大木昌の雑記帳

政治 経済 社会 文化 健康と医療に関する雑記帳

大阪なおみ全豪オープン優勝―成熟したアスリート―

2021-02-23 06:37:56 | 思想・文化
大阪なおみ全豪オープン優勝―成熟したアスリート―

2020年2月20日、オーストラリアのメルボルンで行われた、世界4大テニス大会(グランドスラム)
の一つ全豪オープンの決勝戦で、ジェニファー・ブレイディ(アメリカ 25歳)と対戦し2-0(6
-4、6―3)で完勝し、グランドスラム4回目の優勝を果たしました。

試合の後、大坂は相手のジェニファーへのリスペクトを込めて、
まずジェニファーおめでとう。全米オープンの準決勝で対戦して、ずっと強くなると感じていました。
その通りでした。ここ数か月でどんどん強くなっていくのを感じていました。努力の成果だと思います。

と称え、さらにブレイディのチーム、家族へ向けても「チームも、家族のようなものです。おめでとう
ございます。お母さんもあなたのことを誇りに思っているに違いありません」とメッセージを送りまし
た(注1)。

観客にたいして、「試合を見に来てくれてありがとう。とてもうれしいです。今、グランドスラムに出
られるのは本当に恵まれていること。決して当たり前ではありません」と語っています。大坂の謙虚で、
そして敗者に優しい人柄がよく表れた言葉です。

この試合の前、日本のメディアでは大坂なおみ勝利の予想が大勢を占めていましたので、結果をみれば
予想通りだったと言えます。間違いなく女子テニス界に「大坂なおみの時代」がやってきました。

私自身は、以前、少しテニスをやっただけなので論評する資格はありませんが、準決勝での、セリーナ・
ウイリアムとの闘いに注目していました。

セリーナといえば、1998年全豪オープンでグランドスラム・デビューを果たして以来、女子テニス界を
パワーで圧倒しグランドスラム23勝を達成した、まさに女子テニス界の「レジェンド」です。

しかし、そのセリーナも今や39才。体力の消耗が激しいテニスというスポーツのアスリートとして、
かつての「女王」は、体力・気力・技術の面で爆発的に向上している若きスーパー・プレイヤーの大坂
とどのような試合をするのか、興味は尽きませんでした。

なにしろ大坂にとってセリーナは子供の時からの憧れのプレーヤーで、セリーナを目指してきました。

大坂自身が試合後に語っていたように、「とてもナーバスだったし、怯えてもいた」と語り、大坂も恐
れを隠そうとはしませんでした。

結果からみると大坂の2-0(6-3、6-4)でストレート勝ちでしたが、試合の立ち上がりの大坂
は、明らかに「恐れ」が表に出ていました。

しかし、試合が進むにつれて、そうした感情も克服されて完勝となりました。ここに私は、大坂のメン
タルな強さと成長を感じました。

試合後、コートの中央でセリーナは肩を抱いて大坂の勝利を祝福し、それに対して大坂は、「いつまで
もずっとプレーを続けて・・・」と言ったそうです。

衰えを認めざるを得なくなった往年の「女王」が、日の出の勢いの若きヒロインを涙ながらに称えるこ
のシーンは、まさに感動的なドラマでした。

セリーナは試合後の記者会見では、記者の質問を遮って「もう終わりにして・・・」と涙をぬぐいつつ
席を立って消えてゆく姿が、なんとも言えない寂しさをたたえていました(注2)。

しかし、これはアスリートにとって、いつか必ず訪れる宿命でもあります。大阪なおみにも、“その時”
は必ずきます。

一方、大坂の心中はとても複雑だったと思います。というのも、畏敬の念さえ抱いていた憧れのスーパ
ー・スター、セリーナを破ってしまったことに、大坂自身の心にも一抹の寂しさと、ちょっぴり申し訳
なさがあったのではないでしょうか。

セリーナに勝って喜びを爆発させることもなく、大坂は静かに歩み寄って「いつまでもプレーを続けて
・・」と言ったその言葉に万感の思いを込めていたと想像します。

もちろん、これは私の個人的な感傷にすぎないかもしれません。

ところで、私は、今回の大坂の優勝には、彼女を支えた「チームなおみ」の貢献が非常に大きかったと
思いますし、彼女もチームへの感謝を述べています。

現代のスポーツは、選手が単独で闘うというより、チーム全体で闘うという性格が強く、大坂の場合に
も「チームなおみ」のウィム・フィセッテコーチ、中村豊フィジカルトレーナー、茂木奈津子ケアトレ
ーナーが彼女を支えてきました。

