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大木昌の雑記帳

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安保法制案の閣議決定―うさん臭い「不戦の誓い」と自衛官の怒り―

2015-05-27 22:54:42 | 政治
安保法制案の閣議決定―うさん臭い「不戦の誓い」と自衛官の怒り―

2014年7月1日,集団的自衛権行使容認の閣議決定が行われました。

集団的自衛権の行使とは,日本が攻撃されなくても,日本の自衛隊が同盟関係にある他国(実質的にはアメリカ)の支援のために
海外で軍事行動をすることです。

この閣議決定の内容が実施されるためには,安全保障関連法案(以下「安保法案」と略す)が国会で承認される必要があります。

その安保法案が2015年5月14日に閣議決定され,19日から国会審議が始まりました。

この法案の中身については別の機会に譲るとして,今回は,まず,閣議決定された14日の夕方行われた,安倍首相の会見の中身
と,自衛官の反応を見ておきたいと思います。

まず,安倍首相の記者会見です。

会見の冒頭で,閣議決定の意義を次のように表現しています。

    70年前、私たち日本人は一つの誓いを立てた。もう二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。この不戦の誓いを将来
    にわたって守り続け、国民の命と平和な暮らしを守り抜く。この決意の下、本日、日本と世界の平和と安全を確かなもの
    とするための平和安全法制を閣議決定した。

この冒頭の,「不戦の誓い」を表明することによって,今回の安保法案が,あたかも「戦争を避けるための法案」であるかのような
印象を与えることを意図したとしたら,何と国民を馬鹿にしている発言か,というのが会見の模様をテレビでみて抱いた私の,率直
な印象でした。

法案の中身をみれば,そして従来からの発言を考えれば,どう考えても,日本の自衛隊が海外に出向いて戦争に参加することを意図
した法整備であることは明らかです。

それでも,冒頭に「不戦の誓い」を述べることで,いくらかでもそれを信じる人がいると踏んでいるからなのでしょう。

冒頭の部分に続いて,「もはや一国のみでどの国も自国の安全を守ることはできない。」と述べます。

ここは,一転して,日本が海外派兵して他国の戦争の支援をすることが必要であることの導入部に移ります。

それは,日本を取り巻く安全の環境が脅かされる事態が次々と起こっているからだ,という根拠を述べます。

そこで,ここは日米軍事同盟を強化し,アメリカの軍事力を頼みつつ,ある時はアメリカを支援しつつ日本の安全を図っていくべきだ,
という「不戦の誓い」とは逆の方向に話が進んでゆきます。

なぜなら,アメリカが他国に攻撃された場合,地球のどこであろうと日本は支援に回ることが想定されているからです(「周辺事態法」
の改正により)。

ことろが,この理屈だけを強調すると,軍事化への意志があまりにも露骨になってしまうので,少しトーンを下げます。
    
    日本の安全を脅かす脅威があるので,だから私は近隣諸国との対話を通じた外交努力を重視し、首相就任以来、地球儀を俯瞰
    (ふかん)する視点で積極的な外交を展開してきた。いかなる紛争も武力や威嚇ではなく国際法に基づいて平和的に解決すべき
    だ。この原則を繰り返し主張し、多くの国々から賛同を得てきた。外交を通じて平和を守る。今後も積極的な平和外交を展開し
    ていく。

外交により脅威を取り除くため,地球規模で積極的な平和外交を展開してきた,つまり,戦争を避けるための努力をしてきたことを強調
します。

しかし,よく考えてみると,安倍首相が積極的に外交を行った相手国を良く見れば,その大部分は,日本が経済援助をしようとしている
国が中心です。つまり,バラマキ外交だったのです。

その反面,日本の安全保障の面で,安倍首相がもっとも深刻な問題を抱え,脅威を感じている中国,対立の溝が埋まらない韓国,北朝鮮,
ロシアに行っての外交交渉は行っていません。

積極的な平和外交を展開しつつも,「同時に万が一への備えも怠ってはならない」とし,やはり,日本の武力行使を可能とする方向に話
をもってゆきます。

ただし日本の軍事力では脅威を防ぎきれないので,我が国の安全保障の基軸である日米同盟強化に努めてきた,という点が強調されます。

日本が攻撃を受ければ米軍は日本を防衛するために力を尽くしてくれる。その米軍が攻撃を受けても日本自身への攻撃がなければ、何も
できない、何もしない,ということでいいのか,という安倍首相の安保論が語られます。

つまり,アメリカの軍事活動の「後方支援」を行う,という集団的自衛権の行使を正当化しています。

他方,日本がこれまで,ペルシャ湾での機雷掃海,東南アジアでの国連平和維持活動(PKO)などを引用して,これからはさらに積極的に
海外でも軍事活動を展開してゆくことが,述べられています。

安保法案の個々の問題については,国会の審議をみて,再度触れるとして,ここでは安倍首相の会見に見られる表現と,今回閣議決定さ
れた安保法案の文言について見てみましょう。

今回の安保法案は,大きく二つに分かれます。一つは,「平和安全法整備法案」で,これは10の法案を一つにまとめたものです。

もう一つは,新たに設ける「国際平和支援法案」で,これは,国際平和のために活動する他国軍を支援する恒久法です。

この法案には大いに問題はありますが,今回はそれには触れず,次の点だけを指摘しておきたいと思います。

上記二つの法案にはいずれにも「平和」という文言が入っています。

これらの法案が戦争への参加を可能にするものであるからこそ,ことさら「平和」という文言で,その本質を隠し薄めようとする意図が
露骨に感じられます。

それだけに,「平和」という文言が一層「うさん臭く」響きます。

これは安倍首相の会見の冒頭で,「不戦の誓い」という言葉を聞いたときに感じた「うさん臭さ」と同じです。

両方とも,本質を隠すための修辞法(レトリック)―この場合,ごまかしのテクニックというニュアンスで―です。

ところで,安倍首相の会見を聞いた自衛官はどのような印象をもったでしょうか?

