Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

私は御身を信じ、礼拝し、希望し、御身を愛します!御身を信じぬ人々、希望せず愛さぬ人々のために、赦しを求めます(天使の祈)

--このブログを聖マリアの汚れなき御心に捧げます--

アヴェ・マリア・インマクラータ!
愛する兄弟姉妹の皆様をお待ちしております
2018年 4月の聖伝のミサの予定
【最新情報はこちら、年間予定一覧はこちらをご覧ください。】


意向:聖なる復活節を過ごす
実践すべき徳:実践すべき徳:天主を愛するために苦難を甘んじ受ける
守護の聖人:悲しみの聖母マリア

愛する兄弟姉妹の皆様を聖伝のミサ(トリエント・ミサ ラテン語ミサ)にご招待します

◎2018年 4月の予定
【大阪】聖ピオ十世会 聖母の汚れなき御心聖堂(アクセス EG新御堂4階 大阪府大阪市淀川区東三国4丁目10-2 〒532-0002
(JR「新大阪駅」の東口より徒歩10-15分、地下鉄御堂筋線「東三国駅」より徒歩2-3分)

    4月1日(主) 復活祭(1級及び1級の八日間付き)白
            午後5時半 ロザリオ及び告解 
            午後6時 ミサ聖祭

    4月2日(月) 復活の月曜日(1級)白
            午前6時半 ミサ聖祭

    4月6日(初金) 復活の金曜日(1級)白
            午後5時半 ロザリオ及び告解 
            午後6時 ミサ聖祭

    4月7日(初土) 白衣の土曜日(1級)白
            午前10時 ロザリオ及び告解
            午前10時半 ミサ聖祭

    4月15日(主) 復活後第2主日(2級)白
            午後5時半 ロザリオ及び告解 
            午後6時 ミサ聖祭

    4月16日(月) 平日(4級)白
            午前6時 ミサ聖祭          ← 時間が変更しました

    4月20日(金) 平日(4級)白
            午後5時半 ロザリオ及び告解 
            午後6時 ミサ聖祭

    4月21日(土) 教会博士証聖者司教聖アンセルモ(3級祝日)白
            午前10時 ロザリオ及び告解
            午前10時半 ミサ聖祭

【東京】東京都文京区本駒込1-12-5 曙町児童会館(地図) 「聖なる日本の殉教者巡回聖堂」
    4月8日(主) 白衣の主日(1級)白  
            午前10時  ロザリオ及び告解
            午前10時半  ミサ聖祭(歌ミサ)

    4月9日(月) 童貞聖マリアの御告げ(1級祝日)白 
            午前7時 ミサ聖祭

    4月22日(主) 復活後第3主日(2級)白
            午前10時 ロザリオ及び告解
            午前10時半 ミサ聖祭

    4月23日(月) 平日(4級)白 殉教者聖ジョルジオの記念
            午前7時 ミサ聖祭

愛する兄弟姉妹の皆様をお待ちしております。

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ヴァチカンは、エキュメニズム追求に教会の資源とエネルギーをいつまで浪費しようとするのか?

2006年08月31日 | エキュメニズム関連情報

アヴェ・マリア!


また、次の「断末魔の苦しみにおけるエキュメニズム」記事もご覧下さい。


断末魔の苦しみにおけるエキュメニズム
http://www.d-b.ne.jp/mikami/fp0525.htm

 


バチカン最大のエキュメニズム推進者、ワルター・カスパー枢機卿でさえ、アングリカン「教会」がもし女性は「司教」であり得ると決定するならば、アングリカンたちとの「教会の交流」のためのすべての見込みは打ち砕かれるであろうということを認めた



ところが「英国の教会は、司教としての女性の叙階は神学的に正当化され得ると決定した。

一つの歴史的な動きにおいて、一般司教会議はその動きが『教会の信仰に一致する』と多数決で採決した。」(Telegraph)


「その採決は女性司教の叙階が二つの教会の間の一致を『到達不可能なもの』にするであろうというヴァチカンからの抗弁にもかかわらず採決された。カンタベリーの大司教、ローワン・ウィリアムズ師は採決の結果としてローマ・カトリック教会との関係にとって『一つの重大かつ深刻な』代価が存在するであろうと認めた。」(Telegraph)



このアングリカンの行為は、ヴァチカンの「エキュメニストたち」が『二つの教会[ママ]の間の一致が到達不可能である』ということを悟った最初の糸口であったのか?



われわれは、すでに司祭としての女性の叙階を承認し、中絶(少なくともある場合に)、避妊、離婚そして信仰に反する無数の異端を承認してきた「教会」との一致が「到達可能」であると信じるべきなのか?



ヴァチカンは、その総体において真正の福音を奉ずる何らの意図をも絶対に持たない他のすべてのプロテスタント諸派との「一致」という無益な追求に教会の資源とエネルギーをいつまで浪費しようとするのか?



エキュメニズム運動が出発点から失敗へと運命づけられているということを理解する前に、それは何を得るであろうか?



エキュメニズムが失敗へと運命づけられているのは、なぜか?


それは「すべてのキリスト教徒たちの一致をもたらす唯一の道はすべてのキリスト教徒たちをカトリック教会の中へ連れてくることである」ということ - なぜなら、他のいかなる教会も存在しないし、これからも存在することはないであろうから - をエキュメニズムの第一の原理として受け取らなかったからである。



「エキュメニズム運動」の運命づけられた断末魔の苦しみを認めることを拒否しつつ、エキュメニズム実行者たちは、永遠に後退し続ける幻覚に彼らの目を固定させて、何処へも到達しない道をゆるぎなく進み続けている。


http://www.d-b.ne.jp/mikami/fp0525.htm

 

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中国地下教会の安司教は、中共により10年以上投獄された後、解放される

2006年08月31日 | カトリック・ニュースなど

アヴェ・マリア!


中国地下教会の安司教は、中共により10年以上投獄された後、解放

http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/5289336.stm


China 'frees' underground bishop 



ローマに忠実であったために10年以上投獄されていた地下教会の安司教(Bishop An Shuxin)様が最近解放されたそうだ。


司教様は湖北省で司牧していたところ、1996年に逮捕された。
解放されたとはいえ、監視は続いている。
まだ6名の司教様たちが投獄されているそうだ。


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陳枢機卿:バチカンは台湾との外交関係を断つべきである

2006年08月31日 | カトリック・ニュースなど

アヴェ・マリア!


香港の陳枢機卿はインタビューに答えて、中国大陸の多くの信徒のためにバチカンが台湾との外交関係を断つべきであると提案



 最近、台湾から帰国した方から、香港司教区で制作されたおもしろいDVDを戴きました。The Vatican Files Vol. 1 (梵蒂岡當案)です。【謝謝 爾 的 礼物!】


 それには最近枢機卿になられた陳枢機卿さまのインタビューの動画がありました。


 そのインタビューによると陳枢機卿さまはこう言っています。


「バチカンは自ら外交的関係を断絶したことは歴史上一度もなかった。
しかし中国大陸の多くの信徒のために台湾との外交関係を断つべきだと思う。
台湾には信教の自由があるし、これからもあり続けるだろう。
だから司牧的な理由のために、台湾を離れて中国大陸と友好関係を結ぶべきだろう。
台湾の司教様たちもこのバチカンのジレンマを理解している。
台湾の政府指導層も一部それを理解している。
だが、多くの人には理解ができないだろう。
残酷でもあるから。
だからバチカンは、「仕方がなかった、他にやり方がなかった」と謝罪しながら台湾とは外交関係を絶つべきだろう。・・・」



 数のためにバチカンが台湾と外交関係を絶つようになったとしたら、もしそれが本当にそうなるとしたら、残念です。


 これに関連して、同じくクリストファー・A. フェララの【あなたは悪魔との取引を止めることができない】という記事もお読み下さい。
http://www.d-b.ne.jp/mikami/fp0522.htm

 


以下にポイントを列挙します。


「エキュメニカルな対話」に関するヴァチカンの政策とその中国政策とは一つの共通点を持っている:すなわち、それらは両方とも悪魔との取引をする試みだ。



エキュメニカルな対話とヴァチカンの中国政策が両方とも悲劇的な失敗であるということは誰をも驚かさないであろう。悪魔は決して正直に交渉しないし、また決して真の譲歩をしないからだ。


クン枢機卿財団のジョゼフ・クンはこう述べている。「中国におけるおよそ40名の地下に潜っている司教たちのすべては逮捕されるか、あるいは現在投獄されているか、あるいは自宅監禁されているか、あるいは隠れているか、あるいは逃走中であるか、あるいは単純に消えてしまったかのいずれかである。」


ヴァチカンのあらゆる外交にもかかわらず、中国の立場は硬化した。国立報道局の新華(Xinhua)は中国におけるカトリシズムの発展は「司教たちの自己選出と叙階」を要求した。


バチカンの外交的な完全な失敗は、共産党がその絶対的な権力に触れる問題に関して妥協することができると信じることの誤りを暴露した。『それは最近のヴァチカンによる非常に混乱した中国政策の失敗を意味している』とクン氏は述べた。



そのような混乱 - 悪魔と成功裡に交渉できるという考え - は今日の教会における悪魔的な方向感覚喪失の多くのしるしのうちの一つであるし、そのような悪魔的な方向感覚喪失については、シスター・ルチアが彼女の手紙の中でしばしば書いている。


われわれが現在経験している大背教がどのように「トップで始まっている」かを詳細に示している未だに公表されていない第三の秘密のうちにこの文言は実際に見出されるとファチマ学者たちは信じている。

http://www.d-b.ne.jp/mikami/fp0522.htm

 


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世界宗教者平和会議が京都市の国立京都国際会館で開催

2006年08月31日 | エキュメニズム関連情報

アヴェ・マリア!


