岸田首相の訪米(2)―進む日米軍事一体化―
前回は日米の「共同声明」に盛り込まれた7領域のうち、最も重要な「防衛・安全保障協力」事項
の何点かを引用し、第二までの問題点を検討しました。今回は、その続きで第三の問題からです。
第三の問題は。日米の軍事的一体化と指揮権についてです。共同声明は以下のように述べています。
本日、地域の安全保障上の課題が展開する速度を認識し、日米の二国間同盟体制がこうし
た極めて重要な変化に対応できるようにするため、我々は、作戦及び能力のシームレスな
統合を可能にし、平時及び有事における自衛隊と米軍との間の相互運用性及び計画策定の
強化を可能にするため、二国間でそれぞれの指揮・統制の枠組みを向上させる意図を表明
する。(中略)
我々は、日米それぞれの外務・防衛担当省庁に対し、日米安全保障協議委員会(日米「2
+2」)を通じて、この新しい関係を発展させるよう求める。このビジョンを支えるに当
たり、我々はまた、日米共同情報分析組織(BIAC)を通じたものを含め情報収集、警戒
監視及び偵察活動における協力並びに同盟の情報共有能力を深化させるという目標を改め
て確認する。
この部分には少し背景の補足説明が必要です。日本の陸海空の自衛隊には統合幕僚監部はあります
が、陸海空自衛隊の意思疎通は必ずしも円滑にいっていないので、新たに統合作戦司令部を創設す
る計画があります。
他方、現在、日本の自衛隊とアメリカ軍の調整は統合幕僚監部とハワイに司令部があるインド太平
洋軍の司令部との間で行われています。そのため緊急時などで連絡が迅速に行えないとの懸念から、
米軍の司令部を日本に移そうとしています。
「共同声明」では、日本の統合作戦司令部と米軍の司令部とが直接・迅速に作戦および軍事能力の
統合を行うこと(シームレスな統合)で二国間の指揮・統制枠組みを向上させるとしています。
今のところ、日本とアメリカはそれぞれ別の指揮系統の下に行動することになっていますが、米軍
の方が情報の収集・分析能力や兵器の取り扱いなどで圧倒的に優位にあるため、実際には日本の統
合作戦司令部は丸ごと米軍の指揮下に組み込まれ、日本の自衛隊は米軍の“駒”として使われてしま
う疑念があります。
第四の問題は、対中国封じ込めのための同盟関係の強化・拡大です。
「共同宣言」では、日米同盟を強化するために、AUKUS(2021年に発足した豪州・英・米間の
軍事・安全保障上の同盟。太平洋を中心とする海域の軍事的主導権を握る対中国戦略の枠組みとも
される。)、日米韓の共同訓練関係、米英間の大西洋宣言、日英間の広島アコード(2023年に日英
間で結ばれた軍事・経済のパードナーシップ協定)などどの太平洋・大西洋をカバーするいくつか
の同盟を相互に連携して機能させることを謳っています。
これらの同盟を連携させることは、主として中国に対抗し中国を封じ込めるための敵対的な軍事・
安全保障上の協力関係のネットワーク作りを目的としています。
しかし、日本にとって中国は正面から敵対する相手ではなく、お互いに繁栄するための友好国とし
ての関係を築く必要があります。実際、中国との経済関係抜きに日本の経済は立ち行きません。
アメリカが「共同宣言」にこうした広範囲の軍事・安全保障ネットワークの構築を盛り込んだ背景
には、アメリカ一国で中国と対決するのは負担が大きすぎるので、できるだけ多くの国を巻き込ん
で中国を抑え込んでゆこうとの意図があったものと思われます。
第五の問題は、日本の防衛産業の拡大・強化です。
米国は、地域における抑止力を強化するための共同開発・生産を通じた協力を増進するこ
とになる、日本の防衛装備移転三原則及びその運用指針の改正を歓迎する。我々は、長期
的に重要な能力の需要を満たし即応性を維持するためにそれぞれの産業基盤を活用するこ
とを目的とし、日米の防衛産業が連携する優先分野を特定するために、日米の関係省庁と
連携し、防衛省と米国防省が共に主導する日米防衛産業協力・取得・維持整備定期協議
(DICAS)を開催する。
この優先分野の特定の対象には、ミサイルの共同開発及び共同生産並びに前方に展開され
た米海軍艦船及び第4世代戦闘機を含む米空軍航空機の日本の民間施設における共同維持
