「令和の百姓一揆」が訴える農業と食料の危機
―戸別所得補償制度の復活を―
2025年(令和6年)3月30日、農家や酪農家による「令和の百姓一揆」が全国14都道府県で
一斉に行われました。この光景はテレビなどのニュースで流れたので見た人も多いと思います。
東京では青山公園に集結した農家や酪農家が「百姓は国の宝」「お米を守ろう」と各県からの
のぼり旗も掲げられる中、一揆を告げるほら貝の合図で30数台のトラクターや軽トラックの行
進が始まりました。
その後、大根やタマネギをぶら下げた車両は、ゴール視点の5.5キロメートルを行進しました。
この日、沿道を含めやく4500人(主催者発表)が参加しました。
今回のデモには農家だけではなく、米の高騰に不安を持つ、若者や家族連れなど消費者も多数
参加、「農業の未来を守ることは子どもの未来を守ること」などと訴えました。
「令和の百姓一揆」は、コメの価格高騰が注目される中、近年の肥料や飼料の高騰、異常気象
にも見舞われる生産者の苦境を訴えようと、農家や市民の有志でつくる実行委員会が主催した、
文字通りデモンストレーションでした。
このような農家によるトラクターデモは、フランスなどでも行われ、その模様は日本でも紹介
され私も記憶にあります。
ゴール地点にいた、日本とフランスを行き来しているある女性(70才)は、「フランスでもト
マトを道路にぶちまけて通れなくし、農家は怒りの声を上げている」「日本は戦争をしたがっ
ているが、高額な武器を買わずとも兵糧攻めすればいいと世界は見るだろうと」と記者に語っ
ていました『東京新聞』(2025年4月2日 以下特に注が付されていない文書はこの記事からの
引用)。
また、茨城県から参加した農家Aさん(77才)は、「沿道の人がすごかった。このままでは10
年後、農作物が食べられなくなるという問題を一人でも多くの人に知ってもらいたい」と訴え
ていました。
これらの声は、なぜ、農畜産家と一部の市民が「令和の百姓一揆」という形のデモを決行した
のかを示しています。
農家ではない一般の人々にとって、昨年からの米不足と米価の高騰に直面して、主食である米
を今後も安心して手ごろな価格で確保できるかどうかに不安を感じているからでしょう。
米不足とコメ価格の高騰については、このブログの2024年9月10日の『令和の米騒動―「農政」
の「ノー政」が原因?』という記事で詳しく解説しているのでそれを参照されたい。
しかし、問題はそれだけではありません。茨木県から参加した農家のAさんは、もっと根源的
な問題にたいする不安を表明していました。
彼は10年後には米だけでなく食べる農作物そのものがなくなってしまうのではないか、と心
配してました。
というのも、そもそも農家や酪農家などの生産者がいなくなってしまうのではないか、という
根本的な問題があるからです。
今回の米不足に際して農水省は、今年度の稲作の作付面積を増やすよう奨励していますが、問
題は、作付面積を増やそうにも、それを担う農民が激減していることです。
その主な原因は、全般的な人口減少に加えて、現在、農家とりわけ米農家の経営状態は、とう
てい生計を維持するレベルに達していないし、そのため農家の後継者がいないことです。
もし農業が十分な収入があり、魅力的な職業であったなら、農家の後継者でなくても、新たに
農業に参入する人たちが出てくるに違いありません。
しかし、現実はそう楽観できる状況にはなっていません。
山形県三川町の米農家のBさん(73才)は、現在40%の農地を休ませていますが、「これま
で価格維持のため多く作ることができなかった。価格が下がり続ける中で耐えながらコメを
作ってきた」と、これまでの苦悩をもらしました。
彼は75才で離農を考えていますが、跡を継ぐ家族はいないという。「息子は農業の学校に進ん
だが、先がないと判断し、継がないと決めた。こちらから『やれ』とは言えない。意欲のある
別の農家に引き継ぐつもりだ」と、自らの農業に悲観的な将来を語りました。
しかし、このような状況は、B氏だけでなく、日本全体で生じています。息子さんが、「(農業
に)先がない」という実態を詳しく見てみましょう。
