アヴェ・マリア!
兄弟姉妹の皆様、
天主の不可変性について、カトリック教会はどのように考えているかで、
「創造主」ということは、天主の「定義」ではありません。天主の「本性」でも「本質」でもありません。創造しようがしなかろうが、天主は天主であるからです。
あるいは、
「托身」ということは、天主の「定義」にはありません。天主の「本性」にも「本質」にもありません。托身しようがしなかろうが、天主は天主であるからです。
と書きましたが、今回は「本質」とか「定義」という基本的な言葉の意味を見てみます。
【本質】
(1)この世界には何かが動き変化して存在しているということは確実で、感覚によって確認される現実です。これは<私>の心(あたま)の中でだけそう思っているだけではなく、<私>がそう思おうと思わないと、<私>のこころの外の現実としてあることです。
(2)例えば、ふとハエが飛んでいるのが見えた、犬が吠えているのが聞こえたとします。ハエは私にとって邪魔者でありうるさいものであり、犬は私にとっては、自分の飼っている大好きなペットなのかも知れません。ハエの研究をしている人にとっては研究対象であり、犬の遠吠えは研究の邪魔なのかも知れません。「誰にとって」という様々な観点から、いろいろな回答が出来るかも知れません。
(3)しかし、私たちが何を思おうが、どのような意見を持とうが、ハエはハエとのみ交尾をしてハエを生み、犬はその種を保ち続けます。では、この或るものにとって究極のところ何か?という問いをすれば、今ここでの例の答えはまさに「ハエ」であり「犬」です。この「何か?」に対する答えを「実体」といいます。そして、実体をあらしめて規定しているそれは、本質(essentia)といわれます。
ここで例を出します。
例えば【例1】、アテネのアロペケ区の出身で、父ソプロニスコスと母パイナレテの子として生まれ、母は産婆で、妻はクサンチッペと言う悪妻であったこと。ポテイダイア(前433年―432年)、デリオン(前424年)、アムピポリス(前422年)の三戦闘に従軍し、評議会(Boule)の委員会だったとき提督たちが違法に一括裁判にかけられることにただ一人反対し(前406年)、サラミスのレオンを拉致する命令を無視して正義を守った(前404年)こと、前399年に刑死したこと。彼は何も書き残さなかったこと。・・・
これはソクラテスという名前を持った男に起こったことです。
【例2】1894年1月8日、ポーランドのドゥンスカボラで生まれたこと。コンベンツァル聖フランシスコ修道会に入会し、司祭となったこと。1927年にはワルシャワの近くに聖母の騎士修道院を創立し「聖母の騎士」という小冊子を発行したこと。1930年に来日し、長崎にて「聖母の騎士」誌の出版を開始したこと。アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所で餓死刑に選ばれた男の身代わりとなって1941年8月14日死亡したこと。
(4)しかし、いちいち言わなくても分かっていることがあります。それが「これは人間である」と言うことです。これが「実体」です。
「これが何であるか?」ということと、「これが誰であるか?」ということは、全く別の答えを要求します。【例1】で、これは誰であるか? と問われれば、普通は(人類の歴史上に同じようなことをした人が他にいなければ)ソクラテス答えます。【例2】で、これは誰であるか? と問われれば、はやり普通は聖マキシミリアノ・コルベと答えます。
しかし、山の中に猟に出て、熊に出会ったと思われた時、「あれは何だ? 人か? 熊か?」という「何か?」という問いも存在しています。この問いは「誰か?」という問いとは全く別のものです。繰り返しますが、「何であるか?」ということと「誰であるか?」「どのようであるか?」「どうあるか?」「いかにあるか?」ということは違うのです。
「何か?」という問いの答え「実体 substantia」に対立するもの(=「誰であるか?」「どのようであるか?」「どうあるか?」「いかにあるか?」など)は、実体にたまたま偶然にそのような性質が有るという意味で「遇有」 accidentia とか、実体にそのような性質が付属・付帯しているという意味で「付帯性」ともいいます。
【定義】
(5)定義(definitio)とは、一般にそのものがそのうちに含まれる類にそれを限定する種差を加えることによって与えることが出来ます。
例えば「人間とは何か?」という問いに対して、例えば人間の定義を与えようとすれば、人間がそれに含まれているその上のグループ(類)である「動物」と、そのグループに属するもの中から人間に固有の違い(種差)である「理性・論理をもつ」とを付け加えて、「理性的動物」ということが出来ます。
