「モノつくりニッポン」に暗雲―トヨタグループの不祥事―
以前このブログで、日本経済の衰退を象徴する現象として、「通信事業で敗退濃厚な日本」
(2023年12月25日)と「彼岸の『日の丸ジェット』はなぜ飛べなかったのか」(2024
年1月24日)という事例をみてきました。
今回は同じ現象の延長線上で、日本の「モノつくり」に暗雲が立ち込めている実態を、自
動車産業(トヨタ自動車)を通して検証します。
昨年から今年に入って、トヨタグループの自動車メーカに相次いで不正が発覚しました。
まず、ダイハツですが、ことの発端は、2023年4月、ダイハツで認証試験における不正が
発覚したことがきっかけでした。
その不正から23年12月20日、新たに見つかった不正として174個もの不正行為が行
われたことがわかりました。
その不正は大きく以下の5点、いずれも命に係わる重大な不正です(注1)。
1 エアバッグのタイマー着火による不正加工。本来センサーで検知してエアバッグを
作動させるものを、届け出試験に間に合わないという理由でタイマーによる作動で試験
を通した。命に係わる重大な不正です。
2 試験結果の虚偽記載。後方からの追突時の影響を、運転手側については実験せず、
助手席側のデータを試験結果として試験成績書に記載した不正。
3 歩行者との衝突時の速度の虚偽記載。
4 タイヤの空気圧の虚偽記載。過去の試験成績をもとに正しいタイヤの空気圧で試
験を行っても試験結果に影響しないと判断し、試験成績書には指定値に20キロパスカ
ルを加えた虚偽のタイヤ空気圧が記載されていたのです。
5 助手席頭部加速データの差し替え。全面衝突試験において、頭部への影響を、事
前にリハーサルで試験データを差し替えて認証試験に合格するように行われた。
「ダイハツ工業」はトヨタが完全子会社化した会社で、トヨタそのものでもあります。
ダイハツは、豊田だけでなく他の自動車メーカーの車やパーツも生産しており、その
合計は64車種に及んでいます。
しかも、問題の是正に1年間はかかるとされ、それまでは一切販売できません。さす
がのダイハツ(=トヨタ)にとっても大打撃です(注1)。
続いてトヨタの源流企業である豊田自動織機の不正です。
トヨタ自動車グループの豊田自動織機は29日、トヨタ向けに生産している自動車用
ディーゼルエンジン3機種の性能試験で不正があったと発表しました。
トヨタは対象エンジンを搭載する「ランドクルーザー」「ハイラックス」「ハイエース」
など、国内外で人気の高い10車種の出荷を停止することとなりました。
また、エンジンの供給を受ける日野自動車とマツダも、それぞれ1車種の出荷停止を発
表しました。
実は、豊田織機は昨年3月、自動車用エンジンに加えて、フォークリフト用エンジンな
ど4機種の性能試験でデータを差し替えるなどの不正があったと公表していました。
自動車用の不正は2017年以降に型式指定を取得したエンジンで判明しました。調査
委員会が行った豊田織機社員への聞き取り調査では、「17年以前から不正は行われて
いた」との証言もあったとしている。
豊田織機の伊藤浩一社長は記者会見で、「弁明の余地がない行為。管理職に現場の情報
が届いていなかった」と謝罪しました(注2)
豊田自動織機は、グループの創始者・豊田佐吉が発明した「G型自動織機」を製造・販
売するため、1926年に創業。現在はグループの中核企業の一つとして、自動車の車
両製造を行うほか、エンジンや電子機器、フォークリフトなどの産業用車両などを製造
している。2023年3月期連結決算の売上高は3兆3798億円でした。
自動車の部品は2万5000~3万点と言われ、航空機の10万点には及びませんが、
それでも非常にすそ野が広い工業製品です。
自動車は、2023年から過去4年間、販売台数は世界一で、日本の製造業の基幹産業であ
ると同時に、「モノつくり日本」の原点です。
日本の全輸出に占める自動車の割合も17%近くに達し、自動車産業に直接間接にかか
わる労働者も554万人に達します(注3)。
これまで、日本の自動車産業の未来は有望で、「モノつくり」こそがこれからも日本経
済の牽引車としての役割を果たしてくれるものと考えられてきました。
しかし、今回のような不正やずさんな製造管理が明らかになってしまうと、これまで築
き上げてきた世界的にも評価が高いトヨタ・ブランドが大きく傷ついてしまったことは
間違いありません。
トヨタグループの豊田章夫会長は、不正が「お客さまの信頼を裏切り、認証制度の根底
を揺るがす極めて重いことだと受け止めている」と強調し、グループ各社が「成功体験
を重ねる中で、大切にすべき価値観やものごとの優先順位を見失う事態が発生してきた」
と述べました。
そして、原点を忘れ、やってはいけないことをやり、販売してはいけない商品をお客様
に渡してしまった、と謝罪しました。
今回の不祥事はたんにトヨタ・グループだけの問題ではなく、日本における「モノつく
り」に暗雲が立ち込め、黄信号が灯ったことを意味します。
