Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

私は御身を信じ、礼拝し、希望し、御身を愛します!御身を信じぬ人々、希望せず愛さぬ人々のために、赦しを求めます(天使の祈)

--このブログを聖マリアの汚れなき御心に捧げます--

アヴェ・マリア・インマクラータ!
愛する兄弟姉妹の皆様をお待ちしております
2019年 8月の聖伝のミサの予定
【最新情報はこちら、年間予定一覧はこちらをご覧ください。】


8月 聖母の被昇天を祝いましょう。
意向:聖母の汚れなき御心の凱旋のため
実践すべき徳:心の柔和と謙遜
守護の聖人:聖母の汚れ無き御心

愛する兄弟姉妹の皆様を聖伝のミサ(トリエント・ミサ ラテン語ミサ)にご招待します

◎2019年 8月の予定
【大阪】聖ピオ十世会 聖母の汚れなき御心聖堂(アクセスEG新御堂4階 大阪府大阪市淀川区東三国4丁目10-2 
〒532-0002 (JR「新大阪駅」の東口より徒歩10-15分、地下鉄御堂筋線「東三国駅」より徒歩2-3分)

  8月2日(初金)教会博士証聖者司教聖アルフォンソ・デ・リグオリ(3級祝日)白
          午後5時半 ロザリオ及び告解
          午後6時 ミサ聖祭(歌ミサ)

  8月3日(初土) 聖母の土曜日(4級)白
          午前10時 ロザリオ及び告解
          午前10時半 ミサ聖祭(歌ミサ)

  8月11日(主)聖霊降臨後第9主日(2級)緑
          午後5時半 ロザリオ及び告解
          午後6時 ミサ聖祭(歌ミサ)

  8月12日(月) 童貞聖クララ(3級祝日)白
          午前10時 ロザリオ及び告解
          午前10時半 ミサ聖祭(歌ミサ)

  8月18日(主)聖霊降臨後第10主日(2級)緑
          午後5時半 ロザリオ及び告解
          午後6時 ミサ聖祭(歌ミサ)

  8月19日(月) 証聖者聖ヨハネ・ユード(3級祝日)白
          午前6時半 ミサ聖祭(歌ミサ)

【東京】東京都文京区本駒込1-12-5 曙町児童会館(地図)「聖なる日本の殉教者巡回聖堂」

  8月4日(主)聖霊降臨後第8主日(2級)緑
          午前10時  ロザリオ及び告解
          午前10時半  ミサ聖祭(歌ミサ)

  8月5日(月)  雪の聖母の大聖堂の奉献(3級祝日)白
          午前7時 ミサ聖祭

  8月18日(主)  聖霊降臨後第10主日(2級)緑
          午前10時  ロザリオ及び告解
          午前10時半  ミサ聖祭(歌ミサ)

愛する兄弟姉妹の皆様をお待ちしております。

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シェアン司教様の「護教」の中から「教皇の不謬性に関するまちがった考え」

2008年06月28日 | カトリックとは
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 シェアン司教様の「護教」の中から、「教皇の不謬性に関するまちがった考え」という項を引用します。ご参考までにどうぞ。

教皇の不謬性に関するまちがった考え

 あるおかしな誤解をまず是正しておきたい。・・・教皇の不謬性というのは、教皇が罪をおかしえないとか、教皇には罪がないとかいうことではない。教皇が教えに関して不謬であるということは、行為において罪をおかしえないということではない。

 この点に関するかぎり、教皇といえども、わたくしたちとすこしもかわりなく、聖パウロのことばのように、「自分のからだをくるしめてこれを奴隷にし」自分の救霊のために心配しなければならないのである。それは、「他人にのべつたえながら、自分がすてられることをおそれる」からである。

 また、教皇の不謬性には、あたらしい啓示をつくりだす権利が包含されているわけでもない。すなわち、以前には、まったく知られていなかった天主の真理を、人びとに披瀝する権限があるという意味ではない。キリスト教の啓示は、みな使徒たちに与えられている。教皇はそれに何もつけくわえることなく、不謬権をもって、単に説明するにすぎない。また、教皇の不謬宣言は神感をうけているわけでもない。なぜなら、神感には、ふたつの要素があるとされている。すなわち、(a)著者とか、はなす人とかが、天主の感動によって、著作しよう、はなそうという意志をおこすこと、(b)書いているときに、またははなしているときに、天主自身がのぞむことを表現するように、それ以外のことを表現しないように、天主のみちびきをうけること、である。それで、神感によってできあがった著書、あるいは話しの著者または責任者は天主である。教皇の決定に関する責任者は天主ではない。しかし、天主が教皇を誤謬におちないようにまもるのである。


教皇の二重の教権

 教皇には二重の教権がある。すなわち、ひとつは、至上教権あるいは不謬教権であって、もうひとつは、普通教権である。教皇が普通教権をもって、わたくしたちにおしえるときには不謬ではなく、もちろん、信仰の同意を要求して、わたくしたちを、いわゆる、つなぐことはない。しかし、一般的な、しかも安全な見解にしたがうと、教皇の教えは、内面的な宗教的な賛意をもって、これをうけいれるべきものとされている。

 この義務は、①わたくしたちが子供として、正当な教会の長上にたいして、当然もつべき恭順の精神からでてくるもので、②教皇という偉大な権威者のまえに、わたくしたちの見解を対抗させるという愚行をあえてすべきではないという賢明な考えかたである。教皇は、天主から与えられた聖務のゆえに、聖伝にくわしく、おおくのすぐれた神学者たちを相談相手にもっている。万が一にも、ことがらの性質上、といっても、めったにないはずだが、教皇が晋通教権によっておしえたある点に関して、正当な疑問をおこす理由があると考える学識あるカトリック者がいるなら、かれは、これを教皇に具申してさしつかえない。しかし、あくまでも個人的に、尊敬をうしなわないように注意し、最後の決定にはよろこんでしたがう覚悟をもって、特に従順の精神を用意しなくてはならない。


教皇の不謬権に関する反対論

 プロテスタントは、四人の教皇をあげて、かれらが誤謬をおかしたと主張する。すなわち、パウロ五世、ウルバノ八世はガリレオを破門したかどで誤謬をおかした。それから、リベリウスとホノリウスは、いずれも異端におちたという。リベリウスはアリアニズムの異端におち、ホノリウスはモノテリズムの誤謬におちたと主張している。以上の反対論をしらべるまえに、まずあきらかにしておかなければならないことは、これらはいずれも、教皇の不謬権とはなんら関係がないことで、不謬権行使に必要とされる条件が、すこしもそなわっていなかったということである。


パウロ五世、ウルバノ八世とガリレオの場合。

 パウロ五世は一六一六年に、ウルバノ八世は一六三三年に、ローマ聖省と禁書目録をもって、ガリレオ(一五六四年~一六四二年)の学説を、異端説なりと宣言した。その学説というのは、太陽はうごかず、地球が毎日太陽のまわりをまわるとする学説であったが、もし、ガリレオが、さしでがましくも、ヨズエ書(一〇ノ一三)の註解に口をさしはさみさえしなかったなら、たしかに、なんらの懲罰もうけなかったろう。同書には、太陽が停止したという記事がある。いうまでもなく、かれは、かれの学説のために長いあいだ、精神的なくるしみをへなくてはならなかったという意味でくるしんだわけだ。しかし肉体に対する刑罰ということになれば、反対論者たちが喧伝するような処置、いわゆる《拷問》をうけたこともなく、《牢にいれられた》こともない。短期間の禁足をいいわたされたことはあるが、それも礼を欠くほどのものではなかった。コペルニクス(一四七三年~一五四三年)とクザのニコラス枢機卿は、天文学の研究ではガリレオの先輩で、大同少異の学説を提唱した人たちではあったが、何も問題をおこしてはいない。いずれにしても、ガリレオの場合は教皇の不謬性には、なんら関係のない問題であった。なぜなら、教皇は、これを聖座から宣言したわけではないからである。

