Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

私は御身を信じ、礼拝し、希望し、御身を愛します!御身を信じぬ人々、希望せず愛さぬ人々のために、赦しを求めます(天使の祈)

--このブログを聖マリアの汚れなき御心に捧げます--

アヴェ・マリア・インマクラータ!
愛する兄弟姉妹の皆様をお待ちしております
2019年 9月の聖伝のミサの予定
【最新情報はこちら、年間予定一覧はこちらをご覧ください。】


8月 聖母の被昇天を祝いましょう。
意向:聖母の汚れなき御心の凱旋のため
実践すべき徳:心の柔和と謙遜
守護の聖人:聖母の汚れ無き御心

愛する兄弟姉妹の皆様を聖伝のミサ(トリエント・ミサ ラテン語ミサ)にご招待します

◎2019年 9月の予定
【大阪】聖ピオ十世会 聖母の汚れなき御心聖堂(アクセスEG新御堂4階 大阪府大阪市淀川区東三国4丁目10-2 
〒532-0002 (JR「新大阪駅」の東口より徒歩10-15分、地下鉄御堂筋線「東三国駅」より徒歩2-3分)

  9月1日(主)聖霊降臨後第12主日(2級)緑
          午後5時半 ロザリオ及び告解
          午後6時 ミサ聖祭(歌ミサ)

  9月2日(月)証聖者聖ステファノ王(3級祝日)白
          午前6時半 ミサ聖祭

  9月6日(初金) 聖霊降臨後の平日(4級)緑
          午後5時半 ロザリオ及び告解
          午後6時 ミサ聖祭(歌ミサ)

  9月7日(初土) 聖母の土曜日(4級)白
          午前10時 ロザリオ及び告解
          午前10時半 ミサ聖祭(歌ミサ)

  9月29日(主)大天使聖ミカエル(1級祝日)白
          午後5時半 ロザリオ及び告解
          午後6時 ミサ聖祭(歌ミサ)

  9月30日(月) 教会博士証聖者司祭聖ヒエロニモ(3級祝日)白
          午前6時 ミサ聖祭

【東京】東京都文京区本駒込1-12-5 曙町児童会館(地図)「聖なる日本の殉教者巡回聖堂」

  9月8日(主)聖霊降臨後第13主日(2級)緑
          午前10時  ロザリオ及び告解
          午前10時半  ミサ聖祭(歌ミサ)

  9月9日(月)日本205福殉教者(3級祝日)赤
          午前7時 ミサ聖祭

  9月29日(主)大天使聖ミカエル(1級祝日)白
          午前10時  ロザリオ及び告解
          午前10時半  ミサ聖祭(歌ミサ)

愛する兄弟姉妹の皆様をお待ちしております。

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聖ピオ十世会 聖伝のミサの報告(2019年8月18日聖霊降臨後第十主日)SSPX JAPAN Latin Traditional Mass

2019年08月19日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

8月18日(主日)には、兄弟姉妹の皆様のしもべはマニラでミサを捧げておりました。私の代わりに、毎月一回、マニラからフォルティン神父様が日本に行って下さることになり、老司祭のしもべにとっては肩の荷が少し軽くなった感じがしております。(^^;)

大阪では Our Lady of Victories Catholic School のための第二献金を行ってくださり、八万五千円の寄付金が学校のために集まりました。大変感謝しております。

聖霊降臨後第十主日の福音に出てくる二人について、兄弟姉妹の皆様のしもべもマニラで黙想しました。

税吏は、とても軽蔑されている「非国民」とでも言われているような人でした。現代日本でも、それに相当する人がいるのかもしれません。でも口に出すのがタブーにされるようなレッテルを張られた人でしょう。私たちの主はそのような人を敢えて取り上げた、すごいなぁと思います。
税吏の態度は、謙遜です。
私たちの主と共に十字架に付けられた「良き盗賊」の態度を思い起こさせました。「主よ、御国に至らん時、私を思い出して下さい。」

税吏の言った「天主よ、罪人である私を憐れみください。」この謙遜な一言で、彼は赦されます。謙遜な心からの痛悔の念は、天主になされて、天主が嘉納します。

税吏が、一言、天主に憐れみを乞うている、たったそれだけです。その謙遜な一言で、聖化され、高められて家に帰っていきます。
税吏は、他の人々のことは眼中になかったかのようです。
謙遜は、真実で、真理を真理として認め、受け入れます。ありのままの現実をそうであるとします。

ファリザイ人は、掟を守っていた人々でした。不法なことはしなかった人々です。外の態度では立派でした。
ファリザイ人は、天主に感謝すると言います。何故なら、他の人々のように罪人(つみびと)ではないから、と。ファリザイ人には、他の人々のことだけが眼中にあったようです。自分を肯定して自慢して偉ぶるために、他人をおとしめようとします。
自分の力で自分はこんなにも素晴らしいが、他人は腐っている、と。
もしかしたら、他人が自分に対してやることは全て悪意だ、私は他人の犠牲者だ、他人は私から後で搾取するために善をしているのだ、と言い出すかもしれません。

ファリザイ人の態度は、主と共に十字架に付けられた「悪しき盗賊」の態度を思い起こさせました。
「あなたはキリストではないか。では、自分とわれわれを救え」(つまり、オレは正しい、オレが苦しむのはおまえが無能だからだ。)
あるいは、アダムとエワを思い出します。
ヤーウェから何故食べてはいけない木の実を食べたのかと尋ねられると、アダムは答えます。
「あなたがくださった女が、私に食べろと言いました。」(つまり、自分は正しい、あなたがよこした女のせいだ、つまりあなたのせいだ。)
今度はエワに尋ねると、エワはこう答えます。
「蛇が私に食べろと言いました。」(つまり、自分は正しい、あなたが創った蛇せいだ、つまりあなたのせいだ。)
フランス革命の時も、革命家らは、王や貴族など他人を非難しました。
共産革命の時も、いわゆる人民裁判は、社会正義の名の下に他者を非難しました。

私たちは、ともすると、他者を軽蔑・批判したり自己正当化したりするように流されがちです。「自分を義人と信じ、他人をさげすむ」傾向です。
では、どうしたら良いでしょうか?
書簡では、聖パウロが聖霊の働きがなければ「イエズスが主である」とも言うことが出来ない、とあるので、聖霊の働きを祈りましょう。
聖霊の浄配である謙遜なマリア様にお願いします。
そして、税吏の真似をして、ひたすら「天主よ、罪人である私を憐れみください。」と祈ろうと思います。

愛する兄弟姉妹の皆様にレポートをご紹介いたします。

天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

[Image]

【報告】
Dear Fr Onoda:

今日は予定通り、マニラからピーター・フォルティン神父が来て聖霊降臨後第10主日のミサを挙げてくださいました。

御説教では、今日の聖福音にあった高慢な男と税吏の男のたとえ話を採り上げて、謙遜の徳についてお話しいただきました。サタンの国では高慢しかないが、天主の国を支配するのは謙遜であること、誰よりもイエズス・キリストが謙遜の模範を示してくださったこと、謙遜は他のあらゆる徳の基礎であること、そして私たちと天主の関係、隣人との関係、また自分自身のためにも謙遜の徳が必要であること、などを教えていただきました。さらに、謙遜を学ぶ良い方法は、ミサのいろいろな箇所に現れる謙遜の例を学び、それを倣うようにすることであるということについても、ミサ中の典礼の例を挙げて説明していただきました。

今日の東京でのミサの参列者数は下記の通りです。

男: 26人(内、子供4人)
女: 31人(内、子供4人)
計: 57人(内、子供8人)

【報告】
アヴェ・マリア・インマクラータ!

今日8月19日は、102年前の8月19日にValinhosヴァリーニョスで、聖母が、「償いをしなさい、罪人のために祈りなさい、ひらひらと地獄に落ちる霊魂は誰も祈る人がいないから、」と三人の子どもたちに話された日ですね。二年前に見てきた御出現のそこのヒイラギの樹もまだ青々として立派な樹のままでした。

数日前のSSPXのニュースでその記事を読んでから、私はファチマの子どもたちのそのお話をまた思い出していました。そして、ルルドで御出現になられた聖母も、少女の聖ベルナデッタに同じことを話されたことを思い出しました。
光かがやくお姿であられましたことは、聖母マリア様が被昇天の勝利の栄光をいただいたことを思いました。

102年後の日本の地でまだ御聖体訪問もままならぬ少しも若くない私ですが、8月18日の御ミサには与る御恵みをいただいているので、この貴重な機会をとても大切にしなければと思いながら聖母の言葉を心に留めて御ミサに与りました。

罪人である自分が罪人のために祈ることがどれだけできるのかわからなくても、償わなければならない罪がどれほどたくさんあるかわからない自分に清めの場にいる霊魂や償いの必要がある霊魂のために何ができるかわからなくても、聖母の言葉をよく噛み締めて御ミサでお祈りしたいという望みを持ちました。(もしかしたらこれは前回のお説教のお話のこととつながることかなとふと思いました。)

取り分けてこの世的になにもできないのですが、できるだけどの瞬間も精神と霊魂の注意を内側に向けるよう努めて聖母の御勧めに少しでも適うことができますようにと願うしかありません。望んでも惨めさの極みの自分にはできないことも、ただお恵みによってなんでもできる御方が思いのままにしてくださいますように、と祈りました。
この世の中は悪魔が支配しているのでそれに心を奪われないようにしなければと思いました。たとえ短い時間でもそれができますなら幸いなことと思います。

聖霊降臨後第十主日のミサは、マニラからフォルテン神父さまが来てくださり、御ミサを立ててくださいました。お説教で謙遜のことを詳しくお話しくださいました。カトリック教会の礎はイエズス様ですがそのイエズス様が謙遜そのものの御方でいらっしゃいますことをお話しくださいました。たとえカトリック教会の今の見た目のようすが混乱に陥っている様子に見えてとてもこの舟に乗車するのをためらうという方でも、イエズス様のご謙遜をよく学びたいがためにこの舟に乗るなら、けっしてこの舟が座礁することはないことを発見するでしょうと思いました。そして一番よくイエズス様のご謙遜に学べる機会がこの御ミサですというお話を心に刻みました。

謙遜の練習はどうしたらよいかのことをお話しいただき、小さな子供たちになるようにということ、奴隷の仕事をするほどに他の人に仕えるということを、イエズス様が教えてくださったのですというお話も、心に刻まれました。

ルルドやファチマで小さな子供に言われたことを守ることが、小さな子供のようになることだと思いました。そういえばベルナデッタもヤシンタもフランシスコもルシアもロザリオをたくさん祈っていたそうです。都心の駅の雑踏の中でも、電車の中でもあまりにも多くの霊魂が滅びようとしていますという言葉が思い出され、そのためにもいま教皇様のためロザリオをお祈りしようと思います。
ご謙遜であられるイエズス様と同じくご謙遜であられるマリア様に倣って、この世での生が与えられている限り、その御勧めに従っていつも償いの精神と罪人のために祈ることを忘れないで過ごすことができますようにと思いました。

聖母の汚れなき御心、われらのために祈り給え
聖マリアの汚れなき御心のうちに

【報告】【大阪】
アヴェ・マリア・インマクラータ!

8月18日 聖霊降臨後第10主日のミサには23人が、
8月19日 聖ヨハネ・ユードの祝日の早朝ミサには、10人が御ミサに与るお恵みをいただきました。デオグラチアス!

