Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

私は御身を信じ、礼拝し、希望し、御身を愛します!御身を信じぬ人々、希望せず愛さぬ人々のために、赦しを求めます(天使の祈)

--このブログを聖マリアの汚れなき御心に捧げます--

アヴェ・マリア・インマクラータ!
愛する兄弟姉妹の皆様をお待ちしております
2019年 8月の聖伝のミサの予定
【最新情報はこちら、年間予定一覧はこちらをご覧ください。】


8月 聖母の被昇天を祝いましょう。
意向:聖母の汚れなき御心の凱旋のため
実践すべき徳:心の柔和と謙遜
守護の聖人:聖母の汚れ無き御心

愛する兄弟姉妹の皆様を聖伝のミサ(トリエント・ミサ ラテン語ミサ)にご招待します

◎2019年 8月の予定
【大阪】聖ピオ十世会 聖母の汚れなき御心聖堂(アクセスEG新御堂4階 大阪府大阪市淀川区東三国4丁目10-2 
〒532-0002 (JR「新大阪駅」の東口より徒歩10-15分、地下鉄御堂筋線「東三国駅」より徒歩2-3分)

  8月2日(初金)教会博士証聖者司教聖アルフォンソ・デ・リグオリ(3級祝日)白
          午後5時半 ロザリオ及び告解
          午後6時 ミサ聖祭(歌ミサ)

  8月3日(初土) 聖母の土曜日(4級)白
          午前10時 ロザリオ及び告解
          午前10時半 ミサ聖祭(歌ミサ)

  8月11日(主)聖霊降臨後第9主日(2級)緑
          午後5時半 ロザリオ及び告解
          午後6時 ミサ聖祭(歌ミサ)

  8月12日(月) 童貞聖クララ(3級祝日)白
          午前10時 ロザリオ及び告解
          午前10時半 ミサ聖祭(歌ミサ)

  8月18日(主)聖霊降臨後第10主日(2級)緑
          午後5時半 ロザリオ及び告解
          午後6時 ミサ聖祭(歌ミサ)

  8月19日(月) 証聖者聖ヨハネ・ユード(3級祝日)白
          午前6時半 ミサ聖祭(歌ミサ)

【東京】東京都文京区本駒込1-12-5 曙町児童会館(地図)「聖なる日本の殉教者巡回聖堂」

  8月4日(主)聖霊降臨後第8主日(2級)緑
          午前10時  ロザリオ及び告解
          午前10時半  ミサ聖祭(歌ミサ)

  8月5日(月)  雪の聖母の大聖堂の奉献(3級祝日)白
          午前7時 ミサ聖祭

  8月18日(主)  聖霊降臨後第10主日(2級)緑
          午前10時  ロザリオ及び告解
          午前10時半  ミサ聖祭(歌ミサ)

愛する兄弟姉妹の皆様をお待ちしております。

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フランシスコ教皇聖下とグランド・イマームとの「世界平和と共存のための人類の兄弟愛に関する文書」(2019年2月4日)に関連した聖ピオ十世会総長のコミュニケ:まことの兄弟愛

2019年02月28日 | カトリック・ニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

フランシスコ教皇聖下とグランド・イマームとの「世界平和と共存のための人類の兄弟愛に関する文書」(2019年2月4日)に関連して、
聖ピオ十世会総長ダヴィデ・パリャラーニ神父は、第一補佐アルフォンソ・デ・ガラレタ司教および第二補佐クリスチャン・ブシャクール神父と連名で、「まことの兄弟愛」についてコミュニケ(報道発表)を2019年2月24日付けで発信しました。
その日本語訳をご紹介いたします。
天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)




聖ピオ十世会総長のコミュニケ:まことの兄弟愛
2019年2月25日 FSSPX.NEWSサイト


2019年2月4日、教皇フランシスコは、カイロにあるモスクのグランド・イマームと、「世界平和と共存のための人類の兄弟愛に関する文書」に署名した。

まことの兄弟愛はイエズス・キリストにおいてのみ存在する

エキュメニカルなキリストは、決してまことのキリストではありえない。50年以上にわたって、現代のエキュメニズムおよび諸宗教間対話は、矮小化され、分かりにくく(méconnaissable)、変形されたキリストを絶え間なく世界に提示してきた。

天主のみ言葉、御父の御独り子にして、非被造なる永遠の知恵が、肉体を取り、人となられたのである。この歴史的事実に直面すれば、誰も無関心なままでいることはできない。「私の味方でない人は私に逆らい、私とともに集めぬ者は散らしてしまう」(マテオ12章30節)。ご托身という事実によって、キリストは唯一の新約の大司祭にして、私たちに真理を宣べ伝える教師となられた。キリストは各人の心の王、かつ社会の王、「多くの兄弟の長子」(ローマ8章29節)となられた。かくして、まことの兄弟愛はイエズス・キリストにおいてのみ、彼だけにおいて存在するのである。「天の下において人に与えられたわれわれの救われる名は、そのほかにはないからである」(使徒行録4章12節)。

キリストがすべての人々の王であること、またキリストがすべての人を御自分の教会に、その唯一の花嫁にして唯一の神秘体である教会において集めようと望んでおられることは、信仰の真理である。キリストが打ち立てられる御国は、真理と恩寵による統治(règne)、聖性と正義と愛徳による統治(règne)であり、その結果として平和に満ちている。私たちの主から離れてしまっては、まことの平和などありえない。それゆえに、キリストによる統治(règne)、キリストが創立した宗教の外においては、平和を見いだすことは不可能である。この真理を忘却することは砂の上に[家を]建てることであり、キリスト御自ら私たちに、そのような企ては失敗する運命にあると警告しておられる(マテオ7章26-27節参照)。

教皇フランシスコとアル=アズハルの大イマームが署名した世界平和と共存のための人類の兄弟愛に関する文書は、砂上の楼閣以外の何物でもない。さらに言えば、それは、不敬な行いである。なぜなら、天主の第一戒を軽んじているからであり、また、この声明は、天主の知恵であり十字架上で私たちのために亡くなられたイエズス・キリストにおいて人となった知恵をして、「宗教の多元性と多様性」が「天主の知恵深い御旨」である、と言わしめているからである。

そのような発言は、カトリックの宗教が唯一のまことの宗教であると宣言している教義に反している(「誤謬表」第21命題を参照)。教義に関することである場合、それに反するものは何であれ、異端という名で呼ばれている。天主が御自らと矛盾することは、ありえないのである。

聖パウロと私たちの敬うべき創立者マルセル・ルフェーブル大司教とに従いつつ、平和の元后である聖母のご保護の下において、私たちは、自分たちが受けたカトリック信仰(コリント前書11章23節参照)を伝え、霊魂と諸国の民の救いのために力を尽くして働き、まことの信仰およびまことの宗教を説教し続けるつもりである。

「それゆえに、行け、諸国の民に教え、御父と御子と聖霊との御名によって洗礼を授けよ」(マテオ28章19-20節)。「信じて洗礼を受ける者は救われるが、信じない者は滅ぼされる」(マルコ16章16節)。

2019年2月24日
総長ダヴィデ・パリャラーニ神父

第一補佐アルフォンソ・デ・ガラレタ司教
第二補佐クリスチャン・ブシャクール神父


Communiqué du Supérieur général de la FSSPX : la vraie fraternité
25 Février, 2019
Provenance: fsspx.news

Le 4 février 2019, le pape François signait avec le Grand Imam de la mosquée du Caire un Document sur la Fraternité humaine pour la paix mondiale et la coexistence commune.

La vraie fraternité n’existe qu’en Jésus-Christ

Un Christ œcuménique ne saurait être le véritable Christ. Depuis plus de cinquante ans, l’œcuménisme moderne et le dialogue interreligieux n’en finissent pas de présenter au monde un Christ diminué, méconnaissable et défiguré.

Le Verbe de Dieu, le Fils unique du Père, la Sagesse incréée et éternelle a pris chair, il s’est fait homme ; devant ce fait historique, personne ne peut rester indifférent : « Qui n’est pas avec moi est contre moi, et qui n’amasse pas avec moi disperse » (Mt 12, 30). Par le fait de l’Incarnation, le Christ est devenu le grand Prêtre de la nouvelle et unique alliance et le Docteur qui nous annonce la vérité ; il est devenu le Roi des cœurs et des sociétés et « le premier-né d’un grand nombre de frères » (Ro 8, 29). Ainsi, la vraie fraternité n’existe qu’en Jésus-Christ, et en lui seul : « car il n’y a pas sous le ciel un autre nom qui ait été donné aux hommes, par lequel nous devions être sauvés » (Ac 4, 12).

C’est une vérité de foi que le Christ est Roi de tous les hommes, et qu’il veut les réunir dans son Église, son unique Épouse, son seul Corps mystique. Le royaume qu’il instaure est un règne de vérité et de grâce, de sainteté, de justice et de charité, et en conséquence pacifique. Il ne peut y avoir de vraie paix hors de Notre Seigneur. Il est donc impossible de trouver la paix en dehors du règne du Christ et de la religion qu’il a fondée. Oublier cette vérité, c’est bâtir sur du sable, et le Christ lui-même nous avertit qu’une telle entreprise est destinée à périr (cf. Mt 7, 26-27).

Le Document sur la fraternité humaine pour la paix mondiale et la coexistence commune, signé par le pape François et le grand imam d’Al-Azhar, n’est qu’une maison bâtie sur du sable. C’est de plus une impiété qui méprise le premier commandement de Dieu, et qui fait dire à la Sagesse de Dieu, incarnée en Jésus-Christ mort pour nous sur la Croix, que « le pluralisme et la diversité des religions » est « une sage volonté divine ».

De tels propos s’opposent au dogme qui affirme que la religion catholique est l’unique vraie religion (cf. Syllabus, proposition 21). S’il s’agit d’un dogme, ce qui s’y oppose porte le nom d’hérésie. Dieu ne peut pas se contredire.

A la suite de saint Paul et de notre vénéré fondateur, Mgr Marcel Lefebvre, sous la protection de Notre Dame, Reine de la Paix, nous continuerons à transmettre la foi catholique que nous avons reçue (cf. 1 Co 11, 23), en travaillant de toutes nos forces au salut des âmes et des nations, par la prédication de la vraie foi et de la vraie religion.

« Allez donc, enseignez toutes les nations, les baptisant au nom du Père, et du Fils et du Saint-Esprit, leur apprenant à garder tout ce que je vous ai commandé » (Mt 28, 19-20). « Celui qui croira et sera baptisé, sera sauvé ; celui qui ne croira pas, sera condamné » (Mc 16, 16).

Le 24 février 2019

Abbé Davide Pagliarani, Supérieur général

Mgr Alfonso de Galarreta, Premier Assistant
Abbé Christian Bouchacourt, Second Assistant
コメント

2019年3月3日五旬節の主日、東京では午前10時半から、大阪では午後6時から聖伝のミサがあります ミサ固有文を紹介します

2019年02月27日 | カトリックとは

アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

2019年3月3日は、五旬節の主日(二級祝日紫)です。【指定巡礼聖堂 聖ペトロ大聖堂】ミサ聖祭の固有文をご紹介いたします。東京では午前10時半から、大阪では午後6時から聖伝のミサがあります。

救霊の事業は、天主の人間への愛と、キリスト教的生活によってわれらの行う愛とに、基づいている。四旬節の準備を終えるこの主日を行うに当たって、典礼は、以上のことをわれらに思い出させる。われらがもし愛を持っていなければ、われらは空しいものである。本日、<聖福音>は、われらがこれから行う復活の奥義を省略して、こう言っている。イエズスは死につき給うが、三日目によみがえり給うと。

六旬節の集祷文では聖パウロの取り次ぎを願って次のように祈りました。
ut, contra advérsa ómnia, Doctóris géntium protectióne muniámur.
願わくは、異邦人らの教師(聖パウロ)の御保護により、全ての患難に対して我らが守られんことを。

五旬節の聖体拝領後の祈りでは、御聖体によって同じことを次のように祈ります。
ut, qui cæléstia aliménta percépimus, per hæc contra ómnia adversa muniámur.
願わくは、天の糧を受けた我らが、これによりて、すべての逆境に対して守られんことを。天主として(…)。

Dominica in Quinquagesima 五旬節の主日
II Classis 二級祝日
Statio ad S. Petrum 指定巡礼聖堂。聖ペトロ大聖堂
Ant. ad Introitum. Ps. 30, 3-4. 入祭文 詩篇 30ノ3,4
Esto mihi in Deum protectórem, et in locum refúgii, ut salvum me fácias : quóniam firmaméntum meum et refúgium meum es tu : et propter nomen tuum dux mihi eris, et enútries me. 我にとりて、天主なる保護者、避難所となり給え、そは我を救い給うためなり。御身は、私の支えかつ私の避難所なり。御名のために、御身は私にとって導き手となるだろう、御身は私を養い給うだろう。
Ps. ibid., 2. 詩篇30ノ2
In te, Dómine, sperávi, non confúndar in ætérnum : in iustítia tua líbera me et éripe me. 主よ、私は御身に期待し奉る。私はいつまでも辱められることがなからん。主の正義によって、私を解き放ち、私を救い給え。
V/.Glória Patri. ℣. 願わくは、聖父と…(栄誦)。
Esto mihi in Deum protectórem, et in locum refúgii, ut salvum me fácias : quóniam firmaméntum meum et refúgium meum es tu : et propter nomen tuum dux mihi eris, et enútries me. 我にとりて、天主なる保護者、避難所となり給え、そは我を救い給うためなり。御身は、私の支えかつ私の避難所なり。御名のために、御身は私にとって導き手となるだろう、御身は私を養い給うだろう。
Oratio. 集祷文
Preces nostras, quǽsumus, Dómine, cleménter exáudi : atque, a peccatórum vínculis absolútos, ab omni nos adversitáte custódi. Per Dóminum. 主よ、願わくは、御慈悲をもってわれらの祈りを聞き入れ、罪の鎖から解放された我らを、全ての逆境から守り給え。天主として(…)。
Léctio Epístolæ beáti Pauli Apóstoli ad Corinthios. 使徒聖パウロの、コリント人への書簡の朗読
1 Cor. 13, 1-13. コリント前書13ノ1-13
Fratres : Si linguis hóminum loquar et Angelórum, caritátem autem non hábeam, factus sum velut æs sonans aut cýmbalum tínniens. Et si habúero prophétiam, et nóverim mystéria ómnia et omnem sciéntiam : et si habúero omnem fidem, ita ut montes tránsferam, caritátem autem non habúero, nihil sum. Et si distribúero in cibos páuperum omnes facultátes meas, et si tradídero corpus meum, ita ut árdeam, caritátem autem non habuero, nihil mihi prodest. Cáritas patiens est, benígna est : cáritas non æmulátur, non agit pérperam, non inflátur, non est ambitiósa, non quærit quæ sua sunt, non irritátur, non cógitat malum, non gaudet super iniquitáte, congáudet autem veritáti : ómnia suifert, ómnia credit, ómnia sperat, ómnia sústinet. Cáritas numquam éxcidit : sive prophétiæ evacuabúntur, sive linguæ cessábunt, sive sciéntia destruétur. Ex parte enim cognóscimus, et ex parte prophetámus. Cum autem vénerit quod perféctum est, evacuábitur quod ex parte est. Cum essem párvulus, loquébar ut párvulus, sapiébam ut párvulus, cogitábam ut párvulus. Quando autem factus sum vir, evacuávi quæ erant párvuli. Vidémus nunc per spéculum in ænígmate : tunc autem fácie ad fáciem. Nunc cognósco ex parte : tunc autem cognóscam, sicut et cógnitus sum. Nunc autem manent fides, spes, cáritas, tria hæc : maior autem horum est cáritas. 兄弟たちよ、たとい私が、人間と天使のことばを話しても、愛がなければ、鳴る青銅と響きわたる銅鑼にひとしい。たとい私が、預言の賜物をもち、全奥義と全知識に通じ、山を動かすほどの満ちた信仰をもっていても、愛がなければ無にひとしい。たとい私が、すべての財を施し、この体を焼かれるために与えても、愛がなければ益するところがない。愛は寛容で、愛は慈悲に富む。愛は妬まず、誇らず、たかぶらない。非礼をせず、自分の利を求めず、いきどおらず、悪を気にせず、不正を喜ばず、真理をよろこび、すべてをゆるし、すべてを信じ、すべてを希望し、すべてを耐えしのぶ。愛は、いつまでも絶えることがない。ところが、預言ならばすたれ、異語ならばやみ、知識ならば亡びる。私たちの知識は不完全であり、私たちの預言も不完全である。完全なものが来るとき、不完全なものは亡びる。私が子どものころは、子どものように話し、子どものように考え、子どものように論じたが、大人になってからは、子どもらしいことを棄てた。今私たちは、鏡を見るようにぼんやりと見ているが、しかし、その時には、顔と顔とを合わせて見るであろう。今私は、不完全に知っているが、しかし、その時には、私が知られているとおりに知るであろう。今あるものは、信仰と希望と愛の三つである、その内でもっとも偉大なものは愛である。
   
Graduale. Ps. 76, 15 et 16. 昇階誦 詩篇 76ノ15-16
Tu es Deus qui facis mirabília solus : notam fecísti in géntibus virtútem tuam. 御身は天主であり、一人で不思議を行い給う。御身は異邦人らのうちに、御力をあらわし給うた。
V/. Liberásti in bráchio tuo pópulum tuum, fílios Israël et Ioseph. 御腕をもって、主の民、イスラエルとヨゼフとの子らを解放し給うた。
Tractus. Ps. 99, 1-2. 詠誦 詩篇 99ノ1-2
Iubiláte Deo, omnis terra : servíte Dómino in lætítia. 地上の民よ、天主に向かって歓呼せよ。 喜びをもって主に仕え奉れ。
V/. Intráte in conspéctu eius in exsultatióne : scitóte, quod Dóminus ipse est Deus. ℣.喜びをもって、御前に出よ。主は、天主である。
V/. Ipse fecit nos, et non ipsi nos : nos autem pópulus eius, et oves páscuæ eius. ℣.主は、われらをつくり給うた。われら自身がつくったのではないわれらは主の民、主の牧場の羊である。
+ Sequéntia sancti Evangélii secundum Lucam. ルカによる聖福音の続誦。
Luc. 18, 31-43. ルカ  18ノ31-43
In illo témpore : Assúmpsit Iesus duódecim, et ait illis : Ecce, ascéndimus Ierosólymam, et consummabúntur ómnia, quæ scripta sunt per Prophétas de Fílio hominis. Tradátur enim Géntibus, et illudétur, et flagellábitur, et conspuétur : et postquam flagelláverint, occídent eum, et tértia die resúrget. Et ipsi nihil horum intellexérunt, et erat verbum istud abscónditum ab eis, et non intellegébant quæ dicebántur. Factum est autem, cum appropinquáret Iéricho, cæcus quidam sedébat secus viam, mendícans. Et cum audíret turbam prætereúntem, interrogábat, quid hoc esset. Dixérunt autem ei, quod Iesus Nazarénus transíret. Et clamávit, dicens : Iesu, fili David, miserére mei. Et qui præíbant, increpábant eum, ut tacéret. Ipse vero multo magis clamábat : Fili David, miserére mei. Stans autem Iesus, iussit illum addúci ad se. Et cum appropinquásset, interrogávit illum, dicens : Quid tibi vis fáciam ? At ille dixit : Dómine, ut vídeam. Et Iesus dixit illi : Réspice, fides tua te salvum fecit. Et conféstim vidit, et sequebátur illum, magníficans Deum. Et omnis plebs ut vidit, dedit laudem Deo. そのとき、イエズスは、十二人の弟子をそばに呼んで、「私たちはイエルザレムに上る。人の子について、預言者たちが書きのこしたことは、みな実現するだろう。人の子は異邦人にわたされ、あざけられ、侮辱され、つばをかけられるだろう。かれらは、人の子をむち打ち、そして殺すだろう。それから三日目に、かれはよみがえる」とおおせられたが、弟子たちには、それがなにひとつとしてわからなかった。そのことばは、かれらにとってわかりにくく、かれらにはその意味が理解できなかった。イエズスがイエリコに近づかれると、道ばたにすわって施しを乞うめくらがいた。群衆が通りすぎるのをきいためくらが、なに事ですかとたずねると、「あのナザレ人のイエズスがお通りになるのだ」という返事があった。すると、めくらは、「ダヴィドの子イエズス、私をおあわれみください!」と叫び出した。先頭の人たちが叱ってだまらせようとしたけれど、「ダヴィドの子、私をおあわれみください!」とますます叫び立てた。イエズスは足をとめて、その人をつれてくるように命じ、近づいてきたときに、「あなたは、私になにをしてもらいたいのか?」とおたずねになった。めくらは、「主よ、見えるようにしてください」といった。イエズスが、「見えよ。あなたの信仰があなたを救った!」とおおせられると、めくらは、たちまち見えるようになり、天主をたたえつつ、イエズスについていった。これを見た人々は、みな、天主に賛美をささげた。
Credo 信経
Ant. ad Offertorium. Ps. 118, 12-13. 奉献文 詩篇  118ノ12,13
Benedíctus es, Dómine, doce me iustificatiónes tuas : in lábiis meis pronuntiávi ómnia iudícia oris tui. 主よ、御身は祝されんことを。私に御身の義を教え給え。御口より出た全ての裁きを、私の唇において私は唱えた。
Secreta. 密誦
Hæc hóstia, Dómine, quǽsumus, emúndet nostra delícta : et, ad sacrifícium celebrándum, subditórum tibi córpora mentésque sanctíficet. Per Dóminum. 主よ、願わくは、このいけにえ(hostia)が、われらの罪を浄めんことを、かつ、いけにえ(sacrificium)を執行するために、御身に従属する者らの身体と精神とを聖化し給わんことを。天主として(…)。
Praefatio de sanctissima Trinitate 序誦 三位一体と主日との序誦
Ant. ad Communionem. Ps. 77, 29-30. 聖体拝領誦 詩篇 77ノ29-30
Manducavérunt, et saturári sunt nimis, et desidérium eórum áttulit eis Dóminus : non sunt fraudáti a desidério suo. 彼らは食べた、そして飽きるほど満たされた。彼らの欲望を主は満たし給うた。彼らは、その望みにおいて欺かれなかった。
Postcommunio. 聖体拝領後の祈
Quǽsumus, omnípotens Deus : ut, qui cæléstia aliménta percépimus, per hæc contra ómnia adversa muniámur. Per Dóminum. 全能の天主よ、願わくは、天の糧を受けた我らが、これによりて、すべての逆境に対して守られんことを。天主として(…)。
コメント