整備が含まれる。DICASは、既存の防衛装備庁・米国防省(研究・工学担当)定期協議
(DSTCG)と共に、我々の防衛産業政策、取得及び科学技術のエコシステムをより統合し
整合させていくものである。
つまり、日米が連携する優先分野としてミサイル、米海軍艦船及び第4世代戦闘機を含む米空軍航
空機を日本の民間施設において共同で維持整備することが含まれる、とされています。
建前としては、これらの軍事物資の開発と生産は日米の関係省庁と連携して行われることになって
いますが、いずれの分野も米国が先行しており、優先順位についてはアメリカの意向に従うことに
なる可能性が大きい。
それよりも重要なことは、日本が本格的に殺傷能力のある攻撃型兵器の生産に手を染めること自体、
専守防衛の原則に反するだけでなく、軍需産業が国の経済の中に組み込まれ、国の政治経済が「軍
産複合体」の影響を受ける可能性があります。
日本にとって非常に重要な事項が「防衛・安全保障協力の強化」の分野の最後に、前後の脈絡なく
唐突に付け加えられています。
日米両国は、抑止力を維持し、及び地元への影響を軽減するため、普天間飛行場の継続的
な使用を回避するための唯一の解決策である辺野古における普天間飛行場代替施設の建設
を含め、沖縄統合計画に従った在日米軍再編の着実な実施に強くコミットしている。
この部分は、日本政府がアメリカから最も引き出したい文言で、これに言及すれば日本政府が喜ぶ
ということをバイデン大統領は知っていて、日本をアメリカの戦略に引き込むために、リップサー
ビスとして付け加えられたのかもしれません。
以上の、軍事的色彩が強い領域に加えて、「共同声明」は間接的な安全保障についても触れている
ので、これらについてもごく簡単に紹介しておきましょう。
一つは「宇宙における新たなフロンティアの開拓」です。「共同声明」は以下のように説明します。
我々のグローバルなパートナーシップは宇宙にも及び、日米両国は太陽系探査と月への帰
還を主導している。我々は本日、与圧ローバによる月面探査の実施取決めに署名したこと
を歓迎する。この取決めでは、日本が月面与圧ローバを提供して運用を維持する一方で、
米国はアルテミス計画の将来のミッションで日本人宇宙飛行士による2回の月面着陸の機
会を割り当てることを計画している。(中略)
我々はまた、米国の産業との協力の可能性を含め、極超音速滑空体(HGV)等のミサイル
のための地球低軌道(LEO)の探知・追尾のコンステレーションに関する二国間協力も発
表する。
上記引用部分の前段は、太陽系探査と月面探査の宇宙開発だとの印象を受けるが、そこには宇宙空
間に打ち上げられたミサイルの探知・追尾が目的になっていることが分かります。
二つは「イノベーション、経済安全保障及び気候変動対策の主導」です。
日米両国は、イノベーションを促進し、産業基盤を強化し、強じんで信頼性のあるサプラ
イチェーンを促進し、将来の戦略的新興産業を構築しつつ、同時にこの10年間で大幅な排
出削減を追求するために、我々の経済、技術及び関連する戦略を最大限に整合させること
を目指す。(中略)
我々は、他の志を同じくするパートナーと実施するものも含めた研究交流、民間投資及び
資本調達を通じ、AI、量子技術、半導体、バイオテクノロジー等の次世代の重要・新興技
術の開発及び保護におけるグローバルなリーダーとしての共通の役割を強化することにコ
ミットしている。(中略)(これにより)日米の技術的な優位性を高めるとともに、我々
の経済安全保障を強化する意図を有する。
日本は、海外直接投資額にして8,000億ドル近くを誇る、最大の対米投資国であり、日本
企業は全米50州で100万人近い米国人を雇用している。同様に、長年にわたり最大級の対
日投資国として米国は日本の経済成長を支えており、世界最大級の金融セクターを有する
2か国として、我々は、国境を越えた投資の促進及び金融安定の支援のためにパートナー
シップを強化することにコミットしている。
この文章のすぐ後で、日本は最大の対米投資国であり日本企業が全米50州で100万人近い米国
人を雇用していることをことさらに強調しています。米側は日本を精一杯持ち上げて日本を大いに
喜ばせたに違いありません。
