雫石鉄也の
とつぜんブログ
火の鳥 太陽編
手塚治虫 角川書店
大手塚のライフワーク「火の鳥」手塚の構想では、未来と過去を行き来しながら、最終的に「現代」に収束して「火の鳥」は大団円を迎えるはずであったとか。手塚の死によって、それは幻となったが、この太陽編は1作のなかで、未来と過去を往復している。この「太陽編」が最後の「火の鳥」である。
天智天皇の時代、壬申の乱前夜と、乱終息後の時代を背景に物語りは進む。白村江の戦いで倭国は大敗。倭国の支援を受けた百済の王族の一員ハリマは敗残兵となり唐軍に捕らえられ顔の皮をはがれ狼の頭をかぶせられる。ハリマは仙術を心得る老婆に助けらて生きのびる。海岸を歩くと虫の息の倭国の将軍を見つけ助ける。
ハリマは老婆、将軍とともに倭国に渡る。倭国でハリマは将軍のはからいで領地をもらい豪族となり、犬上と名のる。
そのころ倭国には仏教が渡来していた。時の天皇天智天皇は仏教に帰依、仏教を人民に強制する。倭国土着の産土神の狗族の長老の娘を助けた犬上は狗族と親交を結ぶ。狗族をはじめ産土神たる倭国土着の守護神たちと侵略者仏法者との決戦が始る。
この作品では、仏教は外来の侵略者で、それに帰依した天皇は民衆への抑圧者として描かれる。宗教の存在が人の不幸の元凶となっているわけ。
主人公犬上は渡来人でありながら倭国の土着の神々と契りを結び仏教と戦う。その犬上が頼ったのが天皇に反乱を起こした大海人皇子。
この犬上の物語と並行してスグルの物語が描かれる。スグルの世界ははるかな未来。そこは「火の鳥」をご神体とする「光」教団が支配する世界。スグルは「光」と戦う「シャドー」のゲリラ戦士。「おやじさん=猿田か?」」の指示で「光」の本殿に潜入する。そこで「火の鳥」を見つける。
犬上とスグルは同じ人物が転生したのか。またその恋人も。大海人皇子は反乱に勝利し天武天皇となる。「おやじさん」も「光」の教祖を倒し新たな宗教の教祖となる。犬上/スグルは勝利者側に与したにも関わらず静かに去っていく。権力者を倒しても新たな権力者が生まれるだけだ。
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一番好きなのは「望郷編」ですが、「核戦争で自分以外の人類が滅亡するも、不死の命を与えられた主人公が、誰も居ない世界で身が朽ちても生き続けなければならない哀しみや苦しみに懊悩している姿が、非常に印象的。
「火の鳥シリーズ」では最後の作品となった「太陽編」ですが、手塚氏の習性とも言いましょうか、上梓した後に不満足な部分が出て来て書き直しというのが、此の作品でも在り、2冊購入して所有。凡庸な自分からすれば「元の儘でも、何等問題が無いのになあ。」と思ったけれど。
「火の鳥シリーズ」、手塚氏の頭の中には幾つか構想を温めていた様で、明らかになっている範囲では「再生編(アトム編?)」、「現代編」、「大地編」。「現代編」も興味在りますが、「幕末から明治維新を舞台にする積りだったのではないか?」、「否、日中戦争を舞台にする予定だった様だ。」等と言われている「大地編」を読みたかった。60歳という若さで亡くなられた事が、改めて悔やまれます。
作家は老いて、それでもまだ書きたい構想があるが、書けない、という場合、若い作家と合作ということをすることがあります。
小松左京は「日本沈没」の第2部を谷甲州と合作しました。合作ですが実際に筆を立てて執筆したのは谷甲州です。
https://blog.goo.ne.jp/totuzen703/e/2dbb45f61773817fda1908671ba111c5
また。アーサー・C・クラークは晩年、スティーブン・バクスターと合作してました。
手塚さんも頭の中に入れたまま亡くなるのなら、そういうカタチをとってもらえたら、「火の鳥 大地編」も読めたかもしれません。ただ、だれと合するかが問題です。
凄いなと思うのは大半を占める過去部分が、
壬申の乱を描きながら、ばっさりと天智天皇を切り落としている事です。あれは白村江の敗戦の戦後処理問題でしょう? そして敗戦の戦犯は
天武天皇の兄とされる天智天皇です。犬上が過酷な運命となるのも彼のせいな訳で、普通は天智天皇を悪役に出してくると思うのですが、バッサリと切って解りやすくしてます。
仏教の描き方も、これ実はキリスト教にしてみれば金枝篇ですね。クリスチャンから観るとバイキングは野蛮人ですが、あれは通商の代わりに改宗をカール大帝に強いられた北欧神話の人々の反撃でもある。権力は常にそう。 そして土着の神々の抵抗。鎌倉に住んでると製鉄民族と俘囚が住んでいて、それを追い払い、渡来人や西方の民を入植させた事が解ります。
銭洗い弁天など、金が洗って増える訳がなく、明らかに砂鉄から製鉄するタタラ場の痕跡です。彼らから生活や資源や土地を奪い、鬼とか妖怪として追い払っていったのが、朝廷と開墾などの先進技術を持つ仏教なんですね。
私は民俗学(民族学の方は文化人類学と言います) を齧ったので、滅ぼされ妖怪にされていった側に同情的で、それ故に朝廷、王城を背景にする
西方には時に辛辣になるのです。そういうくやしさを良く描いてくれた作品と思います。
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