大木昌の雑記帳

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甘利経済再生相辞任の本質(1)―語るに落ちた自民党の体質―

2016-01-29 23:06:10 | 政治
甘利経済再生相辞任の本質(1)―語るに落ちた自民党の体質―


2016年1月28日、甘利明経済再生相が記者会見で辞任を発表しました。

事の発端は、21日発売の『週刊文春』で、「甘利明大臣事務所に賄賂1200万円を渡した」と題する記事でした。

この記事の元となったのは、千葉県白井市の建設会社「S社」の総務担当の一色武氏の告発でした。

一色氏は、独立行政法人都市再生機構(UR)との道路建設を巡る補償交渉にあたってきた人物です。

今回の「事件」を、たんに甘利氏の辞任に焦点を当てるのではなく、そもそも、どのような背景のもとで、このような問題が発生
したのかの、「構造」を理解することが大事です。

これこそが、政権を維持してきた自民党という政党がこれまでずっと繰り返してきた体質そのものだからです。

『日刊ゲンダイ』(2016年1月20)によれば、記者会見に至る背景には、
    16日に文春に直撃された甘利さんは、17、18日の2日間で記事をもみ消そうと奔走したようです。しかし、手に負
    えず、19日に官邸に駆け込んだ。党幹部らが対応策を協議し、『もう閣僚辞任しかないか』という話にもなった。本人
    も腹を決めて、大臣を辞任しようとしたが、官邸がそれを押し戻したらしい。官邸は『十分に説明すれば乗り切れる。
    甘利さんはダボス会議で間もなく海外出張するので、行ってしまえば何とかなる』と甘く考えていたようです(自民党関係者)
という経緯があったようです。

政治家や政治家や事務所が、このような賄賂に関わるのは多くの場合、トラブルの処理や特別な便宜を図ってもらおうとする個人
や企業の要請に「口利き」をすることから始まります。

今回の甘利氏の事件の場合、トラブルの原因となったのは、千葉ニュータウン(NT)中心部から西2・5キロにある千葉県白井市の
幹線道路予定地です。

建設資材とみられる赤茶けた鋼管が横たわっていたため、約1キロの区間が未完成のままになっていました。UR関係者は「NT事
業で最大の懸案の一つ」と話しています。

NT開発に向けて、千葉県は1970年ごろから、白井市の予定地の買収を始めました。県によると、予定地の隣接地を地主から借
りていた建設会社が92年ごろ、予定地に建設資材を無断で置き始めました。資材の撤去を求めたが聞き入れられなかったという。

元々の地主が産業廃棄物を現場に捨てていたこともあり、道路工事は遅れていた。予定地を地主から買い取った県は2007年、資
材撤去と立ち退きを求め、12年には、県と事業を進めてきたURが隣接する別の道路予定地約1千平方メートル(300坪)を、今回
告発した建設会社から買い足しました。

この予定地にも資材を置いていた、建設会社が反発したため、URは先行して移転補償料約1600万円を支払いました。

しかし、その後の交渉の結果、13年にさらに約2億2千万円を支払うことで合意しました。

URは工事を始めたが、建設会社側は再び「工事で事務所が傾いた」などと新たな補償を求めてきたといい、交渉は今も続いている
という。以上が、今回の事件の背景となったトラブルです(注1)。

さて、ここで誰しも疑問に思うのは、当初URが妥当な補償料と算出した、1600万円が、なぜ、その138倍の2億2000万円に、
突如跳ね上がったのか、ということです。

ここにこそ、政治家や秘書たちの出番があるのです。この建設会社は、今を時めく経済再生大臣、甘利氏の事務所の秘書たちに
口利きを依頼しました。

その際、建設会社の一色氏は、秘書たちを飲食やフィリピンパブなどでの接待漬けにし、URとの交渉に掛け合ってもらい、とんで
もない金額をURから出させているのです。

URは国土交通省が管轄し、市街地域の整備や住宅の供給をすることを目的とする独立法人で、税金がつぎ込まれた公的機関
です。ここは国土交通省からの天下り先としてもよく知られています。

こうした、URの性格上、秘書たちの圧力に抵抗できずに、常軌を逸した額を支払ったのです。

そのお礼として、秘書には500万円、甘利大臣には50万円を2回、渡し、そのほか秘書たちを頻繁に接待をしています。

今回問題となっているのは、まず、秘書に渡った500万円のうち、200万円は政治資金収支報告書に政治献金として記載されて
いるが、残り300万円は、秘書たちが私的に使い込んでいることです。これに関しては、秘書たちも認めています。

次に、秘書たちが、URと掛け合う際にただの仲介人としてではなく、「甘利大臣」の秘書として圧力をかけて、補償料を引上げさせ、
それに対する謝礼を受け取っていることです。これは立派な贈収賄行為です。

甘利大臣に関しては、1回は大臣室で、建設会社の社長が、とらやの羊羹と、のし袋に入った封筒に入った50万円を「お礼です」と
言って渡し、2回目は神奈川県大和の甘利事務所で渡した。

さて、28日の記者会見では、この2回とも秘書に、適正に処理しておくように指示してあり、事実、収支報告書には記載されている
ので、法的には何ら問題はない、と語っています。

しかし、ここにはいくつかの問題があります。一つは、甘利大臣が、直接の管轄下にある事案ではないとはいえ、大臣室(つまり公
務の場)に業者を入れ、現金を受け取っていたことです(胸ポケットに入れたかどうか、どうでもよいことです。)

法律的にはどうあれ、このようなことをするのは国会議員、まして大臣としての資質が問われます。

また、公設秘書の清島氏がURの総務部長を甘利事務所に呼び出し、大臣の名前をちらつかせて、「駄目なら駄目なりに、何で値
段上げられないのかね」って言ったら(UR総務部長が)「そうですよね」と言った、と一色氏は述べています「(『週刊文春』2016年2
月4日号)。