 教皇は、不謬権を聖庁の一聖省にゆずりわたすことはできない。教皇が、不謬権をつかう場合には、教皇自身、全教会にたいして、ある教義を宣言し、信仰の内的受諾をもって、これをうけいれることを要求しなければならないからである。これらの必須条件は、教皇パウロ五世の場合にも、教皇ウルバノ八世の場合にも、何ひとつなかった。そのうえベルラルミーヌス枢機卿(一五四二年~一六四二年)がいっている言葉から考えてみても、この間題に関する決定が、改変できない決定ではなかったことが明瞭にされている。ベルラルミーヌス枢機卿は、ガリレオが破門された当時、聖省の幹部のひとりで、いまでは列聖されて、聖人である。かれは、ガリレオの友人フォスカリーニに手紙を書いているが、これによると、そう見えるからといって、聖書が矛盾しているという論争をおこしさえしなかったなら、天体の現象をもっともよく説明するあたらしい体系を提唱したからとて、なんら反対するわけではないと記し、さらに、「わたくしがいいたいのは、太陽が動かず、静止していて、地球の周囲をまわっているのではなくて、反対に、地球が太陽の周囲をまわっているということが、実際に証明されたならば、これとは反対に見える聖書の記事を註解するには、きわめて慎重な態度ですすまなくてはならないということである。なぜなら、聖書がまちがっているというよりは、聖書を正しく理解していないというほうをむしろ採るべきなのだから」という。・・・(中略)・・・


教皇リベリウス(三五一~三六六)の場合

 教皇リベリウスは、アリウス一派の信条の認可をことわったために、コンスタンチーヌス大帝によって流罪にされた(三五五年)。それから二年後に、ローマへの帰還をゆるされた。ある人びとは、もっとも、ほかに、おおくの権威筋がこれを否定してはいるが、教皇が自由の身になったひとつの群由は、教皇が皇帝の要請をうけいれたからだ、という。

 しかし、たとえば、教皇が、皇帝の要請した信条に、署名したことが事実であったとしても、①そのなかに異端的な教義がふくまれていたという証明がないかぎり、すこしも問題にはならない。事実、アリウス一派の主張が、全部誤謬であったわけではないからである。①こういう場合、教皇は、全教会の教導者として署名したのではない。かれは、署名を強要された、一囚人にすぎなかった。こういう環境におかれた場合、教皇に、信者の良心をつなぎとめる意向があったとはいわれない。


教皇ホノリウス(六二五年~六三八年)の場合。

 教皇ホノリウスは二通の手紙を書いている。一通をモノテリタ派の代表人物セルスジウスに、もう一通をオルトドクス派の代表者ソフィロニウスにそれぞれ送った。教皇はこの手紙で、《キリストにはひとつの意志あるのみ》と宣言し、これ以上、論争を継続してはいけないという命令をだした。コンスタンチノープル公会議(六八〇年~六八一年)は、教皇ホノリウスに異端宣言を投げた。この場合も、教皇の不謬権にはすこしも関係がないことに注意してもらいたい。

①教皇ははっきり、《わたくしは、キリストに、単一の行為しかないのかどうかかをいう問題を決定しようとするものではない》といっているのであるから、聖座からの決定を公布したのではなかった。教皇は、この問題に関する、セルジウスの誤報のゆえに、論争が単なる用語上の問題であると見た。それで《文法学者によって決定》されるべきものと考えたのである。

②かれのことばには、オルトドクス的な意味にとられるものがある。その理由は、セルジウスが、かれの反対論者たちの主張であるといって誤報した、《キリストには、ふたつの相反した意志がある》という間違った教義を反駁するために書かれたからである。

③コンスタンチノーブル公会議の決議は、教皇ホノリウスの指導方法の非を指摘したものと見られるもので、教会の頭としての教皇の教えが誤謬だというのではない。この点に関しては、教皇レオ二世のことばを見るとはっきりする。教皇レオ二世はこれを説明して、わたくしがこの決議を裁可したのは、教皇ホノリウスが《異端説胎動のきざしがあったのに、これを抹殺するつとめ》をおろそかにしたからであるといっている。公会議の決裏が不謬性をもつようになるのは、教皇がこれを確認した場合だけである。コンスタンチノープルの教父たちが、はたして現今の意味における厳密な意味で、教皇ホノリウスに異端の刻印をおす意向があったかどうかについては、いまなお論議されていて、確定してはいない。つかわれていることばだけから考えると、その当時、はっきりした教えを公表せず、異端者とか、離教者とかに好意的な行動を示す人にいわれる表現にすぎない。



【コメント】

 ヨハネ・パウロ二世教皇様が、アシジの集会を催したとしても、コーランに接吻をしたとしても、個人的に全ての人々が自動的に救われていると信じていたとしても、だからといってこれがカトリック信仰のドグマになるわけではない。

 教皇様は不可謬である(それは第一バチカン公会議で宣言されたようにカトリックのドグマである)が、その不可謬性のためには第一バチカン公会議の定めた条件が満たされなければならない。

 教皇様の不可謬性とは、教皇が罪をおかしえないということではないし、教皇様があたらしい啓示をつくりだす権利をもっているということでもない。

 教皇様は、キリストの教えに従わなければならず、そうしなければ教皇様といえども罪を犯すことになる。教皇様はキリストの教えに反対するような昔なかった新しい教えを作り出して、それをカトリック教会に押しつけることは出来ない。

 ところが、ヨハネ・パウロ二世は1988年7月2日「エクレジア・デイ」のなかで、第二バチカン公会議には「新しい教え」があり、この新しい教えは「教会の一部でよく理解されていなかった」ほどの新しいものであった。従って、このような教えは教皇の不可謬性にかかわるものではない。

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コメント (11)

聖ピオ十世会創立者ルフェーブル大司教様の司教聖別20周年

2008年06月27日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 十年一昔と言いますから、もう二昔の話。二十年。一世代がたちます。

 1988年6月30日ルフェーブル大司教様の「聖伝生き残り作戦」の当時、聖ピオ十世会は司祭が約200名、76の修道院を世界中に持っていました。

 20年後の2008年6月、聖ピオ十世会は480名の司祭と、154の修道院が世界中にあることになりました。

 聖伝と聖ピオ十世会が受けている迫害を考えると、これはもの凄い実りです!

