大木昌の雑記帳

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2019年参院選(1)―本当は3回続けて負けていた自公―

2019-07-29 17:33:21 | 政治
2019年参院選(1)―本当は3回続けて負けていた自公―

7月21日に投開票が行われた参院選について、新聞やその他のメディアの見出しは、「改憲勢力
3分の2割る」または、「自公過半数は維持」のいずれか、あるいは両者を併記しています。

安倍首相は、国政選挙において与党が6回続けて勝利したことを強調しました。確かに、今回の参
院選で自公は改選過半数の63を上回る71議席(自民38、公明14)を獲得し、これだけ見れ
ば「与党勝利」と言えます。ただし、自民が目標としていた単独過半数は取れませんでした。

しかし、前回の参院選の時の得票数と比べると、今回の選挙で自公は「負けていた」、という見方
も成り立ちます。

政党別の支持者数を反映する比例での得票数を比べると、3年前の参院選で自民が比例で獲得した
のは2011万票でしたが、今回は1771万票、実に240万票も減らしているのです。

ゆるがない集票組織を持つ公明党ですら100万票減の653万票でした。17年衆院選も含めれ
ば、実は自、公とも、3回連続で得票を減らしているのです。これは、自公とも組織が弱体化して
いることをはっきりと示しています。

何よりも自民党は前回から9議席減らしており、公明党は2議席増やしてはいるものの、100
万俵減らしているのです。

一方、野党は、だめだだめだ、と言われながらも結構踏ん張っています。今回の立憲民主の791
万票と、国民民主の348万票の合計は、1139万票で、前回、民進党が取った1175万票と
さほど変わりません。

共産党は150万票減らしましたが、他方、「れいわ新選組」が228万票を獲得しています。つ
まり、自公という二つの政党が失った240万票に近い票が「れいわ新選組」に流れた、というこ
とです。

議席を得た野党トータルの得票数をみると、前回の2552万票から2510万票とほぼ横ばいな
のです。

野党は少し票を減らしたように見えますが、実際には、今回、投票率が前回比5・90ポイント減
の48・80%しかなかったにもかかわらず、野党は得票数を何とは維持しました。

選挙区でも自民党が大きな支持を得たわけではありません。今回の参院選で自民は選挙区の74議
席中、38議席を獲得しましたが、全有権者に占める得票割合(絶対得票率)はわずか18・9%
に過ぎません。

つまり、選挙区では、2割の得票で5割超もの議席を得ているのです。これでも、国民の大多数の
支持を得たといえるでしょうか?(注1)

しかも、今回の安倍自民党と政権は幾つもの禁じ手を使いました。

一つは、参院選前の3か月、野党の度重なる要請にもかかわらず、政権は予算員会を開くことを拒
否し続けたのです。

予算委員会というのは、どんな問題でも議論できる場で、野党としては、これこそ政権に挑み野党
の主張を国民に示す最も重要な機会ですが、安倍政権はその機会を奪ってしまいました。

さらに、国会での集中審議中に、敢えて首相が国会の場から離れて外交のため海外に出てしまうこ
ともありました。

つまり、安倍首相は国会で議論の場に立つことを徹底的に避けてきたのです。とりわけ、国民にと
って大きな関心事となっていた、老後資金が2000万円必要であるという問題、消費税を10パ
ーセントに挙げることの是非、などについて徹底審議が必要であったのに、これらの議論からひた
すら逃げていました。

この問題と関連して、厚労省は5年に一度、将来の年金がどうなるのかを検討し、その報告を「年
金財政検証」として公表することになっています。

前回は2014年で、この年の6月3日に公表されました。しかし、今年は、報告書は既にできてい
るはずなのに政府は発表していません。

おそらく、その見通しは国民にとって非常に厳しい内容となっているので、参院選の前には公表で
きなかったものと推測されます。つまり、年金問題を参院選で争点となることを避けた、争点隠し
を行ったのです。

次に、通常はG7の後にG20を行うのですが、安倍政権は、いきなり多くの国の代表が日本(大阪)
に集まるG20を参院選の前に開催しました。

世界の外交の舞台で活躍する首相というイメージを与えることで、参院選を有利に戦うために強引
に順序を逆にしたのです。

さらに、韓国における徴用工判決に対する報復として、政府は7月1日、半導体材料3品目について
7月4日以降、厳格な審査の上で韓国へのこれら物資を輸出する際には厳格な審査を適用する、と
発表し、実際4日にこれを発動しました。

