Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

聖ヨゼフ、我らの為に祈り給え! 聖ヨゼフの特別聖年(2020年12月8日〜2021年12月8日)

九月三日 教皇証聖者聖ピオ十世【三級祝日(聖ピオ十世会では一級)白】聖伝のミサの固有文:羅・和・中文対訳

2021年09月03日 | ミサ聖祭

九月三日 教皇証聖者聖ピオ十世【三級祝日(聖ピオ十世会では一級)白】
1835年6月2日、北イタリアのトレヴィゾ州リエーゼの貧しい家に生まれた。1858年司祭に叙品され、司牧に従事し、1893年ヴェネツィア総大司教・枢機卿に上げられ、1903年8月4日、教皇に選ばれた。実際的知力と強い意志力に恵まれ、柔和と謙遜に秀でていた。牧者としての配慮は、特に教えの純粋保持、教会法の改革、聖職者と民衆の宗教生活の深化などであった。近代主義を論駁、しばしば及び日々の聖体拝領、小児の聖体拝領の奨励、聖書研究所の創設などは、その一端を示すものである。極めて温情に富み、民情に通じ、しかも他方峻厳な一面も有した。超自然的なものについての直観力と実際的組織的才幹とは、この教皇の政策に方向と特色とを与えた。既に生前に聖人たる名声と奇蹟を行うとの評判が高かった。1914年8月20日没。1951年6月3日列福。1954年5月29日列聖。

Die 3 septembris 九月三日 9月3日
SANCTI PII X 聖ピオ十世 圣庇护十世
Papæ et Conf. 教皇証聖者 教宗精修
Ant. ad Introitum. 88, 20-22 入祭文 詩篇 88ノ20-22 进台咏(咏88:20-22)
Extuli eléctum de pópulo, óleo sancto meo unxi eum : ut manus mea sit semper cum eo, et brácchium meum confírmet eum.  私は、民の中から選ばれた人を取り上げ、私の聖なる油を彼に注いだ。私の手が常に彼と共にあり、私の腕は彼を強めるために。 我提拔了我由民间所选出者,用我的圣油抹敷了他,使我的手时常坚固他,我的手臂加强他的力量。
Ps. ibid., 2 詩篇88ノ2 进台咏(咏88:2)
Grátias Dómini in ætérnum cantábo : per omnes generatiónes annuntiábo fidelitátem tuam ore meo. [2] 私は、永遠に主の恵みを歌おう。代々を通して、口ずから御身の忠実を告げよう。 我要永远讴歌上主的恩宠,用我的口将世世代代讲述祢的信义。
V/. Glória Patri. V/. 願わくは聖父と・・・(栄誦)。 光荣归于父……。
Extuli eléctum de pópulo, óleo sancto meo unxi eum : ut manus mea sit semper cum eo, et brácchium meum confírmet eum. 私は、民の中から選ばれた人を取り上げ、私の聖なる油を彼に注いだ。私の手が常に彼と共にあり、私の腕は彼を強めるために。 我提拔了我由民间所选出者,用我的圣油抹敷了他,使我的手时常坚固他,我的手臂加强他的力量。
Oratio. 集祷文 集祷经
Deus, qui, ad tuéndam cathólicam fidem et univérsa in Christo instauránda, sanctum Pium Summum Pontíficem cælésti sapiéntia et apostólica fortitúdine replevísti : concéde propítius ; ut, eius institúta et exémpla sectántes, prǽmia consequámur ætérna. Per eúndem Dóminum. 天主よ、御身はカトリックの信仰を守り、すべてをキリストにおいて立て直すために、教皇聖ピオを、天の上智と使徒的剛毅とで満たし給うた。彼の定めと模範とに倣うわれらが、永遠の報いを得ることを、憐れんで与え給え。その同じわれらの主イエズス・キリスト、天主として、(…)。 天主,祢为维护公教的信德,及恢复一切于基督之内,特以上天的智慧和宗徒的英勇充满了圣庇护教宗;求祢恩赐我们:务以遵循他的训导并以追随他的芳表,获得永远的酬报。因我们主耶稣基督……。
Lectio Epístolæ beáti Pauli Apóstoli ad Thessalonicénses 使徒パウロのテサロニケ人への書簡の朗読。(テサロニケ前書  2ノ2-8) 书信(得前2:2-8)
Fratres : Fidúciam habúimus in Dómino nostro, loqui ad vos Evangélium Dei in multa sollicitúdine. Exhortátio enim nostra non de erróre, neque de immundítia, neque in dolo ; sed sicut probáti sumus a Deo, ut crederétur nobis Evangélium : ita lóquimur, non quasi homínibus placéntes, sed Deo, qui probat corda nostra. Neque enim aliquándo fúimus in sermóne adulatiónis, sicut scitis : neque in occasióne avarítiæ : Deus testis est : nec quæréntes ab homínibus glóriam, neque a vobis, neque ab áliis. Cum possémus vobis óneri esse, ut Christi Apóstoli ; sed facti sumus párvuli in médio vestrum, tamquam si nutrix fóveat fílios suos. Ita desiderántes vos, cúpide volebámus trádere vobis non solum Evangélium Dei, sed etiam ánimas nostras, quóniam caríssimi nobis facti estis. 兄弟たちよ、あなたたちも知っているとおり、私たちは、さきにフィリッピで苦しみと侮辱とを受けたが、多くの苦闘のうちに、天主の福音をおそれなく告げる勇気を、天主から与えられた。実に私たちの宣教は、誤りや、汚れや、偽りから出るのではない。私たちは、天主にみとめられて福音をゆだねられたものであって、人間におもねるのではなく、心を試す天主によろこばれようとして語っている。知ってのとおり、私たちはへつらいの一言もいわず、天主が証されるように、物をむさぼる口実をもうけもしなかった。私たちは、あなたたちからも他の人からも、人間からは栄誉を求めなかった。また、キリストの使徒としてあなたたちに負担をかけることもできたが、あなたたちの中で、私たちは子どものようになった。乳母が子どもを育てやしなうように、私たちはあなたたちを愛し、天主の福音だけではなく、よろこんでいのちまでも与えたいと思うほどになった。それほどあなたたちを愛した。 弟兄们:我们信赖我们的天主,在无数苦难中大胆地向你们宣扬天主的福音。原来我们的讲道既不基于错谬,也不基于不洁或诡计。天主既然认许了我们,并且委托了我们传扬福音,我们便丝毫不是为求人喜悦,却是为求天主喜悦而讲道;天主考验我们的心。我们从来没有讲过一句谄媚你们的话,你们是知道的;从来没有假借藉口贪财,天主可以作证。我们从来没有在任何人面前、无论在你们或别人面前、求过美誉。我们虽然以基督宗徒的名义可以受你们的尊敬,却在你们中间、甘作弱小的人。如同乳母抚育她的婴儿一般,我们疼爱了你们,不单甘心情愿传给你们天主的福音,而且甘心情愿为你们牺牲性命,因为你们是我们多么疼爱的人!
Graduale. Ps. 39, 10-11. 昇階誦  詩篇 39ノ10-11 台阶咏(咏39:10-11)
Annuntiávi iustítiam in cœtu magno ; ecce lábia mea non cohíbui : Dómine, tu nosti.  私は、正義を大いなる集いで告げた。見よ、私は自分の唇[が言うべきこと]を隠さなかった。主よ御身はこれを知り給う。 上主啊!祢是知道的:我在盛大集会中、宣称了祢的正义;祢看!我没有封闭了我的嘴唇。
V/. Iustítiam tuam non abscóndi in corde meo ; fidelitátem tuam et auxílium tuum narrávi.  V/. 御身の正義を、私は心の中に隠さなかった。私は、御身の忠実と御身の助けとを語った。 我没有将祢的正义藏了于我心中,我却诉明了祢的忠实和祢的救助。
Allelúia, allelúia. V/. Ps. 22, 5-6. Paras mihi mensam, inúngis óleo caput meum, calix meus ubérrimus est . Allelúia. アレルヤ、アレルヤ。V/. 詩篇22ノ5-6御身は私に食卓を準備し、私の頭(かしら)に油を注ぎ給うた、私の杯は、満ちあふれるばかりである、アレルヤ。 阿肋路亚,阿肋路亚(咏 22:5-6)祢给我设备了盛筵,并且用油敷了我的头,使我的爵杯、充满盈盈。阿肋路亚。
+ Sequéntia sancti Evangélii secúndum Ioánnem. ヨハネによる聖福音の続誦。   福音
Ioann. 21, 15-17. ヨハネ21ノ15-17 (若21:15-17)
In illo témpore : Dixit Iesus Simóni Petro : Simon Ioánnis, díligis me plus his ? Dicit ei : Etiam, Dómine, tu scis, quia amo te. Dicit ei : Pasce agnos meos. Dicit ei íterum : Simon Ioánnis, díligis me ? Ait illi : Etiam, Dómine, tu scis, quia amo te. Dicit ei : Pasce agnos meos. Dicit ei tértio : Simon Ioánnis, amas me ? Contristátus est Petrus, quia dixit ei tértio, Amas me ? et dixit ei : Dómine, tu ómnia nosti : tu scis, quia amo te. Dixit ei : Pasce oves meas. そのとき、イエズスは、シモン・ペトロに「ヨハネの子シモン、あなたはこの人たちより以上に私を愛しているか?」とおおせられた。ペトロが、「主よ、そうです。あなたがご存じのとおり、私はあなたを愛しています!」と答えると、イエズスは、「私の小羊を牧せよ!」とおおせられた。また、ふたたび彼に「ヨハネの子シモン、私を愛しているか?」とおおせられた。「主よ、そうです。あなたがご存じのとおり、私はあなたを愛しています!」とペトロがこたえると、「私の小羊を牧せよ」とおおせられた。三たび、「ヨハネの子シモン、私を愛しているか?」とおおせられた。三たび「私を愛しでいるか?」といわれたのを聞いてペトロは悲しみ、「主よ、あなたは全てをご存じです。私があなたを愛していることは、あなたがご存じです!」といった。イエズスは彼に「私の羊を牧せよ」とおおせられた。 那时候、耶稣对西满伯多禄说:“西满、若纳之子!你比他们更爱戴我吗?”伯多禄回答说:“嗳!主啊!祢知道我爱戴祢。”耶稣对他说:“你牧我的羔羊。”第二次又对他说:“西满、若纳之子!你爱戴我吗?”伯多禄说:“嗳!主啊!祢知道我爱戴祢。”耶稣说:“你牧我的羔羊。”第三次耶稣对他说:“西满、若纳之子!你爱戴我吗?”伯多禄难受起来——因为三次问他‘你爱我吗?’——他对耶稣说:“主!祢是全知的,祢知道我爱慕祢。”耶稣说:“你牧我的羊。”
Credo 信経 信経
Ant. ad Offertorium. Ps. 33, 12. 奉献文 詩篇 33ノ12 奉献咏(咏33:12)
Veníte, fílii, audíte me : timorem Dómini docébo vos. 子らよ、来て私の言葉を聞け。私はあなたたちに主への畏れを教えよう。 孩儿们!你们当来听我的话,我要把敬畏上主的道,昭示你们。
Secreta 密誦 密祷经
Oblatiónibus nostris, quǽsumus, Dómine, benígne suscéptis, da nobis, ut hæc divína mystéria, sancto Pio Summo Pontífice intercedénte, sincéris tractémus obséquiis et fidéli mente sumámus. Per Dóminum. 主よ、願わくは、御慈悲をもってわれらの捧げ物を受け入れ給え、教皇聖ピオの取り次ぎにより、われらに、この天主の奥義を真実な尊敬をもって扱わせ、また忠実な心をもって拝領させ給え。天主として、(…)。 主,求祢将我们的献仪惠然收纳以后,恩赐我们赖圣庇护教宗的转达,对于当前神性的圣事,能以赤诚的敬礼仪式来承行,并以忠实的心灵来领受。因我们主……。
Ant. ad Communionem. Ioan. 6, 56-57. 聖体拝領誦 ヨハネ6ノ56-57 领主咏(若6:56-57)
Caro mea vere est cibus, et sanguis meus vere est potus. Qui mandúcat meam carnem et bibit meum sánguinem, in me manet et ego in illo. 私の肉はまことの食べ物、私の血はまことの飲み物である。私の肉を食べ、私の血を飲む者は、私におり、私もまた、彼にいる。 我的肉真是食粮,我的血真是饮料。谁吃我的肉,喝我的血,他在我内,我在他内。
Postcommunio 聖体拝領後の祈 领后经
Mensæ cæléstis virtúte refécti, quǽsumus, Dómine Deus noster : ut, interveniénte sancto Pio Summo Pontífice ; fortes efficiámur in fide, et in tua simus caritáte concórdes. Per Dóminum nostrum. 主よ、われらが天主よ、天の宴の力に強められ、われら願い奉る。願わくは、教皇聖ピオの取り次ぎにより、われらを信仰において強め、主への愛において一致させ給え。天主として、(…)。 主,我们的天主,我们既已饱享了天宴的接力,求祢使我们赖圣庇护教宗的转达,不特在信德上坚强果勇,且在祢的仁爱中同心同德。因我们主……。

