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大木昌の雑記帳

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トランプ大統領の関税政策(2)―中米貿易戦争の行く先は?―

2025-04-21 19:46:20 | 国際問題
トランプ大統領の関税政策(2)―中米貿易戦争の行く先は?―

前回の記事で触れたように、2025年4月2日、トランプ大統領は、すべての輸入品に対する
一律10%の輸入関税に上乗せして、アメリカが輸入超過となっている国(貿易赤字を抱
えている国)に対して、20%を超える追加の関税率(相互関税)を発表しました。

トランプ氏は同時に、対象となった国は交渉によって関税率の変更もあり得るとも述べて
いるので、日本も含めて対象となった国は、先を争ってトランプ氏側に交渉の申し出をし
ました。

現在までに、75か国が、トランプ氏の表現では「懇願」(kissing my ass)してきている。
ただし、中国だけが断固としてトランプ氏に屈していません。

トランプ氏は中国にたいして4月4日、合成麻薬の米国流入が続いているとして、中国から
の輸入品に10%の追加関税を発動しました。

これに対して中国政府は、米国への報復関税や輸出規制などの対抗措置を即座に打ち出し、
最大15%と米国より高い追加関税率を設定するものの、石炭や天然ガス、原油などに対
象を限定し、米国への打撃が大きい大豆などは外しており、「控えめな対応」(米大西洋評
議会のジョシュ・リプスキー氏)と評価されました。

ただし、中国は追加関税に加えて重要鉱物の輸出規制も同時に公表しています。さらにグ
ーグルへの独禁法調査など米企業に圧力もかけており、周到に「幅広い手段を用意してい
ることを示した」(元米政府高官)と警戒の声も上がっています(注1)。

トランプ氏にとって、中国に屈することは、それまでの強気の姿勢と脅しの効果が崩れる
ことで、高関税を引っ込めることはできません。

他方、中国の習近平首相にとっても、安易にトランプ氏に屈して、“どうか交渉に応じてく
ださい”と懇願することは絶対にありません。

それは、面子に関わるし、国内での信頼と威信を失い、したがって政治生命も一挙に失っ
てしまうからです。

こうして、米側の関税率引き上げと、中国の対抗措置が繰り返され、現在までに米国の中
国製品にたいする関税は145%まで引き上げられました。

これに対して中国も対米輸入品にたいして125%まで関税を引き上げました。ただし、
トランプ氏がさらに関税を上げても中国政府は相手にしないと宣言しました。

関税率が100%を超えるというのは、現実的には「もう貿易はしません」ということと
等しいのでそれ以上上げても意味がないのです。

それでは、この米中の貿易・関税戦争はどんなところに行き着くのでしょうか?

これに関して『ブルームバーグ』はK.バスワニ(Karishma Vaswani)氏の「トランプ
関税の行き着く先 中国を再び偉大に」という興味深い論考を掲載しています。

バスワニ氏は長くアジアについて取材してきたコラムニストで、彼の論考は大いに参考に
なります(注2)。

彼は、米国の駐中国大使を退任したニコラス・バーンズの以下の言葉を引用し、

「同盟国には親切にすべきだ」と、米国の駐中国大使を退任したニコラス・バーンズ氏は
語っいます。これが、米国が世界の覇権争いで中国に勝つにはどうすべきかという質問に
対する彼の答えでした。さらにバーンズ氏は、アジアで米国が影響力を維持したいのであ
ればトランプ大統領はこの助言に従うべきだ、とも述べています。

バーンズ氏の見立てでは、アジアの国々は今のところ「トランプ関税」を回避するための
交渉に臨もうと躍起だが、長期的にはアジア各国同士で協力関係を強化する方向に動くだ
ろう、というものです。

インド太平洋地域における拡張主義的な言動によって中国の魅力は損なわれているが、ア
ジア諸国は、新たな関税で罰したりしない中国に再び接近することのメリットも考慮する
する可能性もあります。

いずれにしても米政府は、中国の行動に対してこの地域が抱く不安をうまく捉えて中国を
封じ込める機会を逃してしまったと言えます。

それどころか、トランプ関税はほとんどの国がその影響を免れることはできない。オース
トラリアやインド、日本、韓国といった同盟国でさえ例外ではありません。

そして、インドネシアや台湾、ベトナム、シンガポール、フィリピンなど米国がこの地域
における中国の台頭に対抗する上で、重要な役割を担ってきた国・地域を関税の標的とし
ているのは逆効果となっています。

しかも、トランプ関税の影響は今後数十年にわたり続くことになるから、長期的には中国
包囲網を構成するアジアの国々はアメリカではなく、中国との結びつきを強めるだろう、
というのがバーンズ氏の結論です。
  
マレーシアやシンガポールなどはグローバル化から大きな恩恵を受けており、米国の関税
賦課により自由貿易が制限される悪影響についてすでに懸念を表明しています。

シンガポールのウォン首相は、「1930年代」のような、より危険な世界になる可能性を警告
しており、「貿易戦争が武力衝突にエスカレートし、最終的に第2次世界大戦へとつながっ
た」時代に入り得るとの懸念が浮上しています。

アメリカの高関税政策とは対照的に、中国は「友人たち」への対応の仕方を心得ている、昨
年12月には外交関係を持つ全ての途上国から輸入する特定品に対する関税をゼロに引き下げ
ました。

中国は地域的な包括的経済連携(RCEP)の推進役も担う。RCEPは15カ国から成る世
界最大級の自由貿易協定(FTA)で、2022年のデータに基づくと世界全体の国内総生産
(GDP)で29%相当を占めています。

米国が進める経済政策の影響を和らげるために、さらに多くのアジアの国々がRCEPへの参
加を希望する可能性が高まっています。

また、3月末に開かれた中国、日本と韓国との3か国の経済貿易担当閣僚会合では、開放的か
つ公平な貿易をあらためて呼びかけ、経済関係を深めると誓いました。

米国は中国との対決を主戦場としていますが、米国の同盟国である日本と韓国が中国との連携
強化のために会合を持ったこと自体、大きな意味があります。

とはいえ、米国に代わる市場はありません。23年の米家計支出は19兆ドル(約2790兆円)に達
し、欧州連合(EU)の倍、中国の3倍近い規模です。

そうした状況の中で、中国は世界貿易の変化を乗り切るために切羽詰まった国々に必要なもの、
つまり市場を提供しつつあります。
  
トランプ氏の貿易戦争は始まったばかりです。米中という2つの超大国が共に悪あがきをする
中で、そのはざまに立たされたアジア各国やこの地域は損失を最小限に抑えて、何とかこの状
況を切り抜けようと模索しています。

ただしバスワニ氏によれば、長期的には中国を視野に戦略的優先順位の再編が行われ、世界貿
易を巡る対立が招いたトランプ関税は、インド太平洋地域における地政学の地図を、中国を中
心に塗り替える可能性がある、という方向に向かいそうです。

以上は、トランプ関税が中国包囲網を構成するアジア諸国にどのよう影響を与えるかを検討し
ましたが、米中の激突はどのようなに展開するでしょか?

アメリカのトランプ政権は中国からの輸入品への追加関税を繰り返し引き上げ、4月10日には
あわせて145%の税率になると説明しました。

中国財政省は、11日、対抗措置としてアメリカからの輸入品にあわせて125%の追加関税を12
日から課すと発表しました。

中国商務省の報道官は、コメントを発表し「数字だけをいじるようなアメリカのやり方は、経
済的にはもはや意味がなく中国は今後、このような数字遊びには取り合わない」と宣言しまし
た。

ただ、「アメリカが中国の権益を実質的に侵害し続けるなら、断固として対抗措置をとり、とこ
とんつきあう」としています。

また、中国商務省は、アメリカの関税措置はWTO=世界貿易機関のルールに深刻に違反するも
のだとしてWTOに提訴したと発表しました。

客観的に見て、トランプ関税に根拠がなく非合理的であるのに対して中国の対応は筋が通って
います。

米中の間で追加関税の応酬となり貿易摩擦が激しくなるなか、習近平国家主席は11日「関税戦
争に勝者はなく孤立するだけだ」と述べ、トランプ政権を批判しました。

中国の習近平国家主席は11日、北京を訪れているスペインのサンチェス首相と会談し、中国に
145%の追加関税を批判したうえ、人口14億人の中国には消費レベル向上の需要や、産業の変
革の潜在力があり、世界経済に推進力を与えると強調した上で、「EUとともに経済のグローバ
ル化の流れを守り、一方的ないじめのような行為に抵抗すべきだ」と述べ、連携を呼びかけま
した。

米中の間で追加関税の応酬となり貿易摩擦が激しくなるなか、中国としては貿易総額でアメリ
カよりも大きな割合を占めるEUやASEAN=東南アジア諸国連合などの主要な貿易相手との連
携強化を進めたい考えです。

かつて自由貿易を世界に押し付けたアメリカが保護貿易に走り、今や中国が自由貿易の旗手と
なっているのは、何とも歴史の皮肉です。

先に引用したバスワニ氏は「、米中貿易戦争、準備万端の中国は先に折れず」と題する論考で
も、中国が先に折れることはなく、中米の関税戦争は中国に有利であることを主張しています。

というのは、中国共産党の習近平国家主席)は、経済的にも政治的にもトランプ米大統領より
もはるかに大きな痛みに耐えることができるからだ、という。

中国はこうなる事態を想定して本格的に動き出しています。たとえば、追加の景気刺激策につ
いて政権内で話し合い、市場を安定させるために追加融資を行うとしています。

それに対して、関税戦争はむしろ米経済への打撃も深刻なものとなる可能性が大きい。しかも、
米連邦準備制度のインフレ対策が損なわれるのではないかという懸念もある。

実際、中国からの輸入品に145%の関税をかければ米国内の消費者物価とインフレが進行し、
そのしわ寄せは国民にのしかかってきます。かといって、アメリカはこれまで中国から輸入
してきた消費財を国内で生産できません。

そして、さらに重要な点は、トランプ氏は来年の中間選挙を控えており、常に国民の反応を
考慮しなければなりませんが、習氏は今や毛沢東初代国家主席以来最も権力のある最高指導者
で、選挙を気にする必要はありません。

オーストラリアの元首相で習氏に関する著書もあるケビン・ラッド氏は「習氏は共産党をあ
らゆる問題解決の主役に据え、米国が主導する秩序に挑戦すべき時が到来したとの民族主義
的イデオロギーを推進している」、とインタビューで語っています。

経済面でも中国は準備万端です。李強首相はいかなる外部からの悪影響も「完全に相殺」す
る政策手段が中国には十分にあると述べ、関税の影響が深刻化するにもかかわらず、2025
年の成長について楽観的な見通しを繰り返しました。

元米国家安全保障会議(NSC)中国・台湾部長フォード・ハート氏はバスワニ氏に、関税
戦争は米中共に痛みを与えるが、「習氏が痛みに耐え得る許容範囲はトランプ氏とは桁違いで、
習氏は事実上、無制限に我慢できる」と語っています。

そしてアメリカ側に立つハート氏でさえ「これは政治闘争であり、恐ろしいほどの経済的代
償を払ってでも、習氏は勝利するだろう」とも述べています。

米中の政治闘争とは別に、両国の経済構造に決定的な差があります。

つまり、アメリカは金融とITを主な収入源とし、国内産業を衰退させてきました。この
ため長期的となると必需品を含めて輸入に頼らざるを得ません。

これに対して中国は、生活必要な雑貨から電気製品、さらにはIT製品まで、産業をフルセ
ットでそろえており長期の経済的闘争には耐えられます。

以上を総合的に考えると、アメリカは中国との長期の関税戦争に勝てそうもありません。

さて日本はどうする? これを次回に考えてみましょう。


(注1)『JIJI.COM』(2025年02月05日20時49分配信 5月10日閲覧)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2025020500911&g=int&utm_source=piano&utm_medium=email&utm_campaign=
8697&pnespid=4.DMlZkI7vHWprji9Ea84eEKuB4Lry54xgB5QBYyrVaVf1TY.iNXYaXY8.1ulEqYPgMqI0J2
(注2)『ブルームバーグ』(電子版)(2025年4月10日 11:30 JST)4月17日閲覧
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-04-10/SUFWLYT0G1KW00
カリシュマ・バスワニ氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストで、中国を中心に  アジア政治を担当
しています。以前は英BBC放送のアジア担当リードプレゼンテーターを務め、BBCで20年ほどアジアを取材
していました
(注3)『NHK NEWSWEB』(2025年4月11日 19時25分。4月15日閲覧)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250411/k10014776771000.html
(注4)『ブルームバーグ』(電子版)(2025年4月14日 11:27 JST。4月17日閲覧) 
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-04-14/SUJDEDT0AFB400?srnd=cojp-v2


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トランプ大統領の関税政策(1)―「被害者意識」と「経済ナショナリズム」が世界を攪乱する―

2025-04-12 05:19:20 | 国際問題
      トランプ大統領の関税政策(1)
 ―「被害者意識」と「経済ナショナリズム」が世界を攪乱する―

トランプ政権は2025年1月の発足以来、大胆な関税政策を導入することを予告していま
したが、世界の多くの国はそれを実行するとは思っていませんでした。

ところが、4月2日に突如、国家緊急事態宣言に基づき大規模な関税を発動すると発表し
ました。それによると、すべての国に対し一律に10%の関税を掛け、米国に対し不公
正な貿易慣行のある約60カ国・地域を対象に「相互関税」を課す、というものです。

「相互関税」とは本来、相手の関税と同等の関税を課すことですが、トランプ氏の場合、
アメリカが貿易赤字を抱えている国に対して、10%に上乗せする関税率を、自分たち
の一方的(実際には根拠に乏しい)な計算に基づいて発表しました。

ちなみに、日本には非関税障壁を含めて本来な46%を適用するべきところ、「寛容さ
をもって」24%に下げ、欧州連合(EU)は20%、などと相手国別に関税率を決めま
した。

第一段階として、10%の一律関税は5日午前0時1分に発動され、相互関税は9日午前
0時1分に発動されることになっていました。

ところが、発表された第二段階の「相互関税」は、想定をはるかに超える高率だったた
め、カナダ、中国、EU(欧州連合)などは、実際に適用された場合には「報復関税」
を考える、との見解を示しました。

ただし、EUのフォンデアライエン欧州委員長は7日になって、相互関税を公表したト
ランプ米政権に「工業製品でゼロ対ゼロの関税を提案した」と明らかにした。貿易戦争
を避けるため米国と交渉の道を探ると同時に、EUに不利益が及べば対抗措置に踏み切る
可能性にも言及しました。

トランプ氏は、発表された関税に関しては交渉の余地があるが、報復関税を適用する国
に対しては高率の関税を適用する、と通告しました。

「相互関税」実施の前日の4月8日、トランプ大統領はホワイトハウスでの演説で「米産
業が生まれ変わった日として永遠に記憶されるだろう」と述べた。

大統領報道官のキャロライン・レビット氏は同日、約70カ国が関税に関する交渉(ディ
ール)の開始を目指し、ホワイトハウスに連絡してきたことを明らかにし、米労働者に利
益をもたらし、慢性的な貿易赤字に対処できるのであれば、協定が締結されるだろうと述
べました。

ところが、「相互関税」が適用される直前の4月9日、トランプ氏は突如、協議(彼の言葉
では「ディール」)に応じる国に対しては90日間の猶予を与える(延期する)と発表しま
した。

この突然の発表に、世界はもう一度大混乱に陥りました。

トランプ政権による関税政策がアメリカ自身の経済と世界経済に、短期的、長期的にどの
ような影響を与えるのか、この政策にどのような経済的な理論があるのか、あるいは日本
にとってどんな影響がありどのように対応すべきか、などの問題はこれから順次考えてゆ
こうと思います。

というのも、事態があまりにも頻繁にそして突然に変わるので、もう少し事態の推移を見
てからこれらの問題を検討しようと思います。

そこで今回は、一貫性も合理性もないトランプ氏の関税政策にはどんな背景があるのかを、
「被害者意識」と「経済ナショナリズム」という二つのキーワードを手掛かりとして考えて
ゆきたいと思います。

順を追って説明してゆきましょう。

トランプ氏が繰り返し語っているのは、関税政策によって海外に出て行ってしまった製造業
をもう一度米国内に戻して貿易赤字を解消し、アメリカの労働者の雇用を確保し、国全体を
豊かにすることです。

貿易赤字についていえば、たとえば2024年度には1.2兆ドル(175兆円)で、この30年
間に10倍になっています。

こうした貿易赤字は、これまでアメリカが世界に対して推進し時には押し付けてきた自由貿
易とグローバリゼーションの結果でもあります。

すなわちアメリカは、全ての国に市場を開放し、「グローバル・スタンダード」(「世界基準」、
実は「アメリカ基準」)に基づく自由貿易を推進してきました。

これは、「市場原理主義」と言われるほど自由な市場経済の展開を意味し、保護貿易とは正反
対の貿易原則でした。

その一方で、アメリカは自国ですべての製品を生産するのではなく、それぞれの製品の部品を
国際市場で最も安く提供する国から調達する国際分業体制(サプライチェーン)を築いてきま
した。

その結果、ブランドだけはアメリカ企業の名称でも、部品や製品の生産そのものは賃金が安い
海外で行われるという場合が増え続けてきました。

たとえばアップル社のiPhoneはほとんどが中国で部品の一部が調達され最終的に中国で組み立
てられてその完成品がアメリカに輸出されています。また、世界的ブランドの「リーヴァイス」
のジーンズはアフリカの最貧国レソトで作られ、アメリカに輸出されています。

こうして、アメリカの製造業は空洞化して衰退し、「ラスト・ベルト」(さび付いた工業地帯)に
象徴される貧困な地域をあちこちに生み出してしまいました。

他方、先進工業国に加えて、それまで工業化が進んでいなかった途上国でも工業化が進み、アメ
リカなど先進国へ部品や製品を輸出する国際分業体制の一角を担うようになりました。

こうして、これまでアメリカはサプライチェーンを組み込んだグローバリゼーションと自由貿易
の利益を存分に享受してきましたが、これは必然的に輸入超過と貿易赤字を増やしました。

二期目のトランプ大統領は、貿易赤字が年々増大する事態を、これまでアメリカが推進してきた
自由貿易のプラスの結果だとみるのではなく、世界各国が寄ってたかってアメリカから利益を奪
ってきた、搾取してきた、利用してきた、極端な場合には騙しとってきた、などアメリカの利益
を損なう行為の結果だと断定します。

他方トランプ氏は、世界の国々は自国の利益を守るために高い関税障壁やさまざまな非関税障壁
によって輸入を抑えてきた、と他国の不公平な貿易政策を非難します。

こうした認識の上でトランプ氏は、アメリカこそが現行の貿易構造の被害者である、という被害
者意識を非常に強く抱いています。

アメリカが貿易赤字を減らすためには、国内産業を復興して、これまで輸入してきた製品を国内
で生産する必要があります。

トランプ氏はそのための方策として高い関税障壁を設けて海外から製品は入ってくることを防ぐ
保護貿易を選択したのです。

彼は、戦後のアメリカの繁栄を築いてきた自由貿易体制を壊して、今度は保護貿易によって新た
に繁栄を取り戻そうとしているのです。

高関税は長期的に見れば世界各国に大きな混乱と打撃を与え世界の貿易を縮小させますが、トラ
ンプ氏にとっては「アメリカ・ファースト」、アメリカの利益こそが最重要で、他の国がどうなろ
うと知ったことではないのです。

言い換えれば、「アメリカ・ファースト」とは、もう他の国のことまで考える余裕がない、という
現状認識を表しています。ここにはトランプ氏の経済ナショナリズムが見て取れます。

世界で最も豊かで偉大な国であったアメリカが、上述したように今や巨額の貿易赤字を抱えている
現状にトランプ氏はどうしてもプライドが許さないのでしょう。

今回の一連の高関税政策の背後には、アメリカが世界の犠牲にさせられてきたというトランプ氏の
鬱屈した被害者意識と、他の国を犠牲にしてもアメリカ経済だけは繁栄させたいという経済ナショ
ナリズムがないまぜになった感情が渦巻いています。

被害者意識について補足しておくと、トランプ氏がウクライナ戦争に関して距離をおき、この問題
は第一義的にヨーロッパの問題で、ヨーロッパ諸国が解決すべきである、というスタンスをとって
いるのも、似たよう感情があると思われます。

つまり、もうこれ以上、アメリカの利益にならない戦争に税金を使わされたくないということです。
これもある意味で「アメリカ第一」の軍事版です。

その背景には、軍事超大国としてアメリカは「世界の警察官」「秩序維持国」という重大な役割を押
し付けられ、過大な軍事費を負担させられてきたという被害者意識があります。

ところで私は今回のトランプ氏の関税政策の背後に、これまで奪われてきた富とプライドを取り返そ
うとする“怨念”さえ感じます。

それを強く感じたのは、相互関税を実施するという前日の4月8日の共和党の晩餐会でトランプ氏が行
ったスピーチの次のような言葉です(注1)。

    一部の政治家にあれこれ言わせてはいけない。だって、今、世界中の国々が電話をかけてき
    て媚びへつらっているのだから。みんな取引がしたくて必死なんだ。
    “お願いです。 お願いです。大統領。取引してください。
    “何でもしますからね”、って。 
    すると共和党の一部の抵抗勢力が目立とうとして、“関税交渉は議会がやるべきだ”なんて言
    い出す。いいか、私の交渉術をマネできるわけがない。・・・・・・ 

これはスピーチの一部ですが、動画をみると“お願いです お願いです 大統領”以下の言葉は、いかに
も哀れに物乞いするような、馬鹿にしたようなしぐさと声色(こわいろ)で、しゃべっています。

上の引用のうち、「媚びへつらって」という個所は、トランプ氏自身の言葉では kissing my ass 、(文
字通りの意味は「私のケツを舐め」に来る)でした。

私は最初、この言葉を聞いて我が耳を疑いました。トランプ氏は誰かをののしる時、下品な表現をする
ことはありますが、たとえ比喩でも、このような表現はテレビカメラの前で大統領が使うべきではあり
ません。

この部分はよく使われる慣用的な表現で、あえて取り上げるほどのことではないのかも知れませんが、
私は、この下品な表現を敢えて使ったことにはトランプ氏の本音が現れていると感じました。

つまり、
    “これまでアメリカを食い物にし、搾取してきた者どもよ、今やお前たちは私に「媚を売って
    (kissing my ass)」必死に取引を懇願しているじゃないか。ざまを見ろ!