 もしも、ルフェーブル大司教様の「生き残り作戦」なければ、モートゥー・プロプリオも存在し得なかったでしょう。

 何故ルフェーブル大司教様は「生き残り作戦」を実行したのでしょうか? カトリック教会への愛のためです。カトリック教会が聖伝の典礼を失うことがないように。アシジの集会に惑わされてカトリック教会が聖伝のカトリック信仰を失うことがないように。真の天主イエズス・キリストの唯一の花嫁の自信を取り戻すように。

 もしも麦が死ななければそのまま残る、しかし死んで地に落ちるなら多くのみを結ぶ。聖伝が実を結ぶために、私たちのルフェーブル大司教様はこの世の人々の目の前であたかも「死んだ」かのように映ったかも知れません。聖伝の司教たちを聖別したがために。しかし、カトリック教会は、全世界の前で、この偉大なルフェーブル大司教のした、カトリック教会への愛の行為、カトリック信仰の実り、歴代の教皇様たちへの大胆な従順を、将来認めることでしょう。

 私たちにルフェーブル大司教様を与えて下さった天主に感謝します。

私たちは、心の底から全霊を上げてカトリックのローマに、すなわちカトリック信仰の保護者でありこの信仰を維持するために必要な聖伝の保護者である永遠のローマ、知恵と真理の師であるローマによりすがる。

 私たちは、しかしながら、第2バチカン公会議とそれに由来して公会議後の全ての改革において明らかに現れた公会議新近代主義と新プロテスタント主義の傾向を持つローマに従うのを拒否し、常に拒否した。実に、これら全ての改革はカトリック教会の瓦解と司祭職の崩壊、いけにえと秘蹟の無化、修道生活の消滅、大学・神学校・公教要理における自然主義とテイヤール主義、教会の荘厳教導権によって何度も排斥された自由主義とプロテスタント主義とに由来する教育のために貢献したし、今でも貢献し続けている。

 たとえ位階制度の最も高い地位に上げられたものであれ、いかなる権威といえども、19世紀もの長きにわたって教会の教導職によって明らかに表明され、宣言された私たちのカトリック信仰を棄てる、あるいは減少させるように強制することは出来ない。

 聖パウロはこう言っている。「私たち自身であるにせよ、天からの天使であるにせよ、私たちがあなたたちに伝えたのとはちがう福音を告げる者にはのろいあれ。」(ガラチア1:8)

 これが今日、教皇様が私たちに繰り返し言われることではないだろうか。そしてもしも万が一、教皇様の言葉と行動において、また聖座の諸聖省の文書において、1つでも [過去の教導権との] 矛盾が現れるなら、その時私たちは、常に教えられていたことを選び、私たちは教会を破壊する革新に耳を閉じる。

 Lex credendi(信仰の法)を変更することなくles orandi(祈りの法)を深く変更させることは出来ない。新しいミサは新しい要理と新しい司祭職に対応し、新しい神学校、新しい大学、カリスマ運動的教会、聖霊降臨運動的な教会、また正統と常なる教導職とに対立する全てに対応している。

 この改革は、自由主義と近代主義とに由来するが故に、その全てに毒が含まれている。これは異端から生み出され異端へと辿り着く。良心的で忠実な全てのカトリック信者にとってこの改革を受け入れ、なにがしらであれそれに従うことは出来ない。

 私たちの霊魂の救いのために、教会とカトリックの教えとに忠実である唯一の態度は、改革を受け入れることを断固として拒否することである。

 それ故、いかなる反乱も、苦々しさも、憎悪もなく、私たちは常なる教導職の星の導きの元、司祭養成の事業を続ける。私たちは聖なるカトリック教会に、教皇様に、そして未来の世代に、これよりも偉大な奉仕をすることが出来ないと確信している。

 それ故、聖伝の真理の光が永遠のローマの空を暗くしている暗闇を追い払う日を待ちながら、私たちは、永遠の教会によって過去信じられていたこと、信仰と道徳と礼拝、公教要理の教え、司祭の養成、教会の諸施設において実践されていたこと、公会議の近代主義の影響を受ける前に出版された本の中に法定化されたことを全て固く保持する。

 天主の聖寵と、童貞聖マリア・聖ヨゼフ・聖ピオ10世の御助けによって、こうすることによって、私たちはローマ・カトリック教会に忠実であり、ペトロの全ての後継者に忠実に留まり、fideles dispensatores mysteriorum Domini Nostri Jesu Christi in Spiritu Santo(聖霊において私たちの主イエズス・キリストの玄義の忠実な奉仕者)となることができると確信している。アーメン。

童貞聖マリアの奉献の祝日
ローマにて、1974年11月21日
+ マルセル・ルフェーブル

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コメント (19)

何故ルフェーブル大司教様は「教皇の許可なく」司教聖別を行ったのか

2008年06月26日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア!


必要の状態

 愛する兄弟姉妹の皆様、

 何故ルフェーブル大司教様は「教皇の許可なく」司教聖別を行ったのでしょうか?

 第二バチカン公会議以後の「悪魔的な方針の間違い diabolical disorientation 」こそがそれであり、それを何度も何度も、いろいろな方法で述べてきましたが、もう一度、ざっと見てみることにしましょう。

 何故ルフェーブル大司教様は「教皇の許可なく」司教聖別を行ったのか? それは、「教会の外にも救いはある」(諸宗教アシジの集まり)という、カトリック教会の信仰とドグマを真っ向から否定するものがキリストの代理者によって公に主体的に故意に犯されたということこそ、もっとも雄弁な教会の緊急事態であったからです。

 残念ながら、カトリック教会には第二バチカン公会議後、前代未聞の危機が訪れました。信仰の喪失。超自然の精神の喪失。全世界で数万の司祭が司祭職を放棄。近代主義的な教会の組織的な体系的改革。キリストの社会と内に関する基礎的教義の変化。エキュメニズム。信教の自由。団体主義。秘蹟・聖務日課・典礼のプロテスタント化したエキュメニカルな改革。公教要理の変化。エキュメニカルな聖書。カトリック教会法典の改革・・・。全ては、ローマから要求されたものでした。

 聖座は、スペインに、スイスのヴァレー州に、イタリアに、コロンビアに要求し、憲法からカトリックの宗教の名前を外すように圧力をかけました。信教の自由の名前によって。

 1968年5月ローマのフランス人神学校に共産党の赤旗が掲げられ、極めて頽廃した養成を受けるのを見たローマの神学生たちからSOSを受け、ルフェーブル大司教様はエコンの神学校となるものを ---- フリブールの司教の祝福と応援を受けて ---- 創立したのでした。

 世界中の司教たちは、何をしても良かったのです。世界中の司祭たちは何をしても良かったのです。ただ、カトリックの聖伝を守ってはいけなかった。それだけが唯一の「罪」でした。ルフェーブル大司教様は、フランスの司教団とローマの聖職者達から、厳しい残酷な告発と攻撃を受けました。

 1974年11月11日から13日までローマの視察団モンシニョール・オンクランとモンシニョール・デシャンがエコンの神学校にやって来ました。エコンの神学校の正統性を調べに来たはずのこのローマの使節は神学生たちに、キリストは肉体的に復活したのではない、妻帯者の司祭叙階は当然だ、と断言し躓きを与えたのでした。そこでルフェーブル大司教様は1974年11月21日の宣言を発表しました。

