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大木昌の雑記帳

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2025年参議院選(1)―参政党急躍進の背景と意味―

2025-07-15 18:49:00 | 政治
2025年参議院選(1)―参政党急躍進の背景と意味―


NHKが7月7日行った世論調査によれば、政党別支持率は、「自民党」28.1%、「立憲民
主党」8.5%、「日本維新の会」2.3%、「公明党」3.0%、「国民民主党」5.1%、「共産党」
3.1%、「れいわ新選組」3.2%、「参政党」4.2%、「日本保守党」1.0%、「社民党」0.5%、
「みんなでつくる党」が0.1%、「特に支持している政党はない」30.1%でした。

しかし、共同通信社が7月5、6両日に実施した参院選の有権者動向を探る全国電話世論
調査(第2回トレンド調査)によれば、比例代表の投票先は自民党が18.2%で、6月28、
29両日の前回調査(17.9%)から横ばいだった(注1)。

これに対して参政党は2.3ポイント伸ばして8.1%で2位に浮上し、国民民主党の6.8%の、
立憲民主党の6.6%を上回りました。(注2)

これらの数字から言えることは、選挙区での当落は分からないにしても、少なくとも比
例では支持が急上昇している参政党が躍進することはほぼ間違いありません。

今回の参議院選では、参政党代表の神谷宗幣氏が「日本人ファースト」)をキャッチコ
ピーに選挙戦を展開しています。

神谷氏のキャッチコピーが「日本ファースト」ではなく「日本人ファースト」と、「日
本人」を強調する点に注意すべきです。ここには、日本人以外の外国人との区別がは
っきりと意識されています。

参政党は政党として「規約」を定め、そこには以下の「理念」と「綱領」が書かれて
います。

理念 日本の国益を守り、世界に大調和を生む
綱領 
一、先人の叡智を活かし、天皇を中心に一つにまとまる平和な国をつくる。
一、日本国の自立と繁栄を追求し、人類の発展に寄与する。
一、日本の精神と伝統を活かし、調和社会のモデルをつくる。

このうち「理念」に関しては、その具体的な中身が分からない状態では、ごく一般的な
価値観であると思います。

そして「綱領」も二番目と三番目も、ごく一般的な規定です。しかし最初の「天皇を中
心に一つにまとまる平和な国をつくる」に関しては、ドキリとするような強烈な復古イ
デオロギーを示しています。

ただし実際の選挙運動で理念や綱領が語られることはありません。代わって、選挙公約
として「行き過ぎた外国人受け入れには反対」、「移民の課題は外国人統合政策庁で一括
して管理する」など、外国人に対する排外主義的なナショナリズムが目につきます。

これらは政党が「保守政党」ないし「右派政党」であることを示していますが、参政党
が「三つの重点政策」として「教育・人づくり」「食と健康・環境保全」「国のまもり」
を謳っており、個別の具体的政策では反LGBT、反ワクチン、反移民など異彩を放って
います。

しかも、「食と健康」では、オーガニック食品への強いこだわりを挙げており、一見す
ると左翼的な側面をも見せています。

しかし、2023年6月にはLGBT法(性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に
関する国民の理解の増進に関する法律)に対して「急進的な推進で社会的影響への懸念
がある」と、政府に質問主意書を提出しています(2025年1月24日)、これは紛れもなく
参政党は保守政党であることを示しています(注3)。

参政党の支持率が急上昇している一方、SNS上には参政党の支持者に対して「カルト」
「低能」「知性の劣化」などの批判が集まっています。平たく言えば、「参政党の支持者
は頭が悪い」といった内容です。

それは、国民主権や基本的人権を軽視した新憲法構想案や、支持者が根拠の不確かな情
報をまともに信じて拡散している現状があるからだと思われます。

例えば、「新憲法構想案」には、「国は、主権を有し、独立して自ら決定する」(第4条)
や、「国民の要件」として「日本を大切にする心を有することを基準」(第5条)にする
などの記述があります。

また、自民党の細野豪志衆議院議員が7月2日、X(旧Twitter)で「参政党の神谷宗弊代
表の『多国籍企業がパンデミックを引き起こしたということも噂されているし、戦争を
仕掛けるのも軍需産業』という日本記者クラブの党首討論会での発言は、国政政党とし
てはさすがに非常識。陰謀論の類だろう」とポストしたが、街頭演説などにおいても事
実誤認と思われる情報を度々発信しているのも確かです。

しかし、評論家の真鍋厚氏が言うように、だからといって参政党とその支持者を単なる
蔑称やレッテル貼りで片付けることは大いに問題があります。

この党勢拡大の背後にある真因に目を向けなければ状況を見誤ることになります。とい
うのも「ポピュリズム政党の躍進には、必ず合理的な理由が存在する。何らかの策略に
踊らされて支持や投票行動をしているわけではない可能性が高い」からです。

世界最大規模の世論調査会社イプソスのポピュリズムに関する動向調査の結果には、近
年日本でポピュリズム政党が台頭している理由が明快に示されています。

それによると、「自国は衰退している」と感じている日本人は70%に達し、調査対象31
カ国中で3番目に高い数値になっており、「日本人の自国に対する悲観的な見方が強まっ
ている」と指摘しています。

また、「既存の政党や政治家は、私のような人間を気にかけていない」と感じている日本
人の割合も68%と7割近くに上っており、2016年の39%と比べて29ポイントも増加し、9
年間で約1.7倍になったという。

特に2019年から2021年にかけては48%から64%に上昇し、「コロナ禍を経て、その後、政
治 への期待感が回復していないことがわかる」と「イプソス」はコメントしている。

こうした「自分のことを気にかけていない」と感じている人たちに向けて語りかけるのは、
同じくポピュリスト政党の国民民主党の手法も同じで、真鍋氏は次のように要約していま
す(注4)。

これは、サイレント・マジョリティのうちの、とりわけ「忘れられた人々」をかなり意識し
た手法といえます。「忘れられた人々」とは、「失われた30年」とともに少しずつ不利な境遇
へと追いやられていると感じている人々であり、現在の生活から転落する不安にさらされて
いる人々までを含みながら拡大しつつある。

つまり真鍋氏によれば、ポピュリズム政党が国政の舞台に押し上げられるのは、このままで
は自分たちが「忘れ去られてしまう」という焦燥感からであるという。

参政党が掲げる「日本人ファースト」は、排外主義というより「自国は衰退している」「既存
の政党や政治家は、私のような人間を気にかけていない」という怨念にも似た感情からの反
動とも言えます。

その内実は「わたしたちをもっと大切にしろ」ということであり、自尊心の回復が目指され
ている。その意図が鮮明になるという意味で「外国人」というカテゴリーが持ち出されてい
ます。

そこには、自民党がもはや保守政党の体をなしていないことや、先の見えない物価高と相次
ぐ増税という経済的な被災によって、国民生活が破壊されているにもかかわらず、国民に寄
り添った政策を何ら実行しないことへの強烈な不信と不満があります(注4)。

私も真鍋氏の分析にほぼ賛成ですが、1点だけ付け足しておきたい。それは、参政党の綱領の
第一に挙げられている「天皇を中心に一つにまとまる平和な国をつくる」という国家感です。

今回の選挙で、自民党支持者の一部が参政党に流れたという分析がされていますが、その一部
には、自民党では物足りないと感じている、ネトウヨ的などコアな右派的な人々が含まれてい
ると思われます。

以下は私の個人的な見解ですが、日本は今や経済的にも先進国とは言えない地位に落ち込み、
世界の中での政治的な発言力も影響力を失っています。これは「失われた30年」と同時並行
して侵攻しました。

いわば政治経済的に「没落」している危機感の中で「自尊心を回復」する一つの方法は、自分
たちの文化価値を再評価することです。この場合、天皇は日本固有の文化的なシンボルです。

こうした文化の再評価(ある意味で復古的動き)は歴史の中で繰り返し行われてきました。

この意味でも、真鍋氏が、ポピュリズム政党の台頭は、いわば社会の危機を告げ知らせる「炭
鉱のカナリア」なのだ。それによってわたしたちはむしろ問題の本質に立ち戻らなければなら
ない、との見解は的を射ています。

ところで、参政党に代表されるポピュリスト政党が伸びてきた一つの理由として、選挙運動の
新しい方法として前出の真鍋氏は別の論考で、「プロシューマー的解決」という新しい視点を提
出しています。

「プロシューマー」とは生産者(プロでデューサー)と「消費者」(コンシューマー)を合わせ
て造語で、アルビン・トフラーが『第三の波』で提唱した考え方です。

具体的なイメージとしては、自分で家具などを作りそれを使う、DIY(Do It Yourself)を思い
浮かべれば分かり易いと思います。

政府や既成政党から「無視されている」「見捨てられている」という感覚を持つ人々にとって、
ポピュリズム政党が居心地のよいホーム(居場所)になる、という視点です。

そこでは、支持者が運動の作りであり、またその過程での学びやコミュニティー活動で得られる
充実感の消費者でもあります。

「れいわ新選組」「NHKから国民を守る党」(当時、以下N国)を嚆矢とする2019年以後の新興政
党において、このような政治運動のプロシューマー(生産者=消費者)化がほとんど当たり前の
ようになってきているという。

れいわ新選組が「大きな組織や企業に頼らず、ボランティアの皆さまと政権交代を目指します」
と党の公式ウェブサイトに書いていることは非常に重要です。名実ともにボランティアが支持母
体兼実働部隊になっており、政治運動の生産者(プロデューサー)となっています。

他方、ボランティア本部はボランティアの交流や学びの場を提供しており、地域ごとに定期的に
イベントが行われ、無数のコミュニティが活動しています。N国は、YouTubeを徹底的に活用し、
支持層を広げていった特異な政党だが、ここにも金銭的な支援やボランティアを買って出る人々
がインターネットを介して押し寄せました。

れいわ新選組もN党もプロシューマー(生産者=消費者)的な行動が推進力になっています。

参政党は、キャッチフレーズにある通り「投票したい政党がないなら、自分たちでゼロからつく
る。」であり、「DIY政党」を自称しています。党名の英語の公式表記は「Party of Do It Yourself」
です。

運営においても、支部単位での活動を重視し、イベントや勉強会、選挙や候補者選び、政府への
質問などを全国287の支部単位で党員が作る仕組みになっています。

日本記者クラブ主催の党首討論会で、参政党の一番の存在意義とは何かを問われた神谷氏は、
「参加型の政党にしたということだ」と断言したほか、7月4日の街頭演説でも「手弁当で一生
懸命、全国で手作りでやってきたのがわれわれ参政党」と強調しています。

ある女性は、参政党の新入党員歓迎会の席上、一人が立候補を表明し、党員による党内選挙を
経て公認候補になる様子などを間近で見て、「ガッツリと国政に参加をしている実感」がわいた
と述懐しています。

さらに、チラシ配りや、街頭演説のお手伝いも手弁当で行くようになり、政治活動を通して初め
て連帯感や共同性に触れられたことがわかります(注5)。

参政党が急速に支持を広げた要因は数多くあり、ここで取り上げたのはその一部にすぎません。
それらは、ネガティブは側面として「日本の没落」「失われた30年」「自分は忘れられた存在と
いう屈辱感」、「外国人の増加とそれに関連した誤った認識」(たとえば「日本は外国人に乗っ取
られる」、「外国人が生活保護や奨学金で優遇されている)」という被害者意識がります。

その反対に参政党のボランティアとしての活動は、政治運動の生産者と消費者(プロシューマー)
としての喜びと充実感を与えてくれる、というポジティブな面もあります。

代表の神谷氏は、これらの要素を巧みに取り込みつつ運動と支持者を拡大してきました。ただ、
こここで忘れてはならないのは、参政党、れいわ新選組、N党、日本保守党にせよ、こうしたポ
ピュリスト政党が大きく躍進する背後には、間違いなく社会のどこかに何らかの深刻な歪みや問
題が横たわっているということです。



(注1)『NHK NEWS』(2025年7月7日) 7.10 閲覧
    http://www3.nhk.or.jp/news/html/20250707/k10014856111000.html
(注2)『日経新聞』電子版(2025年7月6日 18:40 22:00更新)7.10 閲覧 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA061PH0W5A700C2000000/
(注3)PRESIDENT Online 2025.7.11
   https://president.jp/articles/-/97778?page=1
(注4)東洋経済オンライン 2025/07/09 7:00  2025年7月9日閲覧
    https://toyokeizai.net/articles/-/888959
(注5)『東洋経済ONLINE』』 2025/07/11 8:30 2025年7月11日閲覧
    https://toyokeizai.net/articles/-/889760 



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少数与党下の日本政界(2)―第三極(維新・国民)の実力と限界―

2025-07-04 09:39:26 | 政治
少数与党下の日本政界(2)
―第三極(維新・国民)の実力と限界―

     『イソップ物語』の中の1つにこんな話があります。森で動物と鳥が戦争
    をしたとき、コウモリは動物の陣営に行って、「私は鋭い牙とフサフサとし
    た毛が生えていますから、私はあなた方の仲間です。」と言っておきながら、
    鳥の陣営では「私にはこんなに立派な羽が生えており、飛べますから皆さん
    の仲間です。」と二枚舌を使いました。

前回、書いたように昨秋の衆議院選挙で自公民政権は少数与党となって以降、日本維
新の会(以下「維新」と略す)と国民民主党(以下「国民」と略す)は国会でのキャ
スティングボートを握って与野党の間を都合よく遊泳し、我が世の春を謳歌していま
した。

この様はあたかも『イソップ物語』に登場するコウモリのようです。

とりわけ国民の玉木雄一郎代表と榛葉賀津也幹事長が自民党の幹部と交渉している映
像では、実に高飛車に振舞って言うように見えます。

もちろん、これには自分たちの力を見せつけるパフォーマンスの意味もあるかとは思
いますが、私個人の印象としては、ずいぶん強気だなと感じていました。

対応する自民党幹部は、とにかく少数与党であることの弱みなのか、ひたすら丁重に、
かつ下手に出ているようでした。

もちろん、政府与党に対して自分たちの要求を突きつけるのは野党の権利であり使命
でさえあります。

それは、国会以外の交渉の場であれ国会の場であれ、キャスティングボートを握って
いることを背景に、国会では石破政権が単独で予算や重要法案を成立に持ち込めない
のを良いことに、政権政党としては簡単に採用できないような無責任な政策を突きつ
け、飲ませようとします。

前回の記事で書いたように、今国会の序盤では、衆院選で議席を伸ばした野党第3党
の国民民主党が、立憲や野党第2党の維新を差し置いて、石破政権を振り回しました。

「103万円の壁」問題など、党の目玉政策を自民、公明両党に次々と突きつけ、政権
の政策として取り入れるよう詰め寄っていました。こうした姿は一部の有権者には頼
もしく映ったかもしれません。

この段階では、ひょっとしたら自・公に国民を加えた三党の連立政権ができるかも知
れない、との蜜月ぶりでした。

しかし、財源については「政府・与党が考えること」と丸投げするなど、要求だけ突
きつけて、財源を探す責任を政権与党に押しつける強硬さと無責任さに嫌気がさした
のか、石破政権はやがて、維新との連携にかじを切りました。

この結果、国民はたいした成果を得ることができないまま国会の会期末を迎えること
になりました。

維新の前原氏は、石破氏との個人的な親しさを利用して、教育の無償化問題を軸に政
府に接近しました。

石破氏の思惑どおり、少数与党にとって最大の難関の一つ、2025年度予算は維新の賛
成によって年度内成立が実現しました。しかしその後の経緯をみると前原氏は石破政
権に、「つまみ食い」された格好です。

維新と国民民主党との間で「邪魔をしたのは維新」「他党のせいにするな」と批判合戦
が展開される場面もありました。私から見れば、「どっちもどっち」という感じです。

ここまでは、維新も国民もキャスティングボートを握っている力を背景に、与党との接
近と野党の立場とをうまく使い分けてきましたが、結果をみるとどちらもうまくゆきま
せんでした。

それどころか国会も中盤になると、高額療養費の負担限度額引き上げ凍結、年金制度改
革関連法案の政府案修正などの問題などで自民党と野党第1党の立憲民主党が直接交渉す
る場面が目立ち始めました。

自公と立憲民主党の2大政党が主導権を握って政治を回し始めると、キャスティングボー
ト狙いの「第三極」政党は存在意義を失ってしまいました。

これまで維新と国民は、ある時には自公政権との協調を演出し、他の局面では野党の顔で
政界を渡り歩いてきました。つまりイソップ物語登場する「コウモリ」のようにふるまっ
てきたのです。

その戦略は「対決より解決」という便利な言葉で、政権にすり寄ることも、対決すること
することも自由自在です。

ところが、国会の会期末を間近に控えた6月に、自分たちの立ち位置が政府の側に置くの
か自公に対決する野党の側に置くのかを鮮明にせざるを得ないかもしれない事態が出現し
ていました。

つまり、メディアなどで、果たして立憲民主党が少数与党の内閣に不信任案を提出するか
しないか、という点が盛んに取り上げられるようになっていたことです。

さまざまな報道で石破氏は、もし野党が内閣不信任案と提出したら直ちに国会を解散して、
衆参同時選挙に打って出る、との情報が(どうやら前原氏を通じて)伝えられていました。

そんな中で、立憲、維新、国民民主を含む野党7党は6月11日、ガソリン税の暫定税率を廃
止する法案を衆院に共同で提出しました。そればかりか、17日には法案の審議入りを拒否
し続けた井林辰憲・衆院財務金融委員長(自民)の解任決議案まで衆院に提出し、18日に
はなんと可決させてしまったのです。

これは、「野党が結束すれば常任委員会の委員長を解任できる」現実が明らかになったわけ
です。「では内閣不信任決議案はどうなるのか」が、国会の会期末に改めて注目されること
になりました。

維新も国民も、当初は不信任案提出に相当前のめりでした。維新の前原誠司共同代表は5月
22日の記者会見で「首を取れる時に取りに行かなければ取ることができない」「(選挙の)
本質は戦であり、その手を緩めた方が負け」と指摘し、暗に立憲民主党に対し不信任案提出
を催促しました。

立憲民主党の野田佳彦代表が、日米関税交渉の最終盤に政治空白をつくることの是非を考慮
して提出に慎重な姿勢だ、と伝えられると維新も国民も「政権交代を目指す迫力に乏しい」
と、いかにも精神論的な批判を野田に浴びせました。

国民民主党の玉木雄一郎代表もこの2日前の会見で、不信任案が提出された場合「基本的には
厳しい態度で臨みたい」と賛成の可能性を示唆しつつ、立憲が提出しなければ「弱腰批判を受
ける」と煽ってみせました。

維新、国民にとって野党第1党の立憲民主党をいたぶるのに「不信任案ネタ」は格好の材料だっ
たのです。しかし、今回の不信任案「騒ぎ」で自らの立ち位置のありようが問われたのは、実
は自民党の石破政権でも立憲民主党でもなく、維新や国民といった「第三極」政党なのではな
いか、と尾中 香尚里氏(ジャーナリスト、元毎日新聞編集委員)は問いかけます(注1)

とうのも「第三極」の前原氏にしても玉木氏手にしても、彼らの発言は 単純に「野党として
の立場を強調した」わけでではありません。立憲に不信任案提出を求めたのは、提出に慎重と
される立憲の「弱腰」に焦点を当てたかったという思惑からだったと思われます。

尾中氏は、立憲を「落とす」「おとしめる」ことで、「野党内での自分たちの存在を浮き上がら
せる狙いがあったとみています」。私も全く同じ感想を持ちました。

ところが前原氏も玉木氏も、ほどなく立憲の野田氏から「逆襲」を食らうことになりました。

立憲の野田代表は6月6日の記者会見で、不信任案提出の是非を判断する前に、他の野党に共同
提出の意思を確認する考えを示したのだ。

野田氏は「不信任案を通したいのであれば、われわれだけに『何かしろ』ではなく『ご自身は
どうなのか』を問いたい」と言い放ちました。

野田氏が言いたかったことを私なりに翻訳すると、
    “あなた方は私に不信任を提出するよう煽っていますが、私は、あなた方こそ本気で不
    信任案を出すことに賛成なんですか、そしてもし本気でそう考えているなら、立憲と
    一緒に共同提案を提出し、その結果、衆院解散・衆参同時選挙になっても構わないと
    いう覚悟はあるんですか?
と、逆に前原氏と玉木氏の本音と覚悟を問いただしたのです。

野田氏の会見翌日の7日、両党とも手のひらを返したように、不信任案の共同提出に慎重な姿勢
を示しました。維新の前原氏は水戸市で記者団に「(不信任案の)内容も含めて精査し判断する」
と発言し、玉木氏は大阪市での記者会見で「まず話を聞きたい」と述べるにとどめました。

立憲の野田佳彦代表は19日、国会内で記者会見しカメラの前で、石破内閣不信任決議案を提出し
ないと正式表明しました。不信任案提出回避の理由について中東情勢や関税交渉に触れ「大事な
外交努力をしなければいけない。危機管理上の問題もある時に政治空白をつくるべきではない」
と説明しました。

野田氏は、現在の日本の置かれている状況について、アメリカとの関税問題も交渉の途中であり、
中東情勢の緊迫化によって日本への影響も心配しなければならない“国難”と言ってもいいほど難し
い局面を迎えていることを説明しました。

前原氏は記者団に「首相経験者の野田氏がおっしゃったことには重みがある」と述べ、一定の理
解を示したが、玉木氏は「拍子抜けだ。もっと(石破政権と)戦うのかと思っていた」と野田氏
を当てこすったのです。

ここに玉木氏の「ずるさ」が隠しようもなく表れています。

これに対して尾中氏は

    見事な腰砕けだ。両党は立憲に不信任案の提出を煽っておきながら、自らは賛成できな
    い可能性を示したわけだ。これが無責任でなくて何なのか、と玉木氏の政治家としての
    姿勢に憤りを隠しません。
    提出されずにすんだからこそ、こんな軽口を叩けるのだろうと思うと情けない。

