大木昌の雑記帳

政治 経済 社会 文化 健康と医療に関する雑記帳

フランシスコ教皇とウクライナ戦争(2)―“白旗”発言への賛否両論―

2024-03-26 07:38:30 | 国際問題
フランシスコ教皇とウクライナ戦争(2)
  ―“白旗”発言への賛否両論―

前回は、佐藤優氏と手嶋龍一氏による、ローマ教皇の“白旗”発言に対する評価を説明しました
(BSFUJI 3月12日の『プライムニュース』)。

この二人は、教皇の発言は、少なくともカトリック教徒が多いウクライナ西部のガリツィア地
方の住民に対しては、”白旗“すなわち「停戦」へ向かうことへの影響がある、との立場でした。

それにたいして今回取り上げるのは、翌3月13日放送分についてです。ゲスト・コメンテー
タは、岡部芳彦氏(神戸学院大学教授。ウクライナ研究会会長・ロシア・ウクライナ協会常任
理事)と遠藤亮介氏(産経新聞外信部次長・論説委員)、そしてもう一人東郷和彦氏(元外務
省欧亜局長、在ロシア大使館次席公使を経て、静岡県立大学客員教授)もゲスト・コメンテー
タとして加わっています。

遠藤氏は2006年から11年8か月、ずっとモスクワ支局長を務めたジャーナリストで、2022
年のロシアによるウクライナ侵攻以後、しばしばウクライナを訪問しています。

岡部氏も遠藤氏も親ウクライナの立場を鮮明にしています。

今回の放送分では、フランシスコ教皇の発言は、あまり多くの時間を占めていませんが、それ
でも、前回の佐藤・手嶋氏のコメントを合わせて考えると、非常に参考になります。

まず、教皇の“白旗”発言に対して岡部氏は、まともに受け取る必要がない、といったコメント
でした。

岡部氏によると、フランシスコ教皇は“失言王”で、これまでも失言が限りなくある、今回の
“白旗”発言も、その失言の一つだ、と切って捨てています。

彼が挙げた“失言”とは、たとえば今回の戦争で最も残忍なのはロシアの少数民族のブリアート
人だ、と言ったようですが、これは人種差別だ、と岡部氏は述べています。

また、10年ほど前に、教皇は教会の出世主義は伝染病のようなものだ、と言って、伝染病
患者から批判を受けた、という事例も語っています。

しかも、今回の発言はテレビのインタビューなので、公式声明かどうかも分からない。

岡部氏は、知り合いのウクライナの人達からも、“教皇、何を言っているんだ”、という怒りの
のメッセージがきていると述べています。

そして、岡部氏によれば、ウクライナのカトリック教会(正確には「東方典礼カトリック教
会」)は、教皇の発言に対して、ウクライナはロシアに屈伏することはないし、これまで通
り今のまま進んでいく、との声明を出しているそうです。

遠藤氏は、教皇の発言に対して、どのように感じたか、反論は、と司会者から聞かれて、
“ウクライナからはいろいろ反論は出ていますが・・・う~~ん。私も岡部先生と同じように
に受け止めているんですけれどね”、と言って具体的にはこの件についての見解はありません
でした。

東郷氏は、これまで一刻も早く停戦、これが私が考えるべき、そして多くの人に考えてもら
いことだという立場を述べました。

東郷氏は、教皇の、“白旗”発言の意図は、白旗を掲げて停戦するためには交渉しなければなら
ない、そのためにはイニシアチブが必要だ“ということにある。東郷氏は、教皇の発言はその
イニシアチブの一つなのだ、という解釈のようです。

そして東郷氏は、“非常に僭越な言い方をさせていただければ(教皇の発言は)、“我が意を
得たり”という気持ちですね、と述べました。

司会者から、“ということは今回のフランシスコ教皇の発言は結果的にロシアの利害に沿った
発言になるんですね”、との問いかけに東郷氏は、“今の時点のプーチン氏の立場は、タッカー
・カールソン氏とのインタビュー(2月8日に公開)で繰り返し繰り返し言っているのは、
できるだけ早く停戦なんですね”、そして、その手掛かりとして2022年3月29日(ロシアの
和平案―筆者注)があるじゃないか“ということなんです、と答えています。

続いて東郷氏は、この時プーチンの“最も早く停戦”という言葉と、今回の教皇の発言は機を一
にしていると思うので、できるだけ皆そのことに注目していただいて、できるだけ早く交渉が
始まって欲しいとい、との立場を述べました。

ガリツィア地方はカソリック教徒の多い地域であり、その地域のカソリック教徒に向けて、
“今こそ白旗を掲げて交渉に入るべきだというのは、カソリックの教皇から主要なメッセージ
が来ていると考えるべきだと思う”、と述べています。

しかもこの地域が“ウクライナで最も強硬な主戦派ですから、教皇様がこのようなメッセージ
をたしたということはとても重要なことだと思っています”、というのが東郷氏の評価です。

さて、以上の議論は、できるだけ忠実にコメンテータの言い分の重要な部分を要約したもの
ですが、大きく分けると、

教皇の発言は影響を与え得るという立場と(佐藤・手嶋、東郷)、教皇の発言はまともに受け
取るに値しない、“失言”にすぎない、だから影響はない、との立場に分かれます。