日本政府は、韓国に輸出されてきた半導体材料の一部が軍事利用されている可能性があるので安全
保障上の理由から輸出の審査を厳格化するだけだ、と説明しています。

しかし、もし政府がそのような疑いをもっていたとするなら、もうずっと以前から審査を厳格化し
ていてもいいはずなのに、わざわざ、参院選の告示直前になって強硬な姿勢を打ち出したのです。
これはやはり選挙を意識しての方策としか考えられません。

安倍自民党としては、最近の韓国の対日姿勢に憤りを抱いていた人たちは安倍自民党を支持してく
れるだろう、との読みがあったと思います。

実際、安倍政権のこの対応に溜飲を下げた人も多くいて、インターネットへの書き込みでは60%
弱の人がこの措置に賛成のコメントをしています。

この点では、輸出規制の強化は選挙において自民党の有利に働いたことは十分考えられます。

「禁じ手」ではありませんが、安倍自民党が他党よりも圧倒的に有利な条件があります。それは、
豊富な資金を使って、自民党はあらゆる媒体に広告を出すことができたことです。

自民党には、以上のような有利なハンディがあったにもかかわらず、上に示したように、実質的
に参院選の得票を減らしているのです。

ところで、今回の参院選でもっとも注目を浴びたのは、「れいわ新選組」の大躍進です。これに
ついては次回に検討してみたいと思います。




(注1)『日刊ゲンダイ』(2019/07/24 14:50 更新日:2019/07/24 14:50)
     https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/258950/3

----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
まるで紙でできたような芙蓉(フヨウ)の大きな花。                              地を這うような草の先に咲いた大きなユリの一種

  


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丸木舟と「はやぶさ2」―ルーツを探る歴史ロマンへの情熱―

2019-07-22 06:04:59 | 思想・文化
丸木舟と「はやぶさ2」―ルーツを探る歴史ロマンへの情熱―

2019年7月には、ルーツを探るロマンに満ちた二つの大きな出来事がありました。

一つは、手作りの丸木舟で台湾から与那国島までを人力だけで漕いで到着したことです。

これは、3万年前の旧石器時代に、南のほうから日本人の祖先が海を越えてやってきたことを
再現する実験航海です(注1)。

もう一つは、小惑星探査機「はやぶさ2」による、小惑星「りゅうぐう」への2度目の着陸(
タッチダウン)と、それによる「リュウグウ」内部の岩石の収集を目的とした科学実験です。

まず、丸木舟の方から考えてみましょう。

最初の日本列島人は3万年以上前に、北海道、対馬、沖縄の三つのルートでやって来たと考え
られています。今回は、これらのうち沖縄(琉球列島)ルートの実験航海です。

今回の企画は、国立科学博物館人類史研究グループによる「3万年前の航海 徹底再現プロジ
ェクト」に基づくもので、その趣旨を代表の海部陽介氏は次のように語っています。

    最初の日本列島人は、3万年以上前に、海を越えてやって来ました。それは、アフリ
    カを旅立ったホモ・サピエンスが、陸域を越えて海にも活動域を広げながら、世界中
    へ大拡散した壮大な歴史の一幕。中でも島が小さく遠く、世界最大の海流である黒潮
    が横たわる琉球列島への進出は、当時の人類が成し遂げた最も難しい航海だったと考
    えられます。・・・・・・
    この航海によって、太古の祖先たちがどうやって困難な海を越えたのかという謎に、
    はじめて実証的に迫ることができると期待しています。海の上で祖先たちがみたはず
    の景色を、皆さまにお届けできるよう、全力を尽くします。

つまり、この実験航海は、日本人のルーツを探る航海なのです。

このグループは、出発地で調達できる材料で舟を作ることを原則としており、2016年には
草(写真で見るとアシのような植物)で、17年と18年には竹を素材とした舟で、与那国島と
西表島間の航海を試みましたが、いずれも失敗しました。

そこで今回は、3万年前を想定して石斧で木を切り倒し、中を刳り抜いて5人の漕ぎ手が乗る
「古代舟」(長さ約7・5メートルの丸木舟)を製作しました。

時計やコンパスなどは持たず、太陽、星などの位置を頼りに、交代しながら漕ぎ続けた。食料
はおにぎり、そして1人計4リットルの水分をペットボトルで持参しました。安全のため、丸
木舟の航行に影響を与えない形で別の船が伴走しました。