エキュメニズム関係のニュースです。



【世界宗教者会議:京都で開幕 2000人が参加】


世界宗教者平和会議が京都市左京区の国立京都国際会館で26日に開催。


 これは世界宗教者平和会議(WCRP)の第8回世界大会で、100カ国・地域から約2000人が参加し、29日まで全体会議や個別テーマごとの小部会で対話を重ねたそうです。


 これは70年の京都大会以来、36年ぶりの日本開催だそうです。


http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20060826k0000e040023000c.html?in=rssw



【世界宗教者会議には、教皇ベネディクト十六世もメッセージ】


http://blog.livedoor.jp/cjcpress/archives/50574508.html

 


【法務省は北朝鮮の参加者6人の入国を拒否】


 北朝鮮のミサイル発射に対する政府の制裁措置に盛り込まれている「北朝鮮からの入国審査の厳格化」を適用したとのことです。同省は「北朝鮮の公務員が含まれると判断した」としている。

http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/afro-ocea/news/20060825k0000e040066000c.html



【世界宗教者平和会議日本委員会のホームページ】


 世界宗教者平和会議日本委員会のホームページは次にあります。
http://www.wcrp.or.jp/



 現在の国際委員長団のカトリックのメンバーは次のような名前が挙げられています。


リタ・バーリー修道女 イギリス/バチカン カトリック国際修道女連盟(カトリック)
ジョン・O・オナイケン大司教 ナイジェリア アブジャ大司教(カトリック)
白柳誠一枢機卿 日本 東京大司教、WCRP日本委員会理事長(カトリック)
オスカー・ロドリゲス大司教 ホンデュラス ラテンアメリカ司教会議会長(カトリック)
ウィリアム・キーラー枢機卿 アメリカ ボルティモア大司教、WCRPアメリカ委員会共同会長(カトリック)
ノルベルト・クレース博士 ドイツ ビュルツブルク大学教授(カトリック)
ハンス・キュング博士 ドイツ チュービンゲン大学教授(カトリック)
ゴッドフリード・ダネールス枢機卿 ベルギー メヘレン-ブリュッセル大司教(カトリック)



 また、(財)世界宗教者平和会議日本委員会の主な役員のうちカトリック関係者は次の通りだそうです。


理事長 白柳誠一 カトリック東京教区 大司教・枢機卿
評議員 平山高明 カトリック大分教区 司教
評議員 田中健一 カトリック司教
評議員 森 一    カトリック司教

http://www.relnet.co.jp/relnet/brief/r4.htm

 


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


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【↑ えっ! ハンス・キュングが国際委員長団のメンバー? エキュメニズムの今後の行き先が心配だという方は、クリックをお願いします。】


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【ファチマ・パースペクティヴズ エキュメニズムの最終的な結末】


 これに関連して、クリストファー・A. フェララの記事をお読み下さい。
http://www.d-b.ne.jp/mikami/fp0523.htm



 エキュメニズムは、非カトリックの全ての諸宗教に対して友好と信頼と交流を促進させている。


 しかし、エキュメニズムは、カトリック信徒らをして教会からの離反を促しており、そのようなエキュメニズムを受け入れなかったルフェーブル大司教についてのみ、敵対的な態度を取らせている


 しかし、世界宗教者平和会議が設立されて、世界から本当に戦争がなくなったのだろうか? その反対ではなかっただろうか?


 世界宗教者平和会議は、世界平和というよりも、カトリックの背教へとのみ導くだろう。


 世界の本当の平和のためには、むしろファチマの聖母マリアのいうように、聖母の汚れ無き御心への信心をこの世に確立しなければならないだろう。私たちはそれを信じている。


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以下にそのポイントを列挙します。



エキュメニズムの最終的な結末は教会からの離反である。


エキュメニズムのために例えば、アメリカの聖ベネディクト・センターはカトリックであることをやめなければならなかった。


聖ベネディクトのシスターたちはヴァチカンに、カトリック修道会としての彼女たちの誓願からの適用免除を請願し、そしてその要求は叶えられた。


修道誓願を断念し、ローマによって認められたカトリック宗教共同体としてのその存在を終えた。


誓願とエキュメニカルな共同体とは基本的に相容れないのであり、そしてそれゆえに最後には出ていかなければならないのは誓願だったのである。


ルフェーブル大司教は、彼が彼の修道会を一つのエキュメニカルな共同体へと変えるために彼の聖霊会神父としての誓願を免除されるように求めたのではなかった。そのような場合にはヴァチカンは許可を与えたであろう。


むしろ、1988年に大司教は教会における無類の危機と混乱の時期の間、伝統的なミサ、諸々の秘蹟そしてカテケージスを守るために司教たちを叙階しようと努められたのである。そしてこれらの叙階のために(そのうちの一人の聖別に対してヴァチカンはすでに原則的に同意した。ただ聖別の日付だけが同意に達せずに残されていたにすぎない!!!)大司教は72時間以内に「破門される」と宣言された。


実際、教会の規律上の権威は厳格にそして迅速に機能しつづけていると思われる - しかしそれはただ教会の規律の破壊に反対し、それについて何かをなそうと努力している人々に対するときにだけそうであるが - 。

もし、エキュメニズムが「エキュメニズム」のためにカトリック教会の放棄へと導くならば、まず第一にそのような諸活動へとカトリック教徒たちをさらすのか?


エキュメニズムは、シスター・ルチアが第二ヴァチカン公会議以来の教会の「悪魔的な方向感覚喪失」と呼んだ精神的混乱の一形式である。



信仰と道徳に関するカトリック教会の最も基本的な教えを拒否するプロテスタントたちと共に、共同体において生活するために自分の誓願を放棄することは、客観的に言うならば背教としてしか見られ得ない。そのような背教が、今日教会をしっかりと捕らえているエキュメニカルな狂気の最終的な結果である。

http://www.d-b.ne.jp/mikami/fp0523.htm

 



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聖ピオ十世会と聖伝のミサ関係の動画資料を紹介します

2006年08月31日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど

聖ピオ十世会と聖伝のミサ関係の動画資料を紹介します。






AVI, 635 MB

ダウンロード


◎ ドキュメンタリー・フィルム (43分 02秒)
明日のための司祭
(Priests for Tomorrow)


聖ピオ十世会とエコン神学校の紹介







AVI, 702 MB

ダウンロード


◎ ドキュメンタリー・フィルム(1時間 13分 28秒)
パリ、サン・ニコラ・ドュ・シャルドネ教会での聖伝のミサ
St. Nicolas du Chardonnet in Paris : Fr Bouchacourt FSSPX







AVI, 425 MB

ダウンロード



◎ ドキュメンタリー・フィルム(24分 45秒)
1988年6月30日、エコンにおける司教聖別式
ルフェーブル大司教様による司式










AVI, 572MB

ダウンロード


◎ 動画(48分 43秒)
私たちが失ったもの
(What We Have
Lost)

新しいミサの導入で私たちは何を失ったのか?





