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教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ【その13】

2018年09月30日 | ルフェーブル大司教の言葉
教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ

ルフェーブル大司教の公開書簡 その13


第13章 信教の自由、団体主義の平等、エキュメニズムの博愛

地獄の門が、現代これ程大騒ぎしているのはどこから来るのでしょうか? 教会の歴史は、つねに迫害や異端、世俗の権力との衝突や或る時代の一部の聖職者の、数名の教皇たちの不品行によりかき乱されてきました。しかし今回、危機は、信仰それ自体に関わっているのでより深刻なっているように思われます。私たちが直面している近代主義は、他とは異なる類の異端なのです。それはありとあらゆる異端の肥溜めです。いくつもの迫害が、今日では教会の外部からだけでなく、至聖所の内部からやってきます。聖職者が司祭職を放棄し或いは還俗するスキャンダルは、制度化されつつあるかのようです。羊を狼に投げ出す雇われた牧者が、励まされ名誉を持って讃えられています。

時々私は、この状況をあまりにもあしざまに言いすぎる、またはそれをひどく非難して眺めている、そして完全に論理的かつ必要な諸々の進化に関して不満でいることを楽しんでいるなどと非難されます。しかし第二バチカン公会議の中心であり霊魂であった教皇様自身が、私が悲しくも話している崩壊についてたびたび言及しています。

1969年12月7日、教皇パウロ六世は言われました。「教会は、不安と自己批判、そしてさらには自己破壊ともいえる時にいます。まるで教会内部の深刻で複雑な動乱のようです。あたかも教会は自分を鞭打っているかのようです。」

翌年に、彼は「公会議は、多くの領域にわたって今まで私たちに静けさを与えてくれませんでした。いえ、どちらかと言えば公会議は、様々な騒動と問題を引き起こし、それらは教会と霊魂たちにおいて、天主の王国を強化するためには役立たない問題でした。」と告白しています。それから1972年6月29日 (聖ペトロとパウロの祝日) には、「サタンの煙がいくつものひび割れをとおして天主の神殿のなかに侵入してしまいました。つまり、疑い、不確かさ、様々な問題、不安、不満、そして対決などが表面化しました・・・。疑いは私たちの良心にまで入り込んだのです。」という警報の叫びまで続きました。

このひび割れはどこにあるのでしょうか? それが生じたその瞬間を、私たちは正確に、時代の中に指摘することが出来ます。それは、1789年でした。そしてその名は、革命です。

フランス革命のフリーメーソン的そして反カトリック的原理は、二〇〇年をかけて聖職者たちの頭や、ミトラ(司教冠)をかぶった頭のなかに入り込みました。今日、これは完遂された事、現実となったことです。不安を抱いているカトリック信者の読者の皆さん、これがあなた方がどう考えてよいか分からなくなってしまった原因です。

これらの現実を私たちが信じるためには、事実を私たちがこの目でしかと見る必要がありました。なぜなら私たちは、先験的に、このようなことは不可能であり、天主なる聖霊によって導かれている教会の本性そのものとは両立しえないとので、まさか起こりうるはずがないと考えていたからです。 

1877年に書かれた有名な著作の一頁の中で、ゴーム司教は革命を革命自らによって定義させています。

「私は、あなたが考えているものではない。私について多くの人は話すが、私を知っているものはほとんどいない。私はカルボナリ主義(イタリアの秘密結社)ではなく、暴動でもない。私は、君主制から共和制への変化でもなく、一つの王朝からもう一つの王朝への移行でもなく、社会秩序に対する一時の混乱でもない。私はジャコバン派(急進左派)の叫びでもなく、山岳派(急進最左派)の怒りの雄叫びでもなく、バリケードでの戦闘でも、略奪でも、放火でも、農地改革法でも、ギロチンでも、溺死でもない。私はマラーでもロベスピエールでもなく、バブーフでもマッツィーニでもコスートでもない。彼らはわが子であるが、私ではない。これらは、私の業ではあるが、私ではない。これらの人々や事柄は一時的なことであるが、私は恒久な状態である。・・・私は憎しみである。私は、人間によって制定されることのないあらゆる秩序への憎悪、人間自身がそこにおいて王でもなく神でもないあらゆる秩序への憎悪である。」

教会にいて「変革」をおこそうという意志の鍵はここにあります。つまり、人間の手によって作られた制度で、天主による制度を置き換える、ということです。そして人間が天主の上に立つのです。人間は全てを侵略します。全ては人間で始まりと人間で終わるのです。この人間の前にひれ伏しているのです。

パウロ六世は、公会議閉会の講話で次のようにこの転変を定義しました。

「世俗の天主なき人間中心主義がついに恐るべき巨大さをもって現れ、言わば公会議に挑戦して来たのであります。人となった天主を礼拝する宗教は、自らを天主となす人間の宗教(なぜならそれも一つの宗教ですから)とが出会ったのです。」

パウロ六世は、すぐに言葉を続けて、この恐るべき挑戦にもかかわらず、衝突も排斥もなかった、といっています。何と言うことでしょうか! 「人間にたいする限りのない好意」を見せながら、第二バチカン公会議は二つの態度の間で妥協がありえないことを鮮明に堅固に指摘する義務を怠ったのです。しかもその同じ閉会演説は、私たちが現代、毎日のように実践しているのを見ている事に、拍車をかけているように思われます。

「皆さん、少なくとも公会議のこの努力を認めてください。天上のことの超越性を放棄している現代の人間中心主義である皆さん、私たちの新しい人間中心主義を認めることができるようになってください。私たちも、私たちもだれにもまして人間を礼讚するものなのです。」

その後、このテーマを展開させた声明が、同じパウロ六世の唇から出るのを私たちは聞きました。「人間は、元来良いものであり、理性、秩序、そして共通善へ向かっています。」(平和の日のためのメッセージ、1970年11月14日)。「キリスト教と民主主義とには、共通の根本的原理があります。それは尊厳と人格の価値を尊重すること・・・人間の完璧な促進です。」(マニラ、1970年11月20日)。

民主主義とは特別に宗教を無視するシステムですが、その民主主義は人間において、人間に尊厳を与える唯一の特性、つまり天主の贖われた子供という性格を無視しているのに、いったいどうして私たちはこの比較によって狼狽させられないでいることが出来るでしょうか?人間の促進とは、キリスト信者が理解するのと、無信仰者が理解するのとでは、確かに意味が違います。 

教皇メッセージは、度あるごとにその世俗性(=非宗教性)を増していきます。1970年12月3日、シドニーにおいて、これを聞いて私たちは驚きました。

「孤立はもはや許されません。人類の大連帯、世界的結束した兄弟的共同体創立の時は来ました。」

全ての人間の間の平和は確かに大切です。しかしカトリック信者はキリストの次のみことばを認識しなくなってしまっています。「私はあなたたちに私の平和を与える。私があなたたちに与える平和は、この世が与えるような平和ではない。」

地と天とを結びつけていた絆は、破られたように思えます。

「ああそうです。私たちは民主主義の中に生きています! それは、人民が指揮をとることを意味し、権能は多数から、つまりあるがままの民から生まれるのです」(パウロ六世、1970年1月1日)。

イエズスはピラトに言われました。「もし上から与えられなかったら、あなたには私に対する、いかなる権能もなかっただろう」。

権力は多数からではなく、天主から来るのです。例え指導者の選出が、選挙による方法で行われていたとしてもそうです。ピラトは異教の国の代表者でしたが、依然として天の御父の許しがなくては、何もすることが出来ませんでした。 

そして今、教会内に民主主義が侵入しています。新教会法は、権力が“天主の民”に属すると教えています。「基礎」と呼ばれるものに権力の行使を参与させる傾向は、現代機能している諸構造のいたるところにあります。つまり、シノドゥスも、司教評議会、司祭評議会、司牧会議、ローマ委員会、全国委員会などです。修道会においても同様に諸委員会があります。 

これは教導職の民主化であり、彼らのために医師も助けに来てくれず途方に暮れている毒を盛られた数百万の霊魂たちとって、死の危険を意味します。何故なら、以前は教皇や司教たちの個人的教導職によっていたがために存在していた効率性が民主化により崩壊してしまったからです。信仰や道徳に関する問題が生じた場合、今では様々な神学委員会の元に付され、それらの委員会は何らの回答も与えずに終わってしまうようになってしまいました。何故なら神学委員会の委員たちはその意見と手法においてお互いに分裂しているためです。あらゆる水準に存在するこれらの委員会や団体の議事録や報告を読むだけで、私たちは教導職の団体主義は教導職の麻痺に等しいということを知るのに充分です。

私たちの主がご自分の羊の群れを世話することを、集団ではなく個人に頼みました。使徒たちは、私たちの主の命令に従い、20世紀に至るまでそうでした。継続的団体主義の教会、永続的会議の事態にある教会についての話を聞くようになるには、現代にまで待たなければなりませんでした。その結果は待つまでもありません。すべてが逆さまになり、信者たちはどの道に向き直せば良いのかわかりません。

教導職の民主化には、統治の民主化が続きました。これは共産主義のマスメディアや、プロテスタントそして進歩的報道機関により広く拡げられた、「団体主義(合議制)」という有名なスローガンの勢いの元に実現されました。

教皇の統治を司教らと共にさせて団体化し、司教たちの統治を、司祭団を持ち出すによって団体化し、そして小教区の主任司祭の教会運営を、信者評議会をもって団体化しました。つまり無数の委員会と評議会、会合などによって全ては細かく区切られるようになりました。新しい教会法典は、この概念で完全に浸透されています。新しい教会法典によれば、教皇は、何よりもまず、司教団の頭として定義されています。ここには、教皇と共にある司教団が、教皇のように教会において最高の権力を享受し、しかもこれは継続的であり常在するとされ、既に公会議文書『教会憲章』において暗示された教えを私たちは見出します。

これは改良ではありません。二重の最高の権力があるという教えは、教会の教えと教導職の実践に矛盾しているのです。それは、第一バチカン公会議の定義と対立し、教皇レオ十三世の回勅『サティス・コニトゥム(Satis Cognitum)』に反しています。最高の主権は教皇だけが持ち、教皇はそれが良いと判断する時に且つ例外的状況にある時にのみ、これを伝達するのです。教皇だけが、唯一、全世界の上に裁治権を持っているのです。

従って現代、最高司教である教皇の自由に対する制限を、私たちは目撃しているところなのです! そうです。これはまさに革命です! 事実は、実際の結果を伴わない変更ではないということを証明しています。ヨハネ・パウロ二世がこの刷新によって、実際に影響を受けた最初の教皇様です。司教評議会からの圧力のもとで、ある決定を承認してしまったという、幾つかの正確な実例を、私たちは引き合いに出すことが出来ます。オランダ公教要理は、枢機卿委員会によって要求された修正をすることなく、ミラノ大司教より印刷許可 (imprimatur) が与えられています。それは、カナダ公教要理についても同じでした。これについて、あるローマの聖省長官がこう言ったのを私は聞きました。「司教評議会を前にして、わたしたちに何ができましょう?」

これらの評議会が握る独立は、フランスにおいても公教要理に関して例示されていました。これらの新しい手引き書は、使徒的勧告『カテケジ・トラデンデ (Catechesi Tradendae)』の殆ど全ての点で矛盾していました。イル・ド・フランス(パリ)の司教たちによる1982年になされたアド・リミナのローマ訪問は、教皇が明らかに認めたくない公教要理を批准するよう、教皇を説得することにその目的はあったのです。この訪問の終わりに、ヨハネ・パウロ二世によってなされた短い講話は、妥協のもつ全ての性格をはらんでいました。その妥協のおかげで、司教たちは、母国に凱旋帰国し、自分たちの悪しき業をそのまま続けることが出来たのです。パリとリオンでなされたラッツンガ―枢機卿の講話は、新しい教義と新しい教育方針を据え付けようとフランスの司教たちがローマに提示した理由を、ローマが賛成しなかったこと示唆しています。しかし聖座は、事態を正しい軌道に置くために必要とされた数々の指令を出し、そして信仰の遺産の保管者として教皇たちが従来つねに行っていたように、軌道修正がなされない場合には排斥する代わりに、提案と助言など、この種の圧力をかけるだけに還元されてしまったことをも示唆しています。 

司教について言えば、団体主義によって裁治権が増したようにも見えますが、司教自身も、自分の司教区の運営を麻痺させる団体主義の犠牲者となっています。この問題について司教たち自身が非常に多くの反省をしていますが、それらなんと教訓的なものでしょうか! 理論上では、司教は多くの場合、司教団の希望に反して行動することが出来ます。 時には、投票が認可を求めて聖座に提出されていなかったならば、大多数の司教たちに反してさえそう出来るのです。しかし、実際上は、これは不可能であることが立証されています。司教会議の直後に、その諸決定は事務局によって発表されます。このようしてこの決定内容は、司祭たちと信者たち全てに知られるのです。つまり、メディアはその主な内容を伝えます。司教評議会との不一致を皆に示すことなく、それから即座に評議会に自分を告訴するであろう何名かの革命的司教らと対決することなく、事実上、これらの諸決定に対し、どのような司教が反対することが出来るでしょうか?

司教は団体主義の囚人となってしまいました。司教評議会は、決定する組織となるべきではなく、皆で相談する組織として限定されるべきでした。最も単純な事柄のためであっても、司教はもはや、自分の家の主人ではなくなってしまいました。公会議後まもなく、私が私たちの共同体の訪問(=聖霊修道会の修道院を総長として訪問したこと)をしていた間、ブラジルのある司教区の司教が、私を迎えるために非常に親切に、駅へやってきました。

この司教様は言いました。

「私は司教館にあなたを泊まらせることが出来ません。しかし、小神学校にあなたのために準備しておいた部屋があります。」

彼は私を自らそこへ連れて行きました。小神学校は騒々しいところで、青少年と少女が、廊下や階段のいたるところにいたのです。

「この青年達、彼らは神学生ですか?」と私は尋ねました。

「違います。悲しいかな、私はこれら若者たちが、自分の神学校にいるのに全く賛成などしてないのです。信じて下さい。しかし司教会議は、今後、私たちの施設においてカトリック・アクションの会議を開催しなければならないと決定してしまいました。あなたの見ている若者たちは一週間ここにいます。私に何が出来ますか? 周りと同じようにすることだけです。」

教皇であれ又は司教たちであれ、天主の権によって人に個人的に授けられた権能は、没収されてしまったのです。それは、その支配権が大きくなり続けるだけのある存在の利益の為です。

人は私にこう言うかもしれません。司教評議会は最近のものではない、ピオ十世は今世紀初頭、既に、司教会議に認可を与えている、と。これは正しい事ですが、この聖なる教皇は司教会議にたいし、それを正当化する定義を与えたのです。

「これら司教の集会は、あらゆる地方と州において、天主の御国の維持と発展のために、最も大きな重要性を有している。いつ何時であれ、聖なる事柄の保管者たる司教たちは、そうすることによって彼らの光を共に合わせる。それにより、彼らの民の必要をより敏感に気づき、最もふさわしい薬を選ぶのみならず、さらに司教たちはまた自分たちを一致させる絆を固くする結果をもたらす。」

従って、聖ピオ十世のいう司教評議会とは、そのメンバーが義務的に遂行しなければならないことを団体として決議する国家管理的な性格を帯びる制度ではないということです。それは、科学者会議が、実験はあの又はこの実験室で実行しなければならないという実験方法の議決などしませんが、このような科学者会議以上のものではない、と言うことです。

しかしながら、司教評議会は現在、議会のように機能しています。フランス司教団の通常理事会が、行政組織となっています。司教は、司教区を統治するため教皇から任命された使徒たちの後継者と言うよりは、時流に合う表現を借りれば、フランス共和国の県知事、政府の役人のようです。 

司教評議会では、司教は投票を行います。投票総数が余りにも大きいために、ルルドにおいては、電子投票システムを設置しなければなりませんでした。それから必然的に党派や派閥の形成になります。投票と党派とは一つがなければ他方も成り立ちません。党派や派閥とは分裂を意味しています。通常の政府が、通常の執行において、評議の投票に従属させられるとすると、統治は効率の悪いものになります。結果的に全団体が苦しむのです。

団体主義の導入により、無視することの出来ない効率の低下を導きました。 一人の個人によるよりも団体のもとで、聖霊はより容易く妨げられ、悲しませられるのです。個々の人に責任があるとき、例え沈黙する者がいるとしても、個々人は行動し、彼らは発言します。会議において、決定するのは数です。

しかし、数は、真理を作りません。

団体主義は効率的でもありません。団体主義によって過ごした20年の後に私たちが認識するように、また私たちが実験することなしに仮想することさえできたように、効果がありませんでした。寓話作家は、もうずっと以前に「何の役にも立たないのにそのままずっと保存されてきた莫大な書類」について語っていました。ある国には主権を有する元首らがもういないので、投票によって諸決定を正当化するという、政治的な制度を真似ることは必要だったのでしょうか? 教会は、天主の御国を拡張する為、自らしなければならない事を熟知しているという、莫大な利点を所有しています。その指導者たちは任命されるのです。共通の宣言を一生懸命に作ろうとしているが、万人の見解を考慮に入れなければならないゆえに、決して満足のいくものにはならず、余りにも多くの時間が無駄になっています。

様々な委員会と小委員会、また特別委員会と会議の準備に参加するために、何と多くの絶え間ない旅行をするのでしょうか! エッチェガレ司教は、ルルドでの1978年度の司教評議会の終わりに言いました。「私たちは、もはや何から始めて良いのか分かりません」

その結果は、共産主義、異端、不道徳などに反対する教会の抵抗力が、極めて弱められてしまったということです。これこそが、教会の敵対者たちが希望していたことであり、それが理由で、彼らは教会を民主主義の道に駆り立てるために、公会議中あるいは公会議後に、このような努力を払ったのです。

もし私たちが注意深く調べるなら、革命のスローガンのと共に、革命が天主の教会に浸透してしまいました。「自由」、これは上述のように、信教の自由のことで、これは誤謬に権利を授与するものです。「平等」、それは団体主義 (合議制) であり、個人の権威、つまり天主の権威、また教皇の権威、司教の権威の破壊を伴う、いわゆる多数の法則なのです。最後に「博愛」はエキュメ二ズム (宗教統一運動) によって説明されます。

この3つの言葉により、1789年の革命的イデオロギーは、律法と預言者になってしまいました。近代主義者たちは、自ら望んだことに到達したのです。
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教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ【その12】

2018年09月29日 | ルフェーブル大司教の言葉
教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ

ルフェーブル大司教の公開書簡 その12


第12章 「同志」および「同伴者」たち

まとめてみましょう。キリスト教的な良識は、新しい宗教によりあらゆる面で衝突しています。カトリックは、四方八方で非神聖化の餌食になっています。すべてを変えられてしまいましたし、全てを順応させられました。

カトリック信徒たちは「ありとあらゆる宗教はすべて救いに至る」と教えられており、教会は「離ればなれになったキリスト者」だけでなく、仏陀の前に身をかがめようがクリシュナを崇拝しようが、あらゆる信者を分け隔てなく受け入れています。またカトリック信者は、聖職者も平信徒も「神の民」の平等な成員であるが故に、特定の職務のために選ばれた平信徒らは聖職者の仕事をさせることができると教えられています。平信徒だけで葬式を執り行ったり、平信徒が臨終の床にある病人に聖体拝領を施したりするのを私たちは目の当たりにしています。他方、聖職者たちは平信徒の仕事をしています。平信徒の装いをし、工場で働き、労働組合に従事し、政治運動に参加しています。新しい教会法はこうしたことすべてをよしとしています。教会法は、平信徒に前代未聞の特典を与え、彼らと司祭たちの間の区別を不鮮明にし、いわゆる「権利」を創出してきました。平信徒の神学者がカトリックの大学で教鞭を執り、かつては下級品級の聖職の地位にある者だけに留保されていた天主への崇拝における役割を、篤信の信者が引き受けるようになってきました。そうした人々は、秘跡のうちのあるものを執り行い、聖体拝領を施したり結婚式における役務的立会人を務めたりしています。

他方で、「天主の教会は、カトリック教会に存する subsistit in」するという疑わしい言い方も知られています。何故疑わしいかというと、常に「天主の教会は、カトリック教会である est」と教えられてきたからです。

もしこの新しい定式を受け入れるなら、プロテスタントや正教会の宗派は、教会の等しい一部を構成することになってしまいます。しかし、それはあり得ないことです。なぜなら、それら諸宗派は、イエズス・キリストにより創始された唯一の教会から自らたもとを分かったからです。すなわち Credo in UNAM sanctam Ecclesiam. 使徒信経に言うように「われは一・聖なる教会を信じる」のです。

新しい教会法はあまりにも性急かつ混乱のうちに起草されたため、1983年1月に公布されたものの、同年11月までに114もの修正が加えられました。このことも、教会法は不変と見なすことに慣れ親しんできたキリスト者にとって狼狽の種です。

もしも一家の家長が、我が子を大切に育てようと思うなら、彼が熱心に教会に通っているか否かにかかわらず、必ずや落胆させられることになるでしょう。カトリックの学校は、たいていの場合、男女共学で、性教育が行われ、上級になると宗教教育はなくなり、社会主義者やさもなくば共産主義に偏向した教師も珍しくないからです。フランス西部で騒動となったケースでは、ある教師が親たちの圧力によって免職となったものの、その後教区当局により復職させられました。その教師はこのように自己弁護していました。「聖母マリア学校に勤めて6か月後、ある生徒の父親は、わたしが学年当初から政治、社会、宗教のあらゆる点で左翼であることを示してきたというただそれだけの理由で、わたしを首にしようとしたのです。その父親によれば、人はカトリック学校の哲学教師を勤めながら、同時に社会主義者であることなどできないということです。」

フランス北部でもこんな事件がありました。ある学校で新しい校長が教区当局により任命されましたが、ほどなくして親たちは、彼がかつての左翼団体闘士で、還俗した元司祭で、妻帯者で、子供たちは洗礼を受けていないらしいことに気づいたのです。クリスマスに彼は、共産主義者として知られているグループの支援を得て、生徒とその親たちのためにパーティーを開きました。善意のあるカトリック信者なら、こうした状況のもとで、自分の子供をカトリック学校にやるために犠牲を払う価値があるのかどうか、いぶかるに違いありません。

パリの中心部にある女学校の教理クラスの教師は、ある日の朝、フレーヌの刑務所付司祭が若い在監者(18歳)を連れてやって来たのを紹介しました。司祭は生徒たちに、囚人たちがいかに孤独か、いかに愛情を必要としており、外部の人との触れあいや手紙を欲しているかを説明しました。ゆくゆくは教母になりたいと望んでいる女学生はだれでも、自分の名前と住所を渡すことができました。しかしながら、どうせ親たちには理解されないので、親にはこのことを絶対に言ってはならないとされ、生徒たちの間で秘密にしておかねばならなりませんでした。

別の場所では、ある女教師に関して親たちの一団から苦情が寄せられました。理由は、その女教師が子供たちに教理問答の節と天使祝詞の祈りを教えていたからです。彼女は司教の支援を得ていました。彼女のしたこと以上正当なことはありえません。ただし、親たちの手紙が教師向けの雑誌 La Famille éducatriceに転載され、その事件が語られたのは尋常と思えることではありません。

