Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

私は御身を信じ、礼拝し、希望し、御身を愛します!御身を信じぬ人々、希望せず愛さぬ人々のために、赦しを求めます(天使の祈)

--このブログを聖マリアの汚れなき御心に捧げます--

アヴェ・マリア・インマクラータ!
愛する兄弟姉妹の皆様をお待ちしております
2019年 8月の聖伝のミサの予定
【最新情報はこちら、年間予定一覧はこちらをご覧ください。】


8月 聖母の被昇天を祝いましょう。
意向:聖母の汚れなき御心の凱旋のため
実践すべき徳:心の柔和と謙遜
守護の聖人:聖母の汚れ無き御心

愛する兄弟姉妹の皆様を聖伝のミサ(トリエント・ミサ ラテン語ミサ)にご招待します

◎2019年 8月の予定
【大阪】聖ピオ十世会 聖母の汚れなき御心聖堂(アクセスEG新御堂4階 大阪府大阪市淀川区東三国4丁目10-2 
〒532-0002 (JR「新大阪駅」の東口より徒歩10-15分、地下鉄御堂筋線「東三国駅」より徒歩2-3分)

  8月2日(初金)教会博士証聖者司教聖アルフォンソ・デ・リグオリ(3級祝日)白
          午後5時半 ロザリオ及び告解
          午後6時 ミサ聖祭(歌ミサ)

  8月3日(初土) 聖母の土曜日(4級)白
          午前10時 ロザリオ及び告解
          午前10時半 ミサ聖祭(歌ミサ)

  8月11日(主)聖霊降臨後第9主日(2級)緑
          午後5時半 ロザリオ及び告解
          午後6時 ミサ聖祭(歌ミサ)

  8月12日(月) 童貞聖クララ(3級祝日)白
          午前10時 ロザリオ及び告解
          午前10時半 ミサ聖祭(歌ミサ)

  8月18日(主)聖霊降臨後第10主日(2級)緑
          午後5時半 ロザリオ及び告解
          午後6時 ミサ聖祭(歌ミサ)

  8月19日(月) 証聖者聖ヨハネ・ユード(3級祝日)白
          午前6時半 ミサ聖祭(歌ミサ)

【東京】東京都文京区本駒込1-12-5 曙町児童会館(地図)「聖なる日本の殉教者巡回聖堂」

  8月4日(主)聖霊降臨後第8主日(2級)緑
          午前10時  ロザリオ及び告解
          午前10時半  ミサ聖祭(歌ミサ)

  8月5日(月)  雪の聖母の大聖堂の奉献(3級祝日)白
          午前7時 ミサ聖祭

  8月18日(主)  聖霊降臨後第10主日(2級)緑
          午前10時  ロザリオ及び告解
          午前10時半  ミサ聖祭(歌ミサ)

愛する兄弟姉妹の皆様をお待ちしております。

============
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ
にほんブログ村のランキングです。クリックで応援して下さい

============

聖ピオ十世会のシスター会訪問

2008年03月31日 | トマス小野田神父(SSPX)のひとり言
アヴェ・マリア!

 愛する兄弟の皆様、
 ソウルでの聖週間の典礼を過ごした後、復活の月曜日にアメリカに向いました。

 今日、白衣の主日に、ミネソタ州にある聖ピオ十世会のシスター会修練院では、5名が着衣し、3名が終生誓願を立てました。天主様に感謝。

 ミネアポリスにて
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)
コメント

聖と俗、キリスト教と政治

2008年03月30日 | トマス小野田神父(SSPX)のひとり言
アヴェ・マリア!

 愛する兄弟の皆様、
 キリスト教といわゆる政治との関係はどうなっているのでしょうか。考察してみましょう。

 私たちの主イエズス・キリストは真の天主です。御昇天の前に言われました。「私には、天と地の全ての権能が授けられている。行って教えたことを教え、聖父と聖子と聖霊との聖名によって洗礼を授けよ、信じて洗礼を受けるなら、救われ、信じないなら、滅びる。」
 私たちの主は、使徒達を通じて、理性を有する全被造物に洗礼を授けることを命じたのでした。

 私たちの主イエズス・キリストが王であり私たちの上に支配権を持っていることを否定することは、私たちの主イエズス・キリストが天主であることを否定することです。

 私たちの主イエズス・キリストは、王として、聖と俗とに支配権を有しています。私たちの人生の目的は、永遠の命、無限の幸福である天国を得ることであり、この地上の生活はすべてそのためにあります。俗(王)は聖のためにあるのです。

 世俗の権威(王)は、私たちが聖なる生活を送ることができるように、間接的に助ける義務があります。

 教会は、直接的に天主に関することに関わります。それと同時に、罪に関して世俗に間接的に関わります。自然法について、天主の十戒について、婚姻について、教育について、などなど教える義務を受けたからです。

ミネアポリスにて
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)
コメント (4)

私たちの主が復活したように

2008年03月27日 | トマス小野田神父(SSPX)のひとり言
アヴェ・マリア!

 愛する兄弟の皆様、
 私たちの主イエズス・キリストの御復活の喜びを、再び申し上げます。

 私たちの主イエズス・キリストの復活を黙想すると、その神秘の深さに驚かされます。

 真のメシアを予告し、確認するために天主によって作られたユダヤ教の、正当な指導者であった大祭司カイファが、真のメシアを殺害しようとするなどと、一体、誰が想定したでしょうか?

 真のメシアが、真の天主様が、呪われたように十字架で死去することがあり得ると、一体誰が考えついたでしょうか?

 多くの弟子たちは、「破門」されたメシアにつまずきました。

 多くの人々は、聖母と一部の人々を除いて、イエズス・キリストが「非合法」であり、「合法な」裁判によって断罪されたと、思い込まされていました。何故なら、イエズス・キリストは安息日を「破り」、安息日に奇跡を行って癒やしたからです。律法が人のためにあるのではなく、「人は法のためにある」と彼らは思い込んでいました。
 
 また、イエズス・キリストが告発されたのは、神殿である自らの体を破壊しても3日で建て直すと言い、自らは王であると言ったからです。

 彼らは主張しました。ローマ皇帝以外には王はない、誰であれ自らを王とする者は、ローマ皇帝の友ではない、と。そして、レフェレンダム(国民投票)により、殺人犯の強盗バラバに自由を与えました。真理であるイエズス・キリストには、死を要求したのです。真の天主様を礼拝していたはずのユダヤの大祭司が!メシアをメシアとして確認する義務のあった大祭司が!聖福音によると、妬みのために!

 彼らにとって、キリストの神殿が3日で立て直すことなど、ただ、ありえないことでした。神殿は、人の手作りのものでなければならず、労働の実りであるはずだ、と思っていたからです。

 20世紀において、ルフェーブル大司教は、イエズス・キリストこそが私たちの主、私たちの王である、私たちは皆、真の天主であるイエズス・キリストに従うべきだ、と言い続けていました。イエズス・キリストの教えをそのまま繰り返したのです。カトリックの聖伝の教えをそのまま繰り返したのです。

 ところが、現代のカヤファたちは、立ち上がってルフェーブル大司教に反対しました。時代錯誤だ、民主主義の時代においては人間が王である、人間以外を王であるとする者は、民主主義の友ではない。我々は国民投票で全てを決定する権威を持っている、罪を権利と呼び、罪に自由を与えることができる、真理は、我々の「平和」の邪魔だ。真理ではない、多数決だ。真理ではなく大同団結だ。真理など何だ!人間は、天主キリストから独立した自律空間を持つ権利と尊厳を有している(!)、と。

 現代のカヤファたちは、手作りの教会を、民主主義の教会を、人間の労働の実りをのみ捧げる教会を、アジョルナメント(現代化)の教会を、真理よりも多数決の教会を、キリストからの平和よりも、民主主義の「平和」を、主張します。

 天主様が、全知全能の天主様が、死ぬことなど人々にとって想像を超えていたことだったように、教会が20世紀において危機と受難の時代を迎えることなど、人々の想像を超えることでした。聖伝のミサ聖祭が、聖なるものとして崇敬されたミサ聖祭が、突然「禁止」され、迫害を受けることなど、想像を超えることでした。

 しかしながら、たとえ全世界が私たちの主イエズス・キリストに反対しても、私たちの主は復活したように、カトリック教会の聖伝も必ず復活するでしょう。

 主よ、我らの信仰を強め給え!主よ、我らを憐れみ給え!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)
コメント (47)

イエズス・キリストの復活の喜び

2008年03月23日 | トマス小野田神父(SSPX)のひとり言
アヴェ・マリア!

 愛する兄弟の皆様、
 私たちの主イエズス・キリストの御復活の喜びを申し上げます。
 
 ローマ帝国では、406年に蛮族が凍てつくライン河を越え侵入して来た時、まさかローマ帝国があと70年の命しかないと、誰が想像したでしょうか?

 461年、大聖レオ教皇とローマ皇帝マヨリアノが死んだ時、西ローマ帝国の命がまさかあと15年しかないと、一体、誰が考えていたでしょうか?

