大木昌の雑記帳

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オリンピック考(1)―開会式をめぐる皇室と官邸の確執―

2021-07-25 15:13:59 | スポーツ
オリンピック考(1)―開会式をめぐる皇室と官邸の確執―

「私は、ここに、第32回近代オリンピアードを記念する、東京大会の開会を宣言します」。

天皇陛下によるこの宣言によって、「2020東京オリンピック」が2021年7月23日、正式に
開幕しました。

新型コロナウイルスの感染拡大で初めて延期された上、8割以上の競技会場が無観客となりました。
開会式も950人ほどの関係者だけが入場しました。

異例づくしの大会は205カ国・地域と難民選手団の約1万1000人の選手が参加し、8月8日まで史上最
多33競技339種目が行われます。

この開会式は、700発の花火が打ち上げられましたが、「無観客の東京五輪開会式 にぎわいや熱
気なく」という日本経済新聞の表現がぴったりでした(注1)。

ところで、開会式に関連して今回のオリンピックが通常ではないことを象徴する、二つの場面があり
ました。

一つは、2020東京オリンピックの名誉総裁である天皇陛下が開催宣言を、約束事の慣例を変更し
て行ったことです。

オリンピック憲章は、開催国の元首が開会宣言を行うことを定め、その儀礼上の約束事として、宣言
文の定形型を例示しています。

たとえば1964年の東京オリンピックの際には天皇陛下が「第18回近代オリンピアードを祝いこ
こにオリンピック東京大会の開催を宣言します」と述べたことがその典型です。

ちなみに、「祝い」に対応する定形分の原文(英語)は “celebrating” という言葉が使われています。

「記念する」でも「祝い」でも大した違いがない、小さな事のように見えますが、この背景には、陛
下の強い「ある思い」がありました。

この変更については、開催が決定的になった時から、今回のオリンピックが新型コロナウイスのパデミ
ックの最中、それも他ならぬ東京で拡大していることから、陛下はどうしても、素直に「祝い」という
言葉を使いたくなかったようです。

実は、開会式に先立って「祝い」という表現をめぐって、官邸と宮内庁との間で、天皇陛下の宣言文を
どのようにするかの話し合いが行われました。

そして、今回は世界的なコロナ禍で多くの人命が失われ、今も多数の人々が苦しんでいること」から、
和訳のみの変更ということで「祝い」ではなく「記念し」に落ち着きました。

しかし、考えてみれば、邦訳だけとはいえ、五輪憲章の約束事である定形型を変えるよう宮内庁側(陛
下側)が政府に要求し、実際に変更されたことは異例です。それだけ、天皇陛下の側に、開催に対する
拒否的な気持ちが強かったのだろうと思われます。

なお、通常はこのような場合、天皇と皇后が揃って出席するのが通例ですが、今回は陛下一人での出席
でした。ここにも何かの思いがあったのでしょうか?

もう一つの場面は、天皇陛下が立ち上がって、宣言を始めたときにことです。左隣に菅首相が、その先
には小池東京都知事が座っていました。

ところが、菅首相は天皇陛下の開会宣言が始まっても着席したままでした。その後、気が付いた小池都
知事が菅首相に目配せすると、二人はやおら立ち上がりました。

私自身もこの光景に何とも言えない違和感を抱きました。もし、座ったままで陛下の宣言を聞く、とい
うことが予め決まっていたならそれは問題ありませんが、映像を見ればわかるように、菅首相は、途中
からのろのろと立ち上がったのです。

このことにネットで厳しい批判の声が上がっています。たとえば、“天皇陛下の開会宣言に着席したまま…
菅首相に「不敬にも程がある」”“陛下が話し始めてから起立する小池氏と菅総理不敬にも程がある”、“天
皇陛下が席をお立ちになったらすぐ立つべき。恥ずべき映像を世界に流してしまった“ ”陛下の開会宣言
のVTRが流れるたびに、菅が座ってたところも映るのか……あまりに不敬“ などの非難がネット上に寄
せられました(注2)。

“不敬”とはいかにも大げさな表現ですが、少なくとも一国を代表する元首が立って開会宣言をする時は、
通常の常識を持っている人なら、一緒に立つのが礼儀ではないでしょうか?

