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大木昌の雑記帳

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曲がり角にきた日本社会-変容する国の基本構造-

2025-08-22 12:57:44 | 社会
曲がり角にきた日本社会-変容する国の基本構造-

私は、2025年という年は、戦後の日本にとって大きな曲がり角に差しかかった年、一つの
転換点という漠然とした印象をもっています。

その曲がり角とは、戦後80年という歴史の区切りという面もありますが、むしろ日本という
国のあり方に関して、それまで日本人が暗黙のうちに受け容れてきた前提が急速に不透明化し、
将来が見通せなくなってきたことを指します。

ここで、「国のあり方」とは、日本という国が「何で飯を食い」、どんな政治体制で国政が運営
され、世界の中で日本がどんな地位を維持し、そのためにどんな外交関係を結んでゆくのか、
といった大雑把な枠組みを意味します。

私には、これらの点で今の日本はこれまでの前提がどうやら前提となりえない状況になってい
る、と感じられます。個別にみてゆきましょう。

まず「何で飯を食い」という点ですが、これは日本経済の基本構造のことです。具体的には良
いものを大量生産して安く販売・輸出し、その利益で食料とエネルギー、その他の必要物資を
輸入して確保する、という仕組みです。

しかし、今年になって突如登場したトランプ関税により、この仕組に暗雲が覆うようになって
きました。

日本の輸出収入の28%は自動車とその部品が占めており、日本経済は「自動車の一本足打法」
といわれるほどこの分野に依存しています。

しかも自動車と部品の輸出先の3~4割はアメリカです。トランプ関税が適用された4月以前
には2.5%で、トランプ関税はそれに上乗せして25%の関税(つまり27.5%)を課してきました。

日本も必死の交渉を通じてEUと韓国並みの15%に引き下げることで合意しました。ただし、
EUや韓国に関しては、大統領令でこの点が明示され署名されているのに、日本の場合は今のと
ころ口約束だけです。

万が一、直ちに15%関税が提供されたとしても、これまでの2.5%と比べれば6倍になっている
のです。

このような場合の日本の企業の対応は、関税に相当する分を価格に上乗せ(転嫁)するのではな
く、逆にその分を負担して(つまり利益を削って)、価格を下げて販売台数を維持しようとします。

あるメーカーはこのために、1日2億円の損失が出ていると公表しています。

ところで、自動車産業は非常にすそ野が広い分野で、部品を製造している下請け企業(サプライ
チェーン企業)も含めると、日本人の550万人の雇用がかかわっています。

もし、トヨタ、ホンダなどの完成車を製造・販売している親会社が、関税負担の一部でも下請け
企業に負わせるとすれば、下請け企業の利益が削れられ、そこで働く人々の賃金を押し下げる可
能性があります。これは日本経済にとって大きなダメージになります。

こうした不利益を避ける方法の一つは、アメリカへの依存を下げること、二つは、関税分を販
売価格に上乗せしても十分競争に勝てるくらいの魅力的で質の高い車を提供することです。

そのためには、これまで価格を下げること(安売りすること)で市場を確保してきた日本の企
業の体質を変える必要があります。

そして、利益を内部留保金としてため込むのではなく、優秀な人材確保と訓練のための投資、
イノベーションや新規事業への投資など積極的な経営に転換しなくてはなりません。

実際、アップルのiPhoneは、いくら価格が上がっても売れるし、自動車でいえばベンツは競争
に勝つため安売りはしません。

もし、これからも安売りで世界経済の中で生き延びようとすれば、新興国との厳しい価格競争
の中で利益の薄い経済運営を覚悟しなければなりません。日本は、今後、どのような方向で行
くのかの選択を迫られています。

ここまで自動車に着目して、日本の輸出産業が陥った困難について書きましたが、同じとこは
米国へ輸出されるすべての製品について言えます。

トランプ関税の影響は、今後じわじわと日本経済を圧迫するようになるでしょう。図らずも、
今年のトランプ関税は、日本経済に大きな変化を迫るきっかけとなりました。

経済分野で注目すべき問題は、昨年から今年にかけて国民的関心を呼んだ、コメ不足と米価の
高騰です。

日本の食料自給率は40%を切っていますが、コメさえ十分にあれば何とかなる、と安心しき
っていました。

ところが、今年明らかになったのは、実はコメの生産が需要に追いついていなかった事実を初
めて政府(農水省)が認めたことです。

コメは日本人の主食の中核をなす食料であるばかりでなく、象徴的な存在で、実はそれが必ず
しも需要量を十分に満していなかったことは、国民に不安と少なからずショックを与えました。

もちろん、昨年からの高温によるコメの収量不足という特殊事情がその原因であることが一つ
の要因であったことは確かです。しかし、気候変動による農作物の不作という事態は、これか
らも起こりえます。

しかし、より根本的には、これまで自民党政権がずっと進めてきた「減反」政策により、作付
面積が減少し、意欲を失った生産農家数が一貫して減少してきたことが原因です。

それが、ちょっとした気候の変化やインバウンドによる需要の増加によってたちまちコメ不足
と価格の高騰を引き起こしてしまったのです。

今年に発生したコメ問題は私たちに、生きてゆくための大前提である食料を日本はこれからどの
ようにして安定的に確保してゆくのか、農業従事者が減少していく状況の中で農業を日本経済全
体の中でどのように位置づけるのか、を個々の農家の選択に任せるのではなく、国を挙げて真剣
に考えさせてくれました。

私の個人的な見解は、日本は農業を基幹産業の一つとして位置づけ、欧米各国が行っているよう
農家の所得補償をおこないつつ、国民にとって最も重要な食料の安全保障を確保すべき段階にき
た、というものです。

さて、以上は経済面における曲がり角、転換点でしたが、政治の世界においても大きな変化が起
きました。

まず昨年の衆議院選挙において与党の自公政権が過半数を割ってしまったこと、そして今年の衆
議院選挙においても過半数を割ってしまいました。

これにより、現石破政権は衆議院と参議院の双方で過半数に満たない少数与党になってしまいま
した。

戦後の日本において少数与党内閣は存在しました(1953年の第5次吉田内閣、1994年に発足した
羽田内閣)が、衆参ともはっきりと過半数を割った少数内閣はありませんでした。

石破政権は、これからの政治運営において、どこかの野党の協力を得なければ予算をはじめとす
る法案を通すことができません。

この状況は、国会における与野党間の“熟議”が不可欠で、ある意味で理想的ではあります。

ところで、自公が昨年の衆議院選でと過半数を割ってしまったのは、自民党議員の“裏金”問題(政
治と金の問題)、自民党の旧統一教会との密着が大きく影響したと言われています。

しかし、今年の参議院選では、これまでとは大きく異なる状況が生まれました。

自民党が「政治と金」の問題を根本的に是正する姿勢を見せなかったことは、相変わらず人々の
支持を失わせました。

また政権与党を構成する自民党と公明党は、従来の支持者の高齢化という問題をかかえており、
新たに若い世代の支持者を獲得できませんでした。

そんな中で国民民主党は衆議院選の勢いをそのままに議席を伸ばしました。そして、参政党が前
回の1議席から14議席へ激増したこと、保守党が新たに2議席獲得したことが注目されます。

いずれにしても、日本の政治は多党化の時代に入り、時の政権を握った政党(ほとんどは自民党
主導)が数の力で政策を押し通すという、戦後ずっと見せられてきた政治の在り方は変わらざる
を得ません。

この意味で、今年は日本の政治が大きな曲がり角にさしかかった年といえます。

ただ、ここで注意しなければならないのは、日本の政界がたんに多党化しただけではなかったと
いうことです。

とりわけ参政党が選挙運動で訴えた「日本人ファースト」というキャッチ・コピーが、かなり広
範囲の人々に訴えたということです。

参政党に投票した100人に、その理由を尋ねたところ、参政党が参院選で掲げた「日本人ファ
ースト」と答えた人が最多で54人だった。その内容は、

「日本人のための国をつくろうと当たり前のことを言っている」(50代男性、江東区、会社員)
「日本がどんどん貧しくなっている。日本のアイデンティティを大切にしたい」(40代女性、会
 社員、世田谷区)
「日本人ファーストを言ってくれるのは参政党だけ」(30代男性、調布市、会社員)

というものでした。これらは、かなり代表的な本音だと思われます(注2)。

言い換えると、一生懸命働いても生活は楽にならないという不満が充満し、くすぶっている状況
に、不満のはけ口として参政党は「外国人ではなく「日本人ファースト」という「火種」を投げ
入れたために、一気に燃え広がったといえます。

ただし、参政党の主張には事実誤認や歪曲したものも少なくありません。とりわけ過去の
戦争に関する事実誤認や、在日外国人に関する事実と反する主張がいくつもあります(注1)

これからは国会の場で、根拠のない主張は社会的に厳しい批判を浴びることになるでしょう。

私が懸念しているのは、参政党の「右寄り」というより極右に近い政治姿勢です。「日本人ファ
ースト」の陰には外国人の排斥や差別につながる危険性があります。

また、参政党の「憲法案」には現行憲法で保障されていた「思想の自由」「人権の保障」「戦争
の放棄」がありません。また天皇を元首にとか、国家主義的主張が強く出ています。

参院選東京選挙区に立候補した参政党のさや氏(43 本名塩入清香)が7月3日配信のネット
番組で、「核武装が最も安上がりであり、最も安全を強化する策の一つだ」として日本の核保有
を公然と主張しています。

ノンフィクション作家の保坂正康氏は、こうした考えは「ウラの言論」としては存在していたが、
参政党の登場によって「オモテの言論」として公然と語られる風潮に強い危機感を覚えると語っ
ていますが(注3)、私も全く同感です。

もっと大きな視点でいえば、こうした状況を生んだ理由のひとつとして考えられるのが、日本社
会における前向きな国家論の空白です。夢や希望を語る明るい国家論に対する渇望感が参政党躍
進の背景にはあると思います(注4)

これについては次回以降に詳しく書いてみたいと思います。

(注1)『毎日新聞』電子版 2025/8/2 16:00  8.5日閲覧
    https://mainichi.jp/articles/20250802/k00/00m/040/055000c?utm_source=article&utm_medium=email&utm_
    campaign=mailasa&utm_content=20250803
(注2)『東京新聞』電子版 2025年7月21日 15時16分 7.24日閲覧
    https://www.tokyo-np.co.jp/article/422556
(注3)BSTBS『報道1930』2025年8月15日放送。
(注4)PRESIDENT Online 2025/07/18 17:00 7.19 閲覧
    https://president.jp/articles/-/98559?cx_referrertype=mail&utm_source=presidentnews&utm_medium=email&utm_
    campaign=dailymail




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激動する世界と日本再生の道(4)―「失われた30年」は国家構想消失の30年―

2025-06-25 09:12:24 | 社会
激動する世界と日本再生の道(4)
―「失われた30年」は国家構想消失の30年―


前回に続いて、寺島実郎氏『21世紀未来圏 日本再生の構想: 全体知と時代認識』(岩
波書店、2024年5月)を手掛かりに日本再生の道を考えます。

今回は、大分類「針路 日本再生の構想―進むべき道筋」の第3章5「国家構想なき
日本を超えて」を中心に検討したいと思います。

というのも、寺島氏がさまざまな場所で強調しているのは、物事の全体を把握する
「全体知」に基づく「構想」だからです。

「構想」は、個人にとっても企業にとっても、そして国家にとっても最重要の課題
であり、そこを目指して進むべき目標です。

国家構想がない国家社会の運営は、あたかも羅針盤も海図もないまま大海原を公開
するようなものです。

近年の日本について寺島氏は、以下のように危惧しています。

    冷戦後の三十数年と並走して、日本が如何なる方向に進んでいるのかを自
    問する時、この 国が国家構想を見失ったまま走っていることに気づく。
    見失ったというよりも、日本という国家のありかたを国際関係の中で問い
    詰める緊張感を喪失したまま「このままでいい」という固定観念に埋没し
    ているようである。

敗戦から冷戦終結まで日本は、東西対立の緊張関係の中で、「自由主義・民主主主
義・資本主義経済」の価値を共有する「西側」の一員として、戦後復興から経済成
長を目指して邁進してきました。

その過程では、それなりに国家の目標も進むべき方向も明確でした。しかし冷戦も
終わってみると、「さて」日本は何を目指して、国際関係の中でそんな位置を占めて
ゆくべきか分からなくなってしまった、という状態にあります。

寺島氏はさらに踏み込んで、国家構想を見失なっただけでなく、むしろ深刻なのは、
は、現在の国際関係の中で国家構想を真剣に問い直す緊張感さえ喪失し、「このまま
でいい」との固定観念に埋没している状態だと警告しています。

問題は、なぜ日本は国家構想の重要性を重要視し、真剣に考えてこなかったのかとい
う点です。これについて寺島氏は、冷戦終結後「グローバル・スタンダードに準拠し
て生きること」、グローバリズムへの耽溺を国家戦略の前提としてきたことを挙げて
います。

つまり、日本は新自由主義とグローバリズムという世界的風潮に疑問を抱くことなく
過剰に同調し、敢えて国家構想とその戦略を練り直すことを怠ってきたというのです。

国内政策では、上記の風潮に合わせて「民営化」と「規制緩和」こそが時代の先端を
行く考え方だと吹聴されて政策に反映されました。

その先駆けは、中曽根康弘政権下(1985~1987)で断行された三公社(電電公社、
専売公社、国鉄)の民営化、1991年の大規模小売店舗法規制緩和などを経て、行き着
いたのが小泉政権(2002~2006)下で「聖域なき構造改革の本丸」として推進された
郵政三事業の民営化(旧郵政省の管轄下にあった郵便事業、郵便貯金、簡易保険など
保険事業を民営化すること)でした。

中曽根政権下の三公社の民営化は新自由主義の流れに乗って、「小さな政府」を実現す
るために行われました。

しかし、小泉政権感の民営化は、国民の経済的厚生を客観的に分析して導入されたと
いうより、政治的熱狂(いわゆる「小泉劇場」)として実施された面がありました。

寺島氏は、さらにその背後にあった「真実」を暴露しています。

    駆り立てられるように小泉改革に向かう背景に、米国の圧力が存在したこと
    は間違いない。「日米規制緩和及び競争政策イニシアティブ」の下に、米国の
    日本への「年次改革要望書」(2001~2003年版)が郵政民営化を強く要望し、
    金融分野への参入を期待していたことは明らかで、その要望に応えることが
    政策の中心になっていたのである。

郵政民営化は、世界の現実への洞察と主体的構想に立つ「民営化」や「規制緩和」で
はなく、アメリカの金融資本が日本の郵便貯金や保険事業へ参入できるよう圧力をか
け、小泉政権がそれに積極的に応えた、というのが実情です。

ついでに補足しておくと、「年次改革要望書」とは、「1994年より、アメリカが毎年
日本政府に対して突き付ける「要望書」のことで、「制度を変えてアメリカの企業が参
入しやすくしろ」という要求をずうずうしくも突きつけてくる仕組みのことである」
(注1)。

タテマエとしては、日本もアメリカに要望することはできるが、実際には「要望書」は
アメリカの日本政府に対する“命令”に近く、それに対して日本は拒否できないのが現実
です。

しかも、これは経済だけでなく安全保障、行政などあらゆる分野の問題に適用されます。

ほんの一時期、民主党の鳩山由紀夫元首相は、この「年次改革要望書」に対して、日本の
主権を侵害するものであり、受け入れられないという立場を取っていました。しかし、自
民党政権に戻るとこれはすぐに復活しました。

こうして、再び日本はアメリカの“要望”に従って国家運営をせざるを得なくなってしまい
ました。

このように考えると、よほど肝が据わった政治家が自民党から出てこない限り、あるいは
鳩山政権のような政権が出てこない限り、日本は主体的な国家構想は立てにくいでしょう。

国際関係における日本の位置を主体的に打ち立てることはさらに困難です。たとえば2001
年「9・11」でニューヨーク、ワシントンという中枢が襲われたアメリカは逆上し、ア
フガニスタン、イラク戦争へと突き進みました。

この時日本は “Show The Flag”(“戦場に出て来い”)という要請を受け、対米協力のため
インド洋に自衛隊を送り(2001年11月)、イラク戦争(2003年3月)が始まるとイラク人
道復興支援措置法の下に陸上自衛隊をイラクに送りました。

日本の法律では戦闘地域に自衛隊を送ることはできません。国会で、戦闘地域と「非戦闘
地域」とをどのように区別するのかとの質問にたいして小泉首相は、自衛隊がいる所が「
非戦闘地域」だ、と人を食った返事をしています。実態は、アメリカの要請で戦闘地域に
入っていたことを暗に認めていました。

また、2003年3月、アメリカはイラクが大量破壊兵器をもっている、という口実で突然、
イラク攻撃を行いました。

しかしそれ以前からCIAもイラクには大量破壊兵器は確認されていないと報告していた
のに、明らかにウソと分かるでっち上げの”証拠“と虚偽の言いがかりで攻撃を開始したの
です。

これに対して小泉首相は世界で最初に「米国の武力行使開始を理解し、支持いたしま す」
と世界に向かって声明を発したのです。

イラク戦争から25年、欧米メディアは大量破壊兵器に関する検証を積み上げてきました。
そしてイラクが当時大量破壊兵器を保有していた証拠はついに見つからなかったにもかか
わらず、「日米同盟重視」を暗黙の前提とする日本は、自らのイラク戦争への関与が妥当
であったか否かを検証しようとしません。

つまり、日本はどこまでもアメリカに付き従い、アメリカの行動を支持する姿勢を鮮明に
したのです。

さらに、直近の国際関係の中での日本政府の姿勢に、“日本は一体何を考えているのか”と
の疑いをもたれる事態が明らかになりました。

2025年6月13日、イスラエルが突如イランの諸施設を先制攻撃し、また政治・軍事の重
要人物を殺害した時、石破首相は直ちに「イスラエルの攻撃は到底許容できない。強く非
難する」、とイスラエルを非難する声明を発しました。

このニュースを聞いた時、珍しくアメリカとは異なる姿勢を見せたことに驚きました。し
かし、その4日後にカナダで開催された「G7サミット会議」で石破氏は手のひら返しの
ように全く逆の姿勢を示しました。

すなわち、「G7」は「イスラエルには自衛権がある」、「地域の不安定の主要因はイラン
である」と、イスラエルの先制攻撃を擁護し、イランを非難する声明を発表したのです。
石破首相はこの声明に賛成し署名しています。

中東地域についていえば、日本はイスラエルともイスラム諸国とも対話ができる国、なお
かつイスラム諸国に敵対的行為をしたことがないという信頼を得てきました。

とりわけイランと日本との交流は長い歴史を持っており、イランは「新日国」として知ら
れています。そのイランに対してこのような「二枚舌」を使うことは両国関係に大きな禍
根を残すことになります。

イランが親日である、ということは、国際社会の中で日本が長い時間をかけて営々と蓄積
してきた、私たちが考えるよりはるかに大きな「日本の財産」なのです。

この件に関して以下に私の個人的な見解を示しておきます。

上記のような、日本が国際関係のなかで獲得してきた信頼や評価は、今回、G7のイラン
非難声明に名を連ねたことにより、大きく損なわれたのではないかと強く危惧します。

イスラム圏の国々や12億人のイスラム教徒、さらには、いずれの陣営にもくみしない
「グローバル・サウス」の国々は、表立って口に出していませんが心の中では日本に失望
し、日本の裏切りと感じているに違いありません。

これらの国や人々にとって日本は、欧米世界の一員として自らを位置づけようと行動して
いるアジアの国であり、もはや“自分たちの側に立つ”アジアの国とみなすことはできない
と映ったのではないでしょうか。

いずれにしても、今回日本は非常に大きな財産を失ってしまったことはまちがいありませ
ん。この点を石破首相はどれほど分かっているのでしょうか? あるいは分かっていても、
G7の一員に留まるためには欧米に追従しなければならないと思っていたのでしょうか?

