大木昌の雑記帳

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アメリカ大統領選挙(3)―アメリカ社会の亀裂と地殻変動―

2016-11-26 06:06:41 | 国際問題
アメリカ大統領選挙(3)―アメリカ社会の亀裂と地殻変動―

ヒラリー・クリントンは敗北を認めた直後の演説で、「私たちが思ったよりも深く国が分断されていた」と語りました(『毎日新聞』2016年11月10日 夕刊)。

この短い言葉の中に、現代のアメリカ社会が抱える深刻な分断や亀裂と、それをもたらした地殻変動ともいうべき深刻な変化が起こっていることが凝縮
して示されています。

クリントンは、敗北の真の原因を、広範で深い分断の存在を過小評価していたことを告白したのです。

逆にトランプは、アメリカ社会のあちこちに走っている「分断」、「断絶」「溝」を意図的に鮮明にあぶり出し、選挙運動に利用してゆきました。

この意味で、トランプの勝利は、単に選挙戦略・戦術においてうまく勝ち取った“表層なだれ”的勝利と言うより、もっと根源的な“底なだれ”のような勝利
であった、と言えます。

では、その「分断」「亀裂」はどこに、どのようにして発生してしまったのでしょうか?

今回の選挙を象徴する「分断」は、相互に関連したいくつかの対立構造として長年にわたり社会の深部に抑え込まれていましたが、その不満や怨念が
大統領選挙で噴出したのです。

「分断」「亀裂」はさまざまな言葉で表現されます。たとえば、「白人対非白人」、「エリート(エスタブリッシュメント)対庶民」、「富裕層対中間・貧困層」、
「マジョリティー対マイノリティー(イスラム教徒・女性・同性愛者など)」、「都市と田舎」などです。

まず、アメリカ社会全体について言えることは、富裕層と、中間・貧困層との間の格差が後者の人々にとって我慢できないほど拡大したことです。ここで、
政治家、官僚、財界のエリートと富裕層とはほぼ一致し、庶民は中間・貧困層とほぼ一致します。

こうした全体的分断構造の中で、入れ子状態で「白人対非白人」という亀裂が進行していったのです。

しかも、この対立構造はさらにいくつかの分断を内包しています。

まず、「白人と非白人」という枠組みでは、白人は非白人に対して優位で支配的な立場におり、非白人は経済的・社会的に不利な立場に置かれていて、
その差別に不満をもっていました。

しかし、同じ白人でも労働者と、ごく一部の富裕層との間には深い亀裂がありました。かつて労働者は、自分たち「99%の貧困層と1%の富裕層」、とい
う言葉を掲げて、ウォール街の財界エリート層に抗議のデモを行ったこともあります。

今回の大統領選で起こった大番狂わせは、生活が良くならない「白人労働者の反乱」、中間層から貧困層に転落した、あるいは転落しそうな「白人中間
層の反乱」(『毎日新聞』2016年11月10日 朝刊)をもたらした、という側面があります。

クリントンは、ウォ-ル街の企業から選挙資金を得ていたため、彼女は富裕層、エスタブリッシュメントのシンボルでもありました。

他方で、こうした白人中間層は、移民のために職を奪われ賃金を安く抑えられてしまっている、という移民に対する敵愾心を抱いていました。ここにも、
大きな亀裂が存在しました。

これまでの民主党政権は、民主主義、人種、価値の多様性を認める「ポリティカル・コレクトネス」を謳ってきましたが、白人中間層や貧困層が抱く、こうし
た不満にあまり注意を払ってきませんでした。つまり彼らは「忘れられた人々」だったのです。

トランプは、白人労働者の失業や貧困化をもたらしたのは、グローバル化によって、安い製品がアメリカに流入したこと、アメリカの企業が海外に出て行っ
てしまったことが原因だ、と訴え続けました。

白人労働は、国内では移民によって、国際的にはグローバル化の中で、置き去りにされてしまったと感じていました。

トランプは、「この国で忘れられた人々が、もはや忘れられることはない」と強調し、これらの白人層の支持を確実につかんでいきました(『朝日新聞』2016
年11月10日 朝刊)。

映画監督のマイケル・ムーア氏はトランプの勝利を予測していました。彼は選挙前、「メキシコで製造してアメリカに入ってくる自動車に35%の関税をかけ
る」、というトランプの発言が、鉄鋼業や製鉄業が廃れた「ラストベルト」の有権者に「甘美な音楽のように響いた」と指摘しています(『東京新聞』2016年11
月15日)。

