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大木昌の雑記帳

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“トランプ現象”の本質(2)―保守派がリベラル派に仕掛けた「文化戦争」と「宗教戦争」―

2025-05-27 12:08:56 | 思想・文化
“トランプ現象”の本質(2)
―保守派がリベラル派に仕掛けた「文化戦争」と「宗教戦争」―


トランプが繰り出すさまざまな政策を総称してここでは“トランプ現象”と呼ぶことにする。前
回はその本質を、「反エリート」「反リベラル(反多様性)」という視点を中心に説明しました。

そして、「反エリート」「反リベラル」の象徴としてハーバード大学を標的とし、26億ドル超
の助成金の凍結について触れました。しかし、事態はさらに悪化しました。

国土安全保障省のノーム長官は4月、ハーバード大に対し外国人学生による暴力行為や違法行
為に関する記録を4月30日までに提出するよう求め、提出がなければ直ちに留学生を受け入れ
る「学生・交流訪問者プログラム」(SEVP)の認定を取り消すと警告しました。

この要請を大学が拒否したためトランプは、5月2日、SNSに「ハーバード大学の非課税資格を
廃止する。彼らにはそれがふさわしい」と投稿しました。

トランプは、税制上の優遇措置を取り消す具体的な時期は示していないものの、政権の要求に
従わないほかの大学に対する恫喝でもあります(注1)。

トランプ大統領の表明について、ハーバード大学は声明で「優遇措置を取り消す法的根拠はな
い」と反論しました。

そのうえで、優遇措置の取り消しによって奨学金が減少するなどのおそれがあると指摘し「ア
メリカの高等教育の将来に重大な影響を与える」と批判しています。

これまでの経済的な締め付けに加えて、5月22日、政権の要請を拒否しているハーバード大
学にたいして外国人留学生の受け入れを認めないとの通達を出しました。通達はさらに、すで
に在籍している外国人留学生は、他校に転校しない限り滞在資格を失うことになる、としてい
ます。

学生受け入れ禁止となると、大学としては財政的に大きなダメージとなります。現在在籍して
いる外国人留学生は約6800人(うち日本人260人)で、一人当たり年間授業料は850
万円、したがって全部で580億円の収入減少となります。

ノーム長官は「米政権は、暴力や反ユダヤ主義、中国共産党との結託を放置している大学に責
任を取らせようとしている」と語りました。

ハーバード大学が「暴力や反ユダヤ主義、中国共産党との結託を放置している」との証拠を政
権は何も示さず、一方的に決めつけている点は、民主主義の国で起こっていることとは信じら
れません。

長官はまたハーバード大に宛てた書簡で、過去5年間の学生による違法行為に関する記録、抗
議活動の映像、懲戒記録などの情報を提出すれば、次の学期が始まる前にSEVPの認定を回
復できる可能性があると説明。提出期限を72時間以内としています。

また、ノーム長官はFOXニュースに出演し、トランプ政権が他の大学に対しても留学生受け
入れを阻止する可能性を検討していること、これはすべての大学に対する警告だ、とも述べま
した。

ハーバード大のアラン・ガーバー学長はユダヤ系のアメリカ人で、これまでも反ユダヤ主義が
キャンパスに存在することを認め、それへの対応で政府に協力すると述べてきた。しかし、政
権の要求は学問の自由を脅かすと訴えています。

オバマ政権で教育省次官補代理を務め、現在はシンクタンクであるセンチュリー財団の上級研
究員ロバート・シャイアマン氏は、トランプ政権による言論の自由と大学の自治に対する攻撃
が続いていると指摘しました。

さらに彼は「海外の学者は米国に多大な恩恵をもたらす。今回の措置は知的交流を抑圧し、学
術的・歴史的な研究を中央集権的に統制しようとする悪意ある取り組みだ」とトランプ政権を
批判しました。

ハーバード大は米政権によるさらなる措置は憲法違法だと主張した。同大の広報担当者は声明
で、
    本大学と米国に多大な貢献をしている140カ国余りの国からの留学生・研究者の受け
    入れ資格の維持に尽力する」とし、「学内の関係者に指針を示し、支援するために対
    応を急いでいる
と説明しました。

ハーバード大のガーバー学長は23日の声明で「違法で不当な措置だ」と政権の対応を非難し、
「学生や研究者を支援するために全力を尽くす」と強調する一方、外国人留学生の受け入れ禁
止にたいして、マサチューセッツ州の連邦裁判所に提訴し、あくまでも法廷で戦う姿勢をみせ
ています。

なお、直近の報道によれば、トランプ米政権がハーバード大に留学生の受け入れ資格を剥奪す
ると通知した問題で、東部マサチューセッツ州の連邦地裁は23日、政権の措置を一時的に差
し止める決定を下した。しかし、政権側は、控訴する予定なので、今後、どうなるかは分かり
ません(注2)。

政権は、第一段階として10大学について「反ユダヤ主義」「リベラル偏重」大学として絞り込
んで調査し、うち、6大学については以下の金額の助成金を差し止める、としています。

すなわち、ペンシルベニア大学  1億7500万ドル;コロンビア大学   4億ドル(政権の要
請に応じたため解除);ブラウン大学  5億1000万ドル;ノースウエスタン大学 7億9000万
ドル;コーネル大学  10億ドル;ハーバード大学  90億ドル、ブラウン大学(5億1000万
ドル)となっています 

以上のほか、シカゴ大学やMIT、カルテック(Caltech)といった研究型大学は、直接名指しさ
れていなくとも広範な連邦予算削減の影響を受けています。金額は分かりませんがプリンスト
ン大学は数十件の研究助成金が凍結されています。

ただし、コロンビア大学は、最終的に政権の要求事項をほぼ受け入れたため、凍結は解除され
ました。現在のところ、政権に全面的に屈服した唯一の大学です(注3)。

ところで、今回、政権による助成金の凍結、大学の非課税措置の取り消し、外国人留学生の受
け入れ停止といった大学への締め付けは、科学技術の優位、世界の国々に対する影響力(ソフ
トパワー)、世界中から集結する学生や研究者の交流など、直接間接にアメリカが得てきたメリ
ットを捨てることになります。

研究者のコミュニティでは、特に自然科学系で実験の中断や人員整理に追い込まれる事態へ懸
念が広がっています。

「長年かけた研究が政治のせいで頓挫する可能性がある」「優秀な若手研究者が将来に不安を
感じ海外流出してしまうのではないか」といった声も聞かれます。

実際、2025年初頭には「トランプ政権への反発から欧州など海外へのポストを探る科学者が
増えている」との報道もあり、米国の研究環境への信頼低下が懸念されています。

さらに社会的な問題として、「政治と学問の自由および大学の自治」との関係に深刻な問題を
投げかけています。というのも、政治が助成金を加減することにより、大学の教育や研究内容
をコントロールしようとすることは、決して社会の利益にならないからです。

ところが、この一連の問題に対してアメリカの世論は二極化しています。ハーバード大学系の、
多様性とリベラル政策(DEI)に関する調査によれば、「連邦政府が大学のDEIプログラム資
金を「削減・廃止すべき」と考える米国人は38%いました。

支持政党別では、共和党支持者は72%が賛成、民主党支持者は50%が資金提供の「増加」を支
持していました。このように、政府の大学への締め付けには国論を身分する状況です(注4)。

ハーバード大学米国政治研究センターとハリス・インサイト・アンド・アナリティクスの調査
では、「DEI部門が必要」とする割合は53%、「無駄を削減するためにDEI部門を廃止すべき」が
47%と意見が分かれました(注5)。

このように保守層は大学への締め付けを強く支持しており、実際に議会共和党議員からは「エ
リート大学の偏向を正すべきだ」という声が相次いでいます。下院議員のエリース・ステファ
ニク氏はペンシルベニア大総長の辞任を受け「次はハーバードとMITにも責任を追及する」と]
表明するなど政権の動きを後押ししています。

ところで、今回の一連の大学に対する締め付けの発端になったのが、コロンビア大学における、
イスラエルによるガザの侵攻にtaisuru対するデモであったことからも分かるように、政権(具
体的には教育相)は、「反ユダヤ主義」を取り締まっていないこと、あるいは「反ユダヤ主義」
を助長している大学を制裁の理由としています。

大統領就任式から2週間後の2月3日、司法省、教育省、保健福祉省は「反ユダヤ主義と戦うタ
スクフォース」の結成を発表した。この立案者はトランプ大統領の懐刀であるユダヤ系のステ
ィーブン・ミラー次席補佐官でした。

タスクフォースは週1回、毎回場所を変え、秘密裡に会合を重ね、調査対象の大学を絞り込みま
した。その目的は、エリート大学の力をそぎ、トランプ大統領の言う過激派、つまりリベラル
派から取り戻すことで、反ユダヤ主義は口実に過ぎなかったのです(注6)。

それでは、トランプおよびトランプ政権による大学の締め付けの本質はなんだろか、何をめざ
しているのでしょうか?

米国を読み解くキーワードの一つは「反知性主義」だろう。字面から誤解されがちだが、この
言葉は本来、知性が既存の権力と結びついて特権階級化することへの素朴な市民的反感を含ん
でいる。トランプ政権下ではこの反知性主義が「てこ」に使われ、民主主義の根幹をなす学問
や表現の自由が保障されるべき大学への締め付けが行われている(注7)。

ただ、トランプ政権の大学自治への干渉は突発的なものではなく、保守派が長い時間をかけて
練り上げてきた戦略の一環である。そうした流れを理解しないと、トランプ政権の大学攻撃の
本質は見えてきません。

保守派の評論家のパット・ブキャナン氏は現在のアメリカの状況を、政治的対立にとどまらず
保守派とリベラル派が展開している社会的価値観をめぐる熾烈な「文化戦争」である、と述べ
ています。どういうことなのでしょうか。

保守派による「文化戦争」の宣戦布告は大統領選挙があった1992年から始まりました。それは
8月の共和党全国大会でブキャナン氏が行ったブッシュ大統領(父)の応援演説でした。

ブキャナン氏は「ブッシュはユダヤ・キリスト教の価値と信念を代表する人物である」と礼賛
し、女性の中絶権を認めた1973年の最高裁の「ロー対ウェイド判決」破棄を主張しました。

さらに民主党の大統領候補ビル・クリントンを「同性愛者の権利運動を主導する過激派の指導
者」と呼び、「この国では“宗教戦争”が起こっている。それは“文化戦争”でもあり、冷戦と同様
にわが国にとって極めて重要である」と聴衆に訴えかけました。

保守派の多くには、冷戦で資本主義が勝利したにもかかわらず、依然としてアメリカを支配し
ているのはリベラル派だという強い不満がありました。

キリスト教的倫理を復活させ、リベラルな社会を保守的な社会へ変えていくために保守派が攻
撃の対象に選んだのが、リベラルな情報を発信する「主流派メディア」と、若者をリベラリズ
ムで教育する「エリート大学」でした。

この意味でハーバード大学に対する過酷な措置は、リベラル派に対する「宣戦布告」であった
といえます。

SNSの急速な発展という追い風もあり、主流派メディア攻撃は成功しました。保守派のメディ
アやSNSはフェイク・ニュースや陰謀論を流し続け、主流派メディアを衰退に追い込んでゆき
ました。国民の間で主流派メディアに対する信頼度は急速に低下しています(注8)。

トランプ政権によるSNSでのフェイク・ニュースや支持者による陰謀論の流布を思い浮かべ
ると、上記の事情はよく理解できます。

アメリカは今後、超保守的な「宗教国家」を目指してゆくのだろうか?

アメリカにおける大学への政治介入は決して他人事では済まされません。日本においても、学
術会議のメンバーの承認にたいして菅元首相は理由の説明もなく、何人かを承認しませんでし
た。そして、政府は2026年10月に日本学術会議を「国の特別機関」から特殊法人に移行させ
る法案(仮称「学術会議法案」)を準備しています。『東京新聞』(2025年5月25日)は、これ
によって学術会議の監視強化に懸念を表しています。

およそ、学問が権力によって監視や干渉されたり、たとえば軍事研究など特定の分野の研究に
助成金を与えることには、相当慎重にすべきです。そうでないと、学問や文化全体がゆがめら
れてしまいます。
----------------------------------------------
コロンビア大学 ガザ連帯キャンプ                                    極右「ヘリテージ財団」のメンバーと懇談するトランプ大統領                          
  
出所 (注9)                                              出所 (注9)



(注1)『JIJI.COM』 (2025年05月03日08時23分配信 5.23閲覧)
    https://www.jiji.com/jc/article?k=2025050300252&g=int#comment
(注2)『Bloomberg』(2025年5月23日 4:04 JST 更新日時 2025年5月23日 10:29 JST 5.23閲覧
    https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-05-22/SWOCV2DWRGG000?srnd=cojp-v2
(注3)『東洋経済 ONLINE』(2025/04/26 6:00. 2025.5.24閲覧) https://toyokeizai.net/articles/-/873422?display=b;
    『no+e』(2025年4月9日 07:40. 2005.5.25閲覧)https://note.com/fair_clover666/n/n0898e30ea4b5
(注4) 『JETRO』(2025.4月7日 2025.5.26閲覧)https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/04/52f59c8d071316ae.html#
(注5) 『no+e』前掲(注3)
(注6)『東洋経済 Online』(2025/04/25 8:00 2025.5.24閲覧)
    https://toyokeizai.net/articles/-/873386;『東洋経済Online』(2025/04/24 20:00)2025.5.24 閲覧
    https://toyokeizai.net/articles/-/873155
(注7)『毎日新聞』(電子版)(2025/5/16 05:30 最終更新 5/16 05:30)。202.5.17閲覧
    https://mainichi.jp/articles/20250515/k00/00m/030/229000c?utm_source=article&utmmedium=
    email&utm_campaign=mailhiru&utm_content=20250516
(注8)『東洋経済Online』(2025/04/24 20:00)2025.5.24 閲覧 https://toyokeizai.net/articles/-/873155
(注9)President Online (2025/05/12 16:00 2025.17閲覧 ) https://president.jp/articles/-/95472?cx_referrertype
    =mail&utm_source=presidentnews&utm_medium=email&utm_campaign=dailymail

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“トランプ現象”の本質(1)―「反エリート」・「反リベラル」―

2025-05-22 05:48:32 | 思想・文化
“トランプ現象”の本質(1)―「反エリート」・「反リベラル」―

トランプ第2次政権が発足して100日と少し経ちました。この間にトランプは実に
多くの政策を、大統領令という形で次々に出してきました。

中でも、4月初頭に発表した「相互関税」という名の「高率関税政策」が、いったい
世界経済にどのような結果をもたらすのか、じっと見ていましたが、今だに一向に着
地点が見えていません。

そこで今回は関税の問題から離れて、アメリカ国内におけるトランプの政策の思想的
背景を、選挙戦の戦い方や彼の支持層に着目して検討します。

今回の大統領選挙とそれ以後のトランプ政権について考えるとき、8年前の2016年の
大統領選挙において誰に何を訴えたのか、そして支持者はトランプの何に共鳴したの
か、をみておくことが非常に参考になります。

2016年大統領選において共和党のトランプが民主党のヒラリー・クリントンに勝利し
たことについて岡本純子氏(コミュニケーション戦略研究家・コミュ力伝道師)は次
のように総括しています。

    世界を震撼させる、まさかの結果となった米大統領選。確固たる政策も実績
    もないトランプを勝利に導いたのは、現状に不満を抱く人々の「怒り」と、
    「恐怖」を煽り、人間の本能的防御メカニズムを惹起するという原始的かつ
    巧妙な手法だった。

岡本氏は続けて、トランプの「黒魔術コミュ力」がなければ、ここまでの破壊力を持
ことはなかったはずだ、サイレントマジョリティだったはずの非知識白人層を覚醒さ
せ、トランピアン(トランプ支持者)として逆襲に駆り立てたものとは一体何だった
のだろうか。」と問いかけます。

では、トランプ氏の岩盤支持層ともいわれる「トランピアン」とはどんな人たちだっ
たのだろうか。

統計上、共通項として表れるのが地方に住む「白人」「非知識者層」という特徴です。
しかし、彼らは必ずしも、失業者や困窮者ということではなく、比較的経済的に恵ま
れた人も多い。

この共通項をベースとして、「ヒラリーが嫌い」「女性大統領は嫌だ」、「銃規制反対」、
「移民反対」「中絶反対」「共和党支持」「LGBTに反感」「キリスト教原理主義」「マイ
ノリティに対する差別意識」などの思考持つ人を次々と取り込んでいったと考えられ
ます。

これらの点は、「ヒラリー」を、今回の大統領候補「カマラ・ハリス」に置き換えれば、
ほとんど同じことがいえることに気が付くでしょう。

つまり、トランプ支持者には「白人」と「非知識階層」に加えて、広範な保守層が含
まれているのです。

また、当時白人の間には、8年間の「黒人」オバマ政権の後で、非白人が大学入学や就
職で優遇されるのに、白人にはそうしたメリットがないという「不公平感」が根強くあ
りました。

白人の間に「我々だけが割を食わされている」という意識が芽生え、さらには、移民に
よって職が奪われ、治安を脅かされているという誤解や妄信が加わって、沸点に達しつ
つあった憤りをいち早く感じ取り、すくい取ったのが当時のトランプだったのです。

そしてトランプはそういった人々の、「政府は何もしてくれない」「時代に置き去りにさ
れている」という「怒り」、そして、移民によって職を奪われるという「恐怖」に一気
に火をつけました。

しかも当時は、黒人やヒスパニック系の増加により、地域によってはマイノリティとな
りつつある「白人層」の不満が一気に爆発したのです。

トランプがメキシコとの国境に壁を築いて不法移民の阻止を強力に訴えたのも、移民の
増加に対する不安を煽るためでした(注1)。

今回の選挙でも、ハリスとの討論会でトランプは「移民がペットの犬や猫を食べている」
と、根拠のない作り話を堂々と言い、移民に対する嫌悪感を煽りました。

第2次トランプ政権は、移民の侵入を防ぐ壁を設けるだけではなく、不法入国者や労働
ビザをもたない不法労働者の逮捕や、強制送還を積極的に行っています(注2)。

こうしたトランプの施策は、移民労働者のために仕事が減らされた、あるいは減らされ
るとの不安をもっている白人労働者からすると非常に頼もしくみえたに違いありません。

アメリカは国際的な自由貿易(グローバリズム)を推進し、コストが安い国から部品や
製品を輸入する貿易政策を長い間採ってきました。

このため、アメリカ国内の産業、とりわけ製造業は一貫して衰退してゆき、かつての製
造業の中心だった中西部の工業地帯が「ラストベルト」(錆びついた工業地域)と呼ばれ
るような状況が全国に広まってゆきました。