恐らく石橋の頭の中で、現在も将来もG7のような西側の先進国が世界の問題を処理して
ゆく、と考えているのでしょうか? 私は、これは根拠に乏しい危うい考えだと思います。

私の心配は杞憂に終わればいいのですが、これまで研究対象としてグローバル・サウスや
イスラム社会とかかわってきた筆者には、どうしても残念でたまりません。

つぎに、世界情勢は21世紀に入り急速に変化し始めました。21世紀の主な思潮はグロー
バル資本主義が掲げた新自由主義は「市場中心主義」で、これが世界を席巻するかに見え
ました。

しかし2010年代に入り、それだけではでは制御できない事態が露呈し始め、多くの国で
「新・保守主義」(ナショナリズム)と言える潮流が顕在化してきました。

すなわち民族、宗教、家族などの価値が、とりわけ大国において頭をもたげ始めたのです。
1 ロシア ロシア正教による統合(正教大国)
2 中国  改革開放政策から「社会主義現代化強国」「中華民族の偉大な復興」
3 アメリカ 「アメリカ・ファースト」(自国利害就寝主義)
4 グローバル・サウスの雄インドのモディ首相 ヒンドゥー主義への傾斜
5 ヨーロッパにおける保守・極右勢力(ナショナリスト勢力)の伸長

では、このような変化に対して日本はどのように対応したのでしょうか。21世紀の日本は
「自由で開かれたインド・太平洋」を語り「中国の脅威を封じ込める日米同盟の強化」とい
う枠組みでしか対外構想を描くことができなくなっています。

この状況の下で日本は「国家構想の空白」と「国家構想の硬直」という二重の視野狭窄。に
陥ってしまいました。

寺島氏は、「ここに現代日本の悲劇がある。これは間違いなく。この30年の日本経済の埋没と
も相関している」、と述べています。

その原因の一つは、冷戦後のパラダイムである「グローバリズム」と「新自由主義」の潮流
に飲み込まれ、主体駅な思考を見失なったことによると言わざるを得ません。

二つは、冷戦終焉後の1990年代から21世紀にかけて、多くの日本人は戦後経済の成功体
験の余韻に浸り、「これからはグローバル化の潮流に乗って、グローバルスタンダードに準拠
して生きる」という方向を共有し、真剣に国家としての構想を模索してこなかったことです。

その空白の反動で、安倍政治に象徴されるは偏狭なナショナリズムと「日本回帰主義」を呼
び戻すことになったともいえる。ただし、安倍政治のナショナリズムは「親米ナショナリズ
ム」という思想的「複雑骨折」を起こしています。

屈折した虚弱なナショナリズムがくすぶりながら、「それでも、米国についていくしか選択肢
はない」という硬直した心象風景が日本政治を覆っています。

「失われた30年」は「経済的停滞と埋没の30年」でしたが、「国家構想の消失の30年」で
もあったのです

日本の再生には、まずなによりも、政治家だけでなく国民一人一人が、日本はどんな国であ
るべきかという国家構想を真剣に考えることから始めなければなりません。


(注1)関岡英之『拒否できない日本 アメリカの日本改造が進んでいる』 (2004 文春新書)に対するレビュー。
    https://www.amazon.co.jp/review/RRX85SQVR1HRZ


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激動する世界と日本再生の道(3)―日本は「一瞬だけ繁栄した奇妙な国」で終わるのか?― 

2025-06-19 09:40:55 | 社会
激動する世界と日本再生の道(3)
―日本は「一瞬だけ繁栄した奇妙な国」で終わるのか?― 

今回は、前回2回にわたって紹介した著作の4年後に出版された、寺島実郎氏『21世紀未来圏 日本
再生の構想: 全体知と時代認識』(岩波書店、2024年5月)を手掛かりに日本再生の道を考えます。

本書を書くに当たって寺島氏は、“日本は「一瞬だけ繁栄した奇妙な国」なのか”、という大きな問い
かけを自らに投げかけています(注1)。

前作が「20世紀システム」を念頭に置いて書かれているのに対して本書は、「21世紀システム」をベ
ースとして未来を展望し、日本再生の未来を構想するという構成になっています。

本書の「はじめに」で寺島氏は、「20世紀システム」から「21世紀システム」への変化を以下のよう
に概観しています。

「20世紀システム」とは、英国から米国へと主役の交代はあったものの、英米によるアングロサクソ
ン同盟によって世界秩序が形成された時代で、その実態はアメリカ一強の時代でもありました。

この時代には、「大西洋憲章」「国際連合」構想という新たな国際主義(グローバリズム)が20世紀
後半も世界秩序をリードしていました。

政治的な国際主義とともに、20世紀をリードした米国の経済思潮となったのが、T型フォードを生み
出した、ヘンリーフォードの「フォーディズム」つまり「大量生産・大量消費」をモットーとする産
業主義でした。

日本についてみると、20世紀初頭には世界のGDPの3%程度、1945年の敗戦後は3%ほど、その
後「工業生産力モデル」の優等生として成長・復興し続けて1994年には18%を占めるに至りました。

「20世紀システム」の中で日本はその恩恵の享受者であり大いに繁栄しました。しかし、2024年には
世界のGDPの3%台に落ち込み、日本の「埋没」がはっきりしました。

日本は「20世紀システム」の中で繁栄し、「20世紀システム」の中で埋没してしまったのです。

寺島氏によれば、日本の経済的な没落は、「政治指導力の貧困と相関し、さらに日本を支える人材の劣
弱さによる」結果でもありました。

「20世紀システム」の本質は「新自由主義」と米国流の金融資本主義でしたが、その流れの中で日本
は主体的国家構想を見失い、「埋没」を加速させてしまいました。

寺島氏は、日本の政治リーダーも経済界も、これからの日本はどうあるべきかという国家構想を描く
ことができなかったことが「埋没」を加速させた、とみています。

「経済的豊かさ」を唯一の国民合意目標としてきた戦後日本にとって、この「埋没」が持つ意味は大
きかった。

特に、2010年にGDPで中国に抜かれたあたりから日本全体の情緒不安定が始まり、東日本大震災の
衝撃も加わって、その情緒不安定は「日本を 取り戻す」を掲げて「調整インフレ政策」(異次元の金
融緩和)なる「アベノミクス」を進める安倍政治に国民が吸い寄せられていった構図に表れています。

安倍元首相の「日本を取り戻す」とは、「教育勅語」の副読本化が閣議決定した(2017年)ことからも
分かるように、それは「古い日本」への復古を意味していました。

そもそも「教育勅語」は主権在君の明治憲法下のものであり、その核心は、国民を天皇に忠実かつ従属
的な「臣民」とし、戦争が起きたら国と天皇のために命を捧げよということであり、アジア諸国をはじ
めとする侵略戦争へと国民を駆り立てる役割を果たしたのです。

またその根底には強固な家父長制や男尊女卑など封建制の考えがあります。

安倍政治はグローバル化の中でナショナリズムに訴えましたが、そのこと自体、没落に直面して引き起
こされた情緒不安定的な反応だったのです。そして、安倍氏の場合、親米(従米)ナショナリズムとい
う理念的なねじれを起こしています。

いずれにしても日本は「20世紀システム」への固定観念(新自由主義、大量生産・大量消費の工業生産
力モデルへの執着)と米国への過剰同調で21世紀を生き抜くことはできません。

それでは「21世紀システム」とは世界と日本にとってどんな時代的状況なのでしょうか。そして日本は
その中でどのように再生してゆくのか、が次の課題となります。

まず、「21世紀システム」では米国一強の時代ではなく、米露中という20世紀をリードした大国は、世
界の求心力をもたらす力、「正当性」を失っており、世界は全員参加の多次元秩序に向かっています。

日本国内では、21世紀に直面する国内的変化として「異次元の高齢化」と「異次元の少子化」が世界
に先がけて同時進行しつつあり、2050年には65歳以上が4割となります。

また、団塊の世代(1947年から1949年に生まれた世代)が2021には後期高齢者になります。この世代
以降の姿勢の特徴は「イマ、ココ、ワタシ」の私生活を重視し優先する、というものです。

他方寺島氏は、高齢者を負担と考えず、情報がSNSなどで断片化する中で、高齢者に蓄積されている
体系的な情報提供基盤として、また高齢者の変革のマグマをポテンシャルと考え、できるだけ社会参画
してもらうべきだと提言します。

さて、以上の内外の環境変化を念頭に置いて本書全体をみてみましょう。

本書は大きく① 「針路 日本再生の構想―進むべき道筋」、と② 「筋道 全体知に立つ―構想に至る思
索のプロセス」の二つから成り、前者には3章、後者には7章が含まれます。今回は、①の「進路」につ
いて紹介し検討します。

最初に「21世紀日本再生の構想」の基点であり最低限充足すべき基本的条件となる三つの柱が提示され
ます。第一の柱は「日米同盟の再設計と柔軟な多次元外交の創造」です。

日本は米国への過剰依存と期待の中を歩んできたため、主体的な国際関係の構築を見失ってきた、との
認識も基づき、以下の3点を重要課題として挙げています。

1在日米軍基地・施設の縮小と地位協定の改定
2尖閣諸島の領有権の米国への再確認―日米中関係の基本課題
3経済における日米同盟を深化させ、包括的経済協定を実現する。現在は日米間に「日米貿易協定」は
 あるが「自由貿易協定」はないことに注意すべき。

上記の中で、在日米軍基地の縮小と地位協定の改定には、寺島氏の強い思いがある。彼は言う。
    敗戦後の一定期間に外国の軍隊が駐留する事例は多いが、国際常識に還って、敗戦八〇年が経
    過しても外国の軍隊を受け入れる国を「独立国」とは言わない。「保護領」(protectorate)とい
    うのである。
「保護領」とは、直截的に言えば「半植民地」(少なくとも「完全な独立国ではない」)を意味します。

寺島氏は、「反米」でも「嫌米」でもなく、米国との関係を再構築し対等な関係にすることが、21世紀
日本の針路とっての基点となる、との認識に立っています。

安全保障に関しては米国一強に依存した「日米同盟」一辺倒ではなく、多国間安全保障の枠組みを実現
する多極的な全員参加型秩序への創造的に参画 を追求すべきである。

というのも、日米安全保障を柱とする時代はすでに終わっており、米国にそれを維持する力も意志もな
く、世界潮流は多極化しているからです。

その際、求められるのは「高い理念性」で、それは「非核平和主義」で、憲法前文が掲げる「国際社会
における名誉ある地位を占めたいと思う」という高い理念である。

上記2の「尖閣諸島の領有権」に関しては補足が必要です。米国は尖閣諸島が日本の施政権下にあり安
保条約第5条(米国も安全保障を分担する)の対象となることは認めているが、歴代の米大統領は領有
権については認めていません。

そこで寺島氏は、日本の領有権を確認することを主張しているのです。

第二の柱は「アベノミクスとの決別とレジリエンス強化の産業創生」です。一方で、「アベノミクス」
は異次元の金融緩和で景気浮揚を図る(実は株価を上げるだけ)安易なリフレ経済学から脱却すべき
である。

マイナス金利と金融緩和の常態化の中で、実態経済を支えるべき企業群は市場競争を通じた研鑽を見
失い長期的視点での技術や産業力を高める努力を抑制して、短期的業績に追われるようになってしま
った。

岸田首相の「新しい資本主義」はアベノミクスの継承で、「貯蓄から投資へ」「賃上げへの政府の介入」
をしただけで失望に終わった。

利益を得たのは企業セクター、特に上場企業と輸出産業。法人企業統計で、経常利益総額は、2012年
の48.5兆円から2022年の95.3兆円へ。為替レートは2012年平均が79.8円から131.8円へ円安となり、こ
れは輸出を促進した。しかし円安は食料と資源の輸入インフレを加速して現在にいたっている。

日本は円安によって輸出を増加することはできたが、将来の経済を牽引するイノベーションに欠けてい
た。それを寺島氏は「総合エンジニアリング力の欠如」であると喝破しました。

寺島氏は別の箇所で述べているように、国産ジェット機がついに飛ばなかったのは、部分部分の技術や
イノベーションは優れているが、全体をまとめて一つの完成品を完成させる「総合エンジニアリング」
においてはイノベ―ションが起こらなかったからだという。

第二の柱では、日本が推進すべき産業分野として「レジリエンス」を高める「医療・防災」「食と農」
に力を入れるべきである、との寺島氏の持論が提案されています。

ここで「レジリエンス」とは、困難や問題に直面した時、それらに耐えて克服する適応力を指す。

戦後の日本は「豊かさのための産業開発」に専心してきたが、21世紀の日本が目指すべきは「豊かさ
のための産業開発」ではなく「国民の安全・安定のための産業創生」であるという。

「医療」については、コロナ・パンデミックに直面して日本はワクチンを開発できなかったこと、「防
災」については地震・豪雨・水害が頻発し多大な被害をもたらしていることを考慮し、人命と家屋や
施設などの損失を防ぐことが、21世紀の日本再生にとって喫緊の課題となる。

そして「食と農」に関して寺島氏は、日本の食料自給率が低いことを問題視しています。すなわち、
他の先進国、たとえば米国115%、ドイツ84%、英国54%に対して日本の自給率は38%
(2022年)という低さです。

食と、食を生産する農を安定的に確保することは、日本人が生存する大前提です。食料は輸入すれ
ばよい、という「20世紀システム」の考えを根本的に改める必要があります。

第二の柱の最後に寺島氏は、日本人の叡智を深めるために「教育・文化」産業が非常に重要ですが、
メディア状況も含め、「知の劣化は目を覆うものがある」と、嘆いています。

第三の柱は「戦後民主主義の錬磨―新しい政治改革と高齢者革命の可能性」です。

日本には地道な市民運動や労働組合運動さえ、1970年代の高度成長期と1980年代のバブルで沈滞し
てしまいました。

その結果、日本に市民民主義革命も労働者革命も起こらなかった。それは、日本の民主主義はフラ
ンス革命や米国独立戦争のように勝ち取った民主主義ではなく、敗戦時に「与えられた民主主義」
(「マッカーサー民主主義」)だからだ。

こうした経緯のため、国民全体に民主主義を大切に成熟させようとする気にはならないのかも知れ
ません。

とりわけ深刻なのは政権与党の自民党で、政治資金の裏金問題をみても分かるように、政治家の民
主主義にたいする意識の低さと、政治家の質の劣化は目を覆うばかりです。

国会議員の中には利権に走る職業政治家(政治でメシを食う人)も少なくない。寺島氏は、一人当
たり歳費と関節コストで2億円かかっている国会議員の定数を3割は減らすべきだと提案しています。

企業団体献金の禁止、資金集めのパーティーと「裏金」、選挙期間中のフェイク・動画や誹謗中傷の
拡散など、民主主義の根幹にかかわる選挙に関しても改善すべき問題は山積しています。

寺島氏は、既存の政党・政治家の枠を超えた改革のため、真の民主主義を守ることを共通意思とする
国民参加型の、たとえば「日本再生国民会議」ような政策協議会を創り、超党派の政治家や参画を希
望する多用な主体を加えた政策志向の運動体を形成し、民主主主義の基盤を強化する必要がある、と
の提案をしています。

冒頭でも書いたように、以上の3つの柱は、あくまでも21世紀にむけて日本が実現すべき基点であ
り最低限充足すべき基本的条件に過ぎません。

これらの基本的条件を満した上で、主体的な国家構想を描くことができるか否かが、日本が「一瞬
だけ繁栄した奇妙な国」で終わってしまうのか、あるいは、日本再生の道を歩むことができるのか
否かの別れ目となります。





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底が抜けた日本社会の安全神話―詐欺から緊縛強盗へ狂暴化する犯罪―

2024-10-22 09:34:28 | 社会
底が抜けた日本社会の安全神話
―詐欺から緊縛強盗へ狂暴化する犯罪―

“日本は安全な国”との評価は国際社会で定着しており、近年の外国人旅行者が日本を
選ぶ理由として「日本は安全」が重要な要素となっています。

たしかに日本は、アメリカのように銃犯罪がしばしば発生するという状態ではありま
せん。

ところが、日本に住む私たちは日々、“日本は安全である”と感じているでしょうか?

