大木昌の雑記帳

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少子化の本当の問題(2)―岸田政権の「空疎すぎる」少子化対策―

2023-03-26 11:23:56 | 社会
少子化の本当の問題(2)―岸田政権の「空疎すぎる」少子化対策―

岸田政権は今年に入り、立て続けに子育て政策を打ち出しています。そして年頭の会見
では突如、「異次元の少子化対策」を掲げました。

「異次元の少子化対策」が果たして言葉に見合うだけの内容をもっているのか、たんに
安倍政権時代の「異次元の金融緩和」に倣ったキャッピコピーにすぎないのか、検討し
てみたいと思います。

岸田文雄首相は2023年3月17日午後6時から首相官邸で子育て支援・少子化対策につい
て説明する記者会見を開きました。

その詳細を検討する前に、岸田首相自身が行った会見で示した少子化に関する指針を見
てみましょう。

首相は、2022年の出生数が過去最少の80万人を割ったことから「30年代に入ると若
年人口が現在の倍の速さで急速に減少する」と指摘し、それにたいする11項目の対応
と対策を語りました(注1)。

ここで、それらすべてを紹介することはできませんが、項目だけ挙げておくと、以下の
通りです

1 少子化反転のラストチャンス;2 若い世代が希望通り結婚し安心して子供をもち
子育てができる社会;3 若い世代の所得を増やし社会全体の構造や意識を変える;4 
多様な働き方を阻む年収106万円の「壁」なくす;5 職場の雰囲気の抜本的変化・
気兼ねなく育休を取れる状態が必要;6 育休取得の給付率「手取りの10割に」;7育
児による収入減、非正規・フリーランスへ新支援策;8 給付型奨学金の対象、多子世
帯の中間層へ拡大;9 子育て世帯支援に公営住宅など活用;10 子ども関連予算の
倍増;11 子連れ利用者に優先窓口、国立博物館など。

以上は、これまでも首相や政府が個別に言及してきた少子化対策ですが、この日の会見
ではそれらをまとめて提示しています。

この会見の内容に関して『週刊文春』(2023年3月30日号)は「岸田『少子化対策が
空疎すぎる根本原因』と題して批判しています。 いかに、この記事を参考にして岸田
首相の「異次元の少子化対策」の中身を検討しよう。

まず、この会見に至る経緯ですが、2月15日の国会で家族関係社会支出について20
年度のGDP比2%から倍増を目指す考えを示したことが、事の発端でした。

20年度のこの支出は10兆円でしたから、首相の言葉通りだとするとさらに10兆円
の予算が必要になります。

このような巨額の予算の裏付けはなく、翌日から官房長官らが火消しに追われました。
しかし、国会で相次いで批判を浴び、首相は行き詰まりを見せていました。

財源問題から目をそらすために、首相が新たに持ちだしたのが、働き方改革への“方向転
換”でした。このため首相や周辺の政治家がドタバタを動き回った末に、首相の強い意向
で記者会見を開くことになりました。

そこで、首相の口から発せられた少子化対策が上に挙げた項目でした。

「会見では哲学を話すのだよ」
会見前に首相は周辺には、「ミクロじゃない、大事なのはマクロの議論だ。会見では哲
学を話すのだよ」と洩らしていました。

では、どんな”哲学“が語られたのか。上に挙げた項目の中の目玉、と言えるのは、男性
の育休取得率を30年度に85%とし、育休を取得した場合の給付率を手取りの10割
に引き上げる、というものです。

しかし、これには二つの大きな問題があります。一つは、内閣府「男女共同参画会議」
民間議員で、中央大学の山田昌弘教授(家族社会学)が指摘した、育休取得率と期間の
問題です。

山田教授は、取得率だけを上げて取得期間が一週間程度にとどまっているのでは、これ
がどれほど少子化に貢献するのか疑問だと指摘していますし、この点を首相にも直言し
ています。

しかも、育休はいわば、恵まれた正社員夫婦を前提にしており、非正規雇用やフリーラ
ンス(このひとたちだけで全勤労者の4割を占める)や自営業者は育休をとることがで
きません。こうした人々も育休を取れる制度ができれば、少子化の一助になるけれど、
首相にはこうした立場の人たちへの支援の具体策はありません。