こうしたことすべてをどのように理解すべきでしょうか。フランス政府が私立学校の廃止を決定した際、ほとんどの場合、学校側は何らかの点で自分たちが使命を果たしていないため、批判に対して自ら脆弱性を露呈しました。反対勢力は、「あなた方は教育制度に関して何をやっているのか。あなた方は何の役に立っているのか? 私たちは、あなた方がやっているのと全く同じことをしているのだ。なぜ教育制度が二つもなければならないのか」と口々にはやし立てました。もちろん、私たちはまだ信仰を保っている人々がいるのを知っていますし、自分の責任を自覚している多くの教師には敬意を払わなければなりません。

しかし、カトリック教育は、公立学校と向き合うときに、もはや自らの存在意義を明らかにすることがでません。カトリック教育は、世俗主義(=全てを宗教から切り離そうとする考え)の熱心な信奉者たちにより突き進むべきとされた道のほとんど半ばを走りきってしまったからです。デモのときにいくつかのグループが「学校には天主が必要だ!」と叫んでスキャンダルを起こした、と私に教えてくれた人があります。グループのまとめ役たちは、できる限り歌、スローガン、そして演説の内容からも宗教色を取り除いてきたのです。彼らに言わせれば、それは取り分けて宗教的関心がないままにデモに参加した人、特に宗教を信じない人々や、社会主義者が場違いな思いをしないですむようにするためだったそうです。

社会主義や共産主義という思想を私たちの学校から排除したいと願うのは、果たして政治に首を突っ込むことでしょうか。カトリック信者は、こうした主義は戦闘的無神論を標榜するが故に、教会はこのような主義とは真っ向から対立すると考えてきました。彼はその原理と適応において完全に正しいのです。無神論は、人生の意義について、また民族国家の宿命や社会が進展する方向に関して、根本的に考え方を異にしています。したがって、1984年6月5日付けル・モンド紙の掲載記事にはいよいよもって驚かざるを得ません。リュスティジェ枢機卿(パリの大司教)が新聞にされた質問に答えて、まことに当を得た所見を途中でいくつか述べていますが、一方、私立学校に関する議会の投票(=これで私立校の存続を決議した)で歴史的な好機を逸したのを目の当たりにしたと嘆いています。枢機卿によれば、この好機は、子供たちの教育のため社会・共産主義者らと共通の基本的価値基準を見出すことにあったとのことです。左翼マルキシストとキリスト教の教義との間に、一体どのような共通の基本的価値基準があり得るというのでしょうか。両者は完全に相対するものです。

さりながら、カトリック信者は、教会の聖職者と共産主義者の間の対話が強化されていることに驚きをもって見ています。ソビエトの指導者たちやヤセル・アラファトのようなテロリストがバチカンに受け入れられています。

第二バチカン公会議は、共産主義に対する非難を繰り返すことを拒否して、その流行を創り出しました。提出された公会議の教令草案にそのことが全く言及されていないのを見て、450人の司教たち--思い出しましょう--は、その趣旨に修正を求める書簡に署名しました。これらの司教たちは、過去になされた非難と、とりわけ共産主義は「本質的に邪悪」であると述べたピオ11世の回勅とに基づいていました。つまりその表現の意味するところは、共産主義のイデオロギーには否定的な要素もあれば肯定的な要素もあるというのではなく、それ全体をそっくりそのまま拒絶しなければならないということなのです。私たちはその後どうなったかを知っています。その修正案は、教父たちのもとに伝えられることはありませんでした。公会議事務総長は、そのことに関して一切知らなかったと述べています。その後、委員会は書簡を受け取っていたことを認めたものの、受け取るのが遅すぎたと言明した。これは真実ではありません。このことはスキャンダルとなり、教皇の命令により教会憲章 Gaudium et spes に、共産主義を暗示させるしかしほとんど効果のないものを載せるかたちで収束しました。

無神論が何を言明するかにはお構いなしに、共産主義者との協力を正当化し、さらには奨励するため、司教たちはどれほど多くの声明を出してきたことでしょうか! マタグラン司教は次のように語っています。「どのような状況下でなら共産主義者と共に働くことができるかを見極めるのは、私の務めではなく、キリスト者であり、責任能力のある大人のキリスト者の責務だ。」

ドロルム司教は、キリスト者は「正義と自由のために奮闘している大勢の人々と共に、世界にさらなる正義を求めて戦わなければならず、その中には共産主義者も含まれる」と言います。プパール司教も同様の調子で、「新しい世界がたゆまず構築されつつあるあらゆる分野において、正義を求める善意の人々すべてと共に働くように」と説き勧めています。ある教区の教会報によれば、ある労働司祭の葬儀に際して、次のような説教がされたといいます。「彼は地元議会の選挙に際して、労働者の社会を選択しました。彼にはすべての人のための司祭でいることができなかったのです。彼は、社会主義社会を選択する人々を選びました。彼にとって難しい選択でした。敵を作りましたが、同時に大勢の新しい友もできました。パウロ君は適材適所の人でした。」

少し前に、ある司教は「困窮している教会への援助」事業について、教区民には話してはならないと司祭たちを説きつけ、こう語りました。「私の印象だが、こうした事業は、あまりにも反共産主義的でしかないような外見がする。」

この種の協力関係に関する弁解は、間違った考えの上に、つまり共産党の目的は正義と自由を擁立するだろうという誤った考えに根ざしていることに、私たちは困惑しながらも気づいています。これについてはピオ9世の言葉を思い起こす必要があります。「もしも信徒たちが現在の陰謀を扇動している者たちに欺かれるままにされ、社会主義と共産主義の邪悪な体制のために彼らと共謀することに同意するのであれば、次のことに気づかせ、熟考させなさい。彼らは自らのため、かの憤りの日における報復の処罰の宝を天主なる審判者の元に蓄えているのです。そうして最後の裁きの罰を待っている間にも、この陰謀からは国民の現世的な益は何も得られず、かえって苦痛と災難を増し加えるだけなのです。」

今から約140年も前、1849年に語られたこの警告の正確さを噛みしめるには、共産主義のくびきのもとに置かれたあらゆる国々で生じた出来事を思い起こしてみるだけで十分です。様々な出来事はピオ九世のシラブスが正しかったことを証明しています。しかしながら、幻想はいよいよもって鮮明かつ強力に、今も存続しているのです。根強いカトリック国であるポーランドにおいてさえ、司祭はもはや、カトリックの信仰であるとか霊魂の救いを、そのために命そのものを含めたすべての犠牲が受け入れられねばならないほどの主たる重要事として取り扱ってはいません。彼らにとって最も重要な問題はモスクワとの決裂を回避することであり、お陰でモスクワは、さしたる抵抗を受けることなく、ポーランド国民をより完璧な隷属状態へと落としめることができているのです。

フロリディ神父はバチカンの東方政策における妥協的な政策の結果を明確に示しています。

「カザロリ枢機卿により聖別されたチェコスロヴァキアの司教たちが、モスクワの総主教下に置かれている司教たちと同様に政権に対して協力的であるのは周知の事実である。・・・教皇パウロ6世は、ハンガリーの各教区に司教を任じることができたのを喜んで、ハンガリー共産党の書記長ヨーナス・カダーに敬意を表し『教皇庁とハンガリー間の関係正常化の主要な立役者であり、権威者である』と賛辞を送った。しかし教皇はこの正常化のために、「平和の司祭たち」と言われる共産主義者らを教会内の重要な地位に就けなえればならないほど、大きな犠牲を払ったことについては触れなかった。・・・事実そればかりか、カトリック信者は、ミンツェンティ枢機卿の後継者のラズロ・レカイ枢機卿がカトリックとマルクス主義者との対話の促進を約束したのを聞いて仰天させられたものだ。」共産主義の本質的邪悪さについて述べたピオ11世は、「誰であれキリスト教の文明を守りたいと望む者なら、共産主義との協力ができるいかなる分野も見出すことはできないはずです」と付け加えています。

すでに私が列挙してきた事柄に加えて、教会の教えからの断絶を直視するなら、バチカンは今や、教会の創始者なる天主イエズス・キリストが定めたことよりも、世界の救いのためには人間的・外交的術策の方がより効果的であると信じている近代主義者やこの世の人間たちに占領されてしまったと言わざるを得ません。

先にミンツェンティ枢機卿について触れましたが、彼のような英雄たちおよび共産主義の殉教者、特にベラン、ステピナック、ウィンスジンスキー、スリピジといった枢機卿たちは、今のバチカンの外交政策にとっては邪魔な証人であり、特に最初の数名の枢機卿たちは今では主の平和のうちに眠りにつかれているが、物言わぬ譴責者になっていると言わねばなりません。そしてまだ生きているスリピジ枢機卿についてはその大きな発言の声を窒息させています。

同様の接触がフリーメーソンとの間でもなされてきました。それは1981年2月に信仰教義聖省がフリーメーソンを禁止する明白な宣言を打ち出し、その前年の1980年4月にはドイツ司教協議会が声明を出したにもかかわらずなされました。しかし新しい教会法はフリーメーソンについて言及せず、敢えて制裁を課していません。カトリック信者は、最近ブナイ・ブリス・メーソンがバチカンに歓迎されたことや、パリの大司教がフリーメーソンのロッジのグランド・マスターと会って面談したのを知っています。その一方で、ある聖職者たちは、このサタンの会堂とキリストの教会を和解させようと試みを続けています。

彼らはカトリック信者に対し、ほかのことでも同様ですが、こう言って安心させようとします。「この派に関する非難はおそらく過去においては正当なものでした。しかし、三つの点のフリーメーソンの兄弟は、以前とは変わっています。」ではフリーメーソンのなす仕事のやり方を見てみましょう。イタリアで起きたロッジP2のスキャンダルは、今なお人々の記憶に新しいものです。またフランスでは、カトリックの私立教育に反対する民事法を施行させようとしたのは、間違いなく、何よりもグランド・オリエント・フリーメーソンの活動でした。フリーメーソンは、フランス大統領と政府内の彼の同胞および閣僚に対して圧力を増し加え「偉大な統一国家教育事業」が最終的に実現するよう画策したのです。今回は、公然と行動したことさえもありました。ル・モンドなどいくつかの新聞は、彼らの策略について定期的に取り上げました。フリーメーソンの計画や計略は、彼らの発行する雑誌で公表されていたからです。

フリーメーソンが今も昔ながら変わっていないことをここで指摘する必要があるでしょうか。グランド・オリエント元グランド・マスターであったジャック・ミッテランは、1969年ラジオ番組で「我々の支部内には常に司教や司祭たちがいた」ことを認め、さらにその信条を告白して次のように語っています。「天主の代わりに人間を祭壇の上に置くことがルシファーの罪だとするなら、ルネッサンス以降すべての人文主義者(人間中心主義者)はこの罪を犯してきたことになる。」これは1738年にローマ教皇クレメンス12世により初めてフリーメーソンが破門されたときに、彼らに関してなされた申し立てのうちの一つでした。1982年に、グランド・マスターであるジョルジュ・マルクーは、「これは最高主権者たる人間の問題である」と同じことを述べています。再選されたとき、彼の最大の関心事は、国家医療制度による堕胎に対する援助金支給で、彼は「女性の経済的平等はこの第一歩に依存している」と述べています。

フリーメーソンは徐々に教会に侵入してきました。1976年には典礼改革派の中心人物、モンシニョール・ブニーニがフリーメーソンのメンバーであることが発覚しました。このことから彼のほかにもフリーメーソン会員が存在していたことは確かです。

聖職者と信徒には見えないように隠蔽してきたこの大きな謎を覆うベールは裂け始めています。時の経過とともに私たちはますますはっきりとわかってきます。それは数世紀にわたる教会の敵にとっても同じことです。ジャック・ミッテランはこう書いています。「教会内部で何かが変わってきている。司祭の独身制や産児制限など最も急を要する質問への教皇の答えについては、教会の内部でさえ盛んに議論されている。教皇のことを「最高司教」と呼ぶ名称も、司教、司祭、および信徒たちの間で疑問視されている。フリーメーソンについて言えば、教義に疑問を抱く人はすでにエプロンを付けていなくともフリーメーソンなのだ。」

別のフリーメーソン、スコットランド儀式のマーソドン氏は、第二バチカン公会議を通して育まれてきたエキュメニズムについて次のように述べています。「カトリック信者、とりわけ保守派は、すべての道は天主に至るということを忘れるべきではない。彼らは思想の自由というこの勇気ある考えを維持していかなければならない。この思想の自由は、まさにこれこそ革命であるということができるが、フリーメーソン支部から流れ出て、壮大にサン・ピエトロ大聖堂のクーポール(=丸天井)の下にまで広がった。

ここで今一度、読者のためにある文献を引用してみたいと思います。この文献は、問題に光を当て、シックス神父とリケ神父によって唱道されているこの種の交流において、相手方を席巻することを望んでいるのがどちらの側かをよく示すものです。以下はフリーメーソン発行の雑誌「ユマニスム(人文主義)」1968年11月および12月号からの抜粋です。

「いとも簡単に崩壊しかねない柱から柱の間で、我々は不可謬性を付与された教義上権能を例に取ろう。百年前に開かれた第一バチカン公会議で、その権威は強化されたとみなされ、また回勅『フマネ・ヴィテ』の発刊の結果生じたいくつかの複合的な攻撃にも、その権威は持ちこたえた。教会が中世の大衆に信じる義務を首尾よく課すことができた聖体におけるキリストの実在は、カトリックの司祭とプロテスタントの牧師の間で、諸教派共同聖餐式やミサの共同執行が進展するにつれてやがては消失するだろう。司祭の神聖な身分は、叙階の秘蹟に由来するものであるが、選挙で選ばれる地位また一時的な地位に取って変わられるであろう。高位の指導的聖職階級と下位の聖職者間の区別は、あらゆる民主主義社会におけると同じように、底部から上方へ向かうダイナミズムに屈服させられることになろう。秘跡の存在論的および形而上的本質は徐々に失われ、告解は間違いなく消滅しよう。罪は我々の文明において、中世の厳しい哲学から受け継がれてきた最も時代錯誤的な観念であり、そうした中世哲学自体、聖書の悲観主義を継承するものだった。」

読者は、フリーメーソンが教会の将来にどれほど強い関心を抱いているか、ただし教会を食らい尽くすために関心を持ってことがもうお分かりでしょう。カトリック信者は、このことを十分に認識しなければなりません。たとえセイレーンたちが子守歌を歌って眠らせようとしても、です。これら破壊的な勢力には、すべて密接な相互関係があります。フリーメーソンは、自分たちの主義はリベラリズムの哲学だと主張しますが、そのリベラリズムの最も究極の形は社会主義にほかならないのです。これらすべての者たちは、私たちの主の言われた言葉、「地獄の門」のもとに参集しているのです。
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聖心の小黙想会-1 2018年8月11日(土)説教 「イエズス様は一体どなたであるか?」

2018年09月29日 | お説教・霊的講話
2018年8月11日(土)イエズスの聖心小黙想会 聖母の土曜日のミサ
小野田神父 説教


聖母の汚れなき御心聖堂にようこそ。
今日は2018年8月11日、今日から5日間、聖母の被昇天まで、毎日ミサと、それから御聖体礼拝、黙想などを通して、夏の小黙想会を致しましょう。
今年は皆さんにぜひ、イエズス様の聖心の神秘について、聖心の私たちに対する愛について黙想する事を提案します。

時間割は、朝ロザリオ。そして10時30分からミサ、歌ミサ。それから皆さんと一緒に昼食、昼食の間には沈黙を守って読書をします。
少し休憩の後に、14時から30分間講話があって、その後黙想の時間があります。
次にまた15時から講話があって、30分の後に第2の黙想があります。それから16時からは1時間聖時間を過ごします、御聖体の前で聖時間を過ごしましょう。
17時に終わります。



“Dei genitrix, intercede pro nobis, alleluia.”

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

愛する兄弟の皆さん、今日は小黙想会の最初の日にあたって、マリア様の土曜日から始まります。そしてこの黙想会は聖母の被昇天で終わりますので、マリア様の御取り次ぎを以て始める事に致しましょう。

マリア様の知るような程度に、マリア様のお恵みによって、御助けによって、私たちもイエズス様の聖心の中に深く入る事ができますように!

今日このミサの時には、イエズス様が一体どのような御方で、そして私たちの事をどのように思っておられるのか、どのように見ておられるのか、という事を黙想する事を提案します。「私たちが全く無知で、罪人で、助けを必要としている状態であるという事を、イエズス様が御存知である」という事を黙想致しましょう。

そしてイエズス様が仰った通り、「イエズス様の天主の御言葉を聞く人は幸い。」私たちもそれをよくイエズス様の御言葉を受け入れて、それを聞いて、それを守る事ができますように、マリア様に御取り次ぎを乞い願いましょう。


第1の点は、イエズス様は一体どなたであるか?という事です。

これは私たちの最近の黙想のテーマでもありました。三位一体の永遠の天主は、全能の天主は、永遠の昔から永遠の未来に渡って、極めて果ての知れない、壮大な最高の無限の幸せを有していました。あまりにも幸せであって、あまりにも幸福であって、その至福の中において天主三位一体は、この御自分の幸せを、もちろんそうしない事も自由にできたのですけれども、そのあまりにも良い善良さのゆえに、あまりにも良い方であるがゆえに、「この幸せを他の者に伝えたい」という事を選択しました。

そこで天主の御言葉の御力によって、全くの無から、何も材料も、何の跡欠片も無い、全くの無から、被造物を創造しました、創りました。そして全宇宙を、天使を創って、人間をも創られました。

そして人間を、特別の愛情を以て、特別の慈しみを以て、目に見える被造物の王と、支配者として据えました。全宇宙の全ての世話をこの人間に任せました。全ての動物、何千何万という色々な種に分かれる動物、空を飛ぶ鳥、海を泳ぐ魚たち、川を泳ぐ生き物、地をさまよう全ての動物、そして植物、全てを人間の手に委ねました。何億何兆数え切れないほどの動物と鉱物と、全宇宙の果てしないものを、人間の手に委ねるという特権を、人間に与えました。

天主三位一体の人間に対するその憐れみと、慈しみと、愛情というのは、どれほど寛大であって、どれほど惜しみなく、どれほど優しく、どれほどデリケートで、どれほど深いものであった事でしょうか。

そして人間に、それを司る事ができる知恵と、力と、全てを、懸命にも与えました。人間にはこの地上全てを支配する事ができる能力のみならず、全ての御恵みと賜物と贈り物を与えました。超自然の命も与えました。全ての美しさも与えました。知識も、知恵も与えました。あたかも生ける天主であるかのように、その天主の似姿として、天主のこの地上を支配する代理者として、管理人として、人間に特別の御恵みを与えて、更に与えました。

天主様の三位一体の、この私たち人間に対する寛大さと愛は、どれほど広大であった事でしょうか。私たちはそのお恵みを数え切る事ができません。私たちが苦しまないように、悲しまないように守り、そして保護し、死も、苦しみも、無いようにして下さいました。

人間は単にこの動植物を支配するのみならず、知性のない動植物に命令をする事さえもできました。動物たちは人間の命令に従っていました。下等の動物は人間に危害を加える事ができませんでした。人間は死を知る事もありませんでした。全ては幸せで、全ては人間の思い通りにいくように創られました。これが天主の創造の御業でした。

ところが人間は、その御恵みを全く地に投げ捨ててしまったのです。天主のたった1つの、とっても簡単なはずの掟を、見事に破ってしまいます。

その裏切りと背信の後に、天主は更に大きな愛で人間を助けようとします。人間を更に生かそうとします。更に守ろうとします。更に赦そうとします。更に清めて、聖なる者としようとします。人間を愛そうと、救おうとします。そして人間を救う為に、人となろうとします。

天主は私たちの事をどのようにお考えだったのでしょうか?

まず人間は、罪を犯す事によって、何も正しい事を知る事ができなくなった、人間の置かれている無知の、真理を知らない状況についてよく御存知でした。原罪を犯した為に、私たちの知性は全く眩んでしまったからです。そして新約の時代に洗礼を受けた後でさえも、私たちの知性は原罪の為にその影響を受けて、それでも洗礼を受けてもまだ足りない、まだ私たちの知性は暗い、という事を御存知でした。

そればかりではありません。私たちは自分で犯す罪の為に、更に暗闇を増しています、影を増しています。そればかりではありません。人間はこの世俗の中に住んでいるので、その噂や、その世間体や、その他の人々の世俗の意見によって、ますます惑わされています。

「人間には真理が必要だ」という事を三位一体はよく知っていました。そこでこの罪を犯して天主に逆らった、この天主の敵である人類を教える為に、誰かが真理を教えなければならない、この知性を照らさなければならない、という事を、その必要がある、という事を御存知でした。

そこで天主の御言葉は、この世の光を、この霊魂たちの暗闇を追い払う為に、真理の光を照らす為に、この世に来ようと思われました。

人間は真理を知らないのみならず、深い罪人です。なぜかというと、原罪の状態で、原罪を受けた状態で生まれて来て、そしてたとえ天主によって良いものと創られたとしても、悪へと傾いているからです。そして残念ながら私たちは、多かれ少なかれ罪を犯します。天主が御恵みを与えて下さっているにもかかわらず、罪を、同じような罪を重ねています。人類には赦しが必要です。天主はこの人類を御覧になって、人間の不幸な状態を御覧になります。

なぜかというと、真理を知らない、まだ罪に傾いて罪を重ねている、赦しが必要であるという事のみならず、天国から追放されている、天国に入る事ができない、この世で辛い生活を送って悲しい日々を送った後に、労働の後に、遂には地獄に行って、永遠に焼かれなければならない、という事を知っているからです。

この世で住んでいる間には、私たちには多くの悲しみと、苦しみと、辛い事があります。肉体においても辛い事がありますし、病気や、疲労や、事故。あるいは心においても、心が張り裂けるような悲しみや、裏切りや、あるいは意地悪や、悪意を経験します。私たちが愛しているような人々を失った時に、どれほど心は悲しいでしょうか。それのみならず、恐れや、恐怖や、良心の呵責や、疑いや、不安や、心配に苛まされます。

この人類に、この不幸な人類には、何とかこのそのような悲しみを慰めてくれる誰かが必要です。何とか「その苦しみには実が価値があるのだ。罪の結果、私たちは苦しみとなったけれども、しかしその苦しみを功徳に変える事ができるのだ」という事を教えて、慰めてくれる誰かが必要です。「永遠の命に行く事ができる」という希望を与えてくれる誰かが必要です。「私たちが今受けている困難は短いものであって、永遠の栄光を準備しているのだ」という事を誰かが教えてくれなければなりません。

絶望している、あるいは苦しみの中のどん底にいる霊魂、捨てられたと感じている霊魂、悲しみの淵にいる霊魂に、その全ての悲しみを慰めるような方が必要だ、という事をイエズス様は御存知でした。天主の御言葉はご存知でした。

天主の御言葉は、一言で言うと「天主がいなければ、人間は何もできない」という事を知っていました。天主に逆らった、天主無しに幸せに、天主のようになろうとした人類ですけれども、実は天主がいなければ全く弱い者である、全く貧しい者である、無に等しいという事を知っていました。

そこで天主の御言葉、永遠の愛、無限の憐れみである三位一体は、天主の力を人類に与えようと、天国の宝を与えようと、全ての御恵みの源、泉を与えようと望まれました。人間は罪人で、あまりにも惨めな、とてつもない惨めさの中に沈んでいる罪人です。天主からますます離れつつある、救いようもない状態にある人類には、誰かが、天と地の仲介となる者が必要でした。天主から、また天主の聖なる聖性から離れつつある人類には、これを助ける人が必要でした。人類に代わって、犠牲と、いけにえと、罪の償いをする方が必要でした。天主の御言葉はその必要をよく御存知で、そしてその惨めな人類に屈んで、これをそこから助け出そうとします。