5人の漕ぎ手の一人は女性でしたが、これは、かつての航海者がその先で人口を維持するため
には、女性も一緒だったはずだからです。

事前の準備としては、スーパーコンピューターを使って過去の黒潮を推定する研究など、様々
な研究が多数の協力研究者のもとで進められました。

しかし、時計・コンパス・GPSなどの文明の利器は持たず、風・うねり・太陽・星などを使って
針路を探る方法を採用しました。安全のために伴走船が同行しましたが、古代舟に針路や位置
を教えることはしませんでした。

こうして7日午後2時38分(日本時間)に台湾東海岸の烏石鼻を出発し、9日午前11時半
過ぎ、実に45時間かけて、200キロの大海原を越えてで無事、与那国島に着きました。

次に、この実験航海の成功の2日後、7月11日に、「はやぶさ2」が「リュウグウ」への二
回目の着陸に成功したニュースが日本中を駆け巡りました。

丸木舟による航海は、さまざまな知識や情報を可能な限り学習しているとはいえ、航海そのも
のは、5人の漕ぎ手の体力と気力だけが頼りの原始的な実験航海でしたが、「はやぶさ2」は、
現代の先端科学の塊のような宇宙探査機による小惑星の探査です。

リュウグウは、ロケットを使って片道2年半、地球から往復52億キロ離れた場所にあります。
そこに向かって、「やはぶさ2」に地球から電気的な信号で指示を与え、直径わずか700メ
ートルという小惑星、というより大きめの岩石の塊に着陸させたのです。

その際、探査機から弾丸を打ち込み、そこで飛び散った石を採取した(はずです)。

「はやぶさ2」が着地するリュウグウは、70万個以上ある太陽系の小惑星の一つ。採取した
物質を分析することで、太陽系の歴史や生命の謎の解明に役立つと期待されています。

約46億年前に誕生した太陽系は当初、小さな天体の集まりでしたが、これらが衝突、合体を
繰り返して地球などの惑星が生まれました。

地球など大きな惑星は誕生時の衝突エネルギーで高温になり、物質はどろどろに溶けて変質し
たため、太古の状態は既に失われてしまっています。

これに対し、惑星になり損ねたのが小惑星です。その多くは太陽から遠い場所にあり、低温を
保ってきたため、太古の状態を今もとどめています。いわば太陽系の「タイムカプセル」なの
です。

地球上の、生命の材料であるアミノ酸などの有機物や水は、小惑星などが原始の地球に衝突し
たことで運び込まれたとする仮説が有力です。

リュウグウは70万個以上ある太陽系の小惑星の一つ。これらが豊富に存在するとされるタイ
プの小惑星で、その物質を詳しく調べれば仮説を検証でき、生命の起源に迫れる可能性があり
ます(注2)。

ところで、3万年前の古代人が台湾(ちなみに当時は大陸とつながっていた)からどのように
して日本列島の西端、琉球列島の一角にたどり着いたのかを、当時使ったであろう最も原始的
な舟である丸木舟で実験航海することに、どんな意味があるのでしょうか?

このプロジェクトに参加し推進してきた人たちには、日本人のルーツに関する未解明の問題を
明らかにする、という学問的な探求心があったことは疑いえません。

歴史家としの感想を言えば、こうした問題意識はよく理解できます。

さらに、プロジェクト代表の言葉には、はっきりと語られてはいませんが、そもそもルーツを
探り、その経緯を明らかにする、という発想の背後には、日本人としてのアイデンティティを
確認したいという情熱もあったはずです。

もっとも、実際に丸木舟に乗り込み航海をしたのは、山口県在住のシーカヤックガイド原康司
さん(47)を初め、シーカヤックの経験豊富な5人(40~60才、女性1人)で、研究者で
はありませんでしたが、彼らなりにプロジェクトの趣旨に賛同した人たちです。

私の個人的な印象を言わせてもらうと、この実験航海プロジェクトに関わった多くの研究者も、
実際に舟に乗り込んだ5人も、彼らを突き動かしていたその根底には、純粋に「歴史ロマン」
への熱い情熱があったのではないかと思われます。

実験航海プロジェクトは、最初は草の舟で、次ぎに竹の舟で試み2回とも失敗をしています。
ただし、この場合、失敗そのものが経験知として蓄積されるし、国家や博物館に多大な損害を
与え、それらの威信を傷つけることもありません。失敗の度に、新たな情熱が湧いてきたので
はないでしょうか。