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一月一日 主の御降誕の八日目の聖伝のミサのラテン語と日本語の対訳です。

2021年01月01日 | ミサ聖祭

一月一日 主の御降誕の八日目
一級祝日 白
ミサ聖祭
(指定巡礼聖堂。ティベル河の彼方の聖マリア大聖堂)
5世紀以来、公教会は、「偶像崇拝を禁じる」という典礼をつくり、ローマで行われていた正月の不道徳な祭典を排除しようとした。しかし、本日の典礼は、9世紀からのものである。新しい年の初めの本日は現在では守るべき祝日である。典礼にあずかって本日を聖とすべきである。われらには、過ぎ去った一年のために天主に感謝し、来るべき一年のために恩寵を願う必要がある。新年を迎えて喜ぼう。今年も主の年である。あるいは今年誰かは、キリストを見奉るために、永遠の国に行かねばならないかもしれないことを忘れてはならぬ。本日、おめでとうを、信者同士の愛徳の表れとして、心から語り合い、その言葉を実践しよう。
* * *
罪の身体を負ってこの世に降り給うた天主の御子は、モイゼの律法に従って、生後八日目に割礼を受け、福音書にあるとおり、イエズスと命名された。この名は、あらゆる名にまさる名であり、イエズスの使命と御業とを表している。

Die 1 Ianuarii 一月一日
IN OCTAVA NATIVITATIS 主の御降誕の八日目
I classis 一級祝日
Statio ad S. Mariam trans Tiberim 指定巡礼聖堂 ティベル河の彼方の聖マリア大聖堂
Ant. ad Introitum. Is. 9, 6. 入祭文 イザイア 9ノ6
Puer natus est nobis, et fílius datus est nobis : cuius impérium super húmerum eius : et vocábitur nomen eius magni consílii Angelus. 幼児(おさなご)がわれらに生まれた、息子がわれらに与えられた。その主権は彼の肩の上にあり、その名は、大いなる御計画の使者と呼ばれるだろう。
Ps. 97, 1. 詩篇97ノ1
Cantáte Dómino cánticum novum : quia mirabília fecit. 主に、新しい歌を歌え。主は不思議な業を行い給うたからである。
V/.Glória Patri. V/. 願わくは聖父と・・・(栄誦)。
Puer natus est nobis, et fílius datus est nobis : cuius impérium super húmerum eius : et vocábitur nomen eius magni consílii Angelus. 幼児(おさなご)がわれらに生まれた、息子がわれらに与えられた。その主権は彼の肩の上にあり、その名は、大いなる御計画の使者と呼ばれるだろう。
Oratio. 集祷文
Deus, qui salútis ætérnæ, beátæ Maríæ virginitáte fecúnda, humáno géneri prǽmia præstitísti : tríbue, quǽsumus ; ut ipsam pro nobis intercédere sentiámus, per quam merúimus auctórem vitæ suscípere, Dóminum nostrum Iesum Christum, Fílium tuum : Qui tecum vivit. 天主よ、御身は、聖マリアの実り豊かな童貞性により、人類に、永遠の救いの報いを備え給うた。願わくは、この聖母が私たちのために取次ぎ給うことを我らが知るを得んことを。この同じ聖母を通して、われらは、生命のつくり主である御子われらの主イエズス・キリスト受けることができた。御身と共に、(…)。
Léctio Epístolæ beati Páuli Apóstoli ad Titum. 使徒聖パウロの、ティトへの書簡の朗読。
Tit. 2, 11-15. ティト 2ノ11-15
Caríssime : Appáruit grátia Dei Salvatóris nostri ómnibus homínibus, erúdiens nos, ut, abnegántes impietátem et sæculária desidéria, sóbrie et iuste et pie vivámus in hoc sǽculo, exspectántes beátam spem et advéntum glóriæ magni Dei et Salvatóris nostri Iesu Christi : qui dedit semetípsum pro nobis : ut nos redímeret ab omni iniquitáte, et mundáret sibi pópulum acceptábilem, sectatórem bonórum óperum. Hæc lóquere et exhortáre : in Christo Iesu, Dómino nostro. いと愛する者よ、すべての人々に、私たちの救い主、天主の恩寵があらわれた。それは、不敬虔と世俗の欲望をすてて、この世において、思慮と正義と敬虔とをもって生きるために、幸福な希望と、偉大な天主であり救い主であるイエズス・キリストの光栄のあらわれを待ちつつあれと私たちに教える。イエズスは、私たちのためにご自分をお与えになった。それは私たちを全ての邪悪からあがない、善業に熱心に従い、受け入れられる民としてご自身のためにきよめるためであった。このことを、私たちの主イエズス・キリストにおいて、話し、勧めよ。
Graduale. Ps. 97, 3 et 2. 昇階誦 詩篇 97ノ3-4,2
Vidérunt omnes fines terræ salutare Dei nostri : iubiláte Deo, omnis terra. 地の果ての全ては、われらの天主の救いを見た。全地よ、天主に喜べ。
V/.Notum fecit Dominus salutare suum : ante conspéctum géntium revelávit iustitiam suam. 主は、御自分の救いを知らせた。国々の目の前で、御自分の正義を示し給うた。
Allelúia, allelúia. V/.Hebr. 1, 1-2. Multifárie olim Deus loquens pátribus in Prophétis, novíssime diébus istis locútus est nobis in Fílio. Allelúia. アレルヤ、アレルヤ、 V/.ヘブライ1ノ1,2 天主はいろいろな方法で、その昔、預言者において先祖らに話し給うたが、この終わりの日々には、御子において私たちに話し給うた、アレルヤ。
+ Sequéntia sancti Evangélii secundum Lucam. ルカによる聖福音の続誦。
Luc. 2, 21. ルカ 2ノ21
In illo témpore : Postquam consummáti sunt dies octo, ut circumciderétur Puer : vocátum est nomen eius Iesus, quod vocátum est ab Angelo, priúsquam in útero conciperétur. そのとき、幼児が割礼をうける八日目になったので、胎内にやどる前に天使によって呼ばれたように、その子の名をイエズスと名づけた。
Credo 信経
Ant. ad Offertorium. Ps. 88, 12 et 15. 奉献文  詩篇 88ノ12,15
Tui sunt cœli et tua est terra : orbem terrárum et plenitúdinem eius tu fundásti : iustítia et iudícium præparátio sedis tuæ. 天は御身のもの、地は御身のものである。地球とそこに満ものを御身は築き給うた。正義と公平とは、御身の座のいしずえである。
Secreta. 密誦
Munéribus nostris, quǽsumus, Dómine, precibúsque suscéptis : et cæléstibus nos munda mystériis, et cleménter exáudi. Per Dóminum. 主よ、願わくは、われらの供え物と祈りとを受け入れ給い、天の神秘によりわれらを浄め給え、そして仁慈もてわれらの祈りを聞きいれ給え。天主として、
Præfatio de Nativitate Domini. 序誦 御降誕の序誦
Vere dignum et justum est, æquum et salutáre, nos tibi semper, et ubíque grátias ágere: Dómine, sancte Pater, omnípotens ætérne Deus. Quia per incarnáti Verbi mystérium nova mentis nostræ óculis lux tuæ claritátis infúlsit: ut, dum visibíliter Deum cognóscimus, per hunc in invisibílium amórem rapiámur. Et ídeo cum Angelis et Archángelis, cum Thronis et Dominatiónibus, cumque omni milítia cœléstis exércitus, hymnum glóriæ tuæ cánimus, sine fine dicéntes: Sanctus, Sanctus, Sanctus... 主よ、聖なる父、全能永遠の天主よ、われらが御身に、いつもどこにても感謝を捧げるのは、実にふさわしく正しいこと、義務と救いである。なぜなら、託身した御言葉の玄義によって、われらの精神の目に、御身の輝きの新しい光が、輝き出でし故なり。そは、われらが目に見えるやり方で天主を識り奉る時、これによって見えざるものらの愛に心ひかれるためなり。ゆえに、天使、大天使と共に、座天使と主天使と共に、また、天の万軍と共に、われらはきわまりなく、主の御光栄の讃歌を歌い奉る。聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、…
Ant. ad Communionem. Ps. 97, 3. 聖体拝領誦 詩篇 97ノ3
Vidérunt omnes fines terræ salutáre Dei nostri. 地の果ての全ては、われらの天主の救いを見た。
Postcommunio. 聖体拝領後の祈
Hæc nos commúnio, Dómine, purget a crímine : et, intercedénte beáta Vírgine Dei Genetríce María, cæléstis remédii fáciat esse consórtes. Per eúndem Dóminum. 主よ、この聖体拝領が、われらを罪より浄めんことを。天主の御母童貞聖マリアの取り次ぎによって、われらを天の薬を共にするものと成し給わんことを。その同じわれらの主(…)

