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大木昌の雑記帳

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動物たちの生き残り戦略(3)-病気・怪我・事故からの回復-

2013-01-29 07:37:39 | 自然・環境
動物たちの生き残り戦略(3)-病気・怪我・事故からの回復-

前回の記事で,動物や昆虫が身を守るために,どのような方法で必須栄養素を手に入れ,また自分の身を守るために,
植物が生産した“毒”や土などの自然物を,一方で捕食者から逃れるため,他方で病気の予防や治療に利用しているかを紹介しました。

今回も,シンディ・エンジェル著『動物たちの自然健康法-野生の知恵に学ぶ』(羽田節子訳,紀伊國屋書店,2003年)を参考にして,
最初に前回の補足と,次に動物は怪我や事故にどのように対処しているのかをみてみましょう。

前回の補足ですが,動物が食べる植物には,しばしば抗菌物質が含まれていることが重要です。

たとえばアフリカのマウンテンゴリラが食べる木の葉,実,樹皮,種子,木随の3分の1以上には,抗生物質を含む,
抗菌物質が含まれていることが分かってきました。従って,日常の食餌行動が同時に病気の予防になっているわけです。

しかし,それでも何らかの病原体に感染してしまうことは避けられません。それにはさまざまな方法で対処します。

動物は病気にかかるとまず食物を受け付けなくなります。奥まったところにひっこんで,回復するまで”断食”します。
これは回復を早める効果的な反応です。

細菌類はしばしばその生存に鉄分を必要としますが,感染中,体はさまざまな調節を行って,細菌が利用できる鉄分を減らそうとします。
絶食や減食にはこのような効果があるのです。

もう一つ,ほとんどの動物に見られる対処方法に,体温を上げることがあります。

ただし微生物は高温で殺せますが,体内の重要な酵素も高温によって破壊されてしまいます。

このため感染した体を治すためには体温を,病原体には打撃を与えるが,生体にに必要な酵素は破壊しない最適レベルにする必要があります。

自分で体温を上げることができない冷血動物,たとえばトカゲは,熱を生み出すために,暖かい場所を探してうずくまり,
「ひなたぼっこ」をして体温を2度ほど体温を上げます。

「ひなたぼっこ」は,太陽光線の中の紫外線による殺菌の効果もあります。

昆虫も感染に対処するために体温を上げます。カビなどに感染したアリやハエは植物によじ登って日光浴をするし,
細菌に感染したコオロギやバッタも,生き残るチャンスを求めて暖かな場所を探します。

ハチのような社会性をもつ昆虫は集団で感染を防ごうとします。ミツハチは,低温で感染しやすい菌類に感染すると,
その大きな飛翔筋を震わせて巣内の温度を上げ,幼虫への感染を防ぎます。

これに対して体温を自分で調節できる哺乳類では,病原体に感染すると,それを殺すために自動的に熱が出ます。

インフルエンザに感染すると熱がでることは私たちの多くが経験していることです。

また,嘔吐や下痢は動物が毒や病原体を排出する効果的な方法です。

私たちの身近では,イヌやネコが特定の草を食べる行為をよく見かけます。

これには,胃の中に入った毛などを排出するための場合もありますが,イヌやネコにとって有害な毒や病原体を排出する役割もあります。

問題は,以上のような対処法が動物の先天的な「本能」なのか,あるいは学習によって獲得してきたのか,という点です。

これは,なかなかやっかいな問題です。エンジェルは,自然健康法の大部分は学習の結果であると考えています。

たとえばシアン化合物毒を含んだ草を食べすぎてしまったヒツジが死んだり,病気になったとします。

これに対して,少し食べて異常を感じてたヒツジは直ぐに食べるのを止め,少しずつ食べる量を増やしたとします。これは一種の学習の効果です。

この二匹のヒツジが生き延び,子孫を残す確率は前者より後者の方が高いので,長い進化の過程で,
少しずつ食べて毒に順応することを身につけたヒツジがやがて大勢を占めることになる,というわけです。

つまり,自然健康法は学習と進化との結合で,動物が生き残る能力あるいは資質として,
時には何万年,何百万年という時間の経過の中で受け継がれてきたという考え方です。

これをDNAに刷り込まれた“本能”と呼ぶこともありますが,それが形成される過程の説明としては,
エンジェルの考え方の方が正しいように思います。


次に,病気ではなく,怪我や事故にたいする動物の対応について見てみましょう。

これまで見たように,動物は毒物や病気にたいしてはさまざまな予防や治療などの健康法をもっています。

それでも,動物は獲物を追ったり移動中に思わぬ事故に合い,怪我をすることは珍しくありません。

動物は,病原体がいっぱいの爪や歯でつけられた傷でさえ,破傷風菌などに冒されることなく治癒します。

また,動物のオスが縄張りやメスをめぐって闘ったり,獲物との闘いで逆に攻撃されたり怪我を負うことも頻繁に起こります。

しかし,数十センチの傷がぱっくりと口を開けてしまうほどの怪我でも,数ヶ月後には見事に治っている例も観察されています。

この驚異の回復はどのようにしてもたらされるのでしょうか?