この点、「はやぶさ2」の探査は、JAXAという国家機関による、国家予算を使った、まさ
に国家の総力と威信をかけた巨大プロジェクトです。参加しているメンバーも大部分が科学者
からなる頭脳集団です。

今回の着陸では、あらゆる場合を想定して10万回も、コンピュータを使ったシュミレーショ
ンを行ったといいます。ここでは、失敗は許されません。ここには大きな重圧や責任があった
ことでしょう。

こうした、「はやぶさ2」のプロジェクトは、科学探査という衣をまといながらも、彼ら突
き動かしていたのは、現在の私たちのルーツと地球と生命のルーツを知りたいという純粋に
「歴史ロマン」への熱い情熱があったことは間違いないと思います。

丸木舟のプロジェクトとは比べようもない小さなことですが、私は早稲田大学に入学すると早
速「探検部」に入部しました。1960年代中頃、「探検部」では「ベーリング海峡踏破プロジェ
クト」が進行していました。

モンゴロイド人がユーラシア大陸を東に進み、ベーリング海峡を渡って北米から南米に移動し
たことは確かなので、探検部では、実際にシベリア側からアメリカ側に歩いて渡ろう、という
プロジェクトが発足し、私も極寒の冬山の訓練などをしました。

このモンゴロイドの移動が行われたのは今から2万5000年前と推定されており、当時、ベ
ーリング海峡は凍結していたので、徒歩で渡ることは、理論的には可能でした。

しかし、このプロジェクトには根本的な欠陥がありました。当時、米ソの冷戦真っただ中で、
ベーリング海峡はソ連とアメリカが至近距離で対峙している最前線でしたから、当然のことな
がらソ連側からもアメリカ側からも許可されるはずがありません。計画はかなり甘かったこと
は確かです。

結局、このプロジェクトで実施されたのは、数人がアラスカで生活したことくらいでした。

今思えば、この計画は発想とロマンだけが先行し、冷静に考えればおよそ実現するはずもあり
ませんでした。

しかし、こうした子供じみた狂気のようなことを大真面目にやろうとしたことには、なつかし
さと同時に、まず現実性を考えてしまう今の自分に淋しさを感じます。

この意味で、分別盛りの大人が、丸木舟や「はやぶさ2」のようなロマンに挑み続けていられ
る人たちがとても素敵で、羨ましさを感じました。、

(注1)丸木舟の実験航海に関しては、多くのメディアがとりあげていますが、とりあず、国立学
博物館のホームページを参照されたい。
   https://www.kahaku.go.jp/research/activities/special/koukai/about/
   『朝日新聞』(デジタル版) 2019年7月7日18時39分
   https:///digital.asahi.com/articles/ASM6R4V07M6RULBJ003.html?rm= 390
   『朝日新聞』(デジタル版  2019年7月9日11時38分)
   https://www.asahi.com/articles/ASM7934MPM79ULBJ006.html
   JIJI.COM (2019年7月9日)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019070900398&g=soc
(注2)『産経新2019年7月9日聞』(2019.2.16 18:31)https://www.sankei.com/life/news/190216/lif1902160029-n1.html





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『存在の耐え難い軽さ』―「外交の安倍」の実力と真価

2019-07-12 10:17:28 | 政治
『存在の耐え難い軽さ』―「外交の安倍」の実力と真価―


本年の6月26~28日に大坂で開催されたG20サミットは、安倍首相にとって「外交の安倍」
の実力と真価を発揮する絶好の舞台でした。

議長国の首相として安倍首相は、参加国の利害をどのように調整し何らかの展望を示すことができ
るかどうかが試されたのです。、

しかし、会議期間全体を通じて、安倍首相の影はあまりにも薄く、まことに失礼ながら、『存在の
耐え難い軽さ』(注1)という映画のタイトルを思い出させました。

安倍首相としては、国際的なひのき舞台で大活躍をして“外交の安倍”をアピールするはずでした。

同時に、本来はG7の後にG20を行うことがこれまでの慣例でしたが、G20サミットを参議院
選の直前にもってきて、そこでの活躍をバネに参院選での大勝利を目論んだはずでした。

ところが、実際に会議をリードし注目を浴びたのはトランプ大統領と習近平国家主席でした。それは、
米中貿易戦争がどのような展開をするのかが、現在の世界の景気の動向に影響をあたえることから、
多くの国が注目している問題だからです。