甘利大臣が、このような経緯をどれほど知っていたかは分かりませんが、現金を大臣室で差し出されたとき、通常は警戒して、何の
金かを問いただします。

それをしないで受け取り、秘書に「適性に処理するように」と言ったのは、このような現金授受が、日常化していたと思われても仕方
ありません。さらに言えば、どんなお金でも、「秘書には適正に処理しておくように」と言えば、法的には問題ないことになってしまい
ます。

一色氏が秘書に現金を渡す場面の写真、一色と甘利大臣が一緒に映っている写真、さらには交わした会話などを記録したテープ、
メモ、領収書などが、『週間文春』側にも提供されています。

次に、甘利氏は、秘書の行為を後で知ってびっくりしたと述べていますが、そのような秘書を雇い任せきりにしていた監督責任は免
れません。

ところで、一色氏は、なぜこの一連の出来事を告発したのでしょうか?ひょっとして、一色氏は恐喝しているのではないか、とさえ言
う人もいます。

これに対して一色氏は
    逆に私が大臣や秘書に多額の金を渡しているのです。実名で告発することは不利益こそあれ、私にメリットなどありません。
    もちろん、URとの補償交渉を有利に進めるために口利きを依頼しているのですから、ほめられたことをしているわけではあ
    りません。ただ、甘利氏を「嵌める」ために三年にわたる補償交渉や多額の金銭授受を行うなんて、とても金と労力に見合い
    ません。
と述べ、付け加えて、
    口利きを依頼し金を渡すことには大きなリスクがあるのです。依頼する相手は
    権力者ですから、いつ私のような者が、切り捨てられるか分かりません。そうし
    た警戒心から詳細なメモや記録を残しておいたのです。そもそも、これだけの証拠がなければ、今回の私の告発を誰が信じ
    てくれたでしょうか?万一、自分の身に何かが起きたり、相手が私だけに罪をかぶせてきても、証拠を残しておけば自分の
    身を守ることができる、そしてその考えは間違っていませんでした
とも語っています(『週刊文春』2月4日号より)。 

高村正彦副総裁が「録音されていたり写真を撮られていたり、わなを仕掛けられたという感がある」と述べていますが、法律家として
あるまじき発言です。本質は、罠にはめられたかどうかではなく、現職の大臣が大臣室でお金を受け取ったかどうかが問題なのです。

さらに、甘利氏の会見(正確には政権側の弁護士の作文)は立派だった、これで全て説明できたとする自民党議員や、メディアのコメ
ンテータは、どんな神経をしているのか疑いたくなります。

それどころか、一色氏は「その筋の人」だ、という噂を立てたり、バッシングが起こっています。もちろん、一色には、「その筋の人」
ではないと否定しています。

ところで、今回の甘利氏の70分以上に及ぶ記者会見は、第三者(実態は官邸側の弁護士)が書類と聞き取り調査をした結果に基づ
く、と断っていますが、ジャーナリストの田中龍作氏は、
    現金授受は認めながらも口利きは否定。しかも自分は被害者であるかのような内容だ。ヤメ検(現役を退いた検事)の弁護士
    が書いたと分かる原稿の朗読が終わると質疑応答に移った。司会進行は内閣府の役人だ。
と述べた後、
    記者クラブは6名、インディペンデント・メディアが1名指名された。・・読売は2人続けて示された。」(記者クラブの記者には)「はい
    ○○さん「はい◇◇さん」と指名してゆく。(中略) 記者クラブからの質問に追及らしきものはなかった。酷いのになると甘利氏に弁明
    の機会をわざわざ与えた。(中略)長年記者をやっているが、これほどまでに権力者に寄り添う会見は初めてだ(注2)。
これが、現在の日本のメディアの現状です。

今回の甘利氏の記者会見で、私が最も注目したのは、会見も一応終わり、ほっとした感じで飛びした“ぶっちゃけ話”です。

「政治家の事務所は、いい人とだけ付き合っていたら選挙に落ちる。来る者は拒まずでないと」強調した後、「残念ながら当選しない。・・・
その中で、ぎりぎり、どう選別してゆくか」と指摘しました(『東京新聞』2016年1月29日)。

これこそが自民党の抜きがたい体質で、まさに「語るに落ちる」(聞かれても答えないのに、自分から秘密や本音をうっかり喋ってしまう
こと)とはこのことです。

かつてTPP交渉での活動が脚光を浴び、アベノミクスの旗振り役として縦横無尽の活躍をし、マイナンバー・カードの普及のため、失礼ながら
ちょっと調子をはずした「ゲスの極み乙女」の替え歌までうたって一世を風靡した大臣の最後のコメントかと思うと、少し悲しく哀れに思えました。

しかも、これまた皮肉にも、自らの脇の甘さと、「ゲスの極み」の贈収賄事件に絡んで辞任に追い込まれたことは、飛ぶ鳥を落とす勢いの絶頂
期にあった甘利氏にとって「痛恨の極み」だったのではないでしょうか。「好事魔多し」。自戒を込めて。

今回の件が安倍政権にとってボディーブローのように効いてくる可能性は十分にあります。

またまだ未解明の部分がたくさんありますが、それらについては今後の国会審議その他で事実が明らかになった時点で、続きを書くことにします。

(注1)『朝日新聞デジタル』2016年1月29日(同日参照)
    http://digital.asahi.com/articles/ASJ1X5CQKJ1XUTIL027.html?rm=368 
(注2)http://tanakaryusaku.jp/2016/01/00012868(2016年1月29日参照)



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スキーバス転落事故の背景―規制緩和・低賃金・高齢化―

2016-01-22 20:01:07 | 社会
スキーバス転落事故の背景―規制緩和・低賃金・高齢化―

2016年が始まったばかりの1月15日未明、スキー・ツアーの乗客(39人プラス運転手2人)を乗せたバスが、碓氷峠を超えて群馬県から
長野県の軽井沢町に入った下り坂で、3メートルほどの崖下に転落しました。

この事故で、22日までに運転手2人を含む15人が死亡し、25人が重軽傷を負うという、痛ましい事故となりました。

とりわけ世間の同情をかったのは、運転手を除く乗客の死亡者は19歳から22までの大学生だったことです。

同じく教え子を持つ私にとっても決して他人事ではありません。まして、これからの人生を楽しみにしていたご両親や親族の方々、大学で
共に学び部活で活動していた仲間や友人にとって、その悲しみはいかばかりかと思います。

