子どもの貧困(1)―子供の貧困率6人に1人―
厚生労働省によれば、平成25年時点で、「貧困家庭」の子どもは6人に1人(16.3%)となっています。これは先進国の中で最悪の率です。
ここで、「貧困世帯」とは、経済協力開発機構(OECD)の定義で、その国の標準的な世帯が年間に得る手取り収入の半分以下で暮らす
18歳未満の子供の割合を示します。つまり、「最低限の暮らしに必要なお金」がない世帯の子供の割合です。
平成25年を例に考えると、1人世帯では122万円以下、2人世帯では173万円以下、3人世帯では211万円、4人世帯では244万円
以下の世ということになります。
食べ物や着る物がないという絶対的貧困率とは異なりますが、教育機会や文化的体験の格差が著しく、実質的に子どもの成長に大きな
ハンディとなることが問題視され、重要な政策課題として先進国で取り組まれています。
日本で貧困率が高いのは、ひとり親世帯で、その大半は母子世帯です。このような母親を就労につなげることで貧困から脱する政策を取
る国が多い中で、日本は仕事をすることが貧困の解消にならない特殊な状況が指摘されています。
というのも、母子家庭の場合、賃金水準の低い非正規雇用の親が多く、保育所不足もあって働く時間も制限されています。この点でも、
非正規雇用の抜本改革が迫られています。
2015年12月3日に放映されたNHKの番組『子どもの貧困「社会的損失4兆円」』は、子どもの貧困が、今のまま放置されるとどうなるか
を、主として経済的な観点から検証しています。
この番組の基礎となった元データは、今年7〜11月、日本財団と三菱UFJリサーチ&コンサルティングによる研究結果で、15歳の子ども
約120万人のうち、ひとり親家庭、生活保護家庭、児童養護施設の計約18万人を対象としています。
もし現状のままの教育支援などしなかった場合、将来、正社員として就職する人が9000人減るほか、無職になる人が4000人増えること
になり、生涯で得られる所得は学習支援を行った場合と比べて2兆9000億円、少なくなります。
他方、国の財政負担は税収や保険料が減ることから1.1兆円増え、経済や国の財政に与えるマイナスの影響=「社会的損失」は、15歳
の子どもの場合、4兆円に上ることが分かりました。
子どもの貧困について社会全体に与える影響が具体的に数値で示されたのは初めてだということで、日本財団は「子どもの貧困は経済に
も大きな影響を及ぼす問題としてきちんと対策をとることが重要だ」と指摘しています(注1)。
4兆円という金額は、15歳だけを対象にした推計値ですが、15歳に限らなければ損失額は何十倍にも膨れ上がる。日本財団は「慈善事業
でなく経済対策として捉え、官民で取り組むべきだ」と指摘しています。
子供の貧困と国全体の経済との関係をもう少し詳しく見てみましょう。
今日、大学や専門学校などへの進学率は80%に達していますが、貧困世帯の子どもは32%にとどまります。貧困家庭の
子ども18万人の就業状況を推定すると、64歳まで働くとして、その間に得る所得の合計は約22・6兆円でした。
一方、何らかの対策が行われ、高校の進学率、中退率が一般家庭の子どもと同じになり、大学などへの進学率が54%まで上昇したと仮定
すると、正社員は増加し、無職は減少して、合計所得は約25・5兆円に増えます。
したがって、この推定でも差額は約3兆円に上ります。
日本財団は「子どもの貧困を経済的観点から見た調査はこれまでなかった。官民の対策の後押しになれば」としている(『毎日新聞』(2015年
12月3日夕刊)
ところで、日本における子供の貧困率は、いつ頃から、どんな経緯で進行したのでしょうか。
昭和60年(1985年)には10.3%でしたが、昭和年(1988年)にはバブルの絶頂期にもかかわらず、12.9%と2.5%以上も上昇しました。
その後は、一貫して上昇し続け、平成24年(2012年)には16.3%に達し、子どもの6人に1人が貧困家庭という状況になりました。
(厚生労働省 『国民生活基本調査』平成25年:15ページ)