まさに、玉木氏の態度は「コウモリ」そのものだったのです。実際、もし不信任案が提出された
ら、実際に対応に苦慮するのは玉木氏の方だったはずでした。

おそらく、野田氏が不信任案を提出しないことを表明してくれた玉木氏はほっとしたに違いあり
ません。

不信任案を立憲と共同提出することは、当然ながら「事前に賛成を確約する」ことであり、自ら
が野党陣営に属することを選ぶ、ということなのです。

そして実際に提出された場合、両党が不信任案に賛成票を投じ、可決に貢献すれば野党側に、反
対票を投じるなどして否決に貢献すれば与党側に、明確に色分けされます。

こうなるともう「コウモリ」ではいられなくなります。

政党として自らの立ち位置を明確にせず、与党的立場と野党的立場を都合良く使い分けながら、
責任は大政党に押しつける。そんな振る舞いがいつまでも許されるわけがありません。

不信任案提出問題は、いつまでもモラトリアム(どっちつかずのご都合主義)の状態を維持して
最大限の利益を得ようとしてきた維新・国民両党に「いい加減リスクを取って自らの立場を明確
にせよ」と、改めて突きつける意味を持っていたのです。

実は、私が玉木氏と前原氏の無責任とずるさを感じたのは、昨年11月、衆院本会議での首相指名
選挙の時でした。

私は、当然維新も国民も、野党党首である野田氏の名前を投票するものだと思っていました。

ところが石破茂首相と立憲の野田代表の決選投票で、玉木氏の国民と前原氏の維新は、それぞれ
の政党の党首(つまり、玉木、前原)と記入して投票したのです。

この時、首相候補に名前があったのは石破氏と野田氏だけですから、それ以外の名前を書けば、
それは「無効票」となってしまいます。

それを承知で、あるいはだからこそ、彼らの行動は自公政権を間接的に助けたことになります。
すでにこの時には、彼らの「コウモリ」的ずるさがいかんなく発揮されました。

野党として選挙を戦った以上、自民党の党首には投票できない。でも立憲の「風下につく」の
は、もっとイヤだ――(尾中氏)。これが本音だったのかもしれません。

こうして、有権者の1票で国会に送り出された両党の議員たちは、首相指名選挙という重要な局
面で、自らの1票を安易に捨て去ったのです。政党や政治家としていかがなものかと思います。

それでも両党は、こうした姑息とも言える手段で、「与党か野党か」の判断から「逃げ切った」
つもりでいたのかもしれません。
実のところ、それまで私は、ある意味で玉木氏の「新保守主義」に注目していましたが、首班
指名選挙の行動をみて、すっかり期待も信用も失ってしまいました。

やはり維新も国民も、本音は隠せないもので、今国会も終盤になって、両党は、今度は内閣不
信任決議案問題で、改めて自らの立ち位置の「コウモリ的」ご都合主義を露呈させてしまいま
した。


(注1)JBpress 2025.6.20(金)同閲覧
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/89022?utm_source=editor&utm_medium=mail&utm_campaign=link#google_vignette



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少数与党下の日本政界(1)―国民民主党の減税案は「減税ポピュリズム」?―

2025-06-30 14:05:22 | 政治
少数与党下の日本政界(1)
―国民民主党の減税案は「減税ポピュリズム」?―

2024年の衆議院選挙では日本の政治の世界に激震がおきました。つまり、自民が247から56
減らして191議席へ、公明が32から8議席減らして24議席へ、自・公を足しても215議席で、
総数465の過半数に18議席足りない、少数与党の政権となってしまったのです。

あまり話題になりませんでしたが立憲民主党は98から148議席へと50議席増やし、名実と
もに野党第一党になりました。これで一応、数の上でも従来の自・公一極に対抗する第二極が
登場したことになります。

ただ話題性という点では、国民民主党が前回の7議席から28議席に4倍に増やしたことが世間の
の注目を集めました。維新は44から38議席へ6議席減らしましたが、それでも、38議席
もっていることは国民民主党よりは大きな集団であることには変わりありません。

こうして、選挙後の政界地図は、自・公の第一極、立憲民主党の第二極、そしてキャスティン
グボートを握っている国民民主党と維新の第三極という大きく3グループに分かれました。

この勢力地図を与党側から見ると、18議席以上をもつ第三極のいずれかの賛同を得ることが
できれば単純計算で何とか衆議院では過半数を確保することができることになります。

そこで自民党が当初頼りにしていたのは「自民党に親和性がある」(自民森山幹事長の言葉)、
自民党寄りとみなしていた国民民主党です。

選挙期間中、国民民主党は「手取りを増やす」をキャッチフレーズに支持を増やしました。そ
の具体的な主張として、現行の「「103万円の壁」という「年収の壁」を廃して基礎控除の非
課税枠を178万円まで引き上げることを訴えました。

国民民主党は、選挙でこれ以外の公約を抱えていましたが(たとえばガソリン税のトリガー条
項の凍結解除)、「103万円の壁」を前面に出したこのキャッチフレーズは分かり易いため、
国民民主党が議席を増やすうえで大きな役割を果たしました。

選挙後の報道では、自民党に非課税枠を178万円まで引き上げるべきだ、と激しく詰め寄る
国民民主党と、それを何とか温和な形で収めようとする自民党との駆け引きが連日報道され、
これがあたかも政治課題の中心であるかのような状態でした。

国民民主党が強気に出たのは、自分たちの要求を飲まなければ、「予算案に賛成しないぞ」(実
際にには「予算を通さないぞ」)という脅しをかけ続けていたからです。

国民民主党は、キャスティングボートを握っていることの「うま味」を存分に味わうことがで
きる「我が世の春」を謳歌していました。

しかし、時間が経つにしたがって、状況は次第に変化してきました。それは、国民民主党が掲
げる「手取りを増やす」政策の根拠となる財源問題が示されておらず、自民党からだけでなく
世論も真剣にのその現実性を考え始めたからです。

『東京新聞』の社説(2025年12月14日)も、「財源確保避ける粗雑さ」と国民民主党を批
判しています。まさしく、国民民主党の「手取りを増やす」減税論は、“粗雑”そのものです。

自民党が、いつの時点で方針を変えたのか分かりませんが、自・公と国民民主党との折衝のさ
中に、財源の裏付けのない話には乗らない、という姿勢を鮮明にし始めました。おそらく政府
は、国民民主党の主張には財源論で反論できることに自信を持ち、国民民主党に見切りをつけ
たのでしょう。

私は、自・公政権と国民民主党との折衝をメディアを通してみていて、国民民主党の主張とそ
の姿勢にかなり違和感をもっていました。

一つは、国民民主党案では、所得が多い人ほど減税の恩恵が大きくなります。民間の試算によ
れば年間の減税額は年収200万円の人で約8万円だが、年収500万円で約13万円、年収800万~
1000万円では約22万円と大きな開きがあります。玉木氏も同様の試算をXで公開しています。

つまり、年収が多くなればなるほど減税の恩恵を受ける金額が大きくなるのです。もし、「手
取りを増やす」のであれば、とりわけ低所得層のその恩恵が行き渡る制度にするべきです。

山田久・法政大学経営大学院教授は、次のように述べています。
    基礎控除等の非課税枠を103万円から178万円に引き上げることは、労働力不足を短
    期的に緩和する効果はあるかもしれませんが、ただ女性の経済的自立を促進すると
    いう社会的な動きからは逆行する可能性さえあると言います。
    というのも、「年収の壁」それ自体をなくし、女性が労働時間を気にすることなく、
    就業調整を強いられることなく働ける環境を構築していくことの方が重要だからで
    す。しかも、非課税枠を引き上げたところで、賃金が上がっていけばまた別の壁に
    直面することになります。社会保険料が発生する106万円や130万円の壁も残ってい
    ます。国の税収は大幅に減りますし、高所得者ほど減税の効果が大きいという指摘
    もあります。

最後に山田教授は、こうした課題を国民民主党はどうするのでしょうか、と疑問を投げかけ、
「少なくともストレートに賛同できる施策ではありません」と結論しています(注1)。

また八代 尚氏(経済学者/昭和女子大学特命教授)は、「国民民主党の目先の手取りアップ
策では、国民の暮らしは一向に上向かない。所得税減税で大喜びするのはバイト三昧できる学
生」という辛辣な論考を発表しています。

この背景には、学生のアルバイト収入が103万円を超すと、世帯主が扶養控除を受けられなく
なる。これは増税となるだけでなく、扶養控除とリンクしている会社の子ども手当も失うとい
う事情があるからです(注2)。

学生アルバイトを除いて、非課税枠を178万円に引き上げることの疑問のたいする国民民主党
の返答はどう贔屓目にみても整合性がなく、説明になっていません。

二つは、財源ですが、仮に同等の主張するよう非課税枠を178万円に引き上げると、それ
だけで国庫への減収は7~8兆円となります。その減収分をどうするのか、という問題です。

玉木氏は最初、昨年の税収が増えたので、その上振れ分で賄うと言っていましたが、これは全
く的外れです。というのも、非課税枠の引き上げは「制度」の変更ですから、当然、恒久財源
を示さなければならないのです。昨年の上振れ税収を充てるという単年度の話ではありません。

この点を指摘されると、今度は「財源は政府・与党が考えることだ」と、まるで他人事のよう
に無責任に開き直りました。この時点で私は国民民主党が第三極の一端を担う資格があるのか
非常に疑問に思いました。

これに関連して尾中香尚里(ジャーナリスト、元毎日新聞編集委員)は、
   「103万円の壁」問題など、党の目玉政策を自民、公明両党に次々と突きつけ、政権の政
   策として取り入れるよう求めておきながら、財源については「政府・与党が考えること」
   と丸投げした。
   要求だけ突きつけて、財源を探す責任を政権与党に押しつける無責任さには、さすがに
   筆者もあ然とした。
と、驚きを隠しません(注3)。筆者も全く同感です。

ところが、政府・与党への丸投げ論も批判されると玉木氏は、「堂々と赤字国債を発行すればい
い」と、いとも簡単に言い放ったのです。

借金(赤字国債)をしてそのお金を、減税という形で豊かな層の「手取りを増やす」なら、そ
れは政策というよりたんなるバラマキにすぎません。赤字国債の借金は将来、国民全体が払わ
なければなりません。

こうした事情を反映して、国民民主党の政党支持率は今年に入って徐々に下がり、今年5月の
世論調査では10.2%から6.8%へ急落し、8.2%の立憲民主党に逆転を許しました(注4)。

『朝日新聞』(電子版)2025年5月16~17日に行われた世論調査によれば、減税に関して
は財源を示すべきだとの答えが72%となっていました。

この結果をみると、多くの国民は、耳ざわりの良いスローガンではなく、もっと現実を見据え、
根拠がしっかりした提案を望んでいることが分かります。

中北浩爾氏(政治学者・中央大学法学部教授)は、この世論調査の結果を踏まえて、国民民主
党のさまざまな減税案に関して以下のような批判的なコメントしています。
    国民民主党は昨年の選挙の際には、消費税の5%への引き下げ、「103万円の壁」の178
    万円までの引き上げ、公費投入増による後期高齢者医療制度に関する現役世代の負担
    軽減、トリガー条項の凍結解除、教育無償化、給食費と修学旅行費の全国一律無償化、
    奨学金債務の負担軽減など、てんこ盛り。財源は総額で30兆円を超えるのではないか
    といわれています。
    国民民主党の支持率の陰りには、参院選での山尾志桜里氏らの公認が大きく影響して
    いる可能性があります。しかし、消費税減税の財源を示すべきだという回答が72%を
    占めたこととも関係している可能性があります。財政規律を重視する財務省を「ザイ
    ム真理教」などと攻撃し、赤字国債によって消費税減税を行おうという「減税ポピュ
    リズム」に対して、有権者が警戒感を持ち始めたのかもしれません。

中北氏は、国民民主党の減税案を「減税ポピュリズム」と断じています(注5)。

2025年度の国会の序盤では、衆院選で議席を伸ばした野党第3党の国民民主党が、立憲や野党
第2党の維新を差し置いて、石破政権を振り回しました。

国民民主党の態度に嫌気がさしたのか、石破政権はやがて維新との連携にかじを切りました。

政権の目論見通り維新の賛成によって2025年度予算の年度内成立が実現すると、維新と国民民
主党との間で「邪魔をしたのは維新」「他党のせいにするな」と醜い批判合戦が展開される場面
もありました。

さらに、国会も中盤になると自民党と野党第1党の立憲民主党が直接協議する場面が目立ち始め、
国民民主党の活躍は次第に低調になってゆき、政党支持率も下がってゆきました(注6)。

こうしてみてくると、多くの国民も専門家も、国民民主党の「手取りを増やす」というスロー
ガンには現実性と裏付けがない人気取りのスローガンに過ぎない、とみなしていることが分か
ります。

次回は、税制や財源の問題とは別に、第三極としての国民民主党と維新が政治や国会の場でど
のような位置を占め、どんな役割を果たしているのか、あるいはいないのかを検討します。


(注1)『日経ビジネス』電子版( 2024年11月1日) 2024年11月5日閲覧
    https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00636/103100016/?n_cid=nbpnb_mled_m
(注2)PRESIDENT Online (2024/11/02 8:00)2024年11月2日閲覧
    https://president.jp/articles/- /87795?cx_referrertype=mail&utm_source=presidentnews&utm_medium=
    email&utm_campaign=dailymail
(注3)JBpress (2025.6.20)同日閲覧
    https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/89022?utm_source=editor&utm_medium=mail&utm_campaign=link#google_vignette
(注4)『東洋経済 ONLINE』(2025/06/05 6:00) 2025年6月6日閲覧
    https://toyokeizai.net/articles/-/882157?display=b
(注5)『朝日新聞』デジタル版 (2025年5月18日 21時50分) 2025年5月25日閲覧
    https://digital.asahi.com/articles/AST5L2TS8T5LUZPS002M.html?linkType=article&id=AST5L2TS8T5LUZPS002M&ref=
    commentplus_mail_20250524&comment_id=34391#expertsComments
(注6)JBpress 2025.6.20(金)2025年6月20日閲覧
    https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/89022?utm_source=editor&utm_medium=mail&utm_campaign=link#google_vignette



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激動する世界と日本再生の道(2)―非核平和主義・民主主義・アジア重視―

2025-06-11 13:31:18 | 政治
激動する世界と日本再生の道(2)
―非核平和主義・民主主義・アジア重視―

前回は、寺島実郎著『日本再生の基軸―平成日本の晩鐘と令和の本質的課題―』(岩波書店 2020)
の前半、特に経済状況についての寺島氏の主張を、私が若干補足した上で紹介しました。

今回は政治や外交なども含めて、日本は何を大切にして未来を切り開いてゆくべきなのか、また激
動する世界の中で日本はどんな立ち位置を確立すえきななのか、に焦点をあてて寺島氏の論考を見
てみましょう。

寺島氏は、日本の未来を切り開くためには戦後日本の総体を再考し、それを未来の糧としてゆくし
かない、といいます。

そして、戦後日本が歩んできた総体を再考すると、未来を切り開く基軸として最も大切なことは戦
後民主主義を根付かせることだという。

世界の潮流の中で「日本の埋没」に対して「中国の強大化と強権化」という現実を前にして、寺島
氏は、日本人が民主主義の煩わしさに苛立ち、国権主義・国家主義への誘惑に駆られがちとなるこ
とに警鐘を鳴らしています。

筆者には、こうした誘惑は、「日本の没落」という現実を正面から認めることができず、他方隣国で
ある中国が強権的(独裁的)な政権の下で経済的にも軍事的にもますます強大化している現実に不
安と苛立ちを感じていることに由来していると思われます。

また、民主主義社会では物事を決定し実施するために多くの議論や手続きが必要となるため時間が
かり、強権体制を採る中国のように上からの命令で一挙に事が進むというわけにはゆきません。

「民主主義の煩わしさに苛立つ」とは、民主主義=非効率、強権体制=効率的という対比の中で、
中国に追い抜かれたこと(例えば2010年にGDPで抜かれたこと)対する不安と恐怖を指してい
ると思われます。

寺島氏は、そのような感情的な雰囲気を背景に、反知性主義的な言動を「素直な本音」と感じ、「ポ
ピュリズム」「大衆迎合主義・大衆扇動主義」に拍手を送り、民主主義を冷笑する風潮に引き込まれ
がちとなることに強い危惧を感じています。

とりわけ寺島氏が危惧しているのは、排外的な民族主義的思想(とそれを煽る反知性的なポピュリ
ズム)です。近年、各地で発生しているヘイトスピーチ(人種や性などに基づく個人や集団への攻
撃)は一種のポピュリズムです。

しかし寺島氏は、ここで日本が忘れてはいけない大切なことは二つあるという。

1 戦争という悲惨な代償を払って手に入れた民主主義の価値を見失ってはいけない。自分の運命
  を自分で決められること、国民一人一人が思考力、判断力をもって自分が生きる社会の進路を
  決められることこそ、戦後日本の宝である。 
  平成という時代を暗黙の裡に制約してきた「米国への過剰同調」の不幸な結末を見抜き、主体
   的に未来を選択できるかが日本人の課題となる。そのために「知の再武装」がカギとなる。

2 未来への希望につながるキーワードはアジアである。
  「反中国、嫌韓国」のレベルのナショナリズムではますます閉塞感に埋没するだけ。21世紀を
   展望した世界史的競争力が必要。日本はアジア・ダイナミズムを吸収して活力を保つ柔らかい
  知恵が必要。

上記1の「米国への過剰同調」とは、アメリカの言うことに反対せず、むしろ積極的にアメリカの
言うことに賛同し追従する姿勢を指しています。

寺島氏は随所で、日本は独立国として早くこのような対米従属的な関係を清算し、国家として自ら
の運命を決めるべきであることを主張しています。

アメリカへの「過剰同調」の清算が必要なことは独立国として当然ですが、ひたすら中国封じ込め
と北朝鮮への圧力を主張する米国内の偏狭さに追随してゆけば、日本はアジアの共感と敬愛を受け
て進むことはできない、と警告しています。

さらに「過剰同調」が抱える問題は、アメリカ自身の変質(方向転換)です。第一次トランプ政権
(2017~2021)発足とともにトランプ氏は「アメリカ第一主義」を強く打ち出しました。

ということは、アメリカに付き従っていれば安全、という考えはあまりに思慮が浅く危険です。な
ぜなら、アメリカはアメリカの利益を最優先するので、日本はいくら忠誠を尽くしても切り捨てら
れる可能性があるからです。

戦後のアメリカは、政治・経済・軍事面において世界のスーパー・パワーとして君臨してきました。
そこでは「理念の共和国」として政治的にはデモクラシー(民主主義)、経済的には市場主義の理念
を掲げてきました。しかし今は、その米国の理念も力も後退しつつある現実を重く受け止めるべきだ
という。

NATOには「加盟各国に対する軍事費のGNP比4%への増額」を日本・韓国には「米軍駐留経費
の負担増」を求める。そこにはもはや世界をリードする大国の自覚はありません。

国際連盟、国際連合は米国の主導のもとに形成された「リベラル・インターナショナル・オーダー」
(自由で開かれたルールに基づく国際秩序)が自己否定されているのです。

上記2について寺島氏は、これからの日本の未来への希望はアジアと協調し、アジアと共に栄える道
を探ることだという。したがって、「反中国 嫌韓国」などと言っている場合ではないのです。とい
うのも、日本の将来にとって、発展しつつあるアジアのダイナミズムを取り込むことが不可欠だから
です。

ただしその際、かつてのような国家神道の復権を許してはならない、と協調します。なぜならこれは、
視野狭窄な「選民意識」に立ったアジア観(日本民族は特別に優れているという観念)を助長するか
らです。

そして、日本の立ち位置として、米中対立という世界認識は正しくない。何よりも、米中ともに世界
のあるべき秩序に向けて世界を束ねる理念を見失っているから。

日本の立ち位置は「日米同盟で中国と向き合う」という路線しかないと思い込みがちであるが、これ
は正しくないと述べています。

確かに、これまでの日本は、日米同盟を強化して中国と対峙する、もっと言えばアメリカの中国封じ
込め戦略に加担することこそが日本の生きる道であると信じ、その方針で外交を行ってきました。

しかし米中とも、世界全体を束ねる理念を見失っているうえ、アメリカは、トランプが2019年に訪日
した折、「力こそ平和をもたらす」と述べたように、相変わらず軍事力への信仰を強くもっています。

また、最近の中国の動きをみても、習近平政権は急速に軍事力の強化を図っており、ここにも「力」
への強い志向がうかがえます。

寺島氏は、令和日本の最大の外交課題は「同盟の質」を再点検し、米国への過剰依存(過剰な従属)
を脱して日米関係の再設計を真剣に模索し、中国を含むアジアとの関係を大切にすべきであると主張
しますし。

「力には力で対峙する」という考えは、戦後日本が大切にしてきた価値を理解していないという。
    それは途方もない犠牲を払って到達した、「武力を持って紛争の解決の手段としない」とい
    う決意であり、「力こそ平和」ではなく「非核平和主義」をもって対峙する政治家がこの国
    にいないことに怒りを覚える。

ここに、寺島氏は珍しく、「非核平和主義」の真の価値が分からない日本の政治家に対する「怒り」
を前面に出しています。その背景として彼は次のような事情を指摘します。

すなわち
    日本のリーダーは親の地盤・看板なしに政治家にさえなれなかった弱さを感じる。同時に世
    代的にも「遅れてきた青年」で政治の季節を知らず、「同好会世代」として過ごした甘さ。
    これは日本の弛緩と無縁ではない。社会の構造的問題と格闘したことがない人間は私生活主
    義に埋没し、簡単に国家主義、国権主義を引き寄せてしまう。

実際、日本のリーダー、何かの信念や思想があって政治家になったというより、親から地盤・看板・
カバン(資金)を「家業」として引き継ぐことができたから政治家になった「世襲議員」が多い。こ
れは特にこれまで政権を担当してきた自民党議員に顕著です。

「同好会世代」とは言い得て妙です。厳しい政治の季節とは、日本の運命を左右する問題で日本が二
分されるような状況(例えば安保闘争やベトナム反戦運動、学生運動など)を指します。

寺島氏は、「政治の季節」を知らず社会の構造的問題と格闘したことがない政治家は「ひ弱」で、政治
活動をあたかも「お友達グループ」の同好会活動のように私生活主義に埋没していると指摘しています。

