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地獄八景亡者戯2(後編)

「閻魔の出御、下におろう」
 閻魔様でございます。手に笏を持ち赤ら顔で真っ黒い髭をはやし頭に王というマークをつけた帽子をかぶっております。「閻王の口や牡丹をはかんとす」という句がございますが、真っ赤な口をカアッと開いて、実に怖い顔でございます。
「地獄は変わったけれど、閻魔はんは昔のままでんな」
「いやあ、閻魔はんも変わりましたんや」
「どんなふうに」
「最初は裁判官が着てるような黒い法衣を着てはりましたんや。そんで検事の鬼も弁護人のお地蔵さんも司法試験通った連中でお裁きしてましたんや。そしたら、娑婆の裁判所の影響が出ましてな、お裁きにえらい時間がかかるようになりましたんや」
「へえ影響されまんねやな」
「裁判所みたいにするからあかんのや、ゆうて次に江戸時代の奉行所にモデルチェンジ。あれやったら『お咎めなし』とか『打ち首獄門』でお裁きが早よおまっしゃろ。閻魔はんも月代を剃りあげた頭に、裃に長袴というファッションで仕事してましたんや。そしたらお裁きを早よかたづけるため、とっとと自白させてしまお、ゆうて鬼どもが亡者にえらい拷問するようになりましたんや。特に昔新撰組の副長やった土方歳三ゆうやつがなんの恨みか鹿児島県と山口県出身の亡者にごっつい
拷問してえらい問題になりましたんや」
「へえ」
「これでもあかんゆうて、閻魔はん背広にネクタイでお裁きしてましたんやけど、これも亡者の評判がもうひとつようない。そんで閻魔は閻魔らしいかっこうが一番ゆうことになったんやて」
 そうこういうておりますうちに閻魔さんがお仕事を始めました。
「あー、私語は慎むように。亡者全員揃っておるな」
「おん前に」
「死人出入帳を持て」
「そのフロッピーが死人出入帳でございます。そこのパソコンの右側のスリットに入れてマウスでクリックしたらエクセルの画面に今月の亡者の一覧表が映ります」
「赤鬼、お前やってくれ。わしゃパソコンはようわからん」
「ああ映った映った。赤鬼もうよい。あとはわしがやる」
「男はこれだけ女はこれだけ。先月よりまた減ったではないか」
「規制緩和で外国の地獄の進出に加えて、地獄の株式会社が認可されまして、民間からの地獄業界への参入がぎょうさんありましてな」
「困ったもんじゃ。なんでもかでも規制緩和やりゃええもんでもない。あいわかった」
 パソコンの画面から目を上げた閻魔さん、亡者一同を見回して厳かにお裁きを言い渡し始めました。ほとんどの亡者が極楽行きです。そして亡者たちが極楽へ移送された後、がらんとした閻魔の庁の中庭に数人の亡者が残されました。いずれも娑婆では大きな会社のエライ人であったと思われる人たちです。
「その方らリストラと称して従業員を解雇し、彼らに塗炭の苦しみを味わわせたる罪軽からず地獄送りとする」
「閻魔様に申し上げます。会社を存続させるためしかたなかったのでございます」
「だまれ。従業員の頭数を減らしたいのであるなら、なぜ上の者から切っていかぬ。下の者から切り、お前らはぬくぬくと会社に居残っていたではないか」
「私らも辞めとうございました。しかし私らは責任ある立場ゆえ会社に残り、業績回復に全力をつくしたのです」
「業績が悪化したのは誰が悪いのじゃ。お前たちが切り捨てた従業員たちか。彼らは上の者の指示に従ってまじめに働いておった。彼らが会社の方針を決定したわけではない。お前たち会社の経営にあたる者どもがアホだったから会社が傾いたのじゃ。この者どもをリストラ失業地獄に落として、クビにされた者の苦しみをたっぷりと味わわせるのだ」