従って、一般に定義されるものは何らかの類に含まれるものでなければなりません。
(実は、正確を期すと、天主はいかなる意味でも類にも含まれるものではありませんから、そしていかなる種差もないので、天主の「定義」はないのです。くわしくは『神学大全』第1部第3問第5項をご覧下さい。)
人間が人間であるということは、お母さんの胎内で命を宿ったその瞬間から、最後の息を引き取って心臓が止まるまで同じ人間です。その人が何をしようが、何を着ようが、どのような国に生まれようが、背が高かろうが低かろうが、人間として変わることがありません。たとえ今、現に、実際に(=現実態において)言葉を話せない胎児であったとしても可能態において理性・論理を使うことが出来るものとして、人間は、人間の「本質」を持っているからです。そして「本質」とは、それ自体としては普遍性のエレメントにあるものです。
(6)ここでもう一つ別の考え方があります。ものの定義とは、そのものについて語られ述べたてられうる全ての述語を集めたものだ、とする考えです。
これは「本質」ということを誤解し、形容矛盾なのですが「個物に特有な本質」があると考えてしまうことから由来します。たとえば、「ソクラテスの本質」ということは、通常は「ソクラテスにおける普遍的なもの、つまり<人>という種の本質」を意味します。しかし、この別の考え方によれば、「例えばプラトンやアリストテレスなどの本質から区別されたソクラテスという個体に独自な本質」ということを意味すると誤解してしまうことです。
もちろん「人が真に誰であるかはその人の全生涯を通して語られる」という「誰か?」「どのようにあるか?」という、「何か?」とは全く異なる次元もあります。これは、例1、例2でも示された通りです。「あの人は勇敢だった、優しかった」と述語されることを全て述べたてる次元です。
もしそのように誤解すると、「定義」という内容の答えとして、主語と述語との間でイコール関係が成り立つように「付帯性・遇有性」を全て答えればよい、とする考えることになります。
ところが、或る個体にかんして知りうることすべてのことがらを集めつくすことは、私たちには不可能です。何故なら、例えばソクラテスはその生が終わった後でも、おそらく世の終わりまで影響を与え続けるでしょうし、ソクラテスに限らずいかに卑近な個体であっても、私自身であっても、それについて私たちが知っていることは、過去現在未来にわたってこの個体に起こった・起こることがらの全体から比べれば、僅かなものに過ぎないからです。ただ天主のみに完全に知られているだけで、私たちにはその個に属することがら全体から比べれば、問題にならないほど微々たるものです。
もしも、これが「定義」 definitio だとすると、今、この世界にある個体の何かは、天主にのみ知られ、私たちには定義を与えることが出来なくなります。何故なら私たちにはイコール関係が成り立つような完全な述語を与えることが出来ないからです。
例えば人間は数年前に月に行きましたが、それも人間の「定義」に入ることになります。もしそうだとすると、私たちは世の終わりまで、いえ、人間が人間であることを止める日がもしあるならその日が来るまで人間が何か分からなくなるでしょう。何故なら、今後、いかなることが人間に起こるか分からないからです。
もしもこの考えを推し進めていくと、結局、個体は天主の個体に関する知の、この世界における具体化ということになってしまうでしょう。この地上にある個体は、天主の知のにおいてある「個体の知解内容」が「托身」したもの、天主のうちにある「本質」が、歴史的に生起し、天主の「本質」が歴史的に徐々に完成していく、という思想に陥ってしまうでしょう。ギリシアにはこれに似た考えがありました。プラトンのイデア論です。そして、この考えに従えば、一種のキリスト教的プラトニズムになってしまうでしょう。
さらに、もしもこれが「定義」 definitio だとすると、人は何かをする度に定義が変わることになってしまいます。個体は歴史を通して「本質」の現実の絶え間ない過程にある、ということになってしまいます。
つまり「ソクラテスの本質」に、ソクラテスの具体的生涯が属しそれを構成している、ということになってしまいます。例えば、ソクラテスは、あの時アテネで焼き鳥を食べた、あそこで水を100cc 飲んだ、などという些細な極めて具体的なことが「本質」に属することになってしまいます。
更に推し進めると、ものの定義はコロコロ変わる、ということです。これはどういうことでしょうか? 「定義が変わる」ということは、普通に考えると「そのものが変わる」ということです。「定義が変わる」ということは、つまり全ては変わる・変化する・進化するということであり、変わらない真理は存在しないということになってしまいます。これは問題です。何故なら、真理は歴史によって徐々に進化するということなってしまうからです。