今回、なぜ事故が起きたのかについて、さまざまな角度から調査が進められ、検証が行われています。

たとえば、運転手の過労があったのではないか、居眠り運転をしていたのではないか、健康診断を行っていなかったので何らかの突発的
な健康上の問題が起きたのではないか、スピードを出し過ぎてカーブを曲がり切れなかったのではないか、当の運転手は小型バスの経験
はあるが大型バスの運転は経験がほとんどないので得意ではない、と採用の際に語っているので、運転操作を誤ったのではないか、など
などです。

そして、最新のニュースでは、引き揚げられたバスをしらべたところ、どうやらこのバスのギアはニュートラルに入っていたらしいこと、その
ためエンジンブレーキが効かずにスピードが上がり、最終的に時速80キロ近くの高速で走っていたらしいことが報じられました。

いくつかの原因が重なって、今回の事故につながったと思われますが、事故の直接的な原因については、現在行われている調査結果を待
ちたいと思います。

ここでは、今回の事故の背景にあるが構造的な問題を考えてみたいと思います。というのも、今回のバス事故には、ある意味で日本の社会
経済が抱える問題が反映しているからです。

まず、需給調整のため、以前は貸切バス事業は地域ごとの免許制でしたが、小泉内閣時代の「民営化」「規制緩和」の風潮の中で、2000
年からは、条件を満たせば営業できる許可制になり、これにより新規参入が容易になったのです。

これを数字で見ると、規制緩和前年の1999年には2294社であった民間事業者数は2013年には4486社へ倍増したのです。

今回、事故を起こしたバス会社「イーエスピー社」も2014年に許可を得た「新規参入組」でした。

こうしたバス会社の激増は、いくつかの問題を発生させました。一つは、バス会社の過当競争で、弱い立場のバス会社が、安い料金でバス
ツアーを引き受ける傾向が出てきたことです。

経費を節約するために、運転手に過酷な長時間、連続勤務を強いるバス会社も現れるようになりました。

こうしたツアーバスを運行する会社の状況は、事故を起こす潜在的な危険性をはらんでいます。

2012年に群馬県藤岡市の関越道でツアーバスが防音壁に激突し、7人が死亡、38人が重軽傷を負うという事故があり、これを契機にいく
つかの規制が設けられました。

そのうちの一つが、価格の下限を設定したことで、現在26万円となっています。

関越道の事故に続いて2014年には北陸道で28人が死亡する事故がありました。この時の原因は、運転手が事故直前に意識を失った
ことです。この時、国交省はバス会社に運転手の健康チェックを義務付けました。

しかし、こうした規制も、実態を何ら変えることはありませんでした。今回事故を起こした「イーエスピー社」は19万円で引き受けています。

さらに、日本バス協会に入っていれば運転手の健康診断に補助金が出るのですが、この会社は加入していなかったので定期的な健康
診断はしませんでした。さらに、運転前に運転手の健康のチェックも行っていなかったことをも分かりました(注1)。

それでは、国の規制がなぜ効果的に働かないのでしょうか?一つは、業者の数に対して政府の監査体制が間に合わなくなったことです。

現在、国交省の監査官は全国で360人しかいないため、事業所に出向いて監査できるのは1年に1割強にとどまっています。

しかも、国交省は昨年の9月までに価格の下限割れ11件を把握していながら行政処分をしていません(『東京新聞』2016年1月19日)。

「イーエスピー社」の場合、去年の12月から今年の事故までに3件の違反をしていたのですが、行政処分は今のところしていません。

それでも、バス事業者への行政処分は2002~2005年には年間140件ほどでしたが、2010年以降は300~600件にも増加しています
(『東京新聞』2016年1月17日)。

全事業者の10分の1しかチェックしていないのにこれだけの違反と、それにたいする行政処分が行われているのです。つまり、これら
の数字は氷山の一角に過ぎないということです。実態は、表に出た数字の何倍もの違反と行政処分が行われていたと思われます。

私は、人の命にかかわる問題に関しては、チェック体制ができていないのに簡単に規制緩和などしてはいけないと思います。

次は高齢化と低賃金の問題です。

バス会社が急増する中で、1社あたりの運転手は、2000年の14・3人から現在の10・5人へと3割弱も減少しています。このような状況
では、運転手一人一人にかかる負担は当然、重くなります。

仕事はますます忙しくなるのに、バスの運転手(乗り合いバスを含む)の平均年収は下る一方です。規制緩和の翌年の2001年には平均
年収は619万円であったものが、2013年には488万円へと20%も減少しています。

若い人は、過酷な割に収入が少ないバスの運転手という職を敬遠する傾向にあります。現在はバスの運転手の6人に1人が60才以上です。

2014年の国交省の調査では、バスの運転手は入社1年以内に29%が、4年以内に48%が退職しています。

外国人観光客の増加への対応が迫られる中、調査した35社のうち34社、つまりほぼ全ての会社が「運転手不足による悪影響が出ている」
と回答しています(『東京新聞』2016年1月18日)。

こうして各社とも運転手の確保に苦慮していて、退職した運転手を再雇用している会社も多いため、全体として運転手の高齢化が進んでい
るのです。

高齢化とともに、体力や反射神経が落ち、事故のリスクも高くなります。

ちなみに、今回事故を起こしたバスの運転手は65才と57才の2人で、事故当時は65才の運転手の方が運転していました。

その報酬をみると、夜行で東京を出て現地に着き、8時間の休憩を含めて、翌日に帰る往復で1人2万5000円となっていました(注1)

8時間の休憩といっても、実態は帰りの準備のため純粋に睡眠をとれる時間はずっと少なくなります。

人の命を預かり、夜行便という過酷で危険な運転をし、2人で交代とはいえ、2日間の拘束で、報酬はたったの2万5000円です。

常識的に考えて、この報酬ではなかなか仕事を引き受ける人はいないでしょう。

テレビのインタビューである運転手は、きつくて賃金が安いツアーバスの運転手という仕事は不人気で、若い人は運送トラックの運転
手の方に移ってしまう、と話していました。

