goo blog サービス終了のお知らせ 

大木昌の雑記帳

政治 経済 社会 文化 健康と医療に関する雑記帳

若き天才の魅力―大谷翔平と藤井聡太の場合―

2021-09-28 16:10:16 | 思想・文化
若き天才の魅力―大谷翔平と藤井聡太の場合―

現代の日本人で、天才と呼ぶにふさわしい若者はだれかと問われれば、私は迷うことなく、
アメリカのメジャーリーグで大活躍の天才アスリートの大谷翔平(27才)と、将棋界の
天才棋士、藤井聡太(19才)の二人を挙げます。

このブログでも、この二人についてはそれぞれ別々に数回ずつ取り上げていますが、今回
は、二人を一緒にして、“天才”というものの姿を考えてみたいと思います。

まず大谷翔平ですが、大谷はピッチャーとバッターの二刀流がメジャーリーグでどこまで
通用するかが当初からファンの関心事でした。

昨年は腕の手術もあって十分な活躍ができませんでしたが、今年は術後の不安を吹き飛ば
して、春から投打に大活躍です。

一か月前ほどは、ホームウランを量産していて、多くの日本人は朝起きると、大谷がホー
ムランを打ったかどうかを確認するのが楽しみであり日課となっていました。

そのころは、ホームラン王となり10勝し、103年振りにべーブルースの記録を破るの
ではないか、と言われていました。

これは日本人だけでなく、アメリカの野球ファンの間でも、その期待は大きかったのです。

ただ、ここ2~3週間、ホームランはあまり出ず、ピッチャーとしても良いピッチングを
しているので、味方が援護してくれないため、勝利投手になれない悲運を味わっています。

これはエンジェルスという弱いチームにいることの大きなマイナス面です。しかし、だか
らこそ、一層大谷のチームにおける存在感は大きくなります。

もし優勝を争うようなチームなら、監督はおそらく大谷に二刀流をやらせず、バッターに
専念させるでしょう。

さて、シーズンもいよいよ終わりに近づいて、現在ホームランは45本、9勝という成績
で、大谷が果たして10勝とホームラン王という偉業を達成できるかどうか、微妙な段階
にきています。

しかし私は、いずれも達成できないとしても、今シーズンの大谷の活躍は、すでに十分に
天才の名にふさわしい活躍をしていると思っています。

私が大谷に“天才”の魅力を感じるのはいくつかの理由があります。

まず、本格的な二刀流というのは、私はかつて見たことがありません。ある日本人投手経
験者によれば、一試合で投げたら、4~5日は体が思うように動かないといいます。

大谷は、それを実際にやってしまっているのが、すごい。文句なしに天才です。

驚くのは、身体の負担が一番大きいピッチャーでありながら、塁に出れば全力疾走で盗塁
します。ピッチャー以外なら当たり前ですが、ピッチャーであることを考えたら、第一、
体力を消耗し、投球に差し障るし、悪くすれば怪我をして投手生命を縮めます。

しかし大谷は、そんなことを気にすることなく、いつも塁に出れば盗塁を決行し、23個
決めています。これが彼の魅力の一つです。

それでいて、彼は160キロ近い速球をなげることができるのです。これだけのピッチャー
はメジャーリーグの投手の中でもそう何人もいません。これもやはり“天才”の証です。

私が魅力を感じるのは、彼が短距離選手並みの速さで全力疾走するときのフォームの美しさ
です。

速く走ることはトレーニングである程度は速くなりますが、それも限界があります。まして、
同時に美しい姿で速く走るとなると、これは天性の能力がなければできません。

私が知る限り、これらの点で彼に匹敵するのはイチローくらいです。イチローの走る姿も実
に“絵になる”し、やはり短距離選手並みの速さがありました。

ホームランを量産する大打者でも、ドタドタと走ったら、あまり魅力を感じません。

ある日本人の野球の選手がかつて、守備は練習すればうまくなるけど、バッティングは持って
生まれたセンスがなければ、いくら練習しても限界がある、と言ったことがあります。何とな
く分かる気がします。

大谷は、外人選手にありがちな、パワーでホームランにすることもなく、芯に当てる技で軽々
とホームランを打つことができます。これが天才の技です。

しかも、その姿がやはり、美しいのです。これも、やはり天性の魅力です。

さて、大谷が「動」の天才だとしたら、もう一人の藤井君(まだ少年らしさが残る風貌なので、
こう呼ばせてもらいます)は「静」の天才です。

藤井君は14才の時、史上最年少で4段(つまりプロ棋士)となり、プロデビューを果たした
翌年には、公式戦29連勝という、前人未到の偉業を達成します。

それから、上位者から次々とタイトルを奪取し、今年は、これまでどうしても勝てなかった天
敵、豊島将之九段から「叡王」のタイトルを奪い、これで「王位」「棋聖」と合わせて19才
1か月で史上最年少の3冠を達成しました。

