大木昌の雑記帳

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監視社会への恐怖―池袋ホテル殺人事件にみる―

2022-01-26 20:26:57 | 社会
監視社会への恐怖―池袋ホテル殺人事件にみる―

2022年1月21日、池袋のラブホテルで、82才の男性がホテルで殺害されました。テレビなど
の第一報では、殺したのは20代の女性で、胸や太ももカッターナイフで刺し殺した、というこ
とでした。

私は、とっさに事件の構図が理解できませんでした。

まず、なぜ、82歳の男性が、この男性の年齢と、ラブホテルという組み合わせがあまりにも異
様でした。

この女性は、それほどお金をもっているとも思えない老人をどのようにしてホテルに誘い、殺人
を犯してまで金品を奪おうとしたのか?

そして、事件の詳細が分るにつれて、この事件は単なる殺人事件というだけではなく、日本社会
が抱え込んだ深い「闇」の部分が図らずも明らかになりました。

まず、殺されたのは、さいたま市南区に住む今野勝蔵さん(82才)、東北の豪雪地帯出身で1人
暮らsiでした。今野さんには身寄りもなく、遺体の確認は昔の職場の関係者がおこなったという。

『文春オンライン』の表現を借りると今野さんは「身寄りのない孤独老人」だったそうです。

そして、今野さんは池袋のホテル街でよく姿を見かける“有名人”だったという。

そんな今野さんは、若い女性に声を掛けられ、思わず、口車に乗ってホテルに入ってしまったと
したら、ちょっと悲し過ぎます。

他方、殺人の疑いで逮捕された女性は職業不詳の藤井遥容疑者(24)。藤井容疑者は、新宿の路
上で見つけた今野さんに言葉巧みに声をかけ、ホテルに誘って、金品を奪い、そして殺した。

藤井容疑者は今野さん殺害後、池袋駅付近で、藤井容疑者の元恋人である小林優介容疑者(29)
と弟の翔太容疑者(25)と合流し、新宿の歌舞伎町にむかった。その後、池袋の現場に引き返し、
規制線の外から捜査の様子を伺ったようです。

その後は再び歌舞伎町に引き返し、カラオケ店にはいった。事件後にもかかわらず、藤井容疑者
もカラオケで歌を歌っています。カラオケが終わった後、ネットカフェに移動し、一晩を過ごし
た3人は、翌朝電車でJR西八王子駅に向かい、改札を出て別れたところをそれぞれ警察にスピ
ード逮捕、となりました。

小林兄弟の容疑は、藤井容疑者の逃亡を手助けしたというものでした。

この事件にはさらに、おどろおどろしい背景がありました。

藤井容疑者は、いわゆる「パパ活」の常習者でした。「パパ活」とは年上の男性と一緒に時間を
すごすことで、金銭的な報酬を得る行為のことで、性的関係が伴う場合も伴わない場合もありま
す(注1)。

藤井容疑者は広島県出身で、軽度の知的障害があり、障害者手帳も所持していました。小林兄弟
がネットの出会い系サイトで女性を演じて客を探し、藤井容疑者に売春をさせていたようです。

藤井容疑者は小林兄弟の言いなりで、「パパ活」や売春で得たお金を小林兄弟に貢いでいました。

弟の翔太容疑者は西八王子駅付近の小さなマンションに住み、病弱な母親との暮らし、アルバイ
トと生活保護を受けながら母親の面倒をみていました。そして、兄の優介容疑者や藤井容疑者も
このマンションに出入りしていました(注2)。

こうした背景をみると、殺された今野さんにしても、孤独な老後の寂しさが伝わってきます。

また、藤井容疑者にしても、小林兄弟にしても、日本社会からこぼれ落ちて闇の部分を生きてい
る人たちです。そのことが、この事件を一層、暗くやるせないものにしています。

しかし、これらの事情とは別に、私は、今回の逮捕劇に関して、心底、恐ろしくなる思いをしま
した。

それは、なぜ、これだけ早く容疑者が逮捕できたのか、ということです。それは、昨年より取り
付けが強化された防犯カメラでの追跡だったのです。

一方で、監視カメラのおかげで容疑者がスピート逮捕されたことで、“良かった”と思う反面、な

こんなに早く逮捕できたのは不気味でもあります。

まず、事件が起こる前に、藤井被告が新宿で男性と話している様子が映っていますが防犯カメラ
に映っています。

警察関係者への取材によれば、藤井容疑者は今野さん殺害後、優介・翔太の両容疑者と池袋駅周
辺で合流。『遠くまで逃げよう』と話し合い、優介容疑者が土地勘を持つ八王子市に向かうこと
に決めた。

