大木昌の雑記帳

政治 経済 社会 文化 健康と医療に関する雑記帳

遺伝子組換え企業・モンサント(2)-成長・拡大の背景-

2015-10-28 21:37:10 | 食と農
遺伝子組換え企業・モンサント(2)-成長・拡大の背景-

モンサントの野望について説明する前に、遺伝子組換え作物の背景をもう少し知る必要があります。

古くは、稲なら稲の中で寒さに強かった穂、あるいは干ばつに強かった穂から採った籾を選んで翌年の種籾として使ってゆく、
という品種改良が行われてきました。

また、近年では、同じ品種の植物ではあるが、性質の違った植物個体と掛け合わせて優良品種を作る品種改良が一般的に
行われています。これは、1代雑種と呼ばれ、種の袋にはF1と表示されています。

これに対して遺伝子組換え植物は、前回書いたように、植物に昆虫や他の菌類の遺伝子を組み込んだもので、従来のもの
とは次元の異なる化け物的なキメラ植物です。

では、なぜ、モンサントは、このような化け物的な植物を作るようになり、なぜそれがアメリカを席巻し、開発途上国を飲み込
みつつあるのかを見てみましょう。

前回の冒頭で書いたように、ベトナム戦争後,枯葉剤の売り上げは激減したため,モンサンとの主力商品はランドアップとい
う、世界で最も売れている除草剤となりました。

ところが、ラウンドアップの特許が2000年に切れたので,どの企業もランドアップと同じ原料と組成で,いわばジェネリック除
草剤を作ることができるようになりました。

そこで,ラウンドアップの売り上げを増やしつつ,全く新たな商品を開発することを追求しました。

それが,ラウンドアップに耐性をもった遺伝子組換え作物の開発です。

ラウンドアップで除草するということは,植物全般を枯らせてしまうので,その成分が土中に残っている限り,大豆やトウモロ
コシなど収穫を目的とする作物を作るはできません。

モンサントが目指したのは,ラウンドアップを撒いても枯れない,「ラウンドアップに耐性をもった」(Roundup Ready)作物を開発
することでした。


もし,これが可能となれば,農作業の中でも最も手間のかかる除草が省け,そして通常の,あるいはもっと多くの収穫が期待
できることになります。

これだけでも,夢のような話ですが,モンサントは莫大な資金を投入して,さらに強力な武器を組み込みました。

それが,昆虫やある種の菌やバクテリアの遺伝子のうち,毒物を生産する遺伝子を組み込んだ遺伝子組換え作物です。

この作物の葉や実を虫が食べると,その虫は毒物の作用で死んでしまいます。従って,殺虫剤は要らなくなる,というのが
モンサントの主張です。

農業生産者からみると,確かに,ラウンドアップを使えば除草の手間が省ける上に,遺伝子組換え作物を使えば殺虫剤も
要らなくなり,名実ともに「夢の組み合わせ」です。

モンサントにとっては,特許の切れたランドアップの売り上げを増やして,遺伝子組換え作物の種苗の販売増加と,さらに
そのロイヤリティを収入を得ることができる,「夢の商品」です。

そして,社会一般に対してモンサントは,これこそ,環境を守り,世界の食糧不足を解決する最善の方法だと主張できます。

この広告するために莫大な広告費を投入したのです。フランスの場合,2000年3月~5月の2か月だけで381回もテレビの
主要局でCMを流しました。

では,この遺伝子組換え作物は本当に問題ないのでしょうか?

実は,ランドアップ耐性の遺伝子組換え作物自身に深刻な問題あり,さらにその問題を隠蔽するためのモンサントの行動と
倫理にも大きな問題があります。

まず,ラウンドアップの健康被害の問題から考えてみましょう。

ラウンドアップとは,1960年代末に発見されたグリホサートという化学物質に,モンサントが付けた商品名で,「一網打尽」と
いう意味があり,まさに意味深長な名称です(以下の記述では,両者の言葉を代替的に使用する)。

この特性は,「非選択的」または「全面的」な作用にあります。つまりあらゆる植物を枯れさせる能力です。

グリホサートは、植物体内の水分によって,直ちに茎や葉に届けられます。そこで,葉緑素やいくつかのホルモンの活動を
減退させ,組織の壊死に続いて植物の死に至る,という原理です。

その除草能力は,1970年代に,またたく間にヨーロッパに広まり,モンサントは大成功を収めました。

ラウンドアップの宣伝文句は「環境に優しい」「100%生分解性」(無害なものに分解する)「土壌に残留しない」という,いい
ことづくめでした。

ラウンドアップは農業従事者たちに大歓迎されました。大量にラウンドアップを使用して雑草だらけの畑をきれいにし,それ
から次の作物の種を蒔くことができるようになりました。

雑草の管理に手を焼いていた緑地,ゴルフ場,自動車道,鉄道などの公共施設の管理者の間でも,ラウンドアップは人気を
博しました。

しかし除草を行う人は,防水つなぎ,ガスマスク,防護ブーツに身を固め,背中にタンクを背負ってランドアップ溶液の散布を
行っていたのです。

ところが,ゴムのブーツは,ラウンドアップのために2か月でボロボロになる使えなくなってしまうのです。

しかし,他方でグリホサ-トはさまざまな健康被害(中毒症状)を引き起こしてきました。ランドアップの散布・被爆後に起きる
人体の急性中毒症状には,胃腸病,嘔吐,肺の膨張,肺炎,意識混濁,赤血球細胞の破壊などが含まれます。

実際には,1980年ころまでに少しずつ健康被害が表面化し始めました。当初,ラウンドアップを使用した農業者に起こった
健康被害は,眼や皮膚の炎症,吐き気,めまい,頭痛,下痢,眼のかすみ,発熱,虚弱などの症状でした。

カリフォルニア州では,ラウンドアップは,庭師が患ってる農業関連の病気のもっとも共通した原因でした。そして,一般の
農業従事者の場合は,農業関連の原因の3番目がラウンドアップでした。

しかし,ラウンドアップの問題は,人間への健康被害に留まらず,自然界へ甚大が環境汚染をもたらします。

かつて,日本のテレビコマーシャルで,ラウンドアップは田畑に撒いても自然に分解するのでまったく自然界には悪影響を
与えな,と繰り返し語っていました。

しかし現実には,ミミズ,土壌菌,有益真菌類に対しても毒性が強いことが分かっています。

ミミズや土中の微生物は植物の生育になくてはならない生態環境を構成していますので,これは大きな問題です。

また,森林が枯れるなどの二次被害も測定されています。

地中に撒いたラウンドアップはやがて地下水となって川や海に流出します。魚にたいする毒性が人間より100倍も強く
作用しますし,他の野生生物にも直接的,生理学的な影響がでています(注1)。

これは明らかに,モンサントの宣伝文句,「環境に優しい」「100%生分解性」「土壌に残留しない」の全てに違反しています。

ここまでは,ランドアップという除草剤だけの問題でしたが,この除草剤が遺伝子組換え作物とセットになることによって,別の
問題が加わります。

それについては次回以降で具体的に考えてゆきたいと思います。



(注1)(増補版)『エコロジスト』誌編集部編『遺伝子組み換え企業の脅威―モンサントファイル―』(緑風出版,1912年61ページ)

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

遺伝子組換え企業・モンサント(1)―アメリカの新たな食糧覇権の野望―

2015-10-28 21:09:17 | 食と農
遺伝子組換え企業・モンサント(1)―アメリカの新たな食糧覇権の野望―

『モンサント』という企業の名前は一般には,あまり知られていないかもしれませんが,世界で最も売れていて,
日本でも広く使われている除草剤の「ラウンドアップ」のメーカーと聞けば思い当たる人もいるでしょう。

しかし,その正体は,たんなる除草剤メーカーに留まらず,むしろ,遺伝子組み換え作物を武器として,食糧の
支配を通じた世界覇権を追求するという,アメリカの新たな野望を体現している企業です。

これは,「世界の警察」として軍事的覇権を追求するより,コストも安く危険も少ないだけでなく,アメリカに
莫大な利益をもたらす,ある意味で究極の世界支配の戦略でもあります。

これは,食糧自由が40%を割る日本に非常に大きな影響を与える可能性があるのに,残念ながら,日本ではモ
ンサントを核とするアメリカの野望に対する国民の関心も政財界の理解も極めて弱い状態にあります。

