検証「岸田首相」(2)―アベノミクスを継承する「成長と分配」論―
岸田首相は、総裁選に立候補した時から、安倍・菅政権との違い、そして場合によっては
これを否定して岸田色を出そうとしてきました。
たとえば、当初、モリ・カケ・桜の問題に関して、多くの国民がまだ十分に説明されてい
ないと考えているとしたら再度調べる、とまで踏み込んでいました。
しかし、これは、あっという間に引っ込められてしまいました。もちろん、安倍元首相へ
の忖度と、安倍氏からのしっぺ返しを恐れたからです。
そのほかにも、前回見たように、総裁選で主張していた看板政策、1.令和所得倍増、
2.金融所得課税の強化、3.子育て世帯への住居・教育費支援 4.健康危機管理庁の
創設 5.党改革(役員任期 連続3期まで)などは、高市政調会長が主導して作成され
た選挙公約では全て削除されています。
ここまで変節してしまうと、岸田首相は安倍・菅政権との違いが消えてしまいます。
そこで岸田首相は、成長と分配の好循環を通じて経済を活性化する「新しい資本主義」
という「言葉」を繰り返し発するようになっています。
ここで「言葉」と言ったのは、岸田氏が、「新しい資本主義」という言葉にどれほど深
い意味内容を込めているのか疑問だからです。「言葉」だけの問題かもしれません。
これは、新自由主義(市場原理主義)が、全世界的に貧富の格差を拡大し、社会に分断
を生じさえていることを考えると、岸田首相が分配に注目した「新しい資本主義」とい
う方向性は間違いではありません。
そもそも、日本においては、第一次小泉純一郎内閣の時代に、竹中平蔵氏の下で、民営
化(代表的な事案は郵政民営化)、市場原理主義、個人責任などの新自由主義政策が大
々的に推進されました。
新自由主義の信奉者である竹中氏は、2002年(平成14年)に経済財政政策担当大臣と
して、金融担当大臣も兼任して以来、安倍・菅政権の終わりまで、日本における新自由
主義政策を主導してきました。
その結果、日本社会に貧富の格差が拡大し、本来なら社会の中枢を担う中産階層が没落
し、貧困層、とりわけ非正規労働者と一人親世帯の貧困化が顕著になってきました。
今回の総選挙で自民党も、野党の立憲民主党も、“分厚い”中産階層の復活を謳っている
のは理由がないわけではありません。
「成長と分配」に関して岸田首相は当初、どちらが優先するとも明言していませんでし
たが、選挙戦に突入するこころには、はっきりと「成長なくして分配なし」、つまり成
長こそがカギになると言うようになりました。
安倍前首相は2016年の施政方針演説で「成長と分配の好循環を作り上げてまいります」
と謳っていました(『東京新聞』2021.10.9)。今回、岸田首相は安倍首相とまったく
同じフレーズを繰り返し語っています。
安倍首相の場合の戦略は、周知の「アベノミクス」で、「三本の矢」つまり、①「金融
緩和」②「機動的な財政出動」③「成長戦略」を通して、経済成長を作り出し、その果
実は大企業や富裕層から徐々に下に「滴り落ちる」(トリクルダウン)ことになってい
ました。
しかし、実際には、政府が最大の購入者となって株価を押し上げた以外、国としての経
済成長は達成できず、成長の果実が個人に「滴り落ちる」ことはありませんでした。
つまり、アベノミクスは失敗したのです。
このことを意識して、岸田首相は、昨年9月『岸田ビジョン』(講談社)という本を出版
しました。そこで、「未来永劫『アベノミクス』でいいのか」と疑問を提起しています。
そして、「利益を上げることはもちろん大切ですが、それをどう公平に分配し、持続可能
な発展につなげてゆくかがより大切」「中間層を産み支える政策、社会全体の富の再分配
を促す政策が必要」と説いています(注1)
では今回、岸田首相は、まず分けるべき経済のパイを「成長」させるために、どのような
戦略を立てているのでしょうか?
