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残ったのはどっち

「こちら着陸ギア故障。着陸不可能。周回軌道で待つ」
 救援船がやっと来た。その最初の通信がこれだ。信じたくない/聞きたくない。
「小型ロケットの燃料残りわずか。一人しか乗れない。なんとか着陸できないのか」
「当方、乗員12名。12名の命を危険にさらすわけにはいかない。なんとか二人乗って離陸せよ」

 目的地は惑星ラシハマだった。ラシハマに開港した第2国際宇宙空港の管制官に任命された。ただちにラシハマに赴任せよとの命令。1か月前に結婚した妻と二人で旅たった。新婚旅行代わりといっていい。新居はラシハマにするつもりだった。
 ラシハマまであと0.7光年の空域でトラブル発生。エンジンに燃料を供給するパイプのフランジが緩んでいる。フランジを固定しているナットが1個抜け落ちた。配管を固定している金具の直径が規格よりわずかに小さいことが判った。配管と固定金具のあいだにほんの少し隙間が空いた。燃料が配管を通るたびに振動が発生。その振動でナットが緩み外れた。七つのナットで固定されているフランジとフランジのあいだに隙間ができて燃料がそこから漏れた。しかもナットそのものに緩み止め加工が施されていなかった。
 官給品のロケットを使ったのが失敗だった。マイロケットはラシハマで新しいのを買うつもりだったので新地球で手放した。役所の購買担当者め値切ったな。これ以上飛べば燃料が空になる。そうなると着陸もできなくなる。もよりの無人小惑星に不時着した。それから200時間が経った。酸素はあと14時間、冷凍庫の食糧もあと一食分しか残ってない。

「お前が乗れ」
「いやよ。あなたが乗って」
 ロケットには一人しか乗れない。残存の燃料では二人乗れば離陸できない。私か妻かどちらかがこの星に残らなければならない。
「貴船に小型ロケット用の燃料はあるか?」
 どちらかが救援船に行き、燃料を補給して再び星に着陸、残った方を乗せるつもり。今度は二人乗っても離陸できる。
「当方、小型ロケット用の燃料は積んでない」
 こちらのロケットは片道飛行しかできないわけだ。
「他に救援船はいないのか」
「半径1光年の空域では本船だけだ」
 1光年以上離れた所からだと、フルスピードで駆けつけても20時間以上はかかる。酸素がもたない。残った方は確実に死ぬ。
 妻がナイフを持った。自分の腕を切ろうとした。
「やめろ。なにをする」
 飛びついてナイフをもぎとった。
「腕を傷つければロケットの操縦ができないわ」
「バカなこと考えるな」
「ではどうすればいいの。あなたか私かどっちかが死ぬのよ」
「お前が死ぬことはない」
「あなたが死ぬことはないわ」
 いくら話し合っても結論がでる問題ではない。救援船から通信。
「急いでくれ。スペースデブリの群れが接近している。この空域を早急に離れる必要がある」
「あなたが行くべきよ。あなたが行かないとラシハマの宇宙空港が機能しないわ。早くいって管制官になってね」
「お前は妊娠してるんだ。お前の身体はお前だけのものではないぞ」
「急いでくれ。タイムリミットはあと46分だ」
「判った。貴船に外科医はいるか」
「当方の船医は元々は外科が専門だ」

「三人でまたここに来れるとはあの時は思わなかったな」
 三歳になった息子をだいてロケットを降りた。ラシハマ第2国際宇宙空港の管制官の任期は3年だ。任期を終え、新地球への帰還の途中、3年前に不時着した無人小惑星に立ち寄った。ラシハマで買ったマイロケットは最新型で高性能なスポーツタイプのものだ。
「そうね。早く冷凍庫をあけましょうよ」
 息子を妻に預けた。妻は義手で息子をだいた。義足で歩いて行って、3年前に置いたままにした冷凍庫を開けた。1食分の食料とともに、私の両足と妻の両手が冷凍されて保管されている。
 あの時、計算したら足2本と手2本分の重量を軽減すれば離陸可能と判明した。私がロケットのハンドルとレバーを、妻がペダルを操作して救援船までたどり着いた。
「さ、この足と手を持って帰って接合手術を受けよう」
「そうね。手はやっぱり本物がいいわ」 
 
コメント ( 4 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
夫婦愛 (りんさん)
2015-03-25 21:03:58
意外だったけど素晴らしい結末ですね。
互いを想ってこその決断だったのでしょう。
夫婦二人三脚。
この場合は、二人羽織の方が近いかな^^
面白かったです。
 
 
 
りんさんさん (雫石鉄也)
2015-03-26 09:27:41
そういえば確かに二人羽織ですね。ずいぶんと痛い二人羽織となってしまいました。
SFの名作短編に「冷たい方程式」という作品があります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%B7%E3%81%9F%E3%81%84%E6%96%B9%E7%A8%8B%E5%BC%8F
いろんな作家が「方程式モノ」という作品を書いてます。だいたんにも私も書きたくなって書いたのがこれです。だれも思いもつかない方法を考えましたが、けっきょくこんなんしか思いつけませんでした。
 
 
 
Unknown (もぐら)
2018-10-18 22:32:25
10月ももう後半。朝晩が冷えてきましたね。
出勤がお早いとのことで体調を崩しやすい時期です。
どうぞお気をつけください。

そしてまたまたお願いです。
こちらの作品を朗読させていただきたいのです。
読書の秋を楽しむ気持ちを伝えられるようにがんばります。
どうぞよろしくお願いいたします。
 
 
 
もぐらさん (雫石鉄也)
2018-10-19 05:05:59
おかげさまで、私は元気です。
二つの同人誌に載せた、作品が好評なので気をよくしてます。
朗読OKです。楽しみにしてます。
 
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