それまで製造業で働いていた教育水準が低い(したがって低所得の)白人の労働者層は、
グローバリズムによっても社会から見捨てられたと感じていました。

他方で、アメリカ経済の中心はGAFAMと呼ばれるIT企業(ビッグ・テック)や、
「ウォールストリート」に象徴される金融業に移っています。

それらの分野では高度の知識が要求され、高い教育水準を受けてきたエリートが一般の
労働者とは比較にならない豊かさを享受してきました。

すでに2016の大統領選挙の際にも、富める者は富み、貧しいものは底辺に追いやられる
状況はもんだいになっていました。そこには、所得格差と教育格差がセットになってエリ
ート層を形成しています。

すでに、2016年の大統領選挙の際に、トランプは、「I love the poorly educated」(私は教
育水準の低い人々を愛している)と演説で人々に語り掛けました(注3)。

作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏は、『「私は低学歴の人が好きだ」この一言がトラン
プを大統領に導いた』というタイトルの論考を投稿しています(注4)

佐藤氏は、副島隆彦氏の著述を引用し、「低学歴、ゆえに低所得層の白人大衆であるアメ
リカ下層国民(中流と絶対に呼べない人たち)が自分は大好きだ」、というトランプの暴
言ともいえる本音の発言が人々の熱狂的な支持を呼び大統領に導いた、と述べています。

佐藤氏は、2020年の選挙では、民主党のバイデン氏に敗れはしたものの7400万票得
たことの意味は大きい、と述べ、上記の言葉が多くの低所得層の心に響いたことを強調し
ています(注4)。

第2次トランプ政権が発足するとトランプは、低学歴で貧しい白人労働者の支持を得よう
とする反面、高学歴のエリートに対しては徹底的な圧力を加えました。それは、まずエリ
ート大学の弾圧から始まりました。

ホワイトハウス(具体的にはトランプ大統領)は11日の書簡で、アメリカの知の最高峰で
あるハーバード大学について、「近年、政府助成が妥当だと認められる知的および公民権に
関する条件を両方とも満たしていない」と批判していました。

続いて14日には、トランプ政権はハーバード大学に対する22億ドル(約3150億円)の助
成金を凍結しました。ここで、トランプ対大学の闘いの火ぶたが切られました。

ホワイトハウスは、ハーバード大学が「連邦政府との財政的関係」を維持する(助成金を
受け取る)ためには変更が必要だとし、10項目の変更項目を提示しました。

すなわち、学生や終身雇用ではない教員の権限縮小、アメリカの価値観に「敵対的」な学
生に関する政府への報告、「反ユダヤ的嫌がらせを最も助長する」プログラムや学科を監査
する政府公認の外部スタッフ雇用――などです。

ホワイトハウスはまた、過去2年間に学内で起きた抗議行動での「違反行為」に対し、懲罰
措置を取るよう同大学に命じました。さらに、大学の「多様性、公平性、包摂性(DEI)」の
方針とプログラムの廃止も求めました。(注5)

ホワイトハウスが大学に指示している要請を見ると、まず学生と専任ではない教員の数を減
らすことが挙げられています。これは、大学経営全体の経費を減らすことを意図しています。

しかし、私立大学が何人の学生を取り、何人の教員や研究者を雇うのかは、大学が全面的に
権限をもつ事項であり、政府が干渉することなど前代未聞の暴挙です。

つぎに、アメリカの価値観に「敵対的」な学生に関して政府へ報告せよとの要請ですが、こ
こでは「何がアメリカの価値観」であるかは、誰が決めるのかが示されていません。

このため、トランプ政権がその基準を恣意的に決め、それにそって学生を処分(逮捕・拘束・
留学生ならビザの取り消しなど)できることになります。

この要請は、大学に学生の行動を監視しその結果を政府に報告せよという、いわば大学に密
告者になれ、と言っているのです。

つぎに、「反ユダヤ的嫌がらせを最も助長する」プログラムや学科を監視する外部スタッフを
雇用せよという要請ですが、私の知る限り、ハーバード大学にそのようなプログラムや学科
は存在しません。

おそらく、これはトランプ家の一員となった娘婿のクシュナ氏がユダヤ人であること、トラ
ンプ政権は選挙の時などに多額の資金援助をユダヤコミュニティーから受けているのでユダ
ヤ・ロビーとの親密な関係にあること由来すると思われます。

なお、次回に詳しく説明しますが、大学への圧力はハーバード大学の前にコロンビア大学の
「イスラエルによるガザへの攻撃に対する抗議行動に端を発していたのです。

コロンビア大学では今年4月24日には抗議行動のデモに参加した100人ほどの学生が逮捕
され、5月7日には78人がニューヨーク市警によって逮捕されました。

デモに参加したある学生は、テレビ局のインタビューに答えて、自分たちはユダヤ人に抗議
しているのではなく、イスラエルという国家の行動に抗議しているんです、と述べています。

この主張は全く正当で、間違っているのはトランプ側です。

つぎに、ワシントンがハーバード大学に突き付けた廃止すべき要件項目をみると、「DEI」と
略称される「多様性、公平性、包摂性」の方針とプログラムの廃止が示されています。具体
的には、以下のごとくです。

Diversity (多様性):は年齢、性別、国籍、宗教、障害、価値観など、様々な異なる個性を認め
    ること。
Equity (公平性):は個々の個性や背景に応じて、誰もが差別を受けることなく公正に評価され
    る状態を追求すること。
Inclusion (包括性):多様な人々が、組織や社会の一員として、共に活動し、貢献できる環境を
    整備すること。

これらの原則は民主的な国家や組織が満たすべき基本的な要件で、一言で言えば、「リベラリ
ズム」(この場合は「積極的な民主主義というほどの意味」)と呼ばれる考え方です。

リベラリズムは、民主党政権が掲げてきた理念で、いわば「錦の御旗」でしたが、トランプ
と共和党はリベラリズムを徹底して嫌い否定します。

「多様性」をみるとトランプは、年齢、性別、国籍や人種、障害、価値観、さまざまな個性に
関して多様性を認めません。

たとえば人種の多様性に関していえば、トランプは白人の優越性を強調し有色人種を差別しま
す。また、性の多様性に関して性的マイノリティー(LGPTなど)を認めず、人間の性には
男と女しかない、という大統領令にサインしています。

以上の現実から、トランプの岩盤支持層は、高学歴のエリートに対する敵対的な「反エリート」
感情をいだく低学歴(多くは低所得)の白人層と、「反リベラリズム」思考をもつ白人の保守層
から成っていることが分かります。

次回は、追い詰められた大学はどう対応しているのか、あるいは大学への弾圧や恫喝がアメリカ
の研究水準にどんな影響を与えるのか、そして、関税問題とは別次元でトランプが推進している
「超保守化」への揺り戻しがアメリカ社会にどんな変化をもたらすのかを検討します。


注1)『東洋経済 ONLINE』2016/11/10 10:40 2025.5.20 閲覧
   https://toyokeizai.net/articles/-/144507?
(注2)JETRO 2025年04月22日 https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/04/e60cbaa29a750444.html
(注3)(注1)と同じ。
(注4)PRESIDENT Online 2021/05/30 11:00 2025.5.21 閲覧
https://president.jp/articles/-/46412
(注5)BBCNEWS 2025年4月15日 5.21閲覧 https://www.bbc.com/japanese/articles/cgjlywd8449o
(注6)PRESIDENT Online 2025/05/12 16:00 5.21 閲覧  https://president.jp/articles/-/95472



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演歌の楽しみ―石川さゆり『津軽海峡冬景色』への個人的な妄想―

2024-07-09 07:28:17 | 思想・文化
演歌の楽しみ―石川さゆり『津軽海峡冬景色』への個人的な妄想―


今回は、前回までの重苦しい話から一転して、演歌の楽しみの事例として、石川さゆりの
『津軽海峡冬景色』に対する私の思い切り個人的な妄想を書いてみたいと思います。

石川さゆりは1958年(昭和33年1月)熊本市生まれです。ということは、まさに昭和の真
っただ中に生まれ育った純粋に「昭和の子」でした。

ここで取り上げる『津軽海峡冬景色』がリリースされたのは1976年(昭和51年)、まさ
に昭和のど真ん中でした。

これは、三木たかしの曲に阿久悠が詞を付けた曲です。作詞も作曲も当代随一の大物コン
ビの曲に恵まれたのは、石川さゆりの運の良さでもありました。リリース時、この曲は
[ジャンル 演歌]でとして登録されていました。

この歌がリリースされたとき、石川さゆりは19歳でした。19歳の少女がこの歌にどれほ
ど実感を込めて歌ったのかは疑問ですが、歌詞の良さにも助けられ、そして、彼女の天才
的な歌唱力によって、一気に日本全国を席巻しました。

まずは、この歌の歌詞をじっくりと読んで味わってみて下さい。

『津軽海峡冬景色』
    歌 石川さゆり    作詞 阿久悠 作曲 三木たかし

上野発の夜行列車 おりた時から
青森駅は 雪の中
北へ帰る人の群れは 誰も無口で
海鳴りだけを きいている
私もひとり 連絡船に乗り
こごえそうな鴎見つめ泣いていました
ああ 津軽海峡 冬景色

ごらんあれが竜飛岬 北のはずれと
見知らぬ人が 指を指す
息でくもるガラス ふいてみかけど
はるかに かすみ 見えるだけ

さよならあなた 私は帰ります
風の音が胸をゆする 泣けとばかりに
ああ 津軽海峡婦冬景色

この歌に対する私の想いを語る前に、時代背景について少しだけ補足しておきます。歌の
中に出てくる「連絡船」とは、正しくは「青函連絡船」で、これは青森駅と函館駅を結ぶ
連絡船です。

しかし、1988年3月13日には「青函トンネル」が完成し両駅を列車が直接結ぶようになる
と、「連絡船」はサービスを停止しました。

したがって、この歌が発表された時には、文字どおり人びとは青森と函館を連絡船に乗っ
て行き来していました。

それでは「津軽海峡冬景色」にまつわる想いを、個人的な体験と重ね合わせて、そして、
「妄想」を交えて書いてみます。

まず、私が映像を通して石川さゆりを見たのは1977年、4年間のオーストラリア留学を
終え帰国の途中で立ち寄った沖縄の民宿でテレビを見ていた時でした。

突然画面に現れた、まだ少女っぽさが残る、とても可愛い女の子が石川さゆりでした。
長い間、若い日本人の女の子を見ていなかったという点を差し引いでも、私はいっぺん
に彼女の歌う姿と歌声に魅了されてしまいました。

その時歌った曲は、忘れもしない「能登半島」(これも作詞・作曲は三木・阿久のコン
ビ)でした。その時の印象は、未完成さが放つ特有の輝きと新鮮さと初々しさでした。

さて、『津軽海峡冬景色』ですが、この歌を最初に聞いた時、いくつかの疑問というか
想像が浮かびました。

まず、この歌の主人公の女性は一体何歳くらいだろうか、という疑問です。 私は、以
下のような妄想から勝手に30歳前後だと決めました。

彼女は若い時、夢を抱いて連作船で津軽海峡を渡り北海道を離れ東京に出て行ったので
しょう。そこで、仕事も恋もして、きっとそれなりに充実した人生を送ってきたに違い
ありません。

しかしその恋も破局し(おそらく恋人に捨てられて)彼女は仕事を続ける意欲も失って、
今、一度は捨てた北海道に帰ろうとしています。

実は私は1960年代後半の大学生だったころ、「探検部」の合宿で毎年夏の1か月間、知床
の山の中で活動していました。そのころには、まさしく「上野発の夜行列車」で青森へ、
そして連絡船で北海道の函館に渡りました。当時の夜行列車で上野から青森まではたっ
ぷり10時間以上もかかったと思います。

さて、夜行列車が青森に着く長い時間を、彼女はどんな風に過ごしたでしょうか? お
そらく、一晩中眠ることもなく、北海道を出てからその日までの日々を繰り返し振り返
っていたに違いありません。

「あの時、ああすればよかった」、「ああ言えばよかった」、「あの時、ああすれば別れな
くて済んだのに」など、一つ一つの出来事を思い返してたどったに違いありません(も
ちろん、私の妄想です)。

『津軽海峡冬景色]の歌詞のすごいところは、ここまでの彼女の人生が、「上野発の夜
行列車 おりた時から」というたった1行の中に詰め込まれており、聞いている私たち
は、いきなり彼女の人生と複雑な想いを共有することになるのです。

夜行列車が青森駅に着いたのは、雪がシンシンと降る、思わず身が縮む寒々とした早朝
でした。そこには華やいだ人びとの会話もなく、夜行列車を降りた人びとは海鳴りだけ
をじっと聞いています。

これは冬景色の描写であると同時に、いやむしろ彼女の心象風景でしょう。

「北へ帰る人の群れはみな無口で」、というフレーズが、また重苦しさを伝えています。
ここで、「北に向かう人」ではない点が重要です。

つまり、この人たちが無口なのは、夢を追いかけて上京したのに、今、その夢も破れ結
局、故郷の北海道に帰って行くことになったからです。

少なくとも彼らの多くは、東京で成功を収めて意気揚々と故郷に錦を飾る人たちではあ
りません。

この歌の主人公の女性は、そうした人たちと、また凍えそうな鴎(かもめ)と自分とを
重ね合わせて、心で泣いています。ただしここは、文字どおり泣いているというより、
彼女の心模様を表現しています。

それでは、この歌は恋人に捨てられて、傷心のまま故郷に逃げ帰ってきた女性の哀しい
物語なのでしょか?

いえ、絶対にそうではない、と私は断言できます。

かつて、ピンクレディーの一連の歌で、女の自立と主体性を歌い上げた阿久悠がそんな
陳腐な物語を書くわけがありません。

実際、彼女は最後に「さよならあなた」と、今度は彼女の方から恋人に決然と別れを宣
言します。

そして「私は帰ります」という言葉で、自分の意志でもう一度、故郷の北の国に帰って
人生をやり直します、という決意を別れた恋人にも自分にも言い聞かせます。

もちろん、そこには楽しかった過去の思い出、別れた恋人への未練、これからの人生へ
の不安がありますが、それらの複雑な想いを断ち切って決然と新たな人生へ踏み出す強
い決意があります。


『津軽海峡冬景色』は、たんなる失恋の歌ではなく、誰の人生にも起こりえる出会いと
別れと、そこからもう一度人生をやり直す再出発の歌なのだと思います。

以上のほかに、どうしても触れておきたいことを2、3書いておきます。

一つは、この歌と音楽との関係についてです。私たちが歌を聞いて楽しむという時、も
ちろん、歌手としてのうまさ、声の質、音楽のリズムやテンポ、メロディー、歌詞の内
容、さらには歌手の表情、容姿などを総合して好き嫌いが決まります。

私の場合これらに加えて、その歌を聞きながら、歌の中の物語の主人公になりきって物
語の中に入ってゆけるかどうかがとても大切です。つまり、歌の世界に浸ることができ
るかどうかです。

「津軽海峡冬景色」の場合、テンポはゆっくりしていて、一語一語がはっきりと聞き分
けられるので、何を歌っているのかが分かり、歌の世界に浸ることができます。

これは、歌詞が原則として一つの音符(四分音符でも八分音符でも)に一語(一文字)
だけを割り当てているからです。

しかし最近のJ-POPでは、一つの音符に3文字とかそれ以上の語を詰め込んでしま
うことも珍しくありません。そして、それを歌いきるために歌手は必至の形相で早いテ
ンポでまくしたてなければなりません。

そうなると、もう物語を追うどころではありません。あとは、リズムの速さと激しさに
身を任せるだけです。

『津軽海峡冬景色』は。石川さゆりの説得力に満ちた歌唱力、歌っているときの全身で
表現する表情、歌詞の内容、音楽の心地よいメロディーとテンポ、全てにおいて私の感
性にぴったりです。

つぎに、「津軽海峡」がもつ象徴的な意味合いについてです。

津軽海峡は本州と北海道を分ける海です。歌の中では、主人公の女性が上京する前、象
徴的な意味で北海道は彼女にとって希望のない場所、逃げ出すマイナスの世界でした。

それに対して、東京(正確に東京なのか首都圏なのか分かりませんが)は、やはり象徴
的な意味で何かが起こるワクワクした都会、素晴らしいことが待っている、夢と希望に
満ちたプラスの世界でした。

ところが、上野発の夜行列車で戻ってきた時には、東京は捨て去るマイナスの世界、北
海道は新たな決意の下に人生をやり直す希望の世界、プラスの世界になったのです。

物語は、津軽海峡の「こちら」と「あちら」で世界が逆転するという構図となっており、
ここでは「津軽海峡」があたかもシーソーの支点のような役割を果たしているのです。

だからこそ、歌のタイトルが、象徴的な意味で物語の中心をなす「津軽海峡」となって
いるのでしょう。

これは、『天城越え』において、天城峠の「こちら」は逃げ出すべきマイナスの世界であ
り、峠の「あちら」は自由と希望に満ちた世界、と想定されている構図と全く同じです。

だからこそ、世間をはばかる関係にある二人はどうしても不自由な「こちら」の世界から
天城峠を越えて「あちら」の自由な世界に ”あなたと越えて” 行きたいのです。

津軽海峡も天城峠も地理的な場所ですが、深読みすれば、「こちら」と「あちら」を分け
る何らかの壁(心の壁も含めて)と解釈ことができます。

演歌(おそらく歌謡曲も)の作詞作曲者の多くはある程度年配の人、それなりの人生経験を
積んできた人たちです。。

このため、今回取り上げた「津軽海峡冬景色」のように、短い歌詞の中にも長い人生経
験に裏打ちされた深い意味が込められているのだと感じています。

私は、アップテンポで激しいの曲も大好きですが、ゆったりと曲に身を委ねて歌の世界
に浸ることも大好きです。

最後に、以上の“妄想”を参考に、石川さゆりが「津軽海峡冬景色」を歌う19歳の少女時代の
ういういしいライブ映像をhttps://www.youtube.com/watch?v=OJxm9Lt-w6Y で、円熟期
(58歳)の映像をhttps://www.youtube.com/watch?v=QhGJQcN70gU で味わってください
(いずれもYoutube で観ることができます)。




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ファッション界の日本人革命家たち(2)―川久保玲の「黒」が欧米ファッションを破壊する―

2024-05-21 08:30:40 | 思想・文化
ファッション界の日本人革命家たち(2)
―川久保玲の「黒」が欧米ファッションを破壊する―

桂由美のファッションがエレガントで、かつ前向きに生きる女性のシンボルとして「白」
を前面に押し出した「優しい」革命であったとすると、川久保玲のそれは、既成の概念
や約束事(ルール)を壊して闘う「黒」の激しい革命と言い表すことができます。

川久保玲氏(以下敬称略)は1942年10月11日生まれ、現在81歳、年齢的にも実
績の面でも、名実ともに日本を代表するデザイナーの一人です。

慶応大学文学部哲学科美術史専攻。卒業後、株式会社『旭化成』宣伝部に入社。3年
間務めた後退職して、フリーのスタイリストとしての活動を始めました。

彼女の母親は、夫の反対で自由に働けなかったため、離婚しました。当時はまだ男性
優位社会で、川久保玲は反発を感じました。母親の強い意志と反骨精神は、若き川久
保にとって大きな影響を与えていきます。