毎日のようにテレビでは凶悪犯罪のニュースが流れ、警察当局は常に犯罪予防の警告
を発しており、多くの日本人はとても安全な国とは言えない、という印象をもってい
るのではないでしょうか。

かつて、いわゆる「オレオレ詐欺」なる犯罪が頻発していました。警視庁特殊詐欺対
策ページによれば、これは、孫や子の声で父母や祖父母に電話で「会社のお金を株に
使い込んでしまった」「会社のお金(小切手)が入ったカバンを落としてしまった」など
と話し、お金が至急必要であることを持ちかけてきます。

その際、電話をかえくる「かけ子」は、「風邪をひいて、喉の調子が悪い」などと言っ
て、声が違うことを不自然に思われないようにし、さらに「携帯をなくした(盗まれた、
壊れた)」と言って、携帯電話番号が変わったと思い込ませます(注1)。

この犯罪には最初に電話をかける「かけ子」と、自宅に現金を取りに行く「受け子」、
そして彼らを使う「指示役」などが関与しています。

ただし、直接現金を受け取ることには逮捕されるリスクが伴うので、銀行やコンビニ
のATM機を通じて振り込ませる場合もあります。

また、主に外国人がインターネット上の交流サイトなどで知り合った日本人男女に恋
愛感情をもたせ、しばらくして結婚をにおわせたり、直接会いたいから旅費を出して
ほしいなど、様々な理由をつけてお金を送金させる「国際ロマンス詐欺」も登場した。

さらに最近では、投資ブームを利用して、インターネット上で有名人の偽の顔や声を
AIで作成し、投資を勧誘する「SNS型投資詐欺」も問題になりました(注2)。

「オレオレ詐欺」も「ロマンス詐欺」も「投資詐欺」などは「特殊詐欺」と呼ばれま
すが、これらの詐欺は、ある程度の被害者が出て、世間の警戒心が強くなると、少な
くともしばらくの間、鳴りを潜めます。

ところで、これらの「詐欺」犯罪は、こちらの側で警戒して相手の言葉を信用しなけ
れば被害に遭うことを避けられます。

上記の詐欺のなかでも「投資詐欺」は詐欺の中でもちょっと特殊で、ある程度の資産
を持った人たちが、有利な投資によってさらに資産を増やそうとする欲望につけ込む
犯罪で、今後も無くならないかもしれません。

しかし今年に入ってからの犯罪は、これまでとは大きくことなります。それは、狂暴
化と大胆化と言えます。狂暴化の典型的な例は「闇バイト」によって集められた何人
かが集団で行う緊縛強盗です。

まず、下の「闇バイト強盗の一覧図表」を見ていただきたい。これらの図表は、8月
27日から10月17日までの2か月足らず52日の間に、東京、神奈川、埼玉、千
葉の首都圏1都3県だけで16件、北海道の札幌で1件、計17件の強盗事件が発生
した事件です。

しかも、首都圏の16件のうち1件は殺人という狂暴な行為に及んだ強盗殺人でした。

図1首都圏と北海度の強盗事件

出典 (注3)を参照。

いわゆる「闇バイト」に応募した実行犯が起こす強盗の特徴は、家の住民の留守を狙っ
て金品を盗むのではなく、住民が居る時に家の中に入り込み、住人を粘着テープなどで
体を緊縛し、殴る蹴るの暴力をふるって脅して現金を出させて逃走するといった、とて
も荒っぽく狂暴なやり口です。

「闇バイト」による犯罪の手法は、SNSで安全な「ホワイト案件」であることを装った
募集を行い、これに応募すると身分証明書の写真を遅らせ、もし途中で逃げたりしたら家
族にも危害を加える、との脅し文句で心理的に逃げられないようにし、そのうえで、次々
と強盗の指示を出して金銭を奪わせる、というものです。

実行犯は、指示役から携帯電話で通話をつないだままリアルタイムで指示を受け、その通
りに犯行を実行してゆきます。

この際、秘匿性が高い通信アプリ(一定時間が経つと自動的に記録が消えるなど)が使わ
れます。このような犯罪を警察では「匿名流動型」犯罪、「トクリュウ」と呼んでいます。

最近の事例をみると、犯行グループはドアを壊したりガラス戸を割って家に侵入し、緊縛
や暴力によって脅し、住人に現金や金目のもののありかを言わせたり、キャッシュカード
を取り上げて暗証番号を聞き出すなどの手順を踏むことが多いようです。

おそらく、その方が家の中に押し入った後で家中を探し回るよりも手っ取り早いとの考え
なのでしょう。

以下に神奈川県と千葉県で発生した3つの事例を取り上げ、強盗のあらましを紹介します。

一例目は横浜市青葉区で、家に押し入って家の住人を殺してしまった事例です。10月15
日ころ(と推定されている)、横浜市青葉区の住宅で、この家に住む後藤寛治さん(75)
が粘着テープで手足を縛られた状態で殺害されているのが見つかりました。犯人は現金お
よそ20万円とネックレスなど30万円相当を持ち去ったようです(注4)。

後藤さんは現金のある場所をなかなか言わなかったために、殺され家の中を物色して現金
とネックレスなどを見つけたのかも知れません。

後に逮捕された宝田真月(22)は警察に、税金の未納分が数十万円あり、短時間で高収
入を得られるという「ホワイト案件」の募集に応募した、と語っています。

二例目は、この横浜市の事件の直ぐあと、10月16日午前3時半から4時ころ、千葉県白井
市では住宅に男2人が押し入り、就寝中の70歳代の女性と40歳代の娘の2人に目隠しを
して粘着テープで体を緊縛し、「金はどこだ」「車のカギを出せ」と脅し現金や車を奪って
逃走しました。

その後の捜査関係者への取材で、男らは「1000万円あるだろ?」「2000万円あるだろ?」
などと脅していたことが新たにわかりました。実行犯に強盗をさせた指示役(あるいはそ
の上位の犯罪者)は、何らかの方法で住宅に多額の現金が保管されていることを知ったう
えで、犯行に及んでいたとみられています(注5)。

どうやら犯行には、犯行の指示役と実行役のほかに、事前の調査役、見張りと逃走用の車
の運転役など、複数の人間が関与しているようです。

三例目は千葉県市川市で起こった強盗事件です。千葉県警によると、17日午前1時15分ご
ろから午前2時45分ごろ、複数の男が市川市の住宅に侵入して住人の50代女性の顔を殴る
るなどの暴行を加え、「金はどこだ、殺すぞ」と脅しました。

こお時の暴力で女性は顔や全身の打撲のほか、肋骨(ろっこつ)や指の骨が折れる重傷を
負ったうえ車で連れ去られましたが、17日夜、埼玉県川越市の宿泊施設で警察により保
護されました。

警察はこの時一緒にいた住所・職業不詳の藤井柊(自称)容疑者(26)を監禁容疑で現行
犯逮捕しました。警察は暗証番号を聞き出すため指示役の指示で女性を連れ去ったとみて
調べています。

翌18日に、事件は新たな展開をします。18日午前1時半ごろ、自称横浜市旭区の内装
工内装工高梨謙吾容疑者(21)が警察に出頭し、強盗傷害の疑いで逮捕されました。

調べによると、2人を含む3人組が住宅に押し入り、車や携帯電話、キャッシュカードなど
を奪ったとみられていますが、このカードを使ってコンビニのATMで現金を引き出してい
たことが捜査関係者への取材で新たにわかりました。指示役からの指示だった可能性があ
るということです。

ところで、自首した高梨容疑者は調べに対して、ほかの強盗事件への関与をほのめかして
います。実際、高梨容疑者の指紋は青葉区の事件にも船橋の事件の現場にも残されていた
ことから、これらの事件にも関与していたと思われます。

また、藤井容疑者は横浜市青葉区で起きた強盗殺人事件と千葉県船橋市で起きた強盗傷害
事件にそれぞれ関わった疑いがあるということです(注6)。

こうした事例を見ると、首都圏における「トクリュウ型」の強盗事件は、同一人物が何件
かにかかわっている可能性があることをうかがわせます。

ところで、先に紹介したように、8月~10月に発生した強盗事件の17件のうち16件
は首都圏に集中していました。

これにはいくつかの理由が考えられます。推測の域を出ませんが、首都圏は都市域が広く、
道路や鉄道などの交通網が発達しているので、犯行後に人ごみに紛れて逃げるのに好都合
であるという事情が犯人にとって重要だったのかもしれません。

また、こうした犯罪を画策する犯罪者たちにとって、「闇バイト」で実行犯をリクルートす
る際に、首都圏の方がお互いに顔見知りではない人物を集めるのに他の地域より容易であ
ると考えかも知れません。

以上のほかに筆者は、実行犯が容赦なく押し入った家の住民に暴力をふるい、時には殺し
てしまうという点に注目しています。

金のために人を騙す詐欺とは全く次元がちがい、最近の強盗事件では、金を奪うためなら
最初から暴力をふるい場合によっては(たとえば抵抗すれば)相手が死んでしまってもか
まわない、という態度が露骨に出ています。

強盗殺人で有罪となると死刑か無期懲役のいずれかの厳罰となりますが、実行犯たちはそ
れを知っていたのだろうか? ただ、逮捕された容疑者は共通して、個人情報を渡してし
まっているので、家族にも迷惑が及ぶのを恐れて指示に従ってしまったと供述しています。

指示役にも実行犯にも、人を傷つけること、殺すことに対して何の感情も抱かないで、た
だ金を奪うことしか頭にないようです。それだけ、切羽詰まったお金の必要に迫られてい
たともいえます。

いずれにしても、暴力を伴う緊縛強盗事件が頻発していることは、最低限の命にたいする
尊厳が崩壊していることを示唆しています。以下に、これにたいする私の見解を書いてお
きます。

もし、こうした事件がごくたまに起こる例外中の例外だったというなら個別的な問題と考
えることはできます。しかし、これだけ頻繁に発生するということは、個別的な事例とい
うより、現代日本社会が抱える何らかの問題の一端を示しているように思えます。

そこには、一方でとんでもない額の収入を得ている富裕層がおり、彼らの優雅な生活ぶり
がテレビなどで紹介される一方、貧困線上で浮上できず悪戦苦闘している人々が社会の底
辺に滞留しているという格差の拡大という状況があります。

小泉内閣以来の新自由主義的政策では「自己責任」を強調し、岸田政権時の「貯蓄から投
資へ」の掛け声とともに投資によってお金を稼ぐことを煽ってきました。しかし、投資す
る資金のない人たちにとっては縁のない話で、ただただ不満がたまる一方です。

そんな状況に追いやられ、あるいは不満を抱いている貧しい人たちの一部が、高額収入を
得られるという謳い文句につられて「闇バイト」に応募してしまったものと思われます。

以上をまとめると私は、ここ数ヶ月に起こった緊縛強盗の背景には、経済格差の拡大(貧
困の存在)、「金が全て」という風潮、「命の尊厳」の希薄化、SNSで簡単に犯罪の実行者
をリクルートできる簡便さ、携帯電話だけでつながる「匿名性」などなど多くの要因があ
ると思います。

これらの要因が存続する限り、今起こっているような凶悪な強盗事件は簡単には無くなら
ないかもしれません。


(注1) 警視庁特殊詐欺対策ページ(n.d.)
https://www.npa.go.jp/bureau/safetylife/sos47/case/oreore/
(注2)警視庁特殊詐欺対策ページ(n.d.)https://www.npa.go.jp/bureau/safetylife/sos47/new-topics/
(注3)『讀賣新聞オンライン』(2024年10月18日12:00)
https://www.yomiuri.co.jp/national/20241018-OYT1T50050/
(注4)『NHK NEWSWEB』(10月18日 12時03分)https://www3.nhk.or.jp/lnews/yokohama/20241018/1050022302.html
(注5)『テレ朝news』(2024年10月18日16:34)https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000378826.html;
   『讀賣新聞オンライン』2024/10/18 08:49
   https://www.yomiuri.co.jp/national/20241017-OYT1T50221/;
   (注6)『朝日新聞』デジタル(2024年10月19日 11時25分)https://www.asahi.com/articles/ASSBM0PNQSBMUDCB001M.html?ref=auweb;
   『NHK NEWSWEB』(2024年10月20日 4時58分)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241020/k10014614041000.html

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小学生の“マウント地獄”と「キャラ化」で守るしかない哀しさ

2024-07-30 07:26:40 | 社会
小学生の“マウント地獄”と「キャラ化」で守るしかない哀しさ

最近読んだあるWeb 記事に、私はかなりショックを受け、そして悲しくなりました。

それは、ノンフィクション作家の石井光太氏が書いた『「はい、論破!」教室は“マウント地獄”
と化している・・・小学校で広がっている「静かな学級崩壊」のヤバすぎる実態 自分自身をま
もるには「キャラ化」するしかない』という長いタイトルの記事です(注1)。

以下に、この記事の内容を紹介しつつ、今の小学生の心に起こっている、ある種の“異常さ”ある
いは“ゆがみ”について考えてゆこうと思います。

タイトルの冒頭にある「はい 論破!」とは、相手の言い分を言い負かした時に発声する言葉で、
自分が優位に立ったこと(マウント)を勝ち誇って言う言葉です。

これは2015年ころ、テレビのバライティー番組で木下ほうか氏が使った言葉で、2015年の「ユー
キャン新語・流行語大賞」の候補にも挙げられています。

この言葉が今でも小学生の間で使われていることはちょっと意外でしたが、実際に小学生の間で
使われているようです(注2)。

石井氏は、不登校になる児童や生徒が過去最多を記録しており、教育現場で何が起きているのか、
という疑問から調査を行いました。

そのために学校の先生200人と小学生にインタビューし、今の子どもたちを取り巻く不都合な真実
を『ルポ スマホ育児が子どもを壊す』(新潮社)という本にまとめました。今回取り上げる記事
は、その本からの抜粋と要約です。

学校に居心地の悪さを感じて不登校になっている子どもたちは、フリースクール、子ども食堂、無
料塾などに比較的多く集まっている。こうしたところで子どもたちに「学校の何が嫌なのか」と尋
ねると、おおよそ同じ言葉が返ってくるといいう。

「教室の“アツ”がすごい」

アツとは、圧力、プレッシャーのことです。教室の空気があまりに重苦しく、耐えられないほどだ
という意味だ。

現在の教室には、あからさまないじめや体罰はなくなったが、それと入れ替わって出てきたのは次
のような諸問題です。

長い学校滞在時間、人の一面のみでの決めつけ、静かな学級崩壊、新たな校内暴力、褒められ中毒
(具体的にこれが何を意味するのか分かりませんが)などで、これらが子どもたちの足枷となって
登校意欲を減退させているという。

これらのかなでも、「人の一面のみでの決めつけ」が特に深刻です。

東海地方のある校長校長(50代男性)は
    教室では、子どもたちがそこかしこで“マウント合戦”をしています。今の子どもたちは、
    昔みたいに乱暴な言動で相手を抑圧しない代わりに、「受験しないヤツはクズ」とか「え、
    お前、スマホ持ってないの?」といった陰湿で間接的な表現で他人を貶(おとし)めよう
    とします。現代は、ゲーム、アプリ、アイドル、漫画などいろんなものが世の中に溢れて
    いますよね。子どもたちは各々得意なところでマウント(優位性)を取ろうとするので、
    あっちへ行っても、こっちへ行っても、何かしらの圧力を加えられるのです。

子どもが“カースト”(階級、序列)を作り、少しでも自分の立場を上げようとするのはいつの時代
も同じです。

昔は、ガキ大将に象徴されるように、それが腕力などわかりやすい形で行われていた。先生はそん
なガキ大将の頭をゴツンとやればよかった。

しかし、今の子どもたちは大人に気づかれないように、言葉で他人を貶め、自らのカーストを上げ
ようとする。これにたいして先生たちはいちいち介入する時間もなく、放置状態です。

さらに校長は、

    今の子どもたちは、幼い頃から雑多な人間関係の中に身を置いていないので、人との接し
    方が驚くくらいに下手です。その場の空気を読むとか、相手の気持ちを考えるとか、言葉
    を選ぶといったことができない。
    そのせいなのでしょう、友達と他愛もない話をしていても、簡単に「おまえ、雑魚でしょ」
    とか「はい、論破〜」なんて驚くような冷たい言い方をする。我々が「そういう表現はや
    めなさい」と注意しても、何が悪いのかという顔をしてきます。そんな言葉を使ったら相手
    がどれくらい傷つくかを考える力がないのです。
    こうした悪い表現は子どもたちの間にすぐに広まります。それで子どもたちのマウント合戦
    は、知らないところでどんどん攻撃性の強いものになっていくのです。

と語っています。

つまり、傷つけている側が罪の意識を持っていなければ、それをやめようという意識にはならないの
です。

たとえば、「草」とはネット用語で「笑える」「ウケる」の意味ですが、子どもたちは簡単に「こいつ、
点数悪すぎて草」とか「マジで草」といった表現をする。

ネット用語なのであからさまな悪口ではないが、言われた子どもは大きなショックを受けるはずです。

また、一時期流行った「それってあなたの感想ですよね」も頻繁に使われている。発言する側は流行語
を発しただけという認識ですが、言われた側にしてみれば、対話を一方的に遮断されたと感じる。完全
否定されたのと同じなのです。

教室の中でそんな言葉の応酬がくり広げられれば、子どもたちが「アツ」を感じるのは避けられません。

今の学校の教室で行われているマウント合戦の中で、柔軟性のある子なら、うまく受け流せるかもしれ
ないが、そうでない子は飛び交う言葉に傷つき、疲弊していってしまいます。

マウントを取りたがる背景を。教育に詳しい「アルバ・エデュ」の竹内明日香代表理事は、
    一種の承認欲求で、周囲に対して自分のことをもっと見て、もっと認めてというその気持の裏
    返しで、自分の方が上なんだというマウントにつながったりしている。
と述べています(注2)。

確かに、マウントを取ろうとする側には、自分の方が上だと自他に認めさせたい、という承認欲求があ
ることは間違いない。しかし私は、そのさらに奥には、自分にたいする本当の意味での自信のなさの裏
返し、という面もあると思います。

努力して優れた能力なり成果をあげて人の「上」に立とうとするのではなく、周囲の人をバカにしたり、
言い返せないような言葉(「はい、論破」など)でおとしめて自分が「上」になろうとするのは、この問
題の背後に「ゆがんだ」心理があるような気がします。

マウントしようとする側にこのような心理があるとしたら、マウントされる子どもたちが何とか我が身
を守ろうとするために採る方便が“キャラ化”というとても哀しい方法です。

ある先生(関西、40代女性)は言う。
    学校では個性を出そう、自己表現をしようと伝えています。それが主体性を築き上げて いく
    上で大切なことだとされているのです。しかし、傷つきやすい子どもたちは、生身の自分を表
    に出そうとしません。
    みんなの前で、個性を見せて自分なりの意見を言って、それを周りから否定されたらつらいじ
    ゃないですか。自分の全人格が否定されたようなショックを受ける。
    だからどうするかっていうと、子どもたちは本当の自分ではなく、代わりの何かに扮するので
    す。最近はそれを“キャラ”と呼ぶ人もいますが、何かしらのキャラを演じるようになるのです。

ここで言う「キャラ」とは、キャラクターの略で、その人の特徴(見た目や性格など)という意味の他
に、自分の身代わり・分身、インターネット上の仮想空間では「アバター」に近い存在を意味します。

教室で何かのキャラに扮していれば、たとえ周りの人から馬鹿にされても、それはキャラが否定された
だけで、自分がそうされたわけではないと考えられ、気持ち的に楽になるらしい、というのです。

この場合、キャラは「身代わり・分身」、あるいは「隠れみの」として機能します。もちろん、キャラが
否定されることは本人が否定されることなのですが、「それはキャラが否定されただけ」というのは「フ
ィクション」であることを本人は十分わかっています。

しかしマウントされ、いじめられる子どもたちは、そうまでして自分を守らなければならないところに
追い込まれていることに、二重、三重に問題の深刻さと哀しさを感じます。

子どもたちのキャラ化現象は、2009年に筑波大学の土井隆義教授が指摘しており、前出の先生によれば、
あれから15年ほどが経ち、キャラのバリエーションが膨らんでいるという。