 この宣言を口実に、1975年5月6日、ルフェーブル大司教様は神学校を閉鎖することを求められました。カトリック聖伝の生き残りの唯一の神学校を閉鎖する? 永遠の変わらない信仰を求めている信徒の方々を見捨てる? 永遠の聖伝のミサを見捨てる? ローマで自分が受けたと同じ養成を受ける神学生たちの権利を見捨てる? ルフェーブル大司教様にとって妥協するのは簡単でした。しかしルフェーブル大司教様はそれをしませんでした。

 ローマは、聖ピオ十世会を分裂させようと、聖伝を粉々にしようと、いろいろな作戦を仕掛けてきました。しかし、ルフェーブル大司教様は1988年6月の司教聖別までローマとの対話を常にし続けてきました。

 ルフェーブル大司教様は年をとり、ローマの近代主義はますます酷くなる以外に変わりはありませんでした。デ・カストロ・マイヤー司教様以外に、立ち上がって聖伝を守る司教は世界中に一人もいませんでした。

 そこで起きたのが1986年1月25日にアシジの背教の予告であり、これはキリストの代理者によって犯される公の冒涜行為でした。

 第2に起きたのが「第二バチカン公会議の信教の自由の教えに関する疑い」への1987年3月9日付けのローマからの返答でした。

 ルフェーブル大司教様は天主に祈っていました。もしも、1985年のシノドスで教えられ、1986年のアシジで実践された背教に反対して、公に声を上げて立ち上がって抗議する司教が一人もいなかったなら、私たちの主イエズス・キリストの唯一の花嫁を守るために立ち上がる司教が一人もいなかったなら、自分は最も賢明な道を取る、と決意していました。

 ルフェーブル大司教様は8名の枢機卿たちに次のような親書を送りました。

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エコンにて、1986年8月27日

枢機卿様

 教会において起こっているさまざまなできごとを前にして、そしてヨハネ・パウロ2世教皇様をその張本人とするこれらのできごとを前にして、テゼーで、また10月にはアシジですることが計画されていることを前にして、私は枢機卿様に筆を執らずに入られませんでした。それは歴史上かつてなかったほど屈辱を受けている教会の名誉を守ってくださるようにと、多くの司祭と信徒たちの名前で枢機卿様にお願いするためです。

 トーゴ、モロッコ、インド、ローマのユダヤ会堂でのヨハネ・パウロ2世の訓話と行動は私たちの心に聖なる憤りを呼び起こします。旧約と新約の諸聖人たちはこれについてどう思うことでしょうか!もし今でも存在していたとしたら、異端審問所は何をしたでしょうか?

 ペトロの座にすわるものによって公に足蹴にされているのは、使徒信経の第一条であり、天主の十戒の第一戒なのです。カトリック信者の霊魂において躓きは計り知れません。教会はその根底から揺るがされています。

 もしも、カトリック教会が救いの唯一の方舟であるという信仰が消えてしまったら、その時には教会自体が消えてしまいます。教会の全ての力、その全ての超自然的な活動は、私たちのこの信仰箇条を基としているのです。

 ヨハネ・パウロ2世は、公に、特にアシジで計画されているように、聖フランシスコの町のあらゆる道で多くの宗教代表者の取りまきと共に、いろいろな小聖堂や大聖堂をいろいろな宗教団体に振り分けて、そこで国連の考えているような平和のために彼らが独自の礼拝を捧げるよう招いて、カトリック信仰を破壊しようとするのでしょうか? これが諸宗教の集いという忌まわしい集会の責任者となっているエッチャガライ枢機卿様が発表したことです。

 教会においてこのような公の罪を排斥する公式の声が一つも挙がらないと言うのは考えられることでしょうか?マカベオたちは一体今どこにいるのでしょうか?

 枢機卿様、唯一の真の天主の名誉のため、私たちの主イエズス・キリストの名誉のため、公に抗議の声を挙げて下さい。カトリックとして留まっている司教たち、司祭たち、信徒たちを助けて下さい。

 枢機卿様、私が枢機卿様のもとにこのようなお手紙を書いたのは、私がこのことに関する枢機卿様のお考えを疑うことができないからです。

 この呼びかけは、以下に明記してある枢機卿様たちにもしてあります。それは枢機卿様がこれらの枢機卿様方と共に行動されることを考えてのことです。

 願わくは聖霊が枢機卿様の助けに来ますように。

 私たちの主キリストとマリアとにおいて。敬具

マルセル・ルフェーブル

チュールの引退大司教司教

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 結局、世界中で、誰一人司教は立ち上がりませんでした。アシジの背教は1986年10月27日に行われ、イタリアのボランティアが運ぼうとした平和のファチマの聖母マリア像はそこに入るのを拒否されました。

 天主は言いました。「私はおまえの天主、主である。… 私以外のいかなる神々をも持ってはならない。… これらを拝んではならず、これらに礼拝を捧げてはならない。」(脱出20:2, 5. マテオ4:-10、ヨハネ17:3、ティモテオ2:5)

 私たちの主イエズス・キリストは言われました。「まことの礼拝者が、霊と真理とを持って御父を拝むときが来る、いやもう来ている。御父はそう言う礼拝者を望んでおられる。」(ヨハネ4:23)

 偽りの神々に捧げられた祈り、或いは、天主の啓示とその全て或いは一部が対立するような宗教の憶測に基づいてなされた祈りは、礼拝行為ではなく迷信です。

 そして、迷信は天主を敬わないばかりでなく、天主を、少なくとも客観的に、犯すものです。迷信は天主の十戒の第1戒に背く罪です。(神学大全II-II qq. 92-96)

 天主と人々をつなぐ仲介者はだだ一人しかいません。すなわちまことの天主かつまことの人である私たちの主イエズス・キリスト(1ティモテオ2:5)です。

 私たちの主イエズス・キリストに対する信仰によってのみ、人は信頼して天主に近づくことができる(エフェゾ3:12)のです。

 天と地の全ての権能が私たちの主イエズス・キリストに与えられました(マテオ28:18)。

 天と地と地の下にあるものは全て私たちの主イエズス・キリストの聖名に膝をかがめなければなりません(フィリッピ2:10-11)。

 私たちの主イエズス・キリストを通らずに誰一人として御父の元に行くことができません(ヨハネ14:6)。

 私たちの主イエズス・キリストの名前以外に人が救われることのできる聖名は天下にありません(使徒4:12)。

 私たちの主イエズス・キリストこそ平和の君主です(イザヤ9:6、エフェゾ2:14、ミケア5:5)。何故なら、全ての分裂、対立、戦争などは、人が贖い主の御血の力によるのではなければ自分の力ではそこから解放されることのできない罪の苦い果実であるからです。

 アシジの「祈祷集会」は、私たちの主イエズス・キリストによる贖いが誰に対しても必要であると言うことを公に否定することです。

 アシジでは彼ら未信者のためには祈りません。暗黙のうちにそして公に、彼らにはもはや真の信仰が必要ではない、と言うことを前提としているからです。

 「他の諸宗教の代表者たち」は、少なくとも形のうえでは (materialiter) 信仰に対する罪、不信仰、異端、などに踏みとどまるようにと奨励されているのです。