もちろん,立場上,正面切って言えないこともあるでしょうし,緘口令が敷かれた職場もあるので,大半は「命令があれば行きます」と答
えてはいるものの,本心は分かりません。

10年ほど前に,イラクに派遣された陸上自衛隊の幹部は,「現場を知らない官僚や政治家が作り上げた法案。隊員が殺し,殺される,血
なまぐさい話が退けられている」,と,核心を突く点を指摘しています。

そして,現在進行している安保法案審議について,「自衛官の命の問題と向き合わない机上の議論が進んでいる」と,これまた核心を突く
批判をしています。

また,「駆けつけ警護」について,「武器の使用は必要最小限にとどめると政府は言うが,手持ちの火器でやみくもに応戦しても,犠牲が
増えかねない」と話しています(注1)。

さらに,14日に閣議決定がなされたことを受け,現役の自衛隊員からは,海外で大幅に広がる自衛隊の活動に批判と不満が聞かれました。

関東地方のある陸上自衛隊員によると,仲間内では安保法制の話題が出たとき,「海外派遣? 駆けつけ警護? ふざけんな!」と口を
そろえたという。

「復興だったら喜んで海外にも行くけど,他国の戦争にこちらから出かけて行って参加したくない」というのが若い世代の本音だという。

「すくなくとも私の周辺では,今の政府の行動に賛成している者はいません。余計なことをするな,のひと言に尽きます」

こうした,隊員の本音を聞いたら,安倍首相はどう感じるでしょうか?

政府に批判的なのは,若い隊員だけではありあせん。

航空自衛隊のベテラン隊員は「外国を守ることに使命感を持っている隊員はほとんどいない。そうした隊員が多い中で法が制定されても,
実戦に対応できるのか」との戸惑いをみせています。

元自衛官の泥憲和氏は「安倍首相は戦争の実態をよくわかっていない」と批判しています。

また泥氏は「身も知らぬ国に行って殺し殺されるのが自衛官の仕事ではない」という自身の信念をのべ,昨年から安保法制に反対する公演
を80回行ってきました(『東京新聞』2015.5月19日)

(注1)『朝日新聞 デジタル版』(2015年5月15日) 
   http://digital.asahi.com/articles/ASH5D774SH5DUTIL04K.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_ASH5D774SH5DUTIL04K


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【いぬゐ郷だより】ここ10日ほど,佐倉の水田の田植えをしています。機械を使わない手植えで。おまけに,
 不耕起栽培なので,去年の雑草を取り除きながらの作業なので,非常に時間がかかります。現在は2人ほどでやっているので,
 4枚の田んぼの田植えが全て終わるのは早くて6月半ばころでしょう。



去年の雑草を抜きつつ苗を植えてゆく



田植えの終わった1枚の田んぼ



里山と谷津田の風景    








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日米防衛協力のための指針(2)―安倍政権はなぜ軍事化を急ぐのか―

2015-05-21 07:06:13 | 国際問題
日米防衛協力のための指針(2)―安倍政権はなぜ軍事化を急ぐのか―

前回検討したように,再改定された日米防衛協力のための「新指針」は,従来の内容を大幅に踏み出しています。

これまでの指針では,日本の安全保障の基本は専守防衛で,自衛隊の海外派兵は,従来の憲法やその他の法律,政府の公式見解
などで歯止めがかかっていました。

新指針でも,一応,専守防衛を基本とするとは書かれていますが,前回の記事で見たように,例えば中東におけるアメリカの戦争の
後方支援を行えば,実質的に専守防衛ではない戦闘行為を行うことになります。

これらのことを可能にする法整備を,今国会で一気に決着しようとしています。

しかも政府は,そのために10の法案を一つにまとめて一括審議してしまうという,いわば禁じ手を使って,海外派兵を可能にしよ
うとしています。

これについては,国会の審議の過程を見ながら別途,検討したいと思います。

今回の新指針では,アメリカは新たな責務を全く負うことなく,日本の負担だけが増える内容になっています。

それにもかかわらず,安倍政権は,なぜこれほど「戦争ができる国」にしようと急ぐのでしょうか?

これには近年急浮上してきた問題と,安倍首相の個人的な思想傾向と野心があります。

まず,急ぐ理由としては,中国に対する脅威・恐怖が,尖閣列島の問題を契機として,ここ数年,急浮上してきたことが挙げられ
ます。

2010年に中国のGDPが日本を抜いて世界第二位になったことは,安倍首相の心に大きなショックと恐怖を与えたと思われます。

事実,このころから,中国の軍事力増強は顕著になり,尖閣諸島を巡るさまざまな活動が活発化してきました。

昨年のオバマ大統領訪日の際に,彼の口から「尖閣諸島」という言葉があっただけで,政府は「満額回答」と大喜びしたことを考
えれば,安倍首相の恐怖心の大きさが分かります。

恐らく,安倍首相も軍事専門家も,日本だけでは中国に対抗できないと考えており,どんな犠牲をはらってでもアメリカの助けが
必要だと考えているようです。

たとえば,日本にはほとんど利益がないTPPに参加することを決めたのも,中国と北朝鮮の脅威に対抗するため,アメリカの要
請に従った経緯があります。(注1)