2月20日に行われたこども政策関係府省関係会議に首相も参加しました。この会議に
有識者として意見を述べた京都大学大学院の柴田悠准教授(社会学)によれば、「保育
サービスの拡充にも言及されましたが、例えば、保育の賃金をどれほど引き上げるのか、
配置基準をどこまで改善されるのかは不明瞭でした。児童手当も同様です」。と述べて
います。

つまり、育休についても保育サービスの充実についても、児童手当についても、岸田首
相の発言には内容に具体性がないのです。

二つは、財政的な裏付け場全く示されていないことです。たとえば、育休の拡大につい
て元財務官僚の森信茂樹氏によれば、「育休給付金は財源の多くを労使折半の雇用保険
で賄います。・・・普通に考えれば年数百億円規模の財源が必要で、経済界も受け入れ
がたいでしょう」。また、官邸では企業に助成金を出す案も出たらしいが、その財源に
ついては、全く考えられていません。

柴田教授は、少子化対策には子育て世帯尾経済的負担を軽減する制度の拡充などの「即
時策」と働き方改革(男女が平等に子育てに参加し、税制上でも優遇する)など、根本
的な「長期策」があり、同時並行で進めるべきであると語っています。

柴田教授の試算によれば、「児童手当の多子加算(第二子以降を増額)」、「高等教育
の学費軽減(全ての学生に国立大授業料相当分を免除)、「保育の質(保育士賃金)・
配置」という三つの即時策を実施すれば、予算6.1兆円増で、現在1・30の出生率
が1.75まで上昇すると見込まれるという。

首相は出生率1・8を目標に掲げていますが、これだけの予算が毎年必要となるのです。

これに加えて「長期策」も同時に実施するとなると、先に挙げた10兆円も必要になる
でしょう。そうなると、現実にはハードル非常に高いと言わざるを得ません。

しかし、岸田首相は決して財源に触れようとはしません。というより、私の推測では、
項目を並べただけで、必要な財源を確保することができないことが分かっており、本
気で少子化問題を解決しようという強い意志がないとしか思えません。

それどころか、「男性育休85%」のほか、大々的に打ち出した政策といえば、子連
れ家族が並ばずに済む「子供ファスト・トラック」を国立博物館などで導入するとい
うものです。

誰が考えても、この政策が本当に少子化対策になりえると考えているのでしょうか? 
一国の首相の発言としてはあまりにもお粗末なので、私としては、これは周囲の官僚
が苦し紛れに首相に進言した政策であったと信じたいです。

私は、この項目を最初に見た時には、首相が冗談でついでに言ったのかと思いますが、
どうやら冗談ではなさそうです。

前出の山田教授は「もちろん有難いと感じる家族も少しはいるでしょうが、マクロど
ころか超ミクロ過ぎる政策で。これを異次元と言われても・・・当事者の若者ががっ
かりしなければよいのですが」と、皮肉を込めて苦言を呈しています。

岸田首相の「少子化対策」がなぜこれほど空疎なのだろうか?これについて首相周辺
が明かしています。
    首相は子育て政策に何ら信念がありません。総裁選挙の公約でも大して触れ
    ていませんでした。そもそも首相は国会で『子育ては大きな負担ということ
    は経験している』と述べていましたが、裕子夫人は月間『文芸春秋』の対談
    で、ワンオペ育児だった(つまり父親である首相が関わることなく妻が一人
    で育児を行った―筆者注)ことを明かしていた。逆に首相がやったことと言
    えば、長男の翔太郎氏を秘書官に据える“箔付け”人事です。

実際には、「子育ては大きな負担ということは経験していなかった」ことが妻の口か
ら暴露されてしまっているのです。

それでは、このタイミングで少子化対策を打ち出してきた理由は何なのだろうか?こ
れは言うまでもなく、今春の統一地方選挙などに向けた選挙対策としか考えられませ
ん。

財源について、防衛費増加に対してはすぐに増税を決めたのに、少子化に対して財源
に触れようとしません。

実現の可能性があるのは、子連れ家族が博物館など国の施設で並ばずに入場できる制
度の導入という、超ミクロで、お金が全くかからない、「哲学なき」口だけの少子化
対策だけです。