この企業の犯罪性を追求してきたフランスンのジャーナリストでドキュメンタリー映画作家の,マリー=モニク
・ロバンは,長年にわたる調査結果を,邦訳では本文だけでも518ページに及ぶ大著,『モンサント―世界の農業
を支配する遺伝子組み換え企業―』(注1)として出版し,同時に,同じテーマのドキュメンタリー映画『モン
サントの不自然な食べ物』(日本では2012年にDVDが発売された)が公開されました。

まず,モンサントについてロバンの自身による説明と,「日本語版解説」をごく簡単に紹介しておきます。

モンサントは,1901年,アメリカのミズーリ州で設立された小さな化学企業として出発しました。

その後,アメリカの戦争への協力を通して政治の世界に深く浸透しそれを巧みに利用して成長するという,アメ
リカの産業の典型的な道を歩んできました。

ロバンがモンサントと関わるきっかけは,インドでの生物多様性の調査を歩き回った後,同行したインド人の次
の言葉でした。

モンサントを調べてください。あのアメリカの多国籍企業の正体を暴かなければ。あの会社は,植物の種子
  に手を出しています。ようするに,世界の食糧を独占するつもりなのです・・・・(11ページ)(注2)

どういうことなのか?

ロバンはモンサントの「7つの大罪」として以下の問題を挙げています。

1.日本でも深刻な健康問題を引き起こした,猛毒で発ガン性のあるPCBを世界中に蔓延させた。
2.ベトナム戦争で使われ,今なお深刻な被害が続く,ダイオキシンを含む枯葉剤(オレンジ剤)で400万人が
  ダイオキシンに曝露し,多数の奇形児が産まれた。
3.牛成長ホルモンン(ポジラック)の製造,販売で,ホルモンが肉や牛乳に残存し,アレルギーやホルモン
  異常,ガンを引き起こす と指摘されている。(2008年,製造から撤退)
4.除草剤(ラウンドアップ)の製造・販売。世界で最も売れた除草剤。発ガン性・流産等の可能性があり,
  「安全」をうたった広告 は虚偽との判決が出ている。
5.GM(遺伝子組み換え)大豆(ラウンドアップ・レディ)。南米各国に,政治工作や謀略によって普及させ
  た。パラグアイでは,反対する農民が政府に逮捕・殺意害された。
6.GMトウモロコシ。メキシコで,紀元前5000年からの伝統種の遺伝子を汚染させ,生物多様性が破壊された。
7.GM綿花(ボルガード) インドで大キャンペーンを張って販売した。しかし宣伝ほど収量が増えず,その
  結果多数の農民が破産した。

以上に挙げた「7つの大罪」は,主要なものだけであり,その背景には,利益のためなら人の命を犠牲にしても
平気な,企業の倫理を外れた利益最優先の企業観があります。

しかしモンサントの本当の大罪は,それらの奥にある,もっと深くて恐ろしい野望です。それについては,おい
おい説明してゆきます。

モンサントは1997年から「食物,健康,希望」という人の心をつかみそうなスローガンを掲げて宣伝活動を開
始しました。

とりわけ,遺伝子組み換え(以下GMと略記する)の大豆,トウモロコシ,綿花,菜種を各国に売り込むことに
成功しました。

2007年には,世界全体の遺伝子組み換え作物の90%はモンサントが特許を所有しており,事実上,世界の遺
伝子組み換えの種子や苗はモンサントの独占状態にあります。

耕作面積で見ると,2014年の世界の総耕作面積,約14億ヘクタールのうち,GM作物の栽培面積は1億8150ヘ
クタール,つまり13%も占めているのです。

GM作物栽培の発祥地アメリカではこの商業的栽培が始まった1996年には170万ヘクタールでしたが,2014年に
は世界第一の7,310万ヘクタール,実に日本の国土面積の5倍の広さに迫っています。

現在では大豆の94%,トウモロコシの93%,綿の96%はGM作物で,アメリカはまさに「GM作物大国」で
す。これらに続きナタネもその多くがGM作物です。

アメリカの他では,中南米諸国,アフリカ,インドなどが続いています。

日本政府はGM作物の栽培を認めていますが,「人気が出ないのでは」などという懸念から一部の花を除き商業
栽培は始められていません。

ただし,財務省貿易統計などを基にしたバイテク情報普及会の計算では、日本は年間約1700万トンのGM作物
を輸入しており,輸入大豆の91%、トウモロコシの83%などはGM作物です。

店頭で「GM使用」表示を見ないのは、輸入したトウモロコシの大半は家畜の飼料に使われ消費者の目に届か
ないため。また、大豆、ナタネといった作物は油類向けに多くが使われていますが,遺伝子の成分である蛋白
質を含まないという理由で食用を含む油類の表示義務はありません(『日本経済新聞』2015年7月28日)。

これらは製品として、あるいは農作物として輸入されているものですが、このほか日本は遺伝子組み換え作物
の栽培も認めています。

厚生労働省の「医薬食品局食品安全部」がインターネット上で公表している、「安全性審査の手続きがなされ
た遺伝子組換え食品及び添加物一欄」(平成27年3月26日)をみると、ジャガイモで8品目、大豆20品
目、てんさい3品目、トウモロコシ201品目がリストアップされています。(注3)

ところで,「遺伝子組み換え作物」あるいは「遺伝子組み換え植物」という言葉はよく聞きますが,具体的に
どんな仕組みなのでしょうか。

遺伝子組み換え作物とは,チョウやガなどの鱗翅目に殺虫性を示す土壌細菌Bacillus thuringiensis(枯草菌
の近縁種 以後Btと略す)の殺虫性タンパク質の遺伝子を組み込んだ害虫抵抗性植物を指します。

この遺伝子を組み込んだ植物(Bt植物)の葉を昆虫の幼虫が食べると死んでしまいます。

ただし,実験によると,このBt植物は,標的とされている昆虫以外の貴重な昆虫をも殺してしまうことも分か
っています(注4)。

この他にも遺伝子組み換え作物には人体,広範な自然環境,農民の経済負担,などなど多くの問題があります
が,それらについては順次説明してゆくとして,その前に,モンサントのBt作物を浸透させる非常に重要な,
もう一つの側面を指摘しておきます。

それは,Bt作物は,それ単独で販売されるのではなく,冒頭で触れた除草剤,ランドアップと組み合わせるこ
とによって,Bt作物の世界で他の追随を許さない地位を獲得してきたのです。

つまり,除草剤を土地に蒔くことによって,確かに雑草は枯れてしまいますが,それでは作物も死んでしまい
ます。

そこでモンサントは,ランドアップには耐性(Roundup Ready)をもった遺伝子をも組み込んだ遺伝子組み換え
作物を開発したのです。

これによりモンサントは,一方で殺虫剤の使用量を減らすことができ,他方で荒地から雑草を駆逐し,殺虫
剤の使用を減らし,さらに毎年の除草労働から農民を解放してくれる,と宣伝してきました。

これを要約してモンサントはBt作物を「食物,健康,希望」という言葉で宣伝し,アメリカ本土と,開発途
上国で受け入れられていったのです。

もし,モンサントのいうように,何の問題も無ければBt作物は名実ともに,奇跡の作物,夢の作物と言える
のですが,実際にこれを採用した地域では,かなり悲惨な実態が起こっています。

これについては,次回から説明してゆきます。

(注1)戸田清監修,村澤真保呂,上尾真道訳,作品社,2015年1月,原著は 原題はLe Monde Monsanto, 2008. 本文の他に,河田昌東「日本語版解説 
モンサントのGMO作物と日本」,アンベール・雨宮裕子「マリー=モニク・ロバンの活動について」,村澤真保呂「訳者あとがき」が付されている。
(注2)カッコ内の数字は,上記ロバンの『モンサント』の引用ページを示す。
(注3)http://www.mhlw.go.jp/topics/idenshi/dl/list.pdf (2015年9月15日閲覧)
(注4)さらに詳しい説明は,以下を参照。 http://www.jba.or.jp/top/bioschool/seminar/q-and-a/motto_06.html (2015年9月10日閲覧)