スタイリストとしての仕事を通じて独自の感性やセンス磨いてゆきました。そして19
69年、ファッションブランド「コムデギャルソン」(Comme des Garçons、仏:少年の
ように)を立ち上げ、高級既製服(プレタポルテ、婦人服)の製造・販売を開始。1973
年には株式会社コムデギャルソンを設立し、現在も同社社長を務め、81歳になった今
でも精力的に活動しています(注1)。

川久保はめったに自分の考えを言葉に出して言いません。彼女は、自分が言いたいこと
は作品で表現する、作品が全てというスタンスを貫いてきました。

ただ、1回だけテレビ出演を受け入れたことがありました。それが今回、取り上げる
『NHKスペシャル 世界は彼女の何を評価したのか:ファッションデザイナー 川
久保 玲の挑戦』(2002年1月12日)です。

以下に、デザイナーここでは、彼女のファッションショーを見た人たち(ほとんどが
デザイナー)が、彼女の作品から何を読み取り、何を評価したのか、に焦点を当てて
考えてゆきたいと思います。

川久保は1981年に初めてパリコレクションに参加しました。そして、1982年に行われ
た1983-84秋冬物のコレクションは衝撃的なインパクトを与えました。

番組は、頭から足の先まで黒一色の布に身を包んだモデルの一団がランウェイを闊歩
する、異様な光景から始まります。番組のナレーションはつぎのように、語ります。

    黒い軍団が大股で闊歩する。笑顔はない。見ている者は息を飲む。ボロ布の
    ようなスカート 穴の開いたドレス。理解を超えたドレスが人々の前に次々
    に出現する。

パリのジャーナリズムは一斉に批判を開始した。

    つぎはぎ 新品なのにボロ着 葬式のための黒。これは悪い未来を表す俗悪
    ファッションだ。あなた方にふさわしくない。

いわゆる「黒の衝撃」と呼ばれるファッションショーでした。フランスの保守系新聞
『ラ・フィガロ』は批判の急先鋒だった(1983年3月18日)

同誌のジャニー・サメ記者は、
    初めて見た時、大きな地震だと感じました。ファッション界が震えたんです。
    不愉快なショーで 大災害を予感するものでした。

また、当時の川久保の代名詞となった穴あきのセーターもさんざんな酷評を受けた
『PARIS MATCH』(1982年1月)。

    そこらじゅう穴だらけ。これは貧乏人に見せたい人のファッションだ。税務
    署に行く時とか賃上げ闘争の時はよろしいかも。        
    
『インターナショナル・トリビューン』記者 スージー・メンキースは、

    ショーでは服は破壊されていました。セーターには穴が開いていてスイスチー
    ズと呼んでいました。スイスのチーズに穴があいているからです。とてもショ
    ッキングでした。(中略)でもそれ以上に女性と体について考えさせられます。



川久保のファッションを批判するジャーナリストたち。その一方 新しい表現を切り開
くものとして評価するファッションデザイナーたちがいた。

フランスを代表するデザイナー、ジャン=ポール・ゴルチエもその一人だった。
    あれほど大きなショックは初めてでした。当時のファッションは伝統的でとて
    も退屈でした。そんな中に 彼女は素晴らしい力をもたらしたのです。

当時の伝統的なファッションとは、女性の体の美しさを強調した、腰の部分がキュっと締り、
裾が広がった、いわゆるAラインのようなドレス、赤を基調とした華やかなドレスなどです。

ゴルチエはさらに語ります。
    彼女のコレクションは毎回が革命なのです。小さな革命も大きな革命もあります。
    そこにはいつも革命があります。

川久保は、伝統的な形を壊し、「黒」という葬儀を連想させるタブーの色を使い、そして服
に穴を開けるというタブー、二つのタブーを全面に出すことによって、既存の価値観や、
ヨーロッパ人が築いてきたファッションのルールを壊したのです。

桂由美は「白」で女の前向きな生き方を表現するという革命に挑戦したとすれば、川久保は
「黒」という従来のファッションでは、ありえない色で世界のファッション界に革命を起こ
したのです。

川久保は次々と新しいファッションを登場させることで人びとの評価も変わってゆき、彼女
はパリコレクションを代表する革新的デザイナーとなっていきました。

シャネルやフェンディなど伝統的なデザインを手掛ける、カール・ラガーフェルドも川久保
の挑戦を評価する。
彼女は我々のゲームを壊した。まったく違ったものを出してきたのです。
    それは醜くみえる恐れがありましたが、新しい美があったのです。

アメリカ人女性デザイナー ダナ・ギャランは川久保について
    毎シーズン自分を表現している。デザイナーの中のデザイナーです。川久保は驚くべ
    べき(スペキュタキュラー)デザイナーです。女性として女性のデザイナーにとても
    興味があります。彼女は物静かで内気な人だけど作る服には強烈な主張があります。

フランスの女性ファッションジャーナリスト エリザベット・バイエは
    川久保の最初の印象は とにかくショックでした。果たしてファッションなのか何か
    のメッセージなのか。正直いって分からなかったんです。その後、印象が変わりまし
    た。
    彼女は従来とは違う女性の味方を望んでいたのです。それは女性の肉体的美しさとは
    違う美の提言でした。今までの先入観をくつがえすのに川久保は長い時間を費やしま
    した。

イギリスを代表するファッションデザイナー ポール・スミスは、

    デザイナーで誰を尊敬するか、とよく聞かれます。ほかの名前を出そうとしても彼女
    (川久保)しか思いだせません。

と川久保の試みをを高く評価しています。

1992春夏コレクション。服の袖や裾が立ち落とされ、ファスナーだけがぶら下がっている。
未完成のものが持つ強さを前面に打ち出しました。

川久保の作品作りは、桂由美とは似ているところもあるし、違う点もあります。桂由美の場合、
何らかの構想をデザイナーに伝え、デザイナーはそれをパターンナーに伝えて具体的な形にして
ゆきます。

1992-93年秋冬物のパリコレでも黒一色のコレクションで臨みました。この時、川久保が
発したコンセプトは、「怖さを感じさせるくらい強い服を作りたい」。川久保の中では、黒という
色は、すべての色を飲み込んでしまう色なのです。

この言葉から、川久保と16人いるパターンナーたちはお互いに何をしているかわからないまま、
それぞれ別々にパターンを模索してゆきます。こうした中から、今まで見たこともない新しいも
のが生まれる、というのが川久保の政策方法です。

1995年春夏物のファッションとして登場させたのは、男性の背広を前と後ろを逆にして、モ
デルの背中に背広の腕がぶら下がっていた服、男性のスーツ(背広上下)を着たその上から、こ
しから下に女性のふんわりとしたドレスをかぶせせたファッションでした。

川久保は、「女性らしさ」、「男性らしさ」という固定観念を壊し、男女の性別を超えた新しいファ
ッションの形を主張したのです。

川久保といえば、「黒の衝撃」とならんで、1996年に出品された「1997年春夏物」のパリ
コレは、ボディーミーツ ドレス ドレスミーツ ボディー」と銘打ったコレクションでした。

これは背中にコブのように布の塊がある「コブ・ドレス」で、ファッション界に衝撃を与えました。


The New York Times (1996.10.10)は、
    “新鮮?それとも変なだけ? Is it New and Fresh or Merely Strange ?”、「コブの塊 
    着られない
と冷ややかな評価でした。

ジャーナリズムの反応は良くありませんでしたが、川久保は手ごたえを感じていたという。

川久保の顧客に向かって出されたメッセージは、「すでに見たものでなく、すでに繰り返された
ことでなく新しく発見すること、前に向かっていること、自由で心躍ること」だったのです。

しかし、若いデザイナー(たとえばアレキサンダー・マックイーン)は、
    私たちデザイナーには分かります。彼女は体をデザインしたのです。なぜ不格好なもの
    を作るのか疑問に思うでしょう。しかし、様々な姿の人たちを理解することが知性なの
    です。

と理解を示しました。

またメトロポリタン美術館 学芸員 ハロルド・コーダ氏は、
    最初はショッキングでもあの服が動く姿を見ると、一体何が健康で快適で セクシーな
    のか考えさせられます。そんな知的な複雑さ故にあの服は美しいのです。
    コレクションは決して商業的ではありません(利益を目的としたものではない)。川久保
    は作品を通して難しい問いかけをしてきました。
    女であることは?男であることは?このような問いを30年以上も続けてきたのです。
    驚くことに、川久保は常に新しい答えを生み出してきたのです。

と、川久保の挑戦を絶賛しています。

また、フランス オートクチュール協会会長 ティティエ・グランバック氏は次のように総括します。
    
    ファッションは革命的でなければなりません。メッセージが強いほど、反発があるほど良いの
    です。川久保は全く独自のものを見つけ出しました。だから彼女の名はファッション史に残る
    のです。

番組の最後に川久保は、デザイナーとして目指していることを語っています。少し長くなりますが、彼
女が本音を語った数少ない言葉なので引用します。

    皆さん疲れているから、もう少し精神的にクリーンなもの、人間の原点というか、分かり易く
    言えばエスニック的な物とか、もう少し地に足を付けて、その辺にある精神性のようなものを
    言いたかった。精神的な意味でのエスニック。その言葉をどのように形にしてゆくのか。パタ
    ーナーは考えてゆく。
    パターナーには生地をぎりぎりまで見せず、最終段階で見せて新鮮な出会いがあり、誰も予想
    しなかった新鮮な美しさが現れる。
    きついけど、続けていれば何かしら役に立つこともあるかしら。生きがいと言えば生きがい。
    みんなが作れないものをつくってやろうという気持ちがある。
    そして、「もっときれいなものはたくさんあるんだ、ということを若い人たちに分かってもらえ
    れば

と将来の若いデザイナーへの期待をも述べています。

実際、2001年に川久保がアントワープで開催した『タブーを超えて』というファッションショーには
川久保を尊敬する6人の若いデザイナーたちが集まりました。彼らは「アントワープ・シックス」と呼ば
れ、次世代のファッション界の将来を担いつつあります。

最後に、筆者自身が川久保の「革命」がどんな意味を持つのかを私の見解として書いておきます。

その「革命」とは簡単にいうと、「黒」という色を前面的に使い、服に穴を開けるというタブーを意図的に
破ること、男性性、女性性という既存の固定観念をこわすこと、服と体の関係を問い直すこと、などなど
です。

ゴルチエがいうように、川久保が登場する以前、ヨーロッパのファッションは伝統的で退屈だった。つま
り、もう新しいものが出てこない停滞状態だった。

そこに突然、中世以来数百年にわたって築き上げてきたヨーロッパのファッションのルール(約束事、
固定観念)を、川久保が根こそぎ壊してくれた。それによってはじめて、ヨーロッパのファッションが新
たな方向に動き出す道を開くことができたのです。

私は、ファッションとはたんに服装の問題ではなく、その時・その社会の文化や社会状況の一端を反映す
る非常に重要な指標だと考えています。したがって、ヨーロッパのファッションが停滞していることは、
同時に文化・社会も停滞していたと言えます。

この意味で、川久保は本当の意味で革命家であり、ヨーロッパのファッション界と文化・社会にとっては
救世主であったと思います。

(注1)川久保の経歴とファッションとの出会いについては、ブランドコラム MODESCAPE 2023年8
    月30日 https://www.modescape.com/magazine/kawakubo-rei.html
    そのほか川久保のファッションについては
    BOGUE JAPAN https://www.vogue.co.jp/tag/kawakubo-rei
    コブドレス https://kld-c.jp/blog/body-meets-dress/
    BOGUE JAPAN https://www.vogue.co.jp/fashion/article/truth-to-power-rei-kawakubo-interview 。
    Youtube https://www.youtube.com/watch?v=UOT_hS3t9qs
    『美術手帳』(2017.2.22)https://bijutsutecho.com/magazine/news/exhibition/2161
    『COMME des GARÇONS PARIS COLLECTION PART-1 1986-87 A/W〜1991S/S コムデギャルソン
     パリコレクション パリコレ』など多数あります。 


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ファッション界の革命家たち(1)―桂由美のホワイトデビュ―論―

2024-05-14 07:59:41 | 思想・文化
ファッション界の革命家たち(1)
―桂由美のホワイトデビュ―論―

筆者はこのブログで、2014年5月に三回にわたってファッションについて書きまし
た(注1)。そこでは、ファッションとは何か、現在のファッション状況など一般
的な説明をしました。

今回は視点を変えて、ファッション界に革命をもたらした日本人デザイナーと
して桂由美氏(以下敬称略)と川久保玲氏(以下敬称略)に焦点を当てます。

上記二人のデザイナーは、それまでになかった新たな世界を切り開きました。こ
こ意味で私は、彼らをファッション界の革命家と呼んで差し支えないと考えます。
今回はまず桂由美を取り上げ、彼女がどんな革命を日本と世界にもたら
したのかを考えてみたいと思います。

ファッションは、私の授業の中でも大きな比重を占めるテーマでした。その中で
桂由美という存在は気にはなっていましたが、白のウェディングドレスのデザイ
ナーという認識しかありませんでした。

ところが、桂由美が今年4月26日に亡くなったとの訃報が突然飛び込んできま
した(享年94歳)。改めて彼女の仕事や業績を知りたくなりました。

そんな折、5月3日NHKBSで放送された『桂 由美―幸せを呼ぶ“純白”のド
レス―』という特別番組を見て、自分の理解がとても浅かったことを恥じる思い
でした。

桂由美には白いドレス、特にウェディングドレスにこだわる確固たる思想があっ
たのです。以下に、彼女自身が語った言葉を、できるだけ忠実に再現して引用し
ます(文章として必ずしも完結していない場合も多い)。

桂由美は白にこだわる理由を次のように語ります。

    白っていうのはすべての出発点で、何にでもなるわけですね・・・こ
    れから。だから、人生にたとえれば 水色の人生になるのか 赤の人
    生になるのか 黒の人生になるのか そこから歴史が始まるのですか
    ら、(白は)いわゆるデビューの色なので、どこの国でも赤ちゃんが生
    まれた時白の産着を着せるんですよ。何色の人生を送るかわからない
    ですからね。

桂由美によれば“白”は、全ての色がそこから始まる出発点であり、それは人生
においても、これから新たに始まる出発点、いわばデビューを意味しているの
です。

なかでも、結婚というのは特別な人生の出発点で、そこで着るウェディングド
レスはもっとも重要な意味を持っています。その思いを桂由美は次のように語
っています。

    愛する人のためにきれいになりたいという気持ちが・・・。ほんとに
    ウェディングに向かって(女性は)美しくなって行くでしょ。美しく
    なるために私たちはお手伝いをしている。結婚式という最高のハイラ
    イトの時には一番その人が美しく見えるようにしてあげたい。

桂由美といえば“ウェディングドレス・デザイナー”と言われるほどがウェディ
ングドレスに力を入れてきた背景にはこのような思いがあったからです。

白という色に特別な意味を付与したのは桂由美のオリジナルな価値観ですが、
ウェディングドレスのような優美で華やかな、つまりエレガントな衣装に傾倒
していったことには、彼女の経歴が大きく影響していると思われます(注2)。

桂由美の服装とのかかわりは、共立大学卒業後しばらく母親が経営していた洋
裁学校の教師からスタートしました。

その後、最先端のファッションを学ぼうとパリに留学しました。その時の体験
が後の原動力となったようです。彼女は留学時代の体験を以下のように振り返
ります。

    そのころのフランスの女性はみんなそうだけど、なんにでも「エレガ
    ンス」を求めた。何かやると、「あんたエレガントじゃない」と言われ
    た。動作であろうと、言葉使いであろうと、作品であろうと。
    作品はもちろんですよ。作品を見て縫っていたら「エレガントじゃな
    い」ってすぐに言われるしね。

ここで「エレガント」とは、エレガンスの形容詞形でm“上品で優美”というほ
どの意味でしょうか。

帰国後、1965年に国内初のブライダル専門店を東京にオープンしました。
桂由美にとってそれは、日本人の女性を美しくエレガントにするためでした。

当時、日本人の結婚式の衣装の97%は和装でした。このような状況の中で桂
由美はもっとエレガントで女性が輝くウェディングドレスを着てほしいとの思
いを募らせていました。

1960年代、日本の女性たちは控えめなドレスを好んでいました。桂由美は
過度の露出のないシンプルなウェディングドレスを提案しました。

1970年代、個人の存在が重視され始めると、女性たちはドレスに可愛らし
さを求めるようになり、ウェディングドレスもそれに合わせたものを提供しま
した。

1980年代にはロマンティックさを強調するドレスを提案しました。

そして1990年代。女性たちが体の美しさを主張できるようになった時代。
桂由美は胸元を大きく開けて女性そのものの美しさを引き立てるウェディング
ドレスを提供しました。

プレ=タ=ポルテのウェディングドレス

出典 https://www.yumikatsura.com/

2010年代以降、女性の社会進出が当たり前になり、結婚する年代も上がっ
てきました。そこで、経験を重ねた女性がもつ落ち着きと品の良さを前面に出
す、シンプルでエレガントなウェディングドレスを発表しました(注3)。

このように、桂由美は時代に合わせてウェディングドレスを作ってきたのです。
しかし、どの時代も思いは一つでした。それは、「誰でも美しくする」という桂
由美の信念でした。

オート=クチュールのウェディングドレス

出典 https://www.yumikatsura.com/

ただし桂由美は、新たな出発は結婚式だけでなく、人生のいくつもの節目に当
たってそれぞれぞれの新たな出発があるのだから、その時々の女性の前向きな
生き方を「白」で表そうと考えました。

彼女は、一つ一つの節目、新たな出発点を「ホワイト デビュー」と呼びます。

この考えは、「55th Anniversary 2020YUMIKATSURA GRAND COLLECTION
IN TOKYO」(2020 02.18 The Okura Tokyo)というファッションショ
ーで全面展開しました。

ファッションショーのテーマは「ブリリアント ホワイト デビュー」つまり、
輝ける新たな人生への出発。このショーを東京ブライダルコレクションのハイラ
イトにしました。
-
その構想について彼女は以下のように語ります。

    今度のショーもウェディングドレスに白を着るというのは、第二の人生
    の出発点だから白を着るので、そしたら第一の人生は誕生だから、誕生
    から七五三、成人式、結婚式、女性が仕事を始める起業をする。これか
    ら女の社長になるという時は白で皆さんにご挨拶したらどうですか?そ
    の時の白の装いはこういうデザインがいいんですよ、というのを出そう
    と思っていて・・・。