2019年2月24日六旬節の主日(二級祝日紫)の聖伝のミサの固有文のテキストをご紹介します

2019年02月27日 | カトリックとは

アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

2019年2月24日は、六旬節の主日(二級祝日 紫)でした(指定巡礼聖堂 門外の聖パウロ大聖堂)。
ミサ聖祭の固有文のテキストをご紹介いたします。
本日は、使徒聖ペトロと聖パウロとの一月の祝日の名残りとして、この聖堂で行われる。それで、本日は、指定巡礼聖堂の聖人の祝日の感がする。しかし同時に、四旬節の準備はつづいている。聖パウロの模範は、キリストの御名のために苦しむことが、いかに必要であるかを教える。苦しみは、キリスト信者として受けねばならぬものである。それは、霊的新生と光栄との条件ともいいうるのである。<書簡> <聖福音>も、春の木々の芽生えと新生を思い出させる。すなわち、種蒔きのたとえである。聖寵の種は、われらの中に生き、芽生え、実を結ぶべきものであるから、われらは、肥沃な土地のように心を準備せねばならぬ。

六旬節の集祷文には次のようにあります。
ut, contra advérsa ómnia, Doctóris géntium protectióne muniámur.
願わくは、異邦人らの教師(聖パウロ)の御保護により、全ての患難に対して我らが守られんことを。

五旬節の聖体拝領後の祈りでは次のように祈ります。
ut, qui cæléstia aliménta percépimus, per hæc contra ómnia adversa muniámur.
願わくは、天の糧を受けた我らが、これによりて、すべての逆境に対して守られんことを。天主として(…)。

Dominica in Sexagesima 六旬節の主日
II Classis 二級祝日
Statio ad S. Paulum 指定巡礼聖堂。 門外の聖パウロ大聖堂
Ant. ad Introitum. Ps. 43, 23-26. 入祭文 詩篇、43ノ23-26
Exsúrge, quare obdórmis, Dómine ? exsúrge, et ne repéllas in finem : quare fáciem tuam avértis, oblivísceris tribulatiónem nostram ? Adhǽsit in terra venter noster : exsúrge, Dómine, ádiuva nos, et líbera nos. 起き給え、主よ、なぜ眠り給うのか。起き給え、終わりまで退け給うな。なぜ御顔をそむけ給うのか。われらの困難を忘れ給うのか。われらの腹は地に引っ付いた、主よ、起き給え、われらを助け、われらを解放し給え。
Ps. ibid., 2. 詩篇、43ノ2
Deus, áuribus nostris audívimus : patres nostri annuntiavérunt nobis. 天主よ、われらは自分の耳で、祖先がわれらに語るのをきいた。
V/.Glória Patri. ℣. 願わくは、聖父と…(栄誦)。
Exsúrge, quare obdórmis, Dómine ? exsúrge, et ne repéllas in finem : quare fáciem tuam avértis, oblivísceris tribulatiónem nostram ? Adhǽsit in terra venter noster : exsúrge, Dómine, ádiuva nos, et líbera nos. 起き給え、主よ、なぜ眠り給うのか。起き給え、終わりまで退け給うな。なぜ御顔をそむけ給うのか。われらの困難を忘れ給うのか。われらの腹は地に引っ付いた、主よ、起き給え、われらを助け、われらを解放し給え。
Oratio. 集祷文
Deus, qui cónspicis, quia ex nulla nostra actióne confídimus : concéde propítius ; ut, contra advérsa ómnia, Doctóris géntium protectióne muniámur. Per Dóminum. 天主よ、我らがいかなる行いにも信頼せぬことを、御身はご覧になり給う。願わくは、異邦人らの教師(聖パウロ)の御保護により、全ての患難に対して我らが守られんことを、快く与え給え。天主として(…)。
Léctio Epístolæ beáti Pauli Apóstoli ad Corínthios. 使徒聖パウロの、コリント人への書簡の朗読
2 Cor. 11, 19-33 ; 12, 1-9. コリント後書、11ノ19-33  12ノ1-9
Fratres : Libénter suffértis insipiéntens : cum sitis ipsi sapiéntes. Sustinétis enim, si quis vos in servitútem rédigit, si quis dévorat, si quis áccipit, si quis extóllitur, si quis in fáciem vos cædit. Secúndum ignobilitátem dico, quasi nos infírmi fuérimus in hac parte. In quo quis audet, (in insipiéntia dico) áudeo et ego : Hebrǽi sunt, et ego : Isrælítæ sunt, et ego : Semen Abrahæ sunt, et ego : Minístri Christi sunt, (ut minus sápiens dico) plus ego : in labóribus plúrimis, in carcéribus abundántius, in plagis supra modum, in mórtibus frequénter. A Iudǽis quínquies quadragénas, una minus, accépi. Ter virgis cæsus sum, semel lapidátus sum, ter naufrágium feci, nocte et die in profúndo maris fui : in itinéribus sæpe, perículis flúminum, perículis latrónum, perículis ex génere, perículis ex géntibus, perículis in civitáte, perículis in solitúdine, perículis in mari, perículis in falsis frátribus : in labóre et ærúmna, in vigíliis multis, in fame et siti, in ieiúniis multis, in frigóre et nuditáte : præter illa, quæ extrínsecus sunt, instántia mea cotidiána, sollicitúdo ómnium Ecclesiárum. Quis infirmátur, et ego non infírmor ? quis scandalizátur, et ego non uror ? Si gloriári opórtet : quæ infirmitátis meæ sunt, gloriábor. Deus et Pater Dómini nostri Iesu Christi, qui est benedíctus in sǽcula, scit quod non méntior.Damásci præpósitus gentis Arétæ regis, custodiébat civitátem Damascenórum, ut me comprehénderet : et per fenéstram in sporta dimíssus sum per murum, et sic effúgi manus eius. Si gloriári opórtet (non éxpedit quidem), véniam autem ad visiónes et revelatiónes Dómini. Scio hóminem in Christo ante annos quatuórdecim, (sive in córpore néscio, sive extra corpus néscio, Deus scit :) raptum huiúsmodi usque ad tértium cælum. Et scio huiúsmodi hóminem, (sive in córpore, sive extra corpus néscio, Deus scit :) quóniam raptus est in paradisum : et audivit arcána verba, quæ non licet homini loqui. Pro huiúsmodi gloriábor : pro me autem nihil gloriábor nisi in infirmitátibus meis. Nam, et si volúero gloriári, non ero insípiens : veritátem enim dicam : parco autem, ne quis me exístimet supra id, quod videt in me, aut áliquid audit ex me. Et ne magnitúdo revelatiónem extóllat me, datus est mihi stímulus carnis meæ ángelus sátanæ, qui me colaphízet. Propter quod ter Dóminum rogávi, ut discéderet a me : et dixit mihi : Súfficit tibi grátia mea : nam virtus in infirmitáte perfícitur. Libénter ígitur gloriábor in infirmitátibus meis, ut inhábitet in me virtus Christi. 兄弟たちよ、あなたたちは賢い者であるから、喜んで愚かな者らを耐え忍んでいる。実に、たとえ誰かがあなたたちを奴隷にしても、食いつくしても、かすめとっても、無礼に扱っても、顔を打っても、あなたたちは耐え忍んでいる。私は恥じて言う、この部分において私たちは弱かったと。しかし、このことにおいてある人が敢えて(自慢)するなら、(私は愚かにもこういう)私も敢えて(自慢)しよう。かれらがヘブライ人なら、私もそうだ。かれらがイスラエル人なら私もそうだ。かれらがアブラハムの子孫なら、私もそうだ。かれらがキリストのしもべなら、(狂気のように私はいう)私はかれら以上にそうだ。私の苦労はかれらより多く、牢に入れられたこともかれらより多く、鞭打ちをうけたのはかれらより更に更に多く、しばしば死の危険にもあった。ユダヤ人から、四十に一つ足らぬ棒打ちを五度受け、三度、鞭で打たれ、一度、石で打たれ、三度難船し、一昼夜海ですごした。何回も旅行して、川の難、盗賊の難、同民族からの難、異邦人からの難、町での難、荒れ野の難、海での難、偽の兄弟からの難に遭い、苦労し、苦しみ、たびたび眠らず、飢え渇き、よく断食し、寒気にこごえ、裸であった。そして、外からくるこれらの他に、日々の私の重荷、すなわち諸教会への心づかいがある。だれか弱る者があれば、私も弱らざるをえない。だれかがつまずけば、私も燃えざるをえない。誇る必要があるなら、私は自分の弱さを誇ろう。世々に賛美される主イエズスの天主および父は、私が偽りをいっていないことを知っておられる。ダマスコのアレタ王のもとにいる総督が、私を捕えようとして、ダマスコ人の町を監視したが、私は籠にはいって、窓から石垣にそって下され、そしてかれの手からのがれた。私も誇る必要があるのか?それは益ないことではあるが、私はこれから、主のまぼろしと啓示に話を移そう。私はキリストにある一人の人を知っている。この人は、十四年前に、第三天にまで上げられた・・・肉体とともにかどうか、肉体を離れてかどうか、私は知らない、天主が知っておられる・・・私がこの人について知っていることは・・・肉体とともにかどうか、肉体を離れてかどうか、私は知らない。天主が知っておられる・・・この人は天国に上げられて、人に話してはならない、いい表わせないことばを聞いた。私はこの人について誇ろう。かえって私自身については、自分の弱さだけを誇るつもりである。もし私が自分のことを誇っても、真実のことだけいうのであるから、おろか者ではない。しかしそれは遠慮する。私について見ること、あるいは私から聞くことより過大な評価を、私にたいして持つ人があってはならないからである。私が受けた啓示があまり偉大なので、高ぶらないように、肉体に一つの刺があたえられた。高ぶらないように私を打つサタンの使いである。私はそれについて、「これを遠ざけてください」と三度主に祈った。しかし主は「あなたには私の恩寵で足りる、恩寵の力は、弱さのうちに完成されるからである」とお答えになった。だから、私は、とくに喜んで自分の弱さを誇りにしよう。そうすれば、キリストの力は私に住まれるであろう。
Graduale. Ps. 82, 19 et 14. 昇階誦 詩篇、82ノ19、14 
Sciant gentes, quóniam nomen tibi Deus : tu solus Altíssimus super omnem terram. 願わくは異邦人が、御身に天主という名を知るように。御身のみ、全地に勝り、いと高きものなることを。
V/. Deus meus, pone illos ut rotam, et sicut stípulam ante fáciem venti. ℣. わが天主よ、かれらを、つむじ風の如く、風の前のわらのようにあしらい給え。
Tractus. Ps. 59, 4 et 6. 詠誦 詩篇、59ノ4、6 
Commovísti, Dómine, terram, et conturbásti eam. 主よ、御身は地をふるわせ、引き裂き給うた。
V/. Sana contritiónes eius, quia mota est. ℣. 願わくは、そのすき間をなおし給え。地はゆりうごいた。
V/. Ut fúgiant a fácie arcus : ut liberéntur elécti tui. ℣. (主の敵らが)弓の前から逃げ去らんことを、選ばれたものらが解放されんことを。
+ Sequéntia sancti Evangélii secundum Lucam. 聖福音 ルカによる聖福音の続誦
Luc. 8, 4-15. ルカ 8ノ4-15
In illo témpore : Cum turba plúrima convenírent, et de civitátibus properárent ad Iesum, dixit per similitúdinem : Exiit, qui séminat, semináre semen suum : et dum séminat, áliud cécidit secus viam, et conculcátum est, et vólucres cæli comedérunt illud. Et áliud cécidit supra petram : et natum áruit, quia non habébat humórem. Et áliud cécidit inter spinas, et simul exórtæ spinæ suffocavérunt illud. Et áliud cécidit in terram bonam : et ortum fecit fructum céntuplum. Hæc dicens, clamábat : Qui habet aures audiéndi, audiat. Interrogábant autem eum discípuli eius, quæ esset hæc parábola. Quibus ipse dixit : Vobis datum est nosse mystérium regni Dei, céteris autem in parábolis : ut vidéntes non videant, et audientes non intéllegant. Est autem hæc parábola : Semen est verbum Dei. Qui autem secus viam, hi sunt qui áudiunt : déinde venit diábolus, et tollit verbum de corde eórum, ne credéntes salvi fiant. Nam qui supra petram : qui cum audierint, cum gáudio suscipiunt verbum : et hi radíces non habent : qui ad tempus credunt, et in témpore tentatiónis recédunt. Quod autem in spinas cécidit : hi sunt, qui audiérunt, et a sollicitudínibus et divítiis et voluptátibus vitæ eúntes, suffocántur, et non réferunt fructum. Quod autem in bonam terram : hi sunt, qui in corde bono et óptimo audiéntes verbum rétinent, et fructum áfferunt in patiéntia. そのとき、おおぜいの人がきて、町々からみもとに集まったとき、イエズスはたとえでお話しになった。「種まく人が種まきに出た。種をまくと、ある種は、道のかたわらにおちて踏みつけられ、空の鳥についばまれた。ほかの種は岩の上におちて、生え出たけれど、水気がなかったので枯れてしまった。ほかの種は、いばらの中におち、いばらがともに生え出たので、おおいふさがれてしまった。ほかの種は、良い土地におち、生え出て、百倍の実をむすんだ」。こう話して、「聞く耳があれば聞け!」と声高くおおせられた。弟子たちが、「そのたとえは、どんな意味ですか?」とたずねると、こうお答えになった。「あなたたちには、天主の国の奥義を知る恵みが与えられたが、ほかの人には、見ても見ず、聞いてもわからないように、たとえで話すのである。たとえの意味はこうだ。種は天主のみことばである。道ばたのは、みことばを聞いてのち、悪魔がきて、信じて救われることのないように、その心からみことばをうばうのである。岩の上のは、みことばを聞いてよろこび受けても、根がないからしばらくの間信じるだけで、こころみの時には退く人々である。いばらの中におちたのは、みことばを聞いても、次第に世の心労と富と快楽とにふさがれて実をつけない人々である。よい土地のは、寛大な良い心でみことばを聞き、それを守り、辛抱づよく実を結ぶ人々である。
Credo 信経
Ant. ad Offertorium. Ps. 16, 5, 6-7. 奉献文 詩篇、16-5、6-7
Pérfice gressus meos in sémitis tuis, ut non moveántur vestígia mea : inclína aurem tuam, et exáudi verba mea : mirífica misericórdias tuas, qui salvos facis sperántes in te, Dómine. 私の歩みがよろめかぬよう、主の道において堅め給え。御耳をかたむけて、私の祈りをきき給え。より頼むものを救い給う主よ、御慈悲を示し給え。
Secreta. 密誦
Oblátum tibi, Dómine, sacrifícium, vivíficet nos semper et múniat. Per Dóminum nostrum. 主よ、主にささげられた供物によって、常にわれらを生かし。保護し給え。天主として(…)。
Praefatio de sanctissima Trinitate 序誦  三位一体の序誦
Ant. ad Communionem. Ps. 42, 4. 聖体拝領誦 詩編、42ノ4 
Introíbo ad altáre Dei, ad Deum, qui lætíficat iuventútem meam. 私は天主の祭壇に上がろう、私の若さをよろこびでみたし給う天主の方へ。
Postcommunio. 聖体拝領後の祈
Súpplices te rogámus,omnípotens Deus : ut, quos tuis réficis sacraméntis, tibi étiam plácitis móribus dignánter deservíre concédas. Per Dóminum. 全能の天主よ、ひれ伏して願い奉る。この秘蹟によって養われた者に、思召にしたがって生き、ふさわしく奉仕する恵みを与え給え。天主として(…)。
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教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ 第23章 「作り上げること」と「壊し尽くすこと」との闘い

2019年02月25日 | ルフェーブル大司教の言葉
教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ

ルフェーブル大司教の公開書簡 その23

第23章 「作り上げること」と「壊し尽くすこと」との闘い

 二十年の歳月が流れたら、公会議の刷新によって引き起こされた反動は鎮火し、カトリック信者は自分たちが育てられてきた宗教を葬り、それを知らない若者たちは新しい宗教を受け入れるだろう、と人々は信じていました。少なくともそれが、近代主義者たちがした賭けでした。彼らは、最初のうちは、自分たちのやり方に自信を持ち、この大混乱の程度がひどすぎるのをたいして驚きもしませんでした。しかし時が経つにつれて驚かないわけにはいかなくなりました。この世の精神に対してなされた数多くのそして本質的な事柄の妥協は、期待された結果をもたらすことはありませんでした。もう誰も、新しい宗教儀式の司祭になることなどもはや望まなくなりました。信者たちは宗教を実践することから遠ざかってしまいました。貧しい人々のための教会になろうとした教会は、自分自身、貧しい教会になってしまい、教会維持しを収めるように求める広告に頼ったり、不動産を数多く売却しなければならなくなってしましました。

 こうした時代の中で、全てのキリスト教国で、特にフランス、スイス、米国、そしてラテンアメリカでは、聖伝に忠実な人々が集結していきました。

 新しいミサを考案したモンシニョール・アンニバレ・ブニーニ (Mgr Annibale Bugnini) は、世界中で巻き起こったこの抵抗を自分自身も認識せざるを得なかったことを、死後に出版された本 (La Riforma Liturgica: Edizioni Liturgiche Rome) の中で認めています。こうした抵抗は、休む間もなく広がって組織化され、支持を集めました。進歩主義のジャーナリストたちは度々、自分たちを安心させるために、「伝統主義者」による運動が「速度を緩めてきている」などと記事を書きますが、事実はその逆なのです。

 ミサに参列する信者数、ミサの回数、聖体降福式の頻度、あるいは多くの美しい儀式という点で、サン・ニコラ・ドゥ・シャルドネ教会(St. Nicholas-du-Chardonnet)と肩を並べることのできる教会が、一体、他のどこにあると言うのでしょうか。聖ピオ十世会には世界中に70ヶ所、それぞれに最低一名の司祭が着任している修道院を持っています。また、ブリュッセルにあるような教会や、ごく最近、ロンドンに取得したような教会、あるいはマルセーユで私たちが自由にできる教会もあります。そのほかにも、いくつもの学校や4つの神学校を運営しています。

(訳者註:2018年現在、神学校6校、管区14区、自律修道院5件、小修道院(prieurés)167ケ所、ミサ・センター772ヵ所、学校100校以上、大学2ケ所、育児施設3ケ所、老人ホーム7ケ所があり、3名の司教と637名の司祭、204名の神学生、56名の神学校準備生、修道士123名、修道女200名、奉献修道女79名、ケニアの宣教修道女19名がいる。37ヵ国で常駐し、その他に35ヵ国にミッションに行っている。聖ピオ十世会が働いている国の合計は72ヵ国。)

 聖伝に基づくカルメルの女子修道会が開かれ、すでに新しい共同体を形成しはじめています。15年前、あるいはそれよりも以前に設立された男子あるいは女子の修道者らの共同体では、自分たちの属する修道会の会憲を厳格に守っています。そこでは召命者で溢れかえって、常にその敷地を拡大しながら新しい建物を建てつづけなければなりません。カトリック信徒の寛大さは、特にフランスでは私を驚かしつづけています。

 修道院はこうした輝き出す魅力の中心的な存在です。そこには、遠方からもしばしば大勢の人々が訪れて来ます。多種多様な方法で与えられる虚しい娯楽や現実逃避の誘惑に戸惑わされている若者たちは、そこに、(そこで聖パウロが回心した)ダマスコへの道を見い出します。カトリックの正統な信仰を守り、そのために人々を惹きつけている場所を記した一覧表がここにあります。ル・バルー(Le Barroux)、フラヴィニー(Flavigny-sur Ozerain)、ラ・エ・オ・ボンゾム(La Haye-aux-Bonshommes)、アレスのベネディクト女子修道会(Bénédictines d’Alès)、ラメレのベネディクト女子修道会(Bénédictines de Lamairé)、ファンジョーの女子ドミニコ会(Fanjeaux)、ブリニョールの女子ドミニコ会(Brignoles)、ポンタレック(Pontcallec)、ルカル神父様(M. l’abbé Lecareux)の指導のもとの共同体、等々。

