山形の森 保守醒論

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公然反日プロパガンダ機関の朝日新聞グループとNHK

2010-04-22 16:36:41 | Weblog
品性の無さを省みないテレメディアの男芸者・田原総一朗が、テレ朝のサンプロから消えた。
後継番組の「サンデー・フロントライン」開始で、多少は品格のあるものに改善なるのかと思っていたが、レギュラーコメンテーターが、坂本義和の弟子藤原帰一と在日の姜尚中が出てきた。
 これってNHKとキャスティングが同じパターンですね。
背後につながる特定アジア勢力の工作番組として、朝日とNHKに連関するものが明確に見えてきた。
朝日新聞グループ、NHKに巣食う左翼腐敗勢力が特亜機関と結託して、偏向プロパガンダ工作をこれからも実行していくことになる。
1971.に中国がニクソン政権に接触をはかり、キッシンジャー補佐官の隠密訪中を導いた。
連動するように同じく北朝鮮による対南(韓国)、対日国交正常化工作がペースアップする。
1971.5の北朝鮮帰国事業の再開(1968.から中断)、田中内閣誕生を機に、在日朝鮮人への再入国査証発給が緩和されることになる。
いまになって振り返ると、この発給緩和措置が拉致工作員の活動を容認するような「まねき猫」にもなった感がする。
1971.9、北朝鮮は朝鮮総連を通じて、朝日新聞に金日成との会見を持ち掛け、応じた後藤基夫編集局長訪朝団一行は、帰国後に北朝鮮礼賛記事を連載して、(日中に続く)日朝国交正常化を煽る。その陰で、次々と日本人拉致事件が行われていたのである。
坂本義和は、拉致事件が北朝鮮によるものと判明した今日になっても、(事件解決を)棚上げして人道的援助が必要などと述べている。
加藤紘一も藤原帰一も坂本に忠実な教え子である。 
所詮、朝日の左翼報道のこととなるが、最近のテレビ朝日と週刊朝日の酷さは特に目がつく。
姜尚中は1972年夏の訪韓から、日本名・永野鉄男を捨て、韓国名を名乗り始めた。 
ちょうど、1972.7に「南北朝鮮共同声明」が発表されたときからである。
北朝鮮は統一に向けた共同声明の裏で、金大中を使って朴政権の転覆密議を日本を舞台に行っていたわけである。
金大中事件はこのような中で発生した。 自民党内でも北朝鮮シンパとして支援していたのが宇都宮徳馬(河野洋平)である。
金日成ともつながる公然スパイの何物でもないだろう。
その自民党よりはるかに腐った民主党政権となって、全共闘の機関紙と揶揄された朝日ジャーナルの回収事件に及んだ、1971.3の「朝日は赤くなければ朝日じゃない」の再来を彷彿とさせる“左翼ガン細胞”が、日本壊死に向かって破壊活動の転移拡大に励んでいるようだ。
コメント
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