなど)の大部分、多くの製造
業の原材料を輸入に依存しています。
これらを輸入にはドル払いが原則ですから、輸入業者(企業)はどうしても円を売ってドル
を買わなければなりません。
とりわけ、今年のウクライナ戦争、コロナ禍での物流の停滞、欧米諸国のインフレなどで輸
入品価格が高騰したので、これら主要輸出品を輸入するだけでも以前より多くの円を売りド
ルを買わなければなりません。
ただし、実はウクライナ戦争をはじめとする上記の特殊事情が影響する以前の2010年以
降には貿易収支(輸出と輸入の差額)はほぼ赤字(輸入超過)です。
そこに、特殊事情が加わったので、輸入超過がさらに膨らみました。例えば今年の7月一か
月だけで、2兆2500億円ほどの輸入超過(赤字)です。
つまり、大幅な円安に世界的な物価上昇が加わったのです。こうして、円安により日本の富
は流出していることになります。
では、かつて「輸出立国」とまで言われた日本がなぜ、輸入立国となってしまったのでしょ
うか?
一言でいえば、日本経済がほかの国と比べて輸出品の競争力を失って弱体化したからです。
これについては、さらに詳しい説明が必要なので、別の機会に譲りたいと思います。
次に、現在の円安が日米の金利差にあることは確かですが、問題は、なぜアメリカや多くの
ヨーロッパ諸国は金利を上げることができるのに、日本は金利を上げることができないので
しょうか?
これは、10年に及ぶ「アベノミクス」結果でもあります。この政策の中の「異次元の金融
緩和」政策により、国は巨額の国債を発行し(つまり借金して)市中への貨幣供給量を増や
してきました。
もし、好景気で経済が拡大しつつあり、それに見合った貨幣需要があれば問題はありません
が、「失われた30年」ともいわれる日本経済の長期低迷状況においてはただ貨幣の供給量
をふやすことは、円の価値の下落、したがって円安をもたらします。
「アベノミクス」ではこうした借金によって市中への貨幣供給量を増やすことによって景気
を刺激すると同時に、円安を誘導して日本の製品(特に自動車)を相対的に安くし、それを
梃子に輸出を伸ばそうとしました。
しかし、すでにみたように、輸出も多少は増えましたが、原材料の高騰や円安によって輸入
の増加の方が大きく、ここ10年ほどは輸入超過となってしまっています。
それにもかかわらず日銀の黒田総裁は直近の会見で、これからも金融緩和を続けてゆく、と
明言しています。これは、国内外の投資家からすると、日本はさらに円安を進めるという明
確なサインと映るでしょう。
安倍元首相の主導のもとに始められた「アベノミクス」では「異次元の金融緩和」政策の下、
毎年巨額の国債を発行して市中への貨幣供給量を増やしてきました。
必要な政策資金の20%超を国債によって賄ってきました。その方法は、国が国債を発行し、
それを日銀が制限なく引き受け、その金額を市中に流す、言い換えると紙幣を輪転機にかけ
て大増刷してきたのです。
このため、現在国の国の借金(国債+借入金+政府短期証券)の債務残高は1255兆19
32億円(うち、国債は1026兆円)、GDPの2.5倍に相当する借金財政となってい
ます。
このような財政状態で、もし国債の金利を1%上げると、元金の返済(毎年30兆円ほど)
に加えて、利払いの増加分だけで毎年計算上は毎年12兆600億円となり、国債の利払い
増加分は10兆2600億円となってしまいます。
このため、欧米諸国のように日本は金利を上げることはできず、ゼロ金利に近い日本との金
利差が拡大し続けています。その結果、円を売ってドルを買う円安への動きが止まらないの
が現状です。
なお日銀は本来独立した機関であるはずですが、かつて安倍氏が「日銀は政府の子会社」と
はばかることなく言ったように、自公政権の下では事実上政府の指示で動いています。
ところが、円安に関して政府と日銀はまったく逆の動きをしています。一方で政府(財務相)
は円高を誘導するために円買い介入をしているのに、他方で日銀の黒田総裁は「金融緩和」
を続ける、つまり円安を誘導する政策を維持すると公言しています。
こうした基本的な矛盾があるにもかかわらず、平然と経済運営を行っている実態に岸田自公
政権の一貫性のなさ、いい加減さが如実に表れています。
今回は、最近の円安を、金利と巨額の財政赤字という観点から検討しましたが、次回は、も
っと本質的な、日本経済の弱体化という面から考えてみたいと思います。