確かにアメリカは,「日本の施政権下にある領土は安保条約の対象である」とは述べています。

しかし,新指針では,いざ実際に戦闘が始まった時,アメリカは直接に戦闘に加わることなく,あくまでも「支援」と「補完」にとどま
ることを,何度も繰り返しています。

次に,安倍首相は,日本の安全はアメリカの庇護によって初めて確保できる,とかたくなに信じているフシがあります。

したがって,自民党政権,とりわけ安倍政権と外務省は,主要な外交方針として,いかにアメリカに喜んでもらえるか,褒めてもら
えるか,が大きな課題となってきました。

そのためには,何よりもアメリカに対して競って忠誠心を示すことになります。

現在のアメリカは財政的にも軍事力(とくに兵力)の面でも,非常に厳しい状況に置かれています。

安倍政権は,こんな時こそ,アメリカに対する忠誠心を見せる好機であると考えたのでしょう。

そのために地球上のどこであろうと,アメリカの戦争を支援し,時には肩代わりすることを「新指針」で日本側から持ち出したのです。

アメリカ側からすると,「満額回答」以上の「望外の成果」を得たことになります。

最後に,見逃してはならいのは,新指針に見え隠れする安倍首相の個人的な思想と野心です。

安倍首相は,「積極的平和主義」という言葉で,平和維持のために日本の軍事活動を世界に展開することを内外に示しています。

新指針の裏付けとなる,国内の安保法制でも,「平和安全法制整備法案」(10の重要な法律を一括して一つの法案としている)と
「国際平和支援法案」を閣議決定し,国会に提出しています。

これらの安保法制については,別の機会に詳しく検討しますが,これらの法案の真意は,アメリカとの軍事行動を共にすることの
他に,日本の軍事力を世界のあらゆるところで行使したい,という野心がうかがえます。

安倍首相には,世界第三位のGDPをもつ日本の力を,経済力だけでなく軍事力においても世界に示したい,という大国意識が強く
あるように思えます。

安倍首相が事あるごとに言ってきた「日本を,取り戻す」,あるいは「戦後レジームからの脱却」というスローガンは,彼の悲願でも
あります。

問題は「日本の何を取り戻すのか」という中身です。おそらく,安倍首相には,「強い日本」が念頭にあるのではないでしょうか。

その「強い」というのは,明治以降日本が目指してきた「富国強兵」に象徴される軍事的な強さが中心にあると思います。

それに付随して,倫理,道徳,歴史認識,教育などの領域でも戦前回帰のナショナリズム的傾向が顕著です。

次に,「戦後レジームからの脱却」の中心は,敗戦とともにアメリカの占領のもとに作られた憲法,とりわけ戦争の放棄を謳った
「第九条」を破棄して,戦争ができる国に作り変えることです。

一言でいえば,安倍首相にはナショナリズムと国家主義(国家があってはじめて国民が存在する,国家優先の考え方)が根底
にあります。

しかし,アメリカとの関係で言えば,これには危険要素をも含んでいます。

つまり,日本があまりにも軍事的に強くなり,アメリカのコントロールを外れることは,決してアメリカの利益にならないのです。

たとえば,日本政府が中国に対して強硬策をとり,軍事衝突でも起こされると,アメリカとしては安保条約の手前,日本に何らか
の支援をしなければならないからです。

他方,米中は戦争しないことをお互いに了解しているので,アメリカが日中の衝突に軍事介入することはありえません。

そこで,アメリカは,日本を「支援」するというリップサービスを繰り返すと同時に,日本には中国との対立・緊張を和らげるよう
圧力をかけているのです。

以前,中国の警告にもかかわらず,安倍首相が靖国神社の参拝に行こうとしたとき,わざわざ特使を派遣してやめさせようと
したのは,このような配慮からでした。

もう一つの「戦後レジームからの脱却」についていえば,「戦後レジーム」を構築してきたのはほかならぬアメリカだったのです。

「戦後レジームからの脱却」とは,その体制を否定し,日本独自の道を歩むことを意味します。

アメリカも,安倍首相の,このようなナショナリズムには警戒感をもって見ていると思います。

ただ,今のところ,日本の自衛隊はアメリカの意向に逆らって海外で軍事行動を起こす心配はないと見ているのでしょう。

そうであれば,アメリカとしては,今度の新指針では,何らの追加的負担をすることもなく,アメリカが期待する以上のものを日本が
が差出してくれたおかげで,得るものだけを得たわけですから,笑いが止まらない,といったところでしょうか。


(注1)たとえばこのブログの2013年3月17日の記事「TPP交渉参加の背景と意義(3)-TPPは本当に日本にとって利益に
    なるのか-」でも書いたように,日本はTPPに加入して得られる実施的な利益はないのに,これに加わる理由として,
    ある政府関係者が,「対中国・北朝鮮で米国と連携を保つためにTPP参加は不可避との声が強かった」と,打ち明け
    ています。
    さらに,事前交渉が合意に達した3月12日の夜,NHKの「ニュースウォッチ9」に出演した安倍首相は,“何かことが
    起これば,アメリカの若者が日本のために血を流してくれるのですから”という主旨の発言をしています。
    “何か”あるいは“一旦事が起これば”といったニュアンスの表現は,明らかに,尖閣列島や竹島問題で中国や韓国と
    軍事的な衝突が生じたら,アメリカが参戦してくれることを指しています。
    しかし,これが非現実的な期待であることは,何度も書いた通りです。日本にとって深刻な問題は,アメリカの軍事的な
    介入がまったく非現実的であることを,当の首相も自民党自覚していないことです。私は,この発言で何とも言えない
    暗澹たる気持ちになりました。