新宿区内のマンガ喫茶などで時間を潰し、朝になって八王子方面へ電車で移動。JR西八王子駅で
降りたところ、捜査員に気づいた3人はばらばらに逃走したが、いずれも身柄を確保された」池
袋駅付近で小林兄弟と合流し、新宿の歌舞伎町に向かいました。その後、池袋の現場に引き返し、
規制線の外から捜査の様子を窺っていたようです。

警察は、どのようにして、彼ら3人の行動を追跡したのかを明らかにしていません。しかし、池
袋での藤井被告の映像が防犯カメラに捉えられて以降、彼女と小林兄弟とが合流した後も、途中
の防犯カメラで、追いかけて繋いでいったものと思われます。

私が恐怖を覚えたのは、現代日本において、とりわけ都市社会においては、ある特定の個人の行
動は常に、どこかの防犯カメラ(つまり監視カメラ)で捉えられ、それらの映像をつなぎ合わせ
ることで、ほぼ完ぺきに追跡可能になっている事実です。

私は、気付かないうちにいつの間にか監視社会の中で生活していたことに、ぞっとしました。

今回の場合のように、監視カメラで監視されているだけでなく、さまざまな場面で監視されてい
ます。

このブログでも以前、電話やメールが傍受されていることを書いたことがありますが、これらの
他に、思いもかけない場面で私たちの行動は監視されています。

たとえば、町の図書館で本を借りると、それはデータとしてどこかに送られ、ある特定の人がど
んな本を読んでいるか、がわかります。

これは、個人の思想や心情まで踏み込んで監視されている、という意味でかなり深刻な問題をは
らんでいます。

また、インターネト上で、本を購入したり検索すると、それに関連した本の広告がすぐに送られ
てきます。ここでも、私たちがどんな問題に関心を持っているかが、第三者に知られている、言
い換えれば監視されていることを意味します。

同様に、インターネットを使って、何かの問題について検索すると、それはデータとして、たと
えばグーグルやフェイスブックなどの巨大な基幹IT企業(プラットフォーマー)にマスデータ
として蓄えられてゆきます。

今回は、くわしく説明しませんが、最近では、経済学者の間で、現代資本主義を「監視資本主義」
という概念で議論されるようになっています。

いずれにしても、私たちは広範な監視システムの網の中で、常に行動や言動を監視されているこ
とは確かです。

そう考えると、ちょっと憂鬱な気分になりますが、かといってこの監視社会からは逃れられない
というジレンマがあります。


(注1)「パパ活」については差し当たり『PRESIDENT Online』(2021/12/31 10:00)
    https://president.jp/articles/-/52379?page=1 を参照。
(注2)事件のあらましや経緯については『文春オンライン』https://bunshun.jp/articles/-/51638
 『デイリー新潮』(2022年01月25日)https://www.dailyshincho.jp/article/2022/01251729/?all=1
 を参照。

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岸田首相の施政方針演説―言葉だけで実現の具体策を欠いている―

2022-01-20 16:27:04 | 政治
岸田首相の施政方針演説―言葉だけで実現の具体策を欠いている―

2022年度の通常国会が1月17日に召集され、そこで、岸田首相は施政方針演説
を行いました。

これに対して「施政方針演説」は、6日に行った「所信表明」とは異なり、この1年、
内政・外交に関して政府はどのように取り組んでゆくか、という具体的な見取図を国民
に示す、実質的・具体的で重要な演説です。

この演説に関して、新聞各社は翌18日の「社説」や「論説」という形で、評価を掲げ
ます。それらをみると、中央紙・地方紙とも低い評価が目立ちます。

いくつかの新聞の評価をまとめたサイトで各社の「見出し」をみると、以下のような状
況です(注1)。

『北海道新聞』社説 首相の施政方針 変革の具体像が見えぬ
『東京新聞』社説 首相施政方針 政策実現の具体策欠く
『毎日新聞』社説 首相の施政方針演説 検討課題並べるだけでは・・
『朝日新聞』社説 通常国会開幕 政治の責任果たせるか
『福井新聞』論説 初の施政方針演説 首相の「覚悟」が見えない
『愛媛新聞』社説 首相の姿勢方針 コロナ克服と経済再生へ
『西日本新聞』社説 通常国会開会 首相が逃げては物足りぬ
『佐賀新聞』論説(共同)「命と暮らし」守ってこそ

