Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

私は御身を信じ、礼拝し、希望し、御身を愛します!御身を信じぬ人々、希望せず愛さぬ人々のために、赦しを求めます(天使の祈)

--このブログを聖マリアの汚れなき御心に捧げます--

アヴェ・マリア・インマクラータ!
愛する兄弟姉妹の皆様をお待ちしております
2019年 8月の聖伝のミサの予定
【最新情報はこちら、年間予定一覧はこちらをご覧ください。】


8月 聖母の被昇天を祝いましょう。
意向:聖母の汚れなき御心の凱旋のため
実践すべき徳:心の柔和と謙遜
守護の聖人:聖母の汚れ無き御心

愛する兄弟姉妹の皆様を聖伝のミサ(トリエント・ミサ ラテン語ミサ)にご招待します

◎2019年 8月の予定
【大阪】聖ピオ十世会 聖母の汚れなき御心聖堂(アクセスEG新御堂4階 大阪府大阪市淀川区東三国4丁目10-2 
〒532-0002 (JR「新大阪駅」の東口より徒歩10-15分、地下鉄御堂筋線「東三国駅」より徒歩2-3分)

  8月2日(初金)教会博士証聖者司教聖アルフォンソ・デ・リグオリ(3級祝日)白
          午後5時半 ロザリオ及び告解
          午後6時 ミサ聖祭(歌ミサ)

  8月3日(初土) 聖母の土曜日(4級)白
          午前10時 ロザリオ及び告解
          午前10時半 ミサ聖祭(歌ミサ)

  8月11日(主)聖霊降臨後第9主日(2級)緑
          午後5時半 ロザリオ及び告解
          午後6時 ミサ聖祭(歌ミサ)

  8月12日(月) 童貞聖クララ(3級祝日)白
          午前10時 ロザリオ及び告解
          午前10時半 ミサ聖祭(歌ミサ)

  8月18日(主)聖霊降臨後第10主日(2級)緑
          午後5時半 ロザリオ及び告解
          午後6時 ミサ聖祭(歌ミサ)

  8月19日(月) 証聖者聖ヨハネ・ユード(3級祝日)白
          午前6時半 ミサ聖祭(歌ミサ)

【東京】東京都文京区本駒込1-12-5 曙町児童会館(地図)「聖なる日本の殉教者巡回聖堂」

  8月4日(主)聖霊降臨後第8主日(2級)緑
          午前10時  ロザリオ及び告解
          午前10時半  ミサ聖祭(歌ミサ)

  8月5日(月)  雪の聖母の大聖堂の奉献(3級祝日)白
          午前7時 ミサ聖祭

  8月18日(主)  聖霊降臨後第10主日(2級)緑
          午前10時  ロザリオ及び告解
          午前10時半  ミサ聖祭(歌ミサ)

愛する兄弟姉妹の皆様をお待ちしております。

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良心とは何か。行為の実効的規範とは客観的真実のみ。

2007年01月31日 | カトリックとは

アヴェ・マリア!

良心

1.道徳的良心とは、人間が、具体的状況における自らの行動について為す道徳的判断のことです。法が行為の遠隔的かつ客観的規範であるのに対し、良心はこれの近接的、主観的な規範です。


2.善く行為するために、人間は自らの良心に従わなければなりませんが、これは良心が自らの過失・責任によって誤りに陥っている場合を除いてのことです
[1]。(聖トマス・アクィナス 神学大全第2巻第1部第19問5-6節)自らの責任とならない誤りは、犯した過失の罪の弁解となりますが[2]、それ自体悪い行為を善い行為、正当な行為に変えるわけではありません。(聖トマス・アクィナス 神学大全第2巻第1部第19問6項第1異論解答)


3.そのため、行為が霊魂の内奥から社会的な広がりをもった外部の世界へと移行するその時点から、行為の実効的規範は、(責任を問われ得ないものをも含め)誤謬ではなく、ただ客観的真実のみとなります。これと逆の主張を為すなら、それは現実と非現実の根本的対立を否認することに他なりません
[3]。また、それは同時に、社会の秩序というものが非現実的虚構の中に構築されるということ、さらに秩序が無秩序に場所を譲ることを受け容れるのに等しいと言えます。


結論:
良心は(自らの過失によって誤っているのである場合を除き)、個人の生活における行動規範です。しかるに社会生活においては真理の他に規範はありません。すなわちこれは、ただ真理のみが良心に権利を付与する、ということを意味しています。



[1] なぜなら、誤った良心に従いながら、真の意味で善く行動する、ということはあり得ないからである。

[2] したがって、当の人の為した過失について責任を問うことはできず、よって罪に定めることもできない。

[3] より簡単に言えば、真実であることと、真実でないこととは互いに相容れない、と言うこと。もしそうでなければ、真実と誤謬との区別はなくなってしまう。




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●お薦めのカトリック良書です。
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法とは何か? 法は自由にとって敵なのか?

2007年01月30日 | カトリックとは

アヴェ・マリア!


法とは何か? 法は自由にとって敵なのか?


 法は、それが神法であれ、人定法であれ、人間に目指すべき目的を提示し、それに達するための手段を定めます。したがって、法、とりわけ国家の法律(loi civile)は、自由の敵であるどころか精神的自由の保証となります。


「自由がこのような性質のものである以上、自由には保護が必要でした。自由には、その全ての動きを善へと方向付け、悪から遠ざけるための援助と力添えが必要だったのです。これなしには自由は人間にとってきわめて有害なものであったでしょう。まず第1に法、すなわち何を為すべきで何を為すべきでないかについての規則が人間に必要でした。(教皇レオ13世回勅『リベルタス・プレスタンティッシムム』 http://fsspxjapan.fc2web.com/papal/leo_13_libertas.html  Actus II p.179 /  PIN185)


「自由とは、国家の法の助けを得て私たちがより容易に永遠法の定めるところにしたがって生きることができることに存します。」(レオ13世 『リベルタス・プレスタンティッシムム』 http://fsspxjapan.fc2web.com/papal/leo_13_libertas.html   Actes II p.183 / PIN 185)


「共同体を統治する者によって公布される、理性による共通善への秩序付け」(神学大全 I-II 第90問第4項)に他ならない法は、本質的に理性のはたらきによって生ずるものです。しかし原罪を負った本性の状態においては、手段と目的の秩序を認知させるだけでは、これを守らせるのに充分ではありません。ですから、立法を為す権力が同時に強制力を有していることが重要となってきます。したがって法的強制は合法的であり、共通善にとって必要なものです。


