大木昌の雑記帳

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32年ぶりの円安(1)―低金利と巨額の財政赤字―

2022-10-26 19:58:17 | 経済
32年ぶりの円安(1)―低金利と巨額の財政赤字―

最近の日本経済に関する話題といえば、円安とそれによる物価の上昇です。

今年の9月22日に対ドル円相場が146円になった時、日銀は10年ぶりに円買いドル売り
の、いわゆる為替介入に踏み切りました。この時使ったドルは2.8兆円でした。

今年の年初では1ドル110円から115円の間であったことを考えれば、146円というレ
ートは円安が大きく進んだことがわかります。

しかし、事前に予想されたように、為替介入一時的に140円まで円高に向かったものの、間
もなくその効果は消失し、じりじりと円安が進行しました。

そして10月20日、日本円の対ドル為替レートはついに、32年ぶりに1ドル150円を超
えてしまいました。

政府はこれに対して直ちに円買い・ドリ売りの介入に踏み切ったようです。ここで「ようです」
というのは、政府は介入のタイミングや規模(金額)を公表することなくひそかに介入する、
いわゆる「覆面介入」の手法を採ったからです。

今回も円相場は突然、5円ほど円高に進みましたたが、25日現在、148~149円、ほぼ
介入前の水準に戻ってしまいつつあります。

こうした円安の背景として、日米の金利差が挙げられます。すなわち、アメリカの年初の政策
金利(国債などの公的金利)は1%であったのに、現在は4.5%にまで上昇しています。

これにたいして日本は超低金利、あるいは実質ゼロ金利政策をとっています。日米の金利差が
これほど大きく開いてしまうと、円で保有しているより、ドルで運用した方がはるかに利益が
あるため、金融機関やヘッジファンドなどの投資機関、個人投資家は円を売ってドルに換金し
ようとします。

たとえば、最も単純な運用で、アメリカの政府債を100億円分購入すれば、1年後には利子
が4憶5千万円ついてきます。しかし、日本では国債を買っても、受け取る利子はごくわずか
か、ほぼゼロです。

こうして、円を売りドルを買う動きが活発となり、円安はますます進んでしまいます。

円安の理由を記者に問われた鈴木財務大臣は、政府は「投機筋と厳しく対峙している」と答
えていました。

つまり、ヘッジファンドのような、巨額のお金を動かす金融界のギャンブラーによる円の売
買が主要因で、政府は彼らと厳しい戦いをおこなっている、と説明していました。

しかし、これは政府の苦しい言い訳で、そのまま信じることはできません。というのも、円
を売りドルを買っているのは、ヘッジファンドだけではありません。

日本は、食料の60%以上を輸入し、エネルギー(石油、ガスなど)の大部分、多くの製造
業の原材料を輸入に依存しています。

これらを輸入にはドル払いが原則ですから、輸入業者(企業)はどうしても円を売ってドル
を買わなければなりません。

とりわけ、今年のウクライナ戦争、コロナ禍での物流の停滞、欧米諸国のインフレなどで輸
入品価格が高騰したので、これら主要輸出品を輸入するだけでも以前より多くの円を売りド
ルを買わなければなりません。

ただし、実はウクライナ戦争をはじめとする上記の特殊事情が影響する以前の2010年以
降には貿易収支(輸出と輸入の差額)はほぼ赤字(輸入超過)です。

そこに、特殊事情が加わったので、輸入超過がさらに膨らみました。例えば今年の7月一か
月だけで、2兆2500億円ほどの輸入超過(赤字)です。

つまり、大幅な円安に世界的な物価上昇が加わったのです。こうして、円安により日本の富
は流出していることになります。

では、かつて「輸出立国」とまで言われた日本がなぜ、輸入立国となってしまったのでしょ
うか?

一言でいえば、日本経済がほかの国と比べて輸出品の競争力を失って弱体化したからです。
これについては、さらに詳しい説明が必要なので、別の機会に譲りたいと思います。

次に、現在の円安が日米の金利差にあることは確かですが、問題は、なぜアメリカや多くの
ヨーロッパ諸国は金利を上げることができるのに、日本は金利を上げることができないので
しょうか?