ウィム・コーチは、対戦相手の過去のプレーを徹底的にデータ分析し、弱点と強みを大坂に伝えていた
ので、映像をみるとその効果がはっきり出ていました。中村トレーナーが体力と体幹を鍛えた効果で、
大坂は体制を崩されながらもしっかり打ち返すことができていました。

そして、以前なら、失敗するとラケットをコートに叩きつけたり、泣いたり精神的なイライラを隠しま
せんでした。しかし決勝戦をみていると、ピンチになっても落ち着いていて、メンタルの安定がはっき
りみられました。これには茂木ケアトレーナーの心理面でのサポートがあったからだと思われます。

大坂自身は、コロナ禍で隔離生活は、自分を見つめなおすいい機会であった、と語っていますが、ここ
らあたりにも彼女の成長が見られます。

さて、女子テニス界はしばらく大坂なおみを中心に回ってゆくと思いますが、私はアスリートとしての
大坂なおみの評価とは別に、「人間大坂なおみ」を深く尊敬しています。

昨年5月、黒人のジョージ・フロイド氏が白人警察官に殺され、これをきっかけにアメリカのみならず
世界で人種差別反対の声が上がりました。いわゆる「黒人の命も大切」(Black Lives Matter)運動です。

大坂は、8月27日に予定されていた、全米オープンテニスの前哨戦「ウェスタン&サザン・オープン」
の準決勝への出場を、黒人差別への抗議活動の一環として辞退する、と発表しました。

大会側は大坂なおみの発言を受けて、ただちに27日の全試合の延期を決定し、ウェスタン&サザン・オ
ープンの運営サイドも「スポーツとしてのテニスは、米国で再び表面化している人種差別や社会的不公
平に、一丸となって取り組みます」と、大坂と同じく黒人差別への抗議を目的とした判断をしました。

そして、大坂はWTA(女子テニス協会)とUSTA(全米テニス協会)と協議をした結果、プレーするこ
とを決めました。

大坂は言います。「黒人女性として、テニスをしているよりも重要な事柄があるように感じます」「大
多数の白人スポーツの中で会話を始めることができれば、正しい方向への一歩だと思います」と(注3)。

つまり、自分は「黒人女性として」テニスをしてきたが、それよりも重要な問題があると感じている。
白人によって支配されてきたスポーツ界が、今回の問題をきっかけに議論を深めてゆくことができれば、
それで本来あるべき方向に進んで行けるだろう、と語っているのです。

たった一人の23才の若者が、アメリカの女子テニス協会と全米テニス協会を動かした、という事は、
とても重要な「事件」だと思います。自分の23才の時を思うと、とうていこのような行動はとれなか
ったと思います。

彼女は、こうも言っています。「『人種差別主義者ではない』だけでは不十分だ。反人種差別主義者で
なくてはならない」、と。

“私は、人種差別主義者ではありませんよ”、といいながら、実際に人種差別に対して抗議や行動を起こ
さないのは、事態を変える力にはならない。はっきりと反人種主義者として行動を起こすべきだと言っ
ているのです(注4)。

大坂なおみは、「私はアスリートである前に黒人女性」である、と公言し、抗議の意思表示として9月
の全米オープンでは、白人によって殺された7名の黒人被害者の名前が書きこまれたマスクを毎回取り
換えて試合に臨んだことは記憶に新しいところです。

大坂は、人種だけでなく、性差別にも反対しています。このため、日本で森オリパラ組織委員会会長が、
女性蔑視と受け取られる、女性がいると会議が長くなる・・・などの発言に対しても、これを女性差別
として反発し、
    いいことではない、彼のような立場にあるならば、話す前に(影響を)考えるべきで、すこし
    無知な発言だったと思う。
と、何の忖度もなく、担当直入に批判しています(5)。

土橋強化本部長は、「真のトップアスリートになる選手は人間の大きさが自然とでる。そこが彼女の魅
力」と言っていますが、私も全く同感です(『東京新聞』2021年2月22日)。

最後に、私が特に感銘を受けた、大坂なおみが昨年12月20日のニューヨークタイムス紙に寄稿した
言葉を引用します。少し長くなりますが、とても重要なことを言っています。

    アスリートよ声を上げよう
    ミュージシャンや俳優、ビジネス界の大物など著名人は最新のニュースに意見を主張すること
    を求められるのに対し、もし、アスリートが同じことをすると批判を浴びることがあります。
    ボールを打て。ショットを決めろ。黙って球をついて(打って?)いろ、と。
    現在はSNSが発達し、アスリートは発信力をもっています。
    私たちアスリートには「声を上げる責任」があります。
    私は黙って球をつき続ける気はありません(注6)。