「しかるに厚顔で悪徳への傾きをもつ者らがおり、また言葉は 容易に人を動かし得ないなので、その種の人々が物理的力や懲罰の恐れによって、悪に陥るのを抑止されることが必要であった。それは、少なくとも悪を行なうことを止めることをとおして彼らが他の者たちの平和を妨げず、このように習慣づけられることにより、以前は罰の恐れのみのためにしていたことを自発的に行なうように導かれ、こうして有徳の人になることができるためである。苦痛に対する恐れによって強制するこのような規律は、法の規律に他ならない。こういうわけで、人々の平和と徳とのために、法をつくることが必要だったのである」(神学大全第2巻第1部第95問4節)


「それゆえ、法は人間の行為の指針であり、報償をもって人を善へと向かわせ、悪から遠ざけるものです。」( 教皇レオ13世回勅『リベルタス・プレスタンティッシムム』 http://fsspxjapan.fc2web.com/papal/leo_13_libertas.html  Actes II p.181 / PIN 180)


結論:法は自由にとって敵であるどころか、特に法的強制をとおしてこれを助け支えるかけがえのないものです。

 

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霊的なエイズと日本各地でのエキュメニカル礼拝

2007年01月28日 | エキュメニズム関連情報

アヴェ・マリア!


■カトリック新聞より

日本各地でエキュメニカル礼拝
http://www.cwjpn.com/kiji/3892/1p-nihonkakuchi_ecume.htm


 日本キリスト教協議会総幹事の言葉がカトリック新聞には掲載されていた。
「今回は特にHIV/エイズ(AIDS)で苦しんでいる人のことを思いながら祈れて、本当に良かったです」

 

■私はこう考えた。これはすごい皮肉な話だ、と。


 カトリック教会は今現在、『第2バチカン公会議』というエイズに犯されているように思えてならないからだ。何故なら、健康な生物体はどれでも外敵から自分を守る機能をもっている、自分の生命を健康を脅かすウイルスを攻撃し排出する、しかし、エイズにかかるとどれが自分の体を犯すウイルスか、どれが自分の体のためになる生命体か、の区別が付かなくなり、すべての抵抗力を失い、少しのことで死に至ってしまうからだ。

 少なくとも悪それ自体、誤謬それ自体は、教会の敵である。それをキリストの神秘体から排斥しなければならない。そしてそれが教皇の愛の務めである。しかし、教皇様が「だれも教会の敵ではない」(エクレジアム スアム 90ページ)と言ったその瞬間、教会が誰が自分の敵で誰が見方かが区別が付かなくなったようだ。


 エキュメニズムの御旗のもとには、誰でもが友達でなければならない。どのような宗教の「神々」でも尊重しなければならない。それと同時に「カトリック司祭として叙階を受けた神父がカトリック教会で数世紀も何百年も捧げられてきたその聖伝のミサ聖祭を捧げようとすると、或いはカトリック信者が、その教会でその聖伝のミサに与り、跪いて御聖体を拝領しようと望むと、司教が怒りだし厳しい罰則を与え彼らを教会から閉め出している。そしてその同じ司教たちが、寛容とか自由とか多元性とかエキュメニズムとかを私たちに語っている。カトリック教会の外部の人たちには彼らは皆、羽毛のように優しい。カトリック信仰の兄弟、或いは同じカトリック司祭職による兄弟である私たちだけには、刺を立て無慈悲になる。彼らがどれ程私たちのことを厳しく取り扱うことか!彼らが何と酷く私たちのことを厳しく取り扱うことか!」 これがエキュメニズム運動の現実でなくて何であろうか。これは正に、教会が「霊的エイズ」にかかってしまった姿ではないだろうか。


 私たちは、教皇様のために続けて祈ろう。教皇がその偉大な姿を現し、すべての異端を異端とはっきり排斥するために。塩はその味を取り戻し、灯火は覆われていた升を取り除かなければならない。世の光はバチカンの丘の上からこの世を燦然と輝かされなければならないからだ。


 教皇様は、聖ペトロの船であるキリストの教会を2つの柱に結び付けるだろう。一つはミサ聖祭への信心の柱、御聖体の柱だ。教皇様はもう一度カトリックミサをその光栄ある地位におくだろう。昔ながらの信仰の牙城である、ローマ・カトリックのミサを。霊的なエイズの唯一の予防法にして異端に対して有効なワクチンである聖伝のミサは、全てのキリスト教信徒をして完全に天主の十戒の第一戒を守らせてくれるだろう


 もう一つの柱は、聖母マリアの汚れなき御心への信心だ。教皇様は聖母マリアへの汚れなき聖心へロシアを奉献し、現人類は汚れなき聖心に自らを奉献し、聖母を我らの元后と認めるだろう。


 その日、教会はエイズから癒され、何が自分にとっての毒であるかをハッキリ見分けるだろう。その日、教会と全世界に大凪がやってくるだろう。その日、全人類は真理において、イエズス・キリストの聖福音の実りである平和と自由を享受するだろう。


 そして肉体のエイズの唯一の予防法、ただ一つエイズに対して有効なワクチンは性に関する天主の十戒を守ることである、と高らかに宣言するであろう。

 


■教皇様、だから私たちはカトリック教会の変わらない教えを信じます。歴代の教皇様たちの一貫した教えを信じます。

 私たちは、過去の歴代の教皇様たちの変わらない教えを真心から信じ、これをすべて受け入れ、これらとの完全なる交わりの中にいます。私たちは、使徒継承の聖伝のカトリック信仰から断絶することも、切り割かれることも望まないからです。


○ 今、カトリック教会から分離した、互いに相違し一致していない種々の宗派が置かれている状態を正確に考え、黙想するような人は、……これらの同じ諸宗派の中の(カトリックとは)別の或る特定の教会が、またこれらすべての宗派が一つになった結合体が、いかなるやり方でも決して、主キリストが建て形成しそうあるように望まれた、かの唯一なるカトリック教会を形成しえず、また唯一のカトリック教会でありえないこと、またカトリックの一致から目に見える形で分裂していている時、それらが同じカトリック教会の肢体或いは一部であるとはいかなるやり方でも決して言われえないことを、容易に納得しなければならないでしょう。なぜなら、このような諸宗派は、人々に特に信仰と道徳の規律に関することを教え、永遠の救いに関する全てのことにおいて人々を導き指導するために天主から与えられたかの生きた権威を欠き、また、これらの宗派自体はその教説において続いて相違し、同じ宗派におけるその可動性と不安定性は決して止むことがないからです。このことがキリストによって建てられた教会に対立していること、しかも最大のやり方で対立していることを、・・・誰もが簡単に理解するのです。ですから、願わくは、カトリック教会の一致と真理とを持たないすべての人は、この(第一バチカン)公会議の機会を利用しますように。
(すべてのプロテスタントおよび非カトリック者にあてたピオ9世教皇の教皇書簡 Iam vos omnes 1868年9月13日 http://fsspxjapan.fc2web.com/papal/pius9_jam_vos_omnes.html)

 

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●トレント公会議(第19回公会議)決議文
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●第一バチカン公会議 (第20回公会議)決議文(抜粋)
http://fsspxjapan.fc2web.com/vat1/index.html

 

 

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自由についての一般的考察 「自由」の3つの意味

2007年01月28日 | カトリックとは

アヴェ・マリア!