たとえば、彼らが口にするキャラとしては、「陽キャラ」「陰キャラ」「キモキャラ」「天然キャラ」「いじ
られキャラ」「キラキラキャラ」「突っ込みキャラ」「真面目キャラ」「姉御キャラ」「癒しキャラ」などが
ある。

最近の子どもたちはキャラに合わせてあだ名を作るらしい。たとえば、「陰キャ」の子が日高太陽という
名前だとちぐはぐな感じがする。そこで、みんなで話し合って「ゾゾ男」みたいなあだ名を決めるという
(キャラはたんに“~キャ”と表現されることもある)。

このように、子どもたちは教室でそれぞれのキャラに扮して過ごす。「陽キャラ」はどこまでも「陽キャ
ラ」に徹し、「いじられキャラ」はどこまでも「いじられキャラ」に徹する。

そこで多少傷つくことを言われても、これはゲームのようなものなのだと思えるので、痛みを緩和する
ことができる。そしてどこかでうまくいかなくなれば、“キャラ変(キャラを変える)”して別のキャラに
変身すればいい。

つまり、キャラとは、事情によっては服のように脱いだり着たりする(“キャラ変”する)ことができる
便利な「仮装」用の衣装でもある。

しかし、“キャラ変”は必ずしも本人の希望でできるわけでない。周囲の子によるいじめにより許されない
こともあり得る。

前出の女性の先生は、小学6年の中盤に差しかかった頃廊下で数人の男の子がD君をからかっているのを
目撃した。

D君は肥満体型で、教室では『ポケットモンスター』の太ったキャラの「カビゴン」というあだ名を名乗
っていた。いつも食べるか寝るかしている癒しキャラだ。この時、男の子たちは、D君にカビゴンの真似
事をさせて笑っていた。

先生は見かねて、その子たちを呼んで、「意地悪なことを言ったら、いじめになるよ」と注意した。とこ
ろがその中の一人が、「別に俺たち意地悪なんてしてません。カビゴンだからカビゴンと言ってただけです」
と、しごく当然のことのように言ったそうです。

ところが私は、D君が先生に言った言葉に非常に驚くと同時に、この子たちが抱えている孤独の深さに愕然
としました。

D君は「先生、もういいです。僕、カビゴンって嫌じゃないし、普通に遊んでいただけだから」、といじめて
いる子を非難することもなく、肯定しているのです。

もちろん先生は、もうこれからはD君を「カビゴン」と呼ばないようにしようと、生徒たちに言ったのです
が、先生の意に反して、翌日からD君は学校を少しずつ休みがちになっていったのです。

先生の対応の何がいけなかったのでしょうか?。

後日、先生はD君を呼んで事情を尋ねてみると、「僕、先生にカビゴンをやめろって言われてから、みんなの前
でどう振る舞っていいかわかりません。みんなと付き合う自信がないんです」という言葉が返ってきました。

おそらくD君はカビゴンのキャラを演じることで、からかわれても「カビゴンが馬鹿にされているだけ」と自分
を無理やり納得させ、なんとか他の子とつながっていたかったのでしょう。

つまり、彼にとってキャラは“心を守る鎧(よろい)”のようなものだった。しかし、先生から教室でそれを禁じ
られたことで、クラスメイトとの接し方がわからなくなり、学校を休むようになったのだそうです。

子供の世界は、大人の世界を幾分かは反映しています。常に競争にさらされている大人の世界では、周囲を抑
えて自分が「上」に立とうとする「マウント」合戦がひそかに行われていることを、子供は本能的に感じ取っ
ているのではないでしょか。

また、「はい 論破」とか「それってあなたの感想でしょ」とか、相手を馬鹿にし、勝ち誇ったような口ぶりは、
ただただ相手を黙らせ、相手にダメージを与えるだけの論法で、そこからは何ら生産的な対話や深い人間関係は
生まれません。ひょっとしたら、「石丸構文」もこの側面をもっているかもしれません(注3)。

私の著書のひそみに倣っていえば、今回の記事で書かれた現象も、本当の意味での人と人との関係性が壊れ、失
ってしまったた「関係性喪失の時代」の一つの現れかも知れません。


(注1)PRESIDENT Online (2024/07/23 8:00)https://president.jp/articles/-/83868 
(注2)『テレ朝ニュース』web 版(2024年9月6日)
    https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000314584.html
(注3)「石丸構文」の功罪については『Jcast ニュース』(7/22(月) 10:00配信)
    https://news.yahoo.co.jp/articles/14814fbbf7cb03cea424bff23069387aa52eb9c1?page=1 を参照。



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能登半島地震について思うこと―「物語」の喪失―

2024-02-06 09:03:27 | 社会
能登半島地震について思うこと―「物語」の喪失―

衝撃的な能登半島地震から早くも1か月以上経ちました。

2024年2月4日現在、石川県内の死者340人(うち災害関連死15人)、
行方不明者12名、負傷者1181人となっています。

100人を超す犠牲者が出た地震は2016年4月の熊本地震(死者276人)以来
です。

また人的被害の他に、住宅の被害は4万9440戸、避難者1万4481
人です。

こうして数字は地震によって生じた事態の、ごくごく一部を表していいる
にすぎません。さらに問題なのは、被害に関する数字だけに注目すると、
地震の影響をたんに統計上の問題として私たちの頭の中で記憶されてしま
う危険性があることです。

しかし、被災した現地の人たちの声を聞き、焼きつくされた町、倒壊した
家屋、コンクリートがめくれ上がったように破壊された道路の状態、壊さ
れた港や船などの光景を見ると、壊されたのはこうした「物的なもの」だ
けでなく、その背後にあった「生活」そのものだということを思い知らさ
れます。

中でも、肉親や親族を亡くした人たちの悲痛な声は胸を打ちます。

統計的な数の中に埋没してしまう、亡くなった人たちの周辺には、一人ひ
とり、一つひとつの「物語」があります。

以下に紹介する寺本さんのケースは、たまたま10人が一緒に亡くなった
という特別な事情があったためにマスメディアに取り上げられますが、す
べての「死」にはそれぞれの「物語」があることを忘れてはなりません。

この場合の「物語」とは、当事者とその周辺の人たちの想い、将来への希
望、悩み、喜び、苦労など、つまり生活の総体そのものです。

金沢市の寺本直之さん(52)一家は毎年妻の実家で年末年始を過ごしてい
ました。そこには妻(53)、19~23歳の息子3人、娘(15)、義父母、小
学生の男児を含む妻の弟一家10人がいました。

そして、元旦には料理の修行をしていた息子の一人が作った料理をみんな
で食べることになっていました。

寺本さん自身は、仕事の関係で遅れて参加することになっていて、仕事先
から皆のいる妻の実家に向かっている途中に、地震が発生し、妻の実家は
倒壊してしまったのです。

寺本さんはみんなの無事を願ってメールで無事を確認しましたが、誰から
も返事は来ませんでした。つまり10人全員が亡くなってしまったのです。

三男の京弥さん(19)は、7日に金沢市内で開かれた「二十歳のつどい」
に出席予定でしたが、参加することはかないませんでした。

生き残った寺本さんはインタビューに答えて次のように語っています。少
し長くなりますが、詳しい生の声なので以下に引用します。

    結局1日、年を越えてすぐに起こったこの地震で全員いませんっ
    てだったら、 今までおった人が次の日にはいないと思ったら苦
    しいでしょ。…なんか信じられんというよりも考えたくないって
    いうか…、何なんですかこれ…。

    なんで私がこんなことにならなきゃいけないんだなって。それも
    1日違いで。1日違いで本当に。会っとっただけで、生と死とのこ
    の境界線ってなんなんですかねって思って。

    一緒に俺も死ねばよかったんかなと思って、それならみんなと一
    緒に…。一緒にいれたんかなと思うねんけども…。

    これも結局1人残された身、あいつらのためにも私は絶対にあきら
    めない…。自分の命を本当に無駄にしないし、皆さん本当に気遣っ
    てくれて「大丈夫?」って言うけれども。いや絶対に、私はもうあ
    きらめませんよ、私は本当に。あいつらのために引き継いで、これ
    から命ある限りやっていきますし、頑張っていきたいなと(注1)。

寺本さんは、自分以外の親族が一度に亡くなってしまったことの不条理に対
する無念の思いをこのように吐露しています。

とりわけ私は「なんで私が・・・・。生と死の境界っで何ですかねって思っ
て」という部分に強く衝撃をうけました。

いくら「なんで私が」と問いかけても答えは返ってきません。それを承知の
上で、(おそらく神様に)問いかけずにはいられない寺本さんの深い悲しみ
と無念さが伝わってきます。

もちろん生き残ったのは幸運ですが、家族を失って残された自分は、何を生
きがいとして生きてゆけばよいのか、現時点では将来の「家族の物語」をと
うてい描けないのでしょう。

死とは別に、今まで住んでいた家を倒壊や火災で失ったしまった人がたくさ
んいます。

ある男性は、倒壊した家のがれきの中を探し、ついに妻の携帯を見つけて非
常に喜んでいました。

妻は亡くなってしまっても、かつて苦楽を共にし、楽しかったことや苦労し
た思い出が、携帯に保存されている写真に「過去の物語」が再現されている
からです。

これは、たとえ本人は亡くなっても、その人をめぐる「物語」は生き続ける
ことを意味しています。

いずれにしても、今回の地震によって亡くなった方は、人生の途中で突然、
人生の「物語」を中断させられてしまったわけです。

生き残っても、将来の夢や希望の物語を描けない人もたくさんいます。

輪島の朝市周辺に住んでいたある女性は、かつての家の痕跡さえ残っていな
い焼け野原を前にして、「今は、夢をみているようだ」とポツリと言いまし
た。

この言葉には、自分の家が焼けてしまったことを、とうてい現実のこととし
て受け入れられない、夢の中のことであってほしい、という悲痛な感情が表
現されています。

この女性の他にも、家が倒壊してしまった人たちの多くは、メディアのイン
タビューで、これからどうして生活していったらいいのか、分からないと答
えていました。

というのも、たとえ政府からの支援金があったにしても、それによって家を
新築することはできません。

さらに、たとえ家の新築ができたとしても、もう、かつてのような濃密な人
間関係から形成された地域社会(共同体)は戻ってこないだろう、という悲
観的な感情です。

能登地域では高齢化が進んでいて、住民の多くは高齢者です。こうした人た
ちの生活を支ええてたのは、人と人のつながり、地域社会(共同体=コミュ
ニティー)だったのです。

そこには、お互いに助け合う、喜びや悲しみを分かち合う「地域社会の物語」
があったのです。

その地域社会が壊れてしまうと、たとえ家は再建できても人と人のつなが
りで成り立つコミュニティーは簡単には再構築できません。

こうした現実に直面して、もう故郷には戻ってこれないだろうという悲観的な
声が多く聞かれました。

もちろん、「物語の喪失」だけが、今回の震災のすべてではありません。

たとえば、わずかに残った「輪島塗」を再建しようと頑張っている人もいます。

また、七尾市にある能登島は昔から、漁業と観光業で栄えた場所で、石川県民
にとってのリゾート地でもあります。島の人々は今、“自分たちの力”で“かつて
の生活”を取り戻そうとしています。しかし、獲った魚を保存する氷がないこと
が障害となっていました。そんな時、
    (金沢の市場が)トラックと運転手、便を出してくれて。ここまで
    (魚を)取りに来るんですけど、金沢の市場の氷も積んで来てくれる。
     それで再開できた。金沢の市場さんに頭が上がらない。
非常事態を前に、関係者が協力して、能登島の漁業を取り戻そうとしています
(注2)。

これは、拡大された地域社会の形成、という新たな「関係性の物語」の形成の
芽生えです。

さらに、輪島市の白藤酒造店は、店舗兼住宅が全壊し酒蔵の設備も壊れて酒造
りができない状況に陥ってしまいましたが、社長の白藤喜一さん(50)、妻
暁子さん(51)=伊達市出身=と同じ東京農大出身の蔵人が駆け付けました。

仕込み途中のもろみを石川県内の別の酒蔵に運び出し、なんとか搾ることがで
きました。暁子さんは古里の先輩の支援に感謝し「輪島の地で必ず酒蔵を再興す
る」と誓っています(注3)。

これまで見てきたように、震災は一方で多くの人の命と地域社会、したがって、
さまざまな「物語」を壊してしまいました。他方、あらたな「物語」も生まれつ
つあります。

しかし全体としてみれば、そして当分の間は「物語の喪失」の方が重くのしかか
ってきます。

私たちにできることは、少なくともこうした「物語」に寄り添って共感すること
です。

(注1)『FNN プライムオンライン』2024年1月8日 月曜 午後2:55
https://www.fnn.jp/articles/-/639573?utm_source=headlines.yahoo.co.jp&utm_medium=referral&utm_campaign=relatedLink


(注2)『テレ朝news』2/2(金)23:30 (魚)
https://topics.smt.docomo.ne.jp/article/tvasahinews/region/tvasahinews- 000335488?fm=topics&fm_topics_id=857e0835355852fef43a7d1baae4ad2e&redirect=1 
(注3)『福島民報』デジタル版 2024年2月6日
https://www.minpo.jp/news/moredetail/20240201114257


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全体が見えない 見せようとしない現代社会―情報の細分化と隠蔽が全体像を描くのを困難にする―

2024-01-19 09:58:55 | 社会
全体が見えない 見せようとしない現代社会
―情報の細分化と隠蔽が全体像を描くのを困難にする―

作家の高村薫さんは、「私たちは、木の細部はよく見えながら、森の全体を全くつかめ
ない時代を生きています」と、現代社会における認識の問題点を取り上げています。

それは、個々の問題や現象については詳細に分かっているのに、それらを含む全体像を
把握することができなくなっている、ということです。

このような状況をもたらした背景の一つは、「今や世界中どこからでもスマホで情報を
発信できる時代。細かな情報の解像度は格段に増した。なのに、リアル・非リアルを問
わず秩序もへったくれもなく拡張する世界の全体像は、ようとしてつかめない」という
現代世の情報社会の現状です。

つまり、人類の歴史がこれまでとは別の次元で動き出していて、未知のゾーンに入って
いるからで、とりわけ、その変化を推し進めたのがSNS(ネット交流サービス)による
「情報爆発」と指摘しています。

「民衆が信じられる権威が崩れた今の民主主義」においては、個人が発信するSNSの
ようなデジタルツールが、あたかも「下からの民主主義」を実現させるのだ、とも言わ
れてきました。

たとえ、どれだけ信用できる情報かは確認できなくても、現代の民主主義においては、
人びとが信じることができる権威はもはや崩れてしまっているからだ。

こうして、個人が発するSNSの「情報爆発」は社会の混乱を際立たせる道具になっ
てしまっている、と高村さんは見ています(注1)。

これまで私たちが、身の回りや世界で起こっていることを知る情報源は新聞、テレビ、
ラジオ、雑誌などの媒体が中心でした。

しかし、現代ではさまざまな形態の電子媒体、とりわけインターネット(スマートフォ
ンを含む)を通じた情報網の方が量的にも圧倒的に多く、瞬時に地理的空間を越えて世
界中に発信されます。

スマートフォンがあれば、世界や国内で起こっているニュースなど無数の情報をみるこ
とができます。

ここで、さまざまな媒体を通じて発信される個々の「情報」は、世界で起こっているこ
との、ごくごく一部を切り取った断片的なものであるという点を忘れてはなりません。

しかも、その「情報」の発信者は、何らかの意図をもって、そして何らかの価値観に基
づいて選別された特定の情報だけを発信しているのです。

最近では、私たちが検索したり閲覧した項目が「アルゴリズム」の網に取り込まれて、
勝手に特定のニュースや広告や情報を送り付けてきます。

やっかいなことに、その情報が果たして正しいのか、誰かの誤解に基づくものなのか、
あるいは意図的に流した「偽情報」(フェイク情報)なのか、を個人が確かめることは
非常に困難です。

「情報」とは、それ自身が何らかの意味や価値判断を示しているものではなく、社会に
拡散された断片的な「事柄」に過ぎません。

したがって、「情報」をどれだけ集めても、それは「知識」(あるいは単に「知」と表
現する)にはなりません。

「情報」が「知識」となるためには、それぞれの情報の受け手が自ら検討し、真偽を確
かめて納得することが必要です。

しかし、多くの人にとって日々、洪水のように押し寄せてくる情報をいちいち検討して
判断することは事実上不可能です。

そこで勢い、自分にとって関心があるトピックだけに絞って情報を収集することになり
ます。するとさらに、それに沿った情報を送り付けてきます。

こうして、国内外で起こっている事件や事象に関する私たちの理解は、どうしても個別
的、断片的になってしまいます。

高村さんの言葉を借りると、「木の細部はよく見えながら、森の全体を全くつかめない」
状態が出来上がってしまうのです。

それでは、個々の断片的な情報からどのようにしてそれら繋いで全体像を描いたらいい
でしょうか。

もし、誰か信用できる権威者がいて、その人が世の中に起こっていることを大所高所から
俯瞰して、全体像を示してくれるなら随分助かるのですが、残念ながら現実には、そんな
人はいません。

最終的には、世の中に流布している見解なり解釈を検討し、自分なりの全体像を描く努力
すること以外の解決策はありません。

実際問題として、現代日本が抱える問題や注目すべき事柄は数えきれないほどたくさんあ
ります。しかしそれらは、日本の中で起こっていることなので、濃淡の違いがあっても、
何らかの関連があるはずです。

私たち個人ができることは限界がありますが、まずは自分にとって関心がある問題につい
て正確に把握することに努めます。

そのうえで、その問題がほかの問題とどのような関係があるのかをできる限り思考を広げ
て考えてゆきます。

こうした作業を広げてゆくと次第に自分なりの全体像(「全体知」)に到達することがで
きるのではないか、と考えています。

これは、私が採用している方法なのですが、一つの問題を突き詰めてゆくと、その問題と
関連した問題や背景、根底にある“本質的な問題”や“真実”に突き当たる場合が珍しくありま
せん。

ただし、権力をもった政府や組織が意図的に「目くらまし」や隠蔽によって全体像を見え
にくくしていることが珍しくありません。

一つだけ例を挙げると、現在自民党のパーティー券収入の不記載に関連して派閥の解散が
注目されています。

その第一弾として、総裁派閥の岸田派の解散を首相自ら検討していることを公表しました
が、派閥解散は本筋ではありません。

本筋は、各政党は国民の税金から政党助成金をもらっていながら、なぜパーティーで集金
する必要があるのか、そして、「裏金」となったお金が誰に渡され、どのように使われた
のかが全く不明である、という点です。