これに関して、菅首相の方から特に釈明らしきコメントは発せられませんでしたが、可能性としては、何
か他のことを考えていて、陛下と一緒に立ち上がることをうっかりしてしまったことは考えられます。

あるいは、菅首相は、陛下が今回のオリンピック開催にたいして「祝う」という言葉を使わず「記念し」
という言葉に換えたことに、菅首相は内心不満だったのかもしれません。

このことも含めて、この開会式に至るまでの経緯の中で、天皇陛下と官邸との間には、明らかな確執とい
うか対立があったからです。

そして、天皇陛下の心の奥底には、このパンデミックのまん延の下でのオリパラの開催に対する「抵抗」、
そしてコロナウイルスのまん延拡大にたいする心配があったと思われます。

これを考えるために、開会式に至るまでの陛下側と官邸との経緯を追ってみましょう。

第一は、6月24日、宮内庁の西村泰彦長官は24日の定例記者会見で、「拝察」という形で、パンデミ
ック下のオリンピック・パラリンピックの開催が新型コロナウイルスを拡大されるのではないかと懸念し
ていると発言したことです。

この背景には、数日前に菅首相は陛下へ「内奏」を行い、おそらくそこで、新型コロナのまん延状況、オ
リパラの開催についての話をしたと思われます。

これは推測の域を出ませんが、おそらく陛下は、菅首相がコロナウイルスのまん延状況にも関わらずオリ
パラを強行することを感じ、そこに強い危機感を抱いたと思われます。

これにたいして、加藤官房長官、丸川五輪相、菅首相は直ちに、これは西村氏の個人的な気持ちにすぎな
い、との談話を発表しました。

このこと自体が、政府幹部の慌てぶりを、はからずも露呈してしまいました。

しかし、このブログの6月27日の記事でも書いたように、西村長官が、陛下が言わなかったことを公に
言うことは考えられません。

たとえ「拝察」という建前であったとしても、 オフレコではなく「オン」(公にする)であることを明言
していることから、これは陛下のオリパラの開催に対する危惧と、一種の「抵抗」であったと考えることが
自然です。

第二に、宮内庁の側から、開催宣言には「祝い」という言葉は使わないことが官邸側に伝えられたことです。
そして、上に述べたような交渉の結果、「記念し」に変更されました。これも、五輪の開催が政権浮揚に有
に働くことを期待していた菅首相にとっては面白くない一件だったに違いありません。

このことが、開会宣言の際に、菅首相が、あとからのっそりと立ち上がったことと関係しているのかどうか
は分かりませんが、外見的にはそのように、見えてしまいます。

第三は、宮内庁は、今回のオリパラには皇室からは観客として参加することはない、と発表したことです。
もちろん、建前はコロナの感染の拡大防止のため、東京語は緊急事態宣言の下にあり、片方で外出自粛を呼び
掛けているのに皇室関係者が観戦にでかけることはできない、という理屈はあります。しかし、それと同時に、
オリパラへの観戦そのものへの心理的抵抗があったことも十分考えられます。

第四は、7月17日に菅首相が主催する、バッハ会長らIOC役員の歓迎会が迎賓館赤坂理由で行われ、40
名ほどが参加しましたが、天皇陛下は参加しませんでした。

このような式典には天皇陛下あるいはその名代としてしかるべき人物が出るのが通例ですが、それもありませ
んでした。ある記者は、こうした場面に、元首である天皇陛下が出ないことは異例であると語っていました。
ここにも、菅首相のオリパラ強行にたいする陛下の「抵抗」が感じられます。

第五は、上に書いた開催宣言文の変更です。これも、陛下のオリパラにたいする強い「抵抗」の一つとして考
えられます。

一つ一つの出来事をみると、それぞれそれなりの説明はつくのですが、それらこのようにまとめて見てみると、
そこに一貫したものが感じられます。つまり、天皇陛下がさまざまな方法で、オリパラの強行開催に対して精
一杯「抵抗」し、あるいは「抗議」の気持ちを表してきたのではないかと、考えることができます。

以上は私の個人的な推測の域をでませんが、正直な印象です。

(注1)『日本経済新聞』(デジタル 2021/7/24 12:20)https://www.nikkei.com/video/6264917500001/?playlist=4654649186001
(注2)7/24(土) FLASH (2021.07.24 06:54 配信)
https://smart-flash.jp/sociopolitics/151498 