確かに、今回の教皇の発言において“白旗”という言葉が適切であったかどうか多少の疑問があ
ります。しかし、仮に今回の“白旗”発言が“失言”だとしても、そう簡単に意味がない、と片付
けてしまうことには疑問を感じます。

教皇の真意はあくまでも、人の命を大切にすること、そのためにまずは停戦に向かって努力す
べきだ、という点にあります。3月の“白旗”発言に先立って、教皇はロシアの侵攻2年にあた
り、日曜の講話で次のように語りました(注1)。
    
    多くの犠牲者と負傷者が生まれ、破壊と苦痛が起こり、涙が流されている。この戦争
    は恐ろしく長期化し、終わりが見えない。地域を破壊するのみならず、憎悪と恐怖の
    世界的な波を引き起こすものだ。
    公正で永続的な平和の模索に向け、外交的解決の環境を整えるためにほんの少しの人
    間らしさを見いだしてほ    しい。

私は、教皇の発言が重要な転換点になる可能性があると思っています。

その理由の一つは、今回の教皇の発言は、これまでのいくつかの“失言”と違って、一国の運命
がかかっている重大問題なので、果たして、これまでのいくつかの”失言“と同列に扱うことに
は問題があるからです。

二つは、前回の記事で書いたように、教皇とバチカンには世界からあらゆる情報が集められ、
バチカンの国務省はそれらを慎重に分析した結果、このままウクライナが抵抗を続け戦争が長
引けば、死者が増えるだけなので、早く停戦に向かうべきだ、との結論に達したものと思われ
るからです。

手嶋氏の言葉を借りると、教皇の発言は軽はずみな”失言“などではなく、”練りに練った“うえ
で発せられたメッセージの可能性が多分にあります。

三つは、最近ではヨーロッパのNATO諸国の中には、ウクライナとの二国間の安全保障を締結
する動きがある一方、他方で、ウクライナ戦争への支援をいつまで、どこまで続けるのかにつ
いて再検討する意見も無視しえないからです。

四つは、世界の目は、日々死者が増えてゆくこの戦争をこのまま続けさせてはいけない、とい
う国際世論が徐々に高まっているからです。

教皇の発言は一刻も早く停戦し、命が失われることを止めようというメッセージですから、一
部のNATO諸国やそれ以外の多くの国が停戦を後押しする一つのきっかけになる可能性は十分
あります。

その時、佐藤優氏が言うように、教皇自身、あるいはバチカンがイニシアチブをとって停戦の
仲介の労をとることは決して荒唐無稽の空論ではないと思います。


私が最も恐れるのは、このまま戦争がずるずると続き、そこで尊い命が失われ続けることです。

言うまでもなくウクライナからすれば、現状で停戦となれば、国土の20%ほどをロシアに割
譲することになり、とうてい受け入れられないでしょう。

しかも、NATO諸国はますますウクライナへの軍事支援を強化すると公約しており、フラン
スのマクロン大統領のように、NATOは部隊をウクライナに送ることも排除すべきではない、
との勇ましい発言もあります。

こうなるとウクライナは、最後の1人まで戦うという方向に自らを追い込んでゆかざるを得な
くなり、それは双方にさらに多くの命が失われることを意味します。

NATO諸国は、ウクライナへの軍事支援と同時に、停戦への道筋を探る努力もしてくるべき
だったと思います。

いずれにしても、この戦争はいつかは終わらせなければならないし、その時、教皇は、中立的
な立場から物が言える仲介者の一人になり得ます。

その点で今回のフランシスコ教皇の発言は、後々、重要な意味をもってくると思います。

さて、フランシスコ教皇の停戦提案に対して日本では、一部のウェッブ・サイトで多少の扱い
はありましたが、全般的にほとんど話題にもなりませんでした(注1)。

日本においては、カトリック教の宗教的権威の影響力は無視し得るほどですから当然といえば
当然ですが、それでもこの戦争の停戦に対して何ができるかを真剣に考える必要があるのでは
ないでしょうか?


(注1)REUTERS (2024年2月26日午後 2:51 GMT+925日前更新)
     https://jp.reuters.com/world/ukraine/EERHR46CHBKTRDWZ3VT2F7OKS4-2024-02-26/







  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

フランシスコ教皇とウクライナ戦争(1)―“白旗”発言の波紋―

2024-03-19 08:39:57 | 国際問題
フランシスコ教皇とウクライナ戦争
  ―“白旗”発言の波紋―

カトリック教の頂点に立つフランシスコ教皇は、3月9日、スイスメディアとのインタビューを公開しました。

その中で、ウクライナ戦争についてのメッセージが世界を驚かせました。
    状況をみつめ国民のことを考え
    白旗を掲げる勇気
    交渉する勇気を持っているものが最も強い

私はこのメッセージに触れた時、これは誰かのフェイク情報ではないか、と疑いました。

というのも、まず、教皇はローマ・カトリック教徒の頂点に立つ宗教的な最高権威者で、その人物が生々しい戦
争に関して発言するということがあり得あるのだろうか、と直感的に疑問を抱いたからです。

つぎに、ウクライナ戦争とは、ロシアによるウクライナへの一方的な軍事的侵攻であり、少なくとも西側諸国の
メディアは、プーチンは悪、民主主義の敵であり、ウクライナは自国の国民と国土、そして世界の民主主義を守
るために闘っている、と喧伝しています。