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2020年12月25日、私たちの主イエズス・キリストの御降誕(圣诞节 예수성탄)、聖伝のミサ(トリエント・ミサ、ラテン語ミサ)のテキストをラテン語・日本語・中文・韓国語でご紹介します

2020年12月25日 | ミサ聖祭

2020年12月25日、私たちの主イエズス・キリストの御降誕(圣诞节 예수성탄)、聖伝のミサ(トリエント・ミサ、ラテン語ミサ)のテキストをラテン語・日本語・中文・韓国語でご紹介します。

IN NATIVITATE DOMINI 主の御降誕  圣诞节 예수성탄
I classis cum octava II classis 一級祝日  八日間付き  一等复式附有特典的八日庆期【白】 .
Ad primam Missam in nocte 夜中のミサ聖祭(第一のミサ) 第一台弥撒 子时弥撒 .
Statio ad S. Mariam maiorem ad Præsepe 指定巡礼聖堂:聖マリア大聖堂の厩の祭壇 集合祈祷于圣母大堂 .
Ant. ad Introitum. Ps. 2, 7. 入祭文 詩篇、2ノ7 进台咏(咏2:7) 초입경(성영2.7)
Dóminus dixit ad me : Fílius meus es tu, ego hódie génui te. 主は私に仰せられた。おまえは私の子である、私は今日おまえを生んだ、と。 上主曾对我说:“祢是我的儿子,我今日生了祢。” 주 내게 이르시되 너는 내 아들이니 나 오늘 너를 낳았노라 하셨도다.
Ps. ib., 1. 詩篇、2ノ1 (咏2:1) (성영2.1) 
Quare fremuérunt gentes : et pópuli meditáti sunt inánia ? なぜ、国々は乱れ騒ぎ、民は無益なことを企てるのか。 异民为何叛乱,万民为何策划妄事? 어찌하여 외인들은 분노하며 백성들은 헛된 것을 생각하느뇨. 
V/.Glória Patri. V/. 願わくは聖父と・・・(栄誦)。 光荣归于父……。 영광이 부와 자와 …
Dóminus dixit ad me : Fílius meus es tu, ego hódie génui te. 主は私に仰せられた。おまえは私の子である、私は今日おまえを生んだ、と。 上主曾对我说:“祢是我的儿子,我今日生了祢。” 주 내게 이르시되 너는 내 아들이니 나 오늘 너를 낳았노라 하셨도다.
Oratio. 集祷文 集祷经 축문
Deus, qui hanc sacratíssimam noctem veri lúminis fecísti illustratióne claréscere : da, quǽsumus ; ut, cuius lucis mystéria in terra cognóvimus, eius quoque gáudiis in cælo perfruámur : Qui tecum vivit. 天主よ、御身はこの至聖なる夜を、まことの光の照らしで輝かせ給うた。願わくは、この世で、天主の光の奥義を知ったわれらに、天においても、主と共に世々に治め給う御者の喜びを味わわせ給え。御身と共に、(…)。 天主,祢以真光的照耀,使此至圣之夜顿现光明;我们现今在世上、幸已认识祢圣子的光明之奥迹,求祢赏赐我们、将来在天上也得享祂的欢乐。祂和祢……。 천주여 너 이 지극히 거룩한 밤을 참빛의 광채로 비추신지라. 비오니 이미 세상에서 그 빛의 비사를 안 우리로 하여금 또한 하늘에서 그 빛의 복락을 누리게 하소서. 저 너와 성신과 …
Léctio Epístolæ beati Páuli Apóstoli ad Titum. 使徒聖パウロの、ティトへの書簡の朗読。 书信 서간경
Tit. 2, 11-15. ティト 2ノ11-15 (铎2:11-15) (띠또서2.11-15)
Caríssime : Appáruit grátia Dei Salvatóris nostri ómnibus homínibus, erúdiens nos, ut, abnegántes impietátem et sæculária desidéria, sóbrie et iuste et pie vivámus in hoc sǽculo, exspectántes beátam spem et advéntum glóriæ magni Dei et Salvatóris nostri Iesu Christi : qui dedit semetípsum pro nobis : ut nos redímeret ab omni iniquitáte, et mundáret sibi pópulum acceptábilem, sectatórem bonórum óperum. Hæc lóquere et exhortáre : in Christo Iesu, Dómino nostro. いと愛する者よ、すべての人間の救いのもととして、天主の恩寵はあらわれた。それは、幸福な希望と、偉大な天主であり、救い主であるイエズス・キリストの光栄のあらわれを待ちつつ、この世において、思慮と正義と敬虔とをもって生きるために、不敬虔と世俗の欲望をすてよと私たちに教える。イエズスは、私たちを罪からあがない、善業に熱心な民を、ご自身のためにきよめようとして、私たちのためにご自分をお与えになった。じゅうぶんな権威をもって、すすめ、いさめ、以上のように話せ。 挚爱的弟兄:天主——我们救主的恩宠,已经在一切人面前显示出来。它教训我们弃绝异端,一切敬邪神之事及世间私欲,在世上生活,要淡泊有节,公义待人,热心事主。等待所盼望的真福,并等候我们至高天主和救世主耶稣基督光荣的来临。祂为我们牺牲了自己,从一切罪恶中救赎我们,洗洁我们,使我们作祂特选的百姓,热心行善。这一切,你应该说的,该用来劝勉人,又用你的全权,责备人,不可叫人轻看你。 사랑하온 자들아 우리 구세주 천주의 성총이 모든 사람들에게 나타나사 우리를 가르치심은 우리로 하여금 사악과 세속 욕망을 끊고 복된 희망과 대천주이신 우리 구세주 예수 그리스도의 임하심을 기다리면서 이 세상에서 절제있고 의롭고 진실하게 살게코저 하심이니라. 저는(구세주) 우리를 모든 악행에서 구원하시며 성의에 합하고 선공에 열심한 백성을 당신을 위하여 조찰케 하시려고 당신을 우리에게 주셨으니 이것을 우리 주 예수 그리스도 안에 말하며 권면할지어다.
Graduale. Ps. 109, 3 et 1. 昇階誦 詩篇、109ノ3,1 台阶咏(咏109:3,1) 층계경(성영109.3,1)
Tecum princípium in die virtútis tuæ : in splendóribus Sanctórum, ex útero ante lucíferum génui te. 御身とともに主権は御身の力の日においてある。聖徳の輝きにおいて、明けの明星の前に、私はふところからおまえを生んだ。 祢诞生之日,在圣德光华之中,王位就与祢同在;晓明之前,宛如朝露,我就生了祢。 네 능력의 날에 네게 권세 있도다. 성인의 영광중에 샛별 있기전에 나 너를 낳았노라. 
V/. Dixit Dóminus Dómino meo : Sede a dextris meis : donec ponam inimícos tuos, scabéllum pedum tuórum. V/. 主は、わが主に仰せられた。私の右に座れ、私が、おまえの敵をおまえの足台となすまで、と。 上主对吾主说:祢坐在我的右边,等我把祢的仇人,屈作祢的脚凳。 주 내게 이르시되 나 네 원수들로써 네 발판을 삼기까지 내 우편에 앉아 있으라 하셨도다. 알렐루야.
Allelúia, allelúia. V/.Ps. 2,7. Dóminus dixit ad me : Fílius meus es tu, ego hódie génui te. Allelúia. アレルヤ、アレルヤ、V/. 詩篇、2ノ7 主は私に仰せられた。おまえは私の子である、私は今日おまえを生んだ、と、アレルヤ。 阿肋路亚,阿肋路亚。(咏2:7)上主曾对我说:祢是我的儿子,我今日生了祢。阿肋路亚。 알렐루야 알렐루야.(성영2.7) 주 내게 이르시되 너는 내 아들이니 나 오늘 너를 낳았노라 하셨도다. 알렐루야.
+ Sequéntia sancti Evangélii secundum Lucam. ルカによる聖福音の続誦。 福音 복음
Luc. 2, 1-14. ルカ 2ノ1-14 (路2:1-14) (성루까2.1-14)
In illo témpore : Exiit edíctum a Cǽsare Augústo, ut describerétur univérsus orbis. Hæc descríptio prima facta est a prǽside Sýriæ Cyríno : et ibant omnes ut profiteréntur sínguli in suam civitátem. Ascéndit autem et Ioseph a Galilǽa de civitáte Názareth, in Iudǽam in civitátem David, quæ vocatur Béthlehem : eo quod esset de domo et fámilia David, ut profiterétur cum María desponsáta sibi uxóre prægnánte. Factum est autem, cum essent ibi, impléti sunt dies, ut páreret. Et péperit fílium suum primogénitum, et pannis eum invólvit, et reclinávit eum in præsépio : quia non erat eis locus in diversório. Et pastóres erant in regióne eádem vigilántes, et custodiéntes vigílias noctis super gregem suum. Et ecce, Angelus Dómini stetit iuxta illos, et cláritas Dei circumfúlsit illos, et timuérunt timóre magno. Et dixit illis Angelus : Nolíte timére : ecce enim, evangelízo vobis gáudium magnum, quod erit omni pópulo : quia natus est vobis hódie Salvátor, qui est Christus Dóminus, in civitáte David. Et hoc vobis signum : Inveniétis infántem pannis involútum, et pósitum in præsépio. Et súbito facta est cum Angelo multitúdo milítiæ cæléstis, laudántium Deum et dicéntium : Glória in altíssimis Deo, et in terra pax hóminibus bonæ voluntátis. そのころチェザル・アウグストから、全世界の人口調査を命じる詔勅が出た。この人口調査は、クィリノがシリア総督だった時におこなった調査の前のことだった。人々はみな、名をとどけるために各自の故郷に帰っていった。ヨゼフはダヴィドの家系でありその血統なので、すでに懐妊していた妻のマリアと共に、名を届けるために、ガリラヤのナザレトの町からユダヤのダヴィドの町ベトレヘムに来た。そこにいる間に、マリアは、産期みちて、初子を生んだので、布につつんで、まぐさおけに子を横たえた。それは、旅館に部屋がなかったからである。ところで、その地方に野宿して、夜、羊の群れを番する羊飼いたちがいたが、主の栄光があたりをてらし、主の天使が近くにあらわれたので、かれらは大いにおそれた。すると、天使は、おそれることはない。全ての人々のための大きなよろこびの知らせを、あなたたちに告げよう。今日、ダヴィドの町で、あなたたちのために、救い主がお生まれになった。すなわち、主キリストである。あなたたちは、布につつまれてまぐさおけに寝かせてあるみどり子を見るだろうが、それがしるしである」といった。するとたちまち、天の軍勢の大群が天使に加わり、「いと高き所には天主に栄光、地には善意の人々に平和」と天主を賛美した。 那时,凯撒奥古斯督出了一道谕旨,命令天下百姓登记户口。这次户口登记,还在际理诺做叙利亚总督时的那次之前。于是大家动身,各归本城去登记。若瑟因此也从加黎利的纳匝肋城上犹太去,到名叫白冷的达味城——因为他本是达味一族一系的人——要同他的聘妻、玛利亚报名登记,那时玛利亚正有身孕。他们在那里时,她的产期到了,产下头胎儿子,用襁褓裹起来,放在马槽里,因为旅馆里,没有他们的地方。正在那边,有些牧人宿在田野中,守夜、看守着他们的羊群。主的一个天神在他们身边显现,而主的光辉四面照着他们,他们大大的惊骇。那位天神对他们说:“不要害怕!我今报告你们一个关切全民的大喜信:救主今日为你们诞生在达味的城里了!祂是主、基督。给你们这个标记:你们要见到一个婴孩,裹着襁褓,卧在马槽里。”随即有一大队的天上军队,同那天神一齐赞颂天主说:“在彼高天,光荣归于天主;在此下土,和平给予祂钟爱的人们。” 유시에 아구스도세살이 조칙을 내려 하여금 천하에 호적을 하게하니, 이 첫번 호적법을 시리아 총독 시리도 봉행하는지라, 모든 사람이 호적하기 위하여 각각 관향 읍내로 갈새, 요셉이 다윗 가문의 족속인고로 갈릴래아 땅 나자렛읍에로부터 유데아에 다위부 이름 베드름에 올라가서, 하여금 자기 아내 마리아와 한자기로 호적하려 하니 이는 잉태하신지라. 마침 거기 계실때에 해산할 기한이 차 그 맏아들을 낳아 포대기로 싸 구유에 뉘시니 대저 숫막에는 자리를 얻지 못하심이러라. 그 근처에 목자들이 있어 밤을 새우며 순경돌아 그 양의 무리를 수직하더니, 홀연 천신이 가까이 서고 또 천주의 광채가 저들을 두루 비추매 크게 놀라는지라. 천신이 저들에게 이르되 ‘놀라지말라. 만민이 다 즐거워할바 큰 기쁨을 너희게 고하노니, 대저 구세주 그리스도 너희를 위하여 오늘 다위읍내에 탄생하시니라. 너희들이 이 표로 알터이니 포대기로 싸 구유에 누인 영해를 너희가 얻어보리라’ 하고 홀연 허다하 천상군총이 그 천신과 합하여 천주를 현양하여 이르되, ‘지극히 높은데서는 천주께 영광이요 땅에서는 마음이 좋은 사람들에게 평화함이로다’ 하더라.
Credo 信経 信経 (신경외움)
Ant. ad Offertorium. Ps. 95,11 et 13. 奉献文 詩篇、95ノ11,13 奉献咏(咏95:11-13) 제헌경(성영95.11,13)
Læténtur cæli et exsúltet terra ante fáciem Dómini : quóniam venit. 主の御前に天は喜ばんことを、地は喜び踊らんことを。主は来給うたればなり。 在上主面前,愿诸天欢欣,全地踊跃,因为祂已经来了。 주의 면전에서 하늘은 즐거워하며 땅은 용약할지니 대저 저 임하시는도다.
Secreta. 密誦 密祷经 묵념축문
Accépta tibi sit, Dómine, quǽsumus, hodiérnæ festivitátis oblátio : ut, tua gratia largiénte, per hæc sacrosáncta commércia, in illíus inveniámur forma, in quo tecum est nostra substántia : Qui tecum vivit. 主よ、願わくは、今日の祝い捧げ物が御身に受け得れられんことを。御身の聖寵が与えられ、このいとも聖なる[天主の本性と人間の本性との]交換を通して、私たちの本質がそこにおいて御身とともにあるかのお方の本性においてわれらが見いだされれんことを。御身と共に、(…)。 主,祈望今日圣节的献仪、蒙得祢的悦纳;望祢藉着在圣祭中的神圣交换、恩赐我们能和现今在祂身上有我们人性与祢结合的耶稣,臻于相似。祂和祢……。 주여 오늘 첨례의 제물을 네 성의에 합하게 하실지며 또한 우리 체가 너와 한가지로 그리스도 안에 있사오니 빌컨대 우리로 하여금 네 풍성한 은혜로 이 신성한 관계를 인하여 저와 합치케 하소서. 저 너와 성신과 …
Præfatio de Nativitate Domini. 御降誕の序誦 圣诞节的颂谢引 .
Vere dignum et justum est, æquum et salutáre, nos tibi semper, et ubíque grátias ágere: Dómine, sancte Pater, omnípotens ætérne Deus. Quia per incarnáti Verbi mystérium nova mentis nostræ óculis lux tuæ claritátis infúlsit: ut, dum visibíliter Deum cognóscimus, per hunc in invisibílium amórem rapiámur. Et ídeo cum Angelis et Archángelis, cum Thronis et Dominatiónibus, cumque omni milítia cœléstis exércitus, hymnum glóriæ tuæ cánimus, sine fine dicéntes: Sanctus, Sanctus, Sanctus... 主よ、聖なる父、全能永遠の天主よ、われらが御身に、いつもどこにても感謝を捧げるのは、実にふさわしく正しいこと、義務と救いである。なぜなら、托身した御言葉の玄義によって、われらの精神の目に、御身の輝きの新しい光が、輝き出でし故なり。そは、われらが目に見えるやり方で天主を識り奉る時、これによって見えざるものらの愛に我らが心ひかれるためなり。ゆえに、天使、大天使と共に、座天使と主天使と共に、また、天の万軍と共に、われらはきわまりなく、主の御光栄の讃歌を歌い奉る。聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、… 主、至圣的父、全能永生的天主,我们时时处处颂谢祢,实是正义而必须的,属于我们天职的,也属我们得救的。因为、由于圣子降生为人的奥迹、祢荣耀的新光已在我们的心目前照耀,使我们每当静观这位有形可见的天主,就不得不为祂所吸引去爱那无形的事了。为此、我们随同诸位天神、总领天神、上座者和宰制者以及天上万军、合唱光荣祢的圣歌,无穷期地说:圣、圣、圣……。 .
Ant. ad Communionem. Ps. 109, 3. 聖体拝領誦 詩篇、109ノ3 领主咏(咏109:3) 영성체경(성영109.3)
In splendóribus Sanctórum, ex útero ante lucíferum génui te. 聖徳の輝きにおいて、明けの明星の前に、私は、ふところからおまえを生んだ。 黎明之前,在圣德的光华之中,我就生了你。 성인들의 영광 중에 샛별이 있기 전에 나 너를 낳았노라.
Postcommunio. 聖体拝領後の祈 领后经 영성체후축문
Da nobis, quǽsumus, Dómine, Deus noster : ut, qui Nativitátem Dómini nostri Iesu Christi mystériis nos frequentáre gaudémus ; dignis conversatiónibus ad eius mereámur per veníre consórtium : Qui tecum. われらの天主なる主よ、願わくは、この奥義をもって、主イエズス・キリストの御降誕を新たにして喜び奉ったわれらを、聖い生活をもって主に一致させ給え。御身と共に、(…)。 主,我们的天主,我们藉这奥迹,欢欢乐乐地庆祝我们主耶稣基督的圣诞;求祢恩赐我们今世常度圣善的生活,来日好能同祂永远相会。祂和祢……。 우리 주 천주여 비오니 우리 주 예수 그리스도의 성탄을 비사로 지냄을 즐기는 우리로 하여금 또한 적당한 행실로 저의 친우가 되기에 합당한자 되게 하소서. 저 너와 성신과 …

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2020年12月20日は、待降節第四主日(将临期第四主日 장림 제 사주일)です。聖伝のミサ(トリエント・ミサ、ラテン語ミサ)のテキストをラテン語・日本語・中文・韓国語でご紹介します。

2020年12月20日 | ミサ聖祭

アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、
2020年12月20日は、待降節第四主日(将临期第四主日 장림 제 사주일)です。聖伝のミサ(トリエント・ミサ、ラテン語ミサ)のテキストをラテン語・日本語・中文・韓国語でご紹介します。

Dominica Quarta Adventus 待降節第四主日 将临期第四主日 장림 제 사주일
I classis 一級祝日 一等复式【紫】 .
Statio ad Ss. duodecim Apostolos 指定巡礼聖堂。十二使徒の大聖堂 集合祈祷于十二位宗徒堂 .
Ant. ad Introitum. Is. 45, 8. 入祭文 イザイア45ノ8 进台经(依45:8) 초입경(이사야43.8)
Roráte, cæli, désuper, et nubes pluant iustum : aperiátur terra, et gérminet Salvatórem. 天よ、上から露をしたたらせよ、雲は義人を降らせんことを。地は開かれんことを、そして救い主を芽出さんことを。 诸天哪,由上降露吧!望云彩落下正义来,愿大地裂开而产出救主。 의인을 하늘은 이슬과 같이 내리우고 구름은 비같이 내려 보내고 땅은 얼려 구세주를 발생케 할지어다.
Ps. 18, 2. 詩篇18ノ2 (咏18:2) (성영18.2) 
Cæli enárrant glóriam Dei : et ópera mánuum eius annúntiat firmaméntum. 天は天主の光栄を語り、天空は主の御手の業を告げる。 诸天陈述天主的荣耀,穹苍宣扬祂手的化工。 하늘은 천주의 영광을 보하고 창공은 그 손의 전능을 말하는도다. 
V/.Glória Patri. V/. 願わくは聖父と・・・(栄誦)。 光荣归于父……。 영광이 부와 자와 ....
Roráte, cæli, désuper, et nubes pluant iustum : aperiátur terra, et gérminet Salvatórem. 天よ、上から露をしたたらせよ、雲は義人を降らせんことを。地は開かれんことを、そして救い主を芽出さんことを。 诸天哪,由上降露吧!望云彩落下正义来,愿大地裂开而产出救主。 의인을 하늘은 이슬과 같이 내리우고 구름은 비같이 내려 보내고 땅은 얼려 구세주를 발생케 할지어다.
Oratio. 集祷文 集祷经 축문
Excita, quǽsumus, Dómine, poténtiam tuam, et veni : et magna nobis virtúte succúrre ; ut per auxílium grátiæ tuæ, quod nostra peccáta præpédiunt, indulgéntia tuæ propitiatiónis accéleret : Qui vivis et regnas. 主よ、願わくは、御力を奮い起こして来給え。大いなる御力によりてわれらを助け給え。そは、御身の聖寵の助けを通して、われらの罪が妨げているもの[=救い]が、御身の慈悲の赦しによりて、加速せんがためなり。聖父なる天主と共に、(…)。 主,求祢振起祢的威能,并速格赐予我们祢全能的援助;望祢慨发慈惠,使那由我们罪恶所滞碍着的救恩,因着祢的宠佑、提早来临。祢和天主父……。 주여 비오니 네 능력을 떨쳐 오시어 대권으로 우리를 구원하사 하여금 우리 죄과를 인하여 얻지 못하는 바를 네 자비하시고 용서하시는 은택으로 빨리 이루게 하소서. 너 천주 성부와 성신과 ...
Lectio Epístolæ beati Páuli Apóstoli ad Corinthios 使徒聖パウロのコリント人への書簡の朗読。 书信 서간경
1 Cor. 4, 1–5. コリント前書 4ノ1-5 (格前4:1-5) (고린토전서4.1-5)
Fratres : Sic nos exístimet homo ut minístros Christi, et dispensatóres mysteriórum Dei. Hic iam quǽritur inter dispensatóres, ut fidélis quis inveniátur. Mihi autem pro mínimo est, ut a vobis iúdicer aut ab humano die : sed neque meípsum iudico. Nihil enim mihi cónscius sum : sed non in hoc iustificátus sum : qui autem iúdicat me, Dóminus est. Itaque nolíte ante tempus iudicáre, quoadúsque véniat Dóminus : qui et illuminábit abscóndita tenebrárum, et manifestábit consília córdium : et tunc laus erit unicuique a Deo. 兄弟たちよ、私たちを、キリストのしもべ、また天主の奥義の管理者だと皆は考えよ。管理者に要求されるのは、忠実ということである。私としては、あなたたちによって、また人間の審判によって、裁かれることを意としない。そればかりか、自分で自分を裁くこともしない。私の良心には何のやましいところもないが、そのために私は義とされるのではない。私を裁くのは主である。だから、主がこられるまでは、先走った裁きをするな。主は、闇に隠れたものをてらし、心の企てをあらわされる。そのとき、それぞれ天主からほまれを受けるであろう。 弟兄们:希望人家把我们看作基督的忠仆,天主奥理的掌管者。人们对于掌管者所要求的,是忠实可靠。至于我个人,受你们的批评,或受人的法庭的裁判,在我看来都没有什么关系。就是我也不判断我自己。我在良心上虽然自觉无愧,但不能因此为清白无辜;审判我的就是主。所以你们在时期没有来到以前,不要判断人,直到主来临的日子;衪要使隐藏在黑暗中的事大白于世,使人心的计谋显露出来,那时候每人由天主方面要受到应得的赞扬。 형제들아 그러므로 사람으로 하여금 우리를 그리스도의 일군과 천주의 비사를 거행하는 자로 여기게 할지니라. 그런데 거행하는 자들에게 요구할 것은 충실함이로되 나는 너희들에게나 남의 재판소에서 판단을 받는 것을 크게 여기지 아니하며 나도 스스로 판단하지 아니하노라. 나는 양심에 꺼리끼는 일이 없으되 의인이라 아니하나니 대저 나를 판단하시는 자는 주시로다. 그러므로 주 임하실때까지는 먼저 판단하지 말지라. 주는 어두움 가운데 감추인것을 비추시고 마음의 뜻을 드러내시리니 저 때에 각기 천주께 칭찬을 받으리라.
Graduale. Ps. 144, 18 et 21. 昇階誦 詩篇144ノ18,21 台阶经(咏114:18,21) 층계경(성영144.18,21)
Prope est Dóminus ómnibus invocántibus eum : ómnibus, qui ínvocant eum in veritáte. 主は、主を呼び求める全ての人々に、真実において主を呼び求める全ての者らにとって近くまします。 上主接近一切呼求祂的人,就是诚心呼求祂的人。 주 저에게 부르짖는 모든 이에게 가까우시고 진심으로 저에게 부르짖는 모든 이에게 가까우시도다. 
V/. Laudem Dómini loquétur os meum : et benedícat omnis caro nomen sanctum eius. V/. 私の口は主の讃美を話すだろう。すべての肉[=人]は、主の聖い御名を祝し奉らんことを。 我的口要传述称扬上主的话,愿一切有血气的,都要赞美祂的圣名。 내 입은 주의 찬미를 말하리니 모든 인생들은 저의 성명을 찬송할지어다. 
Allelúia, allelúia. V/. Veni, Dómine, et noli tardáre : reláxa facínora plebis tuæ Israël. Allelúia. アレルヤ、アレルヤ。 V/. 主よ、来給え、遅れ給うな、御身の民なるイスラエルの罪を赦し給え、アレルヤ。 阿肋路亚,阿肋路亚!主啊!来吧!请祢不要迟延!求祢饶恕祢伊撒尔人民的罪过吧!阿肋路亚! 알렐루야 알렐루야. 주여 임하사 지체하지 말으시고 네 백성 이스라엘의 죄를 풀으소서. 알렐루야.
+ Sequéntia sancti Evangélii secundum Lucam. ルカによる聖福音の続誦。 福音 복음
Luc. 3, 1–6. ルカ 3ノ1-6 (路3:1-6) (성루까3.1-6)
Anno quintodécimo impérii Tibérii Cǽsaris, procuránte Póntio Piláto Iudǽam, tetrárcha autem Galilǽæ Heróde, Philíppo autem fratre eius tetrárcha Iturǽæ et Trachonítidis regionis, et Lysánia Abilínæ tetrárcha, sub princípibus sacerdotum Anna et Cáipha : factum est verbum Domini super Ioannem, Zacharíæ filium, in deserto. Et venit in omnem regiónem Iordánis, prǽdicans baptísmum pæniténtiæ in remissiónem peccatórum, sicut scriptum est in libro sermónum Isaíæ Prophétæ : Vox clamántis in desérto : Paráte viam Dómini : rectas fácite sémitas eius : omnis vallis implébitur : et omnis moris et collis humiliábitur : et erunt prava in dirécta, et áspera in vias planas : et vidébit omnis caro salutáre Dei. ティベリオ・チェザル在位の第十五年目、ポンツィオ・ピラトがユダヤの総督、ヘロデがガリラヤ分国王、その兄弟フィリッポがイトゥラヤとトラコニティス分国王、リザニアがアビレネ分国王、アンナとカヤファが大司祭だったとき、荒れ野で、ザカリアの子ヨハネの上に、天主のみことばがくだった。そこでヨハネは、ヨルダンの全地方に行き、罪のゆるしのためのくいあらための洗礼を教えた。それは、預言者イザヤのことばの書に、「"主の道を準備し、その小道を正しくせよ。すべての谷はうめられ、山と丘とはみなならされ、曲りくねった道はまっすぐに、でこぼこ道は平らにされ、人はみな天主の救いを見るであろう"と荒れ野に叫ぶ声がする」と書かれているとおりである。 凯撒提庇留在位第十五年,般雀比拉多做犹太总督,黑落德做加黎利藩王,他的弟腓力做伊丢利阿及特拉克尼地方的藩王,李撒尼亚做阿俾利尼藩王。那时正当亚纳和盖法做大司祭,天主的道,在旷野里授给了匝加利亚的儿子、若翰。他于是来、走遍约旦河全境,宣讲悔改的洗礼,为得罪的宽赦。正如依撒意亚书上写的:“旷野中有呼者之声说:预备主的道,修直祂的路;一切山谷要填满,一切大山小丘要铲除,弯曲的路径要修直,崎岖的道路要削平。一总的人将见到天主的救援。” 디베리오 세살이 즉위한지 십오년에 본시오 비라도는 유데아총독이요 헤로데는 갈릴래아 분봉왕이요 그 아우 비리버는 이두레아와 드라고니디 지방 분봉왕이요 리사니아는 아빌리아 분봉왕이요 안나와 가이파는 대제관이러라. 자가리아의 아들 요안이 광야에서 주의 훈명을 받고 욜단강 모든 근방에 와서 회개하는 세를 강론하여 써 죄사함을 얻게하니 마치 이사야 선지 책에 기록하였으되 '광야에서 소리 지르되 주의 길을 닦으며 그 지름길을 바르게 하고 모든 골짜기를 메우며 모든 산과 고개를 무너쳐 굽던것을 곧게 하고 험하던 것을 평탄한 길이 되게 하라. 이에 모든 사람이 천주의 구세자를 뵈오리라' 함이니라. 
Credo 信経 . 신경외움
Ant. ad Offertorium. Luc. 1, 28. 奉献文  ルカ 1ノ28 奉献经(路1:28) 제헌경(성루까1.28,42)
Ave, María, gratia plena ; Dóminus tecum : benedícta tu in muliéribus, et benedíctus fructus ventris tui. めでたし、聖寵充ち満てるマリア、主御身と共にまします。御身は女のうちにて祝せられ、ご胎内の実も祝せられ給う。 万福玛利亚,满被圣宠者,主与尔偕焉!女中尔为赞美,尔胎中子并为赞美。 성총을 가득히 입으신 마리아여 네게 하례하나이다. 주 너와 한가지로 계시니 여인 중에 너 총복을 받아 계시고 네 복중에 나신 자도 총복을 받아 계시도소이다.
Secreta. 密誦 密祷经 묵념축문
Sacrifíciis præséntibus, quǽsumus, Dómine, placátus inténde : ut et devotióni nostræ profíciant et salúti. Per Dóminum. 主よ、願わくは、嘉し給いて眼前のいけにえらに[御眼差しを]注ぎ給え。そは、われらの信心と救いとにこれらが益とならんがためなり。天主として、(…)。 主,求祢以慈目垂视这当前的祭献,使它能增益我们的虔诚,并助成我们的得救。因我们主……。 주여 비오니 이 제물을 인자하게 굽어 보사 써 우리의 정성과 구원에 유익이 되게 하시되, 네 아들 우리 주 예수 그리스도를 인하여 하소서. 저 너와 성신과 ...
Præfatio de sanctissima Trinitate  序誦 三位一体と主日との序誦 天主圣三的颂谢引 .
Vere dignum et iustum est, æquum et salutáre, nos tibi semper et ubíque grátias ágere : Dómine, sancte Pater, omnípotens ætérne Deus : Qui cum Unigénito Fílio tuo et Spíritu Sancto unus es Deus, unus es Dóminus : non in uníus singularitáte persónæ, sed in uníus Trinitáte substántiæ. Quod enim de tua glória, revelánte te, crédimus, hoc de Fílio tuo, hoc de Spíritu Sancto, sine discretióne sentímus. Ut, in confessióne veræ sempiternǽque Deitátis, et in persónis propríetas, et in esséntia únitas, et in maiestáte adorétur æquálitas. Quam laudant Angeli atque Archángeli, Chérubim quoque ac Séraphim, qui non cessant clamáre cotídie, una voce dicéntes : Sanctus… 主よ、聖なる父よ、全能永遠の天主よ、われらが御身に、いつもどこにても感謝を捧げるのは、実にふさわしく正しいこと、義務と救いである。御身は、御独り子と聖霊と共に、唯一の天主、唯一の主にて在す。すなわち、御身は、一の位格の単一にて在すのではなく、唯一の実体(substantia)の三位にて在す。御身の御光栄について、御身が啓示するがゆえに、われらが信じ奉ることを、聖子について、聖霊について、差別なく、われらは信じ奉る。真の永遠の天主の本性を告白するにおいて、位格における固有性が礼拝され、本質(essentia)における唯一性と、御稜威における等しさも礼拝されるためである。これを、天使らと大天使らは、智天使も熾天使も、讃美し、絶え間なく声を上げ、日々声をあわせてこう言う。聖なるかな、… 主,圣父,全能永生的天主!我们时时处处颂谢祢,实是正义而必须的,属于我们天职的,也属于我们得救的。祢与祢的独子及圣神,只是一个天主,只是一个主;不是因为位是单独一个,却是因为三位同具一个性体。的确,我们所怎样依照祢的启示,相信祢享的光荣,我们无区别地也同样确认祢的圣子,也同样确认圣神共享这个光荣。因此,我们在明认圣三真实而永在的天主性上,同时论位,我们敬拜圣三的各一,论体,我们敬拜圣三的无二,论尊荣,我们敬拜圣三的均等。这圣三的尊荣,是天神们和总领天神们,普知天神们和炽爱天神们,所虔诚歌颂的;他们日复一日,永不停止同声高呼说:圣、圣、圣…… .
Ant. ad Communionem. Is. 7, 14. 聖体拝領誦 イザイア 7ノ14 领主咏(依7:14) 영성체경(이사이아7.14)
Ecce, Virgo concípiet et páriet fílium : et vocábitur nomen eius Emmánuel. 見よ、童貞女は子を孕(やど)し産むだろう。その名はエマヌエルと呼ばれるであろう。 看哪!将有一位贞女怀孕生子,给祂起名叫厄玛奴耳。 보라 동정녀 잉태하사 아들을 낳으리니 그 이름은 임마누엘(천주 우리와 한가지로 계시다는 뜻)이라 일컬으리라.
Postcommunio. 聖体拝領後の祈 领后经 영성체후축문
Sumptis munéribus, quǽsumus, Dómine : ut, cum frequentatióne mystérii, crescat nostræ salútis efféctus. Per Dóminum. 主よ、賜物を受けてわれらは願い奉る。この奥義にしばしば与ることにより、われらの救いの効果が増大せんことを。天主として、(…)。 主,我们既领了祢的圣恩,切望我们得救的功效、随着常领这圣事而增长。因我们主……。 주여 네 예물을 영하며 네게 비오니 이 미사를 가끔 거행함으로써 우리 구원의 효과를 더하게 하시되, 네 아들 우리 주 예수 그리스도를 인하여 하소서. 저 너와 성신과 ...

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2020年12月13日は、待降節第三主日(将临期第三主日 장림 제 삼 주일)です。聖伝のミサ(トリエント・ミサ、ラテン語ミサ)のテキストをラテン語・日本語・中文・韓国語でご紹介します

2020年12月10日 | ミサ聖祭

アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、
2020年12月13日は、待降節第三主日(将临期第三主日 장림 제 삼 주일)です。聖伝のミサ(トリエント・ミサ、ラテン語ミサ)のテキストをラテン語・日本語・中文・韓国語でご紹介します。

叙品式を受ける前の試験と断食の行われるこの週間の始まりに当たって、公教会の初代の教皇である聖ペトロの保護を願うのである。御降誕の聖なる喜びを始めるこの週の主日を、昔は盛大に祝う習慣があった。現在では、オルガンの伴奏を伴うことと、バラ色の祭服を着けることとに、往昔の盛大な行事の名残をとどめている。キリスト教には悲嘆の席はない。最も厳しい季節さえ、喜びを控えた季節である。今週もその一つである。しかし、キリスト教的喜びは、キリストの愛によってもたらされたものであるから、主においてその喜びを見いださねばならぬ。本日<聖福音>は、われらのうちにすでにあるメシアを告げる。そのメシアを見いだすためには、世俗的なわずらいにくもらされた目から、そのくもりを取り払わねばならぬ。

这座大堂被称为“普世万民堂”,因为它是普世教会元首——教宗的堂:圣诞节所带来的喜乐,正是为普世万代的啊!弥撒:基督的来临,常由我们心中、排除一切的恐惧及一切失望的诱惑(领主咏)。祂为拯救我们于罪恶最残酷的奴役之中,特来于世。我们在祂身上得有指引我们归向于主的领袖(奉献咏)。我们当在祂的光明之中忠实行走,并因此用信任及喜乐的心、把一切顺从祂的处理。

'나(요안)는 광야에서 소리 지르되 주의 길을 닦으라 하는 소리로다... 그러나 (그리스도를 가리키면서) 너희 가운데 서신 자를 너희가 모르는도다'(복음) 오늘은 초입경 첫 머리에서 말하듯 '즐거움의' 주일로 알려져 있다. 우리는 문명이 되었다고 자찬하지만 참된 기쁨은 현대생활로부터 사라져가고 있다. 이와 같은 '광야'에서 우리들은 마땅히 그리스도를 찾아야 한다. 오로지 그리스도만이 '우리 마음의 어두움에 빛을 주실 수 있다'(축문) 오직 그리스도만이 강복하시며 '구원'하시며 또 죄를 용서하실수 있고(제헌경) 마음 약한 자들께 '용기를 내라'고 말씀하실 수 있다.(영성체경) 성탄첨례를 앞둔 지금 무슨 선물을 보낼까 쓸데 없는 걱정을 하기보다도 기구와 감사로써 또 우리 기쁨의 참된 샘인(서간경) 그리스도 안에 우리 마음을 머물게 하여 구세주의 성탄준비를 할 것이다.

Dominica Tertia Adventus 待降節第三主日 将临期第三主日 장림 제 삼 주일
I classis 一級祝日 紫あるいはバラ色 一等复式【紫】或【玫瑰】  
Statio ad S. Petrum 指定巡礼聖堂。ヴァチカンの聖ペトロ大聖堂 集合祈祷于圣伯多禄堂  
Ant. ad Introitum. Phil. 4, 4-6 入祭文 フィリッピ  4ノ4-6 进台经(斐4:4-6) 초입경(필립피서4.4-6)
Gaudéte in Dómino semper : íterum dico, gaudéte. Modéstia vestra nota sit ómnibus homínibus : Dóminus enim prope est. Nihil sollíciti sitis : sed in omni oratióne petitiónes vestræ innotéscant apud Deum. 主において常に喜べ、繰り返して言う、喜べ。すべての人にあなたたちの慎みが知られるように。実に主は近い。何事にも思い煩うな。すべての祈りにおいて、あなたたちの懇願が天主に知られるように。 你们应该时常在主内喜乐;我重复说:你们应该喜乐。你们的温和应该在大众面前显露出来:因为主已临近了。你们不要忧虑任何事情,却要在祈祷中将你们的需要向天主陈述。 주 안에 항상 즐거워할지며 다시 말하노니 즐거워할지어다. 너희 공손함을 모든 사람에게 알게 할지니 대저 주 가까이 계심이로다. 조금도 걱정하지 말고 오히려 만사에 너희 소원을 기구로써 천주께 드러낼지어다.
Ps. 84, 2 詩篇84ノ2 咏84:2 (성영84.2) 
Benedixísti, Dómine, terram tuam : avertísti captivitátem Iacob. 主よ、御身は御身の地を祝した。ヤコブの囚われを避け給うた。 上主啊!祢已降福了祢的领域,救回了被虏的雅各伯。 주여 너 네 땅에 강복하시고 사로잡힌 야곱을 구원하셨나이다. 
V/.Glória Patri. V/. 願わくは聖父と・・・(栄誦)。 光荣归于父……。 영광이 부와 자와 성신께...
Gaudéte in Dómino semper : íterum dico, gaudéte. Modéstia vestra nota sit ómnibus homínibus : Dóminus enim prope est. Nihil sollíciti sitis : sed in omni oratióne petitiónes vestræ innotéscant apud Deum. 主において常に喜べ、繰り返して言う、喜べ。すべての人にあなたたちの慎みが知られるように。実に主は近い。何事にも思い煩うな。すべての祈りにおいて、あなたたちの懇願が天主に知られるように。 你们应该时常在主内喜乐;我重复说:你们应该喜乐。你们的温和应该在大众面前显露出来:因为主已临近了。你们不要忧虑任何事情,却要在祈祷中将你们的需要向天主陈述。 주 안에 항상 즐거워할지며 다시 말하노니 즐거워할지어다. 너희 공손함을 모든 사람에게 알게 할지니 대저 주 가까이 계심이로다. 조금도 걱정하지 말고 오히려 만사에 너희 소원을 기구로써 천주께 드러낼지어다.
Oratio. 集祷文 集祷经 축문
Aurem tuam, quǽsumus, Dómine, précibus nostris accómmoda : et mentis nostræ ténebras, grátia tuæ visitatiónis illústra : Qui vivis. 主よ、願わくは、御身の耳をわれらの祈りにかたむけ給え。御身の訪れの恵みによって、われらの心のやみを照らし給え。聖父なる天主と共に、(…)。 主,求祢侧耳俯听,聆听我们的谦祷;并望祢惠临,开明我们心中的黑暗。祢和天主父……。 주여 비오니 네 귀를 우리 기구에 기울이시며 우리 마음의 어두움을 네 강림하시는 은혜로 비추소서. 너 천주 성부와 성신과 한가지로 천주로서 세세에 생활하시고 왕하시나이다. 아멘.
Lectio Epístolæ beáti Páuli Apóstoli ad Philippénses 使徒聖パウロのフィリッピ人への書簡の朗読 读经 서간경
Philipp. 4, 4–7 フィリッピ  4ノ4-7 (斐4:4-7) (필립피서4.4-7)
Fratres : Gaudéte in Dómino semper : íterum dico, gaudéte. Modéstia vestra nota sit ómnibus homínibus : Dóminus prope est. Nihil sollíciti sitis : sed in omni oratióne et obsecratióne, cum gratiárum actióne, petitiónes vestræ innotéscant apud Deum. Et pax Dei, quæ exsúperat omnem sensum, custódiat corda vestra et intellegéntias vestras, in Christo Iesu, Dómino nostro. 兄弟たちよ、主において常によろこべ。くりかえし言う、よろこべ。すべての人に柔和を示せ、主は近い。何事にも心配するな。すべてにおいて、祈り、願い、感謝して、求めることを天主にいえ。あらゆる人知を越える天主の平和は、あなたたちの心と思いとを、キリスト・イエズスにおいて見守ってくださるであろう。 弟兄们:你们应该时常在主内喜乐;我重复说:应该喜乐。你们的温和应该在大众面前显露出来。主快要来临。不要挂虑任何事情,时时处处、你们一面谢恩一面祈祷念经时,却要将你们的需要向天主陈述。这样、我们所不可意向的天主的和平,将要在我们主耶稣基督内、保全你们的心和你们的思想。 형제들아 주 안에 항상 즐거워할지며 다시 말하노니 즐거워할지어다. 너희 공손함을 모든 사람에게 알게 할지니 대저 주 가까이 계시도다. 조금도 걱정하지 말고 오히려 만사에 너희 소원을 기구와 간구와 감사로써 천주께 드러낼지어다. 또한 모든 지혜를 초월한 천주의 평화가 너희 마음과 영신을 우리 주 그리스도 예수 안에 보호하실지어다.
Graduale. Ps. 79, 2, 3 et 2 昇階誦 詩篇、79ノ2、3と2 台阶经(咏79:2-3) 층계경(성영79.2,3)
Qui sedes, Dómine, super Chérubim, éxcita poténtiam tuam, et veni. 主よ、御身は智天使(ケルビム)の上に坐し給う。御力を起こして来たり給え。 坐于革鲁宾之上的上主啊!求祢振起祢的权能,惠然来临。 게루빔 위에 좌정하시는 주여 네 능력을 떨쳐오소서. 
V/. Qui regis Israël, inténde : qui dedúcis, velut ovem, Ioseph. V/. イスラエルを治め給う主よ聞き給え。御身は、羊のごとくヨゼフをみちびき給う。 率领若瑟子孙如羊群之伊撒尔的牧者啊!求祢谛听。 이스라엘을 다스리시고 요셉을 양같이 인도하시는 자여 귀를 기울이소서.
Allelúia, allelúia. V/. Excita, Dómine, potentiam tuam, et veni, ut salvos fácias nos. Allelúia. アレルヤ、アレルヤ、 V/. 主よ、御身の力を起こして来給え。われらを救うために、アレルヤ。 阿肋路亚,阿肋路亚!主啊!求祢振起祢的权能,来拯救我们。阿肋路亚。 알렐루야 알렐루야. 주여 네 능력을 떨쳐 오사 우리를 구원하소서. 알렐루야.
+ Sequéntia sancti Evangélii secundum Joánnem. ヨハネの聖福音の続誦 福音 복음
Ioann, I, 19–28 ヨハネ  1ノ19-28 (若1:19-28) (성요왕1.19-28)
In illo tempore : Misérunt Iudǽi ab Ierosólymis sacerdótes et levítas ad Ioánnem, ut interrogárent eum : Tu quis es ? Et conféssus est, et non negávit : et conféssus est : Quia non sum ego Christus. Et interrogavérunt eum : Quid ergo ? Elías es tu ? Et dixit : Non sum. Prophéta es tu ? Et respondit : Non. Dixérunt ergo ei : Quis es, ut respónsum demus his, qui misérunt nos ? Quid dicis de te ipso ? Ait : Ego vox clamántis in desérto : Dirígite viam Dómini, sicut dixit Isaías Prophéta. Et qui missi fúerant, erant ex pharisǽis. Et interrogavérunt eum, et dixérunt ei : Quid ergo baptízas, si tu non es Christus, neque Elías, neque Prophéta ? Respóndit eis Ioánnes, dicens : Ego baptízo in aqua : médius autem vestrum stetit, quem vos nescítis. Ipse est, qui post me ventúrus est, qui ante me factus est : cuius ego non sum dignus ut solvam eius corrígiam calceaménti. Hæc in Bethánia facta sunt trans Iordánem, ubi erat Ioánnes baptízans. そのとき、ユダヤ人が、イエルザレムから、司祭たちとレヴィ人たちとをヨハネのもとにおくり、「あなたはだれですか?」と問わせると、ヨハネは次のように証明した。かれは、否定することなく宣言し、「私はキリストではない」と宣言した。「すると、だれですか?エリアですか?」とまたたずねたが、「いや、私はそれではない」と答えた。「あの預言者ですか?」とたずねると、また「いや」と答えた。そこでかれらは、「あなたはだれですか?私たちをつかいによこした人々になにか返事をもっていかしてください。あなたは自分を誰だといわれるのですか?」ときいた。ヨハネは、「預言者イザヤがいっている"荒れ野に叫ぶものの声、主の道を正しくせよ"とは私のことである」と答えた。さらにまたあるファリザイ人がつかわされた。そして「あなたがキリストでもなく、エリアでもなく、あの預言者でもないとしたら、なぜ、洗礼をさずけるのですか?」とたずねた。するとヨハネは、「私は水によって洗礼をさずけているが、あなたたちの中に、見知らぬ人が一人立っている。それは、私のあとに来る人で、私はそのはきものの、ひもをとく値打ちもない」と答えた。これらのことがあったのは、ヨハネが洗礼をさずけていたヨルダンの向こうのベタニアであった。 那时候,犹太人从耶路撒冷、派遣司祭和肋未属的人来问若翰:“你是谁?”他直认不讳,声明说:“我不是基督。”他们又问他:“那么是谁?是厄里亚吗?”他说:“不是。”“是先知吗?”他回答说:“不。”于是他们问他说:“你是谁?好使我们回报遣我们来的人。你自己说,你究竟是谁?”他说:“一如先知依撒意亚所说的,我是‘旷野中呼者之声:修直主的道路吧!’”被遣来的,是些法利塞人。他们问他说:“你不是基督,又不是厄里亚,又不是先知,那么为什么施洗?”若翰回答他们说:“我用水授洗,有一位你们不认识的,‘后我而来,走在我前’的,就是祂;我给祂解鞋带也当不起。”——这事发生在伯达尼,约旦河的那边,若翰授洗的地方。 유시에 유데아인들이 예루살렘에서 제관과 시종을 요안에게 보내어써 요안에게 묻기를 '너 누냐' 요안이 밝히 고하고 은휘치 아니하여 자기가 그리스도 아닌줄을 고명하니 저들이 또 물으되 '그러면 네가 엘리아냐.' 가로되 '아니로다.' '네가 선지자냐.' 또 대답하되 '아니로다.' 저들이 또 요한에게 가로되 '네가 누냐.' 우리를 보낸 자들에게 대답코저 하노니 '너를 누라 하느뇨.' 가로되 '나는 이사야 선지자의 이름과 같이 광야에서 소리 지르되 주의 길을 닦으라하는 소리로라.' 보내어 온 자들은 바리서이 무리라, 이에 요안에게 물어 가로되 '그런즉 네가 그리스도 아니요 엘리아도 아니요 선지자도 아니면, 어찌하여 세를 주느뇨.' 요안이 대답하여 이르되 '나는 물로써 세를 주거니와 너희 가운에 서신자를 너희가 모르는도다. 저 나보다 후에 오시나 나에서 초월하신자니 나는 그 신끈을 풀기도 합당치 못한자로라' 하니 이 일은 요안이 세주던 욜단강 건너 베타니아에서 되니라. 
Credo 信経 信経 (신경 외움)
Ant. ad Offertorium. Ps. 84, 2. 奉献文 詩篇、84ノ2-3. 奉献咏(咏84:2-3) 제헌경(성영84.2,3)
Benedixísti, Dómine, terram tuam : avertísti captivitátem Iacob : remisísti iniquitatem plebis tuæ. 主よ、御身は御身の地を祝した。ヤコブの囚われを避け給うた。 上主啊!祢已降福了祢的领域,救回了被掳的雅各伯;祢赦免了祢百姓的罪恶。 주여 너는 네 땅에 강복하시고 사로잡힌 야곱을 구원하셨으며 너는 네 백성의 악행을 용서하셨나이다.
Secreta. 密誦 密祷经 묵념축문
Devotiónis nostræ tibi, quǽsumus, Dómine, hóstia iúgiter immolétur : quæ et sacri péragat institúta mystérii, et salutáre tuum in nobis mirabíliter operétur. Per Dóminum. 主よ、われらの信心のいけにえが、たえず主に献げられ、主の定め給うた聖い奥義が行われ、主の救いが奇しくもわれらのうちに行われんことを願い奉る。天主として、(…)。 主,惟愿我们奉献的牺牲、永常见献于祢:以完成这神圣奥迹的建立本旨,并以使祢的救恩在我们身上妙然实现。因我们主……。 주여 비오니 우리 정성의 제물을 항상 네게 봉헌케 하사 하여금 너 정하신 바 기묘한 비사를 거행케 하시며 또한 우리 안에 네 구원을 기묘히 이루게 하시되, 네 아들 우리 주 예수 그리스도를 인하여 하소서. 저 너와 성신과 ...
Præfatio de sanctissima Trinitate 序誦  三位一体の序誦 天主圣三的颂谢引  
Vere dignum et iustum est, æquum et salutáre, nos tibi semper et ubíque grátias ágere : Dómine, sancte Pater, omnípotens ætérne Deus : Qui cum Unigénito Fílio tuo et Spíritu Sancto unus es Deus, unus es Dóminus : non in uníus singularitáte persónæ, sed in uníus Trinitáte substántiæ. Quod enim de tua glória, revelánte te, crédimus, hoc de Fílio tuo, hoc de Spíritu Sancto, sine discretióne sentímus. Ut, in confessióne veræ sempiternǽque Deitátis, et in persónis propríetas, et in esséntia únitas, et in maiestáte adorétur æquálitas. Quam laudant Angeli atque Archángeli, Chérubim quoque ac Séraphim, qui non cessant clamáre cotídie, una voce dicéntes : Sanctus… 主よ、聖なる父よ、全能永遠の天主よ、われらが御身に、いつもどこにても感謝を捧げるのは、実にふさわしく正しいこと、義務と救いである。御身は、御独り子と聖霊と共に、唯一の天主、唯一の主にて在す。すなわち、御身は、一の位格の単一にて在すのではなく、唯一の実体(substantia)の三位にて在す。御身の御光栄について、御身が啓示するがゆえに、われらが信じ奉ることを、聖子について、聖霊について、差別なく、われらは信じ奉る。真の永遠の天主の本性を告白するにおいて、位格における固有性が礼拝され、本質(essentia)における唯一性と、御稜威における等しさも礼拝されるためである。これを、天使らと大天使らは、智天使も熾天使も、讃美し、絶え間なく声を上げ、日々声をあわせてこう言う。聖なるかな、… 主,圣父,全能永生的天主!我们时时处处颂谢祢,实是正义而必须的,属于我们天职的,也属于我们得救的。祢与祢的独子及圣神,只是一个天主,只是一个主;不是因为位是单独一个,却是因为三位同具一个性体。的确,我们所怎样依照祢的启示,相信祢享的光荣,我们无区别地也同样确认祢的圣子,也同样确认圣神共享这个光荣。因此,我们在明认圣三真实而永在的天主性上,同时论位,我们敬拜圣三的各一,论体,我们敬拜圣三的无二,论尊荣,我们敬拜圣三的均等。这圣三的尊荣,是天神们和总领天神们,普知天神们和炽爱天神们,所虔诚歌颂的;他们日复一日,永不停止同声高呼说:圣、圣、圣……
Ant. ad Communionem. Is. 35, 4. 聖体拝領誦 イザイア書、35ノ4. 领主咏(依35:4) 영성체경(이사이아35.4)
Dícite : pusillánimes, confortámini et nolíte timére : ecce, Deus noster véniet et salvábit nos. こう言え「心の臆した人々よ、力づけられよ。おそれるな、見よ、われらの天主が来給うだろう。われらを救い給うだろう」と。 你们该告诉心怯的人说:“应该奋勇,无须畏惧!看哪!我们的天主要来!祂要拯救我们。” 비겁한 자들에게 말하되 용기를 내어 무서워 말지니 보라 우리 천주 임하사 우리를 구원하시리로다 할지어다.
Postcommunio. 聖体拝領後の祈 领后经 영성체후축문
Implorámus, Dómine, cleméntiam tuam : ut hæc divína subsídia, a vítiis expiátos, ad festa ventúra nos prǽparent. Per Dóminum. 主よ、われらは、御身の御寛容をこい願い奉る。これらの天主の御助けが、我らを罪から浄め、来たる祝いのために、われらを準備せんことを。天主として(…)。 主,我们求祢慨发仁慈,使由此圣事所得的神佑,以洗去我们的罪恶、准备我们善过即将来临的圣节。因我们主……。 주여 네 자비를 간구하오니 이 신성한 조력으로써 우리 죄를 속하사 하여금 오는 첨례를 예비케 하시되, 네 아들 우리 주 예수 그리스도를 인하여 하소서. 저 너와 성신과...

