監視社会への恐怖―池袋ホテル殺人事件にみる―
2022年1月21日、池袋のラブホテルで、82才の男性がホテルで殺害されました。テレビなど
の第一報では、殺したのは20代の女性で、胸や太ももカッターナイフで刺し殺した、というこ
とでした。
私は、とっさに事件の構図が理解できませんでした。
まず、なぜ、82歳の男性が、この男性の年齢と、ラブホテルという組み合わせがあまりにも異
様でした。
この女性は、それほどお金をもっているとも思えない老人をどのようにしてホテルに誘い、殺人
を犯してまで金品を奪おうとしたのか?
そして、事件の詳細が分るにつれて、この事件は単なる殺人事件というだけではなく、日本社会
が抱え込んだ深い「闇」の部分が図らずも明らかになりました。
まず、殺されたのは、さいたま市南区に住む今野勝蔵さん(82才)、東北の豪雪地帯出身で1人
暮らsiでした。今野さんには身寄りもなく、遺体の確認は昔の職場の関係者がおこなったという。
『文春オンライン』の表現を借りると今野さんは「身寄りのない孤独老人」だったそうです。
そして、今野さんは池袋のホテル街でよく姿を見かける“有名人”だったという。
そんな今野さんは、若い女性に声を掛けられ、思わず、口車に乗ってホテルに入ってしまったと
したら、ちょっと悲し過ぎます。
他方、殺人の疑いで逮捕された女性は職業不詳の藤井遥容疑者(24)。藤井容疑者は、新宿の路
上で見つけた今野さんに言葉巧みに声をかけ、ホテルに誘って、金品を奪い、そして殺した。
藤井容疑者は今野さん殺害後、池袋駅付近で、藤井容疑者の元恋人である小林優介容疑者(29)
と弟の翔太容疑者(25)と合流し、新宿の歌舞伎町にむかった。その後、池袋の現場に引き返し、
規制線の外から捜査の様子を伺ったようです。
その後は再び歌舞伎町に引き返し、カラオケ店にはいった。事件後にもかかわらず、藤井容疑者
もカラオケで歌を歌っています。カラオケが終わった後、ネットカフェに移動し、一晩を過ごし
た3人は、翌朝電車でJR西八王子駅に向かい、改札を出て別れたところをそれぞれ警察にスピ
ード逮捕、となりました。
小林兄弟の容疑は、藤井容疑者の逃亡を手助けしたというものでした。
この事件にはさらに、おどろおどろしい背景がありました。
藤井容疑者は、いわゆる「パパ活」の常習者でした。「パパ活」とは年上の男性と一緒に時間を
すごすことで、金銭的な報酬を得る行為のことで、性的関係が伴う場合も伴わない場合もありま
す(注1)。
藤井容疑者は広島県出身で、軽度の知的障害があり、障害者手帳も所持していました。小林兄弟
がネットの出会い系サイトで女性を演じて客を探し、藤井容疑者に売春をさせていたようです。
藤井容疑者は小林兄弟の言いなりで、「パパ活」や売春で得たお金を小林兄弟に貢いでいました。
弟の翔太容疑者は西八王子駅付近の小さなマンションに住み、病弱な母親との暮らし、アルバイ
トと生活保護を受けながら母親の面倒をみていました。そして、兄の優介容疑者や藤井容疑者も
このマンションに出入りしていました(注2)。
こうした背景をみると、殺された今野さんにしても、孤独な老後の寂しさが伝わってきます。
また、藤井容疑者にしても、小林兄弟にしても、日本社会からこぼれ落ちて闇の部分を生きてい
る人たちです。そのことが、この事件を一層、暗くやるせないものにしています。
しかし、これらの事情とは別に、私は、今回の逮捕劇に関して、心底、恐ろしくなる思いをしま
した。
それは、なぜ、これだけ早く容疑者が逮捕できたのか、ということです。それは、昨年より取り
付けが強化された防犯カメラでの追跡だったのです。
一方で、監視カメラのおかげで容疑者がスピート逮捕されたことで、“良かった”と思う反面、な
ぜ
こんなに早く逮捕できたのは不気味でもあります。
まず、事件が起こる前に、藤井被告が新宿で男性と話している様子が映っていますが防犯カメラ
に映っています。
警察関係者への取材によれば、藤井容疑者は今野さん殺害後、優介・翔太の両容疑者と池袋駅周
辺で合流。『遠くまで逃げよう』と話し合い、優介容疑者が土地勘を持つ八王子市に向かうこと
に決めた。
新宿区内のマンガ喫茶などで時間を潰し、朝になって八王子方面へ電車で移動。JR西八王子駅で
降りたところ、捜査員に気づいた3人はばらばらに逃走したが、いずれも身柄を確保された」池
袋駅付近で小林兄弟と合流し、新宿の歌舞伎町に向かいました。その後、池袋の現場に引き返し、
規制線の外から捜査の様子を窺っていたようです。
警察は、どのようにして、彼ら3人の行動を追跡したのかを明らかにしていません。しかし、池
袋での藤井被告の映像が防犯カメラに捉えられて以降、彼女と小林兄弟とが合流した後も、途中
の防犯カメラで、追いかけて繋いでいったものと思われます。