それを考えれば、ウクライナに対して「白旗を掲げ」とは、つまり降参して停戦協議に入りなさい、と言ってい
るように聞こえるので、今回の教皇の発言には私も非常に驚きました。

しかし以下に説明するように、後日に教皇庁は、「白旗を掲げ」とは教皇自身の言葉ではなく、降参すべきと言
っているわけでもなかったのです。

いずれにしても、なぜか日本のメディア特に新聞などでは上記の教皇の発言に対してほとんど反応せず、その意
味合いや影響などについての論評はほとんどありませんでした。

おそらく、日本のメディアにとって教皇の発言の真意や影響についてコメントすることが難しかったのかも知れ
ません。

そんな中で、BSFujiの『プライムニュース』が3月12日と13日にそれぞれ、コメンテータを招いて約2時
間にわたって取り上げています。

12日には、作家で元外務省主任分析官、そして在ロシア日本大使館勤務の経験をもつ佐藤優氏と、外交ジャー
ナリストの手嶋龍一氏がゲスト・コメンテータでした。

なお、佐藤氏自身もキリスト教徒(プロテスタント)で、同支社大学の神学部在学中の1回生の時に洗礼を受け
ています。

この二人は、教皇の発言の意味や影響を重視する立場でコメントしています。

二人のコメントに入る前に、教皇の発言が公表された後の、ウクライナとロシア側の反応を見てみましょう。

まずウクライナのゼレンスキー大統領は、
     (ウクライナの)聖職者は祈り・対話・行動で私たちを支えている。これこそ人々とともにある教
     会なのだ。
     2500キロも離れたどこかで、生きたいと願う人と 滅ぼしたいと願うひとを仲介するようなこ
     とではない
と、教皇の発言に強く反論しています。(上記テレビ番組 3月12日)

ゼレンスキー大統領のコメントには、聖職者とは、そもそも国民のために祈り支えるべき存在なのに、(教皇)
は遠く離れたバチカンから、生きるために必死で戦っているウクライナの国民と、それを滅ぼそうとしているロ
シアとの仲介をすることなどとんでもない越権行為で、教皇にそんな資格はない、という反感がはっきり示され
ています(注1)。

ただしローマ教皇庁の報道官は、一般的に「降伏」を意味する「白旗」という言葉を使ったことについて、「イ
ンタビュアーの質問を引用したもので、敵対行為をやめ、交渉する勇気によって達成される停戦を示すためだっ
た」とコメントし、ウクライナ側に降伏を促したものではないと釈明しました(注2)。

教皇は、9日に公開されたスイスメディアのインタビューで「最も強いのは国民のことを考え白旗をあげる勇気
を持って交渉する人だ。負けたと分かったときや物事がうまくいかないとき、交渉する勇気が必要だ」と補足し
ています。

12日になってバチカンの国務長官ピエトロ・パロリン枢機卿がイタリアメディアの取材に対して、ロシアがま
ず侵略を停止するべきだと語っています(注3)。ここでは、ロシアこそ侵略をやめて停戦すべきだ、と軌道修
正されています。

13日の一般謁見は「白旗」発言後では初めての公の場での教皇の発言だった。今回教皇はウクライナや他の紛
争地域を特定しないまま「大勢の若者が(戦争での)死に向かっている」などと聴衆に語りかけました。

さらに、教皇は「いずれにしても敗北でしかないこの戦争の狂気」に終止符が打たれるよう祈った(注4)。

他方のロシアのペスコフ大統領報道官は
    残念ながらローマ教皇の発言も
    ロシア側の度重なる発言も完全に拒否されている
とのコメントを出しています。(上記テレビ番組 3月12日)

ペスコフ氏のコメントは短く、確かなことは言えませんが、おそらく前段の部分では、ウクライナは停戦に応じ
て交渉に入るべきだという教皇の発言を拒否し、同様にロシアが何回ももちかけt停戦もウクライナ側に拒否さ
れた、という意味だと思われます。

在バチカン・ロシア大使館はX(旧ツイッター)に英語で「フランシスコ教皇は、ヒューマニズム、平和、伝統
的価値観の真の誠実な擁護者だ」「世界の諸問題に関する真に戦略的な視点を持つ数少ない政治指導者の一人」
と賞賛し、教皇の多幸を祈念したという(注5)。

以上が、フランシスコ教皇の発言に関する導入部で、以下に佐藤氏と手嶋氏の解釈とコメントを見てみましょう。

まず佐藤氏は、ゼレンスキー氏の反論において、本来は主語となるべきフランシスコ教皇の名前がないことに着
目し、彼はもし名前を出してしまうと、ウクライナに住むカトリック教徒に当然影響を与えるだろう、というこ
とを計算したうえで、名前を出さなかったのだろうとコメントしています。

ウクライナにおいて教皇が影響を及ぼすことができるのは、カトリック教徒が多い西部、とりわけガリツィア地
方です。

ここは対ロシア戦争で最も強硬な姿勢をとり続けてきた地域で、少なからず動揺しているが、それでもロシアに屈
して停戦と和平支持というわけにはゆかないだろう、と佐藤氏は推測しています。

それでは、教皇の発言は無意味で全く影響をもたないものだったのだろうか?