今回の岸田政権の選挙公約の大項目の2に、「金融緩和」「機動的な財政出動」「成長戦
略」を総動員し、経済を立て直し、「成長」軌道に乗せる、とあります。
これは、紛れもなくアベノミクスの「三本の矢」と全く同じ、まるで「コピペ」です。
おそらく、岸田氏としても、何か安倍元首相との違いを見せたかったのですが、その具体
的なアイディアが出てこなかったのでしょう。
安倍政権以降、経済成長は止まったままで、昨年からのコロナ禍で、非正規の労働者や
子どもを抱えた一人親世帯の母親は、十分な社会的補償や救済もないまま休職させられた
り解雇されたりしています。
岸田首相は、なぜ、「アベノミクス」によって成長も分配もうまくゆかなかったのか、な
ぜ「好循環」が起こらなかったかを真剣に検証しないまま、標語のように「三本の矢」を
並べています。
もし、岸田朱書すが、アベノミクスを踏襲して「成長」を達成できなければ「分配」も起
こらないことになります。岸田首相には、同じ「3本の矢」でも、自分がやれば成長を達成
できる、という自信があるのでしょうか?
分配の方法に関して、自民党の公約は次のように書いています。
「労働分配率の向上」に向けて、賃上げに積極的な企業への税制支援を行う▽下請け取引
に対する監督体制を強化
「全世代の安心感」を創出する
「待機機児童の減少」「病児保育の拡充」「児童手当の強化」を目指す▽ベビーシッター
や家政士を利用しやすい経済支援を行う▽看護師、介護職員、幼稚園教諭、保育士をはじ
め、賃金の原資が公的に決まる方々の所得向上に向け、公的価格のあり方を抜本的に見直
す
前段の、労働分配率の向上に関しては、安倍政権時代にも、首相が自ら企業に賃上げを要請
するなど、「官製春闘」と揶揄されたパフォーマンスが行われましたが、現実にはほとんど
効果はありませんでした。
しかも、賃上げができるのは、大企業だけで、その税制の特典を受けられるのも大企業だけ
です。
全企業数の99.7%を占める中小企業の大部分は、存立さえもが危ぶまれる状態ですから、賃
上げの余裕はありませんし、税制面
の特典は受けられません。
後段の「全世代の安心感」に関して、これらの人たちの賃上げや待遇改善は当然ですが、彼
らにどれほどの経済支援が国から与えられるのか疑問です。
もっと深刻で大切な問題は、安倍政権下で積極的に推進された非正規雇用の採用のため、今
では全労働者の40%(2200万人ほど)が非正規雇用となっています。
非正規の人びとは、定期昇給も、失業保険も、厚生年金も、退職金もなく、企業は解雇自由、
という不安定でかつ低賃金の状態に置かれています。
もし、岸田首相が本気で“分厚い中間層”の創出を言うなら、これらの非正規労働者を、まず
は正規労働者と同等の待遇する法整備をすべきでしょう。それなくして、「分厚い中間層」
は決して生まれません。
さらに、もし分配の問題をいうなら、富裕層の金融利益に対する課税強化、所得税の累進性
強化などを真剣に考えるべきでしょう。これらこそが分配の財源なのです。
そして、巨額の利益産んでいる大企業が、法人税を払っていない、という現実も是正する必
要があります。
たとえばソフトバンクは2018年度に1兆390億円の純利益を上げていますが、法人税は、
なんと「ゼロ円」です(注2)
同様に、2015年の3月期に2兆円の利益を上げたトヨタは2009年から13年の5年間、一度
も法人税を払っていません(注3)
これらの企業は合法的に会計処理を行っており、違法ではありません。これらの2社だけで
なく、大企業は多くの法律家や会計士を雇って、合法的な租税回避を行っているのです。
利益を労働者に分配せずに、課税対象外の社内留保金として貯めておく方法もその一つです。
今では、その額日本全体で480兆円をはるかに超える額に達しています。
終わりに、岸田氏が今年6月に結成した「新たな資本主義を創る議員連盟」には、安倍、麻
生両氏が最高顧問に就任し、安倍氏の盟友である甘利幹事長も名を連ねていることを見ても、
これが安倍政権の継承連盟であるこが分かります。
以上を考えると、岸田政権は、やはり「第三次安倍・菅政権」の感が強くあります。