こうした事情は、同じ白人でありながら、中間層や下層の白人労働者が、どれほど強い不満や怒りをワシントンの政府や財界にどれほど強く抱えていたか
を示しています。

トランプが当初からTPPに反対していたのは、これらの人々の鬱屈した気持ちを分かっていたからだった。

白人中間層や貧困層と非白人との間には、さらに別の亀裂がありました。

白人中間層は、移民が職を奪っているとの不満の他に、非白人の人口比率は高まっているのに、白人の人口比率はずっと低下し続けていることに対して
恐怖にも似た危機感をもっていました。

実際、白人の人口比率は年々低下しており、アメリカ統計局の推計では、2010年の63.7%から2015年には61.6%へ、2.1ポイントも低下してしまい、今世紀半
ばまでに半数を切る見通しです。

こうなると、白人を支持基盤とする共和党にとって、選挙での勝ち目は薄くなる一方です(日本経済新聞』2016年11月10日 朝刊)。

トランプ氏の勝利を、「白人」とバックラッシュ(揺り戻し)を混ぜた造語の「ホワイトラッシュ」と表現するメディアもありました。

つまり、国内で経済的、社会的、文化的に影響力をうしないつつあると危機感を失いつつある危機感を抱く白人有権者による「揺り戻し」という見方です
(『毎日新聞』2016年11月11日 朝刊)。

人口比率の低下に対する危機感の問題は直接的には言葉としては出てきませんでしたが、トランプの「(メキシコ移民)は麻薬や犯罪を持ち込む。彼らは
強姦魔だ」、という感情的な表現や、「イスラム教徒のアメリカ入国を禁止すべきだ」といった敵意むき出しの言動は、結局のところ、白人の優位が脅かさ
れていることに対する危機感を代弁したの表れでもあったのです。

ところで、トランプがイスラム教徒にたいする敵意を口にすることには、いくつかの背景があったと思われます。

一つは、何といっても、「9・11事件」の記憶を呼び起こし、多くの共感を得るためでした。二つは、ヨーロッパでも生じている、イスラム系移民排斥の動きと
連動して、思うように生活が向上しない怒りの矛先として、イスラム教徒をターゲットにしたことです。

三つは、宗教的な溝として、キリスト教対イスラム教という、古くて新しい対立の構図を鮮明に浮かび上がらせたことです。

前回の記事「アメリカ大統領選(2)」でも書いたように、今回の選挙でトランプ=共和党が強かったのは、かつて鉄鋼業や製造業、とりわけ自動車産業で
栄えた「ラストベルト」と並んで「バイブルベルト」でした。

アメリカの中央から南部にかけて広がる「バイブルベルト」は、敬虔で保守的なキリスト教徒が多い共和党の牙城で、トランプもこの地域を集中的に遊説し
ています。

興味深いことに、民主党の地盤は東西の沿岸地域であり、共和党の地盤は大陸の真ん中で、これは選挙結果(図1)にも現れています(注1)。
                               図1 民主党・共和党の選挙結果                 
                                

今年の3月、選挙活動を取材した日本人記者は、「ラストベルト」に属するオハイオ州のある労働者とのインビューで次のような言葉を聞かされました。
    大型ハンマーも削岩機も知らない、ショベルの裏と表の区別もつかない政治家に俺らの何がわかる? 年金の受給年齢を引き上げようとする
    政治家は許さない。ヤツらは長生きするだろうが、俺の体は重労働でボロボロだ。
    15歳から製鉄所の食堂で働き、高卒後は最もきつい溶鉱炉に入った。トランプが、社会保障を守ると言ったことがうれしかった。
    溶鉱炉の同僚の半分は早死にした。政治家なんて選挙前だけ握手してキスして、当選後は大口献金者の言いなり。信用できない。

また、7月に同じくオハイオ州を訪れた記者は、労働者(失業中?)とのインタビューの最中に、ニューヨークの反トランプのデモをテレビで見ながら次のような言葉を聞きました。
    東海岸は政治家、大企業、銀行、マスコミで、西海岸はハリウッド俳優やシリコンバレー。どっちもリベラルの民主党支持者で、
    物価の高い街で夜ごとパーティーで遊んでいる。テレビが伝えるのは、エスタブリッシュメント(既得権層)のことばかりだ。
    大陸の真ん中が真の米国だ。鉄を作り、食糧を育て、石炭や天然ガスを掘る。両手を汚し、汗を流して働くのは俺たち労働者。今回
    は真ん中の勝利だ
と言って、それを地図で表わしました(図2)
                        図2 大陸の真ん中が真のアメリカ
                        


