アジアインフラ投資銀行(2)―検証:日本政府はなぜ事態を見誤ったのか―
お詫び
これまで,私のパソコンのモニターのサイズに合わせて改行していたのですが,他のノートやラップトップパソコンで見ると,
改行が不自然で,とても見にくかったことに,気が付きました。これからは,そのようなことがないように気を付けます。
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前回書いたように,中国はAIIBの創設メンバーになるためには,2015年3月末日までに加盟を正式に申し込むことを
発表していました。
昨年の春,中国は日本に有利な参加条件を打診してきたとき「アジアのインフラ需要に応えたい」と理解を求めました。
日本は「アジア開発銀行とどこが違うのか」と突き放しました。
そして官邸には「『主要7カ国(G7)からの参加は絶対にない』との報告が上がってきた」(政府高官)という。
参加に慎重な米国との関係などを考え「日本が参加しない前提で情報を分析していた」との反省が官邸にはある。
「失敗だった」。
首相周辺がそれに気づいたとき、主導権はすでに中国に移っていたのです(『日本経済新聞』2015年4月15日)。
つまり,日本がAIIB問題で判断を誤り,後手後手に回ることになった,最初の原因は,アメリカが不参加を決めて
いたので,日本も「参加しない前提で情報を分析していた」ことにあったのです。
この前提で情報分析をすると,事態を楽観的,日本に都合がいい方向で分析・解釈してしまうのです。
しかも,昨年10月にインドや東南アジア諸国21か国が設立の覚書に署名した時も,「主要国(G7)は入らない」と高
をくくっていました。
ところが,今年の1月後半,雲行きが少し怪しくなってきました。
G7の事務レべル協議でイギリスの財務省の担当が,AIIBについて「国によってそれぞれの対応があり得る」と発言し,
そして2月後半には「政治的に参加を検討せざるを得ない」と明言しました。
ここまでくると,常識的にはイギリスは加盟に踏み切ると考えるのが普通です。
しかし,日本政府はまだ,楽観論から抜け出せませんでした。というのも,中国の独走を防ぐために,参加国代表による
理事会に大きな発言権々を与えるなどの要求をG7でまとめ,「条件を満たさねば不参加。満たせば後は各国次第」との
妥協案でイギリスを説得してあったからです。
そこで,外務省は,「イギリスの参加する確たる証拠はない」と安倍首相に進言していたのです。
しかし,5月に下院選挙で中国との経済関係強化をアピールしたいキャメロン政権の意向を変えることはできませんでした
(『毎日新聞』2015年4月16日)。
3・12の衝撃
そして,ついに3月12日,政府に激震が走りました。この日,中国財務省が,イギリスの加盟を公式に発表したのです。
日本政府がイギリスから連絡を受けたのはその直前でした。
ある官邸幹部は「えっと思った。あれでG7の共同歩調が乱れた」と,正直に振り返っています。
正午過ぎ,慌ただしく駆けつけた財務,外務省の幹部は,安倍首相に「これはアプローチだけの違いです」と説明しま
した(注1)。
財務,外務両省は間違った情報と先入観から,イギリスの加盟を予想していなかったことが分かります。そこで,官僚
らしく,イギリスが参加したのは,5月の総選挙を控えて経済的メリットを打ち出したいイギリス政府の特殊事情だか
ら,と説明したのです。
日本政府内に「G7の一角が崩れた。追随する国がでる」との懸念が広がりました(『毎日新聞』2015年4月16日)。
外交問題に精通したある与党議員は「日本の財務省は,先進七か国(G7)の参加は絶対ないと言っていた。
一体どうなっているのかと思った」と政府内の誤算をそう振り返っています(『東京新聞』2015年4月4日)。
日本政府は欧州勢が相次いで参加するきっかけとなった3月12日の英国の参加表明を正確につかめていなかったのです。
イギリスの場合は例外とみなすことでショックをいくらか弱めることができたとしても,日本政府は,これによって,
ヨーロッパ諸国が雪崩をうって参加に踏み切るのではないか,との不安はぬぐえませんでした。
その不安はやがて現実のものとなります。
3月9日、来日したドイツ首相のメルケル首相は首脳会談で「参加条件を厳格に設定することが大切」(『毎日新聞』
