原子炉“処理水”の海洋放出(3)
―「海は国、東電のものじゃない。国民や世界の人々のものなんだ」―
“処理水”の海洋放出に対する地元の漁業者や関係者の不満、もっとはっきり言えば
怒りは、ある漁業者が語った以下の言葉に尽きます。
海は国、東電のものじゃない。国民や世界の人々のものなんだ
つまり、東電や政府はあたかも自分たちが海の利用や使用にかんして決定権をもっているようにふるまっている
が、海はすべての国民、さらに世界の全て人のものなんだ、だからこれらの人びとの理解をえないまま勝手に決
めないでくれ、といっているのです(注1)。
また別の漁業者は、海洋放出に反対しているのは、より多くの賠償をもらおうとしているからなんじゃないかと
いう一部の邪推にたいして、
俺たちは賠償が欲しいんじゃない。福島で漁業をしたいだけなんだ
と明快に否定しています(『東京新聞』2023年8月22日)
上記二人の漁業者の言葉が、今回の海洋放出にかんする漁業者の気持ちを端的に表しています。政府が“処理水”が
安全であるということは「“科学的に”証明されている」といっても、それだけでは現地の漁業関係者を説得するこ
とは不可能です。
そこには、漁業関係者の政府・東電に対する根深い不信があるからです。
すなわち、2015年に福島県漁業協同組合連合は政府と東電に、汚染水を浄化した処理水は、漁業者や国民の理解が
ないまま放出はしないよう要求しました。
両者の間で協議した結果、政府と東電は「関係者の理解なしにいかなる(“処理水”の―筆者注)処分も行わない」
ことを「約束」し、文書を取り交わしました。
ところが政府は2021年4月、漁連側の反対にもかかわらず処理水を海洋放出する方針を一方的に決定してしまい
ました。
その後、西村康稔経済産業相は「約束を順守する」との発言を繰り返しましたが、同時に「理解の度合いを特定
の指標で判断するのは難しい」と述べ、「理解」という言葉の内容を曖昧にしてしまいました。
漁連側は海洋放出に一貫して反対の姿勢を鮮明にしていました。つまり、海洋放出に「理解」を示していないの
です。
政府の関係資料には「理解醸成」という言葉が増え、政府は「丁寧に説明する」という行為自体を重視し、今年
2023年1月に「今年春から夏ごろ」と一方的に決め、もう住民側の「理解」の有無にかかわらず、スケジュール
ありきで海洋放出に向かって進めてきました。
岸田首相は8月21日、「たとえ数十年にわたろうとも、全責任を持って対応するので、ぜひ理解を」と全国漁
業協同組合連合会坂本雅信会長との会談で求めました。
全漁連は、海洋放出には「反対であることはいささかも変わらない」と、きっぱりと反対の立場を表明しました。
そして全漁連会長は、「処理水の安全性の理解についてはすすんだが、安心はできない。約束は果たされていな
い」と、約束が反故にされていることも述べています(『東京新聞』2023年8月22日)
漁業関係者からみれば、政府と東電は自ら約束したことを公然と反故にしたことになります。これは優しく言っ
ても“約束違反”、もっときつい表現を用いれば“裏切り”あるいは“だまし討ち”と映ったことでしょう。
しかも、岸田首相の言葉には、なんら現実性をもたない無責任な「口約束」にすぎません。
岸田首相は、「たとえ数十年にわたろうとも、全責任を持って対応する」と言っていますが、岸田首相が、今後
何十年も首相の座に留まっていることは、考えられません。
それがわかっていて、どうして「全責任をもって対応する」といえるのでしょうか。
さらに言えば、文書で取り交わした約束でさえ一方的に反故にする政府の「口約束」を漁業はどうして信用でき
るでしょうか
また、政府と東電は30年後には、あるいは2051年には処理水を空にできると言っていますが、これが不可能な
ことはすでに前回書いた通りです。
ここでもう一つ重要なことは、全漁連の坂本会長が「科学的な安全と社会的な安心は異なるもので、科学的に安
全だからと言って風評被害がなくなるものでもない」と、風評被害への強い懸念を示してことです。
岸田首相としては、海洋放出の問題をなんとかしてIAEAからお墨付きをもらった「科学的な安全性」の問題
に限定していようとしたのですが、全漁連会長は、漁業関係者の生活の問題として反論しているのです。