人類を創造した、無から創った、それと同じ無限の愛を以て、更にもっと大きな愛を以て、この悲惨な状況から人類を救い出そうとします。これがイエズス様の聖心の愛です。人類は天主から離れては何もできません。自分がそこから出てきた永遠の原理、天主に戻ってこそ初めて、本当の命と、本当の完成と、本当の幸せを得る事ができます。天主に戻らなければなりません。

イエズス様の聖心は愛に燃えて、人類を教えようとします。人類に罪の赦しを与えようとします。人類を慰めようとします。人類に代わって仲介者となって、苦しみと犠牲を捧げようと御望みです。ではマリア様の御取り次ぎを願って、私たちがこのイエズス様の燃える聖心の愛を理解できる御恵みを求めましょう。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。
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聖体礼拝の理由 聖体の礼拝はこれに対して犯される罪の最善の償いである

2018年09月28日 | カトリックとは
聖体礼拝の理由


聖体の礼拝はこれに対して犯される罪の最善の償いである

 礼拝 今世界のどこかで必ず行なわれているにちがいない聖体に対する汚聖を、できるかぎり償うために、愛と尊敬と痛悔とをこめて聖体を礼拝しよう。

 悲しいことに、地獄の凶悪なのろいが、聖体に対する恐ろしい汚聖となってあらわれない日は一日としてないのである。

 昔、イエズスがそうであったように、聖体は今日つまづきのしるしとなっている。一方にこれを愛する人があれば、他方にこれを憎む人がある。これを尊敬する人があれば、これを冒瀆する人がある。これを求める人があれば、これを忌み嫌う人がある。これを拝領することを最大の幸福とする人があれば、決してこれを拝領しない人がある。熱心な信者がふさわしくこれを受けるために、どんな準備も足りないと考えているかと思うと、偽善者は大罪に汚れた霊魂の中に、これを受けるようなことをしている。聖体をめぐって敬虔な祈りがささげられている他方では、聖体を盗み出してこれに種々の無礼を加えるようなことさえある。

 このような聖体に対して、絶えず、忘却、けいべつ、不敬、憎悪、冒瀆など無数の罪が犯されているのである。

 このような無礼と汚聖との対象となっている聖体に対して、償いの義務のあることを理解しない人があるだろうか。悪人が聖体をあなどるなら、信者たちは聖体に対して尊敬と愛とを尽くさなければならないということをさとるべきである。そしてこのためには、熱心な聖体拝領をもってはじめた一日を、敬虔な聖体礼拝で終わるよりも適当な方法がないのである。

 あなたの幸福だけを考えて全く献身的な愛をお示しになった天主に対し、人々の忘却を償うために愛を、人々の不敬を償うために敬虔な礼拝を、人々の冒瀆を償うために主のたえなる完徳に対する賛美を、人々の憎悪を償うために子どものような信頼を、そしてまた人々の無礼を償うため感じやすい主の聖心に同情と涙とをおささげしよう。主がすべてのはずかしめをお忘れになられるよう、主にふさわしいいっさいの賛美をおささげしよう。汚された聖ひつのそばで悲しみ嘆いている天使に、その助けをお求めしよう。御子に加えられたすべてのはずかしめが再び聖体に加えられるのを考えて聖母とともに嘆きまた礼拝しよう。

 感謝 よい償いをするためには大きな愛が必要である。ところが、この愛を起こすためには、主が聖体の中で種々の冒瀆をお忍びになる無限の愛を思いめぐらすよりよいものはない。

 主が聖体の中においでになるのは、私たちに対するひたすらな愛のみによるのであって、主がそこにとどまっておいでにならなければならない義務はないのである。そのうえ私たちの無関心も憎悪も、また私たちの冒瀆的行為でさえ、主のご勇気をくじく力はない。主はいっさいを顧みないでこの世にとどまり、迫害する者にも御恵みを施しつづけられるのである。

 もしお望みになるなら、人々の無礼に対して、すぐに天の万軍を遣わし、一瞬にして冒瀆者をお滅ぼしになることも主には不可能ではない。ところが主はかえって迫害を許し、主の敵をしてその望むままに行なわさせられる。

 主は秘跡の中に隠れて、ののしる人のために祈り、あなどる人のために彼らの改心を天父に願ってくださる。主は、冒瀆する者の憎悪に満ちた心を愛の泉に化することをお望みになる。もし彼らが改心するなら、たとえそれが臨終の日であっても、主は喜んでその病床に近づいて、平和のせっぷんを彼らに与えられるのである。

 冒瀆されるときの聖体の忍耐、沈黙、慈悲は、主の愛の勝利の偉大なしるしである。このようなすぐれた愛をもって私たちを愛されるのに、このような大きな憎しみをもって傷つけられる主の聖心に対して、どうして深い同情をささげ、真心からの愛をもって祈らない者があるのだろうか。

 償い 聖体が何であるかを知ったなら、これに対する冒瀆をどんなに深く恐れないでいられよう。聖体は実に諸天使が礼拝し、天地さえもそのみ前に平伏する天主である。最も清いセラフィンでさえ、聖なるおそれに自らのおも(面)をおおうところの至聖全能にして、みいついとも高い御者である。それは永遠のみ言葉、万事について御父と等しい天主の御ひとり子であって、聖母の汚れない御手だけがこれに触れることのできたいとも清い御肉と御血とである。この聖体を、冒瀆者はあえてけいべつし、汚辱するのである。彼らはユダよりも罪が深く、刑吏よりものろわしい。今日のように聖体の冒瀆が広く行われている以上、世界に平和がなく幸福のないのは、少しも怪しむに足りない。

 信心深い信者たちよ、いつも償いをしよう。主は日夜聖体の中で冒瀆されていたもうから、日夜聖体を礼拝する人の数を増加するようにしよう。

 祈願 私の救い主であるイエズスよ、私は、主が祭壇上で、信者と自称している人々から、絶えず多くのはずかしめを受けられているのを見て、ふさわしい償いを御身におささげしようと望む。慈悲と愛とに満ちた主よ、御身を聖ひつの中に閉じこめている大いなる愛が、いずこにおいても出あわれる冷淡と無関心とを許したまえ。御身の受けられる無礼とけいべつとを許したまえ。御身の受けられるはずかしめと冒瀆とを許したまえ。

 愛すべき救い主よ、私の兄弟と私とを許したまえ。それは私自身たびたび侮辱するからである。私もまた不敬虔に祈り、罪に汚れた心の中に御身をお受けした。慈悲とあわれみとの泉である主よ、さらに再び私を許したまえ。

 今ここにささげる償いを受け入れ、私のすべての過去の罪を許したまえ。

 いとも尊き大祭司、私のたすかりのいけにえよ、私は、御身に私の心をささげたてまつる。願わくは、これを受けて絶対の君主として統治したまえ。

 御身の奥義中のいとも尊き奥義に対する私の信心を日々に増し、御身ととともに生きることを最大の喜びとならせたまえ。

 御身を賛美し、御身を愛し、御身に感謝する機会を、ひとつなりとも決して失うことのない決心を、今、諸天使の前にささげたてまつる。願わくはこれを祝福したまえ。
 御身の恩恵によって、私を聖体のふさわしい礼拝者として、力のあるかぎり御身のみ栄えを増す幸福をえさせたまえ。アーメン。

 実行 祈りと善業とをする際に、聖体に対しての侮辱と冒瀆とを償う心を忘れないようにすること。
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教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ【その11】

2018年09月27日 | ルフェーブル大司教の言葉
教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ

ルフェーブル大司教の公開書簡 その11


第11章 信教の自由

公会議の最中、最も激しい議論が起こったのは、信教の自由に関する草案でした。これはリベラル派たちが行使した影響力と、教会の代々の敵がこの問題で得る利益を考えると容易に理解されます。

20年が過ぎました。聖伝に反対し、近代の全ての教皇たちの教えに反対する様々な概念を含む宣言としてこの文書が公布された時、私たちの抱いていた恐れが誇張されていなかったことが今改めてよくわかります。誤っている原理あるいは曖昧に表現された原理は必ず、その適応の時に誤りが犯されることによりその潜在的な誤謬をさらけ出すであろうことは、何と真実なのでしょうか。この章の後半で、わたしはフランスの社会主義政府のカトリック教育に対する攻撃が、第二バチカン公会議によって信教の自由に与えられた新しい定義の論理的結果であるのかを説明します。

この宣言がいったいどのような精神において起草されたか理解するために、少し神学に触れます。初めの ― そして新しい ― 論点は“人格の尊厳”の上に、全ての人が自分の好きな宗教の内外的実践に関する自由を基づかせるものです。従って、この議論によれば、自由はこの尊厳に基づき、そして尊厳は自由にその存在理由を与える、とします。人はその尊厳の名によってどんな誤謬でも信奉することができる、というものです。

これは馬の前に馬車をつけるようなもので、本末転倒しています。何故ならば、誰でも誤謬に執着すればみずからの尊厳を失うので、もはや尊厳の上に何も築くことが出来ないからです。むしろ自由の根源は真理なのであって尊厳ではないのです。「真理はあなた方を自由にするだろう」と私たちの主はおっしゃいました。

尊厳とは何を意味するでしょうか? カトリックの教えによれば、人はみずからの完全性から尊厳を引き出す、つまり真理を知りそして善を獲得することから尊厳を引き出すのです。人間は天主に従う意向にしたがって尊敬にふさわしくなり、人間を必然的に罪へ導く誤謬に執着することに従ってではありません。最初の罪びとであるエワが誘惑に負けた時に言いました。「ヘビが私をだましました。」彼女の罪とアダムの罪は以来ずっと、私たちが苦みつつある人間の尊厳の転落を導きました

そういうわけで私たちは自由を、その原因として尊厳の転落に結びつけることは出来ないのです。その反対に、真理への執着と天主への愛こそが、本当の信教の自由の原理です。従って、信教の自由を「私たちが天主に帰すべき礼拝を捧げる自由と、その掟にしたがって生きる自由」と定義することが出来ます。

もしも読者の皆さんが私の論証を理解したなら、信教の自由が偽りの宗教には適用されないことがわかると思います。自由はこのように分割されることを許さないのです。市民社会において、誤謬には権利がない、と教会は宣言します。国民の権利として国家によって唯一認められるべきは、キリストの宗教を実践する権利です。

これは確かに、信仰を持たない方々にとってむちゃな要求のように思えるでしょう。時代の精神に染まらないカトリック信者はそれがまったく正常であり合法的であると気づくでしょう。何と言うことでしょうか! 不幸にも多くのキリスト信者たちはこれらの現実の見方を失ってしまいました。例えば、私たちは他の人々の思想を尊重し、彼らの立場にわが身を置き、彼らの見解を受け入れなければならないとひんぱんに繰り返されるのを聞きます。このナンセンスな“誰もが自分の真理を持っている”が広がっています。対話は最高の枢要徳になってしまいました。しかし対話は必ず妥協へと導きます。見当違いな「愛徳」を通してキリスト信者は、その対話の相手よりさらにワンステップ遠くに行かなければならないと考えるにいたったのです。そしてしばしばキリスト者だけが唯一常にそうします。

殉教者たちのように真理の為に己を犠牲にするのではなく、むしろ、キリスト者はもはや真理を犠牲にしています。

一方ではキリスト教ヨーロッパにおける宗教から独立している国家数が増えたことで、人々は世俗主義(=市民生活に宗教は関係ないという考え方)に慣らさせ、教会の教えに矛盾することへ日常の振る舞いを適応させることへと導いてしまいました。しかし教義は適応させるものではありません。教義は、一度永久に定義され固定されています。

公会議の中央準備委員会において二つの草案が提出されました。一つはベア枢機卿によって“信教の自由”という題名のもとに、もう一つはオッタヴィアーニ枢機卿によって“信教の寛容”の題名のもとに提出されたのです。前者は第二バチカン公会議以前の教導職の公文書にいかなる言及もなく、本文で14ページを満たしていました。後者は7ページの本文で、さらに参照文献として教皇ピオ6世 (1790年) からヨハネ23世 (1959年) に至る諸教皇の回勅からの引用文で16ページが満たされていました。 

ベア枢機卿の草案は、私と少なからぬ公会議の教父たちがもつ見解では、教会の永遠なる真理と調和することのない断言を含んでいました。そこには、例えば「従って、今日、信教の自由と平等が多くの国と人権のための国際的機構によって宣言されている事実を、私たちは褒め称えなければならない」と書かれていました。

他方でオッタヴィアーニ枢機卿は正確に問題を提示してしました。「国家権力が誤謬の誘惑から国民をまもるためことを正当な権利とみなしているように、・・・国家は他の宗教礼拝が公けに行われるのを規制し調整し、教会の判断によって永遠の救霊を危険にさらす誤った教義の普及からその国民を保護することができる。」

回勅『レールム・ノヴァールム (Rerum Novarum) 』の中で、レオ13世は市民社会の目的であるこの世の共通善(皆にとって利益となる公共善)とは、純粋に物質的次元のことだけではなく、「主として倫理的善」であると言っています。人間は皆にとっての善を求めて社会を組織しています。従って、いったいどうして至上の善を、言い換えれば天国の至福を、除外出来るのでしょうか?

教会が間違った宗教に市民権を否認する時、教会を指導する事柄のもう一つの局面があります。誤った思想を普及する人々は、自然ともっとも弱い者とあまり教育のない者に多くの影響を及ぼします。国家の義務が弱者の保護であるということを誰が否定しようとするでしょうか? これこそが国家の第一の義務であり、社会組織の存在理由です。国家は国民を外部の敵から守り、泥棒や殺人者、犯罪者などのあらゆる種類の侵略に対して国民の日常生活を保証するものです。宗教から独立した国家でさえ、例えばポルノ雑誌のポスターを禁止するなどして、倫理の領域で国民の保護を保証しています。とはいえ、近年ではフランスにおけるこの状況は非常に悪化し、デンマークのように諸国で最悪の状態です。ともあれ、長きにわたってキリスト教文明の国々はもっとも傷つきやすい者、とくに子供たちに対する国家の義務の感覚を維持していました。国民はこの問題には敏感で、いろいろな家族からなる団体を通して、国家に必要な策を講じるように求めています。悪徳があまりにも顕著なラジオ番組は、たとえそれをだれも聴く義務がなくても、多くの子供たちがラジオを持っているため、子供がもはや守られていないので、そのようなラジオ番組を禁止することができます。教会の教えは、厳しすぎるように思えるかもしれないけれど、普通の考え方と良識に一致しています。  

今日では、あらゆる形式の強制を捨て去ろうとし、歴史上のある時代に強制があったと嘆くことになっています。教皇ヨハネ・パウロ2世はこの流行に従い、スペイン歴訪中に宗教裁判を非難しました。しかし宗教裁判については大げさな誇張のみが記憶に残り、教会が検邪聖省(そしてその正確な名前は Sanctum Officium Inquisitionis)を設立し、霊魂たちを擁護の義務を果たし、信仰を偽り歪めようと試みる者たち、そしてそうして全国民の永遠の救いを危険にさらしていた者たちを訴えていたことを忘れています。

宗教裁判は、ちょうど人が入水自殺を図る人々の救助に向かうように、異端者たち自身を守る手助けとなっていたのです。これら不幸な者たちを救うために力ずくでの救助を強制行使する救助者を私たちは非難するのですか? もう一つの比較をすれば、政府が麻薬を禁止することに対して、常用者への強制を行使したという口実で政府に不満を述べるなどという考えが、カトリック信者に、たとえそれがどう考えてよいか分からなくなってしまったカトリック信者であったとしても、起こるとは思いません。

その時、家族の父親は子供たちに信仰を強制するものだと理解できます。使徒行録の中で百人隊長コルネリウスは恩寵に触れて洗礼を授かりました。「そして彼の全家族も彼と共に」洗礼を受けました。同様にクロヴィス王(フランク王国メロビング朝初代国王 465頃‐511年)も自らの兵士たちと共に洗礼を受けました。

カトリックの宗教がもたらす善は、公会議後の聖職者らが持っている、全ての圧力を控える、つまり「未信者」に対する全ての影響力を控えるべきだという先入観の幻想的な性格を明らかにします。

私が人生の大半を費やしたアフリカでは、宣教師たちは一夫多妻、同性愛そして女性への蔑視といった災いと戦いました。イスラム社会における女性の地位がいかに品位を貶めるものであるかは良く知られています。女性はキリスト教文明が消えるやいなや奴隷あるいは所持品となりはてます。真理が自分を押しつける権利を持つこと、真理が偽りの宗教に取って代わり権利を持つことに対するいかなる疑念もありえません。さらには真理には権利があるにもかかわらず、実践において、教会は偽りの宗教が公に行事を行うことに関して、やみくもに盲目的なそして非妥協的な規制をしません。より大いなる悪を避けるために、公権力によって偽りの宗教の公的な礼拝行事は黙認されうるということを教会は常に言ってきました。そういう理由でオッタヴィアーニ枢機卿は“信教の寛容”という題名を選んだのです。

もし私たちがキリストの宗教が真理の宗教であると公式に認識されているカトリック国家の場合にあるとするならば、この寛容が、全国民に有害であるかも知れぬ様々な災難をさけるでしょう。しかし中立を宣言する公式の宗教を持たない国では、教会の法はもちろん遵守されないでしょう。それでは、教会の法を維持して何の良いところがあるのでしょうか?

まず第一に、教会の法とは、人間が廃止あるいは変更することのできる人間の法律のことではありません。第二に、真の原理それ自体を放棄することは、極めて重大な結果がし生じるからです。私たちは既にいくつかの結果について見てきました。

バチカンと、カトリックの宗教に極めて正当に特権的な地位を与えてきたいくつかの国家との間の政教条約は修正されてしまいました。これはスペインがそうであり、さらに最近ではイタリアがそうです。それらの国では、公教要理はもはや学校の必修科目ではなくなりました。これはどこまで遠くに行ってしまうのでしょうか? ただの人間である新しい立法者たちは、教皇もまた国家の元首であることを考えたのでしょうか? 教皇は、バチカン市国も宗教から独立させ、モスク(=イスラム寺院)やプロテスタント教会の建設を許可されるのでしょうか?

これは、カトリック国家の消滅でもあります。今日の世界にはいくつかのプロテスタント教国、英国国教の国、イスラム教国、マルクス主義国があります。ところがカトリック教国が存在するのは望んでいません! カトリック信者たちは、カトリック教国を確立するために働く権利をないとされているのです。カトリック信者たちは国家の宗教的無関心を維持する義務だけがあるというのです!

ピオ9世はこれを“狂気”そして“滅びの自由”と呼びました。レオ13世は国家の宗教的無関心を非難しました。彼らの時代では正しかったことが、もはや真理ではなくなってしまったのでしょうか?

人間社会においてあらゆる宗教の共同体の自由を認めれば、これらの共同体にそれぞれの倫理的自由をも同時に与えることになります。イスラム教は一夫多妻制を認めています。プロテスタントたちは、教派により多少の違いはありますが、結婚の不解消性と避妊についての弛緩的放縦の立場をとっています。善と悪の基準は消えてしまいます。堕胎はもはやヨーロッパにおいて、カトリックの強いアイルランドを除いては、違法ではありません。天主の教会が信教の自由を断言することにより或る意味でこれらの放蕩を援護するなどとはあり得ません。

もう一つの結果は、私学の学校です。宗教を持たない国家は、カトリック校が存在するべきこと、またカトリック校が私的教育の分野で重要な役割を果たすべきであること、をもはや理解できなくなります。私たちが見てきたように、国家はカトリック系学校を非カトリック系宗派の諸学校と同じ地位に位置づけます。そして言います。「もしも私たちがあなた方カトリック校の存在を認めるなら、原理統一協会やこの種のその他諸々の宗教団体、さらに悪名高い宗教団体に対してさえも、同じように対応しなければなりません。」

そして教会はそれに反論することが出来ないのです! フランスの社会主義政府は信教の自由の宣言を利用しました。同じ原理を使って、カトリック系学校を他の学校(この学校が自然法を遵守するという条件の下で)と合併させようと考えだしました。或いは政府はこの原理を使って、カトリック校を全ての宗教の子供が入学するように解放しました。そこでキリスト教信者の子供よりもイスラム教の子供の法が多いと自慢するカトリック校さえあります。

このようにして教会は、市民社会における共通の権利の立場を受諾しつつ、単にその他諸々の宗派の中の一つの宗派になってしまう危険があります。真理が誤謬に権利を与えてしまえば、真理自らを否認することになるのが明白である以上、教会は消滅の危険さえ担っています。

フランスの私学校は、大通りでのデモ行進でこのような歌を歌いました。この歌は、それ自体は美しいけれどその歌詞がこの憎むべき精神に汚染されていることを示しています。「自由よ、おまえこそ唯一の真理」と。

自由は、一つの絶対的な善であると考えられる限り、空想の産物に過ぎません。自由が宗教の次元に適応されると、それは教義上の相対主義と宗教実践の無関心へと導きます。

どう考えてよいか分からなくなってしまったカトリック信者たちは、私が引用した「真理があなた方を自由にするだろう」とのキリストの御言葉に留まらなければなりません。
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教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ【その10】

2018年09月26日 | ルフェーブル大司教の言葉
教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ

ルフェーブル大司教の公開書簡 その10


第10章 エキュメニズム(キリスト教一致運動)

現在かなりのカトリック信者が満足しているこの思想の混乱には、特に信仰に対する危険な風潮が存在しています。さらにそれが危険なのはそれが愛徳を装っているからなのです。この用語(エキュメ二ズム)は、1927年スイスのロザンヌで開催されたある会議の間に浮上し、彼らが、この言葉の意味に全ての辞書が与えている“エキュメ二ズム:全てのキリスト教会を単一の教会に再合併させようとする運動”という定義に従うならば、そのことだけでも、カトリック信者は警戒しなければならないでしょう。

私たちは互いに矛盾した原理を一致させることなど出来ません。それは明らかです。真実と誤謬を、一つにするというやり方で、結合させることなど出来ません。それは誤謬を取り入れ、それから真実の全てあるいは一部を捨て去ることによらないかぎり、そうです。エキュメ二ズムは自己矛盾を含むものです。

この用語は、あの第二バチカン公会議以来、とても流行になってしまい、一般的言葉遣いにまで入り込んだほどです。人々は大学におけるエキュメ二ズム、コンピューター上のエキュメ二ズム、その他いろいろについて、多様性と折衷主義への傾倒または好みを言い表すために話します。

最近宗教用語においてエキュメ二ズムは非キリスト教にまで広げられ、直ちに行動に移されてしまいました。西フランスのある新聞はこの展開的過程の進み様について完璧な例を与えています。シェルブール地方のある小教区ではカトリック市民が建築業で働くためにやってきたイスラム教徒を世話しています。これは愛徳の行動ゆえに彼らカトリック市民は単に褒められるべきです。しかしながら次の段階でイスラム教徒はラマダンの断食を行うための場所を要求しました。キリスト教徒たちは彼らに自らの教会の地下室を提供しました。その後あるコーラン学校が開校しました。2年後キリスト教徒たちは“コーランからの引用章句と聖福音の節からなる共通の祈り”をかこんで クリスマスを共に祝うためにイスラム教徒たちを招きました。見当違いの愛徳はこれらのキリスト教徒たちを誤った交際関係に導いたのです。