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日米防衛協力のための指針(1)―日本は負担増 米国は高笑い―

2015-05-14 10:30:47 | 国際問題
日米防衛協力のための指針(1)―日本は負担増 米国は高笑い―

日米の外務・防衛担当閣僚は,3月27日,集団的自衛権の行使を前提とした日米防衛協力指針(ガイドライン)の再改定に
合意しました。(注1)

ガイドライン(以下に「指針」と略記する)とは,防衛に関する日米の役割分担を規定するもので,現行の指針は18年前の
1997年に改定されたものです。

1997年の「指針」は日本有事のほか、朝鮮有事を念頭に日本周辺で武力衝突が起きた場合の自衛隊と米軍の役割分担を定めて
います。

そして今回,日米政府は,再改定された新指針に基づいて,自衛隊と米軍の共同作戦の策定に入ることになります。

新指針は,従来のそれとは基本的に大きく異なり,日本の防衛は新たな段階に入りました。

まず,全体が,「集団的自衛権」の行使を前提とし,他国のために武力を用いることを認めていることです。

前回の「指針」は,日本とその周辺の安全確保に主眼を置いていますが,新指針は日本を守るための協力体制を見直しただけ
でなく、自衛隊による米軍支援の地理的範囲を,「アジア太平洋地域及びこれを越えた地域」とし,実質的に地位的限定を外
しました。

これにより,日米同盟が「グローバルな平和と安全」のための協力を目指すことが強調されました。

今後は,「日本の平和と安全に重要な影響を与える事態が起きた」と判断すれば南シナ海や中東といった日本から離れた場所
でも、そこで戦う米軍に自衛隊が補給などの後方支援を行うことを盛り込みました。

しかし,これには大きな問題があります。

というのは,1997年の「周辺事態法」は朝鮮有事を念頭においていました。

したがって,もし,手順としては,まず「周辺事態法」を改定ないしは破棄しなければならず,そのためには国会の承認が必
要です。

しかし,これについては法案が国会に提出さえされておらず,これから審議が始まろうとしている段階なのです。新指針は,
法律を先取りしています。

一般論として「指針」には法的な拘束力はないし,条約ではないので国会の承認も必要ではありません。

しかし,この「指針」に基づいて日本は軍事行動をすることを「約束」していることを考えると,国内法で認められていない
事項を合意したことは問題です。

さらに,日本の憲法もこれまでの政府解釈でも,日本の自衛隊は,攻撃されたら自国を守るために反撃する「専守防衛」を
基本としてきました。

今回の合意文書でも「日本の行動及び活動は専守防衛,非核三原則等の基本的な方針に従って行われる」と明言しています。

しかし,もし,米軍を支援するために中東などへ出かけてゆくならば,どんな理屈をつけてもそれは「専守防衛」ということ
にはなりません。

慶応大学の小林節名誉教授(憲法)は,「新指針(ガイドライン)は自衛隊の活動範囲を取り払い,『防衛』にとどまらない
活動も認めている,憲法九条の完全な無視だ。」と述べた後,現状は「憲法停止状態」にあると批判しています。

ここで「防衛にとどまらない活動」とは,戦時の機雷掃海や日本の他国軍支援,国連平和維活動(PKO)での日米協力を指し
ます。

小林氏はさらに,
    再改定の手法は,まるでクーデター並だ。専守防衛の原則を改めるなら,本来は国民投票を含む改憲手続きが必要。
    そこから立法化に進み,外交へというのが筋だ。
    安倍政権は現憲法を無視して指針(ガイドライン)を再改定し,新指針を受けて,安保法制を整備する考えだ。
    そうして実質的な改憲を進めようとしている。
と,「逆上がり」的な手法を批判しています(『東京新聞』2015年5月2日)。

また,新指針では,日本が攻撃を受けなくても,「日本の平和と安全に重要な影響を与える事態」であると想定されれば,
軍事力を行使できることになっています。

しかし,その判断は時の政府が主観的に決めることになり,明確な基準はありません。

なお,日米の後方支援の内容として「補給,整備,輸送,衛生をふくむが,これらに限らない」と書かれていますが,具体
的にどこまで含むのかあいまいです。

現実には,前線を孤立させるために弾薬や燃料,食料を補給や輸送する後方支援部隊を狙うのは軍事上の定石であり,日本
の自衛隊に戦死者がでることは十分予想されます。

政府は,これから審議が始まる安保法制で,これらに加えて治安維持や駆けつけ警護(注2)も加えることにしています。

これにたいしてNPO法人「ピースデポ」の塚田晋一朗事務局長は,治安維持には検問や巡視が含まれるが,現地で自爆テロや
襲撃の対象になりやすい。

実際,イラク戦争で命を落とした米軍兵4千人のうち,大半は治安維持活動中に亡くなったという,と危惧を述べています
(『東京新聞』2015年5月2日)。

ドイツはアフガニスタンで展開する国際治安支援部隊に派兵しました。当初はあくまで「復興支援」として参加した活動は,
戦況の悪化とともに「戦闘」になり,12年間で55人の犠牲者を出したのです。

犠牲者を出す一方,ドイツ兵は検査を避けようとした車に発砲して市民3人を殺してしまいました。

さらに,ドイツの軍責任者の命令で,誤爆により市民100人以の犠牲者をだしたこともあります(『東京新聞』2015年5
月10日)。

要するに,「後方支援」といっても殺されることも,市民や敵を殺すこともあり得るのです。

さて,私は,今回の再改定されたガイドラインには,以上の法律的問題,実際の戦闘行為に巻き込まれる危険性の問題の他

少なくとも4つの大きな問題があると感じています。

まず第一に,新指針で,アメリカ側は何一つ新たな追加的な負担は無いのに,日本だけ,アメリカの支援のため,地域的にも
軍事行動の中身の面でも非常に大きな責務を負うことになりました。