今回の選挙には、「都市と田舎」とのあまりにも大きな亀裂をもあぶり出しました。

トランプは、アメリカ社会の分断という傷口を巧みに利用して勝利を獲得しました。しかし、こうしてあぶり出された分断を縫い合わせアメリカ社会をまとめ上げることを、非常に
困難にしてしまったことも事実です。

次回は、今回の大統領選挙の結果を、もう少し時間的に長いアメリカの歴史と、世界史的な文脈の中でどのように位置づけられるのかを検討したいと思います。

(注1)以下の図1、図2、そしてインタビュー記事は、『朝日新聞」デジタル版 (2016年11月13日01時31分)より引用(2016年11月15日閲覧)
    http://digital.asahi.com/articles/ASJCD23KGJCDUHBI006.html?rm=998


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アメリカ大統領選(2)―トランプの勝因・クリントンの敗因―

2016-11-19 07:25:36 | 国際問題
アメリカ大統領選(2)―トランプの勝因・クリントンの敗因―

どちらも嫌い、と言われた嫌われ者同士のトランプとクリントンの大統領選は、トランプの勝利に終わりました。ただし、これはアメリカの特殊な
選挙制度のためであり、得票数ではクリントンの方が20万票ほど多かった事実は確認しておく必要があります。

というのも、今回の大統領選挙は、はからずも国内に深い亀裂が存在する実態をさらけ出したからです。

トランプの勝因とクリントンの敗因についての分析は、現在までほぼ出尽くした感があります。

たとえば、今回の大統領選の大番狂わせは、「忘れ去られた白人労働者の不満に基づく反乱」とも言われています。

これは一つの重要な要因ではありますが、勝因にせよ敗因にせよ、それぞれには選挙戦略・戦術の面と、もっと本質的なアメリカ社会に起きて
いた変化の両面があります。

まず、今回は両候補の勝因と敗因のうち、選挙戦略・戦術の面から見てみましょう。

「暴言王」の異名をもつトランプは、数々の暴言を吐いてきました。「有名人には女性は何でもやらせる。思いのままだ」「イスラム教徒の米国入
国を完全に禁止すべきだ」「国境に巨大な壁を作る。メキシコが費用を払う。100%だ。不法滞在者を強制送還する」などなど、枚挙にいとまが
ありません。

女性蔑視、人種差別、ヒスパニック系の流入に対する、極端な阻止姿勢など、一見すると、有権者の反感を買いかねない言葉を次々と口にし
ました。

これらの暴言によって、トランプから離れた有権者、特に女性とヒスパニック、有色人種、同性愛者などのマイノリティーはいたはずです。

しかし、私は、これらの暴言は計算された、トランプのメディア戦略だったと思います。

恐らく彼は、2年前の党大会での失敗から学んだのでしょう。その年の共和党大会で彼は前座を務め、時折、漫談のような語り口で会場から笑
いをとってはいましたが、熱気に乏しかったようです。

今やトランプ主義の代名詞となった「MAKE AMERICA GREAT AGAIN(米国を再び偉大に)」という言葉に拍手も起きなかった。誰も気に
留めていませんでした。

ところが、昨年6月の立候補表明で「メキシコ人は麻薬や犯罪を持ち込む」と言い放つと、暴言の数々とそれへの反発をメディアが連日報じたの
です。人と違ったことをしたり、相手とやり合ったりするとメディアは喜び、金がかからず、効果も大きい--と、トランプ氏は計算済みでした。

わずか3%だった支持率は上がり続け、翌7月には党内首位に立ちました。

米国には、増加する移民や非白人に対する白人の焦り、経済のグローバル化の波にのまれた労働者の不満、与野党対立で動かない政治への
いら立ち、人種や宗教などで差別を助長しない表現「ポリティカル・コレクトネス」を重視する社会への反発、などが漂っています。

トランプ氏がツイッターで火を付けると、支持者らの差別的感情むき出しの投稿がツイッターにあふれました。トランプはこれを巧みに利用します。

昨年12月のトランプ氏による「イスラム教徒の入国禁止」発言をしました。信教の自由に関わるだけに国内外から非難が殺到しました。

しかし直後にネバダ州で開かれた集会で、支持者はことごとく「トランプ氏は正直だ」「我々が思っていることを言ってくれる」とまくし立てました。

この集会を取材した日本人記者は、「人々の心の奥底にある差別意識や敵意が、トランプによって表出する怖さを感じた」と述べています。集会で
は当初は支持者が「壁を築け!」と大合唱して一体になっていただけですが、本選が近づくと「クリントン氏を投獄しろ!」に変わっていったのです
(『毎日新聞』2016年11月16日 朝刊)。