こうした問題は規制緩和をするさいに当然予想されていたのですが、それを監視する態勢が十分整っていないのに、ただ規則だけを
設けている現状は、事故が起こった際に弁解するための官僚のアリバイという印象です。

今回のツアー代金が1泊と2泊で1万2000円から2万円(リフト券付き)ほど、という超格安です。

利用者も、ただ安ければ良い、というのではなく、運転手も適正な報酬を受け取り、健康面のチェックもしっかり行い、無理のない勤務
ローテーションを維持している状態での適正な料金を払うことを受け入れる必要があります。

(注1)『毎日新聞 デジタル版』2016年1月17日 
     http://mainichi.jp/articles/20160117/k00/00m/040/125000c
    『日経新聞 デジタル版』2016.1月18日
     http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG17H78_X10C16A1CC1000/
(注2)『毎日新聞 デジタル版』2016年1月19日
    http://mainichi.jp/articles/20160119/k00/00m/040/098000c

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2016年の課題と選択(2)―経済:安倍政権の目くらまし戦略―

2016-01-15 12:06:00 | 経済
2016年の課題と選択(2)―経済:安倍政権の目くらまし戦略―


2016年には経済の面でも幾つかの重要な課題と選択が待っています。これを考える前に、安倍内閣の戦略について、ジャーナリスト
の鈴木哲夫氏のコメントは参考になります。

鈴木氏によれば、安倍政権の特徴は政策的な上書き。一つの結果を見ないうちに次の政策を打ち出して目先を変える。

たとえば、「旧三本の矢」の検証も総括もしないまま、目先を変えるために「新三本の矢」を発表します。

14年時点では「地方創生号」という船でしたが、積み荷は全く変わっていないのに、今夏の参院選に向けて「1億総活躍社会号」と、船
の名前を変えました。

また、13年は社会保障給付を抑制していく方針でしたが15年に発表した「新三本の矢」では「介護離職ゼロ」を掲げ、介護施設整備を
打ち出したように、政策は矛盾しています(『毎日新聞』2016年1月4日、夕刊)。

あるテレビのコメンテータが述べていたように、安倍首相は、選挙の前には経済を強調し、選挙に勝つと、手のひらを返したように、持論
の政治課題(憲法改正や安保法制など)を強引に推し進めます。

実際、2013年1月「三本の矢」を発表した際にも、少しは生活が楽になるのではないか、という幻想を国民に与え、翌年の衆議院選挙で
圧勝したら、特定秘密保護法を強行し、2015年には集団的自衛権を含む安保法制を強行採決しました。

この時、国民の間に安倍政権に対する批判と危機感が持ち上がり、内閣支持率が下がりました。

すると、「新三本の矢」をぶち上げ、「経済、経済」と叫んでいますが、それは、今年夏の参議院選をにらんでの戦略で、本心は憲法改正
であることは見え透いています。

安倍政権がこうした戦略を採るのも、経済が良くなる印象を与えれば選挙で勝てると踏んでいるからです。

裏を返せば、多くの国民の生活は向上していないばかりか、物価上昇と実質賃金の低下により、むしろ苦しくなっていることを示しています。

以上を念頭に置いたうえで、「新三本の矢」で具体的にどんな選択をしようとしているのか、見てみましょう。

その前に、「旧三本の矢」の成果について見ておきましょう。

「旧三本の矢」は①大胆な金融政策、②機動的な財政政策、③民間投資を喚起する成長戦略、が三本柱でした。

「旧三本の矢」の結果に関して現在まで、円安と株価の上昇は達成され、輸出企業と大手企業は利益を伸ばしましたが、地方と中小企業
(そこで働く勤労者も)にはその恩恵は届いていません。

ところで、「旧三本の矢」の全体の目標は、物価上昇2パーセントによる「デフレからの脱却」でしたが、現状はマイナスか、若干のプラスで、
当初の目標から程遠い状態にあります。

とりわけ重要なのは、成長戦略ですが、設備投資も増えず、新しい成長分野は見出されていない現実です。

以上が「旧3本の矢」の顛末です。

昨年(2015年)10月、第二ステージの「新三本の矢」を発表しました。

これは、2020年までに名目GDP600兆円、介護離職ゼロ、出生率1.8の3本柱から成っています。これをもって、「1億総活躍社会」を
実現するとしています。

今年はこれらの目標を達成するために、具体的な政策と行動が求められます。


「新三本の矢」については、現段階では「的を置いただけ」で具体的にどのような政策を講ずるのか(矢をつがえるのか)は何も示されて
いません。

ここでは、課題だけを挙げておいて、詳しくは政府の具体案が出た段階で検討することにします。

次に、これから日本の経済に大きな影響を与える、TPPについて考えてみましょう。

安倍政権は昨年、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の合意に向けて積極的に行動し、2015年10月5日、アトランタ会議において
大筋合意というところまでこぎつけました。

現在、日本政府は、この「大筋合意」のごく簡単な「概要」しか発表していませんが、アメリカ、カナダ、ニュージーランドは全文を公表して
います(注2)

現段階では、この合意の完全な内容を知ることはできません。というのも、全ての合意内容が文章に書かれているとは限りません。秘密
条項が公にされていない可能性もあります。

事実、ウィキリークス(Wiki Leaks)の「秘密のTPP文書」は、当初からアメリカは別格で、他の11カ国にアメリカの立場を受け入れるよう強
大な圧力(“great pressure”)をかけていたことを暴露しています(注3)。

つまり、TPP 参加12カ国は対等だったのではなく、アメリカの圧倒的な圧力の下で交渉が行われたことを示唆しています。

この時、甘利氏を団長とする日本の交渉チームが、何を配慮してどのように行動していたかについて、ごく簡単な経緯は公表されていま
すが(注4)

しかし当然のことですが、これらの経緯をみても、アメリカが日本にどんな圧力をかけてきたのか、あるいは逆に、日本の方から進んで
アメリカの意向を忖度して行動していたのか、などは全く分かりません。