言い換えると、岸田首相は地元の漁業者と関係者の生活は重要な関心事ではないのです(『東京新聞』(「社説」
8月23日)。
しかも、前回の記事でも述べたように、「科学的な安全性」とい言っても、それは処理水にはトリチウム以外の
放射性物質がゼロということではありません。
その「科学的根拠に基づく安全性」にしても、ALPSでは、トリチウムは取り除けませんが、62もの放射性核種
を基準値以下にすることになっていました。しかし、2018年9月、東電は、ALPSで処理した水のうち、84%が基
準を満たしていなことを明らかにしています(注2)。
薄めて健康に害があるレベルまで放射性物質を薄めたとしても、今後、何年続くかわからない長期の海洋放出は
長期的には、勝者性物質は海洋に蓄積され自然環境や、食物連鎖を通して人体に害を及ぼす可能はあるのです。
ところで、海洋放出の「理解」に関して、実に奇妙な論理のすり替え、ごまかしが行われています。
政府と西村経産相は、海洋放水に関して「一定の理解が得られた」と述べ、東電の小早川社長はその言葉を盾に
「岸田首相や西村経産相が全面に立ち、一定の理解をいただいたということで放水に至った」と語っています。
もし、上に引用した全漁連会長の「処理水の安全性の理解についてはすすんだ」という言葉をもって政府側が
「一定の理解」が得られたと主張するなら、都合の良い部分だけを切り取って、強引に放出を正当化している
事にほかなりません。漁業者はあくまでも、海洋放出に反対で、この点は少しも「理解」していません。
政府と東電には漁業関係者に対する誠実さが欠如しています。岸田首相は、海洋放出を最終的に閣僚会議で決
定する直前の8月20日になって、初めて福島を訪れて漁業関係者と会っています。
ジャーナリストの鈴木哲夫さんは「今ごろ現地に行く首相が、原発に対して思いを持っているとは思えない。
やっている感を演出しているだけだ」と指摘しています。
鈴木氏はまた、
既成事実をつくり、地元を追い込んでいく手法だ。最後に形だけ当事者に 話を聞く姿勢は、首相に
原発に対する確固たる政策理念がない表れで、経済産業産省が描くシナリオに乗っかっているだけ、
とも批判しています。
「丁寧な説明をする」と、そこだけは丁寧に繰り返すが、実際には丁寧な説明を尽くすことはせず、結論あり
きで強行する岸田首相の手法は一連のマイナンバー・カードの問題にも言えます。
政治ジャーナリストの泉宏さんは、『「聞く力」と言って聞いているフリをして聞き流し、勝手に物事を決め
る。今年になってますますその傾向は顕著になっている』と、手厳しい(『東京新聞』2023年8月22日)。
岸田首相が現地に赴いて、漁業者との真剣な話し合いをずっと避けてきたように、本来の当事者である東電は、
さらに姑息な動きをしています。
先に引用したように、東電は何か問題があれば、政府と経産省の陰に隠れて、「東電と政府とは一体だ」と言
い続けています。
そこには当事者としての責任感も誠実さも感じられません。東電社長の小早川氏は、2021年4月に政府が海洋
放出の方針を決定後でさえ、反対する漁業関係者に直接会って説明をしてきませんでした。
ようやく、海洋放出当日(8月24日)に始めて県漁連を訪れ「当社の決意と覚悟を伝えた」という。
放出作業を説明する午前中に記者会見では、処理水対策の責任者である東電福島第一原発廃炉推進カンパニー
の松本純一氏が登壇し、漁業者の理解を問われると、「大きな問題だから、政府が前面に立ってくださって対
応していると考える」と、東電の責任には触れず、全て政府の陰に隠れて丸投げなのです。
社長といい松本氏といい、東電のこの姿勢には、自分たちこそが当事者であり、責任があるという意識が完全
に欠落しています。
政府も東電も、漁業関係者の反発は無視し、政府の力で抑えて付けてもらおうという無責任な姿勢のままです。
注
(注1)AERA dot.(電子版) 2023/08/25/ 19:30 https://dot.asahi.com/articles/-/199667?page=1
(注2)Greenpeace (電子版 2019-07-23)
https://www.greenpeace.org/japan/campaigns/story/2019/07/23/9618/
―「海は国、東電のものじゃない。国民や世界の人々のものなんだ」―
“処理水”の海洋放出に対する地元の漁業者や関係者の不満、もっとはっきり言えば
怒りは、ある漁業者が語った以下の言葉に尽きます。
海は国、東電のものじゃない。国民や世界の人々のものなんだ
つまり、東電や政府はあたかも自分たちが海の利用や使用にかんして決定権をもっているようにふるまっている
が、海はすべての国民、さらに世界の全て人のものなんだ、だからこれらの人びとの理解をえないまま勝手に決
めないでくれ、といっているのです(注1)。
また別の漁業者は、海洋放出に反対しているのは、より多くの賠償をもらおうとしているからなんじゃないかと
いう一部の邪推にたいして、
俺たちは賠償が欲しいんじゃない。福島で漁業をしたいだけなんだ
と明快に否定しています(『東京新聞』2023年8月22日)
上記二人の漁業者の言葉が、今回の海洋放出にかんする漁業者の気持ちを端的に表しています。政府が“処理水”が
安全であるということは「“科学的に”証明されている」といっても、それだけでは現地の漁業関係者を説得するこ
とは不可能です。
そこには、漁業関係者の政府・東電に対する根深い不信があるからです。
すなわち、2015年に福島県漁業協同組合連合は政府と東電に、汚染水を浄化した処理水は、漁業者や国民の理解が
ないまま放出はしないよう要求しました。
両者の間で協議した結果、政府と東電は「関係者の理解なしにいかなる(“処理水”の―筆者注)処分も行わない」
ことを「約束」し、文書を取り交わしました。
ところが政府は2021年4月、漁連側の反対にもかかわらず処理水を海洋放出する方針を一方的に決定してしまい
ました。
その後、西村康稔経済産業相は「約束を順守する」との発言を繰り返しましたが、同時に「理解の度合いを特定
の指標で判断するのは難しい」と述べ、「理解」という言葉の内容を曖昧にしてしまいました。
漁連側は海洋放出に一貫して反対の姿勢を鮮明にしていました。つまり、海洋放出に「理解」を示していないの
です。
政府の関係資料には「理解醸成」という言葉が増え、政府は「丁寧に説明する」という行為自体を重視し、今年
2023年1月に「今年春から夏ごろ」と一方的に決め、もう住民側の「理解」の有無にかかわらず、スケジュール
ありきで海洋放出に向かって進めてきました。
岸田首相は8月21日、「たとえ数十年にわたろうとも、全責任を持って対応するので、ぜひ理解を」と全国漁
業協同組合連合会坂本雅信会長との会談で求めました。
全漁連は、海洋放出には「反対であることはいささかも変わらない」と、きっぱりと反対の立場を表明しました。
そして全漁連会長は、「処理水の安全性の理解についてはすすんだが、安心はできない。約束は果たされていな
い」と、約束が反故にされていることも述べています(『東京新聞』2023年8月22日)
漁業関係者からみれば、政府と東電は自ら約束したことを公然と反故にしたことになります。これは優しく言っ
ても“約束違反”、もっときつい表現を用いれば“裏切り”あるいは“だまし討ち”と映ったことでしょう。
しかも、岸田首相の言葉には、なんら現実性をもたない無責任な「口約束」にすぎません。
岸田首相は、「たとえ数十年にわたろうとも、全責任を持って対応する」と言っていますが、岸田首相が、今後
何十年も首相の座に留まっていることは、考えられません。
それがわかっていて、どうして「全責任をもって対応する」といえるのでしょうか。
さらに言えば、文書で取り交わした約束でさえ一方的に反故にする政府の「口約束」を漁業はどうして信用でき
るでしょうか
また、政府と東電は30年後には、あるいは2051年には処理水を空にできると言っていますが、これが不可能な
ことはすでに前回書いた通りです。
ここでもう一つ重要なことは、全漁連の坂本会長が「科学的な安全と社会的な安心は異なるもので、科学的に安
全だからと言って風評被害がなくなるものでもない」と、風評被害への強い懸念を示してことです。
岸田首相としては、海洋放出の問題をなんとかしてIAEAからお墨付きをもらった「科学的な安全性」の問題
に限定していようとしたのですが、全漁連会長は、漁業関係者の生活の問題として反論しているのです。