逆にアメリカは,これにより,実際の軍事行動の面でも財政の面でも,一部を日本側に肩代わりさせることができたのです。

第二に,新指針では日本が武力攻撃を受けた場合の対応で,尖閣諸島(釣魚島)をはじめとする南西諸島など、中国の台頭
で脅威が高まっている島しょ部に対する対応が盛り込まれました。

しかし中身をみてみると,その場合,日本が新設する水陸両用部隊を中心に、自衛隊が主として上陸阻止、奪還作戦を行い、
米軍が「支援」するとしています。

これは,島しょ部での問題だけでなく「日本の平和および安全にたいして発生する脅威への対処」,さらに「日本にたいする
武力攻撃への対処行動」に含まれるすべての場合において,日本が主体となって戦い,アメリカは「日本と緊密に調整し適切
支援」を行う,ことあるいは「補完」する,と規定されています。

ここで支援と補完とは具体的に,どこまで米軍が関与するのかは,一切記述がありません。多分,情報の
提供や周辺の監視くらいでしょう。

新指針は全体として「米軍関与 弱める記述」となっているのです『東京新聞』(2015年5月2日)。

昨年オバマ大統領が来日した際,もし中国が尖閣諸島に上陸し,日本との軍事衝突が起きた場合,アメリカはどうするのかを
聞かれました。

その時オバマ氏は,そうならないように両国で外交的に解決してほしいとのべ,米軍が軍事的に介入することは否定しました
(注3).

大体,誰も住んでいない島を守るために,アメリカが中国と戦争し若者の血を流すことを,アメリカの議会が認めることなど
現実的に考えられません。

もし安倍政権が,アメリカの軍事介入を期待しているとしたら,とんでもない勘違いです。

しかし,アメリカはこの勘違いの期待に付け込んで,「尖閣」を言葉にだすことによって,最大限の利益を日本から引き出す
ことに成功したといえます。

第三に,中国政府は,今回の新指針が発表される前にアメリカから内容の通知があったことを明らかにしています。

アメリカは中国に直接的な軍事行動をとらないこと,もっといえば,米は中国と裏で密接に連携し,中国の了解を取りつつ
日米防衛協力指針の再改定を進めたことを物語っています。

これを考えれば,日本の自衛隊が米軍とともに海外派兵する内容があっても,中国側から何の非難も抗議も出なかった理由が
よく分かります。

日本への武力攻撃対処について,米軍関与が薄まる記述となった点を,安全保障担当の内閣官房副長官補だった柳沢協二氏は
「中国と争いごとに巻き込まれたくない米国の本音が見え隠れする」とコメントしています(『東京新聞』同上)

今回の再改定は,尖閣をめぐる中国との対立にアメリカを日本側に引き込み,抑止力を高めようの狙いをもって,日本側から
持ち掛けました。

しかし結果をみると,アメリカ側は新たな軍事的責務を一切負うことなく,自衛隊を米国の世界戦略に積極的に関わらせるこ
とに成功しました。

アメリカはもはや,かつてのように世界を「一極支配する」軍事的,政治的,経済的な力はありません。他方,中国はあらゆ
る領域で力をつけてきました。

したがって,アメリカは中国と折り合いを付けながら世界戦略を考えざるを得ないのです。

米中関係を含めて,世界のパワーバランスは変わったのです。

この点を見誤って,アメリカを引き込んで中国へ対抗しようとする安倍政権は,冷戦期の発想から抜け出ていないし,何とも
「おめでたい」役役割を演じている印象をぬぐえません。

アメリカにとって「尖閣」という言葉は,それを口にすることで日本は何でも言うことを聞く,「打ちでの小槌」なのです。

最後に,これまで日本はアラブ諸国と敵対したことはありませんが,反イスラム戦争を仕掛けてきたアメリカの軍事行動の支援
をおこなうことで,日本もアラブ諸国の敵とみなされるようなります。

これは,戦後,日本がこの地域で築いてきた信用と信頼という途方もなく貴重な外交上の財産を台無しにすることになります。

安倍政権は,この点をまったく配慮していないかのようで,私はとても危惧しています。


(注1)合意の全文は,新聞各紙が報じています。たとえば『東京新聞』(2015年4月28日)を参照。その内容を分かり易く
    解説した『ロイター』(2015年4月27日)の記事は有用です。
    http://www.huffingtonpost.jp/2015/04/27/guideline-japan-amerika_n_7152840.html
(注2)「駆けつけ警護」とは,KOで活動中の自衛隊が、他国軍やNGOなどの民間人が危険にさらされた場所に駆けつけ、武器を使って助けること。
(注3)この点に関しては,本ブログの2014年,5月4日の「オバマ大統領訪日―オバマの誤算と手玉に取られた安倍首相-という記事で詳しく書
    いています。

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ムハンマドの風刺画展―言論の自由か冒涜か―

2015-05-08 23:38:49 | 国際問題
ムハンマドの風刺画展―言論の自由か冒涜か―

5月3日,アメリカのダラス近郊のガーランド市で開催されていた,イスラム教の預言者ムハンマドの風刺画展で,
発砲事件が発生しました。

容疑者の男2人は警官に射殺され,警備員1人は負傷したが命に別状はありませんでした。

この展示会は,ニューヨークに拠点がある,反イスラム団体「米国の自由防衛構想」が主催したもので,最優秀
作品には1万ドル(約120万円)の賞金が与えられることになっていました。