サプライチェーンの促進の中で、気候変動との関連でクリーンエネルギーの確保、脱炭素の技術の
開発も謳われています。
日米両国は、気候危機が我々の時代の存亡に関わる挑戦であることを認識し、世界的な
対応のリーダーとなる意図を有する。(中略)
(そのために)我々は、(中略)各国の事情を考慮しながら、風力発電に沿った世界的な
野心に向けて協働する意図を有し、技術コストを削減、脱炭素化を加速し、沿岸地域社
会への便益をもたらす革新的なブレークスルーを追求していく。
日本が新たに立ち上げた産業プラットフォーム「浮体式洋上風力技術研究組合(FLOW
RA)」を米国は歓迎する。
我々は、フュージョンエネルギーの実証及び商業化を加速するための日米戦略的パート
ナーシップの発表を通じたフュージョンエネルギー開発を含む次世代クリーン・エネル
ギー技術の開発及び導入を更に主導する。
脱炭素の一環として風力発電の技術開発に力を入れることは大歓迎ですが、一種の原子力エネル
ギーであるフュージョンエネルギー(従来の「核分裂」ではなく「核融合」によるエネルギー)
の実証及び商業化は問題です(注1)。
というのも、これは、国内での議論も合意も得られていない原子力発電であるにも関わらず、あ
たかも規定の方針のように米国と合意してしまっているからです。
ほかに、医療分野ではパンデミックの予防、備え及び対応、保険システムの推進、がんの治療薬
に関する情報交換などが盛り込まれています。
三つは「グローバルな外交及び開発における連携」です。
この分野では以下の点が強調されています。
(1)国連憲章を含む国際法を堅持する。いかなる国家の領土一体性や政治的独立に対する武
力による威嚇又は武力の行使を慎むことを含め、同憲章の目的及び原則を堅持するよう
求める。
(2)国連海洋法条約(UNCLOS)に反映された国際法と整合的な形で、全ての国が航行及び
上空飛行の自由を含む権利と自由を行使できることの重要性を強調する。南シナ海におけ
る不法な海洋権益に関する主張を後押しする最近の中国による危険でエスカレートさせる
行動や他国の海洋資源開発を妨害する試みは、UNCLOSに反映された国際法と整合的では
ないことを決意する。
(3)台湾に関する両国の基本的立場に変更はないことを強調し、世界の安全と繁栄に不可欠な
要素である台湾海峡の平和と安定を維持することの重要性を改めて表明する。我々は、両
岸問題の平和的解決を促す。
(4)ASEAN、太平洋諸島フォーラム(PIF)及び環インド洋連合を含む、地域機関に対する日
米豪印(クアッド)の揺るぎない支持及び尊重を改めて表明する。東南アジア諸国はイン
ド太平洋における重要なパートナーであり、日米比三か国は、経済安全保障及び経済的強
じん性を促進しつつ、三か国間の防衛及び安全保障協力を強化することを目指す。
(5)日米韓は、地域の安全保障の推進、抑止力の強化、開発・人道支援の調整、北朝鮮の不正
なサイバー活動への対抗並びに経済、クリーン・エネルギー及び技術に関する課題を含む
協力の深化において引き続き連携していく。日米両国はまた、平和で安定した地域を確保
するため、豪州との三国間の協力の推進に引き続きコミットしている。
(6)国連安保理決議に従った北朝鮮の完全な非核化に対するコミットメントを改めて確認する。
朝鮮半島及びそれを超える地域の平和及び安全に対する重大な脅威を及ぼす、大陸間弾道
ミサイル(ICBM)の発射及び弾道ミサイル技術を用いた衛星打ち上げ用ロケットを含む
北朝鮮による弾道ミサイル計画の継続的な推進を強く非難する。
バイデン大統領はまた、拉致問題の即時解決に対する米国のコミットメントを改めて確認
し、双方は、北朝鮮における人権の尊重を促進するための共同の取組を継続することにコ
ミットする。
(7)ロシアのウクライナに対する残酷な侵略戦争、ウクライナのインフラに対するロシアの攻
撃及びびロシアによる占領という暴力への断固とした反対において引き続き結束する。引
き続き、ロシアに対する厳しい制裁を実施し、ウクライナに対する揺るぎない支援を提供
していく。
ロシアによるウクライナに対する侵略戦争を支援し、北東アジアの平和及び安定並びに国
際的な不拡散体制を脅かす、北朝鮮とロシアとの間の軍事協力の拡大について、深刻な懸