佐藤氏は教皇の意図を推察して、教皇は(ゼレンスキー大統領やウクライナ国民の―筆者注)心に訴えているのだ
という。すなわち、このまま戦争を続けても人はどんどん死んでゆくでしょう。人の命は取り返せない。だから、
ここで局面を変えた方がよい。

このままの流れで目標を達成する(つまり占領された領土を全て取り戻す―筆者注)ことはできないでしょう。だ
から、外交、平和的な方法でウクライナの目標を実現することに切り替えた方が現実的ではないか。“あなた自身心
に照らしてみて、どちらが正しい道であるか”を(国民の)一人ひとりに聞いてみては・・(この最後の部分の意味
は筆者には不明)。

ここで、もっとも核心的な問題に入ってゆきます。司会(キャスター)の反町理氏は、それでは、教皇があそこま
で踏み込んでおいて、後は当事者間で話し合ってください、という、いわば投げる形なのか、教皇ご自身とは言い
ませんが、バチカンが何らかの形で仲介の労をとる可能性があるのか、と問いかけました。

佐藤氏は間髪を入れず、“ここまで言っている以上、仲介の労をとります”と即答します。ただ、それはバチカンだ
けではなく他の国も(一緒に)・・・。“その時意外と日本も出てくる可能性がありますよ”、とも語っています。

ここで手嶋隆一氏が、とても参考になる言葉を発します。
    フランシスコ教皇というのは、日本から見るように、ただのお坊さんではありません。同時にバチカンは世
    界最小の国の一つですね。(しかし、それだけではなく―筆者注)偉大なインテリジェンス強国。ある意味
    でイスラエルと比べられるようなインテリジェンス強国。つまり、エージェント(情報機関や情報員)を世
    界に合法的に配している。そこから情報が流れてくるということになりますから、大変なインテリジェンス
    大国なんです。それを全部取りまとめてバチカンの国務相が読みに読みぬいてこの時期に(言葉が不明。お
    そらく“教皇の発言があった”と手嶋氏は言いたかったと思われる―筆者注)・・・。

手嶋氏は、カソリック教徒が強い西部ガリツィア地方は反ロシア意識も強いが、全体の戦局が大変厳しくなっている
ので、ローマ教皇が広い意味で根回しをし、交渉のテーブルを用意してくれるならば、ということで皆さんの心情は
揺れ始めている、と考えていいと思う、と述べています。

手嶋氏の解説を引き継いで佐藤氏は、最も反ロシアの意識が強い、最後の一人まで戦うと言っている西部地域の人た
ちを対象としてローマ教皇は“白旗を挙げ”(交渉につく)る方がいいよと言っているのです、と補足しています。

さて、冒頭のテレビ番組では、日本のウクライナ支援の実態、国益の追求などの議論に移ってゆきますが、以下では
フランシスコ教皇の発言の波紋と影響、という観点から整理したいと思います。

教皇の発言はどちらかと言えば、この戦争でウクライナに勝ち目はないという判断に傾いており、このまま戦争を続
けても、大切な命が失われるだけだから、ロシアと停戦協定を結んだ方が良い、というものです。

問題は二つあります。一つは、教皇の発言がたんなる思い付きのものなのか、それとも世界各地からの情報を精査し
た結果からでてきたのか、という点です。

二つは、教皇(バチカン)は実際に、他の国と一緒に仲介の労を取ろうとするのか否か、という点です。

これらに点については、次回に、今回登場した二人とは異なる立場から発言した放送に基づいて検討した後に、もう
一度戻ってきたいと思います。

(注1)BBC.com 2024年3月11日https://www.bbc.com/japanese/articles/ckrx1nd2804o
(注2) NHK NEWS WEB 2024年3月11日 17時20分 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240311/k10014386521000.html
(注3) REUTERS 2024年3月14日午後 1:30 GMT+921時間前更新https://jp.reuters.com/world/ukraine/K3BWJJJHSBLWDOAV4L54IFIX6Q-2024-03-14/
(注4) Yahoo News Japan (3/14(木) 9:13 https://news.yahoo.co.jp/articles/269914fa4c199faf925c8e8e2866aa1690822151 (AFPBB NEWS 翻訳・編集)
(注5)(注4)参照。


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

グローバル・サウスの台頭(2)―米国覇権から“新G7”へ―

2024-03-12 07:18:20 | 国際問題
グローバル・サウスの台頭(2)―米国覇権から“新G7”へ―

『週刊エコノミスト』(毎日新聞社刊)の2023年4月11・18日合併号は、同誌創刊100
周年記念号になります。

同誌は特集として「台頭するグローバル・サウス 地盤沈下するG7」に焦点を当てています。
つまり、本ブログの前回記事のタイトル「グローバル・サウスの台頭(1)―世界秩序の地殻変
動―」とほぼ重なります。

編集部が、記念すべき創刊100周年の記念号にグローバル・サウスをテーマを選んだことの背
景には、今が歴史の転換点にあるとの認識があったものと思われます。

全体は大きく、(第一部に相当する)『「分断」を拒否する新興国 中印がもくろむ世界新秩序』
と第2部「追い込まれる西側先進国」に分かれ、前者に14本、後者に5本の論考が掲載されて
います。

ここではグローバル・サウスに焦点を当てて、それらの諸国の実態や行動原理に焦点を当て検討し、
合わせて、“地盤沈下”しつつあるG7の一角を占める日本の立ち位置について考えてみたいと思い
ます。