ここで,「最優秀作品」とは,具体的にどのような基準なのかは分かりませんが,おそらく,いかにムハンマド
を面白おかしく戯画化したか,という点であろうと想像されます。

この風刺画展には,なぜか,反移民などを主張するオランダの極右政党,「自由党」の党首も出席していました。

事件後,主催団体は「表現の自由への攻撃だ」と非難しました(『東京新聞』2015年5月5日)。

この事件に関連して,「イスラム国」を名乗る人物から,「アメリカ人に告ぐ。おまえたちはIS(「イスラム国」
)戦士による恐ろしい出来事を目撃するだろう」と新たなテロの予告が出されました(『東京新聞』2015年5月
6日)。

これが,本当に「イスラム国」の組織的な指令に基づいて行われたテロなのか,単に名乗っただけなのかは明らか
ではありません。

いずれにしても,「イスラム国」の影が出現したことで,米国内に新たな緊張をもたらしたことは確かです。

それにしても,ムハンマドの風刺画を公に展示するとイスラム教徒がどのように思い,どんな反響があるのかは,
パリの事件で十分分かっていたはずなのに,なぜ,敢て,このような展示会を賞金付きで開催したのでしょうか?

今のところ,今回のアメリカにおける事件が,どの程度の背景をもち,今後どのような広がりもつのかは分かり
ません。

ただ,ムハンマドの風刺画,反イスラム,反移民,極右政党党首の出席,という事情を考えると,今年1月7日
にパリで発生した事件とどこか底流には共通性があるような気がします。

そこで,パリの襲撃事件とその後の反響を簡単に見てみましょう。(注1)

パリの事件とは,ムハンマドの風刺画(注2)を掲載したことに反発して,イスラム系移民2人の兄弟がフランス
の週刊誌『シャルリー・エブド』社の建物に侵入し,12人を射殺したうえ,最終的には17人を死亡させ,20
人以上に怪我を負わせた襲撃事件です。

フランス政府は事件の直後に,これは「言論の自由」「表現の自由」を否定するテロであり,テロとは徹底的に戦
うことを宣言しました。

フランス政府が呼びかけた抗議の行進には,フランス国内で370万人,欧州をはじめ,世界の約50か国の首脳・
閣僚も加わり,パリ以外の欧米都市を含めると500万人が行進に参加したと報じられました。

さらに,『シャルリーエブド』誌の発行部数は通常5万部くらいですが,問題となった風刺画が掲載された週刊誌
は需要に追い付かず,500万部も増刷されました。

これほど多くの人が行進に参加し,途方もない数の週刊誌が増刷されたことに,私は異様さと不気味さを感じます。

これらの現象が,純粋に言論の自由が暴力によって脅かされたことに対する抗議であったのかどうかは疑問があり
ます。

私も,パリとダラスで起こったような,言論の自由と表現の自由を暴力で圧殺しようとすることは許されない,
という立場です。

しかし,偶像崇拝を禁じているイスラム教において,その始祖ムハンマドを戯画化することは二重にも三重にも,
絶対に許せない冒涜です。

『シャルリー・エブド』誌の編集者は,「表現の自由は,条件や制限が付いたものではない」「すべては許される」
「ユーモアを理解すべきだ」と主張しています。

しかし,ムハンマドの風刺画をみたイスラム教徒人が,これにユーモアを感じることはありえません。

そもそも風刺とは,弱者や少数派がユーモアを交えて権力を批判し揶揄する手段であり,文化です。

しかし,フランスやヨーロッパ,さらにはアメリカにおいても,イスラム教徒はマイノリティーなのです。

しかも,宗教と人種を理由に他人を攻撃する言動は国際的理念に照らしても「ヘイトスピーチ」に相当します。

もうひとつ,気になることがあります。パリの襲撃事件をきっかけとして,フランスでは反イスラムと反移民を
旗印とする極右政党NF(国民戦線」)がテロへの国民的怒りに乗じて活発になりました。

また,ドイツでも「西欧のイスラム化に反対する愛国的な欧州人」(通称ベギータ)と類似団体が今回の事件の後,
各地でイスラム集会を行い
ました。

しかも不気味なことに「ベギータ」の動きはスペイン,ノルウェー,スイス,オーストリアでも活発化しました。

反イスラムの動きが活発化した背景には白人系ヨーロッパ人の貧困層の不満があります。

彼らはその原因の一部は移民労働者(特にイスラム圏からの)にあるとみなしています。

こうした事情を背景に,反イスラム主義と人種差別主義が結びついた西欧世界の右傾化の動きが活発化しました。

他方,イスラム系移民は,就職や教育で差別され貧困を余儀なくされ,ヒジャブ禁止令に見られるようにイスラム
教に対する無理解と宗教的差別を受けているとの不満があります。