リールではドミニコ会士たちはある礼拝堂をイスラム教徒たちにモスクとして改装させられるように提供してしまいました。ヴェルサイユでは“イスラム教徒たちの礼拝所を購入”するために町のいくつかの教会内で献金がなされました。他に二つの聖堂がルーべ (Roubaix) とマルセイユからイスラム教徒のために提供され、アルジェントオィユのある教会も同じく引き渡されました。カトリック教徒たちは-イスラム教という-キリストの教会に対立する最悪の敵の使徒になっているのです。そして彼らは自らのお金をモハメッドに捧げているのです。フランスには400以上のモスクが存在しているそうですが、多くの場合、イスラム教徒の建設にお金を与えていたのはカトリック教徒たちです。

現在すべての宗教は、教会内部で市民権を持っています。あるフランス人の枢機卿は、祭儀用の僧服に身を包み最前列に座る数人のチベット仏教僧たちの前でミサを捧げ、彼らの前でお辞儀をし、司会者は“僧侶様方が聖体祭儀において私たちと分かち合いをされます”とお知らせしていました。レンヌ (Rennes) のある教会では仏陀の礼拝が執り行われました。イタリアでは20人の修道士が仏教徒によって禅の手ほどきを荘厳に受けました。

このような現代行われている宗教折衷主義の例を果てしなく私は引き合いに出すことが出来ます。私たちは、探し求めている教会聖職者を会長とする多くの会が発展し、いろいろな運動が生まれているのを目の当たりにします。例えば「あらゆる霊性を愛のうちに混ぜ合わせる」ことを打ち立てることを目ざす会です。或いは、マルセイユの有名な保護の聖母教会 (Notre Dame de la Garde) をキリスト教徒、イスラム教徒、そしてユダヤ教徒たちの為の一神教的礼拝の場所へ変更させる計画、幸いにも平信徒のグループによって計画は中止になりましたが、そのような仰天すべき計画を耳にします。

厳密な意味での、つまりキリスト教徒の間での用いられる意味でのエキュメ二ズムは、聖体祭儀をプロテスタントと共同のものに組織させました。たとえばストラスブールで起きたように。英国国教会の信者たちが彼らの「聖体的晩餐式」(Cène eucharistique)を執り行うためにシャルトルのカテドラルに招かれました。シャルトルでも、ストラスブールでも、あるいはマルセイユでも執り行うことが認められていない唯一の祭儀、それは聖ピオ5世によって制定された典礼によるミサ聖祭を執行することなのです。

この全ての出来事から、このような躓きを与える儀式を大目に見ている教会の当局を目にするカトリック信者は、いかなる結論を導き出せるでしょうか? それは、全ての宗教に同じ価値があること。彼は仏教徒たちあるいはプロテスタントたちのところでも、救霊を非常にうまく達成することができるだろうということ。そして、彼は聖なる教会への信仰を失う危険にさらされるのです。実のところエキュメニズム運動によって、これが彼に暗示されているのです。教会を共通法 (droit commun) の下に従わせることを望み、教会を他の諸宗教と同じレベル、同じ次元におきたいのです。司祭、神学生、そして神学校の教授でさえ、「カトリック教会が唯一の教会でありそれだけが真理を所有し、カトリック教会だけがイエズス・キリストを通して人々を救霊に導くことが出来る」と言うのを拒むのです。彼らは今では次のように、はばかり無く言います。“教会は社会における霊的なパン種でしかない、他宗教と同じであるか、多分わずかに優れているかもしれない・・・。”彼らは、いつもとは限りませんが、時折、取るに足りない優越性を認めはします。もしあなた方が彼らに懇願すればですが。

もしそれが事実だとしたならば、そのとき教会は単に便利なものではあったとしても、もはや必要不可欠なものではなくなります。それは救霊の一手段に過ぎないことになります。

私たちはこのような概念が根本的にカトリックの教義に反しているとはっきり言わなければなりません。教会は救いの唯一の方舟であり、私たちはそう宣言するのを恐れてはなりません。皆さんは「教会の外に救いはない」とは現代人の心を傷つけると言うのをよく聞いたことがあるでしょう。この教義はもはや有効ではなくお役ごめんになったと大衆に信じさせるのはたやすいことです。それははなはだ厳しすぎるように思えますから。

しかし教義は何も変わっていません。この分野においては何も変えられ得ません。私たちの主はいくつもの教会を創ったわけではありません。私たちの主はたった一つの教会を創立しました。私たちを救うことのできる唯一の十字架があり、それはカトリック教会に与えられました。他には与えられなかったものです。御自分の神秘的花嫁なる教会に、キリストは全ての恩寵をお与えになったのです。カトリック教会を通らずして世界に、そして人類の歴史に恩寵は分配されることはありません。

これはプロテスタント信者、イスラム教徒、仏教徒あるいは精霊信仰者のだれも救われないと言う意味でしょうか?いいえ、こう考えるのは第二の誤謬になるでしょう。“教会の外に救いはない”という聖チプリアーノの定型句を不寛容に叫ぶ人々は、同時に“我は罪の赦しとなる唯一の洗礼を信じる”という信仰宣言を否認しています。つまり彼らは十分に洗礼が何であるのかについて教育されていないのです。洗礼を授かるには三つの方法があります。水による洗礼、血による洗礼(これは洗礼志願者であった当時信仰告白して殉教者が受ける洗礼のこと)それから望みの洗礼です。

望みの洗礼は明白でありえます。何度もアフリカにおいて“神父様、早く洗礼を授けてください。そうしないと神父様が今度戻ってくる前に私が死んだら、私は地獄に行くでしょう”と洗礼志願者の一人が言うのを聞きました。私たちは彼に答えるのを常としました。“そんなことありませんよ、もしあなたの良心に大罪を持たず、あなたが洗礼を望むのなら、そのときあなたは既に御自分のうちに恩寵を持っているのですから。”

教会の教義はまた暗黙の望みの洗礼をも認めています。これは天主の聖旨を行うことにあるのです。天主は全ての人をご存知です。従って、天主はプロテスタント信者、イスラム教徒、仏教徒そして全人類の中に良い意志の人が存在することを御存知です。彼らはそれを知ることなしに、しかし有効な方法により洗礼の恩寵を受けます。この方法で彼らは教会の一員になるのです。

誤謬は、彼らの宗教によって救われるという考え方にあるのです。彼らが、彼らの宗教の中で救われるとしても、しかしその宗教によってではありません。イスラム教によってでも神道によって救われるのでもありません。天国には仏教徒教会もプロテスタント教会もありません。これはおそらく聞きたくないようなことかもしれません。しかしこれが真理なのです。私が教会を創立したのではなく、私たちの主が、天主の御子なる私たちの主が創立したのです。司祭として私たちは真理を述べなければなりません。

キリスト教が浸透していない国々において人々にとって、望みの洗礼を受けに到達するのは、どれ程大きな困難の代価を払ってでしょうか!誤謬は聖霊をさまたげます。これは、何故教会が常に世界のあらゆる国に宣教師を送り、何故無数の宣教師たちは殉教を忍んできたのかを解き明かします。もしすべての宗教に救いが見出されるのなら、どうして数々の海を渡り、有害な気候、過酷な生活、病気そして早死に自らをさらすのでしょうか?聖ステファノが殉教(キリストのために最初に命を捧げ、それゆえに彼の祝日はクリスマスの翌日となる)するやいなや、使徒たちは地中海諸国一体に福音を述べ伝え始めました。

もしも人がキュベレーの女神礼拝またはエレウシス (ギリシャ、アテネ西方の都市。古代のデメテル信仰の中心地) の神秘によって救われるのなら、彼ら使徒たちはそうしたでしょうか?何故私たちの主は“行って全ての国に福音を告げしらせなさい”と仰ったのでしょうか?

現代、各自が自分の“文化的環境”に根付いている信仰に従って、各々、天主への道を見つけ出させよと主張している人がいるということは驚くばかりです。ある司教は、イスラム教徒の子供の改宗を望んでいる司祭に対し“駄目です。良きイスラム信者であるよう教えなさい。そしてそのほうがイスラム教徒をカトリック信者に改宗させることよりもさらに有益ですよ”と言ったことがあります。次のことを私は確実なところから聞きましたので、断言でしますが、第二バチカン公会議前テーゼ共同体は自らの誤謬を放棄してカトリックになることを望んでいましたが、当局は彼らに言いました。「だめです。お待ちください。公会議後あなた方はカトリック信者とプロテスタント信者の架け橋になるでしょうから。」

この返答をした方々は天主のみ前に非常に大きな責任を負っています。なぜなら恩寵は与えられた瞬間にだけやって来るからです。つまり、それはおそらく二度とやって来ないかも知れないからです。現在テーゼの同胞たちは、おそらく善意をもっている人々でしょうが、依然として教会の外におり、そこを訪れる若者たちの心に混乱を巻き起こしているのです。

私は既に、年間17万人の改宗者を数えたアメリカ合衆国、それからイギリス、オランダのような国々で、突然それが枯れてしまったことをお話ししました。教会についての誤った定義と、私が今それについて話さなければならない信教の自由に関する公会議の発表とが原因し、宣教の精神は衰えてしまったのです。
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天主である聖体 : 聖体は至聖なる秘跡である

2018年09月26日 | カトリックとは
天主である聖体


聖体は至聖なる秘跡である

 礼拝 聖体は、ホスチアの陰に、実際に、真実に、実体的においでになる天主にして人なる私たちの主イエズス・キリストである。

 ホスチアの中においでになる主の神性を礼拝しよう。聖体は天主である。限りなく完全な霊、天地の創造主、万物の支配者である。

 聖体の中においでになる主の人性を礼拝しよう。主のご肉身、御血、聖心、ご霊魂を礼拝しよう。

 聖体の中に主が人としてまことに生きておいでになることを確信しよう。主は単に記念あるいは象徴としておいでになるのではなく、ペルソナ的にまことにおいでになる。

 主が、あなたの天主、あなたの救い主、あなたの目的、あなたのいっさいであることを告白しよう。そしてあなたが主の被造物、主の従者、主のしもべであることを認めよう。ベトレヘムでのマリアとヨゼフとにならって、また天にある天使らにならって主を礼拝しよう。主の実在を信じ、主の権力に服し、主のみ旨に自己をゆだねることを約束し、自己を全く主にささげ、永久に主に忠実であり主を愛することを誓わねばならない。

 感謝 聖体はあなたにとって限りないあわれみの主である。聖体はあなたの大恩人であって、あなたはすべてのたまものを聖体から受けている。あなたが悪魔の手のとりことならないように、また少しの危害も受けないように、あなたを守りたもうのは主である。主はあなたを愛し、あなたを守護し、あなたが主を愛さないときにも、無数の恩恵をあなたに与えつづけてくださる。ああ主の慈愛のいかに深いことよ。

 聖体は、あなたのために生まれ、あなたのためにおなくなりになった救い主である。主が聖体をお定めになったのは、主のご生涯とご死去との功徳と効果とをすべてあなたに与えられるためであった。主は聖体の中において、へりくだられ、また必ずお受けになる迫害もいとわず、この方法によってあなたのもとに来られ、あなたに御身を与えて、どのようにあなたをいつくしみになっているかをお示しになったのである。

 主に感謝しよう。ご慈愛を祝福し、聖体の中で、あなたにすべてを与えられたことを感謝しよう。いとも熱き愛のほのおに焼きつくされた聖心、あなたのために開かれた聖心を仰いで、聖母、聖ヨゼフ、天国の天使聖人らといっしょに主を愛し、主に感謝しよう。
 
 償い 聖体はいとも恐るべき御稜威の主にましますと同時に、また愛すべき御あわれみの主である。まことに聖にして聖そのものにまします主のみ前にひれ伏し、あなたが罪と汚れに満ち満ちていることをけんそんに告白しよう。主に対する愛のために、過去の罪科をすべて忌み嫌おう。また、罪の償いとして日々の労働と、苦痛と、わずらいとをおささげしよう。

 イエズスは償いの供物として、聖体の中においでになり、カルワリオ山上の犠牲を継続し、ミサ聖祭をもってその功徳を全世界に分けてくださる。だから、この祭りをあなたとあなたの家族とあなたの同胞との罪のためにささげ、あらゆる罪人のために祈ろう。

 主はこのようにあわれみに満ちておられるのに、聖体の中にあってどのようにそむかれ、あなどられていられるだろうか。いかなる汚聖が現在実際に行なわれているだろうか。あなたはすべてこれらの事がらを思い出して、傷つけられた主の聖心を慰めるために心のかぎり主をお愛ししなければならない。主のみそばにいて、主をお愛し申しあげることを告げよう。

 しかし、主に対する人間の忘恩を少しでも少なくするため、なによりもまず第一に、かりにどんなに軽い小罪であっても、罪であることを知っているかぎり決してこれを犯さないと決心し、このことを主に約束しよう。そして、カルワリオ山で聖母がおしのぎになった御悲しみを主にささげ、また主の祭壇が人々から忘れられていることを嘆く天使らに、心を合わせるようにしよう。

 祈願 聖体はお恵みに富み、御あわれみに豊かな主である。だからあなたは聖体に向かって、あらゆる善の源なる最善の父に向かうようにふるまうのである。主は、ひたすらあなたを愛しておられるから、あなたを造り、あなたを守って、いつでも必要な助けを与えようとその機会を待っておいでになる。そしてあなたの肉体についても、また霊魂についても、精神についても、あなたについても、またあなたの親しい者についても、いっさいをあなたのためにはからい、万事についていとも尊い配慮をめぐらされる。なぜなら、主はあなたの永遠の救霊のために流された尊い御血をお思いになられるからである。

 これをもってイエズスを通じて、またイエズスのみ名によって天主に祈ろう。祭壇の上においでになる主は天主と人との仲介者、天主のみ前にあなたのために祈りたもう弁護者にてましますのである。

 次に善をなしつつガリレアの地を行きめぐり、すべての悩む者をお恵みになった主の聖心に御あわれみを願い、信仰をもって熱心に祈ろう。あなた自身は、きょうから恩恵の御助けによって救霊を全うするために力を惜しまないことを約束し、その実行をまじめに計画しよう。まことの祈りとはこのようなものである。

 あなたの愛している者、および、あなたの祈らなければならない人々のためにも、熱心に主の御慈悲を願おう。煉獄にいる霊魂も忘れないように。イエズスをあがめ、イエズスを慰めるために主にささげた尊い一時間の終わりには、あなたは必ず主の聖心に対して大いなる力をもつようになるであろう。

 最後に聖時間の免償を得るために、教皇のご意向に従い、五度ずつ主禱文と天使祝詞とを唱えよう。そしてひれ伏して主の掩祝を願い、この一時間を主とともに過ごして強められ、あたためられたあなたの霊魂をたいせつに胸にしまって退出しよう。

 実行 聖体のみ前に出たときには必ず深い尊敬の念を抱くように。
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教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ【その9】

2018年09月25日 | ルフェーブル大司教の言葉
教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ

ルフェーブル大司教の公開書簡 その9


第9章 現代の神学

現代の要理教育(カテケージス)によってもたらされた荒廃は、それを受けなければならなかった世代においてもはや明白です。1970年以来、教育聖省から命じられている通り、私は神学生のための規定の学科科目の計画として初年度に「霊性」の年を導入しました。霊性とは、修徳神学、神秘神学、黙想や念祷の養成、さらに、聖徳、超自然的恩寵、聖霊の現存の意味合いを深めることを包含しています。

非常に早く私たちは再度考えなければなりませんでした。本物の司祭になる強い望みを抱き、さらに彼らと同年代の多くの人たちより深い内的生活を持っており、祈りになれていたのでやって来たこの青年たちが、私たちの信仰の基本的な知識を欠いていることに私たちは気づきました。彼らは今の今までそれらを学んだことがなかったのです。霊性課程の一年間、私たちは彼らに公教要理を教えなければならなかったのです!

私は何度もエコンの誕生の話をしました。スイスのヴァレー地方シオンとマルティニーの間に位置するこの建物は、もともと司祭志願者がその第一年目(霊性)だけを終了するよう予定されていました。その後彼らはフリブールで大学課程に進むはずでした。フリブールの大学が真のカトリック教育を施すことが出来なくなるや、(エコンでの)完全な神学校が実現しました。

教会は常に大学の教壇を、つまり神学、教会法、典礼、教会法などの教壇を自らの教導職の機関、あるいは少なくとも教会の宣教そのものとみなしていました。現在において、すべて、あるいは殆どすべてのカトリック大学で、正統なカトリック信仰はもはや教えられていないのは、全く確実です。私は、自由社会の西ヨーロッパにも、あるいは合衆国にも、または南アメリカにおいても、正統信仰を教える大学を一つとして見つけることが出来ません。そこには常に神学の探求という口実のもと、副次的事項についてのみならず、私たちの信仰に矛盾する持論を述べるかなりの教授が存在します。

私はすでにストラスブールの神学学部長についてお話しました。彼によれば、ミサにおける私たちの主の現存は「バイロイトの音楽祭」におけるワーグナーの現存に例えることが出来るそうです。もはやそれは彼にとって新しいミサはもはや問題にはならないのです。これ等の事は瞬く間に過去のことになってしまうほど、世界は非常に迅速に進化しているからだ、と言います。彼は、グループそれ自体から出来上がってくるであろう「聖体祭儀」を考えておくべきだと考えています。これはどのようなものとなるのでしょうか?彼自身それをはっきり理解していません。しかし彼の著書「聖体信仰に関する現代思想と表現」で、ともに集まったそのグループのメンバーたちは、彼らのうちに現存されるキリストにおける交わりの感覚を創り出すであろうことを予言しています。但し、パンとぶどう酒の形相の内に現存されるキリストにおいてでは決してありません。彼は“有効な(作出的な)しるし”(全ての秘蹟に対する一般的定義)と言われるこの御聖体をあざ笑います。彼は言います。「ばかげている。私たちはもう今では、その種の事は言えない。現代ではもはやそれは意味がない」と。

これらの事を、教授たちさらには(神学)学部長から聴く若い学生たち、そしてその講義に与る若い神学生たちは少しずつ誤謬に染まって行きます。彼らはもうカトリックではない教育を受けています。最近フリブールのあるドミニコ会士の教授が、学生たちに婚前交渉は正常かつ望ましいことであると保証していることを耳にした人々も同様です。

私自身の神学生たちは、ミサの新しい典文を作るよう教えていた別のドミニコ会士である教授を知っています。「難しくなどありません。あなた方が司祭となったとき、たやすく用いることの出来るいくらかの原理がこれです。」

私たちはこのような例にしたがって続けることは出来ます。
アムステルダムの神学部でスミュルデルスは、聖パウロと聖ヨハネが天主の子としてのイエズスの概念をでっち上げたと疑い、御托身の教義を否認しました。

ニンジェゲンの大学でスキレベークスはもっとも逸脱した見解を表明しました。 “意味変化(trans-signification)”を発明し、歴史の各時代の状況に教義を従属させ、彼は社会的およびこの世的な目的を「救い」ということの教義に割り当てました。

キュンクはチュービンゲンにて、カトリック神学講座で教えることを禁じられる前、至聖三位一体、童貞マリアの玄義、諸秘蹟を疑い、そしてイエズスを“いかなる神学的素養”も無いある公衆のお噺家、として取り扱いました。

スナッケンブルクはヴュルツブルクの大学で、ペトロの首位を認証するために、カイザリアでペトロがした“御身はキリストです。”という告白を作り上げたと聖マテオを非難しています。

近年に亡くなったラーナーは、ミュンヘンの大学での講義において、聖伝を極小化し、私たちの主について絶え間なく“自然に受胎した”人間として話すことにより、御托身を事実上否認し、原罪と無原罪の御宿りを否定し、神学的多元主義を推奨していました。

すべてこれらの人たちは新近代主義の進んだ発言で賞賛されているのです。彼らはマスメディアのサポートによって、彼らの理論は重要なものとして大衆の目にはうつしだされ、多くの人々に知られるにいたっているのです。従って彼らは神学を代表して登場し、教会の教えは変わったという考えに信用を与えています。

彼らは何年もの間、時々軽い制裁により妨げられたこともありますが、その破壊的な教えを続けることが出来ています。教皇たちは神学者の権限の制限について定期的に注意をうながしています。ヨハネ・パウロ2世はつい最近、「カトリックとしての身分を失うことなしに、定義された教義という、これら根本的な参照点から離れ去り背を向けることは不可能である」と言われました。スキレベークス、キュンクそしてポイエ神父たちは懲戒されたのですが、制裁は受けませんでした。ポイエにいたっては、その著書でキリストの肉体上の復活を否認していたのですが。

そしてローマの諸大学(グレゴリアン大学も含め)において、神学的探究の口実のもとに、教会と国家の関係、離婚について、そして他の根本的問題に関して、最も信じられない理論が許されていることを誰が想像できたでしょうか?

かつては信仰に関する裁判所として教会が常に考えていた険邪聖省が改革されたことは、これらの乱用に味方をすることになったのは確かです。それまでは誰であっても、一般信者、司祭、いわんや司教はどんな書籍、雑誌、記事でも、この険邪聖省に提出し教会がそれについて何を考えるか、それが教会の教義に一致しているかいないかを伺うことができました。1ヶ月とか、6週間後に険邪聖省は答えます。「これは正しい。これは間違っている。これは意味の区別を付けるべきである、一部は真実で一部は誤りである。」

すべての文書はこのように審査され決定的に判断されていました。第三者が書いたものが裁判所に提出され得るということは皆さんにとって驚きでしょうか?しかし一般社会では何が行われますか?何が憲法に違反し、何がそうでないのか決定する憲法審問所がありませんか?個人と集団を脅かす問題を取り扱う法廷がないでしょうか?私たちは不快なポスターあるいはもし表紙が善良な風俗を乱す構成要素をなす大々的に売られている雑誌に対して、現代の多くの国で幾分規制が緩められてしまったにしても、好手道徳に関して、私たちは裁判官が介入することを要求することさえ出来るのです。

しかしながら教会において法廷はもはや容認されませんでした。もう裁判したり有罪判決することも出来なくなりました。プロテスタントのように、近代主義者たちは聖福音から彼らのお気に入りの言葉をえり抜きしました。「裁くなかれ。」しかし彼らはそのすぐ後に私たちの主がこう言っている事実を無視するのです。私たちの主は言われました。「偽りの預言者に気をつけなさい...彼らのみによって、あなた方はかららを判断しなさい。」カトリック信者は自分の兄弟たちの罪と彼らの個人的行動についてむやみやたらと裁くべきではありません。しかしキリストはカトリック者に信仰を守るように命じました。どのようにして彼(カトリック信者)は読むあるいは聴くようにと与えられたものに批判的な目を向けることなくそれが出来るのでしょうか?疑わしい見解は何であれ教導権に提出されました。これが険邪聖省の目的だったのです。しかし刷新以来、険邪聖省は“神学研究所”として自らを限定してしまいました。かなりの違いです。

私は険邪聖省に長きにわたっておられた前ドミニコ会総長のブラウン枢機卿にこう尋ねたのを覚えています。

「枢機卿さま、これが急進的な変革だという印象をお持ちですか?または単に表層的そして付帯的な変革でしょうか?”