暴言は「正直の証」になったのです。ポピュリズムの怖さを感じます。

トランプは、ツイッターを多用します。現在、彼のフォロワーは1500万人ほどです。ツイッターの場合、通常でも言葉はどんどん過激になってゆく
傾向にありますが、トランプ支持者の間では、長年の不満と怒りの爆発という要素があるため、一層、過激になったのでしょう。これは、クリントン
には無かったメディアの使い方です。

今回の大統領選では、2年前には見向きもされなかった、「アメリカを再び偉大に」というメッセージは、強いインパクトと共感を呼びました。

それでは、暴言も含めて、彼の選挙戦略は、どのような投票結果を生んだのでしょうか? それを検証してみたいと思います。
                  
CNNは投票日に出口調査を行いました。出口調査ですから、その結果は、調査側の期待や推測ではありません。ただし、出口調査であっ
ても、トランプに投票したのに、クリントンと答えた人かなり多かったと思われます。(日本経済新聞 11月10日 朝刊)。

なお、女性は全体ではさすがにクリントンに投票した人数の割合(54%)の方が多いが、白人女性だけを見ると、逆に、
トランプへの投票がクリントンへの投票(43%)より10ポイント多く(53%)なっています。

これを見ると、白人女性は、女性差別的暴言にもかかわらず、トランプ支持を変えなかったことがわかります。

白人男性だけをみると、トランプへの投票は63%と、クリントン(31%)の倍でした。つまり、トランプの女性差別発言に対して白人男性の場合、
ほとんど問題にしていないことを示しています。

暴言のたびにメディアがトランプを取り上げたため、それが、とりわけ白人の男性にはかえって格好の選挙宣伝になった可能性すらあります。

トランプの選挙資金はクリントンの半分ほどでしたが、こうしたメディアの対応がトランプの選挙運動を結果的に助けた面もあります。

パーセントだけをみると、人種差別発言の影響がもっとも顕著に表れたのは、白人全体と非白人の投票です。

白人の58%がトランプに、クリントンへの投票は37%でした。ところが、非白人の投票を見るとトランプへは21%、クリントンへは74%にも達し
ていました。

学歴でみると、大卒以上のトランプ支持は43、クリントン支持は52%で、高学歴になるとクリントン支持者が優位となります。

他方、高卒以下の白人は出口調査の34%を占め、このうちトランプに投票したのは67%と圧倒していました。トランプ自身は超富裕層なのに
労働者層の支持を得たのは、ビジネス手腕で経済を立て直すとの主張が浸透したためでした(『日本経済新聞』2016年11月10日)。

党派別では民主党員の89%が民主党に、共和党員の90%が共和党に投票しており、ここでほとんど差は着きませんでしたが、無所属の有権
者のうち、トランプへの投票が48%であったのに対して、クリントンへの投票は42%にとどまりました。

恐らく、当初、サンダースに期待をかけた若い人たちの中には、クリントンのエリート的発想を毛嫌いし、棄権やトランプへ投票した可能性さえ
あります。

多くの激戦区は、両者の得票数は非常に接近していたことを考えると、この無所属の人たちの投票率が6ポイントもトランプ優位であったことは、
最終結果(選挙人獲得数)に大きな影響を与えたと思われます。

ところで、アメリカ北部、五大湖周辺は製鉄・鉄鋼業を中心とした、いわゆる「ラストベルト」(「錆びた鉄地帯」)と呼ばれ、製造業地域で、伝統的に
労働組合が強く、民主党の地盤だった。

トランプは、この地域を集中的に狙い、「敵陣」の切り崩しに力を注ぎました。経済の衰退で失業者が増え、不満と不安がうっ積していました。民主
党はこれまで、こうした労働者にあまり目を向けてきませんでした。

既成政治への批判と自由貿易反対を掲げ、「変化」を訴えるトランプ氏が「私があなた方の声になる」と集中的に語りかけのです。

こうして、ラストベルトで最大の選挙人20人を割り当てられたペンシルベニア州はクリントン氏やや優位と予想されたが、形勢を逆転。勝率80%
以上でクリントン氏盤石のはずだったウィスコンシン州までトランプは手中にしました(注1)。

トランプの「ラストベルト」への訪問回数は、クリントンの倍でした。これは、トランプ陣営の緻密な戦略に基づく戦略的勝利と言えるでしょう。

「ラストベトの攻防」については多くのメディアが指摘していますが、もう一つ、今回の選挙で明らかになったことがあります。

図1にみられるように、サンベルトと並んで、アメリカ南部と中西部にまたがる「バイブル(聖書)ベルト」と呼ばれる、敬虔で保守的なキリスト教徒が
多く住む州が、ほぼ全て、トランプ陣営に勝利をもたらしました(注2)。この問題については、次回に再び触れようと思います。