上記期間に、平成3年(1991年)のバブル崩壊、平成20年(2008年)の「リーマンショック」という、景気後退の大きな出来事があり、現在でも
そこから完全には回復していない実態です。
それどころか、前回の記事で書いたように、労働者の実質賃金は減り続け、生活保護世帯も人数もが増えているのが現状です。
貧困率が上がったのは親の収入が減ったことが一因です。例えば,平成25年(2013年)でみると、母子世帯が働いて得る年収は,全ての
世帯平均(400万円)の半分以下の179万円にとどまり、数も平成22年(2010年)の70万8千世帯から,82万1千世帯へ増えました。
しかも、母子家庭の貧困率は50%強、つまり2人に1人が貧困家庭の子どもです。
この背景には、正社員よりも待遇が劣る非正規雇用の母親も多く,子どもの貧困につながっている、という事情もあります。
小中学校でも給食や修学旅行などは自費で,家計を圧迫します。高校でも教材や通学などの費用はかさみます。
経済的に自立するために十分な教育が受けられず,そのため不利な就職を強いられるかもしれません。そうした子どもの、そのまた子ども
も貧困となる可能性が大きく、「貧困の連鎖」に陥りかねなません。
実際、貧困家庭の進学率は極端に低い状態にあります。
このような状況は、社会にとっても大きな損失で,税金を納める人が減ったり,生活保護などの社会保障費が膨らんだりすることになります。
これは、経済的な面にだけ焦点を当てた問題ですが、社会公正や平等性という人権の面から見ても、大いに問題です。
とうのも、貧困は子どもの責任ではないのに、たまたま貧困家庭に生まれたために、社会的に不利益こうむらなければならないからです。
こうした状況にたいして、平成25年の通常国会では与野党の議員立法で提出した「子どもの貧困対策推進法」が全会一致で成立しました。
親を亡くした遺児の団体は,18歳までとなっている遺児年金や児童扶養手当の支給年齢の延長のほか,子どもの貧困率の削減目標を定め
たり,親の就労支援を強化しありするよう政府に求めています(『東京新聞』2014年8月3日)。
各方面からの要請もあり、政府はようやく、平成26年8月29日付けで、『子供の貧困対策に関する大綱~ 全ての子供たちが夢と希望を持って
成長していける社会の実現を目指して~』を決定しました(注2)。
この大綱の細かな内容については別の機会に譲るとして、全体として、項目だけは満遍なくならんでいますが、現時点では予必要な予算も確保
されておらず、支援体制もできていません。
そこで、貧困から抜け出すための一つの条件である、教育、とりわけ大学・大学院などの高等教育に対する国の支援についてみてみましょう。
日本の社会保障政策は年金や介護など高齢層に支出が集中しており、教育に対する支援は諸外国に比べても極端に少ないのが現状です。
先進国では多くの場合、大学や大学院の高等教育について返還する必要のない給付型の奨学金が充実し、授業料が無料あるいは低額ですが、
日本は高等教育を受ける子への公的支援がほとんどありません。
日本では授業料が高いため進学率は親の収入に強く影響されるので奨学金にたよることになりますが、その奨学金も返済型がほとんどで、卒業
後に返済に苦しむ人が多いのが実情です。
「貧困家庭の子どもが進学できない社会に未来はない」という毎日新聞の主張に私も同感です(『毎日新聞』2014.8月24日)
次回は、こうした貧困家庭の子どもの実態と政府の対応を見てみたいと思います。
(注1)http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151203/k10010328331000.html;
『日経デジタル』(2015年12月3日)
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG03H1O_T01C15A2000000/
(注2)内閣府のHP http://www8.cao.go.jp/kodomonohinkon/pdf/taikou.pdfで「大綱」の全文を読むことができます。