自由についての一般的考察


 人間の自由は3つの意味に理解することができます。

 第1の意味は「心理的自由」ないし自由意志(自由選択能力)であり、これは自らの随意的な決断にしたがって行動する能力に他なりません。この場合、人間の意志は1つのものに固定されてしまうことなしに、他の善ではなく、ある特定の善を目して行動するよう促すのです。
 第2の意味は「道徳的自由」であり、これは善に向かって動く能力のことを言います。
 第3の意味は「行動の自由」または強制に対する自由で、これは自らの良心に反して行動することを強制されたり、あるいは自らの良心に従って行動することを妨げられることなしに行動する能力を意味します。


● 心理学的自由ないしは自由意志(自由選択能力)
 これは自然本性上の事実です。この自由は、人間が理性的存在であるという事実に伴い、理性の行使能力を有した全ての人間に属するものです。


● 道徳的自由
 これは善の領域でのみ成立し得る自由です。もしも、この領域から出てしまえば、この自由は腐敗し、放縦と化します。真と善のみが、この自由の基盤となります。


「自由とは目的に対する秩序を保ちつつ、複数の手段の中から選択する能力のことです。」(サンチアゴ・ラミレス神父の著書からの引用。これは「適当な目的に対する秩序付け」の外では自由の濫用が生ずることを意味しています。)


「自由とは善に向かって動く能力です。」(教皇レオ13世)
 
「自由という、人間の完成の要素は、真なるもの、および善なるものに専心しなければなりません。」(教皇レオ13世回勅『インモータレ・デイ』Actus II p.39  /  PIN 149)


「実際に錯誤を犯しうるというのは、知性における充全な完全性の欠如を示す欠陥です。同様に、見せかけだけの偽りの善に執着することは、ちょうど病気が生命のしるしであるのと同じく、自由意志をもっているしるしであるにしても、自由の欠陥であることに変わりありません。」 (教皇レオ13世回勅『リベルタス・プレスタンティッシムム』 http://fsspxjapan.fc2web.com/papal/leo_13_libertas.html   Actus II p.177 / PIN177)


「罪を犯す能力は自由ではなく、隷属状態です。」(教皇レオ13世回勅『リベルタス・プレスタンティッシムム』 http://fsspxjapan.fc2web.com/papal/leo_13_libertas.html   Actus II p.179 / PIN178)


「真理はあなた方を自由にする。」(ヨハネによる福音8:32)


▼結論:誤りもしくは道徳的悪のための自由は存在しない。


● 行動の自由ないし外的強制からの自由
1.かかる自由は、特定の社会の巧益が自ずと定める適当な限度の中では正当です。


「先に述べたように、個人または家庭が国家によって吸収されてしまわない、ということが正しい物事の秩序に属しています。この両者が、一般的善益を損なったり、他の者に危害を加えるということがないかぎり、自由をもって行動する能力を持つことは正当です。」(教皇レオ13世回勅『レールム・ノヴァルム』Actes III p.47 / PIN 305)


2.この自由は決して絶対的なものではありません。なぜなら、強制というものは、それ自体としては道徳的に見て中立的な事柄であり、しばしば善いものだからです。犯罪行為を犯した者にとって刑務所は善いものであり 、またある種の強制は、無知な者や[真理の認識について]無頓着な者が真理を知り、ついで善い行為を自由に為すよう強いるために善いものであり得ます。実際、これこそ教育および権威の行使の原動力となるものなのです。
 

「今やあなたは、単にある人が強制されているという事実だけでなく、何に向けて強制されているのか、善に向けて強制されているのか、それとも悪に向けて強制されているのか、という点に注目されることでしょう。誰も自ら望まずして善い者となることができるというのでは[無論]なく、被りたくない事柄に対する恐れが、それまで妨げとなっていた心の頑なさに終止符を打ち、知らずにいた真理を学ぶよう促すのです。強制はそれまで支持していた偽りの事柄を捨てさせ、それまで知らずにいた真理を追求させます。こうして人は以前まで望まずにいたことを望むようになるのです。」
(聖アウグスチヌス  書簡93『ヴィンセンチオに宛てて』PLXXXIII 321-330)


「同様に、人間の自由をあらゆる強制からの解放として定義することはできません。そうすれば一切の権威を抹消してしまうことになるでしょう。強制は物理的あるいは精神的なものであり得ます。宗教に関する事柄において、精神的強制は甚だ有益であり、これは聖書中随所に見出されます。「天主に対する畏れは知恵の始めである。」(中略)現今の状況に即して見るかぎり、より大きな自由が必要であり、権威当局によってこれに大幅な制限が加えられるべきでない、と主張することと、かかる状態が人間の尊厳に、より適合したものであると断定することは別のことです。このように断定するならば、悪い行いによってであれ、謬見によってであれ、つまずきを与える権利を暗に認めることになってしまいます。天主様が私たちをそのような誤りから守ってくださいますように。」(ルフェーブル大司教 第2ヴァチカン公会議の事務局に宛てた意見書[1964年12月30日] "J'accuse le Concile" (「私は公会議を弾劾する」)1976年 p.42)


3.人間にとっての主要な善であると[誤って]見なされている「あらゆる強制からの自由」は、リベラリズムの法外な教条に他なりません。


「次のような主張ほど荒唐無稽かつ常識外れなことを述べることも想像することも難しいでしょう。すなわち、本性上自由な存在である人間は、あらゆる法[の拘束]から免除されるべきである、という主張です。」(教皇レオ13世回勅『リベルタス・プレスタンティッシムム』  http://fsspxjapan.fc2web.com/papal/leo_13_libertas.html  Actus II p.18 / PIN180)


「このリベラリズムの根本的原理は荒唐無稽です。(中略)かかる原理が荒唐無稽であるのは、人間の主要な善が、自らの自由を妨げあるいは制限し得る一切の絆の欠如にある、としている点にあります。(中略)自由は、それ自体のゆえに追求される目的ないし究極目的たり得ません。なぜなら、自由とは行動のための力ないし潜在力でしかなく、しかるに一切の力ないし潜在力は行動のためにあり、そして一切の行動は、この世におけるかぎり 、ことごとく特定の善の追求に尽きるものだからです。」(ルイ・ビヨ枢機卿『デ・エクレジア・クリスティ(キリストの教会について)』II. p.20)


▼結論: 「人間は本性上自由であり、自由を希求する。したがって、人間は強制からの自由を有する権利がある」と宣言することは、たびたび排斥されてきたリベラリズムの荒唐無稽な原理を公言することに他なりません。



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日本各地でエキュメニカル礼拝

2007年01月27日 | エキュメニズム関連情報

アヴェ・マリア!


