昭和21年に農学校として開校した喜連川高校。昭和26年に県立になりましたが参加は昭和24年からでした。
旧喜連川町が旧氏家町と合併しさくら市となり高校も、氏家高校と統合する形で喜連川高校は閉校。
氏家高校はさくら清修高校となりました。
平成で幕を閉じた喜連川高校の球史を見ていきたいと思います。
平成成績 3勝18敗 .143
通算成績 17勝58敗 .227
平成最高成績 初戦突破(H10、H13、H15)
ライバル校! 馬頭高校
地理的にも隣町に位置する馬頭高校。実力的にも似通っていた。
昭和42年は、3-0で完封勝利。チームはその後初のベスト8入り。
平成15年は、コールド勝ち。これが学校最後の勝利となった。
2年後の対戦は、3-4と惜敗。通算2勝1敗だった。
平成に入ってからは、慢性的な部員不足で10連敗を喫していたが
那須、粟野、馬頭と似たような状況の高校に勝利するのがやっとだった。
那須と馬頭は連合チームを組み粟野は閉校となっている。
昭和では、大会2勝以上は3回記録。ベスト8が一度だけだった。