★ 同じ内容(「私たちが失ったもの」)ですが、こちらは容量が少ないのでダウンロードしやすくなっています。→→


 私たちが失ったもの (What We Have
Lost)
については、次のサイトを参照下さい。
Box Art for "What We Have Lost" Video








動画のダウンロードに関して、詳しくは、次を参考にして下さい。

聖ピオ十世会ポーランド:資料集

或いは
グレゴリオ聖歌に親しむ会:資料集





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4. 1. ロム (Lomme) (ルフェーブル大司教の伝記の続き)

2006年08月30日 | ルフェーブル大司教の伝記

第4章 郊外の教会の助任司祭(1930年-1931年)



ロム (Lomme)



 リールの西方の近郊に位置する小さな地域であるロムの経済は、長い間マレ (Marais) の漂白工場によって左右されていた。1930年には工場が 38ヶ所があった。それらは水路網の横に立てられ、使った水をドル (Deule) 運河に排水していた。しかし都市成長に原動力になったのは 1857年にラ・マラドルリ(La Maladrerie)  に建設されたヴェルストラエト(Verstraete) 繊維工場、後にはマレにあるドルサル (Delesalle, 1905年設立) 及びポール・ルラン (Paul Leurent, 1912年設立) の開業だった。最後に 1921年にはラ・デリヴランス (La Delivrance) の鉄道分岐線路を持ち、ロムは多くの労動者や鉄道員がいる都市になり、金属工業に魅力的な地域に変貌した。その人口は 1856年の 2,465人から 1900年には 9,000人そして 1931年には 20,684人にまで増えた。


 当時ロムには小教区が三つあった。ロム-ブール (Lomme-Bourg, これはラ・デリヴランスを含む)、モンタカン (Mont-a-Camp) 及びル・マレ (Le Marais) だった。ル・マレは人口が一番多く、7,700人が住んでいた 。彼らの多くは、失職のためにブローニュ地域からやってきた人々で、無数に続く同じような家が終りなく道路脇に並んでいる所に住んでいた。


 リエナール枢機卿が、マルセル・ルフェーブルを賢明にも任命したのは、この質朴だが活動力にあふれる賃金労動者の小教区にであった。枢機卿は、この工場主の息子である若いブルジョアであるマルセルには、もっとも謙遜な者たちのもとでする使徒職のほうが、彼がそこで生まれ育った社会の若いエリートたちを教えるよりもより良き使徒職の入門になると思ったのだ。


 ル・マレの魅惑的な教区教会であるルルドの聖母教会は、ルルドにあるマリア大聖堂をまねた落ち着いたネオ・ロマネスク様式で建てられていた。その横には町の公園に接した大庭園を持った教会広場に小さな別館である司祭館があった。1930年 8月或いは 9月に、ルフェーブル神父が姿を現わして立ったのは、この家の門の前であった。

「やってきました」彼は、小さな落ち着いた声で言った。


 主任司祭は、司祭館の世話のために働いていた自分の2名の姪のうちの一人に呼ばれて、この若き司祭をじろじろと眺めた。若き司祭は静かに繰り返した。
「やってきました。神父様は、私をどのようにお使いでしょうか?」


 主任司祭はもちろん、司教が送った第二の助任神父が到着したということが分かっていたが、次のようなおもしろい考えを思いついてそれを心の内に止めておくことができなかった。そこでちょっと冗談を言う浮く長でそれを優しく言った。


「あれ! 私は第二助任神父を送ってほしいなんて頼まなかったんだよ。第二助任神父の必要がないからね。一人で十分だと思っていたんだよ。」

「あ、そうですか。」

「そう。私たちの小教区にとって第二の補佐司祭を持つ必要性が分かないでいたからね。」


 新たに到着した司祭は、物腰やさしく、あどけなくこう言った。

「まぁ、それでも、働かせてみてみませんか。」


 主任司祭は負けてこうとしか言えなかった。
「もちろん、神父様、大歓迎ですよ。自分の家ですからくつろぎなさい。神父様にお部屋を与えましょう 。」


 この小さな家にもう一つ部屋を見つけるというのは、易しい事だったのだろうか? マルセル・ルフェーブルは後日こう言った。「主任司祭は、結局私を住まわせてくれた 。」


 彼らはとてもうまく行った。主任司祭であるエミール・ドラエ (Emile Delahaye) 神父は繊細で教養があり、父親のようであり、信徒たちから愛された良い司祭だった。彼は 60歳ほどで非常に活動的だった。第一助任神父であるポール・デシャン(Paul Deschamps)神父はマルセルとほぼ同じ年で、マルセルと同じく以前にトゥルクワンの聖心学校卒業生 で、「デコ神父の同窓生」の一人だった。

【ジョゼフ・デコナンク神父、愛称 " デコ神父 "(L'abbe Jeseph Deconinck)は、マルセル・ルフェーブルの高校の先生であり、もとエルサレムでラグランジュ神父のもとで聖書学を学んだ。】



(つづく)


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3. 7. 4. 宣教師としての召命 (ルフェーブル大司教の伝記の続き)

2006年08月29日 | ルフェーブル大司教の伝記

第3章 ローマ神学生時代(1923年-1930年)


7.ローマの司祭、神学博士



宣教師としての召命


 マルセル神父は自分の教区で聖職活動を始めた。しかし霊魂は他の所にあった。数年以来、彼は別のものを探していた。1928年に神学校に帰って来るやいなや、召命の方針についての不確実さがまた戻ってきた。ルフェーブル婦人は、聖ベルナド会修道女の叔母に自分の次男についてこう手紙を書いていた。「愛するおばさん、彼のために特別に祈ってください。彼はどうすれば良いかよく分からないようですから 。」


 修道者となった彼の四名の兄弟姉妹の模範は、彼の中で自分自身をもっと完全に奉献し尽くしたいという望みを引き起こしていた。他方で、神学校ではベルテ神父が宣教についての宣伝活動を始めていた。そう言うわけで、1929年 4月 21日ペドロン (Pedron) 神父は、アフリカでの宣教事業に関して講話をするために神学校にやってきた。神父はいろいろな話をした。すなわちアフリカのいろいろな言語、その公教要理の教師たち、働いている宣教師が少ないこと、イスラム教の脅威などを話して、最後にこう言葉を結んだ。「祈りと献金とをもって、宣教師たれ! 」


 1930年 1月 21日ナイジェリアの偉大な司教であるシャナハン (Shanahan) 司教が、自分のカトリック学校の宣教事業成功に関する講話をしに来た。


 その他にも、マルセルの兄は手紙でこう促していた。「リールでいったい何をするつもりなのか? はやくガボンに来て私と一緒に働こう!」それはもっと緊急でより厳しい使徒職の分野だった。


 1930年 3月 23日マルセル・ルフェーブルは「教会の外に救いなし」という格言に関して、聖トマス講話会で講話をした 。聖ヨハネ (Iヨハネ5 ;12「み子を持つ者は命を有し、み子を持たぬ者は命を持たぬ。」)と聖パウロ (ローマ 10 ;14-15. 「それなら彼らは、まだ信じなかった者をどうして呼び求められよう。まだ聞かなかったものをどうして信じられよう。宣教するものがなければどうしてきけよう。遣わされなかったらどうして宣教できよう。『よい便りをもたらすものの足は美しい』と書き記されている。」) を黙想しながら。彼は自問自答した。「いったい何人が信仰をこの地上で持ち、そして死後永遠の生命を得るのだろうか? 異教徒の中でいったい誰が救われるのか? 」 彼は後に、自分の神学生たちにこう打ち明けるだろう。「この問題こそが、私たちの召命の大部分を説明する問題なのです。」彼はここで宣教師としての自分自身の召命の起源を示しているのではないだろうか? 何故なら、彼はこう付け加えているからだ。「その問題を自問するだけでも、 宣教精神が私たち生じてしまうはずです!」


 彼は大決心を立てるのにローマを離れるのを待つ必要はなかった。充分に熟考し熱烈な祈りの後で、マルセル・ルフェーブルは自分の司教に手紙を書いた。次の文は 7月 13日、マルセルの父親であるルネ・ルフェーブル氏がマルセルの兄であるルネ神父に書いた手紙の内容である。


「私はマルセルの決定をお前に知らせずにおきたくない。愛するマルセルはローマを発ったが、マルセルが感じた辛さを私もよく分かった。マルセルは私たちに、聖霊司祭修道会に入る許可をリエナール枢機卿に求めたということを教えてくれた。私たちは本当にびっくりした。何故ならあの子に宣教の召命があるとは思ってもいなかったからだ。天主の御旨がそうなら、私たちは本当に嬉しい。天主に感謝 (Deo gratias)! とにかく教区司祭としてのマルセルを、私はあまり想像もできなかった。私はこんなに大きい恩寵をくださったことを天主に感謝する。これは私たちにとって非常に重要なことだ!今私たちが知っていることとは、もう離れて暮さなければならないことだ!しかし私たちのすべてのものが聖母の御手の中にあることを私たちはしれなければならない。 」

