動物たちの生き残り戦略(3)-病気・怪我・事故からの回復-
前回の記事で,動物や昆虫が身を守るために,どのような方法で必須栄養素を手に入れ,また自分の身を守るために,
植物が生産した“毒”や土などの自然物を,一方で捕食者から逃れるため,他方で病気の予防や治療に利用しているかを紹介しました。
今回も,シンディ・エンジェル著『動物たちの自然健康法-野生の知恵に学ぶ』(羽田節子訳,紀伊國屋書店,2003年)を参考にして,
最初に前回の補足と,次に動物は怪我や事故にどのように対処しているのかをみてみましょう。
前回の補足ですが,動物が食べる植物には,しばしば抗菌物質が含まれていることが重要です。
たとえばアフリカのマウンテンゴリラが食べる木の葉,実,樹皮,種子,木随の3分の1以上には,抗生物質を含む,
抗菌物質が含まれていることが分かってきました。従って,日常の食餌行動が同時に病気の予防になっているわけです。
しかし,それでも何らかの病原体に感染してしまうことは避けられません。それにはさまざまな方法で対処します。
動物は病気にかかるとまず食物を受け付けなくなります。奥まったところにひっこんで,回復するまで”断食”します。
これは回復を早める効果的な反応です。
細菌類はしばしばその生存に鉄分を必要としますが,感染中,体はさまざまな調節を行って,細菌が利用できる鉄分を減らそうとします。
絶食や減食にはこのような効果があるのです。
もう一つ,ほとんどの動物に見られる対処方法に,体温を上げることがあります。
ただし微生物は高温で殺せますが,体内の重要な酵素も高温によって破壊されてしまいます。
このため感染した体を治すためには体温を,病原体には打撃を与えるが,生体にに必要な酵素は破壊しない最適レベルにする必要があります。
自分で体温を上げることができない冷血動物,たとえばトカゲは,熱を生み出すために,暖かい場所を探してうずくまり,
「ひなたぼっこ」をして体温を2度ほど体温を上げます。
「ひなたぼっこ」は,太陽光線の中の紫外線による殺菌の効果もあります。
昆虫も感染に対処するために体温を上げます。カビなどに感染したアリやハエは植物によじ登って日光浴をするし,
細菌に感染したコオロギやバッタも,生き残るチャンスを求めて暖かな場所を探します。
ハチのような社会性をもつ昆虫は集団で感染を防ごうとします。ミツハチは,低温で感染しやすい菌類に感染すると,
その大きな飛翔筋を震わせて巣内の温度を上げ,幼虫への感染を防ぎます。
これに対して体温を自分で調節できる哺乳類では,病原体に感染すると,それを殺すために自動的に熱が出ます。
インフルエンザに感染すると熱がでることは私たちの多くが経験していることです。
また,嘔吐や下痢は動物が毒や病原体を排出する効果的な方法です。
私たちの身近では,イヌやネコが特定の草を食べる行為をよく見かけます。
これには,胃の中に入った毛などを排出するための場合もありますが,イヌやネコにとって有害な毒や病原体を排出する役割もあります。
問題は,以上のような対処法が動物の先天的な「本能」なのか,あるいは学習によって獲得してきたのか,という点です。
これは,なかなかやっかいな問題です。エンジェルは,自然健康法の大部分は学習の結果であると考えています。
たとえばシアン化合物毒を含んだ草を食べすぎてしまったヒツジが死んだり,病気になったとします。
これに対して,少し食べて異常を感じてたヒツジは直ぐに食べるのを止め,少しずつ食べる量を増やしたとします。これは一種の学習の効果です。
この二匹のヒツジが生き延び,子孫を残す確率は前者より後者の方が高いので,長い進化の過程で,
少しずつ食べて毒に順応することを身につけたヒツジがやがて大勢を占めることになる,というわけです。
つまり,自然健康法は学習と進化との結合で,動物が生き残る能力あるいは資質として,
時には何万年,何百万年という時間の経過の中で受け継がれてきたという考え方です。
これをDNAに刷り込まれた“本能”と呼ぶこともありますが,それが形成される過程の説明としては,
エンジェルの考え方の方が正しいように思います。
次に,病気ではなく,怪我や事故にたいする動物の対応について見てみましょう。
これまで見たように,動物は毒物や病気にたいしてはさまざまな予防や治療などの健康法をもっています。
それでも,動物は獲物を追ったり移動中に思わぬ事故に合い,怪我をすることは珍しくありません。
動物は,病原体がいっぱいの爪や歯でつけられた傷でさえ,破傷風菌などに冒されることなく治癒します。
また,動物のオスが縄張りやメスをめぐって闘ったり,獲物との闘いで逆に攻撃されたり怪我を負うことも頻繁に起こります。
しかし,数十センチの傷がぱっくりと口を開けてしまうほどの怪我でも,数ヶ月後には見事に治っている例も観察されています。
この驚異の回復はどのようにしてもたらされるのでしょうか?