まず、編集部による特集の巻頭論考から見てみましょう。そこでは大まかな傾向を示すために、国
際通貨基金の統計から編集部で作成した購買力平価(PPP)でみた国内総生産(GDP)の世界
トップ20か国を20年ごとに示した表(表1)を掲げています。

表1 購買力平価でみた国内総生産世界トップ20の変遷
   
出典『週刊エコノミスト』2023年4月11日・18日号:15。

購買力平価は、物価水準を反映し適正な為替レートで計算した国内総生産(GDP)で、より実態
に近いといえます。

表1では、G7(青色)を押しのけて、新興国・途上国(グローバル・サウスと置き換えてもよい)
が1982年から2020年にかけてトップ20に食い込んでいることがはっきり
分かります。

特に注目されるのは、ロシアとロシアの制裁に加わっていない9か国(赤色=中国以外はグローバル
・サウスでもある)の台頭は目覚ましく、22年には中国が米国を抜いて世界1位に、3位のインド
は4位の日本を金額で倍近く引き離している事実です。

さらに、G7の合計と9か国(赤色の国々)の合計を比べると、02年時点では9か国はG7の6割
に過ぎなかったのに対して22年は130%にまで成長しています。

グローバル・サウスの国々は、ロシアのウクライナ侵攻は許されないが、欧米主導の対露制裁はサプ
ライチェーン(エネルギー、食料、肥料など)を分断し、そのしわ寄せは最終的に最貧国に向かう、
との立場から対露制裁に参加していません(中国問題グローバル研究所所長遠藤誉氏 前掲雑誌:15)。

グローバル・サウスの台頭を示す他の指数に民間組織の「Correlates of War」プロジェクトが公開し
ている「総合国力指数」があります。

この指数は、その国の軍事費・軍人・エネルギー消費・鉄鋼生産・都市人口・総人口の6指標から独
自に計算されたものです(『週刊エコノミスト』2023年4月18日・19日、16ページのグラフ)。

それによると、戦後米国の値は世界でも圧倒的に高い水準にありましたが、その後徐々に低下し、冷
戦期と重なる70年代~80年代中盤にはロシア(旧ソ連)と拮抗する水準に低下しました。

一方、その陰で中国が徐々に指数を上げ、90年代中盤には米国を抜いて1位となりました。また、
インドの指標が80年代後半から一貫して上昇していることも見逃せません。

国際政治に詳しい福富満久一橋大学教授は、「総合国力指数」には多少技術的な問題はあるが、
「90年代半ばに中国がこの指標で1位だった時に、世界はまだ中国の経済成長に気づいていなか
った」、そして、「インドが徐々に順位を上げており、世界で影響力を発揮する可能性が見て取れ
る」、「今後はいかに米国が覇権を次世代の国に譲れるかが焦点となる」と解説しています。つま
り、米国はその覇権を他国に譲らざるを得ない段階にきていることを指摘しています。

上記雑誌の第二部は、ウクライナ戦争の長期化が予想される中、欧米諸国はウクライナ支援の経済
的な負担に加えて急激なインフレも相まって、世界経済において相対的に地盤沈下が進んでいるこ
とが詳しく説明しています。

この状況を編集部「米国覇権の終焉」という見出しで説明しています。その背景には、世界秩序の
中心は徐々にG7から中国と、インドを中心としたグローバル・サウスに移りつつあるという認識
があったものと思われます。

なお中国は、グローバル・サウスの範疇には入りませんが、それらの国々への経済支援を通じて結
びつきを築いていること、アメリカの世界的覇権(一極支配)にたいする反発という点で、グロー
バル・サウスの国々と利害や行動を共有する傾向があります。

中国は、国際政治の舞台で外交を積極的化しています。昨年の2月24日には「ウクライナ危機の
政治的解決に関する中国の立場」という12項目からなる和平案を発表し、「対話」により解決す
べきことを訴えました。

世界を驚かしたのは、この和平案のすぐ後の3月10日、北京においてイランとサウジアラビアと
の7年ぶりの国交回復を仲介したことです。

というのも、宗教的には同じイスラム教ではありますが、イランはシーア派の大国で、サウジアラ
ビアはスンニ派の大国で、これまで敵対関係にあったからです。

これは、グローバル・サウスの国々に対して「中国は話し合いによって解決した平和を重んじる国
であるというメッセージでもありました。

また、イランはアメリカによる厳しい制裁を受けて敵対関係にあり、サウジアラビアは逆に、これ
までアメリカの影響下にありました。その二国を中国がアメリカ抜きで国交を回復させたことは、
アメリカの覇権に少なからず打撃を与えたことになります。

前出の遠藤誉氏によれば、ここには米国による一極支配から抜け出し、グローバル・サウスを味方
に付けた多極的な世界秩序を構築したいという中国の狙いがあるという。

もっとも中国は、毛沢東時代に周恩来首相が参加した1955年のバンドン会議以来の国家戦略と
思想に基づき、「非同盟」の原則の下でアジア・アフリカの発展途上国(中東を含む)と関係を深
め経済発展を達成しようとしてきました(前掲『週刊エコノミスト』2023:18)。

現在の中国は当時と同じ理念で行動しているとは言えませんが、援助を通じてアジア・アフリカの
途上国との関係を深めていることは確かです。

上に述べた、中国によるグローバル・サウスへの積極的な外交的成功はインドに大きな衝撃を与え
ました。そこでインドはアジア・アフリカ・中東で中国に対抗するために積極的に働きかける行動
にでるようになりました。