ただし、私には、本気度も哲学もない岸田首相の少子化対策は論外として、少子化と
いう厳然たる事実、そしてそれが次世代以降の日本の急激な人口減少をもたらす危機
を防ごうとするなら、この現象の背後にある財源問題よりもっと根本的な原因に立ち
返って考える必要があると思います。

(注1)2023年3月17日 17:00 (2023年3月17日 19:10更新)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA174C20X10C23A3000000/?n_cid=NMAIL007_20230317_Y
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冬の寒さの中で懸命に咲くツバキ                                  春の到来を告げるコブシ
  

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少子化の本当の問題(1)ー縮小する人口と「老化」する社会ー

2023-03-18 10:14:55 | 社会
少子化の本当の問題(1)―縮小する人口と「老化」する社会―

厚生労働省は2023年2月28日、人口統計の速報値を公表しました。それによれば、
2022年の出生数が過去最少の79万9728人で、統計を取り始めた1899年以降初
めて80万人を割ったことが明らかになりました。

しかも80万人割れは2030年と想定されていたから、想定より8年ほど早かったこ
とになります。

一方で死者数は過去最多の158万2033人。死者数から出生数を引いた「自然減」は16年
連続で、減少幅は過去最大の78万2305人でした。ここには、少子高齢化による日本全
体の人口減がはっきりと表れています。

出生数減少の経緯をもう少し詳しく見ると、22年は前年より4万3169人(5・1%)減
で、これは新型コロナウイルスの感染拡大により出産を先送りする「産み控え」などが
影響したとみられる可能性はあります。

しかし、出生数は新型コロナ禍以前から7年連続の減少しており、必ずしもコロナ禍のた
めだとは言えません。

しかも出生数は70年第後半から一貫して減少しており、出生数の減少を長期の趨勢と
して考えるべきでしょう(表1参照)。

表1 日本の出生数の推移(1947年~2022年)

出所『毎日新聞』電子版(2023/2/28 14:29 最終更新 3/1 07:47)(注1)参照

岸田文雄首相は厚労省の公表の日、首相官邸で記者団の質問に答え、「出生数が80万
人を切り、危機的な状況だと認識している。少子化トレンドを反転させるために、今
の時代に求められる政策を具体化することが重要だ」と述べました(注1)。しかし
後に述べるように、事態は首相が考えるほど単純ではありません。

他の先進国におけるコロナ禍の影響を含めた少子化や人口動態を見ると、日本はやや
別の状況にあります。

すなわち、新型コロナウイルス禍で出産を取り巻く状況がまだ厳しい中でも、先進国
の8割で2021年の出生率が前年に比べて上昇し、反転しました。

経済協力開発機構(OECD)に加盟する高所得国のうち、直近のデータが取得可能な
23カ国の21年の合計特殊出生率(この場合、ある期間(1年間)における各年齢
(15~49歳の女性の出生率を合計したもの)を調べると、19カ国が20年を上
回っていたのです。

ただし、反転の背後には国家間の差も鮮明に現れました。男女が平等に子育てをする
環境を整えてきた北欧などで回復の兆しが見えた一方、後れを取る日本や韓国は流れ
を変えられていないのです。

21年の出生率に反映されるのは20年春から21年初にかけて妊娠した結果です。
まだワクチンが本格普及する前で健康不安も大きく、雇用や収入が不安定だった時期
でも北欧などでは産むと決めた人が増えたことを意味しています(表2))。

表2 各国の出生率の変化:欧米上昇 日本減少

出典:『日経新聞』電子版(2022年7月31日 2:00)(注2)参照 

なお、日本では出生数に先行する婚姻数も長期低下傾向にあります。1970年の婚
姻数は102万組でしたが、その後若干の増減を繰り返しながらも、2020年には
52万5000組みとほぼ半減しています(注3)。

これでは、人口減少は止まることはありません。では、こうした日本の少子化の現状
は、将来的にどのような展開をするのでしょうか?