「とんでもない、この変革は本質的なものです。」

こういうわけでもし僅かしかあるいは何も異端排斥されることがないのなら、もし教会の信仰のための法廷がもはや神学者たち、そして宗教的論題について執筆するすべてのものに対しその役割を果たさないのなら私たちは驚いてはいけません。このようして、誤謬がいたるところに広がるようになるのです。誤謬は大学から始まって公教要理そして非常に遠方の教区の司祭館にまで蔓延しています。異端の害毒はついには全教会に感染さえしてしまっています。そのため、教会の教導権は非常に深刻な危機にあるのです。

もっともばかげた論法は名前だけの「神学者」たちの活動を支持することに用いられます。私たちは、フランス全土を旅しながら、女性を含めた数人の一般信者への一時的な司祭職授与をするのがよいと講演をして回っているリヨンの教授、デュクォック神父という方がいました。多くの一般信者がここあそこで抗議しました。そして南フランスの一人の司教はこの疑わしい説教師に反対して堅固な態度をとりました。このようなことは時々起こります。ところがラヴァルでは、躓いた一般信者らが彼らの司教からこのような返事をうけとりました。「この場合の我々の絶対的義務は、教会内での言論の自由を保護することである。」驚くばかりです。どこで彼はこの言論の自由という考えを得たのでしょうか?それは教会の法にとって全くよそ者です。さらには、彼はこれを司教の絶対的義務とさえ考えています。このために、信仰を擁護し、自分に委託された信者たちを異端から保護するという、司教の責任を、完全な転覆させてしまっています。

一般社会からのいくつかの例を引用しなければなりません。私は人格を批判するためにこの本を執筆しているのではないということを信じていただくよう読者の方々にお願い致します。それはまた険邪聖省の態度でもありました。険邪聖省は文書だけで、人を審問したのではありません。ある神学者は険邪聖省が聴取なしに著作の一つを非難したと不平を言います。

しかしまさしく、異端審問院は、著作をとがめるのであり著者をとがめるのではありません。険邪聖省はこう言うのです。「この本には教会の伝統的な教義と食い違う所説がふくまれている。」以上、終わり。どうしてそれを書いた人にさかのぼるのですか?彼の意向と有罪責任の有無には、もう一つの法廷が、つまり「悔悛の秘蹟」という法廷があるのですから。
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聖体の制定された理由 : 聖体は私たち各自に対する主の変わらぬ愛のあかしである

2018年09月25日 | カトリックとは
聖体の制定された理由


聖体は私たち各自に対する主の変わらぬ愛のあかしである

 礼拝 聖体の中にまします主イエズス・キリストを仰いで感謝し、賛美し、礼拝して、聖体がここにおいでになるのは、ある意味で全くあなたひとりのためであることをさとること。これはまことに不思議なことで、地上での主の慈愛の極みである。主が私たちに、これよりもっと親密に、もっと完全に主と一致することを許してくださるのは、天国以外にない。キリストがこれによって実際に、そして完全に、私たち各自に尊い御からだをお与えになることができるというのが、聖体の特徴であり、ねらいどころであり、目的であった。

 だからトリエント公会議は、聖体は主の愛のあふれであると教えた。その意味は、ちょうど高い崖からこんこんと湧き出る泉の水が谷間をうるおすように、ご托身の際の救い主の愛が、聖体によっていや増し強められて、私たちに及ぶということである。

 聖トマはこの事実を『み言葉が人となりたまいて、世界の全体にもたらされたすべての恩恵を、聖体は人間のひとりひとりに別々に与えたもう』といみじくも言いあらわした。なるほど、この秘跡を想起することによってはじめて私たちは『主はわれを愛して、わがために御自らを与えたまえり』との聖パウロの言葉の意味をさとることができる。

 カルワリオの頂で、主は一度死にたもうただけである。しかし聖体を拝領するたびに、主のご死去の効果は私たち各自にわかち与えられる。私たちが主を受けるとき、私たちはもはや主がたしかに私たちのものであることを疑うことはできない。私たちは主をもち、主を捕え、私の胸の中に抱いてしまう。主は私の愛のとりこである

 聖体拝領台で主と私との親しい会見がはじまる。しかし御からだを私に与えられることは決して主の義務ではないから、この御恵みが純粋に主の愛から出たことは明らかである。主はちょうど私たち各自が主の限りない愛の唯一の対象であり、主のご受難の目的のすべてであるかのように、私たちひとりひとりを愛してくださる。

 この驚くべき愛の証拠に感じ、イエズス・キリストを礼拝しよう。

 いと高き無限の御者、天地の主宰者が、天からくだってあなたのために聖体となり、あなたのもとに来て、あなたの中にはいり、あなたのため、虚無であるあなたのために、あなたの過去現在の過失をいやそうと、あなたに御身を与えたもうからである。聖体を拝領するとき、主は全くあなたのものとおなりになるから、世界にはただ主とあなただけしか存在しないのである。

 上記の事実、この親しい一致が、いとも感嘆すべき、いとも玄妙な聖体の奥義である。

 感謝 イエズスが聖体を私たち各自に与えられるその大いなる慈悲に感じ、聖心の限りない愛を感謝しよう。

 聖心は私たちの心を知っておられる。主は至上の愛の要求が、完全で直接な贈り物、親密な一致であるのを知っておられる。主は私たちと別々に一致し、各自にたまものを与えなければ、主がいかに激しく私たちを愛したもうても私たちの満足をかち得ないだろうとお考えになった。これによって慈愛深い救い主は私たちのために生まれ、私たちのために死し、私たちのためにいっさいをお尽くしになったのに、なおそのうえに私たちのひとりひとりに、各別にご自身を与えて、その愛を完成されたのである。

 主は私たちの性質、境遇、使命、必要、困難、誘惑、試練の違うままに、それぞれ違ったお恵みを与えて、主がどんなに私たちにとってなければならない御方であるかを知らせようと望まれた。実に、かずかぎりない多くの霊魂の中に、全く等しい霊魂はひとつとして存在しない。だからこれらすべて相異なった霊魂のひとつひとつの要求に応じて、それに適した祝福を与えなければ、愛の勝利を得ることができないわけである。これが救い主のなされたところである。すなわち聖体をふやして、これを私たち各自の養いとなさるのも、ただ私たちの完全な愛を得ようとされるからである。

 だから感謝し祝福しよう。主のご慈愛がいかに深いかをさとろう。かつてさばくの中で、数千のイスラエル人のかてとして与えられたマンナよりも、はるかにすぐれたたまものである聖体は、最後の晩さんの時から最後の審判の日に至るまで、人生のさばくをさまようかずかぎりない群衆の、そのひとりひとりの望みに応じて与えられるのである。
 
 償い 与えられたご恩の大小に応じて感謝の程度も異なり、たまものによって感謝の方法も変化するのが当然ではないだろうか。もしはたしてそうであるなら、イエズスが私たちを別々にいつくしみたまい、私たちひとりひとりをその愛の対象となさったから、私たちもまた他の何ものをも顧みないで、ひたすら主だけを愛する全き愛、特別な愛をもって、主の愛にこたえなければならないであろう。だから、主が私たちを愛される聖体の中で、私たちも主をお愛ししよう。私たちが失敗して悲しむときにも、成功して喜ぶときにも、また働いて苦しむときにも、いつも聖ひつのみ前に走り出て、主に私の愛をあかし、心を打ち明け、主のみ名を賛美しよう。

 私たちは、まるで見知らぬ神に対するように、莫然として主に仕え、聖体に対して少しの親しみも示さず、被造物に対してあふれるばかりの愛情はあっても、主に対しては冷淡であり儀礼的であったり、ただ利益のためか、恐怖のためにだけ主を愛しているか、これが、あれほどまでも惜しげなく、あれほどまでも激しく、私たちを愛し、ついにご自分さえも私たちにお与えになった愛すべき救い主に対する返報であろうか。この世の親子、友だち同志であっても、もっとこまやかな愛情を私たち相愛しているではないか。主にとって私たちはいっさいであるのに、なぜ私たちにとって主がいっさいではないのだろうか。あなたは恥知らずだ、赤面すべきだ。私たちの心はそれほどまでに鈍いのだろうか。このように愛してくださる主を、なぜこのようにわずかしか愛さないのか。
 
 祈願 イエズスを親しくお愛しする恩恵を熱心に請い求めよう。親しく愛するとは、イエズスをイエズスのために、あなたの心のすべてを傾けつくしてお愛しすることなのである。

 常に主を思い、胸の中にたいせつに主を宿し、主のために働け。主のため、主の愛のため、主の聖心にかなうため、主に光栄を帰すために万事をなすように。また、常に主がおいでになる聖堂を訪れることを喜んで、できるだけ多くの時間を主のみ前に費やすように。友は相ともにとどまることを好むが、どれいや召使は用事があるときにしか主人の前に出てこない。用事がすむと自分のへやに引きさがることを好むものである。聖体の秘跡によって私たちの友となることを望まれたイエズスに対して、私たちの方でむしろ主のどれいとなり召使いとなろうとしているのは、主のご好意を無にすることではないだろうか。主の御喜びは人の子とともにおいでになることである。だから私たちもまた主といっしょにいることを私たちの幸福としなければならない。ああイエズスよ、私の最上の友よ、どのような被造物よりも大いなる愛をもって私をお愛しになる友よ。私もまたすべてにこえて御身を愛したてまつる。これこそ私の神聖な、そして同時に最も幸福な義務である。

 実行 愛によって聖体の中においでになるイエズスを思い、聖体により頼み聖体に祈願しよう。 
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教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ【その8】

2018年09月24日 | ルフェーブル大司教の言葉
教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ

ルフェーブル大司教の公開書簡 その8


8. 新しい公教要理

カトリック信者の間で、しばしば「彼らは私たちに、新しい宗教を押し付けたいのだ」という批評を私は聞いたことがありますし、聞き続けています。これは誇張でしょうか? 近代主義者たちは教会のいたるところに浸透して、指導権を握っており、まず私たちを安心させることに努めています。

「いいえ、そんなことはありません。やむにやまれぬ理由のために、古い時代遅れの方法が変えられてしまったので、あなた方はそんな印象を持っているのです。つまり私たちは、昔の人々が祈っていたようには今日祈ることは出来ません。私たちはホコリを払って、現代人が理解できる言語の導入、さらに自らを、別たれた同胞たちの為に開かなければならなかったのです….しかし、もちろん何も変わっていません。」

それから信者たちは警戒を緩めます。そして彼らの内、大胆なものたちは、気の合う人々の小さなグループに入会し始めます。それは時に公になされるのです。ある、カルドネルという神父は、“天主を普遍的君主とする、いわゆる天主の超絶性” に異議を申し立てる或る新しいキリスト教を説教しながら巡歴していました。彼はあからさまに、ロワジー(Alfred Loisy)の近代主義を主張しているのです。「もしあなたが、キリスト教の家族に生まれたならば、あなたの習う公教要理は、単に信仰の骸骨にすぎない(肉も血もない死んだものだ)。」

さらに「私たちのキリスト教は、せいぜい新資本主義者の形でよく現れる。」

そしてスーネンス枢機卿は、自分好みの教会を建て直したあと、“最も広大く神学的多元主義に開かれる”べきだと主張し、「様々な真理には重要性の段階があり」、堅く信ずべきもの、わずかに信ずべきもの、そしてあまり重要性のないものをとに分けてその階級を作ることを要求しました。

1973年、パリの大司教館内で、ベルナール・フェイエ神父は“成人キリスト信者養成講座”の名前のもとに、極めて公式に連続講演をしました。彼が再三再四断言したことはこうです。

「キリストは死に打ち勝たなかった。キリストは死によって死にゆだねられた。生命にかんしては、キリストは敗北したし、我々も全て敗北するだろう。それは、信仰がいかなるものによっても正当化されないということだ。私たちが先ほど言ったように、不条理の知覚により、滅びに対する意識により、無の現実により、すべて終わりを迎えるこの世界に反対する抗議の叫びとなるのだ。」  

私はこの種のかなり多くの主張を引用することができます。それらは多かれ少なかれ醜聞を生み、多かれ少なかれ発言の撤回があり、あるいは時としてそのままになっています。しかし総括してキリスト信者の大部分はそれから免れました。もし、彼らが新聞においてこれらの事を知ったとしても、彼らはこれらが例外的で彼らの信仰に害を及ぼさないと考えました。

しかし彼らは、自分の子供たちの手に、もはや、昔から教えられてきたようにはカトリックの教義を述べない公教要理を見た時、心配し始めたのです。

全ての新しい公教要理は、多かれ少なかれ、1966年に出版されたオランダの公教要理から息吹を受けています。オランダ公教要理の内容は、教皇がそれを審議することを、枢機卿たちで成る委員会に命じた程、まがい物でした。この審議は、1967年4月にロンバルディーのガッザダ(Gazzada)でありました。

さてこの委員会は、聖座に修正の要請を勧める十の問題点を提起しました。これは、公会議後のやり方に合う、これらの点のなかで教会の教えとの不一致があるという言い回しでした。数年前でしたら、彼らはそのまま排斥されていたでしょうし、オランダ公教要理は禁止図書目録に名前を連ねていたでしょう。これら懸念された誤謬又は省略は、事実上、正に信仰の本質に触れるものだったからです。

私たちはその公教要理の中に何を見出すでしょうか? オランダ公教要理は天使を無視し、人間の霊魂を、天主によって直接創造された存在として扱っていません。原罪が人祖によって全ての子孫に伝えられたものではなく、まるで一種の伝染病のように、悪が支配する人間共同体での彼らの生活を通して、人間たちによって負わされたものあるとほのめかしています。そこにはマリアの童貞性についての言及が一切ありません。さらには、私たちの主は私たちの罪の為に死に、その目的のために御父より遣わされたことや、これは、天主の聖寵が私たちに回復させられるための代価であったことについても言及されていません。結果として、ミサは犠牲としてではなく、宴として提示されています。私たちの主の真の現存も全実体変化の真実もまた明確に述べられていません。

教会が不可謬であることと、真理の所有者であるという真実は、この公教要理の教えからは消されています。同様に、“啓示された諸々の神秘を意味し、そこに到達する”ための人間の知性の可能性についても言及されていません。つまりそれによって、不可知論と相対論へと到達するのです。司祭の司祭職は極小化されました。司教職は、“天主の民”によって委ねられた任命として考えられています。彼らの教導権は、一般信者共同体が信じる内容を認可することとして理解されています。そして教皇は、もはや完全かつ最高、そして普遍なる権能を失いました。

聖三位一体、つまり天主の三つのペルソナ(位格)の神秘についてもまた、満足のいく方法では言及されていません。あの枢機卿委員会は、また諸秘蹟の効果、奇跡の定義、そして死後の義人の霊魂の運命に関する説明を批判しました。また委員会は倫理的な法の解説と、結婚の不解消性をないがしろにする“良心上の問題の解決”において、極めて曖昧であることを指摘しています。

たとえこの本の残りの部分が“正しく、賞賛に値する”ものであるとしても、----- そうだとしても驚くにはあたりません。何故なら聖ピオ十世教皇により明確に指摘されたように、近代主義者たちが常に真理と偽りを混ぜ合わせてきたからです ----- 、見て下さい、この本は信仰にとって特に危険な、邪悪な業であるというには確かに充分です。委員会の報告書を待つことなく、それどころか全く正反対な進歩をしながら、この本の推進者たちは、この公教要理を様々な言語で出版しました。そして、テキストはそれ以来決して変更されることはありませんでした。委員会の警告文がその目次に時々加えられ、時には加えられなかったりするだけです。後ほど私は、従順の問題に言及するつもりです。この件で、誰が不従順なのでしょうか? そして誰がこの“公教要理”を告発するのでしょうか? 

オランダ公教要理は先導しました。私たちはすばやくその遅れを取り戻しました。私はフランス公教要理の最近の歴史については述べません。ただその新刊の、『生ける石 (Pierres vivantes)』と題された「“信仰に関する重要な文書”のカトリック選集」を取り上げたいと思います。これらの著作は、そのすべてにおいて明白に使用された“公教要理”という用語の定義を尊重し、問答方式に進むべきなのです。しかしながら、彼らは信仰の内容を組織的に学ばせるこの方式を捨て、ほとんどと言っていいほど答えを出しません。公教要理書『生ける石』 は、聖伝とは相容れない、新しい、孤立した命題を除いては、何についても断言することを避けています。

信仰諸箇条(ドグマ)が言及される時、ユダヤ教徒、プロテスタント信者、仏教徒、そして不可知論者や無神論者たちとさえ同じ水準に置かれて、この本が“キリスト信者”と呼ぶ人々の一部に特別な、信じていることの内容として話されます。いくつもの講座の中で、公教要理の司会者たちは、子供達が何であれ何か一つ宗教を選ぶように働きかけるように招かれています。それは、いろいろな信仰の内容に耳を傾けること、そこから多くを学ぶこと、が大切だとされます。大切なことは、“チームを作る”とか、クラスメートで助け合うとか、明日のために社会闘争を準備するとかです。つまり、マドレーヌ・デルブレール(Madeleine Delbrêl)の教訓的な人生の中に見られるように、共産主義者たちとさえ一緒に社会闘争に取り組まなければならないとされるのです。しかも彼女の物語は公教要理書『生ける石』において描写され、他のいろいろな課程の中で長々と語られています。子供たちへの模範として推薦されるもう一人の“聖人”とは、マルチン・ルーサー・キングです。他方で、マルクスやプルードンら共産主義者が「教会の外から出てきたように思われる」「労働者階級の偉大な擁護者」として吹聴されています。ご覧の通り、教会はこの闘争に従事したかった、しかし、どうやってそれに着手するのかを知らなかった、とされています。だから、教会は“不正を告発すること”に満足した、これが公教要理で子供たちが教えられていることなのです。

しかしそれより深刻なものは、聖霊の業である聖書に対して不信を投げかけることです。私たちは、世界と人間創造で始まる聖書本文の抜粋があることを普通に期待しています。しかし、公教要理書『生ける石』は「天主はご自分の民を創造された」という題名のもと、脱出の書(出エジプト記)から始めます。カトリック信者たちは、どうして、このような言葉の誤用に混乱させられるべきではないだけでなく、狼狽し胸悪くさせられないことがあるでしょうか。

「サムエルの書 上」に到達して始めて、「創世の書」(創世記)の方向に逆戻りし、そして天主がこの世を創造されたのではない、ということを学びます。私はここで何事かをでっちあげているのではないのです。今回も事実です。そう書いてあるのです。

「世界創造の話の著者は、多くの人々のように、いかにして世界が始まったのだろうかと自問した。信仰者たちはそれについて思案した。彼らの中の一人が、詩を書いた....。」

次にソロモン王の宮廷で、他の賢者たちは悪の問題について熟考した、とされます。それを説明するために、彼らは「絵物語」を書いたことになっています。そういうわけで、私たちに、蛇による誘惑、アダムとエワの堕落の話が出てくるのです。しかし天罰の話はありません。この物語はその場面で終わっています。天主は罰しないようです。ちょうど第二バチカン公会議後の新しい教会が、もはや誰も非難排斥しないように。ただし、聖伝に忠実にとどまっている者たちを除いてですが。カギ括弧付きで引用された原罪は「生まれつきの病気」、「人類の起源に遡る病気」、何か非常に漠然とした、説明のつかないものになっています。

もちろん、この内容ではカトリックの宗教全体が崩れ落ちてしまいます。もし悪の問題に関して私たちが答えることがもはや出来なければ、説教したり、ミサを捧げるたり、告解を聴いたりする必要はありません。誰が私たちに耳を傾けるのでしょう?

新しい公教要理書によれば、新約は聖霊降臨で開かれます。重要性は、信仰の叫びを発する初代共同体に置かれています。次に、これらのキリスト信者たちは昔のことを「思い出し」、私たちの主の話が記憶の雲から少しずつ現れる、最後から始まり、最後の晩餐、ゴルゴタ、それから(私たちの主イエズス・キリストの)公生活、最後に幼年時代が来る、とされます。『生ける石』は「最初の弟子たちはイエズスの幼年時代の話をする」という曖昧な見出しをつけています。

このような基礎の上に、キリストの幼年期に関する福音書の話が敬虔な伝説であること、ちょうど昔の人々が偉人たちの生涯を記録する際、作り上げるのに慣れていたのと同じだと、理解させるのは、これらの講座にとって難しいことではありません。公教要理書『生ける石』は他方で福音書が極めて後で書かれたとし、その信憑性を減少させています。そして、偏向的な挿絵で、使徒たちと彼らの後継者たちが「彼らの生涯に基づいてイエズスの生涯の読み直す」前に、説教し、ミサをし、教えている姿を描いています。これは全くの事実の逆転です。つまり、本当は啓示が使徒たちの思想と生涯を形成するのですが、そうではなく、彼らの個人的経験が啓示の起源であると説明されているのです。

“四終(死、天国、煉獄、地獄)”の部分にくると、公教要理書『生ける石』はこちらを心配させるほど混乱しています。霊魂とは何か?「走るために、私たちは呼吸をしなければならない。難しいことを最後までやり遂げるには、息が必要だ。誰かが死ぬと、‘彼は息を引き取った’と私たちは言いう。息、それは生命、人間の大切な命だ。私たちはそれを‘霊魂’とも言う。」

もう一つの章で、霊魂は心に、脈打つ心臓、愛する心になぞらえられます。心はまた、良心の座ともされています。いったいどうなっているのでしょうか。それでは、死とは何でしょうか? この著者たちはそれについて語りません。

「ある人にとって、死とは生命の最終的な中止である。ある人は、死後も生きることが出来ると、しかしそれが絶対に確かであるとはわからずにそう考えている。最後に、死後の生命を確信するものもいます。キリスト者がこの人たちにあたる。」

子供たちは選ぶしかありません。つまり、死がなんであるかは選択することとなっているのです。しかしこの公教要理を受講している人は、キリスト信者ではないのでしょうか?それならば何故、受講者にキリスト信者を第三者として語るのでしょうか。何故「私たちキリスト信者は、永遠の命が存在し、霊魂が死なないということを知っています。」と明確に述べないのでしょうか?