これまで最年少の3冠はハブ善治九段の22才3か月でしたから、それより3才以上も若い。

そして10月からは、同じく豊島九段とのタイトルがかかる七番勝負に挑戦します。

19才で3冠という成績がどれほどすごいかは、生涯で一度もタイトルを獲得したことがな
い棋士が大部分であることを考えれば分かります。19才で3冠とは天才としか言えません。

私は自信は将棋は全くやりませんが、プロの解説を聞きながら、自分でも次の一手を予測し
ながら観戦するのが大好きです。

現代の将棋のライブ放送では、一手一手、将棋ソフトのAIが最善手を示し、実際に打たれた
手を評価し、また、曲面全体を評価し、どちらがどれだけ優勢かも、数字で評価値を示してく
れます。

AIのすごいところは、一手打った直後に、その手の評価をするのですが、その間、数秒の
間に5億手、あるいは数十億手の試算(演算)を行います。

私が、藤井君の対局を観戦して、“天才”を感じたのは、プロ棋士の解説者も思いつかない手
を打って勝ったシーンを何度も観たからです。

こんな時、解説の棋士も、しばらくは、藤井君の手の意味がその時にはわからなくて、後に
なって初めて理解することができるのです。

さらに驚くべきは、コンピーュタがはじき出した最善手とは違う手を打って、それが勝因と
なることが、これまでも再三ありました。

ある解説者はこんな時、“藤井さんが地球人だったら、こう指すのに、彼は宇宙人だから”と
驚きを込めて言いました。

あるいは“藤井はAIを超えた”とも表現します。これこそがまさに“天才”が放つ魅力です。
本当に、彼の思考は常人の思考を突き抜けています。

彼の深くて鋭い読みは、旧世代の棋士たちの経験知をはるかに超えています。

藤井君は、自分で最新で最高の能力を持ったCPU(中央処理装置)を買ってきて、自分
でパソコンを組み立てたものを使っています。

ある時、藤井君は、コンピュータを使って研究しますが、と聞かれて、“ええ”と言った後の
言葉に心底驚きました。

今は誰もがコンピーュタを使って研究しているけれど、自分はそうした相手にどのように立
ち向かったらいいかを研究するためにコンピュータを利用しています、という趣旨のことを
言ったのです。一歩も二歩も先を行っています。

一体、彼の頭の中はどうなっているのか、とつくづく思います。

ところで、ここまで大谷翔平と藤井君という二人の若き天才にある種の共通点を見出します。

まず、天才だけが見せてくれる超人的な能力で、これは大きな魅力です。しかし彼らは自ら
の才能を誇示するわけでもなく、勝負している時は勝負に没頭することです。

たとえば、大谷はなぜ、敢えて危険な盗塁をするのかを考えてみると、彼は、その場で自分
がすべきこと、できることを全力でやる、それで怪我をしても、それは仕方がない。これが
彼の気持ちなのでしょう。

藤井君も、世間の評価や、自分が有名になることや、お金を稼ぐことには全く関心を示しま
せん。今年の3月に高校の卒後を直前に控えて、彼は退学してしまいます。

また、普通の大人なら、タイトル戦などでは、自分のプライドや世間の評判や収入など、色
んな雑念が頭をよぎると思いますが、藤井君は全く気にしないようです。

純粋に一局一局に没頭して楽しんでいるかのようです。ちなみに、10月からのタイトル戦
(竜王)の賞金は4400万円です。

そして、私が何よりも天才に惹かれるのは、そこに”美”があることです。大谷の投げる姿、打
つ姿、走る姿、すべてに美しさがあります。

藤井君の将棋には、同じ勝つにしても、そこに”華麗さ”があります。

さらに、人間としての魅力もあります。私なら、これだけの才能をもっていたら、得意になっ
て多少は傲慢になってもおかしくないのに、二人とも、飛び抜けた天才なのに控えめで、その
時その時に自分のやるべきことに全力を尽くす、その姿勢に私は魅力を感じます。

コロナ禍で陰鬱な気分になっている今、彼らの存在は、気持ちに明るさをもたらしてくれる二
人に感謝です。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