農林水産省によると、2022年の米農家など1経営体当たりの作物収入などは378万3000
円でしたが、肥料代などの経費を除くと手元に残る所得は1万円となってしまいます。
この収入を平均労働時間(1000時間)で割ると、何と「自給10円」となってしまいます。こ
れは非常に単純換算ですが、米農家の低所得を象徴する数字とされてきました(注1)。
私の知り合いの米農家の実態をみても、手元に残る所得はごくわずかで、稲作をあきらめ、田
んぼを他人に任せる農家が増えています。
ただし、こうした状況に対して私は考えるべき問題が少なからずあると思います。通常、稲作
の経費として労働費、賃借料・料金、農機具費、肥料費、農業薬剤費、種苗代、水利費、ガソ
リン代などが含まれます。
これらのうち、肥料費(おそらく化成肥料)と農薬費の多用は農業協同組合(以下「農協」と
略数)農共の指導の下で普及してきたと考えられます。
また、農機具についても、コンバインや大型耕運機や田植え機などは、一部で共同利用と賃貸
が進んでいますが、私が実際に農家を訪れて聞いた限りでは、かなり多くの農家が大型農業機
械を所有しています。
そうした農機具の購入方法を聞くと、ある農家からは農協からのローンで購入した、という答
えが返ってきます。
このような場合、農家は米の収穫後に米を農協に売って、その代金でローンの一部を返済をす
る、というサイクルになっています。極論を言えば、一種の自転車操業です。
しかし、ローンの返済が終わるころには、こうして購入した農業機械や農機具は故障が多くな
り、新しい機械を購入するようになり、ずっとローンの返済が続くと言っていました。
しかも、大型であれ小型であれ農機具はしばしば破損や不具合が生じ、その修理費も非常に大
きな負担だそうです。
問題は、なぜ農業機械の共同使用が進まないのか、という点です。もし農協がそれぞれの地区
の農家に機械を貸して、複数の農家が順番に共同使用することができれば、賃貸料はかかりま
すが、所有するよりは経済的負担は少なくてすむでしょう。
しかし、耕耘機であれ、田植え機であれ、刈入れ用のコンバインであれ、必要とするのは一時
期に集中するので、共同利用方式はなかなかうまくゆきません。
こうして、勢い、各農家が無理をして高額な農業機械を購入し、それが経営を圧迫するように
なってしまいます。
以上は、私が直接見聞きした事例で、こうした状況を一般化するつもりはありませんが、それ
でもコメ農家の実態の一端を示しています。
さらに米農家の経営を圧迫しているのは、肥料代と農薬代です。とりわけウクライナ戦争以降、
肥料価格が世界的に高騰しています。また、カメムシ対策のための殺虫剤や労力の負担を軽く
する除草剤などの農薬も現在では欠かせない農業資材となっています。
私見によれば、肥料と農薬の使用は、農家自身の判断による面と、農協の推奨や指導も大いに
影響していると思われます。
いずれにしても、現代の稲作は多額の経費がかかるのに、手元に残る利益は少なく、近年の米
価の高騰でもとうてい一般の労働者の賃金と比べて「先がある」とは言えない状況にあります。
生産性を上げるには、農地をまとめて大規模化し、大型農機具を導入し、IT化とAI化によ
って農業を効率化(スマート農業)すればいい、という意見はしばしば目にします。
しかし、このような意見は、日本の稲作がどのような地形の土地で行われているかを分かって
いない、と言わざるを得ません。
実際には日本の稲作の7割は「中山間地」と言われる傾斜をともなった土地で、そこでは棚田
のように土地を小区画に区切り、それぞれに水を溜めるための畔をつくります。そこには、大
型農機具は入れません。
こうした制約を考えれば、稲作の大規模化による日本全体の米の生産量を増やすことは、机上
のプランならいざ知らず、現実には到底無理です。
もちろん、テレビなどで紹介される、大規模化による生産性の向上、収益の増大、加えてIT
やAIの導入によって農作業従事者の劇的削減などのごく例外的な成功例はありますが、それ
は、日本全体のごく一部です。
土地の地形的な問題とは別に、ある意味でそれより深刻な問題があります。それは、離農者の
増加です。
「令和の百姓一揆」の実行委員長で山形県の米農家菅野さん(75才)は、「もう限界。洪水の