主日のお説教では謙遜について黙想しました。
高い徳の塔を立てたいのならば、その基礎になる謙遜がなければ塔は決して立たないと神父様が仰った事を考えながら、自分の聖徳への進歩があまりにも遅いのは、土台がしっかりしていないからだ、謙遜が足らないからだ、とハッキリとわかりました。

つい最近フランスのシスター会の修練女の方から頂いたお便りで、ルフェーブル大司教様が残されたシスター会の会則に「謙遜を身に付けない修道者は生きる矛盾である」という言葉がある事を伺いました。お説教を聞きながらこの言葉を思い出し、自分も修道者に残されたこの言葉を、(もちろん修道者の方々の様に立派ではないですが)自分にも当てはめて、生活したいと思いました。

神父様の仰る様に謙遜の最高の見本であるマリア様に、お助けとお取次を願いたいとおもいます。

至聖なるイエズスの聖心我らを憐み給え
聖母の汚れなき御心よ我らのために祈り給え
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聖ピオ十世会日本 聖伝のミサ(トリエント・ミサ、ラテン語ミサ)の報告 SSPX Japan Traditional Latin Mass

2019年08月15日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 聖母の被昇天のお慶びを申し上げます。いかがお過ごしでいらっしゃいますか?
 今年は、残念ながら日本での御ミサと聖母行列はありませんでした。ニュースによると、西日本に台風が直撃したとのことで、ミサがあったとしても聖母行列は難しかったかもしれません。

 8月11日と12日には大阪で聖伝のミサを捧げました! ご報告を頂いたのでご紹介いたします。

 愛する兄弟姉妹の皆様のしもべは、8月13日から16日までソウルでのミッションを行っております。

天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

【報告】
アヴェ・マリア・インマクラータ!

御ミサの報告をお送り致します。
8月11日 (聖霊降臨後第9主日) には29人、
8月12日 (月) 聖クララのミサには19人が御ミサに与るお恵みを頂きました。デオグラチアス!

月曜日にはミサの後、御聖体降福式をして頂き、日本の歴史を振り返り、聖母に受けた多大な恵みをもう一度思い出し、ご聖体の御前で公式に日本のマリア様の汚れなき御心への奉献を更新しました。この事が、どれ程大きな意味を持つかを私達はあまり理解していないのだろうけれども、同時にマリア様に全てを奉献するしかもう術がないという事はよくわかっているように思います。

このような大きな恵みを受ける資格も価値もない自分ですけれども、マリア様をお与え下さり、このような機会をお与え下さった天主様の御憐みにただただ感謝するばかりです。

主日の御ミサのお説教では、この日のパウロの書簡と、、聖福音について黙想しました。
神父様はお説教の冒頭に、「まず、イエズス様の聖心が涙を出されれいる事を黙想してください。マリア様の汚れなき御心が、涙を流されていることを黙想してください」と仰いました。
涙を流されるイエズス様を黙想しつつ、特別の愛を注がれたイスラエルの民がその沢山の偉大な恵みを無駄にしたこと、その恵みを受け入れようとしなかった事実を聞きながら、イエズス様の涙がどんどん具体化されていくようで、とても悲しくなりました。
イエズス様のおそばの涙を流されるマリア様が自然に想像されました。


私達カトリック信者も、イスラエルの民が受けたように、信仰という大きな恵みを受け、日々沢山の恵みを与えられていいるのだから、これを無駄にすれば滅びたエルサレムのようになってしまうという教訓をしっかり心に刻みました。
また、「自分の心を祈りの家にする」事が出来るように、更にマリア様にお助けをお願いしたいと思いました。

月曜日は聖クララの生涯について黙想しました。
聖クララの修母様としの犠牲と断食と祈りの42年は、「天主のみ旨を行う」、「即ち会則の遵守」によって聖なるものになりました。
マリア様がそうされたように「天主のみ旨のままに」を私も自分の会則として徳を積めるようにお助けをお願いしました。

至聖なるイエズスの聖心我らを憐み給え
聖母の汚れなき御心よ我らのために祈り給え

【報告】
Ave Maria Immaculata !
聖母被昇天の祝日おめでとうございます。

今日は大阪のお聖堂でお祈りをして、聖歌を歌い、小野田神父様の被昇天のお説教を朗読してもらって被昇天の黙想を致しました。

イエズス様の御前でマリア様の被昇天をお祝いし、マリア様をお与え下さった天主様の偉大な御摂理に感謝致しました。

マリア様に導いて頂いて、私達もいつも日か同じように天国に上る事が出来るためのお恵みをお願い致しました。(…)

被昇天のマリア様が取次ぎくださいますように!!

【報告】
アヴェ・マリア・インマクラータ!

ビルコック神父様のこの「命」についてのお話しで、ビルコック神父様は「ヨーロッパでは…」と仰られていますが、堕胎、ジェンダー、あるいは性教育、あるいは罪の教育という地獄の文化は、今の日本にもほぼ当てはまっていて、自然の命のみならず、超自然の霊的な命を守る為に、本当にロザリオによってマリア様の汚れ無き御心からの特別の回心の御恵みの必要を感じました。

ファチマでも秋田でもマリア様は、「ロザリオの祈りを『たくさん』唱えるように」と、この「数量の多さ」について言及されていて、

ふと考えてみますと、以前シュテーリン神父様も聖母黙想会の時に仰っていましたが、マリア様は、私たちの腐ったようなリンゴの贈り物でも、それをマリア様にお捧げすると、マリア様はそれを天主様イエズス様の気に入るようにとてもきれいにして、それを御捧げして下さるので、イエズス様はそのマリア様からの贈り物を非常に喜んでお受け取り下さる。と。

しかしマリア様は、その捧げ物をきれいにする為の、その「材料」は、私たちが御捧げした拙い祈りや犠牲を使ってのみ、それをする事がおできになるので、たとえ私たちが本当に弱さの故に、あまり聖人方のような全く雑念のないロザリオを唱える事ができなかったとしても(もちろん故意に気を散らすのは…ですが)、レベッカがヤコブが捕ってきた本当に小さな山羊を、イサアクの気に入るような絶品料理に仕上げて下さったように、よりたくさんの材料があれば、より多くの天主様イエズス様の気に入る最高の贈り物を御捧げする事ができるので、ロザリオを「たくさん」唱えて下さい、と仰ったのかなぁと思いました。

軍勢を整えた恐るべき軍隊の総指揮官であるマリア様が、「ロザリオをたくさん唱えて下さい」と仰ったのであれば、そのマリア様の騎士でありしもべである私たちは、「はい、マリア様、分かりました!今、〇〇環が私たちの内で集まっております!」とマリア様に報告をし、互いに励まし合うのは、とてもマリア様が御喜びになる事であり、天主様の御旨に適った事ではないかと思います。(今回は霊的花束なので、途中経過などはないと思いますが)

「教皇、司教、司祭の為にたくさん祈って下さい」「毎日ロザリオの祈りを唱えて下さい」「ロザリオの祈りをたくさん唱えて下さい」「もはや既に、祈ろうとする霊魂が集められております」

秋田のマリア様が集められたその霊魂の中に、憐れな私の霊魂も入る事ができますように。

聖母の汚れ無き御心よ、我らの為に祈り給え!
秋田の聖母よ、我らの為に祈り給え!
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2019年8月11日(主日)大阪の聖母の汚れなき御心聖堂の夕方6時のミサ

2019年08月12日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様!

8月11日の大阪のミサには29名の兄弟姉妹が与ることができました!天主様に感謝します!

聖母の汚れなき御心よ、我らのために祈り給え!
トマス小野田神父











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聖ピオ十世会日本 聖伝のミサ(トリエント・ミサ、ラテン語ミサ)の報告 SSPX Japan Traditional Latin Mass

2019年08月10日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

聖母の被昇天が近づいていますね。いかがお過ごしでいらっしゃいますか?

8月2日(初金)には、大阪でミサの後、顕示された御聖体の前で聖時間を過ごしました。
8月3日(初土)には、初土の信心を、顕示された御聖体の前で行いました。
8月4日、東京で御聖体降福式を行い、11月に日本に来られる教皇様のために特に御捧げしました。

8月4日には東京で生まれたばかりのマリーちゃんが洗礼を受けました。
8月5日には岩国で生まれたアラベルちゃんの洗礼式を行いに、岩国に出張しました。

聖ピオ十世会日本の記録によると、2019年には今までに、14名の方々が洗礼を受けました!天主様に感謝!


Photo credit


ご報告を頂きましたので、愛する兄弟姉妹の皆様にご紹介いたします。
天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

【報告】【大阪】
アヴェ・マリア・インマクラータ!

大阪でのミッションありがとうございました。
簡単ですが、ミサの報告をお送り致します。

8月2日(初金) 至聖なるイエズスの聖心のミサには13人、
8月3日(初土) 聖母の汚れなき御心のミサには23人が御ミサに与るお恵みを頂きました。デオグラチアス!

金曜日にはお説教で聖アルフォンソで・リゴリのイエズスの聖心へのノヴェナの一部を黙想しました。
自分がどれほど恩知らずで、冷淡かを改めて黙想すると同時にこんな自分をイ エズス様がどれほど愛して下さっているかをよく黙想出来ました。
神父様の勧めに従って、まず今月、この8月をイエズス様の聖心をお慰めできる月にしたいと思います。

土曜日にはお説教、御聖体降福式と共に、被昇天について黙想しました。
現代、世の中は肉体の欲求を満たす事と肉体のみを大事にする事が善とされて、腐ってしまう肉体よりも究極の目的である永遠がないがしろにされています。
私達は霊肉ともに天へ上がられたマリア様に倣って、マリア様の通られた道を歩けば、世の終わりには肉体と霊魂の結合ののちに復活して永遠の幸せを受けることができる。
これは辛い日々、苦しみの中にいる私達に大きな慰めとなりました。
イエズス様が マリア様を迎えに来られた様子を黙想し、自分の死の時にもイエズス様、マリア様が迎えに来て下さる事を思えば、この世でカルワリオの十字架の元に立ち続ける勇気がでました。

両日とも聖体降福式をして頂き、傷つけられた聖心をお慰めするため、また、11月来日される教皇様がイエズス様の代理者としての事業のため、特にお祈りしました。
また、うだるような暑さは天主様が今私にあたえてくださっている憐みだと思って天国に行くために徳をつむこれらのチャンスを出来るだけ生かすことができるよう、お恵みを願いました。

至聖なるイエズスの聖心我らを憐み給え
聖母の汚れなき御心よ我らのために祈り給え

【報告】
Dear Fr Onoda:

今日(2019年8月4日)の東京でのミサの参列者数は下記の通りです。

男: 30人(内、子供4人)
女: 23人(内、子供3人)
計: 53人(内、子供7人)


【報告】
Ave Maria Immaculata!

聖霊降臨後第八主日のミサと聖体降福式をありがとうございました。
この時期の聖福音では、死の準備をすることが取り上げられるようになるとのこと、今回のごミサでは、管理している会計の帳尻が合わないと説明を要求され不正をしたその管理人が主人によくやった!と誉められる様子が、読み上げられました。

ミサと聖体降福式のなか、天国で天主を礼拝し賛美する喜びが思い浮かばれ、この世でその喜びのいくらかをわずかながら感じさせていただいていることをちょっぴり感じました。天主の憐みを乞いねがいました。

お説教では、死の準備がそのまま天国へ向かう準備へとなるには何を心がければよいのか、教えていただき黙想しました。
聖福音が読まれたときは“不正をしたこと”のほうに気持ちが向きがちだったのですが、お説教により、これは「将来天国へ入れるための備えを賢明にしたことを誉められていること」とわかりました。

神父様のお話は霊的な富のことであったように思います。
人間を中心にする合理的精神から見ようとすることと、天主を中心にしてその憐れみ深い御計らいを眺めることは、全く別なものでしょう。観念にとらわれてしまえば霊的な富への理解が乏しくなり「まず天主の栄光ということが求められる」ことから離れてしまうようになるのだなあと感じました。

神父様のお話から、「賢明に生きる」とは、手にする稼ぎ得た金銭をどのように天主の栄光のために用いるように思慮するか、この世で生きられる時間を天主の栄光のために使えるようにどれほど工夫するか、いただいているなんらかの能力があるとしたら如何に天主の栄光のために使うか、恵みによるせっかくの健康な体をつまらないことにばかり動かすのではなく天主の栄光のために働けたのか、というようなことと受け取りました。そのようにできることは特権をいただくことであり、天主の憐れみをいただくことだと伺ったようにおもいます。

また「霊によって体のおこないを殺すなら、あなたたちは生きる」とは、霊によって肉の負債を殺すこと、天主の子として天主からいただいたものを天主に返すことで、それにより天主の遺産の共同相続人となることができるということというお話も、心に刻みました。

天主の御業がこの地上に行われるために、主がこの貧しい器をほんのわずかでも用いてくださいますように。いつかそっと天の庭に移し替えられる小さな草のようになることを願いながら、毎日を大切に過ごしていきたいと思いました。

そして、誰よりも賢明に生きられたマリア様に倣うことができますようにと思います。
神父様、この暑さの中の移動だけでも大変なことと思います、ミサの後も、産まれたばかりの赤ちゃんの洗礼式へと向かわれるとのこと、翌日も岩国での赤ちゃんの洗礼式に向かわれるとのこと、本当に私たちのためにご奔走してくださいましてありがとうございます。どうぞくれぐれもお身体にお気をつけてくださいますようにと思います。今回も大阪と東京と続けて御ミサを立ててくださいまして、心から感謝申し上げます。聖母の汚れなき御心が小野田神父様をいつもお守りくださいますようにお祈りいたします。


【報告】
アヴェ・マリア・インマクラータ!