総裁選にみる自民党の経済戦略―成長が先か分配が先か―

2021-09-21 09:42:35 | 政治
総裁選にみる自民党の経済戦略―成長が先か分配が先か―

自民党の総裁選挙がたけなわで、毎日、テレビでは立候補者4人の合同記者会見や討論会
の様子が報道されています。まるで、自民党にテレビジャックされたようです。

記者会見の内容は、党改革、外交、経済政策、エネルギー政策(特に原発問題)、女系天
皇の是非、夫婦別姓、同性婚、少子化問題、そして「モリカケ、桜」問題への対応などな
ど、多方面にわたっています。

これらは、いずれも重要な問題ではありますが、その背後にある大きな問題は、自民党は
「安倍・菅体制」を継承するのか決別するのか、の選択です。

「安倍・菅体制」と言った場合、二つの側面があります。一つは、「モリカケ・桜」問題
で、実はこれが今回の総裁選の影の主要テーマです。

安倍首相の在任期間中に発生した「モリカケ・桜」問題とは、近親者優遇と公文書改ざん
がまかり通るような政治は許されるのか、許されないのか、という現実的な問題です。

安倍元首相は、この問題が再燃して最調査されることを何よりも恐れています。というの
は、これまで行ってきたことを説明できないことはご本人が一番よく知っているからです。

安倍氏は、自民党内で最大派閥である細田派の実質的な領袖です。これは、大きな議員票
をもっていることを意味し、総裁選の立候補者に暗黙の圧力となっています。

このため、モリカケ・桜問題を再調査するか否か、という質問にたいして野田候補を除い
て、他の3人は再調査の必要なし、と答えています。

岸田氏にいたっては、当初は最調査の必要も口にしていましたが、明らかに安倍氏への配
慮から急速に“必要なし”に変更しています。

ここでも、今回の総裁選では、安倍氏への「忖度」と妥協が目に余ります。

「安倍・菅体制」のもう一つの側面は、基本戦略です。安倍・菅政権の基本姿勢は、国内
政策では経済成長重視、外交はアメリカへの過剰な追従、イデオロギー的には日本ナショ
ナリズムへの傾斜などです。

その中で今回は経済戦略に注目したいと思います。

私たちが日々実感しているのは、日本経済は元気がない、停滞、じり貧など、決して明る
い姿ではありません。

かつて、“ジャパン・アズ・ナンバーワン”とはやし立てられたのは、過去に一瞬味わった
夢物語だったのでしょうか。

実際、現在の日本経済はG7の先進七か国の中では、ダントツに低い経済成長率です。

たとえば、日本の実質所得も一貫して下がり続けており、その水準もG7中最低で、現在
は韓国よりも低くなっています。もはや、先進国というより、開発途上国と言った方が正
確に言い表しています。

これについてはこのブログで7月5日と12日の2回にわたって“日本は「安い国」?”と
いうタイトルで書きました。

こうした現実に、日本のかじ取りを担うであろう自民党の総裁は、どのような展望をもっ
ているかを注視していました。

自民党の経済政策の基本は、小泉政権以来、新自由主義で、これは企業の自由競争を最大
限重視し、国はできる限り介入しない考え方で、強い者が生き残る、「弱肉強食」の考え
方です。一連の民営化がその端的な例です。

ここでは競争に負けた企業は、敗者として社会から排除されたり、個人でいえば貧困に陥
る。どちらにしても格差を生み出しますが、それを当然のこととします。

小泉元首相は国会で、こうした政策で格差が生ずるのは仕方がない、と明言しています。

新自由主義のもう一つの特徴は、経済成長重視です。今回の4人の候補者による記者会見
で明らかになったことは、自民党は今までと変わらず、成長重視を金科玉条のごとく信じ
ている、という点です。

4人の中では唯一、岸田候補が新自由主義の否定と分配の問題に触れていました。これを
聞いた時、自民党内から初めて新自由主義の否定、分配の重視という方針を聞き、ちょっ
と驚きました。

しかし、その中身を聞いて、がっかりしました。というのも、彼の考えは、成長を果たし
たうえではじめて、その果実の一部を分配に回わす、というものです。

ここでは、まずは成長が大事で、成長こそが分配を増やす元になる、経済が成長すれば、
国民の低所得層にも順次その果実が「したたり落ちてくる」、という、今では死語に近い、
「トリクルダウン」という昔の考えであったことが明らかになりました。

