<新・とりがら時事放談> 旅・映画・音楽・演芸・書籍・雑誌・グルメなど、エンタメに的を絞った自由奔放コラム
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サットン・フォスター。
日本ではあまり知られていない女優だが、トニー賞ミュージカル主演女優賞を2回も受賞しているブロードウェイのトップスターだ。
「モダン・ミリー」
「ドロシー・シャパローン」
「シュレック・ザ・ミュージカル」
「エニシング・ゴーズ」
などなど。
人気舞台で主演あるいは準主演の役柄を演じている。
今一番の私のお気に入り女優さんだ。

そのサットン・フォスターが先週、日本で初めてのライブを行った。
私はその記念すべき8月1日に開催された第1日目、大阪西梅田にあるサンケイホール・ブリーゼで彼女の歌を生で聴いてきた。
ブロードウェイのトップスターが大阪でライブというだけで、感動であった。
「オオサカ スキヤネン!」
の冒頭1曲めを歌い終わった後の彼女の挨拶。
たどたどしい日本語の、しかも大阪弁の挨拶はリップサービスとはわかっていなながらも、ネイティブ大阪人の私としては大感激なのであった。

そもそも今回のライブほど待ち遠しいイベントは久しぶりであった。
最近はライブそのものもあまり行けなくなってしまっていた。
仕事が忙しすぎるのだ。
芸術的な鑑賞活動としては土日の休日と出張中の時間つぶしの美術館巡りが関の山だった。
それが時間を割いて、万一アポイントがあっても仮病を使うことも考えてわざわざ聴きに行ったのは、私自身がサットン・フォスターのファンだったということだけではない。
テレビや映画の出演はあるものの、日本での放送や上映が無いものがほとんどのサットン・フォスター。
彼女の演技を、あるいは歌を体験できるのはインターネットの動画サイトかCD、トニー賞の中継ぐらいしかない。

若しくは、ニューヨークまで行くか。

でもニューヨークへ行くのはなかなか難しい。
最も難しいのは時間を取るのが難しい。
今時、ニューヨークまでの航空券は格安のものを買うと大阪〜沖縄のプレミアムクラス正規航空運賃とたいしてかわらない。
しかし時間は沖縄へ行くのと同じように2時間というわけにはいかない。
往復は飛行機に乗っているだけで20時間以上かかり、演劇1つ鑑賞するにしろ少なくとも5日間〜7日間は必要だ。
そんな休みは、今の私にはなかなか取ることは難しい。

そんななか、なんと向こうから来てくれるというのだ。
しかも東京だけではなく、大阪に。
従ってサットン・フォスター日本初公演の情報をインターネットで発見したときの感動は、生まれて初めて生のアイドルのコンサートに言った時の衝撃を遥かに上回っていた。
ちなみに初めて行ったコンサートのアイドルは山口百恵であった。
百恵ちゃんどころではなかったのだ。

ブロードウェイのミュージカルを生で鑑賞したのはこれまでたった2回あるだけ。
それもニューヨークではなく大阪のフェスティバルホール。
鑑賞したのは「42nd Street」と「Hair Spray」なのであった。
いずれも米国からの来日公演で劇団なんとかのバッチもんではない。
私はブロードウェイ・ミュージカルは英語で演じられるもので日本語で演じるものではないという強い信念がある。
日本語で演じるミュージカルは英語で演じる歌舞伎みたいなもので私は好きになることができないのだ。
そこでブロードウェイミュージカルの来日を期待しているのだが、大阪での公演は非常に少ない。
ほとんどが東京のみの公演で、まず見逃してしまう。
昨年は国際フォーラムで「Avenue Q」の公演があり、是非とも行きたいと思いチケット購入まで手を伸ばしそうになったが、しょっちゅう東京へ行っているくせに公演のある夜となると接待やら会議やらで時間がとれず、ついに見逃してしまったのであった。
悲しいかな、公演中の何日間は私は東京で滞在していたのだった。

しかしブロードウェイミュージカルの来日公演には少々課題もある。
ブロードウェイ・ミュージカルの来日公演があったとしても、実はトニー賞を受賞した演目であったとしてもその主演のトップスターが一緒にやってくることはまず無い。
日本公演のために選ばれブロードウェイの一流俳優やダンサーたちの公演であることに変わりはないのだが、ニューヨークと同じスタッフ&キャストでやってくることはほとんどない。
「Hair Spray」を見に行っても日本でならハーヴェイ・ファイアスタインには会えないのだ。