最も一般的な方法は傷を舐めることです。しかし,チンパンジーは,傷口に舌が届かないときは,指を舐めてから傷口に押し当てます。
イヌの唾液にはブドウ球菌,大腸菌,連鎖球菌などの細菌を殺すことができる抗菌物質が含まれています。
猿の仲間では,傷をふさいだり感染を防ぐ植物の葉を傷口に当てることもよくみられます。
時には,まずよく噛んで唾液と混ぜ,その後に傷口に当てることもあります。
ヘラジカ,クマ,トナカイは粘土の上で転がり,クマとシカは樹脂の多い木に体をこすりつけ,
ウマやシカはミズゴケの中で転がって傷を治そうとします。
私は日本で山を歩いていると,「ヌタ場」と呼ばれる,少し窪んで泥が溜まっている場所を何度も見つけました。
これはイノシシやシカが体に付いたダニや寄生虫を落とすために,泥の中で転がる場所です。
ただし私は,傷口の治療にも「ヌタ場」を利用していると考えています。
やや特殊な例かも知れませんが,負傷した動物が冷たい水に浸かって出血を止め,不快感を麻痺させることがあります。
これは,動物の体が要求するももともともっている生得的な行動なのか,経験による学習によるものなのかは分かりません。
最後に,動物による「手当て」について触れておきたいと思います。
人間の場合,手で患部に触れることに治療効果が認められていますが,傷ついた動物でも同じようです。
重傷を負った幼いチンパンジーは,母親に落ち着いて触ってもらうと鎮静します。
また,ゴリラの娘が母親の背中の噛み傷を舐めたりさすったりして,6週間後にこの傷が完治した事例も報告されています。
治療を意味する古い表現に「手当て」という言葉からも分かるように,少なくとも霊長類(高等哺乳類)では,
ごく自然に行われてきたの治療法ではないでしょうか。
私は過去十数年,個人的に気功治療を行ってきましたが,確かに「手を当てる」ことによる治療効果はあることを実感しています。
以上,3回にわたって動物の自然健康法について書いてきました。そこで分かったことは,
動物たち生き残り戦略として実に多様な自然健康法を用いていることです。
しかし,私たちの知らない健康法やそのメカニズムがまだまだあるのではないかとの印象をもちました。
それと同時に,植物は動物の食物になるだけでなく,健康面でも非常に緊密な関係があることがわかりました。
そして,自然界は動物・植物・土・細菌,水など全てつながっていることが分かります。
前回の記事で,動物や昆虫が身を守るために,どのような方法で必須栄養素を手に入れ,また自分の身を守るために,
植物が生産した“毒”や土などの自然物を,一方で捕食者から逃れるため,他方で病気の予防や治療に利用しているかを紹介しました。
今回も,シンディ・エンジェル著『動物たちの自然健康法-野生の知恵に学ぶ』(羽田節子訳,紀伊國屋書店,2003年)を参考にして,
最初に前回の補足と,次に動物は怪我や事故にどのように対処しているのかをみてみましょう。
前回の補足ですが,動物が食べる植物には,しばしば抗菌物質が含まれていることが重要です。
たとえばアフリカのマウンテンゴリラが食べる木の葉,実,樹皮,種子,木随の3分の1以上には,抗生物質を含む,
抗菌物質が含まれていることが分かってきました。従って,日常の食餌行動が同時に病気の予防になっているわけです。
しかし,それでも何らかの病原体に感染してしまうことは避けられません。それにはさまざまな方法で対処します。
動物は病気にかかるとまず食物を受け付けなくなります。奥まったところにひっこんで,回復するまで”断食”します。
これは回復を早める効果的な反応です。
細菌類はしばしばその生存に鉄分を必要としますが,感染中,体はさまざまな調節を行って,細菌が利用できる鉄分を減らそうとします。
絶食や減食にはこのような効果があるのです。
もう一つ,ほとんどの動物に見られる対処方法に,体温を上げることがあります。
ただし微生物は高温で殺せますが,体内の重要な酵素も高温によって破壊されてしまいます。
このため感染した体を治すためには体温を,病原体には打撃を与えるが,生体にに必要な酵素は破壊しない最適レベルにする必要があります。
自分で体温を上げることができない冷血動物,たとえばトカゲは,熱を生み出すために,暖かい場所を探してうずくまり,
「ひなたぼっこ」をして体温を2度ほど体温を上げます。
「ひなたぼっこ」は,太陽光線の中の紫外線による殺菌の効果もあります。
昆虫も感染に対処するために体温を上げます。カビなどに感染したアリやハエは植物によじ登って日光浴をするし,
細菌に感染したコオロギやバッタも,生き残るチャンスを求めて暖かな場所を探します。
ハチのような社会性をもつ昆虫は集団で感染を防ごうとします。ミツハチは,低温で感染しやすい菌類に感染すると,
その大きな飛翔筋を震わせて巣内の温度を上げ,幼虫への感染を防ぎます。