しかし、世界の潮流は、岸田氏の主張や自民党の考えかたは逆です。

自民党は常に、成長戦略を口にし、野党には成長戦略がない、と攻撃してきました。しか
し、その成長をもたらすアプローチが的外れというか逆です。

新自由主義政策とグローバリズムの進行によって、国際的には富裕国と貧困国、国内では
一部の超富裕層と大多数の貧困層(貧困層に転落した中間層も含む)との格差がますます
拡大しています。

現代の世界的な経済の停滞は、貧困者の所得が上がらないから購買力が伸びず、その結果、
経済が回らないために生じている、という考え方です。

したがって、北欧の一部の国で実験が行われているように、生活に最低限必要なお金を国
が与えてしまいましょう、というベーシック・インカムという考え方台頭しつつあります。

この背後には、多くの人が一定の所得を持てば、その人たちは物やサービスを買うから、
そこで需要が生まれ、経済の好循環が始まる、という考え方があります。

経済成長があって、はじめて富の分配を行う、考えの全く逆です。

翻って、日本はどうでしょうか? トリクルダウンという言葉だけは浸透しましたが、い
つまでたっても大部分の国民にとって、富が上から「したたり落ちる」ように所得は増え
えてきません。

それどころか、国民の大部分の実質賃金は、ここ20年間、減り続けているのです。それ
は、購買力の低下となって、景気の停滞の悪循環を固定化してしまっています。

それでは、国民が一生懸命働いて生み出した富はどこへいってしまったのでしょうか?

実は、利益を上げている企業は内部留保という形で、労働者に賃金という形で分配しない
で、貯金のようにため込んでしまっているのです。

その額は、2019年度では、475兆円を超えており、これはGDP500兆円に匹敵
する額です。

これでは働く人の賃金は上がらないし、消費も伸びず、経済は回ってゆきません。

現在の自民党の成長戦略は、安倍政権時代の武器輸出、原発輸出、金融緩和、機動的な財
政出動などしかありません。

しかも、これらの成長戦略は、これまでのところ何ひとつ、実際に成長をもたらしたもの
はありませんし、まして、国民に経済成長の成果が「したたり落ちる」ことはありません
でした。

その一方で、今回のパンデミックでは、マスクも自給できず、台湾や韓国がいち早く自国
のワクチンを開発して使っているのに、日本は輸入に頼っています。

今回のパンデミックで、ファイザー、モデルナ、アストラゼネカなどの欧米のワクチン供
給会社は莫大な利益を上げ、治療薬ではクラクソスミソクラインやロッシュなどの薬品メ
ーカーも同様に大きな利益を上げるでしょう。

本来なら、このような分野にこそ国を挙げて投資することが、真の成長戦略のはずなので
すが、国も企業もその基になる基礎研究にはあまり投資してきませんでした。

こうして日本は、ワクチン獲得競争に敗れ、「ワクチン敗戦」を経験して、次は治療薬で
も後れをとっています。

いずれにしても、安倍・菅体制の経済政策は、10年も20年も昔のままで、残念ながら、
自民党はそのことにさえ気づいていません。

少子化を前にして、政府は年金の受給開始年代を引き上げ、給付金を減らし、消費税を上
げるなど、国民の購買力ますます奪うことしか考えていないようです。

繰り返しますが、経済成長の原動力は、まず国民への分配を増やし、有効需要を増やすこ
とです。

これと全く同じことを9月21日のBS・TBS『報道1930』に出演した立憲民主党
党首の枝野氏が言っていたのを聞いて、すこしだけ光を感じました。

自民党に、誰か日本の将来を見据えた。しっかりとした見識をもった知恵者がいないのだ
ろうか?今回の総裁選の立候補者の見解を聞いて、このまままでは、次期内閣も、安倍・
菅継承内閣になってしまうのではないか、と暗澹たる気持ちになりました。



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

菅首相 突然の退陣―”みたこともない無残な退陣劇”―

2021-09-14 06:32:27 | 政治
菅首相 突然の退陣―”みたこともない無残な退陣劇”―

菅首相は9月3日、突如、次期自民党総裁選に立候補しないことを宣言しました。事実上
の退陣宣言です。

退陣の理由は、選挙とコロナ対策は両立できない、コロナ対策に「専任」するため、とい
うことでした(テレビ画面では、忖度したのか、「専念」と表示していましたが)。

しかしこれは誰が聞いても嘘だと分かる表向きの理由にすぎません。実体は、権力維持の
試みが全て失敗し、進退極まっての退陣、将棋でいえば「雪隠詰め」という状態での不本
意な退陣であることは明らかです。