と、トランプ氏は勝ち誇った優越感と高揚感を露わにしているようです。ここには、今までアメリカを
食い物にしてきた国々にたいする復讐ともとれる感情が働いていると思われます。その感情はトランプ
氏の被害者意識の裏返しでもあります。

さらに、トランプ氏に取引交渉を懇願する国々の声色や体の動きをみると、トランプ氏がこれらの国々
を露骨に馬鹿にし、軽蔑しています。

また、国内に向けては、同じ共和党の議員でトランプ氏の関税政策に反対の議員に対して、“お前たちは
私ほどの交渉術をもっていないだろう”と、自らの交渉術を自画自賛しています。

この部分はおそらく、自分の他に、70か国もの国から取引を懇願してくるように仕向けることができ
る者はいないだろう、という意味でしょう。

私には、今回の「トランプ関税」政策が、従来考えられなかった国際経済システムに”革命“をもたらすの
か、アメリカと世界の経済に混乱をもたらすだけなのか、あるいはアメリカが自らの首を絞める結果とな
るのかは分かりません。

ただ、世界の大部分の国の犠牲の上にアメリカだけが繁栄することはあり得ない、ということだけは確実
に言えます。

また、トランプ氏が被害者意識を隠そうともせず語り、「アメリカ第一」という名の下に自国さえ豊かにな
ると思えば他国はどうでもいいというむき出しのナショナリズムは、アメリカが余裕をなくし、確実に凋
落に向かっていることを示唆しています。

トランプ氏はアメリカの凋落を心の底ではひそかに感じ取っていて、それに対する抵抗が、従来の常識を
超え合理性を欠いた、なりふり構わない高関税政策の導入なのかもしれません。

トランプ氏の過激な言動は、衰退の危機と対峙する彼の精神的な“痙攣”の現れなのかも知れません。

そして、トランプ氏の”痙攣“は、グローバリズムの影響で職を失い下層に転落していった、白人の熱狂的な
トランプ支持者のそれと重なっているのかも知れません。




(注1)REUTER
    https://jp.reuters.com/video/watch/idOWjpvCD85LZWM3XB7SRFZZD9599UX6E/
   ロイターのニュースとは別に、日本のどこかのテレビ局のニュースでは、はこの部分を「お世辞を
    言いに」と翻訳していましたが、趣旨は同じです。
    なお、大統領報道官のレビット氏によれば、8日の時点で、トランプ氏に交渉を申し入れたのは70
    か国でしたが、直近では75か国が交渉の順番待ちをしています。




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トランプ政権と激変する世界秩序―大国支配の横暴にかき乱される世界―

2025-03-23 13:35:38 | 国際問題
トランプ政権と激変する世界秩序
―大国支配の横暴にかき乱される世界―


今、世界で何が起こっているのか、その本質は何なのかを理解し、これからどうなる
のかを予測することはほとんど不可能な状況にあります。

ちょっと考えただけでも、ウクライナとガザでの戦争の行くへ、超大国アメリカによ
る高関税政策が世界経済に与える影響、アメリカとヨーロッパ諸国との亀裂、ヨーロ
ッパ世界の衰退と影響力の低下、グローバルサウスと呼ばれる国々の台頭が世界秩序
にもたらす影響、などなど、多くの問題が発生しています。

しかもこれらのどれ一つとっても、国際社会全体に甚大な影響を与える問題です。

現在国際社会で起こっているこれらの状況は、2025年1月に第二次トランプ政権が発
足して、わずか2か月ほどの間に起こっているのです。

すなわちトランプ政権は、これまでアメリカが掲げてきたグローバリズム、国際主義、
世界の民主勢力の擁護などの理念を捨てて、徹底的にアメリカの利益を優先する「ア
メリカ・ファースト」に大きく舵を切ったのです。

『日経新聞』(電子版 2025年3月10日)で同紙のコメンテーターの秋田浩之氏は、
「米政権、牙をむく捕食外交 「王様」に逆らえぬ側近たち」という記事を書いてい
ます。

その冒頭の部分で秋田氏はまずトランプ氏の対外政策について

    トランプ米大統領の対外政策の本質がより明白になってきた。世界は大国同
    士が取引し、仕切っていくという発想だ。この前提に立てば、ロシアは侵略
    国であると同時に、ウクライナ停戦をまとめるのに欠かせない協力相手とい
    うことにもなる。
    トランプ外交のもう一つの本質は、小国は大国同士のディールに口をはさま
    ず、決定に従うべきだとの信念だ。停戦にさまざまな条件をつけるゼレンス
    キー・ウクライナ大統領に怒り、いったん軍事支援などを凍結したのも、そ
    んな思考の表れだ。

と、その本質を指摘しています。

つまりトランプ氏の世界観は、「この世界は大国同士が取引し、仕切ってゆく」という
ものです。

私たちは、たとえばウクライナ戦争に関して、なぜ当事者のウクライナの頭越しにロシ
アと「取引」しようとするのかトランプ氏の真意を測りかねていました。

というのも、バイデン大統領の時には、ロシアの弱体化を進めるためにウクライナへ最
大限の支援を行い、プーチン大統領との話し合いなど全く行ってこなかったからです。

ところがトランプ氏には、ウクライナ戦争はヨーロッパの問題であり、その解決のため
にアメリカの富を使うべきではないと考えます。言い換えると、アメリカ国民が払った
税金は、アメリカ国民のために使うべきだ、という考えです。

しかもトランプ氏は、ウクライナ戦争の決着をつけることができるのは、アメリカとロ
シアという「大国間」の取引(ディール)だけで、小国(この場合ウクライナ)は大国
の決定に従え、と露骨に主張します。

トランプ氏にとってウクライナ戦争は、自分の仲介で「むごたらしい殺し合い」を止め
させた、という実績が欲しいのです、その観点からもう一つの「大国」の大統領プーチ
ン氏は敵対者ではなく協力者となるのです。

トランプ氏の大国主義という外交政策は別の、面ももっています。大国主義という意味
では、第2次世界大戦末期、米英ソの首脳がクリミア半島のヤルタに集まり、戦後の勢力
圏を取り決めたことを思い出します。

トランプ氏の外交を「新ヤルタ主義」と捉える見方もありますが、現在進行している事
態はさらに無慈悲で、容赦ないトランプ外交の素顔です。

少なくともルーズベルト、チャーチル、スターリンの3首脳はヤルタ会談で国連創設を決
めるなど、世界秩序のレールも敷き、それが現在までの世界秩序の基盤となっています。

しかし、トランプ氏は世界の秩序づくりには関心がなく、しかも対等なディールの相手と
認めるのは、中ロなどの大国だけなのです。

秋田氏によれば、国力が小さかったり、米国への立場が弱かったりする国々は権益を取り
立てる「捕食」の対象になってしまいます。その典型がウクライナであり、中米パナマの
パナマ運河やデンマーク領のグリーンランドなのです。

ウクライナに関していえば、あれだけ国中が破壊されているのに、仲介に乗り出したトラ
ンプ氏はウクライナの地下鉱物資源の権益の半分をよこせ、といっています。

トランプ氏は3月4日の施政方針演説で、パナマ運河に「taking it back」(取り返す)、
グリーンランドに「get it」(手に入れる)という表現を使いました。

対価を払って購入するのではなく、必要なら「捕食」する物言いです。まさに、これこそ
「弱肉強食」の恐ろしい世界です(『東京新聞』)2025年2月26日朝刊)。

同様のことは、著名な歴史家のN.ファーガソン(歴史家)も指摘しています。彼はトラ
ンプ再登場後の世界について

    トランプはまるで皇帝のようにふるまっています。(中略)いまは、大国の時代で
    すが、米中ロ、すべての国に力の限界があります。自分はスーパーマンだと思っ
    ている大統領と、かつてほど強くない大国の時代なのです。

と分析した後、”この時代に、資源がなく交渉材料を持たない国はどうすればいいのでしょう
か“、との質問に

    「強者はやりたい放題やり、弱者はそれに従うしかない」という世界にいます。小
    さな国にとってこれは非常に不快な世界です。たとえばデンマークは、アメリカの
    言うことに従うしかありません(戦うことなどできません)。これが小国の運命な
    のです。

と非常に暗い展望を示しています(注2)。

大国による小国支配という面のほかに、トランプ氏の尊大な態度は既存の国際秩序をかき乱
す要素をもっています。それは、これまでの同盟国とみなされていた国々にたいしても「ア
メリカ・ファースト」を押し付け始めたからです。

その一つが、かつての盟友であったヨーロッパ諸国に対する突き放した姿勢です。

たとえば、ウクライナ戦争に何らかの決着がついたとして、その後のウクライナの安全の保
障について、トランプ氏はアメリカが何ら保障を与えるつもりはなく、それはヨーロッパの
問題であるからヨーロッパ諸国が担うべきだと、冷たく突き放しています。

つい最近、トランプ第二期大統領が発足する前まで、歴史的にも文化的にもヨーロッパ世界
はアメリカよりも「格上」で、アメリカの行動にたいし注文をつけたり、場合によっては反
対したり、一定の影響力を発揮してきました。

しかし、今やウクライナ問題に対しても、主な交渉窓口からヨーロッパ諸国は締め出されて
しまい、米ロ間の「ディール」によって決着されそうな状況です。

米欧の亀裂がはっきりしたのは、今年の2月26日に開かれた「国連安保理事会」(15か国)に
おいてロシアのウクライナにおける戦闘終結を求める決議を初めて採択した時でした。

米国は「侵攻」や「ウクライナ領土の保全」などのロシアに批判的な表現を避けて「紛争終
結」を求める決議案を提出しました。

これにたいしてロシアを含む10か国が賛成し、英仏など欧州5か国は棄権しました。ここに、
ロシアに肩入れするトランプ米政権と欧州諸国との亀裂が鮮明になりました。

安保理に先立って国連総会(193か国)は、ウクライナと欧州連合(EU)加盟国が主導した
「ウクライナ領土の保全」と「戦闘停止」を求める決議を採択しました。

この時日本など93か国が賛成したが米ロなど18か国は反対、中国など65か国が棄権しました。

このように安保理でも総会においても米ロは共同歩調をとっており、「米ロ」対「欧州連合」
という構図になっています。

また、日本もその一員である「G7」の首脳は24日、ウクライナ侵攻から3年に合わせてテレ
ビ会議を開きました。

しかし、米国と欧州の各国の調整が難航したとみられ、議長国カナダは24日中に首脳声明を
発表できず、ここでも「G7」の枠組みでも溝が露呈しました。

この会議にはウクライナのゼレンスキー大統領も出席し、ウクライナと欧州が平和交渉に参
加すべきだと改めで反発しました。

2月28日に、トランプ氏の大統領執務室で、テレビカメラの前でトランプ氏とバンス副大統領
によってゼレンスキー大統領が面罵され、アメリカ・ウクライナ関係が決裂した後で、英仏大
統領があわててトランプ氏に関係修復のために訪米したことも、アメリカとヨーロッパの力関
係を如実に示しています。

ウクライナというヨーロッパの一角で起こている戦争に関してヨーロッパ諸国が主導権を握る
ことができないことは、世界の中でヨーロッパ諸国の影響力が相対的に凋落しいたことを誰の
目にも明らかにしました。

なお、この会議で石破首相はウクライナの永続的な平和の実現には「G7の結束が必要だ」と
訴えましたが、ほとんど取り上げられることはありませんでした。

また会議後石破首相は公邸で、平和交渉に関して「力による現状変更は可能だという誤った教
訓が引き出されないよう注意が必要だ、と強調し、ウクライナ支援と対露制裁を継続する考え
も表明しました。

ただし、イスラエルによるパレスチナの人々に対する公然たる虐殺と領土の変更に目をつむっ
ている日本や欧米諸国の二重基準(ダブルスタンダード)に対する国際社会、とりわけグロー
バルサウスの国々の批判に耐えることはできません。

日本も、欧州諸国や韓国といった米同盟国と同様、従来の対米外交を根本的に見直す必要に迫
られています。さすがに捕食対象とまでならなくても、トランプ氏は同盟国に「貸し」がある
と信じており、対等な取引相手とはみなしていません。

その顕著な現れは、トランプ氏の関税は、これらの同盟国であっても容赦なく適用されると言
明していることに表れています。

石破茂首相は2月上旬、トランプ氏との初会談を波乱なく終えました。前出の秋田氏は、日本
政府・与党内には「1期目と同様、トランプ政権の2期目もなんとか切り抜けられる」との見方
もありますが、大きな誤りだ、と指摘しています。

トランプ政権の発足前、外交は危惧するほど過激にならないのでは、との淡い望みが米同盟国
にありました。米政権に異なる複数の派閥があり、そのバランスの上に対外政策が決まると考
えたからでした。

しかし今や、トランプ氏の周りにはトランプ氏の歓心を得ようとする側近ばかりで、内情に詳
しい元米高官やトランプ政権の政策アドバイザーらによると、政権内にトランプ氏に強い影響
を及ぼせるような派閥は存在しないという。

それだけにトランプ氏の権力は王様のように絶大です。宇宙に例えるなら、トランプ氏は太陽
で、その周りを閣僚や補佐官という惑星が回っている。太陽に逆らえば引力を絶たれ、太陽系
の外に追い出されてしまいます(注3)。

果たしてトランプ氏の思い通りに事が運ぶのか否かは今の段階では分かりません。トランプ氏
のただ、はっきり言えることは、これからの世界秩序は、米欧が取り仕切る構図ではなくなっ
たことです。

こうした中で日本は、従来のように、アメリカ詣でをせっせと行い、相も変わらず「日米同盟
の強化を確認した」といって喜んでいるようでは世界から取り残されてしまうことを肝に銘じ
るべきでしょう。

これからも、トランプ政権と世界秩序の変貌、そし日本の対応について注視してゆきたいと思
います。


(注1)『日経新聞』(電子版)(2025年3月10日 10:00、 3月23日アクセス) 
    https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD06C1K0W5A300C2000000/
(注2)「NHKスペシャル トランプとプーチン ディールの深層」2025年2月22日放送 より)
(注3)(注1)と同じ。


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ウクライナ戦争の行くへ(2)―ゼレンスキー・トランプ会談の決裂―

2025-03-04 22:06:55 | 国際問題
ウクライナ戦争の行くへ(2)―ゼレンスキー・トランプ会談の決裂―

ウクライナのゼレンスキー大統領(以下、「ゼレンスキー」と略)は、かすかな望
みをかけてトランプ大統領(「以下「トランプ」と略」との首脳会談に臨みました。

というのも、ゼレンスキーにはウクライナ戦争の停戦が、ウクライナの頭越しにア
メリカとロシアの主導の下で、ロシアに有利に行われてしまうかもしれない、とい
う疑念があったからです。

この流れを止めて、彼はロシア寄りに見えるトランプをウクライナの方に引き戻そ
うとする、国運を賭けた会談でした。

前回で紹介したように、ウクライナの鉱物資源に対する利権の50%をアメリカに
譲渡することを拒否してきました。

しかし、事態は切迫してきたため、ゼレンスキーは、最後のそして唯一の交渉カー
ドである鉱物資源の大幅譲渡を受け入れて、トランプとの会談に臨みました。

この2月28日にはアメリカとウクライナが鉱物資源の開発に関して合意し、調印・
署名し、ランチを共にし、そして記者会見までがセットされていました。誰もがこ
の件に関する協定には何ら問題もなく進むだろと思っていました。

ところがこの調印に先立って行われた、「頭撮り」と言われるテレビカメラと記者
団を入れての公開対談で前代未聞の事態が勃発してしまったのです。

この時の模様はテレビやユーチューブで繰り返し報道されたので、ここで繰り返す
必要はありませんが、結論から言えば、この会談は決裂し署名はおろか、共同声明
もないまま両者が会場を去る、という想定外の結末を迎えてしまったのです(注1)。

ゼレンスキーにとってこの会談の最の重要な目的は、鉱物資源の共同開発を一つの足
掛かりとしてアメリカの軍事的安全保障を何とか取り付けることでした。

しかし、トランプにとっては、地下資源の共同開発により得られる利益を確保するこ
と(これこそが「ディール」)が目的で、安全の保障とは全く別の事柄、むしろ触れ
たくない問題でした。

ゼレンスキーは何度も、話を安全の保障の方に持ってゆこうとしますがトランプは応
じませんでした。

同席した記者から、「安全の保障は提供されるのか」との質問に対してトランプは「ま
だ安全の保障について話したくない」と、きっぱり断っています。

ただしトランプの頭には、プーチンとの関係から、ウクライナの地下資源の開発にアメ
リカ企業が直接かかわるようになれば、プーチンはウクライナに侵攻しない、との自信
があったのだろう。

実際、トランプは「地下資源をめぐる協定は防衛策になる」と答えています。

共同開発となれば、その前提としてウクライナで戦争が少なくとも停戦状態になければ
なりません。トランプが急いでいるのは安全の保障ではなく、早急の停戦です。

とういうのも、トランプには、バイデン政権下で3年も続いたウクライナ戦争を停戦そし
て和平に持ち込むことができれば、その立役者として自らの国際的評価が上がり、ひょ
っとしたらノーベル平和賞も受賞できるかもしれない、という期待があるからです。

トランプは、ゼレンスキーとの会談の冒頭で、「ロシアとは非常によい話し合いを行って
きた。プーチン大統領と話し、この件(ウクライナ侵攻)について終わらせようとしてい
る」と述べ、ウクライナ戦争の終結についてプーチンと話し合っていることを述べます。

続いてトランプが、

    この侵攻はすぐに終わるはずだったが、3年たった今もまだ、戦争は続いている。
    だから私は、将軍たち、兵士たちそして皆さんを大いに評価する。非常に厳しい
    戦いだった。すばらしい兵士たちだ。こうした観点からあなたは(ゼレンスキー
    大統領は)彼らをとても誇りに思うべきだ」ウクライナの将軍や兵士はすばらしく、
    あなた(ゼレンスキー)は誇りに思うべきだ、

との言葉に、ゼレンスキーは「誇りに思います」と短く答えます。

そしてトランプは、

    でももう終わりにしたい。もう十分だ。もう終わりにしたい。だから聞いて頂いて
    光栄だ。来てくれてありがとう。まもなくイーストルームで会議を開き、合意書に
    署名する。昼食後に。私たちは、これからランチをとる。また、ほかのことについ
    ても話し合う。

と述べました。

ここまでは、表面的には和やかに話しが進行し、誰もがその日のうちに地下資源開発に関す
る協定の締結が完了するだろうと考えていました。

しかし、ロシアとの話し合いで戦争を終わりにする(停戦)、というトランプの言葉にゼレン
スキーは反発します。

トランプ:ウクライナは兵力が不足している。いいことかもしれない。あなたは「停戦はい
     らない、停戦はしたくない。まだやりたい。あんなものがほしい」と言う。もし
     今すぐ停戦できるなら、銃弾を止め、兵士が殺されるのを止められるよう、受け
     入れるべきだ。
ゼレンスキー:もちろん戦争を止めたいと思っている。
トランプ:だが停戦はいやだというのか。
ゼレンスキー:保証込みの停戦が必要だと言っている。
トランプ:「いかなる合意よりも停戦が早い。

ゼレンスキーは、「停戦についてだけでなく安全保障について話したい。プーチンは過去に25
回も停戦を破った。安全保障についてこれらの協定だけでは不十分だ」と、あくまでもアメリ
カの安全保障の約束を取ろうとします。

トランプとゼレンスキーの見解が平行線をたどったことの背景には、プーチンにたいする評価
が全く逆だったからです。

記者から、「もしロシアが停戦を破ったら、和平交渉を中断したらどうなるのか、どうするのか」
との問いに、トランプは次のように答えました。

    (プーチン氏は)私のことを尊敬している。プーチン氏は私と一緒に多くの苦難を経験し
    た。うそっぱちの魔女狩りに遭って、彼とロシアは利用された。ロシア、ロシアと。聞
    いたことがあるか。詐欺師のハンター・バイデン、ジョー・バイデンのペテンだった。
    ヒラリー・クリントン、ずるいアダム・シフ、民主党のペテンだった。彼(プーチン氏)
    はそんな目に遭った。われわれは戦争に至らなかった。

つまり、トランプはプーチンと共に苦労を経験してきたので、私も彼を信用し、彼も私を尊敬し
ている、だからプーチンが停戦を破ったりすることはあり得ない、と言外に言っているのです。

これに対してゼレンスキーはプーチンを全く信用しておらず、上に引用したように、たとえ停戦や
和平協定を結んでも、プーチンは無視して侵攻してくると思っています、

こうした両者の立場の違いを抱えたまま、お互いの気持ちが次第にエスカレートし、ののしり合い
のような口論になってしまいました。

トランプとヴァンス副大統領は、アメリカはウクライナの死者をなくすために停戦に努力している
のに、ウクライナはそれに感謝すらしないことにいら立ちを感じていたようです。

トランプは突然「さあ、もう十分ではないか。すばらしいテレビ番組になるだろう」と言い放って
席を立ってしまいます。

会談は決裂に終わったのですが、こうなってしまった要因について、慶応大教授の廣瀬陽子氏は研
究者仲間と話し合いで、3つの原因が挙げられたと語っています。

一つは、ゼレンスキー氏は通訳なしで直接英語でやりとりしていたが、もし、自身はウクライナ語
で話し、それを通訳が英語に翻訳して伝えれば、そこの「間」が生じ、言葉と言葉が直接ぶつかり
合うことは避けられたのではないか、というものです。私も同感です。

二つは、ゼレンスキーは対談に臨んで、もっと戦略を練りシナリオを考えておくべきだったという
見方です。

三つは、トランプのような人物と話し合うためには、図や表を用意して、相手を説得する方が良かっ
たのでは、という意見です(注2)。

二つ目の要因に関して廣瀬氏はとくに説明していませんが、例えば戦略として、まずは資源開発協定
について合意することを確認し、最後に安全全保障について要望する、という戦略が考えられます。

それにしても、歴代のアメリカの大統領がロシアによるウクライナ占領に関連して何もしてくれなか
ったことをゼエレンスキーが非難する際に、

    彼(プーチン)はウクライナの東部とクリミアという大きな部分を2014年に占領した。それ
    から何年も。バイデン前大統領だけでなく、当時のオバマ大統領、トランプ大統領(1期目)、
    バイデン大統領・・・・

と、目の前にいるトランプ大統領の名前を挙げてしまいました。これにたいしてトランプは直接的に
は反論しませんでしたが、心の中では怒っていたにちがいありません。

二人の大統領が直接会談での決裂を避けるために、トランプと同じ共和党重鎮のグラム上院議員は首脳
会談に先立ち、ゼレンスキー氏と面会し、「感謝の気持ち」を持ってトランプ氏に接し、鉱物資源交渉
以外の話題(特に安全保障)は避けるよう忠告していました。

決裂という最悪の事態を受けグラム氏は「ゼレンスキー氏は辞任するか、態度を変える必要がある」と
記者団に述べ、怒りをあらわにしました。

下院民主党トップのジェフリーズ院内総務は声明で、米ウクライナ間の亀裂が露呈したことはロシアを
利するだけで「トランプ氏は世界で米国の恥をさらし続けている」と指摘しました。

また同党のマーフィー上院議員はX(旧ツイッター)で「トランプ氏はロシアのプーチン大統領の愛犬と
化し、民主主義ではなく独裁者を支持している」と糾弾しました(注3)。

大統領補佐官のウォルツ氏によると、記者団の退出後、トランプ政権側は幹部で対応を協議し、ほぼ全会
一致で「大統領執務室でのあのような侮辱を受けた後で、物事を前進させることは不可能であり、これ以
上の関与は逆戻りするだけだ」とトランプ氏に協議打ち切りを進言したという。

その後、ホワイトハウスから去るように伝えると、駐米ウクライナ大使やゼレンスキー氏のアドバイザー
は何が起きたかを認識し、涙ぐんでいたという。

ただ、ゼレンスキー氏は何が起きたか認識せず、引き続き議論したがっていた。ウォルツ氏は最後に「時
はあなたに味方していない。(米国の)寛容さは無限ではない」などと述べたという(注4)。

ゼレンスキーを除くウクライナ側のスタッフは、ゼレンスキーが本当にトランプを怒らせてしまったこと
にショックをうけて涙ぐんでいたのにたいして、ゼレンスキー自身は全くそのようなことは考えておらず、
また、議論を続けられると考えていたようです。

このことは、決裂のあとにFOXテレビに出演したゼレンスキーは、ニュースキャスターから「謝罪する気
はあるか」と問われて「何か悪いことをしたとは思わない」し、修復は可能だと答えていることからも分か
ります。

ゼレンスキーが言ってきたことは「正論」ですが、外交の舞台では必ずしも「正論」が「正解」とは限りま
せん。少なくとも「損か得か」という点では、今回のケンカ別れはウクライナにとって「損」な結果でした。