これに対して体温を自分で調節できる哺乳類では,病原体に感染すると,それを殺すために自動的に熱が出ます。
インフルエンザに感染すると熱がでることは私たちの多くが経験していることです。
また,嘔吐や下痢は動物が毒や病原体を排出する効果的な方法です。
私たちの身近では,イヌやネコが特定の草を食べる行為をよく見かけます。
これには,胃の中に入った毛などを排出するための場合もありますが,イヌやネコにとって有害な毒や病原体を排出する役割もあります。
問題は,以上のような対処法が動物の先天的な「本能」なのか,あるいは学習によって獲得してきたのか,という点です。
これは,なかなかやっかいな問題です。エンジェルは,自然健康法の大部分は学習の結果であると考えています。
たとえばシアン化合物毒を含んだ草を食べすぎてしまったヒツジが死んだり,病気になったとします。
これに対して,少し食べて異常を感じてたヒツジは直ぐに食べるのを止め,少しずつ食べる量を増やしたとします。これは一種の学習の効果です。
この二匹のヒツジが生き延び,子孫を残す確率は前者より後者の方が高いので,長い進化の過程で,
少しずつ食べて毒に順応することを身につけたヒツジがやがて大勢を占めることになる,というわけです。
つまり,自然健康法は学習と進化との結合で,動物が生き残る能力あるいは資質として,
時には何万年,何百万年という時間の経過の中で受け継がれてきたという考え方です。
これをDNAに刷り込まれた“本能”と呼ぶこともありますが,それが形成される過程の説明としては,
エンジェルの考え方の方が正しいように思います。
次に,病気ではなく,怪我や事故にたいする動物の対応について見てみましょう。
これまで見たように,動物は毒物や病気にたいしてはさまざまな予防や治療などの健康法をもっています。
それでも,動物は獲物を追ったり移動中に思わぬ事故に合い,怪我をすることは珍しくありません。
動物は,病原体がいっぱいの爪や歯でつけられた傷でさえ,破傷風菌などに冒されることなく治癒します。
また,動物のオスが縄張りやメスをめぐって闘ったり,獲物との闘いで逆に攻撃されたり怪我を負うことも頻繁に起こります。
しかし,数十センチの傷がぱっくりと口を開けてしまうほどの怪我でも,数ヶ月後には見事に治っている例も観察されています。
この驚異の回復はどのようにしてもたらされるのでしょうか?
最も一般的な方法は傷を舐めることです。しかし,チンパンジーは,傷口に舌が届かないときは,指を舐めてから傷口に押し当てます。
イヌの唾液にはブドウ球菌,大腸菌,連鎖球菌などの細菌を殺すことができる抗菌物質が含まれています。
猿の仲間では,傷をふさいだり感染を防ぐ植物の葉を傷口に当てることもよくみられます。
時には,まずよく噛んで唾液と混ぜ,その後に傷口に当てることもあります。
ヘラジカ,クマ,トナカイは粘土の上で転がり,クマとシカは樹脂の多い木に体をこすりつけ,
ウマやシカはミズゴケの中で転がって傷を治そうとします。
私は日本で山を歩いていると,「ヌタ場」と呼ばれる,少し窪んで泥が溜まっている場所を何度も見つけました。
これはイノシシやシカが体に付いたダニや寄生虫を落とすために,泥の中で転がる場所です。
ただし私は,傷口の治療にも「ヌタ場」を利用していると考えています。
やや特殊な例かも知れませんが,負傷した動物が冷たい水に浸かって出血を止め,不快感を麻痺させることがあります。
これは,動物の体が要求するももともともっている生得的な行動なのか,経験による学習によるものなのかは分かりません。
最後に,動物による「手当て」について触れておきたいと思います。
人間の場合,手で患部に触れることに治療効果が認められていますが,傷ついた動物でも同じようです。
重傷を負った幼いチンパンジーは,母親に落ち着いて触ってもらうと鎮静します。
また,ゴリラの娘が母親の背中の噛み傷を舐めたりさすったりして,6週間後にこの傷が完治した事例も報告されています。
治療を意味する古い表現に「手当て」という言葉からも分かるように,少なくとも霊長類(高等哺乳類)では,
ごく自然に行われてきたの治療法ではないでしょうか。
私は過去十数年,個人的に気功治療を行ってきましたが,確かに「手を当てる」ことによる治療効果はあることを実感しています。
以上,3回にわたって動物の自然健康法について書いてきました。そこで分かったことは,
動物たち生き残り戦略として実に多様な自然健康法を用いていることです。
しかし,私たちの知らない健康法やそのメカニズムがまだまだあるのではないかとの印象をもちました。
それと同時に,植物は動物の食物になるだけでなく,健康面でも非常に緊密な関係があることがわかりました。
そして,自然界は動物・植物・土・細菌,水など全てつながっていることが分かります。