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夏の日の出は、早くも力強い光を放ちます。                           そのころ、森では斜め横から差し込む太陽の光が美しい模様を描きます。
                                                  




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大谷翔平の衝撃-メジャーリーグを3度救った日本人選手-

2021-07-18 09:29:09 | スポーツ
大谷翔平の衝撃-メジャーリーグを3度救った日本人選手-

意外に聞こえるかも知れませんが、私は、これまでアメリカの野球界(メジャーリーグ=
MLB)を3人の日本人選手が救ってきたと思っています。

もちろん、現在では、圧倒的に大谷翔平人気ですが、その前に1995年に近鉄バファロ
ーズ(現オリックス)から投手としてロサンジェルス・ドジャーズに入団した野茂英雄と、
2000年11月にオリックスから野手としてシアトル・マリナーズに入団したイチロー
に触れておかなければなりません。

野茂が渡米したMLBは、1994年から長期のストライキに入っていて、アメリカでは
野球にたいする人気が急落していました。

そこに、日本人としては32シーズンぶりにメジャーリーガーとして登場したのが野茂で
した。

野茂は、身体を竜巻のようにねじって投げる独特のフォームで、「トルネード投法」とい
われました。

この独特のフォームで、バッターを次つぎと三振に打ち取ってゆきました。当時、“サンシ
ン”、という日本語が流行し、”NOMOMANIA” という英語の造語が登場しました。

野茂の投球はたちまち、野球に対するアメリカ人の興味を復活させ、人びとが球場に足を
運ぶようになりました。まさに野茂はMLBにとって“救世主”だったのです。

続いてイチローですが、彼がマリナーズに入団した年の翌年(2011)は、いわゆる
「9・11」テロ事件が勃発した年で、アメリカ社会は戦争ムード一色で、人びとの関心
は野球から離れてしまいました。

このタイミングで日本からやってきたのがイチローでした。彼は打って、走って、守って、
驚異的な活躍をして、全米の注目を再び野球に引きつけました。

彼は、ルーティーンの体操で体をほぐした後、打席にはいると、サムライが刀を突き出す
ような独特のしぐさでボールを待ちます。これがまた神秘的な雰囲気を醸し出し、アメリ
カのファンを魅了しました。

このイチロー・スタイルを子どもたちがたちまち真似するようになりました。子どもだけ
でなく、当時、地元のシアトルでは、“夕食の支度をする主婦の手を止めさせたのはイチロ
ーだけです”と言われました。

イチローの登場はアメリカに住むアジア系の人びとに、自身と勇気を与えました。この意
味で、イチローという存在は「社会現象」となったのです。

さて、いよいよ大谷翔平です。彼は2017年のオフに日本ハムからロサンゼルス・エン
ジェルスに移籍しました。そして、実際の出場は2018年のシーズンからでした。

この年の成績はこのシーズンは打者として打率・285、22本塁打、61打点、10盗塁。投手
としては10試合に先発登板し4勝2敗、防御率3・31の成績を残し、MLB史上初の「10登板、
20本塁打、10盗塁」を達成し、シーズンを終了しました。

しかし、かねてからの問題であった肘の故障で10月にトミー・ジョン手術をうけ、翌年
2019年9月には膝の手術を受けました。

このため、事実上2019年の後半と2020年はもっぱらリハビリに専念する事になり
ました。

一部には、大谷をマイナー・リーグに落とした方が良いのではないか、という意見もでて
いました。しかし、この時期が、今年の大活躍をする体を作った重要な期間となりました。

そして、今年2021年のシーズンが始まると、投手とバッターという一人二役の二刀流
が果たして機能するのか、手術とリハビリ明けの今年、多くの人は注目していました。

蓋を開けてみれば、大谷は見違えるように生き生きと躍動し、オールスター前の前半だけ
で33本のホームランを放ちました。この数アメリカン・リーグとナショナル・リーグを
含めた全選手のトップです。

大谷の評価と人気は日ごとに高まり、ついに、オールスター・ゲームでは従来の規則を変
更してまでも、投手と代打の両方に出場可能にしたのです。MLBとファンの誰もが大谷
の二刀流を見たかったからです。