そして、結婚式にかんしては、結婚15年目のクリスタル結婚式、30年目のパ
ール結婚式、55年のエメラルド結婚式の装いを白いドレスを着て行うという構
想でした。

つまり、それぞれの結婚記念日が新たな人生の出発(ホワイトデビュー)で、そ
れを桂由美は白いドレスで祝福し応援しようとしているのです。

2020年に実施された「ブリリアント ホワイト デビュー」のファッション
ショーでは、誕生からエメラルド結婚式までを、有名人やタレントを動員して実
際にドレスを着てランウェイを歩いてもらいました。

ところで私たちにはファションショーで発表されるドレスがどのように生み出さ
れてくるのかという舞台裏はほとんど分かりません。

上記のショーのために桂由美は、担当デザイナーに、それぞれの年齢層に合った
ドレスを制作するよう指示しましたが、桂由美はそれにどのようにかかわるのか、
その制作過程の一端を二、三の例で見てみましょう。

桂由美は「株式会社ユミカツラインターナショナル」のオーナーであり経営者で
す。会社には桂由美の他に4人のデザイナーと、さらにパターナーや縫製スタッ
フなど総勢150人ほどがいます。

最初に、桂由美がドレスの基本的なアイディア(しばしば抽象的な言葉)を出し、
それをデザイナーやパターナーが具体的な形にしてゆきます。

この場合、4人のデザイナーとパターナーの役割分担がどうなっているのか分かり
ませんが、次回に紹介する川久保玲の場合は、デザイナーは川久保玲1人で、パタ
ーナーが具体的な作業を行います。

「ブリリアント ホワイト デビュー」のコレクションの場合、四人のデザイナー
のうち飯野さんという方が担当者デザイナーに任命されました。

桂由美は自分のアイディアを抽象的な言葉で担当デザイナーの飯野さんに伝えます。
すると、飯野さんは抽象的な言葉を形にするためのデザイン画を描き上げます。

映像には説明がありませんが、そのデザイン画に基づいて、パターナーが製図を描
き布を型に裁断し、それを縫製スタッフが縫い上げる、という流れになっていたと
思われます。

その過程で桂由美とデザイナーの飯野さんとは何度も話し合いが行われました。

たとえば成人式のドレスに関して桂由美は、華やかさではなく、スポーティブさ
(躍動感)を強調するよう飯野さんに伝えました。飯野さんはそれをスカートに多
くのプリーツを付け躍動感を表現しようとしました。

「起業」した女性のウェディングドレスの場合、桂由美は自立した女性であること
を強調し、男性と同じパンツ・スタイルを求めました。ただしその際にも華やかさ
をも同時に表現するよう注文を付けました。

そうした指示を受けて飯野さんは、凛とした強さを強調しながらも女性のもつしな
やかさと柔らかさをパンツの裾の広がりで表現しました。

桂由美が特にこだわったのは、自らの名前を冠した「ローズユミ」という品種の白
バラの花(注4)と花びらをデザイン化した、純白のウェディングドレスでした。
このドレスにかんしては、飯野さんに何回もだめだしをして改良して完成にこぎつ
けました。

以上、ごく簡単に桂由美のファッションの世界について説明してきました。では、
改めて桂由美のどこが革命だったのでしょうか? 以下は私の個人的な見解です。

桂由美はファッション界において少なくとも三つの革命を行ったと考えます。

革命の一つは、結婚式といえば圧倒的に和装であった1960年代の日本に、ヨ
ーロッパのウェディングドレスを持ち込み、普及させたことです。

この背景には、レンタル用のウェディングドレスは福井の工場で作られ、およそ
1000着が全国のレンタル会社に送られるという経営手法が大きな成果を生み
出しています。

これは桂由美が確立したブライダル産業の成功例で、彼女の優れた経営能力を示
しています。このビジネスモデルもやはり革命なのかもしれません。

革命の二つは、「白」という色に人生や物事の出発点、つまり「デビュー」、とい
う意味を付け加えたことです。

従来、女性の美しさは赤やピンクなどの明るい色で表現することが一般的でした
が、桂由美は白こそエレガントで女性の美しさと前向きな生き方を表現する色で
ある、という新しい意味づけと思想をファッションに付与しました。これは、
ファッションにおける革命といっていいと思います。

革命の三つは、女性の人生にはいくつもの節目があり、その節目の一つ一つを新
たな人生が始まる出発点と捉え、それを白のドレスで祝うという発想をファッシ
ョン界に持ち込んだことです。

つまり、女性の新たな出発を結婚式という一時のイベントで終わらせるのではな
く、一生を通して繰り返し「ホワイト レビュー」をして前向きな人生を送って
欲しいという願いを、白のドレスで表現したのです。

「誰でも美しくする」という信念をもつ桂さんですが、皮肉なことにご自分の結
婚式には純白のドレスを着ませんでした。

その理由を
    それはやっぱりコンプレックスですよ。主人(義人)に「ウェディング
    ドレスは着ないよ」と言ったら
    「うん そうだよな」と。「お前はデブだから白(のドレス)は着ない方
    がいいよ」って。

番組では、自分にウェディングドレスは似合わないというコンプレックスが「誰
でも美しくする」という、桂由美の原動力の一つになっていたのではないか、と
解説しています。

桂由美のドレスは国内だけでなく、海外でも「YUMIKATSURA」ブラン
ドとして、とりわ「ユミ・ライン」と呼ばれる、女性のプロポーションを美しく
見せるデザインのドレスが高く評価されています。

ただ、彼女は日本の着物ほど美しい民族服は世界にないと考えており、和と洋の
融合ができないかと年中考えている、と語っています。実際、彼女は日本の伝統
美の一つである友禅染の魅力をドレスに融合して世界に発してきました。

和洋の融合は、桂由美以外にも、川久保玲そのほか何人かの日本人デザイナーが
挑戦しており、このような試みは日本発のデザインとして世界に固有な美を提示
できる分野です。

次回は、桂由美とはある意味で対照的なファッション界の革命家、川久保玲を取
り上げます。



(注1) これらの記事は以下のサイトで読むことができます。
一回目 2014年5月17日https://blog.goo.ne.jp/xbigtreex/e/e73bd4b617e0718481a8953e93fb12a3
二回目 2014年5月24日https://blog.goo.ne.jp/xbigtreex/e/e39b2b6d9f3627e81c32a47ab70548c8
三回目 2014年5月31日 https://blog.goo.ne.jp/xbigtreex/m/201405
(注2) 桂由美の経歴にかんしては YUMI KAYSURA OFFICIAL WEBSITE https://www.yumikatsura.com/
および ウィキペディア 「桂由美」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%82%E7%94%B1%E7%BE%8E を参照。
(注3) 桂由美のファッション・ドレスのいくつかは、上記(注2)の公式ウェッブページのほか、
     youtube の「桂由美」で検索すれば見ることができます。 
(注4)この品種のバラは実際に千葉県八千代市の「京成バラ園」にあり、桂由美は毎年春と秋にここを訪れます。
    番組の冒頭で、彼女が「ローズユミ」を見に来たシーンが映し出されます。






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八代亜紀 突然の訃報―優れた表現者が逝く―

2024-01-11 11:06:45 | 思想・文化
八代亜紀 突然の訃報―優れた表現者が逝く―

2024年1月9日、歌手の八代亜紀さんが2023年12月30日に死去したとの
ニュースが唐突に流れてきました。

八代亜紀は1950年熊本県八代市生まれ(本名 橋本明代)享年73歳でした。

わたしの最初の反応は、“え! 本当? なぜ?”というショックでした。それ
ほど八代さんの死は突然でした。

所属事務所によると、八代さんは2023年9月に膠原病の一種で指定難病である
抗MDA5抗体陽性皮膚筋炎と急速進行性間質性肺炎を発症し、入院・治療を
続けていたという。

膠原病は自己免疫疾患の一つで、原因も治療法も確立していない指定難病です。

テレビ『徹子の部屋』の追悼番組で、昨年3月に八代さんが登場した時の映像
を見ると、八代さんはまだ元気で100歳まで生きて歌ってゆくと言っていま
した。

それから9か月後に亡くなるとは到底考えられない様子でした。おそらく本人
も、死については全く考えていなかったと思います。それだけ病気の進行は早
く激烈だったのでしょう。

八代さんの病状についてほとんどの人は知らなかったので、多くの人は私と同
様ただただショックを受けたのではないでしょうか?

私は八代さんの大ファンで、以前鹿児島へ調査に行った折、八代さんの故郷で
ある熊本県八代市までわざわざ足を伸ばして町の中を散策してきたほどです。

それだけに、今回の訃報は私にとって非常にショックでした。

私は八代亜紀さんの、女性としては低音でハスキーで深みがあり、そして説得
力のある歌がとても好きで、じっくりと聞き入ってしまいます。

しかも、「演歌の女王」と言われながらも、ジャズもブルースも歌う多彩な面
を持っています。これも、多くの人を惹きつける魅力の源泉にもなっています。

面白いのは、東日本大震災の余波がまだ漂っていた2012年の8月「真夏の夜の
JAZZ IN HAYAMA 2012」に、何と八代さんは臆することなく堂々と出
演して演歌を歌ったことでした。

八代亜紀の歌そのものについては個人的な好みの問題もあるので、ここでは、
もう少し人間・八代亜紀について書きたいと思います。

実は、私は八代さんの話を生の声で聞いたことがあります。それは、私が所
属していた学部の「市民講座」で八代さんを呼んだ時です。

この時は学部の担当教授(鉄道好きで著作もある)との対談という形でした。
この対談は、東日本大震災の2年後くらいだったと思います。

八代さんが、東北の復興のためには何が必要でしょうか、と問いかけ、その教
授は、まずは鉄道の復旧でしょう、と答えました。

それを聞いた八代さんは即座に、“それでは、(JR東日本)の社長さんに会い
に行って頼みましょう”と言ったのです。

この発言には私も驚きました。もちろん八代さんは、たとえ社長に頼んでもす
ぐに復旧できるわけがないことは承知の上ですが、この発言は、彼女の積極的
にかかわろうとする姿勢や行動力を見事に表しています。

八代さんは東日本大震災のあと、被災地に畳数千枚(といわれている)をトラ
ックで運んで寄付しました。

これは、出身地の熊本県八代地域の「イ草」(畳表の材料となる)が特産物だ
からでしょう。

決断力と行動力という意味では、八代さんが歌手への道を歩んだ過程にもあら
われています。

よく知られているように、彼女はバスガイドになれば、歌を歌うことができる
から、という思いから中学を卒業すると地元のバス会社のバスガイドとして働
きました。

しかし実態は歌を歌う機会はほとんどなく、結局3か月で退社してしまいます。

ただ、その間、八代亜紀は親に内緒でキャバレーで歌を歌っていましたが、ふ
としたことで親に分かってしまい、ひどく叱られてしまいました。

そこで、八代さんは熊本と実家に見切りをつけて上京します。東京では親戚の
家に世話になり、新宿で歌える喫茶店でアルバイトをしながら音楽学院で歌の
勉強をしました。

親はもとより周囲の反対を押し切って、15~16歳の少女が一人で上京する、
という行動も彼女の決断力と行動力、そして逞しさを示しています。

上京後、18歳のころ銀座のクラブで歌うようになりました。当時を振り返っ
て『徹子の部屋』で、彼女はクラブ歌手になることが夢だったと語っています。

当時は演歌ではなくスタンダード・ナンバーを歌っていたようです。

上に述べた大学での「市民講座」で彼女は、クラブ歌手をしていた時に見聞き
した、こんなエピソードを語ってくれました。

“クラブの給料日になると、出口のところに男の人が待っていて、ホステスさん
たちが、お金を渡しているんです、”と。

八代さんはその時、当然のようにお金を受け取る男性も、お金をわたすホステ
スさんたちも非難するでもなく、淡々と、しかし“ある種の感情を込めて”語り
ました。

八代さん何も言いませんでしたが、おそらく二十歳前後の女性として、理不尽
といえば理不尽な、それでいて切っても切れない男と女の関係のありように、
何とも言えない複雑な気持ちを抱いていたことは間違いありません。

こうした経験は、本人が意識すると否とにかかわらず、八代亜紀の歌の世界に
滲み込んでいったのではないか、と私は思います。

八代亜紀の歌の世界について、彼女が語っていた、とても印象に残る言葉があ
ります。

私は美しい日本語を大切にしたいんです。「ほかの言葉に翻訳できない、独特
な日本語の美しさ」を歌いたいんですと言ったあとで、たとえば(『舟唄』に
出てくる)“しみじみ飲めば しみじみと”という部分の“しみじみ”という言葉は、
日本語と日本人独特の表現なんです、と例を示してくれました。

これ以後私は、歌の中に現れた、日本語にしかない、ほかの言語に翻訳できな
い独特の表現に注意するようになりました。

ここに、演歌・歌謡曲と、J-POPとの分かれ目があるような気がします。

最後に、八代亜紀のボランティア活動に触れておきます。

東日本大震災の時、畳を送ったことは上にのべましたが、被災地への慰問や
募金集めなどの活動も続けていました。

八代さんがボランティア活動を始めたのはこれよりずっと早く、『なみだ恋』の
レコード売り上げが120万枚の大ヒット曲となった1973年に、社会へのお礼を
しなければ、との思いから、彼女は少年院への訪問を始めました。

そして1981年からは女子刑務所への慰問・公演を始めていました。

八代さんの所属事務所が発表した追悼文には、
    代弁者として歌を歌い、表現者として絵を描くことを愛し続けた人生の
    中で、常に大切にしていた言葉は「ありがとう」だった。「一人では何
    も出来ない、支えてくれる周りの皆様に感謝を」という両親からの教え
    を体現し続け、療養中も傍で支えるスタッフや医療従事者に「みんなあ
    りがとう」と感謝を伝え、「最期まで八代亜紀らしい人柄が滲み出てお
    りました」と伝えた。

ご冥福をお祈りします。

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生成AI(チャットGPT)万能か?(2)―思考の深化と責任に関する哲学的課題―

2023-07-30 13:23:11 | 思想・文化
生成AI(チャットGPT)万能か?(2)
―思考の深化と責任に関する哲学的課題―

前回も書いたように、「チャットGPT」のような生成AIは、使い方によっては
便利な道具で、特に定型的な文章作成には大きな助けになるかもしれません。

そこでは、すでにインターネット上に登場し蓄積された代表的かつ多数派の文書を
選んで質問の対応しそうな文章を作成することになります。

したがって、生成AIは決して「無」から「有」を生み出してくれるわけではあり
ませんし、本来の意味での「個性」は発揮できません。

それでも、さまざまな試みが行われています。例えば埼玉県白岡市では、生成AI
の有効性を試す実験をNTT東日本の協力の下で行いました。

その結果、「1週間の給食の献立を作って、と頼んだらカロリー表示までされてす
ごいと思ったが、どこまで正しいか専門家に検討してもらう必要がありそうだ」と
いった感想が出されたそうだ。

この場合、一応のたたき台はできたが、はたしてそれがそのまま実際に使えるかど
うかは、専門家にいちいち検討してもらう必要があります(注1)。

また、教育現場で、生成AIを導入すべきか、あるいはもし導入する場合どのよう
に使うかも、まだ検討と実験の段階です(注2)。

私は、現段階では、学校教育に生成AIを通常の教育課程の中に取り入れることに
は賛成ではありません。

それは、AIを通じて得られた文章なり情報の真偽や、AIに常に多数派の見解が
反映されがちなAIが生徒の個性や自分で考えること(思索すること)を抑制して
しまうのではないか、という根本的な問題があるからです。

また、米マイクロソフト社はチャットGPTの技本技術をデジタル庁に提供するこ
とになり、政府は国会での答弁書などの下書きや議事録の作成に活用することを考
えているようです(注3)。

しかし、これも、従来の答弁を形式的な答弁書にしてしまい、その時々の状況に応
じた適切な答弁は減ってしまう可能性があります。議事録に至っては、AIの助け
を借りることは全く筋が違います。

以上は、どちらかと言えば、公的な場面での生成AIの利用に関する問題ですが、
前回触れたように、もっと根本的な問題として哲学の立場から生成AIはどのよう
に評価されているのかを、三人の哲学者の見解を紹介する中で考えてみましょう。

一人目はプラトン研究の第一人者、納富信留東京大学教授(58)で、前回の記事
で紹介したように、チャットGPTを「対話型AI」と日本語に訳したのが間違い
だと言います。

欧米ではたんなる言葉のやり取りは「会話」(conversation カンバセーション)と
言い、「対話」は(dialogue ダイアローグ)と言い、チャットGPTのような生
成AIにたいしてこの言葉は使わないそうです。

彼によれば会話と対話は似て非なるもの。対話とは「完全に対等な者同士が、言葉
と言葉で自分の意見をぶつけ合う。人と人、あるいは心と心、魂と魂で交わすもの」
と定義する。

納富教授は、「国会での党首討論や質疑は形式的で、首相や大臣はカンペを読んで
同じことを繰り返し、対話に見えたことは一度もない」ことを憂慮します。

「民主主義は対話と同じ。辛抱が必要でつらいし、時間もかかる」。しかし、「それ
を諦めたら独裁者が誕生し、自由がない社会になることもあり得る」と警鐘を鳴らす。

また最近のSNSに書かれた記事は相手に対する尊敬や深い思慮が見られず、言葉の
重みが軽んじられていることは深刻だ、とも述べています。

「民主主義を維持していくためには、自立した主権者として意見を持たなくてはいけ
ない。でも、すぐには理想的な姿になれない。日々、人と議論してこそ、自分の考え
や立場が決まる」。そして、彼は、念を押した。対話がないと民主主義は成り立たな
い、そして、真の対話は、AIへの問い掛けからは生まれない、というのが彼の生成AI
への評価です(注4)。

つぎに、関西外国語大学の戸谷洋志准教授(哲学)の生成AI(チャトGPT)に対して一
番疑念していることは、人間の意思や主体性が強く問われていた分野で生成AIが活用さ
れる時、私たちが前提とする社会のあり方そのものが形を変えてしまう可能性が大いに
ある、という点です。

たとえば政治の場は、政治家が自分の責任や意思で発言することが求められます。私た
ちが生きている社会で、最も強く責任が問われる空間といえるでしょう。そういう場で
今年3月、野党議員がチャットGPTを使って首相に質問する一幕がありました。

また今年の5月には東京大学で、チャットGPTを裁判官役とする模擬裁判のイベントが
ありました。

これらはいずれも問題提起を含んだ思考実験としてなされたと思われますが、政治や司
法といった、人間の責任が強く求められている分野でAIの使用が考えられ始めているこ
とは事実です。

戸谷氏は、人間の代わりにAIに意思決定をさせたいという欲望が、少なくともこの国
には強くあるように感じたと言います。

もし、AIが意思決定に関わると、社会はどうなるのかを、戸谷氏は司法を例に問題を
提起しています。

現状のシステムでは、罪を犯した本人が何を理解し、どういう動機で行動したのかが重
要視されています。ところがAIが人間に代わって裁判をすれば、こういう罪を犯した場
合はこういう動機である可能性が高いから、これくらいの量刑にする、といった統計的
な情報によって決定すると思います。

