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大ニュース

 神戸市中央区東川崎町。JR神戸駅の南がわ。全面ガラス張りのスカイブルーの高層ビルがある。神戸クリスタルタワーだ。
 午後の西からの光を受けてクリスタルタワーの壁面が輝いている。その壁面にひびが入っている。いつの間にひびが入ったのだろう。ひびが入った瞬間を見た者はいない。だれも知らないうちに入っていた。
 そのひびが大きくなった。目に見えるスピードでひびが大きくなっていく。その時、そこにいた人も、駅から出てきた人も、ひびが入ったビルの壁面を見ている。高層ビルの中層を中心に、上を下にひびが走る。
 パラパラとガラスの破片が落ちてきた。「あぶないから下がって」ビルの警備員がやじ馬を遠ざける。ビルから出ようとする人は中に戻す。警官もやってくる。
 爆発したようにガラスが吹き飛んだ。埴輪が現れた。武人像の埴輪がクリスタルタワーに埋め込んである。ものすごく巨大な埴輪だ。頭が5階あたりにある。埴輪がビルから抜け出して全身を現した。
 無表情な石の顔を人々に向けている。動き出した。ズーンズーンと足音が響く。驚愕する人たちの前で立ち止まった。腕を顔の前で交差した。顔が変わった。無表情な石の顔から、青黒い皮膚の憤怒の表情の男の顔になった。アゴの先の割れたアメリカの俳優カーク・ダグラスというか、かっての横浜ベイスターズのリリーフエース佐々木主浩というか。血走った眼で足元の人々をにらみつけている。
大魔神だ。1960年代、かっての大映で製作された特撮時代劇である。その映画の主役の大魔神が、この21世紀の神戸のクリスタルタワーから実際に出現した。ハマの大魔神ではない。実物の大魔神が現れた。
2016年×月○日神戸新聞一面。きのう、午後3時45分ごろ、JR神戸駅前のクリスタルタワーから大魔神が出現。国道2号線を西に移動。七宮の交差点で高松線に移って、中央市場前でUターンして、クリスタルタワーに戻った。15人のケガ人が出た。2号線と高松線沿線の多くの建造物に全半壊の被害が出た。

 東京都世田谷区桜新町。その家のある場所に昨日まで何があったのかだれもわからない。その家はずっと昔からそこにあった。みんなそう思っている。
 その家は2次元だ。ちょうどアニメのセル画に描かれたような家だ。縦と横だけで奥行きがまったくない。では描き割りかというとそうではない。家の横に回ると、ちゃんと家の横が見える。その家は3次元の家として存在している。
「この家、見たことがある」だれかがいい出した。「わたしも」賛同する人がたくさんいる。「この家、あれじゃない。ほら、あれの」「そうだ、あれの家だ」「サザエさんの家だ」
 アニメのサザエさんの家がそこにある。アニメに描かれている家そのものがある。もちろん周囲の風景は現実のモノだ。その現実の風景に中に、アニメのセル画に描かれた家が、現実のモノとして存在している。なんの違和感もなく。
 玄関に少しすき間が開いている。そこから小動物が飛び出してきた。猫が玄関から飛び出してこちらに走ってきた。魚をくわえている。
 猫は現実の動物の猫ではない。アニメの絵の猫だ。ガラッ。乱暴にドアが開け放たれた。バタバタと若い女が飛び出した。現実の女ではない。アニメの女だ。その女。だれでも知ってる、あの女だ。24,5歳。どんぐりまなこ。耳の横とひたいにお団子を三つくっつけたようなヘアスタイル。
「サザエさんだ」「うわっ。ほんもののサザエさんだ」
「こらああ。まてええ」サザエは騒々しくアニメの猫を追いかけていった。角を曲がったところで、ガッチャーンと大きな音がした。自転車が横倒しになって、ラーメンが散乱している。割れたラーメン鉢の横で若い男がへたりこんでいる。ヒジをすりむいたらしく少し血を流している。この男は現実の男だ。その男にアニメのサザエがペコペコ頭を下げている。
「すみません。すみません」声は声優の加藤みどりの声にそのものだ。
 2016年△月△日。東京新聞。きのう、午前10時ごろ、世田谷区桜新町に、とつぜん磯野さんの家が出現しました。この場所には、ほんらい何があったのか現在不明。関係各所が調査中。今は磯野波平さん(54)の土地建物がある。その磯野家から、この家の長女磯野サザエさん(24)が飛び出して、一時は騒然となった。この騒ぎでラーメン店店員大野牧夫さん(26)が腕に軽傷を負った。