素晴らしい御ミサと聖体降服式をありがとうございます。
お説教を拝聴して心に留まった幾つかの箇所がありました。
「殉教者たちはゆるく縛られ遠火で焼かれ、いつでも逃げられるようにされていた。それは背教しようと思えばいつでも背教できるように置かれていたということなのです。」という部分もそのうちのひとつです。

日本の殉教者たちがあえてそのような状況で火炙りの刑に処せられていたというのが、現代のカトリック教会の置かれている状況とどのように似ているのか、いま私の置かれている状況とどのように似ているのか、少し考えてみました。
カトリック教会そのものは普遍であり聖なる唯一の救いの場であり、イエズス・キリストの聖なる花嫁であると思います。それは現代のカトリックでも同じだと思います。
けれど現代では、カトリック教会に入りこんでいる何か(サタン)によって、かくも信者に眠らせるよう仕向けられ、信仰から離れさせようと仕向けられ、その策略に責めたてられているのではと思いました。

ミサ聖祭が変えられようとしたということだけでなく、隠されている策略によって人々をしっかりしたカトリック信仰から離れさせよう背教させよう近づかせないように歪曲してしまおうという得体のしれない何か(サタン)の働きがあるように思えてきました。
カトリックの教義を柔らかくする(新しい時代に合せて変える)ことも、“ゆるく縛るようにされていること”を指すのかもしれません。そういう意味でも、私達もゆるく縛られている者なのでしょう。

遠火で焼かれ煙でいぶされているということも、新しいカトリックを認めれば火に焼かれなくて済むぞ!と、脅していることと似ているかもしれません。新しいミサを認めれば、いつでも火炙りから逃れられるぞ!と。跪きを止めて立って手で聖体拝領をするなら、仲間だぞ!と。

奇抜なミサも新しい形のものなら許されるのに、伝統的なミサ聖祭だけは存在を認めようとせず仲間外れにして認めない。少しずつ新しい制度を導入して、最初は試験的な制度だからと言って眼をくらましておきながら、最後には新しい制度に反対する者を断罪する。

そういったことは、伝統的なカトリックのミサ聖祭が行われていたことを忘却の彼方に捨て去りたいがためとする偏狭的な策に思えます。(今も世界各地で聖伝のミサは捧げられ、増えてきてさえいるというのに、いったい何故なんでしょう。)
そのようにして、日本のカトリック信者をまるで遠火で焼いて燻(いぶ)して抹殺しようとしているのかもしれないと思いました。

外から来る迫害か、あるいはこの時代精神全体がカトリック教会全体を揺さぶっているところからくる内側から来ている迫害なのかの違いはあるとしても、今の日本のカトリック教会の危機は日本の聖なる殉教者たちがかつて受けたものと同じ迫害の苦しみのように思えます。
昔の日本の殉教者たちがどれほどしっかりと信仰を守り通そうとしたかを学ぶことは、現代のカトリックの信者も「最後まで最初から伝わるカトリック信仰を捨てない、迫害を受けても曲げないし、たとえ伝統を保とうとするものはもうカトリックではないと脅されてもそれにくみしない」と持ちこたえようと努力することにつながっていくのではと思いました。神父様のお説教からこんなふうに連想いたしました。

社会が革命の精神により変えられ人権を主張することが正しい人間の道だと広められ、教会の中でさえ変えられる必要が叫ばれてから、変わっても大丈夫なことと決して変えてはならないことの区別・識別がサタンの攻撃によってすっかりぶれてしまったのかもしれません。煙で燻しながら知らず知らずのうちにカトリック信仰から信者を離れさせ背かせるようにするというサタンの手段の一つかもと思います。いったい誰が信仰を持ち続けているかさえ、煙の中ではすっかりうやむやになり見えなくなります。共産主義者も、フリーメーソンのものも、精神分析主義者も精神世界愛好者も、ヨガの愛好者も、座禅の修行も、LGBTも、すべて区別なくそのままに受け入れているのを目の当たりにし、混然としてわからない有様です。ゆるゆるに見える寛容さの名目のもと、日本独自の新しいカトリックというスローガンに振り回されるあまり、実はサタンから様々な内部攻撃ともいうべき処刑を受けているさなかかもしれないと思ったら恐ろしくなりました。カトリックがバラエティー化され本質的な部分を失うようになれば、なによりマリア様がどれほどお悲しみになられることでしょう。私自身もこれまでいろいろな影響を受けてきているので、果たして自分は純粋な正統のカトリック信仰を本当に持っているだろうかと謙遜に自分自身を省みようと思います。

聖ピオ十世会は伝統的カトリック信仰を保ち続けることを宣言しています。これほどの攻撃を現在受けている理由も、そこにあるのでは思っております。ラジカルで、現代主義の、享楽的で、革命の精神が蔓延る、人権を天主の権利より擁護する、この時代の中で、カトリックの伝統的な信仰を守ろうとすることはどれほど殉教的なことであるかあらためて気づかされました。使徒継承のままの信仰を宣教してくださる修道会の御ミサに与れる幸せを感謝いたしました。

日本の枢機卿様・司教様たちも、きっと純粋なカトリック信仰が日本に復興することを願っていらっしゃることと思います。
フランシスコ教皇様の来日の予定が発表され、カトリック信仰が世間の注目を浴びることも増えるようになると思います。
教皇聖下のためのロザリオの祈りを続けながら、日本に正統なカトリック信仰のよみがえりが興って、真面目に霊魂の救いを求めようとする多くの日本人が必ずカトリック信仰との出会いを発見することができますように、と願っています。

聖母の汚れなき御心、我らのために祈り給え
秋田の聖母、我らのために祈り給え
日本の尊き殉教者、我らのために祈り給え
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飛行機からの富士山

2019年08月09日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

今週は、赤ちゃんの洗礼式に岩国まで行って来ました。その時見えた富士山の写真をご紹介いたします。

天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田神父


帰りの富士山


岩国の眺め 岩国城から


錦帯橋





行きに見た富士山





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キリストの花嫁たち 聖ピオ十世会の修道女会終生誓願式 アメリカ

2019年07月27日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様!

今年2019年4月28日、白衣の主日 Quasimodo Sunday、アメリカのミネソタ州のイエズスの聖心修練院で、二名のアメリカ人女性が着衣式を受け、二名のフィリピン人修道女らが終生誓願を立てました!






日本からも多くの聖伝に従うキリストの花嫁たちが生まれますように!

天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田神父



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来年の復活のロウソクを準備中です

2019年07月26日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様!

来年の復活祭のために、復活のロウソクを準備中です。






天主様の祝福が豊かにありますように!

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聖ピオ十世会 聖伝のミサ(トリエント・ミサ ラテン語ミサ)報告 SSPX Japan Traditional Latin Mass

2019年07月22日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

聖ピオ十世会の聖伝のミサの報告を頂きましたので、愛する兄弟姉妹の皆様にご紹介いたします。

天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)



【報告】
Ave Maria Immaculata!

7月の所感をご報告いたします。

7月13日・14日の東京でのシンポジウムのために、フランスから聖ピオ十世会のビルコック神父様とイエズス会のトマス神父様が来日されて、
大阪では、9日から12日まで毎日3つの御ミサを捧げてくださいました。
また14日には、アジア管区長のサマーズ神父様が大阪で主日の歌ミサを捧げてくださるために、
東京の前に大阪にお立ち寄りくださりくださいましたこと、天主様に感謝申し上げます。

私たち日本の信徒にとって、ビルコック神父様はお会いする前から、存じ上げていた神父様でした。
毎週日曜日に、有志の信徒の方が、ビルコック神父様のカテキズム動画に日本語字幕をつけてアップしてくださり、毎週楽しみに視聴していたからです。

※聖ピオ十世会フランス管区のWEBサイトでビルコック神父様によるカテキズム動画(1話10分ほど)がアップされています

カテキズムのお話は簡潔でわかりやすく、毎回、初めて知ることがあり、「天主様に感嘆、感謝」せざるを得ません。

動画を拝見していると、神父様は頭脳明晰で、厳格であられるイメージを持っておりましたが、実際のお人柄は、柔和で高貴な聖なる雰囲気をたたえた神父様でした。

歌ミサでは聖歌隊となって一緒にグレゴリオ聖歌を歌ってくださったり、終課を一緒に歌いました。

神父様が素朴な美しい声でお歌いになると、教会の祈りであることを思い起こされ、感激いたしました。

イエズス会のトマス神父様は、威厳があられるのに、お優しく、控え目で謙遜な雰囲気を持っておられました。

東京で、マーチフォーライフの前のビルコック神父様の講話中に、どなたかが階段をすべらせたような音がしたときに、トマス神父様が咄嗟に階段に助けに向かわれたお姿が印象的でした。

2点についてご報告したいと思います。

その①
このたび「フランス革命」と「マーチフォーライフ」に関係性があることを理解しました。
特に、ビルコック神父様の講演と講話でお話になられておられていたと思います。

【マーチフォーライフの前の講話の要旨】をまとめてみました。

・「革命」の真の姿は「天主に対する憎しみ」「天主の秩序に対する憎しみ」「天主をひきずりおろして玉座についた人間」だと。(講演より)

・本来革命を阻止すべき役割、できるはずだった聖職者は啓蒙主義の毒に冒されて、自らが崩壊のために働き犠牲となってしまったと知りました。(講演より)

・堕胎・同性愛・安楽死の考え方は罪の精神(悪魔の精神)であり、生命を攻撃するのは「自由享楽の精神」・「個人主義」の精神。

・自由の精神こそ「革命の精神」であり「人間が天主になろうとすること」

・人間中心主義は、人間の死に行き着く。自由を求めて生命に逆らうほど不幸になる。現代社会は人類の自殺の文化(死の文化)といえます。

・マーチフォーライフは単なる堕胎反対のみならず、生命の掟十戒に逆らう全ての文化に対する反対を表明するものなので、
 私たちカトリックはマーチフォーライフなどで戦うことが必要。

・マーチフォーライフに参加することは勇気のあること。それは国の法律に反対の声を挙げることだから。私たちの知性と意志を罪の精神から守ることです。

・聖フィリッポ・ネリは毎朝、天主に祈っていた。「主よお護りください。主の御助けなくしては、夜にはイスラム教徒となってしまうでしょう」と。祈りこそ重要。

・ですからマーチに参加にしながら、お祈りしてください。私たちが快楽・自由の精神から守られるように。

・マーチは自然の生命だけを守るのではなく、超自然の行為であって「信仰宣言」なのです。

・天主ご自信が生命であり、生命は全て天主のものである。生命である天主が人間となり、人間の生命を贖うためにこの世に来られた。

・マリア様の胎内から、洗者聖ヨハネを聖別され、病人を癒し、死者には生命をお与えになって、天主自らが、どれほど人間の生命を大切にされたかを示された。

・堕胎はイエズス様の事業を軽蔑し、主ご自身をも軽蔑することになる。

・なぜ主は人間の生命を大切に思われたのか?それは身体を活かしているのは霊魂であり、霊的生命は永遠であるから。

・肉体を滅ぼさない状態で、人間の霊魂を殺すことができる。それは霊魂に天主に対する敵対をおく(罪の状態にあること)ことで、罪は永遠の地獄を招く。
 よって死の文化=地獄の文化といえる。

・1917年7月にファチマの聖母は三人の子供たちに地獄のビジョンを見せられた。1917年には堕胎法も安楽死もなく、教会にはまだ多くの信徒がいて、教会の権威もあった時代だった。もしも今日、マリア様が地獄を見せられたら、どれほど多くの人が地獄に落ちていることか?