政府は2015年12月24日、TPPが発行した場合、日本が受けるであろうマイナスの影響を、平成2013年3月の試算(3兆円)の1割以下
に評価し、逆にそれによって得られるプラス効果(3.2兆円)の4倍以上にのぼると発表しました。

政府が局面や立場でこれほど大きく数字を変えてしまうのは、生産者と国民の不信を招くことになります(『東京新聞』2015年12月25日)。

「大筋合意」といっても、これから参加各国で国会での批准が必要ですし、これが本当に日本にとって利益になるかどうかを国会の場で具
体的に検討してほしいと思います。

この際、国民が選択をするためにも、政府は重要な問題を秘密にせず、公表すべきです。いずれにしても、今回のTPPは「日本の一人負
け」、「アメリカの一人勝ち」という構造は変わらないと思います。

これについては、別の機会に、英文の合意文書とウィキリークスの曝露文書を検討したうで、もう一度検討します。

次に、消費税の動向ですが、今回は景気状況に関係なく2017年の4月から10%に引き上げることが決まっています。

これに対して、公明党は軽減税率の同時適用、今回は、景気動向のいかんにかかわらず、決定することになっています。

ただし、自民党は公明党の希望を汲んで、食料品のうち加工食品までも軽減税率の対象とすることを受け入れました。

しかし、この消費税は大問題を抱えています。まず、消費税は貧しい人も富裕な人にも等しくかかるので、その負担は貧しい人に、より大き
な負担がかかる逆進税である、ということです。

しかも、軽減税率の導入によって、本来入るべき収入の減少分の1兆円の財源が決まっていないことです。

政府は、4000憶円は確保したと言いますが、それは本来、低所得者層の医療費の負担を軽くするために予定していた「総合合算制度」予算
を振り向けることなのです。

公明党は、軽減税率を自民党に呑ませたことを成果としてアピールしていますが、4000憶円は低所得者層向けの医療関連予算のはずです。
公明党はこれに矛盾を感じないのでしょうか?

自民党も、選挙で公明党の票が欲しいので、選挙対策として公明党の要求を呑んだのですが、国政がこのような党利党略で決められていいの
でしょうか?

これらと並んで、今回の軽減税率には、財務省の大きなワナが仕組まれています。

消費税は、食料品などの生活必需品については、イギリスのようにゼロにすることもできるのですが、今回の方針では、軽減税率を適用しても、
8%以下にはしないことを国民に受け入れさせたことです。

私たちは、言葉に惑わされず、あくまでも、本来あるべき政策の選択をするよう、政府を監視してゆく必要があります。



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2016年 日本の課題と選択(1)―政治編―

2016-01-07 09:29:03 | 政治
2016年 日本の課題と選択(1)―政治編―

昨年の2015年は、戦後70年という節目の年に当り、改めてこれまでの日本の歩みを検証し、今後の日本の針路を定める年でした。

このような歴史的な巡り合わせの昨年、安倍政権下で、日本の将来に重大な影響を与える政治・経済、外交面の課題に関して大き
な変化が起こり、選択がなされました。

そして、これらの変化を受けて、日本は今年、どのような方向に舵を切り、どのような選択をするのかを迫られています。

まず、政治的には安倍政権は昨年、集団的自衛権の容認を含む、いわゆる安保法制を強行採決しました。

安倍政権は昨年、日本が他国から攻撃されなくても、「親密な関係にある他国」(実態はアメリカ)が攻撃された場合に、軍事的行動
がとれる(戦争ができる)国にしました。

言い換えると、アメリカの戦争に日本が加わることができるようになったのです。

これにたいしては、憲法違反であるというのが、憲法学者のほぼ一致した見解です。つまり、憲法改正をしないで、解釈を変えること
により、実質的に憲法(とりわけ9条)をなし崩し的に無効化してしまったのです。

集団的自衛権に賛成する人たちの間にも、重要な誤解があるように思います。

たとえば、中国や北朝鮮がせめて来たらどうするのか、といった発想です。それに対抗するためにも、集団的自衛権は必要だ、という
言い方をします。

日本はそもそも自衛権をもっていますから、日本が攻撃を受けた場合には自衛権を発動することになりますし、アメリカの軍事的支援
は、集団的自衛権がなくても日米安全保障条約で規定されています。

したがって、集団的自衛権と日本が攻撃を受けた場合とは何の関係もありません。しかし、安倍政権は、中国脅威論を煽り、こうした
国民の漠然とした不安を巧みに利用して、アメリカの戦争に加担するための集団的自衛権の行使を可能にしてしまいました。

これにより、法律的には、たとえばアメリカが中東で行っている戦闘行為に日本の自衛隊が加わることが可能となりました。

また、今年度の4月以降には、自衛隊が「駆けつけ警護」ができるようになりました。

たとえば、PKOどで海外に派遣されている自衛隊は、国連やNPOなどで活動している人たちが誰かに襲撃された場合、武器を使用
して救出することができることになります。

しかし、これには当然、救出過程では武力衝突が生じ、人を殺すことも自衛隊員に「戦死者」が出ることも起こり得ます。

法的には今年の4月以降にはスーダンに派遣されている自衛隊に、この任務と権限が与えられることになっていますが、政府は、これ
を秋以降に延長することを決めました。

これは、もし自衛隊員に「戦死者」がでると、国内で政府批判が噴出し、今年の夏に行われる参議院選挙で自民・公明の連立内閣にと
って不利に働くことを避けるためです。

つまり、選挙対策として、「駆けつけ警護」を先延ばしすることにしたのです。しかし、日本人が戦闘に巻き込まれる危険性があるという
問題の本質は変わりません。

ところで、現在、日本の軍事力は「自衛隊」が担っていますが、これは、憲法上、自衛を任務とする軍事力であるからで、安倍政権は憲
法を改正して、自衛を超えた軍事行動ができる「国軍」にしようとしています。

そのためには、憲法改正を国会の衆参両議院で、それぞれ3分の2以上の賛成が必要です。

現在、衆議院においては、安倍政権は3分の2を優に超えていますので問題はありませんが、参議院では、自公に加えて改正賛成のい
くつかの政党を加えても3分の2に11議席足りません。