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

恋人要らない,結婚したくない(2)―結婚もコスパ悪い?―

2015-10-22 21:23:01 | 社会
恋人要らない,結婚したくない(2)―結婚もコスパ悪い?―

結婚に対する意識は,過去30年に大きく変わりました。まず,おおざっぱな趨勢を見てみましょう。

厚生労働省の時系列統計では,1984年には,「結婚するのが当たり前だ」と考えていた人は全体で61.9%,「必ずしも結婚する必要はない」
は34.3%で,多くの若者は,結婚するのが当たり前と考えていました。

しかし1993年を境に,「必ずしも結婚する必要はない」と考えていた人は50.5%, 結婚が当たり前と考える人は44.6%と,両者の比率は逆転
しました。

そして,2008年には前者が59.6%, 後者が35.0% と,その差は大きく開いています。

これは,漠然とした結婚観にすぎませんが,もう少し具体的な内容をみてみましょう。

ちなみに,「結婚は必ずするべきだ」と「結婚はした方がよい」を合計した,結婚に肯定的な人の割合は,日本が64.5%でしたが,アメリカは
53.4%, フランスとスウェーデンでは4割を下回っています。

未婚者の男性のうち,「いずれ結婚する」と考えていたのは,今から33年前の1982年には,男性95.9%,女性は94.2%で,ほぼ全員がいずれ
結婚したいと考えていました。

この数字は,15年後の1997年には,男性が85.5%, 女性が88.3%と,両者とも10ポイン以上減少しています。

そして,2010年には,男性で84.8%,女性は87.7%で,この間の十数年間はほぼ変化していません。

意識の問題とはいえ,「いずれ結婚する」割合が10%減少したことは,日本全体にとっては,非常に大きな変化です。

それでは,この場合の「いずれ」とはどんな状況を想定しているのでしょうか?

同じく未婚の男女の意識調査によると,「ある程度の年齢までには結婚するつもり」対「理想の結婚相手が見つかるまでは結婚しなくてもかまわ
ない」の比率は,1987年の男性の場合には60.4%対37.5%, 同年の女性は54.1%対44.5%でした。

この比率は,2010年になってもそれほど多くは変わっていません。すなわち男性の場合55.1%対44.1%,女性の場合,56.1%対42.6%でした。

この間に,実際に結婚した平均年齢をみると,男性は1982年には28.3才,女性は25.6才であったものが,2010年には30.4才と28.4才へと,男性
で約2才,女性で3才ほど高くなっています(『厚生労働白書 平成25年版―若者の意識を探る―』,61,66-68ページ)。

それでは,直近の状況はどうなっているのでしょうか。

日本生命保険が2015年6月15日に,結婚に関するアンケート調査の結果を発表しました。

この調査は,日本生命保険が2015年4月、契約者を対象にインターネットで実施したもので,2万438人(男性1万868人、女性9570人)が
回答しました。

「結婚したい」は26.5%、「できれば結婚したい」は19.1%で、結婚願望があるのは全体の45.6%で,半数以下でした。

一方、「結婚したくない」は15.1%、「あまり結婚したくない」は9%で、全体の24%,約4人に1人が結婚に後ろ向きでした。

男女別では、結婚に後ろ向きな回答は女性が31%で、男性(16.3%)の2倍近い割合です。

女性の結婚にたいする期待度は男性よりずっと低く,3割の女性が結婚には消極的ないしは否定的です。

結婚したくない理由については、「一人でいるのが好き」というのが男女通じて最も多く、女性が29・8%、男性が28・5%だった。このほか、

「結婚にプラスのイメージが持てない」は女性29・0%、男性17・1%。「何となく」と答えた人も女性で19・6%、男性では22・5%もいた。

恋愛の場合と同じで,結婚生活も何かと煩わしく,家庭に拘束されるより,趣味や旅行や友人との交流に使える自由な時間を持ちたい,と,
と考えているようです。

ニッセイ基礎研究所のチーフエコノミスト矢嶋康次さんは「出産・子育てのほか、夫の親の介護を押しつけられるなどして、自分のキャリア・
アップを中断せざるを得なくなる女性がまだ多い。そんなことから女性は、男性以上に結婚をネガティブにとらえているのでは」と分析してい
ます。

結婚は女性にとって,プラスよりもマイナスの方が多いと考えている女性が多いということです。

ここでも,女性にとって結婚は,やはり「割に合わない」,つまり「コスパ悪い」ということのようです。

「経済的な不安」を理由に挙げたのは男性が16.4%だったのに対し、女性は4.2%にとどまりました。

男性は,結婚すなわち自分が家計を支える,という意識が働いるのにたいして,女性は,家計は自分も働くのでそれほど気にしないのでしょう。

これを裏付けるように,独身女性に対して働き方の希望に関して質問したところ、82%が「共働き」と答え、「夫のみ働く」は13.9%,20〜30
代の女性は約9割が共働きを望んでいることが明らかになりました。

円満な結婚生活に必要なものは、既婚者、独身者ともに「思いやり」「経済力」「我慢・忍耐」が上位を占めましたが,これはいつの世も同じ,
標準的な要素です。

矢嶋さんは,「女性が結婚しても不利にならない職場や子育て環境を整備しないと独身志向はますます強まる」と指摘しています。

同時に,男性の経済的不安が女性より高いことについては「非正規雇用の増加が大きく影響しているのではないか,とも分析しています。

派遣法の改正で,人さえ変えればいつまでも派遣労働者を使い続けることができるようになったので,これからはますます非正規雇用が増
えてゆくことが考えられます(『毎日新聞』2015年6月16日;『読売新聞2015年7月4日』。

現在でさえ,若年者(学生除く15〜24歳)の3分の1は非正規というデータがあるのに,今後,正規労働者の割合は,さらに増えてゆくことが
考えられるので,結婚しない,あるいはできない若者は,さらに増えてゆくことが考えられます。

実際,アベノミクスが本格化した過去3年間に,生活保護世帯は150万ぁら162万へ,過去最悪の状態まで上昇しまた。

この背景には,労働者の実質賃金が26か月連続でマイナスを記録しています。

問題の労働環境ですが,正規労働者は60万人減る一方で,非正規労働者は180万人も増えています。

安倍首相は,労働者の雇用は増え,賃金が上がったと吹聴していますが,雇用の増加の中身は,正規労働者が非正規労働者に置き換え
られたのが実態です。

こうした,現在,結婚にかんして経済的不安を感じていない女性は,4%ほどですが,ごく最近の庶民の経済状態の悪化をみると,はたして,
これからも,そう言っていられるかどうか分かりません。

全体的な貧困化が進む中で,結婚して苦労するよりは,独身でいて仕事を続け,好きなことをやり,自己実現を目指したほうが充実した人生
を送れる,と考える女性が増えることは十分考えられます。

もう一つの可能性としては,「結婚」という法律的な形をとらず,「事実婚」が増える可能性もあります。
先に示したように,フランスやスウェーデンのように,「結婚」肯定派は4割を下回っていますが,数字には表れない「事実婚」を含めると事情
は変わってくると思います。

長期的趨勢として,離婚率は高まることはあっても下がることはなさそうなので,離婚に伴うエネルギーの消耗,煩わしさ,大変さを考えると,
最初から正規の結婚をするのではなく,事実婚を選択する人は増えるでしょう。

結婚に関して今後の見通しとしては,これからは,ますます,結婚によるメリットとデメリットを厳格に考え,デメリットの方が大きい,言い換え
ると「コスパ悪い」と思えば結婚を思いとどまる人が増えてゆくでしょう。

いずれにしても,結婚の形態は今後は形を変えて多様化してゆくことが考えられます。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

恋人要らない,結婚したくない(1)―恋愛はコスパ悪い―

2015-10-16 07:47:06 | 社会
恋人要らない,結婚したくない(1)―恋愛はコスパ悪い―

最近の調査によれば,未婚の男女の間で恋愛と結婚にたいする関心が弱くなっているようです。

マスメディでは,特に恋愛に対する若者の心情を,「コスパ悪い」と表現します。つまりコスト(手間暇かけること)をかける割にパフォーマンス
(得られること)が悪い,効率が悪い,という意味です。

では実態はどうなっているのでしょうか。

平成27年度の総理府の「結婚・家族形成に関する意識調査」によれば,20~30代の未婚者で今恋人がいない人に対して「今,恋人がほし
いですか?」の問いに,全体の約40%がNOと答えています。