 アシジでの「祈祷集会」は、少なくともその見かけだけでも、未信者に対して当然なすべき義務と愛徳とを欠く行為であると言えます。

 何故なら教会は全ての国々に次のことを告げ知らせる任務があるからです。

 唯一の真の天主が存在すること、この唯一の天主は全ての人々のために私たちの主イエズス・キリストにおいてご自分を啓示されたこと。

 真の宗教はただ一つしかないこと、天主がそこであがめられることを望んでおられる宗教はただ一つであること。

 天主と人との仲介者はただ一人しかおられないこと。

 人間が彼によって救われることを期待することのできるのはただ私たちの主イエズス・キリストだけであること。

 真の教会はただ一つしかないこと。そしてこの教会が永久に私たちの主イエズス・キリストの御血を守っていること。

 「救いの唯一の方舟である使徒継承のローマ教会の外においては誰も救われることができないこと、このローマ教会に入らないものは大洪水に滅ぼされてしまうことを信じなければならない」(ピオ9世 Dz 1647)こと。

 もし彼らの無知がどうしてもしかたのないものだったとしても彼らの心の状態が、明らかに或いは暗黙のうちに天主のみ旨を全て成し遂げたいという少なくとも望みによって、教会の中に入っている必要がある(ピオ9世 Dz 1647)ということ。

 教会の固有の使命は、これら全てを告げ知らせることです。

「あなたたちは諸国に弟子を作りに行き、聖父と聖子と聖霊との聖名によりて洗礼を授け、私があなたたちに命じたことを全て守るように教えよ。」(マテオ28 :19-20)「あなたたちは全世界に行って全ての人々に福音をのべ伝えよ。信じて洗礼を受ける人は救われ、信じない人は滅ぼされる。」(マルコ16 :16)


 教会の使命とローマ教皇の使命にそぐわないような「個人的な発案」を(アシジでの「祈祷集会」のような明らかにご自分の使命とはそぐわないようなものを)促進させると言うことはペトロの権能に属するものでは全くありません。

 私たちの主イエズス・キリストはこう言いました。「サタン退け! “あなたの天主なる主を礼拝し、ただ天主にだけ仕えなければならない” と書かれてある」(第2法6:13、マテオ4:10)と。

 その主イエズス・キリストの代理者たるものが、どうして真の天主への信仰のために聖別された聖なる場所に、邪教の「代表者たち」を招いて彼らの偽りの神々に祈らせることができるでしょうか?
 聖ペトロはこう言って信仰を宣言しました。「御身は、生ける天主の御子、キリストです」(マテオ16:16、ヨハネ6:69-70)と。そしてこの信仰宣言故に首位権を得たのです。その後継者たるものがどうして私たちの主イエズス・キリストがあたかもいないかのように立ち振る舞うことができるのでしょうか。

 聖ペトロは兄弟たちの信仰を固める任務を受けました(ルカ22:32)。その後継者がその兄弟、子供たちの信仰にとって躓きの石となるべきではありません。

 アシジの集会は、教会が常に権利を否定してきた偽りの宗教儀式の承認し、教会が常に「宗教無差別主義」或いは「宗教拡大主義」の名の下に排斥してきた「宗教主観主義」の承認することです。

 「宗教無差別主義」とは「最も恐るべき異端の一つであり」「全ての宗教を同じレベルに置き」規則正しい生活と永遠の救いとの存在理由を宗教的に信じることが真理であることを認めないものです。





アシジの背教


 しかし、誰一人として、司教は立ち上がりませんでした。だから、ルフェーブル大司教様は司教聖別を1987年6月29日に予告しました。ローマは、エコンに使節を送り、ローマは原則として一名の司教聖別に同意しました。ローマの委員会が出来、少数であるが聖ピオ十世会がその委員会のメンバーになる、と。

 1988年5月4日聖ピオ十世会のラローシュ神父は司教聖別の日付に8月15日を提案しました。しかしそれへの答えは誠実を欠くものでした:「夏休みだから事務所が閉まっている」と。ルフェーブル大司教様は11月1日を出すと、ラッツィンガー枢機卿は答えをはぐらかしました。1988年5月5日の夕にルフェーブル大司教様はプロトコールにサインをした後、眠られない夜を過ごしました。翌日、司教聖別の日付の意味がはっきりと分かったのです。ローマは時間稼ぎをしてルフェーブル大司教が死ぬのを待っている、と。ローマは誠実ではない。ルフェーブル大司教様には分かりました。ローマは、聖伝を救おうと望んでいるのではない。ローマは聖伝を破壊しようとしている。その時、ルフェーブル大司教様はローマの不誠実さにより、プロトコールを破棄します。事実、数日後、ローマからルフェーブル大司教様に謝罪を要求する手紙が来ました。

 ルフェーブル大司教様は、カトリック聖伝を生き残らせるために、1988年6月30日4名の司教を聖別したのです。

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第二バチカン公会議後のフランスのカトリック教会

2008年06月25日 | カトリック・ニュースなど
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 ルフェーブル大司教様の司教聖別20周年ですが、第二バチカン公会議後40年間でフランスのカトリック教会がどうなってしまったかを如実に示すようなマンガがありますので、ご紹介します。願わくは、私たちの愛する日本のカトリック教会がフランスの道を歩んでしまわないように! そのためにはカトリック教会が聖伝に戻らなければなりません!

【関連記事】 あと100年でキリスト教は消える!?イギリスの世論調査で。


第二バチカン公会議後のフランスの司教様たち
フランスの司教「フランス人が信仰を取り戻したのを見るのは嬉しいねぇ。」



不法移民を教会で受け入れ
不法移民を教会で受け入れ、フランスの聖職者「いや、彼らは体を洗っているのだ。洗礼ではないよ。」



フランスのもとカトリック教会
第二バチカン公会議以後、多くのカトリック教会がフランスでは売られて別の目的で使われている。


遺跡
フランスを案内するガイド「これは宗教礼拝に使われた場所だと考えられています。」


フランスの政治家
フランスの政治家がイスラムの指導者に「空っぽの教会がたくさんありますから、モスク(イスラム寺院)を建てたらいかがでしょうか?」



将来
「昔、ここらへんにフランスと呼ばれる国があったらしいんだ。」



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フィリピンでの台風

2008年06月24日 | トマス小野田神父(SSPX)のひとり言
アヴェ・マリア!

 愛する兄弟の皆様、
 先日フィリピンを襲った台風ですが、イロイロの教会でも床上浸水があり、祭壇の階段の第二段まで水が浸かったそうです。人的な被害はなかったようです。
 マニラでは大丈夫だったとのことです。愛する兄弟の皆様のご心配とお祈りを感謝しております。

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)
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東京・大阪・ソウル

2008年06月24日 | トマス小野田神父(SSPX)のひとり言
アヴェ・マリア!

 愛する兄弟の皆様、
 東京の駅でエスカレーターに乗ると、立つ人は左に乗り、急ぐ方は右側を歩いて登ります。
 成田空港でもそうです。

 同じ日本でも、大阪では、エスカレーターに立つ人は右、歩く人は左です。

 東京の文化圏と大阪の文化圏との違いでしょうか。東京の影響の強い静岡では、やはり立つ人は自然に左のように思います。

 ところで、韓国のソウルの地下鉄では、エスカレーターに立つ人は普通は右、歩く人は左です。

 何が決めさせるのでしょうか?他の都市ではどうなのでしょうか?えっ?他の都市では左右に立って歩く人のことを考えない?

 天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)
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聖伝のミサ(いわゆるトリエント・ミサ、「ローマ式典礼様式のミサ」)にようこそ

2008年06月22日 | 聖伝のミサの予定
アヴェ・マリア!