次回は、アメリカとウクライナとの決裂が、その後のウクライナ戦争と国際関係全般にどのような影響を与
えるのかを検討します。


(注1)会談でのやり取りは以下のサイトで見ることができます。
    https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250302/k10014737411000.html(前編)
    https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250302/k10014737431000.html(中編)
    https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250302/k10014737471000.html(後編)
(注2)BS朝日『日曜スクープ』(2025年3月1日)
(注3)Yahoo NEWS 3/1(土) 21:34配信https://news.yahoo.co.jp/articles/ee245cd8d1a758feecc349bb1575394abc4ac6fa
(注4)『毎日新聞』電子版(2025/3/3 11:54(最終更新 3/3 15:53)https://mainichi.jp/articles/20250303/k00/00m/030/066000c?utm_
    source=article&utm_medium=email&utm_campaign=mailyu&utm_content=20250303

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ウクライナ戦争の行方(1)―表のトランプと陰プーチン―

2025-02-26 22:21:01 | 国際問題
ウクライナ戦争の行方(1)>―表のトランプと陰プーチン―

つい2ヶ月ほど前まで、多くの人は、ウクライナ戦争は今後どんな方向に向かってゆく
のか、また、いつ頃に終結に向かい、それはどんな形になるのか、などについて具体的
なイメージを描くことはできませんでした。

なによりも現在戦争は続いており、その帰趨がどうなるかを誰も予測できないからです。
というのも、この問題の背景にはあまりにも多くの不確定要因が関連しているからです。

たとえば、ロシアは経済基盤、兵員、兵器の面でどれほど継戦能力があるのか、また、
ウクライナは今後どれほど経済的・軍事的支援を受けられるのか、兵員は確保できるの
か、といった問題があります。

とりわけ、これまでのウクライナの戦闘能力を支えてきた大きな柱の一つ、アメリカの
支援が、ウクライナ寄りのバイデン政権からトランプ政権に代わってどうなるのかが大
きな課題でした。

そんな中でトランプ政権が発足して約1か月しか経っていないのに、事態は急速に動き
始めました。

もっとも、トランプ大統領(以下、「トランプ」と略す)が次々と繰り出すさまざまなメ
ッセージや外交があまりにも展開が早すぎて、今、何が起こっているのかを追いかけるだ
けで精一杯という状況です。

そこで、今回は、最近起こっている事態を、まず時系列で整理し、これからのウクライナ
戦争の行方、とりわけ停戦への動きを見定める手掛かりにしたいと思います。

まず、トランプのウクライナに関する具体的な言及は、思いもかけない問題から始まりま
した。

トランプは2月10日のインタビューで、ウクライナに対する支援の見返りに5,000億ドル分
(75兆円相当)のレアアース(希土類)その他の鉱物資源を要求すると語りました。

そして12日には協定草案が米側から示されましたが、その時、ゼレンスキー大統領(以下
「ゼレンスキー」と略す)は、ロシアとの約3年間に及ぶ戦争を通じ、米国から670億
ドルの武器と315億ドルの直接的な財政支援を受けた。「これを5000億ドルと呼ん
で、鉱物などで返還するよう求めることはできない。これは真剣な話し合いではない」と
批判しました。

しかもこの協定草案には、ウクライナが最も強く望んだ、具体的な安全保障条項も含まれ
ていませんでした。

関係筋によると、ゼレンスキーは米国が12日に協定案を提示した際に署名をしませんで

した。ゼレンスキーは、「私はウクライナを守る。国を売ることはできない。私は米国に
対し、何らかの前向きな条件や保証を要請した」と語っています。

ゼレンスキーが言う「保障」とは、ロシアの侵攻に対してアメリカがウクライナを守ると
いう安全保証を指します。

なお、レアアースをはじめとする鉱物資源に関してベセント米財務長官が12日にキーウ
(キエフ)でゼレンスキーと会談し示した際に希少資源に関する合意文書の草案を示し
ました。

NBCによると、草案には米国に50%の所有権を認めることが盛り込まれていた。ゼレン
スキーはこの協定はウクライナの防衛に貢献しない、との理由で文書へ署名しませんでし
た。

そして、最終的に2月19日に日、ゼレンスキーは要請を断りました(注1)

以上は、ウクライナとアメリカとの折衝でしたが、その中身を見ると、戦争で疲弊しき
っているウクライナに、まるで「火事場泥棒」のように鉱物資源を奪い取ろうとするト
ランプの強欲さに驚かされます。

なお、レアアースや鉱物資源に関する米ロの協定は、ウクライナが協定案をもって、2月
28日にワシントンに出向いて、ゼレンスキーとトランプと直接会談し、協定に調印する
ことになっています。

その詳しい内容は現時点では分かりませんが、安全保障についての約束は無いようですが、
何らかの形でアメリカに譲歩するようです。

ウクライナとしてはどれほどの犠牲を払っても、何とかアメリカをつなぎ止め支援を継続
してほしい、という悲壮な賭けです。

ところで、ここまでは鉱物資源をめぐるウクライナとアメリカの問題で、ウクライナ戦争
の停戦や終結は全く別の問題です。以下に、この点ついてみてみましょう。

ウクライナ戦争の問題が動き始めてきっかけは、2月12日に行われたトランプとプーチン
大統領(以下「プーチン」と略す)との電話会談でした。電話会談の詳しい内容は発表さ
れていませんが、アメリカとロシアはウクライナの戦闘の終結に向けて、交渉を始めるこ
とで合意したことを明らかにしました。

この電話会談は1時間半に及び、今後の停戦に向けてかなり重要な事柄が話し合われたよ
うです。

会談のあとトランプ氏はホワイトハウスで記者団の取材に応じ「プーチン大統領は戦闘の
終結を望んでいると言っていた。われわれは停戦の可能性について話し合った。おそらく、
そう遠くない将来、停戦が実現すると思う」と述べて早期の停戦の実現に意欲を示しました。

そしてロシア側との今後の交渉について、「プーチン大統領とはおもに電話でやりとりし、
最終的には会うことになるだろう。おそらく最初の会談は、サウジアラビアで行うことに
なるだろう。まだ決まっていないが、そう遠くない将来だ」と述べ、2期目で初めてとな
るプーチンとの対面での会談は、サウジアラビアで行われる可能性に言及しました。

またトランプはウクライナが求めているNATO=北大西洋条約機構への加盟について「現
実的ではないと思う。ロシアはそんなことは許さないと言っていて、これは何年も続いて
いる」と否定的な考えを示しました。

さらにウクライナがロシアによる一方的なクリミア併合などが行われた2014年よりも前の
状態に領土を回復できるかどうかについて「可能性は低いように思われる」とも述べたと
いう。

このアメリカ側の発表に対応する形で、ロシア大統領府のペスコフ報道官は13日、「非常に
重要な会談だった。この数年間、モスクワとワシントンの間ではハイレベルでの接触がな
かった」と述べ、電話会談が行われたことの意義を強調しました。

その上で、「アメリカの前の政権は、戦争を継続させるためには何でもしなければならない
という考えだったが、現在の政権は、戦争を終わらせ、平和を勝ち取るためにあらゆるこ
とをしなければならないという考えだ。われわれは現在の政権の立場に共感している」と
述べ、トランプ政権との交渉に期待を示しました(注2)。

ロシア侵攻下のウクライナの停戦と米ロ関係の再構築を巡る米ロ高官協議が18日、サウ
ジアラビアの首都リヤドで行われました。

米国務省の発表によると、米ロ双方は高官級で構成する代表団をそれぞれ立ち上げ、ウク
ライナでの紛争終結に向けて協議することで合意。経済・投資分野などで、紛争後の協力
の基盤を構築することも確認した。

また、双方の在外公館の業務正常化に向けて、懸案に対処する協議メカニズムを設置する
ことで一致。国務省のブルース報道官は「重要な一歩を踏み出した」と高官協議の意義を
強調した。

今月24日で侵攻開始から丸3年。最大の対ウクライナ支援国である米国がついにロシア
と直接交渉に乗り出しました。

ルビオ国務長官は「公正で永続的、持続的で全ての当事者が受け入れることのできる形」
でウクライナ紛争を終わらせることが目標だと語った。

米側からルビオ国務長官、ウォルツ大統領補佐官(国家安全保障担当)、ウィトコフ中東
担当特使が出席。ロシア側はラブロフ外相、ウシャコフ氏が代表で、対米交渉のキーマン
とされるロシア直接投資基金のドミトリエフ総裁も同行しました。

しかし、当事国であるウクライナは今回の協議に招待されず、ゼレンスキーは「ウクライ
ナ抜きでのいかなる合意も認めない」と猛反発しました。

他のヨーロッパ諸国も頭越しの交渉を懸念しており、17日に公開されたドイツ公共放送
のインタビューでゼレンスキーは「米国はプーチン氏に気に入られようとしている」と異
例の批判を展開しました(注3)。

こうした反応にトランプはゼレンスキーを激しく口撃しました。すなわち、トランプは2月
19日、ゼレンスキーについて「選挙の実施を拒否し、ウクライナの世論調査では支持率は
とても低い」と決めつけたうえで「選挙のない独裁者」と強く批判しました。

また、ゼレンスキーを「そこそこ成功したコメディアン」と呼び、「アメリカに3500億
ドルを費やすよう説得し、勝てない戦争、始める必要のなかった戦争に突入させた」などと
主張しています(注4)。

さらにトランプは21日、ゼレンスキーを「交渉カード」がなく、「会議に出席する価値」
がないとの認識を示しました。

しかしプーチンについてトランプは、「もし彼が望めば」ウクライナ全土を奪取できると
警鐘を鳴らしました。

トランプはFOXニュースラジオのインタビューで、司会者から戦争の責任はロシアにあ
るのではないかと追及され、「私は何年も見てきた。彼(ゼレンスキー)がカードなしで交
渉する様子を。とにかくうんざりする。もう十分だ」と述べた

そのうえでゼレンスキー氏についてトランプは、「彼は3年間会議に出ているが、何一つ実
現されていない。正直なところ、彼が会議に出る価値がそれほどあるとは思えない」と言及。
「彼のせいで取引が非常に難しくなる。だが彼の国を見てほしい。壊滅状態だ」と指摘しま
した。

トランプはまた、プーチン氏が「もし望めば」ウクライナ全土を奪取可能だとも述べ、ゼレ
ンスキー氏は3年前に侵攻したロシアとの取引に向けて動くべきだと付け加えました。

トランプはバイデン前米大統領とゼレンスキーの両氏に矛先を向け、両氏が妥協に向けて十
分な取り組みをしていれば、ロシアによる2022年のウクライナ侵攻は回避できた可能性
があると批判しました。

「プーチン氏を簡単に説得できた可能性もあるが、彼らは話し方というものが分かっていな
かった」とトランプ氏は指摘し、自分は「プーチン氏を実態より良い人、優れた人に仕立て
上げようとしているわけではない」としつつ、戦争は決して起こるべきではなかったと言い
添えました(注5)。

トランプ氏が、なぜ、“そこまで言うか”と言いたくなるほどゼレンスキーを徹底的に見下し、
ある意味でバカにするのか理解に苦しみます。

考えられる理由の一つは、トランプ氏が政的とみなすバイデン前大統領が終始ウクライナ支
援に力を入れていたので、それを全否定しようとしているのかも知れません。

一方、これほどまでにトランプ氏に貶められながらもはっきりと反論もできず、トランプに
必死で取りすがらざるを得ないゼレンスキー氏の苦悩は想像を絶するものがあります。

ここまでのわずか2週間ほどの間にも、上に述べたように、主としてトランプ側からのメッ
セージや、米ロの動きがありました。

ただし私たちが目にするニュースは、アメリカやヨーロッパの西側諸国の側から発せられた
もので、トランプ及びトランプ側の意向についてはある程度分かりますが、大国のもう一つ
の相手国ロシアのプーチン氏の本音や戦略についてあまり分かっていません。

このため、ウクライナ戦争の行く末について、現段階では全体的な見通しが描きにくい状況
にあります。

いずれにしても、現在は大国が動き始めて1か月足らずしか経っていない第一幕が始まった
ばかりです。第一幕ではトランプの言動と野望が前面に出ていますが、その陰でプーチン
はじっと自らの野望を着々と進めているような気がします。

トランプ氏は4月中には何とか、自分が仲介者となって、自分の力でウクライナとロシア
との停戦合意に持ち込むことを考えているようです。

これから第二幕が開き、1か月半ほどの間に何かが起こることは確実ですが、それは果たし
て停戦に結びつくのかどうなのか、今では想像できません。

次回は、トランプ氏だけでなくプーチン氏にも注目し、これまでウクライナを支援してきた
ヨーロッパ諸国(特にNATO加盟国)、そして中国の動きや、厳しい状況の中で、ゼレンス
キーとウクライナはどのように生き残りを模索してゆくのかを検証します。



(注1)『産経新聞』(電子版)(2025/2/15 16:51 https://www.sankei.com/article/20250215- L4FKO3EEYNJIHKNQ4WHQ54SQKU/
    『Reuter』(2025年2月16日午後 3:18 GMT+9     https://jp.reuters.com/world/ukraine/JCERV6PVX5INFHIDGUFAKU77ZQ-2025-02-16/
    『Reuter』(2025年2月19日 2025年2月20日1:58 GMT+9) https://jp.reuters.com/world/ukraine/M6QAYVSNSVPWFMNKNEW7RMLP6I-2025-02-19/
(注2)NHK NEWSWEB 2025年2月14日 4時53分 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250213/k10014720721000.html
(注3)『JIJI.COM』 2025年02月19日09時48分https://www.jiji.com/jc/article?k=2025021801053&g=int#goog_rewarded
(注4)『YAHOO NEWS』 2/20(木) 17:55 https://news.yahoo.co.jp/articles/5995e34786ad4889ea4cbf346eb550da8ca2d3cb
(注5)CNN 2025.02.22 Sat posted at 09:22 JST https://www.cnn.co.jp/usa/35229710.html

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石破―トランプ会談(2)―「共同声明」で語ったこと、語らなかったこと―

2025-02-18 10:41:10 | 国際問題
石破―トランプ会談(2)―「共同声明」で語ったこと、語らなかったこと―

首脳会談が行われた後には、通常「共同声明」が発表されます。それは、首脳同士が直接
会って話し合うわけですから、何の意味もなく、成果もなかったというわけにはゆかない
からです。

ただ、その時々の事情によって、緊急で重大な事態が発生しているか、特にそのような事
態がないかによって、内容が大きくかわることは言うまでもありません。

そして、「共同声明」というのは、実際にはその場で突然発表されるわけではなく、外務省
(米国は国務相)の実務担当者が事前に綿密な検討を重ねて作り上げて発表します。

今回の石破―トランプ会談の占め括りとして発表された「共同声明」も、こうして準備さ
れたものです。

とはいっても、もちろん国際情勢は常に変化しているので、それに対応して新たに付け加
えられたり、詳しく書かれたりあるいは削られたりすることはあります。

たとえば、2024年4月10日に発表された岸田―バイデン会談の「共同声明」は、記述の内
容が非常に具体的で、分量も、ざっと今回の「共同宣言」の三倍ほどもあります(注1)。

また、2024年の「共同声明」には「未来のためのグローバル・パートナー」というタイト
ルが付されていますが、2025年の「共同声明」には、タイトルはありません。

「共同声明」のタイトルは、その基本的な精神や主題が表されているので、今回の首脳会
談は、どちらかと言えば「顔合わせ」的な性格が強かったと思われます。

これは主に、石破政権がまだ発足したばかりで、これまでの実績に基づいて声明に盛り込
む、というよりは、とにかく双方にとって「当たり障りのない」内容に仕上げた、という
配慮を反映している印象です(注2)。

今年の「日米共同宣言」は大きく3つのパートから成っています(外務省の区分による)。

まず、冒頭で、
    本日、石破茂内閣総理大臣とドナルド・J・トランプ大統領は、ワシントンDC
    で最初 の公式会談を行い、自由で開かれたインド太平洋を堅持するとともに、
    暴力の続く混乱した世界に平和と繁栄をもたらす、日米関係の新たな黄金時代を
    追求する決意を確認した。
と、型通りの日米関係の意義を謳っています・

続いてその中身を3つのカテゴリーに分けて説明しています(外務省の区分による)。

第一のカテゴリーは「平和のための日米協力」で、
    両首脳は、日米安全保障条約の下での二国間の安全保障・防衛協力が、かつてな
    いほど強固になっていくことへの共通の願望を表明し、日米同盟が、インド太平
    洋及びそれを超えた地域の平和、安全及び繁栄の礎であり続けることを強調した。
    日本は、日本の防衛力の抜本的強化への揺るぎないコミットメントを改めて表明
    し、米国はこれを歓迎した。
と、安全保障面での協力が強調されています。

ここでは、「2015年の平和安全法制により一層可能となり、日米同盟の抑止力と対処力
を強化している」ことに触れていますが、これは2015年の安倍政権下で集団的自衛権の
行使を可能とする「新安保法制」を指すものと思われます。

このカテゴリーでは沖縄の米軍基地の堅持が確認され、また日本が最もこだわった、尖閣諸
島ついて、
    両首脳は、日米安全保障条約第5条が尖閣諸島に適用されることを改めて確認し、
    尖閣諸島に対する日本の長きにわたり、かつ、平穏な施政を損なおうとするあらゆ
    る行為への強い反対を改めて表明した。
という文言が明記されています。

尖閣諸島の問題は、オバマ政権時にも日本がアメリカから何としても確約を取っておきたい
項目でした。ただし、アメリカは尖閣諸島が日米安全保障条約第5条の適用対象であること
は認めていますが、その領有権については別の問題だとして一貫して言及を避けてきました。

まして、有事にアメリカの軍隊が戦闘に参加することは一切約束していません。

第二のカテゴリーは「成長を繁栄をもたらす日米協力」で、
    日米は、互いの国において最大規模の海外直接投資と質の高い雇用を創出している。
    両国の産業は、相互のサプライチェーンにおいて極めて重要な役割を果たし続ける。
    経済パートナーシップを新たな次元に引き上げるため、両首脳は、二国間のビジネ
    ス機会の促進並びに二国間の投資及び雇用の大幅な増加、産業基盤の強化及びAI、
    量子コンピューティング、先端半導体といった重要技術開発において世界を牽引す
    るための協力、経済的威圧への対抗及び強靭性構築のための取組の強化
が述べられています。

このカテゴリーに何か特別な意味があるというより、ごく一般的な日米の経済協力が必要で
あることをのべているだけですが、今回新たにエネルギーに関する事項が二つ加わりました。

    両首脳は、米国の低廉で信頼できるエネルギー及び天然資源を解き放ち、双方に利
    の ある形で、米国から日本への液化天然ガス輸出を増加することにより、エネルギ
    ー安全保障を強化する意図を発表した。両首脳はまた、重要鉱物のサプライチェー
    ンの多角化 並びに先進的な小型モジュール炉及びその他の革新炉に係る技術の開発
    及び導入に関 する協力の取組を歓迎した。

つまり一つは、アメリカ産の液化天然ガスを日本がこれまで以上に輸入することです。この
問題はアラスカの天然ガス開発のための技術協力を含んでいて、「共同記者会見」でもトラン
プ氏からアメリカの要望として出されていました。

二つは、「先進的な小型モジュール」(原子力発電装置)の技術猟力で、これが「共同宣言」
に加えられてことで、日本は原発を推進して行くことを公約したことになります。

第三のカテゴリーは、「インド太平洋地域における日米連携」です。

    両首脳は、厳しく複雑な安全保障環境に関する情勢認識を共有し、自由で開かれた
    インド太平洋の実現に向け、絶え間なく協力していく決意を表明した。そうした協
    力の一 環として、両首脳は、日米豪印(クアッド)、日米韓、日米豪、日米比とい
    った多層的で 共同歩調のとれた協力を推進する意図を有する。

ここまでは、岸田―バイデン会談の「共同声明」でも詳しく述べられていますが、そこでは
「インド太平洋地域の安全」に関して、特定の国名を示していませんでしたが、今回の「共
同声明」では
    両首脳は、中国による東シナ海における力又は威圧によるあらゆる現状変更の試み
    へ の強い反対の意を改めて表明した。両首脳は、南シナ海における中国による不法
    な海洋権益に関する主張、埋立地形の軍事化及び威嚇的で挑発的な活動に対する強
    い反対を改めて確認した。
と、中国を名指しで批判しています。このため、「共同声明」が発表されると、すぐに中国当
局から抗議のメッセージが発せられました。

また、
    両首脳は、国際社会の安全と繁栄に不可欠な要素である台湾海峡の平和と安定を維
    持 することの重要性を強調した。両首脳は、両岸問題の平和的解決を促し、力又は
    威圧に よるあらゆる一方的な現状変更の試みに反対した。また、両首脳は、国際機
    関への台湾の意味ある参加への支持を表明した。
という点についても、中国は台湾問題への言及は内政干渉である、と早速反発しています。

さらに最近では、日本政府はパスポートの国籍欄に「台湾」という表記を認めると発表しま
した。これについても、日本は公式には台湾を含めた「一つの中国」だけを認めているので、
中国政府は日本政府に直ちに非難と抗議の声明を出しました。

日本は台湾問題に関して、従来の立場を一歩深入りして、はっきりと中国の力による併合に
反対することを内外に表明したことになります。

いわゆる「台湾有事」となれば、日本にとって他人事では済まされませんが、かといって、
日本はアメリカに同調して中国の動きを批判することは中国を刺激し、今後日中の対立関係
を深めてしまう懸念があります。

石破首相と石破内閣は、アメリカへの同調と中国批判に前のめりになっていますが、そこか
ら生じるさまざまな問題にどのように向かい合ってゆくのでしょうか。難しいかじ取りが必
要とされます。

私が心配している「さまざまな問題」の一つは、日本が「グローバルサウス」や「ブリック
ス」参加国の信頼を失うのではないか、という点です。

というのも、これらの国は、アメリカやロシア・中国などの大国のいずれか一方に加担する
ことを拒否しているからです。

以上が、今回の石破―トランプ会談の「共同声明」に盛り込まれた内容ですが、実は、前年
の岸田―バイデン会談の際に出された「共同声明」で言及され、今回の「共同声明」では触
れられなかった問題がいくつかあります。それらを列挙しておきます。

1 「宇宙における新たなフロンティアの開拓」
2 「イノベーション、経済安全保障及び気候変動対策の主導」
3 日米両国は、現実的かつ実践的なアプローチを通じて、「核兵器のない世界」を実現す
  ることを決意していること
4 グローバルな外交及び開発における連携
5 ロシアのウクライナに対する残酷な侵略戦争に反対
6 2023年、10月7日のハマス等によるテロ攻撃を改めて断固として非難し、自国及び自国
  民を守るイスラエルの権利を改めて確認する。同時に、我々はガザ地区の危機的な人道状
  況に深い懸念を表明する。

以上の6点が、今回の「共同声明」では語られなかった重要な項目ですが、そこには単に石破
―トランプ会談が初めてであるという事情の他に、今回はバイデン政権からトランプ政権に移
行したことにより、背景が変わってしまったという事情がありそうです。

たとえば、上記2の気候変動に関して、バイデン氏は環境問題を強く意識していましたが、ト
ランプ氏は、全く無視しています。

3の「核兵器のない世界」についてバイデン氏は熱心でしたが、トランプ氏はこの問題に言及
したことはありません。

また、2024年の「共同声明」時には日本でG7広島サミットが開催されて、岸田首相がホスト
となって広島の原爆記念館を案内したという事情があって、核兵器の問題が「共同声明」に組
み込まれたものと思われます。

しかし、石破新政権は「核の拡大抑止」というコンセプトでむしろ核兵器の有効性を積極的に
認める方向に舵を切っています。この点でも、私は不安を感じます。

4について、トランプ氏はかつてのように、グローバルな外交を展開する方針から手を引いて、
二国間の「取引」(ディール)に持ち込んで、アメリカの利益を追求する方向に転換しました。
いわゆる「アメリカ・ファースト」です。