念を表明する。
(8)昨年10月7日のハマス等によるテロ攻撃を改めて断固として非難し、国際法に従って自国
及び自国民を守るイスラエルの権利を改めて確認する。同時に、我々はガザ地区の危機的
な人道状況に深い懸念を表明する。我々は、ハマスが拘束している全ての人質の解放を確
保することが不可欠であることを確認し、人質解放の取引がガザにおける即時かつ持続的
な停戦をもたらすことを強調する。
イスラエル人とパレスチナ人が公正で、永続的で、安全な平和の下で暮らすことを可能に
する二国家解決の一環として、イスラエルの安全が保障された、独立したパレスチナ国家
に引き続きコミットしている。
(9)両国は、現実的かつ実践的なアプローチを通じて、「核兵器のない世界」を実現すること
を決意している。冷戦終結以後に達成された世界の核兵器数の全体的な減少が継続し、
これを逆行させないことが極めて重要であり、中国による透明性や有意義な対話を欠いた、
加速している核戦力の増強は、世界及び地域の安定にとっての懸念となっている。(中略)
バイデン大統領は、日本による東京電力福島第一原子力発電所の多核種除去設備(ALPS)
処理水の、科学的根拠に基づく、安全かつ責任ある海洋放出を称賛した。日米両国は、燃
料デブリ取出しのための研究協力に焦点を当てた福島第一廃炉パートナーシップの立ち上
げを計画している。
以上が、「共同声明」に盛り込まれた主な事項の要旨です。主な項目だけでもこれだけ多くの領域
に及んでいます。
今回は、詳しく取り上げることができなかった問題も含めて、次回は岸田首相の訪米について包
括的な評価を行いたいと想います。
(注1)フュージョンエネルギーについては 内閣府ホームページから、「イノベーション政策強
化のための有識者会議」https://www8.cao.go.jp/cstp/fusion/index.html、および「核融合戦
略」『フュージョンエネルギー・イノベーション戦略(案)』(令和5年3月https://www8.
cao.go.jp/cstp/fusion/5kai/siryo1.pdf)を参照。
前回は日米の「共同声明」に盛り込まれた7領域のうち、最も重要な「防衛・安全保障協力」事項
の何点かを引用し、第二までの問題点を検討しました。今回は、その続きで第三の問題からです。
第三の問題は。日米の軍事的一体化と指揮権についてです。共同声明は以下のように述べています。
本日、地域の安全保障上の課題が展開する速度を認識し、日米の二国間同盟体制がこうし
た極めて重要な変化に対応できるようにするため、我々は、作戦及び能力のシームレスな
統合を可能にし、平時及び有事における自衛隊と米軍との間の相互運用性及び計画策定の
強化を可能にするため、二国間でそれぞれの指揮・統制の枠組みを向上させる意図を表明
する。(中略)
我々は、日米それぞれの外務・防衛担当省庁に対し、日米安全保障協議委員会(日米「2
+2」)を通じて、この新しい関係を発展させるよう求める。このビジョンを支えるに当
たり、我々はまた、日米共同情報分析組織(BIAC)を通じたものを含め情報収集、警戒
監視及び偵察活動における協力並びに同盟の情報共有能力を深化させるという目標を改め
て確認する。
この部分には少し背景の補足説明が必要です。日本の陸海空の自衛隊には統合幕僚監部はあります
が、陸海空自衛隊の意思疎通は必ずしも円滑にいっていないので、新たに統合作戦司令部を創設す
る計画があります。
他方、現在、日本の自衛隊とアメリカ軍の調整は統合幕僚監部とハワイに司令部があるインド太平
洋軍の司令部との間で行われています。そのため緊急時などで連絡が迅速に行えないとの懸念から、
米軍の司令部を日本に移そうとしています。
「共同声明」では、日本の統合作戦司令部と米軍の司令部とが直接・迅速に作戦および軍事能力の
統合を行うこと(シームレスな統合)で二国間の指揮・統制枠組みを向上させるとしています。
今のところ、日本とアメリカはそれぞれ別の指揮系統の下に行動することになっていますが、米軍
の方が情報の収集・分析能力や兵器の取り扱いなどで圧倒的に優位にあるため、実際には日本の統
合作戦司令部は丸ごと米軍の指揮下に組み込まれ、日本の自衛隊は米軍の“駒”として使われてしま