天国もまた、あいまいに扱われている題目です。「キリスト信者たちは、死後永遠に天主と共にいて完璧な喜びのことを意味して天国と時々言う。それは『天』、天主の王国、永遠の命、平和の統治である。」

これは、非常に憶測に過ぎないような説明のまま残ります。なんだか言い方の問題にすぎないようであり、キリスト信者が使う彼らに安心を与える隠喩であるかのようです。しかし私たちの主は、もし私たちが主の掟を守るならば、私たちに天国を約束されました。そして教会は常にそれを「諸天使と選ばれたもの達が天主を見て、天主を永遠に所有する完全な幸福の場所」として定義してきました。新しい公教要理は、昔の公教要理で明言されていた事柄について、明確な撤回を意味しています。その結果は、教えられた真理に対する信用の欠落と、霊的な武装解除でしかありえません。つまり、もし私たちキリスト信者は、死後に、何が待っているのかあまりよく知らないならば、人間の本能に抵抗し、狭い道に従って、いったいどんな利益があるというのでしょうか。

カトリック信者は、天主について、この世について、あるいは四終について何であるか自分の概念を作ることができるような提案を求めて、司祭、司教のところへは行くのではりません。カトリック信者は司祭や司教のところに、何を信じなければならないか、何をすべきかを求めているのです。もし彼らが、生活の様々な提案といろいろな計画をあれもこれも答えるとしたら、自分の宗教を創り上げるしかありません。つまり彼はプロテスタントになるしかありません。この新しい教理書は子供たちを、プロテスタントの子供にしているのです。

この刷新のキー・ワードは、「確実さ」を追い出すことです。この確実性を所有するカトリック信者が、自分の宝物を守る欲張りとして批判され、恥ずかしい利己主義者、満腹を堪能したものとして考えられています。それによると、正反対の意見に自らを開き、違いを認め、フリーメーソンやマルクス主義者、イスラム教徒さらに精霊信仰者たち(アニミスト)さえ尊重になければならない、聖なる人生の印は、誤謬との対話することである、とされています。

それが本当ならその時、あらゆることが許されます。私は既に、結婚に関する新しい定義に起因する様々な結果についてお話しました。これはひょっとしたら偶然に起こってしまう結果はありません。キリスト信者たちが、文字通りにこの定義を受け取るならば、起こりうることです。より拡大し日常的になっている道徳的放埒を私たちが見るにつけ、その様々な結果は遅れずに現れたと言うことができます。

しかし、それよりもさらに衝撃的なのは、この新しい要理書はそれに手を貸していることです。1972年頃にリヨンで、司教の教会認可 (imprimatur) を持って出版され、教師たちのために作られた、「要理の資料」と呼ばれているもを例に挙げましょう。題名は「見よ、この人を」です。倫理について言及する部分には、こうあります。「イエズスは、それが政治に関するものであれ、性に関するものであれ、あるいはその他いかなるものであれ、「倫理」を後世の人々にまで残すつもりはなかった。・・・その不変の唯一の要求は、人々の相互の愛である。・・・これの他は、人間は自由だ。人が自分の同胞をたいして持つこの愛を表現するには、何が最善の方法なのかは、それぞれの状況に置いて自分が選択するだけだ。」

同じ資料の“純潔”に関するところは、この一般的な原則を適応しています。「創世の書」を無視して、衣類はようやく後の時代に「社会的身分あるいは尊厳の印として」「隠蔽の役割」を果たすために現われたという説明の後で、純潔はこのように定義されています。

「純潔であることとは、秩序だっていること、自然に忠実であること・・・。純潔であるとは、調和があること、地球と人々と平和であること。抵抗も暴力もなしに、自然の偉大な力と調和していること。」

次に私たちは、ある質問と答えを見つけます。「この種の純潔は、キリスト教徒の純潔と一致しているだろうか? ― 単に一致しているだけでなく、それは真に人間的でキリスト的な純潔にとって必要である。イエズス・キリストでさえ、発見、知識、いろいろな民族にの長い探究の実りを否定も排除もしなかった。その正反対に、キリストは彼らに特異な延長を与えた。‘私は破壊するために来たのではなく、完成するために来た。’」

彼らの主張に証明に、著者たちはマリア・マグダレナの例を挙げています。「ここに集った人々のうちで、純潔なのはマリア・マグダレナである。なぜなら彼女は、多く愛し、深く愛したからだ。」

こうして彼らは福音を偽り伝えています。マリア・マグダレナについて、彼女の罪と放蕩な生活だけしか取り上げません。私たちの主が彼女に与えた赦しは、彼女の過去の生活を認めることとして描かれています。そして「行きなさい。そしてもう罪を犯してならない。」というあの勧告も、またかつて罪の女であったマリア・マグダレナをカルワリオまで導いた固い遷善の決意、死ぬまで私たちの主イエズス・キリストに忠実であった決心についても、いかなる注意も向けられていません。この不快を感じさせる本は限界を知りません。

この著者たちは尋ねます。「ただ楽しむため、或いは女性がどんなものなのかを知るためであるとよくわかっていたとしても、女性と関係を持つことが出来るだろうか?」そして彼らは答えます。「純潔の掟についてこのようなやり方で質問することは、真の男性、愛の人、キリスト信者にはふさわしくない。・・・それは拘束する服装を着せること、耐えられないくびきを強要することを意味していないか?ところが、キリストは、正しく私たちを様々な法の重荷から解放するためにやってきた。‘私のくびきは心地よく、わたしの重荷は軽い’。」

見て下さい! もっとも聖なる御言葉でさえも、霊魂たちを邪道に導くようにどうやって解釈されているのかを! 聖アウグスチヌスについては、彼らはたった一つの金言を覚えているだけです。「愛せ、そしてあなたの望むことを行え!」 

私は、カナダで出版された数冊の卑しむべき本を受け取りました。彼らはセックスについてだけを、しかも常に大文字で、「信仰における性行為」、「性の奨励」などと述べています。挿絵は完全に嫌悪すべきものです。彼らは全力を尽くして、子供たちにセックスへの願望と強迫観念をあたえ、セックスだけが人生において唯一のことであると信じさせたいかのようです。多くのキリスト信者の両親たちは抗議し異議を唱えました。しかしそれについて何もなされませんでした。しかも正統な理由をもって。何故なら本の最後のページで、これらの公教要理は、要理委員会によって認可されたとあるからです。この印刷許可はケベックの宗教教育のための司教委員会の委員長によって与えられたのです!

カナダ司教団によって認可されたもう一つの公教要理は、子供たちに対し全てと断絶するように勧めています。親との断絶、伝統との断絶、社会との断絶、それはこれらの全ての絆が窒息させてしまっている自分のパーソナリティーを再発見し、社会や家族から来るコンプレックスから自らを解放するためにです。いつも福音に正当化の理由を探しながら、この種の勧めを与える者たちは、キリストもこの断絶を生き、それによって、自らを天主の御ひとり子であると啓示したと主張します。ですから、私たちが同様にするのは、彼の聖旨なのだそうです。

しかし、たとえ司教の権威によって保証されていると言っても、カトリックの宗教にこのように矛盾する思想を受け入れることが出来るでしょうか? 断絶について話す代わりに、私たちは、生命を作り上げる様々な絆を大切にする必要があります。天主への愛とは何でありましょうか? もしそれが天主との絆でなく、そして天主と天主の掟に対する従順でなければ、何なのでしょうか? そして両親との絆、つまり両親への愛は、生命の絆であって、死の絆ではありません。しかし新しい要理書では、現在子供たちに、両親たちを抑圧する者、縛り付ける者、彼らのパーソナリティーを下げ、自らをそこから解放すべき者として提示しているのです!

ダメです。あなた方の子供をこのように腐敗するがままにさせていることはできません。 率直にいいます。私ははっきり言います。あなた方は、子供に信仰を失わせる公教要理の講座に、子供たちを送ることは出来ません。
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聖ピオ十世会 聖伝のミサ(トリエント・ミサ)9月の報告 SSPX JAPAN Traditional Latin Mass

2018年09月24日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 今回のミッションでは、大阪で生まれたばかりの赤ちゃんであるマリアちゃんの洗礼式がありました。

 また、聖ピオ十世会の修道女会のシスターマリア・ヨゼフが来日し、大阪と東京とでスライドショーで、聖ピオ十世会の修道女会の紹介をしてくださいました。

 願わくは、イエズス様の浄配という最も崇高な召命が、日本からも多く輩出されますように!

 東京では最近では恒常的に60名以上の方々がミサ聖祭に与るようになり、大変うれしく思います。

 聖伝のミサに多くの方々が与るようになればなるほど、それはまず多くのお恵みを勝ち取ります。新しいミサの手による聖体拝領でなされるご聖体に対する不敬と無関心を償うことが出来ます。次に、非常に人間的な義論ですが、日本の司教様たちに聖伝のミサに立ち戻る必要を沈黙のうちにしかし極めて雄弁に訴えることが出来ます。

 聖ピオ十世会の聖伝のミサに参加する方々が100人になり、500人になり、1000人になり、多くの方々が集えば集うほど、カトリック教会の正常化のために、より強いメッセージを送ることができます。それは超自然の祈りのメッセージであり、自然的な目に見えるメッセージです。

 私たちはご聖体に対する不敬は嫌だ、という誠実な気持ちを伝える必要があります。私たちは地道に、過去から脈々と未来につながる変わらないカトリック教会の真理を信じ続ける必要があります。

 第二バチカン公会議は「信徒中心」「多様性」「対話」「奉仕」だと良く聞かされました。でも、それは嘘でした。カトリック的に理解したものではありませんでした。司祭がいないプロテスタントのような「信徒中心」に変えるために、カトリック的な信徒は排除。カトリック教会の聖伝と過去を絶対排除した「多様性」。司祭とカトリック信徒との意思の疎通ではなく、カトリック以外の宗教と対話してそこから学ぶこと。イエズス・キリストの栄光と救霊のための奉仕ではなく、天主以外のことへの奉仕、この世への奉仕。

 第二バチカン公会議は司牧公会議(不可謬ではない公会議)として開催され、すでに五十年以上過ぎました。司牧的公会議である第二バチカン公会議は故意に曖昧な文書を発表しました。いまでもその正確な意味について多くの人々について正確には不明でありつづけています。極めて未完成なものでした。第二バチカン公会議にしがみつくのは意味がないことは明白です。あまりにも未完成のものであって、教会は未来を失いつつあるからです。ご聖体に対する無関心、エキュメニズムなどによって日本のカトリック教会がますます混乱の危機に陥ってしまっているからです。

 願わくは、半死半生の私たち日本のカトリック信徒のより多くの方々が、良きサマリア人であるルフェーブル大司教様が続けて下さった聖伝の御ミサと聖伝の堅振の秘跡というブドウ酒と油を注がれて、より多くの日本のカトリック信徒の方々がその傷を癒やされ、天主様イエズス様への愛に生きる事ができますように!

 その為にも、その「宿屋」がいつも日本にありますように!聖ピオ十世会の司祭たちやシスターたちが一日も早く日本に常駐することが出来ますように!

天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

【報告】【大阪】
アヴェ・マリア・インマクラータ!

大阪でのミサの報告をお送り致します。
9月21日(金) 聖マテオのミサには12人
9月22日(土) 9月の四季の斎日のミサには19人が御ミサに与るお恵みを頂きました。デオグラチアス!

金曜日のお説教では聖マテオについて黙想し、聖マテオが奇跡で王の娘を蘇らせたように、私達は霊的に自分の周りにいる多くの霊魂を祈りと犠牲によって蘇らせられるようにと励まして頂きました。また、天主に純潔を捧げた霊魂のために殺された聖マテオに聖職者の方々の御保護とお取次ぎを願いました。
ミサの後には御聖体降福式でイエズス様の聖心に対する罪と無関心の償いと、また日本と韓国の為に礼拝と賛美、感謝をお捧し、イエズス様に直接色々な事をお願いしました。
小野田神父様のブログに掲載されている御聖体の黙想を拝読して御聖体への信心と愛、関心がより深まりました。

土曜日の聖福音では、長らく実りの無いイチジクの木を主人が小作人に切り倒す事を命ずると、小作人が自分がもっと世話し、肥しを与えるからもう一年待ってほしいと頼むたとえ話が読まれました。
お説教でこの例え話を次のように説明して頂きました。
主人→天主聖父、
小作人→イエズス様、
実らぬイチジクの木→私達、
肥し→イエズス様がお与え下さるお恵み、特に御聖体。
自分の今の生活を考えると、実りの無い自分の為に、イエズス様がこれでもかこれでもかとお恵みを下さっていることを今更のようにハッキリと感じました。切り倒されないように、もっと沢山の実をつけてイエズス様の御愛にお返ししなければいけないと思いました。

この度はフランスから聖ピオ十世会シスター会のシスター、マリア・ヨゼフシスターがいらっしゃって下さり、多くのスライドショーと共にシスター会の活動や生活をお話してくださいました。
シスターがお一人いらっしゃるだけで、澄んだ空気が漂うようでした。その振舞、話し方、祈り方は私達の良きお手本で、シスター方の多くの祈りと犠牲、お働きが聖ピオ十世会の神父様方に、そしてこの世界には不可欠なのだと理解しました。
日本からも多くの召命が出るように、時と場所は離れていても、シスター方と心を合わせて祈りたいと思います。

至聖なるイエズスの聖心我らを憐み給え
聖母の汚れなき御心よ我らのために祈り給え

【報告】【東京】
アヴェ・マリア・インマクラータ!

今日の東京でのミサ/聖ピオ十世会のシスター会のスライドショー/晩課の参列者数は下記の通りです。

ミサの参列者数
計: 62人(内、子供11人)

聖ピオ十世会のシスター会のスライドショー
30人(内、子供7人)

晩課
13人

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教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ【その7】

2018年09月23日 | ルフェーブル大司教の言葉
教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ

ルフェーブル大司教の公開書簡 その7


7. 新しい司祭職


司祭はますます少なくなっています。このことは誰でも知っています。そこらにいるまったく宗教のことに関心の薄い人でさえこのことを定期的にマスコミで読んでいます。もう15年も前の話ですが、『明日は司祭不在の教会か?』と言う本さえ出版されました。

しかし、現状は見かけよりもさらに深刻です。司祭の減少だけではなく、次のことさえ疑問になります。「一体何人の司祭が、まだ信仰を持っているのか?」と。それだけではありません。第3の質問も問いかけるべきでしょう。

「ここ数年の間に叙階された司祭は、本当に司祭なのか?」と。言い換えると、「司祭叙階式は、少なくともその幾つかは、有効なのか?」ということです。この疑いは、その他の秘蹟の有効性に関して為された疑いと同じ重みを持っています。

この疑いは、いくつかの司教の聖別式にまで及びます。例えば、1982年の夏の間にブリュッセルで行われた叙階式で、聖別する司教は、叙品を受けるものに向かって、「ガンジーや、ヘルダー・カマラ、またマホメットのような使徒となれ!」と言いました。

少なくとも、ガンジーやマホメットに関して、このように言及することは、「教会の望むことをする」という明らかな意向と両立できるでしょうか?

[訳注:秘蹟が有効であるためには、正しい形相、正しい質料、正しい意向の3つが必要で、このうち1つでも欠けたものがあると、この秘蹟は無効になります。秘蹟が有効であるための正しい意向とは、少なくとも、「教会の望むことをする」という意向を持たなければならない。]

今から数年前にトゥルーズで行われた司祭叙階式のパンフレットを見て下さい。「司会者animateur」が叙階を受けようとする人を、名前を呼び捨てにして、紹介することから式が始まります。叙階を受ける人は、Cという名で、司会者はこう言います。

「彼は(天主と人々に為した全ての奉献を)労働階級の教会の奉仕に、自分を全て捧げることによって、もっと深く生きようと決意しました。」Cは自分の「道のり」つまり、神学校を、グループで達成したのです。そして、司教に彼の司祭叙階を推薦するのは、このグル-プです。[訳注:伝統的には、神学校の校長が、司教様に神学生を叙階することを推薦する。]

グループ曰く「私たちは、彼の歩みを認め、正真正銘のものとし、彼を司祭に叙階して下さることを望みます」と。そこで司教はかれに司祭の定義に関わることをいくつか質問します。

「君は『信者と共に、人々が、正義と兄弟愛と平和との努力のうちに、探し求めるものの印と証人となるために』『天主の民に奉仕するために』『キリストの行為を祝い、この奉仕を保証するために』司祭に叙階されることを望みますか?」

「君は、『私と司教たちと共に、福音の奉仕のために私たちにゆだねられた責任を共に担う』ことを望みますか?」

秘蹟の質料はそのまま保持されていました。それは、按手で、これは行われました。

叙階の聖別の言葉である形相も、そのまま残っていました。

しかし、意向はあまりはっきりしていないと言うことに注意しなければなりません。司祭というのは、労働階級のためだけに、そして、まず自然の秩序に限られたレベルでの正義と兄弟愛と平和ということのために、叙階されるのでしょうか。

叙階式に続く、新司祭による聖体祭儀、事実上の“初ミサ”は、これの延長上にありました。奉献部は、特別にこのために作られました。「聖主よ、御身(あなた)がお与えくださるこのパンとぶどう酒を受け取ることによって、御身をお受けいたします。より正義にかない、より人間らしい世界を建設するための私たちのあらゆる努力と労働を、さらにより良い生活条件が確保されるためにわたしたちが成し遂げようとしている事すべてを、この受け入れによって捧げることを望みます。」

その奉献されるパンとぶどう酒の上でなされる祈りはさらに疑わしくもあります。「ご覧ください。天主よ。私たちは、このパンとぶどう酒を御身に捧げます。願わくはこのパンとブドウ酒が私たちにとって、御身の現存のいろいろな形のうちのひとつになりますように。」

違います!このような方法でミサを執行する人々は、聖主の真の現存を信じていません!

一つ確かなことがあります。この疑わしい叙階の最初の犠牲者はこの若者、つまり、正確な知識を持たずに、あるいは知っていると信じ込んで、ただ永遠に司祭職を受けてしまったこの若者だということです。彼はまもなく、どのくらい後か幅があるでしょうが、いくつかの自問をしないでどうしていられるのでしょうか? 何故なら、彼に提示されていた理想は、彼を長いこと満足させることなど出来ないからです。彼の使命の不明瞭さは彼にとって明白になってくるでしょう。それが「司祭のアイデンティティの危機」と呼ばれるものです。司祭とは本質的に、信仰の人です。もし司祭が、もはや自分が何であるのか解らないとしたら、彼は彼自身と司祭職が何かに対する信仰を失っています。 

聖パウロとトリエント公会議によって与えられた、司祭職についての定義は根本的に変えられてしまいました。その結果、司祭とは、もはや祭壇へ上り、賛美のそして罪の赦しの為の犠牲を天主に捧げるものではなくなりました。目的の順番は逆転させられてしまいました。司祭職の第一の目的は、犠牲を捧げるということです。副次的目的が、福音宣教です。

あのCのケースは唯一の例とは程遠いものです。私たちには同じような様々な例を知っていますが、Cの例を見ると、福音宣教が、どこまで犠牲や諸秘蹟ということより優先されているのかを証明しています。福音宣教はそれ自体で目的となってしまっています。この危険な誤謬は数々の深刻な結果を招いてしまいました。

自らの目的を奪われた福音宣教は、方向性を見失い、誤った“社会正義”や偽りの“自由”というようなこの世の喜ぶ動機を探すでしょう。これらの「社会正義」や「自由」は様々な新しい名称を持ちます。つまり「成長」「発展」「進歩」「世界の構築」「生活条件の改善」「平和主義」などです。私たちは、全ての革命へと導いてきた言い回しの真ん中にいるのです。

祭壇の犠牲が、もはや司祭職の第一の目的ではないとすると、秘蹟こそが、危機に瀕することになります。何故なら、“教区地域の責任者(教区司祭)”とその“共同宣教チーム”は、秘蹟の授与を平信徒に任せ、自分たちは労働組合の職務、あるいはしばしば労働組合以上に政治的である、政治的の仕事に負われて忙しいからです。

実際に社会的闘争に従事する司祭たちは、最も政治的な諸組織をもっぱら選んでいます。これらの組織において、彼らは政治的、教会的、家族的かつ教区的な構造に対して戦いを挑んでいます。何一つとしてそのまま残ってはならない、と彼らは言います。共産主義は、これらの司祭たち以上に有効な手先を見つけたことはありませんでした。

ある日私は、ある枢機卿に、何を私が自分の神学校で行っているか、何にもましてミサの犠牲と典礼的祈りに対する神学を深めることに方向付けられたその霊性を説明していました。彼は私に言いました。

「しかし大司教様、それは、いま私たちの若い司祭たちが望むことと正反対ですよ。私たちは今、司祭を福音宣教という言葉においてのみ定義しています。」

私は答えました。

「どのような福音宣教ですか?もしそれがミサ聖祭との根源的および本質的な関係がなければ、どうやってそれを理解するのですか、政治的福音宣教ですか、それとも社会的、あるいは人道的それですか?」

もし、司祭がもはやイエズス・キリストを述べ伝えないとしたら、この使徒は闘争的なマルクス主義者および労働組合至上主義者になります。これはいたって当然なことです。私たちは非常に良くそれを理解します。彼は新たな神秘 (mystique) を必要とし、それを次のやり方で見出します、ただし、祭壇の神秘を失いながら。司祭たちは、完全に方向性を失っているので、司祭が結婚し、司祭職を放棄するようになっても、私たちは驚きません。フランスでは1970年に285人、1980年に111人の司祭叙階しかありませんでした。しかし、それから彼らのうち何人が還俗した、あるいは将来還俗するのでしょうか? 私たちが今挙げた驚くべき劇的に僅かな数でさえ、聖職者数の現実の増加と一致していません。若者たちに提供され、“現在の若者たちが、今望んでいる”と言われているものは、彼ら若者たちの熱望に答えていないのは目に見えて明らかです。

容易くそれを論証できます。もはや召命はありません。なぜなら若者たちは、ミサの犠牲(いけにえ)が、もう何であるのか知らないからです。結果として、もう若者は、司祭とは何なのか意味を明確にすることが出来ません。一方で、教会が常に教えて来たように、ミサの犠牲が理解され尊重されるところでは、召命が満ちています。

私は自分の神学校で、これを目撃してきました。私たちは、神学校で、永遠の真理を再確認すること以外の何も行っていません。数々の召命は、宣伝もしないのに、自然に私たちのところにやって来ます。唯一の宣伝が、近代主義者ら [が非難攻撃すること] によって行われました。私は、13年の間に187人の司祭を叙階しました。1983年以来、通常の叙階数は年に35から40人でした。エコン(Ecône)、リッジフィールド(Ridgefield –合衆国)、ツァイツコーフェン(Zaitzkofen ドイツ)、フランシスコ アルヴァレズ(Francisco Alvarez アルゼンチン)、そして アルバーノ(Albano イタリア)に来る若者たちは、ミサの犠牲によって引き寄せられたのです。

若者が聖主の代理として祭壇へ登ること、もう一人のキリストであることは、何と並外れた恩寵なのでしょうか!地上に、これ以上すばらしく偉大なことはありません。それは家族を去り、家庭を持つことをあきらめ、あるいは世俗を放棄し、清貧を受け入れる代価にふさわしいのです。

しかしもし、この魅力がもはやないとしたら、率直に言ってしまえば、その時それは値打ちのないものであり、それが為に数々の神学校は空っぽです。

もし、過去20年間、教会によって導入された方針で続けたとしたら、そして「2000年にはまだ司祭がいるのだろうか?」という問いに答えるとしたら、私たちはNoと答えることができます。しかしもし、信仰の真の概念への復帰があるならば、神学校と修道会の両者に数々の召命があるでしょう。

何故なら、何が修道士と修道女の偉大さと美しさを生み出すのだろうか? ということだからです。それは聖主イエズス・キリストと共に祭壇で自らを犠牲として捧げることです。さもなければ、修道生活は意味をなしません。現代において、若者たちは昔と同様に、物惜しみしません、彼らは寛大です。彼らは、自分自身の奉献を切望しています。欠陥があるのは現代なのです。

すべてが共に密接な関係を持っています。建造物の礎を攻撃することによって、それは完全に倒壊してしまいました。もうミサはなく、司祭たちはいないのです。典礼書は、それが刷新される前、叙階式で「天主に聖なる犠牲を捧げ、生ける人と死せる人の為、聖主の聖名により聖なるミサを執行する権能を受けよ」と司教に言わせていました。司教はこの言葉を言う前に、「彼らが祝福するすべてのものは祝福され、彼が奉献するものは奉献され、聖別されますように」と言う言葉を発しながら被叙階者の両手を祝福していたものです。授与されるこの権能は曖昧さなく表現されます。「御身の民の救いのため、そしてまた彼らの聖なる祝福によって、パンとぶどう酒が天主なる御子キリストの御身体と御血へと全実体変化することによって、彼らが働きますように。」