■カトリック新聞より


日本各地でエキュメニカル礼拝
http://www.cwjpn.com/kiji/3892/1p-nihonkakuchi_ecume.htm

 

 21日、日本各地でキリスト教一致祈祷(とう)週間のエキュメニカル(教会一致運動的)礼拝が行われた。東京教区では神田教会で行われ、岡田武夫大司教など約100人が参加した=写真。

 会場となったのは、神田教会。


■「2007年 キリスト教一致祈祷週間」という小冊子を読んで
http://blog.goo.ne.jp/thomasonoda/e/6d3bc13125c9b405025a39b206c04b1a
で言及した「2007年キリスト教一致祈祷週間 小冊子」は、


次↓で読めます。
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/news/img/icchi2007.pdf

 

■その他参考リンク
http://www.christiantoday.co.jp/news.htm?id=586&code=mis

 

■しかし、私たちは歴代の教皇様たちの教えを信じます。


○ キリスト・イエズスにおいて兄弟的な交わりをしきりに説く非カトリックの多くは、イエズス・キリストの代理者が教えを説く時には、それに従おうともせず、彼が命じる時、それに従順たろうともしません。しかし彼らは喜んでローマ教会と同じレベルで、同輩の者として話し合おうとするでしょう。しかし、現実には、彼らがもしそうしたとしたら全く疑いもなく彼らは、彼らを今でもキリストの唯一の群れの外に迷わせ放浪させているまさにその誤りを放棄しなくても大丈夫だという考えを持ってしか、いかなる同意をも結ばないでしょう。

 この条件の下では、使徒座はいかなる口実の下であろうとこれらの集いに参加することができず、いかなる犠牲を払ってまでもカトリック信者は、その賛同あるいは行動によってこれらに好意を与えることができないことは一目瞭然です。


 諸教会を連合させようともくろむこれらの汎キリスト教徒は、全てのキリスト者間の愛徳を発展させるという崇高な計画を遂行しているかのように見えます。


 しかし、信仰を犠牲にしてまでの愛徳の増加をどうして想像できるでしょうか。愛徳の使徒である聖ヨハネ自身が、その福音の中で言わばイエズスの聖心の秘密を明かすのですが、そして、互いに愛し合いなさいと新しい掟を信徒たちに絶えず繰り返すこの使徒が、キリストの教えを完全にそして純粋に宣言しない者たちとの全ての関係を一切断て、と言うことを知らない者はいません。


『もしこの教えをもたずにあなたたちのところに来るものがあれば、その人を家にいれず挨拶もするな。(2ヨハネ10)』


 従って、愛徳の土台は真摯で完全な信仰ですから、信仰の一致こそがキリストの弟子たちを一つに結ぶ第一の絆でなければなりません。


 そうならば、信仰に関する問題に於いてでさえ自分独自の見解や思潮を保持しつつ、多大に他人の意見と矛盾していても、キリスト者の間で締結を結ぶ可能性さえ考えられるでしょうか。


 私はあなたたちに尋ねます。一体いかなる信仰表明でもって、互いに矛盾する意見の人々を一つで唯一の連合に結ぶことができるとでも言うのでしょうか


 例えば、或る者たちは、聖伝は啓示の正真正銘の源であると断言し、或る者たちはそれを否定しています。


 或る者は教会の位階制度は天主のみ旨によって、司教・司祭そして他の聖職者から成ると考えますが、他の者たちは位階制度は時代情勢やその時期により少しずつ導入されたと断言します。


 或る者は、全実体変化と呼ばれるパンとブドウ酒のいとも素晴らしいこの変化のお陰で、いとも聖なる聖体において、現実に現存するキリストを礼拝します。他の者たちはキリストの体は、信仰によってか、又は印と秘跡の力によってでしか、そこに現存しないと言います。前者は聖体の秘跡において犠牲と秘跡の本性を同時に認めますが、後者は最後の晩餐の思い出あるいは記念以外の何物をも認めません。


 或る者は諸聖人、とりわけ母なる童貞女がキリストと共に天で君臨していると信じ、従って、彼らを呼び求め、彼らに祈り、彼らの聖画を敬うべきであると信じています。他者はこの崇敬は非合法であり、天主と人との唯一の仲介者であるキリストにふさわしい名誉に反していると言います


 教会の一致が、信仰の唯一の規範と、全てのキリスト者の同じ信仰によらねば生まれえませんのに、これらの意見の深い相違を目前にして、私たちはほとんど教会の一致を見ることができません。


 しかし、それ(意見の相違にも関わらず一致をもくろむこと)によって、人々は宗教をなおざりにする、即ち[どの宗教でも結局は一緒だとする]宗教無差別主義(indifferentism)、あるいは、近代主義(modernism)と呼ばれるものにたどり着くだろうと私たちは良く知っています。これらの誤謬に犯された不幸なものは、「教義上の真理は絶対ではなく、相対的、即ち、真理は時と場所のいろいろな要求に応じて、また霊魂のさまざまな必要に応じて適応しなければならない、何故かというと、教義上の真理は不変の啓示の中に含まれず、その本性からして人の生活に適応しなければならない」と言っています。


 尊敬する兄弟たちよ、それゆえこの使徒座がカトリック信者に、非カトリックの集いに参加することを決して許さなかったのが何故かが理解できただろうと思います。

 キリスト者の一致は、反乱分子がかつで自分たちの不幸にして捨て去ってしまった唯一の真なるキリストの教会に立ち戻るのを促すことによるほか得られません。即ち、誰によっても目に見えることのでき、人々の共通の救いのために主ご自身が創立されたごとくそのまま留まるように、その創立者の意志によってそう定められたキリストの唯一の本当の教会に立ち戻ることです。

 何故かというと、かつて歴史の流れの中で、キリストの神秘的な花嫁は一度も汚されたことが無く、将来にわたってそのようなことが決してないからです。

(教皇ピオ11世 回勅 Mortalium animos 真実の宗教の一致について 1928年1月6日 http://fsspxjapan.fc2web.com/papal/ma.html


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ルルド司教によってルルドの洞窟と至聖所が犯されるのが許された

2007年01月27日 | カトリック・ニュースなど

アヴェ・マリア!