他方でトランプ氏は「世界保健機構」(WHO)や環境問題の国際的取り決めの「パリ協定」か
らの離脱、世界の貧困国や地域に対す「米国際開発局(USAID)への拠出廃止、など国際
的な繋がり次々と断ち切っています。

こうした事情もあって、前回の「グローバルな外交」については触れられなかったのでしょう。
この点はアメリカの意向が反映されていると思われます。

5の「ロシアによるウクライナへの侵攻」について、バイデン政権時にはアメリカは金銭的に
も武器の面でもウクライナを積極的に支援していましたし、日本もロシアの非難とウクライナ
への経済的・外交的な支援をしていました。

しかし、トランプ氏はむしろロシア寄りの停戦を画策している現状で、本来ならこの重要な国
際問題について昨年と同様、ロシア非難、ウクライナ支援が今回の「共同声明」で触れるべき
重要事項ですが全く触れられていません。ここにも、トランプ政権に意向が働いていると思わ
れます。

以上、今回の「共同声明」と昨年の「共同声明」と比較しつつ検討しましたが、全体を通して
石破政権はアメリカへの一体化と同調をさらに強めてゆく姿勢が見られます。

このことが日本にとってどのような影響を与えるかを注目してい行きたいと思います。




(注1)2024年4月10日の「日米共同声明」の全文(日本語 外務省版)は、
    https://www.mofa.go.jp/files/100652148.pdfで見ることができます。そして、この
    「共同声明」に関して、筆者はこのブログの2024年4月23,24日、5月7日)の3回
    にわたって検討しています。
(注2)石破―トランプ会談の「日米共同声明」の全文(日本語 外務省版)は
    https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100791692.pdf で見ることができます。





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第二期トランプ政権発足(2)ー就任演説を読み解く―

2025-01-28 19:49:09 | 国際問題
第二期トランプ政権発足(2)―就任演説を読み解く―


1月20日の就任演説は、歴代の大統領や要人にたいする型通りの挨拶の後、トランプ
新大統領は、「そして国民の皆さん、米国の黄金時代がいま始まる。・・・私は非常
に明快に米国を第一に据える。」と宣言しました。

ここまでは予めトランプ氏が繰り返し言ってきたことなので、とくに新鮮味はありま
せんでしたが、続く言葉はほとんどがバイデン政権に対するかなり露骨な批判(とい
より攻撃―括弧内は筆者注 以下も同じ)でした。

すなわち、「われわれの主権と安全は回復される。正義の均衡は取り戻される。悪意
があり、暴力的かつ不公正な司法省と政府の武器化は終わる」と続く。

これは主として司法省について、2020年大統領選の結果に異議を唱えたトランプ氏
をバイデン政権時に起訴しようとしたこと、そして数々の法的な訴追を指していると
思われます。

また、「今日、政府は信頼の危機に直面している。(というのも)、長年にわたり急
進的で腐敗した既得権益層は、市民から権力と富を搾取してきた。社会の支柱は破壊
され、完全に荒廃したように見える」からだ、と、バイデン政権を非難します。

これ以後、自画自賛というか、自己アピールバイデン政権への批判とを交互に語る。

すなわち、「国家的成功のわくわくするような新時代の幕開けにいるという確信と楽
観と共に大統領職に復帰する。変化の波が国中を席巻している。陽光が全世界に注が
れ、米国にはかつてないほどこの機会を捉えるチャンスがある」と、まず自己アピー
ルします。

しかし、「(前バイデン政権の)政府は国内の単純な危機さえ管理できず・・・刑務
所や精神科病院から抜けだし、世界中から米国に不法入国した危険な犯罪者に保護と
聖域を与えている」とバイデンをこえでもか、とこき下ろします。

しかも、「(バイデン政権の)政府は外国の国境を守るために際限なく資金を投じな
がら、米国の国境とさらに重要な自国民を守ろうとしなかった」。ここで”外国の国
境”とはウクライナを指し、ロシアとの戦争に巻き込まれたことを意味します。

一方、「国内では何か月も前に起きたハリケーンで大きな被害を受けた人たちに基本
的なサービスを提供できていない」。

直近では、火災が続くロサンゼルスにおいて数週間前から続いていている山火事で多
くの住宅やコミュニティーが消失しているが、火災の収束の兆候さえない。

このようなことが起きてはならないのに、誰も何もすることができない。しかし(私
が大統領になったからには)「それは変わるだろう」と、自己アピールする。

われわれの公衆衛生システムには世界のどの国よりも多くの金が費やされているが、
災害時に何もできない。というのも、「われわれの公衆衛生システムには世界のどの国
よりも多くの金が費やされているが、(前バイデン政権では)何もできない。

アメリカが抱えている問題は多くあるが、
    私の当選は、これら(バイデン政権による)全ての恐ろしい裏切りを完全かつ
    全面的にひっくり返し、人々に信 仰と富、民主主義、そして自由を返すため
    の(国民の)負託だ。この瞬間から、アメリカの衰退は終わる。われわれの自
    由とわが国の輝かしい運命がもう否定されることはなく、直ちに米国政府の誠
    実さ、競争力、忠誠心を回復する。

と、自分を礼賛し、この大事業を成し遂げることが使命で、その力を神が与えてくれた、
と訴える。
    われわれの大義を阻止しようと望む人々は、私の自由、そして実際に命を奪お
    うとした。
    ほんの数カ月前、美しいペンシルベニアの地で、暗殺者の弾丸が私の耳を貫通
    した。しかし、私の命が救われたのには理由があったのだとその時感じた。今
    ではその確信を強めている。私はアメリカを再び偉大にするために神に救われ
    た。

トランプ氏は、あらゆる人種、宗教、肌の色、信条の市民に再び希望と繁栄、安全、平
和をもたらすために目的意識とスピードをもって行動する、というのだ。

トランプ氏は、大統領選の勝利が示すように、「老若男女やアフリカ系、ヒスパニック系、
アジア系の米国人・・・などほぼ全ての社会の構成者からの支援が劇的に増加している」、
と述べていますが、こうした非白人の支援については、選挙での投票したという文脈だけ
で、それ以外には言及さえありません。

こうした自画自賛に続いて、演説は今後大統領令に署名する政策目標を挙げてゆきます。

第1に(以下の番号は筆者が付した)、南部国境における国家非常事態を宣言する。すべて
の不法入国は直ちに止まり、何百万もの犯罪的外国人を出身地に戻すプロセスを開始する。
わが国に対する破滅的な侵略を撃退するために軍隊を南部国境に派遣する。

この不法入国の阻止という従来から公言してきた目的の他に、外国のギャングや犯罪ネッ
トワークを駆逐する、という理由も付け加えています。

第2に、膨大な過剰支出とエネルギー価格の高騰によってインフレ危機が引き起こされた。
だからこそ今日、国家エネルギー緊急事態を宣言する。

「米国はどの国よりも大量の石油と天然ガスを持っている。それを活用して国内の石油価
格を引き下げ、米国のエネルギーを世界中に輸出する。米国は再び豊かな国になる。「掘っ
て 掘って掘りまくれ!」と、煽ります。

第3に、本日をもって、脱炭素を目指す「グリーン・ニューディール」政策を終わらせる。
電気自動車の普及策を撤回し、自動車産業を救い、偉大な自動車産業労働者に対する私の神
聖な誓いを守る。これにより再び米国で自動車を製造するだろう。

この点は、電気自動車テスラの所有者でもあるイーロン・マスク氏との対立の種になる可能
性もある。

第4に、米国の労働者とその家族を保護するため、貿易システム(具体的には関税政策)の
修復を直ちに開始する。それは、他国を豊かにするためにわれわれの国民に課税していたが、
米国民を豊かにするために外国に関税を課すことだ」。

この目的のため、「全ての関税および歳入を徴収する外国歳入庁を設立する。外国から巨額
の金が国庫に流れ込むことになる。アメリカンドリームはまもなく復活し、かつてないほど
栄えるだろう」。

ここには、単純な誤りがあります。というのも、関税はアメリカに輸出している外国の企業
が払うのではなく、米国内の輸入企業がはらうから「外国から巨額の金が国庫に流れ込む」
ことはありません。

しかも、輸入業者は増大した関税を販売価格に上乗せするから、米国内の輸入品価格が上昇し、
インフレを誘発し国民の生活を圧迫することになります。

第5に、政府の能力と有効性を回復するため、新しい政府効率化省を設立して、行政費用をカ
ットする。これは二人体制で、その一人がイーロン・マスク氏です。

第6に、連邦政府は長年にわたり、違法かつ違憲に表現の自由を制限しようとしてきたが、政
府のあらゆる検閲を直ちに停止し、米国に言論の自由を取り戻すための大統領令に署名する。

この背景には、かつてトランプ氏のSNSアカウントが削除されたことに対する反発、ツイッ
ター社を買収したイーロン・マスク氏らの、表現の自由への制限の撤廃を主張する人たちの意
向を反映していると思われます。

第7に、私(トランプ氏)は人種とジェンダーを公私生活のあらゆる側面へ社会的に持ち込も
うとする(バイデン)政府の政策も終わらせる。今日から性別は男女の二つのみとする、と述
べました。

性別(ジェンダー)は男と女だけとは、LGPTやトランスジェンダー、同性愛など性の多様
なあり方を否定するものです。

就任式会場の連邦議会議事堂に集まった大勢から熱狂的な反響を呼んだ。近くのスポーツ競技場
に集まった支持者らからも、激しい歓声が上がりました。こうした反応は、トランプ氏を支持す
る人たちの社会文化的な背景を表しています。

第8に、これからすぐに、メキシコ湾の名称をアメリカ湾に変更し、偉大な大統領ウィリアム・
マッキンリーの名前を復活させ、(デナリ山の名称を)マッキンリー山に戻す。

第9に、中国がパナマ運河を運営しているが、「われわれは中国ではなくパナマに運河を与えたの
だ。米国は運河を取り返す」。

第10に、「アメリカは再び、自国を成長している国だと考えるようになるだろう」、そしてアメリ
カの富を増やし、「私たちの領土」を拡大すると誓いました(後述参照)。

最後に、未来はわれわれのものであり、黄金時代は始まったばかりだ。「米国に神のご加護を。あ
りがとう」、という定形の言葉で締めくくっています。

以上が、演説で語られたことです。しかし、大統領選中からも公言していた世界全体に影響を及
ぼす重要な問題でありながら、就任演説では直接に触れられなかった事項がありました。

たとえば、気候変動に対処するための国際的枠組、通称「パリ協定」からの離脱には直接触れま
せんでしたが、就任演説のその日に大統領令にサインし、その瞬間に正式に離脱しました。

また「世界保健機関」(WHO)からの離脱も口にしていましたが、これについては、もしアメリ
カの拠出金が中国と同程度に減らすことができれば、今後も加盟国として留まる、と述べました。

これも、トランプ流の「ディール」(取引)の一つなのでしょう。

個別的な問題になりますが、就任前には中国製品への輸入関税は60%、メキシコとカナダから
の輸入品には25%の関税を課すと公言していましたが演説では触れませんでした。

しかし就任式後に、トランプ氏は中国からの輸入関税を10%にすると、トーンダウンし、カナ
ダとメキシコからの輸入関税25%については2月1日に決定すると発言しています。

もし、後者が実施されると、メキシコの工場で生産された日本車のアメリカへの輸出は大打撃を
うけることになります。

なお、中国企業が配信するTiK Tokの米国での配信を禁止する法律が通っていましたが、就任演
説ではこの法律の執行を猶予するとしています。これも、将来のディールの対象なのでしょう。

就任前には、ビットコインなどの暗号資産(仮想通貨)の振興策が重要施策に採用する、と語っ
ていましたが、これについては演説で言及されませんでした(注1)。

私が心配しているのはトランプ氏の領土的野心です。演説では露骨な表現はせず、「アメリカは
再び、自国を成長している国だと考えるようになるだろう」とトランプ氏は言い、アメリカの富
を増やし、「私たちの領土」を拡大すると誓いました。

この最後の部分について事前に、重要水路のパナマ運河を中国が運営していると、根拠のない主
張を展開し、パナマ運河を取り戻すと公言していました。

また、デンマーク自治領であるグリーンランドをアメリカに売り渡せ、など領土的な野心がむき
出しにしていました。その際、関税を武器に脅しをかける一方、軍事的な武力の行使もないわけ
ではない、というような表現で脅していました。

演説でこそ触れませんでしたが、トランプ氏はその後の執務室での記者団とのやりとりで、改め
てグリーンランドの所有と支配への意欲を示しました。

加えて、カナダをアメリカの51番目の州になったらどうだ、と発言していたことに、同盟諸国は
すでに懸念を抱いていましたが、トランプ氏がパナマ運河とグリーンランドへの言及を聞いて、一
層懸念を強めたのではないでしょうか。

『東京新聞』(2025年1月22日)は、こうしたアメリカの姿勢を、「自国優先の圧力外交」「他国主権
軽視 摩擦いとわず」との見出し記事で非難しています。

私も全く同感です。トランプ氏はおそらく日本に関税と防衛費増額の圧力をかけてくるでしょう。
その時政府は腰砕けにならず、しっかりと日本の主権と国益を守る姿勢を貫くべきです。

(注1)『JIJI COM』 (2025年01月23日18時30分 https://www.jiji.com/jc/v8?id=202501trumpceremony&utm_
    source=piano&utm_medium=email&utm_campaign=8697&pnespid=p7aakI1Jv6bP.reyrRGgv_
    cH7hIKr3NpmwJ2BUQrqxyV.E0nnPcTm6ofTCV3c86lDx
(注2)BBC NEWS  (2025年1月21日 https://www.bbc.com/japanese/articles/c5yerl2003lo

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第二期トランプ政権発足(1)―トランプにすり寄るIT幹部たちの「へたれぶり」―

2025-01-23 20:27:08 | 国際問題
第二期トランプ政権発足(1)
―トランプにすり寄るIT幹部たちの「ヘタレぶり」―


ドナルド・トランプ政権が現地時間1月20日正午(日本時間21日午前2時)に第47代
アメリカ大統領に正式に発足しました。

就任式前日19日の凱旋集会でトランプ氏は支持者を前に、

    4年間もの長期にわたる米国の衰退の幕が閉じられる。アメリカの強さ、繁栄、尊厳、 誇りに満ちた新たな
    時代がはじまる。

と、自信たっぷりに語りかけました。

トランプ氏は、“バイデン政権の4年間は、アメリカが衰退に沈んだ4年間であった”、と前政権を全面的に批判し、自分
が政権についたことで、新たな時代が始まると宣言しました。

その新たな時代についてトランプ氏は、翌日20日の就任式でのスピーチで、

    この日からこの国は再び繁栄を手に 世界中から尊敬を受けるようになる
    他の国の利益に応えるのはこれ以上ゆるさない
    私は政権を取り戻した後は アメリカ第一主義を取り戻す

と宣言しました。

就任式でのスピーチは30分にも及び、ここでその全文を紹介する余裕はありませんので、次回以降に譲ることにしま
す(注1)。

ところで、今回の就任式は異例づくめでした。まず、連邦議事堂という建物の中で就任式を行うのは、1985年1月にロ
ナルド・レーガンが大統領になって以来40年ぶりでした。これは、当日の気温がマイナス10度にもなるとの予測が出
ていたからでした。

つぎに、イタリアのメローニ首相やアルゼンチンのミレイ大統領ら、トランプ氏との関係が良好な右派の首脳も臨席し
たことです。

米大統領の就任式には各国の駐米大使が出席するのが慣例ですが、今回はその慣例を破って複数の首脳や外相らも招待
を受けて出席しました。日本からは岩屋外相が、中国からは韓正(ハンチョン)・国家副主席も出席していました。

また、米国のSNSなどでは、トランプ氏が宣誓の際に左手を聖書の上に置かなかったことが話題となりました。歴代大
統領は宣誓時に右手を挙げ、左手を聖書の上に置くのが慣例で、トランプ自身も1期目の宣誓ではこの慣例に従っていま
した。

トランプ氏が今回用意したのは、リンカーン元大統領が19世紀に使用した聖書と、子供の頃に母親から贈られた聖書の
2冊。いずれもトランプ氏のそばに立ったメラニア夫人が持ったままでした。

SNSではトランプ氏の信心深さを疑問視する声や、単なるミスだと推測する声などが挙がりましたが、気分が高揚して
単純に忘れてしまった可能性がないわけではありません。

アメリカでは就任の宣誓というのは、神に向かって自分の決意を述べるとともに、「神の御加護」を乞う非常に厳粛な
行為であり、就任式の一つのハイライトでもあるのです。

形式的には、これによって、政治的にも宗教的にも正式に大統領として認められたことになるのです。実際、トランプ
氏は一期目の就任にさいしては、左手を聖書の上に置いて宣誓しています。

ところで、就任式が行われたのは議事堂の大広間、「ロタンダ」でおこなわれたのですが、この部屋の収容人数は800
人ほどしかありません。

この限られた人数の中には、メラニア夫人らトランプファミリーや新政権の閣僚、トランプ氏に近い各国首脳らが出席
しました。

異彩を放っていたのが、トランプ氏の後方でファミリーなどが並ぶ「特等席」に米IT企業大手のトップたちが座ってい
たことでした。

IT大手トップたちの中でトランプ氏と近い席に座っていたのは、X(旧ツイッター)などを率いる実業家のイーロン・マ
スク氏(右端)。その近くにグーグルのスンダー・ピチャイ最高経営責任者(CEO 右から2人目)、アマゾン・コム創業
者のジェフ・ベゾス氏(右から3人目)、メタのマーク・ザッカーバーグCEO(左端)でした(以下の写真)。

     就任式に「特等席」に居並ぶIT幹部たち
     
     出典 (注2)


実に、彼らが座っていたのは、閣僚の席より同氏との距離が近く、新政権における厚遇ぶりが明確に示されました。

米議会紙『ヒル』は、これらIT大手がトランプ氏陣営に巨額の献金を行ったことが「特等席に座る理由だ」と伝えてい
ます。

中国系動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」の周受資CEOも、少し離れた席で出席していました。

トランプ氏は第1期政権時も今回の選挙運動中も、ティックトックを売却するよう要請するなど、厳しい立場をとって
いました。

しかし、今回の大統領選では若者世代に声を届けるための手段として活用していたこともあって、この要請は先伸ば
しすることにしました。

柔軟といえば柔軟ですが、いかにもトランプらしい「露骨なご都合主義」であることは否定できません(注2)。

トランプ氏にすり寄るビッグ・テック大富豪の中でも、イーロン・マスク氏は突出していて、大統領選の選挙運動中
に日本円で112億円という途方もない献金をしています。おそらくその対価・報酬(?)として「政府効率化省」
のトップという要職と権力を与えられました。

イーロン・マスク氏は、最初にトランプに「抱きついた男」でした。これを契機に、各国の首脳や要人が、我先にト
ランプへの「抱き着き合戦」に奔走するようになりました。

トランプ氏の大統領就任式の基金には、イーロン・マスク氏の他に、グーグルやマイクロソフト、アマゾン、メタな
どのビッグ・テックがそれぞれ100万ドル(日本円で1億5000万円ほど)を寄付し、IT・テック業界全体では
310億円相当に上ります。

TikTokもその例に漏れません。トランプ氏は一期目の時にTikTokに対して米国事業の売却を要求しようとしたが、億
万長者のTikTok投資家ジェフ・ヤス氏が最大の寄付者の一人になったことで考え、それを先延ばしすることを決めま
した。

マスク氏は就任式の後のイベントではしゃぎまくっていました。まさに彼にとって「怖いものなし」の「我が世の春」
を爆発させているようでした。

マスク氏は、宇宙開発を目指すスペースXのオーナーでもあり、トランプ政権に取り入って国家的な補助を期待して
いると思われます。

ほかのビッグ・テックのトップたちも大統領就任式に先立ち、権力に媚びる動きを見せていました。

メタのCEOマーク・ザッカーバーグ氏は2021年、トランプ氏が前回の大統領選での敗北を認めず、支持者らによって
連邦議会が襲撃された際、偽情報拡散防止のためトランプ氏をフェイスブックとインスタグラムから排除しました。

しかし今年の1月7日に突如ファクトチェックを廃止すると発表しました。これは、明らかにトランプ氏と、今や一体
となって行動しているマスク氏が主張する、通信や言論に対する規制緩和にザッカーバーグ氏が迎合したことを意味
します。

昨年の大統領選の際には、アマゾンの創業者で有力紙『ワシントン・ポスト』オーナーのジェフ・ベゾス氏は、昨年
の大統領選では同紙編集委員会によるカマラ・ハリス氏への支持をきめていたのに、それを取り下げています。

トランプ氏が大統領選に勝利した後は、ビッグ・テックのトップらは こぞってフロリダ州にあるトランプ氏の別荘
に“トランプ詣で”に出向きました(注3)。

ついでに付言しておくと、就任式の朝、トランプ夫妻が教会のミサに赴くと、そこには娘のイバンカ氏をはじめトラ
ンプファミリーがすでに参列していたが、なんと、上記のビッグ・テックのトップがトランプ氏を迎えるかのように
まっていたのです。

こうした、彼らの見え見えのトランプへの媚・へつらいに対して、楠 佳那子氏(フリー テレビ・ディレクター)は
「トランプ大統領にすり寄るテック大富豪、あきれる『ヘタレぶり』の理由は?規制強化の欧州にNATOすら人質に
共闘か」という鋭い論考を寄稿しています。

楠氏は、ジェフ・ベゾス氏とザッカーバーグ氏に焦点をあてて、アメリカのテック企業のトップのトランプ氏に媚を
売る「ヘタレぶり」を痛烈に批判し、なぜそのような行動をとったのかを明らかにしています。

まずベゾス氏ですが、年明け早々にトランプ氏への起こった、風刺画掲載拒否問題です。年明け早々に物議を醸した
1枚の風刺画がある。ふくよかな下腹部をさらしたトランプ氏を思わせる銅像を前に、数名の男がひざまずき、嬉々
として金を差し出す様を描いたものだ。男の一人は、アマゾン創業者で米『ワシントン・ポスト紙』オーナーでもあ
るジェフ・ベゾス氏(61)だ。

    図 ベゾスと思われる男がトランプ氏に金を差している
    
出典 CNN Japan (2025.01.05 Sun posted at 17:00 JST 
    https://www.cnn.co.jp/showbiz/35227839.htmlhttps://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1502705)

この作品を手掛けたのは、当時ポスト紙の風刺漫画家でピュリツァー賞の受賞歴もあるアン・テルネス氏でした。彼女
はこの件をきっかけに『ワシントン・ポスト紙』を離れました。

ところでベゾス氏には、トランプにすり寄る事情がありました。実は、ベゾス氏は宇宙開発企業「ブルーオリジン」の
所有者でもあります。

報道によれば、ベゾス氏はテルネス氏の風刺画の掲載を拒否する決断が公表されたわずか数時間後、「ブルーオリジン」
の幹部がトランプ氏と会談していました。

「ブルーオリジン」は、トランプ氏の“ファースト・バディ(第一の相棒)”を自称するイーロン・マスク氏の宇宙開発企
業スペースXと競合関係にあり、連邦政府との契約をめぐって火花を散らしてきました。

この点でも、ベゾス氏は、先行されたイーロン・マスク氏に少しでも巻き返しができれば、と考えたに違いない。

さらにベゾス氏は2019年、国防総省とアマゾンの子会社が結ぶはずだった100億ドルの契約をトランプ氏の「私怨」に
よって反故(ほご)にされたと主張したこともある。

こうした苦い経験から、ベゾス氏は、どうしてもトランプ新大統領に取り入ろうとしたのだろう。

それでは、メタもアマゾン同様、大統領就任基金に100万ドルもの寄付をしています。メタのCEOザッカーバーグ氏
はなぜ、トランプへ媚を売るようになったのだろうか。

ザッカーバーグ氏は2020年、大統領選で選挙の運営支援を行うNPO(非営利団体)に4億ドルもの寄付をしました。ト
ランプ氏はこの寄付が当時の敗因の一つだとザッカーバーグ氏に繰り返し難癖をつけ、昨年出版した自著で、今回の大
統領選で同様の「違法行為」が行われれば、ザッカーバーグ氏を生涯投獄すると脅迫もしていた。

こうした脅迫の下で、ザッカーバーグ氏は、生き残るためにも大統領となったトランプ氏との関係修復をする必要があ
ったのです。

事実、ザッカーバーグ氏には刑務所暮らしを免れることとは別に、トランプ氏にすり寄らざるを得ないビジネス上の深
刻な事情もありました。

メタはヨーロッパにおけるデジタル市場法(DMA)違反の疑いで、5件の調査対象になっています。ザッカーバーグ氏
によれば、この20年でメタはEUから200億ドル以上もの罰金を科せられたという。

EUの法的・経済的圧力に対抗するため、ザッカーバーグはトランプ大統領が力を貸して”共闘“してくれることを期待
しているのです。

このように見てくると、富豪らによるトランプ大統領への寄付は、もはや「トランプ教」に入信することで自らの魂
(と会社)の救済を求めるお布施のようだ(注4)。

ここではベゾスとザッカーバーグだけを取り上げましたが、IT業界全体、あるいはほかの分野でも同様の事態が進
行していたと想像できます。

華やかなトランプ大統領就任の裏側では、ご都合主義と保身とが交錯する汚いディールが行われていたのです。

次回から、トランプ政権の発足により、アメリカ、世界、そして日本のはどのような影響をうけるのかを、多角的
に検討したいと思います。


(注1)就任式のスピーチの全文は、いくつかのメディアで掲載されています。たとえば、『東京新聞』(2025年1月22日)
(注2)(『産経新聞』(電子版)(2025/1/21 08:26 
    https://www.sankei.com/article/20250121-VZSBWQEMCBLVFMRT5XIMQ4HEOY/
(注3)『Yahoo ニュース』(2025 1/21(火) 7:07
    https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/27b881f8ca3ee8447de376324e7965a1a3c853de
(注4)『JBpress』(2025.1,22 https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/86118

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日本被団協 ノーベル平和賞受賞―田中氏のスピーチの意義―

2024-12-17 07:56:04 | 国際問題
日本被団協 ノーベル平和賞受賞―田中氏のスピーチの意義―

ノーベル平和賞の授賞式が日本時間の10日夜、ノルウェーの首都オスロで行われ、
被爆者の立場から核兵器の廃絶などを訴えてきた日本被団協=日本原水爆被害者団
体協議会にメダルと賞状が授与されました。

授賞式で演説を行った代表委員の田中熙巳さん(92)は「核兵器をなくしていく
ためにどうしたらいいか、世界中のみなさんで共に話し合い、求めていただきたい」
と訴えました。

私は、今回の平和賞受賞そののもが非常に意義深いものだと思いますが、授賞式での
田中さんのスピーチも同様に非常に意義深い内容だったと思います。

ノーベル平和賞の授賞式が日本時間の10日夜、ノルウェーの首都オスロで行われ、被
爆者の立場から核兵器の廃絶などを訴えてきた日本被団協にメダルと賞状が授与され
ました。

以下に、スピーチの内容の特に重要な部分を要約あるいは直接引用して、その意義を
考えてみたいと思います(注1)。

スピーチは謝辞のあと、被団協の設立の経緯と以下のように趣旨・目的を説明します。

    私たちは1956年8月に「原水爆被害者団体協議会」(日本被団協)を結成し
    ました。生 きながらえた原爆被害者は歴史上未曽有の非人道的な被害をふ
    たたび繰り返すことのないようにと、二つの基本要求を掲げて運動を展開し
    てまいりました。
    一つは、日本政府の「戦争の被害は国民が受忍しなければならない」との主
    張に抗い、原爆被害は戦争を開始し遂行した国によって償われなければなら
    ないという私たちの運動であります。二つは、核兵器は極めて非人道的な殺
    りく兵器であり人類とは共存させてはならない、すみやかに廃絶しなければ
    ならない、という運動であります。
    この運動は「核のタブー」の形成に大きな役割を果たしたことは間違いない
    でしょう。しかし今日、依然として12000発の核弾頭が地球上に存在し、
    4000発近くの核弾頭が即座に発射可能に配備がされているなかで、ウクライ
    ナ戦争における核超大国のロシアによる核の威嚇、また、パレスチナ自治区
    ガザ地区に対しイスラエルが執拗に攻撃を加える中で核兵器の使用を口にす
    る閣僚が現れるなど、市民の犠牲に加えて「核のタブー」が壊されようとし
    ていることに限りない悔しさと憤りを覚えます。

映像でみても、田中さんは92歳とは思えない張りのある力強い声で、明晰な論理で
とても説得力があり、私は深く感銘しました。

田中さんのスピーチは、日本への核兵器の使用だけでなく、現在進行中のウクライナ
戦争でのロシアによる核兵器使用の威嚇、イスラエルの閣僚による核兵器使用へ言及
するなど、現在、「核のタブー」が壊されつつあることに「悔しさ」と「憤り」を表明
しました。

つづいて田中さんは、自身の被爆体験を語ります。この部分は、これまで直接に聞く
ことができなかった世界の多くの人に、核兵器の使用がどれほど悲惨な被害を人々に
与えるかを具体的に伝える重要な

私は長崎原爆の被爆者の一人であります。13歳の時に爆心地から東に3キロ余り離れ
た自宅において被爆しました。1945年8月9日、爆撃機1機の爆音が突然聞こえるとま
もなく、真っ白な光で体が包まれました。

田中さん自身はこの時点では無傷で奇跡的に助かったのですが、

    長崎原爆の惨状をつぶさに見たのは3日後、爆心地帯に住んでいた二人の伯
    母の安否を尋ねるために訪れた時です。わたしと母は小高い山を迂回し、峠
    にたどり着き、眼下を見下ろして愕然としました。3キロ余り先の港まで、黒
    く焼き尽くされた廃墟が広がっていました。煉瓦造りの東洋一を誇った大き
    な教会・浦上天主堂は崩れ落ち、みるかげもありませんでした。
    麓に降りていく道筋の家はすべて焼け落ち、その周りに遺体が放置され、ある
    いは大けがや大やけどを負いながらなお生きている人々が、誰からの救援もな
    く放置されておりました。私はほとんど無感動となり、人間らしい心も閉ざし、
    ただひたすら目的地に向かうだけでありました。
    一人の伯母は爆心地から400mの自宅の焼け跡に大学生の孫とともに黒焦げの死
    体で転がっていました。もう一人の伯母の家は倒壊し、木材の山になっていまし
    た。祖父は全身大やけどで瀕死の状態でしゃがみこんでいました。伯母は大やけ
    どを負い私たちの着く直前に亡くなっていて、私たちの手で野原で荼毘にふしま
    した。ほとんど無傷だった伯父は救援を求めてその場を離れていましたが、救援
    先で倒れ、高熱で1週間ほどで苦しみ亡くなったそうです。

    一発の原子爆弾は私の身内5人を無残な姿に変え一挙に命を奪いました。その時目
    にした人々の死にざまは、人間の死とはとても言えないありさまでした。誰から
    の手当ても受けることなく苦しんでいる人々が何十人何百人といました。たとえ
    戦争といえどもこんな殺し方、こんな傷つけ方をしてはいけないと、私はそのと
    き、強く感じたものであります。

このブログを書いている私は、広島の原爆記念館を数回訪れたことはあり、原爆の悲惨さを
物や写真で見たことはありますが、正直にいうと、こうした実際の生々しい体験を聞くのは
初めてでした。

その年の末まで広島、長崎の死亡者の数は、広島14万人前後、長崎7万人前後とされています。
原爆を被爆しけがを負い、放射線に被ばくし生存していた人は40万人あまりといえます。

    生き残った被爆者たちは被爆後7年間、占領軍に沈黙を強いられました。さらに日本
    政府からも見放されました。被爆後の十年間、孤独と、病苦と生活苦、偏見と差別に
    耐え続けざるをえませんでした。

生き残った人たちは、占領軍により口外を禁じられ日本政府からも見放され、二重三重の苦悩
と苦痛を強いられました。

日本政府は、厚生大臣が原爆症と認定した疾病にかかった場合のみ、その医療費を支給すると
いうもので、これは社会保障であり国家補償はかたくなに拒んでいます。

1994年12月、「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律」が制定されました。

    しかし、何十万人という死者に対する補償はまったくなく、日本政府は一貫して国家
    補償を拒み、放射線被害に限定した対策のみを今日まで続けております。

この後で田中さんは草稿にはなかった言葉を発します

    もう一度繰り返します、原爆で亡くなった死者に対する償いは、日本政府はまったく
    していないという事実をお知りいただきたいというふうに思います。

ここは田中さんが特に強調したい点で、日本政府の無責任な姿勢を厳しく糾弾しています。ス
ピーチの後の取材にも、「国が補償することに、どんな意味があるかを感じてほしかった」と
強調しました。

そして、「なぜ、一貫して拒否するのか、戦争の時に亡くなる命はごみと同じなのか」と怒り
を隠しませんでした(『東京新聞』2024年12月12日)。

戦争被害の補償については重要な問題を含んでいるので後でもう一度検討したいと思います。

被団協はこれまで核兵器のすみやかな廃絶を求めてさまざまな活動を行ってきました。その重要
な成果の一つが、2017年7月7日に122か国の賛同をえて制定された「核兵器禁止条約」です。

この条約に関してスピーチでは、

    さて、核兵器の保有と使用を前提とする核抑止論ではなく、核兵器は一発たりとも持っ
    てはいけないというのが原爆被害者の心からの願いであります。想像してみてください。
    直ちに発射できる核弾頭が4000発もあるということを。広島や長崎で起こったことの数
    百倍、数千倍の被害が直ちに現出することがあるということ。みなさんがいつ被害者に
    なってもおかしくない、あるいは、加害者になるかもしれない状況がございます。ですか
    ら、核兵器をなくしていくためにどうしたらいいか、世界中のみなさんで共に話し合い、
    求めていただきたいと思うのであります。

と訴えました。そして最後に、

    原爆被害者の現在の平均年齢は85歳。10年先には直接の被爆体験者としての証言ができる
    のは数人になるかもしれない、との危機感から、私たちがやってきた運動を、次の世 代
    のみなさんが、工夫して築いていくことを期待しております。
    世界中のみなさん、「核兵器禁止条約」のさらなる普遍化と核兵器廃絶の国際条約の締結を
    目指し、核兵器の非人道性を感性で受け止めることのできるような原爆体験の証言の場を各
    国で開いてください。とりわけ、核兵器国とそれらの同盟国の市民の中にしっかりと核兵器
    は人類と共存できない、共存させてはならないという信念が根付くこと、自国の政府の核政
    策を変えさせる力になることを私たちは願っています。
    人類が核兵器で自滅することのないように!!そして、核兵器も戦争もない世界の人間社会
    を求めて共に頑張りましょう!!ありがとうございました。

と締めくくりました。

私は、今回の被団協の受賞と田中さんのスピーチはあらためて核兵器禁止への思いを世界に伝える上
で大きな意義があったと思います。

スピーチに関連して、日本政府が被爆者への補償を拒否し続けている問題について補足しておきます。

日本政府は表立っては明言していませんが、一貫して「受忍論」を堅持しています。「受忍論」とは、
戦争被害は国民が等しく我慢すべきだという考えで、被爆者が求める補償に対する厚い壁となってい
ます。

この問題にたいして水島朝穂・早稲田大学名誉教授は、国が始めた戦争なのに、被害を受けた民間人
への補償を政府が怠り続けてきたことを被団協は世界に知らしめたと評価し、

    被爆者ですらそんな粗末な扱いを受けてきたことは、世界に驚きをもって受け止まられたの
    ではないか。・・・受忍論は克服されねばならない(『東京新聞』2024年12月12日)。

と日本政府の対応を非難しています。筆者もまったく同感です。

今回の受賞式の会場には、広島、長崎、熊本から4人の制服姿の女子高校生平和大使も列席していま
した。その一人は「核のタブーを破った先には危険な未来しかない」と語りました。

また別の高校生は、「田中さんが演説で次世代による活動の継承に期待した」ことを受けて「私たちが
頼られている。被爆者の証言や思いを引き継がないと」と決意を述べました(『東京新聞』2024年12
月13日)。こうした高校生は一条の光です。

なお、上に言及した「核兵器禁止条約」に日本政府はアメリカに忖度して、オブザーバー参加さえして
いません。唯一の被爆国として恥ずかしいことです。

上に触れたように、日本被団協は「核兵器禁止条約」の“生みの親”でもあるのです。

日本政府はこれまで、核兵器が持つ抑止力(通称「核抑止力」)の有効性を認めてきており、アメリカの
「核の傘」の下で核兵器の安全性を確保する、という方針をとってきました。

だから、アメリカが反対している「核兵器禁止条約」には参加しない、と弁解してきました。しかし、同
じくアメリカの「核の傘」の下にあるドイツは、上記条約会議にはオブザーバー参加しています。

結局、日本政府は、少しでもアメリカの機嫌をそこねるかも知れない(実際はどうか分からないのに)こ
とに関しては、事前に忖度してアメリカと同一歩調を取っています。

その一方で、日本政府はこの問題が持ち上がるたびに、核保有国と非保有国との橋渡しをする、との言い
訳をしてきましたが、実際、そんな努力はしてきませんでした。

今回の被団協の平和賞受賞は、一方で世界に「核なき世界」を作ろう、というアピールであり、他方で、
唯一の被爆国である日本政府がこの問題に後ろ向きであることへの痛烈な批判ともなりました。

今回は、主に日本社会および日本政府に向けられたメッセージに着目しましたが、もちろん、これは世界
の核兵器保有国全体に向けられえいることは言うまでもありません。



(注1)スピーチの全文は『東京新聞』2024年112月12日、あるいは同日他紙でも見ることができますし、
    NHK WEB(2024年12月11日 15時56分)
    https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241211/k10014664891000.htmlでも読むことができます。

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被団協 ノーベル平和賞受賞の意義

2024-10-15 13:33:05 | 国際問題
被団協 ノーベル平和賞受賞の意義

本年10月11日、ノルウェーのノーベル賞委員会は2024年のノーベル平和賞を「日本
原水爆被害者団体協議会」(以下「被団協」と略す)に受容すると発表しました。

日本の個人や団体への平和賞は、非核三原則で、1947年に受賞した佐藤栄作元首相
に次いで2例目です。

ノーベル委員会はこれまでも、核軍縮・不拡散の取り組みを後押ししてきた。2009
年に「核なき世界」を訴えた米国のオバマ大統領(当時)に、17年には核兵器廃絶
国際キャンペーン(ICAN)に平和賞が贈られた。

今回の受賞について上記委員会は、「核兵器が二度と使用されてはならないことを証
言を通じて示した」こと、「国連や平和会議に代表団を派遣し続け」「核軍縮の差し迫
った必要性を世界に訴えてきた」ことなど、「核兵器のない世界の実相に向けた努力」
を評価したのです。

そして、「肉体的苦しみやつらい記憶を、平和への希望を育むことに生かした全ての
被爆者に敬意を表したい」と、被爆者と核廃絶に努力してきたすべての人に敬意を表
明しました。

被団協は、太平洋戦争で米国が広島と長崎に投下した原爆によって被害を受けた被爆
者たちの全国組織で、1956年に、長崎市で開かれた第二回原水爆禁止世界大会の中で
結成されました。

以後、被団協は「再び被爆者をつくるな」世界に向かっては「ノーモア・ヒバクシャ」
を合言葉に、被爆の実相を世界で証言し、「核なき世界」の実現を目ざして核廃絶運動
の先頭に立ってきました。

発表の中継をモニターなどで見ていた広島県原爆被害団体協議会の箕牧智之理事長(82)
はその瞬間、椅子から浮き上がるように驚いた様子でした。そして、涙を浮かべて喜び、
信じられないという風に自分のほっぺたをつねっていました。

しかし箕牧氏をはじめ被団協は、ノーベル賞受賞を喜びながらも、「被爆者への国家補償
と核廃絶を求めてきたが政府は背を向けてきた。受賞が政府を変える力になれば」とも苦
言を呈しています
その背景には、石破新首相は総裁選の際に、アメリカの核兵器を日本で運用する、いわゆ
る「核共有」を認める発言をしているからです(『東京新聞』)2024年10月12日)。

受賞の発表から一夜明けた10月12日、被団協は東京都内で記者会見を開きました。その
席で代表の田中熙巳さんは、石破首相が総裁選で「核共有」に言及現したことに対して「論
外。政治のトップが必要だと言っていること自体が怒り心頭」と強い言葉で非難しています
(『東京新聞』2024年10月13日)。

今回、ノーベル賞委員会が、被団協を選んだ背景は幾つか考えられます。

切迫した問題としては、ウクライナや中東で続く戦闘が収束の気配を見せないどころか、世
界の指導者が核の実戦使用をも辞さない発言を繰り返すことへの危機感と苛立ちあります。

ロシア―ウクライナ戦争において、プーチン大統領は、今年3月にメディアのインタビュー
で、「(戦術核も含め)すべての兵器を使う用意ができている」と述べ、「核の3本柱(大陸間
弾道ミサイル、潜水艦、戦略爆撃機)を持つのは我々と米国だけだが、ロシアの方が近代的
だ」とまで述べて、核使用への可能性を示唆しました(注1)。

また、ロシアのプーチン大統領は9月には核ドクトリンの改定案を示すなど、核兵器使用のハ
ードルを下げています。

中東ではイスラエルの閣僚が2023年11月5日、パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム
組織ハマスとの戦闘をめぐり、核使用も選択肢の一つ、と発言して物議をかもしました(注1)

最近ではガザだけでなく、レバノンを拠点とする武装組織ヒズボラや、そのヒズボラやハマス
を支援する地域大国イランも巻き込み、悪化の一途をたどっています。

核保有国とされるイスラエルと核開発を続けるイランが対立する構図は変わっておらず、不測
の事態に対する懸念は高まっています。

言葉としては出てきませんが、おそらく、北朝鮮による核開発も委員会の考慮の中にはあった
と思われます。

こした背景説明の中で、私は篠田航一氏が『毎日新聞』Web 版に寄稿したコメントが非常に
重要だと思います。

フリードネス委員長は、被爆者は「理解できないほどの痛みや苦悩」(incomprehensible pain 
and suffering)を受けたと述べた。戦後79年が経過した今、その苦痛を理解しようとする想
像力の欠如に対し、委員会は強く警鐘を鳴らした格好だ(注1)と同じ。

篠田氏は、世界は次第に核兵器を使用した場合、どんなことが起こるかを想像できなくなり、
ただ軍事的な効果だけを考えがちになっている、このことが本当の危機なのだ、ということを
言いたいのだと思います。

つまり、想像力の欠如こそが核兵器使用への危険性を増大していることの本質的な問題なのです。

ノーベル委員会も、「被爆者は、筆舌に尽くしがたいものを描写し、考えられないようなことに
思いをいたし、核兵器によって引き起こされた理解が及ばない(想像できないくらいの――筆者
注)痛み、苦しみを理解する一助となった」としています。

そのうえで、「ノーベルのビジョンの核心は、献身的な個人が変化をもたらすことができるとい
う信念。肉体的苦痛やつらい記憶にもかかわらず、平和への希望、関与をはぐくむために役立て
ることを選んだすべての被爆者をたたえたい」といたわっています

同時に、「今日、核兵器の使用に対する『タブー』が圧力を受けていることは憂慮すべきである」
と懸念も示しました(注3)。

ヒバクシャは自分たちが受けている悲惨な体験を通して核兵器を使用した場合の悲惨な実相を生
の声で語りかけ、その他さまざまな方法と機会をとらえて68年もの長きにわたってアピールし
てきました。

ノーベル賞委員会は、こうした事情を考慮してノーベル平和賞の授与を決めたのだと思います。

ところで、今回の受賞はどのような意義を持つのかを考えてみましょう。以下に、三人の識者の
見解を紹介します。

まず長崎大核兵器廃絶研究センターの中村桂子准教授は受賞の意義を、

    今回の授賞決定は、世界中の全ての人々、とりわけ各国のリーダーに対し、被爆体験を
    人間の言葉として語ってきた被爆者の功績と今を生きる被爆者の声に、耳を傾けるよう
    訴えている。
    私たち一人一人が核兵器使用のリスクが高まっている危機的状況を認識し、被爆者の声
    に改めて耳を傾け、核兵器がいったい人類に何をもたらすのかということを人道面から
    見つめ直すことが重要だ。
としています。

中村准教授は、とりわけ日本政府は、「日本は唯一の戦争被爆国」と言いながら、現実の政策で
は核兵器の価値に重きを置き、核兵器禁止条約にも参加していないこと、日本政府は本当の意味
で、被爆者の訴えに真摯(しんし)に向き合ってこなかった点を強調しています。

すでに冒頭で書いたように、被団協は今でも日本政府はアメリカの核兵器に依存しており、今
回の授賞決定は、核兵器に依存するという考え方に対して真っ向から疑問を突きつけています。
 
つぎに廣瀬陽子・慶応大教授は、特にウクライナ戦争との関係で、ロシアの戦況が不利になった
場合、核の使用の危険が高まることを指摘しています。

そこで、廣瀬氏は今回の受賞をきっかけに、国際社会は改めて核兵器の脅威を思い出してほしい、
と訴えます。

廣瀬教授は広島・長崎の悲惨な記憶が薄れていることを危惧して、核兵器が使われたことが人類
の歴史における「負の遺産」であるということを、政治的対立を超えて世界が再認識すべきだと
指摘します。

最後に、秋山信将・一橋大教授によれば、今回の授賞が決まったポイントは三つあるという。

一つは、ウクライナや中東で核兵器使用の懸念が高まる中、核兵器の不使用、核兵器の非人道性
を訴えてきた日本被団協が評価されたことは、ノーベル賞委員会からの核兵器の危機の緊急性を
訴える重要なシグナルと言える。

同委員会は授賞の理由に「核のタブー」という規範を被団協が確立したことを挙げています。つ
まり、被団協の地道な活動で規範を作ってきたことが評価されたのです。

秋山教授はその際、被害者の声で、核兵器が非人道的だということを確立したことは意義がある、
と指摘しています。

二つ目は、被団協が原爆被害者の人権回復や救済にも取り組んできたことです。戦争被害者の救
済の重要性を確認する意味でも重要なメッセージになると思われます。

三つ目は、被団協のメンバーが高齢化する中で、これからも核兵器の記憶を継承し、核兵器が使
われないようにするという規範を普遍化する必要性をあきらかにしたことだ。

核兵器使用の蓋然(がいぜん)性、可能性の懸念は高まっている今日、授賞をきっかけに核保有
国が直ちに大きく政策を変更することはないかもしれない。しかし、秋山教授は市民や社会など
から発せられる核兵器禁止の声が勢いを増すことに意義があるという。

以上、被団協の喜びと政府に対する厳しい批判、ノーベル賞委員会の見解、被団協受賞の背景、
そして日本人三人による、受賞の意義を紹介しました。

以下に、私自身の見解を述べたいと思います。

まず、何よりも、これまで必ずしも好意的ばかりではなかった核廃絶の運動を長い間続けてこら
れた被団協の皆様、関係者の皆様に、ノーベル平和賞受賞、本当におめでとうございます。