ちょっとオーバーに言えば、今年のMLB前半は、大谷のためのシーズンだったのです。
そして、多くの人をもう一度、野球への関心を高め、球場に足を運ばせたのです。

今期の大谷に成績を見てみましょう。投手としては13試合に登板し、4勝1敗、防御率
は3.49ですから、まあまあで特別好成績というわけではありません。

時々、投球が乱れて4連続四死球をだし、ワン・アウトもとれずに交代したこともありま
した。投手としては、後半戦に期待したいところです。

大谷が人々を惹きつけるのは、美しいフォームで軽々と遠くへ飛ばすホームランです。な
ぜならホームランは野球の「華」だからです。

大谷にはホームランの他にも優れた面がいくつかあります。それは、このシーズンでも見
せた、相手の守備陣形を見て行った、絶妙なセイフティー・バンドです。

次に、彼が12個の盗塁を決めていることです。投手であることを考えれば、全力疾走で
盗塁することは、普通は考えません。なぜなら、盗塁には体力の消耗の他に、二塁手と接
触して怪我をする危険性があるからです。

しかし、大谷は何より、チームが勝つことを優先しています。ある時、一塁に出ていた大
谷は、思い切った盗塁を決めて二塁に進みました。その日のインタビューで、(この日は
ホームランを打っているのですが)「今日の盗塁はホームランより価値があったと思う」
と述べています。

この盗塁で二塁まで進んでいたために、次のバッターのシングルヒットでホームまで全力
疾走で走り込みスライディングして間一髪セーフになりました。これが決勝点となってサ
ヨナラ勝ちしたのです。

この時、彼が仰向けになったまま両手を突きだして、喜びを全身で表現した光景が忘れら
れません。

こうした大谷のプレーを見ていると、日本の高校野球でたたき込まれた基本がしっかり身
についていると感じます。その一つが、全力疾走・チームプレーです。

いずれにしても、大谷が走る時の、その姿が実にほれぼれするほど美しい。これも大谷の
大きな魅力です。これに匹敵する美しい走りをするのはイチローくらいです。失礼を承知
でいえば、松井秀樹の走りはどことなくドタドタとした印象を与えます。

ちなみに、大谷とイチローとの対比で、興味深いことがあります。ファンは、大谷にホー
ムランを期待します。これに対して、イチローに関してあるシアトルの記者が語っていた
言葉が印象に残っています。彼は、イチローの全盛期のころ、次のように語っています。
    誰も、イチローがホームランを打たないことは知っている。そうではなくて、何
    でもない内野ゴロを見に来るんだ。普通ならアウトになってしまうのに、イチロ
    ーならひょっとして、俊足を飛ばしてセーフになるのではないか、というそのス
    リルを味わうために観戦にくるんだ。

一般にはホームランこそが野球の「華」、内野ゴロは失敗、と思われがちですが、アメリ
カのファンは野球の理解と楽しみ方が深いな、と思います。

野球選手としての大谷の活躍は申し分ないのですが、かれが全米で愛されているのは、人
間としての魅力も大いに影響しています。

まず「見栄え」の良さです。日本人の選手としては長身で193センチもあります。決し
て肥満ではなく筋肉は引き締まっていかにもしなやかな強靭さを感じさせます。それでも
どちらかといえば童顔でいつも笑顔を絶やさず好印象を与えます。

さらに、よくコメントとして挙げられるのは、彼の人柄、優しさ、飾らない素直さ、謙虚
さ、礼儀正しさ、笑顔、ひとなつっこさ(ちょっと持ち上げすぎかな)です。

これら全てを含めて、一言でいえば、大谷(アメリカでは “オータニ”または“ショーヘイ”)
はキュートでカッコイイ。彼が試合で登場すれば“ショータイム”になるのです。

アメリカのファンは、新たなヒーロ、オータニに熱狂している感があります。テレビのアナ
ウンサーも、”異星人”(space alien)、”怪物”(beast)という表現を使っていました。

アスリートとしての大谷の優れた面の他に、テレビやメデイァも大谷の人としての良さをた
びたび取り挙げています。たとえば、グラウンドを歩いているとき、彼が落ちていたゴミを
拾い、ごく自然にポケットに入れたシーンをカメラが捉えていました。