 瞬く間に、ガリアとスペインとは、蛮族の手に落ち、イタリア、そしてローマも、476年、最後の皇帝ロムルスの時、あっという間に、ゲルマンのオドヴァカルの手に落ちています。

 ローマ帝国が滅んだ後20年後に、フランク族の王クロービスが洗礼を受けると、一体、誰が予想したでしょうか? ほとんど異教と異端の蛮族に支配されつつあった西ローマ帝国が、新たにカトリックのヨーロッパと生まれ変わって行くと、誰が予見していたでしょうか?

 滅びないと言われていたローマ帝国が滅び、滅びるだろうと言われていたカトリックが、大きく新たに生まれつつあったのです。

 カタコンベで信仰を守っていたローマの殉教者達は、この未来に起こることを知りませんでした。見せ物として野獣に食われて命を落としていったローマの殉教者達には、ローマの異教の神神との大同団結も、政治的妥協も、ありませんでした。ただあったのは、私たちの主イエズス・キリストへの信仰でした。そしてイエズス・キリストへの信仰が勝利するとの希望でした。

 聖ベネディクトも、529年、モンテ・カッシーノで、新しいカトリックのヨーロッパのことを予想してわけではありません。聖ベネディクトは、明日のヨーロッパがどうなるかとか、司牧や使徒職や福音宣教を、どうやって時のしるしに合わせ変えていこうかなどと、大問題にしたわけではありません。ただ、使徒信経と天主様の十戒と七つの秘跡と祈りに、信仰に忠実であろうとしただけでした。

 ルフェーブル大司教は、良心にかけて、聖伝に忠実に、「生き残り作戦」をしました。キリスト教の聖伝の復活をかけて。何故なら、聖金曜日の後に、復活の主日が必ずあるからです。聖伝の受難の後で、必ず、聖伝の復活があると信じていたからです。

 キリストは、昨日も今日も明日も変わりません。真理は、昨日も今日も明日も同じだからです。真理で、昨日正しかったことは、今日も明日も同じく真理で正しいのですから。

 主よ、聖寵の御助けにより、我らは主の聖伝の復活を信じ奉る、弱き我らを憐れみ給え。

 聖母よ、我らのために祈り給え。

私たちの主イエズス・キリストの復活の聖寵と祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)
コメント

イエズス・キリストの十字架の道

2008年03月21日 | トマス小野田神父(SSPX)のひとり言
アヴェ・マリア!

 愛する兄弟の皆様、
 私たちの主イエズス・キリストが御聖体を予告した時、多くの人は私たちの主を去って行きました。難しい話だ、と言って。
 私たちの主イエズス・キリストが十字架につけられた時、多くの人はイエズス・キリストに「十字架から降りてみよ、そうすれば信じよう。メシアなら自分を救え。他人を救って、自分は救えないのか。」と言っていました。
 荒れ野での断食でも、サタンから「もしもキリストなら、奇跡を行え」と言われました。
 もちろんイエズス・キリストはそうすることができたのですが、しませんでした。聖父の御旨ではなかったからです。

 枝の主日では、多くの人はイエズス・キリストを歓迎しました。5日後の聖金曜日には、私たちの主を十字架に付けよ!!と叫んでいました。

 カトリックの聖伝も、受難の時を迎えています。私たちは主に憐れみを乞い求めます。私たちの主に希望します。

 イスカリオトのユダは、イエズス・キリストが奇跡をすることができるのだから、これにより、ユダヤ当局と妥協すれば、ユダヤの王となり、うまく行くと思っていたのではないでしょうか。

 しかし、私たちの主の道は、十字架の道でした。

 主よ、我らを憐れみ給え。

天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)
コメント

キリスト教とパンテオン

2008年03月20日 | トマス小野田神父(SSPX)のひとり言
アヴェ・マリア!

 愛する兄弟の皆様、
 古代ローマでは、キリスト教信者達はこのように言われていました。
「お前達は、キリスト教だけが真の宗教だと言っている。そんなことを言うからダメなのだ。キリスト教は滅んでしまうぞ。もっと政治的に賢くたち振る舞うべきだ。さあ、まずは、ローマの神がみのいるパンテオン神殿の中の一つの神として認められよ。お前達も、ローマの神がみを認めよ。」
「キリスト教の神も、異教のローマで生き残ることが出来る。唯一の手段が、対話であり多元性における相互理解だ。新しい世界の建築だ。ローマの神がみを認めることだ。」
 しかしながら、キリスト教信者達は、政治より聖事に、そして真理に忠実でした。
 滅びないと言われていたローマは滅び、滅びると言われていたキリスト教が生き残ったのです。パンテオン神殿は廃墟になり、キリストの教会は2000年そのまま変わらず生きています。
 だから、私たちも、生き残るために、天主様の御助けにより、真理をそのまま言い続ける義務があるのです。
 
トマス小野田圭志神父
コメント (18)

聖伝のミサ(いわゆるトリエント・ミサ、「ローマ式典礼様式のミサ」)にようこそ!

2008年03月16日 | 聖伝のミサの予定
アヴェ・マリア!

■ 聖伝のミサ(いわゆるトリエント・ミサ、「ローマ式典礼様式のミサ」)にようこそ!

 愛する兄弟姉妹の皆様を聖伝のミサに歓迎します! 

何故なら、オッタヴィアーニ枢機卿とバッチ両枢機卿とがパウロ六世教皇聖下へ報告したように、「新しいミサの式次第は、その全体といいまたその詳細といい、トレント公会議の第二十二総会で宣言されたミサに関するカトリック神学から目を見張るばかりに逸脱している」からです。そして「新しい式次第における改革を見ても、そして永遠の価値をもつもの全てが、そしてそれが何らかの形であれそこに止まったとしても、単に隅の方に追いやられているという事実をみても、キリストを信ずる民が常に信じ続けてきた真理を変える、或いは無視する、ということをしても、カトリック信仰が永遠に結びつけられている教義の聖なる遺産に対して忠実であり続けることがあたかも出来るかのような疑いを、(残念なことにこのような疑いは既に多くの所で支配的になっているのですが)確信にすっかり変えてしまう」からです。

何故なら、「この新しいミサの典礼様式が新しい信仰を表明している」から「この新しい信仰は私たちの信仰ではない、カトリック信仰ではない」(ルフェーブル大司教)からです。

何故なら、新しいミサはエキュメニズムのために作られたからです。
 新しいミサを作った中心人物アンニバレ・ブニーニは新しいミサについてこう言っている。
「教会は、霊魂への愛と別れた私たちの兄弟たちが一致の道へと至るように全てをしようと言う望みとに導かれ、(プロテスタントたちにとって) 躓きや気に入らないかもしれない危険の陰とでもなるかもしれないものは全ての石を取り除いた。」
"L'Eglise a ete guidee par l'amour des ames et le desir de tout faire pour faciliter a nos freres separes le chemin de l'union, en ecartant toute pierre qui pourrait constituer ne serait-ce que l'ombre d'un risque d'achoppement ou de deplaisir."
(Annibale Bugnini, Documentation Catholique du 4 avril 1965)

オッセルバトーレ・ロマーノにも、ブニーニは同じことをこう言っている。
「私たちは私たちのカトリックの祈りから、カトリックの典礼から、別れた兄弟達、つまりプロテスタントたちにとって、躓きの陰となるかもしれないものは全て取り除かなければならない。」
"We must strip from our Catholic prayers and from the Catholic liturgy everything which can be the shadow of a stumbling block for our separated brethren that is for the Protestants."
(Archbishop Annibale Bugnini, L'Osservatore Romano, March 19, 1965)

ブニーニ


 ジャン・ギトン(Jean Guitton)はパウロ六世の親密な友人であったが、何故パウロ六世が新しいミサを作ったかその意図を説明している。
(これは、1993年12月19日 パリのラジオ局 Radio-Courtoisie で放送された。)

「"パウロ六世の" という名前を持つ新しい典礼の意向は、信徒らにミサに対するより大きな参加をもとめること、聖書にもっと大きな場所を与え、いわゆる『マジック』とか『同一実体の聖変化』とかいわれるもの、全実体変化これがカトリックの信仰ですが、の場所を少なくする、ことだといって間違いはないと思います。言い換えると、パウロ六世には、聖伝の意味においてあまりにも『カトリック』的なものをミサにおいて消し去る、或いは少なくとも訂正するか曲げる、そしてカトリックのミサを、繰り返して言いますが、カルヴィン派のミサに近づけるという意向がありました。

"Je crois ne pas me tromper en disant que l'intention de Paul VI, et de la nouvelle liturgie qui porte son nom, c'est de demander aux fideles une plus grande participation a la messe, c'est de faire une plus grande place a l'Ecriture et une moins grande place a tout ce qu'il y a, certains disent "de magique", d'autres "de consecration consubstantielle", transsubstantielle, et qui est la foi catholique. Autrement dit, il y a chez Paul VI une intention ecumenique d'effacer -- ou du moins de corriger, ou du moins d'assouplir -- ce qu'il y a de trop "catholique", au sens traditionnel, dans la messe, et de rapprocher la messe catholique, je le repete, de la messe calviniste (...)".