しかし、安倍首相はアメリカへの「忖度」から、「反保護貿易主義」という表現を宣言に盛り込むこ
とはできず、「自由、公正な貿易を実現」という中身のない抽象的な表現にとどめました。

加えて、サミット最終段階では、トランプ大統領が韓国に行き、北朝鮮の金正恩委員長と会うかもし
れない、との観測が流れ、人々の関心は、G20サミットの合意事項などには、ほとんど関心をもた
なくなっていました。

実際、サミット終了の翌日にはもうトランプ氏は、南北朝鮮を隔てる板門店の休戦ラインを越えて北
朝鮮側に足を踏み入れるや、人々の関心はもっぱら米朝問題に向けられました。

サミットの議論を通じて将来の方向性を取りまとめることは議長国の責任であり、それは「首脳宣言」
に集約されます。

「首脳宣言」は九分野に要約できます。項目だけ挙げておくと、【世界経済】【貿易と投資】【デジ
タル化】【インフ投資】、【世界金融】、【女性】、【国際保健】、【気候変動】、【環境】です。

これらについては既に新聞各紙で紹介されていますので、ここでは、いくつかの問題に絞ってみてお
きましょう。

まず【世界経済】ですが、そこでは「今年後半から来年に向けて穏やかに上向く見通し」を述べた後
「ただ、成長は低位でリスクは下方に傾いている。貿易と地政をめぐる緊張は増大している」と、
「穏やかに上向く」という見通しとは反対の認識を示しています。

ところが、「下方に傾いている」成長をどのように上向かせるかについて注目すべき対応策や提案は
ありません。

【貿易と投資】は、多くの国が関心をもっていた問題で「自由で公平、無差別な貿易・投資環境を実
現し、市場を開放的に保つよう努力する」とされ、最も「自由で公平でない」アメリカへの忖度から
「反保護貿易主義」という表現を避けています。

「議長国会見」においても「自由貿易体制の揺らぎへの懸念に対し、必要な原則を打ち立てることだ」
と述べるにとどめ、どんな原則をいつごろまでに打ち立てるかは全く触れていません。

【インフラ投資】は、借り手の国の債務返済を持続可能にするとした原則を承認したとしていますが、
これは中国が推し進める「一帯一路」による周辺国へのインフラ投資に対する警戒心を表わしたもの
と思われます。

【女性】に関しては、雇用の質を改善し男女の賃金格差を減少させる行動をとる、としています。欧
米においては、この問題はかなり改善されていますが、むしろ日本においてこそ、男女の賃金格差は
改善されるべき大きな問題です。

【気候変動】で、一方で地球温暖化対策のパリ協定を完全に実行することを要請しながら、「アメリ
カのパリ協定からの脱退を再確認する」、としています。

気候変動に背を向けるアメリカを非難するなら分かりますが、「再確認する」とは、そういう現実を
再確認しましょう、という意味でしょうが、これは本当にG20会議で共有されたのでしょうか?

少なくともヨーロッパ諸国は、トランプ氏の脱退を強く非難しています。そんな中で、「再確認」を
入れることで一体安倍首相は、何を言いたのでしょうか、意味不明です。

【環境】で、海洋プラスチックごみの流出の抑制や大幅な削減のため、適切な行動を速やかに取るこ
と、これを安倍首相は「ブルー・オーシャン・ビジョン」と呼び、2050年までにプラスチックご
みによる追加的な汚染をゼロに削減することを目指す、としています。

この項目に対してもすでに批判が出ていますが、まず、30年後に汚染をゼロにするといっても、そ
れまでには既に海洋は十分すぎるほど汚染されてしまっています。

これでは「適切な行動を速やかに取る」ことにはなりません。さらに、それでは、どのようにして汚
染をゼロにするための行動をとるのか、の具体策の提案が全く示されていません。これは間違いなく、
「絵に描いた餠」です。

安倍首相は議長国の特権で上記の項目を並べましたが、現実的な意味をもつものは一つもありません。

一体、今回のG20サミットは、何のために行われたのでしょうか?そして、議長国の安倍首相は、
どんな問題に、どのようなリーダーシップを発揮したのでしょうか?私には安倍首相の影が全く見え
ませんでした。

安倍首相は、反対の多い問題を取り上げるより、「一致点を見出すことに力点」を置いた、と弁明し
ていますが、最初から異論のないテーマに絞るなら、何も20カ国の代表が集まるまでもありません。