最も一般的な方法は傷を舐めることです。しかし,チンパンジーは,傷口に舌が届かないときは,指を舐めてから傷口に押し当てます。

イヌの唾液にはブドウ球菌,大腸菌,連鎖球菌などの細菌を殺すことができる抗菌物質が含まれています。

猿の仲間では,傷をふさいだり感染を防ぐ植物の葉を傷口に当てることもよくみられます。

時には,まずよく噛んで唾液と混ぜ,その後に傷口に当てることもあります。

ヘラジカ,クマ,トナカイは粘土の上で転がり,クマとシカは樹脂の多い木に体をこすりつけ,
ウマやシカはミズゴケの中で転がって傷を治そうとします。

私は日本で山を歩いていると,「ヌタ場」と呼ばれる,少し窪んで泥が溜まっている場所を何度も見つけました。

これはイノシシやシカが体に付いたダニや寄生虫を落とすために,泥の中で転がる場所です。

ただし私は,傷口の治療にも「ヌタ場」を利用していると考えています。

やや特殊な例かも知れませんが,負傷した動物が冷たい水に浸かって出血を止め,不快感を麻痺させることがあります。

これは,動物の体が要求するももともともっている生得的な行動なのか,経験による学習によるものなのかは分かりません。

最後に,動物による「手当て」について触れておきたいと思います。

人間の場合,手で患部に触れることに治療効果が認められていますが,傷ついた動物でも同じようです。

重傷を負った幼いチンパンジーは,母親に落ち着いて触ってもらうと鎮静します。

また,ゴリラの娘が母親の背中の噛み傷を舐めたりさすったりして,6週間後にこの傷が完治した事例も報告されています。

治療を意味する古い表現に「手当て」という言葉からも分かるように,少なくとも霊長類(高等哺乳類)では,
ごく自然に行われてきたの治療法ではないでしょうか。

私は過去十数年,個人的に気功治療を行ってきましたが,確かに「手を当てる」ことによる治療効果はあることを実感しています。

以上,3回にわたって動物の自然健康法について書いてきました。そこで分かったことは,
動物たち生き残り戦略として実に多様な自然健康法を用いていることです。

しかし,私たちの知らない健康法やそのメカニズムがまだまだあるのではないかとの印象をもちました。

それと同時に,植物は動物の食物になるだけでなく,健康面でも非常に緊密な関係があることがわかりました。

そして,自然界は動物・植物・土・細菌,水など全てつながっていることが分かります。

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動物の生き残り戦略(2)-毒は薬 薬は毒-

2013-01-26 23:38:12 | 自然・環境
動物の生き残り戦略(2)-毒は薬 薬は毒-


自然界において,あらゆる野生動物は日常の食物から必要な栄養素を摂取しています。

この「必要な栄養素」とは,たんに体を維持し子孫を残すのに必要な栄養素というだけではありません。

自然界には医者はいませんから,病気にたいしても体の不調にたいしても,原則として,個々の動物が対処しなければなりません。

その対処の一つに,動物や病気や体調不良を引き起こしている栄養素の不足を感知し,それを摂取することです。

この時摂取されたものが動物にとっての“薬”です。

ただ,この“薬”といっても,その大部分は,動物が日常の食物として摂取していたものです。

それが何らかの理由で不足した場合に,人間の感覚でいえば“薬”ということになります。

だから,クマならクマ,シカならシカが野生の状態で生きているということは,それらの生活圏の中で必要な栄養素も“薬”も手に入る,
ということを意味しています。

この意味で,自然は生きものに全てを与えているのです。

しかし,文明の発達により,人間は遠く離れた場所から食物を運んだり,病気にたいしては手術や人工的な薬など,第三者による医療に
頼るようになりました。

医療によって人間の寿命はずいぶん長くなりました。しかし,その反面,失ったものもあります。その最も重要なものが自然治癒力でしょう。

おそらく人間も太古の昔には,他の動物と同じように自然界からの食物で必要な栄養素も“薬”も得ていたのでしょう。

この意味では,食物は薬で,薬は食物でもあります。「医食同源」という古い表現に見られるように,
日本や中国でも昔は医と食とを区別していませんでした。医と食とを分ける考え方は,近代の特徴です。

動物たちは体の異常にたいして,できるだけ体に良い“薬”となる物食べ,「体を休める」ことによっても健康を取り戻そうとします。

「体を休める」というのは,体の活動レベルを下げることで,体が本来もっている,正常な状態に戻ろうとする力を引き出すことです。

この力はホメオスタシスとも恒常性維持メカニズムとも呼ばれ,ほとんど全ての生命体がもっています。

一般に自然治癒力と呼ばれている能力も,このホメオスタシスが基礎になっています。

外気が寒くても私たちの体温がほぼ36度前後という一定の温度に保たれているのもこうした体の働きです。

動物は,必要な栄養素を摂ったり,不足している栄養素を摂取したり,体を休めたりして,健康を回復しようとします。

これら全てを含めて,前回紹介したシンディ・エンジェルは動物の自然健康法とよび,『動物たちの自然健康法』を書きました。

ところで,動物たちの自然健康法はこれだけでは終わりません。さらに深く複雑な領域に入ってゆきます。

前回の記事で紹介したように,植物は自分の体を守るために10万種にも達する二次化合物を作ります。

これらの化合物のうち主なものはアルカロイド,タンニン,サポニン,ニコチン,シアン化物およびそれらが他の物質と結合した化合物
などです。

これらは,植物が草食動物や昆虫に食べ尽くされないように,葉や実を食べる昆虫にとっては,ある種の“毒”として作用する側面と,
その”毒”を予防薬や治療薬として利用する側面があります。

動物もしたたかな生き物ですが,自然界の生き物はすべて,このような仕組みからできており,
全体としてみると過不足なく生き物が存在するようにできているのです。

言い換えると,この仕組みに適応した生き物だけが生き残ってきたとも言えます。

昆虫や草食動物は植物を食べる際に,毒を取り込んでしまうことは避けられません。

しかし,その毒性が,食べた昆虫や動物を殺してしまうほど強い場合,動物は二つの方法で対処します。

一つは,毒性を感知して食べるのを防ぐ方法です。

昆虫や動物が初めて毒物を含む植物を食べた時はやはり中毒症状を起こすことが珍しくありません。

この時の不快感が学習されて,避けるようになるのだそうです。

私は以前,ある猟師と獲物を探すため山の中を歩いたことがあります。その山道の両側にはトリカブトが道に沿って列をなして生えて
いました。

この猟師の話では,シカは道ばたに生えているほとんどの植物を食べるがトリカブトだけは食べないそうです。

こうして,トリカブトだけが残ったとのことでせいた。

もう一つは,毒物に順応してゆく方法です。毒と含む植物を少しずつ食べてゆくと,体内に解毒酵素が作られ,
その毒性をどんどん弱めることができます。

とりわけ,栄養価は高いけれども毒性がある植物を食べるときにはこの方法が有効です。

たとえば,ヒツジはクローバーを好んで食べますが,クローバーにはシアン化物が含まれているので,
はじめて食べるときには何らかの不快な感覚があり少ししか食べません。

しかし,少しずつ慣らしてゆくと,数十倍の量を食べても平気になります。

他にも,動物の自然健康法には多くの知恵が用いられています。

土を食べて解毒をするのもかなり一般的です。前回の記事で紹介した,「べと場」の土を食べる動物は,
土からミネラルだけでなく,解毒や殺菌,消化のための物質を取り込んでいる可能性があります。

コアラはユーカリの葉を食べて生きていますが,ユーカリの葉には強いシアン化合物が含まれていて,他の動物は食べません。

しかし,コアラは少しずつ食べて,胃の中で長い時間をかけてユーカリの葉を消化し,解毒を行います。

動物のとっての”毒”は,薬としても役立ちます。

干ばつのために植物の水分量が減り,植物の毒の濃度が高くなることがありますが,シカはある種の松の葉や樹皮や根を食べ,
その精油で中毒をおこします。

この精油の強い抗菌作用がシカの反芻胃に含まれる微生物を殺してくれるのです。

微量の毒が全身的な刺激となって,成長,多産,長寿をうながし,病気の発生を減らすことは19世紀から知られています。

これはホルメシスと呼ばれる作用ですが,この正確なメカニズムはまだ分かっていません。しかし,野生動物の健康にとって
非常に重要です。

最後に,植物の毒を積極的に利用している例について書いておきます。

ドイツのある昆虫学者は,昆虫の中には特定の種類の植物の二次化合物ばかりを摂る事に気が付きました。

たとえば北米のオオカバマダラチョウは,最も毒性の強い植物化合物のアルカロイド類(ピロリジディン)ばかりを探し出します。

この毒物を,このチョウは植物の表面をひっかいて,流れ出る液体を吸います。もししおれて乾燥していると,
葉の上に溶剤を分泌して溶け出してきた毒物を飲みます。

こうして植物の毒性を体に蓄えることで,このチョウは鳥には食べられません。

つまり,植物の毒を利用して身を守っているのです。このような例は他にもたくさんあるでしょう。

しかし,自然界で起こっている動物たちの自然健康法については,まだまだ分かっていないことの方が多いのが現状です。

というのも,これまでの医学は家畜以外の野生動物の病気や健康法についてほとんど関心をもっていなかったからです。

しかし,動物から私たちが学ぶことはたくさんあるのではないでしょうか。

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動物の生き残り戦略(1)-捕食者からの逃走と必須栄養素の確保-