ところが今回はミュージカルではなくライブ・コンサートではあるものの、やって来るのはあのサットン・フォスターなのであった。
しかも大阪に。
ミュージカル好きであれば、これは行かない方がおかしい。

8月1日、月曜日。
期待を膨らませブリーゼのエスカレータを上がった。
ブロードウェイのトップスターの歌声がどういうものであるのか。
でも、お客さんは来ているのか。
いつもは米朝一門会なんかで満員になるブリーゼが日本では知られていないサットン・フォスターで客席が埋まるのか。
事実、私の周りではサットン・フォスターを知っている人は一人もいない。
「次の月曜日、サットン・フォスターのコンサートへ行くんですよ」
「......誰、それ?」
という案配なのだ。
だから心配と期待でどきどきしながら会場にたどり着いたのだ。

ロビーは地味にポスターもない。
しかしチケット引き換え窓口には列ができており、しかもしっかりとオシャレにめかし込んでいる女性の観客もいるではないか。
知る人ぞ知るその知名度に大阪での公演は難しいという不安を払拭するような雰囲気が漂っていた。
客席はほとんど満席。
舞台の上には中央ちょっと左側にグランドピアノ。
その左側にギターやバンジョーが並べられ、右側にはベースが置かれていた。
トリオの演奏で歌う。
これは彼女のCDの構成と同じだ。
ピアノを演奏するマーク・ラフターもCDと同じなのであった。
やがて演奏者が現れチューニングを始める。
開演予定時間と同時に演奏が開始され右手から長身のサットン・フォスターが現れた。
長い髪をなびかせ、マイクの前に立って笑顔で歌い始めたその歌声を聞いた瞬間、会場はその艷やかで伸びのある、そしてアメリカらしい歌声にすっかりと魅了されたのであった。
そしてそれは決して期待を裏切らないばかりか、これまでに体験したこともないような素晴らしい82分間に始まりだった。

サットン・フォスターを初めて知ったのはNHK-BSで放送された2006年トニー賞に受賞式だった。
授賞式の中で「ドロシー・シャパローン」の冒頭の1シーンが演じられ、そのドロシー本人を演じていたのがサットン・フォスターなのであった。
歌は美味いし、ダンスも凄い。
テレビを観ていてすっかり魅了されてしまったのだった。
以後、トニー賞やインターネットでいくつもの作品の歌やダンスを鑑賞することになった。

今回はどんな歌を歌ってくれるのか。
期待は膨らむばかりであったが、曲目は彼女のミュージカルナンバーやCDに収録されている曲目。
そして今製作中の新しいアルバムからの曲目で構成され、どれもこれも素晴らしい歌声と演奏なのであった。
一曲目の題名は失念してしまったが、二曲目は私の大好きな「Not for the life of me/NYC/Astonishing」だった。
静かなピアノのイントロでニューヨークを歌うその曲はブロードウェイからやってきたスターらしい選曲であった。
大阪の梅田に現出したNYC、ニューヨーク・シティなのであった。
「オーディションに落ちちゃったレ・ミゼラブル。背が高いからダメだって。でも歌っていい?」
というようなMCでレ・ミゼラブルから一曲が歌われたり。
「昨日、お好み焼き、ねぎ焼き食べたよ!」
と大阪の味を楽しんでいることを話してくれたり。
彼女の出身地であるジョージアの歌であるレイ・チャールズの「我が心のジョージア」のジャズバージョンも素晴らしく「新しいCDに入るのかな」などと期待したりした。
途中インターミッションはなく、いよいよクライマックスということころで最後に彼女が歌い出したのはミュージカル「エニシング・ゴーズ」からタイトル曲の「エニシング・ゴーズ」だった。
まさかこの曲が聞けるとは思っていなかった。
私はメチャクチャ嬉しくなったが、他の観客も同様だったようで曲が終わるとスタンディングオーベーション状態になったのであった。

ライブの時間が少しく短かったのがなんとなく不満ではあったものの、観客はこの本物のパフォーマンスに大満足。
私も仕事のことも何もかも忘れていることに気づき、十分以上に楽しめた時間だと大満足なのであった。

サットン・フォスターが真夏の大阪をニューヨーク・ブロードウェイに変えたひとときなのであった。

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