国立社会保障・人口問題研究所は日本の総人口1億人割れを2053年と推計していま
すが、それはかなりの早まることを予想しています。

こうした事態を受けて岸田政権は子育て支援策の強化を打ち出しましたが、これまで
の出生数減によって子供を産める年齢の女性数が激減していくという「不都合な未来」
は変えようがありません。

つまり、すでに子供を生める年齢の女性が激減してしまっているという実態に対して、
そうした女性を後から増やすことは不可能なのです。

厚生労働省によれば、21年に誕生した子供の母親の年齢の85.8%が25~39歳です。
総務省の人口推計(同年10月1日現在)でこの年齢の女性数を確認すると943万6千人で
した。

これに対し25年後にこの年齢となる現在「0~14歳」は710万5千人で24.7%も少
ないことが分かっています。短期間にここまで「少母化」が進んだのでは、出生率が多
少上昇しても出生数そのものは減り続けます。

こうして、いったん子供を産む女性の数が減少すると、次の世代の女性はさらに減少す
る、という悪循環となります。

上の試算を適用すると、25年後に710万人5000人にまで減少した出産可能な女
性の数は、それ以後も年々減少することが想定されるのです。

こうした人口の減少は、さまざま影響を日本社会にもたらす。これについてジャーナリ
ストとの河合雅司は、もはやここまで来たら日本は「戦略的に縮小」する道を考えるべ
きだ、と提言しています。筆者もこの提言に大賛成です。

どういうことなのでしょうか。まず、人口減少が社会経済に及ぼす影響をみると、国内
マーケットの縮小と勤労世代(20~64歳)の減少が同時に進みます。

しかも、マーケットの縮小は実人口の減少にとどまりません。全体の人口は減少します
が、高齢化率は伸び続けるため、30年代半ばまでに消費者の3人に1人は高齢者となる
からです。

高齢になると多くの人は現役時代のようには収入が得られず節約に走りがちとなり、若
い頃のように消費しなくなる。今後の国内マーケットは一人あたりの消費量が減りなが
ら消費者数も少なくなるという“ダブルの縮小”に見舞われてしまいます。

他方で、自動車や住宅といった「大きな買い物」をし始める30代前半の人口は今後30
年で3割ほど減少し、その結果、倒産や廃業する企業が続出することが考えられます。

すでに“ダブルの縮小”に備える動きは一部で始まっています。たとえばファミリーレス
トランやコンビニエンスストアの24時間営業の見直しや、鉄道会社の終電時間の繰り上
げや運行本数の削減などです。

これらはコロナ禍による一時的な需要減少への対応ではなく、かねて進められてきたこ
とです。

しかし、これらの取り組みはほんの一部であり、大半の企業はいまだに売上高の拡大に
まい進しているのが実情です。しかし、拡大路線を続ければその分だけ行き詰まりは早
くなる、という皮肉な結果が待ち受けています。

若い世代の減少は日本からイノベーションを起こす力も奪います。「新しいこと」とい
うのは往々にして若者の挑戦から誕生します。

しかし、人手が足りなくなると会社組織は失敗に不寛容になりがちです。新しいことへ
の挑戦より目先の利益の確保が優先されるようになればマンネリズムに支配されます。
資源小国にとって技術力の衰退や新しい発想の欠如は致命的です。人口減少の最大の弊
害は日本社会全体が「老化」し、チャレンジ精神を失うことなのです(注4)。

岸田首相の勘違い
岸田首相は、「異次元の少子化対策」として、さまざまな育児支援策を打ち上げていま
す。もちろん、これも少子化対策ですが、あくまでもこれらは育児支援であって、すで
に子供をもった家庭を想定しています。

金銭的な育児支援もいくらかは少子化に貢献はします。しかし、その前になぜ、若者世
代(特に女性)の結婚数が減少し、進んで子供を産もうとしないのか、という根本的な
問題に目を向けていません。

そこには、結婚・出産・育児を積極的に行おうとする環境が整っていなっからです。

この「環境」には金銭的な問題のほかに、男女平等の価値観が定着すること、女性は家
庭で家事と育児に専念すべしという男性の古い価値観が変わること、出産と育児で一時
仕事から離れても後で職場復帰できること、子育ては家庭の自己責任ではなく社会全体
の責任であるという意識が名実ともに定着することなどが含まれます。

要するに、これは人口減少を止めるという問題を越えて、社会の根本的な変革の問題だ
ということを意味しています。これらの問題については、稿を改めて検討したいと思い
ます。

次回以降に、結婚・出産・育児は女性にとって多くの負担とリスクを負うことになる、
という実態を検討したいと思います。

(注1)『毎日新聞』(電子版 2023/2/28 14:29 最終更新 3/1 07:47)https://mainichi.jp/articles/20230228/k00/00m/040/057000c
(注2)『日経新聞』(電子版2022年7月31日 2:00) 
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCA1965P0Z10C22A7000000/?n_cid
=NMAIL007_20220731_A&unlock=1
(注3)『東洋経済Online』(2022/02/01 11:00)
https://toyokeizai.net/articles/-/505870?
(注4)『週刊朝日』(2023年3月10日号)
『AERA dot.』https://dot.asahi.com/wa/2023030100062.html?page=1




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ベースボールと「野球」:違うスポーツのよう?