筆者も、こうした政治家が簡単に「国家主義」や「国権主義」に惹きつけられてしまうことに強い危う
さを感じます。

ところで寺島氏は、世界の中での日本の主体的立ち位置について以下のように述べています。

米中力学の間で、これからの日本にとって主体的立ち位置を確立することが重要です。その際もっとも
大切なこととして、
    非核平和主義を掲げアジア太平洋諸国の先頭に立つことであり、成熟した民主国家として公正
    な社会モデルを実現すること、さらに技術を大切にする産業国家としてそれを支える人材の教
    育に実績を挙げること。
を挙げています。

残念ながら「非核平和主義」は、今でも「核兵器禁止条約」に署名も・准もしていないばかりか、核兵
器禁止条約の締約国会議にはオブザーバーとしても参加していません。

また、日本は「成熟した民主国家として公正な社会モデル」に向かっている、あるいはそのように努力
している、と胸を張って内外にいえるだろうか。民主主義の基本である選挙の実態をみても、成熟した
民主国家と言えるかどうか疑問です。

また、企業団体献金によって政策がゆがめられ実態は、はなはだお寒い状況にあります。

産業国家の復活と、それを支える人材教育については日本なりに努力してきましたが、これまでのところ、
世界の中で日本が占める比率はずっと低下するばかりで、寺島氏はこの実態を「日本の埋没」と表現して
います。

人材教育に関しても、日本は、主に先進国で構成されているOECD=経済協力開発機構は、加盟国のうち
36か国について、社会保障費などを含む公的な支出の中で、教育機関への「教育費」が占める割合は2022
年の時点で8%と、36か国の中では、7%だったギリシャとイタリアに次いで下から3番目に低い水準でした
(注1)。

また、防衛関連の研究に対してはそこそこの助成をしていますが、将来の産業に寄与する科学技術研究、と
りわけ基礎研究に対する助成や投資は、政府も認めているように世界水準から見て低いままです(注2)。

残念ながら、寺島氏が提示した日本再生のための主体的な立ち位置のいずれも、現在の日本では満たされて
いません。

ここでは、本稿で取り上げた著作の末尾に、寺島氏と内田樹氏との対談記事の一部を以下に引用します。

--------------------------------------------------------------------
寺島 戦後日本において曲がりなりにも歯を食いしばって守ってきた立ち位置は非核平和主義です。それゆえ
一目置かれていた。10年前までは、日本を安保理常任理事国に、と考える東南アジアの有力者もそれなりにい
た。しかし今は「日本への一票はアメリカへの一票、アジアの一票にならない」と軽くいなされるような雰囲
気です。

内田 小泉内閣の時、「日本はアメリカの政策であれば何でも支持する国だ」と思われてしまった。日本が常任
理事国になっても「アメリカの票が一票増えるだけだ」という評価をされて終わった。(2005年の国連改革案で
はアジアの支持を得ることができず惨敗)。経済大国化の夢(バブル崩壊で破れる)、政治大国化の夢という二つ
の夢が消えた。あとは「何をしていいのか分からない」まま。

----------------------------------------------------------------------
寺島氏は、10年前まで日本は「歯を食いしばって守ってきた非核平和主義」によってアジア諸国から一目置かれ
尊敬されてきたが、アメリカ追従があきらかになると、日本への尊敬は消えてしまったことを指摘しています。

内田氏は、自民党の対米従属という立ち位置のため、日本はアジア諸国から尊敬されなくなり、挙句の果て「経
済大国化の夢」と「政治大国化の夢」を失ってしまったこと、そしてさらに悲劇的なことに、その結果、もう「何
をしていいのか分からないまま」現在に至っている、と語っています。

短い発言ながら、内田氏の言葉は的を射ています。それにしても、先進国の中で、議員になること、「家業」とし
ての政治家を引き継ぐことだけが目的の議員がこれほど多い国は日本以外ではありません。

今回の参議院選挙に向けて、自民党議員からは“目玉になるモノがない”、との声に押されて現金給付が急浮上して
います。

現金というエサまけば有権者はそれに食いついて投票してくれると期待する議員、あるいは現金以外に有権者に
訴える理念や政策がない、そんな低レベルの議員が政権政党に少なからずいるという実態を考えると、暗澹たる
気分になります。

日本国全体と同様に、個々のリーダーも、本当は「何をしていいのか分からない」のかもしれません。そんな政
治家に日本の将来を託すことに大きな不安を感じます。

次回に『21世紀未来圏 日本再生の構想:全体知の時代認識』(岩波書店 2024)を取り上げます。


(注1)NHK NEWS WEB 2024年9月16日 5時14分 6.7閲覧 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240916/k10014582751000.html
(注2)内閣府ホームページ https://www8.cao.go.jp/cstp/gaiyo/yusikisha/20180913/siryo3.pdf
    『CRDS(研究開発戦略センター)2024年1月12日
    https://www.jst.go.jp/crds/column/director-general-room/column60.html
    『東洋経済 ONLINE』2022/08/21 16:00 https://toyokeizai.net/articles/-/611965
    『大学ジャーナル ONLINE』2019年4月15日
    https://univ-journal.jp/25492/




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石破―トランプ会談(1)―“ウケた”笑い? それとも失笑?―

2025-02-13 07:29:45 | 政治
石破―トランプ会談(1)―“ウケた”笑い? それとも失笑?―

石破首相は2025年2月7日、初めてトランプ大統領と対面の会談を行いました。日本
では、この会談で石破首相は、なかなかうまくこなした、との評価が多いようです。

その理由の一つは、会談後に行われた記者会見で、アメリカの記者からの、ちょっと
厳しい質問に石破首相が巧妙に切り返し、トランプ氏と出席していた記者たちの笑い
を誘った、というものです。

この場面合はテレビなどで放送され、確かに“笑い”が起こったことは確認できます。
つまり、石破氏もなかなかセンスがある、との好意的な評価です。

しかし私には、この場面の“笑い”はどんな意味を持っているのかを、日本のメディ
アは誤解して好意的に解釈しているのではないか、という疑問が残ります。

しかし、この理解は正しいのでしょうか? 問題の箇所を引用してみてみましょう。

記者:米国が日本の輸入品に関税を課した場合、日本は報復措置を取るでしょうか?
石破氏:仮定のご質問には答えられません、というのがだいたい定番の国会答弁です。
トランプ氏:それは非常に良い答えだ。すごい、とても良い。彼は自分が何をしてい
るのか分かっている。

同席していた日米のメディア関係者の間に笑いが起こったのは、この石破氏の発言が
英語に翻訳され、少し間を置いた後でした。

日本では、微妙とされる答弁がトランプ大統領に大ウケ、そしてメディア関係者にも
ウケた、と報じられ、石破氏の対応能力がおおいに持ち上げられました。

しかし、記者の質問に対する石破氏の返答が、”ウイットに富んだジョークが大統領と
米側記者たちに受けた“、と解釈するのは早合点です。

それでは、この間のやり取りは、本当はどのような英語だったのでしょうか?

Reporter: If the US places tariffs on Japanese imports, would Japan retaliate?
Ishiba: I am unable to respond to a theoretical question.
Trump: That’s a very good answer. Wow, that's very good. He knows what he is doing.

この英語の部分をよーく見てほしい。石破氏の“仮定のご質問には答えられません、
というのがだいたい定番の国会答弁です”、という部分が、日本人の通訳者(後述)
によって、“a theoretical question”という3語の英語に置き換えらえているのです。

あるWeb記事は、
    日本の石破茂首相が関税を巡ってトランプ氏を挑発しようとした記者を黙
    らせたことに、トランプ氏は明らかに感銘を受けている”。
    会見で一番の見せ場はここかな。 記者の挑発を石破節でかわして笑いを取
    り、トランプさん大喜び。

こうしたコメントは、日本のほとんどのメディアに共通しているように思われます
(注1)。

しかし、石破氏の日本語表現と、通訳が英語にした言葉には違いがあります。英語
の “theoretical”の辞書的な意味は、「理論的には」、「理屈の上では」、「理論のみの」
「空論の」などです。

日本人の通訳はこの答えにくい記者の質問をかわすために、石破氏の「仮定の質問」
という表現を、a theoretical questionという表現に変え、“理屈の上ではそういう問
題も考えられますが、それはあくまでも理論上の(仮定の)話です”という意味にな
るように英訳したのです。

この場合、「理屈の上では」、あるいは「理論的には」とは、いうまでもまく、アメ
リカが日本に関税を課すなら、理屈の上では(理論的には)日本も報復関税を課す、
ことを意味します。

米記者が仕掛けた“罠”に対して石破氏を救ったのは、この時の通訳の機転でした。実
際、この会談の成否を握る「キーパーソン」として期待されていたのが、通訳を務め
た外務省の高尾直日米地位協定室長でした。

高尾氏は過去に安倍晋三元首相の通訳を務め、トランプ氏からは当時「Little prime 
minister(小さな首相)」と呼ばれるほど信頼されていました。幹部職員が首相通訳を
務め
るのは異例ですが、この重要な会談の通訳を任されたことから、彼がいかにすぐれた
人物なのか分かります(注2)。

トランプ氏もその場にいた米記者団の間で笑いが起きたのは、“定番の国会答弁”という
部分はカットされ、通訳が “I am unable to respond to a theoretical question”と言った、
一瞬の間をおいた後でした。

さて、本当の問題はここからです。

トランプ氏は、翻訳された石破氏の返答を聞いて3度も「ベリー・グッド・アンサー」
と言いましたので、かなり返答の文言を気に入ったようでした。

ところが、会見に出席した『東京新聞』のワシントン支局の鈴木龍司記者は、現在日
本で広まっている評価と、実際の会見場の雰囲気とは、少し異なったことを報告して
います。

以下に、鈴木記者の報告を引用しつつ、実際、どのような雰囲気で、その背後にどん
な意味合いがあったのかを検証してみましょう。

鈴木記者は、上に引用した石破氏とトランプ氏と米国の記者の反応について、「日本の
政治記者が笑い、その後通訳を聞いて、米国の記者も笑っていたが、どちらかという
と失笑に近い笑いだった」と振り返ります。

明治大学の海野素央教授は「アメリカでも『仮定の質問には答えられない』という答弁
はあり、特段珍しくない」と指摘しつつ、

    日本の立場として報復関税を「かける」とはとても言えない中で、(米記者の
    質問は―筆者注―)大変センシティブでタフな質問だった。固唾を飲んで解答
    を見守った結果、国会答弁で返してきた「間合い」みたいなものが失笑につな
    がったのではないか

とコメントしています。

そして、「ウイットが効いた解答でもなく、単に長年の習慣がぽろっと出ただけのような
気がします」と付け加えています。

文脈からすると、石破氏の「定番の国会答弁」という部分は英語に訳されていないので、
この部分に反応して出た笑いは、まず日本語にすぐ反応できる日本人記者のものでした。

「失笑」の理由は推測の域を出ませんが、アメリカに来てまでも、日本の政治の場で長年
使い古されてきた「仮定の質問には答えられない」という国会答弁の常套句を持ち出した
ことに対する苦笑い、といったところでしょうか。

とろこがトランプ氏(そしておそらく米国記者たち)の「笑い」の意味は日本人記者とは
違っていたようです。ジャーナリストの神保哲生氏は、「石破さんの対応は、驚くほどクラ
シックだった」とコメントしたうえで、

    トランプ氏が関税を武器に、ハッタリをかましたり、ハッタリの神通力が通じな
    くならない程度に実行したり関税合戦を繰り広げる中で、トランプ氏から見れば、
    石破さんのあの回答は「お前、言えっこないよな」というニュアンスで受け止め
    ていたのかも知れない。トランプ氏が大ウケしたのは日本への最大の皮肉だろう

と、かなり辛辣な見方をしています。

神保氏は、「お前、言えっこないよな」とは、「はい、報復関税をします」とは口が裂けて
も絶対に言えないだろうな、という日本の弱い立場を見越した、皮肉なのかも知れないと
言っているのです。

トランプ氏の、「彼は何をしているかを知っている」という言葉の裏には、皮肉も込められ
てい他のかも知れません。

私には、ここで本当はどうだったのかを断定することはできませんが、この会見に場にいた
『東京新聞』の記者によれば、会見が終わるとトランプ氏は石破氏と握手もせずに会場を後
にしたという。これが、何よりも実態を表していると思います。

今回、私は外交における言葉の問題、ニュアンス、その裏に意味などに関して、非常に事細
かく書いてきました。

というのも、外交交渉は主に言葉で行われるので、その舞台に立った人は、一国の利益を守
るために全力で闘う戦場なのです。当然、一語一語、非常に神経を使います。

そして、相手を持ち上げたり、ほめちぎったり、逆に脅したりあらゆる手練手管を駆使しま
す。

今回の首脳会談のような重要な場で、英語で直接交渉できる首相はあまりいませんでしたか
ら、上に触れた高尾氏のような優秀な通訳は不可欠です。

たとえ、かなり英語ができる政治家でも、言葉のニュアンスを正確に読み取り、言葉の背後
にある思惑を正確につかみ取ることはとても難しいことです。そこには文化的な背景も入っ
てきます。

さらに、こちらの訴えたいこと、要求したいことを正確に、説得的に話すことは難しい。そ
のためにはやはり「プロ」の通訳が必要になります。

ところで、今回の石破首相の訪米とトランプ氏との対面会談で、日本側は何を得たのでしょ
うか、訪米の成果は何だったのでしょうか?

これは、「日米共同声明」(別の機会に検討する)ではなく、「共同記者会見」での発言によく
表されています。その要点は以下の5点です(『東京新聞』2025年2月9日)。

①日本側は、米投資を一兆ドル(151兆円)おこなうことを約束した。これは、日本企業
 が投 資を増やすことで、アメリカを喜ばせる内容です。

②日本製鉄にUSスチール買収計画については「買収ではなく多額の投資をすること」で合
 意した。これは、USスチールをアメリカの企業として残すことで、日本の企業に買収さ
 れることをトランプ氏が断固として拒否したことを意味しています。
 会見の後にトランプ氏は、日本側が半分以上の株を所有することができない(つまり経営
 権をもたない投資に限る)、と強調しており、これが実現すると日本の利益も意味もなくな
 ってし まいます。

③日本は米国産液化天然ガス(LNG)の輸入を拡大することで合意した。日本がアメリカ
 からの輸入を増やすことであり、アメリカにとっては大いにメリットがある。

④人工知能(AI)や量子コンピュータ、半導体などの重要技術開発で協力する。これらの
 分野で日本は圧倒的に遅れており、日本にとってどんな利益があるのか不明です。

⑤トランプ氏は「対日貿易赤字を減らし、対等な関係にもっていきたい」と表明した。これ
 に関 連して記者団から、「それが実現しない場合、関税(を上げること)も選択肢になる
 か」との質問に、トランプ氏は「そうだ」と答えました。
 つまり、アメリカの対日貿易赤字を解消するよう、日本はアメリカからの輸入を増やすこ
 と、それが実現しなければアメリカは日本に高い関税を課すというものです。

以上みてきたように、今回の記者会見で明らかになったことは、ほとんどがアメリカの利益
になる内容ばかりです。

石破首相の訪米は成功だったと評価する見方もありますが、具体的に合意した内容、トラン
プ氏の発言をみると、そうばかりとも言えません。

石破首相の訪米は、初めての日米首脳会談に際してトランプ大統領への“ご機嫌伺い”“ご機嫌取
り”、他方のトランプ氏からすると、自分たちの主張を日本側に言っておいた、ということにな
ると思います。

石破訪米は成功だった、という背景には、もともと石破氏の外交能力を低いとみられていたの
で、それほど大きな失点はなかった、という点がまずますの成果というところではないでしょ
うか。

今後、日米関係において、いかに日本の利益を守り互恵的な関係を築いてゆくことができるの
か、その時に石破首相の真価が問われます。


(注1)『Together』 (2025.2.9 https://togetter.com/li/2508941)
(注2)『ZAKZAK』by 夕刊フジ(2025.2/9 10:07 https://www.zakzak.co.jp/article/20250209-AJ253ISX5BEUJOIPG2K5L2VWOE/
(注3)『日経新聞』電子版((2025年2月8日 10:47)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA0805N0Y5A200C2000000/


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ネット選挙元年(2)―席巻する「推し活選挙」の光と影―

2025-01-07 08:32:11 | 政治
ネット選挙元年(2)―席巻する「推し活選挙」の光と影―

前回、2024年度に行われた主要な選挙のうち、東京都知事選、衆議院選、兵庫県知事選において、
インターネットを介したSNS、とりわけユーチュブのような動画がいかに爆発的な威力を発揮し
たかを検討しました。

今回はその爆発的な現象の背後に何があったのかを、「推し活」というキーワードを手掛かりにし
て検討したいと思います。

注目すべきは、「SNS」と「推し活」がセットになってはじめて大きな力になったということで、
昨年の主要選挙を「ネット選挙」とも「SNS選挙」とも、あるいは「推し活選挙」ともいえます。

今回「推し活選挙」については、前回も引用した、BS―TBSの『報道1930』(2024年12
月24日)の中の「世界で広がる「“推し”は政治家:“推し活選挙”その光と影」を参考にしつつ、私
の見解を述べたいと思います。

まずは、「推し活」とは何か。“推し活”に決まった定義があるわけではありませんが、一般に自分
のイチオシを決めて、応援する活動全般を指します。元々は、熱狂的なアイドルファンが自分の好
きなアイドルを「推し」と呼んだことが、推し活の始まりのようです(注1)。

ある若者は、「推し」と「推し活」について「グッズを買ったり、身を切るようなことも惜しまない
人を「推し」というのかな?」と答えています。

コスプレ・イベント参加者した女性は自分の推し活について、趣味のために時間や労力を惜しまず
使うことを“推し”活って感じです、と表現しています。

また別の「推し活」をしている女性は、「(推しのアイドル・グループが)大阪に来るときは1万円
くらいグッズを買う」、別の女性は、「年間150万円ほど使ったことも」あるという。つまり、「
推しのグッズを買い、そのためにお金を使うことを「推し活」と考えています。

興味深いのは、誰か好きな対象が友達だったら「応援」となる。しかし「推し活」は「何か舞台の上
の人間は「“偶像だから推し”たくなるみたいな」、と答えています。

“推し”は人生に欠かせないもの、生きがいとの感じている人もいます。ある女性は、
    もう幼稚園のときから推しが居たので、推しがいない生活が分からなくて。推しがいなかっ
    たら頑張れるモチベとかがないから、また頑張って働こういう気持ちになれないし、推しが
    居ない生活は考えられないですね。

と語っていま。

以上はおそらく若者特有の感覚で、しかもアイドルに対するあこがれという意味で、いわば“正統派”
の「推し」の心情を良く表しています。

それでは、選挙における「推し」の場合はどうでしょうか。この場合、「推し」の対象は特定の政治
家(立候補者)です。その「推し」のために、演説会や集会に参加し、それらの動画をスマホで撮影
し、SNSに投稿し、あるいは投稿された動画を拡散する、などの活動を「推し活」と言います。

実際、昨年の選挙戦における集会の様子をテレビで見ると、支持者の熱狂はさながらアイドルに群が
る熱烈なファン集団のようでした。

兵庫県知事選挙の際、斎藤候補の演説集会に来ていた人はインタビューに答えて次のように語ってい
ます。

事例1 50~60代と思われる男性
  これはもうネットとかね大手マスコミが言わないことをネットでいろいろ出ているじゃないです
  か。それをウソやウソやというけれど、実際にはレコーダーとかね出てて音声とかでてる。なそ
  れをみな否定するのか。

事例2 30~40代の女性
  一方的に責められることがテレビで見たんですけれど、おかしいなっていう風に思いました。
  何かがあるなって思ってみてたんですね。やっぱりこういうことだったなって。
  You Tube みてたんですけど自分は正しかったかなと今も信じています。

選挙の一か月後のインタビューでの発言をみると

事例3 21歳会社員(男性)
  斎藤さんがテレビにおコテンパンに叩かれたりしてたんですけど、SNS見てたら何が正しいん
  かなと思って、なんかかわいそうになって(集会に)行きました。会社のひとそういう話はしま
  した。斎藤さんがやっぱり多かったですね。ていうかほとんど斎藤さんでした。

事例4 18歳専門学校生(女性)
  (斎藤さんは)“推し”みたいになっています。テレビに出てる姿みていると、いろいろやってるな、
  みたいな感じでワクワクします。
  情報はSNSで。こんな感じて人がバーッと集まってる様子だったりとか。
  ちょっとした情報で決めるのはやっぱりだめだなと思ってすごいいっぱい調べたし、学生に目を
  向けてくれている人が一番いいと思うので、さいとうさんに入れて(投票して)良かったなと思
  います。

以上のインタビューでの発言は、「推し活選挙」について興味深い背景を伝えてくれます。

一つは、大手マスコミは本当の事を言わない、実際のことはネットに出てくる、という大手マスコミ
に対する不信感が、ネットへの傾斜を強めていることです。(事例1)

二つは事例2で、斎藤氏が一方的に責められていることに疑問を感じ、集会の出てみて、やっぱりこ
ういうこと(おそらく、これほど多くの人が斎藤さんの応援に駆けつけていているから齋藤さんが正
しいということ)、だったと感じたことです。

そしてこの女性は、“You Tube で見てたけど、自分は正しかった”、とYou Tubeで流れている情報こ
そ正しいと考えています。(事例2)

三つは、事例3の21歳男性の「斎藤さんがテレビにおコテンパンに叩かれたりしてたんですけど、
SNS見てたら何が正しいんかなと思って、なんかかわいそうになって」という言葉に表れていま
す。(事例3)

斎藤さんをコテンパンに叩いているのはテレビ(つまり大手マスコミ)で、SNSこそ正しいから、
「かわいそうになって」(集会に)行ったと語っています。

四つは、事例4の女性の事例で、はっきりと齋藤候補を「推し」であると語っています。彼女は情
報をSNSから得ていたこと、その中に大勢の人が集会にあつまっていたこを印象強く述べていま
す。(事例4)