■ 聖伝のミサ(いわゆるトリエント・ミサ、「ローマ式典礼様式のミサ」)にようこそ!

 愛する兄弟姉妹の皆様を聖伝のミサに歓迎します! 

何故なら、オッタヴィアーニ枢機卿とバッチ両枢機卿とがパウロ六世教皇聖下へ報告したように、「新しいミサの式次第は、その全体といいまたその詳細といい、トレント公会議の第二十二総会で宣言されたミサに関するカトリック神学から目を見張るばかりに逸脱している」からです。

何故なら、「この新しいミサの典礼様式が新しい信仰を表明している」から「この新しい信仰は私たちの信仰ではない、カトリック信仰ではない」(ルフェーブル大司教)からです。

何故なら、新しいミサはエキュメニズムのために作られたからです。

<2008年6月の予定>



【大阪】大阪市東淀川区東中島1-18-5 新大阪丸ビル本館511号(JR新大阪駅の東口より徒歩5分)「聖母の汚れ無き御心巡回聖堂」

6月20日 金 大阪 午後5時半 平日(4級)緑
6月21日 土 大阪 午前11時 証聖者ゴンザガの聖アロイジオ(3級祝日)白

【東京】東京都文京区本駒込1-12-5曙町児童会館2F 「聖なる日本の殉教者巡回聖堂」

21日(土)午後6時半 グレゴリオ聖歌に親しむ会
     午後8時30分 グレゴリオ聖歌による終課
22日 主日 午前10時   ロザリオ及び告解
午前10時半  聖霊降臨後第6主日(2級)緑
     午後2時    公教要理の勉強
午後3時ごろ  休憩
     午後4時   グレゴリオ聖歌による主日の第二晩課

23日 月 午前7時 洗者聖ヨハネの御誕生の前日(2級)紫
24日 火 午前7時 洗者聖ヨハネの誕生(1級祝日)白

それでは、皆様のおこしをお待ちしております。

 詳しいご案内などは、
http://fsspxjapan.fc2web.com/ordo/ordo2008.html
http://immaculata.web.infoseek.co.jp/manila/manila351.html
http://sspx.jpn.org/schedule_tokyo.htm
 などをご覧下さい。

For the detailed information about the Mass schedule for the year 2008, please visit "FSSPX Japan Mass schedule 2008" at
http://immaculata.web.infoseek.co.jp/tradmass/

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【関連記事】
聖ピオ五世教皇 大勅令『クォー・プリームム』(Quo Primum)
新しい「ミサ司式」の批判的研究 (オッタヴィアーニ枢機卿とバッチ枢機卿)Breve Exame Critico del Novus Ordo Missae
■ カトリック典礼が普通に有するべき三つの性質:新しいミサはこの三つの特徴を満たすか?
■ モンシニョール・クラウス・ガンバー(Msgr Klaus Gamber)の「ローマ典礼の改革」
■ 今日経験している教会の危機は典礼崩壊が原因であると、私は確信する。(ベネディクト十六世)

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衣服の慎みに関する公会議聖省の書簡「羞恥は何と美しい徳!何と輝かしい真珠!」

2008年06月21日 | カトリックとは
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 暑い季節になりました。1954年8月15日の「衣服の慎みに関する公会議聖省の書簡」をご紹介致します。特にルルドの聖母の御出現150周年にもあたる今年は、無原罪の御宿り(インマクラータ)にならい、慎みのある服装を守らなければなりません。


衣服の慎みに関する公会議聖省の書簡
1954年8月15日


 童貞聖マリアの汚れなき御宿りのドグマの定義、百周年を記念した回勅において教皇聖下が全世界でマリア聖年を祝うことを命じた時、同じ聖下は、司教たち、全聖職者ら及びキリスト教の全ての民が、私たちを愛する天主の御母また私たちの御母なる聖マリアの保護のもとに、ますます熱心にキリスト教的道徳の刷新に励むように奨励した。それは、彼らが偉大なる熱心をもって聖母を忠孝の念をもって見つめつつ、彼らの生活において、その条件に従って、聖母マリアの御姿を再現するためである。

 教皇様は、第一に「寛大で人生経験の少ない青少年が純潔に汚れなく成長するように、また若さの輝く花が腐敗し・この世の息吹に毒され・悪徳のうちに悪臭を放つようになるのを許さないように、無規制な傾きと侵略するような情念をふさわしく整え規制するように、そして全ての罠から遠ざかりながら、全て聖なること・愛すべきこと・気高いことへ向けて伸びるために、危害を与える危険があることや悪いことを避けるように」と強く訴えるべきであると宣言した。

 さて、最高の牧者である教皇様のこの奨励が、無視することのできない健全な結果をもたらしたが、個人的な且つ公共の道徳に関しては、教皇様が願った全ての結果は生じなかったということは、嘆かざるを得ない。

 実に特にこの夏の時期においては、キリスト教的美徳と人間の羞恥心を無視しなかった人々或いは完全に軽蔑しなかった人々の目と霊魂を害しないわけにはいかない光景が至る所で見られるということを誰も知らないわけではない。

 海水浴場のみならず、田舎の観光の中心地のみならず、ほとんどどこにおいても、町であろうが村であろうがその通りであっても、私的な場であっても公共の場であっても、そして極めて頻繁に天主に聖別された建物の中であっても、ふさわしくない慎みを欠いた服装の流行が広がってしまった。特に青少年の霊魂は、悪徳に容易に傷つきやすく、彼らこそが最も偉大で最も美しい霊魂と肉体の装飾である純潔を失ってしまうという極めて重大な危機におかれている。

 女性らしい衣装は、もしそれを衣装と呼ぶことができるならの話であるが、女性の服装は「もしもそれを服装と呼ばなければならないのだとするとの話であるが、何故ならそれらには肉体や羞恥心を保護することので着るようなものはなんらもないからであるが」(セネカ)、むしろ恥じらいよりも恥じらいの無さを求めているようにしばしば思われる。

 私的にも公の場でも、悪しくまた恥ずべくなされたこと、そのように思われることは全て、新聞、雑誌、その他ありとあらゆる種類の出版物がそれをあつかましく報道し、大衆の行き来する映画館でそれらが上映され、全ての人々の目の前で動画の光の中で見せ物にされ、印象を受けやすく血の気の多い青年のみならず老人たちをも、不健全な誘惑によって深く動揺させているほどである。

 ここから生じる悪がどれ程大きいか、公衆道徳がどれほどひどく危険にさらされているかを見ないものは誰一人としていない。

 従って、貞潔の美しさが日の光を当てられて全てに勧められ、誘惑や悪徳への誘いはできる限り罰せられ、妨害される必要がある。それは必要な厳格さをもってよき公衆道徳を皆すべてに思い出させるためである。何故なら、ローマの最も偉大な論士が言う如く「その他のことではいかなることでも決して敗北することのないような人々が、貞潔においては負けてしまうのをしばしば私たちは見る」(キケロ)からである。