これは、10年に及ぶ「アベノミクス」結果でもあります。この政策の中の「異次元の金融
緩和」政策により、国は巨額の国債を発行し(つまり借金して)市中への貨幣供給量を増や
してきました。

もし、好景気で経済が拡大しつつあり、それに見合った貨幣需要があれば問題はありません
が、「失われた30年」ともいわれる日本経済の長期低迷状況においてはただ貨幣の供給量
をふやすことは、円の価値の下落、したがって円安をもたらします。

「アベノミクス」ではこうした借金によって市中への貨幣供給量を増やすことによって景気
を刺激すると同時に、円安を誘導して日本の製品(特に自動車)を相対的に安くし、それを
梃子に輸出を伸ばそうとしました。

しかし、すでにみたように、輸出も多少は増えましたが、原材料の高騰や円安によって輸入
の増加の方が大きく、ここ10年ほどは輸入超過となってしまっています。

それにもかかわらず日銀の黒田総裁は直近の会見で、これからも金融緩和を続けてゆく、と
明言しています。これは、国内外の投資家からすると、日本はさらに円安を進めるという明
確なサインと映るでしょう。

安倍元首相の主導のもとに始められた「アベノミクス」では「異次元の金融緩和」政策の下、
毎年巨額の国債を発行して市中への貨幣供給量を増やしてきました。

必要な政策資金の20%超を国債によって賄ってきました。その方法は、国が国債を発行し、
それを日銀が制限なく引き受け、その金額を市中に流す、言い換えると紙幣を輪転機にかけ
て大増刷してきたのです。

このため、現在国の国の借金(国債+借入金+政府短期証券)の債務残高は1255兆19
32億円(うち、国債は1026兆円)、GDPの2.5倍に相当する借金財政となってい
ます。

このような財政状態で、もし国債の金利を1%上げると、元金の返済(毎年30兆円ほど)
に加えて、利払いの増加分だけで毎年計算上は毎年12兆600億円となり、国債の利払い
増加分は10兆2600億円となってしまいます。

このため、欧米諸国のように日本は金利を上げることはできず、ゼロ金利に近い日本との金
利差が拡大し続けています。その結果、円を売ってドルを買う円安への動きが止まらないの
が現状です。

なお日銀は本来独立した機関であるはずですが、かつて安倍氏が「日銀は政府の子会社」と
はばかることなく言ったように、自公政権の下では事実上政府の指示で動いています。

ところが、円安に関して政府と日銀はまったく逆の動きをしています。一方で政府(財務相)
は円高を誘導するために円買い介入をしているのに、他方で日銀の黒田総裁は「金融緩和」
を続ける、つまり円安を誘導する政策を維持すると公言しています。

こうした基本的な矛盾があるにもかかわらず、平然と経済運営を行っている実態に岸田自公
政権の一貫性のなさ、いい加減さが如実に表れています。

今回は、最近の円安を、金利と巨額の財政赤字という観点から検討しましたが、次回は、も
っと本質的な、日本経済の弱体化という面から考えてみたいと思います。






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本の紹介 鈴木宣弘『農業消滅―農政の失敗がまねく国家存亡の危機―』(3)―安全保障としての農業―

2022-10-17 15:37:36 | 本の紹介・書評
本の紹介 鈴木宣弘『農業消滅―農政の失敗がまねく国家存亡の危機―』(3)
―安全保障としての農業―

本書第五章は「安全保障としての国家戦略の欠如」です。

通常、「安全保障」といえば、軍事的な安全保障を指します。しかし鈴木氏は、農業・食料も軍事
とエネルギーに劣らず安全保障の一角を占めている、と主張しています。

たしかに、政府は「食糧安保」という言葉をたびたび口にしますが、それは掛け声だけで、本音は、
工業製品(とりわけ自動車)の輸出を優先し、食料は輸入すればよい、という考えです。

食料安保の実態も含めて、鈴木氏は日本の農業に関する虚構(「ウソ」とも表現しています)を三
つ挙げています。

ウソその①は、「日本の農業は過保護だ」という虚構です。過保護なら農家の所得はもっと増えて
いるはずです。逆に、アメリカは競争力があるから輸出国になっているのではありません。多い年
には穀物輸出の補助に1兆円も使っているからです。

アメリカやヨーロッパ諸国は、たとえコストは高くても自給は当然で、いかに増産をして世界をコ
ントロールするか、という徹底した食糧戦略で輸出国になっているのです。

日本は、コロナ禍をきっかけとして関税を撤廃したり、下げてきました。このため、農産物の自給
率は下がる一方です。

おまけに、日本は、コメについては、義務ではないのに毎年77万トンの輸入枠を消化しており、
アメリカとの密約で必ず枠を満たし、しかも「その約半分はアメリカから買うこと」を命令され
ています。