インドのモディ首相は、昨年のG7広島サミットに参加するため訪日直前に『日本経済新聞』の単
独インタビューに答え、
    民主主義と権威主義の二極ではなくグローバル・サウスの一員として多様な声の架け橋と
    なり、建設的で前向きな議論に貢献する。
    インドは安全保障上のパートナーシップや同盟に属したことはない。その代わり、国益に
    基づき世界中の幅広い友人や志を同じくするパートナーと関わりを持つ。
などと語りました。

インドは特定の国と同盟を結ばずにどこの国とも等距離に付き合うことで、相手国に左右されるこ
となく外交や安全保障をインドが自主的に決める、という伝統的な外交方針である「戦略的自律主
義」を貫く考えを示しました。

そして、日米豪印が参加する「クワッド」について、もしこれが中国封じ込めの意図を持つならば
インドは参加しないと明言しています(注1)。

さらにインドのモディ首相は、2023年9月9日・10日にニューデリーで開催されたG20サミッ
ト(注2)では議長国としてイニシアチブを発揮しました。会議の総括である首脳宣言では、ウク
ライナ戦争に関してロシアを名指しすることなく、一般論でとどめました。他方でモディ首相はむ
しろウクライナとロシアの調停に向けて積極的に仲介する姿勢を示しています。

インドは新興国(グローバル・サウス)の代弁者として振舞っていますが、ブラジルのルラ大統領
もグローバル・サウスの盟主を自任しています。

ルラ大統領は、広島サミット終了直後の記者会見で、ウクライナ問題を持ち込もうとするG7国に
対して「ウクライナ問題はロシアと敵対するG7の枠組みでなく、国連で議論すべきだ」と反対を表
明しました。

そしてルラ大統領は、「バイデン大統領がロシアへの攻撃をけしかけている」「和平を見出したいが、
ノース(北=欧米日。筆者注)はそれを実現しようとしない」と批判しました。そして ゼレンスキー
大統領も参加したセッションでも、ルラ大統領は「ヨーロッパ以外にも平和と安全の課題がある」と
演説し、欧米日のウクライナ支持への偏重を批判しています(注3)。

アフリカについていえば、その多くはかつて欧米の植民地支配を受けたり、あるいはアメリカの軍事
介入で大きな犠牲を払ってきたため、これらの国々に対する反感は非常に強い。彼らは、はっきりと
反欧米の態度をとるか、グローバル・サウスの中立的な立場を維持します(注4)。

日本はグローバル・サウスをどのようにみているのでしょうか。昨年のインドのニューデリーで開催
されたG20会議ではたモディ首相がリーダーシップを発揮しましたが、外相会合には「国会優先」
を理由に欠席し、インドを大きく失望させました。おそらく日本はグローバル・サウスを重視してい
ないとの心証を与えたと思われます。

ところで、今後の世界秩序の在り方は、長期的にみてどのようになるのだろうか?

学習院大学特別客員石井正文教授(元インドネシア大使)は、2030年代はアメリカ・中国・インドの
「3G」が世界の趨勢を決める、その後にはGDP4位の日本、5位に成長著しいインドネシア、そ
して統一を維持していればEU、ロシアと続くとしています。

さらに石井氏は、上記7か国・地域が“新G7”を構成し、それはA(米・EU・日本)――B(インド
・インドネシア)――C(ロシア・中国)という3大勢力から成り、Aの西側先進国、その対極にCの
ロシア・中国があり、両者の間にBの非同盟の大国インド・インドネシアがくる、という図式を描いて
います。

インドネシアが世界主要国の一角を占めることは意外かも知れませんが、インドネシアは世界第4位の
2億7000万人の人口を持ち、平均年齢32歳の若い国で、経済成長が著しく40年代にはGDPで日本
を抜いて世界第四位に浮上すると期待されています。

また一昨年にインドネシアのバリ島で行われたG20サミットでは、不可能と思われた共同声明をまと
め上げ、国際的影響力も増しています(前掲『週刊エコノミスト』2023年:32)。

なお、Bの背後にはインドやブラジルなどのグローバル・サウスの国々が存在していると考えられます。
グローバル・サウスの国々はウクライナ戦争に関して中立的な姿勢をとっているのに、日本は欧米と一
体となってロシアを批判し制裁を実行しています。

冒頭の雑誌の編集部の記事は、「日本はウクライナをめぐる外交も、ウクライナを支援する一方で、ロ
シアの非難・制裁に徹することが本当に国益にかなうのか。日本の国際感覚が今、問われている。」と
結んでいます。

日本はすでにアメリカと軍事同盟を結んでいるのでインドのような戦略的自律主義を貫くことはできま
せんが、あまりにも露骨に欧米(とりわけアメリカ)に追随ばかりしていると、グローバル・サウスを
含むBの国々とCの国々から信頼されなくなる可能性があります。

とりわけ、パレスチナにおいて非人道的な殺戮をおこなっているイスラエルを擁護している米欧を、日
本はただ追認していると、世界のグローバル・サウスや途上国の信頼を得ることは難しいでしょう