恐らく今回のG20サミットの目玉は、その公式会議ではなく、その背後で行われた二国間交渉にあ
ったと見るべきでしょう。

この点に関しては、米中貿易交渉の行方に、会議そのものより大きな関心が集まったことは既に述べ
た通りです。

日本が関係した二国間交渉の中の日米交渉内容に関しては、トラン大統領が会見を開きました。彼は、
「日米安保条約」の破棄は考えていないが不公平な合意であると日本に対する不満を述べています。

何度となく繰り返されてきたアメリカの言い分で、アメリカは日本のために戦うが、日本は米国が攻
撃されても戦わなくてもいい、という話です。しかも、この6か月間、このことは安倍首相に言って
きた、とも述べています。

安倍内閣は、トランプ大統領から安保条約の不公平について言われてきたことはない、と言ってきた
のに、トランプ氏の方が暴露してしまった形です。

これは、在日米軍の費用のさらなる負担、可能なら全額負担を押し付けるための布石なのでしょう。

そして、対日貿易に関してトランプ氏は、世界の多くの国を軍事的に守ってきているのにその対価を
払っていないことをもちだしました。日本が米国に何十億ドル相当もの自動車や他の製品を輸出して
いるのに対して、米国は実質的に何も輸出していない。彼は安倍首相に「どうしてこんなことが起き
るのか」と尋ねた、と明かしています。

しかし、日本は新型戦闘爆撃機(F35)だけで1兆2000億円(100億ドル超)、イージス・
アショア2基で6000億円兆(60億ドル)超の武器・兵器を、大切な血税で買わされていること
を忘れてはいけません。これだけ、何台分の自動車に相当するのかを考えれば、貿易の不均衡などと
言えないはずです。

いずれにしても、アメリカの日本に対する市場の開放要求は参院選の後に持ち越されましたが、すでに
密約で受け入れている可能性があります。

安倍首相はG20サミットで日ロ間の北方領土問題に筋道をつけ、サミット中のロシア側との二国間交
渉で合意に持ち込むと言ってきました。

しかし、6月29日の日露首脳会談で、ロシアは平和条約交渉を進展させる条件として、「北方領土が
第二次大戦の結果としてロシア領になったと認めよ」「日米安全保障条約に関するロシアの懸念を払拭
せよ」という2点を突きつけてきました。

前者に応じれば交渉は土台から崩れる。後者は、日米関係に揺さぶりをかける意図が明らかです。

つまり、ロシアは歯舞・色丹の二島返還させ、まったく応じるつもりがないことを鮮明にしました。

安倍外交は何の成果を得ることができず、そして話題にもならずこの話は
立ち消えてしまいました。

もう一つ大切なことは、安倍首相はサミットに出席する韓国の文在寅大統領との会談を行わないことを
事前に伝えていました。実際、会場では8秒間の握手をしただけで、一切の会話もありませんでした。

この時すでに安倍首相は、後に明らかになるように、徴用工問題に関する韓国の法的処置への報復を決
めていました。そして実際に、7月4日をもって報復措置を適用します。

この問題については、別稿に譲りたいと思いますが、一ついえることは、報復はやがてブーメランのよ
うに日本の産業界や政治に打撃を与えることもあり得ますが、安倍首相は果たしてその後の出口戦略を
しっかり固めた上での行動であったかどうか、はなはだ疑わしい気がします。

総じて、今回のG20サミットでは、議長国としての日本、それを率いる安倍首相の存在は非常に希薄
でした。

おそらく、多くの日本人は、鳴り物入りで開催され、「外交の安倍」の進化が問われたG20サミット
でしたが、そこで何が話され、そんな成果があったのか、安倍首相はどんな役割を果たしたのか、につ
いてほとんど知らないのではないでしょうか。

国際的舞台における「外交の安倍」の「存在の耐え難い軽さ」だけが印象づけられたG20サミットで
した。

(注1)原題は The Unbearabale Lightness of Being (1988年 アメリカ)
(注2)https://www.asahi.com/articles/ASM6Y4VP1M6YUTFK00C.html (
   朝日新聞 2019年6月29日23時59分
   日ロ会談については『産経新聞』デジタル版(2019.6.29.21:16)
   https://www.sankei.com/world/news/190629/wor1906290043-n1.html