これらの「見出し」は、私の印象とほぼ同じです。『北海道新聞』、『東京新聞』、
『毎日新聞』、『佐賀新聞』の社説・論説は、岸田首相の演説は、課題を列挙しただけ
で、それらに対して政府がどのように取り組むかという具体策が示されていない、とい
う基本的な問題点を指摘しています。

そして、『福井新聞』と『西日本新聞』、『朝日新聞』は、首相の「覚悟」が見られず、
重要な問題から「首相が逃げては物足りぬ」と、深刻な課題から逃げている、政府の責
任に対するあいまいな姿勢を批判しています。

逃げている問題としては、「日米地位協定」の見直し、辺野古の軟弱地盤への新基地の
建設、核禁止条約への不加問題などです。

とりわけ、今回のオミクロン株のまん延に関して、「日米地位協定」を楯に米軍が事前
の検査も義務付けず、日本到着以後も兵士に外出禁止を出さなかったことなど、米軍側
の責任が非常に大きいのに、岸田首相はこれについて触れませんでした。

核禁止条約について、広島県選出の首相は、自身のこだわりとして核軍縮を掲げてきま
した。しかし、唯一の戦争被爆国として、首相は、核兵器禁止条約を議論する第一回締
約国会議(今年三月開催)へのオブザーバー参加も、アメリカへの忖度から拒んでいま
すが、これに関する説明はありませんでした。

代わりに、岸田首相は、各国の政治リーダー経験者らを集めた「国際賢人会議」を創設
し、年内に広島で初会合を開催することを表明しています。

しかし、「国際賢人会議」は有識者会議の域を出ず、この会議が核軍縮にどれほど具体
的な成果を上げることができるかは未知数です(『東京新聞』2022年1月18日)。

さらに『北海道新聞』は、首相が「森・加計」「桜を見る会」など前政権の「負の遺産」
についても逃げていることを批判しています。

そして、多くの国民が関心をもっている「分配」の具体策についても、繰り返し成長と分
配の好循環を生み出す、と発言していますが、「分配」の具体策については実現可能で有
効な具体的施策は提示しませんでした。

とりわけ、総裁選立候補時には語っていた、金融所得課税や、富裕層や企業に対する優遇
税制の見直しなど「分配」の原資として重要な問題からも逃げています。

また、演説のスタイルは、菅前首相と同様、岸田首相の演説も、官僚が作成したと思われ
る文書を棒読みし、国民に訴えるという熱意に欠けていたと感じました。

さて、私の個人的には、いくつかの論点に関心がありましたが、その一つは「新しい資本
主義」でした。

首相が語った「新しい資本主義」とは、一言でいえば「新自由主義」ではない、資本主義
のことのようです。この部分を抜き書きすると、以下のような文章になります。
    市場に依存しすぎたことで幸平な分配が行われず生じた、格差や貧困の拡大。市
    場や競争の効率性を重視し過ぎたことによる、中長期的投資の不足、そして持続
    可能性の喪失。行き過ぎた集中によって生じた、都市と地方の格差。
    自然に負荷をかけ過ぎたことによって深刻化した、気候変動問題、分厚い中間層
    の衰退がもたらした、健全な民主主義の危機。・・・・
    私は、成長と分配の好循環による「新しい資本主義」によって、この世界の動き
    を主導していきます。

首相は演説で、資本主義の変革に向けて「世界の動きを主導する」と宣言しました。しか
し、その内容をみると、はなはだ心もとない感じです。

成長戦略としてデジタル化や脱炭素の実現に向けた展望を語ったものの、肝心の分配策は、
柱に据える賃上げを優遇税制などで企業に促すしかないのが現状です。

しかし、首相の演説のどころ探しても、それでは「新しい資本主義」とは何か、という根
本的な概念の説明や定義はありません。

『北海道新聞』の社説が指摘しているように、「そもそも資本主義の見直しは世界の潮流
になっている。グランドデザインさえ描けていないのでは、周回遅れの感は否めない」。

岸田首相の施政方針演説には、成長と分配の好循環という言葉は繰り返し出てきますが、
ではそれをどのようにして達成するのかは、最後まで明らかにしていません。

つまり、新しい資本主義は、新自由主義ではなく、成長と分配の好循環による「新しい
資本主義」としています。

しかし、よく読むと、「新しい資本主義」の中身を説明するために、成長と分配の好循
環によってもたらされる、としていますが、それではその好循環はどのようにしもたら
されるのかの具体的方策は示されていません。