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●第一バチカン公会議 (第20回公会議)決議文(抜粋)
●教皇グレゴリオ十六世 自由主義と宗教無差別主義について『ミラリ・ヴォス』1832年8月15日
●教皇福者ピオ九世 現代社会の誤謬表『シラブス』 1864年12月8日
●教皇福者ピオ九世 現代の誤謬の排斥『クヮンタ・クラ』 1864年12月8日
●教皇福者ピオ九世 現代社会の誤謬表『シラブス』 1864年12月8日
●すべてのプロテスタントおよび非カトリック者にあてた教皇書簡『ヤム・ヴォス・オムネス』 1868年9月13日
●教皇レオ十三世 フリーメーソンの悪について『フマヌム・ジェヌス』1884年4月14日
●教皇レオ十三世 自由について『リベルタス・プレスタンティッシムム』1888年6月20日
●教皇レオ十三世 フリーメイソンについて『クストディ・ディ・クエラ・フェーデ』1892年12月8日
●教皇レオ十三世 聖公会の叙階の無効性について『アポストリチェ・クーレ』(抜粋)1896年9月13日
●アメリカ主義について『テステム・ベネヴォレンチエ』1899年1月23日
●教皇聖ピオ十世 聖楽に関する自発教令『Inter Pastoralis Officii』(MOTU PROPRIO "TRA LE SOLLECITUDINI" SULLA MUSICA SACRA)1903年11月22日
●教皇聖ピオ十世 近代主義の誤りについて『パッシェンディ Pascendi Dominici gregis』1907年9月8日
●教皇聖ピオ十世 司祭叙階金祝にあたって、カトリック聖職者への教皇ピオ十世聖下の勧告『ヘレント・アニモ』1908年8月4日
●教皇聖ピオ十世 シヨン運動に関する書簡『私の使徒的責務 Notre charge apostolique』1910年8月25日
●教皇聖ピオ十世 近代主義に反対する誓い『サクロールム・アンティスティトゥム』1910年9月1日
●教皇ピオ十一世 真実の宗教の一致について『モルタリウム・アニモス』1928年1月6日
●教皇ピオ十一世 王たるキリストについて『クワス・プリマス』1925年12月11日
●教皇ピオ十二世 福者ピオ十世の列福式に於けるピオ十二世の説教 1950年6月3日
●教皇ピオ十二世 進化論及びその他の誤謬について『フマニ・ジェネリス』1950年8月12日
●教皇ピオ十二世 支那の国民に対し『アド・シナールム・ジェンテム』1954年10月7日
●教皇ピオ十二世 日本国民に対するメッセージ 1952年4月13日
●教皇ピオ十二世 童貞聖マリアの無原罪の教義宣言の百年祭 回勅『フルジェンス・コロナ・グロリエ(輝く栄光の冠)』 1953年9月8日
【参考資料】
トリエント公会議(第19回公会議)決議文
【参考資料】ベネディクト十六世教皇の自発使徒書簡 Motu Proprio 『スンモールム・ポンティフィクム SUMMORUM PONTIFICUM 』の非公式日本語訳
【参考資料】第二バチカン公会議宣言『信教の自由に関する宣言』
兄弟姉妹の皆様、
天主の不可変性について、カトリック教会はどのように考えているかで、
「創造主」ということは、天主の「定義」ではありません。天主の「本性」でも「本質」でもありません。創造しようがしなかろうが、天主は天主であるからです。
あるいは、
「托身」ということは、天主の「定義」にはありません。天主の「本性」にも「本質」にもありません。托身しようがしなかろうが、天主は天主であるからです。
と書きましたが、今回は「本質」とか「定義」という基本的な言葉の意味を見てみます。
【本質】
(1)この世界には何かが動き変化して存在しているということは確実で、感覚によって確認される現実です。これは<私>の心(あたま)の中でだけそう思っているだけではなく、<私>がそう思おうと思わないと、<私>のこころの外の現実としてあることです。
(2)例えば、ふとハエが飛んでいるのが見えた、犬が吠えているのが聞こえたとします。ハエは私にとって邪魔者でありうるさいものであり、犬は私にとっては、自分の飼っている大好きなペットなのかも知れません。ハエの研究をしている人にとっては研究対象であり、犬の遠吠えは研究の邪魔なのかも知れません。「誰にとって」という様々な観点から、いろいろな回答が出来るかも知れません。
(3)しかし、私たちが何を思おうが、どのような意見を持とうが、ハエはハエとのみ交尾をしてハエを生み、犬はその種を保ち続けます。では、この或るものにとって究極のところ何か?という問いをすれば、今ここでの例の答えはまさに「ハエ」であり「犬」です。この「何か?」に対する答えを「実体」といいます。そして、実体をあらしめて規定しているそれは、本質(essentia)といわれます。
ここで例を出します。
例えば【例1】、アテネのアロペケ区の出身で、父ソプロニスコスと母パイナレテの子として生まれ、母は産婆で、妻はクサンチッペと言う悪妻であったこと。ポテイダイア(前433年―432年)、デリオン(前424年)、アムピポリス(前422年)の三戦闘に従軍し、評議会(Boule)の委員会だったとき提督たちが違法に一括裁判にかけられることにただ一人反対し(前406年)、サラミスのレオンを拉致する命令を無視して正義を守った(前404年)こと、前399年に刑死したこと。彼は何も書き残さなかったこと。・・・
これはソクラテスという名前を持った男に起こったことです。
【例2】1894年1月8日、ポーランドのドゥンスカボラで生まれたこと。コンベンツァル聖フランシスコ修道会に入会し、司祭となったこと。1927年にはワルシャワの近くに聖母の騎士修道院を創立し「聖母の騎士」という小冊子を発行したこと。1930年に来日し、長崎にて「聖母の騎士」誌の出版を開始したこと。アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所で餓死刑に選ばれた男の身代わりとなって1941年8月14日死亡したこと。
(4)しかし、いちいち言わなくても分かっていることがあります。それが「これは人間である」と言うことです。これが「実体」です。
「これが何であるか?」ということと、「これが誰であるか?」ということは、全く別の答えを要求します。【例1】で、これは誰であるか? と問われれば、普通は(人類の歴史上に同じようなことをした人が他にいなければ)ソクラテス答えます。【例2】で、これは誰であるか? と問われれば、はやり普通は聖マキシミリアノ・コルベと答えます。
しかし、山の中に猟に出て、熊に出会ったと思われた時、「あれは何だ? 人か? 熊か?」という「何か?」という問いも存在しています。この問いは「誰か?」という問いとは全く別のものです。繰り返しますが、「何であるか?」ということと「誰であるか?」「どのようであるか?」「どうあるか?」「いかにあるか?」ということは違うのです。
「何か?」という問いの答え「実体 substantia」に対立するもの(=「誰であるか?」「どのようであるか?」「どうあるか?」「いかにあるか?」など)は、実体にたまたま偶然にそのような性質が有るという意味で「遇有」 accidentia とか、実体にそのような性質が付属・付帯しているという意味で「付帯性」ともいいます。
【定義】
(5)定義(definitio)とは、一般にそのものがそのうちに含まれる類にそれを限定する種差を加えることによって与えることが出来ます。
例えば「人間とは何か?」という問いに対して、例えば人間の定義を与えようとすれば、人間がそれに含まれているその上のグループ(類)である「動物」と、そのグループに属するもの中から人間に固有の違い(種差)である「理性・論理をもつ」とを付け加えて、「理性的動物」ということが出来ます。
従って、一般に定義されるものは何らかの類に含まれるものでなければなりません。
(実は、正確を期すと、天主はいかなる意味でも類にも含まれるものではありませんから、そしていかなる種差もないので、天主の「定義」はないのです。くわしくは『神学大全』第1部第3問第5項をご覧下さい。)
人間が人間であるということは、お母さんの胎内で命を宿ったその瞬間から、最後の息を引き取って心臓が止まるまで同じ人間です。その人が何をしようが、何を着ようが、どのような国に生まれようが、背が高かろうが低かろうが、人間として変わることがありません。たとえ今、現に、実際に(=現実態において)言葉を話せない胎児であったとしても可能態において理性・論理を使うことが出来るものとして、人間は、人間の「本質」を持っているからです。そして「本質」とは、それ自体としては普遍性のエレメントにあるものです。
(6)ここでもう一つ別の考え方があります。ものの定義とは、そのものについて語られ述べたてられうる全ての述語を集めたものだ、とする考えです。
これは「本質」ということを誤解し、形容矛盾なのですが「個物に特有な本質」があると考えてしまうことから由来します。たとえば、「ソクラテスの本質」ということは、通常は「ソクラテスにおける普遍的なもの、つまり<人>という種の本質」を意味します。しかし、この別の考え方によれば、「例えばプラトンやアリストテレスなどの本質から区別されたソクラテスという個体に独自な本質」ということを意味すると誤解してしまうことです。
もちろん「人が真に誰であるかはその人の全生涯を通して語られる」という「誰か?」「どのようにあるか?」という、「何か?」とは全く異なる次元もあります。これは、例1、例2でも示された通りです。「あの人は勇敢だった、優しかった」と述語されることを全て述べたてる次元です。
もしそのように誤解すると、「定義」という内容の答えとして、主語と述語との間でイコール関係が成り立つように「付帯性・遇有性」を全て答えればよい、とする考えることになります。
ところが、或る個体にかんして知りうることすべてのことがらを集めつくすことは、私たちには不可能です。何故なら、例えばソクラテスはその生が終わった後でも、おそらく世の終わりまで影響を与え続けるでしょうし、ソクラテスに限らずいかに卑近な個体であっても、私自身であっても、それについて私たちが知っていることは、過去現在未来にわたってこの個体に起こった・起こることがらの全体から比べれば、僅かなものに過ぎないからです。ただ天主のみに完全に知られているだけで、私たちにはその個に属することがら全体から比べれば、問題にならないほど微々たるものです。
もしも、これが「定義」 definitio だとすると、今、この世界にある個体の何かは、天主にのみ知られ、私たちには定義を与えることが出来なくなります。何故なら私たちにはイコール関係が成り立つような完全な述語を与えることが出来ないからです。
例えば人間は数年前に月に行きましたが、それも人間の「定義」に入ることになります。もしそうだとすると、私たちは世の終わりまで、いえ、人間が人間であることを止める日がもしあるならその日が来るまで人間が何か分からなくなるでしょう。何故なら、今後、いかなることが人間に起こるか分からないからです。
もしもこの考えを推し進めていくと、結局、個体は天主の個体に関する知の、この世界における具体化ということになってしまうでしょう。この地上にある個体は、天主の知のにおいてある「個体の知解内容」が「托身」したもの、天主のうちにある「本質」が、歴史的に生起し、天主の「本質」が歴史的に徐々に完成していく、という思想に陥ってしまうでしょう。ギリシアにはこれに似た考えがありました。プラトンのイデア論です。そして、この考えに従えば、一種のキリスト教的プラトニズムになってしまうでしょう。
さらに、もしもこれが「定義」 definitio だとすると、人は何かをする度に定義が変わることになってしまいます。個体は歴史を通して「本質」の現実の絶え間ない過程にある、ということになってしまいます。
つまり「ソクラテスの本質」に、ソクラテスの具体的生涯が属しそれを構成している、ということになってしまいます。例えば、ソクラテスは、あの時アテネで焼き鳥を食べた、あそこで水を100cc 飲んだ、などという些細な極めて具体的なことが「本質」に属することになってしまいます。
更に推し進めると、ものの定義はコロコロ変わる、ということです。これはどういうことでしょうか? 「定義が変わる」ということは、普通に考えると「そのものが変わる」ということです。「定義が変わる」ということは、つまり全ては変わる・変化する・進化するということであり、変わらない真理は存在しないということになってしまいます。これは問題です。何故なら、真理は歴史によって徐々に進化するということなってしまうからです。
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●第一バチカン公会議 (第20回公会議)決議文(抜粋)
●教皇グレゴリオ十六世 自由主義と宗教無差別主義について『ミラリ・ヴォス』1832年8月15日
●教皇福者ピオ九世 現代社会の誤謬表『シラブス』 1864年12月8日
●教皇福者ピオ九世 現代の誤謬の排斥『クヮンタ・クラ』 1864年12月8日
●教皇福者ピオ九世 現代社会の誤謬表『シラブス』 1864年12月8日
●すべてのプロテスタントおよび非カトリック者にあてた教皇書簡『ヤム・ヴォス・オムネス』 1868年9月13日
●教皇レオ十三世 フリーメーソンの悪について『フマヌム・ジェヌス』1884年4月14日
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●教皇レオ十三世 聖公会の叙階の無効性について『アポストリチェ・クーレ』(抜粋)1896年9月13日
●アメリカ主義について『テステム・ベネヴォレンチエ』1899年1月23日
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【参考資料】
トリエント公会議(第19回公会議)決議文
【参考資料】ベネディクト十六世教皇の自発使徒書簡 Motu Proprio 『スンモールム・ポンティフィクム SUMMORUM PONTIFICUM 』の非公式日本語訳
【参考資料】第二バチカン公会議宣言『信教の自由に関する宣言』