問題は、こうして到達した決定は、無数の1次資料の集積に過ぎないのに、そういった形
で、裁く側も裁かれる側も責任が問われなくなっていく。あたかも害虫が駆除されるかの
ように、人間が裁かれてしまうのです。

それ自体の何が問題かを倫理学的に答えるのは難しいことですが、それでも考えなければ
ならないのは、司法や政治をAIが代替するようになれば、人間を「自由な意思の主体」と
みなせるかということです。つまり、ある種の人間観を変化させてしまうかもしれないの
です。

こうなると、人間は自分で考え、自分の意志で判断し、その代わり自分でその決断に責任
を負うこともなく、誰がどのように責任を取るかが問われなくなります。

ここで、さらに重要なことは、AIが出してくる答えは、すでに蓄積されている多数派の
見解から導き出されてくるので、同じような結論がずっと繰り返し続くことです。

最後に、ドイツの哲学者、マルクス・ガブリエルの見解を見てみましょう。

彼は、AIは人間の頭脳を超えることはできないが、恐ろしいのは、チャットGPTを使っ
たり、インターネットに接続したりする時間が増えることだ、と言います。

限られた世の中の捉え方しかできないデジタルの枠組みに、私たち自身が絡め取られてし
まう危うさを訴えます。

AIは人間を模倣しているが、そのAIから逆に影響を受けることで、「私たち自身の思考が
『モデルのモデル』になろうとしている」と、指摘しています。

ガブリエル氏はこれまでも、SNSがもたらす言論のゆがみや、個人データを利用した巨大
IT企業のビジネスモデルの弊害、国家によるデジタル監視の強化などに苦言を呈してきま
した。

そうした主張の根底には、物質的、数学的な思考のみを正しいとする「科学主義」への強
い懐疑があるからです。

科学への過信が、本来は数学的には解明できない人間性への問いを矮小(わいしょう)化
し、倫理なきテクノロジーの進歩をもたらしたとする考えだ。

ガブリエル氏は「数学的、科学的な説明こそが社会や人間の行動を構造的に解き明かす最
善の方法だという考えは歴史上最悪のものだ」と強調した。

また彼は、デジタルテクノロジーと「社会全体を(組織化、効率化し)数学的にコントロ
ールしようとする官僚主義的な悪」との関連性についても言及しています。

最終的に彼は、「私たちは文書や写真などの情報をデジタル化するだけでなく、社会をデ
ジタル化し始め」、デジタル化された「第二の現実」が、これまで私たちが生きてきた現
実を侵食することにより、「社会の構造が根本的に変わりつつある」ことに強い懸念を示
しました(注7)。

こうした問題も懸念抱えつつ、私たちはすでにSNSやさまざまな検索アプリから必要な
情報を得ることに慣れてしまっていますが、一度立ち止まって考える必要がありそうです。

私個人としては、今のところチャットGPTのような生成AIを利用する考えはありませ
んが、その行く末はしっかりと見つめてゆこうと思います。

(注1)毎日新聞 2023/7/8 
     https://mainichi.jp/articles/20230708/ddl/k11/010/034000c
(注2)NHK解説委員室(電子版) 2023年07月13日 (木) 
     https://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/485699.html
(注3)『日経新聞』(デジタル版 2023年2023年7月27日 2:00)
     https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA25DE00V20C23A7000000/
(注4)『毎日新聞』(電子版 2023/7/13) 
     https://mainichi.jp/articles/20230713/dde/012/040/013000c
(注5)『毎日新聞』(電子版 2023/6/4 07:00(最終更新 6/4 08:50)
     https://mainichi.jp/articles/20230602/k00/00m/040/342000c?utm_source=article&utm_medium
     =email&utm_campaign=mailyu&utm_content=20230604
(注6)『毎日新聞』(電子版 2023/6/4 07:00(最終更新 6/4 08:50)
     https://mainichi.jp/articles/20230602/k00/00m/040/342000c?utm_source=article&utm_
     medium=email&utm_campaign=mailyu&utm_content=20230604
(注7)『毎日新聞』(電子版 2023/7/10 17:00 最終更新 7/11 11:05)
     https://mainichi.jp/articles/20230708/k00/00m/300/052000c

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生成AI(チャットGPT)は万能か?(1)―有効性と限界―

2023-07-19 14:19:09 | 思想・文化
生成AI(チャットGPT)は万能か?(1)
―有効性と限界―

今や、日本では世を挙げてデジタル化を叫び、デジタル化に乗り遅れた国も個人も、もはや
生き残ることはできない、といわんばかりの勢いです。

昨今、問題となっているマイナンバーカードなども、デジタル化の波に乗り遅れるな、とい
う政府の目玉施策となっています。

マイナカード制度で、個人のあらゆるデータ(これには思想傾向なども含まれる)を政府が
管理し個人の監視を容易にしようとする意図さえ感じられます。

デジタル化は確かに膨大な情報を保管・管理し、好きな時に好きな情報を取り出せるという
意味で、紙の印刷物に比べて扱いの便利さと効率の良さは比較になり
ません。

ただ、同じデジタル化でも、最近話題となっている生成AIと、googleやyahooなどの従来
型の検索アプリとでは大きな違いがあります。

Googleなりyahoo で知りたい事柄を入力して検索すると、これらの検索サイトが蓄積して
いる膨大な情報の倉庫から、答えを引き出して提示してくれます。

この場合、“Aとは何か”という問い掛けに “Aとはこういうもの”というふうに、あたかも
辞書で言葉の意味を調べるのと同じです。

ここには既に蓄えてある情報の中から瞬時に取り出してくる、というデジタル化のメリッ
トとしては、最も初歩的なものです。

これに対して生成AI(対話型人工知能)は、単に情報を保管・管理するだけでなく、蓄
積した情報を動員して加工して新たな答えを導き出してくれます。

その代表的なアプリケーションが「チャットGPT」です。これは「OpenAI社」が2022
年11月に公開した人工知能チャットポット(自動会話プログラム)原語はGenerative Pre-
trained Transformerとは、「生成可能な事前学習済み変換器」という意味です。

「チャットGPT」の場合、たとえば“戦争とは”と戦争の言葉の意味を問うのではなく、
“戦争はなぜ悪なのですか”という問いかけができます。

それに対して、コンピュータはこうした問いに関する過去の議論のデータ(つまり事前学
習済みデータ)の中から適宜取り出してきて、答えを生成してくれます。

これが人とコンピュータとの間で交わされる対話(「チャット」)という機能です。

さらに、生成可能(generative)という点では、“夕暮れのわびしい気分を謳った歌詞を書い
て”と問いかければ、それらしい歌詞の作詞をしてくれるし、脚本についても、希望の場
面などをいくつか与えてストーリーの作成を指示すれば脚本を書いてくれます。

これらは全て、過去の文章や音楽を事前に読み込ませ、それらを組み合わせて新たなま
とまった文字情報を生成したものです。

文字情報だけでなく、一旦、誰かの姿をスキャンする(デジタル情報として取り込む)
と、それを映像AIで加工してさまざまな人の姿に加工して動かすことができます。

あるいは絵画でも、「朝日に輝く山なみ」と指示したり、一面の菜の花畑、と指示す
ればそれなりの絵を描いてくれます。

人間の要請にたいしてAI(人工知能)が答えてくれるこうした機能をもったプログ
ラムを「対話型」のプログラムと呼び、その代表が「チャットGPT」です。

多様な機能を持つチャットGPTは、夢のツールで、これによりなんでもできてしま
うような幻想を与えます。しかし、実際には多くの問題を抱えています。

まず、このプログラムは、すでに誰かが作成した文章、映像、音楽などをもとにして
いるので、「無」から「有」を生み出しているわけではありません。

したがって、そこには原作者の著作権が存在しますが、チャットGPTはそれを無視
しています。

ヨーロッパでは、この点にたいする批判が強く、チャットGPTの浸透は大きく制限
されています。

チャットGPTを開発した会社「Open AI社」は盛んに日本への売り込みに来ています
が、これは日本では、欧米のような規制が緩く警戒心が弱いからで、あまり自慢でき
ることではありません。

別の問題としては、AIが作成した「答え」が必ずしも正しいとは限らないので、こ
れを利用するためには、利用者は再度、自ら内容が正しいかどうかを検証しなければ
なりません。

このアプリを使って意図的にフェイク(間違った)ニュースや記事が簡単にできてし
まうことです。

山口真一・国際大学GLOCOM准教授によれば、さらに問題なのは、フェイクニュー
ス(嘘のニュース)を誰でも大量に作れるようになるので、「世論工作の民主化」
が起きてしまう可能性があるのです。。

例えば、バイデン大統領の顔と声をデジタル情報として取り込み、その映像に合わせ
て何らかの誤った情報を語らせる、というのは簡単にできてしまいます。

欧米では、チャットGPTがもたらす可能性がある問題(フェイクニュースや著作権
の侵害、肖像権の侵害)に対する警戒心が強く、その法的な規制に関する議論が行わ
れています。

しかし、日本では「チャットGPT」にたいする警戒心も規制も弱いので、Open AI
社は、社長自ら訪日して盛んに売り込みをおこなっています。

そして、現在事実上、ほとんど規制がないまま、日本ではデジタル化に乗り遅れるな、
と言わんばかりに、政府、企業、自治体、学校、個人で、チャットGPTをどのよう
に活用しようかと熱心に検討が進められています。

その多くは、ある程度定型化された文書作成の下書きとして利用することです。また、
簡単なプログラミングの作成の場合、所要時間が大幅に短縮できることが期待されて
います。

ただし現在はまだ実験的な段階で、チャットGTPがどの程度有効になりえるかは、
まだ結論が出ていません。ただ、これに対する問題点は、上に述べたもの以外にもい
くつか指摘されています。

“この問題をどのように解決すべきか”、という質問をしたとします。この時、生成AI
は、質問者がどんな人物か、誰であるかを知らない。したがって、当然のことながら、
それぞれの個々の状況に応じた具体的なアドバイスを提供することはできまません。

このため、結局、AIの返答は通常のマスメディアの平凡な答えと同じ、一般常識的
かつ多数派の意見を反映したものになってしまう。これは、「チャットGPT」が抱
える限界です。

また、「日本国憲法第9条は必要か?」といった具体的な問題についても、AIが多
角的な視点を提供することは保証されていません。

AIの技術的な問題とは別に、このようなメディアの登場は果たして、多様な考え方
や少数意見の尊重が前提になっている民主主義社会にどのような影響を与えるのだろ
うか、という問題もある。

我われはまだ手探り状態であり、この問題に対する答えを見いだすことができないで
います。

野口悠紀雄(一橋大学名誉教授)は、生成系AIが人類に投げ掛けた最も大きな問題は、
このことだろう、と述べています(注3)。

プラトン研究の一人者の哲学者、納富信留東大教授は『対話篇』を念頭に、そもそも
「チャットGPT」を「対話」型AIとする日本語が間違っているという。

彼によれば、対話型AIの説明では、人とコンピューターとの会話を人同士の会話に近
いものにするための技術ということになっているが、それは似て非なるもの。対話と
は「完全に対等な者同士が、言葉と言葉で自分の意見をぶつけ合う、人と人、あるい
は心と心、魂と魂で交わすもの」であるという。しかし「チャットGPT」には「会
話」はあるかも知れないが「対話」はない(注4)。

また、関西外国語大英語国際学部准教授(哲学、倫理学)の戸谷洋志氏は、AIがこ
れからどうなるかは分からないが、特にチャットGPTは急速に浸透しているようにも
見えますが、今はまだ使って遊ぶ「おもちゃ」にとどまっています、と明快に述べて
います。

ただし、もしかしたら社会のインフラに関わるような形で使われるようになり、「チ
ャットGPT」がないと我々が生活できないような未来も待っているかもしれません、
と警戒しています

とりわけ彼が問題としているのは、人間に代わって意思決定するような生成AIの活用
した場合の「責任」をどう考えるかという点です。(注5)。

ドイツの哲学者、マルクス・ガブリエル氏は、デジタル化の底流にある数学的思考に
は限界があり、AIが人間の知能を超える可能性には否定的な見方を示した。むしろ、
本当に懸念すべきなのは「テクノロジーが人間らしくなることではなく、テクノロジ
ーを使うことで人間が人間らしさを失うことだ」と指摘した(注6)。

納富し、戸谷氏とガブリエル氏など哲学者の、「チャットGPT」にたいする見解に
ついては、次回、さらに詳しく別途論じたいと思います。

(注1)『毎日新聞』(電子版 プレミア 2023年5月29日)
    https://mainichi.jp/premier/politics/articles/20230526/pol/00m/010/010000c?utm_source=premier&utm_medium=email&utm_campaign=mailhiru&utm_content=20230530
(注2)『毎日新聞』デジタル(2023/6/4 07:00(最終更新 6/408:50)
   https://mainichi.jp/articles/20230602/k00/00m/040/342000c?utm_source=article&utm_medium=email&utm_campaign=mailyu&utm_content=20230604
(注3)『ダイタモンド』online (2023.5.25 4:20) https://diamond.jp/articles/-/32336 
(注4)『毎日新聞』電子版(2023年7月13日)
    https://mainichi.jp/articles/20230713/dde/012/040/013000c
(注5)『毎日新聞』電子版(2023年6月4日 最終更新 6/4 08:50)
    https://mainichi.jp/articles/20230602/k00/00m/040/342000c?utm_source=article&utm_medium=email&utm_campaign=mailyu&utm_content=20230604
(注6)『毎日新聞』電子版(2023年7月10日 最終更新 7/11 11:05)
     https://mainichi.jp/articles/20230708/k00/00m/300/052000c




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史上最年少の「名人」誕生―”宇宙人”藤井聡太の強さの秘密―

2023-06-15 15:27:08 | 思想・文化
史上最年少の「名人」誕生
―”宇宙人”藤井聡太の強さの秘密―


将棋の藤井聡太7冠(以下、敬称略)が最年少で名人のタイトルを奪取し、また将棋界
の歴史を塗り替えました。

藤井についてはこれまでもこのブログで何回か書いてきましたが、今回の名人位奪取は
特別です。

NHK6月5日の『ローズアップ現代』では「最年少名人・七冠 藤井聡太の強さに迫
る」という特集を組みました。

いかに、これも参考しながら、藤井の強さの要因を探手行きたいと思います。

その前に、そもそも「名人」とはどんなタイトルなのか、簡単におさらいしておきまし
ょう。「名人」の歴史は今から400年以上昔の、江戸時代慶長17年(1612年)に一
世名人 初代大橋宗桂が江戸幕府より俸禄を与えられたことに始まる、将棋界では最も古
い、そして格式の高いタイトルです。

将棋界のプロ棋士は4段からで、その構成は一番下のC級2組から始まって、C級1組
→B級2組→B1組→A級と、5クラスあります。

それぞれのクラスから上に上がるには、1年間かけて戦われる順位戦でトップあるいは
同等の成績を残す必要があります。

そしてすべてのクラスでトップを採り続けて昇級を果たしても、最短で5年間でようや
くA級に到達でき(定員10名)、その中で1人だけ名人に挑戦できます。

藤井の場合、4段でプロに合格し、ほぼ毎年昇級し、最短でA級入りし、かつ名人位へ
の挑戦権を得ました。これだけでも、尋常ではありませんが、彼の場合、その間に次々
とタイトルを奪取し続けたことです。

6月1日、名人戦七番勝負第5局で藤井が渡辺明名人に勝ち、4勝1敗で七番勝負を制して
名人位を奪取しました。

20歳10カ月での名人獲得は、谷川浩司十七世名人が1983年に達成した21歳2カ月の最年
少記録を更新する偉業です。

これで、藤井が保持するタイトルは竜王・名人・王位・叡王・棋王・王将・棋聖の7冠
に増え、羽生善治九段が1996年に25歳で成し遂げて以来となる7冠制覇も最年少での
到達となりました。

現在の将棋界は2017年に新タイトルの叡王が加わって8つ存在します。史上初の8冠制
覇まで藤井が残すタイトルは「王座」のみという状況になり、歴史的偉業の実現なる
かと藤井の戦いに熱い視線が注がれています。

現在、現役のプロ棋士は162人いますが、名人は事実上、その頂点に君臨していると
言えます。しかも藤井は、それ以外にも6つのタイトルを保持しているのです。

以上で、藤井がいかに強い棋士であるか、おおよそお分かりいただけたかと思います。
それぞれのタイトルを取ることができるのは1年に一人ですから、
本当に狭き門です。

では、藤井はなぜ、そんなに強いのでしょうか? 誰もが抱くこの疑問に正解がある
わけではありませんが、いくつか考えられることはあります。

第一に、彼は天才の名にふさわしい天性の頭の良さです。そう言ってしまえば身も蓋
もありませんが、彼に限らずプロ棋士は、それぞれ子供の時から、“天才”“神童”と呼
ばれてきた人ばかりです。

第二に、彼の人並外れた負けず嫌いです。テレビで何回も紹介されてきたので、覚え
ている方もいると思いますが、8歳で全国子ども将棋大会の決勝で敗れた時、彼は舞
台の上で、周囲をはばからず泣きじゃくっていました。

成長した藤井は、むしろ冷静沈着で感情をあまり表に出しませんが、負けた時など、
心の中では相当に悔しがっているのかもしれません。

第三に、彼の高速で深く速い”読み“の力です。これには、子ども時代に瀬戸市の将棋
教室で受けた訓練が大いに役立っていると思います。

この教室の主催者は、頭の中だけで詰将棋を解かせる訓練を徹底的におこなってきま
した。「詰将棋」とは、架空の場面を頭の中で想定し、相手の「王」を最短で詰ませ
る練習方法です。

教室の先生が駒の配置を読み上げ、生徒は頭の中で将棋盤と駒を頭の中に思い描いて
問題を解くのですが、これをずっとやっていると、盤面をみただけで、非常に早くそ
の先を読むことができ
ます。

「高速の読み」で知られた谷川浩司十七世名人は先述のテレビ番組のインタビューで、
「中盤は一手一手にすごく選択肢があるので10手ぐらい先なら読めるんですがね」と
語っています。

そして「谷川さんの全盛期でも無理ですか」と聞き返すと、「いやいや」と笑ってか
ら、「詰みがあるとか、終盤の直線的な局面なら30手ぐらい読めますが、そういう局
面ではないですから」と驚きを隠さなかった。

通常のプロ棋士でも特に難解な局面でなければ、20数手先を読むことができますが、
藤井は難解な場面でも、普通の棋士が読むのを中断したその先の10数手を読む、と
言われています。