2015年4月16日),「AIIBは一緒に条件をきちんと見てゆきましょう」。このとき,メルケル首相は参加の意向
は示しませんでした(注2)。
しかし,16日,ドイツから日本の外務省,「参加の方向で議論している」「(英国などとともに)内側から改善を求
める」との連絡が入りました。
そして,翌17日に独財務相のショイブレ氏は突如,参加を表明しました。昨年夏,議長国のドイツを中心に,
「中国の誘いに安易に乗らない」方針で一致していたにも関わらず,である。
一報を聞いた安倍首相は不快感を隠しませんでした。「ちゃんと情報を挙げてくれ」。首相周辺からは財務,
外務両省への不満の声があがりましたが,事実上事後報告で,説得の間もありませんでした。
EUのリーダーであるドイツの参加,「ドイツ・ショック」を機に,ヨーロッパ諸国は雪崩を打って参加に踏み切り
ました。
政府の甘い見通しによる楽観的な想定は、音を立てて崩れていったのです。
こうして,4月15日までに,57か国の加盟が中国当局から発表されました。これにたいして,菅官房長官は記者
会見で「情報収集は全部している。(規模は)想定の範囲だ」と,平静を装いました(『毎日新聞』2015年4月
16日)。
しかし,これまで見たように日本政府の目はアメリカだけに向けられ,世界の動きについて重要な情報を得ることが
できなかったのです。
今回の参加問題でイギリスやドイツが示したように,欧米世界では,自国の利益のためには他を裏切るような行動を
平気で取ることに注意する必要があります。
ところで,日本の政府内部には,二つの大きな不安があります。一つは,今のままの状態が続くと,
日米共に世界の趨勢に遅れ,孤立してしまうのではないか,という不安です。
二つは,政府にとってさらに恐ろしい悪夢で,アメリカが日本を飛び越して突然,独自に突然,
投資銀行に加盟してしまうのではないかという疑心暗鬼です。
1972年,当時のアメリカ大統領が,日本との事前の協議なしに電撃的に中国を訪問した,
いわゆる「ニクソンショック」という苦い過去が甦ります。
今回も,民間シンクタンク「新外交イニシアティブ」事務局長の猿田佐世弁護士は,
米国は日本と違って,自国の利益を合理的に考える国。決断も速い。
AIIBの参加をめぐっても,米国は経済的にも軍事的にも中国とは共存すべきだと考えている。
日本に断りもなくAIIBに参加する可能性もないとはいえない。
第一,米国内では今回の不参加を外交上の失敗と見る向きが多い。
と述べています(『毎日新聞』2015年4月1日)。
猿田氏が指摘するように,アメリカは自国にとって有利であると判断すれば,日本に義理立てすることなく,
投資銀行に加盟するでしょう。
実際,マスメディアではあまり注目していませんが,3月30日にルー米財務長官は中国を訪れ,
李克強首相,楼継偉財政相と北京の人民大会堂で会談しています。
その席上,ルー財務長官は,「AIIBとの協力に期待し、中国がアジア地域のインフラ建設の分野で,
さらに役割を発揮することを歓迎する」と述べると同時に,「AIIBが高い水準のガバナンスを持つよう希望し
ている」と透明性の高い意思決定など運用面での注文をつけました。
ここで,AIIBのあり方について「意見交換していきたい」とも伝えました。
「意見交換」といい,「注文を付けたこと」といい,これらはアメリカに加盟への意志があることを示唆しています。
北京の米国大使館によると、ルー氏は「グローバルな経済秩序の中で、中国が果たす役割は重要になってきている」
と指摘し,中国がアジア開発銀行(ADB)など既存の国際機関と連携し、経済大国としての責任を負うよう提言
しました(『日本経済新聞』2015年3月31日)
この時期に,米財務長官がわざわざ中国を訪問して関係者と会談した事実をみても,アメリカが日本に断りもなく,
電撃的に投資銀行に加盟する可能性は十分考えられます。
安倍首相は参加することになった場合を想定して,検討を指示しています。その場合は,日本もあわてて,
加盟に踏み切るでしょう。
その時「融資や審査の透明性が確保されていない」という理由を唱えてきた日本は,どんな理屈で加盟することに
なるのでしょうか。
手のひらを返したように,突然“透明性が確保されたから”とでもいうのでしょうか? あるいはもっとストレー
トに,“アメリカのお許しが出たから”,とでもいうのでしょうか?