 


 マルセルはリエナール枢機卿に手紙を書いた。司教は宣教召命を反対する人ではなかった。むしろその反対だった 。


 ところが神学生が宣教しに行く許可を要請したその時代、フランスの一般的な慣行は 1年の間彼を教区の奉仕に止めておくことだった。これが教区長からマルセルが受けた回答だった。彼は自分の要請だけが教区長が受ける唯一の要請ではないこともっと良く理解した。彼の母はルネ神父にこう説明した。


「マルセルは、相変わらず静かで、平穏で、そんな彼を見るのは気持ちが良いわ。枢機卿様はマルセルを 1年の間リール近くで、教区に止めておくそうです。宣教活動には送らないそうです。マルセルが教区を離れることは、やっぱり宣教活動をしようとする他の二人の司祭たちもいて、枢機卿様にとってちょっと大変なの....。マルセルは自分が受けた助言に従って、どうしても宣教に行きたいとは意地を張らなかったのよ。 」


 司教は彼を寄宿学校の教師に任命しようと考えただろうか?  マルセルは司教に自分が教えることを本当に好きではないということを言ったのだろうか? 夏の終り頃に、マレ-ド-ロム (Marais-de-Lomme) 小教区の補佐神父として任命されたことを知らされていた。彼は小教区で、神学生たちがちょっと尊敬に欠く表現で呼んでいた「償いと苦行の一年」を送るはずだった。しかし果してそれがマルセル・ルフェーブルにとって本当に「償いと苦行」だったのかは続きを読んで頂きたい...。



(第3章終わり、第4章へつづく)


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3. 7. 3. ローマ・カトリック神学博士の学位 (ルフェーブル大司教の伝記の続き)

2006年08月28日 | ルフェーブル大司教の伝記

第3章 ローマ神学生時代(1923年-1930年)


7.ローマの司祭、神学博士


ローマ・カトリック神学博士の学位


 二人の妹の修道院、すなわちトゥルネ(Tournai)にあるジャンヌの修道院とジュイ-オ-アルシュにあるベルナデットの修道院とでそれぞれ2回の初ミサを立てて後、若きルフェーブル司祭は博士の学位を得るためにローマに戻った。彼は司祭神学生の身分でサンタ・キアラ付属の「パラッツォ」と呼ばれる建物に澄むことになった。グレゴリオ大学では「神学過程 4年 」として、彼はドグマでは「人になった御言葉(イエズス・キリスト)」及び「聖寵」に関して深く研究し、倫理神学では「徳」を研究した。ますます深く、私たちの主イエズス・キリストの神秘及びキリストの天主的-人間的霊魂論に身を沈めた。聖寵に関する研究では司牧活動に役に立つ大きな原理、すなわち原罪の傷の結果や、天主の聖寵の二つの役目である治癒と完成 - gratia sanans and gratia elevans 、自然的手段だけでは、最低限の超自然的生命を生み出すためにも根本的に無力であることなどを引き出した。彼は一生涯、この倫理神学の基本原理の見地で生きて行くだろう。


 最後の三ヶ月の間、毎日夕方に皆と天使祝詞 (Ave) を唱える前に、マルセルは、自分の一番の親友であるルイ・フェランと神学カリキュラムの 100の命題 を互いに暗誦しあった。二人はその日の祝日の聖人の教会あるいはその日の指定巡礼教会までピンチオ (Pincio) の小通りを歩きながらラテン語で定義したり、論議したりしていた 。


 既に哲学博士であるルフェーブル神父は 1930年 7月 2日神学博士になった。エギー (Haegy) 神父が鮮やかな言語で説明したようにルフェーブル神父は、これからはもう一般聖職者のように「ビレタを角がない方の反対側にある角をなした部分をつかむ 」必要がなくなった。(注: 一般聖職者用ビレタと博士の学位を持った聖職者用ビレタはその形が少し違っている。一般聖職者用ビレタには角のある部分が三箇所で、博士聖職者用ビレタには四つの角がある。一般聖職者用ビレタを取る時には必ず角がない方の反対側にある角を手に取らなければならない。) これはもちろんそれのとても小さな部分にすぎなかった....。ローマ・カトリックの博士号の中で一番重要な部分は、それを獲得する時に生じる総合的な知識、全神学の厳格な原理についての完全なそして充分に深めた知識にあった 。


 しかしマルセル神父は神学校で義務を怠らなかった。彼は主席式長として新しく任命された枢機卿たちを歓迎する儀式を準備する責任があった。すなわちパチェッリ (Pacelli) 枢機卿を 1930年 1月 26日に、とまたリエナール枢機卿を6月 17日に歓迎した。3日後にはローマを去る神学生たちに謁見を許可した教皇ピオ11世に会いに行った 。


 彼に永遠の都市ローマを去らせるまえに、この若い司祭の特徴を描いて見よう。知性的というよりはむしろ観想的なルフェーブル神父は、それにもかかわらず活動的で組織立っていた。そしてこの対照的な性格は全く見かけ上のものにすぎなかった。超自然的な知恵は、私たちをして天主に結合させるので、万物及び万人を最高の師である天主に秩序立てる傾向があるのではないだろうか。彼は、見せびらかすことのない敬虔さを持っていた。ある学友は「彼は非常に単純だったし、自分を消そうとしていた、隠れていた、決して騒ぎを起こさなかった 」と言ったように、マルセルは自分の日常の行動を修道精神で満たしていた。そして彼は毎日のミサを、自分の身の振る舞いの慎みの模範としていた。


 彼が敬虔であることがはっきりと現われを一つ見るだけでもそれがわかるだろう。例えば、1929年 11月 21日スュアール (Suhard) 司教が神学校に、幼きイエズスの聖テレジアの聖像の除幕式を行いに来た時、共同体の名前で自作の祈祷文を唱えた神学生がマルセル・ルフェーブルだった 。


 また健全な教理 (sana doctrina) が危機に瀕する時に、マルセル・ルフェーブルは「とても断固とした確固な信念を持った強い人物 」であることをすでに見せていた。やはり彼は「信じがたい位に親切な」神学生だったし、「否認することができない程の霊的な雰囲気 」を持ち、献身的で奉仕精神に満ちていた。他の証人はこう言っている。「彼はいつも私たちの模範だったし、いつもほほ笑みを絶やさず、常に親切だった。そして良いベルテ神父様は彼を私たちにそう紹介してくれた 。」


 このように極めて対照的で均衡がよくとれた特徴と人柄をもっていたことに加えて、常日頃の穏やかさと組織体系化する能力を持っていた。特にまた彼は健全な判断力を持ち、原理をよく消化してそれに精通していた。要するに頭が良かった。彼は、教会に最高の奉仕をする能力を持つ最上の選びの器だったと言わなければならないのではないだろうか。

 



(つづく)

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ピストイア教会会議って知っていましたか?

2006年08月27日 | ミサ聖祭

アヴェ・マリア!



ピストイア教会会議って知っていましたか?



 1786年、トスカナのピストイアというところで教会会議(シノドゥス)が開かれました。この教会会議ではカトリックの教えが繰り返され、良い部分がたくさんありました。しかし、この教会会議はピオ六世教皇によって悪しきものであると排斥されました。


 何故でしょうか?


 何故なら「あいまいな言葉によってことを定義せずに」命題を主張して(Dz 2604)異端をほのめかしていたからです。


 また「トリエント公会議が信仰箇条として決定して、荘厳な信仰宣言の中に含まれている「全実体変化」という言葉を省略したから」です。「このように不幸なそして疑わしい省略によって、信仰箇条、および教会が異端に対して行う信仰宣言を取り除き、その結果として、この表現を忘れさせ、単なる学問上の問題であるかの印象を与えるから」(Dz 2629)です。


 ピストイア教会会議は、「全実体変化」を否定したわけではありませんでした!


 「全実体変化」を単なる昔の「理論」にすぎない、単なる学問上の問題である、などと主張してこれを否定したわけではありませんでした!


 ただ「全実体変化」という言葉を使わなかった、それだけだったのです!


◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎



「へぇ~、 "全実体変化" ってカトリック信仰においてそれほど重要な言葉だったんだ!!」と思われた方は、クリックをお願いいたします。↓↓↓
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「それほど重要な言葉を平気で無視したり、否定したりする神父様が増えているけれど、心配だ。何故だろう? この原因はどこにあるのだろう?」と思われた方も、クリックをお願いいたします。↓↓↓
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カトリック教会は「全実体変化」というドグマを宣言し信じているが、これは理論ではない。

2006年08月26日 | ミサ聖祭

アヴェ・マリア!