厚生労働省によれば、平成25年時点で、「貧困家庭」の子どもは6人に1人(16.3%)となっています。これは先進国の中で最悪の率です。
ここで、「貧困世帯」とは、経済協力開発機構(OECD)の定義で、その国の標準的な世帯が年間に得る手取り収入の半分以下で暮らす
18歳未満の子供の割合を示します。つまり、「最低限の暮らしに必要なお金」がない世帯の子供の割合です。
平成25年を例に考えると、1人世帯では122万円以下、2人世帯では173万円以下、3人世帯では211万円、4人世帯では244万円
以下の世ということになります。
食べ物や着る物がないという絶対的貧困率とは異なりますが、教育機会や文化的体験の格差が著しく、実質的に子どもの成長に大きな
ハンディとなることが問題視され、重要な政策課題として先進国で取り組まれています。
日本で貧困率が高いのは、ひとり親世帯で、その大半は母子世帯です。このような母親を就労につなげることで貧困から脱する政策を取
る国が多い中で、日本は仕事をすることが貧困の解消にならない特殊な状況が指摘されています。
というのも、母子家庭の場合、賃金水準の低い非正規雇用の親が多く、保育所不足もあって働く時間も制限されています。この点でも、
非正規雇用の抜本改革が迫られています。
2015年12月3日に放映されたNHKの番組『子どもの貧困「社会的損失4兆円」』は、子どもの貧困が、今のまま放置されるとどうなるか
を、主として経済的な観点から検証しています。
この番組の基礎となった元データは、今年7〜11月、日本財団と三菱UFJリサーチ&コンサルティングによる研究結果で、15歳の子ども
約120万人のうち、ひとり親家庭、生活保護家庭、児童養護施設の計約18万人を対象としています。
もし現状のままの教育支援などしなかった場合、将来、正社員として就職する人が9000人減るほか、無職になる人が4000人増えること
になり、生涯で得られる所得は学習支援を行った場合と比べて2兆9000億円、少なくなります。
他方、国の財政負担は税収や保険料が減ることから1.1兆円増え、経済や国の財政に与えるマイナスの影響=「社会的損失」は、15歳
の子どもの場合、4兆円に上ることが分かりました。
子どもの貧困について社会全体に与える影響が具体的に数値で示されたのは初めてだということで、日本財団は「子どもの貧困は経済に
も大きな影響を及ぼす問題としてきちんと対策をとることが重要だ」と指摘しています(注1)。
4兆円という金額は、15歳だけを対象にした推計値ですが、15歳に限らなければ損失額は何十倍にも膨れ上がる。日本財団は「慈善事業
でなく経済対策として捉え、官民で取り組むべきだ」と指摘しています。
子供の貧困と国全体の経済との関係をもう少し詳しく見てみましょう。
今日、大学や専門学校などへの進学率は80%に達していますが、貧困世帯の子どもは32%にとどまります。貧困家庭の
子ども18万人の就業状況を推定すると、64歳まで働くとして、その間に得る所得の合計は約22・6兆円でした。
一方、何らかの対策が行われ、高校の進学率、中退率が一般家庭の子どもと同じになり、大学などへの進学率が54%まで上昇したと仮定
すると、正社員は増加し、無職は減少して、合計所得は約25・5兆円に増えます。
したがって、この推定でも差額は約3兆円に上ります。
日本財団は「子どもの貧困を経済的観点から見た調査はこれまでなかった。官民の対策の後押しになれば」としている(『毎日新聞』(2015年
12月3日夕刊)
ところで、日本における子供の貧困率は、いつ頃から、どんな経緯で進行したのでしょうか。
昭和60年(1985年)には10.3%でしたが、昭和年(1988年)にはバブルの絶頂期にもかかわらず、12.9%と2.5%以上も上昇しました。
その後は、一貫して上昇し続け、平成24年(2012年)には16.3%に達し、子どもの6人に1人が貧困家庭という状況になりました。
(厚生労働省 『国民生活基本調査』平成25年:15ページ)