もちろん、番組で紹介されて事例が齋藤候補を応援した、もっと言えば「推し活」した人たちの全
てではないとしても、多く人たちの心情を代弁していると思われます。

そのうえで以上を要約すると、①大手マスコミは本当のことを言わない、隠している、②だから情
報は本当のことを伝えてくれるYou TubeなどのSNSから得ている、③斎藤さんは、間違った情報
でたたかれていて、“かわいそう”だから斎藤さんを応援し投票した、となります。

ところで、都知事選では、石丸氏の、衆議院選では玉木氏の、兵庫県知事選では齋藤氏の「推し活」
に参加した人たちは口々に、“自分たちで積極的に情報を取りにいっている”と言いますが、その情報
源の多くはSNSです。

AIを使って選挙分析を行っている米重克洋(報道ベンチャーJX通信社 代表取締役)によると、
衆議院選の選挙期間中に投稿された動画の投稿者の58%は第三者、政党が33.4%、候補者が7.7%
でした。

では、60%近くを投稿していたのはどんな人たちなのでしょうか?米重氏は、
    一回波に乗ると大量に切り抜き動画が作られて、その再生数が回るコンテンツになる。動
    画の拡散に加速をつけるのが「切り抜き職人」で、非常に重要な存在になっている。
    彼らはビジネスのために動画コンテンツを二次的に作っていく人たち、選挙候補者とは関係
    なく、再生回数を稼いでお金を儲けるひとたち。たとえばYou Tube 上の討論の様子の動画
    を切り抜いてテンポのいい見やすい動画を作る。

と説明しています。

動画に登場する人物が再生回数に回る力がある方だと効率的に再生され、再生数を稼ぎ、それを収益
に換えてゆくことができるので、「切り抜き職人」というビジネスが成り立つのだそうです。

山本圭立命館大学」准教授(ポピュリズム研究など)は、動画で感情が揺すぶられて。斎藤さんがか
わいそうだ、何とかしなければという感情が人々の行動を突き動かしたのでは、と指摘します。

畠山理仁氏(フリーランスライター)は、最近政治の舞台で起こっている現象を「政治的初恋ではな
いか」と表現しました。牛窪恵立教大学客員教授(若者の行動やトレンド研究)は、その言葉を援用
して、

    いままで政治に関心がなかった人たちが、世の中変えてくれるんじゃないかという、「初恋」
    をしたくなるような人たちができた。そこに自分も関与してみようとか、何か情報を拡散し
    てみようとか、能動的にかかわるようになってきたというのは、やはり初恋がためにすごく
    思い入れが強かったんじゃないか、というニュアンスじゃないか。

と分析しています。

「政治的初恋」とは言い得て妙な表現です。集会の映像を見れば分かるように、こうした人たちは若
者だけではなく、中高年層のもかなりしました。兵庫県知事選では、「斎藤さんがかわいそう」という
感情を抱いたのか、中年の女性が予想以上に多かった印象があります。

最近の調査によれば、10代から60代まで5万人にアンケートによれば、3人に1人、34.5%
の人が「推し」がいると答えています。

牛窪氏は、推しとファンとの違いについて、「推しは、感情で繋がれる居心地がいい集団。その中で
推す人を良くしていく、人気者にしていこう、それによって社会を良くしていこうという連帯感が生
まれる。そこにコミュニティ活動ができる。ファンは、自分を見てほしい。推しはみんなで良くして
いこう」という動機付けを指摘します。

そして興味深いのは、
    国民民主党の玉木が成功したのは、まず、彼がメジャーではなかったから。最初からメジャ
    ーであれば共感しないし、メジャーになってしまうと、「もう私の役目は終わった」となる。
    苦労している時代がまずある。かわいそうな人、まだ売れていない人をみんなで盛り上げて
    良くしようと点がないとだめ。そのストーリーを玉木はよくわかっている。今は見出されて
    いない、それを応援しよう。自分が見出し、社会をよくして社会のためになることをしたい。

という指摘です。考えてみれば、都知事選における石丸氏は、当初ほとんど無名であったし、斎藤氏
は「かわいそうな人」(つまり「同情すべき人」)であり、まさに「推し」の対象としてぴったりです。

関西学院大学神学部准教授の柳澤田実氏は、推しの心理と社会的な背景について、

    推すっていう能動的な行為の中に自己実現的な部分であるとか、それが自分にとっての ア
    イデンティティになっているっていう部分が非常に大きいのではないかと思う。これは宗教
    にも似ている。
    推している対象をある種宗教の崇拝対象のような目で神聖視しているっていう、そこの心理に
    興味がある。
しかも、
    「単に推している対象と自分だけじゃなくてそこにコミュニティもあるからこそ余計そ こで
    充実したり、そういうこと自体すごく大切なことで、それこそ伝統的な共同体がもう宗教だけ
    じゃなく地縁血縁いろいろ崩れていっている中で、感情で繋がれるコミュニティというものを
    人々が求めている結果というのも、この推し活の拡大にはみられると思う。

つまり、伝統的コミュニティが消失しつつある現代にあって、推し活はあらたなコミュニティ-(居場
所=サード・プレイス)を人々に与えてくれる、という面があるようです。

自身も35年、推し活)をしているという久保(河合)南海子教授(愛知淑徳大学 心理学)は、

    自分に関わる政治の問題なんですが、実際、政治家の方と日常的に接しているわけではありま
    せんから、非現実的な非日常的な存在としている人をどうやって”推す(のか)“。自分の思いを
    託していくのかっていう問題ですので、“推し活”と似通っている構図になっているっていうのは
    そうだと思う。

と、「推し活」と政治との関係を指摘しています。

昨年の選挙で見られた支持者の“熱狂”は、上記のような背景を考えると納得できます。

SNSが、多くの人に政治に対する関心を高めた、という点は大いに評価できますが、問題もあります。

一つは、SNSに流れる”情報“の真偽の確認(ファクトチェック)を、有権者一般、とりわけ「推し活」
の人達がどれほどできているか疑問です。さもないと、デマが”事実“のように伝えられ、信じられ選挙の
公正さが失われる可能性がありあります。

たとえば兵庫県知事選では、斎藤さんの対立候補が「県庁舎の建て替えに1000億円かける」「外国人参政
権を進める」などという話がネット交流サービス(SNS)で広まったが、そんな事実はなかった。また、
斎藤さんの「公約実現率98・8%」もどう考えてもおかしい(実際には公約実現率ではなく着手率)など、
明らかな間違い情報でした(注2)。

二つは、SNSとセットになった「推し活」では、「推し」にたいする無批判な支持に向かう可能性があり
ます。そこでは、自分の「推し」に反するような見解にはなかなかたどり着かないし、むしろ無視してし
まう危険性があります。これは、社会の分断に導く危険性があります。

三つは、SNSで過激な情報を発信して注目を集め、再生回数を増やして広告収入を稼ぐ、選挙を「金稼
ぎ」の手段に利用している問題です(『東京新聞』2024年12月30日)。現在では、これを防ぐ方法はあり
ませんが、やはり選挙の公正さを損ねます。

最後に、石丸氏、玉木氏、斎藤氏の演説集会に集まった数千人の熱気に、私はちょっと怖さと不気味さを感
じました。それは、彼らが政策を訴えるというより感情に訴えるトーンが際立っていたからです。最悪の場
合、ファシズム的な勢力に利用されるのではないか、という怖さと不気味さです。

また、それとは別に、人気取りのためのSMS発信とそれによって動員された人たちが参加する演説集会と
選挙が、一種の「エンタメ化」していってしまうのではないか、という不安も感じました。


(注1)(『マイシュミ』https://myshumi.design/contents/fave/?srsltid=AfmBOopSBxDx8VMZEHN3ge4h2-vGEVH0fLGGcxd5CekVqWzcUGmt_fqR
(注2)『毎日新聞』(2024/12/20 15:00、最終更新 12/20 15:00)https://mainichi.jp/articles/20241218/k00/00m/010/197000c




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「ネット選挙元年」(1)―SNSの爆発力の様態―

2024-12-31 13:00:31 | 政治
「ネット選挙元年」(1)―SNSの爆発力の様態―

2024年には、注目すべき選挙がいくつかありました。

すなわち、7月には東京都知事選、10月には衆議院選、11月には兵庫県知事選と名古屋
市長選がありました。

今回は、これらのうち最初の3つの選挙を取り上げて、そこで用いられた選挙運動の在り方、
とりわけSNSが果たした影響を検討します。

上記の選挙における選挙運動は、これまでと大きく異なる特徴がありました。一言でいうと、
それはインターネットを利用したSNSが非常に大きな役割を果たしたことです。

SNSといっても、X、インスタグラム、フェイスブック、ティック・トック、ラインなど
さまざまな交流サイトがありますが、選挙運動という点に限って言えば、ユーチューブ のよ
うな動画サイトの影響力が最も大きかったようです。

これらは「ネット選挙」、「WEB選挙」、「SNS選挙」、そして次回に取り上げる「推し
活選挙」など様々な名称で呼ばれます。

なかでも動画は、何よりも臨場感を視聴する人に与える、という特別な利点をもっています。

まず、東京都知事選からみてゆきましょう。東京都知事選とSNSとの関係については、この
ブログでも「東京都知事選について思うこと―SNSの威力とポピュリズム―」(2024年2024
年7月16日)というタイトルの記事で詳しく論じていますので、以下に要点だけを示しておき
ます。

今年の7月に行われた東京都知事選では、小池百合子氏(71)が約291万票を獲得して3選を果
たしました。前広島県安芸高田市長の石丸伸二氏(41)が約165万票で2位、元参院議員の蓮舫
氏(56)が約128万票で3位でした。

知名度も政党や組織の支援もない、いわゆる落下傘のように単身東京都知事選に乗り込んできた
石丸氏が、165万票も獲得したのは、ただただ、SNSを駆使した選挙戦の効果でした。

しかも、石丸氏は選挙期間中、東京都をどのようにしてゆきたいか、というビジョンも政策も語
ることなく、「政治屋を一掃する」とか、「政治のみえる化」という、都政とは直接関係ない言
葉を言い続けてきました。

多くの有権者を惹きつけたと思われる動画にしても、広島県安芸高田市の市長時代、市議会で議
員の居眠りをとがめ、「恥を知れ!」と怒鳴りつける石丸氏の姿が動画投稿サイトで拡散・再生
されました。

どうやら、「既得権益を持つ議員らがふんぞり返る市議会で一人闘うヒーロー」という物語は、
若者の間で徐々に共感を生みだしていったようです。

投開票日の夜のテレビによる石丸氏のインタビューは、象徴的でした。蓮舫氏支持の中高年リベ
ラル層などは、石丸氏の態度を見て、「質問にまともに答えない高圧的で危険な人物が2位に食い
込むなんて」と嘆いたようです。

しかし、若い支持者の目には「古いメディアのテレビがえらそうにリーダー・石丸氏をいじめて
いる」と映りました(注1)。

「選挙ウォッチャー」として全国各地の選挙戦をルポしてきたフリーライターの畠山理仁氏は、
石丸氏が成功した今回の選挙戦を『「切り取り民主主義」の台頭を感じた』と述べています。

畠山氏は石丸氏の演説について「『政治屋の一掃』といったフレーズが分かりやすい」ため、一
部を切り取った動画を作りやすい、と指摘しています。

さらに畠山氏は、そうした動画は再生回数が稼げるので、さらに多くの配信者が演説に集まる。
そこで、政治に接点のなかった有権者には石丸氏が「政治的な初恋の相手」となり無党派のファ
ンが拡大したとも述べています。

この「政治的な初恋の相手」という指摘は非常に重要なので、次回に再度検討します。

争点が見えない、という点では石丸氏の場合も同じです。7月12日のBSフジの『プライム・ニ
ュース』に出演した、選挙事務局長の藤川氏は同席したコメンテータから、「石丸氏は政策につ
いて語ってきませんでしたね」、と問われると、「政策なんか気にする人はほとんどいないから」
政策など語っても意味がない、とはっきり言っていました。

しかし、「ワン・フレーズが切り取られ、それだけで評価される政治は危うい」とも警告を発し
ています(注2)。

つぎに、10月の衆議院選ですが、これについてもすでに本ブログの『2024年衆議院総選挙』
というタイトルで4回にわたって書きました(11月5日、12日、19日、26日)。

この選挙では、玉木雄一郎氏を代表とする国民民主党が前回より4倍も当議席を増やしました。

玉木氏は、石丸氏の選挙戦術を取り入れ、徹底的尾にSNSを活用しました。玉木氏は、テレ
ビなど既存のメディアだけでなく、むしろ自らのユーチューブ・チャンネルや、さまざまなS
NSのサイトにこまめに登場し、名前を売っていました。

玉木氏自身、衆院選開票後の会見で、同党のどんなネット戦略が躍進につながったのかと問わ
れ、「ネットどぶ板ですね」と、陣営が有権者にきめ細かく接して支持を訴える「どぶ板選挙」
のネット版だと表現しています(注3)。

もう一つの特徴は、玉木氏は、「手取りを増やす」という、分かり易い一つの問題(ワン・イシ
ュー)、一言(ワンフレーズ)を徹底的に繰り返す作戦を展開しました。

また、これを補う、「103万円の壁」、「178万円まで控除」という言葉が繰り返されました。

しかし、玉木氏および国民民主党は、「103万円の壁をとりのぞき、178万円まで無税にした
場合の租税減収分をどのように埋め合わせるのか」、については明言を避けていました。ところ
が、これが後に大いに問題となるのです。

実は、「ワン・イシュー」で選挙戦を戦うという手法は、かつて小泉元首相が、“自民党をぶっ
壊す”という「ワン・フレーズ」で、爆発的な人気を得たことと良く似ています。

現代では、SNSという、場所も時も選ばず発信し続けることができる、インターネット選挙
戦(「ネット選挙」あるいは「Web選挙」と呼ばれる)あらた媒体が登場しており、いちいち
演説会場まで足を運ばなくても候補者の声を聞いたり顔を見たり、雰囲気を確認することがで
きる環境があります。

演説会の映像でみると、玉木氏が聴衆に向かって、「みなさんのスマートフォンでこの場の映像
を取り、動画サイトに乗せて拡散してください」と呼び掛けています。

こうして投稿された動画を適当に切り取って繋げ、一つのストーリーに仕立てて配信してゆく人
々(多くはそれをビジネスとする人々)によって玉木氏の演説風景などが再投稿され、拡散され
ていったのです。

有権者が再生する動画は、このようにして作られた二次的に再構成されたものです。

次回に詳しく説明しますが、これらの仕事をする人たちは「切り取り屋」あるいは「切り取り職
人」とよばれ、多くはそれをビジネスとして行っている人たちです。

いずれにしても、国民民主党の選挙戦略は大成功し、議員数を増やすことに成功したのです。国
政選挙で、これほど意図的・徹底的にSNSが活用されたのは、今回の衆議院選挙が最初ではな
いでしょか?

この意味で今年は「SNS選挙元年」あるいは「ネット選挙元年」と言えるでしょう。

つぎに、兵庫県県知事選をみてみましょう。

ここでもSNSは大きな役割を果たしましたが、上の二つの選挙とは異なる問題を含んでいます。
その問題点については次回に譲りますが、ここでは以下の経緯だけを指摘しておきます。

パワハラ問題で兵庫県議会から不信任された元齋藤元彦知事が、議会を解散して行われた県知事
選では当初、もう一人の有力な対立候補(元兵庫県尼崎市市長の稲村和美氏)のほうが有利だと
思われていました。

というのも、そもそも前回齋藤氏を知事に当選させた大きな支持組織であった自民党と維新が、
議会では齋藤知事の不信任に回ったため、組織の応援なしでの選挙戦だったからです。

実際、彼はたった一人で道に立ち、通行人に呼びかけていました。しかし、当初はほとんど見向
きもされませんでした。

それが、ある時から急激に聴衆が増え、選挙戦終盤では、文字通り群衆が彼の演説会場に押し寄
せました。結果は、齋藤氏が約111万票、稲村氏が97万7000票で齋藤氏が勝ちました。

しかし、この選挙で流されたSNSの情報(斎藤氏自身が発信したものではありませんが)に多
くの問題があり、本当に公正な選挙であったのか否かが問われています。

そこで、SNS選挙の功罪、という観点から次回以降に詳しく検討します。

以下では、東京都知事選、衆議院選、兵庫県知事選で、何が起こったかを、情報媒体へのアクセ
ス状況を中心に検討します。

最初に、東京都知事選のアンケート調査で、どれほどの人が、どんなメディアから情報を得てい
たかを見てみましょう。(以下の数字は、12月24日放送、BSTBS『報道1930』番組中
に示されたデータからの引用です)

(都知事選の事前アンケートで、必ず行く。すでに期日前投票を済ませた人が参照した媒体。重
複回答アリ)

新聞71%
You Tube 65%
X(旧Twitter) 65%
テレビ 58%

さすがにここでは、新聞が圧倒的ですが、それでもユーチューブとXがそれぞれ65%もあります。

ただし、こうした情報源のうち、有権者は新聞やSNSの情報のどちらを信用して投票したのか、
という点ですが、これに関してははっきりした数字は得られません。

もうひとつ、これらの媒体の中で、テレビは最下位であった、ということです。これは、多くの有
権者が情報を得るテレビの報道が不十分、さらには信用できない、という不満と不信が幾分かは反
映しています。

つぎに、それぞれの選挙で動画がどれだけ再生されたかを見てみましょう。

選挙期間中に再生された動画回数
東京都知事選(7月)4億7000万回
衆議院選 (10月)2億7000万回
兵庫県知事選 (11月)1億9000万回)

(選挙ドットコム「You Tubeなどの視聴データから読み解く2024年の注目選挙」より)

驚くべきは、上記の再生回数の絶対数で見る限り、都民を対象とする東京都知事選における再生
回数が、全国の有権者を対象とする衆議院選よりも倍近くあった、という点です。

まさに、都知事選は石丸氏が「火をつけた」SNS選挙元年、といった感じです。

さらに、兵庫県知事選の数字を人口比で換算すると、東京都の人口は兵庫県の約2.6倍ですから、
それを勘案すれば、兵庫県知事選挙での動画再生化数は5億回に匹敵すると言えます。

ここに、斎藤氏の大逆転劇のナゾの秘密があるのですが、これも含めて次回にさらに検討します。


(注1)『毎日新聞』電子版 (2024年7月11日)https://mainichi.jp/articles/20240711/k00/00m/010/328000c
(注2)『毎日新聞』電子版(2024/7/11 16:28、最終更新 7/12 12:25)Yhttps://mainichi.jp/articles/20240711/k00/00m/040/166000c ouTube;(『東京新聞』(2024年7月9日)。
(注3)『YAHOOニュース』(2024年10月30日)https://news.yahoo.co.jp/articles/5ace5f95f2aad556b639348ff794d2f207052b4d



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企業・団体献金を死守せよ!―企業・団体献金禁止は自民党への“死刑宣告”?―

2024-12-24 07:28:57 | 政治
企業・団体献金を死守せよ!
―企業・団体献金禁止は自民党への“死刑宣告”?―

自由民主党(以下「自民党」と略す」という政党は、不死身といえるほど、実にした
たかに日本の権力を握り続けてきました。

今回の衆議院選で惨敗し、単独過半数はおろか、連立を組む公明党の議員を含めても
過半数に達しない、いわゆる「少数与党」に転落してしまいました。

重要なことは、それでも政権党の地位を確保している、という事実です。野党からの
内閣不信任を突きつけられる危険(実際にはその可能性は極めて低いのですが)を念
頭に置きながら、権力の維持のために必死でもがいている、というのが現在の自民党
の姿です。

これまでも、自民党は何回か権力からの転落あるいはその危機に遭ってきました。

たとえば、細川政権(1993年8月~1994年4月)までの8か月間は、完全に権力の座
から外れてていました。

ところが次に誕生した、社会党党首の村山富市氏を首班とする村山内閣(1994年6月
~1995年8月)時には、「自社さ」(自民党、社会党、新党さきがけ)、社会党との
連立の一角を占め、何とか権力を維持することができました。

ただし、民主党政権時代(2009年9月~2012年11月)には完全に権力から排除され、
自民党にとって“悪夢の3年間”になったのです。

そして、民主党の失策にも助けられて、自民党は翌年から政権に復帰して今日にいた
ります。

これにより、上記のごくわずかな期間を除いて、1955年の保守合同(自由党と日本民
主党)による自民党は戦後一貫して権力の座に座り続けてきました。

この状況にたいして、古賀茂明氏(政策ラボ代表、東大法学部卒。元経済産業省)は、
「では、なぜ、自民は不屈の復活力を有し、逆に、野党はパワーを持続することがで
きないのだろうか」と、非常に根本的な問題を提起し、自らそれに答えています。

少し長くなりますが、端的に自民党という政党の存立基盤について指摘しているので
引用します。

    原因はいくつかあるが、最も決定的な理由は極めて単純な事実にある。これ
を野党の側から見ると、わかりやすい。
    野党は、自民党と異なり、「支持者に利権の配分をする代わりに、選挙のた
    めの票と資金を提供してもらう」という交換の仕組みを持っていない。
    野党から与党になって権力を握っても、その仕組みは簡単には作れない。
    慌てて作ろうとすれば、収賄罪や公職選挙法・政治資金規正法などの違反に
    問われることになってしまう。
    一方、自民党は、幾つものスキャンダルで失敗を重ねながら、長年かけて、
    「証拠を残さず阿吽の呼吸で機能する」政官財の利権のトライアングルを作
    り上げてきた。その中核をなすのが「企業・団体献金」だ。

企業からの巨額の献金が、選挙において自民党立候補者への選挙運動費の資金源とな
るのです。自民党は選挙のためにどれほどの資金を使っているかを考えてみれば、そ
の額が巨額になることは容易に分かります。

例えば、2024年の衆議院総選挙で自民党の立候補者数は342人でした。選挙戦最終
版で非公認の候補者に、事実選挙資金として2000万円渡されたことが発覚し、こ
れが有権者の批判を呼び多くの落選者をだしました、

これから推測すれば、自民党はどれほどの選挙資金を必要としているかは容易にわか
ります。お金があれば、多くの施設秘書を雇い、事務所を構え、さまざまな選挙活動
が可能になりまず。

2023年の企業・団体からの献金は、自民党本部へ24億円、支部へは18億円、合計42億
円でした。自民党の候補者は、これら党からの資金供与の他にパーティー券販売から
の収益があります。

いずれの方法であれ、自民党の候補者は他党の立候補者と比べて圧倒的に有利であるこ
とは間違いありません。

財界も官界も自民が野党である間はその仕組みを裏で温存しつつ、政権交代で自民が復
活するのを待っているのです。

これこそが、自民党が一旦落ち込んでも復活できる背景には、このような金銭的な有利
さが非常に重要な根拠となっているのです。

逆に言えば、この仕組みを根本からなくしてしまえば、自民が復活することは非常に難
しくなってしまいます。

古賀氏によれば、「なぜなら、自民は金なしの選挙ではとても勝てない議員ばかりだから
だ。企業・団体献金廃止は、自民党議員にとっては、死刑宣告に等しい。したがって、到
底実現するはずはないと誰もが考えてきた」というのが実情です。

現に、リクルート事件の後の政治改革では、企業・団体献金廃止と政党助成金の導入がセ
ットで決まったのに、企業・団体献金はしっかりと生き残ってきたのです。
 
こうした事情を考えると、自民党は、企業・団体(実体は業界団体)献金を守るためには、
たとえ政的とでも手を組み、妥協をしてゆきます。

その論拠として石破首相は最近の国会で、企業・団体献金の廃止を「本丸」と位置付ける
立憲民主党の追求に対して、企業にも政治活動の自由があり、これを禁止することは憲法
(21条)に抵触する、という、理屈を持ち出しました。

憲法21条とは、集会、結社、言論、出版など一切の表現の自由が保障される、検閲は禁
止される、通信の秘密は侵してはならないことを定めています。

21条と企業献金に関して、首相は八幡製鉄の企業献金をめぐる最高裁判決(1970)も、も
う一つ自民党が根拠にしています。

後に石破首相は、「違反するとまでは申しません。言い方が足りなかった」と前言を修正し
ましたが、国会の答弁ではあくまでも企業・団体献金には問題がなく、その禁止には反対
であることを繰り返しています。

21条では、献金する企業の自由はあるかもしれませんが、これを受け取る側の自由までは
言及していません。それはあくまでも政党側の法的また倫理的な、何らかの制約があるは
ずです。

企業献金と憲法21条との問題に関して江藤祥平一橋大学教授は、最高裁判決では確かに企
業には「表現の自由」は認められているが、営利目的で存在している企業の権利を、「自然
人」(権利・義務の主体である個人)と同列で議論することには無理があると述べています。

「自然人」は生まれながらにして「表現の自由」を有しており、個人の献金禁止は憲21条
に明らかに抵触しますが、これに対し、企業の「表現の自由」は、私たち国民を利するか、
害するか(公共の福利に利するか反するか)、という「利益衡量」によって判断されるもの
です。

つまり、「会社に、社会通念上、期待ないし要請されるものである限り」と書かれていると
おりで、自然人とは異なる制約に服していると考えるべきでしょう(注3)。
ということになります。

また、木村聡太埼玉大学教授は、「企業は、特定の事業を営むことを目的として設立されて
いる。他方、政党は、さまざまな政策を掲げ、政策への賛否を変えることもある。当然、企
業献金は企業の事業とは無関係な政党活動に使われることも多い」と指摘し、企業献金が無
条件で許されるわけではない、とコメントしています(注4)

さらに、13日に示された政府の見解は、企業・団体献金の禁止について「政府としては、
具体的に検討していないため、憲法21条に違反するかどうか一概には申し上げることは
できない」としたうえで、「慎重に討論されるべきもの」としています。

これを受けて日本共産党の山添拓政策委員長は、石破首相の答弁では「21条への抵触の
具体的な根拠を示すことができなかったということだ」と指摘しました(注5)

立憲民主党が、企業・団体献金の禁止を「本丸」と位置付け、その禁止を訴えているのは、
企業などの巨額の献金で政策や政治をゆがめる危険性があるから、という論拠に基づいて
います。

首相はあれこれ言い訳を述べていますが、その意図は企業・団体献金の問題をできるだけ
先延ばしし、ゆくゆくは、うやむやにすることに尽きます。

というのも、企業・団体献金の禁止は、自民党の生命線で、禁止されれば自民党という政
党は溶解してしまうことを良く知っているからです。

ところで、どの企業も、これだけ献金しますから、こういう便宜を図ってください、と表
立っていうことはないいかもしれませんし、自民党も企業献金をいただいたお礼に、この
ような便宜を図りました、とは絶対に表ざたにしません。

しかし、以下に挙げる2つの事例から皆さんは献金と政策・政治との関係をどのように理
解するでしょうか。

一つ目の事例は、原発の推進と企業献金との関係です。電力会社や原子力関連の企業、研
究機関、原発立地地域の自治体などでつくる一般社団法人(原産協会 いわゆる「原子力
ムラ」)の会員企業が、自民党の政治資金団体「国民政治協会」に、2020年の1年間に
あわせて6億3500万円もの献金をしていたことが『しんぶん赤旗』の調べで分かりま
した。

献金した主な加盟企業は、原子炉メーカーの日立製作所、三菱重工業、原子炉建設に使わ
れる鉄鋼を供給する日本製鉄、JFEスチール、原発を建設するゼネコンの鹿島、大成建
設、清水建設、大手商社などです。

20年度調査によると、東京電力など電力各社から加盟企業への原発関係支出(発注う学)
は2兆1034億円(前年比879億円増)、その売上高は1兆8692億円(前年比16
75億円増)にのぼっています(注6)。

年間2兆円を超す膨大な原発マネーに群がる大企業からの献金が、自民党に流れていること
は、原発利益共同体の癒着の根深さを改めて浮き彫りにするものです。

政府は、新しいエネルギー基本計画の素案を12月17日、正式に公表しました。それによると、
今後、電力需要が増えると見込まれる中、太陽光や風力などの再生可能エネルギーを将来、
最大の電源とする一方、これまで「依存度を低減する」としてきた原子力も最大限、活用し
ていく方針を示しました。

岸田政権以来、石破政権も原発の積極的な推進を公言しており、他方で、原発の推進に反対
する政党や市民運動があります。こうして状況で、政府の方針と「原子力ムラ」からの献金
とは、どう考えても無関係とは言えません。なぜなら、何の見返りもなく、ただ献金すると
は考えにくいからです。

二つ目の事例は、マイナ保険証の導入と関連企業による献金です。

2021年3月からマイナンバーカードに保険証の機能を持たせた「マイナ保険証」の試験運用
が始まり、2022年10月13日には自民党政権の河野太郎デジタル大臣が、2024年秋に従来の
健康保険証を廃止し、「マイナ保険証」に一本化するとの発表を行いました。

しかし、試験運用の開始から2年半以上経過した現在でも医療機関の6割(59.8パーセント)
で「読み取り不具合」や「名前や住所の表示の不具合」、「資格情報の無効」などのトラブ
ルが発生していました。

普通に考えれば、いまだ完成度が低く「バグ(原因見落としによる欠陥)」があちこちに存
在するシステムを、国民の命と健康に関わる健康保険証の代替物として事実上強制する政府
の方針は尋常ではありません。その背景には何があるのでしょうか?

2023年7月13日付の『しんぶん赤旗』は、政府のマイナンバー事業を計123億1200万円で受
注した企業5社のうち、日立製作所と富士通、NEC、NTTデータの4社が2014年から2021年
までの間に計5億8000万円を、自民党に献金してきたと報じました。

なお、2013年度からの10年間で「地方公共団体情報システム機構」はマイナンバー関連
事業を少なくとも313件2810臆円発注しています。うち9割は、大企業8社が共同受注など
で独占的に契約しています。ここには、大口献金企業と政府機関との癒着が見られます。

そして、自民党に高額献金した各企業には、内閣府や総務省、財務省、経済産業省、国土
交通省などの幹部が多数「天下り(退官した官僚の再就職)」したと伝えました。(注7)

マイナンバーおよびマイナンバー保険証事業は国の予算(つまり国民の税金)によって進
められていますが、その利権の一部が、政治献金として自民党に還流し、また関連した政
府機関の幹部の「天下り」という特権を生み出しています。

どう贔屓目にみても、政治献金は政治をゆがめる温床となり、特定政党に特権的利益をも
たらす構造となっています。したがって、やはり企業・団体の政治献金は廃止すべきだと
思います。

ちなみに、これから企業・団体献金の禁止に賛成するか反対するかが、その政党の政治的
立場を示す一つの指標になります。野党では現在、国民民主党だけが“慎重”(実質的には
反対)姿勢を見せています。

(注1) Aera dot. 2024/11/12/ 06:00 https://dot.asahi.com/articles/-/239703?page=1
(注2) 『日本経済新聞』電子版 2024年12月6日 17:00
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA05E4H0V01C24A2000000/
(注3)『朝日新聞』電子版 2024年12月22日 6時00分 
    https://www.asahi.com/articles/ASSDN0R3YSDNUTFK00BM.html
(注4)『山陰中央新報』デジタル 2024/12/23 04:00 
https://www.sanin-chuo.co.jp/articles/-/701409
(注5)『しんぶん 赤旗』電子版 2024年12月14日(土)
    https://www.jcp.or.jp/akahata/aik24/2024-12-14/2024121402_02_0.html
(注6)『赤旗』電子版 2021年12月27日(月)
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik21/2021-12-27/2021122701_01_0.html
(注7)『しんぶん 赤旗』2023年7月13日(木)
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik23/2023-07-13/2023071301_01_0.html
   『しんぶん 赤旗』2023年10月9日(月) https://www.jcp.or.jp/akahata/aik23/2023-10- 09/2023100901_01_0.html

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衆議院総選挙(4)―そろり保守化・右傾化とネット・ポピュリズム―

2024-11-26 10:14:15 | 政治
衆議院総選挙(4)―そろり保守化・右傾化とネット・ポピュリズム―

前回は2024年総選挙で勢力が減少した政党として、自民党、公明党、維新、共産党を取り上げました。

今回は、反対に議席数を伸ばした政党、すなわち立憲民主党、国民民主党、れいわ新選組(れいわ)、
そして新たに登場した参成党、日本保守党について考えてみます。

まず、立憲民主党で議席は98から148に大きく増やしましたが、獲得投票数をみると、前回からわ
ずか0.6%増に留まり、ほぼ横ばいです。

投票数が伸び悩んだのは、本当の意味で立憲民主党への支持が底上げされたわけではないことを示唆し
ています。

それでも立憲民主党が議席を大きく増やした要因の一つは、小選挙区の選挙戦で、本来なら強力な対抗
相手となる自民党候補者が自民党の裏金問題で支持を失ったために立憲民主党の候補者が勝ったケース
が少なからずあったことです。

もう一つの理由として東大・牧原出教授は、「立憲民主党 中道保守路線が奏功」というタイトルで、
野田代表の中道保守化路線への転換を挙げています(『東京新聞』2024年10月29日)。

加えて、選挙戦終盤での2000万円を非公認の候補者に配った自民党の“敵失”の側面も多分にありま
した。

立憲民主党の枝野前代表は、共産党との連携もいとわない、党の中ではやや“左”の政治姿勢をとってい
たのに対して、新しい代表となった野田佳彦氏の政治姿勢は、中道より“右”の保守路線です。

有権者の中には、野田氏の中道保守路線に安心感を持ったのかも知れません。

いずれにしても、これだけの議席数を獲得したことは今後の政治運営に大きな影響力をもつことになり
ます。

それがはっきり表れたのは、国会における常任委員会と特別委員会の委員長ポストの配分です。前者は
これまでの2つから次回から6、後者は2から3に増えました。

なかでも、国民の生活に直結する国家予算を決める予算委員会は、以前なら与党の税制調査会の決定が
政府案として国会に上程され、数の力でそのまま衆議院を通過するか、与野党で紛糾しても、委員長の
職権で強硬採決して予算案を通してしまうことができました。

しかし、これからは与野党の見解が紛糾した場合、与党が強硬採決することはできなくなり、その分“熟
議”が不可欠になりました。同じことは、他の委員会でも同様です。

しかも、予算委員会では全ての大臣が出席し議論のテーマも特に限定されません。このため予算委員会
は、とりわけ野党にとっては政府との直接の論戦ができる、国会の審議における花形の委員会です。こ
の予算委員会の委員長に立憲民主党に議員が就任することは大きな変化です。

次回からの国会審議では、過半数割れしている政府・与党は、野党の賛成無しでは法案を通すことがで
きませんから、十分な議論、「熟議」が期待されます。

そして、予算委員会の委員長ポストについた立憲民主党の安住淳氏は審議と議事の運営について大きな
責任を負うことはいうまでもありません。

いずれにしても、立憲民主党が議席を大きく増やしたことは、今後の国会運営と審議に国会の在り方が
これまでと変わることは確かです。

議席数の上では、立憲民主党には遠く及びませんが、議席と投票数の増加率では国民民主党が断然抜き
ん出ています。

すでに、本ブログの「2024衆議院総選挙」シリーズの(1)と(2)で議席数と得票数の伸びを示した
ように、国民民主党の躍進は数字にはっきりと表れています。

ここには主に二つの要因が働いていました。一つは、「手取りを増やす」という具体的でわかりやすく、
かつキャッチーなメッセージが有権者の心をとらえたことです。

二つは、「石丸現象」のようなアピールの仕方です。つまり、演説中の玉木党首の風景を切り取り、そ
の動画をSNSにアップし、拡散させるという方法です。

実際、玉木氏の応援演説には石丸氏も来ていたし、玉木氏は石丸氏の手法から学んだと語っています。

このSNS戦略は、情報を新聞、テレビ、ラジオ、雑誌など従来のメディアではなくSNS(Xや、
youtube、ブログ、インスタグラムなど)から得ている若者には特に効果的だったようです。

おまけにこれらの媒体は、アルゴリズム処理によって、一つの情報を見ると、自動的に同種の情報が
送られてくる仕組みになっているので、気が付いてみると、同種の一方的なメッセージだけが届く、
隔離された情報空間の中で思考がぐるぐる回っている状態にはまってしまう可能性があります。

若者へのインタビューで、投票に際して何を参考にしたのかを聞くと、かなり多くの人がSNSを挙
げています。

また、SNSで“自分で情報を取りにゆく”という評価もありました。その場合、自分が主体的にさま
ざまな情報を得ているように意識していても、実際にはインターネットの性格上、同種の情報網に取
り込まれて、異なった意見などには接しなくなっている可能性があるので要注意です。

これは一歩間違うと、SNSによるポプピュリズム(大衆受けするキャッチコピーや大衆へ迎合する
政策や目標を掲げて支持を集める)に向かう危険性があります。

この背景を探ってゆくと、石丸氏が東京都知事選に関わった人物が、『週刊文春』(2024年11月28
日号)の中で、「(SNS)」の“石丸部隊”が国民民主党の玉木一郎代表を支援する“玉木部隊”になり、
それが(兵庫県知事選)の”斎藤部隊“になったのは確か。ウチの関係者の部隊は30人くらい参加して
いました」と暴露しています(『東京新聞』2024年11月24日)。

この意味では、国民民主党に熱狂した人たちのある部分は、こうした戦略に乗った人たちであった可能
性があります。

つまり最近の選挙では、政策を訴えるというよりも、SNSで相手をたたき、自候補を盛り上げるネッ
ト操作をする、一種の”選挙プロ集団(企業も含まれる)”の戦略が選挙結果と政治に大きな影響を与えて
います。

国政のレベルだけでなく、今年の東京都知事選、兵庫県県知事選、名古屋市長選など地方の首長選でも
同様の現象がみられました。

いずれにしても、国民民主党の選挙作戦は大成功し前回の7議席から28議席へ4倍に増やしました。

この数はとても重要です。というのも、現在の政権与党は、過半数に18人分足りないので、国民民主
党が同調してくれれば政権与党は自分たちの望む法案や方針を通すことができるし、逆に道鵜町してく
れなければ法案を通すことはできないからです。

言い換えると、国民民主党はキャスティングボートを握っているのです。したがって政府・与党は、野
党で最大の議席数をもつ立憲民主党ではなく、もっぱら28議席の国民民主党と交渉しているのです。

ところで、国民民主党については“103万円の壁”ばかりが注目されますが、一つの政党としてどのよ
うな政治目標を持っているかがとても重要です。

政治家としての玉木氏の特徴は自民党との近さです。玉木氏はもともと自民党の大平正芳元首相を目標
としています。

2022年には岸田政権がトリガー条項凍結解除を含めた再検討を表明すると、22年度予算で賛成に回り、
23年度予算にも賛成しました。

玉木氏は23年の党の集会で「自民党のアクセル役になりたい」とまで口にしています。つまり、はっ
きりと自民党の別働隊を宣言しているのです。

22年に安全保障政策として、軍備の拡張もいとわず「原子力潜水艦を日本が保有するなど、適度な抑
止力を働かせていくことを具体的に検討すべき」とも発言しています。

さらに、同年には「敵基地攻撃力」や防衛費増額にも賛成し、岸田政権が「安保関連3文書」の改定に
踏み切ると「提案した考えがおおむね反映された」ことを歓迎しました。

国民民主党は改憲にも積極的で、維新などと共に緊急事態の国会議員の任期延長などを含む条文案を発
表しています。それだけでなく、玉木氏は保守系団体(というより右翼団体)の「日本会議」との接点
をもっています。

エネルギー政策では「当面は原子力を利用し、原発の建て替えや新増設も進める」としています。

こうなると、国民民主党はもはや自民と対抗する野党というより保守政党「自民党・国民民主派」とい
った方が実態に近いかもしれません。

法政大学の白鳥浩教授(現代政治学分析)は、「国民民主は本質的には、中道保守でポピュリズム的なと
ころがある」と分析しています。

また高千穂大学の五野井郁夫教授(政治学)も「国民民主は中道保守のポピュリズム政党」との見解を
示す一方、「日本の右傾化」の傾向も指摘しています。

つまり「今は『手取りを増やす』とか生活対策が中心で“右っぽい"ことはなりを潜めているが、将来は
どのような展開をするのか分かりません」とも述べています。

続けて五野井教授は、

    ロシアによるウクライナ侵攻後、物価高や移民難民の流入などで社会が不安定化する中、先進国
    でも同様だ。玉木氏はそこまで極端な右派というわけではないが、かえって幅広い保守層を取り
    込むことに成功したのではないか。(中略)
    国民民主は世論の波乗りができる限り、勢いは続くのではないか。改憲が一気に進むこともあり
    えるかもしれない。

と、危惧を表しています(『東京新聞』2024年11月1日)。私も同じ危惧を感じています。

なお、今回の選挙で突如、日本保守党と、天皇を中心とした日本の再構築を目指す参政党が、いきなりそ
れぞれ3議席を獲得し、得票数も前者が114万6500票、後者が7187万5600票、合わせて約
300万票をえています。

今回の選挙では、これらの政党の登場も含めて、日本社会が全体として保守化・右派化が進行しているこ
とが明らかになりました。

こうした状況の中で特異な拡大を示したのが「れいわ」です。前回の3議席から9議席へ3倍増、得票数
でも221万5600万超から380万5000へと1.7倍に増やしました。

「れいわ」は、代表の山本太郎氏がかつて芸能界で活躍し、その後政界に転身して立ち上げた政党で、山
本太郎という知名度が高くやや極端な発言が逆に人々に好感されたようです。

政治的方向としては、名護市辺野古での新基地建設は中止、アメリカ追従の外交政策の見直し、核兵器禁
止条約の署名・批准、原発廃止など、「革新」勢力とみなすことができます。

「れいわ新選組」という党の名称が、どこか漫画チックで、子育て、教育支援策など、具体的な生活支援
プランをもっていて、親しみやすさも大きなアピールポイントです。

日本社会が全体として“右寄り”になっている中で、全国に支援組織や地盤をもたない「れいわ」が政府へ
の批判勢力として議席と獲得票を伸ばしたのは注目すべき現象です。

以上、今回の選挙で議席と得票数をのばした国民民主、日本保守党、参政党、れいわに共通していのは、
SNSを最大限に活用したネット選挙を展開したことです。

ネット選挙で使われるSNSは時と場所を選ばず、しかも少人数で不特定の多数に訴えることができる
という、従来の選挙戦では考えられない効率で選挙戦を戦うことができるという、大きな利点がありま
す。

SNSでは、政策を丁寧に訴えるというより、短いキャッチコピーで大衆受けしやすい言葉と動画で訴
えることになるので、勢いポピュリズムに陥りがちです。

ネット選挙は一方で多くの人に政治に関心を持ってもらうという意味では優れた面もありますが、他方
で、ネットに流れてくる情報が“ウソ”であっても、一人一人がその真偽を判断するのは非常に難しい、
という問題もあります。

さらに、仮に事実でないことがネット上に現れ、何百万回も拡散されると、その情報があたかも”事実”
のように受け取る人がかなりいます。(たとえば兵庫県知事選での、稲村氏に関する虚偽情報の拡散)

ネットリテラシーが社会的に成熟していない状態でのネット選挙が、本当に民意を反映しているかどう
かについて、私は多少疑問を感じています。

最後にもう一度、今回の衆議院総選挙を総括すると、日本全体が保守化・右傾化のなかにあり、そこに
はネット選挙を通じたポピュリズムの台頭という現象が一つの傾向として現れた、といえます。

善悪の問題を離れて、私にはこのような状況にやや危険な匂いを感じてしまいます。


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2024年衆議院総選挙(3)―自公連立政権に黄信号―

2024-11-19 05:48:47 | 政治
2024年衆議院総選挙(3)―自公連立政権に黄信号―

石破首相は選挙戦に突入する前に、勝敗ラインは自公合わせて過半数の確保だ、と語っていました。

この時私は、“ずいぶんハードルを下げたな”と思いました。というのも、これまでの実績を考えれ
ば、いくら何でも、自公合わせれば過半数は確保できるだろう、と考えたからです。

しかし、選挙戦が進み様々な調査結果が明らかになるにつれて、ひょっとしたら過半数われもある
かもしれない、との予測が出てくるようになりました、

事実、結果は自民党が大きく議席を減らし、連立を組む公明党の議席を合わせても過半数を割って
しまったのです。

自公の全体的減退の陰で、公明党は21年の総選挙時の32議席から24議席へと8議席も減らし
ていました。

この事実はあまり注目されてきませんでしたが、私は、これからの日本の政治構造にとって大きな
意味をもっていると考えています。言い換えると、「自公連立政権」という枠組そのものの存続に
「黄色信号」が灯ったからです。

自民党にとって公明党と連立を組み続けるのがいいか、他の党(たとえば国民民主党、維新など)
と組んだ方がいいか、あるいはこれらの勢力と大同団結を組むべきか、の選択を迫られています。

同様のことは、公明党にとって、このまま与党の一員として自民党と連立を組んでゆくのがいい
か、少し距離を置いて閣外協力のような関係でゆくべきか、あるいは可能性としては非常に小さ
いけれど、自民党と離れて独自の政党として再建すべきか、の選択を迫られています。

公明党に関しては、少し気の毒な面がありました。連立を組んでいる関係上、公明党は何人かの
裏金議員と言われる自民党候補を推薦せざるを得なかったのです。

すなわち、連立の安定を理由に、公認された裏金議員の一部を推薦しただけでも「清潔な政治」
(クリーン)を謳ってきた党の「看板」がかすみかねません。ましてや、非公認に推薦を出すに
至っては、対外的に説明がつくはずがありません。多くの有権者は公明党も結局は自民党と「同
じ穴のムジナ」と思ったことでしょう(注1)。

公明党が8人の落選者を出したことだけでも公明党にとって大きなダメージでした。とりわけ、
埼玉14区で公明党代表に選任されたばかりの石井啓一氏が落選したことは、公明党の衰退を象
徴しています。石井代表の落選は15年前の太田昭宏氏以来でイメージ的にもかなり大きなダメー
ジになりました。代表の落選は15年前の太田昭宏氏以来です。

この14区というのは 区割り変更で公明党議員が空白となった選挙区で、地元の自民党関係者
の反対を押し切って党本部主導で調整が進み、石井氏当選に向けて自公が協力すると決まった、
という特別な経緯がありました。しかし、自民党の協力はあまり積極的ではなかったようです。

石井氏に加えて副代表の佐藤茂樹氏(大阪3区)もそろって落選しました。正副代表の落選を公
明党は全く想定していなかった事態で、あまり表面化していませんが、党内部や支持者、とりわ
け支持母体の創価学会では深刻な混乱が生じていると思われます。

これら二人に加えて公明党は、党の将来を担う国重徹氏、伊佐進氏、山本香苗氏ら党の有力政治
家の議席を失い、その衝撃ははかりしれません。

公明党は長く自民党から離れられない「下駄の雪」などと揶揄され続けてきましたが、その言葉
通りまさに自民党の補完勢力に過ぎず、最近では山口那津男前代表が「(自民党と)同じ穴のム
ジナとは見られたくない」などと発言していましたが、存在感は薄まる一方です(注2)。

今回の選挙に限って言えば、公明党の問題は、自民党の裏金問題のとばっちりを受けて議席を失
い、衰退しつつある印象を受けます。

しかし、公明党の勢力は2020年前後から一貫して衰退し続けています。山口代表氏は2022年の参
議員選では比例票は800万票の目標を掲げました。

この選挙中盤の党の情勢調査では、比例票を「640万票は固めた」との認識で票の積み増しを図っ
たのですが、ふたを開けてみると目標には遠く及ばず、前回2019年より約35万票減、21年の衆院
選と比べても22年の参議院選では約93万票減の厳しい結果に終わりました。

自民党と公明党は、双方の重点選挙区で互いの支持層を取り込むことを狙い両党が16年参院選か
ら実施している相互推薦は、22年の参議院選では両党本部間の調整がうまくゆかず、地方組織
間での協力にとどまったようです。

公明党の衰退2020年ころからはっきりと得票数に表れていました。期的な問題だけでなく、
より深刻なのは、支持母体である創価学会の高齢化という根本的な問題を抱えています(注4)。

表1に見られるように、公明党の衰退はすでに、2009年の800万票超の得票から一貫して減り
続け2016年以降、減少のペースは一気に早まり、そして今回の衆議院選では596万票にまで減
少しています(注3)。

表1

出典 (注3)を参照。

国会の運営を取り仕切る国会対策委員長を2014年まで8年も務め、政治の裏も表も知り尽くす元
公明党衆院議員、漆原良夫氏は今回の公明党の敗因を、次のように分析しています。

    安倍晋三首相に始まる「自民党1強」の強引な国会運営を何とかしないといけないとい
    う不満、「政治とカネ」の問題、その改革を託された石破茂首相が変節したことへの失
    望感が重なり、自民党はやはりダメなんだ、と国民の怒りを買ってしまいました。
    連立政権を組む公明党は、自民が派閥裏金事件に関係したとして非公認にしたり、比例
    代表との重複立候補を認めなかったりした候補者を推薦しました。政権内で自民の暴走
    を食い止める「ブレーキ役」のはずが、追従する存在と見られてしまいました。
    選挙は攻める側は強いが、守る側は苦しい。野党側は「政治とカネ」の問題を攻めの手
    段に使いました。逆に、首相は国民に信を問うと言いながら、選挙テーマの設定が何な
    のかが見えず、防戦一方でした。例えば、小泉純一郎首相の郵政解散のように、国民が
    熱狂するようなものがありませんでした。(注4)

漆原氏のようにかつて公明党内部で要職を占めてきた人物の分析は、冷静で客観性があり、的を
射ています。

とりわけ、漆原氏が言うように、政権内で自民の暴走を食い止める「ブレーキ役」のはずが追随
する存在と見られてしたったのは公明党にとって大きなマイナスです。

例えば、公明党の公式ホームページの表紙に当たる場所に“「平和の党」が金看板”と大きな文字
で書かれています(注5)。

しかし、2014年に武器輸出三原則の緩和に賛成し、2015年の安倍内閣時に、日本の自衛隊が条
件次第で外国と戦争ができることを可能にした、いわゆる「安保法制」(終端的自衛権の行使)
に、限定的ながらに自民党とともに強行採決に加担したことなど、「平和の党」のイメージとは
程遠い行動をとってきました。

これこそ、本当の「看板倒れ」です。

結局、公明党は、政権与党の一員でいること、一人だけ大臣ポスト(指定席の「国土交通省」)
を与えられることに満足している間に、徐々に国民的支持を失ってきたと言えます。

他方で、選挙において公明党の組織的支援は集票マシーンとして自民党に絶大な利益をもたらし
てきました。数で示すことはできませんが、もし公明党の選挙支援がなければ、かなりの数の自
民党議員は当選できないでしょう。

公明党が政権党の一角を占めているというポジションは、これまでは支持者や創価学会員にある
程度誇りや満足感を与えてきたことは間違いありません。この意味で、自民と公明は相互に利用
し合ってきました。

しかし、こうしたメリットがありながらも、「平和の党」であるという党是を破ってまで自民党の
軍事化に付き従ってきたのは、長い目で見てマイナスの方が大きかったのでははいでしょうか?

「平和の党」を望む人は、恐らく公明党以外の党を支持するでしょう。

いずれにしても、公明党は自民党にとって議会において多数派を形成する数合わせのための“予備”
(スペアー)勢力として利用されてきました。

しかし、今回の総選挙で示されたように、公明党は自民党とともに、地盤沈下してしまいました。

公明党にとって、「下駄の雪」と言われようが、今までのように自民党との連立を維持してゆくの
かどうかが重要な課題となる。

もう一度、「自公連立政権」という現在の与党体制の問題に戻って今回の選挙結果について考えて
みましょう。

今回の選挙で自民党も公明党も大きく議席を減らしましたが、それでも自民党にとって公明と連立
を組むことには国会運営においても、選挙戦においても十分メリットがあります。

今回の選挙で、これからは自民党単独で過半数を確保することは非常に難しくなったことが明らか
になりました。この意味で、議席数が減ったとはいえ、公明党の議席は自民党にとって絶対に必要
です。

もう一つ、選挙において自民党候補者は公明党候補者より圧倒的に多い現状で、公明党候補者の空
白選挙区で、自民党候補者は公明党(支持者や、特に創価学会員)の選挙運動員による応援(集票
力)によって大いに助けられてきました。

正確な数字は分かりませんが、もし、公明党側からの選挙支援がなければ、自民党の当選者は現状
よりずっと少なかったと思います。

それでは、自公連立を組むことに、公明党はどんな利益があるのでしょうか?

まずすでに触れたように、公明党は1人の大臣(指定席の国土交通省)を与えられてきました。以
下は私の個人的な推測ですが、公明党は政権の一部を担っていること、大臣をも出している、とい
うことは、公明党の支持者や創価学会員にたいして、ある種の優越感と自己満足感を与えているの
だと思います。

もっと言えば、自民党はこうした事情を巧みに利用して、大臣ポストを一つ与えることで大きな利
益を得ていると言えます。

それが分かっていても、公明党はおそらく自民党との連立を離れられないでしょう。というのも、
政権を離れたら公明党の存在感が急激に薄れてしまう可能性があるからです。

この意味で、公明党は「下駄に挟まった雪」というより、「下駄に挟まった石」のように自民党に
しがみついいてゆくしかないかも知れません。

もし、公明党が党勢を拡大する可能性があるとしたら、党の三つの理念、①子育てと教育こそ希望、
②「平和の党」が金看板、③「大衆福祉」の推進力(注6)、に徹して広く国民の信頼を獲得する政
治に徹してゆくことだと思います。

間違っても、自民党が前のめりに推し進めている安保法制、武器輸出、敵基地攻撃能力など軍拡を
抑える勢力になって欲しいと願っています。

そうでないと、自民党は、国民民主党や維新など、安全保障や原発政策で公明党より自民党に近い
勢力と手を組んでしまい、公明党の存在感はますます希薄になってしまいます。

いずれにしても、今回の選挙で既存の自公政権が今後も同じように継続できるかどうか非常に不透
明になったことは確かで、ひょっとすると政界再編成は始まるかもしれません。




(注1)『JIJI.com』(2024年11月10日10時00分)
    https://www.jiji.com/jc/v8?id=20241008kaisetsuiin136&utm_source=piano&utm_medium=email&utm_campaign=
    8697&pnespid=8LDKgthf8KzX9KXs.QXzp6EZ_khJu3QolAE0QxQtrUuVfD9HIjtiT_QYEiQkqqfHKLYpgYkJ
(注2)産経新聞電子版  https://www.mag2.com/p/news/627433/2  2023/12/21 12:30
(注3)『毎日新聞』電子版 2022/7/16 05:00(最終更新 7/16 05:00)https://mainichi.jp/articles/20220715/k00/00m/010/339000c
(注4)『毎日新聞』電子版 (2024/11/2 19:00、最終更新 11/2 19:00)
    https://mainichi.jp/articles/20241101/k00/00m/010/386000c?utm_source=article&utm_medium=email&utm_campaign=
    mailasa&utm_content=20241103
(注5)https://www.komei.or.jp/content/heiwa2018/
(注6)公明党の公式ホームページ https://www.komei.or.jp/komeipolicy/


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2024年衆議院総選挙(2)―得票数・得票率の変化を読み解く―

2024-11-12 14:03:39 | 政治
2024年衆議院総選挙(2)―得票数・得票率の変化を読み解く―


総務省のまとめによると、今回の衆議院選挙の小選挙区で投票を行った人は5593万5742人で、
投票率は53.85%で、前回・3年前の総選挙時を2.08ポイント下回って、戦後3番目に低くなり
ました。

選挙前には、「政治とカネ」「裏金問題」「統一教会問題」などが連日メディアで取り上げら
れていたし、今回の選挙で自公政権は過半数を割るかも知れないとの報道などで、選挙への国
民的関心が高まったかに見えましたが、実際には投票率は下がっていました。

これをどのように理解したら良いのでしょうか? 以下に政党別の得票数と得票率を手掛かり
に、この疑問も含めて、今回の総選挙で起こったことを考えてみましょう。

前回は、今回の選挙結果によって生じた衆議院の勢力図に大きな変化を、与党(自公合わせて)
の議席数が激減して過半数割れしたこと、そしてこの激変をもたらした背景と要因を自民党に
焦点をあてて検討しました。

その際、立憲、国民、れいわが前回の総選挙(2021年)よりも議席を増やし、新たに保守党と
参政党が議席を獲得したことにも触れました。

今回は、比例代表における得票数と得票率と、前回2021年の衆議院総選挙と今回2024年の比
例区における得票数と得票率の増減(表2)を手掛かりに、数字を中心に今回の選挙結果の
激変の中身を詳しく検討します。

表1 比例代表での各党の得票数の変化

出典 (注1)

図1は比例代表における政党別の得票数とその増減です。比例代表での得票数は、そのまま政
党に対する支持の強さ、大きさを示しています。

そして図2は、同じく比例代表の政党別得票数と総得票数に占める各党の割合(得票率)です。

図2 比例代表の政党別得票数と得票率


『東京新聞』(2024年10月29日)
*10月28日現在 共同通信社しらべ。各党の得票数は案分票を含むため、合計と一致しない
場合がある。

以下では、票を大きく減らした政党(自民党、公明党、維新、共産党)を取り上げ、その原因
を検討します。

まず、全体状況をみるために、比例代表での各党の得票数の増減とその変化率を、前回の衆院
選(2021年)と比べてみてみましょう。

表1から分かることは、与党を構成する自民党と公明党はともに大きく票を減らしたことです。

とりわけ自民党の減少は大きく、前回2021年から533万票(26・8%)減の1458万票に落ち込
みました。

自民党は近年、比例代表で1800万~1900万票を獲得していたのに、今回の選挙では2021年か
ら530万減の1458万票へ大きく票も減らしました。

また図2からも分かるように、自民党の、衆議院全体の得票率に占める割合も26・7%で、自
民党政権復帰後で初めて3割を下回り、旧民主党へ政権交代した09年衆院選と同水準の低さで
した。

ちなみに、21年の衆議院選では、自民党の比例代表が得た票数は全体の38.57パーセントでし
たから、この3年間だけでも12%も減少しました。

連立を組む公明党も114万票(16・2%)減の596万票となり、両党とも1996年の比例代表導
入以降で衆院選としては過去最少の得票数にとどまり、苦戦ぶりが浮き彫りになりました。

公明党は近年「比例800万票」を目標に活動を展開してきましたが、今回は比例代表導入以
降で初めて600万票を割り込む歴史的な減少になってしまいました。

公明党は、前回の比例代表で得た票が全体の14.96%を占めていましたが、今回は10,93%
にまで落ち込みました。

以上のごとく、連立を組む自民と公明を合わせた得票数の全得票数に占める割合は、2021
年の53.53%から38%ほどに低下してしまったことが分かります(注1)。

得票率が全体の50%を割るということは、そのままの比率ではありませんが、議席数も半
数を割る可能性が大きく、実際、今回の自公政権の過半数割れという結果になっています。

自民党の得票数も得票率も減少したのは、「政治とカネ」「裏金問題」であることは間違いあ
りません。

ただし、公明党の衰退については、事情がもう少し複雑であり、しかも自公連立という政治
体制そのものに係わる重要な問題なので、稿を改めて検討します。

ところで、比例代表の得票率を最も大きく減らしたのは「日本維新の会」(以下「維新」と
略す)で、21年から得票数で前回選挙の805万800表から今回510万5000票へ、294万5700
票、減少率は36.6%にも達していました。

維新は近畿ブロックでは自民を上回り「比例第1党」の地位を保ったものの、全体では44議
席から38議席に減り、国民民主に「野党第2党」の地位を奪われました。

維新が大阪府民にたいして行ったアンケート調査によれば、維新が退潮した理由の一つは、
維新が推薦した斎藤元彦・兵庫県知事(当時)の告発文書問題への対応など直近の事情で
した。

しかし、最大の要因として挙げられたのは、所属議員の「既得権益化」、議員個人の活動の
量や質の低下し、ゆるみ・驕りがある、でした。

議員個人の活動の低下、ゆるみ、驕りとは恐らく、大阪地区においては絶対的な支持を得て
いるという安心感、そして、その上に立った、「既得権益化」を意味するものと思われます。

さらにこの調査で明らかになったのは、改革政党を標榜(ひょうぼう)してきた維新のレゾ
ンデートル(存在意義)を疑問視する住民の声でした(注2)。

維新はもともと大阪府と大阪市を一体化させて、東京と同格の都市にする「都構想」から出
発しており、非常に地域政党的な色彩が濃い政党でした。

一時、「改革」の理念は全国に波及するかにみえました、今回の選挙では、やはり大阪周辺の
地域政党であることが浮き彫りになりました。

もう一つ、維新は野党なのか、自民党の補完政党なのか、あいまいになっている状況が広く
支持を得ることができない原因ともなっていると思われます。

事実、今年の7月、馬場伸幸代表は「第1自民党と第2自民党の改革合戦が政治を良くする」
と発言し、自ら維新を「第二自民党」であることを公言してしまったのです。

馬場代表はある意味で正直に本音を言ってしまったのですが、この発言にたいして、維新
は野党じゃなかったのか、という疑問が寄せられました(注3)。

もっとも、「日本維新の会」は、その前身には自民党から分かれた松井一郎氏などが加わっ
ており、もともと自民党とは近い政党であり、「第二自民党」発言は偶然や言い間違いでは
なく、維新の根底にある自民党的DNAです。

選挙結果をみて大阪府知事の吉村洋文氏も「大阪以外は完敗の状態。非常に厳しい結果。
立憲や国民は躍進する中、維新は野党の中では一人負け。与党が過半数割れ選挙の中で議
席を減らして、厳しい結果だと思う」と語っています(注4)。

吉村氏の発言からは、維新は一応「野党」との位置づけのようですが、馬場代表氏は野党
のふりをしているが本心は「第二自民党」あるいは「隠れ自民」なのかもしれません。

いずれにしても、維新は大筋では自公政権の補完勢力であることを馬場代表が自ら「告白」
してしまった以上、「改革」の旗を降ろさざるを得ません。

「大阪以外は完敗」という結果は、特に大阪に心情的な親近感を持っている人以外には、
ほとんど支持層を見出し得なかった、というのが今回の選挙で示されたと解釈できます。

もし、維新がこれから全国区の政党として発展を望むなら、地域の利益を超えた日本全
体の利益につながる理念と政策を提示する必要があるでしょう。

つぎに、同じく得票数も得票率も減少した共産党を見てみましょう。

共産党は、20年以上委員長を務めた志位氏に代わって、田村智子氏が女性として初めて
委員長に就任しました。

共産党としては、女性の登用や世代交代を進め、党のイメージを刷新して支持拡大につ
なげたいねらいがあったと思われます。

ただ、共産党の党員数は、最も多かった1990年のおよそ50万人から25万人程度に半減し、
国政選挙では議席が減少傾向にあります(注5)。

今回の総選挙は新体制になって初めての国政選挙で、党勢の回復・拡大を目指しました
が、図1にみられるように、共産党は前回の総選挙の416万6000票から336万3000票へ、
130万3000票へ、19.3%も減らしています。議席も8から7へ減りました。

総得票数に占める割合も、前回選挙時の14.6%から7.91%へ半減しています。この半減
は、上に述べた党員の半減に正比例しています。

共産党の長期的衰退の原因の一つは、党員と支持者の高齢化です。高齢化の傾向は、す
でに前回の選挙時にはっきりと表れており、共産党支持者の中心は東京が最も高く、年
齢では50代以上でした(注6)。

共産党が若者を取り込めない背景にはいくつかの要因が考えられます。

筆者は、共産党に対するメディアの「暗い 時代遅れ」などのネガティブな論調、若
者の保守化傾向、日本社会の全般的な保守化・右傾化が進行する中で、「左翼・革新」政
党のイメージをもつ共産党への親近感を持てないという事情がある、と推測します。

今回の選挙の最終版で、自民党の非公認候補者への2000万円供与問題を暴き、自民党へ
最後の一撃を与えたのが、ほかならぬ共産党の機関紙『赤旗』であったことは、何とも
皮肉です。


(注1)『毎日新聞』電子版(2024/10/29 18:43最終更新 10/29 18:43)https://mainichi.jp/articles/20241029/k00/00m/010/256000c
    比例代表の総得票数に占める各党の得票率は、『総務省』ホームページ
    https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/data/sangiin19/sangiin19_3_3.html
(注2)『産経新聞』電子版(2024/10/9 10:00) https://www.sankei.com/article/20241009-LSJOLCTELRKIREJZ5UW7MVB4IU/
(注3)『東京新聞』電子版(2023年7月25日 17時00分)https://www.tokyo-np.co.jp/article/265162
(注4)President Online 2024/11/01 16:00
   https://president.jp/articles/-/87785?page=1
(注5)『NHK WEB』(2024年1月19日 6時15分)https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240119/k10014326281000.html
(注6)TBS NEWSDIG 2022年7月7日(木) 07:00 https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/88854?display=1

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2024年衆議院総選挙(1)―与党大敗の衝撃と背景―

2024-11-05 13:51:23 | 政治
2024年衆議院総選挙(1)―与党大敗の衝撃と背景―

すでに多くのメディアで報じられたように、2024年10月27日に投開票が行われた衆議院議員総
選挙(以下「総選挙」と略す)の結果は、政権与党(自民+公明)が大敗し、野党では立憲民主党
と国民民主党、れいわ新選組は大幅に議席を増やしたが、維新と共産党は議席を減らしました。

その結果、衆議院における新勢力図は下の図1のようになりました。参考までに、参議院における
議席分布もつけておきます。

図1 2024年総選挙後の衆議院勢力図

出所 『東京新聞』2024年10月29日(朝刊)

この図表からも分かるように、衆議院においては政権与党は自公を合わせても215議席で過半
数の233議席に18議席足りず、いわゆる「過半数割れ」という事態になりました。

自民党は裏金問題などで、派閥裏金事件に関係した非公認前職を含めても218議席でした。

今回の結果を、改選前の政党別の議席数と比べると、この変化の大きさが、一層はっきりします。
すなわち、
自民 247→191(56減)、公明32→24(8減)、立民98→148(50増)、維
新44→38(6減)、国民民主7→28(21増)、共産党10→8(2減)、れいわ3→9
(6増)、社民1→1(増減なし)、保守党0→3(3増)、参政党0→3(3増)となってい
ます。

今回の選挙前、石破首相は、自公合わせて過半数が勝敗ラインだと言っていましたが、自民の単
独過半数はおろか、自公合わせても過半数に届きませんでした。

理論的には、野党が結束して内閣不信任案を出せば、いつでも石破内閣を退陣に追い込むことが
できます。

つまり石破政権は「少数与党」に転落してしまったのです。こうなると、国会で法案や政策を通
す場合、野党のどこかに賛同してもらう必要があります。

そこで自民党が頼りにしているのは、自民党に親和性がある(自民森山幹事長の言葉)とみなし
ている国民民主党です。

ただし、それも確実にうまくゆくかどうかは交渉次第で、やってみなければ分かりません。いず
れにしても石破内閣は、これから「いばらの道」を歩かざるをえません。

ところで、今回の選挙で政権与党の自民・公明は、なぜこれほどまで惨敗してしまったのでしょ
うか?

これについてはメディアですでに多くの原因が指摘されています。

最も重要な要因は、“裏金問題”、“政治とカネ”、選挙戦終盤の裏金議員への“2000万円支給”問
題(後述)、“統一教会問題”などです。

裏金とは、安倍派などでは、派閥の政治資金パーティーで、パーティー券収入の一部を政治資金収
支報告書に記載していなかったお金のことです。

安倍派や二階派では、派閥の政治資金パーティーに関して、当選回数や閣僚経験に応じて所属議員
に販売ノルマを課していましたが、ある議員は「ノルマ以上の券を売ると議員個人の収入になる」
(自民関係者)と証言しています。

安倍派では、ノルマを越えた分のパーティー券収入を所属議員に還流(キックバック)しながら政
治団体の収支報告書に記載せず、議員側が裏金化していたとされます(注1)。

「収支報告書不記載」との表現は、「敵基地攻撃能力」を「反撃能力」と言い換えたような権力造
語です(『東京新聞』2024年10月29日。鎌田慧)

裏金は所得ですから、それを税務申告しなければ庶民なら脱税になりますが、自民党は“政治資金”
として報告すれば無税だから脱税にならない、と開き直ってきました。

しかし、使途を明らかにしない大金が無税になる、というのはおよそ庶民感覚では受け入れられま
ません。

この問題は現在係争中なので、今ここで断定することはできませんが、いずれにしても、きわめて
違法性が疑われる、黒に近い(つまり「脱税」)灰色のお金であることは間違いありません。

いずれにせよ国民は、「裏金」という政治腐敗を自民党が長年組織的に温存してきたことに怒りを
感じたのです。

一般の庶民が物価高騰と実質賃金が増えない現状で日々の生活に苦労しているとき、こうした“汚
れたカネ”をため込んでいること自体、非常に腹が立つことです。

今回の選挙では、自民党の“裏金議員”が43人もの立候補しており、有権者からみれば、自民党と
いう政党は党ぐるみ組織的に、なんらかの“裏金”を隠し持っているのではないか、と疑いたくなり
ます。

さらに、岸田前政権からの懸案事項であった、旧文通費(調査研究広報滞在費)の透明化、政策
活動費の廃止、企業団体献金の廃止、などカネにまつわる多くの問題の解決策が不徹底で、今後
も不明瞭な金の流れは止まりそうもありません。

また、選挙戦最終盤に、派閥の裏金事件で非公認とした候補が代表を務める党支部に、自民党の
党本部が2000万円を支給した事実が発覚し、これは事実上の公認料ではないか、「裏公認料」で
はないか、との批判が野党やメディアで大々的に報じられました。

こうした批判にたいして自民党の森山幹事長は10月23日午後の会見で、「政党支部に対して、
党の組織として、しっかり党勢拡大のための活動をしていただきたいという趣旨で、党勢拡大の
ための活動費として支給したものだ。候補者に支給したものではない」などと説明しました。

石破首相も「非公認の候補に出しているのではなく、選挙に使うことは全くない」と説明しま
した。

しかし、誰が考えても、選挙戦最終盤に「党勢拡大」のための資金であり、選挙に使わないと
言っても、選挙運動以外に「党勢拡大」の活動などあり得ません。

森山幹事長にしても石破首相にしても、なぜ、このような誰も信じない(本人たちも)稚拙な
言い逃れをするのか信じられません。

この背後には、党の調査で選挙情勢はとても厳しく自公政権は過半数割れする可能性さえある
との状況が明らかになり、パニックに陥ってしまったという状況があったのではないかと思わ
れます。

こうした「政治と金」に関連した多くの問題が積み残した自民党にたいする不信感が、自民離
れを引き起こして大量の落選者を出したことの大きな要因の一つです。

石破政権は、「政治とカネ」の問題に対する有権者の怒りがこれほど強いとは思わず過小評価
していたのではないだろうか。

もちろん「政治とカネ」の問題はそれ自体が深刻な問題ですが、自民党大敗の本当の要因は、
この問題に象徴される自民党という政党にたいする信用と信頼の喪失であったと思います。

政治は国民の信用と信頼のうえに初めて成立するという政治の原点を自民党は見失っていた
か過小評価していたようです。

公明党に関しては、少し気の毒な面がありましたが、これについては稿を改めてけんとうし
ます。連立を組んでいる関係上、公明党は裏金議員と言われる自民党候補を推薦せざるを得
なかったのです。

以上ほかに、自民党大敗の背後には、石破首相と自民党幹部には重大な見込み違いがありま
した。

石破首相の就任は10月1日でしたが、その2日前の9月30日に、唐突に10月9日に衆議
院を解散し、27日に投開票という日程を宣言してしまいました。

いうまでもなく、憲法7条による解散は内閣の助言と承認を受けた天皇の国事行為と定めて
おり、首相就任前で、内閣も発足する前に解散と投開票日を宣言するというのは憲法違反の
疑いもあると野党から批判されました(注2)。

首相はかねがね、新内閣が発足してから予算委員会を開き、新内閣がどのような政策を目指
すかを国会でじっくり議論した後で国民の民意を問うために解散・総選挙を行う、と言って
きましたが、これをあっさりと反故にしてしまったのです。

議員生活が長い石破首相が上の問題を知らないはずはありません。しかし、党内の圧力(森
山幹事長らの党幹部といわれている)によって設定されてしまった日程を石破首相は拒否で
きず、首相就任から史上最短で解散・総選挙を行わざるを得なかったのです。

党幹部にどのような思惑があったのかは明らかではありませんが、一つには新首相誕生から
しばらくは期待も込めて支持率が高い(いわゆる「ご祝儀相場」)という従来からの傾向から、
できるだけ早く解散・総選挙に持ち込んだ方が有利だと考えたのだろうと私は推察します。

実際、首相就任当初の内閣支持率は50%を超えていました。しかし、新内額発足直後の解
散・総選挙の決定は国民の目には“裏切り”と映りました。ちなみに直近の支持率は30%台後
半から40代前半です。

また、野党の準備(野党共闘や候補者調整)が整う前に選挙をしてしまえば、政権にとって
有利となる、という計算もあったでしょう。

さらに、予算委員会を開くと全閣僚が野党からの質問の矢面に立たされてボロが出てしまう
ことを恐れ、その前に解散してしまおうとの思惑もあったでしょう。

これまで“党内野党”として自民党内で独自の立場を貫いてきた石破氏が、首相になったとた
んに党内圧力に負けて自説を曲げてしまった石破首相に国民の多くは失望しました。

私の個人的な見解を言えば、解散を宣言した9月末というのは、裏金問題に対する世間の批
判が最も強かった時です。

それでも、逆風が吹き荒れているタイミングで敢えて選挙を強行するという決定を下した石
破首相と党幹部の読みの甘さと政治的センスのなさには驚かされます。

自民党と公明党大敗の裏には、石破首相と党幹部にたいする失望も大きな要因となったと思
います。

石破政権は、少数与党という厳しい状況の中で国政を運営することになりますが、こうなっ
た以上党内事情を気にせず開き直って、自分が信じる道を進むしかありません。



(注1)『東京新聞』(電子版 2024年1月19日 https://www.tokyo-np.co.jp/article/303387)
(注2)『毎日新聞』電子版(2024/10/2 22:34、最終更新 10/3 07:16) https://mainichi.jp/articles/20241002/k00/00m/010/347000c


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自民党総裁選(1)―「高揚なき『祭り』」に政治の劣化を見る―

2024-10-01 09:56:19 | 政治
自民党総裁選―「高揚なき『祭り』」に政治の劣化を見る―

自民党の総裁選の投票は2024年9月27日に行われ、石破茂元幹事長が新総裁に選出されました。

この選出結果は自民党の問題なので、その是非について私が何か言うことはありません。それよりも、私には
総裁選の過程で明らかになった自民党(議員)の劣化にとても危惧しました。

正直に言ってしまえば、今回の総裁選は最初から最後まで、“一体この中身のない総裁選は何なんだ”、“彼ら立
候補者の政治思想の軸は何なのか”という疑問がぬぐえませんでした。

立候補者9人のうち林芳正官房長官(63)、小泉進次郎元環境相(43)、加藤勝信元官房長官(68)、河野
太郎デジタル相(61)、石破茂元幹事長(67)の5人は、いわゆる世襲議員であることにも違和感がありました。

林氏と小泉氏に至っては「四代目」で、もうほとんど政治家・議員であることが「家業」となっている人たち
です。このような状況は、いわゆる”先進国“においては見られません。

家業の問題を別としても、自民党は、告示日から投開票までの2週間もの間「テレビジャック」にまんまと成
功し、広告費を一切使わずに党の宣伝をした、というのが実態です。

これは、自民党としては大成功だったのかも知れません。

もちろん、立候補者や自民党議員は、自分たちの利害に直接に係わっているので、「お祭り気分」で大いに高
揚していたかも知れませんが、自民党関係者以外の私たちには高揚感はまったくありませんでした。

ここで、今回の総裁選を時系列と全体的構図を俯瞰してみましょう。

まず、今回総裁選を行うことになったのは、岸田首相が8月14日、突然、時期の総裁選再選不出馬を宣言した
ことに端を発しています。

岸田氏は6月末の段階では政策に自信をもち、総裁選への出馬に強い意欲を見せていました。

しかし、裏金問題と旧統一教会と自民党との深い関係にたいして国民の不信が高まり、内閣支持率は急速に落
ちてゆきました。

『毎日新聞』が7月20、21日に実施した世論調査では、内閣支持率は21%と“危険水域”に達する低迷が続きま
した(注1)。

それでも岸田氏はこの時期には首相に留まる意向を強くにじませていました。しかし、自民党内からは、「今
の政権では次の衆議院選挙を戦えない」という声が日増しに強くなっていました。

こうした声に押されて岸田首相は、8月14日には総裁選不出馬を表明せざるを得ないところに追い込まれ
たのが実情です(注2)。

それにしても、8月14日というのは、いかにも無神経なタイミングで、岸田首相に歴史的なセンスが欠如して
いうことを示しています。

いうまでもなく翌15日は、日本が連合軍に降伏したことを国民に告知した”敗戦記念日“です。前日の14日と
いうのは、日本が無謀な戦争に突き進んでいった歴史を厳粛に反省する日であるべきです。

しかし、岸田首相が14日に再選不出馬を表明したことにより、政治家もメディアも雪崩を打って一斉に総裁
選に向けて走り出しました。

つまり、総裁選が事実上スタートしたのです。具体的には、立候補者は20人以上の国会議員の推薦を得て9
月12日の告示日までに立候補の届け出をしなければなりませんでした。

20人の推薦人を簡単に集めることができた人もいますが、締め切りギリギリまで奔走した立候補者も多くい
ました。

また、20人の推薦人を確保できても、投票で上位に食い込むためには、一人でも多くの議員と党員の支持者
を増やすために必死の獲得運動を展開しました。

そして、9月12日の告示日をもって選挙戦に突入しました。この選挙戦には、表に出ない個人的な支持者の獲
得競争と、9人が勢ぞろいし、テレビカメラの前で行われる演説会での、いわゆる“討論会”あるいは“論戦“と称
する自己アピールがありました。

前者について誰がそんな動きをしたかは部外者には分かりません。しかし、今回のように9人もの立候補者がい
ると、演説会では一人の発言時間は数分となり、私が見た限り“討論”とか“論戦”に値するような議論が展開され
ませんでした。

時間の短さだけでなく、立候補者の発言には深い思索や洞察に基づく、未来を見据えたビジョンを提示するわけ
ではなく、そうかといって個々の問題にたいして具体的な政策を提言するわけではありません。

彼らは、うっかり問題発言をしたら後で不利なしっぺ返しを受けることを恐れていたのかもしれません。

いずれにしても私は、総理・総裁を狙う自民党の候補者の発言や姿勢に「政治の劣化」を感じました。

実行性の問題は別として、前回の総裁選で岸田首相は「新しい資本主義」(これは、結局、不発のまま消えてし
まっていますが)、金融所得課税の強化による所得の再分配といった、国家の基本方針、ビジョンを提示しまし
た。

総じて、各立候補者の発言は、あいまいな内容に終始するか、ほとんど思い付きの表面的な空疎なコメントに
すぎませんでした。

しかも、そもそも今回岸田首相が、総裁選への出馬を断念せざるを得なかったのは、自民党の裏金問題と旧統
一教会との関係が国民的不信と批判を浴び、内閣支持率がさがり、政権の危機が原因となっていたのです。

だとすれば、立候補に当たり、自分はこの二つの問題についてどのように考え、どのように解決します、とい
う表明がなければなりません。しかし、候補者はみんなこれらの問題から逃げて、誰一人として正面から意見
を述べませんでした。

こうした状況を作り出したのは、岸田首相と自民党の巧妙な策略が見て取れます。

通常、総裁選ともなれば、立候補を考える人は周囲の人に相談したり、他の候補者との兼ね合いや、訴えるべ
き政策などについて綿密に考えます。

しかしすでに指摘したように、岸田首相が再選不出馬を公表すると、立候補を考えていた人たちは、とにかく
推薦人と支持者の確保に奔走し、政策についてじっくりと考える時間的余裕を持てませんでした。

『毎日新聞』によれば、そこで、候補者は公示後の討論会ではあわてて作った表面的な政策を述べるにとどま
ったと指摘しています。

さらに同紙は、国民については、考える時間をできるだけ確保しないうちに総選挙をしてしまう、という岸田
首相の魂胆が見え隠れする、とも指摘しています。

岸田首相は、政権の支持率を下げさせた裏金問題と旧統一教会との組織ぐるみの関係について国民がじっくり
考える時間を与えたくなかったのです。

こうした底の浅い総裁選全体を、(『毎日新聞』(2024年9月28日朝刊)は、「高揚なき『祭り』」と評してい
ます。私も全く同感です。

つぎに、今回の公開討論会というか”論戦“では、同じ質問に対して候補者一人ひとりが自分の考えを述べる形
式が採用されたので、候補者同士の直接的な対決や”論戦“は見られませんでした。

ところで、今回の候補者のうち何人が、本気で総裁の地位を目指していたのでしょうか。私の目には、とりあ
えず立候補して顔を売っておけば、将来、首相の座を狙うにしても、党内の勢力争いに有利になると考えたの
でしょうか?

さらに、総裁選で一定の票を獲得しておけば、新政権において何らかのポストの処遇を受けられるのではない
か、という打算が透けて見えてしまいました。

いずれにしても、総裁選は、もちろん自民党内部の問題であり、それを公の電波を使って宣伝するからには国
民が知りたい重要な問題をじっくり訴えるべきだったと思います。

以上の観点から、少しきつい表現かも知れませんが、私には今回の総裁選は「高揚なき空騒ぎ」であったとい
う印象が強く残りました。

(注1)『毎日新聞』電子版 (2024/7/30 05:30(最終更新 7/30 05:30) https://mainichi.jp/articles/20240729/k00/00m/010/190000c
(注2)NHK NEWSWEB(2024年8月14日 12時49分)(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240814/k10014548611000.html (

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検証:岸田首相(3)―「新しい資本主義」と「貯蓄から投資へ」―

2024-09-03 08:45:28 | 政治
検証:岸田首相(3)
―「新しい資本主義」と「貯蓄から投資へ」―

すでに検証(1)でも触れたように、岸田首相は総裁選活動中に、首相になったやりたい
ことの一つとして、経済では「新しい資本主義」を挙げていました。

当時はまだ、「新しい資本主義」とは具体的に何を意味するのか、その理論的背景も具体
策も示されていませんでした。

ただ、「新しい資本主義」という言葉からは、それまでの「アベノミクス」の異次元の金
融緩和(インフレ政策)、民営化、自己責任、市場原理主義(つまり新自由主義)を基調
とした経済政策とは異なる、というニュアンスだけは伝わりました。

一応、経済学から出発した筆者からすると、「新しい資本主義」という言葉は非常に重く、
新たな資本主義理論が出てくるのか、強い関心と期待をもって注目していました。

ところが、政権発足後3年以上経った現在でも、「新しい資本主義」の中身を岸田首相は最
後まで明確にしてきませんでした。

ただ、これまでの言動から、岸田首相が考えていた「新しい資本主義」の中身は「資産所
得倍増」で、その実現のための強力に打ち出された「貯蓄から投資へ」という方向性のよ
うです。

まず、岸田首相によって「貯蓄から投資へ」という方針が進められた背景と経緯からみて
みましょう。

総裁選の過程で岸田氏は日本経済の在り方として。「成長と分配による経済の好循環」を作
るという方針を語りました。

ここで「分配」にまで踏み込んだのは画期的で、私も自民党政治が少しは変わるのかなと期
待しました。

さらに岸田首相は当初、金融所得課税(株式の配当など金融所得に課される税)の強化を検
討すると言っていました。

というのも、現行の金融所得課税は、株でどれだけ儲けても一律20%です。このため、富裕
層になればなるほど税の負担率が下がる「1億円の壁」といわれる問題が生じています。

理想的には金融所得税を原資に、大学(院)進学、結婚、子育てなど「人生前半の社会保障」
と呼ばれる若者の生活を支える施策に回すべきなのです(注1)。

金融所得税は、国家的な視点でみれば、所得の再分配となるはずでした。

しかし金融所得税の強化という方針は、経済界からの強い反対のため、ほとんど話題になるこ
とさえなく、岸田首相はさっさと取り下げてしまいました。

その結果、国民の生活を底上げするための大きな原資になり得た金融所得税収入は「まぼろし」
となり、「再分配」も掛け声倒れとなってしまいました。

「成長と分配による経済の好循環」も、実態は26か月以上も連続実質賃金は低下し続け、と
うてい「好循環」とはいえない状況が続いています。

ところが厚労省は今年の8月6日、6月分は27か月ぶりに実質賃金が増加したと発表しました。
ただし、それもわずか1.1%というわずかな増加にすぎません。

しかも、この増加の中身を見ると6月のボーナス月の数字を前倒しして、あたかも給与が上昇
に転じたと見せようとして無理やりひねり出した数字でした(『東京新聞』2024年8月7日)
(注2)。こんなところに岸田政権の姑息さを感じます。

要するに、岸田政権発足以来、「成長と分配による経済の好循環」は起きなかったのです。

以上の事実経緯から判断して、私は岸田首相が掲げたスローガンは、本気で取り組むというよ
り、総裁選に勝利して首相の座をつかもうとするための、たんなる「うたい文句」にすぎなか
ったのではないかと思います。

これにたいして首相就任後に打ち出した「貯蓄から投資へ」という方針には実態があります。
すなわち、2021年10月に発足した岸田政権は、早くも翌22年には日本経済を「投資国家」
へ転換するという方針を明らかにしました。

岸田首相はこの年の5月5月5日にロンドンで投資家を前に基調講演を行いました。安倍元首相
は、Buy my Abenomicsと銘打って、“アベノミクスで日本経済を変えたい”、“アベノミクスは
買いだ”と主張しましたが、今回岸田首相は、“Invest in Kishida”と称して、日本への投資を呼
びかけました(注3)。どうやら「投資」にとてもご執心のようです。

岸田首相は「「資産所得倍増」、「貯蓄から投資へ」の掛け声の下で投資を奨励し、日本を「資
産運用立国」へ再構築する方針を強力に推し進めました。

そのために政府は主に個人向けの投資奨励策としてNISA(そして昨年1月からはその拡大
版の新NISA)、つまり少額投資非課税制度)とiDeCo(個人型確定年金拠出年金)の二つ
を導入しました。後者は、加入者が掛金を出して、自ら金融商品を選んで運用を行い、積み立
てた資産は60歳以降に一括または分割で受け取る制度です。

政府は、これらの投資には運用収益に税金がかからないという特典を与えて、何とかして国民
の間に「貯蓄から投資へ」の機運を盛り上げようとしました。

その効果もあって、最近では、小学校から高校まで投資に関する教室や授業を設けるなど、老
いも若きもにわかに「投資熱」が高まっています。

この場合の「投資」とは、これまでのように投資家が特定の企業の株を売買する形とは異なり、
国内外の株式や債券を、ファンドと呼ばれる投資専門会社に信託する、いわゆる投資信託が中
心です。

これにより、従来は投資に縁がなかった一般の国民・個人が一気に投資に参加し始めました。

とりわけ、今年の1月に始まった新NISAは資産形成を目的とした投資方式で、その口座数
の増加はすさまじく、3月には1456万口座に達し、昨年3月の1.3倍となっています。

金融庁によると、新旧合わせたNISA(以下たんにNISAと記す)の累計口座数は24年3月
末で約2323万口座と、新NISA開始から3カ月で約187万口座(8.7%)増えました。

NISAは一人一口座しか開設できませんから、赤ん坊から高齢者まで国民全体の6人に1人がN
ISA口座を開設していることになり、20代~60代の4人に1人がNISA口座を持つ計算です。

まるで、日本国中が熱に浮かされたように、「儲け損ねてはいけない」とばからり我もわれも投
資にのめり込み、もう、NISAをやらない日本人は「時代に取り残されたバカな奴だ」、くら
いの勢いです。

さらにすさまじいのはNISAの累積購入額で、2023年12月末から17%増えて24年3月末に
は41兆円に達しています。世代別でみると40代~50代が全体の4割を占めています(注4)。

中でも、最も人気の「オール・カントリー」(全世界株)という投資信託は、その62.3%は米国
株で、日本株はわずか5.5%(2023年9月)に過ぎません(注5)。

いつの間に、日本人はこんなに投資好きになったのか、驚くばかりです。ここで、日本人の間で、
貯蓄から投資に資金が流れたこと、しかも、その多くが米国の株と債券に向かったことを覚えて
おいてください。

米国株を買うには円を売って米ドルを買うことによって可能になるので、NISAの増加は円売り・
円安の一因となります。

ちなみに、日銀が円安を食い止めるために円買い・ドル売り(為替介入)した金額は今年7月ま
でに15兆円でした。

これを考えると、累計とはいえNISA関連で41兆円もの日本のお金が、円売り・ドル買いに
使われたことの意味は非常に重大です。つまり、日銀・政府は一生懸命、円を買って円安を食い
止めようと為替介入をしてきたのに、国民はせっせと円を売ってドルを買って円安に貢献してい
るのです。

そして、長期に投資を続けることを特徴としたNISA購入で、自国の貨幣資産を外貨資産に転
換することは「キャピタル・フライト」(資本逃避)と呼ばれます。

キャピタル・フライトは自国通貨に対する国民の不信任の表明であり、国を見捨てる行為でもあり、
本来なら政府にとっては最も恐ろしい事態のはずです(注6)。

岸田首相はこの事実に気がついているのかいないのか、結果としては「貯蓄から投資へ」という政
策は大成功でしたが、皮肉にもそれは日本から海外(特にアメリカ)に資産が逃げ出すのを奨励し
ていることになります。

個人としては、円を海外資産に換えて円安に拍車をかけようが、輸入価格の高騰を招こうが、ある
いはキャピタル・フライトになろうが、そんなことにかまっていられない、とにかく「儲けそこな
ってはならぬ」との思いで我先にNISAをはじめ「投資」に走っているようです。

「今だけ カネだけ 自分だけ」というメンタリティーをもつ若者世代には「貯蓄から投資」は何
の抵抗もなく受け入れるのかも知れませんが・・・・・・・。

以上を念頭において、岸田首相がなぜ「貯蓄から投資へ」を必死に推し進めようとしたのかを考え
てみましょう。

一つは、国際比較において日本の凋落と国内経済の長期停滞は、もはや覆い隠せないほどはっきり
とした、という事実です。これについては稿を改めて検証しますが、GDP、労働生産性、貿易、
IT化、半導体、何よりも実質賃金の低下、その結果としての消費の減少など、どれをとっても実
態経済の衰退を示しています。

おそらく岸田首相の胸の内には、停滞の理由の一端は国民が保有する金融資産2199兆円(2024
年3月末)の50.9%、1120兆円が現金と預金という形で“眠って”いて経済活動の中に入ってこないこ
とにある、と考えたのでしょう。

それを何とか、経済活動の中に引き込む手っ取り早い方法は「投資」という形の金融の世界に引き
込むことだと岸田首相は考えたのだろうと思います。

ただし、ここでいう投資とは、財とサービスという実態経済を成長させるためではなく(それなら
ば雇用と所得を増やすが)、米国をはじめとする海外の株の購入に向けられており、いわばマネー・
ゲームとしての金融投資です。

しかし、これでは、日本経済の活性化にとってほとんど意味がないどころか、すでに述べたように、
ただ日本の資産を海外に逃避させる、キャピタル・フライトを奨励するだけです。

二つは、日本は現行の年金制度によって国民の老後の生活を保障できない、という事情です。最大
の理由は、年金財政がとうてい追いつかないことです。

もちろん少子化のため、今後は高齢者の生活を次世代が支えてゆくのは困難になるという厳然とし
た事実はありますが、それでもたとえば、軍事費に今後5年で43兆円を支出するなど、本当に必要
な支出かどうかを厳格に検討する必要があります。

そこで岸田首相は、老後の生活は自己責任で確保しなさい、と申し渡しているのです。そのために、
税制上多少の優遇措置を与えてあげるから(NISAやiDeCo)、投資によって資産を増やしなさい、と
投資を奨励しているのです。

しかも、「投資」というのは、政府にとってまことに都合の良い方法で、儲かる人もいれば損をする
人もいますが、それは政府が責任を負うのではなく全ては「自己責任」なのです。

このように岸田首相は、政府として国民の老後の面倒は見ませんよ、と開き直ってしまっており、
その露骨な政策が自己責任での「貯蓄から投資へ」です。

しかし、ここには重大な問題があります。まず、投資に回すだけの貯蓄がない人、あるいは現在の
所得では投資する余裕がない人は最初から「貯蓄から投資へ」の対象外とされてしまうことです。

さらに、投資の中でも株の売買は、特定の企業や事業を育てようという古典的な動機で行われるの
ではなく、株価の上下の間で利益を得ようとする、マネー・ゲーム、もっと露骨な表現をすれば、
ギャンブルで、投資とはそのための「掛け金」なのです。

私がもっとも危惧しているのは、「貯蓄から投資へ」という岸田首相の奨励策が、地道に良いモノ
を作り、技術を高め、雇用を増やし、良いサービスを提供することを大切にしてきた日本経済が、
「ギャンブル経済」に引き込まれてしまうことです。

当然のことですが、絶対に儲かる投資はありません。投資により儲かる時もある反面、損をする
こともあります。政府が奨励しているから、とか、周りがみんなやっているからといったムード
に煽られて投資を始めるのは危険です。

もし、それでも投資で資産形成を目指すなら10年、20年後の自分と、日本、世界を見据えて
慎重に行いたいものです。

金子勝淑徳大学客員教授(財政学)は、
    岸田首相が掲げた『新しい資本主義』は当初と現状は全く異なる。所得の再分配を強化し
    て消費拡大を目指すはずが結局、円安・インフレが強まり、中小企業や農業、非正規労働
    者、高齢者といった弱者が厳しい状況に陥っている。
    「資産所得倍増」をうたい貯蓄から投資へのシフトを呼びかけたが、今月には金融市場が
    大混乱。「株価が乱高下するリスクに国民をさらすことになった。

と指摘しています『東京新聞』2024年8月15日)。私も全く同感です。



(注1)『毎日新聞』(024/1/10 06:00(最終更新 1/10 18:21)https://mainichi.jp/articles/20240107/k00/00m/040/058000c?utm_source=article&utm_medium=email&utm_campaign=mailyu&utm_content=20240110
(注2)(注2)Reuters 2024年8月6日午前 9:15 GMT+93日前更新
    https://jp.reuters.com/markets/japan/funds/ZEYTHCJF4NIKZBFWOCHD6MU4RI-2024-08-05/
(注3)『NOMURA』 2022年6月6日
   https://www.nomuraholdings.com/jp/services/zaikai/journal/w_202206_01.html
(注4)『日経新聞』電子版 2024年6月12日 19:23
   https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB129A90S4A610C2000000/
   『毎日新聞』経済プレミア(電子版2024年8月12日) 
   https://mainichi.jp/premier/business/articles/20240808/biz/00m/020/004000c?utm_source=article&utm_medium=email&utm_campaign=mailbiz&utm_content=20240813
(注5)『新NISAナビ』(n.d. https://www.tsumitatenisa.jp/contents/nn024.html)
(注6)  野口 悠紀雄 『Gendai.isumedia』(2022年0717日)
    https://gendai.ismedia.jp/articles/-/97519?page=0


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検証:岸田首相(2)―国会無視の閣議決定と深まる「民主主義の危機」―

2024-08-27 10:17:51 | 政治
検証:岸田首相(2)
―国会無視の閣議決定と深まる「民主主義の危機」―

岸田首相の在職3年間を中島岳志氏は、「彼自身の考えがどこにあるのかつかめない。ブレ
ることだけはブレないというスタンスで首相を終えることになる」、「岸田氏は首相になり
たいだけの人だった。政権維持が目的化し、政策はそのための手段でしかなくなっていた」
と総括しています(『東京新聞』(2024年8月15日)

しかしこの3年間に岸田首相が行った政治をみて私は、ただ「首相になりたいだけの人」
だけでは済まされない大きな問題があると思います。

その一つとして私は、民主主義の危機が一層深まったとの危機感を感じています。ます、
この点から検証してみましょう

1 民主主義の危機
岸田首相の発足当時、「民主主義の危機」と「新しい資本主義」がキーワードでした。第
二次岸田内閣の発足時2021年11月の記者会見で、『東京新聞』の記者が次のような質問
をしました。この時のやり取りは「首相官邸」のホームページに掲載されています(注1)。
長くなりますが、重要な部分なので以下に引用します。

記者の質問
    総理は総裁選に出馬する際に、民主主義の危機だと、国民の信頼が壊れていると。
    それを守るために、今回総裁選に立候補されるというような御発言もありました。
    ただ、それ以降、就任以降、そういった言及についてあまり私は耳にしていないの
    ですけれども、現時点で総理は当時、問題意識を持たれていた民主主義の危機とい
    うものに対してそれはもう脱しているというふうにお考えなのでしょうか。
    
これにたいして首相は、
    まず、民主主義の危機を脱したと思っているのかという質問については、私は、引
    き続き、民主主義の危機の中にあると思っています。民主主義の危機にあると申し
    上げたのは、コロナ禍の中で国民の皆さんの心と政治の思いがどうも乖離(かいり)
    してしまっているのではないか。こういった声を多く聞いたということを挙げて、
    民主主義の危機ということを申し上げました。
    国民の皆さんの思いが政治に届いていないのではないか、政治の説明が国民の皆さ
    んの心に響かない、こういった状況をもって民主主義の危機だということを申し上
    げました。
    更に言うと、自民党が国民政党として国民の声をしっかり受け止められる政党であ
    ることをしっかり示さなければならない、こういったことも危機を前にして申し上
    げた、こういったことであります。
    よって、先ほども申し上げましたし、今までも何度も申し上げていますように、国
    民の皆さんとの対話、意思疎通、丁寧で寛容な政治、こういった姿勢をこれから
    も取り続けることが国民の皆さんと政治の距離を縮める大変重要なポイントである
    と思い、これからも努力を続けていきたいと思いますし、また、自民党の党改革に
    ついても冒頭申し上げました。
と答えています(注2)。

当時は、それまで9年近くの「安倍・菅政治」が国会を軽んじ、反対意見に耳を傾けず、数の
力で法案を押し通し、憲法や法律の解釈を独断で変更する強権的な政治手法により民主主義を
傷付けたとの問題意識が岸田首相には感じられました。しかし今では、それも政権に就くため
の方便だったと考えざるを得ません。

たとえば安全保障、原子力発電を中心としたエネルギー政策、マイナ保険証の実質義務化など
への政策転換も、国民の幅広い合意なく進めてきました。民主主義とは程遠く、政権の振る舞
いは民意とかけ離れるばかりです。(『東京新聞』2024年8月16日)

私が岸田首相の政治手法を見て最も「民主主義の危機」を感じたのは、戦後の日本が堅持して
きた「専守防衛」という基本方針更と、原発を含むエネルギー政策を、国会での十分な議論と
議決法的な手続きを経ず「閣議決定」という、いわば裏口から裏道へこっそりと変更し、それ
を既成事実として実施してきたことです。

閣議決定とは、内閣総理大臣が主宰し全閣僚が出席する閣議における意思決定のことです。こ
れは立法化の一つのプロセスにすぎず、最終的には国会での審議・議決を必要とします。

しかし、政府与党が議会で多数を占めている現状では、それが事実上の国の基本方針として威
力をもちます。岸田首相は、国の基本方針を内閣だけで決め、それを既成事実化して国民に押
つける、という手法をとってきました。今回の記事でもその具体例を示してゆきます。

閣議決定により政策を実施することは、国権の最高機関であり国民の代表によって構成される
国会の審議を経て議決をする、という議会制民主主義のルールを無視することを意味し、民主
主義の危機と言わざるを得ません。

この手法は、安倍首相が「集団的自衛権」を発動できるようした際に、憲法9条と抵触する可
能性があるため、国会の議論と議決を避けて、閣議決定という手法が採られました。

安倍首相はこれに限らず、しばしば都合が悪い問題に対して国会での十分な説明と議論を避け、
を軽視する傾向がありました。

山口二郎・法政大教授はこれを「安倍デモクラシー」と呼んで批判しました。その意味は、一応
選挙を経て国会議員を選び、言論の自由が保障されている、という意味ではデモクラシー(民主
主義)が実現されていると言える。

しかし、国民の代表からなる国権の最高機関である国会が軽視ないしは無視されているのが実態
なのだ、というのが安倍首相の政治の実態だ、というのです。

山口氏は、岸田首相は「安倍デモクラシー」の手法を踏襲していると批判しています(注3)。

以上を念頭においてまず、安全保障の問題から岸田首相の政治手法と閣議決定の実態を見てゆき
ましょう。

2 安全保障
岸田首相の出身派閥の「宏池会」はリベラル(軽武装、経済重視)として知られていますが、岸
田首相は「軍拡」にまい進してきました。

岸田政権は2021年12月16日、国家安全保障戦略(NSS)など安保関連3文書を閣議決定しました。
NSSは安保環境が「戦後最も厳しい」とし、相手の領域内を直接攻撃する「敵基地攻撃能力」を
「反撃能力」との名称で保有すると明記しています。

これにともない、「集団的自衛権の行使」容認に転じた安倍政権の独断的な政治姿勢を受け継ぎ、
関連予算を含む防衛費を国内総生産(GDP)比2%に倍増する方針を閣議だけで決定してしま
いました。(『東京新聞』2024年8月16日)

具体的には、防衛費は23年度から5年間で総額43兆円とこれまでの1・5倍に。財源として
所得税などの増税を決める一方、一回限りの定額減税の実施を突然打ち出し、場当たり的と批判
されてきました。『東京新聞』2024年8月15日)

岸田首相は、憲法に基づいて専守防衛に徹し、軍事大国とはならないとした戦後日本の防衛政策
は、大きく転換したのです(注4)。

もう一つ重要な問題は、安倍内閣進めた対米従属、軍事力強化政策を、岸田首相はさらに推し進
めたことです。「アベノミクス」は福祉を縮小し、経済格差を大幅に広げました。そして米軍事産
業製の兵器を大量に輸入したが、それでも岸田内閣ほどまでには軍事予算を一挙に増大させません
でした(『東京新聞』(2024年8月20日)。

一方でアメリカから大量の兵器を輸入し、他方で日本も武器の輸出を目指すようになります。岸田
首相は2023年12月22日の閣議決定をもって「防衛装備移転三原則」及び「防衛装備移転三原則の
運用指針」を一部改正しました(『内閣府 ホームページ  2023年12月22日 』。これによ
り日本は、幅広い分野での防衛装備の移転が実質的に可能としました。

平和憲法を尊重する日本のプライドは「戦争はしない。死の商人にはならない」というものでし
た。敵基地攻撃能力の保持が強められ、さらには来年3月創設される自衛隊の「統合作戦司令部」
が米軍の統合作戦司令部に「対応」するする組織になりそうです。

岸田首相は、日本を「悪夢のような軍事大国への回帰」を目指しているかのごとくです(『東京新
聞』(2024年8月15、20日)

岸田首相が軍備の拡張をする際に、それによってどれほど日本の安全が改善されるのか、という
合理的、本質的な検討は全く行っていません。ただ、アメリカから武器の購入ありきです。

3 原発政策の転換

安全保障面での軍事力増強と対米従属の強化とならんで、大きく転換したのが原発政策です。

衆院選公示前日の2021年10月18日、日本記者クラブ主催の党首討論会が開かれました。岸田首
相は「2050年カーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)で再生可能エネルギーが
基軸であることはその通りだが、電力の安定供給、価格を考えた場合に再エネ一本足打法では
応えられない。ぜひ他の選択肢も必要ということで、原発もその一つとして認めている」と、
従来の考えを繰り返しました。

この党首討論会の際、記者から「原発の新増設について自民党は認めているということでよい
か」と質問が出たのに対して、岸田首相は
    まずやるべきは原発の再稼働。その次に出てくるのが40年、60年という使用期限の問
    題だ。古い原発を使うなら、リプレースする必要があるのではないかという議論もあ
    る。この議論をしっかり行った上で方針を決めたいが、まずは再稼働にしっかり取り
    組みたいと答えました。

これは重大な発言で、まず、既存の原発は60年を上限にそれ以上は廃炉にしなければならな
かったが、もし原発に問題なければ60年を超えても稼働できる方向を示したのです。

つぎに、古い原発を「リプレース」する可能性にも言及しているのです。つまり、古い原発を
使い続けるだけでなく、それに代わる新たな原発を建設する可能性をも示唆したことです(注5)。

実際、岸田首相や急速に原発東京電力福島第1事故後、政府は原発依存度を低減する方針を示し
てきましたが、23年に原発の60年超運転や次世代革新炉の開発・建設を目指す基本方針を
議決定
し、「原発回帰」にかじをきりました。

岸田首相は既存原発の再稼働についても前のめりでした。東電柏崎刈羽原発6、7号機はテロ対
策の不備によって昨年末まで運転禁止命令が出されていました。今年1月には能登半島地震があ
ったにもかかわらず3月に政府が新潟県にたいし、再稼働方針への理解を求めると、直後の4月
には7号機に核燃料が装填されました。

これにたいして新潟国際情報大学の佐々木寛教授(政治学)は、
    基本方針は閣議決定で、核燃料装填も地元合意がないまま進められた。すべては、方針
    ありきのトップダウンで『理解しろ』という態度。ボトムアップの合意形成がないのは
    非民主的で、怒りを覚える。「聞く力」とはなんだったのか。
    エネルギー政策は中長期的な視点が必要だが、矛盾を先送りにしたまま無責任に去るこ
    とになる。

と怒りをあらわにしています(『東京新聞』2024年8月15日)。

こうして、福島の原発事故からわずか12年の後には原発再稼働へ踏みだしたのです(注6)。

原発の新増設と稼働年数の延長の背景には、電力の安定供給を望む経済からの要請があったもの
と思われます。

実は、2022年に岸田首相は、原発の新増設や運転期間の延長など原子力政策の見直しを指示し、
経済産業省がこれらを盛り込んだ行動計画案をまとめました。

この案を基本的に了承した経産省の審議会では、原発推進の産業界代表から、「私ども経団連の
意見を反映していただき、ありがとうございました」、と本音が隠すことなく飛び出しました。

このことにも、経済界と岸田政権との癒着ぶりがはっきりと表れています(注7)。

以上みたように、岸田首相は、安全保障と原発政策という日本にとって重大な問題の政策を閣
議決定という「裏道」で大きく変えてきました。


4 核廃絶問題

岸田文雄氏は東京生まれの東京育ちですが、岸田一族の本拠地は広島なので、選挙区は広島と
なっています。

このため、岸田首相は核廃絶をライフワークとしています。今年の8月6日の広島平和祈念式
典のスピーチで、「『核兵器のない世界』への道のりが厳しいものであったとしても、その歩み
を止めるわけにはいかない」と語りました。

しかし、その約10日前に日米閣僚級会合を開き、日本が米国の「核の傘」で守られていること
を国内外に誇示したばかりなのです。

首相が訴える核廃絶の理想と日本がアメリカの核兵器への依存を深める現実との矛盾は深まる
一方です。この状況にたいして鎌田慧氏は、
    世界史的な悲劇の『ヒロシマ』を背負いながら、その出自をもっぱら自己権力と政治
    家系の維持に執着していた首相として、後世評価されるだろうか?
と皮肉を込めて問いかけています『東京新聞』(2024年8月20日 さよなら岸田首相 本音の
コラム 鎌田慧)

実際、昨年の「G7広島サミット」は日本が主催国で、岸田氏にとって、「核なき世界」「核廃
絶」をG7各国と世界にアピールする絶好の機会でした。

しかし、この機会に出された共同文書「広島ビジョン」はアメリカの「核の傘」の下で核抑止
力を肯定する内容でした。広島県原爆被害者団体協議会の箕牧智之理事長は
    おらが県の選挙区出身ですから、関心を持って見てきた。ところがG7では核抑止論
    を持ち出されて正直がっかり
と漏らしています。

そして今年、2024年6月の広島伝の平和祈念式典後の面会の場で被爆者団体協議会側から核兵器
禁止条約への参加を求めましたが、岸田氏は否定的な姿勢を崩しませんでした。被爆者は、自分
たちの願いと首相の言動とがどんどん離れていく、と感じていともらしました『東京新聞』2024
年8月15日)

岸田氏は、ことあるごとく「核なき世界」を自らのライフワークであるといい、そのためには核
保有国と非保有国との「架け橋」になると言いながら、具体的に何らそのための努力をしていま
せん。

結局岸田首相は日本人の悲願ともいうべき核兵器廃絶に背を向け、あえて私の表現をすれば「ヒ
ロシマ」を自らのブランドとして利用しているにすぎません。

次回は、これぞ自分の画期的な経済政策だ、岸田首相が胸を張って口にした「新しい資本主義」に
ついて検討します。



(注1)『首相官邸』更新日:令和3年11月10日https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/statement/2021/1110kaiken.html
(注2)(『東京新聞』電子版 2021年11月10日 22時39分 https://www.tokyo- np.co.jp/article/142115
(注3)(『毎日新聞 政治ププレミア』電子版(2023年2月7日)
https://mainichi.jp/premier/politics/articles/20230206/pol/00m/010/014000c
(注4)(『朝日新聞』電子版(2022年12月16日 16時58分)
https://www.asahi.com/articles/ASQDJ25R4QDHUTFK02L.html
(注5)(『毎日新聞 経済プレミア』(電子版 2021年10月19日)
https://mainichi.jp/premier/business/articles/20211019/biz/00m/020/005000c?cx_f m=mailyu&cx_ml=article&cx_mdate=2021101。
(注6)(『毎日新聞 経済プレミア』電子版 (2023年3月11日)
https://mainichi.jp/premier/business/articles/20230309/biz/00m/020/006000c。
(注7)『毎日新聞 経済プレミア』(電子版 2022年12月4日)
https://mainichi.jp/premier/business/articles/20221203/biz/00m/020/005000c?cx_fm =mailyu&cx_ml=article&cx_mdate=20221204


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