 頻繁に旅をしていると、仕事で訪れた随所で、教会を祝福しているキリストの手を見かけます。メキシコでは、一般の人々は改革派の聖職者を教会から追い出しました。彼らは解放の神学と呼ばれるものに染まった聖職者で、教会を改革しようとして、聖人の像を捨て去ろうとしたのです。「外へ放り出されるのは御像ではない。それは、あなたのほうだ。」 政治的な理由によって、私たちはメキシコに小修道院を設立することができませんでしたので、米国の国境付近にあるエル・パソに設立されたセンターから聖伝に忠実な司祭が出かけて行きます。クリステロス(Cristeros 訳者注:メキシコで共産革命が起こった時に、王たるキリストとカトリック教会のために共産主義者らと闘ったカトリック信徒たちのグループ)の子孫たちはこうした司祭たちを歓迎し、彼らに自分たちの教会を提供しています。私は人々の要望に応えて、そこで2500名に堅信式を執行しました。

 米国では、若い夫婦と彼らの大勢の子供たちが、聖ピオ十世会の司祭たちに群がってきます。1982年に私はこの国で、私たちの神学校で一貫した教育を受けた最初の三人の司祭を叙階しました。教区が衰えていくのに反して、聖伝主義者たちのグループは増加する傾向にあります。目新しい革新に対して抵抗を続けていたアイルランドは、1980年から改革に乗り出しました。祭壇は川へ投げ捨てられたり、ビルの建築資材として再利用されたりしていました。ところが同時に、聖伝主義者のグループがダブリンとベルファストに誕生しました。ブラジルでは、すでにお話したカンポス教区でのことですが、人々は新しい司教によって自分たちの小教区の教会から追放された司祭たちのまわりへ押し寄せてきて、その人々の行列は5千人にも、1万人にも達しました。

 ですから、私たちは正しい道を歩んでいるのです。証拠はここにあります。私たちはその実で木を見分けます。ルイ・ヴイヨ(Louis Veuillot)が語った言葉の中に「自由主義者ほどセクト的な(偏狭な)人間は居ない」というものがありますが、そのセクト的な自由主義の聖職者たちによる迫害にも関わらず、聖伝の聖職者や信徒たちが成し得てきたことは、ほとんど奇跡なのです。

 親愛なる読者の皆さん、彼らは「聖伝主義者」「伝統主義者」というレッテルで、悪い意味で私たちを人々に印象づけようとしていますが、あなたがたはそれに惑わされてはなりません。ある意味では、これこそ冗言です。なぜならば、聖伝主義者でないカトリック者などあり得ないからです。私はすでにこの著書の中でそのことを、つまり、教会とは伝統であるということを十分に論証してきたつもりです。私たちが伝統そのものなのです。

 彼らはまた、「非妥協的カトリシズム」「完全主義」という言葉も口にします。しかし、もしもそれが、教義、教理、キリスト者の道徳観、ミサの聖なる犠牲の完全性に対する敬意という意味であるならば、そのとおりです、私たちは完全主義者です。そして私は、この意味において、完全主義者でないカトリック者などあり得ないと思っています。

 私については、私に代わる司教が居ない以上、私がしてきた仕事もやがては消え失せるだろうとも言われています。私はその逆を確信しています。この点については、私には何の心配もありません。もしかしたら、明日、私は死んでいるかも知れません。ですが、良き天主が、すべての問題に答えを下さることでしょう。私たちの神学生たちを叙階してくれるに十分な司教たちが世界各地で見つかることが、私には分かっています。

 今日この瞬間は、まだ口を閉ざしているとしても、これらの司教のうちの誰かが、聖霊の導きによって立ち上がる勇気を与えられることでしょう。私のこの仕事が天主様のものであるならば、その道は主によって守られ、教会にとっての善となるように用いてくださるはずだからです。私たちの主は、地獄の門が教会を打ち負かすことはないと約束してくださっているからです。

 ここに、私が主張し続ける理由があります。そして、もしあなたがたが、なぜ私がこれほどにまで粘り強い態度をとるのかと問うならば、私はこう答えましょう。私がこの地上を去るとき、天主様が「お前は司教として何をした? 司教、司祭の恩寵に与ったお前は、どんな働きをしたのだ?」と私にお尋ねになられたとき、私は天主様の口から次の恐ろしい言葉を聞きたくないのです。「お前もまた、他の者たちと一緒になって、教会を破壊する手助けをしていたのではないか」と。

1984年7月4日

教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ

01. なぜ今カトリック者たちは、困惑しているのか。原因は、カトリック教会に侵入した新しい精神。それは教会の過去の教えと生命とを疑問視させる。
02. 私たちの宗教は変えられようとしている!
03. 典礼改革:ミサ聖祭が全く日常の行為の位まで押し下げられている。非神聖化。聖なる物の喪失。
04. 永遠のミサと現代のミサ。典礼改革は意図的に犠牲を食事に変える。
05. 「それは昔の話ですよ!」
06. 洗礼と婚姻、悔悛と終油の秘蹟の新しい仕方
07. 新しい司祭職
08. 新しい公教要理
09. 現代の神学
10. エキュメニズム(キリスト教一致運動)
11. 信教の自由
12. 「同志」および「同伴者」たち
13. フランス革命のフリーメーソン的スローガン「自由・平等・博愛」は、第二バチカン公会議の「信教の自由、団体主義の平等、エキュメニズムの博愛」となった
14. 「第2バチカン公会議は教会内部のフランス革命だ」(スーネンス枢機卿)
15. 教会と革命の結合:リベラル派は教会を革命と結婚・合体さようとし、歴代の教皇たちはこのリベラルなカトリック主義を排斥し続けてきた
16. 信仰を瓦解させる新近代主義
17. 聖伝とは何か:聖伝とは「数世紀を経て教導職により伝えられてきた信仰の遺産」と定義される
18. 本当の従順と偽物の従順:「従順」の名によって全聖伝に不従順であることは本物の従順ではない。
19. エコンの神学校とローマ
20. 永遠のミサ
21. 異端でもなく、離教でもなく
22. 家族で出来ること:家族という組織単位が破壊されつつある、離婚、同性愛カップル、出生率の低下、中絶
23. 「作り上げること」と「壊し尽くすこと」との闘い

回勅『パッシェンディ・ドミニチ・グレジス Pascendi Dominici Gregis』 近代主義の誤謬について 聖ピオ十世教皇(1)

回勅『パッシェンディ・ドミニチ・グレジス Pascendi Dominici Gregis』 近代主義の誤謬について 聖ピオ十世教皇(2)

回勅『パッシェンディ・ドミニチ・グレジス Pascendi Dominici Gregis』 近代主義の誤謬について 聖ピオ十世教皇(3)

マルセル・ルフェーブル大司教が1976年6月29日にした歴史的な説教:聖伝を維持しながらこそ、ペトロの後継者(教皇)に対する私たちの愛と素直さと従順を表すことができる

聖ピオ五世教皇の勅書「クォー・プリームム」Bulla Quo Primum (1570年7月14日発布)の羅和対訳 Latin - Japanese bilingual

ルフェーブル大司教のローマにおける1974年11月21日の宣言

PIUS PP. X, MOTU PROPRIO, PRO ITALIA ET INSULIS ADIACENTIBUS DE STUDIO DOCTRINAE S. THOMAE AQUINATIS IN SCHOLIS CATHOLICIS PROMOVENDO
"Doctoris Angelici nemo sincere catholicus eam ausit in dubium vocare sententiam": Acta Apostolicis Sedis Vol 6, 1914 p. 336.

Doctoris angelici (ラテン語 text)

Doctoris Angelici (英語訳)


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教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ 第22章 家族で出来ること:家族という組織単位が破壊されつつある、離婚、同性愛カップル、出生率の低下、中絶

2019年02月24日 | ルフェーブル大司教の言葉
教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ

ルフェーブル大司教の公開書簡 その22

第22章 家族で出来ること:家族という組織単位が破壊されつつある、離婚、同性愛カップル、出生率の低下、中絶

 声をあげなければならないときが、すでに来ています。『現代世界憲章』が「歴史の経過そのものも、動きが早く、各個人がそれについてゆけないほどである」と、歴史の流れについて語るとき、それは、自由主義社会が分解と大混乱へとまっさかさまに突進していることが理解できます。私たちはこうした動きに巻き込まれないように注意しなければなりません。

 国の指導者たちがあらゆる権威を破壊していく一方で、自分たちはキリスト教徒だなどと称するのは、理解に苦しむところです。本来はむしろ、天主からの権利を与えられた二つの自然社会、すなわち家族と市民社会の中において、天主の摂理によって定められた権威を再確立することが重要なのです。これらの影響は重大です。そして近年、強烈な打撃を受けて苦しんでいるのは家族です。フランスやスペインのような国々では、社会主義への改革が、この歩みをよりいっそう速めてしまいました。

 次々となされる法的な政策は、家族という組織単位を破壊しようとする決意のもとに集結していることを明らかに示しています。

 父親の威厳は損なわれ、簡単に離婚が起きるようになり、夫婦の交わりにおける責任感は消失し、無効であるはずの男女関係さらには同性愛カップルまでもが法的に承認されるようになりました。少年少女は同棲し、試験的結婚が登場し、大家族に対する金銭的、社会的援助も減らされてしまいました。他にもたくさんのことが起きています。そして、自国の利益が気になる国はようやく、出生率の低下という現象の影響に目を向けるようになり、近い将来、経済活動の一線から退いた高齢者たちの養老年金を、これから育ってくる若者たちがどうやって維持させていくことができるのだろうかと、途方に暮れています。ですが、人々が精神面で受ける影響の深刻さは、それどころの比ではありません。

 カトリック信者はこれらに倣うべきではないものの、国民のひとりとして、何が要求されているかを見極めてその負担を正しく担うために全力をあげなければなりません。これが、信徒らが政治に無関心でいるわけにはいかない理由です。ですがこうした努力も、自分たちの子供を教育において特にその効果をあげるものでなければなりません。

 この問題では、「子は親の所有物ではない」と宣言する人々によって、権威なるものが根底で疑問視されています。彼らはこのように宣言することで、教育というものは、学校、託児所、幼稚園などをとおして国が施すものであると言い、自分たちの信仰上の信念にしたがって自分の子供を育てていこうとする親たちはその子供たちの「良心の自由」を尊重していないと言って、親たちをとがめて非難します。

 このような考え方は、17世紀の英国の哲学者たちにまで遡ることができます。彼らは、人間とは生まれた瞬間から独立した一個人であって、いかなる権威からも解き放たれた自由かつ平等な存在である、という考えを支持しました。私たちは、この考え方が誤りであることが分かります。子供はあらゆるもの、すなわち、食べるもの、知性、教育、道徳、そして社会的な糧のすべてを、自分の父親や母親から与えられるからです。親たちは、子供たちの心の中で権威を分かち合ってくれる教師たちに支えられています。子供たちは自分自身の体験や観察をとおして自分自身の中に取り込んだ知識よりも、それが親だけからであっても、あるいは親と教師たちから学んだものであっても、若い時期に彼らから学び、受け、受領した知識のほうが遙かに大きいのです。知識のほとんどは、それを伝える権威あるところから与えられたものです。生徒たちは、自分の親や教師、教科書を信頼して、そして知識が育くまれていくものなのです。

 このことは、信仰、伝統、慣習に従った宗教的な知識、宗教的な実践、あるいは道徳的行動において、さらに真実となります。世界中の国々を観察してみれば分かるように、人間は普通、家族の習慣に従って生活しています。ですから、子供時代に受けた宗教から他の宗教へ移行していくということは、深刻な問題にぶつかるものなのです。

 家族や生い立ちが人に与える絶大な影響は、天主様によって意図されました。天主様は御自分の祝福が、まず最初に家族をとおして与えられることを望まれました。父親たる存在が、天主様によって、家族の中で妻や子たちに対して大いなる威厳と力を与えられた理由は、そこにあります。子供はとてつもなくか弱い状態で生まれてくるため、安定して持続する解消されえない家庭が絶対に必要となります。

 家庭の威厳を損なってまで、子供の個性や自意識を高揚しようとすることは、子供の不幸を作ることであり、彼らを親に反抗し、軽蔑するようにと促すことです。しかし、親を敬う子供たちには長寿が天主によって約束されているのです。聖パウロはこのことに触れて、父は子を怒らせてはならず、むしろ主を畏れる者として鍛錬しなさい、と諭しています。

 もし私たちが、宗教的な真理が理解できるまで、信じて回心することを待たなければならないのだとしたら、今日、キリスト教徒はほとんど存在していなかったでしょう。私たちは、あかししてくれる人々の聖徳、利己主義を捨てた態度、愛徳に満ちたその様子をとおして、これらの人々が信じるにふさわしいからこそ、宗教の真理を信じているのです。また、聖アウグスチヌスが言っているように、信仰が理解を与えるものなのです。

 両親の役割が、とても難しくなってきました。私たちが見てきたように、多くのカトリック・スクールは事実上、公立の学校と変わらない世俗的な存在となりました。そこでは真の宗教どころか、世俗の学問を信仰に照らして教えることすらもなされていません。公教要理の時間は近代主義思想を喧伝しています。多忙を極める近代生活は、人々から時間的なゆとりを奪い、専門職の義務は、かつては子育てに協力してくれた祖父母から親子を引き離しています。カトリック信者は混乱しているだけでなく、無防備な状態に置かれているのです。

 ですが、両親が非常に大切な部分を保証することまでできなかったとしても、この欠乏を埋め合わせるはずの天主様の恩寵があります。それでは、何をしなければならないのでしょうか? 数は非常に限られているものの、本当の意味でのカトリック・スクールは存在しています。仮にそれが金銭的な重荷を強いるものであっても、あなたがたは自分の子供をそこに行かせるようにして下さい。他の人々がすでにそうしたように、新しい学校を建てなさい。もしもあなたがたが、教育が荒廃した学校に頼るしかないのならば、そのことを申し立て、要求しなさい。それらの学校の教師に、我が子の信仰を失わせがままにさせてはなりません。

 最も素晴らしく、最も健全で、最も完璧なトリエントの公教要理を家族でよく読みなさい。良い司祭による霊的な指導のもとで、「公式のものとは別の」教理講座を開きなさい。私たちがそう言われたように「野蛮」と呼ばれることを怖れてはなりません。それどころか、あなたたちの子供を喜んで迎え入れてくれるような多くのグループがすでに活動を始めています。

 近代主義者の毒に染まった本を捨てなさい。助言を求めなさい。素晴らしい書籍を出版している勇敢な出版社があります。彼らはまた、近代主義者によってかつては破壊された優れた書籍の再出版もしています。

 どんな聖書でも買い求めればよい、というものではありません。どんなカトリック信者の家庭も、忠実に訳されたヴルガタ訳の聖書を使いなさい。これは、4世紀に聖イエロニモがラテン語に訳して、教会で列聖された聖書です。聖書の正しい解釈から離れてはなりません。かつてはどこでも行なわれていたような本物のミサと秘蹟に与りなさい。

 現在、教会は悪魔から激しい攻撃を受けています。これは事実です。おそらく私たちは、悪魔の最後の戦い、総力をあげた決死の戦いの証人なのです。悪魔はあらゆるところで最前線を攻撃しています。ファチマの聖母が、いつの日か悪魔は教会の最も崇高な部分までをも貫くでしょう、とおっしゃったのならば、それが現実に起きこりうることなのです。私が個人的に主張していることは何もありません。ですが、ローマの最も高位な中枢部に居る人々が信仰を失っていると私たちに感じさせる数々の兆しがあります。

 霊的な面での緊急対策が必要とされています。私たちは祈り、償いをしなければなりません。聖母マリアがお望みになられたように、家庭でロザリオを唱えなければなりません。過去に起きた様々な戦争では、爆弾が降り注ぎ始めると、人々が共に祈りを捧げ始めるのを、私たちは見てきました。これと全く同じように、爆弾がこの瞬間にも降ってきているのです。私たちは信仰喪失の崖っぷちに立たされているのです。人間は、世界規模での経済危機や原子爆弾による戦争のような災いを怖れてきました。ですが、私たちが置かれているこの状況が、それ以上に深刻なものであるということを、あなたがたは認識しているでしょうか?

 刷新が絶対的に必要とされています。しかし、このことで若者を頼ることなどできない、と決めてかかってはいけません。若者は、必ずしもすべてが堕落してしまったわけではなく、一部の若者たちは、自分がそうではないことを私たちに証明しようとしています。彼らの多くは理想を持っています。他の多くの若者たちに対しては、理想を差し出すだけで十分なのです。彼らの寛大さに訴えて成功した運動の例は数え切れないほどあります。聖伝に忠実な修道院は若者たちを魅了し、養成を受けたいと望む若い神学生や修練者たちからの召命には事欠くことがありません。使徒から与えられた指示にしたがって果たすべき崇高な仕事があります。“Tenetetraditions... Permanete in iis quae didicistis.”「私たちが・・・教えた伝えを守れ。?テサロニケ2:15(バルバロ訳)」

 消え去るように呼ばれている古い世界とは、中絶を主唱する世界です。聖伝に忠実な家族とは、大人数の家族でもあり、彼らの本物の信仰が子孫の繁栄を保証してくれています。「生めよ、ふえよ!」教会がいつも教えてきたことから離れずにいるならば、未来は保証されているのです。

教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ

01. なぜ今カトリック者たちは、困惑しているのか。原因は、カトリック教会に侵入した新しい精神。それは教会の過去の教えと生命とを疑問視させる。
02. 私たちの宗教は変えられようとしている!
03. 典礼改革:ミサ聖祭が全く日常の行為の位まで押し下げられている。非神聖化。聖なる物の喪失。
04. 永遠のミサと現代のミサ。典礼改革は意図的に犠牲を食事に変える。
05. 「それは昔の話ですよ!」
06. 洗礼と婚姻、悔悛と終油の秘蹟の新しい仕方
07. 新しい司祭職
08. 新しい公教要理
09. 現代の神学
10. エキュメニズム(キリスト教一致運動)
11. 信教の自由
12. 「同志」および「同伴者」たち
13. フランス革命のフリーメーソン的スローガン「自由・平等・博愛」は、第二バチカン公会議の「信教の自由、団体主義の平等、エキュメニズムの博愛」となった
14. 「第2バチカン公会議は教会内部のフランス革命だ」(スーネンス枢機卿)
15. 教会と革命の結合:リベラル派は教会を革命と結婚・合体さようとし、歴代の教皇たちはこのリベラルなカトリック主義を排斥し続けてきた
16. 信仰を瓦解させる新近代主義
17. 聖伝とは何か:聖伝とは「数世紀を経て教導職により伝えられてきた信仰の遺産」と定義される
18. 本当の従順と偽物の従順:「従順」の名によって全聖伝に不従順であることは本物の従順ではない。
19. エコンの神学校とローマ
20. 永遠のミサ
21. 異端でもなく、離教でもなく
22. 家族で出来ること:家族という組織単位が破壊されつつある、離婚、同性愛カップル、出生率の低下、中絶
23. 「作り上げること」と「壊し尽くすこと」との闘い

回勅『パッシェンディ・ドミニチ・グレジス Pascendi Dominici Gregis』 近代主義の誤謬について 聖ピオ十世教皇(1)

回勅『パッシェンディ・ドミニチ・グレジス Pascendi Dominici Gregis』 近代主義の誤謬について 聖ピオ十世教皇(2)

回勅『パッシェンディ・ドミニチ・グレジス Pascendi Dominici Gregis』 近代主義の誤謬について 聖ピオ十世教皇(3)

マルセル・ルフェーブル大司教が1976年6月29日にした歴史的な説教:聖伝を維持しながらこそ、ペトロの後継者(教皇)に対する私たちの愛と素直さと従順を表すことができる

聖ピオ五世教皇の勅書「クォー・プリームム」Bulla Quo Primum (1570年7月14日発布)の羅和対訳 Latin - Japanese bilingual

ルフェーブル大司教のローマにおける1974年11月21日の宣言

PIUS PP. X, MOTU PROPRIO, PRO ITALIA ET INSULIS ADIACENTIBUS DE STUDIO DOCTRINAE S. THOMAE AQUINATIS IN SCHOLIS CATHOLICIS PROMOVENDO
"Doctoris Angelici nemo sincere catholicus eam ausit in dubium vocare sententiam": Acta Apostolicis Sedis Vol 6, 1914 p. 336.

Doctoris angelici (ラテン語 text)

Doctoris Angelici (英語訳)
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教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ 第21章 異端でもなく、離教でもなく

2019年02月23日 | ルフェーブル大司教の言葉
教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ

ルフェーブル大司教の公開書簡 その21

第21章 異端でもなく、離教でもなく

 1974年11月21日の宣言は、私が既に述べたばかりのプロセスを引き起こしましたが、次のような言葉でこの宣言は終わっていました。「こうすることによって、私たちはローマ・カトリック教会に忠実であり、ペトロの全ての後継者に忠実に留まり、聖霊において私たちの主イエズス・キリストの玄義の忠実な奉仕者となることができると確信している。」

 オッセルヴァトーレ・ロマノ紙はこの宣言のテキストを掲載する時、ここの段落を省略しました。ここ10年以上にもわたって、私たちの敵は私たちが教会の交わりから追い出さすように関心があり、私たちが教皇様の権威をあたかも受け入れていないかのように思わせようとしています。私たちをしてセクトにしたり、私たちを離教者だと宣言すると、便利になるからです。私たちに関して、離教とか教会を離れたとか、どれ程多く言われてきたことでしょうか!