そこで安倍政権は、一方で政権に不利な課題は先送りし、選挙での票につながりそうな問題に対しては、後に述べるように、金銭的な
バラマキを行おうとしています。

この意味で、今年の参議院選挙によって、政権が参議院でも3分の2以上をとって、憲法改正の発議を選択するのか、あるいは国民が
選挙でそれに「ノー」を突きつける選択をするのか、今後の日本の針路にとって極めて重要な意味をもっています。

安倍政権が特に力を入れているのが、自民党の憲法改正草案(注1)に新たに付け加えた、第九章で、98、99条の「緊急事態」条項です。

この二つの条項は、外部からの攻撃、内乱、大規模な自然災害により社会秩序の混乱が生じた時、内閣総理大臣は、一定期間、必要と
思われる措置に関して法律と同じ効力をもつ政令を発することができる、と規定しています。

つまり、内閣総理大臣の意向で、現行の法律を停止し、事実上、政府の命令に従わせることができるという、強大な権限を総理大臣に与
える、かなり危険な要素を含んでいます。

安倍首相はまずは、大災害の事態を前面に出して「緊急事態条項」を国民に受け入れさせ、憲法9条改正への突破口、地ならしと見なし
ているようです。

上記の政治選択と密接に関連しているのですが、安倍首相は昨年、中東を訪れ際、エジプトとイスラエルで、日本は「イスラム国」と闘う
国と人々に2億ドル(220憶円)の資金援助をすると発表しました。

ここで日本は、「イスラム国」だけでなく、アラブ世界を敵にまわす宣言をしたことになりますが、これが長期的にどのような影響を与える
かは、これから10年、20年と年月が経たないと分かりません。

最後に、辺野古への基地移設にたいする問題です。先の選挙で示されたように、沖縄の民意は、新基地の増設と環境破壊にたいして
圧倒的に反対です。

この状況を、アメリカにおいても辺野古の基地建設にたいして反対の声が上がっています。

まず、映画監督のオリバー・ストーン氏や言語学者や言語学者ノーム・チョムスキー氏など70名は声明を出し、その中で『大使(キャロ
ライン・ケネディ氏)の、辺野古が唯一の解決、という発言について「(辺野古移設計画に)激しく反対してきた沖縄の圧倒的多数の人々
に対する脅威、侮辱、挑戦であり、同時に法律、環境、選挙結果を軽視する行為だ」』として批判しています)(『琉球新報』2015年12月
24日)。

こうした動きに呼応して、まずカリフォルニア州バークレー市議会が全会一致で辺野古移設にたいして反対決議を可決しました。続いて、
マサチューセッツ州ケンブリッジ市議会も全会一致による反対決を可決しました。

これら2市の決議は、生物を守ることが主眼のようですが、「日米両政府が工事を強行しようとしている現状を批判。キャンプ・シュワブ前
などで非暴力で抗議する民間人らが逮捕されるなど沖縄の民主的権利が侵害されていると指摘した」とあり、現状に危惧を抱いているこ
とがわかります。

ケンブリッジ市も新基地建設計画の当事者を米政府と位置付け、大浦湾の環境破壊や県民の人権侵害など、新基地建設をめぐる米側
の責任に言及。大浦湾に生息する262種の絶滅危惧種を含む5334種の生物を守ろうと日米両国の環境団体などが米国防総省を相手
取り訴訟を起こしたが、日米両政府が工事を強行しようとしている現状を批判しています。

そのうえで、バークレー市と同様、米国防総省に米国家歴史保存法の順守を促し、米国海洋哺乳類委員会に環境保全の再確認、米議
会に対しては辺野古移設をめぐる公聴会の開催など、具体的行動を要請し、新基地建設計画に反対する県民との連帯を表明していま
す(『沖縄タイムス』2015年12月24日)

現在、辺野古の基地穿設工事をめぐって、国と沖縄県とは法廷闘争を繰り広げていますが、政府は今年度中に決断を迫られることにな
ります。

最後に、これまで外交上の課題だった、中国、韓国、ロシアとの関係をどうするのか、の選択をすることになります。

中国とは「戦略的互恵関係」が確認されていますが、これは、とりあえず、歴史問題や領土問題は脇に置いておいて、経済文化交流を
友好的に進めるというものです。

ただし、中国は歴史問題を「日本に直接突きつけるのではなく、(それもするが、)先ずは国際社会の共有認識とすることによって、国際
世論における思想的な対日包囲網を形成することに方針を転換した」と解すべきです。

『Newsweek 日本版』は、こうした中国の戦略に対して日本は戦略をもたないことが問題である、と指摘しています(注2)。

もう一つ気がかりなのは、アメリカと中国は対立と同時に、常時対話するルート(ホットライン)をもっているのに、日本はそれがない、と
いう点です。

アメリカは日本と中国とを両天秤にかけながら、自らは直接巻き込まれず、利益だけを引き出す戦略(いわゆる オフショアー・バランス
戦略)ですが、日本ははたして独自の日中関係を築いてゆけるかどうか、安倍外交の真価が問われる年です。

日韓関係では、従来障害になっていた「慰安婦問題」に「不可逆的」な最終決着昨年末、日本政府の過ちを認め、10憶円の基金を政府
が拠出すること、そしてこれが「不可逆的な最終決着」であること、で合意しました。

ただし、日本側は、この合意を文書化することを要求したにもかかわらず、韓国に拒否され、今のところ、厳密に言えば「口約束」にすぎ
ません。これは外交上の失敗です。

日ロ関係では、クリミア併合に関して日本は西側諸国に同調して、国際社会でロシアを非難しています。

これとの関連で、日本にとって重要な「北方四島問題」の交渉は、事実上凍結されています。

安倍政権は、今年、果たしてこの難問を切り開くことはできるのでしょうか?ここでも、安倍政権の真価が問われます。


(注1)この問題に関しては、本ブログの、2013年5月3日、12日、17日、22日、27日の5回にわたって説明・検討しています。
(注2)『Newsweek』(日本語版)、2015年11月6日。
    http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2015/11/post-4081_5.php