言い換えると、岸田首相は地元の漁業者と関係者の生活は重要な関心事ではないのです(『東京新聞』(「社説」
8月23日)。
しかも、前回の記事でも述べたように、「科学的な安全性」とい言っても、それは処理水にはトリチウム以外の
放射性物質がゼロということではありません。
その「科学的根拠に基づく安全性」にしても、ALPSでは、トリチウムは取り除けませんが、62もの放射性核種
を基準値以下にすることになっていました。しかし、2018年9月、東電は、ALPSで処理した水のうち、84%が基
準を満たしていなことを明らかにしています(注2)。
薄めて健康に害があるレベルまで放射性物質を薄めたとしても、今後、何年続くかわからない長期の海洋放出は
長期的には、勝者性物質は海洋に蓄積され自然環境や、食物連鎖を通して人体に害を及ぼす可能はあるのです。
ところで、海洋放出の「理解」に関して、実に奇妙な論理のすり替え、ごまかしが行われています。
政府と西村経産相は、海洋放水に関して「一定の理解が得られた」と述べ、東電の小早川社長はその言葉を盾に
「岸田首相や西村経産相が全面に立ち、一定の理解をいただいたということで放水に至った」と語っています。
もし、上に引用した全漁連会長の「処理水の安全性の理解についてはすすんだ」という言葉をもって政府側が
「一定の理解」が得られたと主張するなら、都合の良い部分だけを切り取って、強引に放出を正当化している
事にほかなりません。漁業者はあくまでも、海洋放出に反対で、この点は少しも「理解」していません。
政府と東電には漁業関係者に対する誠実さが欠如しています。岸田首相は、海洋放出を最終的に閣僚会議で決
定する直前の8月20日になって、初めて福島を訪れて漁業関係者と会っています。
ジャーナリストの鈴木哲夫さんは「今ごろ現地に行く首相が、原発に対して思いを持っているとは思えない。
やっている感を演出しているだけだ」と指摘しています。
鈴木氏はまた、
既成事実をつくり、地元を追い込んでいく手法だ。最後に形だけ当事者に 話を聞く姿勢は、首相に
原発に対する確固たる政策理念がない表れで、経済産業産省が描くシナリオに乗っかっているだけ、
とも批判しています。
「丁寧な説明をする」と、そこだけは丁寧に繰り返すが、実際には丁寧な説明を尽くすことはせず、結論あり
きで強行する岸田首相の手法は一連のマイナンバー・カードの問題にも言えます。
政治ジャーナリストの泉宏さんは、『「聞く力」と言って聞いているフリをして聞き流し、勝手に物事を決め
る。今年になってますますその傾向は顕著になっている』と、手厳しい(『東京新聞』2023年8月22日)。
岸田首相が現地に赴いて、漁業者との真剣な話し合いをずっと避けてきたように、本来の当事者である東電は、
さらに姑息な動きをしています。
先に引用したように、東電は何か問題があれば、政府と経産省の陰に隠れて、「東電と政府とは一体だ」と言
い続けています。
そこには当事者としての責任感も誠実さも感じられません。東電社長の小早川氏は、2021年4月に政府が海洋
放出の方針を決定後でさえ、反対する漁業関係者に直接会って説明をしてきませんでした。
ようやく、海洋放出当日(8月24日)に始めて県漁連を訪れ「当社の決意と覚悟を伝えた」という。
放出作業を説明する午前中に記者会見では、処理水対策の責任者である東電福島第一原発廃炉推進カンパニー
の松本純一氏が登壇し、漁業者の理解を問われると、「大きな問題だから、政府が前面に立ってくださって対
応していると考える」と、東電の責任には触れず、全て政府の陰に隠れて丸投げなのです。
社長といい松本氏といい、東電のこの姿勢には、自分たちこそが当事者であり、責任があるという意識が完全
に欠落しています。
政府も東電も、漁業関係者の反発は無視し、政府の力で抑えて付けてもらおうという無責任な姿勢のままです。
注
(注1)AERA dot.(電子版) 2023/08/25/ 19:30 https://dot.asahi.com/articles/-/199667?page=1
(注2)Greenpeace (電子版 2019-07-23)
https://www.greenpeace.org/japan/campaigns/story/2019/07/23/9618/