                 注
(注1)THE ANSER (2021.02.20)https://the-ans.jp/news/146863/
(注2)Web Sportiva(2022.2.19) https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/otherballgame/tennis/
    2021/02/19/post_7/ セリーナ
(注3)Yahoo ニュース 2020/8/27(木) 13:57配信 The Digest(2020/8/27(木) 13:57配信
    https://news.yahoo.co.jp/articles/561bd04bb3200c39ebb47682d0b3d46bf195de8c
(注4)BBC NEWS Japan (2020年7月5日)https://www.bbc.com/japanese/53288847
(注5)『毎日新聞』デジタル(2021年2月6日 最終更新 2/6 17:17)
(注6)TBSテレビ 『ひるおび』(2021年2月22日放送)。この放送の訳では、「ついていろ」
    という部分が少々分かりにくい。他の訳では、ここは、NBAレーカーズのレブロン・ジェー
    ムズが政権批判した際にニュースキャスターから「黙ってドリブルしていろ」と言われた件
    に触れ「私たちには声を上げるという大きな責任がある。黙ってドリブルなんてしない」と
    発信を続ける決意を示したという部分に相当していると思われる。いずれにしても、大坂の
    発言の趣旨は、アスリートはもっと声を上げよう、という点にあることが重要。

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大坂の方を抱いて勝利を祝うセリーナ                                        優勝カップを手にして微笑む大坂

Web Sportiva 2021.2.19 16:55                                             NHK WEB 2021年2月21日 0時56分
https://article.auone.jp/detail/1/6/12/21_12_r_20210219_1613722781754314?rf=tbl

写真2



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飽食の背後で進行する食料危機(2)―温暖化・水不足、そして解決策は?―

2021-02-16 19:30:49 | 食と農
飽食の背後で進行する食料危機(2)
―温暖化・水不足、そして解決策は?―

前回は、世界には飽食、特に肉の飽食が存在する一方、深刻な食料危機に直面している
地域や人々がいることを、NHKスペシャル「飽食の悪夢」(2021年2月7日放送)を
紹介しつつ、いくつかの観点から検討しました。ざっとおさらいしておきましょう。

食料危機をもたらす一つの要因は、日本を含む先進諸国における飽食です。そして、そ
の飽食は、一方でたんにたくさん食べるだけでなく、大量の食料を廃棄していることに
も大きな問題があります。日本で廃棄される食料だけで世界の食糧支援量の1・5倍に
もなりり、2億人に人々の飢餓を救えます。

さらに、過剰な肉食も世界的に食料危機をもたらす要因となっています。というのも、
肉1キロを生産するには6~20キロの穀物飼料が必要だからです。

実際、世界の穀物生産の3分の1は、人間が食べるのではなく、家畜の飼料なのです。
その分を食料不足に悩む人々に分けるだけで、世界の食料不足はかなり緩和されます。

飽食がもたらす食料危機を、今回は温暖化と、農業に必要な水資源の枯渇という観点
から考えてみましょう。

農業にとって水と太陽の日照と温度は、絶対に欠かすことができない要素です。

日本は、1年を通して、ほぼまんべんなく雨がふり、川には水が流れているので、農
業用水が不足する、というのは想像しにくいかもしれません。

しかし、日本でも少し雨の降り方が少ないとたちまち農作物の生育に影響します。私
自身、ここ10年ほど、小規模ながら農業をやってきました。その経験からすると、
数年に一度は、雨が降って欲しい時(たとえば梅雨)に雨が降らなかったり、夏の間
の渇水のため作物の成長が止まったり、枯れてしまう場合がありました。

それでも日本は、まだ水資源に恵まれていますが、世界を見渡すとむしろ特別に恵ま
れている国かもしれません。

日本にとっても水不足は間接的にも大きな問題を抱えています。というのも、日本は
家畜飼料(トウモロコシや大豆)を海外からの輸入に頼っていますが、主な輸入先で
あるアメリカの中西部その他の地域で深刻な問題が進行しているからです。

たとえば、前回も紹介したカンサス州では、トウモロコシをはじめ飼料穀物を、地下
から汲み上げた地下水を強大なスプリンクラーを廻転させながら、円形の圃場で栽培
します。

これはとても奇妙な光景で、私もアメリカ中西部の上空を飛行機で飛んだことがあり
ましたが、通常の畑のイメージはなく、眼下には円形の緑の畑が点在していました。

しかし、カンザス州の穀倉地帯では、50年ほど前には40メートルほどの深さから
水をくみ上げることができたのに、現在では100メートルまで井戸を掘らないと水
が得られなくなっているのです。つまり60センチも水位が下がってしまったのです。