ウソその②は「政府が価格を決めて農産物を買い取る制度」というものです。これは、いわゆる農
産物の価格支持政策と呼ばれるもので、日本はこれを続けているといわれますが、欧米諸国は必要
な農産物に対する価格支持を維持するうえ、直接の補助金を支払い、したたかに自国の農業を死守
しています。

WTO(世界貿易機関)加盟国で、実際に価格支持政策を完全に放棄したのは日本だけです。この
意味で日本は加盟国一の「哀れな優等生」となっています。

ウソその③は、「農業所得は補助金漬けか」です。確かに、日本の農家は補助金を受け取っていま
すが、農業所得に占める割合は30%程度で、先進国でもっとも低いのです。

欧米はこの割合がはるかに高く、たとえばイギリス・フランスでは90%、スイスにいたってはほ
ぼ100%です。これは、どれだけ高くついても、命の元となる食料は自給すべきである、という
当たり前の考えに基づいています。

食料の自給率が38%(カロリーベース)という日本の場合、潜在的な農地も含めれば食料自給は
十分に可能なのに、現行制度では農業所得への補助金が少なく、所得も低いので担い手がいないこ
とが障害となっています。

鈴木氏は
    欧米では、命と環境と地域を守る産業を、国民全体で支えるのが当たり前 なのである。
    農業政策は農家保護政策ではない。国民の安全保障政策なのだという認識をいまこそ確立
    し、「戸別所得補償」型の政策を、例えば「食糧安保確立助成」のように、国民にわかり
    やすい名称で再構築すべきだろう。
と提案しています。ここで「戸別所得補償」とは、販売価格が生産コストより安かった場合、その
差を国が補償する制度です。

残念ながら、これまでの自公政権は、農業保護と食料確保が安全保障政策である、との認識はなく、
その方向で政策を進める意図はないようです。

これと並んで、鈴木氏が強く主張していることがあります。それは、食料の安全保障と関連して、
ここでは紹介しきれないくらい多くの問題で日本はアメリカに屈辱的に服従させられてきたこと
に対する憤りです。

農水省の幹部官僚として、アメリカと日本との交渉や国内の施策に直接間接にかかわってきた鈴
木氏は、日本がアメリカに煮え湯を飲まされてきた実態をつぶさに見てきた実感でしょう。

日本は何か独自にやろうとすると、「安保でアメリカに守ってもらっているから、アメリカには
逆らえない」と思考停止になってしまう、と鈴木氏は嘆きます。

これに対して鈴木氏は「アメリカが沖縄をはじめ日本に基地を置いているのは、日本を守るため
ではなくて有事には日本を戦場にして、そこで押しとどめて、アメリカ本土を守るためにあると
私は考えている」と、鋭い見解を述べています。私もまったく同感です。

アメリカに対しては弱腰なのに、アジア諸国にたいしては上から目線の態度で臨む日本の姿勢を、
アジアをリードする先進国としての自覚がない、と批判されるのを、鈴木氏は情けなく見てきた、
と語っています。

日本は、アメリカの言いなりになってしまった鬱憤と喪失の回復を、アジア諸国にぶつける「加
害者」になってしまっているのだという。

これでは日本は、アジア諸国やほかの途上国だけでなく、先進国といわれる国々からも尊敬され
ることはないでしょう。

鈴木氏はアジア諸国との共生が必要不可欠であり、そのためには互恵的なアジア共通の農業政策
を構築し、アジア全体での食料安全保障を確立しようと述べています。

終章は、第5章までの分析を踏まえて、それでは今後日本の農業と命と健康をどのように守って
ゆくべきかについて提言を挙げています。

政府は、規模を拡大してコストダウンすれば強い農業になるという方針を進めてきました。

しかし、規模を拡大するといっても、オーストラリアやアメリカの大規模農業には太刀打ちでき
ないことは明らかです。

そうではなくて、少々高いけれど品質が良い、安全・安心な食料を供給することこそが強い農業
につながってゆくカギになります。

消費者が海外から安い物が入ればいいという考えでは日本の農業は縮小するだけです。

輸入農産物が「安い、安い」といっているうちに、エストロゲンなどの成長ホルモン、乳牛への
成長促進のラクトマミン、遺伝子組み換え、除草剤の残留、イマザリルなどの防カビ剤と、リス
ク満載のものが日本に入ってきます。