しかも、収支の不記載が明らかになった場合でも、現行法では会計責任者だけが処罰され、
政治家がそれを支持した物証がなければ政治家は起訴も逮捕もされないという法律上の欠
陥があります。

さらに問題なのは、パーティー券の売り上げから「キックバック」された金の使途を「政
策活動費」という名目にすれば、その内容は一切公表する必要がない、という抜け穴です。

政治資金規正法という法律は多くの欠陥がある「ざる法」どころか最初から意図的に「大
穴」をあけられているのです。

法律的な欠陥とは別に、政治家(個人または派閥)のパーティーは自民党の資金作りの機
会となっていますが、それらは企業や業界団体に割り振られており、事実上の企業献金と
なっています。

パーティー券の売り上げのうち実際の経費(会場費など)は1割に過ぎず、9割が利益と
なりますから主催者は笑いが止まりません。

献金した側は何らかの見返りを求めることは当然で、そのことが国民の利益を損ねる可能
があります。

いずれにしても。現在自民党は、「政治と金」の闇を「派閥解消」という部分的な問題に
すり替えて国民の目をそらせて、全体の構図を描きにくくしています。

今年の私の個人的な課題は、あくまでも個々の「木」については詳細で正確に理解し、
つぎにそれに基づく「森」を明らかにしてゆくことです。


(注1)『毎日新聞 』(2024/1/12 東京夕刊) 。またWeb版ではhttps://mainichi.jp/articles/20240112/dde/012/040/008000c?utm_
    source=article&utm_medium=email&utm_campaign=maildigital&utm_content=20240114 でみることができます。


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2024年の悲しい幕開け―能登半島地震と羽田空港の航空機衝突事故―

2024-01-08 07:51:22 | 社会
2024年の悲しい幕開け―能登半島地震と羽田空港の航空機衝突事故―

2024年元旦の午後4時10分、突如、能登半島で大地震が発生し、大津波の危険性がある、
とのニュースが流れました。

言い古された表現を使うと、「おとそ気分を吹っ飛ばす」衝撃的な事態が発生したのです。

やがて、この地震はマグニチュード7.6、能登半島の志賀町では震度7を記録したこと、
その他の能登地方でも震度5~6くらいのが発表され、改めて地震の大きさを知りました。

当初、大津波の危険性が予測されましたが、実際に到達した津波は90センチとか80セン
チがほとんどでした。それでも輪島地域では1.2メートルにも達し、家屋や船が流された
ことがわかりました。

今回の地震で大きな被害を引き起こしたのは家屋の倒壊で、それによって多くの死者が出た
ことです。

映像で見ると、倒壊した家の多くはずっしりと重そうな屋根瓦を乗せた屋根が家を圧し潰し
ていました。

このような家は古いタイプの家で、近代建築のようにコンクリートの基礎の上に家を組み上
げるというより、むしろ礎石の上に柱を乗せ、瓦の重さで家を安定させる古い工法で建てら
れているように見受けられます。

以前、私も能登半島の調査に行ったことがありますが、半島中央部の東側の七尾湾は天然の
良港で、江戸時代には北前船の寄港地となっており、かつての繁栄を物語る海鮮問屋の屋敷
や家屋が残っていました。

現在、交通が途絶えた地域もあるので正確な数字は分かりませんが、1月7日現在、分かっ
ているだけでも石川県で死者128人、行方不明者195人、重軽傷者560人となってい
ます。

ただし、まだ交通が遮断されている地域もあるので死者もこれから増える可能性があります。
とくに、倒壊家屋数については調査が行われていませんん。

加えて、避難者が3万7000人もいますが、道路が寸断されており、支援物資を届けるこ
とが困難なため避難所では食料をはじめ、生活物資が不足しています。

また、避難所の狭い空間に多くの人が生活しているので衛生環境は悪く、インフルエンザ、
コロナ、その他の感染症などが蔓延する危険性もあります。

人的被害とは別に、輪島の朝市の一帯が火災に見舞われ、200軒以上も消失してしまいま
した。

輪島の朝市は奈良時代後期に発祥した、とても古い歴史をもつ市で、能登を代表する観光地
の一つであり、歴史遺産でもあります。

また、あまりニュースでは取り上げられませんが、今回の地震で倒壊した家屋の中に、能登
の代表的な伝統工芸品である輪島塗の工房も含まれていました。

テレビに登場した輪島塗の年配の職人さんは、もう工房を再建することはできない、と寂し
そうに語っていました。

今回の地震は、人の命を奪い、生きる希望に大打撃を与えたうえ、古い家、古い朝市、伝統
の輪島塗といった古い物に大きな損害をもたらしました。

他方、近代技術の粋を集めた原発(北陸電力志賀原発、現在は1、2号機とも運転休止中)
では、周辺の空間放射線量を測定するモニタリングポストが15カ所で測定できていません。

地震による道路寸断などで現地を確認できず、復旧の見通しは立っていません。このため原
発事故時に住民避難の判断根拠となる実測値を迅速に得られない状況で、原子力災害への備
えの難しさと、危険性を露呈しました(注1)。 

また5日現在、2号機で外部電源を受けるために必要な変圧器から漏れた油がもれ、その量は
当初発表の5倍超にあたる約1万9800リットルであったことが分かりました。これも、今後、
どのうような意味をもっているのか注視してゆく必要があります(注2)。

能登半島の西側には4つの活断層群があり、さらに今回の地震では珠洲市から輪島にかけて、
最大で4メートルもの土地の隆起が確認されています。

北陸電力は志賀原発に“異常”はなかったとしていますが、この隆起を考えると、原発の地盤に
隆起やズレが起こっている可能性があり、これからも余震の影響で“異常”が発生するかもしれ
ません。

能登半島の西隣には若狭湾沿岸の「原発銀座」と呼ばれる原発の密集地域があります。今回
の地震では原発の異常は確認されていませんが、地球的規模で見れば輪島西方の活断層群か
ら至近距離にあるだけに危険です。

能登地震のショックが冷めやらない1月2日、今度は羽田空港で、日航機と、海上保安庁の
航空機(以下「海保機」と略す)とが滑走路で激突・炎上するというショッキングなニュー
スが飛び込んできました。

この事故によって、海保機の乗員6人のうち機長を除く5人が亡くなる、という痛ましい惨
事となりました。

能登半島の地震は自然災害でしたが、羽田の事故は明らかに人間が起こした人災です。航空
機は近代的な精密機器を搭載し、航空機の離発着はコンピュータによる管制システムによっ
て管理されていますが、そんな中で、起こるはずのない事故が起こったのです。

両機のフライトレコーダーとコックピット・ボイスレコーダー(通称「ブラックボックス」)
の解析結果をみなければ確実なことは言えませんが、この事故はいくつかの誤解、見落とし、
勘違いなど人的なミスが重なって発生したようです。

管制塔と日航機、管制塔と海保との交信記録には、管制官は日航機に、そのままC滑走路で
の着陸を許可するメッセージを伝え、日航機側もそれを復唱しています。

一方海保機に対して管制官は、C滑走路の手前の停止線まで走行するよう指示を出しており、
海保機側もそれを復唱しています。

しかしその後、管制官から海保機にC滑走路からの離陸を許可するメッセージは記録されて
いません。

ところが、海保機はC滑走路に進入してしまい、着陸してきた日航機と激突・炎上してしま
いました。

問題は、なぜ海保機はC滑走路に進入したのか、という点です。海保機の機長はその後、管
制官からC滑走路から離陸の許可を得ていた、と語っていますが、管制塔側の記録とは異な
っています。

海保機がC滑走路に進入した理由の一つとして「ハリーアップ症候群」があった可能性が指
摘されています。

これは、急いでいると、様々な情報を自分の都合の良いように解釈してしまうことです。今
回の事故で、海保機は能登地震の被災地に物資を届ける任務を帯びていましたが、遅れがで
ていたので、早く出発しなければ、という気持ちがあったのかもしれません。

この点はこれからの調査で分かることでしょうから、現段階で軽々しく断定することはでき
ませんが、元日航機機長を長年務めた航空評論家の小林宏之氏は、テレビのインタビューで、
海保機側に「何らかの思い込み、勘違いがあったのではないか」とコメントしています。

いずれにしても、海保機の機長からは、南から(右手から)航空機がC滑走路に着陸しよう
としている航空機が見えなかったのか、また、日航機の機長と副機長は、滑走路の前方に航
空機が駐機していることを目視で確認できなかったのでしょうか?

さらに言えば、管制官は管制塔から海保機がC滑走路に止まっており、海保機と着陸のため
進入してくる日航機が衝突する可能性をレーダーや目視で確認できなかったのでしょうか?

後で分かったことですが、この時管制官は、日航機の次に着陸予定の飛行機をみていたため
海保機には気が付かなかったようです。

それではレーダーなどでは機体(この場合海保機)の位置を確認できなかったのでしょうか。

管制塔では空を飛んでいる航空機についてはレーダーで確認できますが、少なくともこの時
には地上にある物体をとらえるレーダーは設置されていませんでした。

一方の能登半島地震は自然災害で、圧し潰された古い家や歴史のある朝市の街並みが燃えさ
かる光景が脳裏から離れません。

他方、羽田空港の事故では、近代的システムの下でエアポケットのように生身の人の勘違い、
思い込み、誤解などによって生じた人災で、航空機が炎上している光景が目に焼き付いてい
ます。

最後になりましたが、日航機の乗員乗客379人全員が脱出に成功したことは奇跡に近く、
事故原因の解明とともに、なぜそれが可能だったのかも検証する必要があります。

いずれにしても、二つの出来事は私たちに自然災害と人的ミスによる事故にかんする多く
の問題を突き付けています。


(注1)『朝日新聞』デジタル(2024年1月5日 20時00分)
   https://www.asahi.com/articles/ASS156GB1S15ULBH00D.html 
(注2)『東京新聞』(2024年1月4日19時43分)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/300509


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2023年を象徴する「物語」―年の瀬に想うこと―

2023-12-31 15:46:40 | 社会
2023年を象徴する「物語」―年の瀬に想うこと―

2023年(令和5年)も終わろうとしている今、ふと、今年は日本
や世界にとって、そして何より自分にとってどんな1年だったのかを想い起こします。

そこに思い浮かぶ一つ一つの事象に対する社会や私たちの想いや意味づけを、ここでは「物語」とい
う言葉で表現することにします。

世界をみると、あまり良い「物語」は思い出せません。昨年2月にロシアのウクライナ侵攻から始ま
った「ウクライナ戦争」が終結どころか、長期戦になりそうな予感さえします。

つぎに、今年の10月に突如、パレスチナのガザ地域で、イスラエルにたいする抵抗組織「ハマス」
によるロケット弾攻撃に端を発した「パレスチナ戦争」が勃発し現在でもまだ終わりが見えません。

ウクライナとガザにおける「戦争の物語」は私たちの胸に常にトゲのように突き刺さっている理不尽
で残酷で戦争です。

とりわけ、ガザにおけるイスラエルによるパレスチナ人への攻撃は、テロ組織撲滅のための「生存権
の行使」というイスラエル側の「正当性の物語」の程度を遥かに超えています。

パレスチナ側にもイスラエル側にも偏らずにモノが言える立場の日本は今こそ、その立場から停戦へ
の発言と行動をとって欲しいと思いますが、残念ながら世界の中で日本の存在感は限りなく薄く、ア
メリカの外交政策の枠中でしか行動できない日本政府の悲哀があります。

無益な「戦争の物語」のほかに、今年は「温暖化の物語」が私たちの現在と未来に暗い影を落として
います。

温暖化は一方で、地域によって乾燥・干ばつを引き起こし、森林の大規模火災が各地で発生したり、
干ばつで農業に壊滅的な打撃を与え(アフリカの場合)、他方で場所によっては集中豪雨で人や建物
に大きな損害をもたらしました。

「環境悪化の物語」は、短期的には「戦争の物語」より緩やかにみえますが、長期的には引き返すこ
とができない非常に深刻な問題です。

この1年は、「戦争」と「環境」が世界を覆う「暗い物語」のキーワードとなりました。

しかし、かすかに希望を持たせてくれる状況も生まれつつあります。それは「グローバルサウス」の
台頭です。

グローバルサウスは、これまでアメリカとロシアという2大国によって世界が分断され、そのほかの
国は、どちらかに着くかを迫られてきました。これは世界の「分断の物語」です。

それに対して異議を申し立て、どちらの側にもつかない第三の勢力として結集したのがグローバルサ
ウスと呼ばれる国ぐにで、日本経済新聞では以下のように定義しています。

「グローバルサウスとはインドやインドネシア、トルコ、南アフリカといった南半球に多いアジアや
アフリカなどの新興国・途上国の総称で、主に北半球の先進国と対比して使われる。」

来年以降、これらの国々が「分断の物語」をどれだけ緩和して、公正で正常な国際秩序の形成に貢献
してくれるか、私は大いに期待しています。

もう一つ、ほっとしたのは新型コロナ感染症が下火になったことです。しかし、これも完全に収まっ
たかどうかは、もう少し経過をみなければ分かりません。

つぎに日本国内の状況をみてみましょう。

国内の状況も明るい出来事は少なかったような気がします。何よりも印象に残るのは、夏の”殺人的“
ともいえる酷暑でした。

これまで日本の夏は7月後半から8月末くらいでしたが、今年は5月くらいから熱くなり始め、春か
ら初夏にかけての快適な季節を味わうことなく、一気に夏に突入してしまいました。

そして、「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉があるように、秋の訪れは秋の彼岸(9月末)でしたが、
今年は10月になっても、時々は11月になっても暑い日がありました。

日本は春・夏・秋・冬という「四季」のある誠に恵まれた国ですが、これからは夏と冬の「二季」の
国になってしまうのではないか、という不安を感じます。

以上のほかに日本が直面している問題はいくつもあります。

一つは、経済的・政治的な面で生じている「長期的凋落の物語」です。たとえば1994年、日本のGDP
は世界の18%を占めていたのに、今年は何と4%に落ち込んでいます。

現在ではG7の中では、主要な経済指標(国全体のGDP、一人当たりGD、一人当たり生産性、一人当
たり所得など)で最下位にあり、「G7の窓際族」と呼ぶ人います。

しかも、アジアの中でも「小国」となりつつあります。そして、先端技術でも韓国や台湾に遠く及び
ません。

経済面での凋落は国際社会の中での政治的な存在感のなさに直結しています。この現実をみようとし
ない政治家や国民の中には、“日本はそこそこうまくやっている”、あるいは日本をいまだに「大国」
だと思い込んでいる人も珍しくありません。

日本は現実から逃げないで直視、「大国意識」から一刻も早く脱しないと再生への道は開けません。
これらの問題については、来年から一つ一つ検証してゆくつもりです。

二つは、上の問題とも関連しているのですが、日本は「少子化の物語」という、改善の余地が非常
に難しい問題です。

たとえば、今年の日本の出生数73万人弱で、昨年より5%少なく、8年連続減少しています。出生
者は、経済的な生産とは異なり、後から増やすことはできません。

少子化につてはこのブログでも何回か取り上げましたが、これは経済だけでなく政治や社会に重い障
害となってのしかかってきます。

この背景には、若い世代が将来の生活に自信がもてないという経済的な不安のほかに、結婚して子供
をもつことだけが人生の目的ではない、という価値観の変化も関係しています。

少子化が止まらない限り日本はあらゆる面でますます縮小への道をたどらざるを得ません。

三つは、物価の上昇が所得の上昇を上回っている「貧困化の物語」です。賃金の上昇が物価の上昇に
追いつかなければ、当然、人々の生活はくるしくなり、本人の意識は別に客観的には貧困化への道を
たどることになります。

この「貧困化の物語」には、多くの「小さな物語」が関係しています。たとえば、物価上昇には輸入
価格の上昇、そして輸入価格の上昇には円安の進行、政府・日銀の金融緩和による円安誘導政策など
があります。

また賃金があがらないのは、日本経済の生産性の低さや「労働分配率」の低さという問題があります。

「労働分配率」とは企業の利益に占める人件費(つまり賃金への配分)です。財務省が今月発表した
大企業の利益はコロナ禍からの回復により前年度比で15%増だったのに労働分配率は36.6%で過去
50年で最低です。2023年もほぼ同じで低迷が続いています(『東京新聞』2023年12月30日)。

大企業は、稼いだ利益の6割以上を労働者への賃金に回さず、内務留保に当たる利益の余剰金と株主
への配当に回しているのです。

他方で、労働者の7割を占める中小企業では、すでにこの比率が70%を超えており、これ以上賃上
げの余地は少ないのが実情です。

ここには、大企業が中小企業からの仕入れ価格を抑え込んで利益を上げているという背景もあります。
とりわけ大企業の下請けの中小企業は苦しい立場にあります。

これでは、日本人全体の実質所得は増えず、物価上昇の影響だけをうけて生活が苦しくなる一方です。

四つは、実物取引から株式や債券などの金融投資へ誘導する「金融投資の物語」です。2023年の東京
株式市場は日経平均株価が前年末に比べて366円67銭高い3万3464円17銭で取引を終えま
した。

株高で利益を得たのは大企業と株主ですが、日本人の多くは株式投資に回す金銭的余裕はありません。

ここ数年、政府は盛んに「貯金より投資」へと「金融投資の物語」を推奨しています。

従来、投資といえば、まとまった金額を所有する一部の富裕層に限られていました。しかし、最近政
府が推奨しているのは、少額でも始められ、得られた利益には税金がかからないという「NISA」と呼
ばれる投資制度です。

政府の狙いははっきりしています。貯蓄(貯金)という形で眠っている資産を何とか経済循環の中に
誘導しようというものです。

この裏には、現在の日本経済では物の生産やサービスの販売・流通という実体経済が行き詰まってい
るという現実があり、そこから抜け出して経済を活性化しようとする政府の意図があると思います。

しかし、株にせよ債権にせよ、極論すればそれらは一種の抽象的な「記号」に過ぎません。

ビットコインのような仮想貨幣よりは実体経済との関連は強いと思いますが、NISAでは危険分散を
考えているといいます。しかしそれでも、投資にはリスクがあり、一種のギャンブルであることに
変わりありません。

宣伝文句によれば、毎月1万円を20年間「積み立てNISA」で投資すると20年後には328万3020
円(年利3%の福利で運用)になるという。

もう一つの問題は、NISAがそもそも長期の投資に利益がある設計となっているで、20年という期
間が例に出されます。

しかし、考えてみてもわかるように、20年後の日本や世界がどのようになっているのか誰にも分
かりません。私は、この点こそが最大のリスクだと思います。

政府は、貯金していても利子はほとんどつかないし、インフレで貨幣価値はどんどん下がるから、
という脅し文句にも近い言葉で貯金から投資へ金融資産の転換を勧めています。