現今、司教は次のように言います。「天主に捧げるために、聖なる民の捧げものを受けなさい」と。司教は、新しい司祭を、職務的司祭職の保持者とか聖別者とかというよりはむしろ仲介者的なものとして作り上げるのです。この概念はまったく違うものです。司祭とは、教会において常に、叙階の秘蹟によって授与された刻印を霊魂上に持つものとして考えてきました。私たちは依然として、聖職停止 ではないある司教が「司祭とは、一般信者がなさない事をなす人ではありません。彼は、他の洗礼を授かった人がそうであるのと同じ、もう一人のキリスト 以上の何ものではないのです。」と書いているのを見たことがあります。この司教は単に、公会議とその新しい典礼の発令以来優勢になっている教えから、この結論を引き出しただけなのです。

信徒の司祭職と司祭のそれの相関については、ある混乱が生じてしまいました。ところで、悪名高いオランダの公教要理について所見をのべるよう指名された枢機卿たちが次のように言いました。「キリストの司祭職への参与における、司祭たちの司祭職の偉大さとは、一種の単なる階級的な意味においてではなく、本質的な意味において、信徒の共通司祭職とは異なる。」 この点に関して、この反対を主張することはプロテスタント主義と団結することです。

教会の不変の教義は、司祭とは聖なる消すことの出来ない刻印を授けられているということです。つまり「Tu es sacerdos in aeternum(御身は永遠に司祭である)」です。諸天使、天主の御前で、彼が何を行うにしろ、彼は永遠にわたって司祭として留まるのです。たとえ彼がスータン(司祭服)を脱ぎ捨てたとしても、たとえ彼が赤いあるいはその他の色のセーターを着て、又はもっとも恐ろしい罪を犯しても、何も変わりません。彼は司祭のままです。叙階の秘蹟は彼をその本性において変えてしまったのです。

私たちは、“教会における職務を果たすために、集会により選ばれた”司祭などではありません。そしてさらに、期間限定の司祭などではなおさらないのです。後者は、限定期間が終わると、礼拝役員は---これ以外の用語が思い浮かばないので礼拝役員と言っておきます---が、信者の間に再びその位置に戻るというもので、一部の人々によって提案されました。

司祭職を聖なるものとして見ないこの見方は、全く自然に、司祭の独身制を怪しむ事に導きます。ローマの教導職から再三繰り返された警告にもかかわらず、うるさい圧力団体は司祭の独身制の廃止を要求しています。オランダで、神学生たちが、司祭の独身制廃止の“保障”を求めて、叙階式のストライキをしているのを私たちは見たことがあります。この司祭独身制問題を審議しなおすため、聖座にせきたてようと声を上げた司教たちもいますが、私は引き合いに出しません。

この問題は、もし聖職者がミサと司祭職への正しい理解を保っていたとしたら、発生さえしなかったでしょう。なぜなら、私たちがこれら二つの現実を完全に理解するとき、真の理由はおのずと表れるからです。それは、聖母マリア様が童貞に留まった事と同じ理由なのです。つまり彼女の胎内に聖主を宿したことにより、聖母マリア様が童貞であったのは全く正当で、適した事でした。司祭も同じ事です。聖変化の時に発する言葉によって、司祭は天主を地上にもたらすのです。天主、すなわち霊的存在であり、霊そのものなる天主との親密さを持っているが故に、それは司祭もまた、童貞で、独身に留まることが良く、正しく、著しく適合しているからなのです。

しかし、人は反論するでしょう。東方教会には結婚した司祭がいると。ですが思い違いをしないようにしましょう。つまり、それは単なる黙許・黙認でしかないのです。東方教会の司教たちは結婚していることが許されません。それら重要な地位にある人も同様です。東方教会の聖職者らは司祭独身制を尊重しています。これは教会の最も古い聖伝の一部をなし、使徒たちが聖霊降臨の時から守って来たことであり、聖ペトロの様に既に結婚していた者たちは、たとえ妻と共に生活していても、もはや彼女を“知らない”でいたのです。

いわゆる社会的あるいは政治的な使命の幻想の罠にかかった司祭たちが殆ど自動的に結婚することは、もはや顕著であります。二つのことは相伴うのです。

人々は、現代があらゆることを捨てるのを正当化しているので、その諸々の状況下では貞節な生活を生きることが不可能であり、司祭、修道者たちの貞潔の誓願などは時代遅れであると信じさせたいのです。過去20年間の経験は、司祭職の現代への適応という口実のもと、司祭職に対してなされた攻撃が致命的であると証明しています。しかし“司祭なしの教会”などというものは、考えることさえできません。なぜなら教会は本質的に司祭的であるからです。これらの悲しむべき時代において、人々は一般信者の「自由結合」と聖職者の結婚を望んでいます。もしも、この見かけ上の非論理において、キリスト教社会の崩壊をその目標として持っている容赦ない論理があることに気づくなら、あなた方は物事をありのままに観察しているのであり、あなた方の判断は正確です。

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教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ【その6】

2018年09月22日 | ルフェーブル大司教の言葉
教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ

ルフェーブル大司教の公開書簡その6


6. 洗礼と婚姻、悔悛と終油の秘蹟の新しい仕方


規則正しく十分の宗教を実践しているカトリック信者なら、あるいは人生の重大な転機において教会に足を運ぶ信者なら、次のような根本的な問いを自問自答せずにはいられません。すなわち、洗礼とは何なのか?という問いです。

ところで、このような問い自体、新しい現象です。つい最近までは、誰でもこの問いに答えることができましたし、実際だれも洗礼とは何かを、ことさら問いたててみもしませんでした。洗礼の第一の効果は、原罪から贖われることです。このことは父から子へ、母から娘に伝えられて知っていました。

ところで、ご覧ください、今ではもはやどこでさえも誰も洗礼のことを話はしません。教会内で執り行われる簡単になった儀式には、洗礼で赦される罪は受洗者が自分で犯す罪のことであって、私たち全てが生まれながら負っている原罪のことではないかのように、罪が言及されるのです。

すると洗礼とは、私たちを天主と一致させる秘蹟としてだけ、むしろ、私たちを共同体に導入させる秘蹟としてだけにしか映らなくなります。そして、洗礼式の第一の段階として、最初の儀式として、いろいろなところで押しつけられた「受け入れの儀式」はそのように表現しているのです。このことは個人個人が自発的に導入したものではありません。というのも典礼司牧全国センターのポスターに、段階的な洗礼に関する様々な発展について記述があるからです。このような洗礼を、数回に分けた洗礼ともいいます。「受け入れ」の後には、「歩み」、「求道」、があって、子供が、(いわゆる)自由に決断がつくようになるようになったときに、そしてこのことは十八歳以上など、かなり高年齢になりうるのですが、秘蹟が施されるのです。そして施される代わりに、施されない時もあるのです。新しい教会の中ではかなり重要視されている教義学を教えている或る教授は、キリスト教信者を次の二つに区別しています。まず信仰と宗教文化を自分のものとはっきりさせたキリスト者と、その他の四分の三以上の信者です。このその他の信者は、この教授によれば、彼らが自分の子供たちに洗礼を授けようとするときに前提とされる信仰しかないのだそうです。この「民間信仰の」キリスト者は、洗礼準備の集会の途中で探知され、受け入れの式より先に進むことがないように言い含められるのだそうです。このようなやり方こそ、「私たちの文明の文化状況にもっともよく適応している」のだそうです。

最近フランスのソム県の主任司祭は、二人の子供に荘厳聖体拝領式をするようにさせ、子供たちに洗礼証明書を求めました。証明書はこの司祭のもとに家族の出身の教区から送られてきました。それによると、二人のうち一人は洗礼を受けていましたが、もう一人は、両親が洗礼を受けさせたとすっかり信じ切っていたにもかかわらず、洗礼を受けてはいませんでした。この子は受け入れの式に名前が登録されていたにすぎませんでした。これがこの最近の実践の結果です。教会で与えられるものは、実は見せかけの洗礼なのです。そしてそれに参列した人々はそれを善意で本当の秘蹟だと思いこんでしまうのです。

このようなことが、みなさんを狼狽させてしまうということはよく分かります。みなさんはもっともらしい議論に面と立ち向かわなければなければならないでしょう。このもっともらしい議論はたいていの場合、提案という形を取って、苗字なしで名前だけの、つまり匿名の署名で、教区報の中にも見受けられるのです。私たちは今ここで、そのうちの一つ、アランとエヴリンの書いたものを見てみましょう。

「洗礼とは、奇跡によって、原罪などというものを消す魔法の儀式ではありません。私たちは救いが全体的で、無償で、そして全ての人々のためであると信じています。天主は全ての人々を、いかなる条件の下においても、いえむしろ、いかなる条件もなく、ご自分の愛において選ばれました。私たちにとって洗礼を受けるということは、生活を変えるということを決断することです。それは、あなたの代わりに誰もすることのできない個人的な決断なのです。それは、その前に十分よく知った上での決断なのです。云々」この数行のうちになんと恐ろしい誤謬が書かれていることでしょうか。この数行のうちに、幼児洗礼を廃止することを正当化させようとしています。さらにこの文章の言おうとすることは、教会が始まって以来の教えを軽蔑して、プロテスタントに歩み寄ることです。

聖アウグスチヌスはすでに4世紀末にこう書いていました。「幼児に洗礼を授けることは最近の発明ではなく、使徒時代から続く聖伝の忠実なこだまである。この慣習は、これだけで、しかもこの他のありとあらゆる資料をのぞいても、これだけで真実に関する確実な規則を形成している」と。

西暦251年の、カルタゴの会議は「生後8日以前に」子供に洗礼を授けることを規定しています。また、1980年11月21日にはPastoralis actioという規定で、信仰の教義に関する聖省は、「いつから始まったのかを指摘できないほど太古にさかのぼる聖伝の規範」に基づいて、幼児洗礼を授ける義務について繰り返し述べています。

このことは、もしみなさんが、新生児に聖寵の命に参与させようと[して、洗礼を授けようと]するのを、拒否されるとき、みなさんの持つ神聖な権利を優先させるために知っていなければなりません。両親は、子供にどのような食事を与えるか、あるいは子供の健康のために必要な場合の外科手術をするか、などについて子供の代わりに判断するのであって子供が18歳になるまで待ってはいません。超自然の秩序において、両親の義務はさらに緊急であって、子供が「個人的な決定」が自分ではできない時、秘蹟を司る信仰は、教会の信仰なのです。あなたが自分の子供から天国での永遠の生命を奪ってしまった場合に取らなければならない、恐るべき責任の大きさを少しでも考えてみてください。私たちの主はそのことをはっきりと言われました。「水と霊とによってもう一度生まれない限り、誰も天主の御国には入ることができない。」

この特異な司牧の実りは、待つまでもありません。パリ司教区では、1965年には二人に一人は洗礼を受けていました。しかし1976年には洗礼を受けるのは四人に一人です。ある郊外の教区の聖職者は、大して残念そうでもなく、1965年には一年間に450人の洗礼があったが、1976年には150人に減少したことを報告しています。フランス全体でこの落下は見られます。1970年から1981年の間に、洗礼総数は596,673から、530,385になっています。しかし、他方で、この同じ間に人口は3,000,000人以上増加しているのです。

このようなことは、洗礼の定義を正しく下さなかったから起きたのです。洗礼が、原罪を消すという事実を言わなくなって以来、人は「では洗礼とは何なのか」と自問するようになり、そのすぐ後に「洗礼を受けて何の良いことがあるのか」と言うようになってしまったからです。たとえ両親がそこまでいっていなくても、彼らは少なくとも、そのような話を聞かされて反省し、緊急なものではないのだと認め、それにどっちにしても、子供は、ちょうど政党や労働組合に加入するように、いつでも大人になれば、キリスト教共同体に参加することができるのだと思うのです。


結婚についても同じ質問が投げかけられています。婚姻は常にその第1目的、そして副次的目的によって定義されてきました。婚姻の第1目的は、人類の繁栄のために天主に協力することであり、副次的目的は夫婦の愛でした。

ところで第二バチカン公会議ではこの定義を変えようとしたのです。そして第1目的というのはもはやなくて、この上の2つの目的は同等だというのです。公会議の最中にこの変更を提案したのは、スーネンス枢機卿(Cardinal Suenens)でした。私は今でもよく思い出すのですが、そのときドミニコ会総長であったブラウン枢機卿(Cardinal Brown)が立ち上がってこう言ったのです。「Caveatis, caveatis! (気をつけて!)もしこの定義を受け入れると、私たちは教会の全聖伝に反対することになり、婚姻の意味を歪めてしまうでしょう。私たちは、教会の聖伝に基づく定義を変える権利がありません。」

ブラウン枢機卿は、警戒を喚起するためにいろいろな文章を引用しました。バチカンの聖ペトロ大聖堂中に大きなどよめきが起こりました。スーネンス枢機卿は教皇聖下から以前使っていた表現を和らげ、さらには変更するようにと頼まれました。Gaudium et Spesという現代世界憲章には、「婚姻の別の諸目的を見下す(posthabere)ことなく」子孫の繁栄のためという目的に強調が置かれていますが、これは非常に曖昧な表現です。ラテン語のposthabereという単語は、「婚姻の別の諸目的を第2次的に置くことなく」とも訳すことができ、これは全ての目的を同一レベルに置くことを意味しています。そして、今日では、婚姻の目的を全て同一レベルにおいて話を進めたがっているのです。ですから今日婚姻について言われる全てのことは、スーネンス枢機卿の発表した間違った観念に基づいているのです。実にスーネンス枢機卿は、夫婦の愛が--そしてこの夫婦の愛のことを、すぐに、もっと直接的に、生々しくセックスと呼び出したのですが--婚姻の目的の先頭に来る、というのです。ですから、セックスが目的なのならば、その他の全てのことが許されるようになってしまうのです。たとえば、避妊とか、産児制限とか、堕胎とかです。

一つの悪い定義のために、ご覧ください、私たちは今、全くの大混乱の中にいます。

教会は、その聖伝の典礼において、司祭をして、こう言わしめていました。「主よ、御身が人類の繁栄増殖のために確立した制度を、御身の良さを持って、補助し給え。」教会は、聖パウロのエフェゾ人への書簡の一節を選び、夫婦の相互の関係を、キリストと教会とが結びついているイメージと関係に表現しています。ところで、今では非常にしばしばこれから結婚しようとするカップルは、自分でミサを作るように招かれ、彼らは、ミサ中に読む朗読箇所を聖書から取る必要もなく、別の世俗の文章と取り替えてもよく、婚姻の秘蹟と全く関係のない福音を取ることもできるのです。司祭は、新郎新婦への勧告の中で、彼らがこれから守らなければならない様々な規制や条件などを述べることがないように気を使っています。なぜなら、そんなことを言うと教会はなんて煩いことをいちいち言うのかというイメージを作ってしまうのではないか、またひょっとしたら結婚式に離婚してしまった人たちが参加していて、彼らを傷つけてしまうのではないかと恐れるからです。

洗礼と同じように、段階による婚姻という実験が導入されました。つまり、秘蹟ではない婚姻のことで、これにカトリック信者は躓きます。しかし、司教団はこの実験をするのを黙認し、公式機関の提供するプログラムに従ってこれがなされ、教区の責任者によって勧められています。ジャン・バルト・センターのあるポスターはそのやり方をいろいろ載せています。そのうちの一つがこれです。「テキストを読む。本質的なものは目に見えない(聖ペトロの書簡)。相互の同意の交換はなかったが、手の典礼、すなわち労働の印、労働者の連帯の印。沈黙のうちの(祝福なしの)契約の交換。指輪、溶接、これは新郎ロベールの職業への暗示。彼は鉛管工だからだ。キス。参列の信者による天にましますの祈り。アヴェ・マリア!新郎新婦は花束を聖母像の前にお供えする。」

式の最後を締めくくる2つの祈りをのぞいて、超自然の要素が全くないこの種の儀式に、秘蹟が取って代わられなければならないとしたら、一体全体何故私たちの主は7つの秘蹟を立てたのでしょうか。今から数年前、ソーヌ・エ・ルワール県のリュニー(Lugny)がよく話題になりました。この「受け入れの典礼」を動機付けるために、新しいカップルに、この典礼の後に決定的に結婚するために、また戻って来たいという望みを与えたかった、と関係者は話しています。しかし、およそ二百件の偽婚姻のうち、二年たっても一組も自分たちの婚姻を正常化させるために戻ってきませんでした。もし彼らがそうしたとするなら、それは、この教会の主任司祭が、二年にわたって、同棲に他ならないものを司式し、たとえ、祝福はしなかったとしても、保証人になったからです。

教会関係のアンケートによると、パリでは23%の小教区が、結婚しようとする二人のうち一人、あるいはりょうほうともが信者ではないカップルに、秘蹟ではない式典をしたことがあるとのことです。これは、社会的な利益のために、家族や、結婚相手を喜ばせるためにそうしたそうです。

カトリック信者はこのような式に参加することは、勿論できません。自称「結婚した」カップルは、教会での式だったとずっと言い続けるでしょうし、自分たちの状況が正常な結婚状態であるとついには信じ込んでしまうかもしれません。特に自分たちの友人たちが同じような結婚式を挙げているのを見るにつけてそうです。道を外れてしまった信者は、何にもないよりはましではないかと自問自答するでしょう。こうして、宗教に対する無関心が定着してしまうのです。こうして、どんな形態をも、市役所に届け出だけの単純な結婚式から、少年少女の同棲生活(このことについては、多くの両親が「理解」を示しています)、そしてついには、フリーセックスまで、何でも受け入れる準備ができてしまっているのです。そのとき、社会の完全な非キリスト教化はもうすぐそこです。もし夫婦が子供たちを養育するために必要な婚姻の秘蹟からわき出る聖寵を得ることに同意しない限り、彼らはこの特別な聖寵を欠いたままです。秘蹟によって聖別されていない家庭の崩壊は日に日に増加し、経済社会委員会を心配させるほどです。最近の経済社会委員会の報告によると、世俗の社会でさえ、家庭、そして似非家庭の不安定による社会全体の崩壊に気がついています。

終油の秘蹟はもはや、本当に、病者の秘蹟ではありません。今ではそれは老人の秘蹟になっています。司祭の中には、これを、臨終の特別な印も見せていない老年の人々に、授けている人もいます。この秘蹟は今ではもはや、死の直前に罪の許しを得るため、天主との決定的な一致を準備する、最後の瞬間を準備する秘蹟ではなくなっています。私の手元にはパリのある教会の中で全ての信徒に配布された、ある通知文があります。これによると、次の終油の秘蹟の日付が載せられています。

「全てのキリスト者共同体のまっただ中において、まだ足の達者な人々のために、感謝の祭儀の司式最中に、病者の秘蹟が司式されます。日付:何月何日日曜日11時のミサにて。」この終油の秘蹟は無効です。

集団主義の精神が、悔悛の司式の流行を呼び起こしました。悔悛の秘蹟は個人にだけしか与えられません。その定義に従っても、またその本質によっても、私が司法行為だと前述したように、これは裁判なのです。ある件について、それが何のことなのかを知らなくて裁くことはできません。個々人の件を裁くためにはそれぞれを聞き、それからその罪を赦すかあるいは赦さないかしなければなりません。ヨハネ・パウロ二世教皇聖下は、この点について何度も強調しました。特に、1982年4月1日には、フランスの司教たちに、個人的な罪の告白の後に個別の罪の許しを与えなければならないことは、「教義上の要請である」と言われました。従って、「教会の規制が緩和された、現代社会の要請に合うように適応された、と言って「和解」の儀式を正当化することは不可能です。なぜなら、これは規律の問題ではなく、教義の問題だからです。

以前には、唯一の例外が存在していました。それは、難船、戦争の時に与えられた共同に与えられた罪の赦しです。こうした罪の赦しの価値については倫理学の権威たちがほかのところで議論を戦わせています。しかし、例外を規則にするのは許されていません。聖座の宣言を調べてみると、パウロ六世の口からもヨハネ・パウロ二世の口からも様々な折りに、次のような表現を見ることができます。「集団に与えられた赦しの例外的な性格」「重大な必要に迫られたときに」「非常に緊急の必要に迫られた非常時の状況に置いて」「例外的な状況において」・・・。

ところがこの種の儀式はほとんど習慣になってしまいました。と言っても、信者が、一年に二,三回以上、天主との関係を正常化させようとはしないので、同じ小教区においてこの儀式が頻繁に行われるわけではありませんが。人はこのような儀式の必要をもはや感じていません。このようなことは予見しておくべきことでした。というのは人々の心から罪の観念が消え去ってしまったからです。どれほど多くの司祭が、悔悛の秘蹟の必要性を言及するでしょうか。ある信者は私に、パリのいろいろな教会のうちで、「受け入れ係の司祭」がいる教会の二、三に、告解しようと行ってみると、よく司祭が告解する信者がいるのにびっくりして、褒めてくれたり、感謝したりする、と教えてくれました。

「司会者」の創造性に任せられたこの儀式には、歌もあります。あるいは、レコードをかけたりします

それから、御言葉の典礼というのが置かれ、次に、「主よ、罪人である私を憐れんでください」と言う答えを会衆が、何度も繰り返す、連祷のような祈り、あるいは、共同での良心の糾明があります。さらに、「全能の天主」で始まる告白の祈りを皆で唱え、そこに参列している人々は、皆が赦しを受けます。ところで、ここに問題があります。赦しを受けたくないと思っている人も、それに反して、赦しを受けるのでしょうか?私は、ルルドで、この儀式に参加した人々に配られた輪転機で印刷されたビラに、責任者が質問を投げかけてこう書いているのを見ました。

「もし私たちが赦しを得たいのなら、泉の水に手を入れて、そして自分の身に十字架の印をしよう。」そして、最後に「湧き水の水で十字架の印をした人たちに、司祭は按手をする(?)。彼の祈りに心を合わせ、天主の赦しを受け入れよう。」

The Universeと言うイギリスのカトリック紙は、数年前に、2人の司教様方がした行為を支持していました。それは、長年の間教会から遠ざかっていた信者たちを教会に戻らせることでした。司教様たちが出した呼びかけは、行方不明になった青年を捜す広告のようでした。「何々ちゃん家に帰っておいで。叱りませんから。」

これらの将来の放蕩息子らに、こう言っていたのです。「あなた達の司教は、この四旬節の間、喜び、祝うようにあなた達を招きます。教会は、キリストに倣って、教会の全ての子供たちに、たとえ子供たちがそれにふさわしくなく、それを願わなくても、全く自由に簡単に、彼らに赦しを与えます。教会は彼らがそれを受け入れてくれるように願い、また家に戻ってきてくれるように懇願します。長年教会を離れてしまった後でもまた教会に戻りたいと望む人はたくさんいます。しかし、彼らは告解に行こうと決心を立てることが出来ずにいます。少なくとも、すぐには告解をせずに・・・。」

彼らはそこで次のような提案を受け入れることが出来ました。「司教が参加する巡回のミサにおいて、(ここで日時が記載される)そこに参列した人々全てに、自分が過去に犯した全ての罪について赦しを与えるので、それを受け入れるようにとお招きします。そこに参列した人は、そのときに告解する必要はありません。ただ、自分の罪を後悔し、天主に立ち戻るという望みをもち、後に、自分の家にまた受け入れられた後で、告解をするだけで十分なのです。」