(注1)私は、この本を直接読んでいません。ここでの記述は『東京新聞』(2021年10月9日からの引用です。
(注2)Gendai・ismedia (2019年9月30日) https://gendai.ismedia.jp/articles/-/67498
(注3)MAG2NEWS (2015.16) https://www.mag2.com/p/news/21051
岸田首相は、総裁選に立候補した時から、安倍・菅政権との違い、そして場合によっては
これを否定して岸田色を出そうとしてきました。
たとえば、当初、モリ・カケ・桜の問題に関して、多くの国民がまだ十分に説明されてい
ないと考えているとしたら再度調べる、とまで踏み込んでいました。
しかし、これは、あっという間に引っ込められてしまいました。もちろん、安倍元首相へ
の忖度と、安倍氏からのしっぺ返しを恐れたからです。
そのほかにも、前回見たように、総裁選で主張していた看板政策、1.令和所得倍増、
2.金融所得課税の強化、3.子育て世帯への住居・教育費支援 4.健康危機管理庁の
創設 5.党改革(役員任期 連続3期まで)などは、高市政調会長が主導して作成され
た選挙公約では全て削除されています。
ここまで変節してしまうと、岸田首相は安倍・菅政権との違いが消えてしまいます。
そこで岸田首相は、成長と分配の好循環を通じて経済を活性化する「新しい資本主義」
という「言葉」を繰り返し発するようになっています。
ここで「言葉」と言ったのは、岸田氏が、「新しい資本主義」という言葉にどれほど深
い意味内容を込めているのか疑問だからです。「言葉」だけの問題かもしれません。
これは、新自由主義(市場原理主義)が、全世界的に貧富の格差を拡大し、社会に分断
を生じさえていることを考えると、岸田首相が分配に注目した「新しい資本主義」とい
う方向性は間違いではありません。
そもそも、日本においては、第一次小泉純一郎内閣の時代に、竹中平蔵氏の下で、民営
化(代表的な事案は郵政民営化)、市場原理主義、個人責任などの新自由主義政策が大
々的に推進されました。
新自由主義の信奉者である竹中氏は、2002年(平成14年)に経済財政政策担当大臣と
して、金融担当大臣も兼任して以来、安倍・菅政権の終わりまで、日本における新自由
主義政策を主導してきました。
その結果、日本社会に貧富の格差が拡大し、本来なら社会の中枢を担う中産階層が没落
し、貧困層、とりわけ非正規労働者と一人親世帯の貧困化が顕著になってきました。
今回の総選挙で自民党も、野党の立憲民主党も、“分厚い”中産階層の復活を謳っている
のは理由がないわけではありません。
「成長と分配」に関して岸田首相は当初、どちらが優先するとも明言していませんでし
たが、選挙戦に突入するこころには、はっきりと「成長なくして分配なし」、つまり成
長こそがカギになると言うようになりました。
安倍前首相は2016年の施政方針演説で「成長と分配の好循環を作り上げてまいります」
と謳っていました(『東京新聞』2021.10.9)。今回、岸田首相は安倍首相とまったく
同じフレーズを繰り返し語っています。
安倍首相の場合の戦略は、周知の「アベノミクス」で、「三本の矢」つまり、①「金融
緩和」②「機動的な財政出動」③「成長戦略」を通して、経済成長を作り出し、その果
実は大企業や富裕層から徐々に下に「滴り落ちる」(トリクルダウン)ことになってい
ました。
しかし、実際には、政府が最大の購入者となって株価を押し上げた以外、国としての経
済成長は達成できず、成長の果実が個人に「滴り落ちる」ことはありませんでした。
つまり、アベノミクスは失敗したのです。
このことを意識して、岸田首相は、昨年9月『岸田ビジョン』(講談社)という本を出版
しました。そこで、「未来永劫『アベノミクス』でいいのか」と疑問を提起しています。
そして、「利益を上げることはもちろん大切ですが、それをどう公平に分配し、持続可能
な発展につなげてゆくかがより大切」「中間層を産み支える政策、社会全体の富の再分配
を促す政策が必要」と説いています(注1)
では今回、岸田首相は、まず分けるべき経済のパイを「成長」させるために、どのような
戦略を立てているのでしょうか?