これは、子どもの時に徹底的に鍛えられた能力なので、他の棋士がこれから同様の訓
練をしたからといって、藤井と同じレベルの読みの力がつくかどうかは分かりません。

ちなみに、誰でも参加できる「詰将棋解答選手権」で藤井は、小学校6年生から連続
五年、優勝して今に至っています。そして、現在までに1万の問題を解いていると言
われます。さらに、自身も詰将棋の問題を作ることが得意で、9歳の時、優秀な問題
を創作した人に与えられる「谷川章」を受賞しています。

第四に、藤井はコンピュータを自分で組み立てるほど、コンピュータに親しんでおり、
それを利用したAIの祖将棋ソフトを活用していることです。

ただ、現在では棋士の誰もがAIを活用しており、藤井だけがその恩恵を受けて強く
なったとは言えません。実際、谷川さんも、将棋界のレジェンド羽生さんも、藤井が
AIのために強くなったわけではない、と明言しています。

AIについていうと、これが現れる以前には、基本的な才能に加えて、多くの対局を
経験して蓄積された“経験知”の豊富さが棋士の力の重要な源泉になっていました。

しかし、現在では1手1手の評価をコンピュータが計算し数値で示してくれます。計
算回数も、いまでは5億回とか多い時には10億回と、天文学的な数に達します。

現代の棋士は、こうしたAiソフトを使って、自分や他人の将棋を研究しています。
したがって、かつて強いと言われた棋士も、現代のAIで鍛えた棋士との局で、勝
てるかどうかは分かりません。

それでは、AIは万能で、初手からAIが指示する“最善手”を覚えておけば、必ず勝
てるか、といえば、そんなことはありません。第一、AIが指示した着手を覚えて
おくことは不可能です。

藤井将棋の、一つの魅力は、AIが示す一手ではない着手で勝つことがあり、人は
それを“AIを超える”といいます。

実際、2020年に渡辺氏と対局中、AIにはない手を指したため、当時は「悪手」と
言われましたが、対局後にさらにAIに計算させたら”最善手“だったことが判明し
ました。

藤井はしばしば、将棋界では”宇宙人“と言われることがあります。それは、地球人
とはかけ離れた発想と読みの力をもっているからです。

第六に、今や棋士がこぞって「打倒藤井」を目指して工夫していますが、そのこ
とが藤井の目地ベーションを高めています。

谷川氏は、こうしてプロのトップ棋士が寄ってたかって藤井を強くしていると
も言える、と語っています。

第七に、(私はこれこそが、藤井の強みだと考えているのですが)、藤井は対
局に際して勝ち負けやタイトルのことは考えず、ひたすら、その場その場での
最善手を見つけることに集中します。

このため、藤井は大きな棋戦でも緊張することなく、冷静で平静を保ったまま
一手一手に集中します。

多くの棋士は、勝ちたい(負けたくない)、タイトルが欲しい、名誉が欲しい、
世間体、プライドなど、色々な想念が対局中に頭を巡り、それが指し手に影響
を与えます。

師匠の杉本八段はこうした姿勢をみて、藤井は「自分の中で最善手を見つける
こと、道を求める求道者ですかね」と評しています。

藤井の、世間の評価を気にすることなく、ひたすら将棋道に打ち込む姿は、多
くの人に、一種のすがすがしさを与えてくれます。

名人位を奪取した高山の「藤井荘」には、山の中の不便な場所であるにもかか
わらず、遠くからファンが押しかけました。ある中年の女性は、「藤井さんの
追っかけをさせてもらっています」と語っていました。

藤井が対局中に食べた”勝負飯”や、特にスイーツは、直ちにテレビなどで紹介さ
れ、たちまち売り切れになってしまうという。藤井という存在そのものがもは
や社会現象になっているのです。

私にとって藤井の魅力は、常識を超え、時にAIをも超える非凡な才能ですが、
同時に、世間な成功とは一線を画し、ひたすら将棋道を歩く、その純粋さです。

日本には将棋の藤井という不世出の天才がおり、アメリカには野球の大谷翔平
という天才がいます。私は、この二人の若き天才と同時代に生きていることの
幸せをつくづく感じます。
-------------------------------------------------------------------------------------------------------
名人と揮毫した色紙ももつ藤井                                   名人位を含めて七冠となり、指で”7”を示す
 
『毎日新聞』(電子版)( 2023/6/14) 東京朝刊                           『スポーツ報知」(電子版)(2023年6月3日 5時30分)
 https://mainichi.jp/articles/20230614/ddm/005/070/001000c?utm_source=column&utm     https://hochi.news/articles/20230602-OHT1T51300.html?page=1
 _medium=email&utm_campaign=mailasa&utm_content=20230614
 




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ゴリラから学ぶ(2)―暴力と戦争の起源と止めさせる方法―

2023-01-13 11:15:25 | 思想・文化
ゴリラから学ぶ(2)―暴力と戦争の起源と止めさせる方法―

前回は、ゴリラは平和的な動物で、食べ物を分かち合ったり、対立や暴力的な争いを
避ける、さまざまな仕組をもっていたことを書きました。

人間も、歴史のある段階まではゴリラのように、共感力によってお互いに協調しなが
ら生活を送っていましたが、ある段階から集団間での暴力と戦争が発生するようにな
ります。

山極氏は、その理由を、元々暴力とは関係ない人間の社会性に秘密があると指摘して
います。以下にその経緯を見てみましょう。

人類はアフリカの熱帯林を出て、サバンナ(草原)に進出しました。しかし、隠れる
ことができないサバンナには危険な肉食獣がいました。実際、初期には多くのヒトが
肉食獣にやられたと考えられています。

このような状況下で生き延びるために人類はたくさん子供を必要としました。ところ
が、人間の子供はゴリラやチンパンジーと違って成長が遅いので、肉食獣から子供を
守り安全に育てるために複数の家族から成る共同体を作る必要に迫られました。

共同体内では共同の子育てが行われましたが、その時共同体のメンバーを結束させた
のは共感力でした。

しかし、共同体の人数が多くなると、いちいち対面でコミュニケーションをと共感力
を維持することには限界がある。そこで、生み出されたのが音楽というコミュニケー
ションだったのではないか、と山極氏は推測します。

というのも音楽は対面でなくても、目と目を合わせなくても、その場に一緒にいる人
たちが心を一つにして共感力を高めることができるからです。

音楽の起源は、最初は母親が子供をあやす子守歌的なコミュニケーションだった。そ
れが大人の間位に普及してみんなで力を合わせて艱難辛苦を乗り越えようという気持
が生まれたのではないか、と考えられています。

音楽、共食、子育てを通じて共感力を高めて、人類はアフリカを出て、ユーラシア、
オーストラリア、新大陸の多様な環境へ足を伸ばすことができたのです。

ところが、共同体の結束を強める共感力が、ある時暴走してしまい、それが戦争に
つながるようなことになってしまいました。

暴走のきっかけは10万年前に登場した言葉です。言葉が共感を暴走させたのです。

言葉は音楽と違って、感情や情緒だけでなく情報をも伝えます。人類は、言葉の情
報を介して人々のつながりを一気に広げました。

言葉は、見えないものを人に伝えることができる。過去に起こったこと、体験でき
ないことを伝えることができます。また、物語を作って、その物語を仲間と共有で
きます。

ここで、人間同士の共感の方法に大きな変化が起こったのです。それまでのコミュ
ニケーションの手段であった踊りや歌は身体の同調を伴っていて、それによって信
頼関係や共感を強化していました。

しかし、こうしたコミュニケーションが可能な人数の限界は(家族も含めて)せい
ぜい150人くらいだといわれています。

これに対して言葉は共同体を超えてつながるような状況をもたらしました。それは
人間にとって大きな貢献をしました。

その一方で、言葉には集団の共感を暴走させてしまう負の側面もでてきました。

山極氏が挙げた例え話を引用すると、たとえば、“あいつはブタのように卑しい”と
か、“あいつはオオカミのように陰険だ”、といった言葉によって、人間の中にブタ
のイメージが重ね合わされて本当に汚いイメージができてしまいます。また、オオ
カミのように陰湿で残酷なイメージができてしまいます。

このように、直接に対面して身体の同調を伴うコミュニケーションではなく、言葉
だけの表現によって、本来は敵ではない相手を敵視するような誘導が可能になって
しまいました。

言葉の威力を増すことになったのは1万年前に始まった農耕や牧畜といった食料生
産でした。

農耕のためには良好な土地を手に入れ、そこに種や肥料を投入して、時間をかけて
収穫物を得なければならなりません。

そのために人は定住する必要が出てきました。すると人は土地や収穫物をめぐって
争うようになったのです。

その時、集団内部で結束して利益を守ろうという意識が発生しました。共感力は共
同体の内に向かい、それによって集団内部の結束を高めて集団の利益を守ろうとい
う意識が生まれました。

他方、その結束によって、外に対しては言葉によって作り出された敵意が向かうよ
うになりました。

それが大きく膨れ上がって、武器が発展して大規模な戦争になっていったのではな
いか、と山極氏は述べています。

例えば紀元前3000年期のメソポタミア文明期の“ウルのスタンダード”と呼ばれ
る壁画には戦争の場面が描かれています。これは、当時すでに大規模な戦争が発生
していたことを示しています。

これ以後、世界の歴史は戦争を一つの核として描かれるようになります。 

現代では言葉による情報交換はインターネットやSNSであふれている。しかもそ
れが人々を傷つけるようになっている。このソフトな武器によって人々は戦争を始
めたといっても過言ではない。

一方で、人々が様々な形で交渉し、和解しあうことができていた対面や身体的なコ
ミュニケーションはどんどん減ってきている。

私たちは相手の顔が見えない、言葉だけのコミュニケーションで不安をいだいてし
まいます。それが増幅して戦争に駆り立てられる。あるいはうらみやつらみを引き
起こして暴力を引き起こす。

以上を要約すると、山極氏は、ゴリラの生態から初期人類の共同体の形成、そして
食料生産をきっかけにして言葉による共感の暴走が戦争を激化させ、今日に至ると
いう道筋を示しました。

最後に山極氏は、暴力と戦争をどのようにして防ぐか、という現代およびこれから
の世界にとっての緊急の課題にたいして、次のような期待を込めた展望を語ってい
ます。

    私は、言語に偏りすぎたコミュニケーションを考え直して、もっと身体的
    なコミュニケーションを増やして、人と人とが信頼関係を構築すること。
    一緒に食事をすること、音楽を演奏すること、スポーツをする、共同おボ
    ランティア活動をする、など、身体を共鳴させること。言葉以外のコミュ
    ニケーションをふやすことによって、相手の身体に埋め込まれている気持
    や感情を深く知ることができて、それによって相互理解が深まる。

    戦争と暴力がはびこっているような社会を見直して、これまでにないアイ
    デンティティの確立を目指さなければならないと思っている。

言葉は、時空を超えて情報を伝え、しかもそれが記録されることによって文化の継承
や蓄積を可能とすることができます。

その反面、言葉だけのコミュニケーションでは、相手の気持や怒ったリ悲しんだりす
る反応を見ることなく一方的に相手を攻撃することも可能です。

インターネットの普及によって、匿名で(つまり顔を隠して)他人を批判し、批判さ
れた人がひどく心に傷を負い、極端な場合、自殺に追い込むような残酷で悲劇的事件
がしばしば起きています。

インターネットは文明の利器の最たるもので、その便利さは今までのコミュニケーシ
ョン手段とは比較を絶して優れています。

その反面、SNSのように、自らは身の安全を確保して、暗闇から石を投げて他人を
攻撃する「言葉の暴力」の手段でもあります。

個人間の暴力やトラブルが国家間で発生すれば、戦争ということになります。戦争に
おいても、戦闘行為が始まる前には、言葉による攻撃や批判があり、実際の戦闘が始
まってからも、言葉による攻撃や情報操作が行われます。

国と国との重要な交渉でも、やはり直接会って話す外交こそが基本です。

現代は、テレビ電話で直接顔を見ながら話し合うことはできますが、それでも相手の
気づかいや、かすかな表情の変化などは、やはり対面での直接の話し合いの方が良く
伝わることはいうまでもありません。

あるいは、目の前の相手には直接言えなくても、画像を通してなら厳しいことも言う
ことができるかもしれません。

世の中はひたすらデジタルの世界に突き進んでいます。それはそれで便利で効率的な
面では有効です。

それでも、山極氏の言葉を使うと、”身体を共鳴させ“、”言葉以外のコミュニケーショ
ン“を増やすことは、個人間であれ国家間であれ、暴力をなくし戦争をなくすうえで非
常に重要であることは心に止めておく必要があります。


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ゴリラから学ぶ(1)―「分かち合い」と「ゴリラの民主主義」―

2023-01-09 14:05:06 | 思想・文化
ゴリラから学ぶ(1)―「分かち合い」と「ゴリラの民主主義」―

暦が2022年から23年に移ろうとする12月31日、NHKEテレのNHK ACADEMIAで、
山極壽一氏の、『ゴリラから見る暴力と戦争の起源』と題する30分の興味深い番組が放送されました。

山極氏は人類学者であり霊長類学者でもあり、ゴリラ研究の第一人者です。京都大学の霊長類研究所を
振り出しに京都大学総長を経て、2021年より総合地球環境研究所所長となっています。

私は以前から、山極氏の幅広い知識と見識に基づく論考を高く評価し注目してきました。

番組の冒頭で、「人間の本質とは何か」「人間はなぜ繁栄したのか」「人間はなせ戦争を止められない
のか」という主要な三つのテーマを示されていました。

最初の「人間の本質とは何か」は人類学におけるもっとも基本的・一般的なテーマで、次の「人間はな
なぜ繁栄したのか」も、道具の発明、火の使用、言語の発達など、ごく一般的なテーマです。

ところが、この二つに「なぜ戦争を止められないか」というテーマとセットになると、まったく別の意
味合いが感じられます。

近年、世界各地で生じている紛争や戦争、とりわけ現在進行中のウクライナでの戦争が念頭にあるので
はないか、と感じました。

人類学や霊長類の研究において戦争を扱うことはあまり一般的ではないので、私は大いに興味をもって
この番組を観ました。

山極氏は、一体、戦争はどうして止められないのか、という極めて今日的な課題にたいして、人類学・
霊長類の立場からどのように語るのか興味津々でした。

とりわけ、以上の三つのテーマは人間に関する問題なのに、それを考えるために、山極氏はゴリラの研
究からの知見を援用している点が画期的です。

霊長類の研究は、最終的には「人間とは何か」「人間の本質とは何か」を問う学問なので、人間と同じ
霊長類に属するゴリラの生態を通して人間世界の問題を解明しようとすることは山極氏の学問的立場か
らするとごく自然なのかもしれません。

この番組は30分という短いものでしたが、その内容は非常に中身が濃く、示唆に富むものでした。

まず、山極氏がなぜゴリラに興味をもったのか、という点から話は始まります。彼は、ゴリラが近い過
去に人間と共通の祖先をもっている、だからゴリラを知ることは人間の起源を知ることにつながると考
えてきたという。

そして今回の番組は、彼のゴリラ研究を足掛かりにして我われが直面している人間の暴力性や戦争の起
源について考えることを目的にしているという。

人間は元来暴力的なのか、あるいは平和を好むのか。この二つの対立する考えはこれまでさまざまな学
者や思想家によって議論されてきました。

この議論に転換をもたらしたのは、19世紀永ごろのダーウィンの「進化論」でした。ダーウィンによ
れば、人間も昔をたどれば共通の祖先に行き着く。そういう進化の道をとってきた。だから進化論に基
づくと、人間のルーツは系統的に近い霊長類、特にアフリカにすむチンパンジーやゴリラなどの類人猿
に近いということが分かってきました。

しかしゴリラに関する人々の印象は当初、否定的なものでした。ゴリラは1846年アフリカで欧米の
探検家によってゴリラが発見されました。その時探検家たちは、ゴリラは狂暴で悪魔のような性質を持
っている戦争好きな動物だと紹介したのです。

なぜ? 探検家と出会ったときゴリラは二足で立って、胸を左右の手でたたくドラミングをしたからで
した。彼らは襲われるのではないかという恐怖にかられました。

その後100年以上も、ゴリラは狂暴だという印象が定着してしまったのです。その狂暴なイメージを
もとにして作られた映画が『キングコング』(1932)でした。この映画ではキングコングはゴリラに似せ
て登場します。

しかし、ゴリラの発見から100年後の1950年以降、ゴリラの生態が詳しく観察できるようになる
とだんだん真実が明らかになってきました。ドラミングというのは戦いの宣言ではなくて、むしろ戦い
を避けるために自己主張をし合う、戦わずにお互い面子をもって引き分けるというようなコミュニケー
ションであることが分かってきたのです。実際、ゴリラはとても平和な生活をしています。

ゴリラの民主主義
ゴリラの生活の中では、ケンカやトラブルを巧妙に仲裁する行動が色々な場面で見られますが、それは
山極氏が「ゴリラの民主主義」と呼ぶ、以下の事例によく表れています。

たとえば、群れがまとまってどこかに出発しようとするとき、オスのリーダーが胸を叩いて、あっちへ
行こうと宣言する。メスや子供たち、そしておそらくほかの群れのメンバーが、いや私たちはこっちに
行くんだ、という声を出し合う。そして最終的に声が多い方が群れの意向となりリーダーのオスもしぶ
しぶメスに従うのだそうでせす。

この例は、いわば多数決による決定という民主主義のルールと同じです(注1)。これをみてみてもゴ
リラは暴力的ではなく、意見の相違を平和的に解決していることがわかります。

山極氏は、ゴリラと共通の祖先をもつ人間も、元々は平和的な生活を好む性質を持っていたのではない
か、と考えるようになったのです。

ところが、人間は本質的に暴力的であるという仮説が、第二次世界大戦後に出てきました。その仮説に
」よれば、人間はまず狩猟によって進化の道筋を作った。その後、狩猟道具を武器にして人間に向けて
戦争を始めた、という仮説です。これは「狩猟仮説」というものです。

「狩猟仮説」を基にして作られた映画が『2001年宇宙の旅』(1968)です。この映画の冒頭に人間
が動物の骨を武器に狩猟を始めたというシーンがあります。そして、骨を武器にほかのヒトの集団を撃
退するために使い始めたことになっています。

しかし、この仮説は間違っていたのです。

ヒトが進化系統で一番近縁なチンパンジーやゴリラから分かれたのは700万年前でした。この時ヒト
は二足歩行を始めました。石器を使うようになったのは300万年前、火の使用は100万年前。槍の
使用は50万年前、その武器を人間に向けるようになったのは1万年前、進化の歴史からすればごく最
近のことです。だから、戦争が人間の本質であるとは言えないのです。

では、人間はなぜ暴力性を強く持つようになったのでしょうか。これには複雑な要因が関係しています。
以下に順を追って見てゆきましょう。

700万年前、人間は熱帯の森から草原に出たのですが、そこは肉食獣に襲われたら逃げ場所がない危
険な場所でした。実際、初期には多くのヒトが肉食獣にやられたと思われます。