ところで、日本の車が世界各国で受け入れられ優位性をもっていたのは、主としてディー
ゼル車、ガソリン車ないしは部分的に電力を組み合わせた「ハイブリッド・カー」の分野
でした。
しかし、世界の自動車産業の主戦場は今や「プラグ・イン・ハイブリッド」車や燃料電池
を含む「新エネルギー車」(その中核は電気自動車=EV)になっています。
世界最大の市場である中国では、欧米に先駆けて猛スピードでEV化が進み、2022年の
EVの販売台数56万台で「新エネ車」の8割を占めている。
この年の日本の新車販売がガソリン車を含めて420万台であったことをみれば「EV
大国」中国市場の圧倒的な規模感が分かります。
2022年の世界のメーカー別EV販売台数をみると、首位はテスラで127万台、2位が
中国EV最大手、比亜迪(BYD)の87万台とテスラを猛追している。
さらにBYDのEVは23年の上半期にはテスラの88万9000代を抜いて191万
台に達し、360万台という世界最大の目標をほぼ達成しそうだ。
これに対してEV戦略で大苦戦を強いられているのが日本勢だ。トヨタの22年の新車
販売台数は1048万台と世界首位でしたが、EV販売に限ればわずか2万台に過ぎません。
ホンダは22年に中国でEVの新車種を発売したが、販売実績は1000台程度にとど
まったのです。
日産も新型EVのコンセプトモデルを公開したが、発売時期は未定だという。
中国の消費者の間で日本車が「時代遅れ」という印象をもたれつつあります。それには
いくつかの理由があります。
ヨーロッパ連合では、ガソリン車など内燃機関車の新車販売を2035年までに禁止する方
針で、アメリカも自動車メーカーにCo2の大幅削減を迫っており、新たな排ガス規制を発
表するなど、自動車市場のEVシフトは世界的な流れとなっています。
こうした世界の状況をみると、日本はガソリン車とハイブリッド車で成功を収め、世界
の市場で大きな位置を占めていたが、その成功体験が、EVへの転換を遅らせ、今では
世界の自動車産業の潮流から取り残されてしまった感があります。
中国のEVは、ただ電気で走るというだけでなく、BYDの「元プラス車」に試乗した
日本人は、走行音がほとんどなく、車内の豪華さとデザインの良さに驚いている。
車内には大型ディスプレーが並び、ナビゲーションや空調、オーディオをタッチパネル
で操作できる。
音声認識機能にも対応し、声だけで操作可能となっている。中にはマッサージ機能がつ
いたものもあるという。
なにより中国で人気のEVの車内はAI(人工知能)などを駆使した「スマートカー」
が主流となっており、日本のメーカーがEVに切り替えただけでは中国の消費者の心を
つかむことはできません。
自動車そのものの豪華さや利便性のほかに、EVの普及を可能にする充電設備の整備が
中国全土で急ピッチで進んでいます。また自動車ディーラーも新しいバッテリーに短時
間で交換できるサービスを提供しておりEVのためのインフラが充実しています(注4)。
以上、自動車産業に見られるように、日本の「モノつくり」の優位性はもうとっくに消
えてしまっています。過去の成功体験が新しい分野への挑戦を遅らせてしまったのは、
日本経済だけでなくの他の多く分野でも見られます。
これを受け入れることは心理的に辛いことですが、やはり現実を見つめることは必要です。
そこからしか、新たな日本の発展を築きあげることはできないのですから。
(注1)『Yahoo News』2023/12/26
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/8a8ee1190b305bc4a52a6a138c23e17c466c0114
(注2)『読売新聞ONLINE』2024/01/29 20:22
https://www.yomiuri.co.jp/economy/20240129-OYT1T50204/
(注3)日本や世界の自動車の生産、販売などの実態については、
JETRO(日本貿易振興会)『主要国の自動車生産・販売動向』(2023年11月)
https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/01/a19dc4f66e89813e/20230020.pdf
「jama」(日本自動車工業会) https://www.jama.or.jp/statistics/facts/industry/
を参照。
(注4)『毎日新聞』デジタル(2023/4/19 06:30 最終更新 4/19 14:11)
https://mainichi.jp/articles/20230419/k00/00m/020/002000c?utm_source=article &utm_medium=email&utm_campaign=mailyu&utm_content=20230419
『EV ENECHENGE』https://ev-charge-enechange.jp/articles/139/#sec5