「それまでは、彼らは天にまします我らの聖父に『彼らを胸に堅く抱きしめさせる』だけでいいのです。痛悔するという寛大な行為をすることによって、司教は、そこに参列する罪の赦しを望む全ての人々に、赦しを与えます。彼らは、すぐに御聖体拝領をすることが出来ます。・・・」

ルルドの隔月刊誌であるLe Journal de la Grotteは、"General Absolution. Communion now, sonfession later"(全ての罪が赦される。今すぐ聖体拝領して、後に告解)と言うタイトルで、司教様の奇妙な命令が印刷されていました。同誌は、これに解説を付けて、「読者は、これを息吹かせた深く福音的な精神と、人々の具体的な状況を司牧的に理解していることに気づかれるだろう。」

私は、これによって得られた結果を知りません。しかし、問題は別のところにあります。この2人の司教様たちによって発表された罪の赦しは、年末総決算の大バーゲンセールの広告を思い出させます。長くの間教会から遠ざかっており、多分に大罪の状態にある多くの信者に、キリストの御体を拝領させるほど、司牧上の配慮は、教義の問題にまで入り込むことが出来るのでしょうか。勿論できません。この涜聖[的な聖体拝領]の回心というような軽々しい犠牲をどうして払うことが出来るのでしょうか。そして、この回心が、終わりまで堅忍するという多くのチャンスでもあるというのでしょうか。いずれにしても、公会議の前、このような受け入れの司牧が現れる前には、イギリスでは毎年五万人から八万人の回心がありました。しかし、今ではほとんどゼロに落ちています。木はその実で分かります。

カトリック信者は、フランス同様、イギリスでもどうなってしまったのか分からなくなっています。司教様の忠告に従って集団悔悛式に参加し、この状態で御聖体拝領をする罪人、あるいは、背教者はこれほどまでに簡単に与えられた秘蹟の有効性に疑いを持つのではないでしょうか。自分がそれに値しないと思う理由がたくさんあるのですから。この次、もし告解をすることによって「正常化」しないとすると、彼には何が起こることでしょうか。聖父の家に帰ることを失敗した彼は、結局、決定的な回心をするのがますます難しくなってしまうのです。

ご覧下さい。これが教義的に弛緩すると、どこに行き着くかなのです。今、私たちの教区で、これより少ない程度で異常に行われている悔悛の儀式では、キリスト信者は、一体どれほど確信を持って罪が赦されたと思っているのでしょうか。彼らは、プロテスタント信者が持つ同じ不安と、疑いによって引き起こされる内的苦悩に身をさらされているのです。キリスト信者は、この変化によって何も得なかったのです。

教義上だけの問題ではありません。これは、心理学上でも悪い影響があります。ですから、大きな罪がある人に、最初に集団的に罪の赦しを与え、そしてその次になってようやく個別に告解をするというのは、何という愚かなことでしょうか。人は、別の人の前で、良心上大きな罪があるとは言わないものです。それは一目瞭然です。それは、告白の秘密が破られるようなものです。

集団の赦しを得て聖体拝領をした信者は、もう一度告解場の法廷に出る必要を感じないと、付け加えましょう。それは誰でも分かります。和解の式は、個別の告白に付け加えられたものではなく、個別の罪の告白を取り除きそれに替わるものなのです。その他の六つの秘蹟と同様に私たちの主によって制定された告解の秘蹟は、今や絶滅へと道を辿っています。しかし、いかなる司牧上の配慮もこれを正当化することは出来ません。

秘蹟が有効であるためには、質料と、形相と、そして意向が必要です。教皇様でさえもそれを変えることが出来ません。質料は天主[であるイエズス・キリスト]様が制定されました。教皇でさえも「明日は子供の洗礼には、アルコール、あるいは牛乳を使うこと」と言うことは出来ません。また、教皇様でさえ形相を本質的に変えることが出来ません。例えば、「我、天主の御名によって汝に洗礼を授ける」とは言うことが出来ません。なぜなら、キリストはご自身で形相を「おまえたちは聖父と聖子と聖霊との御名によって洗礼を授けよ」と定められたからです。

堅振の秘蹟もやはり良く執行されていません。今日使われている形相は「我、汝に十字架の印をす、聖霊を受けよ」です。しかし、堅振を授ける人は、それによって聖霊を受ける秘蹟の特別な聖寵が何かを言及しないので、秘蹟は無効です。ですから、子供が受けた堅振の有効性に疑いを持つ、あるいは、自分の周囲で為されていることを見聞きし、無効なやり方で子供に堅振を受けさせたくないと言う両親の望みをいつも叶えています。

1975年に、私は幾人かの枢機卿たちの前で自分のやっていることを説明しなければなりませんでしたが、枢機卿は堅振のことで私を叱りました。そのとき以来、私が堅振を授けに回ると、マスコミを使って私を非難し続けています。私は、私に有効な堅振を願う信者たちの願いに答えているのです。それは、たとえそれが合法的(licite)ではないとしてもです。なぜなら、実定法的な教会法が、聖寵の運河となる代わりに天主の自然・超自然の法に対立しているときには、実定法である教会法よりも、天主の自然法と超自然の法が優先されるますが、私たちの生きている時代は、正にその時代なのです。私が時々、通常の態度からはみ出していることをするかもしれませんが、驚いてはいけません。

秘蹟が有効であるための第三の条件は、意向です。司教、あるいは司祭は教会の望むことをするという意向を持たねばなりません。教皇様でさえもこれを変えることは出来ません。

司祭の信仰は必要な要素ではありません。司祭、あるいは司教は、もはや信仰を持っていないことも、より少なく信仰を持っていることも、或いは、必ずしも完全な信仰を持っていないこともあり得ます。しかし、このことは、秘蹟の有効性について直接の影響はありません。しかし、間接的な影響は及ぼしうるのです。教皇レオ13世が、英国聖公会の叙階式は、意向が欠如しているために無効であると宣言したことを思い出します。ところで、何故、聖公会の司教が教会の望むことをすることが出来なかったというと、それは、彼らが信仰を失ったからです。信仰とは、天主と信じるということに限りません。使徒信経の中に含まれている全ての真理、つまり、「我は一、聖、公、使徒継承の教会を信ずる」という信仰を、彼らは失ったからです。

信仰を失った司祭においても同じことがいえるのではないでしょうか。私たちは既に、トリエント公会議の定義に従って御聖体の秘蹟を執行しようとは、もはや望まない司祭たちを現に見ています。彼らはこう言います。「違いますね。トリエント公会議はもうずっと前に時代遅れになっています。私たちは第二バチカン公会議を開いたのです。聖体とは意味が変化し、目的が変化することです。全実体変化ですって?そんなのはもうありません。天主の聖子がパンと葡萄酒の形色のもとに実在するですって?そんなの、今の時代にもうありませんよ!何を言ってるのですか、まったく!」

司祭がこんなことをあなたに言うとき、聖変化は無効です。ミサはありません。聖体拝領もありません。何故かというと、トリエント公会議が御聖体について定義したことは、キリスト信者は、これを信じる義務が、時の終わりまであるからです。ある一つの教義の用語を明確に表現することは出来ますが、用語を変えることはもはや出来ません。それは無理です。第二バチカン公会議は何も付け加えませんでしたし、何も決定しませんでした。第二バチカン公会議はそれをすることが出来なかったのです。全実体変化ということを受け入れないと宣言する人は、トリエント公会議の正に言うとおり、排斥されたものです。つまり、教会から離れたものです。

ですから、この20世紀の後半におけるカトリック信者は、自分たちの祖先に勝って注意深くなければなりません。そうすれば新しい神学の名において、宗教に関して何ら新しいことを強制することもできないでしょう。なぜなら、この新しい宗教の望むことは、教会の望むことではないからです。
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2018年9月23日、東京での聖伝のミサの後 午後2時から特別なスライドショーがあります

2018年09月21日 | 聖伝のミサの予定
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

9月23日主日のミサの後で、午後2時から、聖ピオ十世会のシスター会を紹介する特別なスライド・ショー(パワーポイント)が予定されております。

今回かぎりの特別な機会ですので、多く兄弟姉妹の方々がご覧いただけますようにお願い申し上げます。

天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田神父
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教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ【その5】

2018年09月21日 | ルフェーブル大司教の言葉
教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ

ルフェーブル大司教の公開書簡その5


5. 「それは昔の話ですよ!」



カトリック信者は根本からの変化が行われていることを感じていても、すべての革命に共通するしつこい宣伝に抵抗するのは、難しいものです。彼らはこう言われるのです。

「あなたは変化を受け入れないのですか。でも変化というのは生きている証拠ですよ。あなたは固定観念にとらわれています。50年前に良かったことは、もう今の時代の考え方にもあっていませんし、私たちの今の生活にもあっていません。あなたは自分の過去にあまりにもビッタリとくっついて、自分の習慣を変えることもできなくなっているのです。」

多くの人たちは、「あなた達は遅れている、過去にしがみついている、あなた達は現代に生きていない」などという論争に火をつけるような非難から、身を守るための議論のやり方がわからず、このような非難を受けるのをさけて、改革に身をゆだねてしまいました。

オッタヴィアーニ枢機卿は、すでに司教様たちについてこう語ったことがあります。

「彼らは古ぼけて見えるのが怖いのだ」と。

教会の生命力を証明している変化、適応を、どれもこれを拒否したわけでは決してありません。

典礼に関して言えば、私と同じ年齢の人たちは、初めて典礼改革を経験したわけではありません。私は聖ピオ十世が、典礼の改良をもたらすために、特に、聖人暦の部よりも年間暦の部に重点を置き、子供たちの初聖体の年齢を繰り下げ、それまで陰っていた典礼聖歌を復興しようと苦心していたそのときに生まれました。ピオ十二世はそれに続いて、現代生活のために生じる断食の困難さのために、御聖体拝領前の断食の長さを縮小しました。同じ、現代生活に対応するという理由で、午後のミサを許可しました。また聖土曜日の夕方に復活の徹夜祭の聖務を置き、聖週間の典礼を再編成しました。ヨハネ二十三世も、公会議の前に聖ピオ五世の典礼に、少し手を加えました。

しかし、以上の改革は、1969年に起こったこと、つまり、ミサに関する新しい観念を生み出したこととは、近くで見ても、遠くから見ても、全く似ても似つかないのです。

私たちは、ラテン語などのような外的な二次的な形式にこだわっているとも非難を受けます。

ラテン語というのは、誰にもわからない死語であって、キリスト教徒たちは17世紀にも、あるいは19世紀にも、ラテン語を理解していなかった、と言い張るのです。彼らによれば、教会が、ラテン語などそれほど長く廃止せずに今に至るまで待っていたのは、教会のいい加減さを表しているそうです。

私は、教会が正しかったと思います。カトリック信者たちが、ミサのすばらしい本文をもっとよく理解したいという必要を感じたとしても驚くには値しません。彼らはこの中に霊的糧を汲み取り、目の前で行われる行為により密接に伴になりたいと望んだのでした。しかし、ミサ聖祭の最初から最後まで俗語を適応してその必要を満足させようと思ったのではありませんでした。

サン・ニコラ・デュ・シャルドネ教会や、私が創立した聖ピオ十世会の修道会では、もしそうすることがふさわしいときには、書簡と聖福音をフランス語で読みます。しかしその他の部分については、もしそうしてしまったら失ってしまうものの方が、得るものよりも比較にならないほど大きいことでしょう。なぜかというと、ミサの文を理解すると言うことは、祈りの最終目的でもなければ、霊魂をして祈りの状態に置く、つまり、天主様との一致の状態に置く、唯一の手段でもないからです。

もしミサの本文の意味に注意が向きすぎると、そのこと自体が[天主様との一致の]障害になってしまいうるのです。今、その他方で、心からの宗教だとか、もっと知的ではなく自発的な宗教のことをしきりに説教しているにもかかわらず、そのことがわからないとは驚くばかりです。

天主様との一致は、むしろ、宗教的な天的な音楽や、典礼行為を取り巻く全体的な雰囲気や、その場所の敬虔さとか沈潜、建築学的な美しさ、キリスト共同体の熱意、ミサ司式者の高貴さや敬虔の念、象徴を使ってある装飾、香の香り、などによって得られるのです。霊魂が上に上がれば、そのための階段など何でもいいのです。誰でも、その中で典礼のすべての輝かしさをそのまま保っているようなベネディクト会の修道院を訪問し、それを見るだけでそのことを経験できるでしょう。

もちろん、そう言ったとしても、祈りや祈祷文、讃歌の意味をよく理解することを求めたり、もっと完全な参加を求めたりする必要性が減少するわけでは全くありません。ただし、そのことにたどり着くために、教会の普遍の言語であるラテン語を全く廃止して、俗語だけの、それのみの方法によろうと望むことは、残念ながら、このことは世界中ほとんど全てのところで導入されてしまいましたが、誤りなのです。実に、新しいミサを捧げている中で、成功したというのは、使徒信経(クレド)や、サンクトゥス、アニュス・デイをラテン語で歌っているところだけです。

なぜかというとラテン語は、普遍的な言語だからです。

典礼は、ラテン語を使うことによって、普遍的な、つまり、カトリックの交わりに私たちを導くのです。反対に、局地化することによって、地域化することによって、ミサは、霊魂たちの奥深くまで刻み込むこの普遍の次元を失ってしまうのです。

このような誤りを避けたいと思ったら、東方典礼を観察してみればいいのです。東方典礼では、ずっと前から俗語で典礼行為を執り行っているところがありました。そこでは、これらの共同体のメンバーが、孤立化しているのを見て取ることができます。その共同体が、元々の国の外に広がると、そのメンバーは、ミサのため、秘蹟のため、その他様々な儀式のために、自分たちのための司祭が必要になるからです。彼らは、必然的に、その他のカトリックの民とは別に、特別の教会を建設しなければならないのです。

そのような共同体は何らかの利益を得るでしょうか。特定の典礼言語が、普遍言語であるラテン語を使っている人々(もしかしたら、多くの人々はその意味が理解できないかもしれませんが、翻訳物を見ることができます)よりも、熱心にしたし、より宗教を実践するようになったと言うことは、明白であるとは誰にも言うことができません。

もし、カトリック教会外を見てみるとすると、イスラム教は、トルコ、北アフリカ、インドネシア、あるいは、ブラック・アフリカなど、様々な地域、様々の民族に広がっていますが、どうやって統一性を保っているのでしょうか。それは、彼らに、コーランが書かれている唯一の言語としてのアラビア語をどこにでも押しつけることによってです。私は、アフリカにいるとき、マラブー族の人たちが、その一言も訳の分からない子供たちに、コーランの節を暗記させようと教えているのを見ました。さらには、イスラム教は、自分たちの教典を翻訳するのを禁止さえしているのです。今では、多くのフランス人の改宗者を出すマホメットの宗教を感嘆し、フランス国内にそのモスクを建設するために、教会内で献金さえもしているのはよく見かけることになっています。しかし、イスラム教のうちから参考にすることのできる唯一の例、つまり、祈りと礼拝とのために唯一の言語をあえて保持すること、という例から、息吹を受けようとすることは決してしようとしません。

ラテン語が死語であるからといって、ラテン語を使うことに何ら妨げになりません。かえって死語であるということは、時代の流れに従って自然に起こる言語学上の変容に対して、信仰の表現を保護する最高の手段となるのです。ここ数十年の間に、意味論の研究が非常に盛んになり、中学校ではフランス語の科目の中にも取り入れられたほどです。ところで、意味論の対象の一つに、言葉の意味の変化、つまり、時の流れに従った、そしてしばしばそれは大変短い間における時代の、意味の微妙な変質があるではないでしょうか。信仰の遺産を、グラグラと安定していない言い方で言わなければならなくなるという危険を理解するために、この学問を利用することにしましょう。

人が手を加えて変えることもできない永遠の真理を表現しようとするとき、絶え間なく移り変わる言語で、しかも国によってさらには地域によって別々の様々な言葉で、いかなる変質も欠けたところもなく、そのまま2000年間も保存することができたとでも信じているのでしょうか。今使われている「生きている言葉」は移ろいゆく変化するものです。もし典礼を今の言葉に託したとしたら、意味論に従って絶え間なく変えていかなければならなくなるでしょう。ですからそのために新しい委員会を絶え間なく作らなければならなくなり、司祭がそのためにミサを捧げる時間さえもないのだとしてもそれは驚くに値しません。

1976年、私はカステルガンドルフォに、教皇パウロ6世聖下を謁見しようとに出向きました。そのとき私は教皇聖下にこう申し上げました。

「聖下、聖下は今フランスに公式の奉献文が13あるのをご存じでしょうか。」

教皇様はそのとき両腕を上にあげられ私にこうお答えになりました。

「大司教様、もっとですよ、もっと。」

ですから、私の次の自問自答は、根拠のある問いなのです。つまり、もし典礼学者たちがラテン語で典礼文を作らなければならなかったとしたら、それほど多くの典礼文が存在していただろうか、という問いです。あちこちで印刷された後に出回っているこれら多くの祈祷文以外にも、司祭が司式の真っ最中にアドリブで作り上げる様々な祈りの文、そして「罪の悔い改め」の儀式に始まって「派遣の言葉」に終わるうちに起こる全ての変更のことも、言わなければならないでしょう。もしラテン語で司式しなければならなかったとしたら、これらのことが全て起こりうると思いますか。

もう一つ別の外的な形式に対して猛烈な反対意見が立ち上がりました。それはスータンを着用することです。といっても、教会の中やヴァチカンを訪問するときにスータンを着ることに反対するのではなく、むしろ日常生活においてそれを着ることについての反対です。このことは本質的なことではありません、しかし、非常に重要なことなのです。教皇様がこのことを注意する度に、そして、ヨハネ・パウロ二世教皇は何度も何度も繰り返すのですが、そのたびに聖職者たちの中から怒り狂った抗議が起こりました。私はこのことについて、パリのある新聞で、ある前衛派の司祭が声明を出したと呼んだことがあります。この司祭はこう言ったそうです。

「スータンなどは、形だけの民族衣装である。・・・フランスにおいて、司祭であるとわかる服装を着るなどと言うのは全くくだらない話だ。なぜなら、道ばたで司祭を見分ける必要など全くないからだ。反対にスータンやクラージーマン(クラージーマンとは、黒やねずみ色のワイシャツにローマンカラーを付けただけの聖職者の服)は障害になってしまう。・・・司祭もその他の人と同じ人間だ。ただ司祭は聖体祭儀の座長となるだけだ!」

この「座長」はこうして、福音に全く反対の考えを、しかも、もっとも現実的な社会生活に正反対の考えを述べていたのです。

全ての宗教において、宗教の指導者はそれとわかる区別の印を身につけています。人が重要視している人類学もそのことを証明しています。[司祭階級の存在しないはずの]イスラム教徒でさえも、別の服や、襟首の違い、指輪などで指導者を区別しています。仏教徒も黄色の長い服を着たり、頭を特別に剃っています。パリやそのほかの大都市には、仏教を信じてしまった青年たちがいますが、特別の服装をしていたからといって何の非難も起こりません。

スータンというのは、軍服や、平和部隊の制服と同じように、制服として聖職者、修道士、修道女という身分を保障するものです。もちろん、軍人と修道者では違いがあります。軍人は平服に戻ればその他の人と同じ市民になります。しかし、司祭は社会生活のいかなる場合においても区別の印であるスータンを必ず身につけていなければならない、という違いです。

実に、司祭が叙階式の時に受けた聖なる刻印は、司祭をして、世の中にありつつも、世のものではないものとして生きさせるのです。このことは聖ヨハネの福音に書いてあります。「あなた達はこの世のものではない。私があなた達を選んでこの世から取り去った。」(15章19節)

司祭の服は区別の印となり、それと同時に、質素、慎み、清貧の精神で選ばれなければなりません。

スータンを着る第2の理由は、私たちの主の証をする義務が司祭にはあるからです。「あなた達は私の証人となれ」「灯火は升の下に置くものではない」と主は言われました。

宗教とは、東欧諸国の指導者たちがもう長きにわたって発布してきたのと同じように、香部屋に隔離するものではありません。キリストは私たちの信仰を外に表すことを命令されました。主は、皆が見、皆が聞くことのできる証明によって、信仰を目に見えるもののすることを命じられました。確かに司祭にとって、服装による証明よりも言葉による証明の方がより本質的なものでしょう。しかし、この言葉の証は、司祭職の明らかな顕示によって非常に容易になるのです。そしてこの司祭職を明らかに示すものがスータンなのです。

教会と国家との分離は、受け入れられてしまい、時には、最高の状態であると考えられ、教会と国家との分離のために、日常生活の全ての分野に無神論が少しずつ浸透してしまいました。そして多くのカトリック信者は、司祭までも、カトリック宗教の正確な場所が市民社会においてどこにあるのかもはや分からなくなってしまっています。世俗主義が全てを侵略してしまいました。

この種の社会に生きる司祭は、この社会に自分はよそ者であるということをますます印象づけられ、次に、邪魔者であるように感じ、過ぎ去った過去の証人であり、消え失せなければならないものだと思うようになるのです。司祭の現存は黙認されるにすぎず、少なくとも彼はそう考えています。だからこそ彼はこの世俗化した世界に身を寄せようと願うのです。大衆の中に混じり込もうとするのです。この種の司祭は、私たちの社会よりもまだあまり非キリスト教化していない国々を旅行したことがないのです。彼には特に自分の受けた司祭職に対する深い信仰が欠けています。

さらに、スータンをなくそうと言うことは、まだ存在している宗教感情を誤って判断することです。私たちが事業において、あるいは偶然に、出会う人々が皆宗教とは関係なく生きているなどと思うことは全く根拠がないのです。エコンを卒業した若い司祭は、また匿名の思潮に身をゆだねなかった人は全て、そのことを毎日経験します。現実はその全く反対です。道路で、駅で、人々は、若いエコンの司祭を呼び止め、彼らに話しかけるのです。しばしばそれは、ただ、この人たちが司祭にあってうれしいという喜びを伝えたくて、彼らを呼び止めるのです。

新しい教会では対話を強く勧めています。では、もし私たち司祭が、対話の相手となる人々の目から隠れようとしていて、どうして対話を始めることができるでしょうか。

共産主義独裁において最初に指導者たちが配慮したことはスータンを禁止することでした。なぜかというと、スータンを禁止することは、宗教を窒息死させるために考えられた手段の一部だからです。その反対もまた真なりと考えなければなりません。外見の身なりによって、自分の身分をそのまま表す司祭は、生きる説教そのものなのです。大都市においてそれと見分けのつく司祭がいないことは福音宣教のきわめて大きな後退であるのです。

まさにスータンを着ないと言うことは、革命の有害な事業の続きであり、教会と国家の分離という悪法の続きなのです。

さらに、スータンは司祭を悪から保護してくれるということを、スータンが司祭にふさわしい態度を取らせ、司祭にいつでも自分の地上における使命を自覚させ、誘惑から守ってくれるをいうことを付け加えましょう。

スータンをいつもきている司祭は自覚を失うということがありません。信者は信者で、自分が誰のところに行けばよいか知っています。なぜかというとスータンは司祭が正真正銘の司祭であると保証してくれるからです。カトリック信者たちは私に、告解の時に、背広を着ている司祭に告白すると、自分の良心の秘密を普通の人に打ち明けているようで非常に嫌であるといいます。告解とは司法行為です。ところで世俗の裁判でさえ、裁判官が特別の裁判官の服を着なければならないというのがなぜかを考えていてください。

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--このブログを聖マリアの汚れなき御心に捧げます--

アヴェ・マリア・インマクラータ!
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