そこで肉食獣に対抗するために、複数の家族が結束して大きな集団(共同体)を作って暮らす必要があ
りました。

しかし山極氏は、共同体の形成という社会の発展と進化が人間社会の中で暴力と戦争を生み出したこと
は間違いない、と言います。

それは、どういうことなのでしょうか?山極氏の推測によれば、人間集団同士の戦争の原因は、元々は
戦争には関係なかった、集団の中での「共感の力」の使い方を間違えて暴発してしまったことにある、
というものです。

そもそも「共感」は、群れの中の個々の人々が結びつきを高め、助け合って強い社会を作るために不可
欠なもので、これは人間に近いチンパンジーやゴリラなどの霊長類にもその萌芽のような行動が認めら
れます。

その代表的な例は食べ物を分配する(分け合う)という行為です。

ゴリラが食べ物を分け合うとき、互いに相手の目をじっと見る(覗き込み行動)。相手の気持ちを読む。
これは、目の動きから相手の気持ちを察知する、対面コミュニケーションです。

人間も互いに顔を見ながら一緒に食べ物を食べるようになり、高まった共感力を使って広範な食物の分
配をして暮らすようになり、分かち合いと平等性といった人間独自の社会性を発展させていったと考え
られます。

今も狩猟採集で暮らすアフリカのハッザ族にも獲物を平等に分ける行為がみられます。獲物を仕留めた
ハンターが独占するのではなく、細かく切り分けて狩猟に参加した人、キャンプで待っていた人たちに
も、ことごとく行き渡るように分配します。

ここには能力のある人だけが利益を得るのではなく、みんなで平等に分かち合いましょう、という決ま
りがあり、共感力を高め集団の結束力を強化しています。

これは強い者や国家が弱い国家を支配しようとする近代世界とは全く反対です。

今回は、ゴリラも人間も分かち合い、助け合うことを通して共感し、集団の結束を強めてきたことを紹
介しましたが、次回は、その共感をさらに強化した要因、そして強化された共感こそが実は暴力と戦争
生む原因の一つになったという事情を検討します。

(注1)私は、「ゴリラの民主主義」と同様に、動物学者ローレンツがカラスの研究で、夕方ねぐらに戻るか否かを、カラスの群れが鳴き合い、数が多い方に決まるという「カラスの民主主義」を発見したことを思い出しました。






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「没入型消費予測」が示唆する「東急歌舞伎町タワー」

2022-12-18 21:33:48 | 思想・文化
「没入型消費予測」が示唆する「東急歌舞伎町タワー」

『日経新聞MJ』電子版(2022年12月13日)は、来年2023年の消費予測の全体の
コンセプトを「没入型消費」、そしてその性格を「現実逃避型」の体験を求める
「時間消費」としています。

その意味は、以下のように説明されています。
    コロナ禍4年目となる2023年。歴史的な物価高への生活不安や、精神的な
    緊張がなかなか抜けないなか、メリハリをつけて「現実逃避型」の体験を
    求める「時間消費」が続きそうだ。リアルなつながりへの渇望に応えるよ
    うに、不安を忘れさせる没入感や幸福感を与えてくれる新スポットの開業
    やイベントが目白押しとなっている。

少し付け加えるなら、日々死者が出ているウクライナ戦争、円安による手持ち預貯
金の目減り、年金の減額による老後生活への不安、30年来増加していない実質賃
金など、不安と緊張をもたらす要素は多々あります。

こうした時代の雰囲気を反映して、そこに安らぎを提供する施設の一例として、同
紙は東急レクレーション(株)の「東急歌舞伎町タワー」(東京・新宿)を取り上
げています。

これは2023年4月14(ホテルは5月19日)にオープンする地上48階・地下5階
建て、高さ225メートルの巨大タワーで、安定収入をもたらすオフィスフロアはな
く、ホテルと、劇場やライブホールなど入居テナントをエンターテイメントに限定
しています。

タワーは、17階から47階までがホテルとなっており、経営面ではホテルからの
収入が大な比重を占めるものと思われます。

オープニングには、タワー全体が人気アニメ「エヴァンゲリオン」一色になる催し
が企画されており、劇場では「舞台 エヴァンゲリオン Beyond」が「こけらおと
し」となるようです。

『日経新聞MJ』はこの企画を、「好きを極める場」という施設のコンセプトを具
現化した内容でインパクトは大きい。街は自己実現や交流による時間消費を楽しむ
舞台装置でもある。歌舞伎町を都市観光拠点へアップデートする挑戦と言える、と
コメントしています(注1)。

『日経新聞』は経済界の見解を反映する傾向があり、このタワーのような新しい経
済施設にたいしてはどちらかといえば肯定的なコメントを出すと思われます。

しかし、一部、全く新しいコンセプトの施設を評価しながらも、全体としては「没
入型消費」といい、「現実逃避」の「時間消費」と言い、これらはどちらかといえ
ば、一歩引いた、否定的な評価をしています。

この評価の意味について考える前に、当の東急タワーがどんなコンセプトでこの施
設を作り、運営してゆこうとしているのか、そのホームページに掲載された謳い文
句を見ておこう。(行の区切りや句読点は原文のまま)(注2)

    “好きを極める”場の創出

    昨今の新型コロナウイルス感染症の拡大により、
    世界中でエンターテインメントの楽しみ方や
    宿泊へのニーズが大きく変化していますが、
    リアルな体験価値への渇望はますます高まりを見せ、
    好きなものへの情熱は世代を超えて広がってきています。
    本施設は、ホテルとエンターテインメントの
    複合施設という特性を活かし、
    「見出す~育てる~羽ばたかせる」といった
    新たな「好き」を生み出すストーリーづくり・
    ライフスタイルの提案に取り組みます。
    そして、リアルとオンラインを通じて、それらのストーリーと合わせながら、
    「好き」に出会う機会や、そこに集う方々の「好き」への
    情熱・想いが交感される場を創出します。
    「好き」に出会う機会や、そこに集う方々の「好き」への
    情熱・想いが交感される場を創出します。

さらに、本施設が本エリアと一体となり、新宿歌舞伎町という街で紡がれてきた
歴史や文化に触れる機会を創出することで、
滞在や回遊そのものが都市文化体験として昇華され、
極められたさまざまな「好き」の想いとともに街の未来や文化、
延いてはさらなる多様性を紡いでいくこと(MASH UP)を目指します。

宿泊施設とエンターテイメントとの合体、という意味ではラスベガスのホテルを兼ね
たカジノなどが思い浮かびます。そこではホテルに滞在し、さまざまなエンターテイ
メント(音楽、ダンス、手品など)、そしてギャンブルを楽しむことができます。

「東急歌舞伎町タワー」にはカジノこそありませんが、宿泊とエンターテイメントの
合体という意味では共通しています。

最近、「東急歌舞伎町タワー」に含まれる中身が具体的に発表されました。全体のコ
ンセプトは“好きを極める”の創出で、以下のテナントが入ることになっています。

すなわち、「新宿ミラノ座」の後継拠点となる劇場「THEATER MILANO-Za」、ライ
フスタイルホテル「HOTEL GROOVE SHINJUKU」、映画館「109シネズプレミアム
新宿」、音楽分野ではライブホール「Zepp Shinjuku(TOKYO)」を中心としたテナント
が入り、低層階では、飲食、アミューズメント、イベントエリアや、次世代型アトラ
クション体験施設、ウェルネスエンターテインメント施設などです。
 
「新宿ミラノ座」では、オープンはじめに国内外で根強い人気を誇る『エヴァンゲリ
オン』を題材にした舞台「EVANGELION KABUKICHO IMPACT」が上演されることが
決まっています(注3)。

上に示したコンセプトを見ても、中に入るテナントを見ても、全館、楽しさに満ちた
娯楽の殿堂という印象です。

東急としては、これから人々の消費がモノからコトへ、そして自分が没入できるエン
ターテイメントに向かう、と考えているのでしょう。

先に引用したタワーのコンセプトの、“リアルとオンラインを通じて「好き」に出会う”
とは、実際のショーやコンサート、次世代アトラクション体験などへの参加を指し、
オンラインとはゲームやメタバース(仮想現実)などを指すものと思われます。

また、“この施設が新宿の歌舞伎町歴史や文化に触れる機会を創出することで、滞在や
回遊そのものが都市文化体験として昇華され”と謳っています。

言い換えると、この施設に滞在しさまざまなエンターテイメントを体験することが都
市文化体験として“昇華”される、つまり高尚な文化体験となる、というほどの意味で
しょう。

これは東急側の宣伝文句ですから、本当にそうなるかどうかは問題になりません。

『日本経済』の記事は、来年の消費傾向として、現実の厳しさから目を背け、さまざ
まなエンターテイメントで自分の世界に没入して時間を過ごすこと、という、いかに
も刹那的で、その場限りの現実逃避的な娯楽体験に向かうことを示唆しており、その
一例として「東急歌舞伎町タワワー」を挙げているのです。

もちろん、この施設を訪れる人は、意識的に現実逃避の時間消費を求めてやってくる
わけではありません。

そうではなくて、この記事は、さまざまな要因によって重苦しい気分が日本社会を覆
っていること、来年はそこから抜け出すために自分だけの世界に没入する消費への需
要が増えるだろう、との予測を示したものです。

おそらく、ホテルに宿泊してエンターテイメントを満喫するにはかなりの金額が必要
となるでしょうし、それができる人は、そう多くはないと思われます。

それでも「東急レクレーション」には、多くの人を惹きつけ十分に利益を確保できる
との見通しがあるのだろうか? 

そこで心配になるのは、新型コロナの状況です。このタワーが計画されたのは新型コ
ロナの勃発(20190年)よりだいぶ前のことで、そのころにはまだコロナ禍もウ
クライナ戦争の影響は全く計算に入っていなかったはずです。

しかし、それ以後の日本のコロナ禍や世界経済の変化によって、人出も消費も大幅に
減ってしまっています。

現在は、経済社会のどの側面を見ても、将来に対して明るい希望を持てるような状況
にありません。

出口が見えない不安や緊張は、もう3年以上も続いています。その鬱屈した気分を、
一時的・刹那的であってもいいから「好き」に浸って振り払いたい、という欲望のマ
グマとなって日本社会に溜まっていることは間違いありません。

もしそうだとすれば、『日経新聞』の見立ては、さすが慧眼と言えるでしょう。

私個人は、『日経新聞』の洞察はかなり本質を突いていると考えています。

(注1)2022年12月13日 2:00 (2022年12月13日 9:31更新)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD230HU0T21C22A1000000/
(注2)歌舞伎町タワー ホームページ https://tokyu-kabukicho-tower.jp/
(注3)Impress Watch: https://www.watch.impress.co.jp/docs/news/1452768.html
    Xtech(2022.05.12): https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00110/0294/
    『日経新聞』(電子版)2022年11月2日 15:41
    https://www.nikkei.com/article/DGXZRSP643401_S2A101C2000000/
---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
東急歌舞伎町タワー


『日経新聞』(電子版)2022年11月2日 15:41
 https://www.nikkei.com/article/DGXZRSP643401_S2A101C2000000/ より転載


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エンタメ界に地殻変動(2)―国内志向の日本の業界―

2022-12-11 08:21:48 | 思想・文化
エンタメ界に地殻変動(2)―国内志向の日本の業界―

前回の記事で、韓国のミュージシャンたちが、最初から世界を視野に入れていた
ことを書きました。

以前、私が偶然見たドキュメンタリーでも、音楽を目指す若者は、世界デビューに向けて
英語と日本語を勉強していました。

さらに、彼らはデビュー前からもデビューしてからも、1日10時間以上も歌とダンスの
猛練習をしていることです。

さらに、前回も言及したように、1990年代に政府が推進した文化振興とデジタル環境
の整備によって、世界に向けたオンライン配信を積極的におこなってきました。

それを実際に推進してきたのは、多数の民間の音楽事務所です。つまり、官民一体となっ
て、韓国発のエンタメ界を世界的に売り出そうと努力してきた結果がここ10年ほどの成
果につながっているのです。

これに対して、日本のエンタメ界はあくまでも国内市場を念頭においた戦略をとり続けて
います。

『東京新聞』(2022年11月30日 朝刊)は、「有望株が韓国目指すワケ」「日本岐路
 人材流出の恐れ」という大見出しで、日本と韓国のエンタメ戦略の違いと、日本人の有
望株が韓国を起点に世界デビューを目指している実情と背景を詳しく報じています。

それによると、前回も登場した金教授は、「他国の音楽文化に比べ、K-POPは固定観
念や確固たる定義がない。業界側はこれを肯定的に捉え、若い世代に響く楽曲にアレンジ
している」と推測しています。

これに対して日本の音楽業界は、世界につながるオンラインの活用より、国内の流通網を
中心にしたCD販売が今も幅を利かせている、という。

日本レコード協会によると、2021年の売り上げは2175億円で、その6割はCD類
で、ネット配信は4割でした。

音楽を含めたエンターテイメントに詳しいジャーナリストの松谷創一郎は、「外国では七、
八割を配信が占めており、日本の「CD依存」は特殊なのだそうです。

その一角を占めるのが、多くの男性アイドルを擁するジャニーズ事務所で、この事務所は
従来、ネット配信に消極的だった。

所属アイドルはテレビの地上波を中心にCM、ドラマ、バラエティ番組などで人気を広げ、
ネット配信と比べて単価が高いCDやコンサートで稼ぐ、国内中心のビジネスモデルを確
立し、日本の「芸能界」で人気を保ってきました。

これは、アイドルが音楽的に優れた歌を歌うというより、「芸能人」として“歌も歌う”とい
う状態で、到底、世界に向けて発信できるレベルではありません。

しかし、ジャニーズ事務所の「国内重視」も岐路を迎えているようです。松谷氏は、その例
として11月に五人組グループ「King&Prince(キンプリ)」のメンバー3人が来年の脱退を
発表したことです。

かれらはファンクラブに向けた動画で、海外での活躍を目指す中で活動方針に違いがでたと
説明しています。

前回も紹介しましたが、韓国ではさまざまな音楽事務所がオーディションを開催し、そうし
た中で切磋琢磨して、本当に能力のある人たちが選抜されてくるシステムが定着しています。

最近の現象として、日本人の有望株が韓国の音楽事務所やエンタメ事務所のオーディション
に積極的に応募し、それを足掛かりに世界にデビューする事例が増えていることです。

先に言及した『東京新聞』(2022年11月30日)が、今年のNHKの紅白歌合戦の出場者
の顔ぶれに、ある傾向に気づく、として、日本を離れ、韓国のグループに属し韓国をベース
に世界に活躍の場を求める若手が多くいることを挙げています。

実際、調べてみると、NiziU、IVE、TWICE、JO1、LE SSERAFIM
などが、こうしたグループなのです。

ここで、今はネットを活用すれば日本からでも世界に発信できる時代なのに、あえて海を渡
るのはなぜなのか、という疑問が起こります。

この疑問に対して、アイドルプロデューサー油布賢一さんは、「未熟さを前面に出し、おじ
さんに受けやすい日本のアイドル界よりも、洗練され、完成されたパフォーマンスの韓国に
あこがれのでは。そういう子は多い」とコメントしています。

またK-POPに詳しいライター吉崎エイジ―ニョ氏の意見は非常に考えさせられます。彼
によれば、韓国では10年前から「ガールクラッシュ」(「ガルクラ」とも略される)とい
う言葉が使われ始めました。これは、自らの主張を持ち、主体的に発信し、同性の憧れとな
る「女がほれる女」が好まれる風潮を意味します。

そして大切なことは、「韓国で流行するガラクラが世界中で好意的に受け入れられている。
各国の若者に『何でも自由に主張できる』と勇気を与える。アイドルを目指す日本の若い世
代への吸引力でもある」と分析しています。

つまり、プロダクションやメディアの言うままに、自己主張をしないことが常態化している
日本の芸能界にうんざりしている若い世代が、日本に見切りをつけて韓国にわたるようです。

北海道大学大学院の金成玟教授(音楽社会学)はこうした事情を要約して、「日本では国内
のテレビに出てスターになることが頂点だが、K-POPはその先が見えている」と述べて
います。

とうのも、日本の芸能事務所は海外で売れるためのノウハウや交渉力のある人材が不足して
いる、という実情があるからです。

日本政府も国内のアニメなどを海外に売り込む通称「クールジャパン機構」(海外需要開拓
支援機構)を第2次安倍政権が成長戦略に掲げ、2013年11月に、全14のうち10ファン
ドを新設しました。

これは「官民ファンド」と呼ばれ、政府と民間が共同で出資し、リスクが高く、民間だけで
は資金を調達できないが、成長が見込めそうな企業の株を買う機関で、株の売却益や配当が
出れば出資者に配るが、事業に失敗すれば資金を回収できません。

機構は13年11月に設立。漫画やアニメ、日本食など「日本の魅力」を海外に売り込む事業な
どに出資し支援するファンドだ。元手として今年10月末現在、政府が1156億円、民間企業が
107億円を出している。これまで56件の投資をしたが、累積損失は21年度末に309億円に拡大
してしまっています(注2)

サブカルチャーに詳しい評論家の古谷経衡氏によれば、
    クールジャパン機構」は官民ファンドであるが、実際には税金を原資とした政府出資
    の方が多く、つまりは「他人のカネ」だからリスクへの抵抗感がなく、失敗しても自
    分の財布は痛まない、という意識の上に胡坐をかいている。其その上、市場調査も売
    り出すコンテンツにたいする知識も興味もない、土台儲からない滅茶苦茶な案件を
    「有望」と判定して出資してはすべて失敗して巨大な赤字を垂れ流し続けているので
    ある、
と手厳しく批判しています(注3)。

実際、出資者と機構から資金援助を受ける組織とが同一で、出資額の何倍もの資金を機構から
引き出す利益相反の事例が多々あります。中には、5億円の出資にたいして22倍の110憶
円を機構から引き出した「H2Oリテイリング」のような極端な場合もある(注1と同じ)。

日本政府も民間のエンタメ企業も日本人歌手や楽曲の積極的な売り込みもありませんでした。
「クールジャパン機構」のホームページには、機構が投資した事業と事業者の一欄が載ってい
ますが、そのなかに音楽関係の案件は見当たりません(4)

音楽のアメリカが世界の全てではありませんが、一つの指標としてアメリカのビルボードラン
キングでこれまで40位以内に入った楽曲は、何と、今から59年前の1963年に、坂本九の
SUKIYAKI(日本名「上を向いて歩こう」)がシングルで1位になりました。次は、ピンクレデ
ィーの、Kiss in the Dark(「暗闇の中のキス」1979年)だけです。これは本当に素
晴らしい曲なので、是非聞いてほしいです。なぜ、日本でもっと評価されないのか不思議です。