 娑婆の会社のエライさんの亡者たちは鬼どもに追い立てられるようにリストラ失業地獄へ連れて行かれます。その時閻魔が声をかけました。
「あー、待て。ヒサコメ電機の山本米三と秋津蓬莱食品の永田久雄。両名の亡者はここに残るように」
「なんでっしゃろ。なんであんたと私だけが残されたんでっしゃろか」
「さあ、私らだけ特別に極楽に行けるんとちがいまっか」
「ヒサコメ電機の山本米三前へでい。その方要らぬ本社ビルを建てるなど、己の先見性の無さと無能を棚に上げ、永年会社に貢献したる中高年の社員を多数解雇したる罪軽からず。他の者と違う地獄へ落としてやる」
「秋津蓬莱食品の永田久雄。その方輸入の牛肉を国産の牛肉と偽り、政府の補助金をだまし取り、なおかつなんの落ち度も無い有能な社員を解雇するなど、その罪軽からず。その方も他の者と違う地獄へ落としてやる」
 極楽あるいは地獄と、亡者の衆はそれぞれの落ち着き先へと連れて行かれ、広いお白州に山本、永田の二名の亡者がポツンと残っております。両名ともどんな恐ろしい地獄に送られるのか、もう生きた心地がしません、というかここはあの世ですから、死んだ心地がしません。
「さて、両名の者、近こう寄れ」
 閻魔様が二人を手招きしますが、恐ろしくて近寄れません。モジモジしていると。
「何をしておる。早ようワシの元へこんか」
 閻魔様、大声を出して二人を一喝しました。飛び上がって青い顔をして、大慌てで閻魔様のお膝元まで駆け寄りました。
「どうかおゆるしください。向こう先が見える社長になるよう努力します。会社が傾けば
私の首を一番に切ります」
「うへえ、ご勘弁ください。もう二度と私の個人的な感情と独断で社員の首を切りません」
 二人とも小さくなって、額を地面にこすり擦り付けてひたすら閻魔様に頭を下げます。
「もうよい、もうよい。両名の者面を上げい」
「ははー」
「どうじゃ。自分のしたことを充分に反省したか」
「はい。閻魔様のいわれるとおり、私たちが間違っておりました。解雇した社員たちには謝罪したいと心から思います」
「少しは殊勝な心がけになったようじゃな。ではあるが、お前たちの犯した罪は許しがたき重罪ゆえ極楽に送るわけにはいかん。とはいうものの少しは反省しておるので、地獄送りは許してやる」
「ははー。ありがたきしあわせ。恐れながら閻魔大王様にお尋ね申し上げますが、それで私たちはどうなるのでございますか」
「その方らはワシの部下となるのじゃ」
「閻魔様の部下というと、私たちは鬼になるのですか」
「そうではない。人間のままでよい。それにお前たちはすでに鬼になっておるではないか。ほら聞こえるじゃろ。クビを切られてオニオニとお前たちを呼ぶ元社員たちの声が」
「うへえお許しを。それで私たちは何をすれば良いのでございますか」
「知ってのとおり閻魔の庁も民営化されての、株式会社になったのじゃ。娑婆から来た亡者をお役所仕事で極楽だ地獄だと振り分け、地獄に落ちた亡者どもをエスカレーター式にお仕置きをしていくだけでは成り立たなくなったのじゃ。閻魔の庁も市場開放で民間の業者が参入して亡者の奪い合いが激しくなっての。最近ワシんとこへ来る亡者がえらく少なくなって、このままじゃいずれ経営が破綻する。ところが肝心の社員の鬼どもは役人気質が抜け切らない。そこでお前らにワシの補佐役になってもらい、閻魔の庁と地獄の効率化を推進してもらいたい。どうじゃ引き受けてくれぬか。結果しだいで極楽行きにしてやるぞ」