2013-01-23 08:32:24 | 自然・環境
動物の生き残り戦略(1)-捕食者からの逃走と必須栄養素の確保-



前回まで,植物の不思議な世界,と題して3回にわたって,植物の生態について書きました。

その最後の記事(3)「植物の自衛戦略」では植物が身を守る戦略について書きました。

植物は,捕食者から逃げることができないので,毒(アルカロイド,ニコチン,フラボノイドなどの二次化合物)を葉や
果実に送って,被害を最小限に食い止めようとします。

これらの“毒”は,植物にとっては同時に病原体などから身を守る薬でもあります。これについては次回にゆずり,
今回は捕食者から逃げる方法と必須栄養素の確保について書きます。

まず捕食者から逃れる方法ですが,そのために,捕食者の存在をいち早く察知し,事前に逃走を図ります。

捕食者を察知するために,鋭い嗅覚,聴覚,皮膚感覚,遠くまで見通す視力などなど,五感を総動員します。

私は,ある種の「気」を感じる能力も,重要な役割を果たしているのではないかと考えています。

たとえば,目の前にいるハエを本当に叩きつぶそうとしてハエたたきを振り上げたときには,ハエはぱっと飛び去って
しまいます。

しかし,うるさくて追い払おうとするだけの時には,ハエはそれほどあわてません。

また,道に寝そべっているイヌやネコなども,本当に叩こうとすると,さっと逃げますが,そうでないときには,
人が至近距離に近づくまで悠然としています。

このような場面で,ハエやイヌやネコは「殺気」という「気」を感じているのではなかと考えざるを得ません。

人も本来は,このような「気」を感じる能力をもっていたはずです。

鈴木大拙は『禅の研究』の中で,昔の武士は,闇夜に後ろからいきなり斬りつけられても,武士たるものは,
その「殺気」を感知し,刀を少しでも抜いていなければならなかったそうです。

また家を出るとき,門の外に刺客が隠れていても,それを門の内側で事前に察知できなければ真の武士ではない,
と考えられていました。

人間も動物であり,遠い昔には同じような能力をもっていたにちがいありません。

しかし文明の利器は,「気」も含めて身体感覚で身を守る必要を不要にしてきたのだと思います。

さて,再び人間以外の動物の生き残り戦略について考えてみましょう。

物理的に危険から逃れる方法としては,体の形態や色を変える擬態によって捕食者から見えにくくすることがよく
知られています。

あるいは特殊な匂いを発散して,捕食者を遠ざける虫や動物もいます。

さらに,群れを組んで集団の威圧で肉食動物から身を守る草食動物もいます。

私は,オーストラリアの中央部で,野生化した30頭ほどのラクダが,子どもを中に入れて円陣を組み我々を威嚇
した場面に遭遇したことがあります。

これらは,捕食者から逃れる直接的な生き残り戦略といえます。

次に,動物が生命を維持し,病を癒すのに必要な物質をどのように手に入れるのかをみてみましょう。

これについて,「植物の自衛戦略」の記事でも引用した,シンディ・エンジェル『動物たちの自然健康法』(紀伊國屋書店
 2003年)を手掛かりに考えてみます。

まず,通常の炭水化物,脂肪,タンパク質,ビタミンなどの基本的な栄養素は,植物が生産した一次代謝に必要な化合物
から,あるいはそれらを食べた動物から手に入れます。

そして,動物が必要とする銅,マンガン,亜鉛,セレン,クロムなどの微量金属,さらにはカルシウムやナトリウム
(通常は塩の形で)など,ミネラルは植物をとおして,あるいは直接に土などから取り入れています。

ここで大切なことは,これらの微量金属やミネラルは自然界において,動植物や土の間を循環しているという事実です。

ミネラルに関しては,興味深い動物の行動が観察されています。

カメはカルシウムが不足すると甲羅がゆるみ体調を崩してしまいます。身近にカルシウムを供給する植物や土がないとき,
カメはそれを求めて移動します。

たとえば,アメリカのアナホリガメはカルシウムを求めて長い旅をし,その埋蔵場所に着くと土を掘って,地下に閉じ込め
られたカルシウムを延々と食べます。

また,妊娠中や授乳中のラットは大量のカルシウムが必要になるので,それを含む食物を求めたり,ホルモンの分泌を変えて
カルシウムを摂取しやすくします。

シカの仲間は角が生え替わるときに大量のカルシウムとリン酸を必要とします。ヘラジカの場合,1日に何と400グラム
もの新たな角の組織を作ります。

通常の食物から必要量が得られない場合,自分の骨からカルシウムを回します。それでも必要量が満たされない場合,
地面に落ちている他のシカの角をかじって摂取します。

同じように,草食動物のラクダが地面に落ちていた野生のラクダの死骸を見つけると,頭骨をガリガリと食べたことも観察
されています。

同様の光景は,ヒツジについても観察されています。こうして動物はミネラルの再利用もしています。

カルシウム以外でも,銅が欠乏するとウシは免疫機能をそこない,細菌性の病気や寄生虫病にかかりやすくなるし,
セレンが不足すると家畜は病気にかかりやすくなるし,亜鉛不足はブタ,ラット,ヒツジで難産を引き起こします。

また,クロムは家畜のストレスを軽減し精神的安定にも関与しているようです。

動物たちはホルモンの調整で,これらの微量栄養素を正しい割合で摂っているようです。

銅についても興味深い話があります。ある生物学者は,ウシの群れが1本の樹の周りに群がって樹皮を食べたり舐めたりして
いる光景を目にして,近づいてみると,ウシたちはこの樹皮には1本の銅製の釘が埋め込まれていたことを確認しています。

動物が自然界から微量栄養素を求めることは日本でも広くみられます。

私は中学生の時,山岳部を作り,南アルプスの前衛の山々を歩き回りました。

当時は地図の見方も分からず,しばしば道に迷って苦労しました。その主な理由は「けもの道」に迷い込んでしまったことです。

「けもの道」とは,野生の動物たちが頻繁に歩くので,あたかも人工の道のようになっている道で,
それを進むと最後には「べと場」と呼ばれる土が露出した斜面に行き当たります。

「べと場」は上にふれた微量要素(塩などのミネラルと微量金属)を含む場所で,あらゆる種類の動物たちがそこの土を食べに
来ます。

以前,NHKのある番組は,「べと場」の土を上野動物園の動物の前に置いたところ,むしゃむしゃと食べ始めた様子をとらえ
ていました。

動物たちは,自分の健康を維持するに必要な栄養素の不足を感知する能力をもっていますが,人間はその能力が退化してしまって
いるので,それらの不足により病的な症状がでるまで分かりません。

見た面は立派に見える野菜などでも,今回書いたような微量栄養素が欠けていては,健康な食物とはいえません。

最近の日本人の健康が微妙に脅かされている原因は遠因には,微量栄養素の欠乏が関係しているのかも知れません。

微量栄養素と私たちの健康との関係については,分かっている部分もありますが,まだまだ未知の部分がたくさんあります。
これは,今後の医学の重要な課題です。

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植物の不思議な世界(3)-驚くべき植物の自衛戦略-

2013-01-18 08:56:13 | 自然・環境
植物の不思議な世界(3)-驚くべき植物の自衛戦略-



植物は,自分を餌として食べたり破壊したりする者が襲ってきた場合,逃げることはできません。

それでは,例えば草食動物や昆虫が植物の葉を食べに来た場合,何の抵抗もできずに,ただ食べられるにまかせているのだろうか?