 私はこう言い続けてきました。「もしも誰かが教皇から離れたとしても、それは私ではない」と。問題の要点は次のことにあります。つまり、教会における教皇の権能は最高権力である、しかし絶対でもなければ無制限でもない、何故なら、教皇といえども天主の権能に従属しているからである、この天主の権能は聖伝、聖書、教会教導権により既に公布された諸定義によって表明されている、ということです。

 事実、この権能はこれがキリストの代理者(つまり教皇)にこの地上で与えられた目的の内に制限されています。この目的は、ピオ九世が第一バチカン公会議の憲章『パストル・エテルヌス』において明確に定義しています。ですから、教皇の権能が制限されていると言ったとしても、自分の個人的な理論を述べているわけではありません。

 盲目的従順はカトリックではありません。それがたとえ教皇であったとしても、長上の権威の命令が天主の御旨と反している場合(例えば聖伝が確実に天主の御旨が何であるか私たちに知らしめているような時)、御旨に反することを受け入れた時、天主よりも人間に従ったということの責任を誰も免れることはできません。教皇の口から出る全ての言葉がどれもこれも不可謬であると考えるのは間違っています。

 こう言ったとしても私は、パウロ六世が異端者であったとか、パウロ六世はその異端説を唱えたことにより教皇ではなくなった、と暗示したり断言したりする者らの一人ではありません。もしもそれが本当なら、パウロ六世によって任命された大部分の枢機卿たちは、本物の枢機卿ではないということになります。そうなれば有効に別の教皇を選ぶことができなくなってしまいます。そうなればヨハネ・パウロ一世もヨハネ・パウロ二世も正当に選ばれた教皇ではないことになってしまいます。これがいわゆる教皇聖座空位主義者(セデヴァカンティスト)と呼ばれる人々の立場です。

 確かにパウロ六世はカトリックの良心に、極めて重大な問題を提起した、ということは認めなければなりません。パウロ六世は1789年のフランス革命よりも大きな損害を教会に与えました。具体的な事実を挙げれば、新しいミサ典書の総則第7項に署名したことや信教の自由の文書に署名したことなどは、スキャンダルを引き起こすことです。しかし、教皇が異端者であり得るか否かということを知るのは、単純な問題ではありません。多くの神学者たちは、教皇は個人的な教師としては異端者たり得るが、普遍教会の教師としてはそうでは有り得ないと考えています。私が今引用したような文章に署名をする時、パウロ六世がいったいどの程度教皇の不可謬権を行使しようと望んだのかを詳しく吟味してみなければなりません。

 ところで私たちは、パウロ六世が異端を頑固に固執すると言うよりも、むしろもっとリベラルに行動したということを見ることができます。実際、パウロ六世に彼が陥りつつある危険を見せると、彼はすぐに草稿中の文章で肯定していたのと反対する言い方を付け加えることによって矛盾する文章を付け加えていました。司教団体主義に関する『教会憲章』に引き続いて予備注釈の覚え書きを挿入させた有名な霊があります。或いは、パウロ六世は極めて曖昧な言い方の文章を書いていました。これは正に、一貫していない性質により、リベラルに特有のことです。

 パウロ六世のリベラリズムは、その友であるダニエルー枢機卿によっても認識されており、その教皇統治におこった悲惨な結果を説明するのに十分です。リベラルなカトリックとは、絶え間ない矛盾における二重の顔を持った人です。彼はカトリックとして留まろうとするのですが、同時にこの世に取り入ろうとする渇望にとりつかれています。では教皇は、リベラルであると同時に教皇であり続けることができるのでしょうか? 教会は常にリベラルなカトリックを厳しく断罪してきましたが、彼らを必ずしも常に破門してきたというわけではありません。教皇聖座空位主義者は別の議論を進めます。彼らによれば、八〇歳以上の枢機卿らに教皇選挙の投票権を奪ったがゆえに、最近の二回のコンクラーベ(教皇選出選挙)を順次した教皇選出規定は、これらの教皇選挙を無効にしたのではないか、と。無効にしたとは言い過ぎでしょう。しかし、もしかしたら疑わしいものにしたかもしれません。しかしながら、選挙後の枢機卿とローマ聖職者らによる一致した、事実上の教皇としての受け入れは、この選挙を有効にするのに充分です。これが神学者たちの意見です。

 教皇が存在していないということを主張する人々の考え方は、教会を抜け出すことのできない状況に追いやってしまいます。しかし教会の可視性の問題にとって、教皇の存在はあまりにも必要であり、天主は過去数十年の長きにわたって省略することのできなかった事柄であるはずです。もし彼らの主張が正しいとしたら、いったい誰が私たちに将来の教皇がどこにいるかを教えてくれるのでしょうか? もはや正統な枢機卿たちが存在していないとしたら、いったいどうやって教皇を選ぶのでしょうか? 私たちはここに離教的な精神を見いだします。私たちの聖ピオ十世会はこのような考え方に入るのを絶対的に拒否します。私たちはローマに、ペトロの後継者に固執し続けることを望み、パウロ六世の前任者たちへの忠実さ故に、パウロ六世のリベラリズムを拒否します。

 信教の自由という場合において新しい教会法によって許可された御聖体を非カトリック信者に授けることも、或いは教会内において二つの最高権力があるとして考えられた司教団体主義の場合も、全てのカトリック聖職者とカトリック信徒にとって、これへの従順に抵抗しこれを拒否する義務があるということは明白なことです。もしもこの悪が公であり、霊魂たちの躓きを引き起こすものであれば、この抵抗もやはり公のものでなければなりません。だからこそ、聖トマス・アクィナスの教えに従って、デ・カストロ・マイヤー司教様と私とは、1983年11月21日にヨハネ・パウロ二世教皇様に公開書簡を送ったのです。それによって教会が陥っている劇的な状況の主要な原因を取り消して下さるように懇願しました。私たちが個人的に15年間にわたってしてきた全ての行動は全く無駄に終わっていたので、私たちがこのまま沈黙を守ることは、私たちをして全世界における霊魂の苦悩と混乱とを引き起こした共犯にしてしまうと思われたからです。

「教皇聖下、この不安が消えるようにするのは緊急のことです。なぜなら、群は散りぢりになり、捨てられた羊達を金で雇われたものが追っているからです。カトリック信仰の善のため、霊魂達の救いのために、私たちは聖下に彼らの誤謬に反対の真理をもう一度断言して下さるように、・・・とひたすらに願い乞い求めます」と私たちは書きました。私たちの警告の叫びは、新しい教会法の諸逸脱(異端とは言わないものの)や、ルター生誕500周年の儀式や講話によってますます大きなものとなっていました。

 それに対して返事はありませんでした。しかし私たちはなさなければならなかったことをしたまでです。私たちは教会があたかも人間のつくった組織であるかのように絶望することはできません。全ての異端が過去のものとなったように、現在の混乱も過去のものとなることでしょう。いつの日か聖伝に立ち戻らなければならなくなる日が来るでしょう。ローマ教皇の権威において、もう一度、教皇三重冠によって意味された権能が現れなければならないでしょう。信仰と道徳を守る裁判所がもう一度、恒久的に立てられなければならないでしょう。司教たちは自分の個人的な権能とイニシアティヴとを取り戻さなければならないでしょう。

 現在使徒職のメッセージの核心を打ち消すようにして使徒職を麻痺させている全ての障害から、真の使徒的働きを解放しなければならないでしょう。神学校にその本当の役割を与え、昔のような修道会を再び創りあげ、国家の規定する無宗教的な教育課程を止めて本当のカトリック学校とカトリック大学を復興させなければなりません。全ての人々の義務と権利を尊敬しながら兄弟愛に基づいてともに働くことを決意した司牧的かつ労働者のための組織を援助し、国内冷戦に他ならないストライキという社会的災害を禁止し、教会の法律に適う国法を制定するように促進し、社会を私たちの主イエズス・キリストの社会的王国を公式に認めるようにもっていく決意に満ちた立派なカトリックの代議員が働くことができるように助けなければならないでしょう。

 何故なら、私たちは毎日祈る時に何と言って祈るかを考えてみれば分かることだからです。「御国の来たらんことを。御旨の天に行わるる如く地にも行われんことを。」 また私たちはミサ聖祭の栄光頌では何と言うでしょうか? 「Tu solu Dominus, Jesu Christe. イエズス・キリストよ、御身のみ主なり」です。私たちは、主の祈りを唱え、栄光頌を高らかに歌い、教会から出るやいなや「いやいや、このような概念はもう古くさい、現代世界ではイエズス・キリストの統治について話すことは目論むことさえも不可能だ。」と言うのでしょうか? 私たちはそれほど論理に一貫性がないのでしょうか? 私たちは本当にキリスト者なのでしょうか?

 世界諸国は、抜け出すことのできない多くの困難を抱えています。多くの場所で戦争が永久化し、原子力によって引き起こされる災害を考えて人々は身を震わせ、経済状態を立ち直らせるために何ができるかと探求し、所得を引き上げ、失業をなくし、産業が栄えるようにと研究しています。実は、経済的な観点からも、私たちの主イエズス・キリストが統治しなければなりません。何故なら、この統治は愛と天主の十戒とを原理にする統治であり、社会に正義と平和をもたらしてバランスを生み出すからです。

 それとも皆さんは、一方でどことどこの政党が連合してだれそれの政治家に希望をおき、いつか誰かが確実に徹底的に問題を解決するよい綱領を実行してくれるだろうと想像し、他方で故意に「唯一の主」をあたかもイエズス・キリストが人々生活に全く関係ないかのように、あたかもどうでもいいかのように、社会から切り離すのがキリスト教的な態度だと思っているのでしょうか? 宗教と、職業・政治などその他のこととを断絶するバリアーを作って自分の生活を2つに分けるひとの信仰とはいったい何なのでしょうか? 天と地とを創り給うた天主は、私たちの物質的かつ社会的みじめな困難から私たちを救うことができないとでも思っているのでしょうか? もしも皆さんが逆境の時に祈ったことが或る方でしたら、聖父なる天主はパンを求めて祈る子供達に石を与えるようなことはなさらないことは、経験によって知っていると思います。

 キリスト教的な社会秩序は、マルクス主義の理論との対極にあります。マルクス主義はそれが実践されたところでは世界中のどこででもいかなる利益をももたらしませんでした。あったのは多くの、悲惨、最も弱い者が押しつぶされたこと、人間の軽蔑、死、それだけでした。キリスト教的社会秩序は、私的所有物を尊重し、家庭を崩壊させるすべてのものに反対して家庭を保護し、子供の多い家庭、女性が家庭内に留まる家庭を奨励します。また個人による合法的な自律の余地を残し、中小企業を奨励し、大地へのたち戻りを促し、農業の正しい価値を評価します。さらに職業組合を想定し、学校に自由を与え、全ての形の社会反乱や革命に対して市民を保護します。

 このキリスト教的な秩序はもちろん政教分離に基づくリベラルで、危機に対してますます無能であることが証明されている体制とは区別されます。「すべての人々の光」である方を故意に捨てたリベラルに、いったい何ができるというのでしょうか? リベラル派は市民たちのエネルギーをどのようにまとめるというのでしょうか? 彼らには市民に福祉とか快楽以外には、理想を提示するものが全くないのですから。彼らはしばらくの間、幻想を維持させることができていました。何故なら人々はキリスト教的な思想の習慣を保っていましたし、指導層も多かれ少なかれ意識的に何からの価値を維持していたからです。全てを疑う現代、天主の御旨だから、と暗示させるような習慣はもうなくなりました。リベラルなシステムは、自分自身を危険にさらし、なんらかの理想的な観念によっては機能しなくなっています。そのためこのシステムはくたびれ社会転覆を謀るイデオロギーの易しい餌食となっています。

 キリスト教的社会秩序について語ることは、今では変化している過去に戻ることではありません。その反対です。これはそれを考慮することを恐れるべきではない将来の立場です。皆さんは銃後の戦いをしているのではありません。皆さんは知っている人々です。何故なら「私は道であり真理であり命である」と言った方の教えを心しているからです。私たちには、真理を所有しているという優等性があります。これは私たちの過ちではありません。私たちは真理を持っていることで傲慢になるべきではなく、真理を持っているが故にその責任を持って行動しなければなりません。教会は、真理を保持しているが故に誤謬に対して優位に立っています。天主の聖寵の助けにより、教会は真理を広めなければなりません。真理を恥じて升の中に隠すできではありません。

 真理を毒麦と混ぜては更にいけません。しかしこのことはよく見られるようになってしまいました。私は、オッセルバトーレ・ロマノ紙の中にパオロ・ベファニという署名の人の書いた興味深い記事を読みました(Osservatore Romano, 18. 1. 84)。彼はバチカンが社会主義を好意的に見ているということについて書いていました。記者は中央アメリカの状況とポーランドの状況とを比較してこう書いています。

「教会はヨーロッパの状況をそのままに残し、一方でラテン・アメリカ諸国の状況とそれらに及ぼすアメリカ合衆国の影響に、他方でソビエト帝国の衛星軌道上に位置するポーランドの状況との問題を抱えている。

 この2つの国境でぶつかりながら、教会は第二バチカン公会議とともに、フランス革命のリベラル民主主義的征服を自分のものとして既にそれを過去のものとした。教会はその前進過程において(たとえばパウロ六世の回勅『ラボーレム・エグゼルチェンス』を見よ)、マルクス主義ロシア革命「後」のものとして自らを提示し、「マルクス主義後の民主的な、キリスト教的起源の、自立的であり非全体主義の社会主義」を「解決策」に、マルクス主義の失敗への解決を提案している。

 国家に対する反撃は連帯(Solidarnosc)によって象徴化されている。連帯はレーニンの作業場を前に十字架を立てた。ラテン・アメリカの間違いは、マルクス主義共産主義において、反キリスト教的起源を持つ社会主義において解決策を探していることである。」

 これがリベラルの幻想主義です。彼らは真理を表明しているかのように確信して矛盾した単語を組み合わせるのです。彼らは、教会と、キリスト教世界を混乱に陥れ共産主義に門戸を開く革命とを結合しようとする考えにとらわれている不倫の幻想家にすぎません。聖ピオ十世はシヨン主義者らにこう言っていました。「シヨンは空想上の産物を追い求めようと目を凝らし、社会主義を擁護しているのだと言えます。」

 シヨンの後継者らはそれを続けています。キリスト教的民主主義の後、キリスト教的社会主義なのだそうです! 最後に私たちは「無神論的キリスト教」に至るでしょう。

 見つけなければならい解決は、マルクス主義の失敗だけの問題ではありません。キリスト教的民主主義の失敗もです。この失敗はもはや証明するまでもありません。何故なら、自然法に反する結合、妥協などが多くあるからです。私たちは濁った水の中に何を探そうというのでしょうか?

 カトリックには本当の解決策があります。それは自分の持てる力の限り働くという義務です。これは個人的に政治に貢献したり、選挙で、キリスト教的社会秩序をもう一度確立する決意を持つ代議士を市長や議員や役員として送り込んだりすることです。何故なら、キリスト教的社会秩序こそが、唯一平和と正義と真の自由を私たちに与えてくれるからです。解決策はその他にはありません。

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教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ 第20章 永遠のミサ

2019年02月22日 | ルフェーブル大司教の言葉
教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ

ルフェーブル大司教の公開書簡 その20

第20章 永遠のミサ

 ある一つの事実は読者の皆さんをきっと驚かせたことでしょう。それはこの事件においてミサ聖祭が問題となったことは一時もなかった、ということです。しかしながら、この葛藤の中心にミサ聖祭があるのです。ミサについて沈黙を強制させられていることが、聖ピオ五世の典礼様式とよばれているこのミサがきちんと許可されていることであることを白状しています。

 聖伝のミサについて、カトリック信徒は完全に落ち着いていることが出来ます。このミサは禁止されていないし、禁止され得ないのです。繰り返しますと、聖ピオ五世はこれを発明・発見したのではなく、「ミサ典礼書それ自体を、聖なる教父達の以前の規律及び挙式法に復旧した」のであり、1570年7月14日に教皇が署名した大勅令『クォ・プリームム』の中で私たちにすべての保証を与えています。

「高位聖職者、管理職者、教会参事会員、及び他の全ての如何なる呼称で呼ばれる、在俗又は如何なる修道会員の司祭は、余によって命ぜられたものより他のやり方でミサ聖祭を捧げる事が無いように。又、何によってであろうとも(彼等が)このミサ典礼書を変更すべく強いられ、強制される事無く、又この手紙が決していつの時代でも変更されることの無く、却って〔この手紙が〕常に堅固、且つその適応範囲において有効であるように、同じく余は規定し宣言する。・・・ 故に、絶対に誰一人として、余のこの許可、規定、命令、勅令、決定、認可、許可、宣言、意志、政令及び禁止のページに背反し、或いはそれに大胆にも背く事のないように。もしも、誰かがそれを企てようと敢えてするとしたら、全能の天主〔の憤慨〕及び使徒聖ペトロとパウロの憤激をかうと言う事を覚えよ。」

 万が一、教皇がこの永久の許可を撤回することが出来たとしたら、その教皇はこれと同じほど荘厳な大勅令によって撤回しなければなりません。ところで1969年4月3日の使徒憲章『ミサーレ・ロマーヌム』は、パウロ六世のミサと呼ばれるものを許可しましたが、トリエント公会議のミサをはっきりと禁止すると表現するものは全くないのです。そのためにオッタヴィアーニ枢機卿は1971年に「私の知る限り、ミサのトリエント典礼様式は廃止されていない」と断言できるほどでした。スイスの司教らの全体会議で、アダム司教は「特別な許可がない限り、憲章『ミサーレ・ロマーヌム』は聖ピオ五世の典礼様式でミサを捧げることを禁止している」と言い張っていましたが、後にいったいこの禁止がどこにどのような言葉で書いてあるのか明示することを要求されて、それに応えることが出来ずに自分の発言を撤回せざるを得ませんでした。

 このことから、もしもある司祭が、聖伝のミサのためにカトリック教会法典の制裁を受けたとしたら、或いは破門されたとしたら、この排斥は絶対的に無効です。聖ピオ五世は、このミサ聖祭を列聖したからです。ところで、教皇といえども、一度列聖された聖人を取り消すことが出来ないように、この列聖を取り消すことは出来ません。私たちは、聖伝のミサを全く良心の平安の内に捧げることが出来ますし、カトリック信徒たちも、何らの心配もなく、これこそが信仰を維持するための最善の方法であるという確信の内にこれに与ることが出来ます。

 このことはあまりにも真理であり、ヨハネ・パウロ二世教皇聖下も、聖伝のミサに関して数年の沈黙の後、カトリック信徒たちに強要されていた枷を弛めたのでした。それが1984年10月3日付けの典礼聖省の書簡で、これは、聖ピオ五世の典礼様式を求める信徒たちのために、もう一度それを「許可」しているのです。確かにこの書簡は、私たちが受け入れることの出来ないいろいろな条件を強要しています。そして、何よりも、私たちに時の終わりまで与えられた権利を教授するために、私たちにこの特別許可は必要ありませんでした。

 しかしながら、この最初のジェスチャーは、----- この後も別のものが続くことを祈りましょう ------ 聖伝のミサに対して投げかけられていた不当な疑惑を取り除き、聖伝のミサに与ることをまだためらっていた、どうして良いか分からなくなっていたカトリック信徒の方々の良心を解放したのです。

 それでは、1976年7月22日に私が受けたとされる「聖職停止」に話しを移しましょう。これはその年の6月29日にエコンでした司祭叙階式の続きでした。3ヶ月前からローマから私たちに、私たちの活動を停止し、司祭叙階式をしてはならないという、叱責、懇願、命令、脅迫が届きました。叙階式直前まで私たちは、特使たちからの使信を立て続けに受けました。彼らは私たちに何を言っていたのでしょうか? 6回も続けて彼らは私に、新しい典礼様式を受け入れそれを私自身が捧げることによって、聖座との正常な関係を取り戻すようにと要求したのです。私をせき立てて或るモンシニョールは、私と一緒に新しいミサを共同司式でするように提案し、私のこの手に新しいミサ典書を手渡しながらもしも私が6月29日に、新司祭たちのために祈りに来た全ての会衆の前でパウロ六世のミサをするなら、今後は、ローマと私との間は全てうまくいくことを約束するまでしたのです。

 これが何を意味するかというと、ローマは私にこの叙階式を執行することを禁止したのではなく、これが新しい典礼にしたがってなされることを私に望んだ、ということです。この瞬間、正にローマとエコンの間のドラマは、ミサの問題を巡ってなされていたし、現在でもそうであるということが明らかになります。

 私は叙階式の説教でこう言いました。

「もしかしたら、明日、新聞紙上に、私たちを排斥する記事が載ることでしょう。全くあり得る話です。それは今日のこの叙階式のためです。私自身、多分に聖職停止の罰を受けることでしょう。これらの若い司祭たちは、「不規則」の罰を受け、原則的にはミサ聖祭を捧げることが出来ないとされることでしょう。あり得ることです。それなら、私は聖ピオ五世に訴えます。」

 私がこの「聖職停止」を拒否していることで動揺しているカトリック信徒の方々がおられるかもしれません。しかし、全ては一つの連鎖を形作っているということをよく理解しなければなりません。いったい何故、私は、この叙階式をするのを拒否されたのでしょうか? 何故なら、聖ピオ十世会が廃止されたし、神学校は廃校になっているはずであったからです。

 しかし私がこの聖ピオ十世会の廃止と神学校廃校を受け入れなかったのは、正しくそれらが非合法的に決定されたからです。そして制裁は、カトリック教会法典に従う形式も整っていなかったし、その中身もカトリック教会法典に則っていなかったからです(特に、行政権の保持者が呼ぶところの「権力の横領」、つまり権限がそのために行使されなければならないその目的に反して権力が用いられることがあったからです)。私は最初から全てを飲み込んでいなければなりませんでした。しかし私はそうはしませんでした。何故なら、私たちは裁判も受けずに、自分を弁護することさえもできずに、警告もなく、いかなる書面もなく、控訴することも出来ず、排斥されたからです。私がこの最初の不正な排斥判決を拒否するなら、それに続くその他の判決も拒否しないわけにはいかなくなるからです。何故なら、それに続く全ての制裁は、すべて最初の一つによって立っているからです。最初が当初から無効であるなら、それに続くものも全く無効です。