世界経済のなかで没落しつつある日本の将来は、文字通り発展しつつグローバル・サウスの国々を上か
ら目線で援助するという姿勢ではなく、対等の立場で協力し合い共存共栄を図ることにかかっています。

(注1) (注1)IWJ (2023年5月20日号)https://iwj.co.jp/wj/open/archives/516087
(注2) G20サミットの正式名称は「金融世界経済に関する首脳会議」で、G7の7か国(プラスEU)に、アルゼンチン、オーストラリア、ブラジル、中国、インド、インドネシア、メキシコ、韓国、ロシア、サウジアラビア、南アフリカ、トルコの首脳が参加して毎年開かれる国際会議。
(注3)IWJ (2023年5月24日号)https://iwj.co.jp/wj/member.old/nikkan-20230524#idx-1
『エコノミスト Online』2023.4,3 https://weekly-  economist.mainichi.jp/articles/20230418/se1/00m/020/025000c
(注4)アフリカのグローバル・サウスについては、別府正一郎『ウクライナ侵攻とグローバル・サウス』集英社新書、2023:10章、11章を参照。

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

グローバル・サウスの台頭(1)―世界秩序の地殻変動―

2024-03-05 10:34:09 | 国際問題
グローバル・サウスの台頭(1)―世界秩序の地殻変動―

今回のテーマは、「グローバル・サウス」と呼ばれる国々の台頭により世界秩序が変化しつつある
ことを、経済的、軍事的、政治的な変化という背景に焦点を当てて検討することです。

そして、次回、これらの国々が実際、どのように行動し、日本はこの状況にどのように対応すべき
かを検討します。

このテーマを取り上げたのは、日本では「グローバル・サウス」についてあまり注目されていませ
んが、日本と世界の将来を考えた時、非常に重要な存在となると考えているからです。

そこで、確認のため、そもそも「グローバル・サウス」とは何なのか、それはどんな背景で生まれ、
今日の世界でどのような位置を占めているのかをごく簡単に説明しておきます。

私たちが世界の国々を見るとき、暗黙のうちに何らかの共通の特徴で分類されたグループとして理
解します。「グローバル・サウス」もその一つです。

たとえば「先進国」と「後進国」というグループ分けです。これは、政治、経済、社会、文化など
国のさまざまな領域を総合的に評価して、「進んだ国」と「遅れた国」に分ける“上から目線”の、
ある種、差別的なグループ分けです。

さすがに最近ではこのような区分はほとんど使われなくなりました。というのも社会や文化が「進
んでいる」とか「遅れている」ということはできないからです。しかし、残念ながらこのような表
現を使う人もごくわずかですが現在でもいます。

私たちになじみのある分類として、経済的な豊かさや発展段階を基準とした「先進工業国」(ある
いはたんに「先進国」)と対比される「発展途上国」(以前は「低開発国」という表現も使われた)
という分類もあります。

これは、中南米、アフリカ、東南アジア、インド亜大陸など南半球あるいはそれに近い地域に位置
しているからです。

単なる分類上の問題ではなく、先進工業国と発展途上国との貧富の格差や、前者による搾取や援助
など広範な問題を総合的に表す表現として「南北問題」といいう表現も用いられます。

というのも、先進工業国の多くは気候が温暖な赤道以北に位置しており、反対に発展途上国の多く
は、中南米、アフリカ、東南アジア、インド亜大陸など南半球あるいはそれに近い地域に位置して
いるからです。

その後、先進国と発展途上国の中間に「新興工業国」というカテゴリーが登場します。

これは、開発途上国のうち、20世紀後半に急速に経済成長した国と地域で、1979年の経済協力開
発機構 (OECD) レポートでは韓国、台湾、香港、シンガポール、メキシコ、ブラジル、ギリシァ、
ポルトガル、スペイン、ユーゴスラビア(1990年に分裂)が、このグループに入ります。

さらに2000年代以降に著しい経済発展を遂げた国として、ブラジル(Brazil)、ロシア(Russia)、
インド(India)、中国(China)、南アフリカ(South Africa)の五か国を、それらの頭文字を合
わせてBRICS(ブリックス)と呼ばれる新たなグループが登場しました(注1)。

ブリックスは、たんに経済発展が顕著であるたけでなく、広い国土と多くの人口、豊かな天然資
源をもとに今後大きく成長することが見込まれるという意味合いも含んでいます。

現在は5か国ですが、さらにアルゼンチン、エジプト、エチオピア、イラン、サウジアラビア、
UAE6か国の参加を予定しています。これらの国々も、おおむねグローバル・サウスと重なり、
しばしば米欧日のG7に対抗する勢力となる点も注目されます。

以上を念頭において、改めてグローバル・サウスの意味を考えてみると、実は、この言葉には明
確な定義はありません。

「グローバル・サウス」とは、最も広義では南半球ないしはそれに近い地域に位置する発展途上
国の総称で、しばしば北半球に集中する先進国と対比する際に用いられ、「第三世界」と呼ばれ
ることもあります。

具体的には、インド、インドネシアやタイなど一部の東南アジアの国、ブラジルなどの南米の国
や南アフリカなどの新興国が含まれます。

ここで、グローバル・サウスを構成する国のほとんどが、かつて欧米・日本による植民地支配を
受け、搾取と抑圧にお苦しんだ経験がある、という歴史を確認しておく必要があります。この歴
史経験は、グローバル・サウスの立ち位置や言動を理解するうえで非常に重要な意味をもってい
ます。