この地でトウモロコシを栽培している農家の方の話では、あと10年で地下の帯水層
の水は涸れてしまうだろうということです。

アメリカの中央部も、オーストラリアの大部分も、雨水が地下に溜まって帯水層を形
成するのではなく、古代に出来た地下の大帯水層から水を汲みあげています。

しかし、この水は補充がないので、使い切ったらそれで終わりです。そのことは誰も
分かってはいますが、目前の収穫を得るために、汲み上げ続けているのが実情です。

世界の水の使用の7割が農作物の生産に使用されています。一つの作物または食物を
作るためにどれほど水を使うかを、“バーチャル・ウォーター”(仮想水使用量)とい
います。いくつかの例を挙げておきます。

トマト1個は53.5リッター、パン500グラムは804リッター、チーズ200
グラムは635.6リッター、 コーヒー1杯は132リッター、という具合です。

先に、牛肉は1kgを生産するのに6~20kgの穀物が必要であることを指摘しておき
ましたが、それに必要な水は15,415リットル(実にお風呂77杯分以上)必要です。

南アフリカの場合、ワイン1本作るに650.2リットル必要ですが、この量はスラ
ムの人たちの2週間分の水(1日バケツ2杯)に相当します。

食料生産と必要な水の量を考えると、これは日本にとっても非常に重要な問題である
ことが分かります。

つまり、日本の食物自給率は、カロリーベースで38%しかありません。そこで、輸
入食糧を水に換算すると、80兆リットルにもなるのです。

日本は、食物という形では62%を輸入している計算ですが、輸入食料には、たとえ
ば肉類は45%、牛乳および乳製品は37%自給していることになっていますが、牛
を飼うための飼料はほぼ輸入なので、これを自給と言っていいかどうか疑問です。

これまで水の問題は特定の国の特定の地域の、いわばローカルなものであるとみなさ
れてきました。

しかし自由貿易の拡大で食料が世界的規模で取引される今日、その背後では膨大な水
が世界中で消費されていることに注目しなければなりません。

したがって、私たちは世界的な視点で水の枯渇を心配しなければならなくなっている
のです。

こうした状況の中で、途上国では食料を輸入する現金を手に入れるために、モノカル
チャー(単一作物栽培)への傾斜を強めています(ウガンダのコーヒーなど)。

そのために追い出された小規模農民は森林を焼いて耕地を確保しようとします。こう
した行為そのものが土地の保水力を失わせて乾燥化を進め、水不足と温暖化をもたら
す、という悪循環を生んでいます。

それでは一体、どうしたら世界の食料危機を回避することができるのでしょうか?

「世界資源研究所」のクレイグ・アリソン副代表は以下の4つを挙げます。

①既存の農地で持続可能な方法で生産性を高める。
②既存の食糧システムは森林破壊の最大の原因となっているため生態系や熱帯雨林を
 守ってゆく必要がある。
③食糧需要を減らすために食品ロスや廃棄物を減らし食生活を変える。
④劣化した農地を回復し、自然も取り戻す。
     
これらのうち①と④とは密接に関連しています。すなわち、農薬や化学肥料の大量使
用は土地の荒廃をもたらし、それは次に大規模な砂嵐や表土の飛散をもたらして農地
はさらにダメージを受けます。このような方法は、持続可能な農業とはいえません。

②の森林破壊は地球温暖化をもたらします。たとえば昨年かにアフリカで発生したバ
ッタによる被害は温暖化が原因と考えられています。

これとは別に、イギリスの環境経済学の専門家がまとめた「フード・システム・ショ
ック」という報告書を発表しています。これは、危機の連鎖という観点から、これか
らの食糧問題をシュミレーションし、その解決策を提案しています。

それによると、まず、危機の連鎖ですが、温暖化が進むと数か国の穀倉地帯が同時に
不作となる。すると、食糧不安が世界に広がり、各国に輸出停止が連鎖する。輸出停
止と価格の高騰が発生し、食料不足国に講義行動や暴動につながる。それはさらに隣
国を巻き込んで地域的な崩壊に導く、と危機の連鎖を描いています。

脆弱化している世界の食供給システムのなかで、10%から15%食料が失われるだ
けで、現在よりはるかに大きな社会的混乱を引き起こす恐れがあります。

日本はお金さえ出せば、食料はいくらでも買える、と思っていると、ある日突然、食
料不足に直面するかもしれません。あるいは日本が買い占めてしまえば、今でもその
傾向はありますが貧困国は食料を買えず飢えに直面するでしょう。

それでは、この食料危機を回避するためにはどのようにすればいいのでしょうか?