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子どもの貧困(2)―空腹:ティッシュ甘いんだよ―

2016-01-01 05:05:57 | 社会
子どもの貧困(2)―空腹:ティッシュ甘いんだよ―

明けましておめでとうございます。

また、新しい年が巡ってきました。本来なら、明るい話題でこおブログを始めたいところですが、前回の記事との継続で、再
び、貧困について書くことにしました。

しかし、考えてみると、「貧困」の問題は、現在の日本社会の底辺に流れる最も深刻な問題の一つであることは確かです。

そして、私たちはこの問題を正面から見つめることなく、むしろ目をそむける傾向すらあるように感じられます。

まず、前回にも書いたように、日本の子ども6人に1人が貧困家庭の子どもである、という事実は、一見、豊かな日本におけ
る現実なのか、とにわかに信じられないかも知れません。

経済協力開発機構(OECD)諸国の中で、日本におけるひとり親世帯の貧困率は高い水準にあります。2010年調査では、
50・8%で最も高かった。米国は45・0%、仏は25・3%、英国は16・9%でした。

これらの数字からも明らかなように、日本はひとり親(実態は大部分が母子家庭)世帯にたいする保護水準がヨーロッパ
諸国に比べて群を抜いて高いことが分かります。

これこそが、日本人、日本社会の貧困をもっともはっきりと表わしています。

日本のシングルマザーの8割は働いていますがが、収入が低いのは非正規就労が多いためです。

厚生労働省の全国母子世帯等調査(11年)によると、働くシングルマザーの5割はパート・アルバイトで、その平均年間
就労収入は125万円です。

労働政策研究・研修機構の周燕飛研究員によると、シングルマザーの多くは子育てのため非正規就労を選択せざるを得
ず、正社員になっても子育て期に離職しているため中途採用で低賃金に抑えられています。

離婚後に養育費を払う親(実際には父親)が少なく、児童扶養手当などの福祉給付が十分でないため、「働いて貧困生活
を続ける」か「財産を手放して生活保護を受ける」かのジレンマに陥ると指摘。「働くひとり親世帯に対する新たな所得援助
制度を国は設けるべきだ」と話す(注1)。

このような全体的状況の中で、具体的に貧困家庭の実態、とりわけ子どもの生活ぶりを赤裸々に示している事例を、いく
つか紹介しましょう。

事例1
2年前に生活保護を受けるまで、長野県に住む女性(30歳)の食卓によく並んだ献立は、白米、サラダ油、しょうゆでした。

よく混ぜて食べると、油のコクで空腹が満たされる気がした。長女(9歳)と次女(8歳)は、「おいしいよ」と食べました。

お腹を空かせた2人は当時、母親に隠れてティッシュペーパーを口にしていました。2人は「ティッシュペーパーって甘いの
があるんだよ」と言い合っていました。

いい香りのするもらい物のティッシュがそうだと、後になって長女が記者に語っています。次女は塩をふって噛みしめた。
それでも、周囲に「助けて」と言い出せなかったという。

2010年、この女性は夫の暴力に耐えきれず家を出て、派遣として工場で働き、月収は多くて15万円程度。しかし、うつ
状態で休みがちになった。収入は落ち込み、光熱費を滞納し始めるようになりました。

国民健康保険料を滞納して呼び出された役所では、「収入10万円でも払っている人はいるんだ」、と職員に言われてしま
いました。ぜんそくの長女が風邪をひき、手持ちがないまま訪ねた薬局で、「後日必ず払います」と懇願したが、「慈善事
業じゃない」と断られた。

親類や知人も生活は苦しく、「甘えるな」「節約したら」と言われた。「人を頼っちゃいけないんだ」。女性はそう思い込んだ。

2012年暮れ。次女が風邪をひいた。この状況を何とかしなければと訪れた病院で、小児科医らに生活保護を勧められた。

だが役所では、うつだと話しても「もう少し働いたら」と何度も促された。「やっぱり頼っちゃダメなの」。申請をあきらめ、クレ
ジットカードで借金を繰り返したが数カ月で返済が滞った。

13年12月。電気が止められた部屋で、野菜の切れ端が入った薄い雑炊を3人で1杯ずつすすった。ろうそくの炎を見つ
めるうち、長女から「死んじゃうの?」と聞かれ、女性は生活保護を申請することを決意しました。

彼女の“うつ”が悪化し、就労は困難として認定された。今は月18万円ほどで暮らすようになりました。

女性は「周りの人もがんばってるんだから自分だけ助けてって言うのは恥ずかしく、なかなか言い出せなかった」と振り返る。

厚生労働省の全国母子世帯等調査(2011年)によると、同居親族がいる世帯も含めて母子家庭は推計約124万世帯。
1983年の約72万世帯から1・7倍に増えました。

母子家庭になった理由は8割が離婚。子どもの数によって異なりますが、児童扶養手当や養育費などを含む母の平均年収
は223万円(10年)で、父子家庭の父の380万円(同)を大きく下回っています。

子どもの貧困に詳しい立教大の湯沢直美教授(社会福祉学)は「仕事と家事で精いっぱいで、母親は相談に行く余裕がない。
離婚を自己責任とみる風潮も強く、支援を求めづらい心境になりやすい」と説明しています。

離婚の原因に絡む家庭内暴力(DV)の影響も深刻だ。「離婚後も心理的に追い詰められた影響が続き、精神を病む場合も少
なくない。孤立を防ぐには精神的ケアも必要」と指摘していますが、上の例は、湯沢教授が指摘する、典型的な事例と言えま
す(注2)。