2023-03-07 14:47:41 | スポーツ
ベースボールと「野球」:違うスポーツのよう?

2023年3月6日に大阪で行われたWBC日本代表チームの強化試合(対戦相手は
阪神)で、アメリカのロスアンジェルス・エンゼルス所属の大谷翔平選手が3番
指名打者で出場しました。

大谷の出場は大きな関心を集め、球場でもテレビの前でも多くの日本人が期待と
興奮に胸を膨らませて大谷の一挙手一投足をじっと見守っていましたのではない
でしょうか。

普段は野球中継をみることがほとんどない私も、この時はテレビの前に釘付けで
した。

第一打席では、思い切り大振りしましたが、バットは空しく空を切り、三振を喫
してしまいました。

やはり、強化試合とは言え、日本での初戦で、しかも時差ボケの影響もあり、ま
だ気持ちと体のバランスが整っていないのかな、と私は勝手に想像していました。

ところが、ランナーを二人おいた第二打席では、片膝を地面に着きながら、つま
り完全に体勢を崩されながらも、最後は右腕1本で、バックスクリーン横にホー
ムランを打ち込みました。

これには、現地で見ていた観客はいうまでもなく、テレビ観戦をしていた私や多
くの日本人は“度肝を抜かれた”のではないでしょうか。

大谷の前に2人のランナーがいたこと自体、なんとなく大谷の3ランホームラン
をお膳立てしたようで、昔のイチローに対する表現を借りると、大谷は“持ってる”
(運を持っている)選手だと感じました。

さらに第二打席でもふたたびランナーが2人出ていたので、ここでホームランを
打てば、二打席連続ホームランということになります。

しかし、いくら“持ってる”男でも、ここで再び3ランホームランはないだろう、と
内心思っていました。この時ピチャーが投げた球は体に近いインコース寄りでした。

テレビで見る限り、大谷は腕をたたんで、一見、詰まらされたようなバットの振り
でした。

私は直観的に、最後は失速してセンターフライに打ち取られたかな、と思っていた
のですが、何と、これもホームラン、しかも3ランホームランになったのです。

大谷自身も後で、この時のバッティングは完全ではなかったけれど、力でなんとか
ホームランにした、とインタビューに答えていました。

確かに、大谷の2打席連続3ランホームランは、文句の付けようがない素晴らしい
バッティングで、日本人として誇りたくなります。

しかし考えてみれば大谷は、アメリカプロ野球(NLB)でもホームラン王を競うほ
どのホームランバッターなのです。

もちろん、これには大谷のたゆまない努力があるとはいえ、やはり持って生まれた
才能(これだけは鍛えようがありません)と運が大きいと思われます。

ところで、今回の大阪での阪神戦では3打席2ホームラン、1三振、という結果で
した。偶然かもしれませんが、いかにもアメリカの「ベースボール」に合ったバッ
ティングだなあ、との感想を持ちました。

とにかく、来たボールに向かって思い切りバットを振る、当たればホームラン、当
たらなければ空振り三振、というダイナミックなバッティングがアメリカのベース
ボールにおける主流といってもいいプレイスタイルです。

この点を、昨年からシカゴ・カブスに移籍して、この春で1年プレーした鈴木誠也
選手にとってこの1年はどちらかと言えば不振の1年でした(打率0.262 ホームラ
ン14本)。