 こうして地獄の取締役に就任した二人の亡者大張り切りで仕事を始めました。慣れた仕事でございます。実績を上げれば極楽へ行けます。張り切るのは当然でございます。ところが困ったのは鬼たちです。なにせ彼らは鬼というのですから、それぞれの仕事に頑固一徹、自分のやり方を変えようとはしません。そこに娑婆から来たどこの馬の骨ともわからぬ亡者があれこれ指図を始めました。悪いことに彼らは閻魔様の直々の命を受けて仕事をしてますので、逆らうことができません。
「大王様、大変です」
「どうした赤鬼」
「とにかく針の山を見に来てください」
 閻魔様が針の山を見に行くと、こんもりとした山全体に有った針が無くなり禿山になっております。針が全部無くなったわけではなく山の中央に幅十メートルほどに帯状に針が残っております。まるでモヒカン刈りみたいな針の山になっております。
「これはどうしたことじゃ」
「こんど来た二人の亡者の指示です。針の山全部を使うわけではない。亡者を歩かせる部分だけに針があれば良いということで、こんな針の山にさせられました」
「二人を呼べ」
「社長お呼びですか」
「社長ではない。ワシは閻魔大王じゃ」
「ここは昔の閻魔の庁ではありません。れっきとした民間企業の株式会社ですぞ。トップがそれでは何時まで経ってもお役所根性が抜けませんぞ。外国の地獄に亡者を取られても良いのですか」
「分かった分かった。今からワシは社長じゃ。山本と永田、お前らは部長じゃ。赤鬼、青鬼、黄色、紫、お前らは課長じゃ。黄緑、黄土色、灰色、ピンク、お前らは係長じゃ。ところで、なぜ針の山をモヒカンの山にしたのじゃ」
「確かに昔は大勢の亡者が針の山全山にあふれておりましたが、今は亡者の数も減りました。それなのに針の数は昔のまま。状況に即応して行かなくては効率化はできません。針の数を七十パーセント減らすことにより、針の山の維持費を五十パーセントカットできました」
「そうか。よくやった」
「ですが大王様」
「なんじゃ青鬼課長。社長と呼べ社長と」
「閻魔社長。針の山は山全体に恐ろしい針がびっしり有るから亡者に恐ろしがられるのです。これではフィールドアスレチックです」
「青鬼課長。要は目的を果たせば良いのでしょう。ムダな設備を維持する経費はないはずです」
 ここは地獄の電車、獄鉄の駅を出た高架の下、とある串カツ屋でございます。串カツで生ビールを飲みながら二人の鬼がブチブチいっております。
「なあ、青鬼。今度来た二人の部長、うっとおしいな」
「そやな」
「なんでワシらがどこの馬の骨とも知れぬ亡者のいうことを聞かなあかんねん」
「しゃあないやんか。あの二人は閻魔さんから直々に命をうけとるんやから」
「なんでも効率化と経費節減や。そんなこと気にしとったら地獄の仕事なんぞできるか」
「そやな。地獄の仕事が亡者なんかに分かってたまるか。餅は餅屋。地獄のことは鬼にまかせときゃええんや。そやろ」
「鬼が信用ならんから閻魔さんはあの亡者二人に部長職をやらせたんやろ」
「地獄の仕事に鬼が信用ならんかったら誰が信用なるねん」
「鬼より亡者のほうが信用なるんやろ」
「しかし地獄というところはなんでも閻魔さんのいうとおりやな」
「そやな。ちょっとでも閻魔さんに逆らうとクビ。地獄おいだされて極楽行きやで。鬼やめて菩薩やらにゃしゃあない。極楽なんか地獄やで。ワシらあないな退屈な所一分でもおるのイヤやで」
「ワシかてイヤや」
「誰も極楽なんかに行きとうないもんで閻魔さんに建設的な意見いうもん一人もおらへん」
「なんでも閻魔さんのいうとおり。閻魔さんが間違ったら地獄全体がまちごうてしまう」
「地獄の業績が落ちてきたんは閻魔さんのせいやで」
「こうなったら鬼は鬼どうし団結せなあかん」
「そやそや。組合つくろ組合。あ、ソースの二度づけはあかんで」