う疑念があります。
第四の問題は、対中国封じ込めのための同盟関係の強化・拡大です。
「共同宣言」では、日米同盟を強化するために、AUKUS(2021年に発足した豪州・英・米間の
軍事・安全保障上の同盟。太平洋を中心とする海域の軍事的主導権を握る対中国戦略の枠組みとも
される。)、日米韓の共同訓練関係、米英間の大西洋宣言、日英間の広島アコード(2023年に日英
間で結ばれた軍事・経済のパードナーシップ協定)などどの太平洋・大西洋をカバーするいくつか
の同盟を相互に連携して機能させることを謳っています。
これらの同盟を連携させることは、主として中国に対抗し中国を封じ込めるための敵対的な軍事・
安全保障上の協力関係のネットワーク作りを目的としています。
しかし、日本にとって中国は正面から敵対する相手ではなく、お互いに繁栄するための友好国とし
ての関係を築く必要があります。実際、中国との経済関係抜きに日本の経済は立ち行きません。
アメリカが「共同宣言」にこうした広範囲の軍事・安全保障ネットワークの構築を盛り込んだ背景
には、アメリカ一国で中国と対決するのは負担が大きすぎるので、できるだけ多くの国を巻き込ん
で中国を抑え込んでゆこうとの意図があったものと思われます。
第五の問題は、日本の防衛産業の拡大・強化です。
米国は、地域における抑止力を強化するための共同開発・生産を通じた協力を増進するこ
とになる、日本の防衛装備移転三原則及びその運用指針の改正を歓迎する。我々は、長期
的に重要な能力の需要を満たし即応性を維持するためにそれぞれの産業基盤を活用するこ
とを目的とし、日米の防衛産業が連携する優先分野を特定するために、日米の関係省庁と
連携し、防衛省と米国防省が共に主導する日米防衛産業協力・取得・維持整備定期協議
(DICAS)を開催する。
この優先分野の特定の対象には、ミサイルの共同開発及び共同生産並びに前方に展開され
た米海軍艦船及び第4世代戦闘機を含む米空軍航空機の日本の民間施設における共同維持
整備が含まれる。DICASは、既存の防衛装備庁・米国防省(研究・工学担当)定期協議
(DSTCG)と共に、我々の防衛産業政策、取得及び科学技術のエコシステムをより統合し
整合させていくものである。
つまり、日米が連携する優先分野としてミサイル、米海軍艦船及び第4世代戦闘機を含む米空軍航
空機を日本の民間施設において共同で維持整備することが含まれる、とされています。
建前としては、これらの軍事物資の開発と生産は日米の関係省庁と連携して行われることになって
いますが、いずれの分野も米国が先行しており、優先順位についてはアメリカの意向に従うことに
なる可能性が大きい。
それよりも重要なことは、日本が本格的に殺傷能力のある攻撃型兵器の生産に手を染めること自体、
専守防衛の原則に反するだけでなく、軍需産業が国の経済の中に組み込まれ、国の政治経済が「軍
産複合体」の影響を受ける可能性があります。
日本にとって非常に重要な事項が「防衛・安全保障協力の強化」の分野の最後に、前後の脈絡なく
唐突に付け加えられています。
日米両国は、抑止力を維持し、及び地元への影響を軽減するため、普天間飛行場の継続的
な使用を回避するための唯一の解決策である辺野古における普天間飛行場代替施設の建設
を含め、沖縄統合計画に従った在日米軍再編の着実な実施に強くコミットしている。
この部分は、日本政府がアメリカから最も引き出したい文言で、これに言及すれば日本政府が喜ぶ
ということをバイデン大統領は知っていて、日本をアメリカの戦略に引き込むために、リップサー
ビスとして付け加えられたのかもしれません。
以上の、軍事的色彩が強い領域に加えて、「共同声明」は間接的な安全保障についても触れている
ので、これらについてもごく簡単に紹介しておきましょう。
一つは「宇宙における新たなフロンティアの開拓」です。「共同声明」は以下のように説明します。
我々のグローバルなパートナーシップは宇宙にも及び、日米両国は太陽系探査と月への帰
還を主導している。我々は本日、与圧ローバによる月面探査の実施取決めに署名したこと
を歓迎する。この取決めでは、日本が月面与圧ローバを提供して運用を維持する一方で、
米国はアルテミス計画の将来のミッションで日本人宇宙飛行士による2回の月面着陸の機
会を割り当てることを計画している。(中略)
我々はまた、米国の産業との協力の可能性を含め、極超音速滑空体(HGV)等のミサイル
のための地球低軌道(LEO)の探知・追尾のコンステレーションに関する二国間協力も発
表する。
上記引用部分の前段は、太陽系探査と月面探査の宇宙開発だとの印象を受けるが、そこには宇宙空
間に打ち上げられたミサイルの探知・追尾が目的になっていることが分かります。
二つは「イノベーション、経済安全保障及び気候変動対策の主導」です。
日米両国は、イノベーションを促進し、産業基盤を強化し、強じんで信頼性のあるサプラ
イチェーンを促進し、将来の戦略的新興産業を構築しつつ、同時にこの10年間で大幅な排
出削減を追求するために、我々の経済、技術及び関連する戦略を最大限に整合させること
を目指す。(中略)
我々は、他の志を同じくするパートナーと実施するものも含めた研究交流、民間投資及び
資本調達を通じ、AI、量子技術、半導体、バイオテクノロジー等の次世代の重要・新興技
術の開発及び保護におけるグローバルなリーダーとしての共通の役割を強化することにコ
ミットしている。(中略)(これにより)日米の技術的な優位性を高めるとともに、我々
の経済安全保障を強化する意図を有する。
日本は、海外直接投資額にして8,000億ドル近くを誇る、最大の対米投資国であり、日本
企業は全米50州で100万人近い米国人を雇用している。同様に、長年にわたり最大級の対
日投資国として米国は日本の経済成長を支えており、世界最大級の金融セクターを有する
2か国として、我々は、国境を越えた投資の促進及び金融安定の支援のためにパートナー
シップを強化することにコミットしている。
この文章のすぐ後で、日本は最大の対米投資国であり日本企業が全米50州で100万人近い米国
人を雇用していることをことさらに強調しています。米側は日本を精一杯持ち上げて日本を大いに
喜ばせたに違いありません。
サプライチェーンの促進の中で、気候変動との関連でクリーンエネルギーの確保、脱炭素の技術の
開発も謳われています。
日米両国は、気候危機が我々の時代の存亡に関わる挑戦であることを認識し、世界的な
対応のリーダーとなる意図を有する。(中略)
(そのために)我々は、(中略)各国の事情を考慮しながら、風力発電に沿った世界的な
野心に向けて協働する意図を有し、技術コストを削減、脱炭素化を加速し、沿岸地域社
会への便益をもたらす革新的なブレークスルーを追求していく。
日本が新たに立ち上げた産業プラットフォーム「浮体式洋上風力技術研究組合(FLOW
RA)」を米国は歓迎する。
我々は、フュージョンエネルギーの実証及び商業化を加速するための日米戦略的パート
ナーシップの発表を通じたフュージョンエネルギー開発を含む次世代クリーン・エネル
ギー技術の開発及び導入を更に主導する。
脱炭素の一環として風力発電の技術開発に力を入れることは大歓迎ですが、一種の原子力エネル
ギーであるフュージョンエネルギー(従来の「核分裂」ではなく「核融合」によるエネルギー)
の実証及び商業化は問題です(注1)。
というのも、これは、国内での議論も合意も得られていない原子力発電であるにも関わらず、あ
たかも規定の方針のように米国と合意してしまっているからです。
ほかに、医療分野ではパンデミックの予防、備え及び対応、保険システムの推進、がんの治療薬
に関する情報交換などが盛り込まれています。
三つは「グローバルな外交及び開発における連携」です。
この分野では以下の点が強調されています。
(1)国連憲章を含む国際法を堅持する。いかなる国家の領土一体性や政治的独立に対する武
力による威嚇又は武力の行使を慎むことを含め、同憲章の目的及び原則を堅持するよう
求める。
(2)国連海洋法条約(UNCLOS)に反映された国際法と整合的な形で、全ての国が航行及び
上空飛行の自由を含む権利と自由を行使できることの重要性を強調する。南シナ海におけ
る不法な海洋権益に関する主張を後押しする最近の中国による危険でエスカレートさせる
行動や他国の海洋資源開発を妨害する試みは、UNCLOSに反映された国際法と整合的では