・霊魂の生命を殺すことは、もっと重大なこと、マーチフォーライフは胎児のために生命を守るために、また超自然の生命を守り生きることを願って歩きましょう。

・マーチフォーライフに参加することは良いことだが、最も大切なことは祈ること。

・カトリック信者は個人的にそして公的に祈る義務がある。公的に祈るのは、信仰を告白し、生命である主に属していることを表明するためです。

・大切なのはマーチで歩きながら、祈ること。周囲の人々に生命を守ることが大切だと見せるとともに、もっと高貴な霊魂の生命を守るために歩かなければいけない。

・霊魂の生命は本当の光、生命は真の光であったと聖福音に書かれている。祈りながら生命を守るだけでなく、周囲の人々の光とならなければならない。

・こうすることで主の真の弟子となることができる。主のように生命と光をもたらすからだ。

・生命を守る最善の方法は、ロザリオを祈ること。ファチマの聖母は地獄のビジョンを見せられたときに、地獄にいかない薬もお示しになられた。ロザリオを祈ることだ。

・ロザリオの祈りの単純さは天主から来たことを証明している。ロザリオは単純で、普遍的。三歳の子供でさえも、老人も一緒にロザリオを唱えることができる。

・頻繁に多くロザリオを唱えることは、天国を約束されているといえる。

・現代社会に生きて仕事をしておられる皆さんにもロザリオは大変重要です。時間の隙間で三分で一連唱えれば、いちにちに一環以上のロザリオとなるでしょう。

・今日のみならず、いつもロザリオを唱えましょう。

・今日はファチマの聖母と一緒に歩きましょう。ファチマの聖母はロザリオの聖母でもあられます。

・ロザリオはフランス語で「王冠」という意味。肉体と霊魂の生命を守るために歩くように、おみこしのバラの花、物質的な冠と霊的な王冠をマリア様に差し上げるために歩きましょう。


その②
このたび初めてマーチフォーライフに参加いたしました感想としましては、

・今年はカトリックの司教様がお二人も参加されて、神父様やシスターがたもおられ、大変嬉しく心強かったです。

 カトリック教会への良い影響となり、来年は更に多くの司教様、神父様、シスターが参加されますように!

・うれしいことに、今年は前年より多い300人以上の方が参加されたそうで、築地教会の正面のお庭には人があふれているようでした。

・今後さらに参加人数が増えることを想定すると、日比谷公園などの大きな公園での集合→大きな公園までのマーチとなっていくのかな?と思いました。

・私たちは、小野田神父様のご指導どおり、ファチマのマリア様から離れずに、ロザリオで祈りの行進をすることができたと思います。
 アヴェ・マリアとグロリアの歌声があるほうが、沿道の通行人の方がたへ「祈り」をアピールできたのでは?と思いました。

小野田神父様は、シンポジウムの準備、通訳、マーチフォーライフ、来日された神父様がたのお世話や案内、日本のミッションでの細かなことまで気配りをされて、
大変お疲れになられたことと思います。充分に休養される間もなく、いつものように次のミッションに向かわれてしまいましたが、
くれぐれもご無理なさいませんように。

聖母の汚れ無き御心よ、我らのために祈りたまえ。
ファチマの聖母、ロザリオの聖母よ、このたび来日くださった神父様がた、小野田神父様をお護り、御助けください。
ファチマの聖母、ロザリオの聖母よ、我らのために祈りたまえ。



【報告】
アヴェ・マリア・インマクラータ!

今年も、小野田神父様のロザリオの先導で、百合や薔薇で飾られたファチマのマリア様とマーチフォーライフを歩けましたことありがとうございました。
サマース神父様、ビルコック神父様、トマス神父様と、4人の神父様達もご一緒でした。
北から南から遠くからおいでになった友人たちも、今回マーチフォーライフに初めて参加したけれど、とても素晴らしい体験だったと話してくださいました。

私たちはマーチフォーライフに参加する前、フランスからおいでくださったパリのサン・ニコラ・ドゥ・シャルドネ教会で働いておられる司祭であるビルコック神父様から、いのちをテーマにした霊的講話を拝聴し、カトリックの祈りをこのような形で公式に表明することもとても大切なことですというお話を伺って、カトリックの精神に従って、築地カトリック教会から日比谷公園まで祈りの行進をいたしました。

私自身が周りのカトリック信者さんにマーチフォーライフのことをお伝えして、一緒に参加できるとよいですねと申し上げると、「中絶反対とか堕胎はダメというのは現実の世の中の厳しさ悲惨さを知らないからで、生まれてこないほうが親のためにお腹の子のためにも良い場合があるのよ、それに第一私たちの行っているカトリック教会では神父様がマーチフォーライフで訴える内容を話しているのを聞いたことがない」という答えが返ってくるのが多く、悲しい思いをしてしまいました。

“今回は司教様達も参加してくださるんです”と言っても参加の反応がよくなくて、インターネット上にも中傷の記事が見られるなど、まことにカトリック信徒としてあまりに情けない様子が見られました。

このまま日本の東京近辺のカトリック教会が、中絶も堕胎も場合によっては仕方ないことという態度を表立っていわないとしても、このようなマーチフォーライフという活動を敢えて無視する態度を取るということは、一体どういうことなのだろうかと、考えこんでしまいました。どんな活動でも、その過度期というのは、いつでもこんな具合なのでしょうか。

でも実際のマーチフォーライフでは、いくつものカトリック教会から来られたかたや、プロテスタント教会の方や一般の市民の方々大勢のかたと警察の方に助けていただきながら、東京のど真ん中を歩けたことを感謝申し上げます。

私自身、カトリック教会がいのちのことをどのように教えているのかをよくわかっていないものですから、これからもっと学ぶ機会が与えられますようにと思っています。同じ気持ちの方が手を取り合って連絡しあって、もっとこの東京・千葉・神奈川・埼玉のカトリック信者のなかにおいてもカトリック教会が教えているいのちの尊厳のことを、神父様たちや専門の博士(リガヤ博士)から学んでいくことが大切かなと感じられました。

教皇様も教皇大使も枢機卿様も司教様も、マーチフォーライフを応援してくださるメッセージをくださいました。そして、海の日のマーチフォーライフでは、命を尊ばなければならないというカトリック精神を、一緒にアピールできましたこと、ありがとうございました。

来年こそは、カトリック教会全体の中で、このマーチフォーライフの盛り上がりが興りますように、心からお祈り申し上げます。

【報告】
Dear Fr Onoda:

今日(2019年7月21日)の東京でのミサの参列者数は下記の通りです。

男: 25人(内、子供5人)
女: 26人(内、子供4人)
計: 51人(内、子供9人)

【報告】
アヴェ・マリア・インマクラータ!

聖霊降臨後第六主日のミサをありがとうございました。

今月は3回も主日ミサが東京で捧げられて、全部で21回のミサが捧げられました。
そのうちの一回は、初めて与る素晴らしい荘厳ミサでした。デオ・グラチアス!
たくさんのミサに与ることができましたこと、感謝申し上げます。

7月は、なかには500キロメートルとかあるいは700キロメートルも遠い所にお住まい方々も、久々の御ミサに与られたご様子に、とてもうれしくマリア様に感謝いたしました。

昨日はこのミサで、「ミサはいつも聖週間の縮小版が行われているが、来年の復活節には日本で初めて典礼の頂点となる聖週間のミサが行われる予定となっています」ということをお話しいただきました。修道院設立のために本当にたくさんの祈りが必要だとお話しくださいました。

そして2000年の間、カトリック教会では、この伝統的な聖伝のミサを通して、たくさんの聖人や教会博士・神学者たちが輩出されてきたことを、お話しくださいました。

現在、それでは、プロテスタント化されたかのような全く替えられてしまったミサを通しては、どうなっているのでしょう。

友人が今日、最近お友達が亡くなったのだけれど、彼女こそは人知れぬ大聖人だと思うと話してくださいました。

そのお話にもっと耳を傾けてみると、その理由は、そのお友達の方が、地方の教会にお住まいだったこと、跪きの廃止や手でのご聖体拝領のみ許可というここ数年に一気に強まりを佩びている“伝統的なカトリック信仰を守り通したいという信者”を迫害するような上層部からの指導に、断固として抵抗した方だから、というのです。

その方は、亡くなるまで最後まで、御自分がかつて神父様から教えていただいたままのカトリック信仰を貫き通して、けっして立ったまま手でご聖体拝領をしなかったのだそうです、ごく最近亡くなったのだそうですが。

ご自分は何時間もかかるけれど聖ピオ十世会のミサに通えるところに住んでいるから今は安心して御ミサに与れるけれど、そのお友達は最後まで大変な辛い思いをしなければご聖体拝領をすることができない状況で苦しまれていた様子を、お話しくださいました。

でもそのご老人だったというカトリック信者さんは、伝統的なカトリック信仰を伝統的な司祭から教えていただいたからその信仰を保とうとすることができたのだと思います。聖変化の意味・ご聖体を礼拝しなければならない理由などを教えていただいていて、しっかりとした信仰が身についていたのだと思います。 そもそも、伝統的なカトリック信仰を教えられる機会がないままに洗礼を受けている信者の運命は、いったいどうなるのでしょうか。

現代の第二バチカン公会議後のミサ典礼のあり方に反対して、アンケートなどの集計結果を拝見したこともあります。いま昨今は、聖人は、自分の信仰を守るために、周囲からの嫌がらせや迫害に耐えることを、求められているとしたら、何とも皮肉な!という以上にもっと深刻な、恐ろしい事態にあることを、考えさせられました。

そして、そのお話を伺いながら、ミサが内側から変えられようとしていることの深い理由と実情を、神父様から教えていただくことができました。

私たちにできることはカトリック教会のためにお祈りをすることしかできませんね、ということになり、今は少ない人数ですが励ましあってお祈りを続けていきましょうということになりました。

このイベントを機会に、毎回ミサに与るようになられた方も増えていらっしゃるご様子に心強く思いながら。

東京に修道院が設立できることのために一生懸命お祈りいたします。

小野田神父様、いつも私たちのために、聖伝のミサをお捧げくださいまして本当にありがとうございます。
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【聖ピオ十世会】聖伝のミサ(トリエント・ミサ、ラテン語ミサ)の報告2019年7月 SSPX JAPAN, Traditional Latin Mass

2019年07月08日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

大阪では、7月の初金、初土に聖伝のミサをささげました。
東京では、7月7日に主日のミサ、8日に月曜日の早朝ミサをお捧げしました。

東京では二人の子供たちが洗礼を受けました!天主に感謝!

ところで、二か月前の大阪の「聖母の汚れなき聖心聖堂」で5月19日(主日)に聖母の汚れなき御心に対する奉献の更新式がありました。

同じ大阪大司教区では1868年にパリ外国宣教会のムニクウ神父(Pierre Mounicou)が神戸に着任されたことをもって宣教が再開されました。150年後、「再宣教150周年を祝う一年」の最終日である2019年6月16日(主日)に14時から大阪カテドラル聖マリア大聖堂で感謝ミサが捧げられ、ミサの中で「聖マリアの汚れないみ心に大阪教区を捧げる祈り」の祈りが唱えられました!

私たちは、この聖母への奉献のニュースに大変嬉しく心躍る気持ちを覚えました。
何故なら、聖母の汚れなき御心に奉献された国々は、特別の恵みを受け、平和と繁栄と祝福を受けてきたこと、
日本の司教団が、終戦直後、一致団結して日本を聖母の汚れなき御心に奉献したこと、
秋田では天使が、聖母は日本が聖母の汚れなき御心に奉献されていることを喜んでいると言われたこと、
2017年のファチマ100周年には世界中の司教団がそれぞれの国を聖母の汚れなき御心に奉献したけれども、日本ではそれがなかったこと、
などを思い、
日本の司教様たちが、日本を聖母の汚れなき御心に奉献することをこころから願っていたからです。

前田枢機卿様のよき模範が日本全国に行きわたりますように!