これらを食べ続けて病気になる確率が高まれば、結局は高いものにつくのです。たとえば、安い
からと牛丼。豚丼、チーズが安くなったと食べ続けているうちに、気がついたら乳がん、前立腺
がんのリスクが何倍にも増えていた、ということになりかねないのです。

安全な食料を国内で確保するために鈴木氏が提案しているのは、生産者と消費者との強固なネッ
トワークをつくることです。

農家は、協同組合や共助組織に結集し、市民運動と連携して、自分たちこそが国民の命を守って
きたし、これからも守るという自覚と覚悟をもつことが大切になる。

鈴木氏はこの過程で農協と生協の協業化や合併も選択肢として考え、農協は生・準組合員の区別
を超えて、実態的に地域を支える人々の共同組合に近づいていくことを一つの方向として示唆し
ています。

私自身は、現在、完全無農薬・無施肥の自然農をおこなっている農家の生産物を消費者に宅配で
届ける手伝いをしています。これは鈴木氏も触れている、CSA(コミュニティー=消費者が支
える農業=消産提携)の考えに基づいています。

大がかりなシステム作りは一度にできませんが、まずは身の回りでできることを実行してゆくこ
とが大事だと思います。

政府は、イノベーション、AI、スマート技術を導入し、高齢化で人手不足だからAIで解決す
る、などの方向性を打ち出していますが、これは中小経営者や半農半Xなど多様な経営体の存在
を否定してしまいます。

最後に、鈴木氏が「付録」で、建前→本音の政治・行政用語の変換表の一部を紹介しておきます。

これらをみると、日本はアメリカの植民地のようななさけない印象を受けますが、誇張でも虚偽
でもなく、農水省官僚として長年実務を行ってきた鈴木氏の、実体験に基づく記述です。

国益を守る 自身の政治生命を守ること。アメリカの要求に忠実に従い、政権と結びつく企業の
              利益を守ること。国民の命や暮らしを犠牲にする。
自由貿易  アメリカや一部の企業が自由に儲けられる貿易。
自主的に  アメリカ(発のグローバル企業)の言うとおりに。
戦略的外交 アメリカに差し出す、食の安全基準の(ママ)緩和する順序を考えること。「対日年
      次改革要望書」やアメリカ在日商工会議所の意見などに着々と応じてていく(その窓口が規制改革推
      進会議)ことは決まっているので、その差し出していく順番を考えるのが外交戦略。
規制緩和  地域の既存事業者のビジネスとおカネを、一部企業が奪えるようにすること。地域
      の均衡ある発展のために長年かけて築いてきた公的・相互扶助的ルールや組織を壊す、ないしは改革
      すること。

鈴木氏が今後の日本の農業と日本人の健康にとりわけ危機感をかんじているのは、日本政府がグローバル種子・農
薬企業(鈴木氏はM社と記していますが、米モンサント社のこと)へ日本国民の命を差し出す便宜供与をしようと
していることです。

これにより、日本はゲノム編集食品の実験台にされようとしています。また種を握ったM社が種と農薬をセットで
買わせ、できた産物を全部買い取り販売するという形で農家を囲い込もうとしています。

こうした危機を跳ね返すには、消費者としてもただ、安いものだけを追い求めるのではなく、生産農家と互助的な
提携を進め安全な食料を確保することだと思います。


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本の紹介 鈴木宣弘『農業消滅―農政の失敗がまねく国家存亡の危機―』(2)―種は支配され危険な食料を食べさせられる―

2022-10-08 16:40:29 | 食と農
本の紹介 鈴木宣弘『農業消滅―農政の失敗がまねく国家存亡の危機―』(2)
―種は支配され危険な食料を食べさせられる―

前回は、日本農業の全般的危機を世界の食料生産事情と行き過ぎた自由主義・グローバリ
ゼーションという観点から、鈴木氏の見解を紹介しました。

今回は、もう少し具体的な問題を取り上げます。まずは第2章の「種を制するものは世界
を制す」というテーマから見てゆこう。

言うまでもなく、農業生産の要は種です。しかし、鈴木氏は、日本の種子がグローバル食
品企業や種子・農薬などの取引を世界的規模で展開する巨大多国籍企業によって支配され
つつあることに警告を発しています。

そして彼は、こうした巨大企業が、一方で種や農薬その他の生産資材材を高く売りつけ、
他方で農産物を農家から買い叩いて、「不当な」マージンを得ていることが問題だとして
います。