食料問題解決のために立ち上げられた国際会議「EAT」が第一に推奨しているのは、
「プラネタリー・ダイエットへの転換です。これは、あまり聞きなれない言葉です
が、つまり植物食物への食生活への転換です。

具体的には、牛や豚肉については先進国で週98g 鶏肉は203gに減らすべきだと提
案しています。

これを実現するには、先進国は肉を8割、日本は7割減らす必要があります。

すでに書いてきたように、肉の生産には膨大は飼料穀物が必要ですが、その穀物を貧
困国にまわすことで、貧困国の食料不足はかなり緩和されます。

こうした食生活の転換に付随して得られるメリットとして、肉を大幅に減らす(大豆
など)ことで水の使用量は87%マイナス、温室ガスは89%マイナスとなる、つま
り水資源を節約し、温暖化を和らげることができることです。

映像で紹介された、「バーガー・キング」の大豆で作った、人工肉のハンバーガーを
食べてみましたが、触感も味も、まったく肉と変わりませんでした。

EATは、農業においては不耕起で下草を刈らない方法を推奨しています。これにより
土の保水力を確保することができるし、余分な水を使わなくてすみます。

今回引用したテレビ番組では最後に、売れない食糧を回収するアメリカの大学生グル
ープが紹介されています。このグループは全国に会員700人を擁し、廃棄する前の
情報があれば近くの人が取りに行きます。こうして、これまで1万1600トン、全
米の7%を回収し、貧困者に配布しています。

このような活動は日本でも是非、推進していってほしい活動です。
 

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飽食の背後で進行する食料危機(1)―食料資源の偏在・肉の生産と消費・食品ロス―

2021-02-09 16:29:19 | 食と農
 飽食の背後で進行する食料危機(1)
―食料資源の偏在・肉の生産と消費・食品ロス―

令和の日本に住んでいる私たちには、食料危機(食料不足、飢餓)と言われても自分とは
関係ない、どこか遠いよその国か、ずっと先の話のようにしか響かないかもしれません。

しかし、災害などが起こると、ほとんどパニック状態になってスーパーに押し寄せ、たち
まち米や主食になるような食品が消えてしまいます。

こうした光景を見ると、心の奥底には、食べ物がなくなる恐怖を抱えていることは間違い
ありませんし、今は食料危機とは無関係だと思っている国でも、その危険性はそれほど遠
くない将来、起こり得るのです。

そこで、日本と世界で起こっている食料危機の実態と解決策について2回にわたって考え
てみたいと思います。

人々の目が、猛威を振るっている新型コロナウイルスに向けられている今、実は世界では
温暖化、環境破壊(汚染)、食料不足や飢餓などさまざまな分野で緊急事態が進行してい
るのです。

しかも専門家は、それらの緊急事態は2030年までに策を講じなければ手遅れになる、
と警告しています。

というのも、この背景には環境の悪化が加速度的に進行していること、2050年には世
界の人口は100億人に達してしまうと推定され、そのときになってあわてて対策を立て
ても間に合わないからです。

こうした状況を考えると、NHKスペシャルが「シリーズ2030未来への分岐点」と題し
て、いくつかのテーマを取り上げているのは、実にタイムリーだと思います。

第一回は、温暖化と脱炭素社会の問題でした。今回は、その第二回の「飽食の悪夢―水・
食料クライシス」(2021年2月7日放送)を紹介したいと思います。

2050年には100億人に達するとみられています。今のままで進むと、世界の多くの
地域で食糧不足、というより飢餓パンデミックが発生するのではないかと危惧されていま
す。

事実、2020年の現在、世界の人口は現在77億人のうち、すでに8億人の人が飢餓状
態にあると考えられています。

国連・世界食糧計画(WPF)は、2030年までに、飢餓をゼロにする目標をたてており、
事務局長のデイビット・ビーズリー氏は、今、改革に着手しなければ飢餓の拡大が社会の
不安化や暴動を招き大量の難民が発生することを警告しています。

社会不安についていえば、飢えと社会とは密接につながっているからだ、というビーズリ
ー氏のコメントはその通りですが、私が本当に心配するのは社会不安や難民の発生もさる
ことながら、飢餓によって人びとの命を奪われることです。