「なんですと部長。熱湯の釜をガスで」
「そうです。いつまでも薪で釜を焚くなんて効率の悪いことしてたらダメです」
「熱湯の釜は昔から薪で焚くと決まっておるんですが。ガスなんかで焚いたら地獄の刑罰の道具がご家庭のお風呂になってしまいまんがな」
「もうガス会社と契約しました。燃料を薪からガスに変えるだけで大変な経費節減になります。薪を集めるだけが仕事の鬼が五人もおりました。ガスに代えたらこの五人分の人件費がうきます」
「その五人の鬼はどうなります」
「地獄を辞めてもらいます。最終的には地獄全体で鬼の数を半分にする大リストラを実施するため早期退職制度を発足します。今月中に応募した者は退職金を八十パーセント上乗せします」
「鬼が地獄を出ても行くところがありませんがな」
「極楽へ行ってもらう。極楽のトップのお釈迦さんとは話がついてます。あそこは新規事業を立ち上げて菩薩の数が足りないとのこと。地獄の鬼は即戦力になるので重宝されますよ」 

「人呑鬼さんちょっと応接まで」
 永田部長が人呑鬼のヒザを叩きました。本来なら肩を叩くところが、なにせ人呑鬼は大きな鬼です。普通の人間の亡者の永田部長の手は人呑鬼の肩に届きません。肩叩きならぬヒザ叩きです。今まで何人もの鬼が肩叩きにあって地獄を去っております。ところが人呑鬼は自分だけは肩叩きは無いと安心しておりました。肩叩きならぬヒザ叩きにあったわけです。
「人呑鬼さん。あなたは来月から極楽に行ってもらいます」
「なんでワシが」
「いや、あなたが地獄の仕事にむいてないというわけではありません。極楽の大日如来さんから電話があって、あなたにどうしてもやってもらいたい仕事が極楽にあるそうです」
「なんの仕事でんねん」
「ハスの池の底さらい」
「へ」
「あそこは貴重なハスがいっぱいあって建設機械が使えない。地蔵さんが極楽に来た子供の亡者を使って人海戦術で工事やってたけど人の手じゃラチがあかん。そこで鬼の手を借りることになって、一番大きな手を持っているあなたに白羽の矢がたったのです」
「ワシ極楽なんか行きとうない」
「そうか。あー部長です。例の四人の亡者をここへ」
 応接室のドアが開いて四人の亡者が入ってきました。医者の山井養仙、山伏の螺尾福海、
歯抜師の松井源水、軽業師の和屋竹の野良一の四人です。
「久しぶりでんな。人呑鬼はん。またわたいらを呑んでくれまっか」
「うへえ、どうぞご勘弁」
「そんなんいわんと。わたいらあれから肥っておいしおまっせ」
「もう懲り懲り。お前らを呑むと、えずいて、
くっしゃみ出て、笑ろうて、腹痛おこして、屁こいて、えらいめにあう」
「極楽へ行かへんのやったら、地獄で人呑鬼としての仕事してもらわな。さあ仕事です。この四人の亡者を呑んでください」
「わかりました。極楽へ行きます。極楽のハスの池で底さらいしますから、この四人を呑むのだけはご勘弁」

「大王様、いや社長。今期の決算の概算がでました」
「で、地獄の業績は前期に比べてどうじゃ」
「亡者の数が三十パーセント増えました。収益は二十パーセント増。コストは四十パーセント減です」
「ようやった。コスト節減が大きいな」
「はい。人件費を大幅に抑えました。地獄の鬼の数を半数にしました」
「そうか。最近鬼どもの数が減ったように思うのはそういうわけか。よくやった。お前ら二人を部長にして地獄の改革に取り組んだのは正解だった」