何故なら、新しいミサからは「贖罪のいけにえ」という概念が体系的に排除されているからです。

 何故なら、プロテスタントにとって最も目障りでカトリック的な点はミサ聖祭がいけにえであると言うことだから。
 マルチン・ルターに始まってプロテスタントにとって、「ミサ」はいけにえではなく、食事(晩餐)であり、特別に聖別された司祭職というものは存在しなく、全て信徒は「司祭」であるから。

 プロテスタントで最初に典礼改革を行ったのは、カールシュタット(アンドレアス・ボーデンシュタイン・ファン・カールシュタット Andreas Rudolph Bodenstein von Karlstadt)であった。1521年のクリスマスにヴィッテンベルク(Wittenberg)で、アンドレアス・ボーデンシュタイン・ファン・カールシュタットは、最初の「コミュニオン・サービス」(福音的ミサ evangelical mass)を執り行った。
 その時カールシュタットは、
(1)祭服は着ずに世俗の普通服(in weltlicher Kleidung)、
(2)両形色による聖餐式のサービス(Gottesdienst mit Abendmahl in beiderlei Gestalt)、
(3)ラテン語ではなくドイツ語で大きな声による制定の言葉(「これは私の体である」など)、
(4)聖体拝領の前の告白を省略

また、この聖餐式の翌日、カールシュタットは
(5)十五歳の少女アンナ・フォン・モハウ(Anna von Mochau)と結婚を予告、(実際に1522年1月19日、カールシュタットはアンナと結婚)
などで、「聖なるいけにえ」「カトリック司祭職」ということを象徴する全てのシンボルを取り除き、「聖餐式」は単なる食事であること、平信徒とは区別された聖なる司祭職などというものは存在しない、神秘ではない、いけにえではないことなどをシンボル的に示した。

 つまり、新しいミサもプロテスタントにとって受け入れられることが出来るように、ミサから「いけにえ」という性格を取り除いてしまった。つまり、新しいミサをもってカトリックからは「いけにえ」が取り除かれてしまった。ブニーニは、いけにえではないミサ、聖餐式を作り上げたのだった。
 だから、イエズス会司祭であったジョセフ・ジュリノ(Joseph Gelineau, SJ)は、『典礼の明日』でこう言った。
「曖昧さなくこう言う必要がある。私たちが知っていたローマ典礼様式は、もはや存在していない。それは破壊された。」
(Demain la liturgie (Paris: Ed. du Cerf, 1979), p.10.)

何故なら、第二バチカン公会議の新しい教え(信教の自由、エキュメニズム、司教団体主義【=教会の民主主義化、教皇の大統領化】)は、新しいミサによって、新しいミサを道具として全世界に拡げられたから。


【ポイント!】「新しいミサは、その全体といいまたその詳細といい、トレント公会議の第二十二総会で宣言されたミサに関するカトリック神学から目を見張るばかりに逸脱し」、「新しい信仰を表明している」。そして「この新しい信仰は私たちの信仰ではない、カトリック信仰ではない」

【ポイント!】 新しいミサからは、およそカトリック的なものは全て取り除かれてしまっている。それはエキュメニズムのためであり、プロテスタントの気に入るようにするため。

【ポイント!】エキュメニカルな新しいミサは、いけにえではないミサ、聖餐式(食事会)であり、司祭職を否定するものとして作り上げられた。

【ポイント!】第二バチカン公会議の新しい教え(信教の自由、エキュメニズム、司教団体主義【=教会の民主主義化、教皇の大統領化】)は、新しいミサによって、新しいミサを道具として全世界に拡げられた。


<2008年3月の予定>



【大阪】大阪市東淀川区東中島1-18-5 新大阪丸ビル本館511号(JR新大阪駅の東口より徒歩5分)「聖母の汚れ無き御心巡回聖堂」

14日 金 大阪 午後5時半 平日 紫
15日 土 大阪 午前11時 平日 紫

【東京】東京都文京区本駒込1-12-5曙町児童会館2F 「聖なる日本の殉教者巡回聖堂」

15日(土)午後6時半 グレゴリオ聖歌に親しむ会
     午後8時30分 グレゴリオ聖歌による終課
16日 主日 午前10時  ロザリオ及び告解
午前10時半  枝の主日(1級)紫
     午後2時半  十字架の道行き
     午後3時半  ラテン語の練習
     午後4時15分グレゴリオ聖歌による主日の第二晩課
17日 月 午前7時 聖月曜日(1級)紫
18日 火 午前7時 聖火曜日(1級)紫

それでは、皆様のおこしをお待ちしております。

 詳しいご案内などは、
http://fsspxjapan.fc2web.com/ordo/ordo2008.html
http://immaculata.web.infoseek.co.jp/manila/manila351.html
http://sspx.jpn.org/schedule_tokyo.htm
 などをご覧下さい。

For the detailed information about the Mass schedule for the year 2008, please visit "FSSPX Japan Mass schedule 2008" at
http://immaculata.web.infoseek.co.jp/tradmass/

私たちの主イエズス・キリストのエルサレム入場

============
ブログランキング <= クリックで応援して下さい。
兄弟姉妹の皆様の応援を感謝します!
============

【関連記事】
聖ピオ五世教皇 大勅令『クォー・プリームム』(Quo Primum)
新しい「ミサ司式」の批判的研究 (オッタヴィアーニ枢機卿とバッチ枢機卿)Breve Exame Critico del Novus Ordo Missae
何故カトリック教会にとって聖伝のミサがそれほど大切なのか?
■ ミサ聖祭とは何か?ミサがいけにえであるということを誰が否定したのか?
■ 新しいミサの第二奉献文(Prex eucharistica II)は、極めて古代のものではないのか?
■ カトリック典礼が普通に有するべき三つの性質:新しいミサはこの三つの特徴を満たすか?
■ モンシニョール・クラウス・ガンバー(Msgr Klaus Gamber)の「ローマ典礼の改革」
■ 新しいミサの神学的な問題点: 新しいミサの基礎になっている考えとは何か?
■ 新しいミサについて(第二ヴァチカン公会議が始まるわずか数年まえのピオ十二世の言葉)
エコンの神学校での司祭叙階式で9名の司祭と8名の助祭が誕生
エコンでの司祭叙階式の様子のビデオ・ファイル
聖ピオ十世会ポーランド:資料集
グレゴリオ聖歌に親しむ会:資料集
聖ピオ十世会の修道女会:着衣式、初誓願、終生誓願式
フランスでのシャルトルからモンマルトルへの巡礼(2007年5月26,27,28日)の写真
コメント (2)

ピオ九世 回勅『クィ・プルリブス』1846年11月9日(Qui pluribus)

2008年03月12日 | カトリックとは
アヴェ・マリア!

教会の教導権と
個人レベルでの宗教無差別主義


愛する兄弟姉妹の皆様、
 宗教無差別主義についての、諸教皇による最も重要な関連文書を引用します。

ピオ九世 回勅『クィ・プルリブス』1846年11月9日(Qui pluribus)

宗教に関する無差別主義というこの恐るべき体系、理性という自然の光だけにさえもさらに反する体系が向かっているのもやはり同じ目的にである。これらの言葉の巧みなウソツキどもが美徳と悪徳との区別、真理と誤謬との区別、名誉と恥辱との区別を全て取り除こうとし、更にはどのような礼拝であれどのような宗教であれ全ての人々は永遠の救霊に到達することが出来るとうそぶいているのは、まさにこの体系によってである。あたかも正義と邪悪との間に、光と闇との間に、イエズス・キリストとベリアル(悪魔)との間に何か和合があり得るかのように。」


エキュメニズム

エキュメニズム

エキュメニズム

エキュメニズム

エキュメニズム

エキュメニズム

11/14/2007 Ecumenical prayer with Taizé community leaders in Bangkok Prayer meeting is held at Bangkok’s Assumption Cathedral. Some 220 young people take part, some coming from as far as Hong Kong and Laos. Cardinal Kitbunchu urges people to rediscover society’s true values; Frère Alois tells people to choose love and bear witness to Christ’s hope to the world


============
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ <= クリックで応援して下さい。兄弟姉妹の皆様の応援を感謝します!
============
【関連記事】

コメント (11)

【訃報】聖トマス・アクィナスと聖アウグスティヌスの専門であった 山田 晶先生

2008年03月10日 | カトリック・ニュースなど
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、

【訃報】聖トマス・アクィナスと聖アウグスティヌスの専門であった京大名誉教授 山田 晶(やまだ あきら)先生は、2008年2月29日に、悪性リンパ腫によりお亡くなりになったそうです。85歳。お悔やみ申し上げ、心から霊魂の永遠の安息をお祈り申しあげます。
 山田先生には、はるばる東京まで私の初ミサに来ていらしたことを心から感謝申し上げします。
 兄弟姉妹の皆様のお祈りを心からお願い申し上げます。

【推薦図書】
山田先生の訳書や論文は、極めて親切な注と解説が付き分かりやすく書かれいるので是非お薦め致します。

トマス・アクィナスの《エッセ》研究 (1978年) (中世哲学研究〈第2〉) By 山田 晶

世界の名著 20 トマス・アクィナス (20) (中公バックス) By トマス・アクィナス

神学大全〈25〉By トマス アクィナス 山田晶訳
コメント

グレゴリオ十六世 回勅『ミラリ・ヴォス』1832年8月25日 (Mirari vos)

2008年03月10日 | カトリックとは
アヴェ・マリア!