以前このブログで、日本経済の衰退を象徴する現象として、「通信事業で敗退濃厚な日本」
(2023年12月25日)と「彼岸の『日の丸ジェット』はなぜ飛べなかったのか」(2024
年1月24日)という事例をみてきました。
今回は同じ現象の延長線上で、日本の「モノつくり」に暗雲が立ち込めている実態を、自
動車産業(トヨタ自動車)を通して検証します。
昨年から今年に入って、トヨタグループの自動車メーカに相次いで不正が発覚しました。
まず、ダイハツですが、ことの発端は、2023年4月、ダイハツで認証試験における不正が
発覚したことがきっかけでした。
その不正から23年12月20日、新たに見つかった不正として174個もの不正行為が行
われたことがわかりました。
その不正は大きく以下の5点、いずれも命に係わる重大な不正です(注1)。
1 エアバッグのタイマー着火による不正加工。本来センサーで検知してエアバッグを
作動させるものを、届け出試験に間に合わないという理由でタイマーによる作動で試験
を通した。命に係わる重大な不正です。
2 試験結果の虚偽記載。後方からの追突時の影響を、運転手側については実験せず、
助手席側のデータを試験結果として試験成績書に記載した不正。
3 歩行者との衝突時の速度の虚偽記載。
4 タイヤの空気圧の虚偽記載。過去の試験成績をもとに正しいタイヤの空気圧で試
験を行っても試験結果に影響しないと判断し、試験成績書には指定値に20キロパスカ
ルを加えた虚偽のタイヤ空気圧が記載されていたのです。
5 助手席頭部加速データの差し替え。全面衝突試験において、頭部への影響を、事
前にリハーサルで試験データを差し替えて認証試験に合格するように行われた。
「ダイハツ工業」はトヨタが完全子会社化した会社で、トヨタそのものでもあります。
ダイハツは、豊田だけでなく他の自動車メーカーの車やパーツも生産しており、その
合計は64車種に及んでいます。
しかも、問題の是正に1年間はかかるとされ、それまでは一切販売できません。さす
がのダイハツ(=トヨタ)にとっても大打撃です(注1)。
続いてトヨタの源流企業である豊田自動織機の不正です。
トヨタ自動車グループの豊田自動織機は29日、トヨタ向けに生産している自動車用
ディーゼルエンジン3機種の性能試験で不正があったと発表しました。
トヨタは対象エンジンを搭載する「ランドクルーザー」「ハイラックス」「ハイエース」
など、国内外で人気の高い10車種の出荷を停止することとなりました。
また、エンジンの供給を受ける日野自動車とマツダも、それぞれ1車種の出荷停止を発
表しました。
実は、豊田織機は昨年3月、自動車用エンジンに加えて、フォークリフト用エンジンな
ど4機種の性能試験でデータを差し替えるなどの不正があったと公表していました。
自動車用の不正は2017年以降に型式指定を取得したエンジンで判明しました。調査
委員会が行った豊田織機社員への聞き取り調査では、「17年以前から不正は行われて
いた」との証言もあったとしている。
豊田織機の伊藤浩一社長は記者会見で、「弁明の余地がない行為。管理職に現場の情報
が届いていなかった」と謝罪しました(注2)
豊田自動織機は、グループの創始者・豊田佐吉が発明した「G型自動織機」を製造・販
売するため、1926年に創業。現在はグループの中核企業の一つとして、自動車の車
両製造を行うほか、エンジンや電子機器、フォークリフトなどの産業用車両などを製造
している。2023年3月期連結決算の売上高は3兆3798億円でした。
自動車の部品は2万5000~3万点と言われ、航空機の10万点には及びませんが、
それでも非常にすそ野が広い工業製品です。
自動車は、2023年から過去4年間、販売台数は世界一で、日本の製造業の基幹産業であ
ると同時に、「モノつくり日本」の原点です。
日本の全輸出に占める自動車の割合も17%近くに達し、自動車産業に直接間接にかか
わる労働者も554万人に達します(注3)。
これまで、日本の自動車産業の未来は有望で、「モノつくり」こそがこれからも日本経
済の牽引車としての役割を果たしてくれるものと考えられてきました。
しかし、今回のような不正やずさんな製造管理が明らかになってしまうと、これまで築
き上げてきた世界的にも評価が高いトヨタ・ブランドが大きく傷ついてしまったことは
間違いありません。
トヨタグループの豊田章夫会長は、不正が「お客さまの信頼を裏切り、認証制度の根底
を揺るがす極めて重いことだと受け止めている」と強調し、グループ各社が「成功体験
を重ねる中で、大切にすべき価値観やものごとの優先順位を見失う事態が発生してきた」
と述べました。
そして、原点を忘れ、やってはいけないことをやり、販売してはいけない商品をお客様
に渡してしまった、と謝罪しました。
今回の不祥事はたんにトヨタ・グループだけの問題ではなく、日本における「モノつく
り」に暗雲が立ち込め、黄信号が灯ったことを意味します。
ところで、日本の車が世界各国で受け入れられ優位性をもっていたのは、主としてディー
ゼル車、ガソリン車ないしは部分的に電力を組み合わせた「ハイブリッド・カー」の分野
でした。
しかし、世界の自動車産業の主戦場は今や「プラグ・イン・ハイブリッド」車や燃料電池
を含む「新エネルギー車」(その中核は電気自動車=EV)になっています。
世界最大の市場である中国では、欧米に先駆けて猛スピードでEV化が進み、2022年の
EVの販売台数56万台で「新エネ車」の8割を占めている。
この年の日本の新車販売がガソリン車を含めて420万台であったことをみれば「EV
大国」中国市場の圧倒的な規模感が分かります。
2022年の世界のメーカー別EV販売台数をみると、首位はテスラで127万台、2位が
中国EV最大手、比亜迪(BYD)の87万台とテスラを猛追している。
さらにBYDのEVは23年の上半期にはテスラの88万9000代を抜いて191万
台に達し、360万台という世界最大の目標をほぼ達成しそうだ。
これに対してEV戦略で大苦戦を強いられているのが日本勢だ。トヨタの22年の新車
販売台数は1048万台と世界首位でしたが、EV販売に限ればわずか2万台に過ぎません。
ホンダは22年に中国でEVの新車種を発売したが、販売実績は1000台程度にとど
まったのです。
日産も新型EVのコンセプトモデルを公開したが、発売時期は未定だという。
中国の消費者の間で日本車が「時代遅れ」という印象をもたれつつあります。それには
いくつかの理由があります。
ヨーロッパ連合では、ガソリン車など内燃機関車の新車販売を2035年までに禁止する方
針で、アメリカも自動車メーカーにCo2の大幅削減を迫っており、新たな排ガス規制を発
表するなど、自動車市場のEVシフトは世界的な流れとなっています。
こうした世界の状況をみると、日本はガソリン車とハイブリッド車で成功を収め、世界
の市場で大きな位置を占めていたが、その成功体験が、EVへの転換を遅らせ、今では
世界の自動車産業の潮流から取り残されてしまった感があります。
中国のEVは、ただ電気で走るというだけでなく、BYDの「元プラス車」に試乗した
日本人は、走行音がほとんどなく、車内の豪華さとデザインの良さに驚いている。
車内には大型ディスプレーが並び、ナビゲーションや空調、オーディオをタッチパネル
で操作できる。
音声認識機能にも対応し、声だけで操作可能となっている。中にはマッサージ機能がつ
いたものもあるという。
なにより中国で人気のEVの車内はAI(人工知能)などを駆使した「スマートカー」
が主流となっており、日本のメーカーがEVに切り替えただけでは中国の消費者の心を
つかむことはできません。
自動車そのものの豪華さや利便性のほかに、EVの普及を可能にする充電設備の整備が
中国全土で急ピッチで進んでいます。また自動車ディーラーも新しいバッテリーに短時
間で交換できるサービスを提供しておりEVのためのインフラが充実しています(注4)。
以上、自動車産業に見られるように、日本の「モノつくり」の優位性はもうとっくに消
えてしまっています。過去の成功体験が新しい分野への挑戦を遅らせてしまったのは、
日本経済だけでなくの他の多く分野でも見られます。
これを受け入れることは心理的に辛いことですが、やはり現実を見つめることは必要です。
そこからしか、新たな日本の発展を築きあげることはできないのですから。
(注1)『Yahoo News』2023/12/26
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/8a8ee1190b305bc4a52a6a138c23e17c466c0114
(注2)『読売新聞ONLINE』2024/01/29 20:22
https://www.yomiuri.co.jp/economy/20240129-OYT1T50204/
(注3)日本や世界の自動車の生産、販売などの実態については、
JETRO(日本貿易振興会)『主要国の自動車生産・販売動向』(2023年11月)
https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/01/a19dc4f66e89813e/20230020.pdf
「jama」(日本自動車工業会) https://www.jama.or.jp/statistics/facts/industry/
を参照。
(注4)『毎日新聞』デジタル(2023/4/19 06:30 最終更新 4/19 14:11)
https://mainichi.jp/articles/20230419/k00/00m/020/002000c?utm_source=article &utm_medium=email&utm_campaign=mailyu&utm_content=20230419
『EV ENECHENGE』https://ev-charge-enechange.jp/articles/139/#sec5