「あーあ、やっと終わった。おい終電までちょっと時間あるから軽くいっぱいいこか」
「そやな賛成」
「お疲れ。乾杯」
「お疲れ」
「それにしてもたまらんな。今月残業百時間超えるで。半数の鬼で倍の亡者をさばかなあかんのやからな。赤鬼おまえ組合の委員長になったんやろ。なんとかしてえな」  
「そやな今度の団交でいうわ。場合によってはストライキや」
 それからしばらく月日が流れたある日のことでございます。
「ご隠居はん。ここが閻魔の庁でっか」
「そや」
「ここで閻魔さんのお裁きを受けて地獄か極楽か、行き先が決まりまんねんな」
「そや」
「それにしても亡者の数がえらい少のうおまんな。パラパラとしかおりまへんやんか」
「そやな。なんか様子がおかしいな」
「閻魔の庁の門前いうと、お裁きを待つ亡者で黒山の人だかりとちゃいまんのか」
「ワシもそう思うねんけど、三途の川を渡ってまっすぐ来たとこやから、ここは確かに閻魔の庁に間違いないはずなんやけどな」
「そういえばしょうずかの婆の茶店でいっしょやった団体さんがおりまへんな」
「そういやワシ知り合いから聞いたことがある。今時のあの世は地獄が選べるらしい」
「その人あの世から戻ったんでっか」
「そやねん。いっぺん死んだけどブラックジャックとやらいうモグリの医者に助けられ蘇生したんやて。その人のいうことにゃあの世には地獄がぎょうさんあって、好きな地獄が選べるんやて」
「地獄ゆうと、閻魔さんがおって赤鬼青鬼がおって、血の池地獄や針の山、無間地獄や熱湯の釜がある地獄だけとちゃいまんのか」
「そんなクラシックな地獄もあるけど、最近は絶叫マシーンや映画の世界を体験できる地獄もあるねんて」
「地獄で映画が体験できるのでっか」
「そや。冥土インUSAゆうてな」
「なんでんの。それ」
「冥土で作ったウルトラ・スーパー・アホらし映画や」
「そういや三途の川の渡し舟の上からえらい派手な看板がようけ見えたけど、あれみんな地獄の看板やったんでんな」
「で、どうする。どこの地獄に行く?」
「あんまり混んでて行列せなあかん地獄はいややな。ここでええんとちゃいまっか」
「そやな。ここに入ろか」
 中に入るとがらんとしております。前に小高い小山があります。いろんな金属のガラクタが山腹に突き刺してあります。きたない木の板切れにきたない手書きの字で「針の山」と書いてあります。 
「これが有名な針の山かいな」
「あっち見てみなはれ。あれが血の池地獄らしい」
「なんや、雑然としていて妙に素人っぽい地獄やな。それでいて、さびれていてもの悲しい所やな。こんなとこ娑婆のテレビで見たことがあったで。まてよ、そやパラダイスや。探偵ナイトスクープで見たパラダイスや」
「そうでんな。確かにパラダイスでんな。小枝はんにいわなあきまへんな」
「しかし地獄がパラダイスになってるとはぜんぜん知らんかった。なんで地獄がこんなことになったのか、あそこのおじいさんに聞いてみまひょ」
「あ、あの人、頭に角はえてまっせ。鬼や」
「そや鬼や。そやけど想像してたより怖そうやおまへんな」
「鬼さん。ちょっとお伺いしますが、なんで地獄がパラダイスになったんでっか」
「いらっしゃい。ようお越し。ワシがこの地獄の園長赤鬼だす。ほな案内しまひょか」
「ちょっと待っとくんなはれ。鬼さん。なんで地獄がこないになったんでっか」
「だいぶん昔のことですけど。ああ、まあお掛け。市場開放や民営化やゆうて、誰でも自由に地獄がやれるようになりましたんや。それで外国の地獄や大手私鉄がどっと地獄の経営に乗り出しましたやろ。ちょうどその頃娑婆は不景気であちこちの遊園地やテーマパークが閉鎖されましたんや。あの世で地獄が自由に作れる。手付かずの巨大な市場がパッと開けたわけでっさかい、よおけの地獄がどっとオープンしましたんや」
「そないにぎょうさんの地獄があってやっていけまんのか」
「理屈ではなんぼ地獄があってもええはずでしたんや。娑婆は人口が増えたり減ったりしまっしゃろ。ところがこっちは亡者が増えるいっぽうで減ることはおまへん。需要は無限にあるはずでしたんや」
「そしたらなんでこの地獄がこないに閑古鳥が鳴いとるんでっか」
「原因の一番は極楽に亡者とられたことです。昔は亡者を地獄極楽に振り分けるのは閻魔さんの仕事で、娑婆で良いことをしたら極楽、悪いことをしたら地獄と決まってましたんや。ところが裁判員制度が冥土でも導入されましたんや」