「成長と分配の好循環」という文言は、成長する産業や企業の利益が、やがて中小企業
は労働者にも「したたり落ちる」、トリクルダウンする、というアベノミクスの謳い文
句でしたが、9年間で、トリクルダウンは起きませんでした。

もし、新味があるとすれば、
    過度の効率性重視による市場の失敗、持続可能性の欠如、富める国と富まざる
    国の経済格差など、資本主義の負の側面が凝縮しているのが気候変動であり、
    新しい資本主義によって克服すべき最大の課題でもあります。

ここでも、資本主義の負の側面が凝縮しているのが気候変動で、それを克服するのが
「新しい資本主義」だ、と同じフレーズが繰り返されます。

しかし、そもそも「新しい資本主義」とは何か、が定義も例示も示されていないので、
どうしたらそれが可能なのか具体策は立てようがありません。

もう一つ、“過度の効率性重視による「市場の失敗」”という表現です。「市場の失敗」
という言葉は経済学ではおなじみの概念で、それは市場メカニズムが働いていても、
経済的な効率的配分(パレート最適)が達成されない状況、と定義されます。

現代の日本経済の「市場の失敗」は、過度の効率性重視の結果なのでしょうか?首相
は、この概念と現代日本経済との関係を十分理解した上で、このような表現を使った
のでしょうか?

誤解を恐れずに言えば、「新しい資本主義」も「市場の失敗」も、取り巻きのエコノ
ミストや官僚、あるいは電通のような広告代理店が首相に進言したキャッチコピーに
すぎないのではないか、というのが私の率直な印象です。

最後に、私自身が深くかかわっている農業問題について触れておきたいと思います。

首相は農林水産業に関する方針に対してはごく簡単に触れているだけです。その方針
は、輸出の促進と、スマート化(IT化)による生産性向上により成長産業化を進め
る一方、家族農業や中山間地域農業を含め、多様な農林漁業者が安心して生産できる
豊かな産業を構築できるよう取り組む、というものです。

前半の部分はその通りで、現在ではITを組み込んだ農業が脚光を浴びていますが、
短期的にはどうあれ、長期的に果たして経営が成り立つかどうかは分かりません。

そして、家族農業についていえば、すでに2014年から実施された国連のテーマで、後
に2019~2128まで「家族農業の10年」として、日本を含む104ヵ国が賛同して、
現在進行中です。つまり、かなり以前から政策として採用されてきているのです。

これは、これまで非効率、時代遅れ、儲からないとされてきた、小規模の家族農業の
重要性を再評価すべき、という考えが世界的に認知されたという事情があります。

国連の方針の背後には、家族農業はITとも輸出とも関係なく、それでも世界の食料
生産の8割を占めている、という現実があります。

日本における中山間地地域の農業の促進は、言うは易しく実行は困難簡単ではありま
せん。何より中山間地の土地の多くは傾斜地で、農地の土地の集積と機械化やIT化
による生産性の向上が困難です(注1)。

岸田首相は、日本農業の実態についてどれほど深く理解しているのでしょうか。

私の印象では、言及しているのはごくわずかであることから推察すると、「一応、触
れておいたからね」という、選挙向けに農家へのリップサービス程度の認識にしか見
えません。

農林水産物の輸出促進はいいとして、私が気になるのは、現在カロリーベースで60
%以上の食料を輸入に依存している現状を首相はどのように考え、これからどうして
ゆくのかについて何の言及もなかったことです。

気候変動などで食料が世界的に不足した場合、日本の国民の食料は大丈夫なのでしょ
うか。敵基地攻撃能力の保持を強調するだけでなく、日本国民の食料を確保する食料
安全保障も重要な課題だと思います。

               (注)
(注1)各社のサイトは以下のとおり。(いずれも2021年18日朝刊)
『北海道新聞』https://www.hokkaido-np.co.jp/sp/article/634497?rct=c_editorial
『福井新聞』https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/1475963
『愛媛新聞』https://www.ehime-np.co.jp/online/editorial/
『西日本新聞』https://www.nishinippon.co.jp/sp/item/n/862908/
『佐賀新聞』https://www.saga-s.co.jp/articles/-/798074
『朝日新聞』https://www.asahi.com/articles/DA3S15070670.html
 『東京新聞』https://www.tokyo-np.co.jp/article/147298