教会の教導権と
個人レベルでの宗教無差別主義

愛する兄弟姉妹の皆様、
宗教無差別主義についての、諸教皇による最も重要な関連文書を引用します。

グレゴリオ十六世 回勅『ミラリ・ヴォス』1832年8月25日 (Mirari vos)

「今私は現在教会を苦しめ、私の心を嘆かさずにはおかないもう1つ別の、そして最も「多くの実を結んでいる」諸悪の原因について話さなければなりません。それは「宗教無差別主義」、ないしは邪悪な人々の策略によりいたるところに広まっている破滅的な言説、すなわち「人はその生活が正義と誠実に適ったものであるならばどのような信仰を持っていたとしても永遠の救いを得ることができる」という見解です。しかしこれほど明白かつ判然とした問題について、あなた方司教たちの世話に任されている人々の間からこのように有害な誤謬を取り除くことはもちろん容易なことでありましょう。使徒パウロは私たちに「唯一の天主、一つの信仰、一つの洗礼」と述べてこのような考え方に警戒するよう促しています。したがって、あらゆる信条が至福の港へと容易に至らせると夢想する者は怖れにふるえ、私たちの救い主ご自身の次の証言を深く心に思いめぐらすように。すなわちキリストの側につかない者はキリストに反対する者であり 、キリスト共に集めない者はまさにその事実によって甚だしく散らすのであるということ、を。」


John Paul II with the World Council of Churches, Orthodox, Swiss Reformed, Catholic, Lutheran, Methodist

Pope John Paul II visiting a synagogue in Rome in April 1983

アシジの祈祷集会

アシジの祈祷集会

On October 27, 1986, with due permission of John Paul II, the Dalai Lama and Tibetan Buddhist monks of his sect placed a small statue of Buddha over the tabernacle of St. Peter Church in Assisi. The statue was encased in a glass cylinder.


============
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ <= クリックで応援して下さい。兄弟姉妹の皆様の応援を感謝します!
============

【関連記事】
コメント

ベレーグのベネディクト会修道院院長のアンジュ神父様

2008年03月10日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、
 ベレーグのベネディクト会修道院院長のアンジュ神父様は、フランス現地時間で3月9日(主日)の午後7時に、天主の御許にその霊魂が呼ばれました。アンジュ神父様の霊魂の安息のためにお祈り下さい。




聖伝のミサ

ベレーグの聖母大修道院(monastère Notre-Dame de Bellaigue)


le Père Ange, Prieur de Bellaigue

Chers Amis,

Ce petit message plein de tristesse, pour vous annoncer que se soir vers 19 h. le Prieur Père Ange du Monastère St. Benoît à Bellaigue, été rappelé à Dieu.
Prions tous pour le doux repos de son âme.

【関連記事】
コメント

パリ外国宣教会350年 多くの宣教師の方々に心から感謝します!

2008年03月08日 | カトリック・ニュースなど
アヴェ・マリア!

パリ外国宣教会350年
Societas Parisiensis missionum ad exteras gentes

愛する兄弟姉妹の皆様、
パリ外国宣教会 (Missions Etrangères de Paris, 略称MEP) は、1653年にフランソワ・パリュによって設立されて、今年でその存在350周年を迎えます。

 日本とアジアのために宣教に来られた多くの宣教師の方々に心から感謝します!

 アジアの宣教のために、1658年教皇アレクサンダー七世によって、フランソワ・パリュ(François Pallu)及びピエール・ランベール・ド・ラ・モット(Pierre Lambert de la Motte)が、代理区長(Vicar Apostolic, vicaire apostolique)として任命された時以来、パリ外国宣教会は4500名もの司祭を極東に派遣し続けています。

【聖ピオ十世会は、統計によると、創立37年後の2007年3月27日現在、471名の司祭が所属しているとのことです。天主の御恵みによって、創立350年には4500名以上の司祭が所属しているようになりますように!!】


フランソワ・パリュ


【パリ外国宣教会の略史】
 フランス人のイエズス会士、アレクサンドル・ド・ロード(Alexandre de Rhodes)は、ベトナムで宣教していたが、1630年に追放された。6年間マカオに非難した後、またベトナムに戻り6年後に国外追放(死刑が減刑)の刑を受ける。ド・ロードはローマに行き、カトリック宣教師をたくさん送る必要性、また現地の司祭・司教を要請する必要を説く。

 教皇アレクサンドル七世の後ろ盾もあり、まずフランソワ・パリュとピエール・ランベール・ド・ラ・モットの2人のフランス人司祭たちが志願者となって、1658年に代理区長という地位に上げられて(フランソワ・パリュは1658年に司教聖別され、ピエール・ランベール・ド・ラ・モットは1660年司教聖別)、さらに及びイニャス・コトランディ(Ignace Cotolendi)も1660年に代理区長となり同年に司教聖別を受けて、アジア布教のために現地司祭・聖職者養成のためにこの3名がそれぞれ旅に発った。それぞれは司祭や平信徒たちを供にしていた。彼らは合計で17名だった。しかしコトランディ司教を含めてその約半分である8名は道中に亡くなっている。
 フランソワ・パリュは、1661年に発ち、フィリピン経由で台湾に到達し、福建省に渡った。

 中国人である羅文炤(Gregorio López)別名(Luo Wenzao 羅文藻)は、フランソワ・パリュの推薦で中国人初の司教となっている。

 こうして、パリ外国宣教会は、シャム、トンキン、コチンシナ、カンボジア、及び中国の幾つかの地方の宣教を委ねられた。

1831年、日本と韓国との宣教がパリ外国宣教会に委託された。同様に、
1838年、満州
1841年、マレーシア
1846年、チベット及びアッサム、
1855年、ビルマ、などの宣教が委託された。

1844年、パリ外国宣教会のフォルカード神父(Theodore Augustin Forcade)は、琉球に入り、日本語を勉強しつつ、日本本土上陸を試みたが果たされなかった。
1846年、ローマは、日本を使徒座代理区(知牧区)とし、パリ外国宣教会のフォルカード神父を代理区長(Vicar Apostolic)に任命。
1847年、フォルカード神父は司教に叙階され、長崎港外の船上で待機しながら長崎上陸を試みたが、上陸することは出来なかった。マカオで日本代牧司教の任命を受け、香港で開国の期を待つ。
1847-1850年、香港に渡る。Préfet apostolique de Hong Kong (1847-1850) 中国名、科主教。
1860年、ヌヴェール司教区の司教と任命され、ルルドのベルナデッタがヌベールの愛徳修道会に入ることに力を尽くしている。

1859年9月、横浜にセラフィン・ジラール(Prudence Seraphin-Barthlemy Girard)神父が上陸。
1863年、ルイ・テオドル・フュレ(Louis Theodore Furet)神父及びベルナール・プティジャン(プチジャン)(Bernard Thadee Petitjean)神父が長崎に赴いた。フュレ神父は長崎に大浦天主堂を設計。
1864年、天主堂を完成させたプチジャン神父が大浦天主堂の初代主任司祭となる。

1865年、プチジャン神父は、浦上の潜伏キリシタンと歴史的な再会。

 その後多くのパリ外国宣教会の司祭たちが日本で救霊のために活躍された。特に、感謝を込めて次の偉大なフランス人宣教師の名前を挙げたい。

1949年 ヨゼフ・マリ・ジャック神父、来日。
1953年 ヨゼフ・マリ・ジャック神父、藤枝カトリック教会主任司祭着任。
1983年 ヨゼフ・マリ・ジャック神父、フランスへ帰国。

 パリ外国宣教会350年の展覧会は、パリの本部で2008年3月15日まで開かれている。
Exposition : Les Missions Etrangères en Asie, 350 ans d'histoire et d'aventure du 8 janvier au 15 mars 2008
Ouverture du mardi au dimanche de 14.00 à 18.00
Entrée libre


【参考資料】
北海道・室蘭市に隠れキリシタン パリ外国宣教会で資料発見

============
ブログランキング <= クリックで応援して下さい。兄弟姉妹の皆様の応援を感謝します!
============

【参考記事】

コメント

聖ピオ十世会創立者ルフェーブル大司教様の説教 1987年6月29日エコンにて

2008年03月06日 | ルフェーブル大司教の言葉
アヴェ・マリア!