また、私たちが慎ましくも行ってきた聖母の汚れなき御心に対する奉献が、この大阪大司教区の奉献という一歩への恵みをもたらすことに一役買ったと敢えて信じます。

そこで、ますます多くの恵みを祈り求めて、2019年7月の初土と最初の主日には、大阪と東京とでそれぞれ、御聖体降福式の時、日本を聖母の汚れなき御心に奉献する祈りを更新しました。

これは、報道によると今年の11月にフランシスコ教皇様が来日するので、その機会に、日本の全ての司教様たちが教皇様とともに日本を聖母の汚れなき御心に奉献するお恵みをもたらすことを特に懇願してのことです。

フランシスコ教皇様の来日は、トランプ大統領や習近平あるいはG20の来日とは次元が違うはずです。

教皇様が人間としてどのような方であれ、キリストの代理者として来られるはずだからです。

フランシスコ教皇様の今年の来日が、日本にとって真の主イエズス・キリストを知る良いきっかけとなる奇跡の来日となりますように!

聖フランシスコ・ザビエルが日本に与えたような良い影響をフランシスコ教皇様の来日が日本に与えることが出来ますように!

では聖伝のミサの報告をご紹介いたします。

【報告】【大阪】
アヴェ・マリア・インマクラータ!

御血の月である7月の初金曜日に、御聖体降福式によって、御聖体の内に真に在し給うイエズス様のいと尊き御体・御血・御霊魂・御神性を、特に日本でイエズス様御自身が受け給う侮辱・冒瀆・無関心を償う為に御捧げする事ができて嬉しく思いました。

ファチマの天使の第2の祈りを3回、いつも御聖体降福式の時に唱えて下さってありがとうございます!

嬉しい事に、前田枢機卿様は、大阪大司教区再宣教150周年の最後の日の6月16日に、大阪教区をマリア様の汚れなき御心に奉献して下さり、日本がマリア様の汚れなき御心に奉献される第一歩を、素晴らしい模範を示して下さり、非常に嬉しく思います!デオ・グラチアス!

この事によりこれから大阪教区には、マリア様の汚れなき御心からの御恵みが、更に、更に、溢れんばかりに注がれる事になるのだろうなぁと確信しております!

【報告】【東京】
Dear Fr Onoda:

今日の東京でのミサの参列者数は下記の通りです。

ミサの参列者数
男: 34人(内、子供5人)
女: 31人(内、子供3人)
計: 65人(内、子供8人)

今日の洗礼式後のパーティーの参加者数:25人

【報告】
初水曜日のヨゼフ様の信心をいつもブログで仰って下さってありがとうございます。
昨日は第3のイエズス様が御割礼によっていと尊き御血を流されて、そして「イエズス」という聖名を名付けられた所を黙想致しました。
本当はイエズス様はその御割礼の時に流された御血だけでも、全人類を贖うには充分だったはずなのに、御受難と十字架上での御死去という、
本当に全人類にとってあまりある贖いの御業をイエズス様とマリア様は成し遂げて下さったのだという事を思いつつ、
一人でも多くの方がその贖いの無限の功徳に信頼して馳せ寄る事ができますように、そしてその臨終の時には、尊きイエズス様の聖名とマリア様とヨゼフ様の御名を唱えつつ、この世を去ることができますように、お祈り致しました。



*****


【参考資料】
聖マリアの汚れないみ心に大阪教区を捧げる祈りをご参考までにご紹介いたします。

聖なるおとめマリア、神の母、「無原罪の聖母」の名のもとに大阪教区を守ってくださる方。あなたの愛する子、イエス・キリストと結ばれ、聖霊の愛に燃やされ、あなたの汚れないみ心に大阪教区を捧げて祈ります。

キリストの体の一員である私たちは、今日(きょう)ここに集い、あなたへの信頼をこめて、私たちの喜びと苦しみ、希望と不安のすべてをあなたに捧げます。

希望の母である聖マリア、善と悪、光と闇との間をさまよいながら歩む私たちを、あなたは母の配慮をもって、いつも見守ってくださいます。苦しみと悩みの中にあっても、ゆるぎない信仰をたもちながら、歩み続けることができるよう、母の手をもって、私たちを支えてください。

平和の元后である聖マリア、家庭と共同体を破壊する怒り、憎しみ、暴力がなくなり、喜びがあふれるよう、私たちを導いてください。教会と世界が平和と希望に満ち、すべての分裂と排除を乗り越えることができるよう、私たちを助けてください。

喜びの源である聖マリア、あなたの汚れないみ心からあふれる愛にうながされて、住む家のない人、貧しい人、故郷こきょうを追われた人、抑圧されている人、私たちの共同体から忘れられている人、社会の不正義に苦しんでいる人を、誰よりも愛するよう、私たちの心を動かしてください。

すべての人々の母である聖マリア、母の胎に宿ったときから死に至るまで、人間のいのちが尊重され、いのちをおびやかすすべての罪を、しりぞけることができますように。結婚と家庭の聖性を守り、すべての人が神の子として成長し天の祖国に至る道を歩むことができるよう、私たちを導いてください。

福音宣教の星である聖マリア、神のみ旨をいつも受け入れる力を、与えてください。私たちが、聖霊のうながしに素直に従う者となり、善と悪を見極め、より良いものを選び、いつでもどこでも熱心に、福音を告げ知らせることができるよう、私たちを励ましてください。

教会の母である聖マリア、私たちに聖性への道を示し、共に歩んでください。あなたの最愛の子に日々近づいていく望みを、私たち一人ひとりの心に、芽生えさせてください。母としてのみ腕に寄りすがり、あなたの汚れないみ心に大阪教区を捧げ、すべてをあなたの最愛の子、私たちの主イエス・キリストにゆだねます。

アヴェ、マリア、恵みに満ちた方、主はあなたとともにおられます。あなたは女のうちで祝福され、ご胎内の御子イエスも祝福されています。神の母聖マリア、私たち罪びとのために、今も、死を迎える時も、お祈りください。アーメン。
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日本を聖母の汚れなき御心に奉献する祈り (2019年7月)Consecration of Japan to the Immaculate Heart of Mary

2019年07月08日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

2019年7月の初土と最初の主日には、大阪と東京とでそれぞれ、御聖体降福式の時、日本を聖母の汚れなき御心に奉献する祈り(2017年8月15日の奉献に少し手を入れた)を更新しました。

愛する兄弟姉妹の皆様にご紹介いたします。

天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

日本を聖母の汚れなき御心に奉献する祈り
(2019年7月)

【導入部:聖母より受けし御恵みと愛とを思い起こさん】

聖母の汚れなき御心よ、1549年、御身の被昇天の大祝日に、われらが祖国は、唯一真(ゆいいつまこと)の救い主の福音を伝えし聖フランシスコ・ザベリオの到来を喜びたり。地の果ての日沈む国ポルトガルより、極東の日出(いず)るわが国まで、正義の太陽イエズス・キリストの光は届けられたり。
聖フランシスコ・ザベリオは、わが国に来るより15年前、被昇天の大祝日に、聖イグナチオらと共にパリのモンマルトルでイエズス会を結成したり。その時も、御身は彼を喜びと希望とで満たし給えり。御身がこのイエズス会司祭を送り給うたのは、巡礼者として聖地エルサレムにはあらず、教皇パウロ三世の公使として東洋の果てなりし。
被昇天は、光と希望の夜明けを告げる幸いなる明けの星のごとく、われらが祖国にとりて煌煌とかがやけり。御身は、われらが日本に、赦しと、命と、喜びと、平和と、幸せとを与えんことをのみ望み給えり。その慶びの日の後、われらが祖国のあまたの先祖同胞は、高貴なる者も卑しき者も洗礼の御恵みを受け、天主の養子となり、聖子の御体と御血とに養われたり。多くの貴族の子弟らは、イエズス・キリストの司祭となり、或いはローマに、或いはエルサレムに行く御恵みをも得たり。分けても数十万の無数の老若男女は、1597年の26名を初穂として、自らの血を聖子の血に合わせ、殉教の誉れの冠を授かり、天国へと直行せり。大司祭の御母にして、天の門よ、御身は、われらの救霊のため特別の愛もて祈り給えり。
御身の御取り次ぎにより、われらが先祖は、イエズス・キリストへの信仰の御恵みと天主の御助けとにより、祈りを愛し、お上(かみ)に従い、従順・忠実たりて、隣人には福祉と憐れみをほどこし、迫害せんものを赦し、主の御教えを全うせり。雲仙の殉教者らは、「いと尊き御聖体は讃美せられさせ給え!」と叫びつつ、その玉の緒を主に返し奉れり。島原にては撃たれて飛び来る弾丸(たま)を、御身のロザリオの珠(たま)にして祈り奉れり。御身は、西坂で最初の穴吊りの責めを受けし福者ニコラス福永を訪れ、慰め、励まし給えり。福者福永の最後の言葉は、聖母マリアの連祷なりし。殉教者の元后よ、御身はわれらが祖国に多くの恵みを祈り給いたり。
われらが祖先にとりて最も残酷なる拷問は、かくも愛する母の御影(ごえい)を毎年足で踏ませられ、御身に侮辱を加えさせらるることなりし。われらのために十字架に付けられ給うた聖子イエズス・キリストと、主の死を悼み主を御胸に抱き給うた御母の御姿を踏むは、いかに心苦しきことなりしぞ。キリスト者が迫害されし時、御身も、愛する子らとともに苦しみ給いしなり。
司祭不在の長き年月の間、隠れたる信徒らは、御身の御像を隠し持ちつつ、御身の聖なるロザリオを愛し、喜びと苦しみと栄えの玄義を黙想し奉り、これを良く唱える御恵みを得たり。御身こそ、司祭になり代わり、われらが先祖らを慰め支え給えり。日本各地に残る多くのキリシタン遺物が、彼らの御身への愛を雄弁に物語るなり。
御身は、イタリア人シドッティ神父に日本宣教の望みを起こさせ、1708年、屋久島に到着させ給いたり。神父が日本に持ち来たるは、悲しみの御身の御影(ごえい)とて、慰め無き悲しみとカルワリオの御苦しみとを捧げ給う涙の御身の御姿(みすがた)なりし。師がキリシタン屋敷の地下牢にて殉教せし後に、今に至るまで東京国立博物館に残されしは、日本の子供らのために悲しみ給う御母の涙なり。
御身は、日本への宣教師フォルカード師に知恵を息吹き給えり。キリシタン禁令のただ中、殉教の血に浸され赤く染める300年を経て、ついに1844年の幸いなる聖母聖月の最初に、日本の那覇にて、師がわれらが祖国をかたじけなくも捧げ奉りたるは、正に、聖母の汚れなき御心に対してなりし。「無原罪の御孕り」なる御身は、1856年日本の建国記念の日を選び、フランスのルルドにて聖ベルナデッタにお現れになり給いし。御身は、フォルカード司教をフランスのヌヴェールの司教として、聖ベルナデッタが修道誓願により御身に捧げらるるを司式せんことを計らい給えり。
1865年3月17日、御身は、その美しき御像の足元に、迫害を逃れんとて潜伏中の信徒らを招き寄せ給えり。「サンタ・マリアの御像はいずこ?」 彼らは、御身を見奉りて、まさしくこれぞ!サンタマリア様!聖子イエズス様を抱き給う!と喜び、自らの信仰を明かさん秋(とき)を得たり。子らが母を見つけし喜びなりしぞ。彼らがたとえ「旅」に流されんとも、御身は流刑の信徒らを訪れ、優しき母として津和野に現れ、慰め給いたり。
御身は、今より100年前の1917年、ポルトガルのファチマにて、ご自分の汚れなき御心の神秘を、われらに垂(た)れて諭(さと)し給えり。同じ年、おお、汚れなき聖母(インマクラータ)よ、御身はご自分のしもべ聖マキシミリアノ・コルベに燃える望みを抱かしめ、御身のために捧げられし騎士会をローマにて創立させ、このしもべをわれらが祖国に送り給えり。
1945年、御身の被昇天の大祝日を準備しつつ、原爆を受けたる長崎の、多くの修道女らとカトリック信徒らとは「み母マリア、身も心もとこしなえに、献げまつる!」と息も絶え絶えに歌いつつ、死の苦しみを愛を込めて御身に捧げ奉れり。戦争終結のため、ファチマの聖母なる御身に、夜を徹して祈る司祭も多かりし。われらが祖国を愛する信徒らは、日々祈りと犠牲とを捧げ奉り、平和のために祈りたり。長崎カトリック信徒代表パウロ永井隆博士は、慰霊祭に弔辞の弁にかく言えり。
「日本は聖母に献げられし国たること、吾浦上の天主堂もまた特に聖母に献げられしものたることを想い出すなり。・・・いくた殉教の血を流しつつ四百年、正しき信仰を守り通し奉るわが浦上教会こそはまこと世界中より選ばれ、天主の祭壇に献げらるるべき潔き羔の群れではなかりしぞや。・・・浦上教会が世界中より選ばれ燔祭に供えられしことを感謝し奉る。」
かくて、御身の被昇天の大祝日に、御身の御取り次ぎにより、われらが祖国は、終戦の御恵みを得たり。日本の司教団はこれを直ちに認め、一致団結して日本を御身の汚れなき御心に奉献し奉れり。御身の被昇天の祝日は、天主への讃美にわれらを招く鐘が教会に鳴り響くごとく、われらが祖国の上に、平和を告げて鳴り響きたり。終戦の年に鳴り響きし長崎の鐘は、正に御身への讃美の歌となりけり。1951年の御身の御誕生日には、日本はサン・フランシスコ条約を締結し、戦争状態は法的に終了し、日本国民の完全な主権は承認されたり。
御身は、1975年の最初の土曜日から、1981年9月15日の悲しみの聖母の記念日まで、われらが祖国の秋田の地に来たり給うて、ファチマのメッセージを繰り返し伝えつつ、共償の涙を、101回にわたりて流し給えり。日本の国民の救霊のために苦しみ給うた涙にして、それにもかかわらず母の愛が冷淡に無視さるることを歎(なげ)き給う涙なりしぞ。