 別の疑問がある信徒や司祭の方々があるかもしれません。みんなが反対しているのに、一人だけ正しいということがあり得るか? という疑問です。或る記者会見でル・モンド紙の特派員が私にこう言いました。「しかし、あなたはたった一人です。たった一人で教皇に反対している。たった一人で全ての司教たちに反対している。あなたの闘いにはどんな意味があるのか?」

 そうではありません。私は一人ではありません。私にはカトリック教会の全聖伝がついています。教会が時と空間において存在しているからです。また多くの司教たちは心の中では私たちと同じように考えていると知っています。今日、カストロ・マイヤー司教様と私とで教皇様への公開書簡に署名をして以来、カトリック教会のプロテスタント化に反対してオープンに声を上げる司教は二人です。私たちには多くの司祭たちも共にいます。私たちには複数の神学校もあります。この神学校は今では毎年およそ40名の新しい司祭たちを生み出しています。また私たちには250名の神学生たち、30名の修道士たち、60名の修道女ら、30名の奉献修道女(オブラータ)、複数の聖伝の修道院、複数のカルメル会修道院が開院し発展しています。信徒の大群が私たちのところに来ています。

 他方で、真理とは数で決まるものではありません。数が真理を作るのではないのです。たとえ私がたった一人であったとしても、私の元にいる神学生たちがすべて私から離れていったとしても、全世論が私をうち捨てても、私に関する限り関係ありません。私は、私の習った使徒信経に固執しています。私の習った公教要理に、また現在天国にいる全ての選ばれた聖人達を聖化した聖伝に私は固執しているからです。私は自分の霊魂を救いたい、それだけなのです。世論についてはあまりにもよく知られています。私たちの主イエズス・キリストは、世論によって歓迎され賞賛されたその数日後、全く同じ世論によって死刑となったのです。まず枝の主日があり、次に聖金曜日があったのです。

 パウロ六世教皇聖下は私にこう尋ねました。「しかし、あなたの心の中では、自分がしていることについて何か自分を咎めることを感じているのではないか? あなたは教会において、巨大な、極めて大きい躓きを与えている。あなたの良心はそのことを言っていないか?」と。

 私は答えました。「教皇聖下、全くそのようなことはありません」と。万が一、私に何か自分を咎めることがあったとしたら、私はすぐに止めていたことでしょう。

 ヨハネ・パウロ二世教皇様は、私に反対して言われた制裁について確認も通告もしませんでした。1979年11月に私が教皇様を謁見した時、長い会話の後で、教皇様は典礼において選択の自由を与え、私がするままにさせるということにかなり同意しているようでした。つまり私が最初から要求していることで、教会の中で許されているありとあらゆる実験の中に「聖伝の実験」も自由が与えられるべきだ、ということです。事態はうまく解決し、聖伝のミサの村八分はなくなり、問題もなくなるという時は、もしかしたら来たかもしれませんでした。しかし、その時同席していたセペール枢機卿が危険を見て取り、こう叫んだのです。「教皇様!彼らはこのミサを御旗にしますよ!」と。その瞬間、それまで開かれていた重いカーテンは落ちて閉じられました。私たちはまだ待たねばならないようでしょう。

教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ

01. なぜ今カトリック者たちは、困惑しているのか。原因は、カトリック教会に侵入した新しい精神。それは教会の過去の教えと生命とを疑問視させる。
02. 私たちの宗教は変えられようとしている!
03. 典礼改革:ミサ聖祭が全く日常の行為の位まで押し下げられている。非神聖化。聖なる物の喪失。
04. 永遠のミサと現代のミサ。典礼改革は意図的に犠牲を食事に変える。
05. 「それは昔の話ですよ!」
06. 洗礼と婚姻、悔悛と終油の秘蹟の新しい仕方
07. 新しい司祭職
08. 新しい公教要理
09. 現代の神学
10. エキュメニズム(キリスト教一致運動)
11. 信教の自由
12. 「同志」および「同伴者」たち
13. フランス革命のフリーメーソン的スローガン「自由・平等・博愛」は、第二バチカン公会議の「信教の自由、団体主義の平等、エキュメニズムの博愛」となった
14. 「第2バチカン公会議は教会内部のフランス革命だ」(スーネンス枢機卿)
15. 教会と革命の結合:リベラル派は教会を革命と結婚・合体さようとし、歴代の教皇たちはこのリベラルなカトリック主義を排斥し続けてきた
16. 信仰を瓦解させる新近代主義
17. 聖伝とは何か:聖伝とは「数世紀を経て教導職により伝えられてきた信仰の遺産」と定義される
18. 本当の従順と偽物の従順:「従順」の名によって全聖伝に不従順であることは本物の従順ではない。
19. エコンの神学校とローマ
20. 永遠のミサ


回勅『パッシェンディ・ドミニチ・グレジス Pascendi Dominici Gregis』 近代主義の誤謬について 聖ピオ十世教皇(1)

回勅『パッシェンディ・ドミニチ・グレジス Pascendi Dominici Gregis』 近代主義の誤謬について 聖ピオ十世教皇(2)

回勅『パッシェンディ・ドミニチ・グレジス Pascendi Dominici Gregis』 近代主義の誤謬について 聖ピオ十世教皇(3)

マルセル・ルフェーブル大司教が1976年6月29日にした歴史的な説教:聖伝を維持しながらこそ、ペトロの後継者(教皇)に対する私たちの愛と素直さと従順を表すことができる

聖ピオ五世教皇の勅書「クォー・プリームム」Bulla Quo Primum (1570年7月14日発布)の羅和対訳 Latin - Japanese bilingual
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2019年1月19日(土) 御聖体降福式にて「御聖体の前での黙想と祈願」

2019年02月21日 | お説教・霊的講話
御聖体の前での黙想と祈願 2019年1月19日(土)御聖体降福式にて
小野田神父



御聖体の内に真に在し給うイエズス様の聖心に、礼拝と、讃美と、感謝と、愛と、そして私たちの全てを、お捧げ致しましょう。

主の御旨が何であるか、私たちによく示されますように、その御旨をよく果たす事ができますように。御聖体、イエズス様を中心に、私の日常生活を送る事ができますように。聖家族の模範に従う事ができますように。

イエズス様の聖心とマリア様の汚れなき御心、聖家族が、私たちの家族を守って下さいますように。

御聖体の御恵みと、ミサ聖祭の御恵みが、私たちの家族の全ての成員に行き渡りますように。イエズス・キリストを愛する事の甘美さがますます理解できますように。

過去何百年にも渡る、反キリスト教政策によって植え付けられてしまった、イエズス様に対する偏見、あるいは誤解が是正されますように。

イエズス様の本当の意向が、愛の意向が、私たちを愛して、救おうとされている、助けようとしている本当の意向が、はっきりと示されますように。

イエズス様の聖心と十字架が、日本各地で愛され、崇敬されますように。イエズス様の聖名が讃美されますように。

イエズス様の十字架とその聖名がどこにでも迎え受け入れられ、日本のどこにも、イエズス様の甘美な御教えに従いますように。

イエズス様の御教えを、歪める事も変える事もなく、そのまま聖伝の通り、伝えられた通り尊重して、その教えに従いますように。

公であれ、個人的であれ、プライベートであれ、イエズス様の聖名に侮辱や、攻撃や、冒瀆をする事がありませんように。

私たちに多くの聖なる司祭と修道者、そして聖なる家族たちが与えられますように。

イエズス様だけがお持ちの権利、その所有物、婚姻に対する、聖徳に対する権威、それを「自分のものである」と主張して侵略しませんように。

イエズス様の聖なる御教えに従う事が、私たちと私たちの家庭と、そして日本の国にとって、大きな祝福の元であり、栄光の元である、と深く理解する事ができますように。

イエズス様の御恵み、イエズス様の御教え、良き模範とその愛を知らない、苦しんでいる人々、特に日本の青少年たちを御憐れみ下さい。

この世の一時的な娯楽に目を眩まされて、悪魔と悪徳の餌食になっている若い人々を御憐れみ下さい。

道を迷ってグッタリと、暗闇に佇んで絶望している、助けのない孤独の人々を御憐れみ下さい。

イエズス様が私たちをどれほどお愛しになっているか、私たちの喜びをお望みになっているか、という事を理解する御恵みをお与え下さい。

イエズス様は聖ペトロに尋ねたり、私たちに1つの事をお尋ねになります、「ヨナの子シモン、お前は私を愛するか?」

私たち、私たちの家族、全て、イエズス様をお愛しする御恵みを頂きますように。

では、ファチマの天使の2番目の祈りを、3回唱えましょう。
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教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ 第19章 エコンの神学校とローマ

2019年02月21日 | ルフェーブル大司教の言葉
教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ

ルフェーブル大司教の公開書簡 その19

第19章 エコンの神学校とローマ

 もしかしたら読者の皆さんは、教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまい、悲しみと苦悩とをもって物事が進行しているのを見ているけれども、本当のミサに与るのを恐れている人々かもしれません。聖伝のミサに与りたいとは強く感じるけれど、何故恐れるかというと、このミサは禁止されていると信じ込まされてしまっているからです。

 もしかしたら読者の皆さんは、ジャンパーをはおった司祭のところにはもう行くのを止めたけれどもスータンを着ている司祭にはある種の不信感を抱いているような人々なのかもしれません。スータンを着ている司祭はあたかも何か教会の罰を受けているかのように。何故なら、これらの司祭を叙階した司教は聖職停止になっているのではないか?と。

 読者の皆さんは、教会の外に身を置くことを恐れています。原理として、この恐れは賞賛すべきものです。しかしこの恐れは蒙昧から生じています。人々が誇らしく際だたせている制裁について、またそれについてフリーメーソンと共産主義者らが騒がしく喜んだ制裁について読者の皆さんにお話ししたいと思います。これについて良く理解するために、短い歴史をお話しする必要があります。

 私がアフリカのガボンに宣教師として送られた時、私の司教様はすぐに首都リーブルヴィルの神学校の教授に任命されました。そこで私は六年間神学生達を養成しました。その生徒たちのうち後には司教になる聖寵を受けたものもいます。今度は私がダカールで司教になる番で、私の主要に神経を使ったのは召命を探すこと、天主の召し出しに答える青年達を養成し、彼らを司祭職まで導くこと、これでした。私はダカールで私の後継者となるべき青年、つまりティアンドゥム司教様と、現在セネガルのティエスの大司教であるディオンヌ大司教様とに、司祭職の秘蹟を授けるという喜びがありました。

 その後、聖霊修道会の総長職を遂行するためにヨーロッパに戻りました。私は司祭養成の本質的価値を維持することを努めました。この時は既に、一九六〇年代の初頭でしたが、あまりの圧力のために、また極めて多大な困難の連続のために、私が望んでいた結果を到達することが出来なかった、と認めなければなりません。つまり私は、聖霊修道会の権威に依託されていたローマのフランス神学校を、私たちがそこに籍を置いていた、一九二〇年-一九三〇年のあいだのような良い水準を保つことが出来ないでいたのです。一九六八年、私は辞表を出し、総長職を辞職しました。それは修道会の総会でカトリック聖伝のやり方とは反対の方向に会を改革しようとすることを、私が支持しなかったためです。この日付以前から既に、私はいろいろな家族や司祭たちから、司祭になることを望んでいる青年達をどの司祭養成施設に行くようにと勧めたらよいかという多くの訴えを受けていました。私は極めて躊躇していたことを認めます。

 私は自分の重い責務から自由になり、その時、引退生活を考えていたからです。私はそこでスイスのフリブール大学のことを考えました。何故ならまだそこでは聖トマス・アクィナスの教えによって方向付けられ指導されていたからです。フリブールの司教であるシャリエール司教様は両手を拡げて私を迎え入れてくれました。私は一軒家を借りてそこに九名の神学生達を受け入れました。彼らは大学の講義を聴講し、その他の時間には、本当の神学校生活を送っていました。彼らはすぐに、将来も一緒に働き続けたい、という望みを表明するようになりました。

 そこで熟考の後、私はシャリエール司教様のところに行って「兄弟会」の創立の勅令に署名することを受け入れてくれるかどうか尋ねました。そしてシャリエール司教様は会憲を承認し、そうして一九七〇年一一月一日に「聖ピオ十世司祭兄弟会」は誕生しました。私たちはカトリック教会法典に従ってフリブール司教区に立てられたのです。

 これらの詳細は重要です。皆さんはそれがすぐにわかるでしょう。カトリック教会法典によれば、司教は自分の司教区に諸団体を創立する権利があります。司教の承認の事実それだけで、ローマはこれを承認します。ローマがそれをどれ程しっかり承認するかということは、もしも最初の司教の後継者の或る司教が、この団体、あるいはこの兄弟会を廃止しようと望んでも、ローマに訴えなければそうすることが出来ない程です。ローマの権威が最初の司祭のしたことを保護しているのです。何故なら、そうすることによって諸団体が、その発展にとって害となりうる不安定な状態に置かれることがないようにするためです。これがカトリック教会法典の望むところです。(カトリック教会法典第四九三条)

 聖ピオ十世司祭兄弟会は、従って、全く合法的なやり方でローマによって承認されています。ただし司教区の権威によるものであり、教皇権威によるものではないのですが、しかしそれは必ずしも必要ではありません。何故なら、全世界に修道院を持ちながらも、司教区の権威による修道会は幾つも存在しているからです。

 教会が司教区の修道会創立、司教区の団体を受け入れる時、教会はこの修道会、団体が、自分の会員を養成することも同時に受け入れます。もしもそれが修道会なら、教会は修練院、つまり養成の家を持つことを受け入れます。私たちにとって、この養成の家とは私たちの神学校です。

 一九七一年二月一八日、聖職者聖省長官のライト枢機卿は私に励ましの書簡を送ってくれました。その中で枢機卿は、聖ピオ十世会は「全世界に聖職者を分配するためのこの聖省において、公会議によって探求された目的と極めてよく一致することが出来るだろう」と確信なさったことを述べています。

 ところが、一九七二年の一一月には、ルルドで行われたフランス司教団の総会で、司教様たちは「野蛮な神学校」(=聖ピオ十世会の神学校のこと)について話し合いました。そして列席の司教様たちのうち誰一人も、エコンの神学校のカトリック教会法典上の状況について知っている必要があったにもかかわらず、誰もそれに反論を述べる人がいませんでした。

 では何故、私たちは野蛮だと考えられているのでしょうか? 何故なら、ここでは神学生達に、彼らが毎晩自分勝手に外に出歩くことがないように神学校の鍵を与えないからです。何故なら、ここでは神学生達に朝から晩まで見せるようなテレビがないからです。何故なら、神学生達はTシャツを着ていないし、最初の授業時間まで寝台で寝転がっている代わりに、毎朝早朝ミサに与っているからです。

 ところで、その当時、私がお会いしたガロンヌ枢機卿(カトリック教育聖省長官)は私にこう言っていました。

「大司教様、あなたは私の直接管轄下にはありませんから、私はあなたに一つのことだけしか言うことがありません。それは神学校の創立のために私が与えた基礎規定(ラチオ・フンダメンターリス ratio funamentalis)、全ての神学校が従わなければならないこの基礎規定に従いなさい。」

 このラチオ・フンダメンターリス(ratio funamentalis)は、神学校でまだラテン語を教えること、勉強は聖トマス・アクィナスの教えに従ってなされること、を規定しています。私は敢えてこうお答えしました。

「枢機卿様、私が思うに、私たちの神学校はこの基礎規定に従う数少ない神学校の一つです。」

 このことは現在ではさらに本当のことになってしまいました。そしてラチオ・フンダメンターリスratio funamentalisは現代でもまだ有効です。それではいったい何故、私たちは責められるのでしょうか?

 本当の神学校を開かなければならない必要があった時、つまりグラン・サン・ベルナールの聖職者たちが元休息の家として使っていた、エコンの家を借りた時、私は(エコンが所属している)シオン教区の司教であるアダム司教様に会いに行きました。アダム司教様はそれに同意してくれました。この家を神学校として創立したことは、私が計画していた長期計画などというようなものでは全くありませんでした。この創立は摂理的に私に押しつけられたのです。私はこう自分に言い聞かせていました。「もしもこの事業が世界中に広がるなら、これは天主がそこにおられることの印だろう」と。

 年ごとに神学生達の数は増加する一方でした。一九七〇年には一一名の入学、一九七四年には四〇名でした。革新派たちはますます不安に思いました。もしも私たちが神学生達を養成するなら、それは彼らを司祭に叙階するためであるということ、そしてその将来の司祭たちは教会のミサに、聖伝のミサに、永遠のミサ聖祭に忠実であるということは明らかでした。私たちが攻撃の的となったその理由はこれであり、その他のところに理由を探すべきではありません。これ以外には何も見つけないのですから。エコンは新近代主義教会にたいして危険であると見なされたわけです。遅すぎないうちに手を打っておかなければならないと、彼らは考えたのでした。

 かくして一九七四年一一月一一日、教皇パウロ六世によって任命されガロンヌ、ライト、タベラ、三名の枢機卿たちからなる委員会によって送られた二名の教皇訪問者が、初雪と共に、神学校に到着しました。タベラ枢機卿は聖職者聖省の長官でした。

 彼らは一〇名の神学校教授と一〇四名の神学生達のうちの二〇名と、そして私と面接をしました。そして二日後に帰っていきましたが、不愉快な印象を残していきました。彼らは神学生達にたいして様々なつまずきを与えることを言ったのです。結婚した人を叙階するのは当たり前だとか、不変の真理を認めないと宣言するとか、私たちの主イエズス・キリストの御復活について聖伝による理解の仕方に疑問を投げつけるとか、です。神学校については、彼らは何も言わず、いかなるプロトコール(指導書)も残していきませんでした。この後で、彼らの言ったことに憤慨し、私は次のような言葉で始まる宣言を発表しました。

 「私たちは、心の底から全霊を上げてカトリックのローマに、すなわちカトリック信仰の保護者でありこの信仰を維持するために必要な聖伝の保護者である永遠のローマ、知恵と真理の師であるローマに固執する。

 私たちは、しかしながら、第二バチカン公会議とそれに由来して公会議後の全ての改革において明らかに現れた公会議新近代主義と新プロテスタント主義の傾向を持つローマに従うのを拒否し、常に拒否した。」

 ここでの言葉遣いはおそらくすこし激しいものでしたが、これは私の考えを現していましたし、今でも現し続けています。枢機卿委員会が私たちを葬り去ろうと決心したのは、この文章に関してでした。何故なら委員会は神学校の運営に関連して私たちをなきものにすることは出来なかったからです。何故なら、枢機卿たちは後に二回も私にこう言ったからです。「教皇訪問者たちは、その調査の良い印象を受けていた」と。

 しばらくすると2月13日にこの枢機卿委員会は、幾つかの点を明らかにするためローマで「面会」をするからと私を招きました。私は、これは罠であるなどとは疑うことさえせずにローマに行きました。面会は最初から裁判所のような詰問問答になりました。その後3月3日に、2回目の審議があり、2ヶ月後に委員会は、「聖下の全き承認をうけて」委員会が下した決定を私に通達してきました。それはフリブールの新しい司教であるマミー司教が前任司教の聖ピオ十世会に与えた承認を取り消さざるをえない、またこのことにより、聖ピオ十世会の創立と特にエコンの神学校は「存在の権利」を失った、という決定でした。

 これらの決定が私に通達されるのを待たずに、マミー司教は私たちに既にこう書いてよこしていました。「私はあなたに次のことを通達する。すなわち私は、聖ピオ十世会にかんする私の前任者がなした法令と譲与、とりわけ1970年11月1日の創立の教令を撤回する。この決定は、直ちに効力を有する。」

 もしも読者の皆さんが今までの流れを理解したなら、この廃止がフリブールの司教によってなされたものであり、聖座によってなされたものではないことにお気づきのことだと思います。カトリック教会法典493条によれば、権限がないことから法律の効力を全く持たず無効です。

 さらにこれには充分な理由が不足しているために無効です。決定は、1974年11月21日の私の宣言以外には基づいていません。何故なら、この宣言が委員会によって「すべての点において受け入れることが出来ない」と判断されたからです。そして同じ委員会の言うところによれは、(聖ピオ十世会の施設の)使徒的訪問の結果は優良だったからです。しかし、私の宣言は、元検邪聖省である教義と信仰聖省の排斥を受けたものではありませんでした。この宣言がカトリック信仰に反しているか否かを裁く唯一の権限を持っているのは、この教義と信仰聖省だけです。私の宣言を「すべての点において受け入れることが出来ない」と判断したのは、公式に「面会」が行われた間に、3名の枢機卿ら以外の誰でもないのです。

 さらに、この委員会存在自体が、裁治権により存在しているのか否か一度も証拠が提示されませんでした。教皇様のいったいどんな教令によってこの委員会が成立したのでしょうか? それは何月何日だったのでしょうか? それはどのような形式を取ったのでしょうか? これは誰に通告されたのでしょうか? ローマ当局がそれらを提示することを拒否している事実が、それらの存在を疑わせます。カトリック教会法典によれば「疑いのある法は、強制力を持たない」とあります。もしそれが権限、つまり委員会の権威の存在自体に関する疑いであれば、なおさら強制力がありません。「聖下の全き承認をうけて」と書いてよこすだけでは、カトリック教会法典上全く不十分なのです。これは枢機卿委員会を成立させその権限を定義する教令の代わりにはなり得ないからです。