普段は政権寄りの『日本経済新聞』でさえ、今回の退陣を、首相の権力を封じられたため
の、“見たことのない無残な菅義偉首相の退陣劇である”と表現しています。

ここで「首相の権力」とは衆議院の解散権と、閣僚・党役員の人事権の二つを指します。

このうち解散権は「伝家の宝刀」と言われますが、これを自分の権力延命、つまり自民党
総裁でいるための「私」「個」のために抜くのは、一線を越えた禁じ手だったのです(注1)。

他方菅首相は、閣僚と党の役職の人事を刷新して衆議院議院を解散して総選挙を行ない、
その後で総裁選を行う、というプランを構想していました。

このプランが明るみにでると、自民党の若手も長老も驚愕しました。菅首相を自民党の「顔」
として総選挙を行えば、自民党は惨敗し、政権交代もあり得る、と感じたからです。

直近の世論調査では、菅内閣の支持率は危険水位に達し、最も低い『毎日新聞』が26%、
その他の『読売』『産経』『日経新聞』は30数パーセントでしたから、他の自民党議員が
危機感をもったのは当然です。

とりわけ当選回数が3回以下の若手の自民党議員は、目前に迫った総選挙で菅首相を自民党
の「顔」として戦うことに強い不安を抱いていました。

そこで、あわてた、安倍氏や麻生氏などの自民党の領袖や若手は総出で解散を止めにかかり
ました。言わば自民党総出で後ろから菅首相を羽交い絞めにしたのです。

一方、政権の新しい党の役員と閣僚人事に関して、二階氏を幹事長から外すことは何とかで
きましたが、閣僚に関してはだれも受け手がなく、これもあえなく挫折していまいました。

こうして、首相の専権事項とされる解散権と人事権を封殺された菅首相は、まさに進退極ま
った状況に追い込まれてしまいました。

ついに、菅首相は麻生太郎副総理と官邸で面会した際、「正直、しんどい」と、気力がなく
なったことを漏らしていたという。これが“見たことのない無残な菅義偉首相の退陣劇”の中
身なのです。

以上は自民党という限られた世界からみた菅首相の退陣劇ですが、菅首相を退陣に追い込ん
だ本当の原因は、低い支持率に現れている国民が菅首相に対する強い不信だったと思います。
その経緯をざっと振り返ってみましょう。

まず、国民は官房長官時代、安倍首相の「モリカケ」問題と、「桜を見る会」に関連した疑
惑にたいする国会での追求にたいしてまともに答えない不誠実な光景をずっと見てきました。

続いて、就任間もない昨年の10月、学術会議の会員候補6人の任命を、最後まで理由を説
明しないまま、「俯瞰的にみて」という言葉を繰り返すだけ拒否し続けました。

コロナ禍への対応が後手に回わり、多くの国民は菅首相のリーダーとしての資質に疑問と不
信感を感じたと思います。

昨年の秋以降、いわゆる「Go To トラベル」と「Go To イート」がコロナの感染を拡散する
可能性を専門家から指摘されながらも、そのエビデンスはない、との一点張りで、耳を貸そ
うともしませんでした。

これらの景気刺激策は、年末まで続けられ、首都圏から全国にウイルスを拡散させてしまい
ました。そして、年末から1月には全国的に感染爆破が起きました。

感染爆発に直面してようやく1月8日に二回目の緊急実体宣言を発出しますが、その時はす
でに、手が付けられないほど感染の火の手は広がっていたのです。明らかに後手に回ってい
るのです。

その後も、少し落ち着くと規制を緩め、感染者が増えるとまた緊急事態宣言、あるいは「ま
ん延防止等重点措置」を発出しての繰り返しで、多くの国民は政府のメッセージを真剣に受
け取る雰囲気はなくなってゆきます。

菅首相は、緊急事態宣言下の東京オリンピックの開催に国民の7割近くが反対していたのに、
開催に執念を燃やし、実施しました。専門家や国民の不安を無視して、「安心安全」という
言葉を繰り返すだけでした。

一方で不要不急の外出を国民に要請しているのに、オリ・パラという一大祝祭を強行する、
という矛盾したメッセージを出し続けました。

今は反対でも、一旦始まってしまえば、日本人はオリ・パラに熱中し、政府の支持率も上昇
するものと、高をくくっていました。

確かにオリ・パラで国民は盛り上がりましたが、そのことが菅首相の支持を高めたかと言え
ば、期待に反して一貫して下降し続けました。

そして、事前に危惧されたとおり感染者も激増し、7月23日に東京オリンピックが開幕して
から 9月8日の閉幕式まで、日本の新型コロナウイルスによる一日の新規感染者数は3.4倍に
増加してしまいました。