ここで重要なことは、なぜ、2030年を分岐点とするのか、という点です。

さまざまな指標は、食料問題だけでなく、温暖化、環境破壊が急速に進行していて、10
年以内に解決への確かな方策を講じておかないと、人口が100億人に達する2050年
では手遅れになり、大げさに言えば世界の“崩壊”に至ってしまうことをしめしています。

番組の趣旨は、手遅れにならないための準備期間はあと10年しかない緊急の課題なのだ、
という点です。

私自身は、世界はすでに危機的な状況に差しかかっていて、今すぐにでも準備に着手すべ
きだと思います。というのも、飢餓人口はすでに6年前から増え続けているからです。

以上を念頭に置いて、まず、現在の世界の食糧事情を大雑把にみておきましょう。

現在、世界の人口は77億人で、穀物生産量は26.7億トン、1人当たり1日2348
キロカロリーとなりますから、計算上は世界の人が十分な食料生産があります。

しかし、この内容をくわしく見ると、決して楽観はできません。そこには大きく五つの問
題があります。

第一は、食料資源の供給が偏在していて、国や地域によって非常に大きな違いがあること
です。第二は、これと密接に関係しているのですが、生産された食料の消費構造の問題で
す。第三は、食料ロス(フードロス、食品廃棄)、第四は、農業に必要な水不足の問題、
第五は農地の荒廃です。これらに加えて、予測が難しい気候変動(温暖化)が食料生産に
与える影響です。

実際には、これらの問題は、直接間接に関連していて、最終的には現在の食料生産が持続
可能かどうか、という点に集約できます。

まず、第一の問題の背景には一方で食料を輸出し飽食を謳歌している国や地域がある反面、
すでに食料が足りず飢餓を抱えている国があります。

もちろん、食料の供給はそれぞれの国の農地の広さや気候条件によっても異なります。そ
れを考慮しても、食料の生産と供給はあまりにも偏在しています。

世界の食料輸出の80%は20か国ほどが独占していて、トウモロコシの場合などは75
%が5か国で独占されています。

たとえ、自国の食糧生産が十分でなくても、他の経済活動によって外部から輸入すること
ができる国もあります。日本などはその一つです。

現在食料問題を抱えていない日本やアメリカで行われている“大食い競争”“早食い競争”や、
そこに登場する“フードファイター”なる人々の映像をみていると、ばかばかしさを通り越
して気分が悪くなります。これは、もはや貧富の格差の問題を超えて、人間として頽廃の
域に達しています。

第二の問題、生産された食料の消費(使用)構造は、気づきにくいかもしれませんが重要
な問題を含んでいます。

その根底にある一つの問題は肉の消費に関係しています。世界最大の肉の生産・消費と輸
出国であるアメリカの実態を見てみましょう。

アメリカの中央部に位置するカンザス州は群を抜いて牧畜(特に牛)産業が盛んな州であ
り、そこには650万頭の牛が飼育されています。問題は、それに必要なエサ(穀物)は、
280万トンに達していることです。

牛肉の生産は、食物連鎖からみると、非常に効率が悪く無駄が多い。1キロの牛肉を生産
するために6~20キログラムの穀物が必要です。

これはアメリカだけでなく、飼料穀物で家畜を飼育している世界の畜産業すべてに言える
ことです。こうして、世界で生産される穀物の3分の1は、食料としてではなく、家畜の
エサとして消費されているのです。

もし、家畜のエサのために使われている土地、肥料も労力を他の食料生産に向けられたら、
飢餓の問題もずいぶん緩和されるでしょう。

日本の肉の自給率は35パーセントほどですが、その実態は、やはりほとんどは輸入穀物
(トウモロコシや大豆)が飼料として使われています。したがって「国産肉」も、元をた
だせば輸入穀物が肉という形に姿を変えただけなのです。

しかも、畜産業と穀物飼料の問題は農業用の水不足とも深く関係していますが、これにつ
いては次回にもう一度検討します。

どうしても肉をたくさん食べたいという「飽食」の構造が変えられなければ、世界の食糧
問題の解決は非常に難しくなります。

したがって国連が、飢餓を救う方法の一つとして肉食の制限を挙げているのも頷けます。

次に、第三のフードロス(食べられる食料を廃棄すること)についてみてみましょう。

日本は現在、年間で612万トンの食べ物を廃棄しています。これは世界が食料支援して
いる量の1.5倍に相当します。そして、この廃棄された食料で2億人の飢餓が救われる
のです。

考えてみれば、日本の食料自給率はカロリーベースで38パーセントしかないのに、これだ
けの無駄をしているのです。本当に、日本と日本人は何をやっているんでしょうか。こんな
ことが、これからも許されるはずはありません。