坂本九のSUKIYAKI は積極的に売り込んだ結果というより、偶然に海外のミュージシャンが聞
いて紹介したところ、大いに受けた、という事情があります。

これに対して、ピンクレディーの場合は人気の絶頂期に、それを振り切って日本を離れて外国
に渡るリスクを冒しての活躍でした。

なおアルバム総合チャートでは同じく坂本九の、Sukiyaki and other Japanese Hit’s(?)
が1969年に14位につけました。これは多分に、SUKIYAKI人気にあやかったものだと思われ
ます。

アルバム総合チャートでは、BABYMETAL(ベビーメタル)のMETAL GALAXY が2019年に、
坂本九の14位を抜いて過去最高順位の13位になりましたが、その後今日まで、これを上回
る日本人のアルバムは出ていません。

BABYMETALの場合も、リスクを負って海外公演を行い世界に認められた結果です。

やはり、エンタメ界も結局はその完成度の高さと魅力が世界で評価されるかどうかを決めます。

上に紹介した、韓国に移籍した日本人アーティストたちの音楽がこれから世界で評価され活躍
することを楽しにしています。

今回は、日本のドラマやアニメ、映画については書けませんでしたが、これらの分野について
は別の機会に譲りたいと思います。

(注1)『東京新聞』デジタル版(2020年1月6日)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/1473
(注2)『東京新聞』(デジタル版 2022年11月25日6:00)
     https://www.tokyo-np.co.jp/article/215946 309億損失
(注3)『Yahoo News』(デジタル版 2022年11/28(月) 6:50)
https://news.yahoo.co.jp/byline/furuyatsunehira/20221128-00325831
(注4)『Cool Japan Fund』https://www.cj-fund.co.jp/investment/deal_list/
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
初冬の森ーイチョウの落ち葉ー                              初冬の森ー落葉樹の落ち葉(クヌギ、ケヤキ、ナラ、イチイ、サクラなど)ー
  


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エンタメ界の地殻変動(1)―突出する韓国のエンタメ界―

2022-12-04 11:20:24 | 思想・文化
エンタメ界の地殻変動(1)―突出する韓国のエンタメ界―

私は芸能界やエンタメ界の動向についてはあまりくわしくないのですが、ずっと気になって
いたことがあります。

それは、音楽でも映画やドラマでも、いわゆるエンタメ、芸能界において、いつの間にか韓
国や中国のコンテンツが多くなってきたと漠然と感じていることです。

とりわけBS放送のテレビ番組をみていると、韓国や中国のドラマや映画の多さに驚きます。

私自身のことを考えても、ここ数年間で、韓国や中国の歴史ドラマをBS放送でずいぶん観
てきました。最初は『宮廷女官チャングムの誓い』(2003年から04年、54話)、次
に『朱蒙(チュモン)』(2006年から07年、81話)ですっかり、韓国の歴史ドラマ
にはまってしまいました。

それから『風の国』(35話)、『イサン』(77話)、『大王世宗(セワンテジョン)』
(86話)など、次々に見るようになりました。これらのうち、『朱蒙』と『風の国』はD
VD-BOXまで買ってしまいました。

映画では韓国の貧富の格差を扱った『パラサイト 半地下の家族』や光州事件をあつかった
『タクシー運転手~約束は海を越えて』くらいしか観ていませんが、非常に見ごたえのある、
印象に残る映画でした。

今回は韓国のエンタメ・コンテンツに焦点を当てて、それが隆盛を極めている状況や背景を
考えてみたいと思います。

私自身を振り返っても、なぜこれほど韓国ドラマを観ていたのか不思議な思いがします。た
だ、全体の印象は、それぞれのドラマが全体に非常に長い(ほとんど60話以上)にもかか
わらず、退屈するどころか毎回の内容が面白く飽きさせないことです。

これは、次回を早く観たくなるような、ドラマチックな展開が非常にうまい構成になってい
るからです。つくづく、脚本の良さや監督の優秀さに支えられた完成度の高さに唸ってしま
います。残念ながら日本の歴史ドラマでこれほどワクワクさせられた経験はありません。

『朱蒙』の出演者が語っていましたが、驚くことに脚本は朝届いて、午後には撮影が始めら
れる、しかも、雨が降ろうが雪が降ろうが撮影は強行されるのだそうです。

私が歴史ドラマをよく見るのは、その当時のことを調べようと思えば史実と参照して確認で
きることです。実際、年表は地図をみながらこれらのドラマを観ました。

歴史ドラマだけでなく韓国映画は日本や以外の国でも好評を博し、多くの人々を引き付けて
います。

おそらく、日本における「韓流ブーム」の火付け役となったのは、日本では2003年から
『冬のソナタ』がBSでBSで放送が始まると、たちまち大人気となりました。

最近では『愛の不時着』『梨泰院クラス』などの作品が日本語吹き替え版を見ることができ
るようになって第4次韓流ブームと言われるほどの大人気です。

韓流ブームは、ドラマの世界だけでなく、むしろ言語の壁が低い音楽の分野で、さらに国際
的な広がりを見せています。

通称K-POPと呼ばれる音楽は、日本のJ-POPを意識して、海外向けに売り出すとき
に使われます。(国内では一般に「カヨ」=歌謡と呼ばれます)

K-POPの第一世代は1990年代から始まったようですが、そのころの音楽について私
はほとんど知りません。

2000年代に登場した第二世代については、私の周囲にもファンがいて、「東方神起」や
「少女時代」、「カラ」などのグループは名前だけは知っている程度です。

さらに最近の一つの傾向として、韓国のプロダクションが日本人に対してオーディションを
通してグループを結成して、海外市場に売り込むスタイルが定着しつつあることです。

例えば、日本人9人から成るニジュウ(NiziU)は韓国のJY.Pエンターテイメントとソニ
ーミュージックが主催するオーディションを通じて結成されたグループで、このグループが
2020年に発表した曲“Make you Happy “は、そのリズミカルなメロディーと独特の振り
付けで、たちまち日本や韓国以外の国でも大流行となりました。

純韓国グループとしては、男性7人からなるポップグループ「BTS(防弾少年団)Bangtan
S
onyeondan」は、2013年のデビュー以来次々とヒットを飛ばし、本国の韓国や日本を飛
び越えて、欧米でも一大旋風を巻き起こしています。

今年の8月には、「Dynamite」アメリカ・ビルボードのシングルチャート部門で連続二週、
第一位になりました。

その一方でBTSは、2021年には「第76回国際連合総会」の「持続可能なSDGsモーメ
ント」に参加し、演説と録画での「Permission To Dance」のパフォーマンスを披露するな
ど、国際舞台での活動が増えました。

そして。今年(2022年)にはアジア・太平洋諸島系アメリカ人へのヘイトクライム問題
の意見交換の為にアメリカのホワイトハウスを訪問し、バイデン大統領と面会しました。

またテレビでも紹介されたように、ホワイトハウス議事堂内で歌とダンスのパフォーマンス
を披露しました。

こうして、BTSはもはや音楽グループの枠を超えて国際的な社会現象にまでなっています。
そのファンはアーミー(ARMY)と呼ばれる熱狂的なファン層に支えられています。

アーミーは、BTSの所属事務所が、「ブラック・ライヴス・マター」(B L Mr)運動に賛
同して日本円で1億円寄付をしたことが分かると、世界のアーミーが何と1日で1億円を集
めた、というエピソードがあります。

しかし、今日の韓国の音楽、ドラマ、映画などのエンタテイメントの隆盛は、最近になって
突然出現したわけではありません。

韓国は1990年代後半から国を挙げて文化振興とデジタル環境整備に取り組んできました。

映画業界においては制作に政府の財政支援が注がれ、特に『朱蒙』などの歴史ドラマには政
府も力を入れてきました。

一方、音楽の分野でも政府の文化振興策とデジタル環境の整備がその土台を支えてきました。

北海道大学大学院の金成玟教授(音楽社会学)は、世界的にもメディア環境が整う中、生ま
れた時からデジタル環境が身近にあった世代が音楽に接しやすいように、音楽業界は楽曲配
信でオンラインをうまく活用している」と分析しています。

金教授はさらに、他国の音楽文化に比べ、K-POPは固定観念や確固たる定義がない。業
界側はこれを肯定的に捉え、若い世代に響く音楽にアレンジしている、と推し量っています。

もちろん、政府の支援は大切ですが、サブカルチャーに詳しい評論家の古谷経衛は、
    韓国政府はコンサート会場や機材の連絡費用を助成するが、それだけで世
    界的に人気のアイドルが生まれたわけではない。芸能事務所など民間の企
    業の思考錯誤で成功した
と述べています(『東京新聞』2022年11月30日 朝刊)

日本人記者が、アメリカを席巻できたK-POPと、J-POPとの差はどういう点にあると思いま
すか、との質問したところ、BTSメンバーのキム氏は
    正直に言いますね。質の問題ではなくて、視点の問題だと思います。K-POPは本当
    に初期から世界を見ていました。例えばBoAは、当初から韓国と日本のアーティス
    トとして育成されました。一般的に日本のポップカルチャーは東京や大阪といった
    ローカルシーン、地元の客層に受け入れられることを何より重視していると思いま
    す。日本はすべての文化が到達する終着点で、すべてのものが日本化していくとい
    う印象があって、西洋のポップカルチャーも日本に入れば、日本化していく(注1)。

これは、韓国発の音楽グループにはほとんどのケースで当てはまる本質的な指摘です。

韓国の国内市場が日本の、五分の一といわれる環境で、音楽活動をする場合、自国ではなく
むしろ、最初から世界を目指しているのは必然的です。

そして、欧米に受け入れやすいという意味では、最初から欧米のオリジナルに近い音楽を目
指している方が有利であることは間違いありません。

しかし、だから日本の場合のように、欧米の音楽が日本化していくことが悪いとは思いませ
ん。これは文化的特徴です。

むしろ問題は、日本におけるエンタメ業界の体質そのものにあるようです。日本との比較に
ついては、次回に述べたいと思います。

(注1)『朝日新聞』デジタル(2020.11.11)
  https://www.asahi.com/and/article/20201111/18948616/?ref=and_mail_M&spMailingID=3911830&spUserID=MTAxNDQ2NjE2NTc4S0&spJobID=
1360293655&spReportId=MTM2MDI5MzY1NQS2
----------------------------------------------------------------------------------------------
ユニセフの会合で演説するBTSリーダー、RMさん(2018年 NY国連本部        ポーズをとるBTSメンバー (注1)より転載
にて)。タマラ・エルワイリー氏撮影。(注1)より転載。



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若き天才の魅力―大谷翔平と藤井聡太の場合―

2021-09-28 16:10:16 | 思想・文化
若き天才の魅力―大谷翔平と藤井聡太の場合―

現代の日本人で、天才と呼ぶにふさわしい若者はだれかと問われれば、私は迷うことなく、
アメリカのメジャーリーグで大活躍の天才アスリートの大谷翔平(27才)と、将棋界の
天才棋士、藤井聡太(19才)の二人を挙げます。

このブログでも、この二人についてはそれぞれ別々に数回ずつ取り上げていますが、今回
は、二人を一緒にして、“天才”というものの姿を考えてみたいと思います。

まず大谷翔平ですが、大谷はピッチャーとバッターの二刀流がメジャーリーグでどこまで
通用するかが当初からファンの関心事でした。

昨年は腕の手術もあって十分な活躍ができませんでしたが、今年は術後の不安を吹き飛ば
して、春から投打に大活躍です。

一か月前ほどは、ホームウランを量産していて、多くの日本人は朝起きると、大谷がホー
ムランを打ったかどうかを確認するのが楽しみであり日課となっていました。

そのころは、ホームラン王となり10勝し、103年振りにべーブルースの記録を破るの
ではないか、と言われていました。

これは日本人だけでなく、アメリカの野球ファンの間でも、その期待は大きかったのです。

ただ、ここ2~3週間、ホームランはあまり出ず、ピッチャーとしても良いピッチングを
しているので、味方が援護してくれないため、勝利投手になれない悲運を味わっています。

これはエンジェルスという弱いチームにいることの大きなマイナス面です。しかし、だか
らこそ、一層大谷のチームにおける存在感は大きくなります。

もし優勝を争うようなチームなら、監督はおそらく大谷に二刀流をやらせず、バッターに
専念させるでしょう。

さて、シーズンもいよいよ終わりに近づいて、現在ホームランは45本、9勝という成績
で、大谷が果たして10勝とホームラン王という偉業を達成できるかどうか、微妙な段階
にきています。

しかし私は、いずれも達成できないとしても、今シーズンの大谷の活躍は、すでに十分に
天才の名にふさわしい活躍をしていると思っています。

私が大谷に“天才”の魅力を感じるのはいくつかの理由があります。

まず、本格的な二刀流というのは、私はかつて見たことがありません。ある日本人投手経
験者によれば、一試合で投げたら、4~5日は体が思うように動かないといいます。

大谷は、それを実際にやってしまっているのが、すごい。文句なしに天才です。

驚くのは、身体の負担が一番大きいピッチャーでありながら、塁に出れば全力疾走で盗塁
します。ピッチャー以外なら当たり前ですが、ピッチャーであることを考えたら、第一、
体力を消耗し、投球に差し障るし、悪くすれば怪我をして投手生命を縮めます。

しかし大谷は、そんなことを気にすることなく、いつも塁に出れば盗塁を決行し、23個
決めています。これが彼の魅力の一つです。

それでいて、彼は160キロ近い速球をなげることができるのです。これだけのピッチャー
はメジャーリーグの投手の中でもそう何人もいません。これもやはり“天才”の証です。

私が魅力を感じるのは、彼が短距離選手並みの速さで全力疾走するときのフォームの美しさ
です。

速く走ることはトレーニングである程度は速くなりますが、それも限界があります。まして、
同時に美しい姿で速く走るとなると、これは天性の能力がなければできません。

私が知る限り、これらの点で彼に匹敵するのはイチローくらいです。イチローの走る姿も実
に“絵になる”し、やはり短距離選手並みの速さがありました。

ホームランを量産する大打者でも、ドタドタと走ったら、あまり魅力を感じません。

ある日本人の野球の選手がかつて、守備は練習すればうまくなるけど、バッティングは持って
生まれたセンスがなければ、いくら練習しても限界がある、と言ったことがあります。何とな
く分かる気がします。

大谷は、外人選手にありがちな、パワーでホームランにすることもなく、芯に当てる技で軽々
とホームランを打つことができます。これが天才の技です。

しかも、その姿がやはり、美しいのです。これも、やはり天性の魅力です。

さて、大谷が「動」の天才だとしたら、もう一人の藤井君(まだ少年らしさが残る風貌なので、
こう呼ばせてもらいます)は「静」の天才です。

藤井君は14才の時、史上最年少で4段(つまりプロ棋士)となり、プロデビューを果たした
翌年には、公式戦29連勝という、前人未到の偉業を達成します。

それから、上位者から次々とタイトルを奪取し、今年は、これまでどうしても勝てなかった天
敵、豊島将之九段から「叡王」のタイトルを奪い、これで「王位」「棋聖」と合わせて19才
1か月で史上最年少の3冠を達成しました。

これまで最年少の3冠はハブ善治九段の22才3か月でしたから、それより3才以上も若い。

そして10月からは、同じく豊島九段とのタイトルがかかる七番勝負に挑戦します。

19才で3冠という成績がどれほどすごいかは、生涯で一度もタイトルを獲得したことがな
い棋士が大部分であることを考えれば分かります。19才で3冠とは天才としか言えません。

私は自信は将棋は全くやりませんが、プロの解説を聞きながら、自分でも次の一手を予測し
ながら観戦するのが大好きです。

現代の将棋のライブ放送では、一手一手、将棋ソフトのAIが最善手を示し、実際に打たれた
手を評価し、また、曲面全体を評価し、どちらがどれだけ優勢かも、数字で評価値を示してく
れます。

AIのすごいところは、一手打った直後に、その手の評価をするのですが、その間、数秒の
間に5億手、あるいは数十億手の試算(演算)を行います。

私が、藤井君の対局を観戦して、“天才”を感じたのは、プロ棋士の解説者も思いつかない手
を打って勝ったシーンを何度も観たからです。

こんな時、解説の棋士も、しばらくは、藤井君の手の意味がその時にはわからなくて、後に
なって初めて理解することができるのです。

さらに驚くべきは、コンピーュタがはじき出した最善手とは違う手を打って、それが勝因と
なることが、これまでも再三ありました。

ある解説者はこんな時、“藤井さんが地球人だったら、こう指すのに、彼は宇宙人だから”と
驚きを込めて言いました。

あるいは“藤井はAIを超えた”とも表現します。これこそがまさに“天才”が放つ魅力です。
本当に、彼の思考は常人の思考を突き抜けています。

彼の深くて鋭い読みは、旧世代の棋士たちの経験知をはるかに超えています。

藤井君は、自分で最新で最高の能力を持ったCPU(中央処理装置)を買ってきて、自分
でパソコンを組み立てたものを使っています。

ある時、藤井君は、コンピュータを使って研究しますが、と聞かれて、“ええ”と言った後の
言葉に心底驚きました。

今は誰もがコンピーュタを使って研究しているけれど、自分はそうした相手にどのように立
ち向かったらいいかを研究するためにコンピュータを利用しています、という趣旨のことを
言ったのです。一歩も二歩も先を行っています。

一体、彼の頭の中はどうなっているのか、とつくづく思います。

ところで、ここまで大谷翔平と藤井君という二人の若き天才にある種の共通点を見出します。

まず、天才だけが見せてくれる超人的な能力で、これは大きな魅力です。しかし彼らは自ら
の才能を誇示するわけでもなく、勝負している時は勝負に没頭することです。

たとえば、大谷はなぜ、敢えて危険な盗塁をするのかを考えてみると、彼は、その場で自分
がすべきこと、できることを全力でやる、それで怪我をしても、それは仕方がない。これが
彼の気持ちなのでしょう。

藤井君も、世間の評価や、自分が有名になることや、お金を稼ぐことには全く関心を示しま
せん。今年の3月に高校の卒後を直前に控えて、彼は退学してしまいます。

また、普通の大人なら、タイトル戦などでは、自分のプライドや世間の評判や収入など、色
んな雑念が頭をよぎると思いますが、藤井君は全く気にしないようです。

純粋に一局一局に没頭して楽しんでいるかのようです。ちなみに、10月からのタイトル戦
(竜王)の賞金は4400万円です。

そして、私が何よりも天才に惹かれるのは、そこに”美”があることです。大谷の投げる姿、打
つ姿、走る姿、すべてに美しさがあります。

藤井君の将棋には、同じ勝つにしても、そこに”華麗さ”があります。

さらに、人間としての魅力もあります。私なら、これだけの才能をもっていたら、得意になっ
て多少は傲慢になってもおかしくないのに、二人とも、飛び抜けた天才なのに控えめで、その
時その時に自分のやるべきことに全力を尽くす、その姿勢に私は魅力を感じます。

コロナ禍で陰鬱な気分になっている今、彼らの存在は、気持ちに明るさをもたらしてくれる二
人に感謝です。

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