私が恐怖を覚えたのは、現代日本において、とりわけ都市社会においては、ある特定の個人の行
動は常に、どこかの防犯カメラ(つまり監視カメラ)で捉えられ、それらの映像をつなぎ合わせ
ることで、ほぼ完ぺきに追跡可能になっている事実です。
私は、気付かないうちにいつの間にか監視社会の中で生活していたことに、ぞっとしました。
今回の場合のように、監視カメラで監視されているだけでなく、さまざまな場面で監視されてい
ます。
このブログでも以前、電話やメールが傍受されていることを書いたことがありますが、これらの
他に、思いもかけない場面で私たちの行動は監視されています。
たとえば、町の図書館で本を借りると、それはデータとしてどこかに送られ、ある特定の人がど
んな本を読んでいるか、がわかります。
これは、個人の思想や心情まで踏み込んで監視されている、という意味でかなり深刻な問題をは
らんでいます。
また、インターネト上で、本を購入したり検索すると、それに関連した本の広告がすぐに送られ
てきます。ここでも、私たちがどんな問題に関心を持っているかが、第三者に知られている、言
い換えれば監視されていることを意味します。
同様に、インターネットを使って、何かの問題について検索すると、それはデータとして、たと
えばグーグルやフェイスブックなどの巨大な基幹IT企業(プラットフォーマー)にマスデータ
として蓄えられてゆきます。
今回は、くわしく説明しませんが、最近では、経済学者の間で、現代資本主義を「監視資本主義」
という概念で議論されるようになっています。
いずれにしても、私たちは広範な監視システムの網の中で、常に行動や言動を監視されているこ
とは確かです。
そう考えると、ちょっと憂鬱な気分になりますが、かといってこの監視社会からは逃れられない
というジレンマがあります。
(注1)「パパ活」については差し当たり『PRESIDENT Online』(2021/12/31 10:00)
https://president.jp/articles/-/52379?page=1 を参照。
(注2)事件のあらましや経緯については『文春オンライン』https://bunshun.jp/articles/-/51638
『デイリー新潮』(2022年01月25日)https://www.dailyshincho.jp/article/2022/01251729/?all=1
を参照。
2022年1月21日、池袋のラブホテルで、82才の男性がホテルで殺害されました。テレビなど
の第一報では、殺したのは20代の女性で、胸や太ももカッターナイフで刺し殺した、というこ
とでした。
私は、とっさに事件の構図が理解できませんでした。
まず、なぜ、82歳の男性が、この男性の年齢と、ラブホテルという組み合わせがあまりにも異
様でした。
この女性は、それほどお金をもっているとも思えない老人をどのようにしてホテルに誘い、殺人
を犯してまで金品を奪おうとしたのか?
そして、事件の詳細が分るにつれて、この事件は単なる殺人事件というだけではなく、日本社会
が抱え込んだ深い「闇」の部分が図らずも明らかになりました。
まず、殺されたのは、さいたま市南区に住む今野勝蔵さん(82才)、東北の豪雪地帯出身で1人
暮らsiでした。今野さんには身寄りもなく、遺体の確認は昔の職場の関係者がおこなったという。
『文春オンライン』の表現を借りると今野さんは「身寄りのない孤独老人」だったそうです。
そして、今野さんは池袋のホテル街でよく姿を見かける“有名人”だったという。
そんな今野さんは、若い女性に声を掛けられ、思わず、口車に乗ってホテルに入ってしまったと
したら、ちょっと悲し過ぎます。
他方、殺人の疑いで逮捕された女性は職業不詳の藤井遥容疑者(24)。藤井容疑者は、新宿の路
上で見つけた今野さんに言葉巧みに声をかけ、ホテルに誘って、金品を奪い、そして殺した。
藤井容疑者は今野さん殺害後、池袋駅付近で、藤井容疑者の元恋人である小林優介容疑者(29)
と弟の翔太容疑者(25)と合流し、新宿の歌舞伎町にむかった。その後、池袋の現場に引き返し、
規制線の外から捜査の様子を伺ったようです。
その後は再び歌舞伎町に引き返し、カラオケ店にはいった。事件後にもかかわらず、藤井容疑者
もカラオケで歌を歌っています。カラオケが終わった後、ネットカフェに移動し、一晩を過ごし
た3人は、翌朝電車でJR西八王子駅に向かい、改札を出て別れたところをそれぞれ警察にスピ
ード逮捕、となりました。
小林兄弟の容疑は、藤井容疑者の逃亡を手助けしたというものでした。
この事件にはさらに、おどろおどろしい背景がありました。
藤井容疑者は、いわゆる「パパ活」の常習者でした。「パパ活」とは年上の男性と一緒に時間を