                       図1  ラストベルトとバイブルベルト
                           

トランプが「アメリカを再び偉大に」、「変化」、「アメリカ第一」「仕事を取り戻す」と、理想主義と現実的・切実なメッセージを訴え続けたのに対して、
クリントン陣営は、これらに対抗する説得力のあるメッセージを発してこなかったのです。

クリントンの売りは、経験と実績、女性初の大統領です。そして、民主党の伝統である福祉重視(特に、オバマケアと呼ばれる医療制度)、人種、宗教、性別に
基づく差別の否定、多様性の肯定、国際社会への積極的参加(地域紛争や戦争への関与を含む)などです。

しかし「経験と実績」は、既成政党に対して不満を抱いている有権者には、新鮮さがなく、エリート支配の象徴として、かえって攻撃の対象となってしまいました。

オバマ現大統領は、「チェンジ」(CHANGE=変化)を前面に出して国民の熱狂的な支持を得て民主党の政権奪取に成功しましたが、8年経ってみると、多くの国
民は自分たちの生活を向上させる何の変化を感じていなかったのです。“Change Yes We Can”と言うメッセージは今や虚しい空念仏になってしまったのです。

むしろ、貧困層や貧困層に転落しそうな中産階級の人々は、8年間のワシントンでのエリートによる政治にうんざりしていると同時に反感を抱いていたようです。

また、国際社会への参加は、湾岸戦争、アフガン戦争、イラク戦争、シリア・IS問題などに関与して、多くの若者の血を流し、巨額の国家予算を浪費しただけで、
国民の多くは何の恩恵も受けてこなかった、などなど、否定的な側面だけを国民に印象付けてしまいました。

次回は、トランプの勝利の背景を、アメリカ社会に生じていた変化について考えてみたいと思います。



(注1)『朝日新聞 デジタル』(2016年11月10日) http://digital.asahi.com/articles/ASJC9741LJC9UHBI06M.html?rm=58
    (2016年11月11日閲覧) 
(注2)『日本経済新聞 電子版』(2016年11月12日 3:30)
    http://www.nikkei.com/article/DGXMZO09424890R11C16A1000000/?n_cid=NMAIL003
   (2016年11月12日閲覧) 


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アメリカ大統領選(1)―なぜ、トランプの勝利を読めなかったのか―

2016-11-12 07:13:33 | 国際問題
アメリカ大統領選(1)―なぜ、トランプの勝利を読めなかったのか―

代45代アメリカ大統領選は、2016年11月8日(現地時間)、大方の予想に反してドナルド・トランプ候補が、ヒラリー・クリントン候補
を破って当選しました。

今回の選挙は、どちらも選択したくない、極端に言えば、嫌いな候補者同士の選択、とも言われていました。

アメリカの有権者も、日本をはじめ外国の政治学者、ジャーナリズムも、投開票が始まった8日朝まで、この結果を誰も予想していな
かったでしょう。

今回の大統領選に関して、なぜトランプが勝ち、ヒラリーが負けたのか、それは一体、何を意味しているのか、そして、今後アメリカと
世界、とりわけ日本はどうなってゆくのか、といった、考えるべき大切な問題がたくさんあります。

これらの問題については、これからじっくりと検討するとして、今回は、取りあえず、「なぜ、トランプの勝利を予想できなかったのか」と
いう点に絞って考えてみたいと思います。

トランプが勝つことを予想できなかった理由は幾つか考えられます。

最も代表的な理由付けは、「暴言王」の異名をもつトランプ氏が選挙運動中に公の場で発した暴言、とりわけ女性蔑視的暴言、ヒスパ
ニック系移民を犯罪者のように罵る人種差別的暴言、イスラム教徒の入国を禁止するなどの宗教的差別発言、などの差別的・排外主
義的暴言は、多くの女性、リベラルな人々、ヒスパニックや黒人の強い反発を招いていたからです。

次は、いわゆる「隠れトランプ」の存在を過小評価していた可能性です(『東京新聞』2016年11月10日)。

今回の大統領選挙では、メデイァの調査で大きな見損じをしたのは、調査の現場で、自分はトランプ支持であることを表だって言うと、
差別主義者であると思われるのがいやで、本当のことを言わなかった可能性があったからです。

さらに、政治経験も軍隊経験もないトランプがアメリカの大統領に就任したら、アメリカの経済や社会・政治がどうなってしまうのか、
という広範な不安があり、まさかトランプの勝利はあり得ない、と多くの人々が思い込んでしまったことです。