単純に比較はできませんが4年前に「恋人が欲しくない」と答えた人は31.6%でしたから,今回より6ポイントも低かったのです。

全体としてみると,男女ともに“草食化”からさらに“絶食化”へと進んでいると言えるかもしれませんが,もう少し詳しく見る必要がありそうです。

年代別でみると男女とも30代よりも20代の方が「恋人が欲しくない」率が高く、男性20代は39.7%、女性20代は41.1%に上りました。
20代では,恋愛よりも自分自身の生活の方が大切なようです。

男女別でみると、女性が39.1%と男性の36.2%を上回っています。わずかではありますが,女性の方が恋愛にたいする欲求は少ないようです。

収入別では、男女とも収入がない層は約半数が「欲しくない」と答えましたが、収入が高くなるほど恋人が欲しい率が高まり、男性は年収400万円
以上で79.7%、女性は200万円以上で70.7%が「欲しい」と回答しています。

こうしてみると,特に男性の場合,恋人を欲しいと思うかどうかは収入によって大きく左右されることも確かなようです。

ただし,こうした条件を考慮してもなお,恋愛に積極的ではない独身男女が予想外に多いことに驚きます。

「恋人が欲しくない」とした人の理由(複数回答)は、多い順に「恋愛が面倒」が最多で46.2%、次いで「自分の趣味に力を入れたい」(45.
1%),「仕事や勉強に力を入れたい」(32.9%),「恋愛に興味がない」(28%)でした(『毎日新聞』2015年6月16日)

つまり,恋愛には時間がかかるし,喜びや落胆など感情がかき乱されたり,イライラしたり,とにかく面倒だ,それより,自分の好きなことをして
いたほうが気が楽だし,楽しい,ということのようです。

しかし,後に述べるように,これが本心かどうかははなはだ疑問です。

それにしても,「恋愛に興味がない」と答えた若者が28%もいるのは驚きです。もし本心だとしたら,「取りつく島がない」という感じです。

上に引用した「恋愛に関心がない」、恋愛に消極的どころか、5人に1人が「片思いすらしたことがない」との調査もあります。

結婚情報サービス大手「オーネット」が2015年1月に公表した新成人(20才)600人を対象にした調査はさらに驚くべき状態を示しています。

20歳になったばかりの若者のうち,交際経験が「ゼロ」が47・8%(男50%、女45・7%)でしたが,これは理解できます。

しかし,「片思いを含む恋愛経験」がゼロ、つまり人を好きになったことがない人が、19%(男16・7%、女21・3%)もいるという結果には
少し驚きます。2009年のこの割合は16・3%でしたから、増加傾向にあることは確かです。

恋愛に消極的な男性を「草食系男子」と呼ぶようになったのは2006年ころからです。この言葉を世に広めたマーケティングライター、牛窪恵さん
によれば,「『草食系男子』の取材を始めたのは06年ごろですが、当時から『恋愛に関心がない』との20代女性も多かった。恋愛離れは男女共
通の現象と言えます」と言っています。

牛窪さんは,2006年当時20代後半の人たち,いわゆる「ゆとり世代」と呼ばれる男女を中心に、結婚に至らない恋愛は無駄だ、と考える人が
人が多い」と見ています。

その背景を牛窪さんは次のように分析しています。

まず,彼らの親はおおむね1960年代生まれで,入社数年後にバブル崩壊、その後の不況に遭遇した。「ゆとり世代は、親からの教育も周囲の
空気も『無駄なことをせず、効率的に』だった。だからとにかく先の見えないことやリスクを避ける意識が強い」と分析する。その結果、不確定な
恋愛に時間やお金をかけるのは「コスト・パフォーマンス」(コスパ)が悪いということになるようです。

恋愛はしたがらないし、恋愛意欲も弱い,という流れのようです。

こうした傾向が,「ゆとり世代」の特有のものなのかどうか,さらに検証が必要だと思います。

それでも,少子化の問題を担当した新聞社のある記者のコメントは示唆的です。

彼の知人でゆとり世代の少し上、現在29歳の会社員男性は、顔立ちも服装もシュッとしていてモテそうだが「カノジョ? いや、いたことないです」。

中学・高校と男子校で、大学も会社も男が圧倒的に多い。「だから周囲に交際歴がない人が多いし、焦りもない。正直、風俗店には行きますが、
恋愛はいらないし、好きになる女性もいないなあ。だって2年、3年と付き合って別れたりしたらすごく『損』じゃないですか」。結婚願望はあるから、
いずれ「婚活」をする、という。

この友人は,恋愛を「損か得か」「効率的かどうか」という視点で見ています。

若者に「恋愛に関心がない」というのは本心かどうか疑問を呈する人もいます。

少子化対策の一環として恋愛行動の研究を始め、「恋愛学」の授業を開く早稲田大学の森川友義教授も,「僕は自分をだますウソだと思う」と指
摘しています。

森川氏によればその心理は,達成したい目標があるのにできない。ストレスになる。この矛盾を埋めるために自分を正当化する言い訳を考える、
というものです。

好きな人がいる、交際したいという欲求はあるが、実現できない。だから「恋愛に興味がない、めんどくさい」と自分を納得させる言い訳をする。

なくなったのは恋愛への関心ではなく、口説いて恋愛する能力、男女間のコミュニケーション能力と、恋愛にかける時間、金、労力です。

さらにその背景として森川氏は、近年のスマートフォンなど、「便利で面白い機器の普及」があると見ています。国の「出生動向基本調査」では、
性交渉未経験率(18〜34歳、未婚者)は90年代から低下傾向でしたが、2005年に男性31・9%、女性36・3%で底を打ち、10年に男性で
4ポイント以上も上昇しています。

「そうした機器に1日何時間もかじりついていれば、口説きの能力なんて磨かれないし、恋愛に必要な時間もお金も投資しなくなるのは当然。
恋愛やセックスに関心がない人が増えている、とは思いません」と言い切ります(『毎日新聞』2015年2月4日,夕刊)。

森川氏の分析に私も「ほぼ」同感です。

「ほぼ」,と書いたのは,若者(特に男性)の性欲自身が低下しているのではないか,という状況を示唆する現象やデータがあるからです。

私が大学で教え始めた昭和50年代(1980年代)後半ころ,男子学生はちょっと不潔でどことなくギラギラして,いかにも「男くささ」を感じました。

しかし,2000年代中ごろから,男子学生も,眉をきれいに剃って形を整えたり,髪型にも気を使い,すね毛を剃り,着ている服も小綺麗でカラ
フルになり,全体にとてもきれいになってきた印象をもっています。

どことなく,若い男性の脱セックス,中性化という印象を受けました。

データとしては,若い男性の「セックス離れ」が進んでいることが、一般社団法人日本家族計画協会がまとめた「男女の生活と意識に関する
調査」に現れています。

2014年9月の調査によれば,性交経験率が5割を超える年齢は男性で「20歳」、女性「19歳」でした。女性は10年、12年と比べ変化がなか
ったのに対し,男性は1歳高くなって。

また、性交初経験についてみると,7割を超えるのは男性が「24歳」で、それまでの21歳より3歳高くなりました。女性の「22歳」と比べても
性行動が消極的になってきていることがうかがえます。

また、セックスについて、「あまり、まったく関心がない」と「嫌悪している」を合わせた男性の割合が18・3%で過去最高に。特に若年層ほど
関心が低く、16〜19歳で34・0%,20〜24歳で21・1%,25〜29歳で21・6%、45〜49歳(10・2%)も上回っています。

若い男性のこうした傾向は2010年の調査で初めて明らかになりました。これ以降、「無関心」または「嫌悪している」割合が年々高くなり、今回
は2008年に比べほぼ倍増しています。

「草食男子」だった10代が20代半ばになっても草食のままになっているケースが珍しくなくなってきたのかもしれない。

なお、女性の場合、08年に比べすべての年齢層でセックスへの無関心・嫌悪の傾向が広がったようです。専門家はこうした現状を,「男性は
『草食化』どころか『絶食』傾向」とコメントをしています(『毎日新聞 2015年2月5日』。

全般的にセックスへの関心が低下している中で,なぜ若い男性のそれが突出して低下してきているのか,はっきりとした理由は分かりません。

いずれにしても,セックスへの関心が弱まれば,恋愛への関心も弱くなることは当然で,「恋人要らない」という方向に進んでしまいます。

労働環境や将来への不安などの社会的なプレッシャーが,とりわけ若い男性に重くのしかかっていることは十分ありそうです。

これ以外にも,私は少子化がかなり重要な原因になっているのではないかと思います。以下は,推測の域を出ませんが,私の考えを書いて
おきます。

少子化は少なくとも二つの方向で,「恋人要らない」「恋愛はコスパ悪い」と考える若者(とりわけ男性)に影響を与えていると思います。

一つは,子どもの数が少なくなった分,親の期待は高まります。ところが,子どもの方は,親の期待に応える自信がないと,プレッシャーだけ
が強くなってしまいます。

二つは,これと関連して,親の期待が高まることと並行して,子どもは大事に,そして甘やかされて育ってきているのではないでしょうか?