なお、拡大される国々も含めてブリックス諸国も、グローバル・サウスと共通する立ち位置にあ
ります。

このほか、欧米日の西側先進諸国はしばしば、民主主義国と権威主義国とのというイデオロギー
的な対立軸で世界の国々を分類します。

たとえば欧米日の先進国は、近年のウクライナ戦争を権威主義国ロシアによる民主主義国ウクラ
イナへの攻撃と捉え、この戦争を、民主主義を守る戦いと位置付けています。

またアメリカは米中対立を、民主主義のアメリカと権威主義国の中国との対立という構図でとら
え、両者の分断と対立は激しさを増してきています。

一方で、次回に詳しく説明しますが、これらグローバル・サウスの国々は「中立」の立場を示し、
どの国にも加担せず、対立に取り込まれることを避けます。

こうした状況の中で、特に大国インドはグローバル・サウスの声を拡大する必要性を訴え、リー
ダーとしての地位を強調するような動きを見せています(注2)。

世界における経済成長性や、その立ち位置から、グローバルサウスは新たな勢力として存在感を
増してきています。これは、2023年のG7広島サミットにG7以外で招待された8か国のうち、
オーストラリアと韓国を除く6か国(インド、インドネシア、クック諸島、コモロ、ブラジル、
ベトナム)などのグローバル・サウスの国々であったことにも現れています。

日本政府はG7広島サミット開催にあたり、ロシアによるウクライナ侵略を背景に「法の支配に
基づく国際秩序の堅持」「グローバルサウスへの関与の強化」という「2つの視点」を掲げてい
ました。

言い換えると、G7はもはや自分たちの政治経済的利益を守るためにも、グローバル・サウスを
取り込む必要に迫られたことを意味しています。

しかしこれらの国は、アメリカ主導による世界秩序(パックスアメリカーナ)のダブルスタンダ
ードに苦しめられてきた歴史を持っており、ウクライナ紛争に対しても中立の立場をとり、対ロ
シア制裁に参加していないなど、G7の目論見通りに行動していません。

その背景にはアメリカの凋落とグローバルサウスの成長という世界秩序の大きな変化があります。

エコノミスト田代秀敏氏は、国際通貨基金(IMF)が公表している「購買力(PPP)換算国内総
生産(GDP)の世界シェア」から作ったグラフを示し、G7諸国のGDP合計は2000年に新興・発
展途上国のGDP合計に追い越され、2010年代後半には、新興・発展途上国の中のアジア諸国だけ
のGDP合計にも追い抜かれていることを明らかにしました。

さらに田代氏によると、今年2023年には、日本とアメリカのGDP合計が、中国1国に抜かれる
「記念すべき年」になると予測しています。
 
とりわけ深刻なのは工作機械の分野で、中国は世界の約30%と占めています。日本は約15%、
ドイツもほぼ同じ15%、イタリア、アメリカに至っては7%、8%に過ぎません(注3)。

G7諸国はもはや世界経済リードする余裕はなく、G7サミットでは経済的に台頭する新興・発展
途上諸国から、G7諸国の利益を保護することに汲汲とする有様でした。

実際、議長国日本政府が発表したG7広島サミットの「主要議題」の筆頭には、「対ロシア制裁、
ウクライナ支援、『自由で開かれたインド太平洋』」という「地域情勢」が掲げられていますが、
「世界経済」という議題は設定されていません。

エコノミストの田代秀敏氏はこれには主に二つの要因が関係していると指摘しています。

一つは、サミットの議題ともなった「法の支配に基づく国際秩序の堅持」について、経済の視点
からすると、アメリカが主導して設立された、IMFや世界銀行などの国際機関にもとづき、アメ
リカ合衆国ドルを基軸とする国際金融システムや、それを土台とする世界経済秩序が揺らいでい
る状況です。

田代氏は、アメリカによる世界秩序、つまり「パックス・アメリカーナ」は、米国の圧倒的な経
済力と軍事力が前提となっていましたが、米国の経済力の衰退、銀行破綻リスク、米国債のデフ
ォルト、アフガン戦争の敗北などによって、「失われつつある、あるいは、既に失われている」
と指摘しています。

広島サミットのもうひとつ、「グローバル・サウスへの関与の強化」について、田代氏は、「中
国包囲網の形成の一環だ」と指摘しています(注4)。

GDP世界シェアで急成長を続けるインドを、G7諸国の側に引き入れることができれば、中国を
経済的に包囲できるという願望を込めて、インドのモディ首相を広島サミットに招待したことは
明らかです。

現在の世界秩序は、「ますます重要性を増すグローバル・サウスと、慌てふためく先進資本主義
国」という構図です。

次回は、具体的に「グローバル・サウス」のリーダーたちの言動を取り上げ、合わせて、日本は
どのように対応すべきかを検討します。

(注1)第一生命経済研究所https://www.dlri.co.jp/report/ld/279639.html
(注2)日本経済研究所 https://www.murc.jp/library/terms/ka/global-south/
    三菱UFJリサーチ&コンサルティング https://www.murc.jp/library/terms/ka/global-south/
(注3)(AERA 2023年6月19日号、11ページ)。
(注4)IWJ 2023.5.31  https://iwj.co.jp/wj/open/archives/516159




  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする