高校生棋士藤井聡太七段
―コンピュータAIソフトを超えた将棋の天才棋士―
2020年6月28日、将棋界の8大タイトルの一つ、「棋聖戦」(第九一期)の挑戦者となった高校生棋士
藤井聡太七段(17才)が、渡辺明三冠(38才)に挑みました。
渡辺明棋聖はすでに三つのタイトルをもっているので渡辺三冠と表現されますが、その強さに敬意を払って
「魔王」とも呼ばれ、現在の将棋界で最強の棋士と評価されています。
今回のタイトル戦は5戦して3勝した方が勝、となりますが、藤井君はすでに1勝していますので、この対
局に勝てば2勝となり、残り3戦のうち1勝すれば勝利、ということになるので、断然有利になります。
この重要な一戦で藤井君は23分考えて、渡辺三冠だけでなく誰も想定もしなかった常識破りの一手を放ち
ました。この一手で藤井君は渡辺三冠の迷よわせ、じりじりと追い詰めて最後は大差で勝利しました。
この一手についてある将棋関係のジャーナリストは、「最強ソフトが6臆手以上読んでようやく最善を判断
する異次元の手」と評しました(注1)。
私は元来、囲碁ファンで将棋は小学校のころ少しやった程度で、全くの素人です。しかし、藤井君のデビュ
ー以来、多くの対局を見て、プロ棋士の解説を聞いているうちに、いつの間にか将棋にも詳しくなりました。
私が藤井君に惹かれるのは、たんに将棋が強いからというだけでなく、人間「藤井聡太」に教えられたり感
心させられたりする魅力と、人間の頭脳の奥深さというか豊かさにいつも驚かされるからでもあります。
藤井君は14歳の時、史上最年少の中学生プロ棋士としてデビューし、初戦で将棋界の大御所中の大御所、
62才年上の加藤一二三九段と対局して勝利し、世間をあっと言わせました。
まさに鮮烈なデビュー戦で、藤井君は早くも伝説的な棋士となりました。この時の「少年棋士」の印象が強
くて、私は彼が高校生になった今でも「藤井君」と呼んでしまいます。
その後あっというまに29連勝し天才ぶりを発揮し、現在まで数々の記録を打ち立てています。
これ以後の彼の活躍に関しては、このブログでも「天才棋士・藤井聡太の衝撃と魅力―天才が経験と知識と
吹き飛ばす―」(2018年2月4日)、また「またまた驚きの天才『少年』棋士―藤井聡太新七段の場合―」
(2918年5月20日)の2回にわたって書いています。
私はインターネットで配信されている対局(藤井君の対局はほとんどが中継されている)を観る際、一手一
手を一応自分なりに予想します。
もちろんその際、プロ棋士による解説も参考にしますが、藤井君は今まで何回も、解説のプロ棋士でさえ予
想できなかったり、着手の意図が理解できない手を繰り出してきて驚かされました。
数え上げればきりがありませんが、一つだけ例を挙げると(将棋を知らない人には分かりにくく申し訳あり
ませんが)、ある対局で、「飛車」という自分の一番強い駒で、相手の一番弱い駒である「歩」を取りまし
たが、その結果この「飛車」は相手に取られてしまいました。
これを将棋では「切り捨てる」と表現します。例えてみれば、大将が敵の足軽と刺し違えるようなものです。
それを解説していたプロ棋士たちは、その意図が全くわからないこの着手にただただ唖然とするばかりでし
た。この対局は、藤井君が勝利しました。
藤井君の師匠の杉本氏は、藤井君はずっと先の「勝」まで読み切っていただろう、とコメントしました。本
当に恐るべき天才です。
当時、この着手は「歴史的な一手」と評されました。ある、大先輩の棋士は、「私には千年考えてもこんな
手は思い付きません」とコメントしていましたが、ほとんどの人はそう感じたでしょう。
ところで、今回は私なりに人間「藤井聡太」と棋士「藤井聡太」の魅力を書いてみます。もちろん、両者は
重なっていて決して区別できるわけではありませんが、強いて分けて考えてみます。
まず、人間「藤井聡太」の魅力ですが、彼はどれほど大勝負であっても、決して動揺したりおじけることな
く常に冷静さを保っていることができます。
この年の少年(今は青年ですが)が、どうしてこれほど落ち着き払っていることができるのか、この年頃の
自分を考えると、信じられません。これは生まれつきなのか家庭での育ちのせいなのかは分かりません。私
には、常人ではない「宇宙人」のように映ります。
また、公式戦ではない「将棋祭り」のような一種の将棋ファン向けの対局でも、決して手を抜かず真剣に全
力で向かいます。
この姿勢は、彼の謙虚さと誠実さも表わしています。これだけ強く世間でもてはやされれば、多少は得意に
なってしまっても不思議ではありません。しかし、たとえ対局で勝ってもおごることなく常に控えめで謙虚
さを保っています。
対局が始まる時と終わりには必ず座ったまま礼をしますが、いつも相手より深く長く頭を下げています。こ
こにも藤井君の誠実さと謙虚さが現れています。
次に、棋士としての藤井君の魅力についてみてみましょう。
将棋には、「定跡」という決まった一連の着手があります。それは江戸時代以来、多くの棋士が考え抜いて到
達した、「最善」と考えられる着手で、いわば将棋における「定理」あるいは「法則」に近いものです。囲碁
では、これを「定石」と呼びます。
この「定跡」というのは、絶対的な最善手と言う意味ではなく、経験的に有利になる確率が高い、あるいはマ
イナスが少ない有力手、というほどの意味です。
この意味では、定跡は長い歴史を経て磨き抜かれた経験知のかたまりで、いわば将棋界の共有財産です。
しかし、言うまでもないことですが、この「定跡」は周囲の状況によって、有利・不利の程度は異なります。
もし絶対的に有利になる着手であれば、だれもが定跡を採用するでしょう。しかし、相手も定跡を採用すれば、
「絶対有利」対「絶対有利」との闘いとなり、これはあり得ません。
それでも定跡に従っていれば、決定的な悪手になることはないという程度のことは言えます。したがって、プ
ロはまず定跡を考え、それに続いて他の手を考えます。
将棋や碁を離れても私たちは物事の選択に迷った時、「~することが定跡(定石)だ」という表現を使います。
江戸時代からの代表的な対局は棋譜として残っています。プロの棋士になる過程の修行時代、棋士はこれらの
棋譜と定跡をマスターしてきます。
プロ棋士の頭には過去の棋譜と定跡が頭に入っていますから、それらの経験知に頼っていたのでは、他の棋士
と同じで、抜きんでた成績をおさめることはできません。
全ての棋士が頂点を目指して死に物狂いで努力していますから、その中で他を圧する強い棋士になるためには、
定跡という経験知を超えた斬新な構想を考え出さなければなりません。
このような、定跡以外の手は、「新手」とよばれますが、現代では誰かが新手を指せば、多くの棋士が一斉に
その意味や可否、可能性を直ちに検討を始めます。
おまけに現代では、コンピュータのAI(人工知能)を使って、それぞれの着手の評価をプラスまたはマイナス
を点数で示してくれます。
このAIソフトには過去の対局の膨大なデータがあり、そこから着手の評価が行われます。
しかし、コンピュータには限界もあります。というのも、確かにコンピュータ・ソフトは無限に近いデータを
蓄えることができますが、そこからどのような結論を導くかは、人間が作ったプログラムによって行われます。
したがって、ここにはプログラムを作った人の主観や好みや、意図など人間的な要素が入り込みます。
自分でパーツを買ってきたパソコンを組み立ててしまうほどコンピュータが好きな藤井君も当然、AIを組み込
んだ将棋ソフトを利用しています。
ある時、テレビで、将棋のAIソフトを活用していますかとの質問に、“自分もコンピュータの将棋ソフトを利用
していますが、それは、将棋ソフトを活用している人たちにどうしたら勝てるかを研究するためです”、という
趣旨の答えをしています。
つまり、コンピュータのAIソフトを超えた将棋を考えるために、これを使っているというのです。
これを聞いたとき正直私は、藤井君というのはとんでもない天才が出現した、と心底驚きました。
最後にあと二つだけ藤井将棋の魅力を挙げておきます。一つは、どんなに不利な場面でも、その
状況の中での最善手を徹底的に探すことです。これは私たちの人生の中でも十分、参考になる姿
勢で教えられます。
二つは、短時間のうちに20手、30手先まで展開を読んでしまう頭の回転の良さと速さです。
これは他の棋士が真似しようにもできない、言葉の真の意味で天から授けられた「天賦の才」、
英語でいう”gift”なのでしょう。
7月1日2にはもう一つのタイトル戦「王位戦」が、最年長タイトル保持者の木村一喜王位との
七番勝負の第一局が始まります。
そして7月9日には、渡辺三冠との「棋聖戦」第三局が行われ、これに勝てば史上最年少のタイ
トル保持者となります。
どちらも目を離せない、将棋ファンにとって、とりわけ藤井ファンにとってはワクワクする対局
です。とにかく、すばらしい将棋を見せてくれることを期待します。
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早朝の森は冷気と新鮮さに満ちています
(注1)Yahoo ニュース 2020年6月29日
https://news.yahoo.co.jp/byline/matsumotohirofumi/20200629-00185551/