 大阪市北区芝田町。土曜日の午後6時。紀伊国屋書店の前で、大きなテレビビッグマンの前はきょうも待ち合わせの人でいっぱい。
 と、JR大阪駅方面から不思議な3人連れがやってきた。一人は70代と思われる老人。杖をついて頭に黄色い頭巾をかぶっている。あとの二人は屈強な若い男。3人とも和服を着ている。
「わ、なにあれ、水戸黄門じゃない」「そや水戸黄門や」「なんやなんや。なんぞのコスプレかいな」「オレのじいさんが好きでよく見てた。あれ、あの黄門様東野英治郎やんか」「確か東野英治郎は死んだのでは」「そっくりさんじゃないの」「あんがいほんまもんやったりして」「まさか。はははは」
 3人はビッグマンのところまでやってきた。
「ご隠居、この騒ぎはなんでしょう」
「謀反のたくらみかも知れんぞ」
「なんか不穏な感じです」
「助さんや、あれを」
「ええい。静まれ静まれ。この紋所が目に入らぬか。ここにおわすは、先の副将軍、水戸光圀公であらせられるぞ。一同のもの頭が高い。ひかえおろう」
「ぎゃはは。太秦の映画村が出張してきたんか」「なんぞの広告か」「じゃまやなおっさん。そこどけ」
「ご隠居、静まりませんな」
「助さん格さん、少しこらしめてやりなさい」
 二人の男が、そこにいる人々の中に暴れこんだ。何人かの男が抵抗したが、勝負にならない。たちまちのされて、二人の足もとでうめいている。後ろの方から竹刀を持った男が来た。
「強いなコスプレのにいさん。ワシが相手する。ワシは剣道4段や」
 一人が短刀を抜いた。刃を裏がした。峰打ちをするつもりだ。
「峰打ちか、真剣じゃないだろう。そんなことせんでもええ」
 竹刀の男が打ち込んだ。白刃一閃。竹刀を手から落として、その場に倒れこんだ。
「ご隠居、ちょっと失敗しました」
 倒れた男の左足から血が流れている。
「助さんらしからぬな。手当てをしてやりなさい」
 人々がざわめきだした。
「真剣や」「ほんまもんの刀や」「ほんまもんの水戸黄門や」
 曽根崎書から警官がかけつけた時は、3人は阪急梅田駅方面に去って行った。改札を通った形跡はない。
 2016年□月□日。朝日新聞。きのう午後6時ごろ、大阪市北区芝田町の紀伊国屋書店前の路上に、時代劇のコスプレをした3人組が現れ、人々に暴行を働いた。13人のケガ人。そのうち2人は重傷。なお、一人は刃渡り40センチほどの日本刀を所持していたもよう。警察は銃刀法違反ならびに暴行容疑で3人の行方をさがしている。なお一部にあれは本物の水戸黄門一行だという意見もある。

 大魔神とサザエさん、水戸黄門は毎日同じ所同じ時間に現れた。テレビが毎日それを生中継した。新聞も連日大きく報道した。
 大魔神はクリスタルタワーから2号線高松線を行き来した。サザエは連日、お魚くわえた猫や弟のカツオと追っかけこ。水戸のご老公は梅田で印籠を振り回す。
 日が経つに連れて新聞の見出しの活字は小さくなり、テレビも全国ニュースから地方ニュースになった。そのうち、新聞もテレビもマスコミは報道しなくなった。

 大魔神、サザエ、水戸黄門がある日をさかいに現れなくなった。新聞はトップで、テレビは全国ニュースで報じた。
 
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コメント
 
 
 
騙された (アブダビ)
2016-10-27 21:24:13
冒頭、マジなnewsネタかと思いました(笑)
た…大変だ。慌ててNetNewsに転じるが、そのような報道はない!
で、読み返したら…

オーソン・ウェルズがHGウェルズの「宇宙戦争」をドキュメント調にシナリオ書いて、radio放送をしたところ、番組をきちんと聞かずに慌てた人達が火星人来襲を信じて大騒ぎになった事があります。事件のドキュメンタリー本で、
シナリオの全訳が提示された本を持ってます。
この事件以後、newsに似せて物語番組を作ることが先進国では禁止されてます。
盲点だわなぁ。Webにはそんな規定はないから、管理人さんくらいの達者な書き手ならば、
デマを流すことも可能なんだ…
冒頭の淡々とした記事めいた部分の迫力なかなかでしたよ。
教訓…記事や番組は最後まで読んで、フィクションかノンフィクショか確かめましょうね(笑)
 
 
 
アブダビさん (雫石鉄也)
2016-10-28 09:23:59
オーソン・ウェルズのあのエピソードに例えられるとは、たいへんに光栄であります。
虚構のモノが現実に出てきたら、どうなるというアイデアを考えついて、これを書いてみました。
いろいろ考えました。鉄腕アトム、暴れん坊将軍、ローンレンジャー、バットマン。で、結局、大魔神、サザエさん、水戸黄門にしました。
 
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