たとえばコンビニでは24時間、食べ物が売られており、売れ残ったものは廃棄されますが、
他方で、その分の食べ物を作り続けています。

世界に貧富の格差があるように、日本においても、母親は1日1食しか食べられず、子ども
にも十分な食事を与えられない一人親の家庭はたくさんあるし、失業者もたくさんいます。

世界全体では13億トンという、途方もない量の食べ物が毎年廃棄されています。この一部
だけでも飢餓に苦しむ人々に与えられたら、どれほどの人が救われるでしょうか。

この廃棄には、価格の下落を防ぐために処分される膨大な量の食料が含まれます。

以上みたように、食料危機というのは、すべての国に等しく訪れるのではなく、食料資源の
偏在と同様、国によって大きな違いがあります。

次回は、豊な国といえどもそれほど安閑とはしていられない事情を、水と環境変化に焦点を
当てて明らかにし、合わせて、それでは具体的にどのように準備すべきかを検討します。

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『東京新聞』2020.7.18 やはり「Go To」はウイルスを連れきます。                『東京新聞』2021.2.3


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バイデン大統領の就任演説(2)―アメリカの「偉大な国の物語」―

2021-02-02 22:10:41 | 国際問題
バイデン大統領の就任演説(2)
―アメリカの「偉大な国の物語」―

バイデン新大統領が、就任に際して訴えたかったことは、大きく4つあったと思います。

一つは、 新型コロナウイルス禍をいかに封じ込めるのかという課題です。これに対しては、
新型コロナウイルスの最も過酷で致命的な期間に入ろうとしている。政争を脇に置き、
  最終的には一つの国として、この大流行に立ち向かわなければならない、一つの国とし
  て。
と語りかけ、団結をもってコロナと闘うことを呼びかけています。

二つは、大統領選挙で噴出したトランプ支持者とバイデン支持者との間に生じた国内の分断を、
いかにして埋めて団結を取り戻すのかという課題です。

これは国内政治的には最も深刻で緊急の課題です。前回書いたように、彼は、トランプ支持者
に向かっても繰り返し「団結」(unity)という言葉を発します。

もっとも、分断はトランプ支持者とバイデン支持者という面だけではなく、その背後には人種
の壁(とくに白人至上主義と黒人差別)、絶望的にまで拡大してしまった貧富の格差、宗教な
どさまざまなグループ間の癒しがたい分断がアメリカ社会を深く、鋭く切り裂いています。

三つは、国際社会への復帰です。よく知られているように、トランプ前大統領は「アメリカ・
ファースト」(アメリカ第一)を掲げて、国際社会から撤退しました。重要なものだけでも、
気候変動枠組条約締約国会議(通称「パリ協定」)、WHO(世界保健機関)、ユネスコ、イ
ラン核合意、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)などがあります。

他方、トランプ前大統領は、中国との対立をことさら強調し、新型コロナウイルスを「中国ウ
イルス(China virus)と命名し、他方で中国に貿易戦争を仕掛けました。

これは、明らかに選挙戦において票を獲得するためのパフォーマンスでした。

また、イランに対しては、ヨーロッパの主要国とアメリカのオバマ政権が推進してきたイラン
核合意から抜けて対イラン攻撃をほのめかしつつ経済制裁を続けています。

バイデン氏は当選確定前から、トランプ大統領によって脱会していた国際的な枠組みに復帰す
ることを宣言していました。就任のスピーチでも、国際関係の修復を訴えています。

事実、就任の数日のうち、パリ協定とWHO復帰への大統領令に署名しています、そしてイラ
ン核合意への対話に再び加わることによって中東に緊張と不安定を取り除こうとしています。

四つ目は、「偉大な国の物語」を示すことです。私は、一国のリーダーの重要な役割の一つ
は、「国の物語」を国民に示すことだと思っています。

この点は意外と見落とされがちですが、私は、この就任演説の中で、最も重要なテーマだと思
っています。

「国の物語」とは、自分たちはどんな国を目指すのかという、理想的な姿です。国民が「国の
物語」を共有することで、初めて国としてのまとまりを確立することができます。

バイデン新大統領はどのように語りかけたでしょうか。少し長くなりますが、引用します。ま
ず、アメリカの現状を次のように語ります。

    皆さん、今は試練の時だ。民主主義と真実への攻撃に直面している。猛威を振るうウ
    イルス、拡大する不平等、構造的な人種差別、危機に陥る気候、世界における米国の
    役割。この一つでも我々には深刻な挑戦だ。