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当世ペット考(3)―現代と「猫的生き方」のすすめ―

2019-07-03 06:41:43 | 社会
当世ペット考(3)―現代と「猫的生き方」のすすめ―

一般社団法人ペットフード協会の調査によれば、2018年12月25日現在、飼育世帯数は、
犬が715万4千世帯にたいして猫は553万9千世帯と、犬の方が多かった。(ここからは引用の関
係で「猫」、「犬」と漢字で書きます)

しかし、飼育数でみると、犬は890万3千頭に対し猫は964万9千匹と、猫の方が多い。

これは、1世帯が飼う数は犬の場合、1匹が多いのに猫は複数飼うことが珍しくないからです。

飼育頭数は、1994年の調査開始以来、2017年に初めて猫が犬を上回わりましたが、この傾向は3年
くらい前から始まっていたようです。

犬の飼育数は調査開始時から一貫して猫を上回ってきましたが、両者の差は年々縮まってきました。

犬はここ3年連続で減少し、猫は2年連続で増加しています。5万人を対象とした現在の調査方式にな
った過去8年で見ると、犬はピーク時の2011年に比べ2017年には25・3%減少しています。

この要因は、90年代後半以降の小型犬ブーム時に誕生した犬が寿命を迎える中で、飼い主も高齢化し、
新たな犬の「飼い控え」傾向が生じている。同協会は「犬はしつけや散歩が必要なため、猫に比べて負
担感が大きく、敬遠につながっているのではないか」とみています(注1)。

これに対して猫は、散歩の必要はありません。餌と水を置いておけば、あとは抵当に自分で行動してく
れます。これは、とくにお年寄りにとっては、大きなメリットです。

また、猫には、普通の一戸建ての家はもちろん、マンションのような比較的狭い空間でも室内で飼える
手軽さがあります。

そして、猫は機嫌さえ良ければ、抱っこすることができるし、ふわふわとした毛並みの感触が人間にと
ても気持ち良さを与えてくれます。“愛玩”動物としての面目躍如です。

これは、犬が与えてくれる癒しとは別の、非常に身近な癒しです。この癒しの効果はあまり重要視され
ていませんが、私はとても重要なポイントだと思っています。

では、ペットとしての猫に何か欠点はあるだろうか、と考えてみてもあまり思い浮かびません。

強いて挙げるとすれば、猫の身勝手さかもしれません。猫は餌が欲しい時、相手をして欲しい時には飼
い主の足や体に頭をこすりつけて甘えてきますが、そうでない時には、呼んでも見向きもしません。

とりわけ、どこか居心地の良い場所でまどろんでいる時など、帰宅して名前を呼んでも、しっぽの半分
くらいをちょっとだけ動かして、“ほら、このとおり返事をしてるだろ”と言わんばかりに飼い主の呼
びかけ無視して、再びまどろみに落ちいってゆきます。

もっとも、猫の「わがままなところがかわいいんだよね」、という人もいるので、身勝手さは必ずしも
マイナス面だけではないかもしれません。

このブログの「当世ペット考(1)」で書いたように、東海林さだおさんによれば、犬が人間と近づく
ようになった、きっかけは、人間が犬の忠誠心、忠実に目をつけたからだ、ということらしい。
その部分を再引用すると、
   
    犬は、生まれながらに忠実であった。
    そこのところに目をつけた人間が、
    「どうだひとつ、忠実という事でやってみる気はないか」
    と声をかけ、犬の方も、
    「そうか、忠実で食っていけるのか」
    と、初めて気づき、犬の仲間の間に「忠実が商売になるらしい」
    ということが知れわたり、そして家畜として採用されることになったのである。
    (東海林さだお 『食後のライスは大盛りで』の中のエッセー「犬の哀れ」より)


東海林さんの洞察の鋭さには敬服するほかはありませんが、それでは、猫がどのようにして人間と暮ら
すようになったのかは、彼のエッセーのどこにも書いてありません。

それでも彼は大の猫好きで、今から30年以上も前に「猫の時代」というエッセーを書いており(注2)、
近年には『猫大好き』(文芸春秋社 2014年)というタイトルの本まで出版しています(ただし、中身の
個別エッセーでは猫に関するものは一つだけ)。

猫大好きな東海林さんは、逆に犬に対して非常に厳しい目を向けています。犬は人間に飼われるまでは、
颯爽と走り鋭い歯で獲物を捕らえていたのに、人間に飼われてからの生き方は実に情けなくなります。