ないことを決意する。
(3)台湾に関する両国の基本的立場に変更はないことを強調し、世界の安全と繁栄に不可欠な
要素である台湾海峡の平和と安定を維持することの重要性を改めて表明する。我々は、両
岸問題の平和的解決を促す。
(4)ASEAN、太平洋諸島フォーラム(PIF)及び環インド洋連合を含む、地域機関に対する日
米豪印(クアッド)の揺るぎない支持及び尊重を改めて表明する。東南アジア諸国はイン
ド太平洋における重要なパートナーであり、日米比三か国は、経済安全保障及び経済的強
じん性を促進しつつ、三か国間の防衛及び安全保障協力を強化することを目指す。
(5)日米韓は、地域の安全保障の推進、抑止力の強化、開発・人道支援の調整、北朝鮮の不正
なサイバー活動への対抗並びに経済、クリーン・エネルギー及び技術に関する課題を含む
協力の深化において引き続き連携していく。日米両国はまた、平和で安定した地域を確保
するため、豪州との三国間の協力の推進に引き続きコミットしている。
(6)国連安保理決議に従った北朝鮮の完全な非核化に対するコミットメントを改めて確認する。
朝鮮半島及びそれを超える地域の平和及び安全に対する重大な脅威を及ぼす、大陸間弾道
ミサイル(ICBM)の発射及び弾道ミサイル技術を用いた衛星打ち上げ用ロケットを含む
北朝鮮による弾道ミサイル計画の継続的な推進を強く非難する。
バイデン大統領はまた、拉致問題の即時解決に対する米国のコミットメントを改めて確認
し、双方は、北朝鮮における人権の尊重を促進するための共同の取組を継続することにコ
ミットする。
(7)ロシアのウクライナに対する残酷な侵略戦争、ウクライナのインフラに対するロシアの攻
撃及びびロシアによる占領という暴力への断固とした反対において引き続き結束する。引
き続き、ロシアに対する厳しい制裁を実施し、ウクライナに対する揺るぎない支援を提供
していく。
ロシアによるウクライナに対する侵略戦争を支援し、北東アジアの平和及び安定並びに国
際的な不拡散体制を脅かす、北朝鮮とロシアとの間の軍事協力の拡大について、深刻な懸
念を表明する。
(8)昨年10月7日のハマス等によるテロ攻撃を改めて断固として非難し、国際法に従って自国
及び自国民を守るイスラエルの権利を改めて確認する。同時に、我々はガザ地区の危機的
な人道状況に深い懸念を表明する。我々は、ハマスが拘束している全ての人質の解放を確
保することが不可欠であることを確認し、人質解放の取引がガザにおける即時かつ持続的
な停戦をもたらすことを強調する。
イスラエル人とパレスチナ人が公正で、永続的で、安全な平和の下で暮らすことを可能に
する二国家解決の一環として、イスラエルの安全が保障された、独立したパレスチナ国家
に引き続きコミットしている。
(9)両国は、現実的かつ実践的なアプローチを通じて、「核兵器のない世界」を実現すること
を決意している。冷戦終結以後に達成された世界の核兵器数の全体的な減少が継続し、
これを逆行させないことが極めて重要であり、中国による透明性や有意義な対話を欠いた、
加速している核戦力の増強は、世界及び地域の安定にとっての懸念となっている。(中略)
バイデン大統領は、日本による東京電力福島第一原子力発電所の多核種除去設備(ALPS)
処理水の、科学的根拠に基づく、安全かつ責任ある海洋放出を称賛した。日米両国は、燃
料デブリ取出しのための研究協力に焦点を当てた福島第一廃炉パートナーシップの立ち上
げを計画している。
以上が、「共同声明」に盛り込まれた主な事項の要旨です。主な項目だけでもこれだけ多くの領域
に及んでいます。
今回は、詳しく取り上げることができなかった問題も含めて、次回は岸田首相の訪米について包
括的な評価を行いたいと想います。
(注1)フュージョンエネルギーについては 内閣府ホームページから、「イノベーション政策強
化のための有識者会議」https://www8.cao.go.jp/cstp/fusion/index.html、および「核融合戦
略」『フュージョンエネルギー・イノベーション戦略(案)』(令和5年3月https://www8.
cao.go.jp/cstp/fusion/5kai/siryo1.pdf)を参照。