諸外国では農家、国民がグローバル企業による種の支配に反対し、大きな市民運動が起こ
っているのに、日本ではそれに逆行してグローバル企業の餌食になろうとしている、と警
告しています。

その端的な例が、種子をめぐる動きです。これまで、日本は優良品種を安く普及させるた
めに国が予算措置をしてきた根拠法が「種子法」でした。

しかし2017年、わずかな審議時間で安倍政権(当時)はこの法律を不意打ち的に廃止
してしまいました。

これを鈴木氏はこれを「亡国の種子法廃止」と呼んでいます。

少し補足しておくと、各県はその土地に合った品種を公的な資金を利用して開発・普及し
てきましたが、その根拠法がなくなり予算措置もなくなってしまいました。

この背後には、小泉政権以来、自公政権は農業における民営化を進めてきましたが、種子
法の廃止は、その一環です。

これにより種子の開発とその特許権(知的財産)を民間企業にゆだねることになりました。

種子の民営化がもたらす結果は日本の農業が、新たな種子会社が販売する種子に依存する
ことを意味します。

種子の開発は長期間かかり巨額の投資が必要です。このため、民営化されれば巨大企業の
手で行われることになります。企業はその開発費を取り戻し、利潤を拡大するために、種
子を高く農家に売りつけます。

たとえば、水稲種子の20キロ当たり売価格をみると、公的に開発された北海道の「きら
ら397号」は7100円、青森県「まっしぐら」は8100円なのにたいして、三井化
学アグロ(外国企業と提携)の「みつひかり」は80,000円、10倍以上もします。

また、9割を外国の圃場で生産されている民間の野菜の種子は、1951年から2018
年の67年間に17.2倍になっているのに、公的に開発されてきた主要穀物(米、麦、
豆)は2~5倍に抑制されています。

現在は、「みつひかり」のような企業が開発した米の割合は少ないが、これからはほかの
主要穀物に波及してゆくことは間違いありません。

種子法の廃止に続いて、とんでもない法律が新設されました。種子法の廃止により国・県
によるコメなどの種子の提供を止めさせ、その公共種子の知見を国内外の民間企業に譲渡
しなければならない、とする「農業競争力強化法」を導入し、さらに農家の自家増殖を制
限し、企業が払い下げとして取得した種子を毎年購入しなければならない法律(種苗法改
定)を制定しました(注1)。

ここで「海外を含む企業」とは、世界第一位の種子企業であるモンサント(米国。現在は
バイエルに吸収合併された)、2位のコルテバ・アグリサイエンス(米国)、3のスイス
のシンジェンタ(スイス)などである。これらの中ではモンサントが群を抜いて巨大です。
こに比べると日本の種苗会社ははるかに小規模です。

これらの一連の法改正を見ると、日本政府は、規制緩和という名のもとに、誰の利益のた
めに法改正をしているかが分かります。少なくとも日本の農家のためでないことははっき
りしています。

種子に関しては、これらの問題の他、遺伝子組み換え品種、それと関連した農薬の問題も
ありますが、それらについては別の機会に譲ります。

第3章は、「自由化と買い叩きにあう日本の農業」で、ここでは、日本政府はアメリカの
要請に応じて、これまで農家を守ってきた、したがってアメリカにとっては輸出の障害で
ある農協「改革」の名目で、農協つぶしを画策しています。

安倍政権は農協を、「既得権益」「岩盤規制」だと攻撃し、これらを「ドリルで壊して」
解体し、「オトモダチ」(実際にはアメリカの巨大企業と少数の日本企業)に利益となる
よう、さまざまな手を打ってきました。

こうした政府の方針を背景に、巨大な資本力を背景に「オトモダチ」企業は日本の農産物
の買い叩きを行っています。

日本で、政権と結びついた日米の「オトモダチ」企業の要求を実現する司令塔が竹竹中平
蔵氏らが参加する「未来投資会議」で、実施の窓口が「規制改革推進会議」この政策の推
進役となっています。

農業について起こっていることが、林業でも漁業でも起こっています。興味のある方は是
非、個々で取り上げた本を読むことをおすすめします。

第4章は、「危ない食料は日本向け」です。第3章は主として農業生産と販売に関わる問
題を扱っていますが、この第4章は、消費者にとって危ない食料の問題です。

ここでは、日本人の食品安全性の問題として、アメリカが以前から懸案事項として優先し
ていた事案が二つありました。つまりBSE(牛海綿状脳症)とポストハーベスト(収穫
後)農薬です。