政府の言うままに国民の多くが貯金を引き出して投資に向ければ、日本はギャンブル経済になって
しまいます。

五つは、「生存基盤の脆弱物語」。ここで生存基盤とは食料とエネルギーを指します。食料自給率
は38%(カロリーベース)に落ちています。

第一次江ネルギー(加工されない状態で供給されるエネルギー)の石炭、原子力、天然ガス、水力、
地熱、太陽熱など)の自給率は11~12%に過ぎません。

食料の自給率が低いのは、農業をないがしろにしてきた結果であり、第一次とエネルギーの自給率
が低いのは原子力発電を活用するために、自然の再生可能エネルギーの開発を怠ってきたからです。

以上上げた5つの「物語」に日本はどのように取り組んでゆくのかが来年からの課題です。

私は、まず日本は食料とエネルギーの自給率を高める努力をすべきだと思います。それは、この二
つこそが、文字通り「生きる」ことの大前提だからです。

最後になりましたが、政治の腐敗と自民党という政党の質の低下、金集めとポストのための組織に成
り下がった派閥の問題は救いようがありません。これについては来年の早い時期に何らかの結果が出
ると思われますので、その時書きたいと思います。



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ジャニーズ事務所の闇(4)―ジャニーズは「解体的出直し」となるか?-

2023-10-06 05:51:37 | 社会
ジャニーズ事務所の闇(4)
―ジャニーズは「解体的出直し」となるか?―

10月2日、ジャニーズ事務所は第二回目の会見を開きました。今回の会見には新たに
社長に就任した東山紀之氏(57)と関連会社「ジャニーズアイランド」の井ノ原快彦
社長(47)、弁護士2人が出席しました。

東山氏はこの会見で「ジャニーズを解体する」と宣言しました。すなわちジャニーズ
事務所は、被害者の救済と補償に特化する「スマイルアップ」「SMILE-UP」(微笑
む)という会社と、新会社の二つに分割されることが示されました。

新会社と「スマイルアップ」両方とも社長は東山紀之、副社長は井ノ原氏が就任する。
この会社は、補償が済んだ段階で廃業する。そしてマネジメント業を担う新会社は、
希望するタレント個人やグループと個別に契約を結ぶエージェント形式をとる。

これらは、今のところ構想に過ぎず、具体的にどのように進めるのかはこれからの問
題となります。

会見を見た「加害者問題当事者の会」(以下「当事者の会」と略す)の一人は、全体
に会見はスポンサー企業、マスメディア、ファン向けの弁解で、被害者に対する内容
は薄かった、と不満を述べています。

また、「当事者の会」のイズミさん(仮名)は「補償のための会社名を『スマイルア
ップ』とは、葬式に白い服を着てゆけというようなもの。被害者をばかにしている」
と批判しています(『東京新聞』2023年10月3日)。

以上のほかに私は会見に関していくつもの疑問と不信感を持ちました。

一つは、東山氏の社長就任に関する問題です。東山氏は会見で性加害の事実を知りな
がら「見て見ぬふりをしていたのかなと思う」と、知っていたことを会見で認めてい
ます。

「当事者の会」の木村伸一さんは「そんな人に新会社を任せるのは甘いのでは」と述
べていますが、私も全く同感です。しかも、自分自身のセクハラ疑惑ももたれている
東山氏が「スマイルアップ」の社長となるというのは「解体的出直し」とはほど遠い
と言わざるを得ません。

藤島氏は、「スマイルアップ」の取締役として残るが救済と補償以外の業務にはタッ
チしないとしているが、一緒に行動する東山氏が新会社の社長も変えており、完全に
「ジャニーズ」から切り離されているとは思えません。

二つは、 会見の場には藤島ジュリー景子前社長も、事務所の最古参幹部である前副
社長の白波瀬傑氏もいなかったことです。藤島氏は書面で「過呼吸にならずにお伝え
できる自信がなく」などと欠席理由を説明したが、9月の前回会見後、ハワイに旅行
していたことが報じられており、今回も「逃げた」という批判が浴びせられたのは当
然でしょう。

事実、この手紙の内容を聞いて「加害者問題当事者の会」(以下「当事者の会」と略
す)の一人はテレビ局のインタビューに感想を聞かれて、ジャニーズ事務所の責任者
であった藤島氏が「追及」から逃げたことに怒りを表明していました。

思えば、被害者の中には何回か自殺を考えたほど精神的ダメージを受けた人、「当事
者の会」のみなさん、顔と名前を出して自分の体験をメディアにさらして訴えた被害
者からすれば、「過呼吸」になるかもしれないが、経営者として会見に出席すべきだ
というのは当然です。

そして、ジャニーズで辣腕を振るい、ジャニーズについて最もよく知っている広報兼
前副社長であった白波瀬傑氏は会見の数か月前に辞任していて欠席しました。これも、
やはり「逃げた」と受けたられます。

三つは、10月2日の会見の時点で、東山氏は、これまで3人の被害者の方から話を
聞いたと語った時、ある被害者は「3人か!」と落胆の声を挙げました。

ここから見えてくるのは、おそらく東山氏も井ノ原氏も藤島氏も、被害を受けたと連
絡をしてきた478人と、あるいは補償求めている325と直接話す気はなく、補償
にかんしてはすでに任命されている3人の弁護士に任せてしまうだろう、ということ
です。

補償は最終的にお金の問題となるでしょうが、心の傷の救済はどうなるのか、会見で
は何ら具体的な方法については明らかにされませんでした。

四つは、10月2日の会見が、最初から2時間と時間を切ってしまったことです。一
回目の会見では時間に制限を付けず、結果として4時間を越える会見となりました。

しかし会見で話す内容は、2回目のほうが「解体的出直し」の具体的な方法について
説明することを考えれば、1回目より多くの時間が必要となって当然でしょう。

おそらく、ジャニーズ側では、面倒な話にならないよう、さっさと切り上げて、こ
の件にケリをつけたかったのでしょう。

四つは、「NGリスト問題」です。会見の時点ではまだ発覚していませんでしたが、
会見の2日後の10月4日の夜、ニュース速報で、この会見の運営を委託されたF
TIコンサルティングが、発言をさせない人物のリスト(いわゆるNGリスト)と
優先的に発言させる記者のリストが流出したことが報じられ、事態はジャニーズに
とって望ましくない方向に動きました。

ジャニーズ側はこのリストについて釈明に追い込まれました。説明によれば、この
リスト(文書)は、PR会社が作成したもので、会見の2日前にPR会社とジャニ
ーズ側(東山氏と井ノ原氏も出席)とで会見の打ち合わせをしたとき提出されたよ
うです。

説明によれば、井ノ原氏が名前のリストに「NG」の文字を見つけ、直ちにこれは
発言をさせない人物のリストであることを察知し、「これどういう意味ですか?絶
対、当てなければだめですよ」と言ったのにたいして、PR会社は、「では前半で
はなく後半で当てるようにします」と答えたということです。しかも、このやり取
りは弊社(ジャニーズ)の役員全員が聞いていた、とのことです。

ここには、2時間の時間という会見時間を盾に、NGリストの人物の質問の機会を
極力少なくしようとする意図が感じられます。

ところが、奇妙なことに、この説明の数時間後にジャニーズのホームページで公に
した文章では「では前半で~」以下の文が削除され、「では当てるようにします」
と書き換えられていたのです。

私が一番違和感をもったのは、発言の機会を与えられない人たちがフェアではない
と声を上げ会場が一時紛糾した時、井ノ原氏が「大人としてルールを守りましょう」
と会場に向かって発言し、このような会見では極めてまれなことだそうですが、拍
手が起こった時でした。

まず、井ノ原氏は打ち合わせの際にNGリストを見ており、手を挙げた人を「絶対、
当てなければだめですよ」と言っており、PR会社の運営スタッフがこの原則とい
うか「ルール」を守っていないことは十分わかっていたはずです。つまりルールを
守らなかったのはPR会社の方で、それを黙認していたのはジャニーズ側というこ
とになります。

ジャニーズ側は、このリストの「作成」にはかかわっていなかったかもしれません
が、少なくともそのリストの内容についてはジャニーズの役員(井ノ原氏、東山氏
その他の役員)には打ち合わせの場で共有されていたはずです。

発言者の許可がフェアでないとの声が上がった段階で、井ノ原氏は会見を一旦閉じ
て、手を挙げた人に当てる司会者に注意すべきだったと思います。

BSTBS『報道1930』2023年10月5日)の中で、コメンテータの堤伸輔が
会見に出席したTBSの記者に聞いたところ、NGリストに記載されていると思わ
れる記者が声を上げるたびに「司会、ちゃんと回せ」、と大声でヤジを飛ばす男性
が複数いた。しかし、この男性は質問の挙手をしていなかったという。

これらの男性が該当するかどうかは確かではありませんが、主催者側に不意な質問
をする参加者をヤジや大声で妨害したり、逆に有利な発言をする人を拍手などで応
援することを「仕込み」と呼びますが、今回の会見でのこうした男性の動きは「仕
込み」のような感じがします。

これも確かな証拠があるわけではありませんが、井ノ原氏の発言にたいして拍手が
起こった時、とても違和感をもしました。

ジャニーズ問題は闇が深く、まだまだたくさん書くべきことがありますが、今回は
一旦、ここで終わり、何か後で進展があったらまた書くことにします。

個人的な感想を言うと、東山氏も井ノ原氏も、タレントから急に経営者になったの
ですが、その手際は雑で、後手に回ることが多いというものです。

多くの識者が言うように、経営は経営のプロを入れて企業を運営すべきだと思います。

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ジャニーズ事務所の闇(3)―共犯者としてのマスメディアー

2023-09-27 08:39:59 | 社会
ジャニーズ事務所の闇(3)
―共犯者としてのマスメディアー

今日問題となっている“ジャニーズ問題”は少なくとも3つの側面があります。一つは、
ジャニー氏自身による、前代未聞の性犯罪です。二つは、それを隠し続けてきたジャ
ニーズ事務所の隠ぺい構造です。

三つは、当初からジャニー氏の性犯罪を知りながら、意図的に目をつぶってきたマス
メディア(テレビ、新聞、週刊文春を除く雑誌)、そして、ジャニーズ事務所に忖度
して批判者を抑えこもうとする人たち(後に紹介します)です。

上の三つのうち、一つ目のジャニー氏の性犯罪についてはすでの2回にわたって説明
しているので、ここでは二つ目と三つ目について書きます。ただし、二つ目と三つ目
は密接に関連しているので、両者をまとめて検証します。

まずは隠ぺいですが、ジャニー氏自身は、自らの性的虐待については裁判でも否定し
ましたが、判決では性的虐待が認定された)。それでも事務所としては、現在まであ
くまでもジャニー氏の性犯罪については「知らなかった」と否定し続けてきました。
たとえば、前副社長の藤島ジュリー景子氏は、会見でジャニー氏の性犯罪を知ってい
たどうか聞かれて「知らなかったでは済まないかもしれませんが知りませんでした」
と答えています。

これに対してジャニーズ出身の近藤真彦氏は、9月20、21日に大分県日田市で開
催されたカーレースをPRするために県庁を表敬訪問した際、報道陣の取材に応じま
した。

近藤氏は、藤島ジュリー氏が謝罪動画などで性加害については「知らなかった」と説
明したことを受けて、「知ってた、知らないかではなく、知っているでしょ」とし、
「噓はなしに正々堂々と話をしてもらえれば」などと発言したのです(注1)。

近藤氏はジャニーズ事務所の“長男坊”と言われ初期のころから藤島メリー氏に可愛が
られ、藤島ジュリー氏とも近い関係にあったことが知られており、彼の発言はかなり
信ぴょう性があります。

藤島氏は1991年にジャニーズ事務所に就職しており、それ以来今日まで「知らなかっ
た」という言葉を信じる人はメディアを含め、ほとんどいないでしょう。

ところが、藤島氏の「知らなかった」発言に対して、どのマスメディアも疑問を発す
ることすらせず、スルーしています。

それもそのはず、ジャニーズ事務所はジャニー氏の少年に対する性犯罪を、BBCの
放送で暴露されるまで隠ぺいし続けてきたので、いまさら「実は知っていました」と
は言えないでしょう。

この隠ぺいを許してきた責任の一端は(結果的に「守ってきた」)、最も影響力が大
きい東京をキー局とするテレビ局とメジャーな新聞・雑誌(『週刊文春』を除く)な
どのマスメディアが一貫して見て見ぬふりをしてきたことでした。

まず、テレビ界とジャニーズ事務所との関係を見てみましょう。これに関しては、ノ
ンフィクションライターの窪田順生氏が的確に解説しています。少し長文になります
が下に引用します。
    フォーリーブスのメンバーだった故・北公次さんの告発や週刊文春の性加害
    報道があった時(1999年ころ―筆者注)、心あるテレビ局社員が、「未成年
    者への性加害という問題があるのでジャニーズとの付き合いを見直すべきだ」
    なんて騒いだらどうなるか。
    「お前はバカか」とすぐに閑職に飛ばされるだろう。当たり前だ。光GENJI
    や SMAP、KinKi Kidsなどのドル箱スターで番組をつくっている同僚たちの
    仕事を奪うことになるからだ。また、それはこれまでジャニーズ事務所と良
    好な関係を築いて、数々の人気番組を世に送り出してきた先人たちの顔に泥
    を塗ることでもある。しかも、もしそのような批判がジャニーズ事務者側の
    耳に入って機嫌を損ねてしまって、人気アイドルをブッキングしてくれなく
    なったら、局全体にとっても損失だ。

これはあくまでも窪田氏が長年の取材を通して知りえた事情を文章にしたもので、事
実そのものではありません。しかし、内容はテレビ界のジャニーズ事務所に対する忖
度、あるいは両者の関係についての一般論としても非常に説得力があります。

窪田氏によれば日本のテレビ制作の現場は個人の能力で勝負する「プロのテレビマン」
より、周囲と仲良くやって定年退職まで平穏無事に過ごしたいテレビ局社員を筆頭に、
「社畜のテレビマン」がはるかに多くいるとのことです。

組織に忠誠を誓う人が多いということは、トラブルや不正を見つけても組織内の立場や、
平和な日常を守るという「保身」から隠ぺい・黙認に流れがちな人も多いということを
意味します(注2)。

他方、ジャニーズ事務所側は影響力を背景にテレビ界に圧力をかけてきました。一つだ
け例を挙げましょう。

「『Mステ』(ミュージック・ステーション 『テレビ朝日』)には多くのジャニーズ
グループが出演する一方、ジャニーズ以外の人気男性アイドルグループはほとんど登場
しません。そんな中、ジャーナリスト・松谷創一郎氏が5月30日に更新した『Yahoo!
ニュース』コラムが話題になりました。

このコラムでは『Mステ』を立ち上げたテレビ朝日プロデューサー・皇達也氏が、過去
に『週刊新潮』のインタビューに答えた記事を引用してジャニーズについて解説してい
ます。

それによると皇プロデューサーは過去、ジャニーズ以外の男性アイドルを番組に出演さ
せたいと、ジャニー氏に直接相談したことがあったそう。しかしジャニー氏は、『出し
たらいいじゃない』と容認するも、『ただ、うちのタレントと被るから、うちは出さな
い方がいいね』と、やんわりと、しかし相手に有無を言わせない圧力にも思える提案を
してきたのだとか。これがジャニーズ流の脅しのやり口です。

松谷氏は、ジャニーズが現在も圧力を加えている可能性は低いとしつつも、JO1、INI、
BE:FIRST、Da-iCEなどの人気男性グループが出演できていない状況のため、テレ朝側
は今でも忖度を続けている可能性があると指摘しています。

ネットでは、ジャニーズ以外の男性グループファンから「実績のある男性グループが出
られないのはおかしい」と「Mステ」への出演を求める声が相次いでいます。今後、ジ
ャニーズの席は減らされていくかもしれません(注3)。

この問題に関して9月7日の会見で記者が、「過去にはジャニーズと競合関係にあった
DA PUMP、w-inds.らが圧力や忖度によって『Mステ』に出演できず、現在もBE:FIRST、
Da-iCE、JO1、INIらが出演できていない」などと指摘し、新社長に就任した東山紀之に
「こうした忖度はまだ続いたほうがいいと考えますか?」と問いかけました。

これに対し、東山新社長は「必要ないと思います。忖度とかそういうのは関係なく、公
平に行くべきだなと思っています」と明言しました。

この記者の質問も少々ピントはずれで、忖度が続いた方がいいと答えるはずもありませ
ん。ただ、『テレビ朝日』で非ジャニーズ・グループの『Mステ』への出場が少しずつ
検討されているようです(注4)。

ジャニーズ事務所への忖度は、関係者による間接的な形でも現れます。たとえば、今年
7月、山下達郎氏が主催する音楽プロダクションのスマイルカンパニーが松尾潔氏との
業務契約を6月30日をもって双方の合意により終了した、と発表しました。スマイル
カンパニーの山下氏はジャニーズ事務所と親密な関係がありました。

一方松尾氏は、著名な音楽プロデューサーで作曲家でもあり、ジャニーズへ多くの楽曲
を提供しています。

松尾氏はSNSで
    15年間在籍したスマイルカンパニーとのマネージメント契約が中途で終了にな
    りました。私がメディアでジャニーズ事務所と藤島ジュリー景子社長に言及し
    たのが理由です。私をスマイルに誘ってくださった山下達郎さんも会社方針に
    賛成とのこと、残念です。今までのサポートに感謝します。バイバイ!」
と、シンガー・ソングライター山下達郎の名を挙げて投稿していました(注5)。

これは、山下氏がジャニーズ事務所への忖度から松尾氏との長年の契約を突然解除した
例です。私は山下さんのファンでもあるので、この経緯にはがっかりしました。

ジャニーズ事務所は多くの芸能プロダクションやマスメディアと関係をもっていますが、
松尾氏の例にみられるように、それらもジャニーズを批判する者を排除するという間接
的な方法でジャニーズ擁護に働いています。みんな自分の利益のために動くのです。

今回の問題は、週刊誌などの雑誌が大々的に取り上げる問題ですが、ここでもジャニー
ズ事務所の圧力が、ほとんどの雑誌を黙らせてしまいました。

ジャーナリストの元木 昌彦氏が『週刊現代』時代にジャニー喜多川氏の性癖について初
めて取り上げた「『たのきんトリオ』で大当たり 喜多川姉弟の異能」という記事(19
81年4月30日号)に対して、ジャニーズ事務所から「講談社の雑誌にはうちのタレント
を出さない」と通告され、会社側は事務所側に屈服して、私は『婦人倶楽部』編集部に
突然異動させられてしまいました」(注6)。

ところで、在京テレビキー局は、広告などを除いて、ドラマそのたの出演に関して、“タ
レントには罪はないから”との理由で、これかもどんどん使ってゆくと言っています。こ
の問題については、稿を改めて検討したいと思います。

ジャニーズ問題は、ジャニーズによる芸能界への影響力行使、問題の隠ぺい、マスメデ
ィアへの圧力や脅しに対して、テレビ・新聞・雑誌の側による忖度と無視、脅しへの屈服
という、実になさけない状態にあります。これこそがジャニーズ事務所の「闇」なのです。

そして芸能関係の会社や個人も、結局は自分たちの利益のためにジャニーズ事務所への忖
度を強め、それが前代未聞の少年に対する性犯罪を生んできた要因の一つなのです。

そこには、ジャニー氏の性犯罪が人権侵害である、という意識が決定的に欠けており、そ
れが日本の芸能界とマスメディアの質の低さを表しています。


(注1)『ZAKZAK by 夕刊フジ』(デジタル 2023.5/27 10:00 https://www.zakzak.co.jp/article/20230527-THIABTRQR5OFNLZ5WBMXS6WRFE/
(注2)DIAMOND Online(2023.9.14 5:30)
    https://diamond.jp/articles/-/329119?utm_source=daily_dol&utm_medium=email&utm_campaign=20230914
(注3)GREE (no date) https://jp.news.gree.net/news/entry/4704332
(注4)『日刊サイゾー』(電子版(2023/09/11 20:00)
    https://www.cyzo.com/2023/09/post_355768_entry.html
(注5) 『スポニチ』(電子版 2023年9月8日 10:33)
  https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2023/09/08/kiji/20230908s00041000240000c.html
(注6)PRESIDENT Online  2023/03/17 20:00
    https://president.jp/articles/-/67557?page=1
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------
夏が終わりお彼岸が近づくころ、早朝んの雲もだいぶ高くなり、日の出直前の雲は一瞬の光芒を放つ。     田んぼの土手にはヒガンバナが植えられていた。田んぼの土手にネズミが巣穴を掘らないように、   
                                                   根、茎、花に毒があるヒガンバナを植える慣習があった。千葉県佐倉にて筆者撮影。
    


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ジャニーズ事務所の闇(2)―被害者への対応とスポンサー企業の対応―

2023-09-23 10:10:24 | 社会
ジャニーズ事務所の闇(2)
―被害者への対応とスポンサー企業の対応―

前回の記事で紹介した9月7日の会見内容で、東山新社長は、ジャニー喜多川氏から性加害
を受けた人への救済や補償を行うことに言及しましたが、そこでは具体的な内容は述べませ
んでした。

具体的な方法として9月13日に、「被害者救済委員会」と「補償受け付けの窓口」を設置
すると発表し、委員会では元裁判官の弁護士3人を起用しました。

そして9月15日付で「故ジャニー喜多川による性加害問題に関する被害補償の受付窓口の
お知らせ」なる文書をWeb 上で公表しました(注1)。

それを見た甲南大学名誉教授で弁護士の園田寿氏は正直驚いた、と述べています。そこには、
氏名、住所、連絡先を入力し、当然ながら個人情報の秘密は守ると書かれています。

しかし、問題は被害内容について申告する欄で、そこでは「被害の内容等」として、「時期、
場所、期間・回数等。なお被害内容については、次の番号により特定いただくことでも構い
ません(1.口腔性交 2.肛門性交 3.性器への接触、4.キス 5.その他のわいせ
つ行為)をWeb上で入力するようになっています。

園田氏が驚いたのは、これらの申告フォームはまるで、例えば食品メーカーが腐った食品を販
売してしまい、「体調不良を起こした消費者に賠償しますので連絡してください」というよう
なこととまったく同じニュアンスを感じたから」だと言い
ます。

性暴力や性加害は身体的な被害だけでなく深刻な精神的被害を生みます。専門家によれば性被
害者は短期的な急性ストレス障害(ADS)や、それが過ぎた後でも「心的外傷ストレス障害」
(PTSD)の症状として人生の長きにわたって続くことが指摘されています。

被害者の救済に当たっては、何よりもこの点を踏まえたうえで、被害者の意思、人権を尊重し、
一緒に考えて支援を行うと
いう姿勢が重要です(注2)。

ところで、会見の質疑と、ジャニーズ事務所による補償に関連して、見落としてはならないこ
とがあります。

これまでジャニーズと対立するメディアに自社のタレントを出演させない、ジャニーズタレン
トの登場する広告を掲載させないといった判断は、同社の広報部門が行っていたはずです。そ
の責任者だったのは白波瀬前副社長です。 彼は直前に退社しているとの理由で出席しない、
との説明が事務所側からなされました。実情はどうだったのかを本人に聞いてみないと、今後
のマスコミとの関係を進歩させることはできません。

また、『週刊文春』がジャニー喜多川氏による性加害を裁判で認定させることに成功しました。
当時(2004年)、ジャニー氏側の弁護士が詳細に彼の反論を聞き取って弁護をしたので、
どういう風に言い訳をしていたかを証言できるのはその顧問弁護士だけなのです。しかし会見
の場には、この弁護士とは別の、今までの経緯をまったく知らない弁護士が同席していました。
 
このように、ジャニーズ事務所の内情をよく知る弁護士や役員が記者会見に出席しないのなら、
マスコミがいくら質問したところで、被害者の救済や補償のための取り組みについて聞けること
は限られています。もっと問題なのは、これまでの経緯を知らない人たちが救済と補償に関与る
ことです(注3)。

実際、事務所側は今までジャニー氏についても事務所についても関与して来なかった3人の弁護
士を「相談窓口」の担当とするようです。今の事務所の対応は、「相談窓口」のWeb で申告して
きた個々の情報を補償額を算定基準として、できるだけ早く事務的に金銭的解決に持ち込んで事
態を収束させたいとの、意図が見え見えです。

経営コンサルタントの鈴木貴博氏によれば、こうした、問題にたいして弁護士の起用は王道なの
ですがふたつのよくない副作用があります。ひとつは賠償額を減らすことに注力しすぎること。
依頼人の肩を持つのが弁護士の仕事なのでどうしても
そうなりますが、この行動は常に被害者の気持ちを損ねます。

もうひとつは、形式合理性を重視しすぎることで、これは社内にどんどん堅苦しい制度やルール
ができていきます。鈴木氏は、何よりも重要なのは、人として人の話を十分に聞いて話し合いを
行うことだと言います。

というのもこの問題、被害者は本当に多様なのです。数十人、数百人という数の問題ではなく、
それは一人ひとりの被害者であり、一人ひとりの気持ちや思いは違います。何をしてほしいのか
の思いも多様でしょう。

したがって、絶対にやってはいけないことは、弁護士のアドバイスに従って一律の補償ルールを
作ることだと、警告しています(注4)。

後に述べるように、実際には自ら性被害を受けて申告した(あるいは申告するであろう)人はそ
れほど多くないかも知れませんが、一人ひとりからじっくりと話を聞き、必要なら心の傷を取り
除くために精神科の医師やカウンセラーによる「癒し」や治療を行うべきでしょう。

喜多川氏によって受けた心の傷を癒すには、何年もかかる場合が少なくありません。東山氏は、
7日の会見で「人生をかけて取り組んでいく」と明言しています。

この役割を東山氏が直接行うのか、専門の心理学者やカウンセラーが行うのかは分かりませんが、
今のところ被害者に対する救済では心の傷を癒すためのプログラムは見当たらないし、補償も機
械的に行われるのではないか、との疑念が消えません。

これらについては、10月2日予定されている、今後の方針の発表を待たなければなりません。

救済と補償に関して、残された問題があります。現在、喜多川氏から性加害を受けたことをカミ
ングアウトしているのは「ジャニーズ性加害問題当事者の会」の9人と、70年前に性被害を受
けた服部吉次さん(注5)くらいで、現役のジャニーズタレントでは誰も性被害を受けたことを
カミングアウトしていません。

おそらく、現在、現役で活躍しているタレントの中にはジャニー氏から性加害を受けた人は相当
数いると思われます。しかし、救済と補償は自分から申告したタレントだけを対象にしているよ
うです。

これからも自ら性被害を名乗り出る現役のタレントは出てないでしょうから、実際の救済(心理
的癒しも含めて)と補償の人数は、数百人ともいわれるタレントのごく少数にとどまる可能性が
あります。

それでも、そのようなタレントも、やはり精神的な傷を負っている可能性はあると考えられますが、
事務所としてはこの問題にどのように向き合うつもりなのでしょうか。

ところで、7日の会見にたいする反応の一部は、こ前回にも紹介しましたが、財界・経済界からは
総じて批判的な見解が多かったようです。

ジャニーズのタレントを自社の広告やスポンサーとなっている番組などでジャニーズのタレントを
使っている企業から、今後の契約を更新しない、あるいは一旦中止したり、ジャニーズ事務所の対
応をみて考えるという企業が続出しました。

こうした動きを促進した中でも経済同友会の新浪会長は、ジャニーズ事務所の調査内容やそれに対
する対応が不十分なものであると指摘し、「ジャニーズ事務所のタレントを起用することはチャイ
ルドアビューズ(児童虐待)認めることになり、国際的には非常に非難のもとになる」とメディア
にたいして発言しました。

そして新浪代表幹事が社長を務めるサントリーホールディングスでは、ジャニーズ事務所のタレン
トを起用した広告について、「被害者の救済策や再発防止策が十分であるとの納得いく説明がある
までは、新たな契約を結ばない」と述べています。

こうして、『毎日新聞』の独自調査が、同事務所の所属タレントと広告・宣伝などの契約関係にあ
るとみられる企業や自治体など計103組織に取材したところ、大手企業を中心に少なくとも25社が
起用を見送る方針であること、そして27社が「対応を検討中」と回答したことが判明し(2023年
9月18日現在)、スポンサーの反応からは「深刻な人権侵害」と受け止めている実態が浮き彫り
になりました(注6)。

所属タレントの広告出演見直しの判断をする企業の多くは、大きくは二つの考え方に基づいて行動
しているのだと思います。

一つは、人権の尊重です。人権についての会社の方針を定めている企業もあります。性加害問題の
実態が明らかになり、ジャニーズ事務所自身も認めたことで、各社の人権方針に合致しないし、人
権を尊重するという考え方とも合わなくなりました。

とりわけ、国際的にもビジネスと行っている企業は、欧米なら存続そのものが許されないであろう
芸能プロダクションのタレントを自社の広告に使うなど到底考えられない、という配慮もあったも
のと思われます。

もう一つは、コンプライアンス(法令順守)です。事務所の所属タレントを使い続けた場合、自社
に関するネガティブな評判やうわさが社会全体に拡散されるリスクがあると、スポンサー企業は考
えています。

少なくとも中断くらいはしないと、会社の利益を損なうと判断しているのだと思います。

(注1)https://www.johnny-associates.co.jp/news/info-716/ およびhttps://www16.webcas.net/form/pub/j-hosho/contact
(注2)Yahoo News 9/16(土)11:17 https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/e2be6bb29085ba5dbda8935ebd3f3d3734529a2b
(注3)DIAMOND Online (2023.9.11 12:15) https://diamond.jp/articles/- /328990?utm_source=daily_dol&utm_medium=email&utm_campaign=20230912
(注4)PRESIDENT Online 2023/09/08 17:00
    https://president.jp/articles/-/73699?cx_referrertype=mail&utm_source=presidentnews&utm_medium=email&utm_campaign=dailymail
(注5)『東京新聞』電子版 (2023年7月16日)
    https://www.tokyo-np.co.jp/article/263564
(注6)この調査結果の詳細および、該当する企業名は『毎日新聞』(電子版 2023/9/19 15:00、最終更新 9/19 15:00)
    https://mainichi.jp/articles/20230918/k00/00m/040/218000c?utm_source=article&utm_medium=email&utm_campaign=mailyu&utm_content=20230919 を参照。


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ジャニーズ事務所の闇(1)―海外メディアによって暴露されたジャニー喜多川氏の前代未聞の性犯罪―

2023-09-18 09:16:35 | 社会
ジャニーズ事務所の闇(1)
―海外メディアによって暴露されたジャニー喜多川氏の前代未聞の性犯罪―


2023年3月、イギリスの公共放送BBCがドキュメンタリー『“性的虐待をうけた”男性たちのドキュメン
タリー』(原題は Predator: The Secret Scandal of J-Pop=日本ポップス界の捕食者の隠されたスキャ
ンダル』)を放送しました(注1)。

この中でBBCはジャニー喜多川氏を「プレデター」(predator)といいう言葉で表現しています。「プ
レデター」の一般的な意味は「捕食者」ですが、「立場の弱い人に性的虐待をする人物」という意味で使
っています(注2)。

ジャニーズ事務所はこれに対応して、「再発防止特別チーム」を立ち上げ、その最終報告が8月29日に
公表されました(注3)。

その要旨は、ジャニー喜多川氏は、古くは1950年代には性加害を行って以降、ジャニーズ事務所において
は1970年代前半から2010年代半ばまでの間、数百人のジャニーズJr.(小中学生)に対し、長期間にわたっ
て広範に性加害を繰り返していた事実が認められたこと、その原因や背景(同族経営の弊害など)の指摘、
そして再発防止、被害者救済、ジュリー藤島代表取締役の辞任など「解体的出直し」を提言しています。

「特別チーム」の報告を受けて、9月7日、事務所側は東山紀之(新社長)、藤島ジュリー景子(前社長)、
井ノ原快彦(ジャニーズアイランド社長)、そして弁護士が登壇して会見を開きました。

この会見で藤島前社長は過去の性加害を認めて謝罪をし、東山新社長は喜多川氏の性加害を「鬼畜の所業」
と言い、「人類史上最も愚かな事件」「あの方は誰も幸せにしなかった、と激しい言葉で批判しました。

しかし、社名は「ジャニーズ」の名前を残すこと(後に変更の余地を残すが)、藤島ジュリー氏は5日付け
で社長を辞任するが、「被害者の補償を責任をもって全うするため」、当面の間、代表取締役としてとどま
ること、事務所の株を100%所有し続けることが明らかにされました。

東山氏は4か月前、自らキャスターを務める情報番組で、ジャニーズという社名を残すことの是非を投げか
けていましたが、会見ではこの前言を翻して存続の方向に舵を切りました。

この会見を受けて、BBCのドキュメンタリーの取材を行ったモビーン・アザー氏は会見のあと、事務所が
犯罪を認めたことは良かったが、これからどうするのか明らかにしなかった。被害者がこれで救われるのか、
「圧倒的に NOだ」とコメントしています(注4)。

おそらく、この会見に先立って、想定される筆問に対する答えを言葉の選択も含めて、弁護士を交えて綿密
に練られたと思われますが、それでも、彼ら語る言葉やその表情からは、現在のジャニーズ事務所の姿勢が
うかがえます。

『ジャニ研』(原書房)の著者で音楽批評家の大谷能生氏は、「ジャニーズアイドル大ファンの私でも、会
見で評価できたのは犯罪を認めたことだけ」、と述べています。

そして、東山氏はジュリー氏に相談に乗っていたという事実があり、いわば「ジャニーズ事務所にとっては
身内であり、一心同体だ。これまでの体制を変える気がないんだと受け止めた」、ともコメントしています
(『東京新聞』9月8日)。

私も9月7日の記者会見の様子をテレビでずっと見ていましたが、全体として、“これでは事態は変わらない、
「解体的出直し」をする気はないな”、“東山氏も藤島氏もジャニー氏の犯罪の悪質性について本当には分かっ
ていないな”という印象を持ちました。

ジャニーズ事務所とも深い関係をもっていた音楽プロデューサーの松尾潔氏が8日、自身のSNSで、
    深夜に帰宅、ようやくジャニーズ事務所記者会見の全貌を知る。『解体的出直し』には程遠いなぁ、
    というのが第一印象。改名しない宣言には呆れたし、芝居口調でくり返される精神論にもうんざり。
    つまり変えたくないんだな。何から何まで残念でした。
と述べています(注5)。

社名に関していえば、もちろん、「ジャニーズ」という名称にはブランド価値があります。しかし、喜多川氏
が犯した少年に対する性加害の悪質性を考えれば、その名前を会社名として使い続けるというのは常識的には
考えられません。

ここで、考えなければならないのは、少年に対する性的虐待というのは、たった1件だけでも逮捕される重大
犯罪なのに、「再発防止特別チーム」の調査でわかったことだけでも性加害は数百人に及ぶ、というひどさで
す。一部では千人の数に及ぶとも言われています。

「魂の殺人」ともいわれる性虐待が、これほどまで大規模に行われた例は、おそらく前代未聞でしょう。

米英では、これだけの犯罪を犯してきた組織や企業は、間違いなく「反社会的犯罪組織」として解体させられ
ます。ところが、2004年に東京高裁が、ジャニー氏の性加害を認定したにもかかわらず、一人の逮捕者も出さ
ずに今日に至っているところが、日本社会と法曹界の人権意識の乏しさを表しています。

私は、性加害を受けた人のインタビュー映像や記事をかなり多く見たり読んだりしてきましたが、尊具体的な
行為は、耳をふさぎ、目を覆いたくなるほどのおぞましさです。

ジャニー喜多川氏の性虐待を自らの体験に基づいて告発した、『光GENJIへ 元フォーリーブス北公次の禁断
の半生記』(1988年データハウス)の著者、北氏は16歳から始まる喜多川氏による性加害の具体的な行為を
次のような手記で残しています(注6)。

    下宿して2日目の夜に、ジャニー喜多川が自分の布団の中に入ってきた。そして、数日後には、アイド
    ルデビューを約束するような言葉を吐きながら、北の体をマッサージして全身にキスをし、性器を弄り
    始めたという。さらに北の性器をみずからの口にふくみ、「やめてください」「いやですよ」と拒絶し
    た北を「巧みな技巧で」射精させた。

喜多川氏の性虐待は、芸能界へのデビューを餌に、抵抗できない少年を、まるで「捕食者」のように性的な欲求
を満たすために行われたのです。

北氏は、このような性虐待を4年半も受け続けたと言います。まさに「鬼畜の所業」そのものです。

この被害パターンは、2023年5月17日に放送された『クローズアップ現代』(NHK)で紹介された比較的新しい
証言とほぼ合致します。

同番組で証言した元ジャニーズJr.の日本樹顕理氏は、1990年代、中学1年の時にジャニー喜多川からジュニアの
「合宿所」(都内高級ホテル)に泊まるように言われ、そこで性被害に遭ったと語りました。
    寝入る頃から(ジャニー喜多川が)ベッドの中に入って、最初は肩マッ  サージしたりとか体全体を
    触られるようになりまして、足とかもまれたりする感じですね。そこからだんだんパンツの中に手を入
    れられて性器を触られ、そこから性被害につながっていくようになるんです。そこからオーラルセック
    スされました。