対するヒラリーは、長年、政治の表舞台で活動してきた、いわばベテラン政治家です。

多くの人は、常識的に考えれば、大統領候補として、どちらが的確かは明らかであると、これも一方的に思い込んでいました。

他にも、トランプ氏に対するいくつかの「思い込み」があったと思われます。

この「思い込み」は、漠然とした期待をも含んでいるのに、いつしか、それが現実であるかのごとく信じてしまうことです。

ただし、アメリカ内外のメディアやアメリカ国民が、こうした「思い込み」を持つにいたった原因の一つには、世論調査の結果があり
ます。

たとえば、アメリカのニュース専門の放送局CNNは10月27日、10月25日までに不在者投票と期日前投票を行い、35州730万人
分の調査結果を2012年の投票と比較して発表しました(注1)。

同メディアはその総合評価として「激戦州でクリントン氏に勢い」と表現し、とりわけ、「激戦が予想される12州では、民主党が共和党
を上回っている」、と分析しました(注2)。

CNNのような、アメリカでは権威があるメディアがこのような発表をしたことで、多くの有権者、そして恐らくクリントン陣営も、民主党の
勝利は間違いない、と考えたのも無理はありません。

確かに、不在者投票や期日前投票を行った人たちは、それだけ政治にたいする関心が高く、初の女性大統領の出現を期待して、クリ
ントンに投票した人も多かったかもしれません。

このような事前の予測があったため、最終結果でトランプの勝利を耳にしたとき、多くのアメリカ国内外の人々に、「予想に反して」とい
う驚きを与えたのでしょう。

しかし、問題は、選挙の終盤にいたるまで、確かな証拠もなく、漠然とした「クリントン有利」という全般的な評価や雰囲気が変わらなか
ったことです。

こうした評価を、『ニューヨークタイムズ』『ワシントンポスト』などの有力紙もずっと流し続けていました。

今回の選挙とメディアとの関係について、明治大学、研究・知財戦略機構総合研究所フェローの岡部直明氏は、今回の世論調査の予
測をくつがえしたトランプ氏の選出は、アメリカ・メデイアの責任が大きい、と指摘しています(注2)。

岡部氏は、メディアが予測を見誤っただけでなく、トランプを過小評価し、その暴言を許してきたのは大きな問題だ、と述べています。

普通なら、セクシャル・ハラスメント、ヘイト・スピーチの規制対象となる暴言に対して主要メディアは徹底的に批判するのではなく、むし
ろメディアを盛り上げる格好の題材、話題程度ですましてしまったのです。

メディアの問題に関して、岡部氏は、次のように論評していいます(注2)。
 
    主要メデイアは、大統領選の大詰めで一斉に反トランプで足並みをそろえたが、時すでに遅しだった。本来、共和党の大統領
    候補の選出段階でトランプ氏にノーを突きつけるべきだった。主要メディアには差別発言のトランプ氏の大統領選参戦で紙面
    が盛り上がれた、それでいいという姿勢がみてとれた。選挙ビジネスを優先して、言論報道機関の役割を後回しにした米メディ
    アの罪は歴史に残るだろう。

岡部氏の、「メディアの罪」という評価に、私も賛成です。さらに付け加えれば、「メディアの敗北」でもありました。

ここで、注目すべきことは、アメリカのメディアは、日本と違って、政治的立場を明確にしていることです。

日本では、「表現の自由」が憲法で認められているにもかかわらず、「メディアは中立的でなければならない」、という風潮があり、とりわ
け安倍政権は選挙の前などでは厳しくメディアを監視しています。

この点を別にして、アメリカにおいても、メデイァによる世論調査の方法に問題があり、それが有権者の投票行動を左右することがあり
ます。

今回の例で言えば、この記事の最初の方で引用したCNNの調査結果です。

CNNに限らず、メディアによる世論調査は通常、固定電話を通じて行われます。しかし、現実には、携帯電話で生活し、固定電話を持た
ない人も多くいます。

また、たとえば固定電話をもっていても、住人が家にいるとは限りません。

このような条件のもとでの調査では、有権者の投票行動を正しく把握することはできません。

これをインターネットでの調査に切り替えても、やはり全ての人がインターネットのサイトをチェックして答えるとは限りません。

以上の条件を考えると、このような選挙に関する世論調査には限界があることが分かります。

ひょっとすると、イギリスのEU離脱の時と同様、まさか本当にトランプが勝利するとは思わず、投票に行かなかったり、あるいはトランプ
に投票してしまい、あとでびっくりして後悔している人もいるかも知れません。