ここでも菅首相の思惑はすっかり外れてしまいました。

菅首相が最後に頼りにしたのはワクチンでした。とにかくワクチン接種さえ進めば、やがて
コロナも収まり、政権批判も弱まって国民的支持が広がるだろうと期待していました。

このため、1日100万回の接種を各自治体にあらゆるルートや方法を駆使して圧力をかけ
て接種を進めてきました。そのかいあって、確かに、接種率は急速に上がってきています。

これを、あたかも菅首相の功績のように言う人もいますが、私はそうは思いません。

今年の春、河野ワクチン担当大臣は、国民すべてが摂取できる量のワクチンを確保した、と
大見栄を切りました。

しかし、この「確保」というのは、実際に現物が日本に到着することではなかったことが間
もなく明らかになりました。

そこで、ごくわずかに到着したワクチンを少数の高齢者に接種し、その映像をテレビで流し
たのですが、実際に少しずつ定期的にワクチンが入るようになったのは連休後しばらく経っ
た後でした。

欧米では昨年末よりワクチン争奪競争が始まり、1月からワクチン接種が始まっていたのに、
日本は数か月遅れてワクチン争奪戦に参戦したため後回しにされてしまったのです。いわゆ
る「ワクチン敗戦」です。

このため、欧米諸国のワクチンの獲得が一段落した後で、ようやく日本にも少しずつ回って
きたというのが実態です。イスラエルは、4回目の接種に備えてワクチン確保の準備を始め
たと報道されています(日経デジタル 2021.9.14)

日本では、二回接種した割合が50%を超えたところですが、欧米ではもうすでに60~80
%に達し、今は三回目の接種に着手しており、そのためのワクチンの争奪戦が行われています。

ワクチン獲得が出遅れたため、今日まで164万人の感染者と1万6800人の死者を出して
しまったことは、菅政権の失政の結果です。

コロナ感染症対策の王道は、まず初動で徹底的な検査(PCR)検査によって感染者を見つけ
出して医療の監視の下で隔離して治療することと、ワクチン接種を進めることです。

しかし、政府のコロナ対策では、これらが有機的組み合わされて有効に働いていません。

オリ・パラもワクチンも菅政権の政権浮揚には全く貢献しませんでした。

私は、菅首相の国会で野党の質問に対して誠実に答えない点、官僚が書いた答弁文書を棒読みす
るだけで自分の言葉で正々堂々と説明しない点、など一国のリーダーとしての資質を欠いている
と感じていました。

こうした背景があるからなのか、菅首相が国会など公の場で話す時、正面を見ないで右下に視線
をむけたぼそぼそと話します。

私には、菅首相の目に生気がなくうつろな印象を受けてしまいます。今年の3月、俳優の中尾彬
氏は、首相の「目が死んでいる」と痛烈に批判し、その後もインターネト上でどうようのコメン
トが寄せられています(注2)。

法政大学の上西充子教授が指摘していうように、話す内容も論理的でない受け答えで、大変失礼
ながら「首相の器ではない」と言わざるを得ません(注3)。

総じて、菅首相は、日本をどんな国にしたいのか、といった哲学や思想はなく、ただ権力を持
ち、行使する執念だけが強い政治家だったような気がします。

                 
                    注
(注1)『日経新聞』電子版(2021年9月11日 4:00) 
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD085N80Y1A900C2000000/?n_cid=NMAIL007_20210911_A&unlock=1
(注2)『ガジェット通信』(2021/03/03 03:00)https://getnews.jp/archives/2954666
(注3)『毎日新聞』デジタル 毎日新聞2020年11月29日 05時00分(最終更新 11月29日 05時07分)
 https://mainichi.jp/articles/20201128/k00/00m/010/222000c

(注2)『東スポ WEB』(8/12(木) 11:45配信)
https://www.tokyo-sports.co.jp/entame/news/3516823/ 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アフガン退避作戦の失敗―日本の「退避敗戦」と国際的信用の失墜―