実際に被爆した人々の生の声は、どれだけ分厚い文章をもって訴えるよりも真実味・迫力・説得
力があります。

核兵器の問題では2017年に「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)が受賞していたの
で、被団協としてはもう受賞はないかなと思っていたという(『東京新聞』2024年10月12日)。

それでも、ノーベル賞委員会が今回、核兵器廃絶と世界平和を訴え続けてきた被団協に平和賞を
授与したのには、中東とウクライナにおける戦争・紛争が世界平和を乱し、しかも核兵器が使用
される差し迫った状況があったためだと思われます。

つまり、ノーベル賞委員会は、被団協に平和賞を授与したことで、差し迫った核兵器使用をなん
としても食い止めたいという意図を世界に向かって示したと言えます。

さて、私が問題にしたいのは日本政府の立場と対応です。

確かに、被団協のノーベル平和賞受賞にたいして石破首相も岸田前首相も被団協への祝意の電話
はしたようですが、彼らは被団協が目指す核廃絶とは程遠いところにいます。

日本政府はこれまで核兵器禁止条約の締約国になるどころか締約国会議にオブザーバー参加する
ことさえ拒否してきました。

岸田前首相は、この問題が持ち上がるたびに、日本は核保有国と非保有国との橋渡しをする、と
いうだけで実際には何の具体的なアクションを起こしていませんでした。

これは、日本がアメリカの核の傘の下に入っているので、核兵禁止条約には踏み込めないという
従来の言い訳を繰り返すばかりです。

また石破首相に至っては、アメリカの核兵器を日本で運用できる「核共有」にまで踏み込んでい
ます。これでは、被団協への祝意も、全く真実味のない形式的な言葉だけの空しい祝意になって
しまいます。

それでは、今回の受賞は日本にとってどんな意義があるのでしょうか。私は、ICAN国際運営
委員でNGO「ピースボート」共同代表の川崎哲氏の「日本は唯一の戦争被爆国であり、核兵器
廃絶に向けて世界を主導する役割を担わなければならない」という言葉に尽きると思います。

結論を言えば、日本にとって今回の受賞の意義は、政府も国民一人一人が、唯一の被爆国として
核兵器廃絶結論をいへの自覚・覚悟、そして行動の必要性を改めて思い起させた点にあると思い
ます。


(注1)毎日新聞2024/10/11 20:46(最終更新 10/12 08:27)
https://mainichi.jp/articles/20241011/k00/00m/040/298000c
(注2)Reuters (023年11月6日)     https://jp.reuters.com/world/us/IJOQCLLVTRI75JONNJ5L52N6H4-2023-11-06/
(注3)『朝日新聞』電子版(2024年10月11日 18時01分、23時36分更新)
https://digital.asahi.com/articles/ASSB83HC3SB8UHBI035M.html?linkType=article&id =ASSB83HC3SB8UHBI035M&ref=kokusaiweekly_mail_20241014
(注4)毎日新聞2024/10/11 21:19(最終更新 10/11 23:01)有料記事1991文字
https://mainichi.jp/articles/20241011/k00/00m/040/315000c


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広島・長崎の平和祈念式典と「ダブル・スタンダード」―分断・後味の悪さ・混乱―

2024-08-13 08:15:14 | 国際問題
広島・長崎の平和祈念式典と「ダブル・スタンダード」
―分断・後味の悪さ・混乱―

今年も、広島と長崎に原爆が投下された8月6日と9日に79年目の平和祈念式典が行われました。

しかし、今年の祈念式典にはこれまでにない違和感と後味の悪さが残りました。

広島、長崎両市はこれまで、日本に大使館のある全ての国の駐日大使らに式典への招待状を送っ
てきました。

しかし2023年10月以降、パレスチナ自治区ガザ地区への攻撃を続けるイスラエルを巡り、広島市
と長崎市とでは対応が異なりました。

広島市の松井市長は当初、ロシアを招待する方向で検討していたが、(メディアの表現では)外務
省と「協議」し、「ロシアと(同盟国の)ベラルーシを招くと式典の運営に支障が出る恐れがある」
として両国の招待を見送った、という

ここで、広島市が主催する祈念式典に外務省と「協議」したこと自体、違和感を覚えますが、その
結果、イスラエルは招待し、ロシアとベラルーシとパレスチナを最終的に招待しないことを決定し
ました。

広島市によれば、パレスチナを招待しないのは日本政府が国家として承認していないからだという。
しかし広島市は、ロシアとベラルーシを招くと式典の運営にどのような「支障」が出る恐れがある
のかを明らかにしていません。

わざわざ外務省の役人が広島に出向いて「協議」したのは、ロシアとベラルーシを招待しないよう
にという、外務省側の意向を伝え、おそらく圧力をかけるためだったと、私は推測します。

しかも、今回の祈念式典をめぐる全体の構図をみると、広島市は独自に「ロシア・ベラルーシ=悪」、
「イスラエル=善」という図式を何らかの合理的な根拠に基づいてというより、親イスラエルのアメ
リカへの忖度から排除したものと思われます。

広島市長=広島市側は、どうやら今年の春ごろには、ロシア・ベラルーシ排除の方針を固めたようで
す。

広島市は5月の市議会で「(ロシアが)ウクライナ侵攻に関し事実に反する主張をすることなどで誤
ったメッセージが発信され、式典本来の目的が達成できない恐れがある」が、「イスラエルについては
「そのような可能性はないと考えている」と説明してきました。

ただここで、「ウクライナ侵攻に関して事実に反する主張をすることなどで誤ったメッセージが発信
され」とありますが、それは具体的に何を指すのか市長は明らかではありません。

しかし、もしそうだとしたら、イスラエルによるガザでの殺戮行為とういう厳然たる事実があるにも
かかわらずイスラエルを招待することこそ、世界にイスラエルの殺戮を認め正当化する、という「誤
ったメッセージ」を発信することにならないだろうか?

いずれにしても、明確な根拠も示さずに「イスラエルについてはそのような可能性はない」と断定す
ることに国際社会で納得が得られるだろうか?

このように広島市側の言い分には矛盾があり、ロシア・ベラルーシを排除し、イスラエルを招待する
という結論が最初にあって、その矛盾を無理やり理屈にならない理屈で押し通したという印象を受け
ます。

広島市側のあいまいさや矛盾を生み出した理由として考えられるのは、外務省と広島市のアメリカに
対する忖度です。

この市議会の決定に対して駐日パレスチナ常駐総代表部のワリード・シアム大使は毎日新聞の取材に
「イスラエルを招待したことは恥ずべきだ」と非難し、日本の被爆者団体などは「ダブルスタンダー
ド(二重基準)ではないか」と批判しました。これについては後に再び触れます。

広島市によると、イスラエルを招待したことについて手紙やメールなどで約3200件の意見が寄せ
られ、その大半が批判的なものだったという(注1)。

これこそが、一般市民の正常な反応だと思います。というのも、原爆の直接に被害にあった広島市民
としては、記念式典は紛争や対立を超えて世界が一体となって核兵器の廃絶と平和を訴える大切な機
会だからです。

今回の広島市の対応では、むしろ世界の分断をますます先鋭化し深めることになってしまいます。

私個人としては、この祈念式典の趣旨は核兵器の廃絶と平和の達成を訴えることで、核兵器を保有す
るイスラエルもロシアも招待し、原爆の悲惨さをじっくりと見てもらうことが最善だと思います。もし、
どうしてもそれができないなら、両国とも招待しない方法をとるべきです。

広島市の松井市長とはどんな考えをもった人物なのかしりませんでしたが、前文科省事務次官の前川喜
平氏が参考になる事実を新聞で書いています。

松井市長は毎年の新規採用職員研修で戦前の「教育勅語」を引用してきたそうです。このこと自体、彼
の保守的な姿勢を表すだけですが、昨年、市の平和学習教材から、原爆の悲惨さを描いた『はだしのゲ
ン』からの引用を削除したことは、平和祈念式典の意義そのものにかかわる重要な問題です(『東京新聞』
2024年8月12日 「本音のコラム」)。

松井市長と広島市が、原爆(核兵器)の悲惨さを訴えた名作としてずっと語り継がれてきた『はだしのゲ
ン』を、どのような理由で削除したのか聞きたいものです。

長崎市は、イスラエルとロシアへの招待にかんして広島市とは異なった対応をしました。

すなわち、長崎市は7月末、「式典で不測の事態が発生するリスクへの懸念がある」として、8月9日の平和
祈念式典にロシア・ベラルーシとイスラエルを招待しないと発表し、実際に招待状を出していませんでし
た。

長崎市の平和祈念式典をめぐっては、7月19日付けで、平和祈念式典への招待を受けたG7=主要7か国のう
ち、日本を除くアメリカやイギリスなど6か国とEU=ヨーロッパ連合の駐日大使らが連名で懸念を示す書簡
を鈴木市長に書簡を送り、駐日大使らの参加見合わせを表明しています。

とりわけイスラエルを招待しないことに関して強硬に反対したのはアメリカでした。アメリカ大使館による
と、エマニュエル大使は長崎市の鈴木市長宛てに8月6日に書簡を送り、イスラエルを式典に招待しなかった
のは政治的な決定だとしたうえで、そのために自身は欠席を余儀なくされたと伝えたと言うことです。

こうした中、鈴木市長は8月8日、報道陣の取材に応じ「決して政治的な理由で招待していないわけではなく、
平穏かつ厳粛な雰囲気のもとで式典を円滑に実施したいという理由だ。苦渋の決断ではあったが、そういう
考えで決定した。判断に変更はない」と述べ、市の立場を改めて説明し、理解を求めました。

また、大使らの参加見合わせを表明している各国について「残念だが、来年以降参加いただければと思う。
今回に限らず、長崎にとっても日本全体にとっても大切な国々なので、われわれの真意が正しく理解いただ
けるように、必要に応じてあらゆる機会を捉えてお話しできればと思う」と述べました(注2)。

この経緯からわかるように、鈴木長崎市長は、アメリカをはじめ欧米からの圧力に屈することなく、毅然と
して自らの考えを通したと言えます。

さらに日本人からすれば、日本に原爆を使ったのはアメリカで、そのアメリカがイスラエルを招待しないこ
とに強く介入することは、核兵器の非絶を目指す記念式典の意義を無視しているとしか思えません。

ひょっとすると、この背景にはエマニュエル米大使の出自が関係しているのかもしれません。すなわち、彼
のフルネームはラーム・イスラエル・エマニュエル(Rahm Israel Emanuel)で、「イスラエル」というミド
ル・ネームをもつ、ユダヤ系アメリカ人です。彼の父はイスラエルのエルサレム出身で、前はイスラエル右
翼民兵組織「イルグン」のメンバーでした(Wikipedia)。こうした背景がが、イスラエルを招待しないことに
強く反発したのかも知れません。

ここで、先ほど触れた「二重基準」(ダブルスタンダード)について補足説明をしておきます。

日本を除くG7とUE代表が鈴木市長に送った書簡は、もし「イスラエルを式典に招かれていないとロシア
やベラルーシのような国と同列に扱うことになり、不幸で誤解を招く」などと懸念を示しています。

同列に扱うべきでないとする理由について、フランス大使館はNHKの取材に対して「中東での状況は、主権
国家に対するロシアの侵略戦争と比較することはできない。イスラエルは去年10月7日のテロ攻撃の被害国だ。
われわれはイスラエルが自国を防衛する権利を支持する」とコメントし、ウクライナに軍事侵攻しているロシ
アと、イスラム組織ハマスによる大規模な奇襲攻撃を受けて戦闘を続けているイスラエルを区別する姿勢を強
調しました(注3)。

しかし、ここには重大な事実の歪曲があります。アメリカとそれに追随するヨーロッパ諸国は、去年の10月7
日の事件をもって、イスラエルが被害国であると主張しています。

しかし、実はイスラエルによるパレスチナ自治区(ガザとヨルダン川西岸)への”国国境”を越えての攻撃は何
十年も続いていており、昨年の10月の出来事はそのなかのごく一部の出来事にすぎません。

従って10月7日のテロ攻撃が全ての事の発端であるとはいえません。しかも、たとえ現在のガザの住民に対す
るイスラエルの攻撃が「自国を防衛する権利」(生存権)に基づくとしても、その殺戮の甚大さは「生存権」
の範囲をはるかに超えている、との認識がG7以外の国際社会の共通認識です。

ハマスの撲滅を口実に行われた攻撃で、これまでに亡くなったガザの民間人の総死者数は発表されているだけ
で3万5000人(実際にこの数倍といわれています)ほどですが、とりわけ子供の死者数の多さは異常です。

ガザ地区の支援を担っているUNRWA=国連パレスチナ難民救済事業機関のラザリーニ事務局長はガザ地区で亡
くなった子どもの数が、ことし2月までの4か月間で、2022年までの4年間に世界の紛争地で亡くなった子どもの
犠牲者数を上回ったと明らかにしました(注4)。

この現実を前にして国連は、イスラエルを「子どもの権利を著しく侵害した国」のひとつに新たに指定したこと
を明らかにしました。これに対してイスラエルは、「イスラエル軍は世界で最も道徳的な軍隊だ」などと強く反
発しています(注5)。

私たちは、ガザで殺されていく子供の実態を映像で見てきましたが、このイスラエルの言い分を本当に認め、子
供の殺戮は正当だ、と公然と言えるでしょうか?

国連にはアメリカもその他のG7諸国も参加しており、その国連の場でイスラエルをこのように指定しているに
も関わらず、イスラエルの行為は「自衛権」の範囲で侵略でもなく、虐殺でもない正当なもの、だからロシアと
イスラエルを同列に扱うのは不当だ、と言い張ることが、「二重基準」なのです。

現在では軍事力においても経済力においても飛びぬけて強大なアメリカが国際社会のなかで圧倒的に大きな影響
力をもっており、正面切ってアメリカに異を唱えることが難しい状況にあります。

アメリカにとってイスラエルは自分たちが作り上げた国家であり、何が何でも守らなければならない、との考え
が底流にあり、そのことが多少無理やりにでもイスラエルに関しては「二重基準」を持ち出します。

イスラエルによるガザでの民間人の大量殺戮だけでなく、パレスチナ自治区「ヨルダン川西岸」でのイスラエル人
の入植という実質的な領土の浸食をしていること(力による現状の変更)、今年4月にはシリアにあるイランの領事
館を空爆し将官7人を殺害したこと、イランの首都テヘランでハマスの最高指導者ハニヤ氏を精密誘導弾で殺害した
ことなど、明らかな国際法違反、あるいはその可能性が極めて高いにたいしても、アメリカはイランの自制を求め
るだけでイスラエルを非難することはありませんでした。

湯崎英彦広島県知事は祈念式典で
    強い者が勝つ。弱い者は踏みにじられる。現代では、矢尻や刀ではなく、男も女も子どもも老人も銃弾で
    打ち抜かれミサイルで粉々にされる
と述べました。

湯崎知事が何を念頭においてこのような発言をしたのか分かりませんが、パレスチナ問題で言えば、イスラエルと
それを武器と資金で支援するアメリカは圧倒的に「強い者」で、パレスチナは「弱い者」であることは明らかです。

欧米を中心とする「二重基準」の問題は、今回のパリ・オリンピックの際に、ロシア・ベラルーシは参加できなか
ったのに、イスラエルが何の問題もなく参加していたことにも現れており、私は強い違和感を持ちました。

ところで、アメリカの二重基準の問題は日本政府にとっても他人事ではありません。長崎市がイスラエルを招待し
なかったことに関連して、8月9日の長崎市での記者会見で、政府が長崎市と米側の間に立って調整を図るべきだっ
たのでは、との質問に対して岸田首相は「市の主催行事で、外交団の出席を含め政府としてコメントする立場にな
い」と明確な返答を逃げています。

林芳正官房長官も川上陽子外相もほとんど同じことを答えています(『東京新聞』 2024年8月10日)。

日本は、ロシアとウクライナの問題に関しては、ウクライナ側に立つことを鮮明にしていますが、イスラエルとパレ
スチナの対立に関しては、一応、アメリカに追従する姿勢を見せつつ、態度を鮮明にせず、「あいまい戦略」を続け
ています。

広島市は「二重基準」批判などを受け、被爆80年を迎える25年は招待方法を再検討するとしています。国際社会の
分断が深まる中、犠牲者を追悼し、核廃絶と平和のメッセージを発信する場であり続けるために、市の姿勢が問われ
ています(注6)。いずれ、態度を鮮明にしなければならないでしょう。


(注1)『毎日新聞』電子版 2024/8/6 20:16(最終更新 8/6 20:20)https://mainichi.jp/articles/20240806/k00/00m/040/310000c
(注2)NHK MEWS(電子版) 2024年8月8日 22時15分
    https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240808/k10014541441000.html
(注3)(注2)と同じ。
(注4)NHK NEWS WEB 2024年3月13日 18時24分 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240313/k10014389491000.html
(注5)『日経新聞』電子版(2024年6月14日 12:36) https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB143JA0U4A610C2000000/
『TBS NEWS DIG 』 2024年6月8日(土) 12:07 https://newsdig.tbs.co.jp/articles/- /1219475?display=1
    NHK NEWS WEB(2024年6月14日 11時39分)  https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240614/k10014480711000.html
(注6)(注1)と同じ。





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アメリカ大統領選第二幕―カマラ・ハリス氏の登場で選挙は振り出しに―

2024-08-06 04:36:40 | 国際問題
アメリカ大統領選第二幕
―カマラ・ハリス氏の登場で選挙は振り出しに―

このブログの前々回の記事(7月23日に掲載)は、「2024年アメリカ大統領選 ―トランプ氏
のクリスチャン・ナショナリズムとバイデンの誤算―」と題して、アメリカ大統領選において、
民主党の大統領候補としてバイデン現大統領が撤退したところまでの経緯について書きました。

上記記事の最後に私は、民主党は大統領候補に元検察官で現副大統領のカマラ・ハリス氏(59)
を立てるべきだと書きました。

規定では8月19~21日の民主党党大会で決まるが、現在までに民主党代議員の多くがすでに
ハリス氏支持を表明しており、加えてハリス氏は7月26日、最も待ち望んでいたオバマ元大統領
の支持も取り付け、これで彼女が大統領候補に選ばれることは、事実上確実となりました。

トランプ氏前大統領(78)は、バイデン降ろしのきっかけになった6月27日の討論会で勝利へ
の自信を深め、7月13日の暗殺未遂事件で世論を味方に付けました。

この時、トランプ氏には神がついているとの言説はトランプ氏支持者に一層の支持を強める効果
がありました。そして、7月15~18日に開かれた共和党全国党大会で、トランプ氏の高揚感は頂
点に達しました。

全国党大会の翌週初めには、ラストベルト(さびついた工業地帯)出身の若き副大統領候補J.D.
バンス氏(39)が、故郷に錦を飾るオハイオ州での単独選挙集会に臨み、トランプ氏陣営は「圧
勝」に向けて突き進むはずでした。

しかし、戦況は一変したのです。

ここに不倫の口止め料をめぐって業務記録を改ざんした罪に問われた裁判で、有罪の評決が下さ
れ重罪犯のトランプ氏と元検察官ハリス氏の「対決の構図は、トランプ氏にとって不利だ」(ス
ペンサー氏)。

バイデン大統領が、民主党の候補としてハリス氏を推薦した22日、その日のうちに89万人によ
る8100万ドル(127億円)がハリス氏陣営に寄付され、1週間足らずで、2億ドル(約308億円)
という記録的な資金調達を達成した(7月28日付プレスリリース)。そのうち、66%が、これま
で寄付をしたことがない人々によるものだという。つまり、草の根の支援です。

これはハリス氏陣営にとっては非常に重要な変化で、これまで必ずしも積極的な民主党支持者で
なかった人、あるいは投票しないと考えていた人たちが、新たにハリス氏支持に動いたことを意
味している。

くわえて、ハリス氏は、「史上最も労働者寄りの大統領」バイデン氏の後継者として、米労働総同
盟・産業別組合会議(AFL-CIO)やサービス従業員労働組合(SEIU)など、多くの労働組合の支
持も取り付けました。

さらに、ハリス氏は7月24日、銃暴力の撲滅を目指す学生らが立ち上げた米団体「March for Our
Lives(私たちの命を守るためのマーチ)」から、同団体初の政治的支持を獲得している。これは
バイデン大統領にもできなかったことです。


これまでトランプ氏陣営は、高齢のバイデンなら、言葉に詰まったり言い間違えなど、次期大統
領として大丈夫だろうか、という不安を強調することで選挙戦を有利に戦えると、たかをくくっ
ていましたが、日に日に高まるハリス氏旋風に、新たに戦略を立て直す必要にせまられました。

バイデンの撤退とハリス氏の登板に「不意打ちを食らった」というのが、大方の見方で、米アト
ランティック誌は、記者のティム・アルバータ氏による、次のようなタイトルの記事(7月21日
付)を掲載しました。

「This Is Exactly What the Trump Team Feared: A campaign that had been optimized to
beat Joe Biden must now be reinvented.(トランプ氏陣営が恐れていたことは、まさにこれだ
――打倒ジョー・バイデンに向けて最適化された選挙戦は今、見直しを迫られている)。

まさしく、不意打ちに慌てふためいている、というのがトランプ陣営の実態でしょう(注1)。

大統領候補(推定)として初めて臨んだ激戦州ウィスコンシン州の選挙集会でハリス氏は、
    どんな国に住みたい? 自由と思いやり、法の支配の国? カオス(混沌)とフィア
    (恐怖)、ヘイト(憎しみ)の国?」「戦う以上、私たちは勝つ!」

と、トランプ氏に挑戦状を突きつけました(注2)。

こんな中でトランプ氏は7月31日、イリノイ州シカゴで開かれた全米黒人ジャーナリスト協
会の会合に出席した席上、トランプ氏は記者の質問に答える形で、ハリス氏に関して「(以前
は)インド人ということだけをアピールしていた。数年前に黒人になるまで、黒人だというこ
とを知らなかった」「今は黒人として見られたがっている」とも語り、これは選挙目的だとの
持論を展開しました。

さらに彼は「私はリンカーン大統領以来、黒人にとって最高の大統領だった」と強調したが、
記者とのやりとりに不機嫌そうな態度を取り続け、途中で退席してしまいました。この時の映
像は、アメリカはもとより、日本でもさまざまなテレビ局で放送されました。

トランプ氏がこの会合に出席したのは、黒人票を獲得するためでしたが、結果的に自ら墓穴を
掘る結果となってしまいました。

民主党系若手ストラテジスト、サム・スペンサー氏が複数の共和党関係者から聞いた話では、
共和党はハリス氏のマイナス面にのみ目を向け、大統領候補になりうる人物とはみなしていな
かったという。

ハリス氏が選挙戦に呼び込める黒人女性や若者、草の根団体、献金者といった、彼女の「潜在
能力」を無視していたのです。

「ハリス氏は大統領候補になりえない」という思い込みは「慢心」を生み、慢心はトランプ陣
営の足をすくいかねない(注3)。

トランプ氏陣営の選挙対策スタッフは、人種差別的な発言はしないよう警告していたのに、ト
ランプ氏はそれを無視してこのような発言をしてしまったのです。おそらく、トランプ氏のス
タッフも彼のこのような性癖を抑えることができなかったのでしょう(注4)。


ハリス氏は以前から自分は「黒人かつアジア系」(正確には、ジャマイカ人の父とインド系の母)
であると自らの出自に関するアイデンティティを公表してきており、トランプ氏の発言は、いか
にもハリス氏を馬鹿にしたような印象を国民に与えたと思います。

トランプ氏の問題発言に加えて、副大統領候補のバンス上院議員も、過去に保守系メディアでハ
リス氏ら出産経験がない女性を「子供がいない惨めな人生を送るキャット・レディー」(猫好き
の女性)と呼んだことが批判を呼んでいます。

トランプ氏が黒人ジャーナリスト協会で語った差別的な発言をうけてハリス氏は、偶然にも同じ
日に黒人団体に招かれていました。そして、上記黒人ジャーナリスト協会でのトランプ氏の発言
に触れて、
    私たちはまた新たな気付きを得た。昔と同じで分断を招く無礼なショーだった。
    違いが分断をもたらすわけではないことを理解するリーダーがふさわしい。違いこそが
    強さの本質なのだから(注5)。

ホワイトハウスのジャンピエール報道官は「非白人としてこの立場にいる黒人女性としてトラン
プ氏の発言は不快で侮辱的です」とトランプ氏を批判しました(『東京新聞』2024年8月2日))。

米CNNテレビなどの最新の世論調査では、ハリス氏は黒人有権者の78%の支持を集め、トラ
ンプ氏は15%にとどまる。バイデン大統領の撤退表明時の23%から支持率が大きく落ち込ん
でいる。

ハリス氏の人気が日に日に高まり、トランプ氏の選挙地盤を揺るがしかねない状態になっています。

アメリカの大統領選挙の投票率は大体60パーセントくらいですから、単純に計算して確実に全有
権者の30%以上の「岩盤支持者」(コアな支持者)を固めきれば、選挙には勝てます。

しかし、選挙は計算通りにゆくとは限りません。アメリカの大統領選は、各州の選挙人を何人獲得
したかで決まります。現在、民主党と共和党のすみ分けはほぼ決まっており、実際の当落は「接戦
州、激戦州」(または「スウィング州」)と呼ばれる7つの州をどちらが取るかにかかっています。

最新の世論調査によれば、これら7州におけるハリス氏とトランプ氏の支持率とその州の選挙人数は
以下の通りです。
   
              ハリス            トランプ
ネバダ州(6)*      47%            45%
アリゾナ州(11)     49%            47%
ウィスコンシン州(10)  49%            47%
ミシガン州(15)     53%            42%
ペンシルバニア州(19)  46%            50%
ノースカロライナ州(16) 46%            48%
ジョージア州(16)    47%            47%

出典 (注4)を参照。 2024年7月24~28日のBloomberg News Morning Consultant
世論調査
 *カッコないは、それぞれの州に割り当てられた選挙人の数
  ---------------------------------------------------------------------------

ただし、7月31日における全米の支持率(リアル・クリア・ポリティックス調べ)では、
ハリス 46.5%、 トランプ 47.7% となっています(注6)。

現時点での支持率で勝敗を占うことはできませんが、ハリス氏の勢いが強く、少なくとも「大接戦」、
ひょっとしたらハリス氏はやや優勢といえるかもしれません。

いずれにしても、「もしトラ」から「ほぼトラ」へ、さらには「かくトラ」への流れが一気に変わっ
たことは確かです。

アメリカ政治の専門家でもない私に、これ以上の確かなことは言えません。その理由の一つ、まだ
未確定のことが多すぎるからです。以下に、選挙結果に影響を与える問題を挙げておきましょう。

第一に、州知事の経験も外交の経験もなりハリス氏に、どれほどの行政能力があるのか未知数です。
ある意味で、その部分が「のびしろ」であるとの意見もありますが、私には何とも言えませ
ん。

第二に、今までバイデンにもトランプにも投票したくない、と思っていた人たち(特に若者)がど
のような投票行動をするのか?