 愛する兄弟姉妹の皆様、
1987年6月29日、エコン (スイス)にて、ルフェーブル大司教様の司祭叙階式における説教をご紹介します。これは、1988年6月30日司教聖別式のちょうど一年前にルフェーブル大司教がなさった説教で、何故、司教聖別をする緊急状態なのかを説明しています。

 1987年6月29日の司祭叙階式における説教を読んでも、1988年6月30日司教聖別式の説教を読んでも、ルフェーブル大司教には一つのことしか頭になかったとひしひしと良く伝わってきます。それは、カトリック教会をそのまま続けること。カトリック教会の信仰を変えないこと。それことが天主の見旨であり、歴代の教皇様たちと一致することである。
 これを読むと、ルフェーブル大司教からは、別の教会を作る(つまり離教する)などという惨めな考えなどこれっぽっちもなく、使徒継承のカトリック教会のために、教会が教え続けてきた通り、天主であるイエズス・キリストが王として全世界に統治するために、全人類が王なるイエズス・キリストに従うために、そしてそうすることによって救霊を確保するために、1988年4名の司教たちを聖別したということが分かります。
 何故なら、ルフェーブル大司教は離教を望まなかったからです。アシジに代表されるエキュメニズムと私たちの主イエズス・キリストを王位から引きずり降ろすリベラリズムに従うことは、使徒継承のカトリック教会の教えから離れることだからです。
 ルフェーブル大司教には、離教の意図が一切ありませんでした。カトリック教会をそのまま変えずに続けることしかありませんでした。「ルフェーブル大司教の離教」などというものは、存在したことがありません。従って、誰一人としてそのような存在していない「離教を公式に支持すること」など出来ず、従って、離教のために想定された「破門」もあり得ないのです。

 ルフェーブル大司教様のおかげで、今でもカトリック教会に、聖伝のミサが生き残ることが出来ている事実を見て、また、ルフェーブル大司教様が抵抗して下さったおかげで、ベネディクト十六世も手紙でそう言っているように、2007年7月7日の『スンモールム・ポンティフィクム』を出すことが出来た事実を見て、私たちは、今年でその二十周年を迎える、ルフェーブル大司教のカトリック聖伝「生き残り作戦」に感謝します。

 最後にこれを訳して下さったマキシミリアノ岡村さんに心から感謝します。

1987年6月29日
ルフェーブル大司教様の司祭叙階式における説教

親愛なる兄弟の皆さん、
 私達の神学校の存在理由かつ最上の行事であるこの荘厳な司祭叙階式に共に参列するため、ここエコンで私たちを再会させてくださった天主に感謝を捧げましょう。
 叙階のない神学校はもはやカトリックの神学校、公教会の神学校ではありません。そしてそれゆえに、これら司祭達の上に按手する喜びをいだきながら、私たちは天主に感謝するのです。エコンがフラヴィニーに展開し、それによってカトリックの司祭になりたいより多くの若者達が、真のかつ聖なる司祭になるために必要な養成と恩寵を見出す事ができるようになってから、天主は私たちの神学校が生き続け、拡大することさえお許しになりました。

 親愛なる友人の皆さん、まず私は皆様に対しいくつかの啓発と激励の言葉を差しあげようと思います。あなた方はカトリック・ミサにおいて叙階されようとしています。皆さんは、新プロテスタント・ミサにおいて叙階されるのではありません。そしてカトリック・ミサは過去、現在、未来と偉大な司祭的計画、キリスト教生命の偉大な計画なのです。このミサを修正することは司祭の理想とキリスト者の理想、カトリックの理想を変える事にもなるのです。実に、このミサ聖祭とは、何はさておきイエズスの十字架、イエズスの十字架の継続なのです。イエズスが十字架上で御死去されたので神殿の幕は裂けました。旧約は、新約に取って代わられたのです。

 ではすべてが変えられたのでしょうか? 答えは Yes であり No であります。 疑いなく、旧約の法の儀式と天主の法のある概念は変えられましたが、旧約の主要な点は愛の掟の生けるイメージに変容されたのです。もし天主を愛さずそして隣人を愛さないのなら、天主の十戒とは何でしょうか?
 これを私たちに教えてくださったのはイエズス・キリストご自身です。そして今後、この愛の掟はもはや石の上だけではなく、聖主イエズス・キリストの犠牲の中に刻まれるのです。彼は愛の掟であり、十字架上でそれを証明されました。十字架上で、聖父の栄光と霊魂たちの救いのために死ぬ事以上に優れた愛と愛徳の表明を、聖主は他にどんな形で私たちに与える事ができたでしょうか?

 それゆえに十字架についてイエズスが私たちに説き、彼が毎日の聖なるミサ聖祭で伝えているのは、この愛の掟なのです。 皆様の心と霊魂内に、親愛なる友人である皆様、洗礼の成聖の聖寵によって記されたのは、この愛の掟なのです。まさしくこの成聖の聖寵こそ愛の掟と愛徳を実践するために皆様を聖主イエズス・キリストに変容させ深く一致させたのです。

 善き聖主はその変容と深い一致を生み出す恩寵を皆様に与えようとしておられるので、願わくは皆様が生涯の日々に捧げることになるミサ聖祭の犠牲は、皆様の代父と代母が聖主イエズス・キリストに専心し、この世のすべての誘惑を放棄すると誓う時、洗礼にて皆さんがいただいたその成聖の聖寵を支えてくれるのです。それこそ、これからの日々皆様が繰り返す事なのです。つまり「我が天主よ、ああイエズス、私は御身を永遠に深く愛し奉る。我は御身の司祭になることを欲す。模範と言葉により愛の掟を説く司祭に。我をして、この世のすべてとその誘惑から取り去り給え。我をしてこの世のすべての影響から守り給え。なぜならそれはサタンの手先、そして天主に対する不従順によって満たされている故なり。」

 この方法であなた方の霊魂は、目前にある祭壇上であなた方が持ち、あなた方が御自身で発する聖変化の言葉によって天国から降臨させることになる聖主イエズス・キリストの十字架と、その御血と御体の御前で慰められるでしょう。なんという崇高な神秘でしょうか。天主がその犠牲を捧げ、それを継続するために人間に従うのです。それがあなた方の司祭生活の目的なのです。つまりあなた方のところにやって来て、あなた方の捧げるミサ聖祭の聖なる犠牲に与るでしょう霊魂たちを、完全にあなた方自身の犠牲に至るまで、天主と隣人に対する愛の感情をもって貫くために。そして天主は、聖主イエズス・キリストがこのためにその模範を与える事をご存知です。つまり自己の犠牲に至るまで、もし必要ならば死に至るまで、そして聖主イエズス・キリストに一致してとどまるためにあなた方が自らの血を流すに至るまでになるように。願わくはそれがあなた方の決意でありますように。そういうわけで皆様は私と共に捧げようとしているミサ聖祭の聖なる犠牲にて私たちの聖主の生命と死に結ばれなければなりません。

 世俗の引力と、ミサ聖祭のこの聖なる犠牲をまったくの人間的集会に変容させようとする世俗の魅力によって誘惑されるままにならないようにして下さい!

 これらの感情が全司祭的生活において皆様の中に留まることを私は切に望んでいます。よりお年を召した司祭方が、彼らが送られたところ至る所でそうであるように、使徒であってください。ここに集っていて皆様を共に囲み、皆様の上にその手を置くことをうれしく思っているこれらの親愛なる司祭達のように。私たちの聖主イエズス・キリストの司祭達、十字架に釘付けられた愛、十字架に釘付けにされたイエズスの司祭達であって下さい、世俗の司祭達、世俗のための司祭達ではなく。

 親愛なる兄弟の皆様、この機会を利用して、私たちが通例に従い司祭叙階式の機会に行うように、私たちが今日置かれいている状況について指摘することをお許しください。それは言及されなければならない事です。私は沈黙する事はできません。隠蔽することも出来ません。今年はカトリック教会にとって、私たちカトリック信者たち、私たちカトリック司祭達にとって非常に重大でした。

 皆様はこれをご存知で、異なる記者達がそれを報道してきました。つまり私がカトリック教会の存続に必要と思われる行動を遂行するために、御摂理からの印を待っているところであることを言及する好機があったということです。今、私はこれらの印が到来したと確信します。

 それらの印とは何でしょうか? それは2つです。まずアシジ、それから信教の自由に関して私たちが明確化した異議に対してローマが作成した返答です。

 アシジ(の平和祈祷集会)は去る10月27日に開催されました。そして信教の自由と関連する第2バチカン公会議の誤謬に関する私たちの異議に対するローマからの答えは3月の始めに私たちのもとに届きました。このローマの答えは、それ自体で、アシジ以上に危険でさえありました。アシジは一つの歴史的事実、一つの行為です。しかし信教の自由に関する私たちの異議に対するその返答は、原理の主張であり、それゆえに非常に危険なのです。ある危険で躓きになる行為を単に行うのは一つの事柄です。しかし、偽りと誤った諸原理を断言するということは、単なる行為とは他の事柄です。何故なら、それは結果として、実際に破滅的結末を生み出すことになるからです。

 そういう理由で御摂理は、様々な状況のある結合によって私たちがちょうど出現した一冊の本『彼らは主を王位から引きずりおろした』(Ils L'ont Decouronne) を作成する事をお望みになりました。彼らは彼を王位から引きずりおろしたのです!誰が王位から引きずりおろしたのでしょうか? そして誰が引きずりおろされたのでしょうか?
 誰が引きずりおろされたのか? 私たちの聖主イエズス・キリストです。
 誰が彼を王位から引きずりおろしたのでしょうか? 今日のローマ当局です。