ルルドの至聖所の涜聖の公式許可


 ルルドの司教によってルルド(Lourdes)の洞窟(La Grotte)と至聖所が犯されるのが許された。


▼Pour les pelerins de Lourdes, l'annee 2007 debute par une "reve-party"
http://actualite.aol.fr/france/societe/pour-les-pelerins-de-lourdes-l-annee-2007-debute-par-une-reve-party-/118648/p-article_cat/article_scat/article_titre/article_id/article.html
(この記事には、修道女と司祭がルルドの「天主のディスコ」で踊っている写真も掲載されている。)


▼Premiere "reve-party" a Lourdes pour le Nouvel an
http://fr.news.yahoo.com/28122006/202/premiere-reve-party-lourdes-pour-le-nouvel-an.html


▼ Premiere "Reve-Party catholique"
http://www.m6.fr/cms/display.jsp?id=p2_501205


▼29.12.06 - "Reve-party" a Lourdes pour la Saint Sylvestre !
http://www.runweb.com/communaute/alaune/date/29%2F12%2F2006/typinfo/2/2V/default.html


▼Mit Rock-Musik Bibelstellen erklaren
http://www.jesus.ch/index.php/D/article/153-Vermischtes/34652-Mit_Rock-Musik_Bibelstellen_erklaeren/


▼PER CAPODANNO, L’ARCIVESCOVO DI TARBES E LOURDES, JACQUES PERRIER, INVITA I GIOVANI A UN CONCERTO ROCK DAVANTI ALLA GROTTA DI BERNADETTE. L’INIZIATIVA, DENOMINATA “DISCOTECA DI DIO”, VUOLE ESSERE “UN’ALTERNATIVA ALLA MORTE SULLE STRADE”
http://www.radiovaticana.org/radiogiornale/ore14/2006/dicembre/06_12_31.htm#Lourdes



▼聖ピオ十世会フランス管区のサイト
http://www.laportelatine.org/communication/presse/2006/rockalourdes/rockalourdes.php


▼聖ピオ十世会フランス管区のサイト

http://www.laportelatine.org/communication/presse/2006/rockalourdes/reactionMgrPerrier/reactions.php


▼聖ピオ十世会フランス管区のサイト
http://www.laportelatine.org/communication/presse/2006/rockalourdes/reactionMgrPerrier/depeche.php


 昨2006年12月31日(聖シルヴェステルの祝日)の夜に、マッサビエルの洞窟でロック・コンサートとミサによる "reve-party" (夢のパーティー)が実施された。これはタルブとルルドの司教によって公式に許可されたものであった。この祭りの夜のテーマは "La 3 D (La Discotheque De Dieu)" (3つの「テ」 天主的ディスコ)であった。安価な価格(大人一人あたり15ユーロ)で、この祭りはロック・ポップ・グループ「エクゾ(Exo)」のコンサートで始まった。


 この最初の "reve-party" (夢のパーティー)はタルブとルルド司教区が公式に計画したものであった。


 12月31日というのはキリスト教の典礼暦の特別な祝日ではない。特にこの日を祝うのは異教徒達だ。しかし「キリスト教の代用の祝日(une alternative chretienne)として提案された。」


 3時間続くこのロック・コンサートの直後に、タルブとルルドの司教であるジャック・ペリエ司教(Mgr Jacques Perrier)によってミサが捧げられた。この夜の祭典は朝の6時まで「礼拝(他人のための行為)と真夜中のカフェによって過ごされる」("des adorations (actions en faveur des autres) et un cafe nocturne")


 ペリエ司教はルルドの至聖所と聖域がこのようにして犯されるのに同意した。この公のスキャンダルにたいして私たちは無関心でいることができない。私たちは祈りと償いを私たちの主イエズス・キリストと天主の御母聖マリアに捧げなければならない。


▼ 1917年のカトリック教会法典

1172条 § 1 : 以下に列挙する行為によって、教会は涜聖される(profanari)。ただし、それらの行為が確実でそして周知の事実である場合に限る。 (...) 3° 不敬虔で不潔な使用によって教会が影響を受けた時。


▼ 1983年のカトリック新教会法典


1210条 : 聖なる場所においては、礼拝、敬虔、宗教に役立ちそれを促進すること以外にしか許されない。その場所の聖性にふさわしくない全てのことは禁止される。・・・


1211条: 聖なる場所は、そこで信徒たちの躓きが犯される重大な害を与える行為によって涜聖される。そしてその地の教区長の判断によって、その場の聖性に反するようなあまりにも重大なことが行われると、典礼書によって定められている償いの儀式によってその罪悪が償われない限り、そこでの礼拝の執行が許されなくなる。


▼ 典礼聖省の指針【1987年11月5日)
(Orientations de la Congregation pour le culte divin, n° 9, 5 novembre 1987, dans La Documentation catholique, 17 janvier 1988, n° 1954, pp. 77-79)


「教会は、ありとあらゆる種類の集会のためにある単なる「公の場」と考えることはできない。教会は聖なる場所、つまり、天主にたいして捧げられる礼拝のために永久に世俗から分離された場所である。」

 

 

 聖ピオ十世会のフランス管区は、兄弟姉妹の皆様に償いの祈りを捧げると共に、教会当局に私たちがこれらにいかなる賛成もしないことを表明するように招いている。


- Mgr le Nonce Apostolique :


Monseigneur Fortunato Baldelli
Nonce apostolique en France
Nonciature Apostolique
10 av Pres Wilson
75116 PARIS

Tel. 01 53 23 01 50
Adresse courriel de Mgr le Nonce
noncapfr@wanadoo.fr


- Mgr Jean-Pierre Ricard


Mgr Jean-Pierre Ricard
President de la Conference Episcopale
183 cours de la Somme
33077 Bordeaux Cedex

Tel. 05 56 91 81 82
 Adresse courriel de Mgr Ricard
archeveque@catholique-bordeaux.cef.fr


- Mgr Jacques Perrier


Mgr Jacques Perrier
Maison St-Paul
51, rue de Traynes
65000 Tarbes

Tel. 05.62.44.09.70
 Adresse courriel de Mgr Perrier
jacquesperrier@wanadoo.fr

 

 


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●トレント公会議(第19回公会議)決議文
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1月21日にフランスのパリでなされた「命のためのマーチ」marche pour la vie

2007年01月27日 | カトリック・ニュースなど

アヴェ・マリア!


 今年の1月21日にフランスのパリでなされた「命のためのマーチ」marche pour la vie (妊娠中絶反対のマーチ)の動画をご紹介します。


放映時間  03:47
ロケーション  paris, フランス


marche pour la vie 21 janvier 2007

http://www.dailymotion.com/civitas-institut/video/x11jxl_marche-pour-la-vie

↑ここをご覧下さい。

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ヴィールグス(Stanislaw Wielgus)師についての追加情報

2007年01月27日 | カトリック・ニュースなど

アヴェ・マリア!


