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今年のアカデミー作品賞を受賞した映画「アルゴ」は1979年に発生したイランのアメリカ大使館人質事件を題材にしたユニークなスパイ作品であった、と思う。
思う、というのはロードショウ公開のときに私はこの映画を見に行く時間が確保できず、行こう行こうと思っているうちに、ついに見に行くことのできなかった映画だからだ。

1979年というと私は高校生だったので、この事件のことを鮮明に記憶している。
遠いイランという国で発生したテレビ番組でお馴染みのアメリカの災いというのはまったくもって他人ごとであったことも記憶している。
が、後に青木という多少ともマザコン傾向の強い情けない男が大使を務めていたペルーの日本人大使館が武装勢力によって占拠されるという事件が発生してから、
「お~、あのイランアメリカ大使館人質事件は重大な外交事件だったのだ」
と意識することになった。

この時はベトナム戦争が終結して4年ほどしか経過しておらず、映画少年となったばかりの私が見るアメリカ映画といえばSF映画やコメディに混じって、ディア・ハンターや地獄の黙示録といったおどろおどろしい映画が強烈な印象となって残っていて、ベトナムに限らず常に紛争に介入し続ける「けったいな国=アメリカ」の印象が大使館人質事件が発生してもおかしくない雰囲気に思えていたのだった。

ちなみにこの印象は今も変わっていない。

大勢のアメリカ人たちが大使館の中で人質として監禁されていた時に、監禁されなかったアメリカ人はどうなったのか、ということについて、この「アルゴ」知るまでは、まったく考えもしなかったのだ。
考えてみればアタリマエのことで、全てのイラン在住アメリカ人が拘束されたわけではなく、一部には絶対に脱出できた人たちもいたはずで、「アルゴ」はまさにそういう脱出に成功したアメリカ人を描いていたのだった。
それも普通の方法ではなく。CIAのエージェントが当時使用できる最大限の技術と策謀をもってイランから脱出させたのであった。

1979年といえば2年ほど前に公開されたスターウォーズの余韻も漂っていて、まだまだSFブームが続いていた頃なのであった。
クリストファー・リーブ主演のスーパーマンやオリジナルキャストのスタートレック・ザ・モーションピクチャーが公開されたり、活劇の傑作レイダース失われた聖棺が公開されたのが、この事件と前後している頃であった。
この頃のSF映画といえばCGは非常に高価だったので、ほとんどがミニチュアと手描きによるマットペインティング、アニメーションによる特撮が主流だった。
コンピュータは映像を創るよりもむしろ、カメラを制御するモーションコントロールシステムの制御部に使われていた。
それでも映像は技術がものすごく高く、どれもこれもミニチュアや絵とは思えない素晴らし出来であった。
とりわけ特撮ではないものの、SF映画では欠かせないと特殊メイクアップは、その技術レベルが格段に進んでいて、スターウォーズや未知との遭遇、ドクターモローの島などで見られたように素晴らしいものであった。

この特殊メイクは1968年に公開された「猿の惑星」でアカデミー賞を受賞し、この映画以前と以後では特殊メイクのあり方そのものが変わってしまうほど劇的なテクニックだ。
この一連のメイクアップを担当したのがジョン・チェンバーズというメイクアップ・アーティストなのだが、この人が「アルゴ」に多く関与していたのであった。

007やMIPといったスパイ映画では秘密兵器が登場したり、強靭な肉体を持つ超人が出てきたりする過激なアクションが繰り広げられる。
時にラブシーンあり、華麗なパーティのシーンがありという具合に豪華絢爛、超幕の内弁当状態になる。
ところが「アルゴ」は実際の諜報員の活動というのは極めて地味で、目立ってはいけない行動をとるというのが本当であることを示してくれているのであった。

考えてみれば映画のスパイのように「目立つ」存在であればスパイは務めることができるわけがなく、できるだけ目立たない地味な存在であるのが相応しいのは言うまでもない。
ロシアに潜伏しているエドワード・スノーデンはCIAのエージェントであるにもかかわらず、うだつの上がらない冴えない表情をしていたが、本当に冴えない男であったことは事件の顛末を見ればあきらかである。
つまりホンモノのスパイというものはうだつの上がらない目立たない外観でありながら、きりりとした冴えた頭脳が必要な職業なのだ。
そこへ、どんなことも自然に見せてしまう特殊メイク技術はとっても重要で「アルゴ」におけるアメリカ人脱出に使用されたジョン・チェンザーズの特殊メイク技術は映画のみならず実用にも供するすごいものであることが印象に残った。

歴史の表側だけではなく裏側で起こったことをドラマにすると、高品質のエンタメが生まれることがある。
私は「アルゴ」を小説で読んだわけだが、この作品はそういうドキュメンタリーとエンタメの要素をもった非常に楽しめる作品なのであった。



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