しかし、たとえ正社員になっても、母子家庭の生活は必ずしも楽にはならないようです。

事例2
北海道に住む介護職の女性(43)は、長女を連れ27歳で離婚した。資格を取って働けば安定すると思い、介護の職場で長く
パートなどで働いた。

月収は手取りで約18万円。別の男性との間に長男、次男が生まれたが、結婚はしなかった。子どもが小さいうちは夜勤を止め、
手取りは一時11万円に減った。

2015年10月、彼女は正社員になったが、月収はパートの時とほぼ変わりませんでした。

高1の長女(16)は朝起きると部活の朝練へ。長男(6)と次男(2)に食パン1枚を半分ずつ食べさせ、保育園に送る。

女性は7時半には職場の介護つき住宅に着く。職場では一日中立ったり座ったり。病院や役所にも足を運びました。

職場の食堂で午後2時に食べる200円の定食が一番まともな食事。朝は食べず、夜も自分はご飯と砂糖だけでした。

保育園が閉まる直前に滑り込む。帰って夕食を食べさせ、午後10時までに寝かしつける。洗濯と翌日の夕食の準備をし、持ち
帰った仕事をこなし、午前2時すぎに眠りにつく

長女は校区のミニバスケットチームに所属し、全国大会に行くほどの強豪で、小学5年でレギュラーになりましたが、月謝に加え
て、遠征費が払えず、泣く泣く諦めさせました。

「うちは、これ以上は無理なんだよね。6年生から転校しない?」

「なんで」と長女は嫌がり、口数が減った。辞める理由を周りに知られると娘が傷つく。そう考えると転校させるしかなかった。

「わかってもらわないと、家族一緒に生きていけなかった」と女性は振り返る。生活保護も考えたが「懸命に働く背中を見せて自分
で養いたい。生活保護か、馬車馬のように働くか。他の道はないのでしょうか」と話す。

事例3
中部地方に住む女性(29)は、4年前、夫の暴力が続き、生活費も入らなくなって離婚した。当初は春や夏はツクシやタンポポを
摘んで食べた。

二つの仕事を掛け持ちし、長男(9)、長女(7)、次男(4)を育てる。日中は自宅で看板などデザインの仕事をする。子どもに何か
あっても都合がつけやすい半面、受注は不安定で月収は平均5万円。週4日ほどスナックで働き月約10万円を稼ぐ。

長男が最近、言った。「高校は昼働いて夜の学校に行く。お金稼いで半分はママにあげる」。涙がにじんだという。

自分も母子家庭で育ち、朝から晩まで工場で働き詰めの母を見てきた。自分は少しでも一緒にいられる仕事を選んできた。でも
このままでは何も残してやれない。年明けからもう一つ、訪問営業の仕事を始める。「体はしんどいけど、稼げるうちに稼ぐ」。

ここには、このシングルマザーの母親も、おそらく貧困家庭で、朝から晩まで働き詰めだったという表現から推測すると、貧困の
連鎖が見られます。

さらに長男も、昼働いて夜間高校に通いたい、と述べていることから、おそらく大学進学は難しく、さらに貧困が続くことが予想
されます(注3)。

シングルマザーの経済状況を悪化させる要因の一つは、離婚した元夫からの養育費が事実上もらえない場合が多いことです。

事例4
京都在住の女性(36歳)は、夫の暴力から逃れるため離婚。家賃5万5千円の木造長屋。洗面台はない。長女(3才)の「私と
ママの家は小さいね」という言葉が胸にチクリと刺さりました。

この女性は公的機関の非常勤職員で、手取り月13万7千円。バス代を節約し、40分かけて自転車で通勤しています。

離婚裁判では、養育費として月6万4千円を求めました。団体職員だった元夫の年収は485万円あった。だが調停中に辞職し
借金して飲食店を開業。「店は赤字。払える状態にない」と反論された。最終的に示された回答は「1万円なら払える」。

結局、もらわない決意をし、昨年11月、離婚が成立した。1万円のために元夫と関わり続けなくてはならない方が苦痛だった。
弁護士費用として月1万6千円35回払いの借金が残ってしまいました。

上の例の他に、元夫が心身の病のため、あるいは離婚後に元夫が再婚し、新しい家庭を維持するために、養育費の支払いが
できない場合もあります。

厚生労働省の全国母子世帯等調査(2011年)によると、養育費の取り決めをしているのは母子世帯の4割に満たない。受け取
っているのは2割弱。取り決めなかった理由は「相手に支払う意思や能力がないと思った」が5割近く、「相手と関わりたくない」が
2割超でした。

東北大の下夷(しもえびす)美幸教授によると、米国では養育費専門の公的機関があり、元夫の行方捜しや給与天引きによる徴収
代行などをする。北欧では国が立て替え払いする制度があるという。

下夷教授は「日本では自己責任が強調され、家庭に介入すべきではないという行政の姿勢が、不払いを当たり前の状態にしてきた」
と指摘。「養育費の支払いと受け取りがスムーズにできる仕組みを国が用意する必要がある」と話しています(注4)。

こうして見てくると、日本は貧困家庭、とりわけ母子家庭に対する国家的な経済的な補助が非常に少なく、子どもに平均的な教育を
受けさせることさえできない現状にあります。

現在、日本の離婚率は3組に1組の割合です。この現状からすると、子供がいないっま離婚するケースもあるので一概には言えませ
んが、シングルマザーの実態をみると、これからも子どもの貧困は、日本社会の底辺で深刻な問題となり続けるものと思われます。

子どもの貧困が日本の将来にとって深刻な問題となるのは、教育格差が貧困の連鎖を生むだけではありません。厚生労働省の調査
により、「ふりかけご飯・麺類だけ」という貧しい食事の実態が明らかになりました。

その結果、成長期に十分な栄養を摂れないことが健康格差を生むことを懸念しています(『東京新聞』2015年4月5日)。これも、
将来の社会的弱者、貧困の連鎖を生む大きな原因となることが心配されます。

子どもの貧困については、まだまだ考えなければならない問題がたくさんありますが、それらについては後日また書くことにします。


(注1)『朝日新聞 デジタル版』(2015年12月21日)
    http://digital.asahi.com/articles/DA3S12127366.html?rm=150
(注2)『朝日新聞 デジタル版』(2015年12月20日)http://www.asahi.com/articles/ASHDL4VDGHDLPTIL01K.html?ref=nmail
(注3)(注1)と同じ。
(注4)『朝日新聞 デジタル版』(2015年12月22日)
    http://digital.asahi.com/articles/DA3S12128566.html?rm=150

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