すごすことで、金銭的な報酬を得る行為のことで、性的関係が伴う場合も伴わない場合もありま
す(注1)。
藤井容疑者は広島県出身で、軽度の知的障害があり、障害者手帳も所持していました。小林兄弟
がネットの出会い系サイトで女性を演じて客を探し、藤井容疑者に売春をさせていたようです。
藤井容疑者は小林兄弟の言いなりで、「パパ活」や売春で得たお金を小林兄弟に貢いでいました。
弟の翔太容疑者は西八王子駅付近の小さなマンションに住み、病弱な母親との暮らし、アルバイ
トと生活保護を受けながら母親の面倒をみていました。そして、兄の優介容疑者や藤井容疑者も
このマンションに出入りしていました(注2)。
こうした背景をみると、殺された今野さんにしても、孤独な老後の寂しさが伝わってきます。
また、藤井容疑者にしても、小林兄弟にしても、日本社会からこぼれ落ちて闇の部分を生きてい
る人たちです。そのことが、この事件を一層、暗くやるせないものにしています。
しかし、これらの事情とは別に、私は、今回の逮捕劇に関して、心底、恐ろしくなる思いをしま
した。
それは、なぜ、これだけ早く容疑者が逮捕できたのか、ということです。それは、昨年より取り
付けが強化された防犯カメラでの追跡だったのです。
一方で、監視カメラのおかげで容疑者がスピート逮捕されたことで、“良かった”と思う反面、な
ぜ
こんなに早く逮捕できたのは不気味でもあります。
まず、事件が起こる前に、藤井被告が新宿で男性と話している様子が映っていますが防犯カメラ
に映っています。
警察関係者への取材によれば、藤井容疑者は今野さん殺害後、優介・翔太の両容疑者と池袋駅周
辺で合流。『遠くまで逃げよう』と話し合い、優介容疑者が土地勘を持つ八王子市に向かうこと
に決めた。
新宿区内のマンガ喫茶などで時間を潰し、朝になって八王子方面へ電車で移動。JR西八王子駅で
降りたところ、捜査員に気づいた3人はばらばらに逃走したが、いずれも身柄を確保された」池
袋駅付近で小林兄弟と合流し、新宿の歌舞伎町に向かいました。その後、池袋の現場に引き返し、
規制線の外から捜査の様子を窺っていたようです。
警察は、どのようにして、彼ら3人の行動を追跡したのかを明らかにしていません。しかし、池
袋での藤井被告の映像が防犯カメラに捉えられて以降、彼女と小林兄弟とが合流した後も、途中
の防犯カメラで、追いかけて繋いでいったものと思われます。
私が恐怖を覚えたのは、現代日本において、とりわけ都市社会においては、ある特定の個人の行
動は常に、どこかの防犯カメラ(つまり監視カメラ)で捉えられ、それらの映像をつなぎ合わせ
ることで、ほぼ完ぺきに追跡可能になっている事実です。
私は、気付かないうちにいつの間にか監視社会の中で生活していたことに、ぞっとしました。
今回の場合のように、監視カメラで監視されているだけでなく、さまざまな場面で監視されてい
ます。
このブログでも以前、電話やメールが傍受されていることを書いたことがありますが、これらの
他に、思いもかけない場面で私たちの行動は監視されています。
たとえば、町の図書館で本を借りると、それはデータとしてどこかに送られ、ある特定の人がど
んな本を読んでいるか、がわかります。
これは、個人の思想や心情まで踏み込んで監視されている、という意味でかなり深刻な問題をは
らんでいます。
また、インターネト上で、本を購入したり検索すると、それに関連した本の広告がすぐに送られ
てきます。ここでも、私たちがどんな問題に関心を持っているかが、第三者に知られている、言
い換えれば監視されていることを意味します。
同様に、インターネットを使って、何かの問題について検索すると、それはデータとして、たと
えばグーグルやフェイスブックなどの巨大な基幹IT企業(プラットフォーマー)にマスデータ
として蓄えられてゆきます。
今回は、くわしく説明しませんが、最近では、経済学者の間で、現代資本主義を「監視資本主義」
という概念で議論されるようになっています。
いずれにしても、私たちは広範な監視システムの網の中で、常に行動や言動を監視されているこ
とは確かです。
そう考えると、ちょっと憂鬱な気分になりますが、かといってこの監視社会からは逃れられない
というジレンマがあります。
(注1)「パパ活」については差し当たり『PRESIDENT Online』(2021/12/31 10:00)
https://president.jp/articles/-/52379?page=1 を参照。
(注2)事件のあらましや経緯については『文春オンライン』https://bunshun.jp/articles/-/51638
『デイリー新潮』(2022年01月25日)https://www.dailyshincho.jp/article/2022/01251729/?all=1
を参照。