(注2)FFPJ https://www.ffpj.org/decade-of-family-farming

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オミクロン株の感染爆発―米軍に対して思考停止となる日本政府―

2022-01-08 22:17:49 | 健康・医療
オミクロン株の感染爆発―米軍に対して思考停止となる日本政府―

新型コロナのオミクロン株がすさまじい勢いで感染爆発を起こしています。

12月末には一旦、全国の新規感染者が40人台まで減少し、ようやくこれで今回の新型
コロナウイルスは沈静化したかたと。ほっと胸をなでおろした人が多かったのではないで
しょうか。

実際、テレビ報道などでは、感染者ゼロの県が大多数を占めるようになりました。

しかし、専門家の間では、人びとの気のゆるみ、年末年始の旅行や会食などの増加によっ
て、年明けの最初の週から第二週にかけてコロナウイルスの感染者が再び増加するのでは
ないか、と危惧していました。

これまで、三蜜を避け、マスクを着用し、手指消毒をし、会食を控えるなど日本人の用心
深さが功を奏して、デルタ株の関してはほぼ克服できたと誰もが思いました。

ところが、この時すでに、オミクロン株という新たな脅威がひたひたと日本に侵入しつつ
ありました。

岸田首相は、オミクロン株の日本流入時には外国人の新規入国の全面停止を行い、先手を
打った厳しい水際対策を講じた、と公言しました。

というのも、オミクロン株は、これまでのデルタ株と比べても数倍の感染力をもっている
ことが、すでに欧米では実証されていたからです。

たとえば、1週間のうちに、デルタ株とオミクロン株がすっかり入れ替わってしまった例
はたくさんあります。

海外でのオミクロン株の感染爆発を目の当たりにして政府は、外からのウイルスの侵入を
防ぐために、水際での侵入防止のため空港などで厳しい防疫体制をしいていました。

ところが、正月明けには、新規感染者が徐々に増え始め、1月7日には全国で6214人
の感染者が報告されました。

そして、驚くべきは沖縄の感染者数で、1月2日には51人だった感染者が7日には何と、
1414へと、わずか5日間で28倍近くに激増してしまいました。

当初、新規感染者のうちデルタ株とオミクロン株の割合がどれほどか分かりませんでした
が、ゲノム解析が進むと、多くの感染者がオミクロン株であることが分りました。

もちろん、新規感染者は他の都府県でも大幅に増加しましたが、沖縄は突出しています。

そして、もう一つ、気になる事実は、沖縄だけでなく、米軍基地がある都市や地方でもコ
ロナ換算者が激増していることです。

米軍当局は昨年末には基地内の軍人の間でクラスターが発生していることを確認していま
したが、とりたてて基地内でも周辺地域へのまん延防止策を取っていませんでした。

『東京新聞』(2021年1月8日)が報じているように、「水際対策 米軍の『大穴』があ
ったのです。

今回は、この問題に焦点を当てて、現在の日本が抱えている根が深い問題を考えてみたい
と思います。

まず、その前に、良く知られているように、米軍の関係者はアメリカから日本にやって来
るくるときには、直接飛行機で基地に入り、日本側のバスポートの審査も一切の検疫を受
けません。

つまり、現行の「日米地位協定」では、日本政府による検疫を強制することができないこ
とになっています。

地位協定の第9条は「米国は米軍人、軍属、家族を日本に入れることができる」としてお
り、さらにその際、検疫は「米軍の検疫手続きを受ける」となっています。

つまり、検疫の関して日本が立ち入ることができない、とされています。

実は、昨年の9月、日本で緊急事態宣言が出ていた時にも、米国は独自の判断で出国時の
検査を取りやめています。入国後も、基地内を自由に動き回ることは禁止していませんで
した。

しかし、12月15日にはすでにキャンプ・ハンセン基地内でクラスターが発生しており、
軍当局はこの事実を知っていながら、何ら手を打ちませんでした。

12月20日になって、到着後2週間は外出制限がかけられましたが、その時はすでに多
くの米兵は街に出歩いていて、ウイルスは市中に広がっていたと思われます。

米軍基地内部と周辺地域での感染者が増える状況に対して、林外相はようやく、米兵の出
国72時間以内の検査を要請し、12月26日以降、米軍はそのように規則を改めました。