 各人もよく理解する通り、これは極めて重大な問題である。これにはキリスト教的美徳のみならず肉体の健康と人類社会の進歩の力とに密接に関わる問題でもある

 このことに関して、ある古代の詩人が次のように言ったのはたいへん当を得ている。「大衆の面前で肉体に服を脱ぐようになるのは、放蕩の始まりである。」(エンニウス)この重大な事柄は教会のみならず、国家を指導する舵を握っている人々にとっても関係することは容易に見て取れる。何故なら彼らも肉体の健康や美徳の力が弱まったり砕かれたりしないことを望まなければならないからである。

 しかし、あなたたちは「天主の教会を導くために司教として聖霊が立てた者」(使徒行禄20:28)であり、悪を注意深く考察し、あなたたちの全ての力で、キリスト教道徳の純粋さと進歩を保護することに関わる全てのことを与え擁護する勤めを持っているのは、あなたたちである。

「聖霊が私たちに来たり、聖別し給い、私たちすべては天主の神殿なのであるから、その神殿の保護者は貞潔である。この貞潔により、いかなることでも汚れたことや不敬なことが神殿に入ることを許さない。それは、そこに住まわれる天主が、犯され悪の座となったその神殿をうち捨てることのないためである。(Nam cum omnes templum Dei simus, inlato in nos et consecrato Spiritu Sancto, eius templi aeditua et antistes pudicitia est quae nihil immundum nec profanum inferri sinat, ne Deus ille qui inhabitat inquinatam sedem offensus derelinquat.)」テルトゥリアノ De cultu feminarum, II - 1)

 ところで、誰でもたいへん容易に次のことに気がつく。それは現今の服の着方は、特に婦人と若い女性のそれは、重大に羞恥という「純潔の友でありそれがあることにより貞潔が確実になるもの」(聖アンブロジオ)を傷つけるものであるということである。

 従って、全ての種類の市民に、特に青年達に、あなたたちがもっともふさわしいと判断するやり方で、キリスト教徳と市民徳とに全く反するこれらの害悪が、それらの徳を危険にさらす可能性のある機会を避けるようにと警告し奨励することが絶対に必要である。


「羞恥は何と美しい徳であり、美徳の何と輝かしい真珠であろうか!」(聖ベルナルド)

 願わくは、服装に関する自由放任に続く悪徳の誘惑と魅力により、或いは、上記に述べたそれに類する、そして善を求める全ての人々が嘆く以外何もできないその他のやり方で、公衆道徳を傷つけ犯すことがないように。

 教皇様はこの事業が熱心に、特にマリア聖年の最中に始められるように心から願っておられる。また特に司教たちがこの悪を癒すためにいかなる手段も無視することが絶対にないように、彼らの照らされた行動の元において、聖職者全体が賢明に熱烈にそして忍耐強く働き、各人は各々の場所でそのよい結果のために努めるように、家庭の父親、母親はまずその模範によって、次に機会を得たアドバイスによって、厳格な霊魂の持つ力強いキリスト者においてふさわしいように、これらの危険から子供達を遠ざけ、その子の額に純潔の輝きが出るのを見るまで満足しないことを願われている。

 カトリック・アクションの会員たちもこの救いをもたらす事業の主要な務めを引き受けるように。願わくは彼らが親しく生活する全ての人々、或いは関係を持って生活する人々に注意し、キリスト教道徳の美しさが、その衣服の着方と行動様式により輝くように。願わくは彼らの身がその霊魂の内的な罪の無さを輝き出すように。その時始めて、彼らはもっと容易にふさわしく服を着て、よろしく振る舞うという説得力のあるアドバイスを他の人々に伝えることができるのようになるだろう。

 願わくは天主の童貞母聖マリアが私たちの祈りを聞き入れ給わんことを。聖母マリアはその受胎の瞬間から全ての罪の汚れを免れておられ、全生涯にわたって高い聖性によって全てに優り、聖母マリア全てを愛しておられる私たちの母でもあるからである。

 願わくは教皇様によって司教、全ての聖職者、キリスト教の民全て、そして特にこの救いの業に励む人々に与えられる使徒的祝福、天の祝福の印であり、教皇様の父としての善意の証拠であるこの使徒的祝福が私たちのために天主からそれらのことを勝ち取ってくれるように。

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教会における慎みのある服装について ギウール司教(Msr GIEURE)の四旬節の教書より

2008年06月21日 | カトリックとは
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 暑い季節になりましたね。バイヨンヌ(フランス)の司教である、ギウール司教(Msr GIEURE)の1920年の四旬節の教書より教会における慎みのある服装についてご紹介します。


私たちの礼拝の場所(=教会のこと)における
身だしなみについて


 教会は天主の家である。そこに入るには慎み深い服装でなければならず、あまりにも世俗的なものであってはならない。

 秘蹟は絶対的に聖なるものであるので、より大いなる敬意が要求される。従って、婦人や若い女性は、肌を露わにした慎みを欠く服装では秘蹟を求めたり受けたりすることができない。

 女性は、首まである胸をきちんと隠す服で、頭と腕を覆って御聖体拝領に近づかなければならない。

 このキリスト教的慎ましさの規則と身だしなみの最も基本に従わない人には誰であれ、御聖体を授けられない。

ギウール司教(Msr GIEURE)
バイヨンヌ(フランス)の司教
1920年の四旬節の教書より

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聖ピオ十世会のバコロド(フィリピン)の教会 無原罪の御宿り

2008年06月21日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 バコロド(フィリピン)の聖ピオ十世会の教会の写真を幾つか紹介します。

バコロド(Bacolod)の「無原罪の御宿り教会」


聖ピオ十世会 バコロドの教会 SSPX at Bacolod, Philippines

聖ピオ十世会 バコロドの教会 SSPX at Bacolod, Philippines

聖ピオ十世会 バコロドの教会 SSPX at Bacolod, Philippines

聖ピオ十世会 バコロドの教会 SSPX at Bacolod, Philippines

聖ピオ十世会 バコロドの教会 SSPX at Bacolod, Philippines


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聖ピオ十世会のサンタ・バルバラ (フィリピン) の聖ベルナルド修練院

2008年06月20日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 サンタ・バルバラ(フィリピンのイロイロ)の聖ピオ十世会の教会の写真を幾つか紹介します。


サンタ・バルナバ(Santa Barnaba)にある「聖ベルナルド修練院」


聖ピオ十世会 聖ベルナルド修練院(サンタ・バルバラ) SSPX Novitiate Saint Bernard at Santa Barnaba, Iloilo, Philippines
小聖堂

聖ピオ十世会 聖ベルナルド修練院(サンタ・バルバラ) SSPX Novitiate Saint Bernard at Santa Barnaba, Iloilo, Philippines
これから主日のミサ聖祭が始まる

聖ピオ十世会 聖ベルナルド修練院(サンタ・バルバラ) SSPX Novitiate Saint Bernard at Santa Barnaba, Iloilo, Philippines
ミサ聖祭に与る信徒の方々

聖ピオ十世会 聖ベルナルド修練院(サンタ・バルバラ) SSPX Novitiate Saint Bernard at Santa Barnaba, Iloilo, Philippines
修練院の食堂

聖ピオ十世会 聖ベルナルド修練院(サンタ・バルバラ) SSPX Novitiate Saint Bernard at Santa Barnaba, Iloilo, Philippines

聖ピオ十世会 聖ベルナルド修練院(サンタ・バルバラ) SSPX Novitiate Saint Bernard at Santa Barnaba, Iloilo, Philippines
ブラザーがパイナップルを植えている