ヴィールグス(Stanislaw Wielgus)師についての追加情報です。


■スパイの過去認めた大司教が辞任 ポーランド
http://cnn.co.jp/world/CNN200701070015.html


ワルシャワ──ポーランドで7日、先日ワルシャワ大司教に就任したばかりのカトリックのスタニスラフ・ビールグス(Stanislaw Wielgus)師

http://rorate-caeli.blogspot.com/2007/01/wielgus-affair-analysis_10.html

が、旧共産政権時代にスパイとして活動していたことを認め、辞任した。ローマ法王庁(バチカン)の関係者などが明らかにした。

 ベネディクト16世教皇は既に、ビールグス師の辞意を受け入れた。当面はグレンプ枢機卿が、暫定的に大司教に復帰する。

 

 

■ウィールガス事件と第三の秘密
by クリストファー・ A. フェララ 

ファチマ・パースペクティヴズ 529号
http://www.d-b.ne.jp/mikami/fp070111.htm


 スタニスラウ・ウィールガス(Stanislaw Wielgus)司教が、教皇ベネディクト十六世がほんの数日前に彼を昇進させられたワルシャワの大司教の地位から辞任したので、次のように問うことは適切である:いったい教皇はなぜ共産主義者たちとの周知された協力者の昇進を意識的に承認なさったのか?


・・・


 司教省長官ジョヴァンニ・バッティスタ・レ枢機卿によれば、「ウィールガス大司教が指名されたとき、われわれは秘密警察との彼の協力については何も知らなかった」とミラーは報告している。ミラーは、「このことは、もちろん、ウィールガスの容認と[1月6日の彼の書簡における]弁明とに真っ向から矛盾している」と書いている。何故なら、その弁明は、ウィールガスが彼の過去の諸活動を教皇と司教聖省を含まなければならなかったヴァチカンの担当諸聖省に対して十分に明らかにした、とはっきりとそして繰り返して述べていたからだ。・・・


 ウィールガスが1月6日の書簡において述べているように、彼は自分がしていた共産主義者との協力の詳細をバチカンに隠さずに報告するために、彼の司教任命の受諾を遅らせた。従って、技術的に言えば、バチカンが彼を任命したその正確な瞬間には、司教聖省が彼のすべての詳細を知らなかったということは真実であり得るであろう。しかし、ウィールガス自身がそのことをバチカンに知らせたので、司教聖省はその後間もなく知ることになった。


 従って、レ大司教は(確かにウソはついていないことになる)、外交的に表現すれば、むしろここでは賢く立ち振る舞っている。


 そしてそれはファチマの第三の秘密に関してもそうなのであると、われわれが当然推測するのはもっともである。


 アントニオ・ソッチが「ファチマの第四の秘密」の中で結論しているように、ヴァチカンは、第三の秘密の部分を含んでいるファチマの聖母の言葉を、教皇の説教の中で間接的に「公表にする」ことを明らかに決定したのだ。この秘密の「公表」は、ヨハネ・パウロ二世が黙示録第12章をファチマ・メッセージへと連関付けたことで成立している。


 このようにして、ヴァチカンは今や技術的に、ちょうどレ枢機卿がウィールガスが指名された正確な瞬間に彼の共産主義者としての過去については何も知られていなかったと技術的に言うことができたのと同じように、第三の秘密に関しては(確かに聖母マリアの言葉をその通り発表せずに、間接的に公表することで)「すべての事柄」が明らかにされた、と(ウソをつかずに技術的に)言うことができるのである。


 そのような技術的な言い抜けは、もちろん、真理全体を隠す欺瞞である。


 ウィールガス事件がわれわれに示すように、ヴァチカン当局はそのような欺瞞にまったく喜んで従事しているのである。


 ここでわれわれは、われらの主の、御自分の教会の欠点のなさに関する約束が、ヴァチカン官僚制において高い役職を占める人々を含む、教会の個々のメンバーたちの完全無欠さにまで拡大しなかったということを思い起こさなければならない。それゆえにわれわれは、ヴァチカンがファチマの第三の秘密に関して言っているより以上のことを知っていると疑うあらゆる理由を持っているのである。

 


詳しくは、次をご覧下さい。

ファチマ・パースペクティヴズ 529号
http://www.d-b.ne.jp/mikami/fp070111.htm

 

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「2007年 キリスト教一致祈祷週間」という小冊子を読んで

2007年01月25日 | 本・新聞・ウェッブ・サイトを読んで

アヴェ・マリア!


 「2007年 キリスト教一致祈祷週間」(日本キリスト教協議会・カトリック中央協議会 共同発行)という小冊子をある方から戴いた。それを見てみた。これは、諸教会が合同礼拝を行う場合にそこに掲載されている「エキュメニカル礼拝式文」をそのまま使うことを期待して作成されている小冊子だ。カトリック教会にも、この(カトリックの典礼儀式とは全く関係ない形式)通り行うことが期待されている。


 それには最後に、南アフリカにおけるエキュメニズムの状況(46-52ページ)という報告が載っていた。これは、日本でも南アフリカの良き模範に倣って同じことをすることを期待して掲載されていることは言うまでもない。カトリック中央協議会はそれを認め、それを望んでいるから、多額の支出をしてこのパンフレットを発行したのだ。献金者も、日本キリスト教協議会扱いよりもカトリック中央協議会扱いの方が多い。カトリック中央協議会は、何をカトリック信徒に期待しているかというと、次の通りだ。


「信徒には、情報を交換したり、会合を行う多くの機会があります。マス・メディアの視聴を通じて、信徒は様々な教派の聖職者の賜物にあずかります。自分たちで黙想会を企画する時も、信徒は誰にも頼らずに、自分たちのための指導者を選びます。信徒は、黙想指導のためにどの教派のどの教職者を選んでも許されると考えます。たとえば、最近、南アフリカのある聖公会の小教区では、黙想指導のためにカトリック司祭を招きました。そのすぐ後、その小教区の聖公会の「司祭」が、カトリックの小教区でのくそう指導する依頼を受けました。このとき、率先したのは信徒であり、教職者はそれに従いました。これは時宜に適っています。・・・」



 これを読んで、いまから30年以上も前の1976年にブリュックベルジェ神父様(Pere Bruckberger)の書いた記事を紹介したいと思う。(原文はフランス語だが、自由に日本語に訳した。)