スポーツ記者のインタビューで、鈴木選手が日米の野球の違いについて聞かれて、
「日米の野球は、まったく違うスポーツだと感じている」と答えています。

彼は、アメリカのベースボールでは、送りバント(犠打)とか盗塁のような、細か
なプレーは重要視されていないとこを挙げています。

ちなみにアメリカでは、日本のような小技を駆使したきめの細かなプレイスタイル
を「スモール・ベースボール」と表現しています。

これを端的に表すのが、何本ホームランを打ったか、がバッターとしての優劣の基
準となります。反対に、「何回送りバントを成功させたか」、は評価の対象になり
ません。

犠打が上手い選手はこれは日本では大いに評価され「犠打の職人」と呼ばれます。

これらの細かなプレーも重視する日本の「野球」(日本で育ったベースボールを、
ここではあえて「野球」と表記します)からみるとアメリカの「ベースボール」は
いかにも大味で雑な感じがします。

これには、アメリカにおけるベースボールの歴史的背景があるのだと思います。ア
メリカのベースボールの特徴は、子供たちが楽しんだ「草野球」がそのまま大人の
世界に発展した、と要約できます。

つまり、アメリカのベースボールの原点は、投げて、打って、走ってというとても
シンプルな遊びが発展したスポーツなのです。

鈴木選手ははっきりとは言いませんでしたが、バッターとしてホームランを打つこ
とが期待されている、というプレッシャーがあったのかもしれません。

もちろん、アメリカの球界もファンも、ホームランだけを、あるいはピッチャーな
ら球の速さや三振数だけを優れた選手を評価するわけではありません。

このブログでも、以前、イチローがアメリカでなぜ高い評価を得たのかを4回ほど
詳しく紹介しました(注1)。

同じバントでもイチローが大リーグに移って初めて行ったバントは、相手の守備陣
形を見て三塁線ぎりぎりのコースを転がり、相手はファールになるかもしれずに球
の転がる様をじっとみているしかなく、結局安打となりました。

この絶妙のバントを当時のアメリカの解説者も絶賛しました。

また、シアトルの野球担当記者は、「誰もイチローのホームランを期待して観に来
るわけではない。イチローの何でもない内野ゴロが、彼の俊足でセーフになるかも
知れない、というそのスリルを味わいたいのだ」とも言っています。

彼が塁に出れば、まんまと投手のスキを突いて一塁から二塁へ、さらに二塁から三
塁へ盗塁を決めてしまうかもしれない、と観客はワクワクとスリルを味わった。

守りでいえば、2001年4月にライトの一番深いところから、三塁に地面すれすれの
レーザービームと言われた球を投げて走者をアウトにしてしまったこともありまし
た。当時、この送球は「全米を驚愕させた」、とまで言われました。

このほかイチローが2004年に打ち立てた、シーズン安打数262という記録は、
アメリカのベースボール史上70数年ぶりに記録を塗り替えています。

要するに、イチローは、バッター、走者、守備の全てにおいて、人々のスリルと感
動を与えたために、アメリアで高く評価されたのです。

上記のスポーツ記者は、イチローはアメリカのファンに、ベースボールがもってい
る新たな魅力と感動を改めて気づかせた、とも語っています。

私の研究テーマの一つである「文化交渉史」の観点からすると、イチローは、アメ
リカ生まれのベースボールに、日本の「スモール・ベ―スボール」の良さと楽しさ
を持ち込み、ベースボールを変えてしまったのです。

ただ、イチローは大谷と同様、天賦の才能と努力と運があったからこそ実現できた、
類まれな存在であることは確かです。

いずれにしても、今回のWBCには、これまで野球にあまり関心がなかった日本人
も大きな関心を寄せており、その関心の中心の一人は、大谷選手であることは間違
いありません。

ただ、私が個人的に注目しているのは大谷の他、実績のあるダルビッシュ投手と新
鮮な若侍といった感じの佐々木郎希投手です。

世界を見ればウクライナ戦争、トルコ・シリアの大地震、国内では物価の高騰など、
ますます軍事化を進める政府など、暗いニュースばかりです。

こんな世情の中で、嘘・偽りのないWBCというスポーツ・イベントは、私たちに無
条件の興奮と感動を与えてくれます。

これこそがスポーツという文化がもつ力なのでしょう。

(注)イチローの評価については、このブログの 2013年8月27日、9月1日、9月6日(以上、「イチロー
   とアメリカ社会」)、2019年3月31日(「イチロー引退の衝撃:アメリカ社会はイチローの何を見て
   何を評価したのか」)の記事を参照されたい。
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近くの「千本桜」(河津桜)は満開でした。                                 公園の梅も、今が盛りです。
    


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