2021-09-07 16:02:35 | 国際問題
アフガン退避作戦の失敗―日本の「退避敗戦」と国際的信用の失墜―

2021年8月15日 アフガニスタンの首都カブールがタリバンによって陥落しました。

実はトランプ政権時代の2020年2月に、アメリカはアフガニスタンから段階的に撤退
することをタリバン側に伝え両者の間で合意していました。

大義のない戦争を続ける意味はないので、トランプの合意は妥当だとしても、問題は、
この時タリバン側に何の条件も付けなかったことです。

とりわけ、外国の軍隊、大使館員、JICAのような国際協力機関、派遣元スタッフと
現地人スタッフとその家族、広い意味での外国勢力の協力者とその家族、外国企業の自
国民と現地人スタッフなど、広範な人々の安全な退避をどうするのか、といった問題に
ついては明確なロードマップは作られませんでした。

その結果、アフガニスタンに軍隊や政府関係者や国際機関のスタッフを滞在している国
は、それぞれ別々に対処することになりました。

日本の場合、報道では500人前後といっていましたが、これに帰国した留学生や、日
本企業の勤務者などを含めると700人ほどになるという。

アメリカが空港をコントロールして退避が可能な期限として設定したのは8月30でし
た。それでは、それまでに諸外国は何人の自国民と現地アフガン人の協力者を安全に退
避させることができたでしょうか? 以下に、国ごとの人数を多い順に示しておきます。

1 アメリカ(12.3万人) 2 カタール(4万人)   3 イギリス(1.5万人)
4 ドイツ(5347人)    5 オーストラリア(4100人) 6 フランス(3000人)
7 スペイン(1898人)   8 トルコ(1400人)     9 ポーランド(900人)
10 インド(565人)     11 韓国(390人)      12 オーストラリア(109人)
13 アイスランド(36人)  14 日本(1人)

人数は国によって異なりますが、重要なことは、日本を除いて他の国は退避すべき人、現
地のアフガン人の協力者も含めて、退避したい人をほぼ全員8月30日までに退避を完了
していたことです(注1)。

そんな中で、日本はなんと、たった一人です。日本の「独り負け」です。これは、「ワク
チン敗戦」に続く、不名誉な「退避敗戦」です。

この退避作戦(国際的には「オペレーション」と言われる)は政府(官邸)と外務省が直
接の責任者ですが、両社とも信じられないくらい認識が甘く、全てにおいて後手に回って
います。

まず、退避に関わる経過をみてみましょう。

外国人とその現地人スタッフの退避の問題が現実味を帯びたのは今年に入ってからです。

アメリカとNATO(北大西洋条約機構)は5月2日に正式に退避を開始しました。フラン
スは早くも5月10日に、まず大使館のコックや警備員とその家族など、フランスに協力し
た現地人の退避を開始しました。そして、残りのフランス人の退避を7月から始めました。

このころ、タリバンの支配地域が急速に拡大していたからです。

ただし、英国やフランスはカブール空港に臨時大使館を設置し両国大使はビザの発給などの
陣頭指揮を最後までしていました(注1)。

8月にはいると、タリバンの支配地域がひたひと首都カブールに迫っている中、アメリカと
イギリス、EU諸国は14日に大規模な退避作戦を開始し、大量の軍用機を動員して30日
までにすべての軍人と現地人スタフを退避させました。

それでは、この間に、日本はどのように事態を把握し、退避の準備をしていたのでしょうか?
時系列を追ってみてみましょう。

8月13日、アフガニスタン第二の都市、カンダハルがタリバンにより陥落しました。そのこ
ろ外務省内では「カンダハルから(首都)カブールはすぐ着く距離ではない。2、3日で事態が
急転することはない」との認知でした。

外務省中東アフリカ局の幹部は、テレビ局の記者にの質問に答えて、カブールがすぐに陥落す
ることはないので「中期的にいろいろなことを考えている」、と答えています(注2)。

この時点ではもう、ほとんどの国は退避を完了していたか、完了しつつあった、お尻に火が付
いた段階でも、まだ「中期的にいろいろ考えている」、という程度の認識しかなかったのです。

当時、日本のメディアも含め、外務省内の関心は翌日の8月14日から始まる茂木外務大臣の
イスラエル・イランなど中東各国訪問の準備の方に集まっていました。

ちなみに、カンダハルからカブールは500キロ弱の距離ですが、かつて私もここを車で移動し
たことがありますが、1日で行けました。

そしていよいよ運命の15日。首都カブールが陥落しました。この日、アメリカ当局から大使館
に、緊急にカブールから退避するように連絡を受けました。当時、岡田隆駐アフガニスタン大使
は欧米各国との調整のため、トルコ・イスタンブールに滞在中でした。