到着後の検査はようやく12月30日なって、24時間以内と5日以降に実施されること
になりましたが、これはクラスターが発生してから2週間後のことです。

ところが、今回の沖縄の状況をみると基地内にクラスターが発生しているにもかかわらず、
年末には米兵がマスクもせず、基地周辺で酒を飲み歩き、米兵の飲酒運転事案が4件も起
きています。

これからも分かるように、米兵は基地の外に自由に出歩いていますし、米軍当局は兵士に
たいして厳格な行動規制を命じてきていません。

こうしたアメリカの姿勢に対して、玉城沖縄県知事は怒りをあらわにしています。

ちなみに、2021年1月7日の1日だけで、米軍基地内における新型コロナ感染者を見
ると、三沢基地133人(前日比+51人)、横田基地85人(+20)、横須賀基地
213人(+133)、厚木基地88人(+19)、岩国基地529人(+105人)、
嘉手納基地101人(0)、キャンプハンセン282人(0)となっています。

米軍は1月5日以降、基地内では予防接種の有無にかかわらず、マスク着用を義務付けて
います。しかし、基地の外では、米兵はマスクなしで私服で出歩いています。

横須賀からの現地レポートによれば、
    6日夜、米軍横須賀基地(神奈川県横須賀市)のメインゲートから約100メ
    ートル南にある「どぶ板通り商店街」。一角にあるバーでは、私服姿の外国人
    2人がマスクを着用せずにビリヤードを楽しみ、時折、大声で叫ぶ様子がみら
    れた。近くのカウンター席は、別の客で埋まっていた。男性従業員(21)は
    「客の9割が外国人で、米軍関係者も多い。マスクをせずに入店する人も一定
    数いる」と打ち明ける(注1)。
との現実を伝えています。

意外と見落としがちですが、米軍人にはある程度の行動規制があっても、市内に住むそ
の家族に関しては、なんら規制がありません。

現在の基地および基地周辺の感染者の増大には、家族が介在している場合が無視できな
いようです。

政府は、米軍基地を抱える沖縄・山口県とそれに隣接する広島に「まん延防止等重点措
置」の適用を決めました。

しかし、横田基地を抱える東京都と横須賀基地を抱える神奈川県は、なぜかこの重点措
置の申請をしていません。

もう一つ不可解なのは、岸田首相は、米軍基地がオミクロン株の流行と密接に関連して
いることを承知しながらも、感染拡大と米軍基地との関連を認めておらず、「地位協定」
の内容を変更するつもりはないことを明言しています。

歴代の政権は、日本は米軍に守ってもらっている、との認識が心に刷り込まれてしまっ
ており、米軍に関してはほとんど思考停止状態になっています。

「地位協定」は日米が交渉した結果合意した「協定」なので、事態が変われば再協議し
て内容を改定することは、原理的にはできます。

しかし、アメリカ側からの反発と拒絶を恐れて何も言えない状態にあります。

同じように米軍の基地がある韓国の場合、在韓米軍は隔離終了時の検査を韓国側で実施
しているのです。ところが、在日米軍は日本側での変異株検査を拒否しています(注2)。

拒否されたらすごすご引き下がるのではなく、韓国のように粘り強く交渉して、韓国側
の検査を義務付ける努力をすべきです。それが政府の役割であり、義務だと思います。

どう考えても、アメリカ政府と軍は、日本をよほど下に見て侮っていると思います。あ
るいは、日本の政府は交渉能力が欠如しているのか、日本人の健康と命を守るより米側
への忖度を優先しているとしか考えられません。

これでも日本は本当に独立国なのだろうか、と疑いたくなります。

少なくとも、日本人の命に係わる事態が発生しても協定の見直しができないようでは日
本の国と国民を守ることはできません。

今回のコロナ禍で、アメリカと向き合った時の日本政府の弱体ぶりが、隠しようもなく
さらけ出されました。

日米の力関係は、以下の1コマ漫画で隠しようもなく明らかに表現されています。岸田
首相と思われる日本人が、外出禁止の看板を掲げていますが、米兵は「聞かない力」を
行使して、外出しています。つまり岸田首相の「お願い」は、まったく「効かない」、
つまり効果がないのです。

米兵に無視される日本政府の「お願い」

『東京新聞』(2022年1月12日)




(注1)『産経新聞』電子版 (2021年1月7日1)https://www.sankei.com/article/20220107-LBD4IPTTYVKEDCLWO6FRWG4NSQ/
(注2)『琉球新報』電子版 (2021年12月31日 06:00)
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-1447639.html


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