 聖ピオ十世会を廃止させようという過程には、あまりの多くの規定をはずれたことがあり、その廃止を無効にしています。またカトリック教会は、ナチスやマルクス主義的タイプの全体主義社会ではないということも忘れてはなりません。つまり、たとえ法令が守られていたとしても、----- 今回のケースはそうではありませんでしたが ----- 法律は絶対ではないのです。法の字面は、真理と信仰と生命とに対して相対的なのです。カトリック教会法典は、私たちをして霊的に生かし、そうすることによって永遠の生命へと私たちを導くためにあるのです。もしもこの法律を適応することが私たちをしてそれに到達することを妨げるなら、つまり、ある意味で霊的に堕胎させるなら、私たちはそれに不従順である義務があるのです。それは一般市民がある国家において堕胎の法律に不従順である義務があるのと全く同様です。

 カトリック教会法上の議論に戻るなら、私は教皇庁大審院 (Singatura Apostolica 教会の最高裁に相当する) に二回控訴しました。教皇庁大審院は、民法上の最高裁に当たります。国務長官であるヴィヨ枢機卿は、この教会の最高法廷でこの控訴を受理するのを禁止しました。これは行政が司法に介入したということに相当します。

教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ

01. なぜ今カトリック者たちは、困惑しているのか。原因は、カトリック教会に侵入した新しい精神。それは教会の過去の教えと生命とを疑問視させる。
02. 私たちの宗教は変えられようとしている!
03. 典礼改革:ミサ聖祭が全く日常の行為の位まで押し下げられている。非神聖化。聖なる物の喪失。
04. 永遠のミサと現代のミサ。典礼改革は意図的に犠牲を食事に変える。
05. 「それは昔の話ですよ!」
06. 洗礼と婚姻、悔悛と終油の秘蹟の新しい仕方
07. 新しい司祭職
08. 新しい公教要理
09. 現代の神学
10. エキュメニズム(キリスト教一致運動)
11. 信教の自由
12. 「同志」および「同伴者」たち
13. フランス革命のフリーメーソン的スローガン「自由・平等・博愛」は、第二バチカン公会議の「信教の自由、団体主義の平等、エキュメニズムの博愛」となった
14. 「第2バチカン公会議は教会内部のフランス革命だ」(スーネンス枢機卿)
15. 教会と革命の結合:リベラル派は教会を革命と結婚・合体さようとし、歴代の教皇たちはこのリベラルなカトリック主義を排斥し続けてきた
16. 信仰を瓦解させる新近代主義
17. 聖伝とは何か:聖伝とは「数世紀を経て教導職により伝えられてきた信仰の遺産」と定義される
18. 本当の従順と偽物の従順:「従順」の名によって全聖伝に不従順であることは本物の従順ではない。
19. エコンの神学校とローマ


回勅『パッシェンディ・ドミニチ・グレジス Pascendi Dominici Gregis』 近代主義の誤謬について 聖ピオ十世教皇(1)

回勅『パッシェンディ・ドミニチ・グレジス Pascendi Dominici Gregis』 近代主義の誤謬について 聖ピオ十世教皇(2)

回勅『パッシェンディ・ドミニチ・グレジス Pascendi Dominici Gregis』 近代主義の誤謬について 聖ピオ十世教皇(3)

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2019年1月19日(土) 聖母の土曜日のミサ説教 「家族―天主が最初に創られた制度」

2019年02月20日 | お説教・霊的講話
2019年1月19日(土)聖母の土曜日のミサ 
小野田神父 説教


聖母の汚れなき御心聖堂にようこそ。
今日は2019年1月19日、聖母の土曜日のミサをしています。

今日このミサの後に、いつもの通り感謝のお祈りをしますが、その後で、1月に毎年している踏み絵への、250年間イエズス様が受けた侮辱の償いを致しましょう。
そして御聖体降福式もその後で行ないましょう。


「そして彼らは、マリアとヨゼフと、そして馬草桶に置かれている子供を見た。」

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

愛する兄弟の皆さん、聖母の土曜日は2月2日まで、御降誕から2月2日まで、福音では「牧場の羊飼いたちが、天使の言葉に従って、ベトレヘムの馬草桶に置かれている聖家族を見出した、牧童たちが来た、羊飼いたちが来て、礼拝して、そして讃美をして帰って行った、という史実を、マリア様の汚れなき御心が、全て記憶のその中に留めていた」という福音を読みます。

そこで私たちも今日、同じく羊飼いと一緒に、マリア様とヨゼフ様と馬草桶に置かれたイエズス様を、聖家族に会いに一緒に行きましょう。マリア様の汚れなき御心から、聖家族の秘密を聞く事に致しましょう。

教会の教えによると、特に教皇様たちの教えによると、「家族」というのは、世の創造のその最初から、天主によって作られた制度です。この家族を作る時に、特別な「婚姻」という制度を天主は制定しました。男を創った直後、神秘的な眠りの中に陥らせて、そして天主は人類に最高の、そして最初の贈り物をしました。それは夢のような贈り物で、男性の同伴者となるべきエヴァでした。天主はその時に、このアダムとエヴァを祝福して、「産めよ、増えよ、地に満ちよ」と命令しました。

「婚姻」というこの制度を見ると、3つの事が分かります。

1つは、『人間の増加の為に、子供たちの繁殖繁栄と、そしてその教育の為に作られた』という事と、そして天主が、「父と母を離れて、二人は一体となる」と言ったところから、この『婚姻が決して離れる事ができない、解消する事ができない』という一致を持っている事、また『一人の男性と一人の女性が結び付く事』が分かります。

これは自然の、天主の創造の最初に起こった事ですけれども、しかしイエズス様はこれを、「秘跡」の尊厳にまで、秘跡にまで高めました。

イエズス様は、洗礼の秘跡は、御自分で洗礼を受ける事によってそれを聖化しました。
御聖体の秘跡は、最後の晩餐で御聖体を制定する時に、秘跡を作りました。
婚姻の秘跡は一体、家庭生活の聖化は一体どのようにされたか、神学者たちはそれを、それについて確固とした答えを出せないでいますが、ある神学者はカナの婚宴で、あるいはある神学者は十字架の上で、しかしイエズス様は、30年間を以って、家庭生活を聖化しました。

イエズス様は、真の天主であるにも関わらず、そしてこの聖徳においても、知恵においても、賢明さにおいても、全て、マリア様にもヨゼフ様にも勝っていたにも関わらず、全く両親に委ねて、マリア様とヨゼフ様に委ねて、聖化されました。マリア様も、ヨゼフ様にはるかに勝った聖徳と知恵を持っていた方で、上智の座ではありましたが、しかしヨゼフ様に従って生活しました。

教皇様たちは言います、「聖家族を見ると、私たちの家庭の理想が分かる。私たちは、『家庭生活』という、ともすれば犠牲を伴う、ともすれば私たちから多くの事を要求するものを、その生活に入る前に、どのような理想があるか、どれほど素晴らしいものであるかを知らなければならない。そうする事によって若い人たちは、その『家庭生活』という理想に燃えて、その理想を追求して、大きな犠牲も大きな困難を乗り越えて行く事ができるだろう。そして私たち全てに、どのような理想を追うべきか、イエズス様がどれほど心を込めて30年間、長きに渡って私たちに模範を示そうとされて、どれほど大切であるかという事をを示そうとされたかを黙想しなければならない」と訴えています。

聖ヨゼフを見ると、夫の模範、理想が分かります。

まず聖ヨゼフは、労働の人でした。そしてたとえ聖徳において、イエズス様やマリア様に劣っていたとしても、家長として、家の家族の頭として、権威を以って、家を家族を統治していました。しかしこのヨゼフ様が、その家長として、家の家族の頭としてうまく統治したのも、ヨゼフ様だけの功徳ではありませんでした。マリア様とイエズス様が、妻であり母親であるマリア様が、そして子供であるイエズス様が、愛を込めて協力したからです。

教皇様たちによると、「妻の役割は、もしも夫があるいは父親が、家の家族の頭であるとしたら、妻は家族の心臓である、ハートである」と言っています。

あるいは「妻はあるいは母親は、家族の太陽だ」と、これはピオ十二世が言っています。

女性は、女性には素晴らしい尊厳があります。これは異教の宗教では全く知られていないものです。この女性の尊厳というのは、まず「男性の肋骨から、胸の心臓の最も近い所の一部であった」というところと、もう1つは「母親になる事ができる」というところにあります。

母親というのは、時を超えた存在です。母親というのは、私たちが誰もが持っている尊敬すべき方です。国も、民族も、時間を超える存在です。人間の人類の存続の為に、最も必要な存在です。その女性は、たとえ結婚しなかったとしても、たとえ子供が無かったとしても、たとえ母親となる事がなかったとしても、しかし「母親となる事ができる」という事において、特別の尊厳を持っています。それは司祭が尊厳を持っているのと同じです。たとえ司祭が叙階されて、ミサを立てる事がなかったとしても、秘跡を行なう事ができずにそのまま亡くなったとしても、しかし可能性において司祭の尊厳があると同じです。

この女性の、「母親になる事ができる」という尊厳を自覚している方は、その自分の振る舞いにおいても、言葉遣いにおいても、身なりにおいても、尊厳がある態度を保ち続ける事ができます。「私は母親だ」あるいは「母親となる事ができるものだ。」たとえ、これをたとえ結局そうでなかったとしても、その自覚を持っている方は、その態度によって、周りの人から尊敬を受けるような、そして高貴な振る舞いをします。
もしもその自覚がないと、そのような女性の方は、あるいは下品になったり、あるいは犠牲者となってしまったりします。

教皇様によると、「ちょうどマリア様がなさったように、妻の最も大きな役割は、夫の良き助言者である、助け手である」という事です。そして「夫の持っている権威を更に強める事である。信頼と愛を込めて夫に従う事である。」「ちょうど教会がイエズス・キリストに従ったように、奴隷のようでなく、しかし同伴者として従う事である。」すると、そのような信頼と、あるいは奉献、献身を受けた夫の権威は、より優しい、より甘美で、より人間的な権威になります。

またそのような、マリア様のような態度で従う妻というのは、その態度がますます高貴なものとなって、ますます甘美な優しいものとなります。それは子供たちにとってとても良い、平和な雰囲気、家庭生活を持ち出して、そして子供たちにとっての大きな良い影響を与えます。

ピオ十二世教皇様は、「妻は太陽だ」と言います。これはマリア様を見るとよく分かります。

なぜかというと、マリア様は聖ヨゼフに対して、厳しい態度を取ったり、あるいはちょっとした言葉遣いに敏感に腹を立てたりとか、あるいは冷たい態度をしたりとか、あるいはいつも怒って嫌な思いをさせたりとか、あるいはイエズス様に対して聖ヨゼフ様に対して苦々しい言葉を吐いたりとか、あるいは文句や不平、厳しい叱責など仰る事はありませんでした。高い声を出したり、あるいは嫌味を言う事もありませんでした。マリア様はいつも喜びを与えていましたし、そして聖ヨゼフにとって助けとなるように、あるいは家庭の一致をもたらすように、家庭に幸せをもたらすように、家庭の中に休息や、あるいは喜びがいつも満たされているように、特別の配慮をしていたからです。聖ヨゼフの考えが足りないと思った事もあったかもしれませんが、マリア様は非常に謙遜に、聖ヨゼフを立てるようになさいました。

特にマリア様は、御子イエズス様の教育に特別の心を砕きました。聖家族にとって、家庭生活の中心は天主でありましたし、イエズス様でありました。

今日私たちは、この牧者たちと一緒に聖家族の所に駆け寄って、マリア様の御姿とヨゼフ様の御姿、イエズス様を見て、どのような遷善の決心を立てるべきでしょうか?

男性は願わくは、ヨゼフ様のその勤勉な、イエズス様とマリア様を愛するその心と、その優しさを学ぶ事ができますように。女性は、イエズス様への愛と、そして聖ヨゼフへの尊敬を学ぶ事ができますように。子供たちは、天主であるにも関わらず、ヨゼフ様とマリア様に従って、従順に服従したイエズス様に学ぶ事ができますように。

そしてこの聖家族は、“ベトレヘム「パンの家」”で、愛と祈りの生活をしていました、犠牲の生活をしていました。貧しさを耐え忍び、しかし天主に対する信頼と、従順と、祈りに満ちて、平和と愛に満ちていました。この聖家族の中心はイエズス様でした。パンの家に居るイエズス様でした。私たちにとってもその中心は、御聖体であり、ミサです。私たちも、私たちの家族も、中心がいつもミサでありますように!

ミサにおいてできれば家族が共にお祈りし、イエズス様に祈り、マリア様に祈り、ヨゼフ様に祈り、そしてこの聖家族から御恵みと、模範を、祝福を受ける事ができますように。

御ミサにおいて、全ての御恵みを私たちが頂けるようにして下さいました。ミサ聖祭を通して私たちの家族がますます聖化されますように。

今日はマリア様に、土曜日の聖母マリア様に、どうぞ私たちの心に聖家族の模範をいつも目の前に置いて、それに倣う御恵みを頂けるようにお祈り致しましょう。御聖体を中心にする家族生活を送る事ができますように、お祈り致しましょう。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。
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教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ 第18章 本当の従順と偽物の従順

2019年02月20日 | ルフェーブル大司教の言葉
教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ

ルフェーブル大司教の公開書簡 その18

第18章 本当の従順と偽物の従順

 教会の中はどこでも無規律が幅をきかせ、司祭委員会は司教たちに要求状を送り、司教たちは教皇の訓戒を無視してこれに挑戦し、第二バチカン公会議の勧告や決定事項さえ尊重されていません。しかしながらこのようなことが起こっていても、私たちは決して彼らが不従順だという言葉を聞いたことがありません。ただしこの不従順という言葉は、聖伝に忠実に止まろうとするカトリック信者たち、つまりただ単に信仰を守りたいと望むカトリック信者たちだけについて言われるだけです。

 従順と言うことは、重大なテーマです。教会の教導職との一致、特に教皇様との一致に留まることは救霊の諸条件の一つだからです。私たちはそのことを深く自覚しています。そしてまた、今日教会を統治しているペトロの後継者に対して、私たちがその前任者たちに対してそうであったように同じく執着しているのは私たち以上にありません。私はここで自分自身について語っているのであり、自分の小教区の教会から棄てられた多くの信者さんたち、フランス革命の時のように倉庫や納屋でミサ聖祭を捧げなければならなくなってしまった司祭たち、また町や村で聖伝の公教要理を(公式の教会の要理の授業とは)また別に教えている司祭たちについて語っています。

 教皇様が使徒継承の聖伝と自分の全前任者教皇たちの教えとをこだまのようにそのまま繰り返して語る時、私たちは教皇に固執します。正に、ペトロの後継者の定義それ自体が、この信仰の遺産を守ることにあるからです。ピオ九世教皇は、(第一バチカン公会議の決議書である)『パストル・エテルヌス』の中で私たちにこう教えています。

「聖霊がペトロの後継者たちに約束されたのは、聖霊の啓示によって、新しい教義を教えるためではなく、聖霊の援助によって、使徒たちが伝えた啓示、すなわち信仰の遺産を確実に保存し、忠実に説明するためである。」

 私たちの主イエズス・キリストが教皇様や司教たちそして司祭職一般に委ねた権威は、信仰に奉仕するためです。教会法や教会組織また権威を、カトリック信仰を無きものとするために使うこと、それらを命を伝えるために使わないこと、それは霊的な堕胎行為であり霊的な避妊行為です。

 だからこそ、二千年の間たゆまなく教えられてきたそのままの私たちのカトリック信仰と合致することを全て受け入れることに対して、私たちは服従しますし、その準備が整っています。ただし私たちはこれに対立することは全て拒否します。

 何故なら、パウロ六世の教皇統治の間、全てのカトリック信者たちにとって良心と信仰との重大な問題が生じてしまったからです。それはペトロの真の後継者である教皇様が、聖霊の援助を約束された教皇様が、ほんのわずかな間に、教会史上もっとも深くまたもっとも広大な教会の崩壊、いかなる異端者といえどもこれ程の破壊を成功させることができなかったほどのことを主導することができたのか? という問題です。この問題に、将来、正しく答えを出さなければならないことでしょう。

 五世紀の前半に、レランの聖ヴィンチェンチオという人がいました。彼は天主にその身を奉献する枚は軍人であり、「信仰の港に身を隠すまえは、世俗という海に長い間激しくもまれていた」と言った人です。彼は教義の発展について次のように語っています。

「キリスト教の教会において、将来、宗教の進歩は全くないだろうか? 極めて重要なものが確かにあるだろう。それは信仰の進歩であって変化であってはならない。全ての信者においても各々の信者においても、諸地方教会においても個人においても、歴史の流れの間、知性、知識、智恵が溢れるほどにそして強烈に増加することが重要である。ただしそれは教義の同一性、同じ考えの同一性においてでなければならない。」

 聖ヴィンチェンチオは異端の衝撃を体験していました。そこで彼は十五世紀後においてでも常に有効な行動の規則を与えています。

「もしも教会の或る一部分が、交わりからつまり普遍の信仰から切り離されたとしたら、カトリックのキリスト者は、どうしたらよいのだろうか? 壊疽にかかり腐敗している肢体よりも、全体において健康な体以外、いったいどの部分を取るというのだろうか? そしてもし新しい伝染によって、もはや教会の一部分のみならず、一度に教会全てが毒を盛られそうになったとしたら、その時もっとも配慮しなければならないことは、いかなる嘘の革新にも誘われることもできない昔に固執することである。」

 祈願祭の連祷の中で、教会は私たちをしてこう祈らせています。「主よ、願わくは御身の聖なる宗教において、教皇及び教会位階の全階級を維持し給わんことを、我らは御身にこいねがい奉る。」この祈りをするということは、そのような災いが起こりえるということを意味しているのです。

 教会において、一人のキリスト信者にその信仰を減少するように強制することができるようないかなる権利も裁治権もありません。全ての信者は、子供の時にならった公教要理による自分の信仰に危害をかける人がいれば、それが誰であろうとも、彼に抵抗する権利と義務があります。もしも信仰を腐敗させる危機にさらすようにという命令を受けた場合には、これに不従順である絶対の義務が生じます。

 正に、第二バチカン公会議後の改革と方針とによって私たちの信仰が危機にさらされていると判断されるので、私たちはそれらに不従順であり聖伝を遵守する義務が生じているのです。

 私たちはこのことを付け加えます。それは、私たちが教会とペトロの後継者とになす事のできる最大の奉仕とは、改革されたリベラルな教会を拒否すること、これです。イエズス・キリスト、人間となった天主の聖子は、リベラルでもなく、改革され得もしないからです。

 私は聖座から送られた使節がこう言うのを二度も聞いたことがあります。「私たちの主イエズス・キリストの社会的王権は現代ではもはや不可能だ。決定的に宗教的多元主義を受け入れなければならない。」これが、彼らが私に言った言葉です。

 それならば私は言います。私はそのような宗教に属してはいません。私はこの新しい宗教を受け入れません。これはリベラルな近代主義の宗教で、独自の礼拝と、独自の司祭らと、独自の信仰、独自の要理書、独自のエキュメニカルな聖書、つまりカトリック、ユダヤ教徒、プロテスタント、聖公会信者らと共同で翻訳し、二股をかけた日和見主義的な、八方美人で皆を喜ばせようとして非常にしばしばローマ教導職の解釈を犠牲にする聖書を持っています。私たちはこのエキュメニカルな聖書を受け入れません。天主の聖書だけしかないからです。つまり天主の御言葉であり、私たちにはそれに人間の言葉を混ぜ入れる権利がないからです。

 私が子供だった時、教会はどこでも同じ信仰で、同じ秘蹟があり、同じミサ聖祭を捧げていました。その当時、これが変わるだろうと誰かが言ったとしたら、私はそのようなことなど信じることもできなかったでしょう。キリスト教世界の全地域で、私たちは皆天主に同じやり方で祈りを捧げていました。しかしリベラルな近代主義の新しい宗教は、分裂の種をまいたのです。

 この入り込んでしまった混乱のために、キリスト者たちは同じ家族の中でさえも分裂しています。何故なら彼らはもはや同じミサにも与らず、同じ本も読まなくなってしまっているからです。

 司祭たちは何をしたらいいかわからなくなっています。自分の長上たちが彼らに押しつけることに盲目的に従って、そのためにある意味で子供の時からの幼少の時以来の信仰を棄て、自分が叙階を受けるときに荘厳にした近代主義に反対する宣誓という約束を破るのか、或いは、抵抗するべきか、しかしそうすることは教皇様と離れてしまうかのような、私たちの霊父でありキリストの代理者から離れてしまうかのような印象を受けてしまう。どちらにしても、何という苦しい状況でしょうか。心が張り裂けるようです! 多くの司祭たちは苦しみのあまり早死にしてしまいました。

 どれ程多くの司祭たちが、長年の間司祭として聖務の奉仕していた小教区を離れ去るようにし向けられたことか! これらの司祭らは自分の長上たち位階制度のあからさまな迫害の餌食となって、信徒たちからの大きな人望と信頼とにも関わらず、信徒たちからむしり取られてしまっているのです。