    この状況に立ち向かうかどうかが問題だ。まれにみる困難な時代に打ち勝てるのか。
    義務を果たし、より良き新たな世界を子供たちに引き継げるのか。‥(中略)われわ
    れはできるはずだ。合衆国の歴史に次の偉大な章を書くのだ。

    この偉大な国の物語に、われわれの努力と祈りを加えよう。そうすれば、人生が終わ
    る時、最善を尽くし、義務を果たし、破壊された国土に癒しをもたらしたと子孫が言
    ってくれるだろう。

アメリカは内部に深刻な問題を抱え試練の時を迎えているが、各人が最善をつくせば子孫に賞
賛されるだろう。そして、子孫に賞賛されるような遺産を築いてゆこう、と呼びかけています。

では、具体的にバイデン大統領はどのような「物語」を提示したのでしょうか。彼は次のよう
に語ります。

    恐れや分断、暗闇ではなく、希望や団結、光の物語を書こう。良識、尊厳、愛、癒し、
    偉大さ、そして美徳の物語だ。私たちを導く物語でありますように。私たちを鼓舞し、
    来るべき世代に歴史の求めに応じたと伝える物語だ。
    民主主義と希望、真実と正義が死なず、力を増した瞬間に立ち会った米国が自由を守
    り、世界を導く光として再び立ち上がった瞬間だ。それは祖先や同時代の人々、そし
    て次世代への義務でもある。

そのために、バイデン大統領は、
    約束しよう。本音を言おう。私は憲法を守る。米国を守る。民主主義を守る。米国を
    守る。全国民に私の全てをささげる。権力でも個人的利益でもなく可能性や公共の利
    益を考える。
との決意を述べます。

確かに、大統領の語る「偉大な物語」として「良識、尊厳、愛、癒し、偉大さ、そして美徳の
物語だ」「希望や団結、光の物語を書こう」、「民主主義と希望、真実と正義」という言葉は、
抽象的で、はたして「国の偉大な物語」と言えるかどうか疑問がないわけではありません。

しかし、最近のアメリカの状況を考えると、「物語」を構成するこれら一つ一つの言葉の背後
には具体的な問題があったことをアメリカの国民は読み取っていたと思います。

トランプ政権時代、真実と正義が損なわれ、良識や尊厳、そして愛と癒しが失われたと感じて
いた国民は多かったはずです。

国のリーダーが新たに就任する時には、どのような国を目指すのかという「国家像」と「物語」
を国民に示す必要があります。

その際、今回のバイデン大統領が「物語」という言葉で表現したのは素晴らしいアイディアだ
ったと思います。この「物語」は「哲学」とも言えます。


私たちが将来に希望を持つためには、目指すべき「物語」が不可欠だからですし、国のリーダ
ーは哲学が必要です。

個人の場合も、個人としての「物語」がなければその場限りの「明日なき人生」となってしま
うと同様、国民が希望を託する「物語」をもたなければ、それは希望のない国です。

極端に言えば、個人であれ国家であれ、「物語」こそが、行く先を指し示してくれる羅針盤で
あり、個人と国家の本体そのものなのです。

今回、バイデン大統領の就任演説を観ていて、羨ましさを感じました。

しかし私は、アメリカという大国の大統領の言葉だから評価しているわけではありません。た
とえば、中米の小国、ウルグアイのムヒカ大統領は「世界で一番貧しい大統領」として知られ
ています。

2012年にリオで開催された「地球サミット」で行ったスピーチは多くの言語に訳され本も出版
されています。

そのスピーチで彼は「貧乏な人とは、少ししか物を持っていない人ではなく、無限の欲があり、
いくらあっても満足しない人のことだ」(注1)、というようなことを静かに語ります。

彼の言葉に世界が耳を傾けるのは、そこに普遍性と「哲学」があり、人びとの心を動かすから
です。

バイデン大統領の就任式の映像を見終わって私が思ったのは、やはり日本のことでした。

さて、日本にはどんな「物語」があるのでしょうか、そして新なリーダーとして菅義偉氏が首
相に就任した時、彼はどんな哲学でどんな「物語」を語ったのでしょうか、そしてどんな国家
像を語ったのでしょうか?

私の記憶にあるのは、「自助・共助・公助」に基づく国家、という言葉くらいです。

これまでのコロナ禍への政府の対応にみられるように、問題が発生すると、長期的な展望がな
く、その場その場であたふたと対応することに終始しています。

そして、日本が羅針盤なき船のように「漂流船」にならないことを祈るばかりです。


(注1)https://logmi.jp/business/articles/9911

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