日本政府はイギリスに協力を依頼し、残っていた大使館職員12人がイギリス軍の軍用機に乗り
込み、アラブ首長国連邦(=UAE)のドバイへと退避しました。

英国やフランスはカブール空港に臨時大使館を設置し両国大使はビザの発給などの陣頭指揮を最
後までしていたことを考えれば外務省ののろまな判断、大使の腰抜けぶりが世界に恥をさらすほ
どのお粗末ぶりです。

元防衛相・中谷元氏によれば「『在外邦人等輸送』(自衛隊法第84条の4)と『在外邦人等保護措
置』(自衛隊法第84条の3)で、外務大臣から防衛大臣に対する依頼があれば、自衛隊が日本人と
外国人を国外に退避させることができる」という。しかし依頼はありませんでした。

日本政府がアフガニスタン入りを決めたのは23日でした。そして、自衛隊機3機がパキスタンの首
都イスラマバードを経由してカブールに到着したのは25日でした。

そして、26日にはバスを数台チャーターして500人近い現地のフタッフを空港までは移動しで
いる途中、空港近くで爆発が発生しました。そのため、この地区からの交通が遮断されてしまい、結
局空港には到達できませんでした。

こうして、日本政府は、JICAのスタッフや日本に協力してくれた現地のスタッフ500人を見捨
てた、という結果になりました。

ただ一人、共同通信の現地記者、安井浩美氏は、カタールがチャーターしたジャーナリスト用のバス
になんとか乗って空港内にたどり着くことができました。

ところで、今回の避難作戦はなぜ失敗したのでしょうか?

まず、外務省は全く事態の緊急性を認識していなかったことが問題です。カンダハルが陥落した14日
で、タリバンはカブールへは2~3日は到達しないだろう、という根拠のない楽観論です。

あるいは、もし、もう一日早く自衛隊機がカブールについて入れば、500人を避難させることができ
た、というものです。

確かに、そうすればテロにも遭わず、空港にたどり着いて脱出できたかもしれませんが、1日早く到着
できなかったのは、やはり官邸と外務省の判断が甘かったということです。

駐アフガニスタン大使をはじめ、大使館員がいち早く逃げ出してしまったことに対する批判に対しては、
外務省は何ら説得力のある説明をしていません。

確かに大使はトルコにいたかも知れませんが、他の大使館員も、最も緊迫した時にはドバイにいたまま、
なんら有効な手を打っていませんでした。

一部には、韓国の大使館員も直ちに、カブールから退避していた、という声もあります。しかし韓国の場
合、すぐにカブールに戻り、アメリカと交渉して韓国が手配したバスにアメリカの兵士に乗ってもらい、
タリバンの護衛の中で、退避すべき全ての現地人スタッフ390人を26日までに無事ソウルに退避させ
ています。

それでは、政府、とりわけ官邸はどのように動いたのでしょうか。

現地の状況に関して報告があっても、菅首相はほとんど関心がなかったようです(『東京新聞』2021日8
月29日)。

これがもっとも端的に表れたのは、アフガニスタンから自衛隊機が1人の日本人を乗せて帰国したことに関
して記者に感想を尋ねられて、菅首相は「良かったと思う」と一言言っただけでした。私は正直、テレビの
ニュースでこの反応を見た時、愕然としました。

菅首相の国際問題に関する無知と無関心が、図らずも現れてしまった瞬間です。

少なくとも日本のために働いてくれた現地のフタッフ500人を、事実上見殺し状態にして、日本人が一人
帰国したからといって、「良かった」という発言はあまりにも無神経です。

あるいは、8月に入ってからはオリンピック・パラリンピックと、8月末には総裁選や自分の権力保持の問
題で頭がいっぱいになっていたのかもしれません。

いずれにしても、今回の日本の避難作戦失敗は、国際社会の中で日本に対する信用を大きく損ねたことは間
違ありません。
                    注

(注1)(2021年8月31日 BS TBS『1930』より)。
(注2)日本の対応に関しては、さまざまなメディアがつたえていますが、さしあたり以下を参照されたい。
『日テレNEWS24』 8/31(火) 21:03配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/069275c628b810d8e63e7aaed884a47a6a7f3779
   『東洋経済』デジタル版 2021/08/31 7:00 https://toyokeizai.net/articles/-/451919 
『日刊スポーツ』2021/9/3:9:44 https://www.nikkansports.com/general/column/jigokumimi/news/202109030000163.html
『日テレNEWS24』 8/31(火) 21:03配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/069275c628b810d8e63e7aaed884a47a6a7f3779
『朝日新聞』電子版 2021年9月1日 6時00分) https://www.asahi.com/articles/ASP806V9GP8ZUTFK00T.html


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする