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大木昌の雑記帳

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“トランプ現象”の本質(1)―「反エリート」・「反リベラル」―

2025-05-22 05:48:32 | 思想・文化
“トランプ現象”の本質(1)―「反エリート」・「反リベラル」―

トランプ第2次政権が発足して100日と少し経ちました。この間にトランプは実に
多くの政策を、大統領令という形で次々に出してきました。

中でも、4月初頭に発表した「相互関税」という名の「高率関税政策」が、いったい
世界経済にどのような結果をもたらすのか、じっと見ていましたが、今だに一向に着
地点が見えていません。

そこで今回は関税の問題から離れて、アメリカ国内におけるトランプの政策の思想的
背景を、選挙戦の戦い方や彼の支持層に着目して検討します。

今回の大統領選挙とそれ以後のトランプ政権について考えるとき、8年前の2016年の
大統領選挙において誰に何を訴えたのか、そして支持者はトランプの何に共鳴したの
か、をみておくことが非常に参考になります。

2016年大統領選において共和党のトランプが民主党のヒラリー・クリントンに勝利し
たことについて岡本純子氏(コミュニケーション戦略研究家・コミュ力伝道師)は次
のように総括しています。

    世界を震撼させる、まさかの結果となった米大統領選。確固たる政策も実績
    もないトランプを勝利に導いたのは、現状に不満を抱く人々の「怒り」と、
    「恐怖」を煽り、人間の本能的防御メカニズムを惹起するという原始的かつ
    巧妙な手法だった。

岡本氏は続けて、トランプの「黒魔術コミュ力」がなければ、ここまでの破壊力を持
ことはなかったはずだ、サイレントマジョリティだったはずの非知識白人層を覚醒さ
せ、トランピアン(トランプ支持者)として逆襲に駆り立てたものとは一体何だった
のだろうか。」と問いかけます。

では、トランプ氏の岩盤支持層ともいわれる「トランピアン」とはどんな人たちだっ
たのだろうか。

統計上、共通項として表れるのが地方に住む「白人」「非知識者層」という特徴です。
しかし、彼らは必ずしも、失業者や困窮者ということではなく、比較的経済的に恵ま
れた人も多い。

この共通項をベースとして、「ヒラリーが嫌い」「女性大統領は嫌だ」、「銃規制反対」、
「移民反対」「中絶反対」「共和党支持」「LGBTに反感」「キリスト教原理主義」「マイ
ノリティに対する差別意識」などの思考持つ人を次々と取り込んでいったと考えられ
ます。

これらの点は、「ヒラリー」を、今回の大統領候補「カマラ・ハリス」に置き換えれば、
ほとんど同じことがいえることに気が付くでしょう。

つまり、トランプ支持者には「白人」と「非知識階層」に加えて、広範な保守層が含
まれているのです。

また、当時白人の間には、8年間の「黒人」オバマ政権の後で、非白人が大学入学や就
職で優遇されるのに、白人にはそうしたメリットがないという「不公平感」が根強くあ
りました。

白人の間に「我々だけが割を食わされている」という意識が芽生え、さらには、移民に
よって職が奪われ、治安を脅かされているという誤解や妄信が加わって、沸点に達しつ
つあった憤りをいち早く感じ取り、すくい取ったのが当時のトランプだったのです。

そしてトランプはそういった人々の、「政府は何もしてくれない」「時代に置き去りにさ
れている」という「怒り」、そして、移民によって職を奪われるという「恐怖」に一気
に火をつけました。

しかも当時は、黒人やヒスパニック系の増加により、地域によってはマイノリティとな
りつつある「白人層」の不満が一気に爆発したのです。

トランプがメキシコとの国境に壁を築いて不法移民の阻止を強力に訴えたのも、移民の
増加に対する不安を煽るためでした(注1)。

今回の選挙でも、ハリスとの討論会でトランプは「移民がペットの犬や猫を食べている」
と、根拠のない作り話を堂々と言い、移民に対する嫌悪感を煽りました。

第2次トランプ政権は、移民の侵入を防ぐ壁を設けるだけではなく、不法入国者や労働
ビザをもたない不法労働者の逮捕や、強制送還を積極的に行っています(注2)。

こうしたトランプの施策は、移民労働者のために仕事が減らされた、あるいは減らされ
るとの不安をもっている白人労働者からすると非常に頼もしくみえたに違いありません。

アメリカは国際的な自由貿易(グローバリズム)を推進し、コストが安い国から部品や
製品を輸入する貿易政策を長い間採ってきました。

このため、アメリカ国内の産業、とりわけ製造業は一貫して衰退してゆき、かつての製
造業の中心だった中西部の工業地帯が「ラストベルト」(錆びついた工業地域)と呼ばれ
るような状況が全国に広まってゆきました。

それまで製造業で働いていた教育水準が低い(したがって低所得の)白人の労働者層は、
グローバリズムによっても社会から見捨てられたと感じていました。

他方で、アメリカ経済の中心はGAFAMと呼ばれるIT企業(ビッグ・テック)や、
「ウォールストリート」に象徴される金融業に移っています。

それらの分野では高度の知識が要求され、高い教育水準を受けてきたエリートが一般の
労働者とは比較にならない豊かさを享受してきました。

すでに2016の大統領選挙の際にも、富める者は富み、貧しいものは底辺に追いやられる
状況はもんだいになっていました。そこには、所得格差と教育格差がセットになってエリ
ート層を形成しています。

すでに、2016年の大統領選挙の際に、トランプは、「I love the poorly educated」(私は教
育水準の低い人々を愛している)と演説で人々に語り掛けました(注3)。

作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏は、『「私は低学歴の人が好きだ」この一言がトラン
プを大統領に導いた』というタイトルの論考を投稿しています(注4)

佐藤氏は、副島隆彦氏の著述を引用し、「低学歴、ゆえに低所得層の白人大衆であるアメ
リカ下層国民(中流と絶対に呼べない人たち)が自分は大好きだ」、というトランプの暴
言ともいえる本音の発言が人々の熱狂的な支持を呼び大統領に導いた、と述べています。

佐藤氏は、2020年の選挙では、民主党のバイデン氏に敗れはしたものの7400万票得
たことの意味は大きい、と述べ、上記の言葉が多くの低所得層の心に響いたことを強調し
ています(注4)。

第2次トランプ政権が発足するとトランプは、低学歴で貧しい白人労働者の支持を得よう
とする反面、高学歴のエリートに対しては徹底的な圧力を加えました。それは、まずエリ
ート大学の弾圧から始まりました。

ホワイトハウス(具体的にはトランプ大統領)は11日の書簡で、アメリカの知の最高峰で
あるハーバード大学について、「近年、政府助成が妥当だと認められる知的および公民権に
関する条件を両方とも満たしていない」と批判していました。

続いて14日には、トランプ政権はハーバード大学に対する22億ドル(約3150億円)の助
成金を凍結しました。ここで、トランプ対大学の闘いの火ぶたが切られました。

ホワイトハウスは、ハーバード大学が「連邦政府との財政的関係」を維持する(助成金を
受け取る)ためには変更が必要だとし、10項目の変更項目を提示しました。

すなわち、学生や終身雇用ではない教員の権限縮小、アメリカの価値観に「敵対的」な学
生に関する政府への報告、「反ユダヤ的嫌がらせを最も助長する」プログラムや学科を監査
する政府公認の外部スタッフ雇用――などです。

ホワイトハウスはまた、過去2年間に学内で起きた抗議行動での「違反行為」に対し、懲罰
措置を取るよう同大学に命じました。さらに、大学の「多様性、公平性、包摂性(DEI)」の
方針とプログラムの廃止も求めました。(注5)

ホワイトハウスが大学に指示している要請を見ると、まず学生と専任ではない教員の数を減
らすことが挙げられています。これは、大学経営全体の経費を減らすことを意図しています。

しかし、私立大学が何人の学生を取り、何人の教員や研究者を雇うのかは、大学が全面的に
権限をもつ事項であり、政府が干渉することなど前代未聞の暴挙です。

つぎに、アメリカの価値観に「敵対的」な学生に関して政府へ報告せよとの要請ですが、こ
こでは「何がアメリカの価値観」であるかは、誰が決めるのかが示されていません。

このため、トランプ政権がその基準を恣意的に決め、それにそって学生を処分(逮捕・拘束・
留学生ならビザの取り消しなど)できることになります。

この要請は、大学に学生の行動を監視しその結果を政府に報告せよという、いわば大学に密
告者になれ、と言っているのです。

つぎに、「反ユダヤ的嫌がらせを最も助長する」プログラムや学科を監視する外部スタッフを
雇用せよという要請ですが、私の知る限り、ハーバード大学にそのようなプログラムや学科
は存在しません。

おそらく、これはトランプ家の一員となった娘婿のクシュナ氏がユダヤ人であること、トラ
ンプ政権は選挙の時などに多額の資金援助をユダヤコミュニティーから受けているのでユダ
ヤ・ロビーとの親密な関係にあること由来すると思われます。

なお、次回に詳しく説明しますが、大学への圧力はハーバード大学の前にコロンビア大学の
「イスラエルによるガザへの攻撃に対する抗議行動に端を発していたのです。

コロンビア大学では今年4月24日には抗議行動のデモに参加した100人ほどの学生が逮捕
され、5月7日には78人がニューヨーク市警によって逮捕されました。

デモに参加したある学生は、テレビ局のインタビューに答えて、自分たちはユダヤ人に抗議
しているのではなく、イスラエルという国家の行動に抗議しているんです、と述べています。

この主張は全く正当で、間違っているのはトランプ側です。

つぎに、ワシントンがハーバード大学に突き付けた廃止すべき要件項目をみると、「DEI」と
略称される「多様性、公平性、包摂性」の方針とプログラムの廃止が示されています。具体
的には、以下のごとくです。

Diversity (多様性):は年齢、性別、国籍、宗教、障害、価値観など、様々な異なる個性を認め
    ること。
Equity (公平性):は個々の個性や背景に応じて、誰もが差別を受けることなく公正に評価され
    る状態を追求すること。
Inclusion (包括性):多様な人々が、組織や社会の一員として、共に活動し、貢献できる環境を
    整備すること。

これらの原則は民主的な国家や組織が満たすべき基本的な要件で、一言で言えば、「リベラリ
ズム」(この場合は「積極的な民主主義というほどの意味」)と呼ばれる考え方です。

リベラリズムは、民主党政権が掲げてきた理念で、いわば「錦の御旗」でしたが、トランプ
と共和党はリベラリズムを徹底して嫌い否定します。

「多様性」をみるとトランプは、年齢、性別、国籍や人種、障害、価値観、さまざまな個性に
関して多様性を認めません。

たとえば人種の多様性に関していえば、トランプは白人の優越性を強調し有色人種を差別しま
す。また、性の多様性に関して性的マイノリティー(LGPTなど)を認めず、人間の性には
男と女しかない、という大統領令にサインしています。

以上の現実から、トランプの岩盤支持層は、高学歴のエリートに対する敵対的な「反エリート」
感情をいだく低学歴(多くは低所得)の白人層と、「反リベラリズム」思考をもつ白人の保守層
から成っていることが分かります。

次回は、追い詰められた大学はどう対応しているのか、あるいは大学への弾圧や恫喝がアメリカ
の研究水準にどんな影響を与えるのか、そして、関税問題とは別次元でトランプが推進している
「超保守化」への揺り戻しがアメリカ社会にどんな変化をもたらすのかを検討します。


注1)『東洋経済 ONLINE』2016/11/10 10:40 2025.5.20 閲覧
   https://toyokeizai.net/articles/-/144507?
(注2)JETRO 2025年04月22日 https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/04/e60cbaa29a750444.html
(注3)(注1)と同じ。
(注4)PRESIDENT Online 2021/05/30 11:00 2025.5.21 閲覧
https://president.jp/articles/-/46412
(注5)BBCNEWS 2025年4月15日 5.21閲覧 https://www.bbc.com/japanese/articles/cgjlywd8449o
(注6)PRESIDENT Online 2025/05/12 16:00 5.21 閲覧  https://president.jp/articles/-/95472


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