彼は犬の変貌ぶりを、太宰治の『畜犬談』から引用しています。

    人間が「お手!」と言えば「ハイ、ハイ、お手ですね」と右手を差し出し、「お代わり」と言え
    ば「こっちですね」と左手を差し出し、ズドンと叫べばひっくり返って死んだ真似をする。
    「恥ずかしくないのかツ」と太宰は言う。
    真似している自らの姿を省みることはないのかツ。
    そういう商売に身を転じたのである。
    言ってみれば人間の太鼓持ち(『猫大好き』文春文庫、2017年。225-226ページ)。

犬は、自分は人間の家来である、ということがよくわかっている。そう思っているから、ご主人様の顔色
をうかがって年中下から見上げている。誠心誠意、人間に忠実、真摯な瞳でご主人様を見つめる。

犬は、番犬、猟犬、救助犬、検査犬など他方面で人間のために働いてくれますが、猫は人間の役に立つこ
となど何一つありません。

それどころか、家猫は、人が何かをしている時、わざわざ邪魔をしにくることさえあります。

東海林さんの飼い猫は、読書や将棋をしていると、必ず邪魔をしにくるそうです。しかも、代々一匹残ら
ずこれをするそうです。

あるいは人のやっていることにちょっかいを出したり嫌がらせをする。これは猫の本能だという。

海外の猫事情を紹介するあるテレビ番組で、飼い主の男性が机の上でパソコンで仕事をし始めると、猫が
わざわざそのパソコンのところにやってきては仕事の邪魔をしている様子を映し出していました。

解説によると、これは嫌がらせではなく、猫も飼い主と一緒に”お仕事”をしているつもりだという。

人の邪魔をするかどうかは必ずしも一概に言えませんが、少なくとも猫の生活態度といえば、気まぐれ、
怠惰、自分勝手、飽きっぽい、すぐ気が変わる、人の気持ちを斟酌しない、などなど、何一つ肯定的な要
素はありません。

とりわけ、猫は暇さえあればゴロリと眠ってばかりいるというイメージがあります。しかし、「居眠りば
かりしているところに癒されるんだよね」という人も多い。

猫がこれだけ多くの飼われている大きな理由の一つは、人間が、身近で手軽な「癒し」を求めているから
なのでしょう。

癒しという面では、前回紹介したように、セラピー犬は病を抱えた人に、人間ではできない癒しを与えて
くれますが、それは、特別な訓練を受けた犬の場合で、どの犬にもできるわけではありません。

他方、もっと身近な家猫を考えてみると、猫に癒しを見出している人は多いと思われます。私自身も子ど
もの頃、猫を飼っていて、辛いことや悲しいことがあった時など、猫に話しかけて、ずいぶん慰められた
経験があります。

そうした個人的な事情はあるものの、人間にとっての有用性という意味では、猫より犬の方が圧倒的に優
れていることは間違いないのです。

しかし、ここで大切なことは、犬と猫の人間にとっての有用性の問題ではありません。そうではなくて、
「猫的生き方」に対する羨望ともいうべき感情です。

思えば、多くの日本人の、特に男性は、組織の中で忠実と忠誠心から、上司や組織に気を使い、せっせと
働きます。これは「犬的生き方」です。

これに対して「猫的生き方」とは、身勝手、気まぐれ、怠惰、周囲の人の気持ちなんかまったく気にしな
い、そんな生き方です。

「犬的生き方」をしている人から見ると「猫的生き方」は、こんな風に気ままに生きられたらどれほど幸
せなことか、と羨ましく思うでしょう。

周囲に気ばかり使い、苦労が多く生きずらい現代社会の中で、「猫的生き方」は、ある意味理想です。

そんな心理も働いて、人は猫の怠惰も気まぐれも身勝手も、受け入れ癒されるのではないでしょうか。

東海林さんのひそみに倣っていえば、猫族は“癒しで飯が食っていけるのか”と気づき、“癒しが商売に
なるらしい”と触れ回ってきたのかも知れません。



(注1)『朝日新聞』デジタル 朝日新聞 デジタル (2017年12月22日15時43分)https://www.asahi.com/articles/ASKDP5HXCKDPPTFC00S.html
『朝日新聞』デジタル(2017年12月22日15時43分)
(注2)東海林さだお『平成元年のオードブル』(文春文庫、1992)の中の巻頭エッセー。

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山の白樺とカラマツは新緑から少し緑が深くなっています                            里ではヤマボウシが満開です

   



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