第三に、トランプ氏の過激が、ある意味でハリスへの侮辱的な発言が、一般の有権者にどのような
影響を与えるのか?

第四に、トランプ陣営はハリス陣営のどこを攻め、どんな選挙戦略を展開しようとするのか?

第五に、ハリス陣営が頼りにしている、黒人、ヒスパニック系、アジア系の有権者がどの程度ハリ
ス氏に投票するのか?

第六に、人工妊娠中絶を認めるハリス氏にたいして絶対反対のトランプ氏とバンス氏の立場の違い
が、投票にどのような影響を与え、これでハリス氏は女性票をどれほど上積みできるのか?

第七に、ハリス氏は誰を副大統領候補として指名するのか?

第八に、トランプ氏の経済政策や外交方針はおおよそ分かっているが、ハリス陣営は国民の関心が
高い経済政や外交方針について明らかにしていないので未知数です。

アメリカの大統領選挙の結果は、日本や世界の経済、政治、安全保障に大きな影響を与えますが、
それについては、11月の最終結果が出た段階で書きたいと思います。



(注1)『PRESIDENT ONKINE』 (2024/07/30 9:00) https://president.jp/articles/-/84308?cx_referrertype=mail&utm_source=presidentnews&utm_medium=email&utm_campaign=dailymail
(注2)この映像は https://www.youtube.com/watch?v=oaOK8MWK31U 
(注3)(注1)を参照。
(注4)BSTBS『報道1730』(2024年8月1日)
(注4)https://www.youtube.com/watch?v=a7MDQ6lbYSU
(注5)『東京新聞』(電子版 2024年8月1日)
 https://www.tokyo-.co.jp/article/344519
(注6)BSFUJI『プライム ニュース』(2024年8月2日)

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岸田首相の訪米(3)―理念なき軍事化と対米過剰依存の危険性―

2024-05-07 07:45:38 | 国際問題
岸田首相の訪米(3)―理念なき軍事化と対米過剰依存の危険性―

今回の訪米の主目的は日米首脳会談と、それに基づいて「共同声明」を内外に発表することで、
その要点はこのブログの前回と前々回に書きました。

今回は、日本の首相の訪米に合わせて行われた岸田首相、フィリピンのマルコス大統領、バイデ
ン大統領の三者会談の「共同声明」と、今度の訪米全体の意義と問題点を包括的に検討します。

会談後の日比米首脳による「共同声明」の要点は以下の通りです。

(1)日比米は「自由で開かれたインド太平洋と国 際法に基づく国際秩序というビジョン」に
よって団結しており、南シナ海における中国の危険かつ攻撃的な行動に深刻な懸念をいだいて
いること、また尖閣諸島を含む東シナ海での一方的な現状変更の試みに強く反対する。また、
世界の安全と繁栄に不可欠な要素である台湾海峡の平和と安定の重要性を確認 し、台湾に関す
る我々の基本的立場に変更はないことを認識し、両岸問題の平和的解決 を促す。

(2)日比米は、多様なサプライチェーンに投資し、強じん性、持続可能性、包摂性、経済成
長、公平性及び競争力を推進するべく、インド太平洋経済枠組み(IPEF)の継続的な進展
を 支持する。

(3)日比米三か国は、フィリピンにおけるエネルギー需要に対応するため、太陽光や風力に
加えて、クリーンエルギーとして安心で安全な民生用原子力の能力構築に関するパートナーシ
ップの拡大を追求する。

なお、上記(1)について補足しておくと、岸田文首相はすでに2023年11月3日、フィ
リピンのマルコス大統領との会談で、中国を念頭に東・南シナ海情勢への深刻な懸念を共有し
ました。両首脳は、米国も含めた安全保障協力の強化を確認済です。中国の急速な軍拡を受け、
同盟国米国以外にも「準同盟国」の輪を広げたい双方の思惑が一致しました(注1)。

今回の日比米会談後の「共同声明」では、今後一年以内に、日比米三か国の海上保安機関は、
相互運用性を向上し、海洋安全及び保安を推進するため、インド太平洋において三か国間海上
合同訓練及びその他の海上活動を実施し、日比米海洋協議の立上げを発表するとしており、ま
すます日比「防衛同盟」の意味合いが強くなったといえます(『東京新聞』 2024年4月13日)。

合同軍事演習に加えて、「(日比米)三か国間の防衛協力を推進することを決意する」とも明記
しているので、日本も事実上フィリピンとの準防衛同盟を結ぶことを意味しており、それは同
時に、フィリピンと中国とが衝突した場合には、日本も巻き込まれることをも意味します。

いずれにしても、今回の日米会談によって、アメリカ、日本、韓国、フィリピン、AUKUS
(アメリカ、オーストラリア、イギリス)が中国封じ込めのための安全保障の同盟あるいは準
同盟の輪が出来上がったことになります。

以上で日米、日比米会談の「共同声明」の中の、主に安全保障に係わる問題に焦点を当てて整
理してきました。以下にこれらを含めて、岸田内閣の安全保障政策を広く俯瞰的に検討します。

私は岸田首相から、これからの日本はどうあるべきか、どのような国にしたいのか、という政
治家にとっての最も基本的な国家観や、国民と共有できる理念についての発言を聞いたことが
ありません。

岸田氏が首相になった時、記者に「首相になって何をしたいですか」という質問に対して「人
事をやりたい」と答えたことは良く知られています。つまり権力で人を動かしてみたいという
ことです。

私には、岸田氏にとっては(総理大臣)でいること自身が目標ではないか、とさえ思えます。

しかも、武器・兵器の米国からの爆買いによって、どれだけ現実に日本の防衛力が高まるのか
についての厳密で合理的な検証がなされてきませんでした。

理念がないだけでなく、重大な政策を国会での議論や国民への説明など、民主的な手続きを経
ないで閣議決定してしまいます。

たとえば、「日米共同声明」で日米軍事協力の強化に合意したことになっています。この合意内
容は岸田政権が2022年12月に改定した国家安全保障戦略に沿ったものですが、同戦略自体は国
会の議決も国民の審判も受けてはいません。

同様に、米国との軍事一体化を国民的な議論を経ず既成事実化しようとします。たとえば、殺傷
能力のある武器の輸出を一部解禁し、迎撃用地対空誘導パトリオットの対米輸出を決めています。

日米の軍事一体化に際して、指揮権は日本とアメリカがそれぞれ独立して持つ、とされています
が。有事にはそれは非現実的です。

以前、湾岸戦争(1991年1~2月)の時多国籍軍が編成されたら指揮はすべて米軍の司令官
が握っていました。これを考えれば、日本が米軍の指揮の下に入らずに行動することは事実上で
きません(『東京新聞』2024年4月12日)。

国会の関与も国政選挙もなく(つまり民主主義的手続きを経ないで)、平和憲法の理念を形骸化さ
せる政策転換は許されるものではありません(『東京新聞』2024年4月12日「社説」)

日米首脳会談に先立って、岸田首相は日本とイギリス、イタリアの三か国で共同開発する次期戦
闘機の第三国への輸出解禁を国会に諮らずに与党の密室協議で閣議決定してしまいました(『東京
新聞』2024年4月26日)。

このような、国権の最高機関である国会を無視し、憲法の理念をないがしろにすることは民主主
義の破壊であり、安倍元首相の安保法制以来、自民・公明の政権与党によって常態化しています。

日本政府はことあるごとに、「自由と民主主義という価値を共有する」「法の支配」という表現を
慣用句のように用いますが、実態は言葉から遠く離れ中身が空っぽです。

岸田首相はなりふり構わず、民意も無視して軍事化に走っていますが、そこにも何らかの理念や
構想に基づいているとも思えないし、それによって日本の安全がより強固になることも検証され
ていません。

むしろ、アメリカからの要請を忖度して軍備を増強している感じがします。

では、今回の訪米において岸田首相は、日本はどう世界の平和構築に貢献するべきか、といった
理念やメッセージを提示できたのでしょうか?私には、むしろ逆で否定的な姿勢しか感じられま
せん。以下に主な問題点を挙げておきます。

1.ウクライナ・ガザ・パレスチナ問題のダブルスタンダード
同志社大の三牧聖子准教授 は「米国を国際秩序の盟主としてのみ見るのは一面で古い価値観だ」
と首相の基本的な世界観に疑問を投げかけます。

首相は、米国議会でのスピーチでロシアのウクライナ侵攻で支援を呼びかける一方、イスラエル
によるパレスチナ自治区ガザへの攻勢には触れませんでした。三牧氏は「ガザに関しては法の支
配を乱しているのはイスラエルであり、支援する米国だ。演説で敢えてガザに触れないことで、
米国の耳が痛い問題には触れない日本の姿勢を世界にさらしてしまった」と批判しています。

さらに、「イランを批判する一方で、ガザの市民を巻き込むイスラエルの軍事行動を批判しない欧
米は、アラブやグローバルサウスの国々(新興工業国)には二重基準に映る。米国が負の歴史を
持つ中東では、日本は米国とは距離を取った外交が求められているはずだ」とコメントしていま
す(『東京新聞』2024年4月16日)。

岸田首相は、アメリカばかりを気遣っていますが、これからの世界の動向はアメリカや欧米のG7
だけでなく、グローバルサウスも大きな発言力を持つようになります。

このような状況を考えると、アメリカのダブルスタンダード(二重基準)に同調する日本は、グロ
ーバルサウスの国々から尊敬され信頼されなくなるでしょう。

2.核兵器廃絶へのメッセージの弱さ
日本が世界に向かって世界の平和にたいして貢献できるテーマに、唯一の被爆国として核兵器の廃
絶があります。

広島を選挙区とする岸田首相は「核なき世界」を持論としています。「共同声明」では両国がその実
現への決意を共有すると表明しましたが、ただ申し訳程度にふれただけで具体的な中身には触れてい
ません。

長崎大学鈴木達治郎教授(原子力政策、有識者グループ座長)首脳会談直前にグループの見解として
「いままでやってきたことの繰り返しでしかない」と切り捨て、「首脳会談の場で、すべての核保有国
と核の傘の恩恵を受ける国が『核の不使用継続』の理念を共有すべきだ」との宣言を岸田首相に求め
ました。

鈴木教授によれば、米中の間で「日本は特別な役割を果たすことができる」のに、「共同宣言」では逆
に日米のパートナーシップを強調し核抑止論への依存をさらに高めるというメッセージ」になってしま
っている。「被爆国の日本が核保有国と非保有国との核軍縮の議論の場を提供することを期待したが、
正直残念だ」と苦言を呈しています(『東京新聞』2024年4月16日)。

3.平和構築への貢献はあったのか
残念ながら「共同声明」では中国への脅威と対決姿勢がことさら強調し、「平和構築の努力が見えないま
まAUKUSや日米豪印のクワッドなど米国主導の対中国包囲網は強化が進んだ」と言えます。

前出の三牧氏は「対中強硬論には具体的な対応が次々と出てきたが、中国との対話については具体案がな
い。その陰で米国は、経済的な依存を意識した対中外交をしている。隣接する日本は中国とはさらに複雑
な関係を構築しなければならない」、と述べています。

アメリカは経済的相互依存を意識した対中外交を続けています。つまり一方で中国との対決姿勢を見せな
がら、自国の利益のために常に中国との交渉を行っているのです。

例えば、つい最近もブリンケン国務大臣は習近平首相と、イーロン・マスク氏は中国経済閣僚と北京で直
接に交渉しています。

日米では利害関係が異なるのに、日本が必要以上に中国脅威論を強調し中国包囲網を主張していると、日
本だけが中国関係で不利益を被ることになりかねません。

本来は、中国が脅威であればあるほど、軍事的に対抗しようとするのではなく、まず外交努力によって平
和構築を目指すべきでしょう。

私は、今回の訪米全般をつうじて岸田首相のアメリカに対する思い入れが、尋常ではないとの印象をもっ
ています。

「共同声明」は拘束力をもつので、その発表のスピーチで露骨にアメリカ礼賛することはできませんでし
たが、米国上下議会でのスピーチで次のように、議員に語りかけます。

    ほぼ独力で国際秩序を維持してきた米国。そこで孤独感や疲弊を感じている米国の国民の皆様に、
    私は語りかけたいのです。
    そのような希望を一人双肩に背負うことがいかなる重荷であるのか、私は理解しています。
    世界は米国のリーダーシップを当てにしていますが、米国は、助けもなく、たった一人で、国際
    秩序を守ることを強いられる理由はありません。
        (中略)
    皆様、アメリカの最も親しい友人、トモダチとして、日本国民は、自由の存続を確かなものにす
    るためにアメリカと共にあります。ほぼ独力で国際秩序を維持してきたアメリカ。そこで孤独感
    や疲弊を感じている米国の国民の皆様に、私は語りかけたいのです。
        (中略)
    皆様、日本は既に、アメリカと肩を組んで共に立ち上がっています。
    アメリカは独りではありません。日本はアメリカと共にあります。

議会でのスピーチの原稿は、大統領のスピーチライターを務めたことがあるアメリカ人に依頼したそうです
が、上記のような無条件の礼賛ぶりは、日本人として恥ずかしくなりませんか?

「トモダチ」という言葉は、あたかも日本は同志としてアメリカと対等の立場にいて、まるでアメリカを支
えつつ共に世界の秩序を維持するために闘うような印象を与えます。

しかし実態は対等とは程遠い状況です。たとえば、日米地位協定による米国軍人の治外法権的な不平等協定、
横田空域と呼ばれる首都圏を中心とした空域が米軍の支配下にあること、「寡婦製造機」と呼ばれるほど事故
が多い危険な航空機(オスプレイ)を輸入している(実は買わされている)のは日本だけであること、本当
に必要であるかどうかわからない兵器の米国からの爆買い、横田基地から流出したと思われる有害物質PF
AS(フッ化化合物)の問題などなど、数え上げればきりがないほど日本は不利な立場に置かれています。

私には、日本はアメリカの植民地ではないかと思われるほど従属的な状態に置かれていると感じられます。

しかも、イラク戦争の例を挙げるまでもなく、アメリカが判断を誤れば、国際情勢に深刻な影響を及ぼしま
す。もし、日本はアメリカの最も親しい友人と胸を張るなら、たとえアメリカにとって耳の痛い話でも、ア
メリカが独善的な行動に走る場合には誤りを正し、修正を促す役割があります。

岸田首相の「日本国民はアメリカと共にある」との呼びかけは、アメリカに常に追従し、軍事・財政負担の一
層の用意があると受け取られかねません(『東京新聞』2024年4月12日 「社説」)。

岸田首相は、防衛予算をGDPの1%から2%に倍増させ、23年から5年間の防衛予算を43兆円へ大幅
に増額、敵基地攻撃能力の保有に舵を切ったことを示し、「アメリカは独りではない」などと日本が米国を支
える姿勢さえ強調しました。

日本はアメリカのトモダチで「肩を組んで共に立ち上がり」「日本はアメリカと共にある」などと見栄を切っ
ていますが、その防衛費のために日本国民はさまざまな形の税負担が増え、福祉や教育など国民生活に直結す
る予算が削られて苦しんでいます。

たとえて言うと、重厚な鎧を身に着けて、見かけだけ勇ましく見せてはいるが、鎧の下ではやせ細った体(国
民)が不相応に重い鎧の重圧に苦しんでいる、という状態です。

日本の軍事・経済的実力は「アメリカと共に」、とか「アメリカとを組んで立ち上がる」ことなど到底できない
ほど小さく、G7の一員でいることが恥ずかしい状態です。

岸田首相の異常なまでのアメリカ礼賛は、裏返せば彼自身の日本や世界の平和と秩序にかんする理念や長期的
展望がなく、それを全てアメリカにゆだねていることを物語っています。


(注1) 『東京新聞』(2024年4月13日);Jiji.com (2023年11月04日07時07分)
     https://www.jiji.com/jc/article?k=2023110300468&g=int;
(注2)(2023年1月2日 https://web.tku.ac.jp/~juwat/journal5-199.html)
    『情報労連 Report』(2023/08/16 http://ictj-report.joho.or.jp/2308-09/sp02.html)


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岸田首相の訪米(2)―進む日米軍事一体化―

2024-04-29 06:44:02 | 国際問題
岸田首相の訪米(2)―進む日米軍事一体化―

前回は日米の「共同声明」に盛り込まれた7領域のうち、最も重要な「防衛・安全保障協力」事項
の何点かを引用し、第二までの問題点を検討しました。今回は、その続きで第三の問題からです。

第三の問題は。日米の軍事的一体化と指揮権についてです。共同声明は以下のように述べています。

    本日、地域の安全保障上の課題が展開する速度を認識し、日米の二国間同盟体制がこうし
    た極めて重要な変化に対応できるようにするため、我々は、作戦及び能力のシームレスな
    統合を可能にし、平時及び有事における自衛隊と米軍との間の相互運用性及び計画策定の
    強化を可能にするため、二国間でそれぞれの指揮・統制の枠組みを向上させる意図を表明
    する。(中略)
    我々は、日米それぞれの外務・防衛担当省庁に対し、日米安全保障協議委員会(日米「2
    +2」)を通じて、この新しい関係を発展させるよう求める。このビジョンを支えるに当
    たり、我々はまた、日米共同情報分析組織(BIAC)を通じたものを含め情報収集、警戒
    監視及び偵察活動における協力並びに同盟の情報共有能力を深化させるという目標を改め
    て確認する。

この部分には少し背景の補足説明が必要です。日本の陸海空の自衛隊には統合幕僚監部はあります
が、陸海空自衛隊の意思疎通は必ずしも円滑にいっていないので、新たに統合作戦司令部を創設す
る計画があります。

他方、現在、日本の自衛隊とアメリカ軍の調整は統合幕僚監部とハワイに司令部があるインド太平
洋軍の司令部との間で行われています。そのため緊急時などで連絡が迅速に行えないとの懸念から、
米軍の司令部を日本に移そうとしています。

「共同声明」では、日本の統合作戦司令部と米軍の司令部とが直接・迅速に作戦および軍事能力の
統合を行うこと(シームレスな統合)で二国間の指揮・統制枠組みを向上させるとしています。

今のところ、日本とアメリカはそれぞれ別の指揮系統の下に行動することになっていますが、米軍
の方が情報の収集・分析能力や兵器の取り扱いなどで圧倒的に優位にあるため、実際には日本の統
合作戦司令部は丸ごと米軍の指揮下に組み込まれ、日本の自衛隊は米軍の“駒”として使われてしま
う疑念があります。

第四の問題は、対中国封じ込めのための同盟関係の強化・拡大です。

「共同宣言」では、日米同盟を強化するために、AUKUS(2021年に発足した豪州・英・米間の
軍事・安全保障上の同盟。太平洋を中心とする海域の軍事的主導権を握る対中国戦略の枠組みとも
される。)、日米韓の共同訓練関係、米英間の大西洋宣言、日英間の広島アコード(2023年に日英
間で結ばれた軍事・経済のパードナーシップ協定)などどの太平洋・大西洋をカバーするいくつか
の同盟を相互に連携して機能させることを謳っています。

これらの同盟を連携させることは、主として中国に対抗し中国を封じ込めるための敵対的な軍事・
安全保障上の協力関係のネットワーク作りを目的としています。

しかし、日本にとって中国は正面から敵対する相手ではなく、お互いに繁栄するための友好国とし
ての関係を築く必要があります。実際、中国との経済関係抜きに日本の経済は立ち行きません。

アメリカが「共同宣言」にこうした広範囲の軍事・安全保障ネットワークの構築を盛り込んだ背景
には、アメリカ一国で中国と対決するのは負担が大きすぎるので、できるだけ多くの国を巻き込ん
で中国を抑え込んでゆこうとの意図があったものと思われます。

第五の問題は、日本の防衛産業の拡大・強化です。
   
    米国は、地域における抑止力を強化するための共同開発・生産を通じた協力を増進するこ
    とになる、日本の防衛装備移転三原則及びその運用指針の改正を歓迎する。我々は、長期
    的に重要な能力の需要を満たし即応性を維持するためにそれぞれの産業基盤を活用するこ
    とを目的とし、日米の防衛産業が連携する優先分野を特定するために、日米の関係省庁と
    連携し、防衛省と米国防省が共に主導する日米防衛産業協力・取得・維持整備定期協議
    (DICAS)を開催する。
    この優先分野の特定の対象には、ミサイルの共同開発及び共同生産並びに前方に展開され
    た米海軍艦船及び第4世代戦闘機を含む米空軍航空機の日本の民間施設における共同維持
    整備が含まれる。DICASは、既存の防衛装備庁・米国防省(研究・工学担当)定期協議
    (DSTCG)と共に、我々の防衛産業政策、取得及び科学技術のエコシステムをより統合し
    整合させていくものである。