 私の目の前に、このような司祭たちのうちの一人の主任司祭が、自分の受け持つ二つの小教区の信徒たちにだした感動的なお別れの手紙があります。

「×年○月○日の面会で、教区長の司教様は私に最後通牒を伝えました。新しい宗教を受け入れるか拒否するかの二者択一でした。私はこれを避けて通ることが出来ません。ですから、私は自分の受けた司祭職への参与に忠実に留まるために、永遠の教会に忠実に留まるために、・・・私は自分の意に反して、引退するように要求され強制されました。・・・ただ単に誠実でありたいということ、特に私の司祭としての名誉は、私をして正にこの天主に関わる重大な問題(=ミサ聖祭のこと)において誠実である義務を果たさせています。・・・これは、私が天主に、そして人々に特に教区民の皆さんに与えなければならない忠実と愛の証拠なのです。そして正にこの忠実と愛の証拠について、私は最後の審判の日に裁かれることでしょう。それは他方で同じ遺産を委ねられた全ての人々についても言えることです。」

 ブラジルのカンポス教区では、教区のほとんど全ての聖職者達はカストロ・マイヤー司教様の引退後その小教区教会から追放されました。何故なら彼らは、つい最近までまだそれを捧げていたように、永遠のミサ聖祭を放棄するのを望まなかったからです。

 分裂は、信心のほんの少しの表明にさえ作用しています。フランスのヴァル・ド・マルヌ県では司教は、長年の間主任司祭を正式に任命することになっている個人所有の教会でロザリオの祈りを唱えていた二五名のカトリック信者らを警察を呼んで排除させました。メス司教区では司教は共産主義者の市長に頼んで、聖伝を守るカトリック信者たちの団体に譲与した場所の賃借権を停止させるように動きました。カナダでは六名のカトリック信者が裁判所で有罪判決を受けました。この国の法律がこの種の問題を取り扱うことを許しているのですが、彼らは頑固に跪いて御聖体拝領をしたということで有罪となったのです。カナダのアンティゴニッシュの司教は彼らを「宗教儀式の秩序と尊厳を故意に攪乱した」と告訴したのです。そして「攪乱者たち」は裁判官から、六ヶ月の保護監察を言い渡されたのです! 司教がキリスト者らに天主の御前で跪いてはいけないと禁止命令を出したのです! 昨年、青年らが行ったシャルトルへの巡礼はミサ聖祭で幕を閉じましたが、そのミサ聖祭はシャルトルのカテドラルの前の庭で行われました。何故ならカテドラル内部では聖ピオ5世の聖伝のミサが禁止されたからです。二週間後、同じカテドラルはスピリチュアル・コンサートのためにその全ての扉を大きく開いていました。そのコンサートの中では、元カルメル会修道女がいろいろなダンスを踊っていたのです。

 二つの宗教が互いに対立しています。私たちは今、劇的な状況の中を生きているのです。選択をしないと言うことは不可能です。ただしこの選択とは従順と不従順とのどちらかを選ぶというものではありません。人々が私たちに提示していること、はっきりと厳しく私たちをそれに招いていること、そしてそれを私たちにさせるために私たちを迫害しているのは、それは見かけ上の従順を選ぶことです。何故なら、教皇様は私たちをして私たちの信仰を放棄することを要求することが出来ないからです。

 私たちは信仰を守ることを選びます。私たちが、教会が二〇〇〇年間教え続けてきたことに固執するなら、私たちが間違うことは有り得ないからです。危機は極めて深いものです。良く知り尽くし巧みに組織され、指導されています、それは、この事業を操っているのは人間ではなくサタン自身ではないかと本当に私たちが信じることが出来るほどです。

 カトリック信者たちをして従順の名によって全聖伝に不従順であるようにし向けることが出来たのは、正に、サタンの強烈な一撃です。様々な修道会の「現代化(アジョルナメント)」は典型的な例を私たちに提示しています。従順によって、修道士、修道女らをしてその創立者の創った会憲や会則に不従順たらしめているのです。彼らが修道誓願をたてた時遵守すると天主に誓ったその会憲に不従順たらしめているのです。この場合、従順は断固とした拒否でなければなりません。たとえ合法的な権威であっても、非難すべき悪しき行為を命ずることは出来ません。それが誰に対してであっても修道誓願を単なる約束に変えることを強制出来る人は存在しません。同じように、誰も私たちをしてプロテスタントや近代主義者に変わるようにすることはできません。

 聖トマス・アクィナスは私たちが常に参照しなければならない規範ですが、その神学大全の中で、私たちの主が命じている「兄弟的矯正」は私たちの長上たちに対しても為されうるか、と問うことさえしています。有用な区別を全てした後に、聖トマス・アクィナスはこう答えています。「信仰に関わることである時、長上たちに対して兄弟的矯正を行使することが出来る」と。

 もしも私たちがこの章の内容についてもっと断固としていたら、私たちはゆっくりゆっくり異端と同化してしまうことを避けることが出来たことでしょう。16世紀初頭、イギリス人たちは、現在私たちが経験しているたぐいの出来事を体験しました。私たちとの違いは、英国ではこれが離教によって開始された、ということです。その他については驚くほど類似しており、私たちは考えさせられます。アングリカニズム(英国聖公会)という名前を取ることになる新しい宗教は、ミサ聖祭、個人的な告解、聖職者の独身制などに対して攻撃することから始めました。ヘンリ8世は、英国民をローマから引き離すという巨大な責任を負った後に、当初は自分になされていた英語のミサという提案を拒否していました。しかし彼の死後には、ミサで英語を使うことが許されるようになり、行列は禁止され、新しいミサの式次第が強制されました。これが Order of Communion (聖餐式の式次第)と呼ばれるもので、それにはカトリックのミサの「オフェルトリウム(奉献の祈り)の部が無くなっていました。キリスト教徒らを安心させるために、その他の変更を加えることは禁止する命令が出されました。他方で第3の法令で、主任司祭は小教区の教会内にある諸聖人の御像や聖母マリアの像を廃止することが許されました。こうして極めて貴重な美術品が大量に売り飛ばされました。これは現在、教会の芸術品・美術品が骨董品屋やノミの市に売り飛ばされているのと全く同じです。

 新しい聖餐式の式次第(Order of Communion)が、私たちの主イエズス・キリストは私たちに霊的に御体と御血を与えるとあるので、イエズス・キリストの御聖体における現存のドグマを否定するものであると気がついた司教様たちはほんのわずかでした。告白の祈りであるコンフィテオールは英語に訳され、儀式の時に司祭と信徒とが同時に唱えるようになりました。これが罪の赦しの代わりになりました。ミサは食事に変わり、聖餐式になり(turning into a Communion)ました。しかし博学であった司教様たちでさえ、平和と一致を保つために、ついには新しい祈りの本を受け入れるようになりました。第二バチカン公会議後の教会が私たちに新しいミサを強制するのも、全く同じ理由からです。16世紀にはイギリスの司教たちは、ミサとは「記念」であると断言したのです! 大量になされたプロパガンダのために信徒らの頭の中も、ルター式のものの見方をするようになってしまいました。説教をするには、政府の許可を受けた人でなければなりませんでした。

 同時に、教皇は「ローマの司教」とでしか呼ばれなくなりました。教皇は、もはや聖父(パパ)ではなく、他の司教らの一兄弟でしかなく、英国の場合、自ら国教会の頭となった英国王の兄弟でしかないのです。ギリシア典礼とルター式サービスを混ぜ合わせた、クランマーの祈祷書(Prayer Book)というものが作られました。これは、ブニニ司教がパウロ六世のミサといわれるものを作った時に、典礼改革のための専門委員会(コンシリウム)に専属の6名のプロテスタントの「オブサーバー」たちと一緒に仕事をしていたことを思い出させないでしょうか。

 クランマーの祈祷書(Prayer Book)は次の言葉で始まっています。「晩餐そして聖餐は、一般にミサとよばれており・・・」と。これは新しいミサの総則第7条の前兆であり、同じことは1981年にルルドでの聖体大会で言われました。「主の晩餐、言い換えるとミサは、・・・」と。【訳者注:1969年版のローマ・ミサ典書総則7番がミサとは何かを説明してこう言う。「主の晩さん、またはミサは、・・・」】

 私が既に話した聖なるものの破壊は、アングリカンの改革でも含められていました。以前は小さな声で司祭が唱えていた典文の祈りは、大きな声で唱えなければならなくなりました。同じように現在の「聖体祭儀」でもそうなっています。

 クランマーの祈祷書(Prayer Book)も、「王国の内的一致を保存するため」司教らによって承認されました。「昔のミサ」をささげ続けていた司祭らは、聖職録の取り消しから、聖職の罷免までの刑罰を受けましたし、「再犯者」には終身禁固刑が待っていました。現代では、「聖伝の」司祭たちを刑務所には入れないものの、待遇はほとんど同じだと認めなければなりません。

 チューダー王朝のイギリスは、そうと気がつかない内に異端に落ちていきました。それは指導者の牧者らを始めとして時代の歴史的状況に適応させるという口実の元に変化を受け入れることによってでした。正に今日では、全キリスト教世界がこれと同じ道を辿る危険があります。もしも年をとった私たちが、ほんの少しの危険でも冒すなら、子供達・青年達・神学生達は、新しい要理書と臨床心理学と社会学で養成され、教義神学も倫理神学も教会法も教会史も全く学ばずに、本当のものではない「信仰」において教育されることになり、彼らが学ぶ新プロテスタント的概念を当たり前のこととして受け入れるようになってしまうということを考えたことがありますか? もしも私たちが抵抗しなかったら、明日のカトリック宗教はいったいどうなってしまうのでしょうか?

 読者の皆さんはこんなことを言う誘惑に駆られているかもしれません。「では私たちにいったい何が出来るというのか? 私たちにこれをしろ、あれをしろ、というのは司教様なのだ。ほら、この公文書は(司教様公認の)要理委員会が、または別の公式委員会が発表したものだ。(公式の司教様の権威に抵抗しろというのか?)」

 では、信仰を失う以外に何も残っていないと言うのでしょうか? そのような対応をする権利はありません。聖パウロは私たちにこう警告しました。「私たち自身であるにせよ、天からの天使であるにせよ、私たちがあなたたちに伝えたのとはちがう福音を告げる者にはのろいあれ。」(ガラチア1:8)

 これが真の従順の秘訣です。


教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ

01. なぜ今カトリック者たちは、困惑しているのか。原因は、カトリック教会に侵入した新しい精神。それは教会の過去の教えと生命とを疑問視させる。
02. 私たちの宗教は変えられようとしている!
03. 典礼改革:ミサ聖祭が全く日常の行為の位まで押し下げられている。非神聖化。聖なる物の喪失。
04. 永遠のミサと現代のミサ。典礼改革は意図的に犠牲を食事に変える。
05. 「それは昔の話ですよ!」
06. 洗礼と婚姻、悔悛と終油の秘蹟の新しい仕方
07. 新しい司祭職
08. 新しい公教要理
09. 現代の神学
10. エキュメニズム(キリスト教一致運動)
11. 信教の自由
12. 「同志」および「同伴者」たち
13. フランス革命のフリーメーソン的スローガン「自由・平等・博愛」は、第二バチカン公会議の「信教の自由、団体主義の平等、エキュメニズムの博愛」となった
14. 「第2バチカン公会議は教会内部のフランス革命だ」(スーネンス枢機卿)
15. 教会と革命の結合:リベラル派は教会を革命と結婚・合体さようとし、歴代の教皇たちはこのリベラルなカトリック主義を排斥し続けてきた
16. 信仰を瓦解させる新近代主義
17. 聖伝とは何か:聖伝とは「数世紀を経て教導職により伝えられてきた信仰の遺産」と定義される

回勅『パッシェンディ・ドミニチ・グレジス Pascendi Dominici Gregis』 近代主義の誤謬について 聖ピオ十世教皇(1)

回勅『パッシェンディ・ドミニチ・グレジス Pascendi Dominici Gregis』 近代主義の誤謬について 聖ピオ十世教皇(2)

回勅『パッシェンディ・ドミニチ・グレジス Pascendi Dominici Gregis』 近代主義の誤謬について 聖ピオ十世教皇(3)
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聖ピオ十世会とは?About the Society of Saint Pius X (SSPX)

2019年02月19日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

聖ピオ十世会とは何か、ずばり、ご紹介いたします。
天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)


 聖ピオ十世会は、故マルセル・ルフェーブル大司教(1905-1991)によって創立され、教会法に則り、1970年11月1日付で正式に発足したカトリック教会内の修道会です。

 スイス、フリブールのシャリエール司教から正式な認可を得て、カトリック教会法典に則って創立されました。

 カトリック教会によって認可を受けた会憲にはこうあります。
「天主、至聖三位一体への偉大な愛は、聖ピオ十世会会員の心を燃え立たせるだろう。この愛徳は自然と童貞性と清貧を産み出し、信仰と準備のできている寛大な愛深い従順とを通して自分を常に与えるように常に促すほど大きなものでなければならない。」(VI De Sodalium Virtutibus, 1)

 聖ピオ十世会は、1970年に創立されて以来、2018年7月現在、司祭637名、修道士123名、修道女200名、奉献修道女79名、ケニアの宣教修道女19名を擁する国際的な司祭らの修道会となり、37ヵ国で常駐し、その他に35ヵ国にミッションを行い、72ヵ国で聖務を行っています。

 聖ピオ十世会の会憲にある通り、"聖ピオ十世会の目的は、司祭職であり、司祭職に関わる全てのことであり、司祭職に関すること以外の何ものでも無い。すなわち、私たちの主イエズス・キリストが「私の記念のために、これを行え」と言われたとき、私たちの主が望まれたままの司祭職である。"(II De Sodalitii Fine, 1)

"従って、聖ピオ十世会は、司祭生活を司祭の存在にとって本質的な理由であるところのものに方向付け、向かわせなければならない。司祭の存在理由とは、すなわちミサ聖祭であり、ミサが意味する全てのもの、ミサから流れる全てのもの、ミサを補足する全てと共にである。"(II De Sodalitii Fine, 2)

 この事業は、第一に私達の神学校で達成されます。聖ピオ十世会の神学校では、聖伝に従うカトリックの養成がなされています。

 聖ピオ十世会の司祭たちはまた、世界中にいる兄弟である司祭たちが聖伝のラテン語のミサを学んだり、必要に応じて助言を与えたり、司祭たちがカトリック教会の遺産を取り戻していくことを助けてもいます。

 神学生たちは、自分たちの養成期間が終わると、信徒たちのために使徒職に従事するよう各地の小修道院に派遣されます。

 聖ピオ十世会は、創立後半世紀を経て、そのほとんどの司祭たちが教会で働き、秘跡を執り行い、霊魂を導き、カトリック学校で教えています。 このようにして、聖ピオ十世会は真剣に、守護聖人である教皇聖ピオ十世のモットーを自分たちのものとしています。

「キリストにおいてあらゆるものを復興させる」 Instaurare omnia in Christo.

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2019年1月6日(主) 主の御公現の大祝日のミサ説教 「御公現の玄義について」

2019年02月19日 | お説教・霊的講話
2019年1月6日(主日)主の御公現の大祝日のミサ
小野田神父 説教


日本の聖なる殉教者巡回教会にようこそ。
今日は2019年1月6日、主の御公現の祝日です。

今日は色々なプログラムがあります。ミサの後には、いつものように感謝のお祈りをします。その次に、月の初めの主日、また年の最初の主日ですので、御聖体降福式を致しましょう、いつものように。

今年も毎月最初の主日には、御聖体降福式を致します。この為に私たちは多くの御恵みを受けてきました。この新しい新年、イエズス様が祝福して下さいますように、お祈り致しましょう。

その後に今度はクリスマスから御公現までしております、幼きイエズス様への接吻式があります。

それから今日は御公現のチョークを祝別する日でもありますので、チョークを祝別して皆さんにもお配りしたいと思っています。

それから14時から14時半まで、侍者の会の集いがあります。聖フランシスコ・ザビエル侍者の会の集いがあります。侍者として一緒にミサ答えをしたい、侍者の会に入ろうという方はどうぞ参加して下さい。今日は15時から晩課があります。第2晩課、御公現の晩課です。

明日は朝7時からミサがあります。

次の主日のミサは、1月20日です。


“Ecce advenit.”

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

愛する兄弟の皆さん、今日は、今日の黙想の目標はテーマは、「御公現」という大祝日とその典礼文、非常に美しく出来ている、古来から伝えられたこの典礼を黙想する事によって、

⑴一体御公現とは、その典礼によって何を私たちに教えているのか?この御公現の玄義は一体何なのか?

⑵この御公現の玄義を、典礼はどのように私たちに伝えようとしているのか?その核心は何なのか?

⑶そしてでは典礼において私たちは、御公現において何をしなければならないのか?そしてでは何をするのか?

という事を黙想したいと思います。そして今日は、その御公現の玄義が一体典礼によってどのように表されていて、今日のミサをどのように理解して与るべきか、という事が理解できれば、私の黙想の提案が成功した事になります。


⑴まず第1に気が付く事は、入祭誦です。
司祭が祭壇の前に立ってミサを始めようとする時に、聖歌隊はこう歌います、“Ecce advenit”これは、「見よ、遂に到達した。遂にやって来た」という意味です。

この“advenit”という言葉は、“adventus”「到達する」つまり待降節と同じ語源の言葉で、「遂に待降節から、待ちに待っていたこの救い主の御到来と、そしてその神秘が完成した。」“advenit”いうのは、「到達した」という過去形であるからです。「遂に玄義が完結した。完成された。遂にやって来た」という事です。

何がやって来たかというと、“Dominator Dominus et regnum in manu ejus”という言葉が続きます。つまり、「主であり、全宇宙を支配している方、支配者、王の王、最高の主がやって来た」という事です。

日本では特に今年は、新しい天皇陛下の即位があったり、元号が変わったりします。そして10日間のお休みがあって、その時には私たちは喜びに満ちる事でしょう。たくさんご馳走も食べるかもしれません。迎賓館ではとても大きな晩餐会が開かれるかもしれません。外国の大切なお客様たちを呼んで、色々な晩餐式が開かれる事でしょう。

それと同じように、教会の、特にこの時には、「王がやって来た。本当の私たちの救い主がやって来た。この生まれた御方は真の王である」と宣言します。

そこで私たちも、この王の到来の為に、元号をも変えて、西暦2019年、そして大きな晩餐会を開かれます。

もちろん本当の晩餐会は天国で開かれるはずですけれども、私たちはその前取りとして、このミサが開かれています。

あるいは、待ちに待ったこの救い主は、典礼によれば、私たち人類の、霊魂の、人間の霊魂たちの花婿です。「花婿が遂に、花嫁と婚姻をする日が来た。そしてその婚姻の為の婚姻の大宴会が開かれる。花婿と花嫁が一つになる。一つの家族になって、一つの体になる。」

ですから、この婚姻の大宴会についても語られます。ミサの時には語られないのですけれども、朝課と晚課、15時から私たちが歌う晚課では、「カナの婚宴で水がワインに変わったのも、これも霊魂とキリストの婚姻の為だ。」あるいは、「3人の王が、東方の王たちが博士たちが贈り物をしたのも、やはりこの婚姻の贈り物だ」とさえ歌っています。

そのような事が分かると、「クリスマスであった事が、御公現節で完成させられている、完成させられた」という事が分かります。クリスマスは、私たちは「イエズス様が真の救い主であり、預言されたメシアの成就であり、唯一の救い主である」という事を黙想しました。しかも私たちを赦す為に、私たちを愛するが為に、とてつもない計り知れない愛を持ってやって来た喜びの日でした。

それにそれを完成させる今日、御公現節は、東方の博士たちはその愛を、愛を以って応えようとします。愛を以って、贈り物を持って、遠くの道のりをやって来ます。礼拝を捧げようとしてやって来ます。そして私たちも、この東方の王にならなければなりません。典礼では皆さんが主人公です。皆さんが東の国の博士たちになります。


⑵第2の点は、一体どうやって、典礼学者によると、「このミサの構造は非常に完璧な構造をしている」と言います。典型的なローマ典礼です。

1つは、「預言とその成就がある」という事がパラレルに語られるからです。なぜかというと、書簡では旧約の預言が読まれます。旧約の預言はイザヤの書から取られていますが、「東の国の博士たちがやって来る。らくだや動物たちに乗ってやって来て、サバやマディアンからやって来て、そして贈り物を贈る。エルサレムよ、輝け。光出されよ。光がお前から輝く。」この預言が語られて、そして福音ではその成就が語られます。実際に今から2000年前、イエズス様が御誕生になられた時に、本当にその通りになりました。

そして2000年後の今、私たちも福音の時に、博士たちと一緒に跪いて礼拝しました。これは「この私たちも、この典礼においては、東の国の博士たちである」という事を示しています。


⑶では、私たちが一体どのような役割を果たさなければならないのでしょうか?

私たちも、クリスマスの時にイエズス様から贈り物をもらったのみならず、今度は幼きイエズス様に、王であるイエズス様に、私たちの贈り物を捧げる番がやって来た、という事です。ではどんな贈り物を捧げたら良いのでしょうか?

それは一言で言うと、「私たち自身」です。人類は、「天主のようになる」という悪魔の誘いを受けて堕落しました。天主の敵となりました。不幸になりました。救い主を必要とする存在となりました。しかし私たちが主の道具として、主の御旨を果たす者となる時に、主に私たちを捧げる者となる時に、私たちはもう一度幸せへの、救い主を受ける事ができる道が開かれます。マリア様がそうでした。3人の博士がそうでした。そして私たちもそのように招かれています。私たち自身を奉献するという事です。

ですから、Offertoriumの時には、イエズス様が既に捧げられています。私たちの手本として、私たちもイエズス様のように捧げられなければならない。Offertoriumによれば、「博士たちが捧げた3つの贈り物は、実はイエズス様を意味していた」と言います。ですから私たちも、その自分自身を与えなければなりません。

では、いつ、そうしたら良いのでしょうか?

それが、御聖体拝領です。御聖体拝領の時に私たちはイエズス様を受けますが、それと同時に、自分をイエズス様に与え尽くす、という事をしなければなりません。私たちの純粋な、純金のような信心と愛を、イエズス様にお捧げ致しましょう。御聖体拝領の時に、私たちのこの一年の祈りを、またいけにえを犠牲を、乳香のようにお捧げ致しましょう。そしてイエズス様が亡くなる時には没薬を体に受けましたけれども、私たち自身がイエズス様を受ける時に、イエズス様を囲む没薬となりますように、決してイエズス様を腐敗させない者となりますように、イエズス様の精神を腐敗させない者となりますように、お祈り致しましょう。

ですから典礼では、皆さんが御聖体拝領する時にクライマックスとなります。どうぞ皆さんの愛と、祈りと、犠牲の心を以って、「イエズス様の道具となる、その御旨を果たしたい」という愛を以って近寄って下さい。

マリア様にお祈り致しましょう。どうぞこの御公現の神秘がますます理解する事ができますように、3人の博士たちは福音書によると、「マリアと共に居る子供を見出した」とあります。

「イエズス様を見出す事ができるように、マリア様、傍に居て下さい。マリア様、私たちがマリア様と共に居るイエズス様を礼拝する事ができるように、助けて下さい。」

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。


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教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ 第17章 聖伝とは何か

2019年02月19日 | ルフェーブル大司教の言葉
教会がどうなってしまったのか分からなくなってしまったカトリック信者たちへ

ルフェーブル大司教の公開書簡 その17

第17章 聖伝とは何か

 今日でも過去においても、近代主義というものは実に内部から教会をむしばむものです。回勅『パッシェンディ』から、今日我々が経験している事柄に対応するいくつかの主要な点を再び引用してみましょう。

「教会の権威は、自らの目的が完全に霊的なものであることに鑑みて、公衆の眼前にその姿を飾るところの外的な壮麗さを脱ぎすてなければならない、と近代主義者らはいう。かかる主張を成すに当たって、彼らは、宗教は霊魂のためのものであるとは言え、ただ霊魂のためのみのものではなく、また権威に対して払われる敬意は、それを制定したキリストご自身に帰されることになる、という事実を忘れている。」

 パウロ六世が教皇冠を脱ぎ、司教たちが紫のスータンさらには黒いスータンをさえ着るのをやめ、司教の指輪も外し、司祭たちが仕事着や、いつも、わざとくだけたスタイルで現れるようになったのは、これら「新奇なことを語る者たち」の圧力のゆえです。すでに施行済みの一般的な改革や断固要求された改革の中には、近代主義改革者たちの「偏執狂的な」願望として聖ピオ十世が言及していない事柄などはありません。読者も次の文章を読めば、それらを理解するに違いありません。

「礼拝について彼らは、“外的な信心の数は減らされ、これ以上それが増えることのないように手段が講じられなければならない” と言います。・・・ 教会の統治機構が、今やことごとく民主主義を志向する現代人の意識に合致されねばならず、したがって聖職者の中でも低い階級に属する者たち、さらには一般信徒にさえも同機構において何がしかの役割が与えられるべきであること、また、過剰に一点集中している権威もまた、分権化されねばならないこと」を強く主張している。ローマ聖省、中でも特に図書検閲聖省ならびに検邪聖省も同様に改変されなければならない。・・・

 さらに一部の者は、プロテスタントの教師の教えに喜んで聞き入り、「聖職者の独身制の廃止」を望んでいる。」

 これらと全く同じ要求が現在提唱されており、その中に独創的なものは何一つないことに注目してください。キリスト教的思想と将来の司祭の要請に関し、ピオ十世の時代の改革者たちの意図は、「哲学史の単なる一章として種々の時代遅れの体系の中に位置づけられる」スコラ的哲学を放棄することでした。彼らは「“唯それのみが真でありかつ私たちの生きる時代に適合したものである現代哲学”が青少年に教えられるべきであり・・・ 合理的神学は現代哲学をその基礎とし、また実証神学は教義[発達]の歴史に基づいてなされるべきである」としています。

 この点で、近代主義者たちは、望んだ以上のものを得てきました。通称神学校なるものの中で、彼らは、聖トマス・アクィナスの代わりに人間学、精神分析学、およびマルクスを教えています。トマス主義の原則は、宇宙の摂理は説明できないことを自ら認める彼らのあいまいな理論のかたわらに退けられ、彼らはそのようにして不条理の哲学を唱道しています。現代のあるいい加減な考えの持ち主の司祭は、識者たちから注目され、性をすべての中心に置き、公式の集会で大胆にも次のように述べています。

「古代人の科学的仮説は全くばかげたものであり、聖トマスとオリゲネスは、そのようなたわごとに自分の学説の根拠を置いた。」

 その直後に彼は、非常識にも生命は「生物学上説明のつかない事実に基づく進化の連鎖」だと定義づけました。説明がつかないと、どうして彼に分かるのでしょうか。私に言わせるなら、司祭たる者が、それは天主によるという唯一の説明をどうして放棄できるのでしょうか。

 近代主義者たちが、天使的博士(聖トマス・アクィナスのこと)の原理、可能態と現実態の概念、また本質、実体、遇有、霊魂、身体などの概念に反して、自分たちの愚論を弁論しなければならないとしたら、彼らは無に帰すことになるでしょう。彼らはそのような概念を取り除くことにより、教会の神学を理解不可能なものとしているのです。そのために、教皇自発教令 『ドクトリス・アンジリチDoctoris Angelici』に「従って、聖なる規律を学ぶ学生たちは、天主が啓示し給うた教義が教導権によって提示されている、その言葉の意味さえ、もはや把握してはいない」とあるとおりです。スコラ哲学への攻撃は、教義を変え聖伝を攻撃したいと願う者にとって、必然のことなのです。

 しかし、聖伝とは一体何でしょうか。この語はしばしば誤って解釈されているように思えます。それは、仕事、家族、および市民生活において存在している「伝統・しきたり」と同一視されています。最後の一枚のタイルが敷かれたときに家の屋根に飾られる花束や、記念碑を公開するときのリボンカットなどのようなものと、です。私が述べているのはそうしたものとは異なります。聖伝とは、過去から受け継がれてきた習慣や、はっきりとした理由がないのに、単なる過去への忠義心から保たれてきた習慣から成り立っているのではありません。聖伝とは、「数世紀を経て教導職により伝えられてきた信仰の遺産」と定義されます。この遺産は、啓示により私たちに与えられたもの、つまり、使徒たちにゆだねられ、その後継者たちに確実に伝えられてきた「天主の言葉」なのです。

 しかし、今や彼らは、まるで私たちが使徒信条を与えられてはいないかのように、あるいは、私たちの主が真理をお授けになるため、一度限りいつも有効なように、この世に来たことなどあたかもなかったかのように、あらゆる人に探させ、求めさせようとします。そのように探すことで、何を見つけると言うのでしょうか。カトリック信者らは彼らによって「自分たちの確信を捨て」させられた後、彼らからそのような「もう一度問い直すこと」を押し付けられています。彼らは、次のことを思い出すべきです。つまり、啓示の遺産は、最後の使徒の死をもって終わった、ということです。それは完結したのであり、時の終わりに至るまで、それに触れることはできません。啓示は変更不可能なのです。第一バチカン公会議は、再度このことを明言しています。

「天主が啓示した信仰の教理は、人間の知能が完成するべき哲学的発見ではなく、キリストの花嫁(教会)に天主の遺産として委ねられたのであり、それは教会によって忠実に守られ、誤ることなく解釈されるためである。」

 しかし、聖母マリアが天主の御母であるとする教義は、431年、全実体変化の教義は1215年、教皇の無謬性の教義は1870年にしか遡らないではないか、と異議を唱える人もいるかもしれません。教義の進化はなかったのでしょうか? 全くありません。長い時の経過の中で定義されてきた教義は、啓示に含まれていたものです。教会はそれらをただ明確にしただけです。教皇ピオ12世が、1950年に聖母の被昇天の教義を定義した際、童貞聖マリアがその肉体とともに点に移されたという被昇天に関する真理が啓示の遺産に含まれていたこと、また最後の使徒の死以前に私たちに啓示されたテキストの中にすでにあったと述べました。私たちはこの点で、何であれ新しいものを持ち込むことはできませんし、たった一つの教義でも付け加えることはできません。しかし、存在しているものをかつてなく明快に、美しく、高尚に言い表すことならできるのです。

 これは極めて確実であり、私たちの前で日常的に繰り返される誤りを判断し、一切譲歩せずにそれらを退けるために、私たちが従うべき規定なのです。ボシュエが力強く書いているとおりです。

「キリスト教道徳の原理と教会の本質的な教義を説明するのが問題となるとき、全時代において、とりわけ古代において聖伝に出現していない事柄すべては、聖伝にないというその瞬間から、単に疑わしいのみならず、間違っており、排斥されるべきである。そしてこれが、教会の聖なる教父たち、そしてだれよりも教皇が、偽りの教義を排斥した際に従った根本原則である。何故ならローマ教会にとって、新奇な見解ほど忌まわしい事柄はないからである」。

 脅しつけられた忠実な信者たちに強要されている論点は、次のようなものです。「あなた方は過去にしがみついている。懐古趣味で、自分だけの時の中で生きている。」

 そう言われると、決まりが悪くなって、答えに窮するのです。しかし、実際のところ答えは簡単です。このことに関しては、過去も現在も未来もない、真理はすべての時代に属するのであり、不変だ、と言うべきなのです。

 彼らは聖伝を打ち崩すため、聖書と聖伝を対峙させますが、プロテスタント流の、福音書だけが重要な書であるとする主張をもってそうします。しかしながら、聖伝は福音書よりも前にあったのです。共観福音書は、ある人々が私たちに信じ込ませようとしているような遅い時期に書かれたのではありません。とはいえ、4人の福音史家が各々の書を完成させるまでに多年が経過していました。しかし、教会はそのときすでに存在していたのです。聖霊降臨が起こっていました。非常に多くの改宗者、実に3000人もの人々が、使徒たちが高間から出てきた聖霊降臨のその日その時に生み出されたのです。その時彼らは何を信じていたのでしょう。口頭伝承によらずして、啓示は一体どのようにして伝えられたというのでしょうか。誰も聖伝を聖書より軽んずることはできませんし、まして聖伝を退けることなどできません。

 しかし、こうした主張を受け入れて、彼らが霊感を受けた聖句に無限の敬意を抱いているとは思わないでください。彼らはそれが全体として霊感を受けていることに疑問を差しはさむことさえして、「福音書の中には、霊感を受けたものあるか。私たちの救いに必要な真理だけがそうだ」と言います。従って、奇跡や聖なる幼年期の記録、私たちの主の活動や振る舞いなどは、多かれ少なかれ伝説的な伝記部類に追いやられているのです。第二バチカン公会議において私たちは、「救いに必要な真理だけ」という言い回しについて論争しました。

 公会議中、福音書の歴史的な正真性を薄めることに賛成した司教たちもいて、新近代主義によりどれだけ聖職者が毒されているかが明らかになりました。カトリック信徒は欺かれることがないようにすべきです。全福音書は霊感を受けたものであり、それを書いた人々は、聖霊の影響下に知性が導かれていたのです。それゆえ、福音書は全体が天主のみ言葉、Verbum Dei なのです。選り好みをして「この部分は受け入れるが、あの部分は受け入れたくない」と言うことは今日許されてはいません。選択をすることは、その語のギリシャ語の由来からすると、異端者になるということです。

【第二バチカン公会議の『神の啓示に関する教義憲章』11番には「聖書は、神がわれわれの救いのために聖なる書に記録されることを望んだ真理を固く、忠実に、誤りなく教えるものと言わなければならない。」という一節がある。】

 福音書を私たちに伝えたのは聖伝であるというのは、事実以外の何ものでもなく、福音書の趣旨を私たちに説明することは、聖伝と教導権に属しているのです。もし私たちのためにだれも福音書を解き明かしてくれないとしたら、キリストの同じ言葉に関していくつか全く異なる解釈に到達することになるでしょう。そうなれば、結局私たちは、プロテスタントの勝手な解釈であるとか、単なる幻想へと人をいざなう今日のカリスマ運動の自由な「霊感」に行き着くことになってしまいます。

 教義に関する全ての公会議は、私たちに聖伝の厳密な表現、使徒たちが教えた事柄の厳密な表現を与えてきました。聖伝は変更を許さないものです。何人も、トレント公会議の教令を変更することはできません。理由は、教会の正式記録により記述され公にされたものであり、不可謬であるからです。ところが第二バチカン公会議では、教皇らはその不謬性を行使しようと望まなかったがゆえにその命題は不可謬とは限らないのです。したがって、「あなたは過去にしがみついており、トレント公会議に止まっている」などと誰も皆さんに言えないのです。なぜなら、トレント公会議は過去のものではないからです。聖伝は、時代を超越した性格を有し、あらゆる時代とあらゆる場所に当てはまるものだからです。

【参考資料】
聖ピオ十世「パッシェンディ」の内容と第二バチカン公会議後の改革
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2019年1月5日(初土) 聖母の汚れなき御心の随意ミサ説教 「御公現の黙想」

2019年02月18日 | お説教・霊的講話
2019年1月5日(初土)聖母の汚れなき御心の随意ミサ
小野田神父 説教


聖母の汚れなき御心聖堂にようこそ。
今日は2019年1月5日、新年の初土曜日の信心で、マリア様の汚れなき御心の随意ミサを行なっています。

今日はこの後に、いつもの通りにいつもの感謝のお祈りを致します。その後、いつものようにイエズス様への、幼きイエズス様への接吻の式があります。
それから簡単な軽食をとった後、新年の聖母行列を行ないましょう。

次のミサは、一週間後の1月13日の主日、夕方にミサがあります。ワリエ神父様がいらっしゃいます。


聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

愛する兄弟の皆さん、今日はマリア様の初土曜日で、そして明日はイエズス様の御公現の祝日です。

また今日はマリア様の聖母行列をするので、私たちもその3つのテーマを黙想致しましょう。

特に今日は初土曜日ですから、初土の信心をしましょう。今日の皆さんがなさった告解や御聖体拝領、そしてロザリオ、それから聖母行列、あるいはこの皆さんのなさる15分の黙想を、是非イエズス様の御降誕の黙想をなさって下さい。マリア様の汚れなき御心に対して犯される罪を償う為に捧げて下さい。今日の初土の信心を良く行なう事ができるように、御降誕の黙想を一緒に致しましょう。

この御降誕にはもちろん、「イエズス様が私たちの為に肉体を持ってお生まれになった、天主の御言葉が、真の天主が、私たちの為にお生まれになった」という神秘と同時に、「私たちの霊魂にも、私たちの心の内にも、イエズス様がお生まれになる」という神秘があります。ですからイエズス様が私たちの心にちゃんとお生まれになる事ができますように、私たちの心を大きく広げる事にしましょう。

この御降誕の時の神秘と非常に関わって、これを完成するのが、御公現です。御公現というのは、イエズス様が御自分の事を、真の天主、人となった天主、という事を人々に知らせる事です。

3つのグループの人があります。そしてイエズス様がお示しになったと同じように、その順序に従って、その人類の歴史もそのようになります。

イエズス様はまず、お生まれになったその日、その夜、ユダヤ人の、牧場に野宿していた羊飼いたちに、 御自分の事をお示しになりました。羊飼いたちには天使たちの声を通して、御自分がお生まれになった事を知らせました。先ほど私たちが、“Gloria in excelsis Deo.”「天のいと高きところに天主に栄光、善意の人には平和あれ」と歌いましたけれども、これは世界で最初に天使たちが歌ったその言葉です、その歌です。私たちはそれをいつも歌ミサではこれを、この天使の歌を歌う事にしています。

この天使の声を聞いて、イエズス様の預言が成就された、天主が人となった、という事を見に来た羊飼いたちは、しるしが与えられました。まぐさ桶に寝かされている、産衣でくるまった子供です。そして羊飼いたちが見出したのは、その子供とお母さんでした。

第2は、異邦人たちでした。異邦人たちは星によって、救い主が来られたという事を知らされました。東の国から、ユダヤ人ではない人々が、お金と、労力と、長い距離を星に従って、ユダヤの王、人となった御言葉天主を礼拝しにやって来ます。その距離とその旅行は大変でした。

そしてこの3人の東の国の博士たちは、貧しい所におられた聖家族を見て、「これこそ、真の天主である」と理解しました。天主に捧げるべき「乳香」をこの子供に与えました。

この博士たちは更に、「これが本当の王である」という事を理解しました。こんなに貧しい所に住んでいたにもかかわらず、真理を理解しました。そこで、王の為に捧げるべき「黄金」も御捧げしました。

この博士たちは更に、王であり、天主であり、それと同時に、「私たちの為に苦しむべき、死すべき者である」という事も理解しました。その為に、その葬りの為の「没薬」をも御捧げしました。

そしてこの3人の王たちは、貴重な宝物をはるばる持って来て御捧げして、それから深い礼拝をしました。こうやってイエズス様は、御自分が真の天主であり、真の救い主である、という事を異邦の人々に、異邦人に、ユダヤ人以外の人々にも知らせました。これはお生まれになって13日後の事でした。1月6日です。

その後、お生まれになった40日後には、ユダヤの、救い主を待っていた義人たちに、神殿で祈りをしていた義人に、聖なる人々に、御自分を現わしました。代表が、シメオンという老人と、聖アンナというやはり預言者です。いつも御聖堂を離れずに、神殿を離れずに、祈りと断食をして、救い主を待っていました。

この2人は聖霊によって、「救い主が生まれた。救い主が今、神殿にやって来る」という事を知らされて、聖霊の働きによって、すぐに救い主をイエズス様を認めました。

この3つのグループに共通していた事は、イエズス様を見つけた時に、それと同時に、「マリア様がいらした」という事です。マリア様がイエズス様をお持ちになっていたから、お抱きになっていたからこそ、この人々はイエズス様を認める事ができました。

そしておそらくその3つのグループの人々は、等しくマリア様にお願いしたに違いありません。ちょうど私たちがミサの後にするかのように、「マリア様、お母様、この生まれたばかりの赤ちゃんにキスをしても良いですか?このお手々に触ってもいいですか?抱いても良いでしょうか?」シメオンはそうした、と書かれています。おそらく牧童も羊飼いたちも大胆に、あるいは博士たちも大胆に、「子供にどうぞ接吻させて下さい」とお願いしたに違いありません。

これを見るとイエズス様は、「自分が救い主であるという事を、マリア様と共にお知らせしたい」という事が分かります。マリア様は、真の救い主が来るという事を知らせる「暁の星」です。マリア様が通らなければ、イエズス様は通る事ができません。マリア様が通った所には、イエズス様が必ず通ります。

では、私たちは今日どのような遷善の決心をしたら良いでしょうか?

今日、新年の決心を立てる事に致しましょう。新年の決心は、「私たちのこの一年に、マリア様がいつもいらっしゃるようにお願いする」という事です。なぜかというと、マリア様がいらっしゃる所は全て、イエズス様の御恵みが来るからです。マリア様がいらっしゃらないと御恵みが届かないからです。今日、1年、私たちは、マリア様がいつも私たちのそばにいらして下さるように、お願い致しましょう。

そして第2には、イエズス様が、イエズス様の至聖なるミサが、昔からのローマの典礼のこのミサが、決して廃止されていないこのミサが、日本で毎日捧げられる事ができるように、このミサを捧げる聖伝の司祭が、聖ピオ十世会の司祭が、日本に常駐しますように、できるだけたくさん常駐しますように、マリア様を通してお祈り致しましょう。

そしてこの私たちの御聖堂に、多くの方々がイエズス様を探しにいらっしゃいますように、イエズス様の御恵みを受ける事ができますように、イエズス様から平和と、喜びと、御恵みと、慰めと、思ってもみないような奇跡的な良い出来事などを頂く事ができますように、マリア様にお祈り致しましょう。

ファチマのマリア様がこの周りを祝福して、御恵みの花びらと、そして御恵みの洪水で満たして下さいますように、この御聖堂の周囲が、マリア様の清い喜びと、平和と、幸福で満ち溢れますように、そしてここに、その平和と、喜びの中心地となりますように、その「私たちに本当の喜びを与える救い主イエズス様が、ここにいらっしゃる」という事を、マリア様が皆さんに、ここの多くの方々に知らせて下さいますように。

そしてできれば日本全土に、マリア様の御恵みが、マリア様を通してイエズス様の御恵みが染み通りますように、是非マリア様に日本を、この年の最初の初土に祝福して下さいますように、お祈り致しましょう。

新しくなる即位される天皇陛下、また今年洗礼を授かる多くの方々、今年生まれてくる赤ちゃんたち、今年結婚する方々、あるいは今年色々な新しい人生を歩むような方々、中学校に入る、あるいは高校に入る、大学に入る、あるいは就職をする、あるいは色々な方々を、マリア様が祝福して下さいますように。

私たちもますますマリア様に近付く事ができますように、より御恵みに溢れた年となりますように、お祈り致しましょう。

そして遂には、この私たちがこの地上でマリア様と共に、こう幸せで喜びに満ちた時を過ごした後には、永遠にマリア様と共に感謝して、幸せと喜びに満ちたものとなりますように、この地上での悲しみがマリア様と共に喜びにもしも変わるならば、今度は永遠では全く純粋な喜びに変わりますように、良い、ますます良い年になりますように、お祈り致しましょう。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。
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