 聖ピオ十世の公教要理に従って御聖体の秘蹟について見てみましょう。



【御聖体の秘跡とは何ですか】

 御聖体とは、パンの全実体がイエズス・キリストの御体に、そしてぶどう酒の全実体がイエズス・キリストの尊い御血にそれぞれ変化することによって、パンとぶどう酒の外観のもとに、主イエズス・キリスト御自身の御体・御血・御霊魂・御天主性が、真実に、実体的に、実際にまします秘跡で、私たちの霊的な糧となるものです。



【この地上において聖母マリアからお生まれになり、今は天においでになるイエズス・キリスト御自身が御聖体に現存しておられますか】

 地上において聖母マリアからお生まれになり、今は天においでになるイエズス・キリスト御自身が御聖体に実際に現存しておられます。


【何故イエズス・キリストが実際に御聖体の秘跡に現存しておられることを信じますか】

 イエズス・キリストが実際に御聖体の秘跡に現存しておられることを信じるのは、イエズス・キリスト御自身がおおせになり、聖なる教会もそのように教えているからです。

 


【聖変化の前のホスチアは何ですか】

 聖変化の前のホスチアは単なるパンです。


【聖変化のあとのホスチアは何ですか】

 聖変化のあとのホスチアは、パンの外観のもとにまします主イエズス・キリストのまことの御体です。


【聖変化の前のカリス(聖杯)の中味は何ですか】

 聖変化の前のカリス(聖杯)には、ぶどう酒と数滴の水が入っています。


【聖変化のあとのカリスには何が入っていますか】

 聖変化のあとのカリスには、ぶどう酒の外観のもとにまします主イエズス・キリストの御血が入っています。


【パンとぶどう酒とがそれぞれ御体と御血に聖変化するのはいつですか】

 パンとぶどう酒とがそれぞれ御体と御血に聖変化するのは、司祭がミサ聖祭において聖変化のことばを唱えた瞬間です。


【聖変化とは何ですか】

 聖変化とは、イエズス・キリストが最後の晩餐のとき、「これは私の体である」、「これは私の血である」とおおせになり、パンとぶどう酒をそれぞれ尊い御体と御血に奇跡的に変えられたことを司祭を通して再現(現実化)することです。


【パンとぷどう酒がイエズス・キリストの御体と御血に奇跡的に変化することを教会は何と呼びますか】

毎日祭壇で行なわれるこの奇跡的な変化を教会は、全実体変化と呼びます。


【聖変化のことばにこれはどの力をお与えになったのはどなたですか】

 聖変化のことばにこれほどの力をお与えになったのは、全能の天主であるイエズス・キリスト御自身です。


【聖変化のあとにもパンとぶどう酒が残っていますか】

 聖変化のあとには、パンとぶどう酒の外観(「形色」とも言う)しか残っていません。


【パンとぶどう酒との外観とは何ですか】

 パンとぶどう酒との外観とは、形・色・味など五感によって感じられるものをさします。


【どうしてパンとぷどう酒の外観のみが、その実体なしに残るのですか】

 パンとぶどう酒の外観のみが、その実体なしに残るのはすべて全能の天主の御力によるのです。


【パンの外観のもとにはイエズス・キリストの御体のみ、そしてぶどう酒の外観のもとにはイエズス・キリストの御血のみが現存しますか】

 主イエズス・キリストは、パンとぶどう酒とのいずれの外観(形色)のもとにも、御体・御血・御霊魂・御天主性をもって現存しておられます。


【何故ホスチアにも、カリスの中にも、イエズス・キリスト全体が現存しておられるのですか】

 ホスチアにも、カリスにもイエズス・キリスト全体がおられるのは御聖体のイエズス・キリストは、天国におけると同じように、生きておられ不死だからです。そのために、御体のいますところには、御血・御霊魂・御天主性が共に、また、御血のいますところには、御体・御霊魂・御天主性がともにおられます。イエズス・キリストにおいてはつねに御体・御血・御霊魂・御天主性が共においでになります。


【イエズス・キリストがホスチアに現存しておられるとき、天国にはおいでになりませんか】

 イエズス・キリストはホスチアに現存しておられても、同時に天国にもおいでになります。


【イエズス・キリストは、世界中で聖変化されたすべてのホスチアにおいでになりますか】

 イエズス・キリストは聖変化後のすべてのホスチアにおいでになります。


【何故イエズス・キリストは聖変化後のすべてのホスチアに現存することがおできになるのですか】

 全能の天主に不可能なことはありません。この全能の力でイエズス・キリストは聖変化後のすべてのホスチアに現存することがおできになるのです。


【ホスチアをさくとき、イエズス・キリストの御体もさかれますか】

 ホスチアをさくとき、その外観(形色)が割れるだけで、イエズス・キリストの御体はさかれません。


【さいたホスチアのどの部分にイエズス・キリストがおられますか】

 イエズス・キリストの御体全体は、さいたホスチアのどの部分にもおいでになります。


【イエズス・キリストは、大きなホスチアにも、ホスチアの一片にも同じようにおられますか】

 大きなホスチアにも、ホスチアの一片にも、同じイエズス・キリストがおられます。




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 だから、私たちはカトリック教会とともに大胆に、聖体が本当に主の体であり、血であると公言しているのです。

 私たちは、率直に主の体を食べ、血を飲むことについて話しているのです。

 カトリック教会は「全実体変化」と呼ばれるドグマを宣言し信じてきました。(これは「理論」ではありません!)



トリエント公会議はこう宣言しています。

1651(883)1条
 いとも聖なる御聖体の秘跡において、真に、現実に、そして実体的に、私たちの主イエズス・キリストの御体と御血が御霊魂と御神性とともに、すなわちキリスト全部が含まれていることを否定し、この秘跡には、しるしまたは象徴あるいは効力においてのみある、と言う者は排斥される(DzS1636、1640参照)。


1652(884)2条
 至聖なる御聖体の秘跡において、パンとブドー酒の実体が私たちの主イエズス・キリストの御体と御血とともに残ると言い、パンとブド一酒の形色だけを残し、パンの全実体が御体に、ブドー酒の全実体が御血に変わるかの素晴らしい特異な変化(この変化をカトリック教会は全実体変化という全く適切な表現で呼ぶ)を否定する者は排斥される(DzS1642参照)。


 カトリック教会は、聖変化した御聖体が私たちの主イエズス・キリストの本当の体であるということを極めて重要に考えてきました

 「思い起こすということ」つまり「救いの歴史のある出来事を思い起こそうとする」という意味で「実際に現在のことになる」のではないし、そう言う意味で「再現すること、現存させること」ではありません

 たしかに、イエズス・キリストは「私の名前によって2人、3人が集まっているところに私もいる」とご自分の霊的現存について言われました。しかし御聖体の秘蹟とは、「聖体祭儀のうちに」キリストが私たちと共にいることを信じているのではなく、御聖体のそれ自体の中に、真に、現実に、そして実体的に、私たちの主イエズス・キリストの御体と御血が御霊魂と御神性とともに、すなわちキリスト全部がましますことを信じているのです。


 だから、聖体は「あなたがたの間にいるわたしであるパン」とか、「私たちと共にいるキリスト」というよりも、私たちがいなくても、ミサ以外でも、御聖体の外観のうちに真にましましたもう私たちの主イエズス・キリストなのです。


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 だから私たちは「カトリック新聞」の聖福音の説明を読むとびっくりするのです。 


体を食べ、血を飲む

 しかし明らかに、初代のキリスト者たちは私たちほど控えめではなく、聖体が本当に主の体であり、血であると公言していました。後に私たちが「現存」と呼ぶようになるこのことは、当時の(当時の!)キリスト者にとってあまりに現実的だったため、彼らは率直に主の体を食べ、血を飲むことについて話していたのです。

 キリスト者たちは何世紀にもわたって、どうしてパンとぶどう酒に見えるものが主の体であり血であり得るのかについて説明を試みてきました。中世以来、カトリックでは「実体変化」と呼ばれる理論(理論!)が支持されてきました。しかしこの説明も、古代ギリシャの物理学に基づいた理論に頼っていたところがあったため、説得力を失ってきました(!!)。

 究極的には、重要なのは聖体がどうであるかではなく(!!!)、主がご自分の体と血がまことの食べ物だと言われたこと、聖体のパンとぶどう酒がその体と血であること、そして主の弟子である私たちが聖体を分かち合うことで主を記念しているという事実なのです。