こうした環境の下で,若者たちは傷つくことにとても臆病になっているのではないかと思います。

以前,ある学生は,好きになった女性に携帯電話のメールで告白し,その女性からやはり携帯電話で断られた,と,あまりショックを受けなか
ったように話していました。

他の学生に聞くと,携帯のメールだと相手の悲しい顔を見ることもなく簡単に断ることができる,と言います。

他方,告白した男性も,直接に告白して断られた時のことを考えると,携帯メールで告白したほうが,たとえ断られてもショックは小さいと感じる
ようです。

「恋人要らない」とする背後には,時間もお金もエネルギーも使って相手に働きかけ,それでもうまくゆかない場合を考えれば,それだけショック
は大きいし傷つくし,その努力は全くの無駄であり「損」なことになってしまいます。

そして結論として,恋愛は「コスパ悪い」ということになってしまいます。

しかし,何もかも無駄のない「コスパ良い」人生なんてあり得ないし,「恋愛」なんてもともと「コスパ悪い」から胸がときめいたり感動したり落胆
したり,つまりは「人生の味わい」なのだと思うのですが,どうでしょうか?


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

恋人要らない,結婚したくない(1)―恋愛はコスパ悪い―

2015-10-16 06:21:07 | 社会
恋人要らない,結婚したくない(1)―恋愛はコスパ悪い―

最近の調査によれば,未婚の男女の間で恋愛と結婚にたいする関心が弱くなっているようです。

マスメディでは,特に恋愛に対する若者の心情を,「コスパ悪い」と表現します。つまりコスト(手間暇かけること)をかける割にパフォーマンス
(得られること)が悪い,効率が悪い,という意味です。

では実態はどうなっているのでしょうか。

平成27年度の総理府の「結婚・家族形成に関する意識調査」によれば,20~30代の未婚者で今恋人がいない人に対して「今,恋人がほし
いですか?」の問いに,全体の約40%がNOと答えています。

単純に比較はできませんが4年前に「恋人が欲しくない」と答えた人は31.6%でしたから,今回より6ポイントも低かったのです。

全体としてみると,男女ともに“草食化”からさらに“絶食化”へと進んでいると言えるかもしれませんが,もう少し詳しく見る必要がありそうです。

年代別でみると男女とも30代よりも20代の方が「恋人が欲しくない」率が高く、男性20代は39.7%、女性20代は41.1%に上りました。
20代では,恋愛よりも自分自身の生活の方が大切なようです。

男女別でみると、女性が39.1%と男性の36.2%を上回っています。わずかではありますが,女性の方が恋愛にたいする欲求は少ないようです。

収入別では、男女とも収入がない層は約半数が「欲しくない」と答えましたが、収入が高くなるほど恋人が欲しい率が高まり、男性は年収400万円
以上で79.7%、女性は200万円以上で70.7%が「欲しい」と回答しています。

こうしてみると,特に男性の場合,恋人を欲しいと思うかどうかは収入によって大きく左右されることも確かなようです。

ただし,こうした条件を考慮してもなお,恋愛に積極で気ではない独身男女が予想外に多いことに驚きます。

「恋人が欲しくない」とした人の理由(複数回答)は、多い順に「恋愛が面倒」が最多で46.2%、次いで「自分の趣味に力を入れたい」(45.
1%),「仕事や勉強に力を入れたい」(32.9%),「恋愛に興味がない」(28%)でした(『毎日新聞』2015年6月16日)(注1)

つまり,恋愛には時間がかかるし,喜びや落胆など感情がかき乱されたり,イライラしたり,とにかく面倒だ,それより,自分の好きなことをして
いたほうが気が楽だし,楽しい,ということのようです。

しかし,後に述べるように,これが本心かどうかははなはだ疑問です。

それにしても,「恋愛に興味がない」と答えた若者が28%もいるのは驚きです。もし本心だとしたら,「取りつく島がない」という感じです。

上に引用した「恋愛に関心がない」、恋愛に消極的どころか、5人に1人が「片思いすらしたことがない」との調査もあります。

結婚情報サービス大手「オーネット」が2015年1月に公表した新成人(20才)600人を対象にした調査はさらに驚くべき状態を示しています。

20歳になったばかりの若者のうち,交際経験が「ゼロ」が47・8%(男50%、女45・7%)でしたが,これは理解できます。

しかし,「片思いを含む恋愛経験」がゼロ、つまり人を好きになったことがない人が、19%(男16・7%、女21・3%)もいるという結果には
少し驚きます。2009年のこの割合は16・3%でしたから、増加傾向にあることは確かです。

恋愛に消極的な男性を「草食系男子」と呼ぶようになったのは2006年ころからです。この言葉を世に広めたマーケティングライター、牛窪恵さん
によれば,「『草食系男子』の取材を始めたのは06年ごろですが、当時から『恋愛に関心がない』との20代女性も多かった。恋愛離れは男女共
通の現象と言えます」と言っています。

牛窪さんによれば,2006年当時20代後半の人たち,いわゆる「ゆとり世代」と呼ばれる男女を中心に、結婚に至らない恋愛は無駄だ、と考える
人が多い」と見ています。

その背景を牛窪さんは次のように分析しています。

まず,彼らの親はおおむね1960年代生まれで,入社数年後にバブル崩壊、その後の不況に遭遇した。「ゆとり世代は、親からの教育も周囲の
空気も『無駄なことをせず、効率的に』だった。だからとにかく先の見えないことやリスクを避ける意識が強い」と分析する。その結果、不確定な
恋愛に時間やお金をかけるのは「コスト・パフォーマンス」(コスパ)が悪い、だから結婚に至らない

恋愛はしたがらないし、恋愛意欲も弱い,という流れのようです。

こうした傾向が,「ゆとり世代」の特有のものなのかどうか,さらに検証が必要だと思います。

それでも,少子化の問題を担当した新聞社のある記者のコメントは示唆的です。

彼の知人でゆとり世代の少し上、現在29歳の会社員男性は、顔立ちも服装もシュッとしていてモテそうだが「カノジョ? いや、いたことないです」。

中学・高校と男子校で、大学も会社も男が圧倒的に多い。「だから周囲に交際歴がない人

が多いし、焦りもない。正直、風俗店には行きますが、恋愛はいらないし、好きになる女性もいないなあ。だって2年、3年と付き合って別れたりし
たらすごく『損』じゃないですか」。結婚願望はあるから、いずれ「婚活」をする、という。

この友人は,恋愛を「損か得か」「効率的かどうか」という視点で見ています。

若者に「恋愛に関心がない」というのは本心かどうか疑問を呈する人もいます。

少子化対策の一環として恋愛行動の研究を始め、「恋愛学」の授業を開く早稲田大学の森川友義教授も,「僕は自分をだますウソだと思う」と指摘
しています。

森川氏によればその心理は,達成したい目標があるのにできない。ストレスになる。この矛盾を埋めるために自分を正当化する言い訳を考える、と
いうものです。

好きな人がいる、交際したいという欲求はあるが、実現できない。だから「恋愛に興味がない、めんどくさい」と自分を納得させる言い訳をする。

なくなったのは恋愛への関心ではなく、口説いて恋愛する能力、男女間のコミュニケーション能力と、恋愛にかける時間、金、労力です。

さらにその背景として森川氏は、近年のスマートフォンなど、「便利で面白い機器の普及」があると見ています。国の「出生動向基本調査」では、
性交渉未経験率(18〜34歳、未婚者)は90年代から低下傾向でしたが、2005年に男性31・9%、女性36・3%で底を打ち、10年に男性で
4ポイント以上も上昇しています。