もっと憶測を含めて言えば、一番びっくりしているのはトランプ自身かも知れません。

(注1)http://www.cnn.co.jp/usa/35091219.html
(注2)(注2)http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/071400054/111000011/?i_cid=nbpnbo_tp


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三笠宮発言の重み―南京虐殺「一人であっても虐殺」―

2016-11-04 22:34:17 | 社会
三笠宮発言の重み―南京虐殺「一人であっても虐殺」―

三笠宮崇仁親王(以下に三笠宮と略称)は、2016年10月27日、逝去されました。三笠宮は1915年(大正4年)12月2日生まれですから、
100歳の生涯ということになります。

三笠宮が生きた約1世紀の特に前半は、日本にとってもご本人にとっても激動の時代でした。

まず1936年には、青年将校が「昭和維新・尊王討奸」を合言葉に決起し、彼らが腐敗したと考える政財界の要人を襲撃し、高橋是清大
蔵大臣(当時)ほか数人を暗殺した、「二・二六事件」が起こりました。

これは、世界的な大不況下にあり、日本社会が暗く重苦しい世相の只中で起きた事件で、一層、不吉な未来を予感させました。

翌1937年には、「盧溝橋事件」をきっかけとして日中戦争が勃発し、続いて41年には太平洋戦争が始まりました。

三笠宮は、43年1月から44年1月まで中国派遣軍参謀として南京に就任しました。

戦後の1947年には東大文学部の研究生となり、歴史家として研究への道を歩み始めました。そして1954年には「日本オリエント学会」の
初代会長に就任します。

1964年には青山学院大学の講師(78年まで)、1985年には東京芸術大学客員教授(2003年まで)をとして教育にたずさわりました。

これらの経歴からみると、三笠宮は歴史家として学問と研究の道に専心してきたような印象をもちます。

しかし、三笠宮は皇族でありながら、戦時中も戦後にも、文筆や講演を通して日本が関わってきた戦争に批判的な発言をしています。

南京から帰任する直前の1941年1月、三笠宮は“若杉参謀”の名で将校らを前に講話をしています。

その講演では、軍紀の乱れや現地軍の独走を激しく指弾したという。この内容は戦後、著書、インタビューなどで明らかになります(注1)。

たとえば、1956年に上梓された『帝王と墓と民衆』(光文社)に付された「わが思い出の記」の中で、1年間ご赴任された南京で見聞した
日本軍の行状を痛烈に批判しています。
    
    一部の将兵の残虐行為は、中国人の対日敵愾心をいやがうえにもあおりたて、およそ聖戦とはおもいもつかない結果を招いて
    しまった。内実が正義の戦いでなかったからこそ、いっそう表面的には聖戦を強調せざるを得なかったのではないか。

これほど鋭く、本質を突いた言葉で日本軍人と日本のアジアにおける戦争批判が、昭和天皇の弟という皇族から発せられたことは、驚く
べきことです。

三笠宮がこのような厳しい言葉で批判した背景には、彼が南京に赴任中に見聞した、もっと生々しい事実があったからです。

1984年に刊行された自叙伝『古代オリエント史と私』(学生社)で、「今もなお良心の苛責にたえないのは、戦争の罪悪性を十分に認識し
ていなかったことです」と前置きしつつ、南京での実態をさらにしています。

    ある青年将校――私の陸士時代の同級生だったからショックも強かったのです――から、兵隊の胆力を養成するには生きた捕虜
    を銃剣で突きささせるにかぎる、と聞きました。また、多数の中国人捕虜を貨車やトラックに積んで満州の広野に連行し、毒ガスの
    生体実験をしている映画も見せられました。その実験に参加したある高級軍医は、かつて満州事変を調査するために国際連盟か
    ら派遣されたリットン卿の一行に、コレラ菌を付けた果物を出したが成功しなかった、と語っていました。「聖戦」のかげに、じつはこ
    んなことがあったのでした。

直接的な表現は避けていますが、『帝王と墓と民衆』のなかの「わが思い出の記」の中では、日本軍人による中国人女性の強姦について
も触れています。

日本軍の残虐行為に関連して、いわゆる「南京虐殺」についても、1993年1月に、『東方学』の座談会で、現地にいた軍人として、次のよう
に語っています。

    最近、南京虐殺が問題になっています。新聞をみていると、何万人殺したとか、いや殺してないとかいう話が載っていますけれども、
    これは数の問題ではなくて、1人であっても虐殺は虐殺なんです。(『東京新聞』2016年10月28日より引用)