ように離農が進んでいる。『自給10円』では機械の更新もできない」、と悲鳴を上げています。
離農が進む一方で、農家の高齢化も急速に進んでいます。2024年の基幹的農業従事者(主に自
営農業に従事している世帯員、主婦などは含まれない。農業就業人口)の平均年齢は69.2才と進
み、従業者数は2040年に30万人程度まで減少すると見込まれています。
これでは、米だけでなく日本人の食料全般が危機に陥ってしまいます。「令和の百姓一揆」がも
とめたのは、農家への直接支払いによる所得補償でした。
これは2010年度に民主党政権で「個別所得補償制度」として導入され、原則として主食用米の作
付面積10アール当たり1万5000円が戸別農家に支給されました。
しかし、野党時代にこの補償制度を「ばらまき」として批判してきた自民党は政権復帰後しばら
くしてこの支給を廃止してしまった。
宇都宮大学の松平尚也助教(農業政策)は、「自民党政権は新自由主義的な農政をとり、農地の集
約や大規模化輸出拡大を促す動きが活発化した。法人や認定農業者など一部に補助金が充てられた」
と説明しています。
続いて松平教授は、「個人や家族で経営する小規模農家は全体の9割以上を占めているのに、「偏っ
た補助金の集中は、農業の基盤を支える地域の担い手を意識していない」と指摘しています。
立憲民主党の野田佳彦代表は昨年10月の衆院選で、農家の収入を安定させるために「直接支払い
制度」のあり方を公約に掲げ、先月末には新潟県での講演で民主党政権時代の「農家支援策を掲
げて「令和の戸別所得補償制度を実現する」と主張しました。
自民党は農家の戸別補償には反対ですが、欧米では極めて多額の助成金を支給しています。つま
り、日本は2016年の時点で農家所得に占める助成金は「30%」そこそこです。
これに対してヨーロッパは90%以上ですし、米国は「40%」ですから、日本の農家所得に占める
助成金の割合は先進国で断トツに低く、その構造は現在も変わっていません。
米国は「40%」と書きましたが、その仕組みは市場価格の状況によって変わります。たとえば米
国の農家が1俵(60キロ)4000円でコメを販売しているとして、生産に12000円のコストが必要
としましょう。米国では、その生産コストを政府が自ら計算し、販売価格の差額の8000円を政府
が補助金で全額負担しています。だから、米国の農家は政府が提示する生産コストを目安に、安
心して作付け計画が立てられるのです(注3)。まさに補助金漬けです。
現在の自公政権は農業には冷淡ですが、工業製品や半導体を食べるわけには行きません。もし先
進国を標榜するなら、国民が食べる食料を自給すべきです。
農業の保護に予算がかかるとしても、それは日本国民が文字通り生きてゆくために必要で、あまり
合理性がないまま、2%にまで増やす防衛費を削ってでも、国の予算を投入すべきです。
私もかつて傾斜地で米作りをしたことがありますが、田んぼは一度放置して雑草が生えるままに
しておくと、いざ、増産をといっても、水路の整備から畔作り、棚田で石組があればその補修な
ど、とてつもない労力がかかります。
日本の田畑がそうなる前に、作物ができる田畑を保存し、せめて私たちが食べる食料だけは確保
したいと思います。
注
(注1)『朝日新聞』(電子版 2024年9月9日 6時00分)
https://www.asahi.com/articles/ASS961QDSS96OXIE009M.html
(注2)農水省 令和6年9月2日更新
https://www.maff.go.jp/j/kokusai/kokusei/kaigai_nogyo/k_seisaku/eu.html
(注3)『生活クラブ』(2019年9月20日)(2025年4月6日閲覧) https://seikatsuclub.coop/news/detail.html?NTC=1000000384
なお各国の農業保護政策については『農水省』(令和6年9月2日更新)(2025年4月6日閲覧)
https://www.maff.go.jp/j/kokusai/kokusei/kaigai_nogyo/k_seisaku/eu.html
―戸別所得補償制度の復活を―
2025年(令和6年)3月30日、農家や酪農家による「令和の百姓一揆」が全国14都道府県で
一斉に行われました。この光景はテレビなどのニュースで流れたので見た人も多いと思います。
東京では青山公園に集結した農家や酪農家が「百姓は国の宝」「お米を守ろう」と各県からの
のぼり旗も掲げられる中、一揆を告げるほら貝の合図で30数台のトラクターや軽トラックの行
進が始まりました。
その後、大根やタマネギをぶら下げた車両は、ゴール視点の5.5キロメートルを行進しました。
この日、沿道を含めやく4500人(主催者発表)が参加しました。
今回のデモには農家だけではなく、米の高騰に不安を持つ、若者や家族連れなど消費者も多数
参加、「農業の未来を守ることは子どもの未来を守ること」などと訴えました。
「令和の百姓一揆」は、コメの価格高騰が注目される中、近年の肥料や飼料の高騰、異常気象
にも見舞われる生産者の苦境を訴えようと、農家や市民の有志でつくる実行委員会が主催した、
文字通りデモンストレーションでした。
このような農家によるトラクターデモは、フランスなどでも行われ、その模様は日本でも紹介
され私も記憶にあります。
ゴール地点にいた、日本とフランスを行き来しているある女性(70才)は、「フランスでもト
マトを道路にぶちまけて通れなくし、農家は怒りの声を上げている」「日本は戦争をしたがっ
ているが、高額な武器を買わずとも兵糧攻めすればいいと世界は見るだろうと」と記者に語っ
ていました『東京新聞』(2025年4月2日 以下特に注が付されていない文書はこの記事からの
引用)。
また、茨城県から参加した農家Aさん(77才)は、「沿道の人がすごかった。このままでは10
年後、農作物が食べられなくなるという問題を一人でも多くの人に知ってもらいたい」と訴え
ていました。
これらの声は、なぜ、農畜産家と一部の市民が「令和の百姓一揆」という形のデモを決行した
のかを示しています。
農家ではない一般の人々にとって、昨年からの米不足と米価の高騰に直面して、主食である米
を今後も安心して手ごろな価格で確保できるかどうかに不安を感じているからでしょう。
米不足とコメ価格の高騰については、このブログの2024年9月10日の『令和の米騒動―「農政」
の「ノー政」が原因?』という記事で詳しく解説しているのでそれを参照されたい。
しかし、問題はそれだけではありません。茨木県から参加した農家のAさんは、もっと根源的
な問題にたいする不安を表明していました。
彼は10年後には米だけでなく食べる農作物そのものがなくなってしまうのではないか、と心
配してました。
というのも、そもそも農家や酪農家などの生産者がいなくなってしまうのではないか、という
根本的な問題があるからです。
今回の米不足に際して農水省は、今年度の稲作の作付面積を増やすよう奨励していますが、問
題は、作付面積を増やそうにも、それを担う農民が激減していることです。
その主な原因は、全般的な人口減少に加えて、現在、農家とりわけ米農家の経営状態は、とう
てい生計を維持するレベルに達していないし、そのため農家の後継者がいないことです。
もし農業が十分な収入があり、魅力的な職業であったなら、農家の後継者でなくても、新たに
農業に参入する人たちが出てくるに違いありません。
しかし、現実はそう楽観できる状況にはなっていません。
山形県三川町の米農家のBさん(73才)は、現在40%の農地を休ませていますが、「これま
で価格維持のため多く作ることができなかった。価格が下がり続ける中で耐えながらコメを
作ってきた」と、これまでの苦悩をもらしました。
彼は75才で離農を考えていますが、跡を継ぐ家族はいないという。「息子は農業の学校に進ん
だが、先がないと判断し、継がないと決めた。こちらから『やれ』とは言えない。意欲のある
別の農家に引き継ぐつもりだ」と、自らの農業に悲観的な将来を語りました。
しかし、このような状況は、B氏だけでなく、日本全体で生じています。息子さんが、「(農業
に)先がない」という実態を詳しく見てみましょう。
農林水産省によると、2022年の米農家など1経営体当たりの作物収入などは378万3000
円でしたが、肥料代などの経費を除くと手元に残る所得は1万円となってしまいます。
この収入を平均労働時間(1000時間)で割ると、何と「自給10円」となってしまいます。こ
れは非常に単純換算ですが、米農家の低所得を象徴する数字とされてきました(注1)。
私の知り合いの米農家の実態をみても、手元に残る所得はごくわずかで、稲作をあきらめ、田
んぼを他人に任せる農家が増えています。
ただし、こうした状況に対して私は考えるべき問題が少なからずあると思います。通常、稲作
の経費として労働費、賃借料・料金、農機具費、肥料費、農業薬剤費、種苗代、水利費、ガソ
リン代などが含まれます。
これらのうち、肥料費(おそらく化成肥料)と農薬費の多用は農業協同組合(以下「農協」と
略数)農共の指導の下で普及してきたと考えられます。
また、農機具についても、コンバインや大型耕運機や田植え機などは、一部で共同利用と賃貸
が進んでいますが、私が実際に農家を訪れて聞いた限りでは、かなり多くの農家が大型農業機
械を所有しています。
そうした農機具の購入方法を聞くと、ある農家からは農協からのローンで購入した、という答
えが返ってきます。
このような場合、農家は米の収穫後に米を農協に売って、その代金でローンの一部を返済をす
る、というサイクルになっています。極論を言えば、一種の自転車操業です。
しかし、ローンの返済が終わるころには、こうして購入した農業機械や農機具は故障が多くな
り、新しい機械を購入するようになり、ずっとローンの返済が続くと言っていました。
しかも、大型であれ小型であれ農機具はしばしば破損や不具合が生じ、その修理費も非常に大
きな負担だそうです。
問題は、なぜ農業機械の共同使用が進まないのか、という点です。もし農協がそれぞれの地区
の農家に機械を貸して、複数の農家が順番に共同使用することができれば、賃貸料はかかりま
すが、所有するよりは経済的負担は少なくてすむでしょう。
しかし、耕耘機であれ、田植え機であれ、刈入れ用のコンバインであれ、必要とするのは一時
期に集中するので、共同利用方式はなかなかうまくゆきません。
こうして、勢い、各農家が無理をして高額な農業機械を購入し、それが経営を圧迫するように
なってしまいます。
以上は、私が直接見聞きした事例で、こうした状況を一般化するつもりはありませんが、それ
でもコメ農家の実態の一端を示しています。
さらに米農家の経営を圧迫しているのは、肥料代と農薬代です。とりわけウクライナ戦争以降、
肥料価格が世界的に高騰しています。また、カメムシ対策のための殺虫剤や労力の負担を軽く
する除草剤などの農薬も現在では欠かせない農業資材となっています。
私見によれば、肥料と農薬の使用は、農家自身の判断による面と、農協の推奨や指導も大いに
影響していると思われます。
いずれにしても、現代の稲作は多額の経費がかかるのに、手元に残る利益は少なく、近年の米
価の高騰でもとうてい一般の労働者の賃金と比べて「先がある」とは言えない状況にあります。
生産性を上げるには、農地をまとめて大規模化し、大型農機具を導入し、IT化とAI化によ
って農業を効率化(スマート農業)すればいい、という意見はしばしば目にします。
しかし、このような意見は、日本の稲作がどのような地形の土地で行われているかを分かって
いない、と言わざるを得ません。
実際には日本の稲作の7割は「中山間地」と言われる傾斜をともなった土地で、そこでは棚田
のように土地を小区画に区切り、それぞれに水を溜めるための畔をつくります。そこには、大
型農機具は入れません。
こうした制約を考えれば、稲作の大規模化による日本全体の米の生産量を増やすことは、机上
のプランならいざ知らず、現実には到底無理です。
もちろん、テレビなどで紹介される、大規模化による生産性の向上、収益の増大、加えてIT
やAIの導入によって農作業従事者の劇的削減などのごく例外的な成功例はありますが、それ
は、日本全体のごく一部です。
土地の地形的な問題とは別に、ある意味でそれより深刻な問題があります。それは、離農者の
増加です。
「令和の百姓一揆」の実行委員長で山形県の米農家菅野さん(75才)は、「もう限界。洪水の
ように離農が進んでいる。『自給10円』では機械の更新もできない」、と悲鳴を上げています。
離農が進む一方で、農家の高齢化も急速に進んでいます。2024年の基幹的農業従事者(主に自
営農業に従事している世帯員、主婦などは含まれない。農業就業人口)の平均年齢は69.2才と進
み、従業者数は2040年に30万人程度まで減少すると見込まれています。
これでは、米だけでなく日本人の食料全般が危機に陥ってしまいます。「令和の百姓一揆」がも
とめたのは、農家への直接支払いによる所得補償でした。
これは2010年度に民主党政権で「個別所得補償制度」として導入され、原則として主食用米の作
付面積10アール当たり1万5000円が戸別農家に支給されました。
しかし、野党時代にこの補償制度を「ばらまき」として批判してきた自民党は政権復帰後しばら
くしてこの支給を廃止してしまった。
宇都宮大学の松平尚也助教(農業政策)は、「自民党政権は新自由主義的な農政をとり、農地の集
約や大規模化輸出拡大を促す動きが活発化した。法人や認定農業者など一部に補助金が充てられた」
と説明しています。
続いて松平教授は、「個人や家族で経営する小規模農家は全体の9割以上を占めているのに、「偏っ
た補助金の集中は、農業の基盤を支える地域の担い手を意識していない」と指摘しています。
立憲民主党の野田佳彦代表は昨年10月の衆院選で、農家の収入を安定させるために「直接支払い
制度」のあり方を公約に掲げ、先月末には新潟県での講演で民主党政権時代の「農家支援策を掲
げて「令和の戸別所得補償制度を実現する」と主張しました。
自民党は農家の戸別補償には反対ですが、欧米では極めて多額の助成金を支給しています。つま
り、日本は2016年の時点で農家所得に占める助成金は「30%」そこそこです。
これに対してヨーロッパは90%以上ですし、米国は「40%」ですから、日本の農家所得に占める
助成金の割合は先進国で断トツに低く、その構造は現在も変わっていません。
米国は「40%」と書きましたが、その仕組みは市場価格の状況によって変わります。たとえば米
国の農家が1俵(60キロ)4000円でコメを販売しているとして、生産に12000円のコストが必要
としましょう。米国では、その生産コストを政府が自ら計算し、販売価格の差額の8000円を政府
が補助金で全額負担しています。だから、米国の農家は政府が提示する生産コストを目安に、安
心して作付け計画が立てられるのです(注3)。まさに補助金漬けです。
現在の自公政権は農業には冷淡ですが、工業製品や半導体を食べるわけには行きません。もし先
進国を標榜するなら、国民が食べる食料を自給すべきです。
農業の保護に予算がかかるとしても、それは日本国民が文字通り生きてゆくために必要で、あまり
合理性がないまま、2%にまで増やす防衛費を削ってでも、国の予算を投入すべきです。
私もかつて傾斜地で米作りをしたことがありますが、田んぼは一度放置して雑草が生えるままに
しておくと、いざ、増産をといっても、水路の整備から畔作り、棚田で石組があればその補修な
ど、とてつもない労力がかかります。
日本の田畑がそうなる前に、作物ができる田畑を保存し、せめて私たちが食べる食料だけは確保
したいと思います。
注
(注1)『朝日新聞』(電子版 2024年9月9日 6時00分)
https://www.asahi.com/articles/ASS961QDSS96OXIE009M.html
(注2)農水省 令和6年9月2日更新
https://www.maff.go.jp/j/kokusai/kokusei/kaigai_nogyo/k_seisaku/eu.html
(注3)『生活クラブ』(2019年9月20日)(2025年4月6日閲覧) https://seikatsuclub.coop/news/detail.html?NTC=1000000384
なお各国の農業保護政策については『農水省』(令和6年9月2日更新)(2025年4月6日閲覧)
https://www.maff.go.jp/j/kokusai/kokusei/kaigai_nogyo/k_seisaku/eu.html