「そうした機器に1日何時間もかじりついていれば、口説きの能力なんて磨かれないし、恋愛に必要な時間もお金も投資しなくなるのは当然。
恋愛やセックスに関心がない人が増えている、とは思いません」と言い切ります(『毎日新聞』2015年2月4日,夕刊)。

森川氏の分析に私も「ほぼ」同感です。

「ほぼ」,と書いたのは,若者(特に男性)の性欲自身が低下しているのではないか,という状況を示唆する現象やデータがあるからです。

私が大学で教え始めた昭和50年代(1980年代)後半ころ,男子学生はちょっと不潔でどことなくギラギラして,いかにも「男くささ」を感じました。

しかし,2000年代中ごろから,男子学生も,眉をきれいに剃って形を整えたり,髪型にも気を使い,すね毛を剃り,着ている服も小綺麗でカラ
フルになり,全体にとてもきれいになってきた印象をもっています。

どことなく,若い男性の脱セックス,中性化という印象を受けました。

データとしては,若い男性の「セックス離れ」が進んでいることが、一般社団法人日本家族計画協会がまとめた「男女の生活と意識に関する
調査」に現れています。

2014年9月の調査によれば,性交経験率が5割を超える年齢は男性で「20歳」、女性「19歳」でした。女性は10年、12年と比べ変化がなか
ったのに対し,男性は1歳高くなって。

また、性交初経験についてみると,7割を超えるのは男性が「24歳」で、それまでの21歳より3歳高くなりました。女性の「22歳」と比べても
性行動が消極的
になってきていることがうかがえます。

また、セックスについて、「あまり、まったく関心がない」と「嫌悪している」を合わせた男性の割合が18・3%で過去最高に。特に若年層ほど
関心が低く、16〜19歳で34・0%,20〜24歳で21・1%,25〜29歳で21・6%--となり、45〜49歳(10・2%)も上回って
います。

若い男性のこうした傾向は2010年の調査で初めて明らかになりました。これ以降、「無関心」または「嫌悪している」割合が年々高くなり、今回
は2008年に比べほぼ倍増しています。

「草食男子」だった10代が20代半ばになっても草食のままになっているケースが珍しくなくなってきたのかもしれない。

なお、女性の場合、08年に比べすべての年齢層でセックスへの無関心・嫌悪の傾向が広がったようです。専門家はこうした現状を,「男性は
『草食化』どころか『絶食』傾向」とコメントをしています(『毎日新聞 2015年2月5日』。

全般的にセックスへの関心が低下している中で,なぜ若い男性のそれが突出して低下してきているのか,はっきりとした理由は分かりません。

いずれにしても,セックスへの関心が弱まれば,恋愛への関心も弱くなることは当然で,「恋人要らない」という方向に進んでしまいます。

労働環境や将来への不安などの社会的なプレッシャーが,とりわけ若い男性に重くのしかかっていることは十分ありそうです。

これ以外にも,私は少子化がかなり重要な原因になっているのではないかと思います。以下は,推測の域を出ませんが,私の考えを書いて
おきます。

少子化は少なくとも二つの方向で,「恋人要らない」「恋愛はコスパ悪い」と考える若者(とりわけ男性)に影響を与えていると思います。

一つは,子どもの数が少なくなった分,親の期待は高まります。ところが,子どもの方は,親の期待に応える自信がないと,プレッシャーだけ
が強くなってしまいます。

二つは,これと関連して,親の期待が高まることと並行して,子どもは大事に,そして甘やかされて育ってきているのではないでしょうか?

こうした環境の下で,若者たちは傷つくことにとても臆病になっているのではないかと思います。

以前,ある学生は,好きになった女性に携帯電話のメールで告白し,その女性からやはり携帯電話で断られた,と,あまりショックを受けなか
ったように
話していました。

他の学生に聞くと,携帯のメールだと相手の悲しい顔を見ることもなく簡単に断ることができる,と言います。

他方,告白した男性も,直接に告白して断られた時のことを考えると,携帯メールで告白したほうが,たとえ断られてもショックは小さいと感じる
ようです。

「恋人要らない」とする背後には,時間もお金もエネルギーも使って相手に働きかけ,それでもうまくゆかない場合を考えれば,それだけショック
は大きいし傷つくし,その努力は全くの無駄であり「損」なことになってしまいます。

そして結論として,恋愛は「コスパ悪い」ということになってしまいます。

しかし,何もかも無駄のない「コスパ良い」人生なんてあり得ないし,「恋愛」なんてもともと「コスパ悪い」から胸がときめいたり感動したり落胆
したり,つまりは「人生の味わい」なのだと思うのですが,どうでしょうか?


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

あなたは本当に家族のことを知っていますか?

2015-10-10 22:02:13 | 社会
あなたは本当に家族のことを知っていますか?

私たちは,家族のことを一番知っていると思っています。

子どものことは,母である(または父である)私が誰よりもよく知っている。

私は夫のことは何もかも知っている。または,妻のことはよく知っている。

しかし,これがもし,たんなる思い込みにすぎないと,と言われたらどうでしょうか?

下重曉子氏は『家族という病』(幻冬舎新書 2015年3月)のなかで,日本人は家族を愛している,家族こそがもっとも大切な存在だと思う
傾向がありますが,これは「家族という病」なのだ,という,ちょっと刺激的なことを書いています。

これ見よがしに夫婦と子どもや孫まで写っている写真を載せた年賀状を送ってくる感覚が,すでに「病」の域に達しているというのです。

この本を読むと,家族のことを知っているというのは,ひょっとしたら幻想ではないか,という感想を持つかもしれません。

改めて,家族のこと本当に知っていますか,と問われると,恐らく多くの人は,「う~ん・・・知っていると・・・思いますよ」,口ごも
ってしまうのではないでしょうか。

それでは,私たちが,家族のことを知っているという時の根拠は何かを考えてみましょう。

あまりにも当たり前すぎて,すぐには口に出てこないかもしれません。

“そんなこと,当たり前じゃないか。家族はいつも顔を合わせている一番身近な存在だから。”

“家計を共にしているもっとも信頼できる共同体だから。”

“苦しみも喜びも,ずっと分かち合ってきているから。”

では,もう少し具体的に,夫婦の間では本当にそれぞれの相手のことをどれほど分かっているか考えてみましょう。

改めて問われて,本当に自信を持って,“私は夫のことをよく知っている,” “私は妻のことをよく知っている”と言いきれるでしょうか?

こういう場合の“知っている”または分かっている“というのは,相手の癖,性格,食べ物や着るものの好み,話し方,趣味などなど,どちら
かと言えば,外から見て分かり易いことがらです。

しかし,相手が何を考えているか,という点になると,途端に曖昧になってきます。

もちろん,妻が夫に対して“あなたが何を考えているか,すっかり分かっているわよ”という気持ちは,妻の側にはあるでしょう。

しかし,下重氏の本に,彼女の知り合いの女性の夫が亡くなった後,その女性は,自分は夫が何を考えていたのか何も分かっていなかった
ことに気が付き愕然とする話が出てきます。

“そう言えば,夫は家族に対して,私に対して何を考え,どんな風に思っていたんだろうか”と,胸に手を当てて思い始めると,たちまち現実
にぶつかります。

この場合,夫のことを分かっている「つもり」でいただけだったことが,夫の死によって,実は,思い込みに過ぎなかったことが明らかになって
しまったのです。

それでも,一般に,妻の方が日常的に夫のこと家庭のことを真剣に考えているとは言えます。

これに対して夫の方は,妻が何を考えているか,何を望み,何に不満を抱いているか,日常的に思いを巡らせることは,妻よりはずっと少ない
でしょう。

少し前に話題になった「熟年離婚」の場合,何十年も連れ添った夫婦のどちらか(ほとんどは妻の側が),突然,離婚を言いだし,離婚に踏み
切ります。

熟年離婚にいたる事例をみてゆくと,今まで妻は何事もないかのように家事をこなし,ごく普通に日常生活を送ってきたし,特に不平不満を漏ら
してきたわけではないのに,その従順な妻がある日突然,“もう妻という役割を卒業させてください”あるいはもっと単刀直入に“離婚してくだ
さい,”と切り出すということが珍しくありません。