【奉献】

ああ慈悲深き聖母の汚れなき御心よ、
至聖なるイエズスの聖心の前に於て全能の御心、
何人たりともその祈祷の空(むな)しかりしを覚えることなき御心よ、
いと潔きあわれみの御母、平和の元后なる聖マリアよ、われらは聖なる教会の導きに従い、今日、日本および日本国民の、御身の汚れなき御心に対する奉献を更新し、そのすべてを御身の御保護に委ね奉らんと欲す。
今日、イエズス会士なる教皇フランシスコの御代の下で、御身が送り給うた聖フランシスコ・ザベリオを思いつつ、
日本の公式の且つ聖なる指導者なる司教らの、密かなる願いとその意図(こころ)とを汲み、
日本の先祖たちから脈々と続く、御身に対する愛と信頼と奉献との聖なる忠孝の伝統を続けんがために、
御身の聖子の真(まこと)の教会なるカトリック教会に属する聖ピオ十世会、その総長により、日本の霊魂を緊急援助・司牧するを正式に命じられた担当司祭として、
自らの力と権能の及ぶ限りにおいて、
御身の愛されし子供にして御身のしもべとして、
ここに、御身の汚れなき御心になされた日本の国とその国民との奉献を、荘厳に更新し奉る。
われらは、われらの全てを、肉体も霊魂も、能力も感覚も、人生の全ての悲しみも喜びも、われらの持てる全てを、われらそれ自身を、われらが愛する全てを、御身にことごとく捧げ奉る。

【奉献の結果:聖母の御保護のもとに入らん・聖母は御自分の所有物として守り給う・受動的態度】

願わくは聖母、憐れみの御まなざしもてわれらの心をみそなわし給え。われらを御身の子供として受け入れ給え。われらが弱き手より、御手(みて)の中に、日本を受け取り給い、御身ご自身の所有物としてこれを守り保護し給え。われらの愛する御母よ、われらを統治し給え。そは、イエズス・キリストの外においては、救いはありえぬがゆえに、霊魂らを悪魔の手から奪い取り、イエズスが日本において、統治し、しろしめし給うためなり。
ファチマの聖母よ、御身が、われらが祖国への愛のためになしたことを思い起こし給え。日本をイエズスに与え、日本を救い給え。イエズス・キリストにおいてわれらは真理と生命と平和を見いだすがゆえなり。
御身の汚れなき御心が、日本に住む全ての人々と世界にいる全ての日本国民とにとりて、若きも老いたるも、健康なる者も病の者も、熱心なる者も罪を犯したる者も、また将来の子供らにとりても、千代に八千代に、天主へと導く道とならんことを。

【聖母の御取り次ぎを求めん】

われらが聖母よ、日本のために祈り、聖子に取り次ぎ給え!
罪の概念を失わさんとする、限度を知らぬ不道徳と不潔の津波から、若き青少年たちを守り給え。われらが、イエズスの御聖体における御血に養われ、百合のような貞潔の徳を育てんがために助け給え。力強き童貞よ、われらのために祈り給え!
日本において「戦後」直後にはじまりし嬰児大虐殺の戦争を赦し給え、且つこれを速やかに終わらせ給え。日本民族が御身を知らず、闇に住むのを、憐れみ給え。
聖子イエズス・キリストの福音の輝く光を、われらが日の本に燦然と輝かせ給え。聖子の真の御教えに基礎をおく文明をわれらが受け入るるを得しめ給え。キリスト信者の助けよ、われらのために祈り給え!
聖母よ、日本のために取り次ぎ給え!善人でさえ滅びの危険のある情欲と疑いのこの秋(とき)において!
日本の国民を、聖子への信仰において、カトリック教会への愛において、聖徳の高い望みにおいて、秩序の遵守において、また兄弟愛において、全て一つにまとめさせ給え。平和の元后よ、われらのために祈り給え!
われらの心に、天主を愛する愛の火を燃え立たしめ給え。願わくは、イエズスの聖心の御国が、御身の汚れなき御心の御国と共に、日本に来たらんことを。われらの元后にして母なる聖母よ、われらが御身を愛し、御身に奉仕し、御身に真に奉献されし生活を送るにより、われら日本国民全てがついに至聖なる三位一体との永遠の至福に至るにふさわしき者とならんことを。

【日本司教団の奉献の祈り】【奉献の結果:聖母の御助けにより、聖母のものとして、聖母のために、苦しみを捧げる聖母にならわん・能動的態度】

願わくは聖母、御あわれみの御心をひらきて、われらの願いを聞き給え。
われら今、この世のすべての苦しみ、悩みを雄々しく堪え忍び、そを世の罪の償いとして、天主に捧げ、その御怒りをなだめ奉り、わけても御身の汚れなき御心にならいて、主の御旨を重んじ、身を清く持して、聖なる一生を送らんと決心す。
願わくは聖母、力ある御手をのべて、われらの弱きを助け給え。
願わくは、御身、慈母の愛もてわれらを護り給え。

【聖母の汚れなき御心のミサの集祷文】

天主の聖母、われらのために祈り給え。
キリストの御約束にわれらをかなわしめ給え。
祈願 全能永遠なる天主、主は童貞聖マリアの御心のうちに聖霊のいみじき御宿をしつらえ給いたるにより、願わくは、御憐れみをたれて、かの汚れなき聖母の御心に日本を捧げ奉りたるわれらをして、主の聖心にそいて生くるを得しめ給え。われらの主キリストによりて願い奉る。

アーメン。
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聖ピオ十世会大阪の聖母の汚れなき御心聖堂を、聖母の汚れなき御心に奉献する祈り(2019年5月19日更新)

2019年07月08日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

大阪の「聖母の汚れなき聖心聖堂」では、2019年5月19日、主日のミサの後、特に5月13日のファチマの聖母の最初の御出現の日を記念して、ファチマの聖母行列を行い、最後には恒例の聖母の汚れなき御心に対する奉献の更新を行いました。5月は特に私たちの大阪の聖堂と大阪の信徒の方々の奉献(2017年7月13日に行った奉献)の更新でした。

二年前の7月13日には、御ミサ後に御聖体降福式があり、御聖体の前でロザリオを唱え、そのあとに大阪のお聖堂と、司祭や信徒たちとその家族をマリア様の汚れなき御心に奉献し、名前が書かれた紙を金のマリア様の汚れなき御心のペンダントの中にいれてマリア様の御像に安置しました。

東京でも7月16日(主日)に同様の儀式を行いました。

その時の奉献文を愛する兄弟姉妹の皆様にご紹介いたします。

アヴェ・マリア・インマクラータ!


聖ピオ十世会大阪の聖母の汚れなき御心聖堂を、
聖母の汚れなき御心に奉献する祈り

おお、聖母の汚れなき御心よ、イエズスの聖心の母にして、われらの元后にして母なる聖母よ!

御憐れみをたれて、この聖ピオ十世会大阪の聖母の汚れなき御心聖堂に御眼差しを注ぎ給え。われらは御身に、忠孝の愛を示し、この荘厳な奉献によって御身に崇敬を表すことを望み奉る。

われら、聖ピオ十世会大阪の聖母の汚れなき御心聖堂の司祭、信徒は、御身にわれらの全てを、肉体も霊魂も、能力も感覚も、人生の全ての悲しみも喜びも、われらの持てる全てを、われらそれ自身を、われらが愛する全てを、御身にことごとく捧げ奉る。

汚れなき童貞女よ、天主の御母にして全ての人々の母よ、われらは御身の聖母の汚れなき御心に、われら自身とわれらの「聖ピオ十世会大阪・聖母の汚れなき御心聖堂」とを奉献し奉る。われらを御身の子供として受け入れ給え。

御身の汚れなき御心が、われら聖母の汚れなき御心聖堂の司祭、信徒らにとって、若きも老いたるも、健康なる者も病の者も、熱心なる者も罪を犯した者も、また将来の会員らにとっても、天主へと導く道とならんことを。

われらの愛する御母よ、われらを統治し給え。われらが豊かなときも貧しいときも、喜びの時も悲しみの時も、健康の時も病の時も、生涯に亘っても死後も、いつも御身のものたるために。

聖母のいとも憐れみにあふれる御心よ、童貞の元后よ、われらの心も精神も守り給え。御身はファチマにて、人々の傲慢や不貞潔や異教精神をいたく深く嘆き悲しみ給うたり。われらをして現代にあふれるこれらの洪水から逃れしめ給え。

今より後は、御身は当会の元后にして母なり。われらの霊的かつ物体的な善を世話し給え。われらの祈りを聞き給いて、この世の悲しみと困難の時、特にわれらの臨終の時にわれらに慰めを給え。

われらは、われらの家族、当「聖ピオ十世会大阪の聖母の汚れなき御心聖堂」、われらの祖国、全世界に、正義と愛徳における天主の平和を呼び求め奉る。

われらは、われらの能う限り、御身の御助けにより、償いと改悛との精神をもって御身の諸徳に倣い、真のキリスト教的生活を送り、世間体を気にせずに、頻繁な改悛の秘蹟と御聖体の秘蹟を受け、典礼に敬虔に与り、公教要理を注意深く学ぶことを謹んで約束し奉る。

おお、聖なるロザリオの元后よ、われらはロザリオの祈りを毎日欠かさずすることを約束し奉る。

われらは、御身の助けを持って、キリスト教生活が私たちに要求する犠牲を全て受け入れ奉り、それらを御身の汚れなき御心により、御身の聖子イエズス・キリストのミサ聖祭の犠牲と一致して、イエズスの聖心に捧げ奉る。

美しい愛の母よ、われらの心に、また当会とわれらの家庭に、天主を愛する愛の火を燃え立たしめ給え。願わくは、この愛の火によりて、われらの身分上の努めに常に忠実ならしめ、天主の聖寵により、われらの模範と犠牲と祈りとを通して、われらの隣人と憐れな罪人たちに対する熱心な使徒とならしめ、彼らを真の信仰生活を送るように導くことができるようなさしめ給え。

願わくは、イエズスの聖心の御国が、御身の汚れなき御心の御国と共に、「聖ピオ十世会大阪の聖母の汚れなき御心聖堂」とその全ての信徒らに来たらんことを。われらの元后にして母なる聖母よ、われらが御身を愛し御身に奉仕し、御身に真に奉献された生活を送ることにより、われらがついに至聖なる三位一体との永遠の至福に至るにふさわしき者とならんことを。アメン。

「わが天主よ、われ、信じ、礼拝し、希望し、御身を愛し奉る。われ、信ぜぬ人々、礼拝せぬ人々、希望せぬ人々、御身を愛さぬ人々のため、御身に御赦しを願い奉る。」

「至聖なる三位一体、聖父と聖子と聖霊よ、我、御身を深く礼拝し奉る。世界中のすべての御聖櫃のうちにましまし給うイエズス・キリストのいとも尊き御体、御血、御霊魂と御神性を、イエズス・キリスト御自身が受け給う侮辱、冒涜、無関心を償うために、御身に捧げ奉る。イエズスの至聖なる聖心とマリアの汚れなき御心の無限の功徳によりて、あわれな罪人の回心を御身に願い奉る。」


CONSECRATION OF THE CHAPEL OF IMMACULATE HEART OF MARY

O Immaculate Heart of Mary, Mother of the Heart of Jesus, our Queen and Our Mother! Look down with mercy upon this Chapel of Immaculate Heart of Mary, SSPX Osaka. We wish to show thee our filial love and to render to thee our homage by this solemn act.