今回の岸田政権の選挙公約の大項目の2に、「金融緩和」「機動的な財政出動」「成長戦
略」を総動員し、経済を立て直し、「成長」軌道に乗せる、とあります。
これは、紛れもなくアベノミクスの「三本の矢」と全く同じ、まるで「コピペ」です。
おそらく、岸田氏としても、何か安倍元首相との違いを見せたかったのですが、その具体
的なアイディアが出てこなかったのでしょう。
安倍政権以降、経済成長は止まったままで、昨年からのコロナ禍で、非正規の労働者や
子どもを抱えた一人親世帯の母親は、十分な社会的補償や救済もないまま休職させられた
り解雇されたりしています。
岸田首相は、なぜ、「アベノミクス」によって成長も分配もうまくゆかなかったのか、な
ぜ「好循環」が起こらなかったかを真剣に検証しないまま、標語のように「三本の矢」を
並べています。
もし、岸田朱書すが、アベノミクスを踏襲して「成長」を達成できなければ「分配」も起
こらないことになります。岸田首相には、同じ「3本の矢」でも、自分がやれば成長を達成
できる、という自信があるのでしょうか?
分配の方法に関して、自民党の公約は次のように書いています。
「労働分配率の向上」に向けて、賃上げに積極的な企業への税制支援を行う▽下請け取引
に対する監督体制を強化
「全世代の安心感」を創出する
「待機機児童の減少」「病児保育の拡充」「児童手当の強化」を目指す▽ベビーシッター
や家政士を利用しやすい経済支援を行う▽看護師、介護職員、幼稚園教諭、保育士をはじ
め、賃金の原資が公的に決まる方々の所得向上に向け、公的価格のあり方を抜本的に見直
す
前段の、労働分配率の向上に関しては、安倍政権時代にも、首相が自ら企業に賃上げを要請
するなど、「官製春闘」と揶揄されたパフォーマンスが行われましたが、現実にはほとんど
効果はありませんでした。
しかも、賃上げができるのは、大企業だけで、その税制の特典を受けられるのも大企業だけ
です。
全企業数の99.7%を占める中小企業の大部分は、存立さえもが危ぶまれる状態ですから、賃
上げの余裕はありませんし、税制面
の特典は受けられません。
後段の「全世代の安心感」に関して、これらの人たちの賃上げや待遇改善は当然ですが、彼
らにどれほどの経済支援が国から与えられるのか疑問です。
もっと深刻で大切な問題は、安倍政権下で積極的に推進された非正規雇用の採用のため、今
では全労働者の40%(2200万人ほど)が非正規雇用となっています。
非正規の人びとは、定期昇給も、失業保険も、厚生年金も、退職金もなく、企業は解雇自由、
という不安定でかつ低賃金の状態に置かれています。
もし、岸田首相が本気で“分厚い中間層”の創出を言うなら、これらの非正規労働者を、まず
は正規労働者と同等の待遇する法整備をすべきでしょう。それなくして、「分厚い中間層」
は決して生まれません。
さらに、もし分配の問題をいうなら、富裕層の金融利益に対する課税強化、所得税の累進性
強化などを真剣に考えるべきでしょう。これらこそが分配の財源なのです。
そして、巨額の利益産んでいる大企業が、法人税を払っていない、という現実も是正する必
要があります。
たとえばソフトバンクは2018年度に1兆390億円の純利益を上げていますが、法人税は、
なんと「ゼロ円」です(注2)
同様に、2015年の3月期に2兆円の利益を上げたトヨタは2009年から13年の5年間、一度
も法人税を払っていません(注3)
これらの企業は合法的に会計処理を行っており、違法ではありません。これらの2社だけで
なく、大企業は多くの法律家や会計士を雇って、合法的な租税回避を行っているのです。
利益を労働者に分配せずに、課税対象外の社内留保金として貯めておく方法もその一つです。
今では、その額日本全体で480兆円をはるかに超える額に達しています。
終わりに、岸田氏が今年6月に結成した「新たな資本主義を創る議員連盟」には、安倍、麻
生両氏が最高顧問に就任し、安倍氏の盟友である甘利幹事長も名を連ねていることを見ても、
これが安倍政権の継承連盟であるこが分かります。
以上を考えると、岸田政権は、やはり「第三次安倍・菅政権」の感が強くあります。
(注1)私は、この本を直接読んでいません。ここでの記述は『東京新聞』(2021年10月9日からの引用です。
(注2)Gendai・ismedia (2019年9月30日) https://gendai.ismedia.jp/articles/-/67498
(注3)MAG2NEWS (2015.16) https://www.mag2.com/p/news/21051