こうして見てくると,イスラム教徒の激しい反撥が分かっていながら,ムハンマドの風刺画展を開催することの背景
には,いくつかの要因が考えられます。

一つは,イスラムに対する欧米社会の人種的・文化的偏見です。

二つは,欧米社会におけるイスラム系住民の増加です。これは,特に下層白人層にとって労働市場で競合するという
意味で潜在的な脅威です。

三つは,上の問題と関連していますが,欧米社会において他民族(特にイスラム圏))の排斥を旗印とする極右勢力
の台頭という大きな流れです。

今や欧米社会は,政治・経済・社会・文化の全ての面で異なる要素を受け入れる寛容性を失いつつある,ということ
になると思います。

それは,これまで欧米社会が認めてきた,最も広い意味での「多文化主義」の衰退を意味するのかも知れません。

次回から,2回にわたって,現代の欧米社会における「多文化主義」は結局のところ失敗したのかどうか,という
問題を考えてみたいと思います。

(注1)パリの襲撃事件の経過,それにたいするフランス政府の反応,ヨーロッパ各国の反イスラムの動きについての日本のメディアについては,
http://digital.asahi.com/articles/DA3S11549198.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_DA3S11549198
http://digital.asahi.com/articles/DA3S11549127.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_DA3S11549127
http://mainichi.jp/select/news/20150114k0000e030168000c.html
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO81862210T10C15A1I00000/?dg=1
http://www.nikkei.com/article/DGXZZO75366460X00C14A8000056/
http://digital.asahi.com/articles/DA3S11551233.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_DA3S11551233 を参照。
また,海外メディアでは,ニューヨークダイムス(2015.2.18)がドイツの反イスラムについて詳しく論評している。
http://www.asahi.com/international/list/nytimes.html?ref=cmail_select
(注2)このブログでは敢て,風刺画そのものは載せませんが,インターネット上で「シャ
  ルリーエブド,風刺画」で検索すれば,さまざまなサイトで見ることができます。

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かつてオランダ風車の周りに咲き乱れていたチューリップは消えてツツジが咲き乱れています。


サイクリングロード沿いの桜に変わって,主人公はツツジになっていました。



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アジアインフラ投資銀行(3)―イギリスはなぜアメリカの意向を無視したのか―

2015-05-01 04:32:32 | 経済
アジアインフラ投資銀行(3)―イギリスはなぜアメリカの意向を無視したのか―

中国が提案したアジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立に参加することを英国が一方的に表明した際に明らかになりました。

この英国の決断に対して米国は、「英国が商業的利益を追い求めるあまり中国にこびへつらっていると」、いつになく厳しい
反応を示した(注1)。

歴史的にもてもイギリスとアメリカは,いわば兄弟国といってもいいほど,盟友中の盟友で,イギリスはこれまであらゆる面
でアメリカに歩調を合わせてきました。

かつて,アフガニスタン攻撃やイラク戦争時にもアメリカの行動に賛同し,当時のイギリスのブレア首相は「ブッシュのプー
ドル」,つまり,”何でもご主人(アメリカ)の言うことを聞くペット”とまで揶揄されました。

そのイギリスに対して,上に引用したような非難は常軌を逸した,失礼な表現です。それだけアメリカはイギリスに裏切られ
たことにショックを受け,周章狼狽していることを物語っています。

イギリスはなぜ,アメリカの意向を無視してAIIBに参加したのでしょうか?この問題を考える前に,今年1月に先進国で
最初に参加を決めて,ニュージーランドの説明を見てみましょう。

グローサー貿易相は17日、毎日新聞のインタビューに応じ、「中国の台頭から目を背けたり、押さえ込んだりしようとする
のは愚かな考えだ」「中国は世界2位の経済大国。良くも悪くも世界の構造は変化する」と語り、第二次世界大戦後の米国主
導の世界経済の枠組みが変更を迫られていることを指摘しました。
 
また、中国は外貨を豊富に保有しているとして「(AIIBへの参加がゼロでも)中国は単独で設立した可能性がある」
と指摘した後,中国を独走させるよりは「民主主義国の関与が望ましく、英国など欧州主要国も加わったことは喜ばしい」と、
世界銀行などとの補完関係を築くためにも設立段階から参加する意義を強調しました。

さらに、米国や日本が参加に慎重な姿勢を示していることについて、「米国に参加する意図がないことは知っている。
我々は独立国家であり、独自に判断した」と、日米などの意向に自国の判断が影響を受けることを否定しました。」

これこそが独立国の姿勢ではないでしょうか。

次にイギリスの立場については,イギリスを代表する経済紙『ファイナンシャルタイムズ』(2015年3月25日)において,
Martin Wolf氏が「アジアインフラ銀行不参加の愚」と題する署名記事で,イギリスがなぜアメリカの意向を無視して
AIIBに参加したのかを,論理的に説明し,アメリカの非難にたいして明快に反論しています。

以下に,その要点を整理して紹介します(注3)(以下の文章のうち“  ”は,新聞記事をほぼ要約したもので,
私自身のコメントや補足は,“  ”がついていない。

“英国は中国版世界銀行の一部になるとも指摘されるAIIBの創設メンバーになることを選び、米国をいら立たせた。
英国が不適切な決断を下したことにはならない,むしろ賢明な決断だ。”

“AIIBは貴重な貸し手になる可能性を秘める。アジアの発展途上国は、このようなインフラ投資を切に必要としている。
リスクがあって期間も長いプロジェクトとなれば、そこに投じられる民間の資金は存在しないか金利が高いかのどちらか
である場合が多い。

世界銀行とアジア開発銀行の資源は、途上国のそうしたニーズに比べればかなり不足している。“中国がどれほど強い発
言力を持つとしても
・・・AIIBはグローバルな運営スタッフを抱えることになり、その結果、中国が資金を全額拠出する場合よりも政治
色の薄い金融機関になるだろう。”

つまり,日米は中国の運営能力に疑問を呈しているが,多数の国が参加しており,中国の独走とはならないと言っている
のです。

さらに,米国も中に入って運営に関わるべきであるし,国内に反対意見があることをもって,「それは、他国の参加を
反対する根拠にはならない」と述べています。

“米国は,欧米諸国は外側にいることでもっと大きな影響力を行使できるというが,外部の資金を必要としない金融機関
に外部の者が影響力を及ぼすことはない。影響力を行使したいなら、内側に入り込むしかない。”