「裁判員制度いうと一般市民が裁判に参加するとゆうアレでっか」
「はい。亡者もお裁きに参加するようになって閻魔さん一人で決められんようになりましたんや」
「それでとうとう地獄極楽どっちへ行くかは亡者自身で選べるようになりましたんや」
「そんなことしたらみんな極楽へ行ってしまいますやろ」
「そう思いまっしゃろ。ところが極楽は退屈でおもろない、ゆう亡者が結構おって、地獄も盛況でしたんや。そうこうしてるうちに地獄極楽双方とも民営化されましたんや」
「あの世はお役所でしたんか」
「そうでんねん。ここでトップの力量の差がでたんでんな。極楽のお釈迦さんは早々に極楽改革を断行して、極楽を一大エンターティメントのアミューズメントパークにして大勢の亡者をあつめましたんや」
「地獄も負けんようにやったらよろしいやんか」
「あんたもそうおもいまっしゃろ。ところが閻魔さんがもたもたしているうちに、外国の娑婆のテーマパークが地獄に進出して、これまたえらい人気。この地獄に来る亡者は減る一方。さすがの閻魔さんも危機感を持ち始めて、二人の亡者を担当部長にすえて 遅まきながら地獄の改革に手をつけましたんや」
「それが成功しなかったんでっか」
「はい。リストラで鬼の数が半分になる。効率一辺倒で亡者をベルトコンベア式に右から左に流すだけ。こんな地獄に来る亡者なんておりますかいな」
「で、どうなりました」
「閻魔さんはとっとと地獄から足を洗い、たんまり退職金もろて、ちゃっかり外郭団体へ天下り」
「地獄の外郭団体でっか」
「いいや極楽の団体で極楽天国道路公団ちゅうとこの総裁におさまりはったんやて」
「なんでんのそれ」
「仏教徒向けの極楽とキリスト教徒向けの天国の間に高速道路通そうちゅう公団でんがな」
「うまいことやらはったんやな」
「コネや、コネ」
「閻魔さん、そないに強力はコネありまんのか」
「なんでも極楽のトップのお釈迦さんとは遠い親戚で、奥さんが天国の重役の大天使ミカエルの妹さんとは女子大のクラスメートやったんやて」
「二人の部長はどうなりました」
「働きすぎて過労生きしたんやて」
「へえ。今娑婆でなにしてまんのや」
「こんどは平サラリーマンに生まれ変って、リストラにおうて毎日ハローワーク通い。自分らがどんな酷いことしたか身をもって知って反省の日々送ってまんねんて」
「で、あんた誰でんねん」
「わては赤鬼だ。だれもおらんようになったこの地獄を退職金代わりにもらいましたんや。
ほんで老後の楽しみに昔懐かしい戦前の地獄をこつこつ手作りしてまんのや」
「話聞いてみると地獄も紆余曲折があったんでんな」
「そうでんねん。わても歳でっさかい、そないぎょうさんの亡者のお相手はできまへんけど、時々懐かしいゆうて来てくれはる亡者をわての手作りの地獄に案内するのが生きがいでんねん」
「そうですか。そしたらわたしらもあんたの地獄見せてもらいますわ」
「どうぞどうぞ」
「あれ、ここの針の山、紙に描いた絵でんがな」
「破ったらあきまへんで」
「最初から破れてましたで」
「破れ目から覗いたらあきまへんで」
「何が見えまんねん」
「極楽」
「紙の向こうは極楽でっか」
「へえ、地獄極楽紙一重いいましてな」

星群ノベルズ22にて発表ずみ
コメント ( 3 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
Unknown (ていよう)
2007-04-05 12:50:06
なかなか面白い短編だと思います。
テンポよく、読みやすいですね。
 
 
 
大作ですね (りんさん)
2015-10-20 17:48:14
読みました。
楽しかった~^^
「針の山タイガース」とか、「過労生き」とか、出てくるワードが楽しくていいですね。

いろんなパターンが作れそうです。
 
 
 
りんさんさん (雫石鉄也)
2015-10-20 20:32:31
ありがとうございます。
これを書いていて、さまざまなくすぐりワードを考えているとき一番楽しかったです。
 
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