つまり、日米が連携する優先分野としてミサイル、米海軍艦船及び第4世代戦闘機を含む米空軍航
空機を日本の民間施設において共同で維持整備することが含まれる、とされています。

建前としては、これらの軍事物資の開発と生産は日米の関係省庁と連携して行われることになって
いますが、いずれの分野も米国が先行しており、優先順位についてはアメリカの意向に従うことに
なる可能性が大きい。

それよりも重要なことは、日本が本格的に殺傷能力のある攻撃型兵器の生産に手を染めること自体、
専守防衛の原則に反するだけでなく、軍需産業が国の経済の中に組み込まれ、国の政治経済が「軍
産複合体」の影響を受ける可能性があります。

日本にとって非常に重要な事項が「防衛・安全保障協力の強化」の分野の最後に、前後の脈絡なく
唐突に付け加えられています。

    日米両国は、抑止力を維持し、及び地元への影響を軽減するため、普天間飛行場の継続的
    な使用を回避するための唯一の解決策である辺野古における普天間飛行場代替施設の建設
    を含め、沖縄統合計画に従った在日米軍再編の着実な実施に強くコミットしている。

この部分は、日本政府がアメリカから最も引き出したい文言で、これに言及すれば日本政府が喜ぶ
ということをバイデン大統領は知っていて、日本をアメリカの戦略に引き込むために、リップサー
ビスとして付け加えられたのかもしれません。

以上の、軍事的色彩が強い領域に加えて、「共同声明」は間接的な安全保障についても触れている
ので、これらについてもごく簡単に紹介しておきましょう。

一つは「宇宙における新たなフロンティアの開拓」です。「共同声明」は以下のように説明します。

    我々のグローバルなパートナーシップは宇宙にも及び、日米両国は太陽系探査と月への帰
    還を主導している。我々は本日、与圧ローバによる月面探査の実施取決めに署名したこと
    を歓迎する。この取決めでは、日本が月面与圧ローバを提供して運用を維持する一方で、
    米国はアルテミス計画の将来のミッションで日本人宇宙飛行士による2回の月面着陸の機
    会を割り当てることを計画している。(中略)
    我々はまた、米国の産業との協力の可能性を含め、極超音速滑空体(HGV)等のミサイル
    のための地球低軌道(LEO)の探知・追尾のコンステレーションに関する二国間協力も発
    表する。

上記引用部分の前段は、太陽系探査と月面探査の宇宙開発だとの印象を受けるが、そこには宇宙空
間に打ち上げられたミサイルの探知・追尾が目的になっていることが分かります。

二つは「イノベーション、経済安全保障及び気候変動対策の主導」です。

    日米両国は、イノベーションを促進し、産業基盤を強化し、強じんで信頼性のあるサプラ
    イチェーンを促進し、将来の戦略的新興産業を構築しつつ、同時にこの10年間で大幅な排
    出削減を追求するために、我々の経済、技術及び関連する戦略を最大限に整合させること
    を目指す。(中略)
    我々は、他の志を同じくするパートナーと実施するものも含めた研究交流、民間投資及び
    資本調達を通じ、AI、量子技術、半導体、バイオテクノロジー等の次世代の重要・新興技
    術の開発及び保護におけるグローバルなリーダーとしての共通の役割を強化することにコ
    ミットしている。(中略)(これにより)日米の技術的な優位性を高めるとともに、我々
    の経済安全保障を強化する意図を有する。
    日本は、海外直接投資額にして8,000億ドル近くを誇る、最大の対米投資国であり、日本
    企業は全米50州で100万人近い米国人を雇用している。同様に、長年にわたり最大級の対
    日投資国として米国は日本の経済成長を支えており、世界最大級の金融セクターを有する
    2か国として、我々は、国境を越えた投資の促進及び金融安定の支援のためにパートナー
    シップを強化することにコミットしている。

この文章のすぐ後で、日本は最大の対米投資国であり日本企業が全米50州で100万人近い米国
人を雇用していることをことさらに強調しています。米側は日本を精一杯持ち上げて日本を大いに
喜ばせたに違いありません。

サプライチェーンの促進の中で、気候変動との関連でクリーンエネルギーの確保、脱炭素の技術の
開発も謳われています。

    日米両国は、気候危機が我々の時代の存亡に関わる挑戦であることを認識し、世界的な
    対応のリーダーとなる意図を有する。(中略)
    (そのために)我々は、(中略)各国の事情を考慮しながら、風力発電に沿った世界的な
    野心に向けて協働する意図を有し、技術コストを削減、脱炭素化を加速し、沿岸地域社
    会への便益をもたらす革新的なブレークスルーを追求していく。
    日本が新たに立ち上げた産業プラットフォーム「浮体式洋上風力技術研究組合(FLOW
    RA)」を米国は歓迎する。
    我々は、フュージョンエネルギーの実証及び商業化を加速するための日米戦略的パート
    ナーシップの発表を通じたフュージョンエネルギー開発を含む次世代クリーン・エネル
    ギー技術の開発及び導入を更に主導する。

脱炭素の一環として風力発電の技術開発に力を入れることは大歓迎ですが、一種の原子力エネル
ギーであるフュージョンエネルギー(従来の「核分裂」ではなく「核融合」によるエネルギー)
の実証及び商業化は問題です(注1)。

というのも、これは、国内での議論も合意も得られていない原子力発電であるにも関わらず、あ
たかも規定の方針のように米国と合意してしまっているからです。

ほかに、医療分野ではパンデミックの予防、備え及び対応、保険システムの推進、がんの治療薬
に関する情報交換などが盛り込まれています。

三つは「グローバルな外交及び開発における連携」です。

この分野では以下の点が強調されています。
(1)国連憲章を含む国際法を堅持する。いかなる国家の領土一体性や政治的独立に対する武
    力による威嚇又は武力の行使を慎むことを含め、同憲章の目的及び原則を堅持するよう
    求める。

(2)国連海洋法条約(UNCLOS)に反映された国際法と整合的な形で、全ての国が航行及び
   上空飛行の自由を含む権利と自由を行使できることの重要性を強調する。南シナ海におけ
   る不法な海洋権益に関する主張を後押しする最近の中国による危険でエスカレートさせる
   行動や他国の海洋資源開発を妨害する試みは、UNCLOSに反映された国際法と整合的では
   ないことを決意する。

(3)台湾に関する両国の基本的立場に変更はないことを強調し、世界の安全と繁栄に不可欠な
   要素である台湾海峡の平和と安定を維持することの重要性を改めて表明する。我々は、両
   岸問題の平和的解決を促す。

(4)ASEAN、太平洋諸島フォーラム(PIF)及び環インド洋連合を含む、地域機関に対する日
   米豪印(クアッド)の揺るぎない支持及び尊重を改めて表明する。東南アジア諸国はイン
   ド太平洋における重要なパートナーであり、日米比三か国は、経済安全保障及び経済的強
   じん性を促進しつつ、三か国間の防衛及び安全保障協力を強化することを目指す。

(5)日米韓は、地域の安全保障の推進、抑止力の強化、開発・人道支援の調整、北朝鮮の不正
   なサイバー活動への対抗並びに経済、クリーン・エネルギー及び技術に関する課題を含む
   協力の深化において引き続き連携していく。日米両国はまた、平和で安定した地域を確保
   するため、豪州との三国間の協力の推進に引き続きコミットしている。

(6)国連安保理決議に従った北朝鮮の完全な非核化に対するコミットメントを改めて確認する。
   朝鮮半島及びそれを超える地域の平和及び安全に対する重大な脅威を及ぼす、大陸間弾道
   ミサイル(ICBM)の発射及び弾道ミサイル技術を用いた衛星打ち上げ用ロケットを含む
   北朝鮮による弾道ミサイル計画の継続的な推進を強く非難する。
   バイデン大統領はまた、拉致問題の即時解決に対する米国のコミットメントを改めて確認
   し、双方は、北朝鮮における人権の尊重を促進するための共同の取組を継続することにコ
   ミットする。

(7)ロシアのウクライナに対する残酷な侵略戦争、ウクライナのインフラに対するロシアの攻
   撃及びびロシアによる占領という暴力への断固とした反対において引き続き結束する。引
   き続き、ロシアに対する厳しい制裁を実施し、ウクライナに対する揺るぎない支援を提供
   していく。
   ロシアによるウクライナに対する侵略戦争を支援し、北東アジアの平和及び安定並びに国
   際的な不拡散体制を脅かす、北朝鮮とロシアとの間の軍事協力の拡大について、深刻な懸
   念を表明する。

(8)昨年10月7日のハマス等によるテロ攻撃を改めて断固として非難し、国際法に従って自国
   及び自国民を守るイスラエルの権利を改めて確認する。同時に、我々はガザ地区の危機的
   な人道状況に深い懸念を表明する。我々は、ハマスが拘束している全ての人質の解放を確
   保することが不可欠であることを確認し、人質解放の取引がガザにおける即時かつ持続的
   な停戦をもたらすことを強調する。
   イスラエル人とパレスチナ人が公正で、永続的で、安全な平和の下で暮らすことを可能に
   する二国家解決の一環として、イスラエルの安全が保障された、独立したパレスチナ国家
   に引き続きコミットしている。

(9)両国は、現実的かつ実践的なアプローチを通じて、「核兵器のない世界」を実現すること
   を決意している。冷戦終結以後に達成された世界の核兵器数の全体的な減少が継続し、
   これを逆行させないことが極めて重要であり、中国による透明性や有意義な対話を欠いた、
   加速している核戦力の増強は、世界及び地域の安定にとっての懸念となっている。(中略)
   バイデン大統領は、日本による東京電力福島第一原子力発電所の多核種除去設備(ALPS)
   処理水の、科学的根拠に基づく、安全かつ責任ある海洋放出を称賛した。日米両国は、燃
   料デブリ取出しのための研究協力に焦点を当てた福島第一廃炉パートナーシップの立ち上
   げを計画している。

以上が、「共同声明」に盛り込まれた主な事項の要旨です。主な項目だけでもこれだけ多くの領域
に及んでいます。

今回は、詳しく取り上げることができなかった問題も含めて、次回は岸田首相の訪米について包
括的な評価を行いたいと想います。

(注1)フュージョンエネルギーについては 内閣府ホームページから、「イノベーション政策強
    化のための有識者会議」https://www8.cao.go.jp/cstp/fusion/index.html、および「核融合戦
    略」『フュージョンエネルギー・イノベーション戦略(案)』(令和5年3月https://www8.
    cao.go.jp/cstp/fusion/5kai/siryo1.pdf)を参照。


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岸田首相の訪米(1)―首脳会談にたいする日米の温度差―

2024-04-23 08:58:38 | 国際問題
岸田首相の訪米(1)―首脳会談にたいする日米の温度差―

岸田首相は4月8日~14の日程で訪米しました。日本の外務省だけでなく、NHK
やその他のテレビや新聞は、なぜか「国賓待遇」という点を強調しています。

いうまでもなく、「国賓」とは元首にたいして使われる言葉であり、「国賓待遇」と
はそれに対応する歓迎の式典や待遇を指します。

元首でない岸田首相は「国賓」にはなり得ませんが、米国政府は礼砲を放ち公式晩
餐会を開いて首相を歓待しました。

もちろん、こうした米国政府の待遇は、岸田首相を思い切り持ち上げて、日本に対
する外交交渉を有利に運ぼうとする思惑があったからでしょう。これにたいして、
『東京新聞』(2024年4月13日)は「国賓待遇に覚える違和感」という社説を掲
げていますが、全く同感です。

いずれにしても、これで気分を良くした岸田首相は、この時点ですでにアメリカの
手の内に乗せられて「勝負あり」です。

その喜びようは、バイデン大統領と車に乗り込んだ時のツーショット写真に写った
岸田首相の顔は、「破顔一笑」を通り越して、ちょっと失礼な表現ですが、舞い上
がって不自然なほど大きく口を開けた顔つきにもはっきりと表れていました。

車の中でのツーショット 米側の歓待を受けてご満悦の岸田首相


皮肉なことに、首相が訪米中で得意の絶頂にあった11日(日本時間)に発表され
た、時事通信4月の世論調査(5~8日に実施された)によると、岸田内閣の支持
率は前月比1.4ポイント減の16.6%となり、国内では政権発足以来最低を更
新していました。

そして不支持率は2.0ポイント増の59.4%でした。自民党は派閥裏金事件で
すっかり国民の支持を失っていたのです(注1)。

日本にとって最も重要なイベントは、訪米のクライマックスともいえる10日(日
本時間11日)にホワイトハウスで行われた「日米首脳会談」と、そこで合意され
た「共同声明」の発表です。

「共同声明」の内容に入る前に、「首脳会談」から「共同声明」の発表時までに現れ
た日米政府のこの会談にたいする温度差について触れておきたいと思います。

この“温度差”は、今回の首脳会談と岸田首相に対して米側が、本音のところでどれほ
ど重要視していたのかを示しています。

ホワイトハウスで10日に開かれた首脳会談後の記者会見では、図らずも日米両政
府のこの声明にたいする姿勢の違いが露呈してしまいました。

記者会見ではホスト役のバイデン氏が約5分間、原稿を映し出すプロンプターを見
ながら発言しました。彼は、日米関係の進展を強調した後に「岸田首相個人もたた
えたい」と語り、日本が日韓関係を進めたことを称賛しました。

続いて岸田首相がスピーチをしました。記者会見に出席した日本人記者によれば、
岸田首相は用意された原稿に従って10分間発言しました。その間、日本の高官が
原稿にチェックを入れながら発言に漏れがないかを逐一確認する姿が見られました。

スピーチの原稿を見つめて、読み間違えがないかを逐一チェックする日本人高官

出典(注2)参照

一方、岸田氏の発言が冗長だった面もありますが、この間、米政府の高官はスマー
トフォンを操作したり、同時通訳のヘッドホンを外したり、爪をいじったりする姿
が見られたという。

さらに、記者会見の同席者にも違いがありました。秘密性が高い重要な話をする首
脳会談には、日本側から上川陽子外相、秋葉剛男・国家安全保障局長、米側からブ
リンケン国務長官、サリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)が出席しました。

しかし会談後の記者会見には、ブリンケン、サリバン両氏の姿はありませんでした。

米外交は、イスラエルによるパレスチナ自治区ガザ地区への侵攻への対応で多忙を
極めていました。さらに、ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルがシリアにあるイ
ランの大使館をミサイル攻撃し、革命防衛隊の幹部13人を殺してしまった事件へ
の対応などで多忙を極めていました。

バイデン外交を支える最側近の2人が欠席していたことは「国賓待遇とはいえ、日
本だけを相手にしているわけにはいかない」という米側の本音を示しています。

バイデン氏も会見後半の質疑に入ると語調が弱くなり、記者席の最前列でも聞き取
りにくい場面が度々あったようです。

81歳という高齢でも選挙集会では力強い演説をすることがあるのに、関心や緊張
感の低い場では声に張りがなくなるようです。出席した記者は、今回も他の行事に
比較すると、力の入れように弱さも垣間見えた、と印象を語っています(注2)

こうした実態をみると、形式的には「国賓待遇」という最大級の厚遇を演出しなが
らも、内実はいかにも気持ちが入っていない、軽く受け流している感じがします。

それもそのはずで、実際の首脳会談に入る前に、そこに盛り込まれるべき内容や文
言は双方で入念に検討され、アメリカは日本がアメリカとともに安全保障に関与す
るということを約束させていたからです。

一言でいえば、日本はアメリカ軍と一体になって、アジアの範囲を越えて世界のど
こでも安全保障を共に担って行く、ということを日本は約束させられたのです。

これを検証するため以下に、「共同声明」の中身の要点を整理して見てみましょう。

まず、「共同声明」のタイトルは、「未来のためのグローバル・パートナー」となっ
ており、これが全体の方向性を示しています。

ここには、日本はアメリカと共に、東アジアという地域的(ローカル)な問題だけ
でなく、グローバルな、つまり地球規模での問題に対応してゆく仲間として共同行
動をとろうという意図がはっきり見えます。

すなわち、日本はウクライナ戦争のような事態にもアメリカと一体となってかかわ
って行く可能性があることも意味します。ここには岸田首相の、かなり前のめりの
姿勢がタイトルにも現れています。

以上の事情を念頭に置いて、以下に「共同声明」の中身についてみてみましょう。
「共同声明」にはいくつかの領域が含まれていますが、ここではまず大きな領域区
分の項目だけを挙げておきます(注3)。

なお、「共同声明」は、発表の後で行われた共同記者会見で補足されたので、必要
に応じて、記者会見での発言を補足します。

「共同声明」の冒頭部分で、(バイデン大統領の就任以後)3年間に日米同盟は前
例のない高みに達したこと、すなわち深化したことが述べられています。

それを土台として日米は次のような関係にあるとしています。
日米両国及び世界の利益のために現在及び将来の複雑で相互に関連する課題に対処
する という目的に適うグローバルなパートナーシップを構築するため、あらゆる
領域及びレベルで協働している。我々は、同盟協力が新たな高みに達するに当たり、
パートナーシップのグローバルな性質を反映すべく関与を拡大している。

ここで「あらゆる領域」と表現されている具体的な中身として、「共同声明」では、
(1)防衛・安全保障協力の強化、(2)宇宙における新たなフロンティアの開拓、
(3)イノベーションの推進、(4)経済安全保障の強化、(5)気候変動対策の加速化、
(6)グローバルな外交・開発における連携、(7)両国民のつながりの強化などの幅
広い分野で協力関係を拡大するとしています。

上記の7領域のうち(1)の領域に掲げられた防衛・安全保障協力の分野こそが今回
の日米会談の最重要問題で、内容的には7割くらいが軍事・安全保障関係です。

「防衛・安全保障協力の強化」の中身を見てみると、グローバルなパートナーシップ
の中核は、日米安全保障条約に基づく二国間の防衛安全保障協力であり、これこそが
イ ンド太平洋地域の平和、安全及び繁栄の礎であり続けることを確認する、とある。

そして、
    バイデン大統領は核を含むあらゆる能力を用いた、同条約第5条の下での、
    日本の防衛に対する米国の揺るぎないコミットメントを改めて表明した。

つまり、日本が他国に攻撃された場合、アメリカが何らかの形で関与することを改め
て確認したのです。

しかしこの部分は、ただたんに、1960年に改訂された日米安保条約の規定を繰り返し
ただけで、アメリカが以前にもまして日本の防衛に深く責任を負うということを表明
したわけではありません。

これに対して
    岸田総理は、日本の防衛力と役割を抜本的に強化し、同条約の下で米国との
    緊密な連携を強化することへの日本の揺るぎないコミットメントを改めて確
    認した。バイデン大統領はまた、日米安全保障条約第5条が尖閣諸島に適用
    されることを改めて確認した。
と続きます。

良く知られているように、日本政府はオバマ政権の時以来ずっと、米大統領から「安
保条約第5条が尖閣列島に適用される」、との言質を取りたがっており、これにさえ触
れておけば日本は大いに喜ぶことを知っているバイデン大統領は、岸田首相の要請と、
米側の一種のリップサービスでこの文言を入れたと思われます。

尖閣諸島問題について岸田首相はかなり強く要請したようで、以下のような文言も付
け加えられています。
    我々は、尖閣諸島に対する日本の長きにわたり、かつ、平穏な施政を損なお
    うとする行 為を通じたものを含む、中国による東シナ海における力又は威
    圧によるあらゆる一方的な現状変更の試みにも強い反対の意を改めて表明し
    た。我々は、日米の抑止力・対処力を強化するため、南西諸島を含む地域に
    おける同盟の戦力態勢の最適化が進展していることを歓迎し、この取組を更
    に推進することの重要性を確認する。

この文章をよく読んでみると、アメリカは尖閣諸島や南シナ海における中国の威圧や
一方的な現状変更に反対はするが、いったん、紛争が生じた場合にどのように対応す
るのかについて何も言っていません。

それでも、「日米抑止力・対処力を強化」「同盟の戦力態勢の最適化」などの文言はこ
れまで比べて日米の軍事的反撃を示唆する文言が加わったのは小さくない変化です。

もっとも実際に尖閣諸島で紛争が生じた場合、第一義的には日本の自衛隊が対応する
となっていて、米軍が直接参戦するとは一度も言っていません。しかも、アメリカは
尖閣諸島の領有権がどの国に帰属するかについては一貫して言及を避けてきました。

尖閣諸島の問題が日本側にとって大きな関心事であったとすると、米国にとっては日
本が軍事費を増強し、日米が連携して軍事行動に出ることができるようになることが
重大な関心でした。

「共同声明」はそれについて以下のように述べています。

    米国は、日本が自国の国家安全保障戦略に従い、2027日本会計年度に防衛力
    とそれを補完する取組に係る予算をGDP比2%へ増額する計画、反撃能力を
    保有する決定及び自衛隊の指揮・統制を強化するために自衛隊の統合作戦司
    令部を新設する計画を含む、防衛力の抜本的強化のために日本が講じている
    措置を歓迎する。これらの取組は共に、日米同盟を強化し、インド太平洋地
    域の安定に貢献しつつ、日米の防衛関係をかつてないレベルに引き上げ、日
米安全保障協力の新しい時代を切り拓くこととなる。

この部分は、重大な問題をはらんでいます。

第一に、防衛費は1%前後で推移してきたのに、2027年までにGDPの2%に増額さ
せると、毎年現在より5兆円も多くなりますが、国内的に財源問題を含めて国民的議
論も合意も得られているわけではありません。

安倍政権時にはトランプ氏との約束で、戦闘機の爆買いをしましたが、岸田首相はす
でに23年度予算で、長距離巡航ミサイル・トマホーク、E2D早期警戒機(5機)
の取得、F35B戦闘機(8機)、イージス・システム構成品、F15戦闘機(20
機)、F35A戦闘機など8機、の購入を決めています(注4)

こうした武器兵器がどれほど日本にとって必要なのかについても、ち密な議論はなく、
岸田政権はただ2%という数字と金額の達成だけを目標としています。

それにも関わらず「共同宣言」ではあたかも国際公約であり既定の事実であるかのよ
うに書かれています。この軍事費の増大が福祉や教育、医療などへの予算の減少と国
民の負担増をもたらすことは間違いありません。

第二に、安保三文書の閣議決定による敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有は、憲法9
条に違反するものであり、憲法に基づく平和主義、立憲主義及び国民主権を堅持する
立場から認められない、との意見もあります。国会での慎重な審議を経ないで閣議決
定だけで反撃能力を強化することには重大な問題があります。

「共同宣言」に関してはまだまだ問題は山積みですが、第三以降については次回に検
討しようと思います。




(1) JIJI.COM (2024年15時03分) https://www.jiji.com/jc/article?k=2024041100763&g=pol
(注2)『毎日新聞』(電子版2024/4/11 14:19 最終更新 4/12 02:39)https://mainichi.jp/articles/20240411/k00/00m/030/142000c
(注3)「共同声明」の全文は英文・日本語とも外務省のホームページで見ることができます。
(注4) 共同記者会見については、岸田首相の発言は 官邸ホームページ
  https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/statement/2024/0410kyodo_kaiken.html、
  英文のフルテキストはホワイトハウス発の
Remarks by President Biden and Prime Minister Kishida Fumio of Japan in Joint Press Conference | The White Houseを参照。
(注4)『しんぶん赤旗』電子版(2023年4月30日(日)  https://www.jcp.or.jp/akahata/aik23/2023-04-30/2023043002_01_0.html


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