また、94年には半世紀ぶりに公表された「支那事変に対する日本人としての内省」という文書にまとめられ、当時、月刊誌の取材で、次の
ように語っています。

    最近の新聞などで議論されているのを見ますと、なんだか人数のことが問題になっているような気がします。辞典には、虐殺とはむ
    ごたらしく殺すことと書いてあります。つまり、人数は関係はありません。(『THIS IS 読売』94年8月号)(注1)  

また、建国記念日の制定の動きがあった1957~58年頃、三笠宮は、これを神武天皇が即位したとされる2月11日の「紀元節」の復活とみて、
強く反対します。

    国が二月十一日を紀元節と決めたら、せっかく考古学者や歴史学者が命がけで積上げてきた日本古代の年代体系はどうなることで
    しょう。ほんとうに恐ろしいことだと思います。

つまり、歴史家としての三笠宮は、『古事記』や『日本書紀』の中で書かれている神武天皇は、歴史上の実在の人物であるかどうかは、歴史
学という科学の問題であり、科学的に検証されていない人物が即位した日を建国記念日とすることは間違いである、と言っているのです。

さらに、次の言葉は、実体験に基づいて現代日本の一部の人たちに対する強い批判と、日本の将来に危機感を表しています。現代の政治家
にも聞かせたい思慮に富んだ貴重な言葉です。

    偽りを述べる者が愛国者とたたえられ、真実を語る者が売国奴と罵られた世の中を、私は経験してきた。……それは過去のことだと
    安心してはおれない。もうすでに、現実の問題として現われ始めているのではないか。紀元節復活論のごときは、その氷山の一角にす
    ぎぬのではあるまいか。(注2)


この問題につい三笠宮はさらに、「紀元節についての私の信念」と題する論文(『文藝春秋』59年1月号)で、次のように危惧を述べています。

    日本人である限り、正しい日本の歴史を知ることを喜ばない人はないであろう。紀元節の問題は、すなわち日本の古代史の問題で
    ある。・・・(中略)昭和十五年に紀元二千六百年の盛大な祝典を行った日本は、翌年には無謀な太平洋戦争に突入した。すなわち、
    架空な歴史――それは華やかではあるが――を信じた人たちは、また勝算なき戦争――大義名分はりっぱであったが――を始め
    た人たちでもあったのである。もちろん私自身も旧陸軍軍人の一人としてこれらのことには大いに責任がある。
    だからこそ、再び国民をあのような一大惨禍に陥れないように努めることこそ、生き残った旧軍人としての私の、そしてまた今は学者
    としての責務だと考えている。

以上は、三笠宮が残されたお言葉や発言の一部にすぎない。それでも、過去においても現在においても、非常に客観的・冷静な目で自分と
日本の過去を批判的に見つめ、自分に対しては厳しく反省しています。

同時に、過ちを犯した人々にたいしても手厳しく批判しています。それというのも、三笠宮は、日本の将来に対して、強い危機感をもっている
からです。

三笠宮が皇位継承四位という皇族でありながら、これまで見たような見解を堂々と発表できた一つの理由は、彼が、政治的な発言が許され
ない、法律的に制約の多い天皇ではなかったこと間違いない。

しかし、それだけでなく、三笠宮個人の正義感や人間性、そして罪意識から、やむにやまれぬ心情として社会的に発言せざるを得なかったの
だと思います。

三笠宮は、後年、ダンスのサークルで一般の人たちと交流を深めていましたが、一人で電車で会場まで行くことがありました。

ここには、自分が皇室の人間であることを特別視することなく、人生を一般の国民と同じ目線で歩もうとする気持ちがよく表れています。

また、三笠宮は依然、天皇といえども人間であるから、その基本的人権は守られるべきだし、生前退位は当然認められるべきである、とも語
っています。

三笠宮の南京虐殺に関連して述べた当時の軍人に対する批判、「1人であっても虐殺」という明快な解釈、紀元節復活の動きに対するに対す
る警戒感、そして、「偽りを述べる者が愛国者とたたえられ、真実を語る者が売国奴と罵られた世の中を、私は経験してきた」という言葉は、今
の日本にとって、極めて重要なメッセージだと思います。

心よりご冥福をお祈りいたします。



(注1)これは、『デイリー新潮』(2015年12月8日)
 http://www.dailyshincho.jp/article/2015/12080705/?all=1 に再録されています(2016年10月30日閲覧)。
(注2) http://www.asyura2.com/14/senkyo161/msg/295.html (2016年10月30日閲覧);
    http://matome.naver.jp/odai/2144971574807356901(2016年10月30日閲覧) 



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