“米国のジャック・ルー財務長官は、AIIBは組織の統治や融資に関する「最も厳しい国際標準」に従わないのでは
ないかという米国の懸念を表明している。”

これは日本政府も全く同じことを言っていますが,ウォルフ氏は以下のように反論しています。

“かつて世界銀行のスタッフだった筆者としては、苦笑せざるを得ない。世銀が関与したぞっとする事例は少なくないが、
例えばザイール(現コンゴ)のモブツ・セセ・セコ(元大統領。30年以上にわたり独裁を維持。「国家の私物化」
により富を蓄えた)への資金提供で世銀がどんな役割を果たしたか、一度調べてみることをルー長官にはお勧めしたい。”

ウォルフ氏は,かつて自ら世界銀行で働き,その間にいかに“汚れた”融資をしてきたかを暴露しているのです。

日米の「もっとも厳しい国際標準」には根拠がないと断言しています。

そして,中国の影響力を懸念するアメリカに対して以下のように反論します。

“米国は、既存の機関との競争が始まることに確かな根拠を掲げて反対することもできない。確かに、貸し付け基準の
切り下げ競争になるリスクはある。しかし、面倒な上に不必要な手続きが一掃される可能性もある。”

“米国の本音は、世界経済に対する米国の影響力を弱める機関を中国が立ち上げるのではないかという懸念だ。

この懸念に4つの答えを提示しよう。”

“第1に、米国、欧州諸国、そして日本は、(世界銀行,IMF,アジア開発銀行など)グローバルな金融機関に対す
る一定の影響力を大事にしているが、これらの国は国際機関の運営において、やるべきことをきちんとやってこなかっ
た。

特に、リーダーを指名する権利にこだわってきたが、そうしたリーダーが常に素晴らしい実績を上げてきたとはとても
いえない。”

“第2に、国際通貨基金(IMF)で一部の国々が過大な影響力を持っている状態を緩和するために出資割り当ての
仕組みを改革することについて、20カ国・地域(G20)が合意してから5年になる。世界はまだ、米連邦議会がこの
改革を批准するのを待っている。これは責任の放棄である。”

第3に、途上国に長期資金が大量に流入すれば、世界経済は恩恵を享受するだろう。また、資本流入の「急停止」に
見舞われた国々にIMFよりも大きな保険を提供する機関ができることも、世界経済の利益になるだろう”。

というのも“世界の外貨準備高は、21世紀に入った時には約2兆ドルだったが、今日では12兆ドル近くに達している。

これに対しIMFが利用できる資源は1兆ドルに満たない。規模が小さすぎることは明らかだ。中国の資金は、
世界を正しい方向に向かわせる可能性を秘めている。実際にそうなれば、これは素晴らしいことだ。”

“最後に(第4に)、米国は台頭する超大国たる中国への「絶え間ない配慮(constant accommodation)」について
英国を批判している。

だが、配慮に代わるものは対立だ。中国の経済発展は有益であり、不可避だ。そのため、必要なのは賢明な配慮だ。”

ここは少し分かりにくい文章ですが,要するにイギリスは,中国の意向に沿って考えすぎる(配慮しすぎる),
とアメリカは批判するが,

“中国が中国自身と世界にとって理にかなうことを提案する場合、はたからケチをつけるよりも関与する方が賢明だ。”

今まさに中国はAIIB設立で,理にかなう提案をしているのだ。

以上を述べた後,米英関係についてはアメリカにたいして次のような辛辣な反論をしています。

“だから、英国と他の欧州同盟国のアプローチは称賛されるべきだ。さらにいえば、AIIBに参加するという英国
の決断は、米国にとって有益なショックになる可能性さえある。

確かに、英国と米国など、似たような利益と価値観を持つ国々が一体となって発言、行動できたら望ましい。

また、確かに、英国は最も重要な国際的パートナーのそれと異なる方針を採用することでリスクを取っている。
だが、支持というものは奴隷的になってはならない。それが誰の利益にもならないことは分かっている。”

“第2次世界大戦後の数年間、ふと冷静さを取り戻したときに、米国は現代世界の制度機構を築いた。だが、
世界は先へ進んだ。”

“世界は新しい機関を必要としている。新たな大国の台頭に適応しなければならない。単に米国がもう関与でき
ないからといって、世界は歩みをとめない。

もし米国がその結果を気に入らないのだとすれば、自身を責めるしかない。”

マーチン ウォルフ (翻訳協力 J.Bpress)
ニュージーランド財務相が,「我々は独立国家であり、独自に判断した。日米などの意向に自国の判断が影響を
受けることを否定しました」という発言と言い,ウォルフ氏が“支持というものは奴隷的になってはならない。

それが誰の利益にもならないことは分かっている。”というとき,ニュージーランドもイギリスも,もうアメ
リカの意向に盲目的に従う,奴隷的になってはいけないし,それは誰の利益にもならないことは明らかだと言っ
ているのです。

さて,日本のアメリカ支持は,“奴隷的”になってはないだろうか?ここはじっくり,“独立国”として独自
としての判断をすべきではないでしょうか。


(注1)『日本経済新聞 電子版』(2015年3月27日)
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO84933770X20C15A3000000/
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO84933770X20C15A3000000/=2
(注2)『毎日新聞』(2015年4月19日)
http://mainichi.jp/select/news/20150419k0000m030042000c.html

(注3)『日本経済新聞 電子版』(2015年3月26日)
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO84833360V20C15A3000000/
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO84833360V20C15A3000000/?df=2
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO84833360V20C15A3000000/?df=3&dg=1

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