もし,そうだとしたら,多くの植物は葉を食べられ尽くして枯れてしまいます。

しかし実際には,植物は地表を覆い,その生命力を誇っています。

この事実は,植物には植物の自衛戦略があることを示しています。

私たちがすぐに思いつくのは,子孫をたくさん生産して,生き残る一定の数を確保することです。

植物の多くは毎年,多数の数の種を作り,周囲にまき散らします。

とりわけ草の類は,あらゆる草食動物にとって格好の食料庫ですから,無数の種をまいて,子孫の継続を確実にしようとします。

しかし,全ての種が生長し次世代の子孫を残すことができるわけではありません。

種が着地した場所が発芽に不適当であったり,発芽しても根を張れなかったり,土の栄養が貧弱で成長できなかったりして,
子孫が命を継げない場合もたくさんあります。

また,植物は太陽光線によって光合成をしているので,隣り合う植物と太陽の光を,より多く得るために必死で空高く,
あるいは横に枝葉を広げます。

ここには植物同士の熾烈な生存競争があります。

こうした自然条件のほかに,植物は生存のために二つの大きな敵と戦わなくてはなりません。

一つは,草食性のほ乳類,鳥類,昆虫などです。葉を食べられてしまえば,栄養を作ることはできず,枯れてしまいます。

二つは,植物に病気をもたらす細菌,ウイルス,真菌類です。

植物がこれらの敵から身を守るためにいくつもの方法を持っています。

たとえばキリンやゾウのように大型の草食動物によっても葉が食べ尽くされないよう高くまで体を伸ばすことです。

しかし,それだけでは背の低い灌木や若い樹木の葉は食べ尽くされてしまいます。

植物には,自分を食べる捕食者や病原菌から身を守るために別の武器があるのです。

これまで,植物がどのようにして身を守っているのか,あまり研究されてきませんでした。

近年,動物行動学者,シンディ・エンジェルの『動物たちの自然健康法-野生の知恵に学ぶ』
(原著は2002年に発行,日本語訳は,紀伊國屋書店2003年)は非常に興味深い事実を伝えています。

本書は本来,動物の自然療法に関する本ですが,動物と植物との間には,何億年もかけて築いてきた関係があります。

この観点から本書は,植物の生態についても詳しく書かれています。

以下に,この本の紹介も兼ねて,植物の不思議な世界をみてみましょう。


動物は生きてゆくのに必要な化学物質を自分ではほとんど作ることができないので,
生存に必要なものを直接間接に緑色植物からもらわなければなりません。

これに対して緑色植物は,日光,大気,水など基本的な素材から炭水化物,タンパク質,脂質,ホルモン,ビタミン,酵素など,
成長,傷の修復,繁殖に必要なあらゆる物質,一次代謝物を作ります。

これらの一次代謝物に加えて,二次化合物を合成します。これまで見つかった二次化合物はおよそ10万種類にのぼります。

興味深いのは,これら二次化合物は,毒性と薬理性を備えていることです。

多くの二次化合物は病原体に対する防御物質で,植物が病気になると,人間の免疫反応にあたる特別な防御タンパク質を作ります。

このタンパク質は,人間の抗体と同様,長期的な抵抗力をもたらします。

それでは,植物の葉,芽や若い茎などを食べる捕食者たちから,どのように身を守っているのでしょうか。

物理的な方法として,サボテンのようにトゲやイガなどを身のまとう方法があります。

他の植物は,草食動物が植物を食べ過ぎないような第二次化合物を作るよう進化させてきました。

温帯の植物より熱帯の植物の方が一般に第二次化合物が多いようですが,エンジェルによれば,これは熱帯の方が草食動物が多いので,
それらを迎え撃つ化学戦の武器庫が大きい必要があるのだという。

もし匂いで草食動物が食べるのを諦めさせることができれば理想的です。

そうでなければ,最初の一口で嫌になる物質を準備し,それ以上の被害を食い止めようとします。

草食動物の摂食を防ぐ化学物質のうちもっとも古くからあるものは濃縮されたタンニンで,
古生代の植物はこれで恐竜から身を守ったと考えられています。

タンニンは非常に渋く,舌を萎縮させ,口内の粘膜と喉を乾燥させます。

また,渋みがいつまでも残り,腸内の重要な微生物や酵素を混乱させて消化を妨害します。

このため草食動物は普通,タンニンの多い植物は避けます。

しかし人間はタンニンを,下痢止め,化膿止め,抗菌剤,駆虫剤,坑真菌剤として,医薬品として利用してきました。

サポニンもよく知られた,植物が身を守る二次化合物です。これは苦い味で,細胞膜を通過する分子の動きに影響を与え,
赤血球を破壊することさえあります。

このため大部分の動物は少ししか食べませんし,サポニンは特にカタツムリ,昆虫,菌類,細菌の攻撃から植物を守ります。

この他,アルカロイドやニコチンも苦く,極少量でも動物にとっては有害で,バクテリアの成長と他の植物の発芽を抑制します。

二次化合物の中には草食動物の成長や生殖を妨げるホルモンを招いているものもあります。

このような植物の防御はまだまだたくさんありますが,個々の植物が行う防御を一つだけ紹介しておきます。

ブドウは菌類の攻撃を受けると,ある種の抗菌物質を放出します。

これは赤ブドウの果皮に多く含まれ,その生物活性効果はブドウがブドウ酒に変わった後も残ります。

赤ワインを日頃適量飲んでいると,心臓病やかんに罹りかりにくいのは,このためらしい。

これだけでなく,植物は「種」として草書動物から身を守る方法ももっています。

植物は食べられると,揮発性の化学物質を発散することが多いのですが,これが,他の植物への化学的警戒信号として働き,
それを感知した植物は,自分の葉に渋いタンニンをたくさん送り込んで防御対策を取ります。