アメリカとは異なり,日本はアジアの一員です。したがってAIIBの問題は,日本の将来にとって,
経済的にも政治的にも非常に大きな意味をもっています。
日本はアジアにおいても世界においても孤立を避けるよう努力すべきです。
(注1)『朝日新聞 デジタル版』(2015年4月12日) http://digital.asahi.com/articles/DA3S11700645.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_DA3S11700645
(注2)『朝日新聞 デジタル版』(2015年4月12日)
http://digital.asahi.com/articles/DA3S11700740.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_DA3S11700740
お詫び
これまで,私のパソコンのモニターのサイズに合わせて改行していたのですが,他のノートやラップトップパソコンで見ると,
改行が不自然で,とても見にくかったことに,気が付きました。これからは,そのようなことがないように気を付けます。
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前回書いたように,中国はAIIBの創設メンバーになるためには,2015年3月末日までに加盟を正式に申し込むことを
発表していました。
昨年の春,中国は日本に有利な参加条件を打診してきたとき「アジアのインフラ需要に応えたい」と理解を求めました。
日本は「アジア開発銀行とどこが違うのか」と突き放しました。
そして官邸には「『主要7カ国(G7)からの参加は絶対にない』との報告が上がってきた」(政府高官)という。
参加に慎重な米国との関係などを考え「日本が参加しない前提で情報を分析していた」との反省が官邸にはある。
「失敗だった」。
首相周辺がそれに気づいたとき、主導権はすでに中国に移っていたのです(『日本経済新聞』2015年4月15日)。
つまり,日本がAIIB問題で判断を誤り,後手後手に回ることになった,最初の原因は,アメリカが不参加を決めて
いたので,日本も「参加しない前提で情報を分析していた」ことにあったのです。
この前提で情報分析をすると,事態を楽観的,日本に都合がいい方向で分析・解釈してしまうのです。
しかも,昨年10月にインドや東南アジア諸国21か国が設立の覚書に署名した時も,「主要国(G7)は入らない」と高
をくくっていました。
ところが,今年の1月後半,雲行きが少し怪しくなってきました。
G7の事務レべル協議でイギリスの財務省の担当が,AIIBについて「国によってそれぞれの対応があり得る」と発言し,
そして2月後半には「政治的に参加を検討せざるを得ない」と明言しました。
ここまでくると,常識的にはイギリスは加盟に踏み切ると考えるのが普通です。
しかし,日本政府はまだ,楽観論から抜け出せませんでした。というのも,中国の独走を防ぐために,参加国代表による
理事会に大きな発言権々を与えるなどの要求をG7でまとめ,「条件を満たさねば不参加。満たせば後は各国次第」との
妥協案でイギリスを説得してあったからです。
そこで,外務省は,「イギリスの参加する確たる証拠はない」と安倍首相に進言していたのです。
しかし,5月に下院選挙で中国との経済関係強化をアピールしたいキャメロン政権の意向を変えることはできませんでした
(『毎日新聞』2015年4月16日)。
3・12の衝撃
そして,ついに3月12日,政府に激震が走りました。この日,中国財務省が,イギリスの加盟を公式に発表したのです。
日本政府がイギリスから連絡を受けたのはその直前でした。
ある官邸幹部は「えっと思った。あれでG7の共同歩調が乱れた」と,正直に振り返っています。
正午過ぎ,慌ただしく駆けつけた財務,外務省の幹部は,安倍首相に「これはアプローチだけの違いです」と説明しま
した(注1)。
財務,外務両省は間違った情報と先入観から,イギリスの加盟を予想していなかったことが分かります。そこで,官僚
らしく,イギリスが参加したのは,5月の総選挙を控えて経済的メリットを打ち出したいイギリス政府の特殊事情だか
ら,と説明したのです。
日本政府内に「G7の一角が崩れた。追随する国がでる」との懸念が広がりました(『毎日新聞』2015年4月16日)。
外交問題に精通したある与党議員は「日本の財務省は,先進七か国(G7)の参加は絶対ないと言っていた。
一体どうなっているのかと思った」と政府内の誤算をそう振り返っています(『東京新聞』2015年4月4日)。
日本政府は欧州勢が相次いで参加するきっかけとなった3月12日の英国の参加表明を正確につかめていなかったのです。
イギリスの場合は例外とみなすことでショックをいくらか弱めることができたとしても,日本政府は,これによって,
ヨーロッパ諸国が雪崩をうって参加に踏み切るのではないか,との不安はぬぐえませんでした。
その不安はやがて現実のものとなります。
3月9日、来日したドイツ首相のメルケル首相は首脳会談で「参加条件を厳格に設定することが大切」(『毎日新聞』