これは、「ゴミを拾うことは運を拾うことだ」という花巻東高校野球部の伝統で、部員にと
っては当たり前のルーティーンなのだそうです。全力疾走もゴミ拾いも、この高校での教育
のすばらしさがこういうところにも出ています。

この他にも、自分の投げたボールで相手チームのバッターが折れてしまったとき、大谷はそ
れを拾って、彼に手渡し、軽く背中をポンポンとたたきました。普通は、このようなことは
しないそうです。

最後に、大谷はホームラン・ダービーでもらった報酬、日本円で1650万円を、日ごろに
なっているスタッフに寄付したことを申し添えておきます。

後半では、ホームランだけでなく、投手大谷の“ショータイム”を是非みたいと思います。
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コロナウイルスはしぶとい。どんどん新人を送るよ。                  もう、どうしたらいいか分かんないよ

『東京新聞』(2021.7.4)   『東京新聞』(2021.7.14)                    

                               


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日本は「安い国」?(2)―残された選択肢―

2021-07-12 12:45:08 | 経済
日本は「安い国」?(2)―残された選択肢―

前回は、中藤玲著『安いニッポン』を手掛かりに、日本は、諸外国(アジア諸国も含めて)
と比べて物価が安いことを、さまざまな事例を紹介しました。

日本は「失われた20年」と表現されるように、バブルがはじけて以来続いている長期の
デフレ状態にあります。

中藤氏はこれを一言で、『「東京は土地も何も世界一高い」と言われたのも、今や昔』と
表現しています。

給料がそこそこ高くて物価が安いのなら理想的ですが、日本の企業経営者は、少しでも値
段を上げると売れなくなってしまうことを恐れて価格を上げられない、と考えています。

つまり、給料が低いから物価を安くしないと売れない→すると企業の利益は少なくなる→
そのためには人件費(給料)を下げざるを得ない→これが、回り回って物価を安くさせる。
ここで、給料の低さと物価の安さとの負の循環が出来上がってしまいます。

中藤氏によれば、日本人の間には「ずっと日本で生きていくなら、給料が低くても物価が
安ければ暮らしやすい」という意見も少なからずあったという。

このように考える人は、敢えて収入を増やそうとするよりも「我慢して貯める」か「じり
貧で使う」というつましい生活を細々と続けてゆく選択肢することになります。

海外との賃金格差についての記事を書くと「日本は給与よりもやりがいを重要視する文化
だ」という反応が多く寄せられるそうです。

ところが、実際には必ずしも、そのような「文化」で満足しているわけではないようです。

2020年の調査では、日本人は「賃金・給与」への満足はイギリス、フランス、ドイツの4
ヵ国中で最下位でした。

もっと言えば、購買力平価換算(国際比較が可能な調整を行った貨幣の実質的購買力)し
た日本の平均年収は2019年時点で、すでに韓国より低いのです。

それでも「賃金以外の楽しみ」が充足して人びとが幸福であれば問題ありません。

しかし日本人の、「レジャー・余暇」「生活全般」への満足度も最下位でした。つまり、
お金の豊かさもなければ、精神的な豊かさもないのが現実なのです。

リクルートワークス研究所の中村氏は、「自然と四季があるから豊かな国」という価値
観から抜け切れずにいると、このままでは本当に貧しい国になってしまう、と危惧して
います。

一般の日本人は、「安い物価やデフレをどう思うか」というアンケ―トの結果を見ると、
2020年3月、「歓迎すべきだと思う」が25.06%、「良くないと思う」が17.44%、残り
が「どちらとも思わない」となっていました。

2021年1月には、「歓迎すべきだと思う」が27.58、良くないと思う」が14.72%、残り
が「どちらとも思わない」となっていました。

これらの数値をみると、どちらかと言えば、物価の安さを歓迎する人が多いようです。

生産者への還元を思うと適正価格にすべきだが、自分の所得水準を考えると値上げは困
る、といった意見がありましたが、これが多くの人の本音でしょう。

実際問題として、賃金が低いと個人は幸せになれません。豊かさを語るとき、賃金は避
けて通れないのです。

そこで、私たちは現在日本が置かれた状況を冷静に見つめ、そこから、個人として、ま
た社会としてどのような道を歩んでゆくべきかを考える必要があります。

給与の低さと物価の安さの悪循環の根底には何があるのでしょうか?中藤氏はいくつか
の要因を上げていますが、私は、もっとも重要な要因は、日本経済の労働生産性の低さ
であると思います。