草食動物の方も,これに対抗策をもっています。

キリンは植物の葉を食べ始めてしばらくするとアカシアの葉がまずくなりことを経験から知っています。

これは,警戒の警告を受けた植物が急いでタンニンを葉に送っているだめです。

そこで,キリンは警戒信号を受けていない,遠くの食植物を食べるために移動をし続けるのです。

しかし,草食動物と植物の間には敵対関係だけでなく,協力関係もあります。

植物は,受粉のために昆虫を惹きつけたり,美味しい実をつけて動物に食べてもらい,子孫を増やそうとします。

こうしてみると,何気なく見ている植物の絶え間のない生存闘争と協調の中で必死に生きていることが分かります。

地上で,自ら必要な栄養素を作って生きて行けるのは植物だけです。

その他の全ての生物は,直接間接に植物の生産物の消費者であることをしっかり胸に刻んでおく必要がありそうです。

そして,もっともっと植物について学ばなければならないと思います。

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植物の不思議な世界(2)-私たちは植物について何を知っているのか-

2013-01-14 11:52:19 | 自然・環境
植物の不思議な世界(2)-私たちは植物について何を知っているのか-


前回は,“自死”する松の話を書きました。

この松は,目の前で値段を付けられて,人間でいえば“憤死”ともとれる枯死をしました。

もちろん,松が枯れたのは,単なる偶然だと考えることもできるし,その方が“常識”的には受け入れやすいでしょう。

第一,植物が人間の言葉を理解したり,感情をもっているということは,とうてい受けいれがたいからです。

ところが,そう決めつけることはできない出来事が,今から45ほど前の1969年にアメリカで起こりました。

フランス人ジャック・ブロスにしたがって,紹介しておきましょう。

この年,警察で検流計による嘘発見器の優秀な専門家であったクレーヴ・バクスターは,突飛な思い付きで,一見,非常識なことをやりました。

ある日彼は,電極を部屋に飾ってある,水をやったばかりの植物に嘘発見器の電極をつなぎました。

驚いたことに,嘘発見器の針は直ぐに反応しました。計器は,感情的な刺激を与えられた人間に電極をつないだ時の線と全く同じような,
ギザギザのグラフを描き始めたのです。

驚いたバクスターは,他の種類の植物でも何回か実験しましたが,ますます驚くべき結果を目撃することになったのです。

目の前で小エビが熱湯に入れられると植物は反応したり,血を見てさえ反応しました。

バクスターはさらに,植物には感情があるだけでなく,その感情を覚えてさえいることを証明する実験もあります。

バクスターは6人の学生を集めて目隠しをし,帽子に入れた四つ折りの紙切れを一つ選ばせました。

その内の一枚には,二本の植物がある部屋へ行って,片方の植物を引き抜いて完全に潰れるまで踏みつけて,
そのことを他の人たちに言ってはいけないと指示しました。

こうすることで,この木の殺戮の唯一の証人は隣に置いてあった植物という状態を作ったのです。

6人がそれぞれ部屋に入って出たしばらく後,残った植物に電極をつないで,6人の学生を次々とその植物の前を通過させました。

植物は,はじめのうちは何の反応もしませんでしたが,“犯人”が見えると,直ぐに計器の針が激しく揺れ動きました。

やはり,植物には感情も記憶もあるとしか考えられません。

私の記憶に間違いなければ,この「バクスターの実験」はその後,多くの研究者によって行われ,ほぼ同様の結果を得たようです。

もし,上の実験で植物が自分の周囲で起こったことを“感じ”たり,怒りや恐怖を感じたり,記憶さえもっているとしたら,
植物にも中枢神経(部分的な刺激・反応ではなく,生命体全体に指令を与えるる神経系)器官がそなわっていることになります。

あるいは少なくとも中枢神経に相当する何らかの組織や器官,システムがなければなりません。

しかし,私たちの常識や科学的知識では,中枢神経系は動物にしかないと認識しています。

これにたいして,『植物の魔術』を書いたフランス人,J.ブロスは,つぎのように書いています。

     結局,植物の感受性すなわち,植物が示す「知性」,「記憶」は植物の要求を察して育てる述を知っている
     真に植物を愛する人々にとっては何も目新しいことではない。そうして植物を育てた結果,門外漢を驚かせることになり・・・・・・・。
     といのも,この力が推論や外から得た知識から生じるのではなく,植物の「欲望」の直感的把握からきていることを表しているからだ。
     植物がこうした深い理解をちゃんと感じとり,満足するだけではなくいわば「感謝」をも表すということは,
     何度も自分が世話をした結果を観察してきた人々に疑いのないことなのである。
    だが,彼らはこのように信じているとはっきり言うのははずかしいと思っていたようで,それほど社会通念とはかけ離れていたわけだが,
   たぶん科学がこの考えに堅固な根拠を与える時がやってくるだろう。(142-43ページ)

このように考えると,ところで,私たちは植物についてどれほど知っているのか,思いこみや常識を取り除いて考えてみる必要がありそうです。

私たちは,「動物」という言葉が「動く物」という意味であることの対比で考えると,私たちは,「植物」とは「植物人間」という言葉が表すよ
うに,動かない生物だと認識しています。

確かに,植物は動物のように自由に動き回ることはできませんが,根がアスファルトを持ち上げてしまう事実は,移動はできないが力強い動きを
想定させます。

植物には声帯がないから声を出すこともできません。とうことは,聴覚器官ももたないということです。

動物と植物の違いは挙げてゆけば切りがないほどたくさんあります。

しかも私たちは,植物は動物よりも進化が遅れていると考えがちです。

しかし,ブロスが言うように,ある種の「進化」と思われるものは同時に退化と考えることもできます。

    植物から動物への過程はは,最初は獲得ではなく喪失となって現れる。光合成の能力が失われ,光合成とともに独立栄養性が失われた。
    その結果,動物は補食の役割を余儀なくされた。また,雌雄性と引きかえに,植物のもつ無性生殖の能力が失われた。そして最後には,
    とうとう植物の硬さのもと,細胞レベルでいわば骨組みとなっている細胞壁を失ってしまった。これに関しては,動物の細胞が,
    当初は病気の細胞や衰えた細胞だったことが明らかになっている。(10-11ページ)

ここで,植物の独立栄養性とは,他の生命に依存しないで,自ら栄養と体を作る能力のことです。

植物は,太陽エネルギーを利用して,水と光と空気中の炭酸ガスを材料として糖(澱粉や炭水化物など),タンパク質,
脂肪を作り出す地上で唯一の生命体です。

これは,光合成あるいは炭酸同化作用と呼ばれる能力です。

植物にこれらの活動ができるのは,葉緑体(クロロフィル)をもっているからで,動物に葉緑体はありません。

全ての動物は,自らこのように栄養素を作ることができないので,植物が作った一次栄養素を取り込んだり,
肉食動物のように草食動物が生産した栄養素を食べることで,自らの生命を維持します。

このため,動物は文字通り,動き回って食物を確保しなければなりません。

繁殖の問題を考えると,植物のほとんどは雌雄同体ですが,動物は雌雄が分かれているいるので,
繁殖のためにも相手を見つけるために移動する必要があります。

もちろん,動物にもメリットはあります。別々の遺伝子をもった雌雄が結合することによって,多様性や適応力を増すことができます。

こうしてみてくると,動物と植物とでは,生命を維持する羽こと,子孫を残すこと,という生命体にとって最も重要な課題に関する限り,
植物の方が独立性が高い,ということができます。