聖ピオ十世会 聖ベルナルド修練院(サンタ・バルバラ) SSPX Novitiate Saint Bernard at Santa Barnaba, Iloilo, Philippines
パイナップルって、こうやって実がなるんです

聖ピオ十世会 聖ベルナルド修練院(サンタ・バルバラ) SSPX Novitiate Saint Bernard at Santa Barnaba, Iloilo, Philippines
後ろに見える建物が食堂


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聖ピオ十世会のイロイロ(フィリピン)の教会とベタニアの娘たち

2008年06月20日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 イロイロの聖ピオ十世会の教会の写真を幾つか紹介します。

イロイロ市の中心街ハロ(Jaro)にある「慰めの聖母マリアと聖ヨゼフ教会」


聖ピオ十世会 イロイロ市の教会 SSPX at Iloilo, Philippines
常夏の青い空と正面

聖ピオ十世会 イロイロ市の教会 SSPX at Iloilo, Philippines
教会内部

聖ピオ十世会 イロイロ市の教会 SSPX at Iloilo, Philippines


聖ピオ十世会 イロイロ市の教会 SSPX at Iloilo, Philippines
藁葺き屋根の信徒会館

聖ピオ十世会 イロイロ市の教会 SSPX at Iloilo, Philippines



ベタニアの家のシスターと修道生活を準備しているベタニアの娘たち(イロイロ市ハロ(Jaro))


聖ピオ十世会 イロイロ市の教会 SSPX at Iloilo, Philippines

聖ピオ十世会 イロイロ市の教会 SSPX at Iloilo, Philippines

聖ピオ十世会 イロイロ市の教会 SSPX at Iloilo, Philippines


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聖ピオ十世会創立者の伝記 12.1.6. 一般の平信徒の使徒職と王たるキリスト

2008年06月19日 | ルフェーブル大司教の伝記
第12章 公会議の嵐に直面して

I. 中央準備委員会委員


一般の平信徒の使徒職と王たるキリスト

 最終会議である第七次準備会議で、ルフェーブル大司教は世俗の事柄に対しても王たるキリストが君臨しなければならないと力強くと主張した。

 6月 18日、信徒使徒職に対して、それが司祭の司祭職に依存することをはっきり断言することを求めた。聖ピオ十世に従って、ルフェーブル大司教はこの従属には、二つの程度があることを区別した。

 第一は一般信者が「司教らの警戒活動の支配を受ける」ものであり「職業と市民社会の聖化」における広義の意味での信徒使徒職である。

 第二は平信徒が「疑う余地もなく、司教の権威、或いは司教らによって任命された司祭たちの権威に、直接的にそのまま依存する」教義の意味での使徒職であり、何故なら、この教義の使徒職はキリストによって司教たちに委ねられた使命そのものでありそれを平信徒が行うからである。
[Acta et documenta de concilio Vaticano II apparando; Polygl. Vat. series II (praeparatoira), vol. II, pars IV, 558 - 559.]

 このように違いを明確に区別した後に、ルフェーブル大司教はそれにもかかわらず現世の領域と霊的な領域を分離することができない、何故なら一方で現世の秩序が超自然的秩序の中に実際に位置づけられているから、また他方で聖職者は現世的事物の管理と所有で排除されることができないからだ、と付け加えた。

 最後に彼は「後で超自然的になることができるようにまず自然の秩序だけを回復しよう」という主張にある誤った原則を告発した。そのような考え方は「本当の使徒職を崩壊させるもの」であるからだった。

 ルフェーブル大司教はこう言った。
私たちの主イエズス・キリストは、同時に自然及び超自然の次元の秩序回復であり、私たちにそのような原則を一度も教えなかった。何故なら私たちの主の聖寵は私たち[の自然の秩序] を癒し、同時に私たちを [超自然の次元に] 高めてくださるからだ。」

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第12章 公会議の嵐に直面して
I. 中央準備委員会委員
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聖ピオ十世会総長フェレー司教様「キリスト教的慎み深さの規則」

2008年06月19日 | カトリックとは
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 暑い季節となりましたが、聖ピオ十世会総長フェレー司教様による「キリスト教的慎み深さの規則」をご紹介します。


 今日、多くの人々が、衣服に関してますます慎みを欠いている傾向があることを私たちは見ているので、それに関する道徳原理を幾つか思い起こすことは無益なことではないだろう。

-- 慎みの欠如は罪である。躓きの罪であり、隣人に罪を犯させる。その罪の責任と罰の大部分は、罪の原因となった者に帰せられる。

-- いかなる場合であっても慎みを欠いた服を着ることは許されない。 座った時に膝が隠れない服、或いは、スリット(裂け目)によってまたは透き通っていることにより羞恥心が見せることを許さないもの、つまり膝より上の腿をあらわにする服は、慎み或る服とは言うことができない。体の形をはっきり見せる服については、同じことが、男性用であれ女性用であれ、上着についても言うことができる。

-- 襟のない服や方の露わになる服については、ピオ十一世教皇の教皇代理枢機卿がこう言っていた。「襟の無い服が首下の指二本分以上下がっている場合、また少なくとも肘(ひじ)まで腕を隠さない場合、その服は慎み深いとは言えない。」

-- これらの一般規則に加えて、教会訪問は聖なる場所にふさわしい服装が要求される。

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旭日小綬章を受賞されたブリエル・ブドロー神父様の生まれ故郷サント・アン・ド・ボプレ

2008年06月18日 | カトリック・ニュースなど
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、

【春の叙勲】3973人によると、レデンプトール会ガブリエル・ブドロー神父様(FATHER GABRIEL BOUDREAULT)が、旭日小綬章を受賞されたそうです。ブドロー神父様のご出身のサント・アン・ド・ボプレに今年の4月に行ってきましたので、その写真を幾つかご紹介します。


レデンプトール会ガブリエル・ブドロー神父(右)

JAPAN UCAN Interview - Longtime Missioner Sees Japanese Catholics As Strong In Faith

 ガブリエル・ブドロー神父様は、カナダのケベック州サント・アン・ド・ボプレ(Sainte Anne de Beaupré)で、5人兄弟の内3番目の子どもとして生まれました【UCANの記事の中のBeaupréのスペルは間違っています】。


サント・アン・ド・ボプレ(Sainte Anne de Beaupré)

サント・アン・ド・ボプレ(Sainte Anne de Beaupré)

サント・アン・ド・ボプレ(Sainte Anne de Beaupré)

サント・アン・ド・ボプレ(Sainte Anne de Beaupré)

サント・アン・ド・ボプレ(Sainte Anne de Beaupré)

サント・アン・ド・ボプレ(Sainte Anne de Beaupré)

サント・アン・ド・ボプレ(Sainte Anne de Beaupré)
聖アンナの黄金の像

サント・アン・ド・ボプレ(Sainte Anne de Beaupré)
正面

サント・アン・ド・ボプレ(Sainte Anne de Beaupré)
内部

サント・アン・ド・ボプレ(Sainte Anne de Beaupré)
聖アンナの御像

サント・アン・ド・ボプレ(Sainte Anne de Beaupré)


 ブドロー神父様は、1949年に叙階され、1950年に来日。1986年から2006年まで 日本大使館宗教顧問としてローマ在住。

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