 「遺書によってジョルジ・ポンピドゥーはラテン語のミサで葬儀を要求した。共和国の大統領だった彼には、それが与えられた。(注:Georges Pompidou は 1911 年生まれ、1974 年死去 1969 年から 1974年までフランスの大統領であった。)今日では、イスラム教徒にも、仏教徒にも、チベット仏教徒にも、ヒッピーにも、小さき人々のためにも、小さくされた人々のためにも、小さくなった人のためにも、沈黙を強いられた人たちのためにも、エイズ感染者のためにも、冤罪を訴えている死刑囚のためにも、退職を命じられた教師のためにも、アパルトヘイト反対の活動家たちのためにも、教育基本法反対の活動家のためにも、憲法改正反対の活動家のためにも、男の子たちにも、女の子たちにも、おじさんにも、おばさんにも、お花を生けるためにも、押し花のためにも、お琴の練習のためにも、お習字のためにも、お絵かきのためにも、音楽のためにも、お歌のためにも、おマンガのためにも、カトリック司祭は自分の小教区教会を使わせることができる。しかし、もしもかわいそうな司祭がその教会で、まさにそのためにこの教会が建設された(しかもその教会はその主任司祭が建てたのでも教区民が建てたのでもない)ミサ聖祭を捧げようと望むとすると、もしも、カトリック司祭として叙階を受けた神父がその教会で数世紀も何百年も捧げられてきたそのミサ聖祭を捧げようとすると、或いはカトリック信者が、その教会でその聖伝のミサに与ろうと望むと、司教が怒りだし厳しい罰則を与え彼らを教会から閉め出している。
 そしてその同じ司教たちが、寛容とか自由とか多元性とかエキュメニズムとかを私たちに語っている。カトリック教会の外部の人たちには彼らは皆、羽毛のように優しい。カトリック信仰の兄弟、或いは同じカトリック司祭職による兄弟である私たちだけには、刺を立て無慈悲になる。彼らがどれ程私たちのことを厳しく取り扱うことか!彼らが何と酷く私たちのことを厳しく取り扱うことか!
 モンテスキューはこう書いていた。良い奴隷だけしか望まない人には、悪い部下しか与えられない、と。」

 


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【質問】金曜日は通常だと「小斎」ですが、祝日に重なると「小斎」がなくなるのですか

2007年01月25日 | 質問に答えて

アヴェ・マリア!


【質問】
 金曜日は通常だと「小斎」ですが、大天使聖ミカエルの祝日や聖母マリアの無原罪の御宿りなど大きな祝日に重なると、そちらが優先されて「小斎」がなくなるというのは本当ですか?


【質問】
 聖ピオ十世会のフィリピンでのカレンダーでは2006年の12月8日のところにお魚の印がありませんでした。小斎ではないのですか?印刷ミスですか?



【答え】

(1)1918年に発布のカトリック教会法典の1252条§4によるとこうあります。

「四旬節の祝日を除いて、主日と守るべき祝日には、小斎の規定、或いは大小斎の規定、或いは大斎だけの規定はなくなる。その前日に動かされることもない。」

Can. 1252. § 4. Diebus dominicis vel festis de praecepto lex abstinentiae, vel abstinentiae et ieiunii, vel ieiunii tantum cessat, excepto festo tempore Quadragesimae, nec pervigilia anticipantur;


 ところで、日本では守るべき祝日は2日あります(12月25日と1月1日です)。

 従って、それらの2つの祝日が金曜日に当たった場合、小斎の規定はなくなります。

 聖ピオ十世会は、この規定をできるだけ自主的に守ることを勧めています。何故なら、単純で覚えやすく、同時に償いの精神に満ちているからです。

 


(2)しかしながら、1983年に発布された新しいカトリック教会法典には、1251条にこうあります。

Can. 1251. Abstinentia a carnis comestione vel ab alio cibo juxta conferentiae Episcoporum praescripta, servetur singulis anni sextis feriis, nisi cum aliquo die inter solemnitates recensito occurrant;

(日本語:全ての金曜日には、肉を食べない小斎、或いは司教会議の定めたその他の食べ物を摂らないことを守らなければならない。ただし、荘厳祝日が金曜日に当たる時はその限りではない。)


 「荘厳祝日 solemnitas」とは、「守るべき祝日」とは限りません。
 新しい典礼暦によると、荘厳祝日とは次があります。


【移動祝日】
・復活祭
・主の昇天
・聖霊降臨
・三位一体
・キリストの御体と御血
・イエズスの聖心
・王たるキリスト


【固定祝日】
・一月一日(御降誕の八日後)
・三月十九日、聖ヨゼフの祝日
・三月二十五日聖母のお告げ
・六月二十四日、洗者聖ヨハネの祝日
・六月二十九日、使徒聖ペトロと聖パウロ
・八月十五日、聖母の被昇天
・十一月一日、諸聖人の祝日
・十二月八日、聖母の無原罪の御宿り
・十二月二十五日、私たちの主イエズス・キリストの御降誕



 従って、新教会法によれば、もしも次の九日のうちのどれかが金曜日に当たる場合には、日本でも小斎は免除されます。何故なら、カトリック教会法典の解釈には、 Odia restringenda, favores ampliandi (辛いことは限定させ、良いことは拡大させるべきである)という格言があるからです。



・一月一日(御降誕の八日後)
・三月十九日、聖ヨゼフの祝日
・三月二十五日聖母のお告げ
・六月二十四日、洗者聖ヨハネの祝日
・六月二十九日、使徒聖ペトロと聖パウロ
・八月十五日、聖母の被昇天
・十一月一日、諸聖人の祝日
・十二月八日、聖母の無原罪の御宿り
・十二月二十五日、私たちの主イエズス・キリストの御降誕




【参考資料】
●新しい典礼暦
http://en.wikipedia.org/wiki/Roman_Catholic_calendar_of_saints#_ref-0#_ref-0


●アメリカでの新しいミサの「保守派」サイトより
http://www.cuf.org/faithfacts/details_view.asp?ffID=277

 


 ただし、たとえ大きな祝日であると言っても、たとえば「大天使聖ミカエルの祝日」や「聖母の汚れ無き御心の祝日」などは日本の最高位の守護の聖人の祝日ではありますが、カトリック教会法典の言うところの「荘厳祝日 solemnitas」ではないので、もし金曜日に当たれば小斎を守らなければなりません。


 また、フィリピンでは十二月八日が守るべき祝日の一つですので、旧教会法によっても、新教会法によっても、金曜日の小斎の義務が免除されています。従って、聖ピオ十世会のフィリピンでのカレンダーでは十二月八日のところにお魚の印がありませんでした。



 天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田神父(聖ピオ十世会司祭)


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聖ピオ十世教皇様の回勅パッシェンディ(PASCENDI DOMINICI GREGIS)のサイト紹介

2007年01月24日 | カトリックとは

アヴェ・マリア!