2015年4月16日),「AIIBは一緒に条件をきちんと見てゆきましょう」。このとき,メルケル首相は参加の意向
は示しませんでした(注2)。
しかし,16日,ドイツから日本の外務省,「参加の方向で議論している」「(英国などとともに)内側から改善を求
める」との連絡が入りました。
そして,翌17日に独財務相のショイブレ氏は突如,参加を表明しました。昨年夏,議長国のドイツを中心に,
「中国の誘いに安易に乗らない」方針で一致していたにも関わらず,である。
一報を聞いた安倍首相は不快感を隠しませんでした。「ちゃんと情報を挙げてくれ」。首相周辺からは財務,
外務両省への不満の声があがりましたが,事実上事後報告で,説得の間もありませんでした。
EUのリーダーであるドイツの参加,「ドイツ・ショック」を機に,ヨーロッパ諸国は雪崩を打って参加に踏み切り
ました。
政府の甘い見通しによる楽観的な想定は、音を立てて崩れていったのです。
こうして,4月15日までに,57か国の加盟が中国当局から発表されました。これにたいして,菅官房長官は記者
会見で「情報収集は全部している。(規模は)想定の範囲だ」と,平静を装いました(『毎日新聞』2015年4月
16日)。
しかし,これまで見たように日本政府の目はアメリカだけに向けられ,世界の動きについて重要な情報を得ることが
できなかったのです。
今回の参加問題でイギリスやドイツが示したように,欧米世界では,自国の利益のためには他を裏切るような行動を
平気で取ることに注意する必要があります。
ところで,日本の政府内部には,二つの大きな不安があります。一つは,今のままの状態が続くと,
日米共に世界の趨勢に遅れ,孤立してしまうのではないか,という不安です。
二つは,政府にとってさらに恐ろしい悪夢で,アメリカが日本を飛び越して突然,独自に突然,
投資銀行に加盟してしまうのではないかという疑心暗鬼です。
1972年,当時のアメリカ大統領が,日本との事前の協議なしに電撃的に中国を訪問した,
いわゆる「ニクソンショック」という苦い過去が甦ります。
今回も,民間シンクタンク「新外交イニシアティブ」事務局長の猿田佐世弁護士は,
米国は日本と違って,自国の利益を合理的に考える国。決断も速い。
AIIBの参加をめぐっても,米国は経済的にも軍事的にも中国とは共存すべきだと考えている。
日本に断りもなくAIIBに参加する可能性もないとはいえない。
第一,米国内では今回の不参加を外交上の失敗と見る向きが多い。
と述べています(『毎日新聞』2015年4月1日)。
猿田氏が指摘するように,アメリカは自国にとって有利であると判断すれば,日本に義理立てすることなく,
投資銀行に加盟するでしょう。
実際,マスメディアではあまり注目していませんが,3月30日にルー米財務長官は中国を訪れ,
李克強首相,楼継偉財政相と北京の人民大会堂で会談しています。
その席上,ルー財務長官は,「AIIBとの協力に期待し、中国がアジア地域のインフラ建設の分野で,
さらに役割を発揮することを歓迎する」と述べると同時に,「AIIBが高い水準のガバナンスを持つよう希望し
ている」と透明性の高い意思決定など運用面での注文をつけました。
ここで,AIIBのあり方について「意見交換していきたい」とも伝えました。
「意見交換」といい,「注文を付けたこと」といい,これらはアメリカに加盟への意志があることを示唆しています。
北京の米国大使館によると、ルー氏は「グローバルな経済秩序の中で、中国が果たす役割は重要になってきている」
と指摘し,中国がアジア開発銀行(ADB)など既存の国際機関と連携し、経済大国としての責任を負うよう提言
しました(『日本経済新聞』2015年3月31日)
この時期に,米財務長官がわざわざ中国を訪問して関係者と会談した事実をみても,アメリカが日本に断りもなく,
電撃的に投資銀行に加盟する可能性は十分考えられます。
安倍首相は参加することになった場合を想定して,検討を指示しています。その場合は,日本もあわてて,
加盟に踏み切るでしょう。
その時「融資や審査の透明性が確保されていない」という理由を唱えてきた日本は,どんな理屈で加盟することに
なるのでしょうか。
手のひらを返したように,突然“透明性が確保されたから”とでもいうのでしょうか? あるいはもっとストレー
トに,“アメリカのお許しが出たから”,とでもいうのでしょうか?
アメリカとは異なり,日本はアジアの一員です。したがってAIIBの問題は,日本の将来にとって,
経済的にも政治的にも非常に大きな意味をもっています。
日本はアジアにおいても世界においても孤立を避けるよう努力すべきです。
(注1)『朝日新聞 デジタル版』(2015年4月12日) http://digital.asahi.com/articles/DA3S11700645.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_DA3S11700645
(注2)『朝日新聞 デジタル版』(2015年4月12日)
http://digital.asahi.com/articles/DA3S11700740.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_DA3S11700740