植物には肺も鰓という,特別な呼吸器官もないのに呼吸をし,胃や腸などの消化器官もないのに,根から水分と栄養を吸い上げて吸収
する能力があります。

人間は呼吸のために肺を,消化のために胃腸や膵臓や肝臓,胆嚢などの消化器官を,そして栄養の配分のために心臓と血管という,
大きな臓器をたくさん持つ必要があるのです。

また,根から吸い上げた水分を,毛管現象と浸透圧の力を利用して,20メートルあるいはそれ以上の高いところに送り届けます。

こうした植物の効率的な生命維持能力と繁殖方法をみると,なんだか植物の方が動物より効率な生命体にみえてきます。

そして,いまさらながら,植物にたいする尊敬の念さえ生まれてきます。

次回は,諸物の不思議についてさらに最近の研究を紹介したいと思います。


(注)
バクスターの実験に関しては,C・バクスター『植物はきづいている バクスター氏の不思議な実験』(穂積由利子訳),教文社,2005年を参照されたい。
また,バクスターの実験の紹介も含めて,本記事では,J・ブロス『植物の魔術』(田口啓子・長野督訳),八坂書房,1994年から引用,
参考にしました。

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植物の不思議な世界(1)-“自死”する松-

2013-01-11 22:09:18 | 自然・環境
植物の不思議な世界(1)-“自死”する松-

私は,ずいぶん前から農業に関心をもち,直接間接に農業にかかわってきました。

以前,8年間ほど,かなり広い荒れ地を開墾してほとんど毎日農業を行っていたこともあります。

ただし,その8年間は,ただただ自分で作った野菜や果物をたくさん収穫することに熱中するだけでした。

しかし,次第に無農薬,有機栽培,最近では不耕起栽培,さらには農業と環境などに関心が広がってきています。

最近では,植物に関してとても不思議な話を聞いたことがきっかけで,一体,植物とはどんな生物なのかについて,

改めて考えるようになりました。

その不思議な話を紹介する前に,私たちが植物にたいして持つ”常識”について確認しておきます。

まず,私たちは植物と動物とは全く別の生物で,そこには共通点もほとんどない,

まして直接的なコミュニケーションなど全くできないと思い込んでいるのではないでしょうか。

ところが,最近,知り合いの農家のご主人(仮にKさん,としておきます)から,とても不思議な話を聞きました。

Kさんは同じ市に住んでいることもあり,干し柿用の渋柿をもらったり,野菜をもらったり,時には農業についての話を聞かせて
もらってきました。

ある日,Kさんのお宅を久しぶりに訪ねたとき,普段は穏やかなKさんが珍しく怒っていました。

Kさんは私に,“ここにあったあの松が突然枯れてしまったんだ”,と庭のある場所を指さしました。

そのお宅の庭にはKさん自慢の,珍しい種類の松の木があったのを私は覚えていました。

しかし私が見た時,その場所は,松の木を根元から切った切り口が見えていました。

Kさんが語る事の顛末は,にわかには信じがたいとても不思議な話しでした。

ある日,Kさんが大事にしている松を,おそらくは植木職人と思われる男がやってきてKさんに,それらの松を売って欲しい
と頼みに来ました。

Kさんは,売る気はない,と突っぱねました。

押し問答の末,Kさんが売る気はないと悟ったその男は,30万円出すから売ってくれ,と欲しいと金額を声に出して言って
しまったそうです。

Kさんによれば,松は目の前で値を付けられると,自ら枯れてしまうのだそうです。

しかも,このことは植木に関心のある人なら誰も知っていることだという。

Kさんによれば,そのことを知っていたからこそ,この松を手放す気がないことを知った男は,

”腹いせにわざわざ値をつけていったんだ”と怒りを込めて私に言いました。


ここには考えることが少なくとも二つあります。

まず,”常識”では,値を付けられることと,自ら枯れることの間に因果関係を証明することはほぼ不可能です。

もし,因果関係があったとすると,この松の木は人間の言葉を理解していたことになります。

その上,怒りの感情を抱き,憤慨して自殺行為に出る,という意志をもっていたことになります。

これを全面的に受け入れることはかなり困難です。

しかし,他方で,値を付けると枯れてしまうということが事前に分かっていたとすると,
これはたんなる迷信とはいえません。

どちらも,決定的に肯定も否定もし難い面をもっています。

次に,花の好きな人たちは,花に愛情込めて世話をすれば,綺麗な花を咲かせてくれると信じています。

中には,花に良い音楽を聞かせると良い花が咲くと主張する人もいます。

これは,ある程度は,信じるか否かという問題であり,また,心の持ちようの問題だということもできます。

いずれにしても,私たちは,本当に植物について何をどこまで知っているのでしょうか?

というのも,今から45年ほど前にアメリカで,植物が周辺で起こっていることを感知し,
それを感情的に受け止め,さらに記憶力をも持っているとしか,思えないことが起こったからです。

これも含めて,次回は植物の不思議な世界について,さらに深く考えてみたいと思います。

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日本の「大きな物語」(2)-安倍政権が描く「大日本主義」-

2013-01-07 06:50:49 | 政治
日本の「大きな物語」(2)安倍政権が描く「大日本主義」-


前回は日野原氏の “今こそ「小日本主義を」について書きました。

今回は,政権を奪取した自民党政権の安倍晋三氏の「大きな物語」を検討します。

安倍氏は選挙前からいくつものスローガン,「大きな物語」を発信してきました。

たとえば「戦後レジーム(体制)からの脱却」「美しい国,日本」などです。

選挙用ポスターには一つだけ「日本を,取り戻す」と書かれています。

スローガンではありませんが,「自衛隊の国軍化」も「集団的自衛権」,憲法の改正,教育改革なども基本的な政策目標として語られて
きました。

これらを全て考え合わせると,選挙用ポスターに書かれた「日本を,取り戻す」という意味な内容が,だいぶはっきりとしてきます。

つまり」「取り戻す」ということは,「失われた」何かがあることを暗に示唆しています。

では安倍首相は何が「失われた」と考えているのでしょうか?