 そしてこの王位の剥奪は、アシジの儀式の時に明確な方法で表明されました。
 イエズス・キリストが王位から引きずり下ろされたのです。彼はもはや王ではなく、普遍的な王でも御降誕の大祝日からその御昇天に至るまで、私たちが宣言する王ではないのです。すべての宗教的祝日は、私たちの聖主イエズス・キリストの王権を示しているのです。だから全典礼暦年中、私たちはRex regum, et Dominus dominatium --- 王の王かつ主の聖主! と歌っているのです。

 そしてご覧下さい!私たちの聖主イエズス・キリストの王権を讃える代わりに全宗教の万神殿が制定されるのです!ちょうど異教ローマ皇帝たちがあの万神教の為の神殿を造ったように、今日それを行うのは公教会のローマ当局です!
 これは霊魂たち、カトリック信者達が、目撃することになり、そして彼らを疑いに投げ込む恐るべき躓きなのです。 それは厳密に言うならば自由主義と呼ばれるものです。

 自由主義とは、天主の御前での人間の自由を制定することです。結果として、いかなる宗教も自分が真のものであるという宗教と等しく尊敬すべきものになるのだと、良心に従って信じ、希望し、宣言する人間を意味します。

 「国家、市民社会は、もはやどれが真の宗教であるか知る事ができない」、これがローマから頂いた書類の中で私たちに対して述べられていたことです。「国家は宗教的事柄について無能であり、それゆえどれが真の、あるいは偽りの宗教であるか決められない」と。「この事実自体によって国家はそれが何であれ、すべての宗教をこの“自治的社会空間”に拡張させなければならない。なぜなら人間は自分の宗教をもつ事に関して自由だから」と。

 私たちは言います。違います。違います。それは間違っています。
 そしてミサ聖祭はこれを私たちに示しています。これは十字架上の聖主イエズス・キリストが私たちに要求し、説く掟、愛の掟なのです。彼は私たちに言います、「あなた方は愛の掟に従わなければいけない。誰であっても、愛の掟に従わない人は永遠の生命にふさわしくない。」

 したがってそれは義務的掟なのであります。私たちには自分の宗教を選ぶ自由はありません。あるのはたった一つ。それは私たちの聖主イエズス・キリストが十字架の高みから宣言されたその一つです。

 自由主義は現代の偶像になってしまいました。それは現在、世界中大部分の国で、しかもカトリック教国でさえ崇められています。天主に挑み、自分独自の宗教を作ろうとし、人権の宗教、独自の戒律を作り、世俗の団体、世俗的国家、世俗的教育と協力し、天主の無い独自の宗教を創りあげることを欲するのが、天主に対する人間の自由であり、それこそが自由主義なのです。

 一体全体どうやって、ローマ当局が、信教の自由に関する第2バチカン公会議の宣言のなかでこの自由主義を主張し奨励することが出来たのでしょうか? 私の考えでは、それは非常に重大な事です。ローマは暗黒の中にいます。誤謬の暗黒の中に。それを否定する事は私たちに出来ません。私たちカトリックとしての見解から、そしてなおさら司祭としての見解から、アシジ、つまり、そこで異教儀式の執行の為に仏教徒達に与えられた聖ペトロ教会で見る事のできたあの見世物を私達はいかにして黙認出来ましょう? 彼らが、私たちの聖主イエズス・キリストの御聖櫃の前で ― 疑いなく空だったのでしょうが ー しかし、彼らの偶像、つまり仏像がその上に置かれて、異教儀式を執り行っているのを、どうやってそのまま傍観していることが考えられるでしょうか。しかも、これが、カトリック教会のなかで、私たちの聖主イエズス・キリストの教会の中で執り行なわれてていたのです! 事実はそこにあります。事実は、ありのままを語っています。私たちにさらに重大な誤謬を見逃す事は出来ません。

 いかにしてあの現実は実現したのでしょうか?その答えは天主に委ねましょう! 天主こそがあらゆることを統治しているからです。つまり、事象の主であるわたしたちの聖主イエズス・キリストが統治しているからです。ローマと教皇から枢機卿達まで、さらにエキュメニズムと自由主義に関する公会議の誤った思想にしたがっている世界中の全司教を含めて、最高権威者らを掌握している様々な誤謬の将来がどうなるかを知る方は彼なのです。

 天主のみそれがどこに導こうとしているのかご存知なのです。しかし私たちにとってみれば、もし私たちがカトリックに留まり、そして公教会を存続させたいのなら、私達には破棄できない様々な義務が生じます。私たちには私たちが負っている重大な義務、つまり私たちの聖主イエズス・キリストと、その王権と、公教会の教義に従ったその社会的王位 (His social Kingship) を信じる司祭たちを増やさなければならないのです。そういうわけで、誰もがそれにより養われ私たちが遂行している戦闘をより理解できるように、自由主義に関するその本(『彼らは主を退位廃冠させた』Ils L'ont decouronne)が現れた事を私はうれしく思います。

 これは人間的な戦いではありません。私達はサタンとの接近戦の中にいるのです。それは超自然的な総力を要求する戦闘です。そして公教会を徹底的に破壊し、私たちの聖主イエズス・キリストの御業の崩壊を望むサタンと戦うために私たちはこの超自然的力を必要とするのです。私たちの聖主が御降誕されてから、サタンはこれを常に望んできました。そしてサタンはそれが何であれ、聖主の君臨と、そのすべての制度を一掃しながら、聖主の神秘体、を廃止し壊滅し続ける事を望んでいます。私達はこの悲劇的、黙示録的戦闘に気づかなければなりません。そこに私達は生きており、それを見くびってはいけません。それを見くびるだけ、私たちのその戦闘おける戦意は衰えるのです。私達はさらに弱くなり真理をもう宣言しようとしなくなるのです。 わたしたちはもはや聖主イエズス・キリストの社会的王権を敢えて主張しようとはしません。何故ならその響きは世俗的、無神論的世界の耳に心地よくないからです。私たちの聖主イエズス・キリストが社会において君臨すべきであるという事は、世界にとっては愚かに見えるのです。私達は流行おくれ、中世時代に凍結したのろま者達だとみなされています。「過去に属するものはすべて終わった。あの時代は終焉したんだ。聖主イエズス・キリストが社会で君臨することはもはや不可能だ」と。おそらく私達は、私たちに敵対する大衆意見を恐れるという傾向を少し持っています。なぜなら私たちが聖主の王権を宣言しているからです。従って聖主の社会的王権のために私たちが保持するその論証が、サタンによって導かれ、私たちの影響の拡大を妨げ、それを破壊しようとさえするするために現れる一つの敵に驚かないようにしましょう。 

 こういうわけで私達は、本日これらの司祭叙階式を執り行うことをうれしく思うのです。そして私達は、善き天主が私たちの手にお委ねになったこの業を放棄する事など不可能であると心から考えています。なぜなら実際、それを創立、しかも信じられない状況においてそれを創られたのは私ではなく、まさしく聖主だったからです。現在、創立後15年目にして、私たちの会は世界的規模に達しました。
 天主に感謝、他に多くの修道者もまた私たちと共に、わたしたちの周りに現れました。この叙階式に参列しているすべての男女修道者の方々もまた、私たちの聖主イエズス・キリストの王権を自ら宣言するために立ち上がりました。そして彼らは天主を見捨てないでしょう。

 私達は天主を見捨てようとしているのですか? 彼を再び十字架に釘付けにさせるのでしょうか? そして公教会をまさに今それが生きている受難の状態および私たちが救援に行く事もなく取り残すのでしょうか?


 もし誰もこれ以上聖主イエズス・キリストの神性を宣言しなくなれば、霊魂たちは一体どうなるのでしょうか? もし私たちが彼らに彼らの救霊に必要な真の聖寵を与えなければ、彼らはどうなるのでしょうか? これは明白な緊急事態の問題です。私達はこれに気づかなければなりません。従って、私は自分自身にこの業を継続することが出来るよう、数人の後継者を与えなければならないように思うのです。なぜならローマは暗黒の中にいるからです。それは現在ローマがもはや真理の声を聞いていないからです。

 どんな反響を私達の主張は受けたのでしょうか? 
 そこにはわたしがローマに対し「聖伝に従って欲しい。聖伝に立ち戻ってください。さもなければ公教会はその滅亡に向かう事になる。公教会を確立した人たちの後継者に選ばれたあなたたちは、公教会を築き上げなければならず、それを破壊してはなりません」と言いました。しかし、彼らは私たちの主張に対して耳を閉ざしました。

 私たちが受け取った最後のローマからの回答、最後の書類は、これを完全に証明しています。彼らは自らの誤謬の中に閉じこもっています。彼らは自らを暗黒の中に閉じ込めているのです。そして彼らは霊魂たちを棄教に導き、非常に単純にですが、聖主イエズス・キリストの神性の壊滅とカトリックとキリスト教信仰の崩壊に導いているのです。

 したがってもし天主がそれを私たちに要求するなら、私達はこの業を継続するために協力することをためらわないでしょう。なぜなら私達には、天主がその業の破壊を望み、霊魂たちが放棄される事と、この事実によって公教会がもうその司牧者を持たないことをお考えになるとは考える事は出来ないからです。私達は全く例外的な時代に生きています。これを私達は理解しなければなりません。状況はローマにおいてもはや普通ではなく、非常に異常なのです。