労働生産性とは、労働によって成果がどれだけ効率的に生み出されたかを数値化したも
のを、通常は米ドルで示したものを指します。

これでみると、2019年における日本の1時間当たりの労総生産性は47.9ドル(=4866円)、
アメリカ(77ドル=7816円)で、統計がたどれる1970年以降、ずっと、主要七か国
(G7)で最下位が続いています。順位でいえば、先進国(OECD)加盟国37か国中
26位でした。

ちなみにこの年の1位はアイルランド、2位はルクセンブルク、三位アメリカ、四位ノルウ
ェー、5位ベルギー、と続きます。

これにたいして、同年、人口動態や産業構造がよく似ている韓国は、年間の労働生産性が
8万2252ドルで24位、日本は8万1183ドルで日本を1.3%上回っています。

生産性の差は、いろんな場面に現れます。たとえば労働時間です。

OECDによればドイツやフランスの労働時間は年間1300~1500時間、日本は1644時間
で、日本より1~2割短い。それでも、それらの国では人々が長いバカンスを楽しみます。

なぜ、そのようなことが成り立っているのでしょうか? それはひとえに生産性が高いか
らです。時間当たり労働生産性でみると、日本と同様に製造業が盛んなドイツは74.7ドル、
フランスは77,4ドルで、日本の47.9ドルをはるかに上回っています。

これには多くの要因が関係していると思われますが、中藤氏が指摘している事情は示唆に
富んでいます。

つまり、例えば自動車なら、需要が最低の状況を想定して、それでも企業として利益が出
るような生産体制で価格設定をしているからだという。

かつてドイツに滞在したことのある、金融経済研究所の所長は、「ヨーロッパでは5倍の
時間をかけて作った車も10倍の価格で売れば、金額の生産性は2倍になる。それこそが
ドイツの生産性の高さの理由だった」と分析しています。

つまり、ドイツ車のブランド力で、多少高くても、そして品薄になっても消費者は高いお
金を払い、納車も長く待つ、というのです。

こうして、ブランド力、技術力の高さがドイツの製造業に高収益と高賃金を実現させてい
るのです。果たして日本製品は、ここまでのブランド力をもっているだろうか。

これに対して日本のメーカーは、欠品しないように需要変動のピークに合わせて生産能力
を持つため、需要が落ち込むときに値下げをしてしまう。

日本は、本来「物造り日本」を誇りにしていたのに、今ではその技術力の国際的な優位性
が相対的に低下し、日本以外の国でも同様の製品ができるようになってしまいました。

すると、残るのは大量生産による価格の安さで勝負することになってしまいます。

もう一つ、日本全体の給与水準と下げ、したがって物価を下げる圧力が常に働いているのは、
日本の雇用の多くを占めているサービス業の賃金の低さです。

とりわけ、教育、社会福祉分野のサービス業では、日本の1995年から2018年までの労働生
産性上昇率はマイナス0.9%で、G7で最低水準です。

テーマパークなどの娯楽、理容店など対個人のサービス分野でもずっと労働生産性の低下が
続いています。

ダイソーの「100円均一」や廻転寿司の「100円寿司」がずっと続いているように、飲
食業界でも、価格の安さと労働生産性の低さ、企業収益の低さ、そして給与の低さのマイナ
スのサイクルが繰り返されています。

今回はくわしく書けませんが、日本が相対的に後れをとっているのは、これからの経済力を
支えるITの分野です。

たとえば、最近では優秀なIT技術者を世界的な規模で激しい獲得競争が展開されていますが、
日本はこの分野でことごとく負けています。

IT技術者の給与をみると、GAFAでは30才台で1500~2700万円なのに、日本では520~
750万円と大きな差があります。い

NTTの場合、研究開発人材は35才までに3割がGAFAに引き抜かれていくという。さら
に最近では、中国からも現在の給与の2~3倍で引き抜かれた例もあります。

ITだけでなく、たとえば日本の得意分野だったアニメ業界でも、現在では多くの優秀な日本
人アニメーターが日本にある中国企業に高額の給与で雇われて働いています。中国からすると、
日本のアニメーターの方が給与は安くて済むからだいうのです。