We come to offer thee our whole being, body and soul, faculties and senses, our life with all its sorrows and joys, all that we possess, all that we are, all that we love.

O Immaculate Virgin, Mother of God and Mother of all men! We consecrate ourselves and our Chapel of Immaculate Heart of Mary, SSPX Osaka, to thy Immaculate Heart. Receive us as thy children.

May thy Heart be for all us priests, teachers and catechists, parents and children, young people, adult and elderly, healthy and sick, absent, present and fallen away the path that leads to God.

Reign over us, O Beloved Mother, so that we may be thine both in prosperity and in adversity, in joy and in sorrow, in health and in sickness, in life and in death.

O most compassionate Heart of Mary, Queen of Virgins, watch over our minds and our hearts and preserve them from the flood of pride, impurity and paganism of which thou didst complain so bitterly at Fatima.

From this moment, thou art named Queen and Mother of this Chapel. Look after our spiritual and temporal well-being, hear our prayers and console us in the sorrows and tribulations of this life and particularly at the hour of our death.

We want to call down upon our families and our Chapel, our country and the whole world the peace of God in justice and charity. On our part, we promise to imitate thy virtues in a spirit of reparation and penance by a true Christian life, by frequent confessions and holy Communions, by fervent participation in the divine Liturgy, and by attentive study of the catechism without regard to human respect.

O Queen of the Holy Rosary, we promise to offer thee the prayer of the rosary each day.

We accept now, all the sacrifices that a Christian life will impose on us, and we offer them to the Heart of Jesus, by thy Immaculate Heart, in union with the Mass of thy divine Son.

O Mother of fair love, inflame in our hearts, our Chapel and our homes, with the divine fire to keep us faithful to our duty of state and to become, with the grace of God, zealous apostles towards our neighbours and poor sinners by our example, our sacrifices and prayers, bringing them to the practice of the true Faith.

May the reign of the Sacred Heart of Jesus, together with thy reign, enter this Chapel of Immaculate Heart of Mary, SSPX Osaka, our Queen and Our Mother, so that living truly consecrated to thy love and service, we may one day deserve eternal happiness in the presence of the Holy Trinity. Amen.

My God, I believe, I adore, I hope and I love Thee! I beg pardon for those who do not believe, do not adore, do not hope and do not love Thee.

O Most Holy Trinity, Father, Son and Holy Ghost, I adore Thee profoundly. I offer Thee the most precious Body, Blood, Soul and Divinity of Jesus Christ, present in all the tabernacles of the world, in reparation for the outrages, sacrileges and indifference by which He is offended. By the infinite merits of the Sacred Heart of Jesus and the Immaculate Heart of Mary, I beg the conversion of poor sinners.

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2019年6月30日聖霊降臨後第3主日 東京で聖伝のミサ(トリエント・ミサ、ラテン語ミサ)の報告

2019年06月30日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 6月21日にはアメリカの聖ピオ十世会の神学校で5名の新司祭が誕生しました。



 6月28日イエズスの聖心の祝日にはエコンの神学校で6名の新しいカトリック司祭が生まれました。

 6月29日使徒聖ペトロとパウロの祝日には、ドイツのツァイツコーフェンの神学校で、2名の新約の司祭が叙階されました。



 6月29日は、愛する兄弟姉妹の皆様のしもべの叙階26周年でもありました。多くのお祈りをよろしくお願いいたします。

 今日6月30日には東京で聖伝のミサがありました。報告をご紹介いたします。

天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

【報告】【大阪】
アヴェ・マリア・インマクラータ!

遅くなりましたが、御ミサの報告をお送り致します。

6月21日(金) ゴンザガの聖アロイジオ のミサには11名、
6月22日(土) 聖パウリノのミサには22名の方々が御ミサに与るお恵みを頂きました。 デオグラチアス!

金曜日のお説教ではその清さで有名な聖アロイジオの生涯を黙想しました。
天使のような純潔さを持つアロイジオは好奇心を制するために三年間務めていた城の王女の顔も見ず、聖カロロ・ボロメオから初聖体を受けたのちからは一層天主様への愛を深め、貞潔を誓いました。
ゴンザガの聖アロイジオは大好きな聖人の一人です。自分とはあまりにもかけ離れた徳をお持ちの聖人ですが、聖人のお取次ぎによって、世界が、特に日本に純潔のユリが咲き乱れますように!と祈りました。

土曜日は聖パウリノの生涯を黙想しました。
愛すべきはイエズス・キリストのみ!!と、司祭の模範ともいうべき生涯を送られました。
聖パウリのの取次ぎによって、今月末に司祭に叙階された新しい神父様が、聖なる司祭になられますように!!

至聖なるイエズスの聖心我らを憐み給え
聖母の汚れなき御心よ我らのために祈り給え


【報告】【東京】
Dear Fr Onoda:

今日はオーストラリアのヴィクトリア州タイノンからラファエル・デュ・シャゾ神父が初めて東京を訪問して、イエズスの聖心の荘厳祭のミサを挙げ、聖体降福式をし、午後には信者のために霊的講話をしてくださいました。

ミサの御説教では、天主のなさることは全て天主ご自身に充満している愛に基づいており、世界の創造も、イエズス・キリストの御托身も、罪を犯した人類の贖いも、すべて天主が人間を愛徳に呼び戻すために計画されたこと、そのためには聖ヨハネの目の前で槍に貫かれて開かれたイエズス・キリストの聖心に対して、私たちも自らの心を開き、愛徳をお返しせねばならないこと、そしてイエズスの聖心を貫いた槍が私たちのための天国への道となったように、私たちもあらゆる道具を天主を愛するために使うべきこと、など教えて頂きました。

ミサ後の聖体降福式の後、聖心の大祝日に指定されている「人類の忘恩に対する償いの祈」を皆で唱えました。

午後の霊的講話では、旧約の典礼規則と新約の典礼規則を対比して、微に入り細にわたる旧約の典礼規則も、真の大司祭であり、同時に真のいけにえであるイエズス・キリストによって捧げられる真のいけにえであるミサ聖祭のしるしに過ぎないこと、また典礼規則というものは人がその好みによって選ぶものではなく、旧約では天主からモーゼ等を通じてイスラエルの民に与えられたものであったように、新約では聖霊からカトリック教会を通じて与えられたものであること、そして、それら個々の規則の意味を色々議論したり説明したりする試みはあるものの、典礼というものは本質的にはイエズス・キリストという花婿と教会という花嫁の間に交わされる愛の会話であって、いくらその全ての意味を究明しようとしても尽きることがない、というお話しをしていただきまし
た。

その後、聖心の八日間中の主日の晩課を歌い、解散しました。

今日の東京でのミサの参列者数は下記の通りです。

ミサの参列者数
男: 20人(内、子供4人)
女: 24人(内、子供3人)
計: 44人(内、子供7人)

今日の霊的講話の参加者数:17人

今日の晩課の参加者数:6人
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聖ピオ十世会 聖伝のミサ(トリエント・ミサ、旧典礼のミサ、ラテン語ミサ)の報告 SSPX Traditional Latin Mass in Japan

2019年06月26日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

大阪ではいつもの通り聖伝のミサをささげることができました。土曜日には聖体降福式も行いました。学生たちが三人で侍者をしてくれました。ありがとう!おおきに!

東京では、御聖体の荘厳祭を行いました。日本では、御聖体が軽んじられ、その前でひざまづくことさえも事実上禁止されており、御聖体拝領もほぼひざまづいて口ですることはできません。そのような中で、少なくとも私たちは、御聖体をひざまづいて礼拝し、感謝し、償いを捧げようと努力しました。

東京では二人の生まれたばかりの赤ちゃんが洗礼を受けました。ペトロ君とパウロ君です。

東京では来る主日にもミサ聖祭があります。さらに7月7日の主日には別の二人の兄弟たちが洗礼を受ける予定です。お祈りください。

天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)


【報告】
アヴェ・マリア・インマクラータ!
小野田神父様、感想を書きました。

ミサについて
この日の祝日の聖人であるノラの聖パウリノの生涯を、聖アンブロジオや聖アウグスティノと同時代人だったことや、聖アンブロジオと同じように政治的に統治する立場から改宗して地位を捨て、司祭、司教となり、人々のためにつくしたその生涯を黙想しました。

また遠くから若い人たちが来てくれて侍者をしてくれたことは、ミサに活気をもたらし、将来への希望も与えてくれました。デオ・グラチアス!

ブログの投稿について
小野田神父様、【霊魂らの救いは最高の法(新教会法典1752条)Salus animarum suprema lex. 「違法」とはどういうことか】という、素晴らしい投稿をしてくださって、ありがとうございます。

人間として生まれたからには、霊魂の救いがないならば失敗の人生です。
成功した人生とは、霊魂の救いを得ること、すなわち天の国を勝ち得た人生、聖三位一体と一つになることのできた人生のことです。

この霊魂の救いを得るために、ローマ・カトリック教会が存在しているのですから、全能永遠の天主なる私たちの主イエズス・キリストご自身であるご聖体の前にひざまずかないなど、まともな神経があれば考えられないことです。日本の伝統に従えば、土下座しなければならないはずです。

手による聖体拝領や聖体奉仕者の導入、聖体拝領用パテナの廃止など、ご聖体に対する敬意に欠ける材料には事欠きません。それどころか、私には冒涜しているとしか思えません。

新典礼が導入されて以来約50年にして、ここまで変わってしまったのですから、どこかで読んだ言い回しに似た表現を使えば、当時と今とを一度に見比べたとすれば、何も知らない普通の感覚の未信者でも、その変わりぶりに驚くことでしょう。これが2000年の伝統のある同じローマ・カトリック教会なのか、と。
まさに神父様がお書きになった、聖パウロの次の言葉が想起されます。
「私たち自身であるにせよ、天からの天使であるにせよ、私たちがあなたたちに伝えたのとはちがう福音を告げる者にはのろいあれ」(ガラチア1:8)

聖パウロが「私たち自身であるにせよ、天からの天使であるにせよ」と書いたからには、将来そのようなことが、教える側から起こされると見通していたのかもしれません。当時から誤謬を教える教師が現れていたようですが、この言葉はまさに現代の私たちに当てはまるのではないでしょうか。

どのような地位にある人であっても、使徒時代以来の教会の聖伝として、不可謬の教えとして受け継がれてきたことに反することを定める権利はないはずで、それを受け入れなくても、決して従順に反するのではありません。霊魂に害を与えることは、従順に受け入れる対象にはならないからです。それが分かっていたからこそ私たちは、引退教皇ベネディクト十六世が、トリエント・ミサ(聖伝のミサ)は決して廃止されておらず司祭なら誰でも自由に捧げることができるとした2007年の自発教令「スンモールム・ポンティフィクム」をお出しになる前から、安心して聖ピオ十世会の聖伝のミサにあずかってきたのです。

しかし、イエズス様がこのような悲惨なことが起こるのをお許しになっていることを考えると、ますます自らの信仰を固めることと、霊魂の救い=天の国を勝ち取ることを考えていない人々に信仰を伝えることに取り組まなければなりません。そのためには、イエズス様の聖心から来るすべての恵みの仲介者である聖母マリア様により頼むしかありません。

ああ原罪なくして宿り給いし聖マリアよ、御身により頼み奉るわれらのために祈り給え。また御身により頼まざるすべての人々、特にフリーメーソン会員のため、また御身に委ねられしすべての人々のために祈り給え。聖マキシミリアノ・マリア・コルベ、われらのために祈り給え。


【報告】【東京】
Dear Fr Onoda:

今日の東京でのミサの参列者数は下記の通りです。

ミサの参列者数
男: 23人(内、子供6人)
女: 32人(内、子供3人)
計: 55人(内、子供9人)

今日の洗礼式後のパーティーの参加者数:26人

【報告】
ブログにアップして下さった、ヴィクトール・パシクニック神父様のカトリック司祭への道のりの動画を拝見致しました。
言葉は分かりませんでしたが、神学校に入られて、着衣式から初ミサまでドキュメンタリーのように編集されていて素晴らしかったです。
動画だけでも、天主様の御摂理の美しさ、司祭職の美しさを感じる事ができたように思います。

マリア様が、その汚れなき御心に奉献する事を特別の要求されているロシアでの200年ぶりのカトリック司祭が、聖ピオ十世会の聖伝のカトリック司祭で、
そしてその方のロシアでの初ミサは、聖母の汚れなき御心の随意ミサが捧げられたというのも、マリア様が本当にロシアを愛していらっしゃって、ロシアの回心を心から御求めになっている表れのように感じました。

そのマリア様の御望みが1日も早く実現する日が来ますように、教皇様が全世界の司教様と一致して、ロシアを聖母の汚れなき御心に奉献して下さいますように、
また私たちの祖国日本の回心の為に、日本の司教様も一致してマリア様の汚れなき御心への日本の奉献の更新をして下さいますように、
私たちができる事を、マリア様の汚れなき御心への信心を、初土の信心を、初金の信心を、ロザリオを、祈りと犠牲を、日々御捧げしていく事ができますように!