ある弁護士の話では,こういわれたほとんどの夫は,“なぜだ,なぜなんだ”と怒りを込めて言うそうです。

夫の側は,確かに,家を空けていることが多く,家事育児を妻に丸投げしてきたこと,そしてその分,家族と過ごす時間が少なかったことは認める
でしょう。

しかし夫には,それは家族を養うために一生懸命働いてきたからだ,との思いが強いのでしょう。

妻は,子育ての過程で本当に家にいて家事を手伝ってほしい時や,自分や家族への思いやりをして欲しかった時にも,夫が仕事や自分の楽しみの
ことを優先していたことなどなどに対して,心の中で不満を募らせていたかもしれないのです。

それでも,何事もなかったかのようにじっと我慢して,しかし夫に対する不満や時には恨みを貯め込んでゆき,ある時一気に爆発させるのです。

したがって,夫にとっては“突然”でも,妻にとっては着々と準備をし,“満を持しての”離婚宣言ということになります。

以前,新聞に,定年退職をした初老の男性が病気になり,入院中に妻から離婚を請求された話が紹介されていました。

その夫は,何も病気で入院中に言いださなくても,と嘆いていましたが,結局離婚を認めました。

その新聞記事は,妻の側に夫に対する不満が「澱(おり)のように積もり積もって」と表現していました。

この記事を読んだとき私は,妻がずっと心に溜めてきた怨念を感じました。

妻は現状にたいする不満のサインをいろいろな形でだしているのですが,夫は,妻のそういうサインに気づくこともなく,何も問題がないように思っ
てしまいがちです。

初老に差しかかった妻が離婚に踏み切る理由はそれぞれですが,弁護士によれば,平成19年に年金分割制度が導入され,離婚しても妻は夫の
年金を一定の割合でもらえるようになったことが大きいのではないか,と推測しています。

こうした「熟年離婚」は,夫の定年や子どもの独立をきっかけとして浮上することが多いようです。

ただ,ここで重要なことは,夫婦という身近な人間関係が,よくよく考えてみると,本当は相手が何を考えているのかを分かってはいないのではない
か,という点です。

それでは,親と子の間ではどうでしょうか。

子どもに関して母親は,
“この子は,おしめを取り替える時からずっとみているから”
“幼稚園,小学校でいろんな子どもの行事に参加して,一緒に行動してきたから”
“子どもは,何でも私に話してくれるから,”と自信満々で答えるでしょう。

父親も,“小さい時から,一緒にキャッチボールをしたり,いろんなところへ遊びにつれていったから,”と答えるかもしれません。

確かに,子どもが小さい時は,自分のことを親によく話しますので,自信を持って,“子どものことは私が一番よく知っている”と言えるかもしれません。

しかし,こどもが思春期に達すると,途端に子どもは親に思っていることを話さなくなります。

しかし親の方は,それでも子どものことは何でも分かっていると思いこんでいます。

子どもが問題を起こしても,自分のこどもは絶対に悪くない,と主張するモンスター・ペアレントが増えてきます。

私の友人で,子どもたちを預かる,ある団体の幹部がいますが,問題を起こした子どもの親が,”自分の子どもに限って,そんなこをするはずがない,”
と,逆にその団体に激しくクレームを浴びせることがしばしば起こるそうです。

他方,子どもは親からの自立を求めて,“反抗期”を迎えます。

この時期になると,本当はもう,親は自分の子どもでも,何を考えているのか,本当は分からなくなっているのです。

思春期を境に親子の意思疎通が希薄になってくるのは,ある程度自然なことですが,それにしても近年の傾向は,ちょっと行きすぎています。

この背景には,昭和40年代ころから子ども部屋が与えられるようになり,子どもはいつでも自分の部屋にひきこもることができるようになったこと,
母親も働くようになり家を空けることが多くなったこと,子どもも高校生くらいからアルバイトをするようになったこと,などの変化があったと思われます。

以上のことは,決して悪いことではないのですが,たとえば夕食時にそろって食事をしたり一家団欒の時を過ごす機会は少なくなりました。

生活のサイクルが家族内でバラバラになると,それぞれが都合の良い時に食事をする“孤食”が進むことになります。

こうして,家族の実態は,お互いの心の内が分からなくなってきているのに,多くの日本人は家族のことは良く分かっている,家族をを愛している,家族が
もっとも大切だ,と思い込みたがっている。

下重氏によれば,それは「虚構」なんだ,それこそが「家族という病」なんだ,ということになります。

下重氏の場合,子どもは持たず夫婦は経済的に「独立採算」で,基本的な生活費は分かち合うけれど,それ以外は別々というスタイルをとっています。

下重氏の考えに賛成する人も反対の人もいるでしょうし,全部ではなくても共感できる部分もある,と感ずる人もいるでしょう。

どちらにしても,私たちは,本当に家族のことを,特に心の内を,分かっているのかどうか,一度考えてみることは無駄ではないと思います。

私は,夫婦でも親子でも,心の内まで全て分かることは不可能だと考えています。ただ,そのことを分かった上で,思いやる気持ちは大切だと思います。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

対談:内田樹・白井聡『日本戦後史論』(2)―「戦後レジームの脱却」とは何か―

2015-10-04 05:05:06 | 政治
対談:内田樹・白井聡『日本戦後史論』(2)―「戦後レジームの脱却」とは何か―

安倍首相(以下敬称略)は,「美しい日本を取り戻す」「戦後レジームからの脱却」などのキャッチ・コピーを盛んに言います。

これらが,首相自身が考えたのか,自民党のメディア戦略を主に請け負っている広告代理店(「電通」?)の作品なのかは分かりません。

いずれにしても,これらのコピーを最終的に採用したのは安倍ですから,彼はよほど気にいっているのでしょう。

内田は,「美しい日本を取り戻す」という言葉に関して
    今のこの国は「醜い」ということですから,彼らの政党が戦後半世紀以上にわたって政権与党として管理運営してきて,安倍を二度も
    総理大臣に選んだシステムを「醜い」というのは論理的には矛盾しているでしょう。(118ページ)
白井
    そうですよね。「日本を取り戻す」っていうんだってふざけた話で,ずっと自民党政権だったじゃないですか。                            
内田
    そうですよ。じゃあ,いったいだれが日本を失ったんだ,と。そう聞きたい。憲法を嫌うのも同じロジックですね。憲法というのは国の最高
    規範であって,日本の法体系の骨格そのものであるわけです。それに則って国の形が隅から隅まで整えられてきた。この背骨を「みっと
    もない」と罵っている。・・・(中略)・・・・戦後の日本が70年にわたって作り上げた仕組みを土台から全部ひっくり返したいと思っている。
    そう考えないと,彼の言動は考えらえない。

内田の指摘通り,安倍は現在の日本は「醜い」と見なしているようですが,それでは「美しい日本」とは,いつの日本のことでしょうか。

これについて,安倍は直接説明しているわけではありませんが,戦前の日本に戻そうとしていることは明らかです。明治以降,戦争に明け暮れた日本
が本当に美しかったという感覚にも,ちょっと首をかしげてしまいます。

次に,安倍が唱える「戦後レジームからの脱却」という野心は,その歴史的起源を見ても現実を見ても,矛盾と,そのために対立と危険を含んでいます。
一般に「戦後レジーム」つまり戦後体制といえば,まずは,戦争放棄を謳った第九条を含む新憲法に代表される,「平和と自由と民主主義」を思い起こす
でしょう。

安倍が脱却しようとしている「戦後レジーム」とは,アメリカに押し付けられたと感じている「平和と自由と民主主義」,とりわけ新憲法,を指していると思わ
れます。

しがたって,彼の「戦後レジームからの脱却」とは,平和憲法を否定して自主憲法を制定し,「美しい日本を取り戻す」という,ナショナリズムの色彩の濃い
目標であると言えます。

しかし他方で,安倍を含む日本の保守勢力が,アメリカの庇護のもと存続を許されてきた旧支配層とその末裔であるという歴史的経緯があり,これも
「戦後レジーム」の柱です。(注1)