―コンピュータAIソフトを超えた将棋の天才棋士―
2020年6月28日、将棋界の8大タイトルの一つ、「棋聖戦」(第九一期)の挑戦者となった高校生棋士
藤井聡太七段(17才)が、渡辺明三冠(38才)に挑みました。
渡辺明棋聖はすでに三つのタイトルをもっているので渡辺三冠と表現されますが、その強さに敬意を払って
「魔王」とも呼ばれ、現在の将棋界で最強の棋士と評価されています。
今回のタイトル戦は5戦して3勝した方が勝、となりますが、藤井君はすでに1勝していますので、この対
局に勝てば2勝となり、残り3戦のうち1勝すれば勝利、ということになるので、断然有利になります。
この重要な一戦で藤井君は23分考えて、渡辺三冠だけでなく誰も想定もしなかった常識破りの一手を放ち
ました。この一手で藤井君は渡辺三冠の迷よわせ、じりじりと追い詰めて最後は大差で勝利しました。
この一手についてある将棋関係のジャーナリストは、「最強ソフトが6臆手以上読んでようやく最善を判断
する異次元の手」と評しました(注1)。
私は元来、囲碁ファンで将棋は小学校のころ少しやった程度で、全くの素人です。しかし、藤井君のデビュ
ー以来、多くの対局を見て、プロ棋士の解説を聞いているうちに、いつの間にか将棋にも詳しくなりました。
私が藤井君に惹かれるのは、たんに将棋が強いからというだけでなく、人間「藤井聡太」に教えられたり感
心させられたりする魅力と、人間の頭脳の奥深さというか豊かさにいつも驚かされるからでもあります。
藤井君は14歳の時、史上最年少の中学生プロ棋士としてデビューし、初戦で将棋界の大御所中の大御所、
62才年上の加藤一二三九段と対局して勝利し、世間をあっと言わせました。
まさに鮮烈なデビュー戦で、藤井君は早くも伝説的な棋士となりました。この時の「少年棋士」の印象が強
くて、私は彼が高校生になった今でも「藤井君」と呼んでしまいます。
その後あっというまに29連勝し天才ぶりを発揮し、現在まで数々の記録を打ち立てています。
これ以後の彼の活躍に関しては、このブログでも「天才棋士・藤井聡太の衝撃と魅力―天才が経験と知識と
吹き飛ばす―」(2018年2月4日)、また「またまた驚きの天才『少年』棋士―藤井聡太新七段の場合―」
(2918年5月20日)の2回にわたって書いています。
私はインターネットで配信されている対局(藤井君の対局はほとんどが中継されている)を観る際、一手一
手を一応自分なりに予想します。
もちろんその際、プロ棋士による解説も参考にしますが、藤井君は今まで何回も、解説のプロ棋士でさえ予
想できなかったり、着手の意図が理解できない手を繰り出してきて驚かされました。
数え上げればきりがありませんが、一つだけ例を挙げると(将棋を知らない人には分かりにくく申し訳あり
ませんが)、ある対局で、「飛車」という自分の一番強い駒で、相手の一番弱い駒である「歩」を取りまし
たが、その結果この「飛車」は相手に取られてしまいました。
これを将棋では「切り捨てる」と表現します。例えてみれば、大将が敵の足軽と刺し違えるようなものです。
それを解説していたプロ棋士たちは、その意図が全くわからないこの着手にただただ唖然とするばかりでし
た。この対局は、藤井君が勝利しました。
藤井君の師匠の杉本氏は、藤井君はずっと先の「勝」まで読み切っていただろう、とコメントしました。本
当に恐るべき天才です。
当時、この着手は「歴史的な一手」と評されました。ある、大先輩の棋士は、「私には千年考えてもこんな
手は思い付きません」とコメントしていましたが、ほとんどの人はそう感じたでしょう。
ところで、今回は私なりに人間「藤井聡太」と棋士「藤井聡太」の魅力を書いてみます。もちろん、両者は
重なっていて決して区別できるわけではありませんが、強いて分けて考えてみます。
まず、人間「藤井聡太」の魅力ですが、彼はどれほど大勝負であっても、決して動揺したりおじけることな
く常に冷静さを保っていることができます。
この年の少年(今は青年ですが)が、どうしてこれほど落ち着き払っていることができるのか、この年頃の
自分を考えると、信じられません。これは生まれつきなのか家庭での育ちのせいなのかは分かりません。私
には、常人ではない「宇宙人」のように映ります。
また、公式戦ではない「将棋祭り」のような一種の将棋ファン向けの対局でも、決して手を抜かず真剣に全
力で向かいます。
この姿勢は、彼の謙虚さと誠実さも表わしています。これだけ強く世間でもてはやされれば、多少は得意に
なってしまっても不思議ではありません。しかし、たとえ対局で勝ってもおごることなく常に控えめで謙虚
さを保っています。
対局が始まる時と終わりには必ず座ったまま礼をしますが、いつも相手より深く長く頭を下げています。こ
こにも藤井君の誠実さと謙虚さが現れています。
次に、棋士としての藤井君の魅力についてみてみましょう。
将棋には、「定跡」という決まった一連の着手があります。それは江戸時代以来、多くの棋士が考え抜いて到
達した、「最善」と考えられる着手で、いわば将棋における「定理」あるいは「法則」に近いものです。囲碁
では、これを「定石」と呼びます。
この「定跡」というのは、絶対的な最善手と言う意味ではなく、経験的に有利になる確率が高い、あるいはマ
イナスが少ない有力手、というほどの意味です。
この意味では、定跡は長い歴史を経て磨き抜かれた経験知のかたまりで、いわば将棋界の共有財産です。
しかし、言うまでもないことですが、この「定跡」は周囲の状況によって、有利・不利の程度は異なります。
もし絶対的に有利になる着手であれば、だれもが定跡を採用するでしょう。しかし、相手も定跡を採用すれば、
「絶対有利」対「絶対有利」との闘いとなり、これはあり得ません。
それでも定跡に従っていれば、決定的な悪手になることはないという程度のことは言えます。したがって、プ
ロはまず定跡を考え、それに続いて他の手を考えます。
将棋や碁を離れても私たちは物事の選択に迷った時、「~することが定跡(定石)だ」という表現を使います。
江戸時代からの代表的な対局は棋譜として残っています。プロの棋士になる過程の修行時代、棋士はこれらの
棋譜と定跡をマスターしてきます。
プロ棋士の頭には過去の棋譜と定跡が頭に入っていますから、それらの経験知に頼っていたのでは、他の棋士
と同じで、抜きんでた成績をおさめることはできません。
全ての棋士が頂点を目指して死に物狂いで努力していますから、その中で他を圧する強い棋士になるためには、
定跡という経験知を超えた斬新な構想を考え出さなければなりません。
このような、定跡以外の手は、「新手」とよばれますが、現代では誰かが新手を指せば、多くの棋士が一斉に
その意味や可否、可能性を直ちに検討を始めます。
おまけに現代では、コンピュータのAI(人工知能)を使って、それぞれの着手の評価をプラスまたはマイナス
を点数で示してくれます。
このAIソフトには過去の対局の膨大なデータがあり、そこから着手の評価が行われます。
しかし、コンピュータには限界もあります。というのも、確かにコンピュータ・ソフトは無限に近いデータを
蓄えることができますが、そこからどのような結論を導くかは、人間が作ったプログラムによって行われます。
したがって、ここにはプログラムを作った人の主観や好みや、意図など人間的な要素が入り込みます。
自分でパーツを買ってきたパソコンを組み立ててしまうほどコンピュータが好きな藤井君も当然、AIを組み込
んだ将棋ソフトを利用しています。
ある時、テレビで、将棋のAIソフトを活用していますかとの質問に、“自分もコンピュータの将棋ソフトを利用
していますが、それは、将棋ソフトを活用している人たちにどうしたら勝てるかを研究するためです”、という
趣旨の答えをしています。
つまり、コンピュータのAIソフトを超えた将棋を考えるために、これを使っているというのです。
これを聞いたとき正直私は、藤井君というのはとんでもない天才が出現した、と心底驚きました。
最後にあと二つだけ藤井将棋の魅力を挙げておきます。一つは、どんなに不利な場面でも、その
状況の中での最善手を徹底的に探すことです。これは私たちの人生の中でも十分、参考になる姿
勢で教えられます。
二つは、短時間のうちに20手、30手先まで展開を読んでしまう頭の回転の良さと速さです。
これは他の棋士が真似しようにもできない、言葉の真の意味で天から授けられた「天賦の才」、
英語でいう”gift”なのでしょう。
7月1日2にはもう一つのタイトル戦「王位戦」が、最年長タイトル保持者の木村一喜王位との
七番勝負の第一局が始まります。
そして7月9日には、渡辺三冠との「棋聖戦」第三局が行われ、これに勝てば史上最年少のタイ
トル保持者となります。
どちらも目を離せない、将棋ファンにとって、とりわけ藤井ファンにとってはワクワクする対局
です。とにかく、すばらしい将棋を見せてくれることを期待します。
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早朝の森は冷気と新鮮さに満ちています
(注1)Yahoo ニュース 2020年6月29日
https://news.yahoo.co.jp/byline/matsumotohirofumi/20200629-00185551/