失われたものは政治・軍事的に「強い日本」「誇りと自信に満ちた過去の栄光」「戦前のような愛国心と道徳的社会秩序」でしょう。

それらを失わせたのは,「大日本帝国」を崩壊させた第二次大戦の敗北であり,「戦後レジーム(体制)」ということになります。

その「戦後レジーム」は現行の「平和憲法」が基礎となっているという認識です。

自民党は,この「平和憲法」は,二度と日本が戦争を引き起こさないようアメリカによって押しつけられた憲法であるとみなしています。

そこで,自民党は結党以来,「自主憲法」の制定を党是としてきました。

こうした長期戦略を実現するために,第一次安倍内閣(2006年9月~2007年9月)は教育基本法の改正と,防衛庁を防衛省へ昇格を実現
させました。

しかし,教育改革については,その中身を実施する前に安倍氏は突然首相を辞任してしまいました。

安倍氏だけでなく保守勢力は,過去の日本の海外侵出は「誤りだった」という認識を「自虐史観」と考え,それを否定しようとします。

さらに,愛国心を強化するような教育を徹底させるあため安倍政権は,この線に沿って教科書の検定を進めようとしています。

次に,自衛隊を「国防軍」に改組し,集団的自衛権を行使して海外派兵も可能にすることを目指しています。

以上の認識と目標を要約すると,安倍氏が描く日本の「大きな物語」は「強い大国日本の復活」といいうことになります。

このためには政治軍事的に強固となり,経済的にも大国になる必要があります。

政府はさっそく,来年度予算編成について,民主党時代の予算案を再検討して(事実上廃棄して),防衛予算を1000億円増額することを
決めました。

合わせて,自衛隊の基本となる防衛大綱を見直す方針を固めました。

これらから,これまで実現できなかった課題を一気に進めようとする意図が伺えます。

安倍首相は,軍事増強に対する国民からの反発は弱いと見ているようです。

というのも,尖閣,竹島問題で多くの日本人は,軍事的な対応も含めてもっと強い対応を望んでいるだろう,と読んでいるからです。

実際,マスメディアは防衛費の増額に対したまったく反論していません。

軍事力の増強とともに,経済の再建も安倍政権の緊急課題です。

なぜなら,経済的な衰退は軍事力増強を困難にし,誇りと自信を失わせるからです。

これらの方向性は明治期の「富国強兵」を思い起こさせます。

ここで問題になるのは,日本経済が20年間不況に喘いでいることです。

今回の総選挙で自民党が大勝した主な要因は,争点を景気回復に絞ったことでした。

日本のGDPは2010年に中国の下の世界第三位に転落して以来,挽回していません。

安倍政権は軍事費だけでなく,「国土強靱化」の名のもとに10年間で200兆円の公共事業を行う方針をたてています。

これにたいして,以前の自民党に戻るだけではないかとの批判が出ています。

政府は,公共事業は厳選し,国民の納得のゆかない事業はやらないと弁明しています。

どのように弁明しようとも,公共事業による景気浮揚策という手法は以前と同じです。

しかも,その財源はすべて赤字国債でまかなうことこになっています。

現在日本の財政は,約1000兆円の借金(国債と地方債)を抱えています。

これは,年間のGDPの約2倍に相当し,財政破綻したギリシャよりひどい状態です。

しかも,借金をめぐる環境は,以前と現在とはまったく異なるのです。

第一次と第二次ベビーブームの人口急増期には,高度成長期でもあり,次世代に借金の返済を託すことも可能でした。

しかし,今後は人口が激減してゆくことがはっきりしているのです。

従って,現在の世代が自分たちの景気浮揚のために将来の世代に借金の返済を押しつけることになります。

安倍政権は国債を,主として日銀に買い取らせることを考えているようです。

これは,国債発行額と同じ量の貨幣を刷ることを意味しています。

政府は,貨幣量が増えれば,企業の収益も国民の所得が増え,消費が増えると説明しています。

この,恐ろしく単純な論理には多くの問題があります。

まず,市中に出回る貨幣量がふえれば貨幣価値は下落しインフレ生じさせます。

これをうまくコントロールできないと価格の上昇,悪くすればハイパーインフレを招きます。

また,多額の国債を発行すれば,国債の利率を上げる必要がでてきます。

すると,それだけ返済額が増えることになり,財政を圧迫します。

もう一つ,自民党の公共事業政策には,大きな疑問符がつきます。

「失われた20年」の間時自民党は,公共投資を積極的に実施し,今日の巨額の累積債務を生み出しました。

それでも,それが日本全体の経済成長をもたらさなかったことは証明済みです。

というのも,公共事業の中心は土木工事で,利益はその関連企業に吸収されてしまい,波及効果が極めて少ないからです。

貨幣の大量発行によるインフレは物価を上昇させるが,賃金はそれに見合うペースで上昇しません。

この結果,物価の上昇,賃金の停滞(下落さえ考えられる),借金の増大という三重苦が残される可能性が大きいのです。



最後にもう一度,日本は「小日本主義」を目指すのか,「大日本主義」に進むのかを考えてみたいと思います。

これを考える上で,少なくとも次の5点を考えておく必要があります。

第一点は,日本の人口はこれから急速に減少し,同時に労働力も減少することです。

第二点は,しかし65才以上の人口比率が高くなり,年金・福祉への支払いが毎年1兆円ずつ増えることです。

第三点は,このような条件のもとで,大きな経済,大きな軍事力を維持することは,客観的にはかなり無理があります。

第四点は,天然資源(鉱物資源,エネルギー資源)の制約があります。

第五点は,高度成長期と比べて現在は大きく円高が定着し,輸出が困難になっていることです。


以上を考えると,従来の,エネルギーと資源多消費型の「物作り」経済は維持できません。

以上の条件を総合的に考えると,経済の拡大と軍備の拡充のために,さらなる借金を増やすことは,
体力が弱った患者に強精剤を打って無理矢理働かせるようなものです。

戦後日本の高度成長を支えた主要因は労働集約的,労働者の勤勉さ,エネルギー多消費型の家電や車の効率的な生産と輸出でした。

しかし,同じ要因が日本経済衰退の要因にもなっているのです。

つまり,日本が得意としてきた製品は技術的にも途上国や新興工業国でも生産が可能になっているのです。

これら賃金水準が低い国との競争と先進国との競争の中で日本が生き残るには,産業構造を大きく変える必要があります。

たとえば,知識・技術集約産業,文化(映像,ファッション,エンターテイメントなど),医療および福祉サービスなどです。

そもそも日本の景気後退は,国内的要因というより,グローバル化した外部要因に大きな影響を受けてきたのです。

個人的には,農業の再生が重要だと考えています。

日本は食糧の6割を輸入している一方,耕作放棄地が拡大しているのです。

中野剛志が紹介しているように(『毎日新聞』2013年1月7日),米国国家情報会議は今後,食糧,エネルギー,水をめぐる
争奪戦を予告しています。

お金を出せば必要な食糧を買うことができる時代は終わったのです。

幸い日本は,水,日照,気温という,農業にとって絶対に必要な条件を全て備えている希な国なのです。

食糧の自給,食糧安保は,軍事的な安全保障に劣らず重要です。

日本は軍事力の増強ではなく,徹底した平和外交によって安全を確保すべきです。

近代史を見れば,軍事的に長期の平和を維持できた例はないのです。

以上の観点から私は,日本は経済的にも政治・軍事的にも「大日本主義」よりは日野原氏が主張する「小日本主義」に共感します。