 エコンに来た親愛なるシスター達によって発行されているSiSINoNo(1993年以降アンジェルスプレス社のアンジェルス・マガジン誌に記載されている)という新聞を読んでください。そしてここに彼女たちが成し遂げている仕事を継続してくれるよう励まします。この新聞はローマの状況について非常に正確な指摘を与えてくれます。ある信じがたい状況が、つまり歴史が未だかつてそのような事を経験した事のない状況があるのです。

 教会の歴史上、未だかつて、教皇が自ら、自由主義の大祭司になりながら、私が皆様にお伝えしたように、すべての宗教の万神殿のある種の守護者に転ずるのを見た事がありません。こんな状況が公教会内に未だ存在したか誰か教えて下さい。このような現実を前に私達は何をすべきでしょうか? 涙を流す、疑いなく、奏すべきでしょう。あぁ、私達は嘆きます。そして心は砕かれ悲しみに沈んでいます。私達はこの状況が変わるように、私たちの生命と血を差しあげることさえ辞さないつもりです。しかしこの状況を見ると、善き天主が私たちの心に置いたその業とはどのようなものかというと、このローマの暗黒、つまりローマ権威者達のその誤謬に留まる頑なさ、真理と聖伝への帰還を拒絶しているという状況はあまりにも酷いので、善き天主が懇願しているのは、公教会を存続させることであると私には思えるのです。従って、善き天主に対しこの人生の決算報告をする前に、私はいくつかの司教聖別を執行すべきであるように思います。

 親愛なる兄弟の皆様、そして親愛なる友人の皆様、私たちの心のすべてを以っていとも聖なる童貞マリア様に祈りましょう。私達は8月22日、聖なる童貞が私たちを助けてくださるよう祈願するためにファティマに行く事になっております。

 彼らは彼女の秘密を公開することを望みませんでした。彼らは童貞聖マリア様のメッセージを葬り去ってきました。このメッセージは、間違いなく今日起きている事を防いでくれる事になっていました。もし彼女のメッセージが知られていたら、私たちはそれ程遠くまで行かなかったでしょうし、このローマにおける状況は未だ今日ほどではなかったでしょう。教皇様たちは、いとも聖なる童貞のメッセージを公開する事を拒んで来たのです。童貞聖マリア様によって告げられたその数々の天罰は来ています。聖書のなかで預言された棄教は到来しています。これは確かに事実です。

 この決定的に異例な状況に直面させられて、私達もまた異例な措置をとらなければなりません。
 いとも親愛なる兄弟の皆様、いとも親愛なる友人の皆様、この御ミサの間、私達は特別に聖なる使徒達、公教会の守護者たちなるペトロとパウロに、私たちが彼らと彼らの後継者達の業に継続するために、私たちを啓発し、助け、私たちに剛毅と知恵を与えてくださるように祈ります。
 誰よりもまず、いとも聖なる童貞マリア様にこれを祈願しましょう。そしてイエズスとマリアの聖心に対し私たち自信を、私たちの家族達、私たちのいくつもの都市を奉献しましょう。
 聖父と聖子と聖霊との御名によりて アーメン
コメント

【質問】聖公会やルーテル派はEcclesial communities 東方教会はChurches?

2008年03月05日 | 質問に答えて
アヴェ・マリア!

【質問】
 諸教会(Churches)と諸教団(Ecclesial communities)・・・
 聖公会やルーテル派は Ecclesial communities、東方教会が Churches に含まれるということでしょうか?
 『あがないの秘跡』(2007.8.中央協議会翻訳)の邦訳では、Ecclesial communities を、「教会的共同体」と置き換えているようです。意味するところは、プロテスタント諸教団なのですね?
(コメント欄の書き込みから)

【答え】
 聖ピオ十世会の元総長であったフランツ・シュミットバーガー神父様の『カトリック教会と第二バチカン公会議』にそって、御返事致します。

====引用開始====

 カトリック信者にとって、天主とイエズス・キリストとカトリック教会との間には分かち難く結ばれた一致があることは明らかです。

 実に、天主御父が御子を送り、御子は贖いのみ業のために人性を取り、この人となった天主御子が目に見える教会を創立し、自らはその教会の頭であられるのです。

 私たちの主イエズス・キリストは一つの教会を創造するのですが、我らの主は絶対で唯一であるため、我らの主は本当に天主、唯一の真の天主であるため、教会もやはりただひとつしかないのです。

 そしてこの教会の創立者かつ師である我らの主が絶対で唯一であるように、教会も絶対で唯一なのです。聖パウロはエフェゾ人への手紙の中でこう言っています。「主は一つ、信仰は一つ、洗礼は一つ、神は一つで、すべてのものの父であり」(4:5)と。

 この教会は諸国の中の印なのです。教会は生ける天主の神殿なのであり、屠られた小羊の花嫁なのです。教会は天から地上に立ち降りた新しいエルサレムなのです。教会は本当にエンマヌエル、すなわち、天主我らとともにまします、なのです。そうです、人間性の中に天主の性がましますのです。
 教会は全く我らの主の神秘体、それゆえにこそ、教会は天主により立てられたもの、我らの主が天主であられ、主の言われることなさることすべてが天主のみ業であり、主の創立なさったものはすべて天主が創立なさったものなのです。

 したがって、教会はその生命、その生活において、その教えにおいて、その礼拝、その統治において、天主によって助けられているのです。ですから教会は、より良い社会世界を築くため、この世における進歩のため、より良い文化等などのためといえど、他宗教と身を交える使命をもらったことはありませんでした。

 教会の使命は主が昇天される直前に言われた言葉に表されています。「行け、諸国の民に教え、聖父と聖子と聖霊の名によって洗礼を授け、わたしが命じたことをすべて守るように教えよ。」(マテオ28:19、20)また「あなたたちは全世界に行ってすべての人々に福音をのべ伝えよ。信じて洗礼を受ける者は救われ、信じない者は滅ぼされる。」(マルコ16:15、16)


 ところが、エキュメニズムに関する教令(Unitatis Redintegratio)は、わたしたちに教会に対する全く別の理解をさせてしまっています。この教令は教会の使命とその他の宗教との関係について全く別の見解を示しています。まず、この教令は「諸教会(それぞれの教会)」について語っているのですが、実はその表現自体が大変異端に近いのです。

 もちろん公会議以前にでさえ既に「諸教会(それぞれの教会)」という概念は存在していました。それぞれの教会、と言ったときに何を意味していたかというと、司教様とその聖職者の回りの地方のそれぞれの教会、と言うことを意味していたに過ぎないのです。例えば、パリの教会、ウェストミンスターの教会、ケルンの教会、ローマの教会、東京の教会等など、信者たちに取り囲まれた司教とその聖職者の事だったのです。しかし、カトリック教会以外の諸団体に「それぞれの教会」と複数形で使い、適応したことは一度もありませんでした。

  第二バチカン公会議はこの表現に新しい意味を付け加えてしまっています。

   「われわれは、これらの別れた諸教会と諸教団には欠如があると信じているが、けっして救いの秘義における意義と重要性を欠くものではない。なぜならキリストの霊はこれらの教会と教団を救いの手段として使うことを拒否しないからであり、これらの救いの手段の力はカトリック教会にゆだねられた恩恵と真理の充満に由来する。(3)」

教会の外に救いなし

 他の宗教にしたがっている人でも、ある条件の下で救われ得る、ということは明らかなことです。どの条件の下かと言えば、彼らが打ち勝ちがたい誤謬のうちにいる場合です。もし彼らは自分の最善を尽くそうと努力しているなら天主様は助力の聖寵をお与えになるでしょう。もし彼らがこれらの聖寵に忠実でこれらの聖寵と共に働くなら、天主様は彼らに成聖の聖寵をついにはお与えになり、かくして彼らが救われるかも知れません。しかし彼らが救われるとしたら、それは常に個人としてです。たとえ彼らが他の諸宗教の中で救われるとしても、彼らは決して他の諸宗教によって救われるのではないのです。

 誤謬が真理の王国へと我々を導いてくれるのは不可能なのです。天主がこの地上に降臨され、托身され、我々のうちに現れ、一つの教会を創立し、それによって自分自身を継続させ、自分の身代わりである教会を立てたのです。これが彼の教会、彼の花嫁なのです。

 これらすべてをした天主が、自分の創立したのではない偽りの宗教によって誰かが救われ得るようにした、と言うのは不可能なことです。なぜなら主は自分のことについてこう言われたからです。「わたしは道であり、真理であり、生命である。わたしを戸をらずに誰も父のもとには、行くことができない。」これはご自分の教会についても当てはめることができます。

 これらの偽りの宗教は天主によって創立されたのではなく、むしろ人間によって、そして非常にしばしば悪魔によって息吹を受けたものです。そうですからもしも万一、誰かがほかの宗教の一員としてあるいはほかの宗教に属していながらも救われ得るとしたら、この人は常に必ずカトリック教会によって、我らの主の十字架によって、主の犠牲とその祈りによって、救われるのです。ですからこの人はほかの宗教によって救われるのではなく、ほかの宗教に属していたにもかかわらず救われるのです。