以上のほかにも、被害医者の実体験は、さまざまなメディアを通じて明らかにされていますが、ここでは、これ
以上は引用しません。というのも、私自身、あまりのひどさに書いていて気分が悪くなってしまうからです。

こうした経験(人によっては100回以上も)は性加害を受けた人たちにトラウマとなって、後々苦しめます。
実際、自殺を何回か考えた人もいます。

もし、私が上に書いたような被害を受けたことを想像すると、とても正常な精神を保ってはいられないでしょう。

ところで、ジャニーズJrに対する性加害は、喜多川氏だけでなく、東山氏にも向けられています。

7日の会見の際、望月を名乗る女性が、『SMAPへ そして、すべてのジャニーズタレント』へという元ジュニア
の木山将吾氏が書いた本を引き合いに出して東山のセクハラ・パワハラに対する質問をしました。

それは、東山が「電気アンマでJr.の少年たちの股間を足で刺激していた、自分の隠部を見せつけていた、お皿の上
に自分の陰部を載せて、『僕のソーセージを食え』と発言したというのは事実か?」という際どい質問でした。

その質問に対して、東山は「ネットで暴露本の内容は知っていた」と答えた上で「したかもしれないし、していな
いかもしれない。自身の記憶を呼び起こすのが困難である」と答えました。

私はこの話が本当かどうかは分かりません。もし事実でなければキッパリと否定すると考えられますが、東山氏の
返答はいかにも、曖昧で疑惑を深める結果となりました(注7)。こうした、曖昧さは、今後のジャニーズ事務所
の補償問題や対応にも大きく影響すると思われます。

今回は、国内ではなくイギリスのBBCが放映したドキュメンタリーと、それに対応したジャニーズ事務側の記者
会見に着目し、ジャニー喜多川氏の性加害に焦点を当てて説明しました。

次回から、なぜ、このような性犯罪が半世紀以上も続いたのか、芸能事務所とメディアとの関係はどのようなもの
だったのか、ジャニーズ事務所は被害者にどのように補償していくのか、現在被害者としてカミングアウトしてい
ない、他のジャニーズ所属のタレントはどのように思っているのか、社会はこの件にどのように反応したのか、な
どの疑問点を検討してゆきたいと思います。


(注1)このドキュメンタリーは You Tube https://www.youtube.com/watch?v=zaTV5D3kvqE で観ることができます。
(注2)『朝日新聞』(電子版2023年9月7日 19時40分)https://www.asahi.com/articles/ASR976DHJR97UHBI026.html
(注3)この報告書は    https://saihatsuboushi.com/%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E5%A0%B1%E5%91%8A%E6%9B%B8%EF%BC%88%E5%85%AC%E8%A1%A8%E7%89%88%EF%BC%89.pdf。
(注4)You Tube https://www.youtube.com/watch?v=aEn5vvvKztw
(注5)『スポ日』(電子版 2023年9月8日)  https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2023/09/08/kiji/20230908s00041000240000c.html
(注6)PRESIDENT Online(2023/05/23 13:00)
https://president.jp/articles/-/69852
(注7)MAG2(2023.09.14)
https://www.mag2.com/p/news/584308?utm_medium=email&utm_source=mag_W000000001_fri&utm_campaign=mag_9999_0915&trflg=1





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なぜ急ぐマイナンバーカード ―国民の不信感情を無視―

2023-07-03 10:01:31 | 社会
なぜ急ぐマイナンバーカード
―国民の不信感情を無視―

マイナンバーの活用拡大を目指した「改正マイナンバー法」などの関連法も、6月2日
の参院本会議であっさり可決・成立してしまいました。

マイナンバー法(正式には「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利
用等に関する法律」は、国民の利便性を高める観点から、従来のマイナンバーを利用
できるさサ-ビスを拡大するための法律です。

具体的には、「マイナンバーの利用範囲の拡大」、「より迅速な情報連携に向けた措
置」、「公金受取口座の登録促進」、「マイナンバーカードの在外公館交付」、「マ
イナンバーカード券面の見直し」(漢字にフリガナを付記し、海外でも使えるように
ローマ字表記を追記できるようにする)など、これまでの、住民票などをコンビニで
も取得できるなどより広い用途が加えられている。

政府は、マイナンバーカード(以下「マイナカード」と略記する)に埋め込まれたチ
ップにさまざまなデジタル情報を組み込むことができ、さまざまな生活の場面での利
便性が高まると、マイナカードの普及にやっきとなってきました。

ただ、ここで確認しておかなければならないのは、マイナカードを作成することは義
務ではない、個人の自由だという点です。

誤解のないように確認しておくと、マイナカード自体は2016年1月に導入されました。
しかし2018年12月以前、つまり3年間で取得した人は19.7%しかありませんでした。

そこで、政府は第一弾として2020年9月、第二弾として2022年1月に、所得者に対し
て2万円のマイナポイントを与える措置をとりました(注1)。

これは、国民の税金を使い、人々に2万円の“エサ”を撒いて“釣りあげる”、いかにも姑
息な“禁じ手”です。こうでもしなければマイナカードの普及率が上がらないことを政府
も国民の反発を認識しているのでしょう。

この費用だけで何と、2兆円もの予算をつぎ込んでいるのです。これだけの予算があれ
ば、介護スタッフへの報酬の引き上げ、学校給食補助、奨学金への補助などなど多くの
事業ができます。

もし、本当に安全で便利で信用できる制度なら、何も2万円のマイナポイントがなくて
も国民は進んでマイナカードを取得するでしょう。

しかし、実際には、2023年4月の段階で、実際に取得した人は8440万人、人口にたい
する率で67%にとどまっています。

最近の各メディアによる世論調査では、マイナカードを信用できないと考えている人は
70%超となっています。

そこで政府は、国民にとって命に係わる現行の紙の健康保険証を来年秋には廃止し、マ
イナカードにひも付けられた健康保険証に一元化するとしており、何が何でもマイナカ
ードを普及させしょうとなりふり構わず、国民に脅しをかけています。

しかし実際には、マイナカードに関しては、以下の問題が次つぎ明らかになっています
(注2)。

1. マイナポータルで他人の年金記録を閲覧できた
2. コンビニで住民票などの証明書を他人に発行した
3. マイナ保険証で別人の情報をひも付けた
4. マイナンバーとひも付ける銀行口座に別の人のものを登録した
5. カード発行などで得られるポイントを他人に誤って付与した

しかし、実際にはマイナンバーカードに対する不信感を抱く人が70%を超えているのです。
これは、同時に政府にたいする不信感を表しています。

このシステムを構築している富士通は、6月30日までに、マイナカードを使った証明書交
付サービスで、別人の住民票の写しが誤って発行されたことを確認しました。

一斉点検ため、子会社(富士通JAPAN)のシステムを利用する全自治体で、サービスを
停止することを決定しました。

コンビニでも同様のトラブルがあり、5月からサービスを停止して6月18日に再開したば
かりでしたが、再度停止に追い込まれました。

この子会社は広域団体を含めて123の自治体に提供しています。一斉点検中は自治体の庁
舎内、コンビニに設置した端末を通じたサービスは利用できなくなります。結局、諸文書の
交付は、直接自治体の窓口で申請することになりました(『東京新聞』2023年7月1日)。

サービスの中断は、明らかにシステムが不完全であったからで、河野デジタル相は、現在起
こっているのは、人的エラー(人手で入力することから起こるエラー)で、システムの問題
はないと強弁していますが、実態はシステムの不完全さ、まぎれもなくシステムの問題なの
です。

百歩譲って、現在起こっている問題が人的エラーの結果だとしても、それも含めてマイナカ
ードのシステム全体の問題である、という認識が河野氏にないことが問題です。

河野氏は、コンピュータ上で正しいシステムが設計されていれば、あとは現場の問題だと考
えていますが、実際に手作業で入力を行う地方自治体は、期限を切られて大変な苦労を強い
られています。

しかも、日本語では名前の漢字表記の読みはとても複雑で、間違いも起こるでしょう。さら
に、還付金の受取口座に関して政府の方針がはっきりしないまま、個人ではなく家族名義に
なっていることから生ずる問題もあり、このような問題は予めシステムとして対応しておく
べきことです。

現在、特に問題となっているのは、来年の秋から紙の保険証が廃止され、マイナカードにひ
も付けられたマイナ保険証だけになる、という無茶な方針も、医療関係者や一般国民から大
きな反発を呼んでいます。

河野氏は、マイナカード(原則は、持つ・持たないは個人の自由なのです)をどうしても持
たせるために、国民の健康と命に係わる保険証とマイナカードとを結びつける、という卑劣
な手段を講じ、実態としてマイナカードの利用を義務化しようとしています。

ところが、マイナ保険証もあちこちで問題を発生させています。たとえば、上に書いたよう
にマイナカードと別人がひも付けられて、その場では10割負担となってしまったケースが
多数発生しました。

マイナ保険証に関して深刻なのは、受付、治療、会計、カルテへの記入、診療報酬の請求事
務、機械の消毒まで、一人ないしごく小人数でやっている小規模の医療機関、いわゆる町の
「かかりつけ医」の場合です。

ある医師は、マイナ保険証を読み取る機器もないため保険治療ができなくなってしまい、廃
業を考えざるを得ない、と語っています。

全国保健医療団体連合会によると、全国の地方厚生局に出された保健医療機関の廃止数は、
3月には医科で724件、歯科で379件、合計1103件の届け出があり、少なくとも昨
年五月以降で最多となっています。

これは、4月にマイナ保険証導入に伴い、医療機関に患者情報などをデジタル処理するオン
ライン資格確認が原則義務化したことが大きな要因とみられています(『東京新聞』2023年
6月29日)

政府の「ごり押し」ともいえるやり方に対する国民の反発と不信は強まるばかりで、SNS
を通じて、現在すでに取得している人の間でマイナカード返納運動が盛り上がっています。

総務省の担当者は3月29日の参院地方創生・デジタル特別委員会で、返納を含め所有者の
希望で失効したマイナカードの枚数を約42万枚(3月3日時点で)と答えています。

返納したある女性は、「いろいろな個人情報が次つぎとひも付けられて、国に全て把握され
るようでおかしいと思った」から、と語っています(『東京新聞』2023年6月30日)。

これが、多くの国民の偽らざる気持ちでしょう。

まず、国がどこまでも個人情報を把握し、国民を個人レベルで監視することにつながること
に対する本能的な嫌悪感があります。

そして、個人情報が何らかの形で他人に漏れてしまうことに対する危惧があります。現に、
マイナポータルで他人の個人情報が閲覧できてしまった事例があります。

しかも、外部の誰かがコンピュータシステムに侵入して情報が抜き取られたり、システム
そのものが壊されてしまう危険性もゼロではありません。

いずれにしても、現在は、国民の大多数がさまざまな個人情報をひも付けるマイナカード
に不信感を抱いている以上、一旦、これを止めて時間をかけてシステムの再構築を目指す
べきでしょう。

全国保険医団体連合会も現行の保険証の廃止に反対の声明を出しています。それは、準備
期間が短く急ぎ過ぎのため、医療現場でトラブルが続発しているからです。

滋賀県保健医療協会は、「マイナカードは使い物にならない。資格確認トラブルは6割強」
と政府批判をしています(注3)。

国会での多数をいいことに、国民の不信感を無視してマイナ保険証を強行・強制すれば、
思わぬ混乱と反発を引き起こします。

岸田首相も、マイナカードのひも付けについては、国民の理解が前提といっていますが、言
葉通りであれば、まだ国民の理解は達成されていません。




(注1)『ニッセイ基礎研究所』2022年11月16日   https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=73007?pno=3&site=nli
(注2)Mag2 (2023.06.17) https://www.mag2.com/p/news/578455?utm_medium=email&utm_source=mag_W000000001_mon&utm_campaign=mag_9999_0619&trflg=1
(注3)『 全国保険医団体連合会 』https://hodanren.doc-net.or.jp/hokenshohaishi/

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電車内のパニックにみる“緊張"の日本

2023-06-26 16:15:10 | 社会
電車内のパニックにみる“緊張"の日本

2023年6月25日午後4時ころ、JR新宿駅の駅員から「山手線の車内で男が
刃物を振り回している」と110番がありました。

電車は新宿駅に停車しましたが、すぐにはドアが開かなかったため、社内はパ
ニック状態になり、窓から外に出る人や、現場から遠ざかろうと押し合う人で
混乱の極に達しました。

ドアが開いた後の状況を動画で撮った映像がテレビで流されましたが、それを
見ると、人々が慌てふためいてパニックになった様子が克明に映し出されてい
ます。

電車の中やホームには、靴やカバン、バック、その他が散乱しており、乗客の
混乱振りを示しています。

自分がその場にいたら、やはりパニックになったと思います。
東京消防庁によると、この騒ぎで転倒するなどしたとみられる男性2人が病院
に搬送されました。

詳細は分かりませんが、警視庁新宿署が50代の外国籍とみられる男性から事
情を聴き状況を調べています。

現在報道されている内容から、ちょっと分からない点がいくつかあります。

まず、「社内で男が刃物を振り回している」という駅員の通報ですが、駅員は
男が刃物を振り回している様子を見ていたわけではなく、後から乗客に聞いて
も、誰も振り回している男の姿を見ていません。

駅員は、何を根拠にこのような通報をしたのか分かりません。ひょっとしたら、
乗客の誰かが、携帯電話でそのような通報を駅に伝えたのかもしれません。

また、「男が刃物を振り回している」という表現のほかに、メディアによって
は「刃物を持つ人がいる」という表現もありました。

これとは全く別に、「火をつけた男がいる」というデマも車内で流れたようで
す。

別の車両に乗っていた乗客によれば、慌てふためいた多くの人がその車両にな
だれ込んできたので、パニックが瞬く間に次つぎと別の車両に伝わっていった
とのことです。

乗客の一人は、死ぬかもしれないという恐怖を感じたと言っています。

警察の聴取によれば、この刃物の所有者は、飲食店の料理人でその日に店を辞
めるので自分の包丁を2本持って帰るところで、店にあった布巾で包丁を包ん
でもっていたが、うっかり落としてしまい刃先が露出してしまったので、パニ
ックを引き起こしたようです。

警察は、この件に関して事件性はないものとみて、一件落着となりました。そ
れにしても、映像でみるこの時の乗客の反応は、本当に恐怖に駆られて我先に
外に出ようとする激しいものでした。

実際に何が起こったのかも分からないまま、このような激しい反応をした背景
には、2021年に小田急線と京王線の車内で起こった2つの刺傷事件があったこ
とが考えられます。

これら二つの事件を通して、想像もしなかった事件に自分も巻き込まれ、最悪
の場合、命を奪われてしまうかもしれない、という恐怖心が広く人々の心の底
に間に浸透していたと思われます。

これら二つの事件をもう少し詳しく見ておきましょう。

2021年8月6日に小田急線の車両内で、職業不詳の対馬悠介(36歳)は逃げ
る女子大生を追いかけ、背中を牛刀で切りつけるという痛ましい犯行でした。
続けて周辺の乗客へも切りつけ、合計10人が負傷しました。

この男は、さらに床にサラダ油を蒔き、ライターで着火しようとしましたが、
これは失敗でした。

さらに同年10月31日には、京王線の上り特急で、男がトートバックに入っ
た刃渡り30センチほどの刃物で70歳の男性の腕に切りつけ、その後合わせ
て18人に重軽傷を負わせる事件が起きました。

この男はライターオイルが入った2リットル入りのペットボトルと殺虫剤スプ
レーに火をつけ、車内火災を起こしました。

京王線の犯人は、その前に起こった、小田急線での事件を参考にした、と供述
しており、実際、刃物で切りつけた点、また車内でオイルを撒いて発火させた
ことなど、小田急の事件とウリ二つです・

いずれにしても、小田急線と京王線の事件によって多くの人の心のどこかに、
電車内での恐怖が刻み込まれていたことは確かです。

このため、電車内という逃げ場のない空間では、ちょっとした異変やデマでも、
直ちに恐怖は頂点に達してしまい、人々はパニックに陥ってしまいます。

これら一連の事件はいずれも東京で発生したことですが、東京や周辺地域を含
めた首都圏で混み合った電車に乗る場合、私たちは、意識するしないにかかわ
らず、何が起こるか分からない緊張感を常に抱えています。

刺傷事件とまでゆかなくても、車内でのちょっとした体のぶつかり合いや足を
踏んだ、という些細なことから声を荒げての大喧嘩になった場面に私自身も何
回か遭遇しています。

それだけ、今の日本、とりわけ東京や首都圏のような人口密集地域では、人々
は他人に対する不信感と他人の脅威を感じています。

こうした事件は全くの個人的な動機で行われており、一方で、そのような人物
がたまたま乗った電車の車両に乗っていることは予見できないが、他方でいつ
何が起こるか分からない、という不安が常にあります。

例えば小田急線の事件の場合、その動機を、女子大生が「勝ち組の典型に見え
たから」と、述べています。

36歳で職業不詳という状況から、“なぜ、自分だけが負け組に甘んじなければ
ならないのか”という、怨念にも近い不満を常日頃抱えていたことが、犯行の底
流にあったと推測されます。

しかし、このような不満やどろどろとした感情は、決してこの男だけの特異な
ものではなく、大なり小なり一定数の人が抱えていると思われます。

京王線事件の場合、殺人未遂容疑で現行犯逮捕された服部恭太被告(26)=
同罪などで起訴=は事件当時、人気映画「バットマン」シリーズの悪役「ジョ
ーカー」に似た服装をしており、逮捕後の取り調べで「人を殺して死刑になり
たかった」「人をやっつけるジョーカーに憧れた」など、やや理解できない供
述をしています。

捜査関係者によると服部被告は事件当時、「仕事で失敗し、友人関係もうまく
いかず、死刑になろうと犯行を思い立った」、また最近の裁判では、婚約して
いた女性が他の男性と結婚したことを知り、「死ぬしかない、死刑になろう」
考え始め、そのために、多くの人を殺害する必要があったと考えるようになっ
たようだ。

この場合、外形は殺人ですが、実態としては「自殺」で、そのために他人を巻
き込んでいる、というのが実態です。

いずれにしても、これらは個人的な不満や絶望などが原因となっています。筆
者はいずれの場合も決して少なくないと考えています。

どうやら現代日本においては、私たちは一歩外に出ると、何が起こるか分から
ないという不安にさらされて生活してゆかなければならない緊張の時代に生き
ているようです。

(注)小田急刺傷事件についてはとりあえず、『文春 オンライン』2021/08/07
https://bunshun.jp/articles/-/47811 を、京王線の事件については『日経新聞』デジタル(2023年6月23日)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE21BTE0R20C23A6000000/?n_cid=NMAIL007_20230626_Hを参照されたい。

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