遂にはマリア様の汚れなき御心の凱旋によって、天主三位一体の至聖なる御名が永遠に讃美せられますように!!

【報告】【東京】
Ave Maria Immaculta!

ご聖体の荘厳祭のごミサをありがとうございました。
ご聖体はカトリック信仰の中心、ご聖体のうちにまことに在しまし給うイエズス様を荘厳に礼拝させていただきましたことを、深く感謝申し上げます。

祭儀はご聖体降福式も行われいつもより少し長い時間でしたが、たくさんの信徒の方々と一緒に、心より礼拝させていただきました。

ご聖体は屠られたイエズス様というミサの生贄をあらわすということをお話しいただいて、ファチマで天使が子供たちにご聖体にたいして犯されている侮辱を償い礼拝するやり方で、この日はいつもよりもっと特別に熱心にご聖体の御前にて償いの祈りを捧げさせていただくことができたように思います。お導きをありがとうございます。

お説教で、ご聖体に対してどれほどの侮辱がなされているか償いをしなければならないこと、天主を信じない人の代わりに罪の赦しを願わなければならないことを、お話しいただきました。

また天使があらわれた時、『空中にご聖体とカリスがあらわれた』というのは、イエズス様が屠られている十字架の生贄の再現であるのがミサだ、カトリックの真理だということを示されたものだと、お話しいただきました。ミサとはイエズス様が御自分の御体と御血を人間の罪の償いのために捧げることにあり、この神秘を黙想することにある。という言葉も覚えて置かなければならない言葉だと思いました。

聖ピオ十世会が正式に認可された会憲には、聖ピオ十世会の霊性はミサ聖祭であり、ここに聖ピオ十世会の司祭の存在理由があるとのお話に、あらためて小野田神父様が聖ピオ十世会の司祭として東京でごミサを捧げてくださいますことに感謝致しました。

小野田神父様は、日本全体で正式に公式にミサの中での跪きと舌でのご聖体拝領を事実上禁止する発令が出された時に、それはおかしいと私にはっきりと言ってくださった唯一の司祭様でした。

ラテン語のトリエント・ミサを捧げることができて特別にそのミサを捧げてくださったその他の司祭様に直接自分たちの気持ちを訴えても、ひとことも何もおっしゃってはくださいませんでした。もちろん、所属する修道会の方針に決して反してはならないというお立場からであったことも理解いたしました。そしてなんとも哀しく無力感に陥ってしまいました。

そのような経緯を経てきているので、この伝統的な聖伝のミサという大切な宝がこれからも世界の各地の教会から消え去らないように尽力してくださるのは、やはり聖ピオ十世会の司祭様だと感じております。博物館にあるような死んでしまった文化的遺産としてなどではなく、生き生きとしている宝物の本物のミサを守ってくださることを、そしてこれからもきっと守り続けてくださると信じております。

このようなミサに与らせていただく値打ちもない者である私ですのに、お恵みによりこうしてこの上ない幸福に招いてくださいますことを天主さまに感謝申し上げます。

聖伝のミサを違法ミサだという人がいるとすれば、それは2000年近く捧げられてきているミサの中で行われているイエズス様の犠牲の生贄を否定していることになると思います。それは、もう一度イエズス様がなさったことを有罪に決めつけるようなことかなと思います。

(カトリック教会の中心はミサでもあるので)本当のミサが有罪判決を受け、死刑にしろ!死刑にしろ!殺せ無くせとユダヤ人が冒涜の言葉を吐いていたとのと同じように、聖伝のミサはもうカトリック信者によって違法だとかそれに与ってはいけないとか侮辱され辱められ貶められ迫害を受けているかのように思います。

意味もなく無視されたり、ミサに与ることを禁止されたり、色々嫌がらせを受けたり、ご聖体への侮辱冒涜がエスカレートするなど、どんなにかカトリック信仰の真髄であるミサとご聖体は、近年苦しめられてきたことでしょうか。(小野田神父様は、たくさんの方からご聖体への不敬への訴えに耳を傾けていることを、お話しくださいました。)

私は何も事情を知らなかった頃は、昔のミサというのがあって今とは違うミサだということさえ知らなくて、カトリック教会はもう死なんとしているのかしらと感じていたのでした。私も本当は、一度、エルサレムから離れたエンマウスの旅人のように、教会から離れて歩き出していました。

でも、そういったことは、みな、聖書に書かれて預言されていたことではなかったかと、イエズス様がエンマウスの道で二人連れの弟子に語ったように、私にもある日心の中で、イエズス様は語ってくれました。教会にもどって、しばらくは教会に戻れたことを喜ぶだけでしたが、やがて聖伝のミサに与りご聖体が割かれて跪いて舌で拝領したときに、わたしの目は開けて、このミサにはイエズス様がいらっしゃってイエズス様はこのミサと一緒に御受難の時でいらっしゃるのだと、感じられました。

それだから私は聖伝のミサにずっとほとんど与らせていただいています。イエズス様のお苦しみを思いマリア様のお悲しみを思い、ただ十字架のもとに佇んでご一緒に苦しみ悲しむことしかできないとしても。戦闘するカトリック教会のために最前線で働いている真の司祭魂を持つ神父様達のため、何もたいしたお手伝いできないとしても。

私などこういうことを申し上げる資格もなく、聖ピオ十世会の司祭様達はどれほどの迫害と御苦難を耐え忍んでこられていらっしゃることでしょうといつも感謝をしております。ルフェーブル大司教様がどれだけ大変な思いをされて聖伝のミサを今の時代につないでくださったかのお説教を拝聴しながら、あらためて感謝申し上げました。

カトリック教会は、イエズス様が人間の罪の償いの犠牲を捧げてくださるのをなんとか止めさせようとしている悪魔の策略には、けっして嵌(はま)ってはいけないと思います。

これはきっと信仰の問題なので、目に見えない超自然のいのちのことに関係しているので、多数決で決めることでもないし時代とともに変わってしまうことでもないでしょう。たとえ迫害を受けてもたとえいろいろな嫌なこと面倒なことがあっても、このミサは守られなければならない大切なものであるという理解が、もっとたくさんの方に広まっていきますようにと願っています。

この日は、可愛らしい双子の男の赤ちゃんの洗礼式も執り行われて、本当に素晴らしい一日でした。長々と個人的な想いを申し訳ありません。小野田神父様、ご聖体の荘厳祭のごミサをありがとうございました。

ファチマの聖母、我等のために祈り給え
秋田の聖母、我等のために祈り給え
ロザリオの聖母、我等のために祈り給え
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モスクワからローマへと ヴィクトールのカトリック司祭への道のり Von Moskau nach Rom

2019年06月22日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

2018年、聖ピオ十世会のドイツの神学校ツァイツコーフェンでは6名の聖ピオ十世会の司祭が誕生しました。その内のもう一人がヴィクトール・パシクニック神父(Pater Victor Pasichnik)です

かれのモスクワでの初ミサの動画を中心に、なぜカトリックに改宗したのか、なぜ聖ピオ十世会を選んだかの動画「モスクワからローマへと ヴィクトールのカトリック司祭への道のり Von Moskau nach Rom – Victors Weg zum katholischen Priestertum」が公開されたのでご紹介します。ドイツ語です。



天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)
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聖ピオ十世会 聖伝のミサ(トリエント・ミサ、ラテン語ミサ)2019年6月 SSPX Japan Traditional Latin Mass

2019年06月13日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

聖霊来たり給え!信者の心に満ち給え!彼らに愛の火を燃えつけ給え!

聖霊降臨の主日には、大阪に住む姉妹の一人が霊魂を天主様にお返しになりました。アジア管区長のサマーズ神父様が翌日の月曜日に葬儀ミサをして下さいました。

愛する兄弟姉妹の皆様のしもべである私は、聖霊降臨の主日にはマニラで義務を努めており、皆様のために祈りを捧げておりました。

今日は6月13日で、マリア様がファチマで汚れなき御心を啓示して下さった日で、またトゥイでシスタールチアに三位一体のヴィジョンをお見せになって90周年の日です!

トゥイの三位一体のヴィジョンの御影(ごえい)には、十字架のイエズス様から、「憐れみと御恵み」という文字が書かれています。

マリア様には天主の王国の「憐れみ」が委ねられており、同時にすべての「御恵み」の仲介者です。

至聖三位一体は、イエズス様の十字架の功徳を、全て十字架の梺に立ち留まっておられるマリア様の汚れなき御心を通して、ロザリオを通して、私たちに分配して下います。

10日後の6月21日、22日には大阪で、6月23日には東京で予定通りミサがあります。

天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)


【報告】
小野田神父様、

本日は、聖霊降臨の大祝日に加え、クララさんの帰天がありました。
月曜日には聖霊降臨の月曜日のミサと葬儀ミサがあります。

また、新しく来てくれた男子高校生がいます。ご両親はノブスオルドだそうですが、本人が自分で調べて聖伝のミサにあずかりたいと思ったようです。交通費が大変とのことで、月に1回来るのを目標にしているそうです。

ミサは、侍者4人で香をたいた歌ミサにチャレンジしました。ちょっと厳しいところがありましたが、何とか終了しました。

では、神父様とご両親に絶えざる御助けの聖母と秋田の聖母の御取り次ぎが豊かにありますように。

【報告】【大阪】
ミサの報告をお送り致します。

6月9日 聖霊降臨の主日には24人、
6月10日(月) 葬儀ミサには15人が御ミサに与るお恵みを頂きました。デオグラチアス!

聖霊降臨の大祝日に、アジア管区長サマーズ神父様が来日して下さり、歌ミサを捧げてくださいました。
お説教では、平和とは何か、現代に平和が無いのはなぜか、秩序と平和の関係、を黙想し、平和を取り戻すために天主がお送り下さる聖霊の御恵みを願うこの 大きな祝日の大切さを深く感じました。
小野田神父様が特訓して下さったお陰で、グレゴリオ聖歌はとても上手くいき、管区長様の前で粗相する事もなく、無事にミサを終えることが出来ました。ありがとうございましたm(__)m

10日月曜日には、7時の朝ミサのあと、10時半から前日の聖霊降臨の大祝日に息を引き取られたクララさんのために葬儀ミサがありました。クララさんの永遠の安息を祈りました。

神父様が、「マリア様は過保護なくらい私達を憐れんで、愛してくださる」と仰った言葉をしみじみ感じた2日でした。

至聖なるイエズスの聖心我らを憐み給え
聖母の汚れなき御心よ我らのために祈り給え

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