まずBSE問題。日本はBSEを避けるため輸入牛肉の牛の月齢制限を適用していたが、
結局2019年5月に日米交渉の結果、日本は月齢制限の撤廃を飲まされた。

しかし、牛肉に関する危険は、BSEだけではありませんでした。アメリカではエストロ
ゲン(乳がん細胞の増殖因子とされているホルモン)などの成長ホルモンが牛に耳ピアス
のようなもので肥育時に投与されています。

オーストラリアは成長ホルモンが使用された肉を禁輸しているEUに対しては成長ホルモ
ンを投与しない肉を、実質的に制限されていない日本にはしっかり投与した肉を輸出して
います。

アメリカはトランプ政権になってもアメリカ産牛肉の禁輸を続けるEUに激怒して報復関
税の発動を表明して脅しましたが、EUはこれに断固としてアメリカ産牛肉の禁輸を続け
ています。

アメリカ国内では、「ホルモン・フリー」「オーガニック」と表示された牛肉が売られて
おり、表示なしの肉(ホルモン投与の肉)より4割値段が高い。

日本では、国内ではホルモン剤の投与が認められていないが、消費量の70%を占める輸
入肉には、ごくわずかのサンプル検査しか行っていないため、実質的に検査なしの状態に
なっています。

アメリカも国内やEU向け牛肉にはホルモン・フロー化が進んでいて、日本が「ホルモン
牛肉の輸出先となっています。

このほか、ラクトパミンという牛や豚の餌に混ぜる成長促進剤の問題もあります。これは
発がん性だけでなく、人間に中毒症状も引き起こすとして、EU、中国、ロシアでも国内
使用と輸入が禁じられています。

日本では、国内使用は許可されていないが、輸入は素通りになっている。日米貿易協定が
発効した2020年1月の1か月だけで前年同月比で1.5倍ほどの量のアメリカ産のホ
ルモン牛肉に喜んで飛びついている。鈴木氏は「こんな『嘆かわしい』事態が進行してい
る」、と嘆いています。

鈴木氏はアメリカ産乳製品の安全性も危惧しています。エストロゲンのようなホルモンで
はなく、遺伝子組み換えによって作られた牛成長ホルモン(rBST、またはrBGH)の問題
もあります。

このホルモンを投与すると牛乳の生産量が20%程度増加します。ただし、これは乳牛を
「全力疾走」させることで、数年で用済みとなる。また、こうしたホルモンが人体にどの
ような影響を及ぼすかも分かっていません。

このためアメリカでも倫理的な問題を懸念する消費者団体・動物愛護団体による10年に
及ぶ反対運動の末、ようやく認可されたという経緯があります。

EU、日本、カナダでは認可されていませんが、日本では1994年以降、rBSTを使用し
た乳製品が港を素通りして消費者に運ばれています。

所管の農水省と厚労省は、この事実を知りながらも、「所管ではない」「所管は向こう(
つまりアメリカ側)だ、という理屈にならない理屈で見て見ぬふりをしています。

もう一つの収穫後の農薬の問題も深刻です。日本では収穫後の防カビ剤などの農薬をかけ
るのは禁止ですが、アメリカから果物を船で運ぶ際に農薬をかけないとカビが生えてしま
います。

1975年4月に、日本側の検査でアメリカから輸入されたレモン、グレープフルーツな
どから防カビ剤が多量に検出されたため、不合格となり海洋投棄されました。

それに激怒して、日本からの自動車輸出を規制すると脅しをかけました。その結果日本は、
農薬を収穫後にかけた場合は「食品添加物」するということで認めてしまいました。

日本は、結局アメリカの圧力に屈して、ほかの国には売れない危険な食料の引き受け先と
なっていることが分かります。

そして、それを陰で支え(て(あるいは自ら進んで受け入れて)いるのが日本の政治家と
官僚で、何も知らされていない消費者は危険な食料を、喜んで買い求めている、という
「嘆かわしい」構図が見えてきます。


(注1)私は種子に関する日本の政府の施政とその背景については「日米貿易交渉に見る
    安倍政権のウソと日本の農業の危機」(『季刊地域』Winter 2019 No.36:78-81で
    説明している。また、野口勲『タネが危ない』(日本経済新聞出版社、2011年)を
    参照されたい。
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風車とコスモス                                              季節はずれのチューリップの群生
   


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