日本の企業も、人件費を抑えて安い価格で勝負をするのではなく、優秀な人材を雇い、また教育
・訓練をして労働生産性を上げる努力をすべきです。

また、個人としては、組合により一律の賃上げを要求するのではなく、自分の価値を企業認めさ
せるだけの、知識や技能を身に着ける必要があります。そして、どうしても現状に満足できなけ
れば、転職する勇気を持つことです。

いずれにしても、これからは単なる社員ではなかなか難しい時代になったとこは確かです。
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森にはクチナシの甘い香りが漂います。                                 日本の植物なのか今まで見たこともない不思議な植物です。                                                         
              


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日本は「安い国」?(1)―インバウンドの“真実”が語る衝撃―

2021-07-05 11:29:37 | 経済
日本は「安い国」?(1)―インバウンドの“真実”が語る衝撃―

最近出版された本の中で、中藤玲『安いニッポン「価格」が示す停滞』(日経プレミア
シリーズ、2021年5月)は、かなりショッキングでした。

この本が示す具体的な数字や内容の詳細な説明は別の機会に譲るとして、本書の「はじ
めに」で著者が紹介しているインバウンド(訪日外国人)の現実から私が受けたショッ
クから書いてみます。

それは、かつてインバウンド(訪日外国人)で賑わう家電量販店の幹部が著者につぶや
いた言葉です。

「彼らは日本が素晴らしいから何度も来ているんじゃない。お買い得だからきているん
だ」。

つまり、日本の物価が安いから、それを目当てに日本に何度も訪れているのが実情です。

訪日外国人の数は、2013年には1036万人だったが、2018年にはその3倍の
3119万人と激増しました。まさに日本がインバウンド・バブル沸いていたころです。

もちろん、この訪日外国人がすべて観光客というわけではなく、ビジネスも含めてさま
ざまな目的の人が含まれます。これを考慮したうえで、彼らの出身国・地域を見ると、
以下の通りです。

2018年の実績をみると、訪日外国人の34.2%が中国、13%が韓国、12.9
%が台湾、7.4%が香港、6.4%がアメリカ、残りがその他の国と地域からでした。

つまり、インバウンドの7割弱(67.3%)が近隣の東アジア諸国からの訪日客だっ
たのです。観光客だけをみるとさらにこの比率は8割を優に超すでしょう。

彼らが日本に来て実際に何をしたかは、下のグラフに示されています。上位5項目は、
日本食を食べること、ショッピング、繁華街の街歩き、自然・景勝地観光、日本の酒を
飲むこと、の順になっています。

これらのうち、「日本食を食べること」が断然多く、訪日客のほとんど(96.2%)
が実際に日本食を楽しんだようです。次がショッピングで、84%と高率でした。

しかし、一般に海外旅行の主目的と考えられる「自然・景勝地観光」は4番目、「日本
の歴史・伝統文化体験」は9番目でした。
   
  
 出典 https://www.intage.co.jp/gallery/hounichigaikokujin/ (2019.6.11)

こうしたデータを見ると、日本人は、日本が素晴らしいから訪日外国人が増えている、
と思いたいのですが、実態は東アジアの人たちが、安い買い物のついでに安い日本食
(後述)を食べてお酒を飲むことが来日の主目的のようです。

この傾向はインバウンドの訪日客が実際に使った項目別の金額でさらにはっきりします。
つまり、全支出のうち買物代が全体の35%弱、飲食費が21.7%で、この二つで全
体の半分をはるかに超える56.7%も占めています。

ちなみに、宿泊費が30%弱ですから、泊まって買物と飲食した金額は全体の87%近
くに達します。これがインバウンド・バブルの実態です。

そして、そのショッピングの動機は、ただただ日本の物価が安いからです。冒頭で紹介
した本では、幾つも事例で、日本の物価が諸外国(東アジアも含めて)いかに安いかを
示しています。