 ですから、「キリストの霊(すなわち聖霊のこと)はこれらの教会と教団を『救いの手段として』使う」ということはほとんど異端的なのです。そして私はこの一文は公会議の文書の中で最悪のものの一つだと思っています。これは今日までの教会の教えに全く反しているからです。これは以前に教えられてきたこと、聖書の語ること、教会教父の教え、神学者や以前の公会議、以前の教皇たちがいつも言ってきたことに絶対的に反しているのです。完全に反対なのです。

====引用終了====


 従って、ご質問にお答えすると、
(1)第二バチカン公会議以前では「教会」Church とは、常に単数であり、カトリック教会のことを意味していました。
(2)第二バチカン公会議以前では、もしも複数形(churches)になっていたとしても、それは、コリントにある教会、東京にある教会、などという地域ごとの司教を中心としたカトリック共同体(地方教会)のことを意味していました。

 しかし、第二バチカン公会議の新しいエキュメニズムのために、
(3)『エキュメニズムに関する教令』では、有効な叙階の秘蹟が伝えられている(従って、有効なミサ聖祭が行われている)ような東方の離教会が Churches と呼ばれます。だから「ドミヌス・イエズス」も「使徒継承と有効な聖体祭義という最も緊密な絆によってこれと結ばれている諸教会も真の個別教会である 。それゆえ、これらの諸教会の中にもキリストの教会が現存し、活動している。」(The Churches which, while not existing in perfect communion with the Catholic Church, remain united to her by means of the closest bonds, that is, by apostolic succession and a valid Eucharist, are true particular Churches. Therefore, the Church of Christ is present and operative also in these Churches, even though they lack full communion with the Catholic Church, since they do not accept the Catholic doctrine of the Primacy, which, according to the will of God, the Bishop of Rome objectively has and exercises over the entire Church.)
と言っています。

(4)また、有効な叙階の秘蹟が伝えられていない(従って、有効なミサ聖祭が行われていない)ような聖公会やルーテル派は Ecclesial communities と呼ばれています。
 だから「ドミヌス・イエズス」も、「有効な司教職と聖体秘義の本来的かつ十全的な本質を保持していない教団は 、固有な意味で教会ではない」と言いつつも、「しかしながら、これらの教会の中で洗礼を受けた者は洗礼によってキリストに組み込まれており、それゆえ教会とは不完全であるが、ある交わりの中にいる。実際に洗礼はそれ自体、十全的な信仰告白と聖体秘義と教会における充満的な交わりによる、キリストにおける命の完成への指向性をもつもの」のだから、 Ecclesial communities なのだ、ということです。
 「ドミヌス・イエズス」のこの英語訳は次の通りです。
On the other hand, the ecclesial communities which have not preserved the valid Episcopate and the genuine and integral substance of the Eucharistic mystery, are not Churches in the proper sense; however, those who are baptized in these communities are, by Baptism, incorporated in Christ and thus are in a certain communion, albeit imperfect, with the Church. Baptism in fact tends per se toward the full development of life in Christ, through the integral profession of faith, the Eucharist, and full communion in the Church.

 この続きは、『カトリック教会と第二バチカン公会議』をご覧下さい。

天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭) sac. cath. ind.

============
ブログランキング <= クリックで応援して下さい。兄弟姉妹の皆様の応援を感謝します!
============


【関連記事】

コメント (1)

聖ピオ十世会創立者ルフェーブル大司教の伝記 12.1.1.「いと高き者の息吹を受けて...」

2008年03月05日 | ルフェーブル大司教の伝記
第12章 公会議の嵐に直面して

I. 中央準備委員会委員


「いと高き者の息吹を受けて...」

「敬愛する枢機卿閣下たちは、1870年に中断されたバチカン公会議を継続させるために全世界教会会議すなわち公会議を召集することは、適宜なことだと思いますか?」

 これはピオ十一世が 1923年 5月 23日に秘密枢機卿会議においてした質問だった。枢機卿たちはほとんど満場一致でその計画に反対した。何故なら、公会議によってもたらされると期待される利点は、公会議を開かなくても得ることができるし、公会議によって引き起こされるだろう確かな損害と比べれば比較にならない利点があるだろうからだ、と枢機卿たちは言っていた。ビヨ枢機卿(cardinal Billot)は自分の版になると、立ち上がってこう言った。

「司教たちの間にある見解の深い相違が存在していることを隠すことは出来ません。・・・
これらの相違のために、彼らがいつ終わるとも知らない長い議論をすることになる危険があります。」


 さらに言葉を加えてこうも言った。
「革命を起こそうと、新しい 1789年のフランス革命を起こそうと、教会の三部会[États généraux, フランス革命以前の旧体制(アンシャン・レジーム)で、戦争などの重大な政治的危機に対処するためフランス王によって特別に招集された集会のこと。487年に21回とまれにしか招集されなかったが、1789年にルイ16世によって招集された最後の集会は、旧体制打倒の陰謀(球戯場の誓い)の機会となりフランス革命の始まりとなった。]を利用して、あらかじめ準備をしている ---- いろいろな兆しが暗示しているように ---- 教会の最悪の敵たち、すなわち近代主義者たちによって「操作される」公会議を目撃するのを恐るべきではないだろうか。」

 彼はこう言葉を結んだ。
「教会の伝統的なやり方よりも、民主的な観光に適応する論争と宣伝活動のやり方が導入されることを恐れましょう。」[Giovanni CAPRILE, SJ, Il concilio Vaticano II, Cronache del concilio Vaticano II, Civilta ccattolica, Roma, vol.V, 1968, pp 681-701]


 それから36年後の 1959年 1月 25日、教皇ヨハネ二十三世は門外の聖パオロの修道院に集まった枢機卿たちに公会議を召集するという「控えめな決心」告げた。[1948年2月、ピオ十二世はピオ十一世の考えを再考していた。ルフィニ枢機卿とオッタヴィアーニ枢機卿とは公会議が「新しい神学」の逸脱を排斥するよい機会になるだろうと考えた。そこで教皇は司教たちを打診するが、相談を受けた65名の司教たちは、ありとあらゆる新しい逸脱した主題を提案してきた。ピオ十二世はそれを放置し、公会議は必要なしと決断した。こうして1950年に聖母マリアの被昇天を自分で教義決定し、同じ年に回勅『フマニ・ジェネリス』で現代の誤謬を排斥した。」


 公会議に関するヨハネ二十三世の想像していたことは平和主義だった。
「[公会議は] 聖なる天主の教会の団結、一致及び和合という素晴らしい光景[となるでしょう]....それはそれ自体で別れた兄弟たちに、キリストが聖ペトロにそ指導と保護を取り戻すことなく任せることをお望みになった全世界の羊の群れに帰って来るようにと呼び入れる招待になるでしょう。」[1959年4月1日の訓話、DC 1302, 515]


ヨハネ二十三世

 しかし 1959年 1月 25日の発表は、オッタヴィアーニ枢機卿を除けば、教皇の制度的協力者たちの間で大きい混乱を引き起こした。

 ルフェーブル大司教は後に教皇ヨハネの頑固な楽観主義を次のように厳しく判断した。
「彼は、やはり公会議を召集しようとした先任者である教皇ピオ十二世が、公会議によって教会を窮地に落とすおびただしい危険のためその計画をあきらめる知恵があったという事実を無視することを望んでいた。ヨハネ二十三世は、正しく、頑固だった。彼に公会議をやめさせようと説得しようとする人々の言葉を聞くことは一切望まなかった。多くの人々が彼に公会議を召集しないようにと助言を行った。メディアが行使する圧力をヨハネ二十三世に指摘した。しかし、彼はこう答えた。『イヤだ。そんなことは重要ではない』と。」

 ヨハネが教皇に選出される前から、彼の考えを知っている人々は、彼が「エキュメニズムに専念する」という計画があることを疑うことが出来なかった。彼は、ブルガリアの教皇代理、後に教皇使節(1925-1934)を勤めたが、極めて早期から、「帰一東方教会」と言われている東方カトリックがする宣教的活動に反対しており、彼は「私たちの主イエズス・キリストの真の唯一の教会を皆で形成するために諸教会の一致」[アンジェロ・ロンカリが書いた1929年7月27日付けの Christo Morcefki という正教徒への手紙]のために使徒職をすることに賛成していた。

============
ブログランキング <= クリックで応援して下さい。兄弟姉妹の皆様の応援を感謝します!
============


【関連記事】
第3章 ローマ神学生時代(1923年-1930年)

1.聖霊と聖母の汚れ無き御心とのもとに

2.ル・フロック神父、教皇、十字軍

3.観想的な哲学の学生

4.アクション・フランセーズの排斥

5.自由主義(リベラリズム)の風に直面して

6.聖トマス・アクィナスの哲学・神学体系(トミズム)とローマ精神 (その1)

7.ローマの司祭、神学博士


第4章 郊外の教会の助任司祭(1930年-1931年)


第5章 修練者司祭(1931年 - 1932年)


第11章 チュール時代の小さなエピソード

I. 美しく小さい司教区

II. シテ・カトリックと司教

III. 信頼回復

IV. 特別な存在
コメント