 聖書では、何かを思い起こすということはそのことを再現すること、現存させることです。救いの歴史のある出来事を思い起こそうとするなら、そこに入るのです。それで実際に現在のことになります。

 ですから、イエスが私たちに「わたしの記念としてこのように行いなさい」と言われる時、イエスは、「わたしと共にいて、わたしと向き合い、あなたがたの間にいるわたしであるパンを食べ、ぶどう酒を飲みなさい」と言われているのです。私たちが分かち合う聖体は、実際に、私たちと共にいるキリストで、私たちを支えてくださるキリストなのです。

 外部の人には理解できないことです。私たちも理解してはいません(!!!)。私たちは信じているのです。私たちは、聖体祭儀(!)のうちにキリストが私たちと共にいることを信じています。私たちは、キリストご自身が私たちのうちにおられ、それは私たちがキリストのように生き、世界のための神の愛を告げ知らせ体現していくためであることを信じています。

 (ウイリアム・グリム=メリノール宣教会司祭)

全文を読みたい方は次をご覧下さい。
http://www.cwjpn.com/kiji/hikari/hikariold/hikari3871b.htm


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「やっぱり、御聖体とは、パンの全実体がイエズス・キリストの御体に、そしてぶどう酒の全実体がイエズス・キリストの尊い御血にそれぞれ変化することによって、パンとぶどう酒の外観のもとに、主イエズス・キリスト御自身の御体・御血・御霊魂・御天主性が、真実に、実体的に、実際にまします秘跡なんだ!」と思われた方はクリックをお願いいたします。↓↓↓
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「でも何故、カトリック新聞編集長ともあろう方が、公教要理やトリエント公会議の排斥文とは離れた説明を書いたんだろうか???」と思われた方もクリックをお願いいたします。↓↓↓
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 ベネディクト十六世教皇様のための霊的花束ですが、たとえ少しであったとしても、数日だけだったとしても大歓迎ですので、是非、メールで私あてに提出なさって下さい。よろしくお願いします。感謝します。



 何故、カトリック新聞編集長ともあろう方が、公教要理とは離れた説明を書いた理由は、これではないかと思うところがあったら是非、コメントに書いて下さい。私も後日、その理由はこうではないか、というその何故に答える理由を書きたいと思っています。

 

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「出来ちゃった結婚」で、掟を堂々と破っている男女が、婚姻の秘跡にあずかる資格があるのか? 

2006年08月25日 | トマス小野田神父(SSPX)のひとり言

アヴェ・マリア!


【質問】
小野田神父さま、いつも興味深くこちらのサイトを拝見しております。
聖ピオ十世会の結婚観についてお聞きしたく思います。


最近では「出来ちゃった結婚」というのが日本では当たり前のごとくなってしまっています。
十年近く前、男女ともに信者のカップルの式を所属協会の神父さまが執り行ったのですが、それがいわゆる出来ちゃった婚の夫婦だったのです。
当時まだ洗礼を受けたばかりでしたが、非常に疑問でした。そういうことをしてしまっていいのか……と。聞くのもはばかられてしまいましたが。


仮に、片方、もしくは両者ともがカトリック信者の男女が、すでに女性が妊娠している状態で、婚姻の秘跡を執り行って欲しいと申し出があった場合、十世会の神父さま方はどのように判断なされるのでしょうか?
要理では、同棲はもちろんのこと、婚前交渉も禁じられていますよね?
それを堂々と破っている男女が、はたして「秘跡」にあずかる資格があるのでしょうか? すでに告解されているというのならよいのでしょうか? 本人たちの罪は許されても、周囲に対しそれはつまずきにはならないのでしょうか?

お忙しい中恐縮ですが、ご回答いただけたらと思います。

 

【回答】 聖ピオ十世会の結婚観について

アヴェ・マリア!

 ティナさん、
こんにちは! 御返事がこんなに遅れてしまってごめんなさい。


たいへん長らくお待たせしてしまいました。



 男女ともに信者のカップルの式がいわゆる「出来ちゃった婚」についてどう考えたら良いのでしょうか?

   

【婚前交渉は、大罪】


 このごろ日本のみならず世界中で青少年のモラルが低下していますね。残念ですね。

  

天主の十戒では、全ての貞潔に反する行為が「思い」さえも禁止されています。子供の出産にかんする行為は、合法的に結婚した夫婦のみがすることを許されているのであって、結婚以外の「婚前交渉」「婚外交渉」は全て大きな罪となります。

    


聖ピオ十世の公教要理にはこうあります。


425 第六戒「なんじ、かんいんするなかれ」では何を禁じていますか。

第六戒「なんじ、かんいんするなかれ」では、貞潔に反する行ないをしたり、見たり、話したりすることすべてと結婚の不忠実を禁じています。


426 第九戒では何を禁じていますか。

第九戒では、夫婦が結婚するに際して誓いあった忠実に反するあらゆる望みをはっきりと禁じています。また、第六戒で禁じられている行ないについて考えたり、望んだりすることも禁じています。


427 貞潔に反する罪は重大ですか。

貞潔に反する罪は、天主と人の前に非常に重大で、いまわしい罪です。つまり、人間を動物と同じ状態にひき下げることになり、多くの罪や悪徳に誘い込み、この世と来世において最大の罰を受ける結果に追いやることになります。


430 第六戒と第九戒では何を命じていますか。

第六戒では、行ない、視線、ことば、ふるまいの上で貞潔で慎み深くあるように命じています。また第九戒では、内的に、つまり、心の中でも貞潔で、純潔であるように命じています。


431 第六戒と第九戒を守るためにどうすべきですか。

第六戒と第九戒を守るために心をこめてしばしば天主に祈り、いと潔き御母、聖マリアヘの信心を深め、天主はつねに私たちを見ておられることを思いだし、死や天主の罰、そして、イエズス・キリストの御受雉について考え、五感を憤しみ、犠牲を行ない、よい準備をして、しばしば秘跡にあずかるなどしなければなりません。


432 貞潔を守るために何を避けなければなりませんか。

貞潔を守るためには、怠惰、悪い交際、悪書、不節制、卑猥な書画、いかがわしい娯楽、危険な会話そのほか、罪の機会となるようなことをすべて避けなければなりません。

 


【しかし、婚前交渉は、秘跡による婚姻を受ける禁止条項にならない】


 では、もしもすでに罪を犯してしまった或るカトリック信者のカップルが婚姻の秘跡を受けたいという場合、彼らに秘跡を受ける権利が有るのでしょうか  貞潔に反する大罪は、婚姻の秘跡の禁止条項に当たるのでしょうか  

   

 教会の定める、婚姻を無効とする障害には、年齢が足りないこと、既婚で相手が生存していること、三親等の血縁関係、霊的親族関係、公的な貞潔の誓願、異宗支障(カトリックの洗礼を受けたものと未信者との結婚)などがあり、また婚姻を違法とする障害として、混宗支障(カトリックの洗礼を受けた者と非カトリックの洗礼を受けた者の結婚)、私的な貞潔の誓願など(この他にもまだあります)を定めています。しかし、貞潔に反する大罪は、禁止条項には挙げられていません。

 

 聖ピオ十世の公教要理によればこうあります。


845 信者が正当な婚姻を結ぶためには何が必要ですか。

 信者が正当な婚姻を結ぶためには、禁止障害を持たないこと、またキリスト教の主な教えを知り、聖寵の状態にあることが必要です。これがないと汚聖の罪を犯すことになります。


846 婚姻の障害とは何ですか。

婚姻の障害とは、婚姻を無効あるいは違法とする事情のことで、前者を無効障害、後者を禁止障害と呼びます。


847 無効障害の例をあげて下さい。

無効障害とは、三親等の血縁関係、霊的親族関係、公的誓願、異宗支障などのことです。


848 禁止障害の例をあげて下さい。

禁止障害とは、混宗支障、私的誓願などのことです。

 


【できちゃった婚は、躓きにならないように司牧的に配慮すべき】


 でも、いくら公教要理では障害にならないとしても、盛大な結婚式を挙げてもいいのだろうか と普通は思いますよね。天主の十戒を堂々と破っている男女が、はたして「秘跡」にあずかる資格があるのでしょうか  告解すれば、全ては赦されて、償いを果たさなくても良いのでしょうか  本人たちの罪は許されても、周囲に対しそれはつまずきにはならないのでしょうか  そのような思いは当然だと思います。


   そこでカトリック教会では、結婚式でもいろいろな程度の荘厳さを設けています。例えば、模範的なカトリックの青年男女が貞潔を守りつつ婚姻の秘跡に与る場合は、荘厳な歌ミサや全ての儀式が挙行されるけれども、あまり模範的ではないカップルの場合には、荘厳な儀式などを執り行わないとかです。

 中には、教会の中での儀式が拒否されて香部屋で司祭も短白衣を着ずにただスータンでストラを掛けただけで(ラテン語で in nigris と言う)、ミサ聖祭もなく、婚姻の相互の同意を確認するというだけの婚姻の儀式(!)もあります。



 では、すでに女性が妊娠している状態で、或いは子供が生まれている状態で、婚姻の秘跡を執り行って欲しいと申し出があった場合、十世会の司祭はどうするでしょうか


 聖ピオ十世会では、それぞれの国や管区によってやり方や習慣は違いますが、カトリック教会の精神に従って、通常の場合、全ての荘厳儀式を挙行することができなくなります。例えばフィリピンの場合、婚姻の儀式には、とても荘厳な取り巻きとか、特別のロウソク、新郎新婦を結ぶロープなどがありますが、それらが禁止されたり、歌ミサではなく読誦ミサになったりします。



 イギリスの場合、純潔を意味する白いウエディング・ドレスを着用することが禁止されます。



 また普通、妊娠が誰の目にも明らかな場合には子供の出産後に式が延期されます。


 これはカトリック教会が、天主の十戒に忠実であればあるほどそれだけ大きなご褒美があるよ、ということを誰の目にも分かるように示したいからなのです。



 大変送れてしまいましたが、これでご質問にお答えできた、と期待します。重ね重ねお返事が遅れてしまったことをお詫びします。しかしこれに懲りずに、またのご質問をお待ちしております。今後とも、よろしくお願いします。



天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

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ベネディクト十六世教皇様は、クレルヴォーの聖ベルナルドの言葉を引用する

2006年08月24日 | カトリック・ニュースなど

アヴェ・マリア!


 カステルガンドルフォで、ベネディクト十六世教皇様はクレルヴォーの聖ベルナルドの言葉を引用した。しかしニュースでは「働きすぎてはいけない」とだけ報道されており、聖ベルナルドの(そして、おそらくベネディクト十六世教皇様の)意図がよく伝わっていないと思われる。


Pope: Don't work too hard
http://www.news24.com/News24/World/News/0,,2-10-1462_1985739,00.html



 じつは、聖ベルナルドは、自分自身の救霊をなおざりにしてまで、活動主義に陥るな、たとえ教皇職という仕事であってもそれに没頭して、自分の内的生活、祈りの生活をなおざりにするなら、それは呪われた職務だ!と言っているのだ。自分の霊魂を「天主不在の部屋」とするな!と警告しているのだ。



 聖ベルナルドは、かつて愛弟子の一人であって、後に教皇となったエウジェニオ3世に次のように書き送っている。


「聖下よ、私は聖下に、あらゆる世俗的業務から、完全に身をお引きなさいとはもうしません。ただ、それに全身全霊を打ち込まないようにとお勧めしているだけでございます。

 もし聖下が全ての人のための人間でございますなら、当然聖下は、聖下ご自身のための人間でもいらっしゃるはずです。そうでないと、たとえ聖下が全世界の全ての人をお救いになったとしても、もしも聖下ご自身の霊魂を失いになりましたら、何の役に立ちましょうか?

 ですから、いつも、どこでも、聖下ご自身を確保されますように。全ての人が聖下の泉に飲みに参りますなら、聖下もまた、ご自身の泉からお飲みになることをお忘れになりませんように。人はみな、聖下の泉から飲んで渇きを癒されていますのに、聖下ただ一人、いつも渇きに苦しめられ通しでいらっしゃるということは、まことにおかしな話ではございませんか。どんなに他人のためにお尽くしになっても、もし聖下がご自身をなおざりにされますなら、とどのつまりは無益な骨折りとこそ申すべきことでしょう。

 それゆえ、聖下の全てのご配慮は、まず聖下ご自身のこと(=救霊)に始まり、聖下ご自身のことに終わるべきです。まず最初に聖下ご自身のことを、また最後にも聖下ご自身のkとをご考慮、ご反省なさいますように。

 そして聖下の救霊に関しては、お母さまの一人息子である聖下ご自身よりも自分に近いものはだれもいないのですから、まずご自分を救わなければならないのです。このことをゆめゆめお忘れになりませんように。


(聖ベルナルドの『反省録』 Sanctus Bernardus "De Consideratione": A te tua inchoetur consideatio ne frustra extendaris in alia, te neglecto ... Tu tibi primus, tu ultimus ... in acquisitione salutis nemo tibi germanior est unico matris tuae. ドン・ショタール著 山下房三郎訳 『使徒職の秘訣』ドン・ボスコ社 110-111ページより孫引き。更に、同書172-173ページもご覧下さい。)


 ルフェーブル大司教も、聖ピオ十世会の神学生、司祭らに、ドン・ショタールの素晴らしい著書『使徒職の秘訣』を必読の書としてしておれました。



============



 「ああ、何だ。教皇様が言いたいのは「働きすぎるな」ということではなくて、「内的生活・祈りの生活・自分の救霊をなおざりにするほどの活動主義は危険だ」ということなんだ。」と思われた方はクリックをお願いいたします。↓↓↓
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 教皇様のための霊的花束ですが、たとえ少しであったとしても、数日だけだったとしても大歓迎ですので、是非、メールで私あてに提出なさって下さい。よろしくお願いします。感謝します。


 

 

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ミサ聖祭とは何か? (『聖ピオ十世の公教要理』による説明)

2006年08月22日 | ミサ聖祭

アヴェ・マリア!


 兄弟姉妹の皆様、
ミサ聖祭とは何かについて、『聖ピオ十世の公教要理』で復習してみましょう!



【ミサ聖祭とは何か】
 ミサ聖祭とは、十字架上の犠牲を記念して、パンとぶどう酒の外観のもとに祭壇上でささげられる、イエズス・キリストの御体と御血の犠牲です



【一般に犠牲とは何か】
 一般に犠牲とは、目に見える供え物を天主にささげ、破壊することによって、人間をはじめ全ての物の最高主である天主の支配を認めることです。



【ミサ聖祭をささげる目的】
 ミサ聖祭をささげる目的は、
①ふさわしい方法で天主を礼拝し(崇拝)、
②そのご恩に感謝し(感謝)、
③天主をなだめるために罪のつぐないをし、練獄の霊魂のために代願し(贖罪)、
④必要とする聖寵を乞い求める(懇願)
ことです。



【十字架上の犠牲とミサ聖祭との関係】

 十字架上で御自分をささげられたのも、祭壇上で聖務者である司祭の手を通してささげられるのも、同じイエズス・キリストですから、十字架上の犠牲とミサ聖祭とは、その本質においては同じものです

 しかし、両者の間に密接な関係があるとは言え、その捧げ方は違います。十字架上の犠牲とミサ聖祭との間には次のような関係と相違があります。

 (1)イエズス・キリストは、十字架上では実際に御血を流して御自分をささげられ、祭壇においては御血を流すことなく御自分をささげて、御受難と御死去の効果を与えて下さるのです。

 (2)ミサ聖祭はイエズス・キリストが十字架上で御血を流されたありさまを目に見える形で示しています。何故なら、聖変化のことばの力によってパンの外観のもとにあがない主の御体が、そして、ぶどう酒の外観のもとにその御血が実際に現存することになるからです。ただし、自然のつながりと位格的結合によって、それぞれの外観のもとに本当の生けるイエズス・キリストがおられます。



【十字架上の犠牲は、新約唯一の犠牲】
 この犠牲によって主が天主の正義をおなだめになり、救いに必要な功徳をすべて得られ、人間の罪のあがないを成就して下さったという点から見れば、十字架上の犠牲は新約唯一の犠牲です。そして、このようにして得られた功徳は、天主が教会の中に制定された手段を通して実際に私たちに与えられるのであり、ミサ聖祭もこの手段のひとつなのです。



【どなたがミサ聖祭を制定したか】
 御聖体の秘跡をお定めになり、御受難の記念としてこれを行なえとおおせられたとき、イエズス・キリスト御自身がミサ聖祭を制定なさいました。



【ミサ聖祭は天主のみにささげられる】
 ミサ聖祭は、天主にだけささげられます。
 聖母や聖人たちを記念する御ミサも、天主にだけささげられる犠牲です。しかし、聖母や聖人たちを記念するためにミサ聖祭をささげるというのは、かれらにお与えになった御恵みを天主に感謝するとともに、そのとりなしによって私たちに必要な御恵みを豊かに下さるよう願うためです。



【ミサ聖祭の犠牲を天主にささげるのは誰か】
 ミサ聖祭の第一の主たる奉献者はイエズス・キリストです。
 司祭は、イエズス・キリストの名においてこの犠牲を永遠の父なる天主にささげるのです。



【ミサ聖祭の効果】
 ミサ聖祭の効果は、教会全体、特に、
①ミサ聖祭をささげる司祭とそれにあずかる人たち、つまり、司祭と一体となっている人たち、
②死者であれ生きている人であれ、司祭が特定の人にささげるときには、その人たちにおよびます。



【ミサは、単なる賛美と感謝でもなく、十字架上の単なる記念だけではない】
「ミサのいけにえはただ賛美と感謝のいけにえである、あるいは、十字架上で行われたいけにえの単なる記念であって、罪の償いのいけにえではない、あるいは、御聖体拝領する者だけにとって利益となるものである、また、生存者と死者のため、罪、罰、償い及びその他の必要のために捧げられるべきではない」と言う者は排斥される。(トリエント公会議の宣言)


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フランス語だけれど、聖ピオ十世の公教要理の該当箇所も見て下さいね。
http://www.dici.org/thomatique_read.php?id=000016


 

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聖母の汚れ無き御心に日本を捧ぐる祈 (聖母の汚れなき御心に公式にこれを唱える)

2006年08月22日 | カトリック・ニュースなど

アヴェ・マリア!

今日は、聖伝の典礼暦によると「聖母の汚れなき御心」です。



日本公教会司教団の望みに従って、次の祈りを唱えましょう!


聖母の汚れ無き御心に日本を捧ぐる祈
(聖母の汚れなき御心に公式にこれを唱える)



 いと潔きあわれみの御母、平和の元后なる聖マリアよ、われらは聖なる教会の導きに従い、今日、日本および日本国民を御身の汚れなき御心に奉献し、そのすべてを御身の保護に委ね奉らんと欲す。
▲願わくは聖母、慈しみの御まなざしもてわれらの心をみそなわし給え。


 ああ、人々真理にうとく、その心くらみ、罪の汚れに染み、諸国はまた互いに分かれて相争い、天主の霊威を傷つけ、御身の御心を悲しませ参らするなり。
▲されどわれら日本国民は、ひたすらに光をしたい、平和をこいねがうものなれば、願わくは聖母、御あわれみの御心をひらきて、われらの願いを聞き給え。われら今、この世のすべての苦しみ、悩みを雄々しく堪え忍び、そを世の罪の償いとして、天主に捧げ、その御怒りをなだめ奉り、わけても御身の汚れなき御心にならいて、主の御旨を重んじ、身を清く持して、聖なる一生を送らんと決心す。
願わくは聖母、力ある御手をのべて、われらの弱きを助け給え。


 かくて、われらは同胞、相互にたすけはげまし、諸国は正義と愛のきずなもて結ばれ、もって世界は、とこしなえに平和を楽しむにいたらんことを望む。
▲願わくは、御身、慈母の愛もてわれらを護り給え。


 天主の聖母、われらのために祈り給え。
▲キリストの御約束にわれらをかなわしめ給え。


 祈願 全能永遠なる天主、主は童貞聖マリアの御心のうちに聖霊のいみじき御宿をしつらえ給いたるにより、願わくは、御あわれみをたれて、かの汚れなき聖母の御心に日本を捧げ奉りたるわれらをして、主の聖心にそいて生くるを得しめ給え。われらの主キリストによりて願い奉る。
▲アーメン。

 



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3. 7. 2. 司祭叙階(その2)ルフェーブル大司教の伝記の続き

2006年08月20日 | ルフェーブル大司教の伝記

第3章 ローマ神学生時代(1923年-1930年)


7.ローマの司祭、神学博士



司祭叙階(その2)

 


 マルセル・ルフェーブルは夏の間、始終自分の司祭叙階を準備するたえに使った。これは義務ではなかったが 、自分が好きなベネディクト会修道院の一つであるマレスー (Maredsous) 大修道院に、黙想会を行った。そこで、ドン・マルミオン (Dom Marmion) の教えがたっぷり飲み込むことを求めた。この有名なドン・マルミオン大修院長は、6年前に聖徳の香りのうちに亡くなっていたおり、マルセルが見るには彼の霊的な財宝は既に忘れられているかようだった 。マルセル・ルフェーブルは、ドン・マルミオン及びドン・ショタールとともに(彼は、ドン・ショタールの素晴らしい著書『使徒職の秘訣 (L'Ame de tout apostolat) 』 を何度も読んだ)、十字架の犠牲との観想的な一致を通じて、未来の使徒職の豊かな結実の源泉を探し求めようと決心した 。


 いよいよ待ちに待った記念碑的な日が来た。マルセルの父親はノルマンディー (Normandie) のファレーズ (Falaise)、トロワイェ (Troyes) 付近のサンパールゾテルトル (Saint-Parres-aux-Tertres) 及びカレ (Calais) 付近のオドルィック (Audruicq) でいくつかの事業の倒産という大きな試練を経験したばかりだった。しかし幸運なことにも、リュ・ドュ・ビュス (la Rue du Bus) のための友好的な解決策が得られた ばかりであり、それもフランスのノール地方の事業主らの間の格言にもなっているほどの連帯と相互援助のおかげだった。とても親しい二人の友達、ヴェルサイユ出身のマルセル・コルロンとトゥール出身のルイ・フェランが家に来て、マルセルのために祝ってくれた。



 リエナール司教によって挙行された叙階式は、1929年 9月 21日、リールのロワイヤル街 (Rue Royale)にある聖心修道女会の聖堂で行われた。司教は 5人を司祭に叙階し、数名に副助祭職、そして幾名かに下級品級を与えた。四季の斎日の長いミサは、旧約から抜粋した 4回の朗読があり、その合間に叙階式によって中断され、荘厳の極緻にある典礼の素晴らしさを見せてくれた。マルセル及び同僚の聖職候補者らは、至聖所に俯せになり、その後には司教による按手があり、列席した他のすべての司祭たちがその後を按手した。次に司教は叙階の序誦 (preface consecratoire)を歌った。

「全能の天主よ、御身のしもべに司祭の尊厳を与え給え、彼らの心の内に、聖徳の霊を新たにし給え。」

 これがなされた後、マルセル・ルフェーブルは永遠の司祭となった。


 司教ミサのあとで、若い新司祭は感激に満ちて寮の中庭で、自分の両親や、家族、またローマの友人や同僚神学生らに「初祝福」を与えた。祝福を受けた彼らは、聖香油を塗油されて聖別された新司祭の手の平に接吻した。その次にマルセル・ルフェーブル神父は、トゥルクワンのカルメル会を訪問し、若い修練者であるクリスチアンヌの大きい喜びになった。


 翌日の聖霊降臨後第18主日には、家族が通う地元の小教区教会であるトゥルクワンの聖母教会で 42人の侍者が仕え、30人の司祭が与る、マルセル・ルフェーブル新司祭の初ミサが奉献された。


 この典礼では全て、司祭職及び犠牲が高揚された。オフェルトリウム(奉献誦)のグレゴリオ聖歌は、モーゼが「祭壇を主に聖別し、そこで主に燔祭をっさげ、イスラエルの子らの前で、主なる天主のために良い香りの香のように、夕のいけにえを捧げた」と歌った。


 ロベール・プレボスト(Robert Prevost)神父にとって、その説教において、司祭の権能と罪の償いのいけにえの力をほめたたえることはとても平易だった。内的に密かにささやくミサ中の密誦は、御聖体の秘跡の神秘の最も奥深くまで入っていった。
マルセル・ルフェーブル神父はこうささやくように祈った。「おお、主よ、このいけにえにおいて成立する驚くべき交換により、御身は私たちをして御身の唯一で最高の天主性に参与させ給う。」


 このあと、初めて御聖体の秘跡の主が聖変化によって彼の手の中に初めて天から降りられる時、この司祭の心は、どれ程の礼拝とどれ程の内的奉献で一杯であっただろうか!この新司祭の母親はもはや天にいたようであった。


 母親はルネにこう書いている。「私にとって、最後のアレルヤで、お付きの聖職者が行列するあいだ、えも言えんばかり、突然感動してしまいました。私は天国に凱旋して入って行くという気がして、その外のすべてのものはすべて消えてしまった、と言うことができます。」

 


(つづく)

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