たとえば、ダイソーの「100均」を考えてみましょう。ダイソーはインバウンドの人
気スポットでした。

マレーシアから来た女性は、キャラクター型のスポンジや、プラスチックのケースなど
カゴ一杯に詰め込んで、「こんなに安くていいのかしら」といったという。

ダイソーは海外26か国・地域に2248店を出店している。海外では「100円均一」
のような単一価格ではなく、商品によって3段階ほどの価格差があります。

しかし、商品の基本価格(この場合、最も多い商品の価格で、日本でいう税抜100円)
をみると、タイは60バーツ(210円)、フィリピンは88ペソ(190円)、マカオ
は15パタカ(200円)、イスラエルは10シェケル(320円)という具合です。ち
なみにアメリカでは160円、ニュージーランドでは270円です。

海外でダイソーの商品が基本価格100円で売られている場所はありません。ダイソーの
幹部によれば、海外の場合、人件費や賃料などの現地維持費が高いためにこのような価格
になってしまうのだそうです。

それでも、タイでは210円でも安いと、中間層に人気なのです。

日本企業のダイソーは商品も日本産だから、日本は物流費がかからずに一番安いのではない
か、とも思える。

しかし、中国から調達する商品もあるにも関わらず日本は中国(160円)より安いのです。

ダイソーの幹部によれば、海外での価格が日本よりずっと高いのは、
    いま進出している国や地域の全てで人件費、賃料、物価、そして所得が向上してい
    る。20年前ならいくら高品質でも「新興国で200円前後」なんて売れなかった
    が、今は現地の購買力が上がったため成り立っている
ということです。

新興国では人件費(働く側からみて賃金)、賃料(家賃)、物価水準、そして所得も上がっ
ているので、日本の倍以上の値段でも売れるのです。

言い換えると、新興国では日本よりも賃金も不動産価格も高く、一般の物価水準も所得も上
昇傾向にあるということになります。

これは現在の日本経済の停滞を象徴しています。日本では1997年をピークに実質賃金が
長期低落しており、企業は物価を上げられず、したがって利益も確保できなくなるから賃金
はますます低く抑えられ、それがまた物価の上昇を抑える、というデフレの下降循環(デフ
レ・スパイラル)に陥っています。

ダイソーと同様のことは「100円寿司」についてもいえる。くら寿司の「100円すし」
の価格はアメリカ店では270~310円、台湾では140円で、日本より高い。

では、外国企業が提供するサービスに関してはどうでしょうか。これを世界のディズニーラ
ンドの入場価格で比較すると、ここでも日本の安さが際立ちます。

2021年1月の予約価格をみると、日本では8200円、フロリダ州の場合1万4500円、
カリフォルニア州やパリ、上海でも1万円を超えていました。日本より敷地が狭いといわれ
る香港でも約8500円です。しかも、コロナ禍まえの2020年3月までフロリダ州の半額の
7500円だったのです。

日本のディズニーランド入場料は世界で最も安い水準なのです。

日本のダイソーも、くら寿司もディズニーランドも、現行価格を上げるとお客さんが減るこ
とを心配して、低価格を維持しています。そこでは、働く人たちの低賃金という犠牲のうえ
に、この安さが支えられていることを忘れてはなりません。

最後に、テレビでも取り上げられた中国のアニメ制作事情は、日本の賃金水準の低さを考え
ると非常に象徴的でした

最近、中国ではアニメ作品の制作が盛んですが、その制作のため、日本に企業を設立し、腕
の良い日本人アニメーターをさかんに雇っています。

中国のアニメ制作会社の説明では、同じ品質のアニメを作るなら日本人を雇った方が中国人
を雇うより賃金が安くて済むということでした。

そこで働く日本人アニメーターは、正規社員として雇ってくれて、賃金も日本企業で働くよ
り高いので満足している、と語っていました。

今や日本は、中国の下請け的存在になりつつあるのです。ただし、このように日本人の優れ
た技術者がアジア諸国から高級で引き抜かれているのは、アニメ界だけではなく、他の分野
でも、そして韓国でもずいぶん前から進んでいました。

次回は、なぜ、日本は「安い国」になってしまったのかを、もっと広く日本経済の構造的問
題、そして、これからどんな選択肢があるのかを考えたいと思います。



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