上記期間に、平成3年(1991年)のバブル崩壊、平成20年(2008年)の「リーマンショック」という、景気後退の大きな出来事があり、現在でも
そこから完全には回復していない実態です。
それどころか、前回の記事で書いたように、労働者の実質賃金は減り続け、生活保護世帯も人数もが増えているのが現状です。
貧困率が上がったのは親の収入が減ったことが一因です。例えば,平成25年(2013年)でみると、母子世帯が働いて得る年収は,全ての
世帯平均(400万円)の半分以下の179万円にとどまり、数も平成22年(2010年)の70万8千世帯から,82万1千世帯へ増えました。
しかも、母子家庭の貧困率は50%強、つまり2人に1人が貧困家庭の子どもです。
この背景には、正社員よりも待遇が劣る非正規雇用の母親も多く,子どもの貧困につながっている、という事情もあります。
小中学校でも給食や修学旅行などは自費で,家計を圧迫します。高校でも教材や通学などの費用はかさみます。
経済的に自立するために十分な教育が受けられず,そのため不利な就職を強いられるかもしれません。そうした子どもの、そのまた子ども
も貧困となる可能性が大きく、「貧困の連鎖」に陥りかねなません。
実際、貧困家庭の進学率は極端に低い状態にあります。
このような状況は、社会にとっても大きな損失で,税金を納める人が減ったり,生活保護などの社会保障費が膨らんだりすることになります。
これは、経済的な面にだけ焦点を当てた問題ですが、社会公正や平等性という人権の面から見ても、大いに問題です。
とうのも、貧困は子どもの責任ではないのに、たまたま貧困家庭に生まれたために、社会的に不利益こうむらなければならないからです。
こうした状況にたいして、平成25年の通常国会では与野党の議員立法で提出した「子どもの貧困対策推進法」が全会一致で成立しました。
親を亡くした遺児の団体は,18歳までとなっている遺児年金や児童扶養手当の支給年齢の延長のほか,子どもの貧困率の削減目標を定め
たり,親の就労支援を強化しありするよう政府に求めています(『東京新聞』2014年8月3日)。
各方面からの要請もあり、政府はようやく、平成26年8月29日付けで、『子供の貧困対策に関する大綱~ 全ての子供たちが夢と希望を持って
成長していける社会の実現を目指して~』を決定しました(注2)。
この大綱の細かな内容については別の機会に譲るとして、全体として、項目だけは満遍なくならんでいますが、現時点では予必要な予算も確保
されておらず、支援体制もできていません。
そこで、貧困から抜け出すための一つの条件である、教育、とりわけ大学・大学院などの高等教育に対する国の支援についてみてみましょう。
日本の社会保障政策は年金や介護など高齢層に支出が集中しており、教育に対する支援は諸外国に比べても極端に少ないのが現状です。
先進国では多くの場合、大学や大学院の高等教育について返還する必要のない給付型の奨学金が充実し、授業料が無料あるいは低額ですが、
日本は高等教育を受ける子への公的支援がほとんどありません。
日本では授業料が高いため進学率は親の収入に強く影響されるので奨学金にたよることになりますが、その奨学金も返済型がほとんどで、卒業
後に返済に苦しむ人が多いのが実情です。
「貧困家庭の子どもが進学できない社会に未来はない」という毎日新聞の主張に私も同感です(『毎日新聞』2014.8月24日)
次回は、こうした貧困家庭の子どもの実態と政府の対応を見てみたいと思います。
(注1)http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151203/k10010328331000.html;
『日経デジタル』(2015年12月3日)
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG03H1O_T01C15A2000000/
(注2)内閣府のHP http://www8.cao.go.jp/kodomonohinkon/pdf/taikou.pdfで「大綱」の全文を読むことができます。