聖ピオ十世教皇様の回勅
パッシェンディ(PASCENDI DOMINICI GREGIS)の
サイトを
紹介します


■フランス語訳
http://www.dici.org/thomatique_read.php?id=000268


http://www.vatican.va/holy_father/pius_x/encyclicals/documents/hf_p-x_enc_19070908_pascendi-dominici-gregis_fr.html


■イタリア語訳

http://www.vatican.va/holy_father/pius_x/encyclicals/documents/hf_p-x_enc_19070908_pascendi-dominici-gregis_it.html


■スペイン語訳
http://www.vatican.va/holy_father/pius_x/encyclicals/documents/hf_p-x_enc_19070908_pascendi-dominici-gregis_sp.html


■英語訳
http://www.vatican.va/holy_father/pius_x/encyclicals/documents/hf_p-x_enc_19070908_pascendi-dominici-gregis_en.html


http://www.papalencyclicals.net/Pius10/p10pasce.htm


■日本語訳
http://fsspxjapan.fc2web.com/papal/pius_10pascendi.html


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今だもって共産主義は極めて重大な脅威

2007年01月24日 | 共産主義

アヴェ・マリア!

 今だもって共産主義は極めて重大な脅威

 ポーランドが共産主義から解放されて数年後、国防相がジャーナリストにこう語った。共産主義者たちは去っていったが、彼らはまだそこにいる。 

 ポーランドの首都ワルシャワの大司教として新たに任命されたスタニスラオ・ヴィールグス大司教は、共産党統治下のポーランドで共産党のためにスパイとして働いていたということを非難されて、辞任することになった。

 共産主義者は、これらの脅しをポーランドの聖職者達に突きつけている。

 ナチの悪は繰り返されるが、共産主義の悪については沈黙が守られている。これは不誠実だ。

詳しくは、Communists are still a grave threat
http://www.torontosun.com/News/Columnists/Margolis_Eric/2007/01/21/pf-3419181.html
をご覧下さい。


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天主の敵が優位に立つのを放っておけるか。祈りはするが活動はしないと考えられるか。

2007年01月24日 | カトリックとは

アヴェ・マリア!


《汚れなく宿り給いし聖マリアよ、
御身により頼み奉る我らのため、
また、全て御身により頼まぬもののため、
とくに、秘密結社の回心のために、祈り給え。》


「天主の敵が優位に立つのを放っておけるだろうか。そして、祈りはするが活動はしないと言うことが考えられようか。」

(マキシミリアノ・コルベ神父)


聖コルベの決心

 聖コルベは1920年2月、ポーランドのクラコビアで黙想会で、こう決心した。


〈毎日読み返すべき生活の規則〉

1 私は聖人、しかも、大聖人にならなければならない。

2 天主の光栄のために汚れ無き聖母を通じて、私、並びに全ての霊魂たちを救わなければならない。

3 あらかじめ大罪からだけではなく、意識してする小罪も避けること。

4 許してはならないこと
イ 悪が償いとその根絶なしに残ること
ロ 善が実り、または増大しないこと


10 おまえは汚れ無き聖母の独占的、無条件的、不解消的、かつ完全な所有物であることを覚えよ。おまえが持つ、或いは、持つであろう全ての言葉、考え、行為、傾向(好み、無関心)などは、全て聖母の完全な所有物であるいことを忘れてななら無い。あらゆることについて「おまえが」ではなく「聖母が」お望みのままになし給わんことを。同じく、おまえの全ての意向も、聖母のものであり、聖母がそれを自由に支配し、改め、実施し給わんことを。何故なら、聖母は誤ることが出来ないからである。おまえは聖母の御手の道具だから、聖母がお望みになることのみをしなければならない。全てを聖母の御手よりいただけ。幼子が母に頼るように聖母に頼れ。聖母に信頼せよ。聖母の光栄のために働き、おまえとおまえのことについては聖母に委ねよ。いっさいのものは聖母から受けたものであることを認識しなければならない。おまえの働きの実りは全て聖母との一致にかかっている。あたかも聖母が天主の哀れみの道具であるように・・・。
 生(各瞬間)、死(いつ、どこで、どのように)、私の永遠、全ては聖母よ、御身のものなり。私のよりどころである聖母によればいっさいは可能。
 内的生命---何よりもまず、自己の成聖、同じく他人の成聖のために尽くす。》

 

聖コルベよ、我らのために祈り給え!
汚れなき聖母よ、日本の回心のために、我らのために祈り給え!
聖母の汚れなき御心よ、我が祖国日本が、聖母の汚れなき御心にかなう、汚れなき御心の御国となるように、祈り給え!


願わくは、日本のあらゆるところで、聖母の汚れなき御心が讃えられ愛されますように!



聖マキシミリアノ・コルベ神父の初ミサ
http://fsspxjapan.fc2web.com/other/primamissae.html
より


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聖ピオ十世会韓国のホームページです
http://www.sspxkorea.wo.to/

 

お薦めのカトリック良書です。
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教会文書資料集DENZINGER.(ラテン語)サイト紹介

2007年01月24日 | 本・新聞・ウェッブ・サイトを読んで

アヴェ・マリア!


【参考資料】
興味深いウェブサイトの紹介です。


教会文書資料集
DENZINGER. Enchiridion Symbolorum (ラテン語)
http://catho.org/9.php?d=g1


DENZINGER. Enchiridion Symbolorum (フランス語訳)
http://catho.org/9.php?d=g0


DENZINGER. Enchiridion Symbolorum (スペイン語訳)
http://www.trovador.com/documentacion/pdf/iglesia/denzinger.pdf



聖書(ラテン語:ブルガタ訳)
http://www.drbo.org/lvb/


聖書(英語 Douay-Rheims Catholic Bible)
http://www.drbo.org/


聖書(フランス語訳)
Traduction en francais du Chanoine Crampon
http://catho.org/66c.htm

 


聖アルフォンソ・デ・リグオリ

救霊についての黙想 (イタリア語)
Meditazioni per otto giorni di esercizi spirituali in privato
http://www.intratext.com/IXT/ITASA0000/_IDX092.HTM


救霊についての黙想 (日本語訳)
http://fsspxjapan.fc2web.com/other/salvatio.html



聖ピオ十世会韓国のホームページ
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信仰を守る闘い

2007年01月23日 | トマス小野田神父(SSPX)のひとり言
アヴェ・マリア!

 現代の教会の危機は、信仰の危機だ。私たちは、天主様の御助けにより、正統な信仰を、変わることがありえない信仰を守る闘いを続けよう。

 聖母よ! 私たちのために祈り給え!
コメント (2)