この観点からすれば「戦後レジームからの脱却」は,自己否定でもあります。

同時に,「戦後レジームからの脱却」とは,対米従属を拒絶し自主独立を追求することを意味しており,これと対米従属とは根本的な自己矛盾の関係に
あります。

白井は,「戦後レジーム」とは「永続敗戦レジーム」だと考えています。

『永続革命論』に関する前の記事で紹介したように,白井が言う「永続敗戦」とは,敗戦を否認し,合わせて旧支配層の戦争責任をあいまいにするするこ
とです。これが可能であったのは,アメリカが,冷戦期に対立していたソ連との対抗上,日本の旧支配層を温存してきたからです。つまり,敗戦の否認と
対米従属(無条件降伏)の状態が,現在に至るまで続いている,という考え方です。

安倍は祖父の岸信介の政治を引き継ぐ政治家であり,その意味ではまさに「戦後レジーム」の申し子です。

安倍の「戦後レジームからの脱却」というスローガンについて白井は,
    戦後レジームからの脱却といったとき,素直にその言葉を受け取るなら,対米自立を果たすということです。ところが安倍さんは戦後レジーム
    からの脱却という一方で対米従属を強めている。特に安全保障をめぐって,解釈改憲によって集団的自衛権の行使を認め,アメリカにくっついて
    戦争をしに行けるようにした(125ページ)。         

と,対米自立(ナショナリズム)と対米従属という,相反する命題を抱えた安倍の矛盾を指摘しています。

実際,この二つの相反する要請を同時に満たすことは,いわば解のない連立方程式を解くようなもので,いずれ破局せざるを得ません。         

それでも安倍は,対米自立(ナショナリズム)を,対米従属に劣らず積極果敢に追及します。

安倍は2012年に第二次安倍政権を発足させると,従軍慰安婦についての河野談話(1993年)と植民地支配と侵略にかんする村山談話(1995年)に対する
見直し,いわゆる歴史修正主義をあらわにしました。

この時,アメリカの有力メディアはさっそく反応し,厳しい批判をしています(注2)。

さらに2013年12月26日には,アメリカ政府からの再三にわたる中止要請を無視して靖国神社の参拝を強行します。

これに対して,在日駐米大使とアメリカの国務省は,「近隣諸国との緊張を悪化させる行動をとったことに「失望」している、と手厳しいメッセージを発しました(注3)。

アメリカ側の反応を白井は,自著『永続敗戦論』(150ページ)」で,「こうした動きが意味するものは明白である。『傀儡の分際がツケあがるな』というわけである」,
と表現し,安倍をアメリカの傀儡,つまり操り人形であると決めつけています。

両立不能な路線を敢て突き進む安倍の姿勢を内田は,「安倍首相の『戦後レジームからの脱却』路線はどこか破局願望によって駆動されているという印象を僕は
抱いています」(121ページ)と述べています。

白井は,この傾向はますます強くなってきていると感じています。

    しかし,ここにきて,本当に突き抜けてきつつある。歴史修正主義に関してアメリカからはっきりとした嫌悪感を示されているにもかかわらず,本当には
    撤回しない。今後も歴史修正主義の言動を出したり引っ込めたりするでしょう。これは自立というよりも孤立といった方がふさわしい。全方位を敵にして,
    どこにも味方がいない状態です。もう北朝鮮と仲良くするぐらいしか,手がないんじゃないですか。だんだん国のあり方も似てきたし,たしかにこれは
    破滅したいんだと考えると,つじつまが合いますね。(125-126ページ)

この破滅願望は,もちろん推測の域を出ませんが,次の内田の指摘は,かなり真実を突いていると思います。
    戦後一貫して偽装してきたわけです。だからもういい加減,仮面を剥ぎ取って,本音を言いたいということはあると思うんですね。「アメリカなんか怖くない」
    って。靖国に行く連中はその「禁句」をどこかで言いたくてしかたがないんでしょう。(126ページ)

こうした心情は,2013年末に安倍首相が靖国参拝したことにたいしてアメリカ政府が「失望した」と公式に批判したことは既に触れましたが,それに対して衛藤晟一
首相補佐官が「失望したのはわれわれだ」と言ったことによく表れています。

2014年4月,オバマ大統領が訪日する前日,大臣も一人,副大臣,自民党政調会長を含む150名の国会議員が靖国参拝をしました。

白井が言うように,2013年の靖国参拝と衛藤の「失望したのはわれわれだ」という文脈を踏まえると,「これは宣戦布告ですよ」ということになります。

アメリカにたいするこうした心情を隠しながら,安倍政権をはじめ日本の保守勢力は,いざ,尖閣を巡って衝突が起こったら,アメリカが自衛隊と共に人民解放軍と
戦ってくれるものだと期待しています。

しかし,内田は,「もちろん米軍はでてきません。何が悲しくてあんな岩礁一つのためにアメリカ兵士が死ななければならのか理由がありませんから」と一蹴して
います。私も同感です。

アメリカが最も恐れているのは,実際に尖閣で軍事的衝突が起こった時でしょう。内田によれば,アメリカには中国と戦争して得られるメリットなんか何もないから,
米軍がでることはない。しかし,もしアメリカが中国に宣戦布告しなければ,日本の世論が一夜で「反米」に染まってしまう。なぜなら,基地を提供し「思いやり予算」
まで付けても,結局アメリカは日本を軍事的にまもることはない,ということが国民的規模で気づいてしまうからです(127ページ)。

白井も,だから,「アメリカとしては事前に断固として止めるという方針で臨んでいると思う」と述べています。

最後に,以上のような安倍のスタンスを前提に,「戦後レジームからの脱却」にかんして二つの問題を整理しておきたいと思います。

一つは,アメリカは安倍をどのように見ているか,という問題です。

白井の言葉を借りると「傀儡の分際でツケあがるな」という思いが本音でしょう。日本に大きな影響力をもっているアーミテージ氏は,いみじくも,「ジャパン・ハンドラー」
(文字通りの意味は「日本を操作する人物」,つまり「日本の操り師」と呼ばれています。

二つは,日本という国をどのように見ているのか,という問題です。

ソ連の崩壊以後,アメリカの日本を見る目は大きくかわりました。白井は,アメリカのリアリズムとして次のように表現しています。
    日本はアメリカから見て,助けてあげるべきパートナーから収奪の対象に変わった。「育てた子豚は丸々と太ったからおいしくいただきましょう」というモードに
    入るわけです。アメリカは基本的にアメリカの国益しか考えないのですから,こういう変化は当然です。(37-38ページ)

アメリカが日本をTPPへ強引に参加させようとしたことも,原発再稼働と輸出を半ば恫喝するようい日本に迫ったのも(注4),中国や北朝鮮の脅威を煽り立て巨額の武器を
買わせることも,まさしくこれは良い悪いという問題というより,アメリカの国益を第一に考えるリアリズムの世界です。もしこれに日本が不満なら,日本も,何が日本にとって
本当の国益かを真剣に考えアメリカと交渉するしかありません。

しかし,これは現在のところあまり期待できません。というのも,日本の政治家は,アメリカから要求される前に,それを先回りして,こちらから差し出してしまう,白井の言う
「忖度の構造」がしっかりと思考の回路に組み込まれてしまっているからです。


(注1)実際,安倍の祖父であり安倍が尊敬する岸信介は,アメリカの庇護のもとでA級戦犯でありながら,実刑をまぬがれ,反共の砦としての自民党結成のための資金援助
    をCIAから受けていたのです。この間の事情についてはドキュメンタリー映像が,YouTubeで見ることができます。https://www.youtube.com/watch?v=lo0prf4AgvA
(注2)たとえば『ニューヨーク・タイムズ紙』は「歴史を否定する新たな試み」というタイトルの社説で,安倍の言動を「重大な過ち」と厳しく批判している。詳しくは,白井聡
    『永続敗戦論』(217ページ,注18を参照)
(注3)この経緯については,本ブログ2013年12月28日の記事,「安倍首相の靖国参拝―ヒロイズムとナルシズムが国益を損ねる―」で詳しく書いています。
(注4)これについては,『東京新聞』(2012年10月20日)が「脱原発で米国離れ危惧-『外圧』口止め-」という記事でアメリカの「外圧」=恫喝の様子を暴露しています。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする