大木昌の雑記帳

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ジャニーズ事務所の闇(3)―共犯者としてのマスメディアー

2023-09-27 08:39:59 | 社会
ジャニーズ事務所の闇(3)
―共犯者としてのマスメディアー

今日問題となっている“ジャニーズ問題”は少なくとも3つの側面があります。一つは、
ジャニー氏自身による、前代未聞の性犯罪です。二つは、それを隠し続けてきたジャ
ニーズ事務所の隠ぺい構造です。

三つは、当初からジャニー氏の性犯罪を知りながら、意図的に目をつぶってきたマス
メディア(テレビ、新聞、週刊文春を除く雑誌)、そして、ジャニーズ事務所に忖度
して批判者を抑えこもうとする人たち(後に紹介します)です。

上の三つのうち、一つ目のジャニー氏の性犯罪についてはすでの2回にわたって説明
しているので、ここでは二つ目と三つ目について書きます。ただし、二つ目と三つ目
は密接に関連しているので、両者をまとめて検証します。

まずは隠ぺいですが、ジャニー氏自身は、自らの性的虐待については裁判でも否定し
ましたが、判決では性的虐待が認定された)。それでも事務所としては、現在まであ
くまでもジャニー氏の性犯罪については「知らなかった」と否定し続けてきました。
たとえば、前副社長の藤島ジュリー景子氏は、会見でジャニー氏の性犯罪を知ってい
たどうか聞かれて「知らなかったでは済まないかもしれませんが知りませんでした」
と答えています。

これに対してジャニーズ出身の近藤真彦氏は、9月20、21日に大分県日田市で開
催されたカーレースをPRするために県庁を表敬訪問した際、報道陣の取材に応じま
した。

近藤氏は、藤島ジュリー氏が謝罪動画などで性加害については「知らなかった」と説
明したことを受けて、「知ってた、知らないかではなく、知っているでしょ」とし、
「噓はなしに正々堂々と話をしてもらえれば」などと発言したのです(注1)。

近藤氏はジャニーズ事務所の“長男坊”と言われ初期のころから藤島メリー氏に可愛が
られ、藤島ジュリー氏とも近い関係にあったことが知られており、彼の発言はかなり
信ぴょう性があります。

藤島氏は1991年にジャニーズ事務所に就職しており、それ以来今日まで「知らなかっ
た」という言葉を信じる人はメディアを含め、ほとんどいないでしょう。

ところが、藤島氏の「知らなかった」発言に対して、どのマスメディアも疑問を発す
ることすらせず、スルーしています。

それもそのはず、ジャニーズ事務所はジャニー氏の少年に対する性犯罪を、BBCの
放送で暴露されるまで隠ぺいし続けてきたので、いまさら「実は知っていました」と
は言えないでしょう。

この隠ぺいを許してきた責任の一端は(結果的に「守ってきた」)、最も影響力が大
きい東京をキー局とするテレビ局とメジャーな新聞・雑誌(『週刊文春』を除く)な
どのマスメディアが一貫して見て見ぬふりをしてきたことでした。

まず、テレビ界とジャニーズ事務所との関係を見てみましょう。これに関しては、ノ
ンフィクションライターの窪田順生氏が的確に解説しています。少し長文になります
が下に引用します。
    フォーリーブスのメンバーだった故・北公次さんの告発や週刊文春の性加害
    報道があった時(1999年ころ―筆者注)、心あるテレビ局社員が、「未成年
    者への性加害という問題があるのでジャニーズとの付き合いを見直すべきだ」
    なんて騒いだらどうなるか。
    「お前はバカか」とすぐに閑職に飛ばされるだろう。当たり前だ。光GENJI
    や SMAP、KinKi Kidsなどのドル箱スターで番組をつくっている同僚たちの
    仕事を奪うことになるからだ。また、それはこれまでジャニーズ事務所と良
    好な関係を築いて、数々の人気番組を世に送り出してきた先人たちの顔に泥
    を塗ることでもある。しかも、もしそのような批判がジャニーズ事務者側の
    耳に入って機嫌を損ねてしまって、人気アイドルをブッキングしてくれなく
    なったら、局全体にとっても損失だ。

これはあくまでも窪田氏が長年の取材を通して知りえた事情を文章にしたもので、事
実そのものではありません。しかし、内容はテレビ界のジャニーズ事務所に対する忖
度、あるいは両者の関係についての一般論としても非常に説得力があります。

窪田氏によれば日本のテレビ制作の現場は個人の能力で勝負する「プロのテレビマン」
より、周囲と仲良くやって定年退職まで平穏無事に過ごしたいテレビ局社員を筆頭に、
「社畜のテレビマン」がはるかに多くいるとのことです。

組織に忠誠を誓う人が多いということは、トラブルや不正を見つけても組織内の立場や、
平和な日常を守るという「保身」から隠ぺい・黙認に流れがちな人も多いということを
意味します(注2)。

他方、ジャニーズ事務所側は影響力を背景にテレビ界に圧力をかけてきました。一つだ
け例を挙げましょう。

「『Mステ』(ミュージック・ステーション 『テレビ朝日』)には多くのジャニーズ
グループが出演する一方、ジャニーズ以外の人気男性アイドルグループはほとんど登場
しません。そんな中、ジャーナリスト・松谷創一郎氏が5月30日に更新した『Yahoo!
ニュース』コラムが話題になりました。

このコラムでは『Mステ』を立ち上げたテレビ朝日プロデューサー・皇達也氏が、過去
に『週刊新潮』のインタビューに答えた記事を引用してジャニーズについて解説してい
ます。

それによると皇プロデューサーは過去、ジャニーズ以外の男性アイドルを番組に出演さ
せたいと、ジャニー氏に直接相談したことがあったそう。しかしジャニー氏は、『出し
たらいいじゃない』と容認するも、『ただ、うちのタレントと被るから、うちは出さな
い方がいいね』と、やんわりと、しかし相手に有無を言わせない圧力にも思える提案を
してきたのだとか。これがジャニーズ流の脅しのやり口です。

松谷氏は、ジャニーズが現在も圧力を加えている可能性は低いとしつつも、JO1、INI、
BE:FIRST、Da-iCEなどの人気男性グループが出演できていない状況のため、テレ朝側
は今でも忖度を続けている可能性があると指摘しています。

ネットでは、ジャニーズ以外の男性グループファンから「実績のある男性グループが出
られないのはおかしい」と「Mステ」への出演を求める声が相次いでいます。今後、ジ
ャニーズの席は減らされていくかもしれません(注3)。

この問題に関して9月7日の会見で記者が、「過去にはジャニーズと競合関係にあった
DA PUMP、w-inds.らが圧力や忖度によって『Mステ』に出演できず、現在もBE:FIRST、
Da-iCE、JO1、INIらが出演できていない」などと指摘し、新社長に就任した東山紀之に
「こうした忖度はまだ続いたほうがいいと考えますか?」と問いかけました。

これに対し、東山新社長は「必要ないと思います。忖度とかそういうのは関係なく、公
平に行くべきだなと思っています」と明言しました。

この記者の質問も少々ピントはずれで、忖度が続いた方がいいと答えるはずもありませ
ん。ただ、『テレビ朝日』で非ジャニーズ・グループの『Mステ』への出場が少しずつ
検討されているようです(注4)。

ジャニーズ事務所への忖度は、関係者による間接的な形でも現れます。たとえば、今年
7月、山下達郎氏が主催する音楽プロダクションのスマイルカンパニーが松尾潔氏との
業務契約を6月30日をもって双方の合意により終了した、と発表しました。スマイル
カンパニーの山下氏はジャニーズ事務所と親密な関係がありました。

一方松尾氏は、著名な音楽プロデューサーで作曲家でもあり、ジャニーズへ多くの楽曲
を提供しています。

松尾氏はSNSで
    15年間在籍したスマイルカンパニーとのマネージメント契約が中途で終了にな
    りました。私がメディアでジャニーズ事務所と藤島ジュリー景子社長に言及し
    たのが理由です。私をスマイルに誘ってくださった山下達郎さんも会社方針に
    賛成とのこと、残念です。今までのサポートに感謝します。バイバイ!」
と、シンガー・ソングライター山下達郎の名を挙げて投稿していました(注5)。

これは、山下氏がジャニーズ事務所への忖度から松尾氏との長年の契約を突然解除した
例です。私は山下さんのファンでもあるので、この経緯にはがっかりしました。

ジャニーズ事務所は多くの芸能プロダクションやマスメディアと関係をもっていますが、
松尾氏の例にみられるように、それらもジャニーズを批判する者を排除するという間接
的な方法でジャニーズ擁護に働いています。みんな自分の利益のために動くのです。

今回の問題は、週刊誌などの雑誌が大々的に取り上げる問題ですが、ここでもジャニー
ズ事務所の圧力が、ほとんどの雑誌を黙らせてしまいました。

ジャーナリストの元木 昌彦氏が『週刊現代』時代にジャニー喜多川氏の性癖について初
めて取り上げた「『たのきんトリオ』で大当たり 喜多川姉弟の異能」という記事(19
81年4月30日号)に対して、ジャニーズ事務所から「講談社の雑誌にはうちのタレント
を出さない」と通告され、会社側は事務所側に屈服して、私は『婦人倶楽部』編集部に
突然異動させられてしまいました」(注6)。

ところで、在京テレビキー局は、広告などを除いて、ドラマそのたの出演に関して、“タ
レントには罪はないから”との理由で、これかもどんどん使ってゆくと言っています。こ
の問題については、稿を改めて検討したいと思います。

ジャニーズ問題は、ジャニーズによる芸能界への影響力行使、問題の隠ぺい、マスメデ
ィアへの圧力や脅しに対して、テレビ・新聞・雑誌の側による忖度と無視、脅しへの屈服
という、実になさけない状態にあります。これこそがジャニーズ事務所の「闇」なのです。

そして芸能関係の会社や個人も、結局は自分たちの利益のためにジャニーズ事務所への忖
度を強め、それが前代未聞の少年に対する性犯罪を生んできた要因の一つなのです。

そこには、ジャニー氏の性犯罪が人権侵害である、という意識が決定的に欠けており、そ
れが日本の芸能界とマスメディアの質の低さを表しています。


(注1)『ZAKZAK by 夕刊フジ』(デジタル 2023.5/27 10:00 https://www.zakzak.co.jp/article/20230527-THIABTRQR5OFNLZ5WBMXS6WRFE/
(注2)DIAMOND Online(2023.9.14 5:30)
    https://diamond.jp/articles/-/329119?utm_source=daily_dol&utm_medium=email&utm_campaign=20230914
(注3)GREE (no date) https://jp.news.gree.net/news/entry/4704332
(注4)『日刊サイゾー』(電子版(2023/09/11 20:00)
    https://www.cyzo.com/2023/09/post_355768_entry.html
(注5) 『スポニチ』(電子版 2023年9月8日 10:33)
  https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2023/09/08/kiji/20230908s00041000240000c.html
(注6)PRESIDENT Online  2023/03/17 20:00
    https://president.jp/articles/-/67557?page=1
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------
夏が終わりお彼岸が近づくころ、早朝んの雲もだいぶ高くなり、日の出直前の雲は一瞬の光芒を放つ。     田んぼの土手にはヒガンバナが植えられていた。田んぼの土手にネズミが巣穴を掘らないように、   
                                                   根、茎、花に毒があるヒガンバナを植える慣習があった。千葉県佐倉にて筆者撮影。
    


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ジャニーズ事務所の闇(2)―被害者への対応とスポンサー企業の対応―

2023-09-23 10:10:24 | 社会
ジャニーズ事務所の闇(2)
―被害者への対応とスポンサー企業の対応―

前回の記事で紹介した9月7日の会見内容で、東山新社長は、ジャニー喜多川氏から性加害
を受けた人への救済や補償を行うことに言及しましたが、そこでは具体的な内容は述べませ
んでした。

具体的な方法として9月13日に、「被害者救済委員会」と「補償受け付けの窓口」を設置
すると発表し、委員会では元裁判官の弁護士3人を起用しました。

そして9月15日付で「故ジャニー喜多川による性加害問題に関する被害補償の受付窓口の
お知らせ」なる文書をWeb 上で公表しました(注1)。

それを見た甲南大学名誉教授で弁護士の園田寿氏は正直驚いた、と述べています。そこには、
氏名、住所、連絡先を入力し、当然ながら個人情報の秘密は守ると書かれています。

しかし、問題は被害内容について申告する欄で、そこでは「被害の内容等」として、「時期、
場所、期間・回数等。なお被害内容については、次の番号により特定いただくことでも構い
ません(1.口腔性交 2.肛門性交 3.性器への接触、4.キス 5.その他のわいせ
つ行為)をWeb上で入力するようになっています。

園田氏が驚いたのは、これらの申告フォームはまるで、例えば食品メーカーが腐った食品を販
売してしまい、「体調不良を起こした消費者に賠償しますので連絡してください」というよう
なこととまったく同じニュアンスを感じたから」だと言い
ます。

性暴力や性加害は身体的な被害だけでなく深刻な精神的被害を生みます。専門家によれば性被
害者は短期的な急性ストレス障害(ADS)や、それが過ぎた後でも「心的外傷ストレス障害」
(PTSD)の症状として人生の長きにわたって続くことが指摘されています。

被害者の救済に当たっては、何よりもこの点を踏まえたうえで、被害者の意思、人権を尊重し、
一緒に考えて支援を行うと
いう姿勢が重要です(注2)。

ところで、会見の質疑と、ジャニーズ事務所による補償に関連して、見落としてはならないこ
とがあります。

これまでジャニーズと対立するメディアに自社のタレントを出演させない、ジャニーズタレン
トの登場する広告を掲載させないといった判断は、同社の広報部門が行っていたはずです。そ
の責任者だったのは白波瀬前副社長です。 彼は直前に退社しているとの理由で出席しない、
との説明が事務所側からなされました。実情はどうだったのかを本人に聞いてみないと、今後
のマスコミとの関係を進歩させることはできません。

また、『週刊文春』がジャニー喜多川氏による性加害を裁判で認定させることに成功しました。
当時(2004年)、ジャニー氏側の弁護士が詳細に彼の反論を聞き取って弁護をしたので、
どういう風に言い訳をしていたかを証言できるのはその顧問弁護士だけなのです。しかし会見
の場には、この弁護士とは別の、今までの経緯をまったく知らない弁護士が同席していました。
 
このように、ジャニーズ事務所の内情をよく知る弁護士や役員が記者会見に出席しないのなら、
マスコミがいくら質問したところで、被害者の救済や補償のための取り組みについて聞けること
は限られています。もっと問題なのは、これまでの経緯を知らない人たちが救済と補償に関与る
ことです(注3)。

実際、事務所側は今までジャニー氏についても事務所についても関与して来なかった3人の弁護
士を「相談窓口」の担当とするようです。今の事務所の対応は、「相談窓口」のWeb で申告して
きた個々の情報を補償額を算定基準として、できるだけ早く事務的に金銭的解決に持ち込んで事
態を収束させたいとの、意図が見え見えです。

経営コンサルタントの鈴木貴博氏によれば、こうした、問題にたいして弁護士の起用は王道なの
ですがふたつのよくない副作用があります。ひとつは賠償額を減らすことに注力しすぎること。
依頼人の肩を持つのが弁護士の仕事なのでどうしても
そうなりますが、この行動は常に被害者の気持ちを損ねます。

もうひとつは、形式合理性を重視しすぎることで、これは社内にどんどん堅苦しい制度やルール
ができていきます。鈴木氏は、何よりも重要なのは、人として人の話を十分に聞いて話し合いを
行うことだと言います。

というのもこの問題、被害者は本当に多様なのです。数十人、数百人という数の問題ではなく、
それは一人ひとりの被害者であり、一人ひとりの気持ちや思いは違います。何をしてほしいのか
の思いも多様でしょう。

したがって、絶対にやってはいけないことは、弁護士のアドバイスに従って一律の補償ルールを
作ることだと、警告しています(注4)。

後に述べるように、実際には自ら性被害を受けて申告した(あるいは申告するであろう)人はそ
れほど多くないかも知れませんが、一人ひとりからじっくりと話を聞き、必要なら心の傷を取り
除くために精神科の医師やカウンセラーによる「癒し」や治療を行うべきでしょう。

喜多川氏によって受けた心の傷を癒すには、何年もかかる場合が少なくありません。東山氏は、
7日の会見で「人生をかけて取り組んでいく」と明言しています。

この役割を東山氏が直接行うのか、専門の心理学者やカウンセラーが行うのかは分かりませんが、
今のところ被害者に対する救済では心の傷を癒すためのプログラムは見当たらないし、補償も機
械的に行われるのではないか、との疑念が消えません。

これらについては、10月2日予定されている、今後の方針の発表を待たなければなりません。

救済と補償に関して、残された問題があります。現在、喜多川氏から性加害を受けたことをカミ
ングアウトしているのは「ジャニーズ性加害問題当事者の会」の9人と、70年前に性被害を受
けた服部吉次さん(注5)くらいで、現役のジャニーズタレントでは誰も性被害を受けたことを
カミングアウトしていません。

おそらく、現在、現役で活躍しているタレントの中にはジャニー氏から性加害を受けた人は相当
数いると思われます。しかし、救済と補償は自分から申告したタレントだけを対象にしているよ
うです。

これからも自ら性被害を名乗り出る現役のタレントは出てないでしょうから、実際の救済(心理
的癒しも含めて)と補償の人数は、数百人ともいわれるタレントのごく少数にとどまる可能性が
あります。

それでも、そのようなタレントも、やはり精神的な傷を負っている可能性はあると考えられますが、
事務所としてはこの問題にどのように向き合うつもりなのでしょうか。

ところで、7日の会見にたいする反応の一部は、こ前回にも紹介しましたが、財界・経済界からは
総じて批判的な見解が多かったようです。

ジャニーズのタレントを自社の広告やスポンサーとなっている番組などでジャニーズのタレントを
使っている企業から、今後の契約を更新しない、あるいは一旦中止したり、ジャニーズ事務所の対
応をみて考えるという企業が続出しました。

こうした動きを促進した中でも経済同友会の新浪会長は、ジャニーズ事務所の調査内容やそれに対
する対応が不十分なものであると指摘し、「ジャニーズ事務所のタレントを起用することはチャイ
ルドアビューズ(児童虐待)認めることになり、国際的には非常に非難のもとになる」とメディア
にたいして発言しました。

そして新浪代表幹事が社長を務めるサントリーホールディングスでは、ジャニーズ事務所のタレン
トを起用した広告について、「被害者の救済策や再発防止策が十分であるとの納得いく説明がある
までは、新たな契約を結ばない」と述べています。

こうして、『毎日新聞』の独自調査が、同事務所の所属タレントと広告・宣伝などの契約関係にあ
るとみられる企業や自治体など計103組織に取材したところ、大手企業を中心に少なくとも25社が
起用を見送る方針であること、そして27社が「対応を検討中」と回答したことが判明し(2023年
9月18日現在)、スポンサーの反応からは「深刻な人権侵害」と受け止めている実態が浮き彫り
になりました(注6)。

所属タレントの広告出演見直しの判断をする企業の多くは、大きくは二つの考え方に基づいて行動
しているのだと思います。

一つは、人権の尊重です。人権についての会社の方針を定めている企業もあります。性加害問題の
実態が明らかになり、ジャニーズ事務所自身も認めたことで、各社の人権方針に合致しないし、人
権を尊重するという考え方とも合わなくなりました。

とりわけ、国際的にもビジネスと行っている企業は、欧米なら存続そのものが許されないであろう
芸能プロダクションのタレントを自社の広告に使うなど到底考えられない、という配慮もあったも
のと思われます。

もう一つは、コンプライアンス(法令順守)です。事務所の所属タレントを使い続けた場合、自社
に関するネガティブな評判やうわさが社会全体に拡散されるリスクがあると、スポンサー企業は考
えています。

少なくとも中断くらいはしないと、会社の利益を損なうと判断しているのだと思います。

(注1)https://www.johnny-associates.co.jp/news/info-716/ およびhttps://www16.webcas.net/form/pub/j-hosho/contact
(注2)Yahoo News 9/16(土)11:17 https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/e2be6bb29085ba5dbda8935ebd3f3d3734529a2b
(注3)DIAMOND Online (2023.9.11 12:15) https://diamond.jp/articles/- /328990?utm_source=daily_dol&utm_medium=email&utm_campaign=20230912
(注4)PRESIDENT Online 2023/09/08 17:00
    https://president.jp/articles/-/73699?cx_referrertype=mail&utm_source=presidentnews&utm_medium=email&utm_campaign=dailymail
(注5)『東京新聞』電子版 (2023年7月16日)
    https://www.tokyo-np.co.jp/article/263564
(注6)この調査結果の詳細および、該当する企業名は『毎日新聞』(電子版 2023/9/19 15:00、最終更新 9/19 15:00)
    https://mainichi.jp/articles/20230918/k00/00m/040/218000c?utm_source=article&utm_medium=email&utm_campaign=mailyu&utm_content=20230919 を参照。


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ジャニーズ事務所の闇(1)―海外メディアによって暴露されたジャニー喜多川氏の前代未聞の性犯罪―

2023-09-18 09:16:35 | 社会
ジャニーズ事務所の闇(1)
―海外メディアによって暴露されたジャニー喜多川氏の前代未聞の性犯罪―


2023年3月、イギリスの公共放送BBCがドキュメンタリー『“性的虐待をうけた”男性たちのドキュメン
タリー』(原題は Predator: The Secret Scandal of J-Pop=日本ポップス界の捕食者の隠されたスキャ
ンダル』)を放送しました(注1)。

この中でBBCはジャニー喜多川氏を「プレデター」(predator)といいう言葉で表現しています。「プ
レデター」の一般的な意味は「捕食者」ですが、「立場の弱い人に性的虐待をする人物」という意味で使
っています(注2)。

ジャニーズ事務所はこれに対応して、「再発防止特別チーム」を立ち上げ、その最終報告が8月29日に
公表されました(注3)。

その要旨は、ジャニー喜多川氏は、古くは1950年代には性加害を行って以降、ジャニーズ事務所において
は1970年代前半から2010年代半ばまでの間、数百人のジャニーズJr.(小中学生)に対し、長期間にわたっ
て広範に性加害を繰り返していた事実が認められたこと、その原因や背景(同族経営の弊害など)の指摘、
そして再発防止、被害者救済、ジュリー藤島代表取締役の辞任など「解体的出直し」を提言しています。

「特別チーム」の報告を受けて、9月7日、事務所側は東山紀之(新社長)、藤島ジュリー景子(前社長)、
井ノ原快彦(ジャニーズアイランド社長)、そして弁護士が登壇して会見を開きました。

この会見で藤島前社長は過去の性加害を認めて謝罪をし、東山新社長は喜多川氏の性加害を「鬼畜の所業」
と言い、「人類史上最も愚かな事件」「あの方は誰も幸せにしなかった、と激しい言葉で批判しました。

しかし、社名は「ジャニーズ」の名前を残すこと(後に変更の余地を残すが)、藤島ジュリー氏は5日付け
で社長を辞任するが、「被害者の補償を責任をもって全うするため」、当面の間、代表取締役としてとどま
ること、事務所の株を100%所有し続けることが明らかにされました。

東山氏は4か月前、自らキャスターを務める情報番組で、ジャニーズという社名を残すことの是非を投げか
けていましたが、会見ではこの前言を翻して存続の方向に舵を切りました。

この会見を受けて、BBCのドキュメンタリーの取材を行ったモビーン・アザー氏は会見のあと、事務所が
犯罪を認めたことは良かったが、これからどうするのか明らかにしなかった。被害者がこれで救われるのか、
「圧倒的に NOだ」とコメントしています(注4)。

おそらく、この会見に先立って、想定される筆問に対する答えを言葉の選択も含めて、弁護士を交えて綿密
に練られたと思われますが、それでも、彼ら語る言葉やその表情からは、現在のジャニーズ事務所の姿勢が
うかがえます。

『ジャニ研』(原書房)の著者で音楽批評家の大谷能生氏は、「ジャニーズアイドル大ファンの私でも、会
見で評価できたのは犯罪を認めたことだけ」、と述べています。

そして、東山氏はジュリー氏に相談に乗っていたという事実があり、いわば「ジャニーズ事務所にとっては
身内であり、一心同体だ。これまでの体制を変える気がないんだと受け止めた」、ともコメントしています
(『東京新聞』9月8日)。

私も9月7日の記者会見の様子をテレビでずっと見ていましたが、全体として、“これでは事態は変わらない、
「解体的出直し」をする気はないな”、“東山氏も藤島氏もジャニー氏の犯罪の悪質性について本当には分かっ
ていないな”という印象を持ちました。

ジャニーズ事務所とも深い関係をもっていた音楽プロデューサーの松尾潔氏が8日、自身のSNSで、
    深夜に帰宅、ようやくジャニーズ事務所記者会見の全貌を知る。『解体的出直し』には程遠いなぁ、
    というのが第一印象。改名しない宣言には呆れたし、芝居口調でくり返される精神論にもうんざり。
    つまり変えたくないんだな。何から何まで残念でした。
と述べています(注5)。

社名に関していえば、もちろん、「ジャニーズ」という名称にはブランド価値があります。しかし、喜多川氏
が犯した少年に対する性加害の悪質性を考えれば、その名前を会社名として使い続けるというのは常識的には
考えられません。

ここで、考えなければならないのは、少年に対する性的虐待というのは、たった1件だけでも逮捕される重大
犯罪なのに、「再発防止特別チーム」の調査でわかったことだけでも性加害は数百人に及ぶ、というひどさで
す。一部では千人の数に及ぶとも言われています。

「魂の殺人」ともいわれる性虐待が、これほどまで大規模に行われた例は、おそらく前代未聞でしょう。

米英では、これだけの犯罪を犯してきた組織や企業は、間違いなく「反社会的犯罪組織」として解体させられ
ます。ところが、2004年に東京高裁が、ジャニー氏の性加害を認定したにもかかわらず、一人の逮捕者も出さ
ずに今日に至っているところが、日本社会と法曹界の人権意識の乏しさを表しています。

私は、性加害を受けた人のインタビュー映像や記事をかなり多く見たり読んだりしてきましたが、尊具体的な
行為は、耳をふさぎ、目を覆いたくなるほどのおぞましさです。

ジャニー喜多川氏の性虐待を自らの体験に基づいて告発した、『光GENJIへ 元フォーリーブス北公次の禁断
の半生記』(1988年データハウス)の著者、北氏は16歳から始まる喜多川氏による性加害の具体的な行為を
次のような手記で残しています(注6)。

    下宿して2日目の夜に、ジャニー喜多川が自分の布団の中に入ってきた。そして、数日後には、アイド
    ルデビューを約束するような言葉を吐きながら、北の体をマッサージして全身にキスをし、性器を弄り
    始めたという。さらに北の性器をみずからの口にふくみ、「やめてください」「いやですよ」と拒絶し
    た北を「巧みな技巧で」射精させた。

喜多川氏の性虐待は、芸能界へのデビューを餌に、抵抗できない少年を、まるで「捕食者」のように性的な欲求
を満たすために行われたのです。

北氏は、このような性虐待を4年半も受け続けたと言います。まさに「鬼畜の所業」そのものです。

この被害パターンは、2023年5月17日に放送された『クローズアップ現代』(NHK)で紹介された比較的新しい
証言とほぼ合致します。

同番組で証言した元ジャニーズJr.の日本樹顕理氏は、1990年代、中学1年の時にジャニー喜多川からジュニアの
「合宿所」(都内高級ホテル)に泊まるように言われ、そこで性被害に遭ったと語りました。
    寝入る頃から(ジャニー喜多川が)ベッドの中に入って、最初は肩マッ  サージしたりとか体全体を
    触られるようになりまして、足とかもまれたりする感じですね。そこからだんだんパンツの中に手を入
    れられて性器を触られ、そこから性被害につながっていくようになるんです。そこからオーラルセック
    スされました。

以上のほかにも、被害医者の実体験は、さまざまなメディアを通じて明らかにされていますが、ここでは、これ
以上は引用しません。というのも、私自身、あまりのひどさに書いていて気分が悪くなってしまうからです。

こうした経験(人によっては100回以上も)は性加害を受けた人たちにトラウマとなって、後々苦しめます。
実際、自殺を何回か考えた人もいます。

もし、私が上に書いたような被害を受けたことを想像すると、とても正常な精神を保ってはいられないでしょう。

ところで、ジャニーズJrに対する性加害は、喜多川氏だけでなく、東山氏にも向けられています。

7日の会見の際、望月を名乗る女性が、『SMAPへ そして、すべてのジャニーズタレント』へという元ジュニア
の木山将吾氏が書いた本を引き合いに出して東山のセクハラ・パワハラに対する質問をしました。

それは、東山が「電気アンマでJr.の少年たちの股間を足で刺激していた、自分の隠部を見せつけていた、お皿の上
に自分の陰部を載せて、『僕のソーセージを食え』と発言したというのは事実か?」という際どい質問でした。

その質問に対して、東山は「ネットで暴露本の内容は知っていた」と答えた上で「したかもしれないし、していな
いかもしれない。自身の記憶を呼び起こすのが困難である」と答えました。

私はこの話が本当かどうかは分かりません。もし事実でなければキッパリと否定すると考えられますが、東山氏の
返答はいかにも、曖昧で疑惑を深める結果となりました(注7)。こうした、曖昧さは、今後のジャニーズ事務所
の補償問題や対応にも大きく影響すると思われます。

今回は、国内ではなくイギリスのBBCが放映したドキュメンタリーと、それに対応したジャニーズ事務側の記者
会見に着目し、ジャニー喜多川氏の性加害に焦点を当てて説明しました。

次回から、なぜ、このような性犯罪が半世紀以上も続いたのか、芸能事務所とメディアとの関係はどのようなもの
だったのか、ジャニーズ事務所は被害者にどのように補償していくのか、現在被害者としてカミングアウトしてい
ない、他のジャニーズ所属のタレントはどのように思っているのか、社会はこの件にどのように反応したのか、な
どの疑問点を検討してゆきたいと思います。


(注1)このドキュメンタリーは You Tube https://www.youtube.com/watch?v=zaTV5D3kvqE で観ることができます。
(注2)『朝日新聞』(電子版2023年9月7日 19時40分)https://www.asahi.com/articles/ASR976DHJR97UHBI026.html
(注3)この報告書は    https://saihatsuboushi.com/%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E5%A0%B1%E5%91%8A%E6%9B%B8%EF%BC%88%E5%85%AC%E8%A1%A8%E7%89%88%EF%BC%89.pdf。
(注4)You Tube https://www.youtube.com/watch?v=aEn5vvvKztw
(注5)『スポ日』(電子版 2023年9月8日)  https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2023/09/08/kiji/20230908s00041000240000c.html
(注6)PRESIDENT Online(2023/05/23 13:00)
https://president.jp/articles/-/69852
(注7)MAG2(2023.09.14)
https://www.mag2.com/p/news/584308?utm_medium=email&utm_source=mag_W000000001_fri&utm_campaign=mag_9999_0915&trflg=1





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原子炉“処理水”の海洋放出(3)ー「海は国、東電のものじゃない。国民や世界の人々のものなんだ」―

2023-09-07 08:45:05 | 原発・エネルギー問題
            原子炉“処理水”の海洋放出(3)
―「海は国、東電のものじゃない。国民や世界の人々のものなんだ」―


“処理水”の海洋放出に対する地元の漁業者や関係者の不満、もっとはっきり言えば
怒りは、ある漁業者が語った以下の言葉に尽きます。
    海は国、東電のものじゃない。国民や世界の人々のものなんだ
つまり、東電や政府はあたかも自分たちが海の利用や使用にかんして決定権をもっているようにふるまっている
が、海はすべての国民、さらに世界の全て人のものなんだ、だからこれらの人びとの理解をえないまま勝手に決
めないでくれ、といっているのです(注1)。

また別の漁業者は、海洋放出に反対しているのは、より多くの賠償をもらおうとしているからなんじゃないかと
いう一部の邪推にたいして、
    俺たちは賠償が欲しいんじゃない。福島で漁業をしたいだけなんだ
と明快に否定しています(『東京新聞』2023年8月22日)

上記二人の漁業者の言葉が、今回の海洋放出にかんする漁業者の気持ちを端的に表しています。政府が“処理水”が
安全であるということは「“科学的に”証明されている」といっても、それだけでは現地の漁業関係者を説得するこ
とは不可能です。

そこには、漁業関係者の政府・東電に対する根深い不信があるからです。

すなわち、2015年に福島県漁業協同組合連合は政府と東電に、汚染水を浄化した処理水は、漁業者や国民の理解が
ないまま放出はしないよう要求しました。

両者の間で協議した結果、政府と東電は「関係者の理解なしにいかなる(“処理水”の―筆者注)処分も行わない」
ことを「約束」し、文書を取り交わしました。

ところが政府は2021年4月、漁連側の反対にもかかわらず処理水を海洋放出する方針を一方的に決定してしまい
ました。

その後、西村康稔経済産業相は「約束を順守する」との発言を繰り返しましたが、同時に「理解の度合いを特定
の指標で判断するのは難しい」と述べ、「理解」という言葉の内容を曖昧にしてしまいました。

漁連側は海洋放出に一貫して反対の姿勢を鮮明にしていました。つまり、海洋放出に「理解」を示していないの
です。

政府の関係資料には「理解醸成」という言葉が増え、政府は「丁寧に説明する」という行為自体を重視し、今年
2023年1月に「今年春から夏ごろ」と一方的に決め、もう住民側の「理解」の有無にかかわらず、スケジュール
ありきで海洋放出に向かって進めてきました。

岸田首相は8月21日、「たとえ数十年にわたろうとも、全責任を持って対応するので、ぜひ理解を」と全国漁
業協同組合連合会坂本雅信会長との会談で求めました。

全漁連は、海洋放出には「反対であることはいささかも変わらない」と、きっぱりと反対の立場を表明しました。

そして全漁連会長は、「処理水の安全性の理解についてはすすんだが、安心はできない。約束は果たされていな
い」と、約束が反故にされていることも述べています(『東京新聞』2023年8月22日)

漁業関係者からみれば、政府と東電は自ら約束したことを公然と反故にしたことになります。これは優しく言っ
ても“約束違反”、もっときつい表現を用いれば“裏切り”あるいは“だまし討ち”と映ったことでしょう。

しかも、岸田首相の言葉には、なんら現実性をもたない無責任な「口約束」にすぎません。

岸田首相は、「たとえ数十年にわたろうとも、全責任を持って対応する」と言っていますが、岸田首相が、今後
何十年も首相の座に留まっていることは、考えられません。

それがわかっていて、どうして「全責任をもって対応する」といえるのでしょうか。

さらに言えば、文書で取り交わした約束でさえ一方的に反故にする政府の「口約束」を漁業はどうして信用でき
るでしょうか

また、政府と東電は30年後には、あるいは2051年には処理水を空にできると言っていますが、これが不可能な
ことはすでに前回書いた通りです。

ここでもう一つ重要なことは、全漁連の坂本会長が「科学的な安全と社会的な安心は異なるもので、科学的に安
全だからと言って風評被害がなくなるものでもない」と、風評被害への強い懸念を示してことです。

岸田首相としては、海洋放出の問題をなんとかしてIAEAからお墨付きをもらった「科学的な安全性」の問題
に限定していようとしたのですが、全漁連会長は、漁業関係者の生活の問題として反論しているのです。

言い換えると、岸田首相は地元の漁業者と関係者の生活は重要な関心事ではないのです(『東京新聞』(「社説」
8月23日)。

しかも、前回の記事でも述べたように、「科学的な安全性」とい言っても、それは処理水にはトリチウム以外の
放射性物質がゼロということではありません。

その「科学的根拠に基づく安全性」にしても、ALPSでは、トリチウムは取り除けませんが、62もの放射性核種
を基準値以下にすることになっていました。しかし、2018年9月、東電は、ALPSで処理した水のうち、84%が基
準を満たしていなことを明らかにしています(注2)。

薄めて健康に害があるレベルまで放射性物質を薄めたとしても、今後、何年続くかわからない長期の海洋放出は
長期的には、勝者性物質は海洋に蓄積され自然環境や、食物連鎖を通して人体に害を及ぼす可能はあるのです。

ところで、海洋放出の「理解」に関して、実に奇妙な論理のすり替え、ごまかしが行われています。

政府と西村経産相は、海洋放水に関して「一定の理解が得られた」と述べ、東電の小早川社長はその言葉を盾に
「岸田首相や西村経産相が全面に立ち、一定の理解をいただいたということで放水に至った」と語っています。

もし、上に引用した全漁連会長の「処理水の安全性の理解についてはすすんだ」という言葉をもって政府側が
「一定の理解」が得られたと主張するなら、都合の良い部分だけを切り取って、強引に放出を正当化している
事にほかなりません。漁業者はあくまでも、海洋放出に反対で、この点は少しも「理解」していません。

政府と東電には漁業関係者に対する誠実さが欠如しています。岸田首相は、海洋放出を最終的に閣僚会議で決
定する直前の8月20日になって、初めて福島を訪れて漁業関係者と会っています。

ジャーナリストの鈴木哲夫さんは「今ごろ現地に行く首相が、原発に対して思いを持っているとは思えない。
やっている感を演出しているだけだ」と指摘しています。

鈴木氏はまた、
    既成事実をつくり、地元を追い込んでいく手法だ。最後に形だけ当事者に 話を聞く姿勢は、首相に
    原発に対する確固たる政策理念がない表れで、経済産業産省が描くシナリオに乗っかっているだけ、
とも批判しています。

「丁寧な説明をする」と、そこだけは丁寧に繰り返すが、実際には丁寧な説明を尽くすことはせず、結論あり
きで強行する岸田首相の手法は一連のマイナンバー・カードの問題にも言えます。

政治ジャーナリストの泉宏さんは、『「聞く力」と言って聞いているフリをして聞き流し、勝手に物事を決め
る。今年になってますますその傾向は顕著になっている』と、手厳しい(『東京新聞』2023年8月22日)。

岸田首相が現地に赴いて、漁業者との真剣な話し合いをずっと避けてきたように、本来の当事者である東電は、
さらに姑息な動きをしています。

先に引用したように、東電は何か問題があれば、政府と経産省の陰に隠れて、「東電と政府とは一体だ」と言
い続けています。

そこには当事者としての責任感も誠実さも感じられません。東電社長の小早川氏は、2021年4月に政府が海洋
放出の方針を決定後でさえ、反対する漁業関係者に直接会って説明をしてきませんでした。

ようやく、海洋放出当日(8月24日)に始めて県漁連を訪れ「当社の決意と覚悟を伝えた」という。

放出作業を説明する午前中に記者会見では、処理水対策の責任者である東電福島第一原発廃炉推進カンパニー
の松本純一氏が登壇し、漁業者の理解を問われると、「大きな問題だから、政府が前面に立ってくださって対
応していると考える」と、東電の責任には触れず、全て政府の陰に隠れて丸投げなのです。
    
社長といい松本氏といい、東電のこの姿勢には、自分たちこそが当事者であり、責任があるという意識が完全
に欠落しています。

政府も東電も、漁業関係者の反発は無視し、政府の力で抑えて付けてもらおうという無責任な姿勢のままです。


(注1)AERA dot.(電子版) 2023/08/25/ 19:30 https://dot.asahi.com/articles/-/199667?page=1
(注2)Greenpeace (電子版 2019-07-23)
    https://www.greenpeace.org/japan/campaigns/story/2019/07/23/9618/


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原子炉“処理水”の海洋放出(2)―“処理水”は本当に安全か?―

2023-09-03 09:07:09 | 原発・エネルギー問題
原子炉“処理水”の海洋放出(2)―“処理水”は本当に安全か?―


日本政府は2021年4月13日、福島第一発電所構内のタンクに貯蔵されている”処理水”
を海洋放出する方針を決めると、IAEA事務局長がALPS処理水のレビューを実施してゆく
ことを発表しました。

ただし、実際の分析や細かな検証は、11カ国11人からか成るタスクフォースが行うこ
ととなりました。同年9月28~30日にタスクフォース第1回 が開かれ、2023年5月ま
でに12回会合が開催されました(注1)

2023年7月4日、IAEAは「包括的レビュー」(総合評価-筆者注)を公開しました。

「包括的レビュー」は、福島第一原発構内のタンクに貯蔵されている“ALPS処理水”の海
洋放出に関して、次のように総括しています(注2)。

1.IAEA包括報告書の要旨(Executive Summary)においては、以下の結論が述べられてる
(経産省の和訳による)。

 1)包括的な評価に基づき、IAEAは、ALPS処理水の海洋放出へのアプローチ、並びに東
   電、原子力規制委員会及び日本政府による関係する活動は関連する国際的な安全基準
   に整合的であると結論付けた。

 2)包括的な評価に基づき、IAEAは、東電が現在計画しているALPS処理水の海洋放出が
   人及び環境に与える放射線の影響は無視できるものと結論付けた。

2.また、IAEAは、同要旨の中で、放出前、放出中及び放出後もALPS処理水の放出に関し日
 本に関与することにコミットし、追加的レビュー及びモニタリングが継続予定であること
 は、国際社会に追加的な透明性及び安心を提供するものであると述べています。

3.日本政府は、同報告書の内容を詳細に確認した上で、透明性をもって国内外に情報発信し
 てまいります。また、今後とも、IAEAに対する必要な情報共有を継続するとともに、AL
 PS処理水の海洋放出について、国際社会の一層の理解を醸成していくことに努めます。

実際にレビューにはさらに細かな説明があるが、ここでは「要旨」の、しかも重要ポイント
だけが記載されています。

上記IAEAの「包括的レビューの2では、処理水の海洋放出は、「人及び環境委に与える
影響は無視できるもの」としている。

しかし、IAEAのレビューには、海洋放出される処理水が「安全である」とはどこにも書
いてありません。

ところが、経産省のホームページでは、IAEAA「包括的レビュー」は以下のような内容
となる、としています(注3)。

○IAEAは原子力分野について専門的な知識を持った権威ある国連の関連機関(安全基準を策定
・適用する権限を保有)であり、専門的な立場から第三者としてレビュー(検証)を実施
レビューの結果として、ALPS処理水の海洋放出は、「国際安全基準に合致」し、「人及び環
 境に対する放射線影響は無視できるほどである」といった結論が盛り込まれた包括報告書を
 本年7月4日に公表する
○IAEAは、放出前のレビューだけではなく、放出中・放出後についても長年にわたってALPS処
 理水の海洋放出の安全性確保にコミット
○グロッシーIAEA事務局長は「この包括報告書は、国際社会に対し、処理水放出についての科学
的知識を明確にした」「処理水の最後の1滴が安全に放出し終わるまでIAEAは福島にとどまる」。

上記包括的レビューに関するIAEAと日本の経産省の文言は、ほとんど同じことを言っているよう
ですが、微妙な、しかし重要な違いがあります。

経産省版の総括だけを読むと、あたかも、現状での「海洋放出は国際安全基準に合致」している
かのような印象を与えます。

しかし、上記のIAEAの「包括的レビュー」の1の1)では、国際的基準に合致していのは海洋放
出される“処理水”を始めとする放射性物質の濃度ではなく、「ALPS処理水の海洋放出へのアプロー
チ、並びに東電、原子力規制委員会及び日本政府による関係する活動は関連する国際的な安全基準
に整合的であると結論付けた」となっています。

経産相の西村氏は、処理水放出が〈国際的な安全基準に合致する〉と結論付けたIAEA報告書を「錦
の御旗」にしていますが、報告書は放出に“お墨付き”を与えたわけではありません。

実際、報告書には〈処理水の放出は日本政府による決定であり、本報告書はその勧告でも支持でも
ないことは強調しておきたい〉と、わざわざ明記されているのです(注4)。

さらに、2023年8月26日のTBS『報道特集』でのインタビューに答えて、ラファエル・マリアー
ノ・グロッシーIAEA事務局長は、IAEAとしては、海洋放出を支持も推奨もしない、とはっきり語
っています。


さらに、アメリカのスリーマイルアイランドで起こった原発の事故に関して、住民を主体として関係
者が13年間に75回も対策を議論した例を挙げ、日本でも住民を徹底的な議論を行うべきだと語っ
ています。

おそらく、日本においては住民をも含めた議論なく、政府と東電は漁業者は住民の声を無視して海洋
放出に突き進むことを危惧していたからでしょう。

なお、もう一つ、“処理水”に関しては重要な問題が隠されています。

経済省の定義によれば“処理水”とは、
ALPS(多核種除去設備(Advanced Liquid Processing System))等により、トリチウム以外の放射性
物質について安全に関する規制基準値を確実に下回るまで浄化した水。さらにALPS処理水は、その後
十分に希釈され、トリチウムを含む全ての放射性物質について安全に関する規制基準値を大幅に下回る
レベルにした上で、海洋放出されることが想定されている(注5)。

また、環境省は「「ALPS処理水」とは、東京電力福島第一原子力発電所で発生した汚染水を多核種除
去設備(ALPS)等によりトリチウム以外の放射性物質を環境放出の際の規制基準を満たすまで繰り
返し浄化処理した水のことです」と定義しています。

少し補足すると、現在、環境省は“汚染水”に含まれる放射性物質としてトリチウム(注1)のほか通常
の原子力発電からの排水ではほとんど検出されないセシウム137やストロンチウム90などの放射性物
質が含まれます。これらのうち、それぞれの核種ごとに定められた規制基準に比べて一定以上含まれる
可能性があると考えられる62核種(主要7核種とその他の核種55種類)についてはALPSにより
基準値以下になるまで海水で薄めて浄化されます。これが、一般に言う“処理水”です(注6)。

いずれにしても、APLSで処理した汚染水とは、“処理水”ではありますが、核種を全て処理した水で
はなく、トリチウムだけでなく他の核種がふくまれていても、それら一定以下の濃度に薄められている
水、という意味です。したがって正確には、”処理水”とは”処理中の水”というべきです。

なお、政府は身体への影響が比較的少ないと言われているトリチウムの数値につてだけ公表しているが、
これについて、原子力委員会で委員長代理を努めた長崎大学鈴木達治郎教授は、2023年8月26日のT
BS『報道特集』で次のように警告しています。

すなわち、ALPSは完全に放射性物質を除去できないから、“処理水”は、比較的人体への影響が小さい
トリチウム以外の放射性物質を一切含まない、純粋な“トリチウム水”とはいえない、と警告しています。
したがって、第三者(政府・東電以外)によるチェックが必要だと言います

以上を総合して考えると、東電が海洋放出する“処理水”とは、比較的人体への影響が少ないトリチウムと、
それ以外の放射性物質が、人体への影響がないところまで取り除かれ、薄められた水、という意味です。

しかも、これからは鈴木教授が言うように、第三者(つまり東電や政府以外)のチェックが必要だ、とい
う言葉には重要な意味が含まれています。

というのも、2018年8月30日から31日にかけて、東京電力福島第一原子力発電所福島第一)で溜まり
続ける「トリチウム水」の海洋放出について社会的同意を求めるための公聴会が福島県と東京都の三会場
で経済産業省(経産省)により開催されました。

その7日前に当たる8月23日に『河北新報』は、フリーランスライターの木野龍逸氏により「トリチウ
ム水」には、基準を超えるヨウ素129などの放射性核種1年に60回も含まれていたとの指摘を報じました。

また、8月27日には、木野氏により「トリチウム水と政府は呼ぶけれど実際には他の放射性物質が1年
で65回も基準超過していた」ことも報じられました。

これらの報道の影響はたいへんに大きく、30日からの公聴会は全会場、全日程で大荒れとなり、市民から
は反対の声が多勢を占める結果となりました(注7)

いずれにしても、漁業関係者には、東電と政府に対する抜きがたい不信が根付いていしまっています。

政府と東電は、今後30年で“処理水”を溜めたタンクを海洋放出によって空にする、と述べていますが、こ
れを信じる人はどれほどいるでしょうか?

なぜなら、デブリに触れた汚染水が毎日90トン発生するのです。根本的な解決はデブリの取り出しが必要
で、23年度後半に試験的な取り出し計画されましたが、ロボットを使って取り出せるのはわずか数グラム・
デブリの総量は880トンと見積もられています。しかも今のところ全量に取り出しできる工法はありませ
ん。たとえ取り出せても、そのデブリをどこに保管するかも未定です(『東京新聞』2023年8月23日)

これと同様の問題で、ALPSがトリチウム以外の放射性物資を取り除くことになっていますが、取り除い
た放射施物質をどのように保管しているのか、どこを調べてもわかりません。

以上みたように、“処理水”の海洋放出には、まだまだ多くの問題が残されています。


(注1)IAEA https://www.iaea.org/interactive/timeline/105298I
(注2)経済産業省 HP
    https://www.meti.go.jp/press/2023/07/20230704005/20230704005.html
    全文の和訳は
    https://www.iaea.org/sites/default/files/23/07/final_alps_es_japanese_for_iaea_website.pdfで見ることができます。
(注3)(経済産業省 HP 
    https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/hairo_osensui/shirou_alp s/reports/02/
(注4)この問題に関しては、『日刊ゲンダイ』電子版(2023/08/29 13:30 更新日:2023/08/29 13:30
  https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/328256)を参照。
(注5)経済産業省 HP(2023年7月4日)https://www.meti.go.jp/press/2023/07/20230704005/20230704005.html
(注6)環境省 HP(2022年3月31日)
    https://www.env.go.jp/chemi/rhm/r3kisoshiryo/r3kiso-06-03-5.html#:~:text
(注7)Hobor Business Online(2018.09.04) https://hbol.jp/174094/



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