それは,たんに身の丈にあった日本というだけでなく,現実的な「大きな物語」だと考えるからです。

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日本の「大きな物語」(1)-日野原氏の「小日本主義」-

2013-01-03 13:03:03 | 政治
日本の「大きな物語」(1)-日野原氏の「小日本主義」-


明けましてお目でとうございます。いよいよ2013年が始まりました。

毎年のことですが,今年はどんな年になるのか,私たち一人一人が,自分の「物語」を描いていると思います。

一方,現在の日本は,領土問題,TPP参加問題,原発・エネルギー問題,景気回復など,課題が山積みです。

これら個々の問題に関してはこのブログでもあるていど書いてきました。

しかし,さまざまな問題がの全体的構造と,日本が進むべき大きな枠組・筋道という意味での「大きな物語」は未だ見えてきません。

現在は日本だけでなく世界は今や大きな転換期を迎えています。

まず,政治の面では昨年,アメリカ,ロシア,中国,韓国,北朝鮮など,日本にとって重要な国は新たな指導者を選んだり再選
しました。

日本では,民主党が壊滅的な敗北を喫し,自民党が2012年12月の衆議院総選挙で大勝し,安倍晋三氏が首相に選出されました。

日本の「大きな物語」といえば,安倍氏の「強い日本」の復活という物語が思い起こされます。

安倍氏の戦略については次回で検討することにして,今回は日野原氏の問題提起を見てみようとお思います。


聖路加国際病院理事長の日野原重明は,“今こそ「小日本主義」を”という大胆な提言を(『毎日新聞』2012年12月24日)
に寄稿しました。

まずは以下に,日野原氏の提言に沿って,日本の「大きな物語」を紹介します。

ここで日野原氏が,寄稿した記事のタイトルに「小日本主義」という言葉を使ったことには,明らかに「大日本主義」に対する
反論という意図が感じられます。

日野原氏はかつて首相,石橋湛山氏の主治医であり,彼の思想に強い影響を受けました。

湛山は,大正デモクラシーの時代,雑誌『東洋経済新報』に「一切を棄つるの覚悟」「大日本主義の幻想」という有名な社説を
書いています。

当時,ロシア革命に乗じた日本軍のシベリア出兵,朝鮮の「3・1独立運動」,第一次世界大戦後のワシントン海軍軍縮会議など,
帝国主義の激動期でした。

その最中に湛山は「何もかも棄てて掛かるのだ。朝鮮・台湾・満州を棄てる,支那から手を引く,樺太もシベリヤもいらない」と,
時流の体勢と正反対の論陣を張りました。

今から思えば,湛山は本当に勇気があったと思います。

日野原氏は湛山の思想を継承し,その観点から現在の日本の領土問題について次のように述べています。

     本来,日本の領土は北海道,四国,九州の本土だけで,他はすべて日清・日露などの戦争を介して獲得した領土だ。
     沖縄だって元々は琉球王国を接収したものです。領土問題を考える際,我々はその歴史をまず認識し,その自覚を元に,
     尖閣諸島や竹島や北方四島の問題を再検討したらどうか。

湛山は,ジャーナリストとして活動した後,戦後に政界に入り1956年には自由民主党総裁,首相となりましたが,病気のため2ヶ月半
で辞任しました。

その後湛山は,日・中・ソの交流に尽力しました。

湛山は,帝国主義の時代に,領土・勢力拡張政策が経済的・軍事的にいかに無価値であるかを論証しました。

そして,領土は小さい「小日本」でも「縄張りとしようとする野心を棄つるならば,戦争は絶対に起こらない。「国防も用はない」
と見抜いたのです。

この考えを受けて日野原氏は,「日本が軍備を完全になくせば,どこの国が攻撃しますか」と問いかけます。

彼は湛山を引用して,この非武装がもつ力を「道徳的位置」の力と言っています。

インタビューした記者が,「無防備で対処する?」と聞いたところ日野原氏は,

「そう,裸になることよ」と答えています。

旧社会党も「非武装中立論」を唱えましたが,日野原氏はそれを中途半端だと断定します。

日野原氏は,自衛隊は専守防衛に徹し,海外派遣は災害救助に限定,沖縄の米軍基地はグアムかサイパンに移す,とも言っています。

その根底には,休戦協定や平和条約で「不戦」を取り決めるだけでは不十分で,カントが『永久平和のために』の「非戦」という
思想があります。

そして,領土問題には心の問題も絡み,韓国の人にとって竹島は,植民地化の記憶と重なる歴史認識問題のシンボルとなっている
ことを指摘しています。

この解決には,「日本側が純粋な心を示して解きほぐすしかない,それが愛というものよ。」と答えています。

ただ,誤解を避けるために付言しておくと,湛山も日野原氏も,「小日本主義」とは国内に縮こまることではない,と明言しています。

むしろ日本人という民族のよろい脱ぎ捨てて他民族を積極的に受け入れて多民族国家となるべきだとしています。

そして,外に領土や軍事力を広げるのではなく,人材を海外にどんどん出して,世界に人も心も開いてゆくことを提言しています。

領土問題のうち竹島に関しては,確かに歴史認識の問題は重要だと思います。

しかし尖閣諸島には,もともと帰属が不明確で竹島とは異なる問題があります。

さらに北方四島は竹島と異なり,敗戦時のロシアによる接収という経緯があります。

領土問題の背後には海洋資源の問題があるが,これは日本と関係各国との共同開発をして利益を折半する,というのが日野原氏
の提言です。

以上,日野原氏と,彼を通して石橋湛山の思想を紹介しました。

日野原氏が敢えて「小日本主義」を唱える背景には,領土問題をきっかけとした排外主義的なナショナリズムの台頭への警戒感
が感じられます。

さて,日野原氏が主張する「小日本主義」は,現実性のない,たんなる空理空論なのでしょうか?

そして,これこそ日本がこれから歩んで行くべき「大きな物語」なのでしょうか?

領土問題に関して,北海道,本州,四国,九州に限定すべきという日野原氏の見解は多くの日本人の賛同を得られないかも知れません。

この問題を別にして,私は「小日本主義」に共感する点があります。

まず,戦後日本人が自信に満ちていたのは,高度経済成長期に続くバブル期の経済繁栄期期でした。

当時はGDPでも世界第二位で,日本人は「大国」意識を抱いていました。

しかし,日本経済はバブル崩壊以後低迷し,2010年には中国に抜かれ,「失われた20年」という不況に喘いでいます。

人口が長期的減少傾向にあり,鉱物資源に乏しく,そして日本の主要な輸出産業は今や,途上国の安いのため価格競争には勝てない
状況にあります。

すでに成熟期に達した日本は,このような条件でがむしゃらに成長を追い求めても,犠牲は大きく,その割に得るものは少ない
ような気がします。

たとえば,もし,価格競争で途上国に勝とうとすれば,賃金の大幅カットという犠牲を払わねばなりませんし,他の国との軋轢も
考えられます。

むしろ,人口や自然資源など条件を考えた上で,身の丈にあった経済規模を追求すべきだと思います。

ただし,日本の高い技術水準は大きな武器であり,それ活かした産業構造への転換が必要だと思います。

いずれにしても,「小日本主義」という物語は真剣に考える価値があります。

日野原氏の提言は,賛成であれ反対であれ,日本の将来を考える上で貴重な一石を投じました。

次回は安倍首相の描く,いわば「大日本主義」について概観検討し,今回の「小日本主義」との比較検討を行いたいと思います。

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