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2020年12月6日は、待降節第二主日(将临期第二主日 장림 제 이 주일)です。聖伝のミサ(トリエント・ミサ、ラテン語ミサ)のテキストをラテン語・日本語・中文・韓国語でご紹介します

2020年12月04日 | ミサ聖祭

アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、
2020年12月6日は、待降節第二主日(将临期第二主日 장림 제 이 주일)です。聖伝のミサ(トリエント・ミサ、ラテン語ミサ)のテキストをラテン語・日本語・中文・韓国語でご紹介します。

(指定巡礼聖堂。エルザレムにおける聖十字架の大聖堂)
イエズスがこの世に来給うたのは、人々を贖って、十字架上で御死去になるためであった。ベトレヘムは、直ちにカルワリオを思い出させる。これがために、本日の指定聖堂は、元、聖女ヘレナ皇后の宮廷があったところに建ったもので、「エルザレムにおける聖十字架」大聖堂という。ローマ典礼では、このローマの大聖堂を、エルザレムの十字架の大聖堂に模したものと見做していて、現在も、イエズスの十字架の断片が保存されている。そこで、本日のミサでは、エルザレムを度々暗示している。エルザレムを、公教会のかたどりと見、主の近き来臨を喜び祝っている。

耶路撒冷的名、解说“和平之城”或“和平的神视”。它正含有今天弥撒的奥义:因为在天的耶路撒冷,是指天上胜利的教会,也就是曾由依撒意亚所报道的和平之王国,而即我们所趋往的天父之家,即所谓基督将圆满自己信徒的一切希望之王国。
弥撒:基督信徒的希望、便是看到一般的人在和平中结合,孝爱天主一如他们的父亲,彼此相爱犹如兄弟(书信)。唯独基督能实现这个希望。在今天的福音中、我们听到祂正向犹太人证明祂降临于世、正为建立由无知所预报的王国。从人方面所发生对祂王国的阻碍,便是我们的贪念世物,以及滞留我们于这世上的恶倾向。我们该向基督呼求,祂以藉着自己的圣宠、降临于我们心中,援助我们克胜这一切的阻碍才行(集祷经)。

요안 세자가 옥중에서 그리스도의 행적을 듣고 그 문제중 둘을 보내어 예수께 이르되 '마땅히 오실자가 당신이오니까? 혹 우리가 마땅히 다른 이를 기다리오리까'(복음) 예수께서는 요안을 가리켜 '길'을 닦았던 당신의 사자라 하셨다. 요안은 자기의 제자들이 마땅히 이 '길'에서 그리스도를 따라가야 할 것을 깨달아 주기를 원했다. 오랫동안 기다렸던 구세주 예수 그리스도를 의지함으로만 영혼의 '소경'이 '보고', 인격의 '절름발이'가 '걷고', 죄로 '나창든 자'가 '조찰하여지고', '가난한자'가 새로운 복음으로 부유하게 될 것이다. 서간경은 그리스도적 생활의 내적인 면과 사회적인 면을 지적하고 있다. 즉 내적으로는 기구로써 성부이신 천주를 현양하는 것이요, 사회적으로는 우리 행위로써 형제애를 가지고 '그리스도'가 우리를 대접함 같이 '서로 대접하는 것이다' 초입경으로부터 영성체 후 축문에 이르는 전체 미사중에 성탄 전에 우리가 그리스도와 이웃을 섬겨야 할 필요성을 상기시키는 기구문이 얼마나 많이 되풀이 되고 있는가를 잘 살펴 볼 것이다. 어찌하여 이 외에 딴길을 찾고자 할 것인가?

Dominica Secunda Adventus 待降節第二主日 将临期第二主日 장림 제 이 주일
I classis 一級祝日 一等复式【紫】  (1급) 
Statio ad S. Crucem in Ierusalem. 指定巡礼聖堂。エルザレムにおける聖十字架の大聖堂 集合祈祷于耶路撒冷的十字架圣堂  
Ant. ad Introitum. Is. 30, 30. 入祭文 イザイア 30ノ30 进台经(依30:30) 초입경(이사이아30.30)
Pópulus Sion, ecce, Dóminus véniet ad salvándas gentes : et audítam fáciet Dóminus glóriam vocis suæ in lætítia cordis vestri. シオンの民、見よ、主は、民々を救うために来給うだろう。主は、御自分の声の栄光をあなたたちの心の喜びにおいて聞かせるだろう。 熙雍的人民、请看上主要降来拯救万民,上主必使人听见祂尊严的声音,叫你们内心欢乐。 시온 백성아 보라 만민을 구속하시기 위하여 주 임하시리니 너희 마음을 즐기시기 위하여 당신 영광의 소리를 듣게 하시리로다. 
Ps. 79, 2 詩篇79ノ2 咏79:2 (성영79.2) 
Qui regis Israël, inténde : qui dedúcis, velut ovem, Ioseph. イスラエルを治め給う御者よ、聞き給え。御身は、羊を[牧者が牧する]ようにヨゼフ[の民]を導き給う。 率领若瑟子孙如羊群之伊撒尔的牧者啊!求祢谛听。 이스라엘을 다시리시고 요셉을 양같이 인도하시는 자여 네 귀를 기울이소서. 
V/.Glória Patri. V/. 願わくは聖父と・・・(栄誦)。 光荣归于父……。 영광이 부와 자와 ...
Pópulus Sion, ecce, Dóminus véniet ad salvándas gentes : et audítam fáciet Dóminus glóriam vocis suæ in lætítia cordis vestri. シオンの民、見よ、主は、民々を救うために来給うだろう。主は、御自分の声の栄光をあなたたちの心の喜びにおいて聞かせるだろう。 熙雍的人民、请看上主要降来拯救万民,上主必使人听见祂尊严的声音,叫你们内心欢乐。 시온 백성아 보라 만민을 구속하시기 위하여 주 임하시리니 너희 마음을 즐기시기 위하여 당신 영광의 소리를 듣게 하시리로다. 
Oratio. 集祷文 集祷经 축문
Excita, Dómine, corda nostra ad præparándas Unigéniti tui vias : ut, per eius advéntum, purificátis tibi méntibus servíre mereámur : Qui tecum. 主よ、御身の御独子の道を備えるために、われらの心を奮い立たせ給え。主の来臨によって、浄められた心で、御身に奉仕するにふさわしいものと我らがならんことを。御身と共に、天主として、(…)。 主,求祢激发我们的心,以准备祢独子的道路。这样、我们可以因祂的光临、拿净化了的心灵来事奉祢。祂和祢及圣神是惟一天主,永生永王于无穷世之世。阿门。 주여 우리 마음을 격동하시어 네 독생자의 길을 예비케 하사 저의 강생하심을 인하여 조찰하여진 마음으로 너를 섬기게 하소서. 저 너와 성신과...
Lectio Epístolæ beáti Páuli Apóstoli ad Romános. 使徒聖パウロの、ローマ人への書簡の朗読。 读经 서간경
Rom. 15, 4-13. ローマ 15ノ4-13 (罗15:4-13) (로마서15.4-13)
Fratres : Quæcúmque scripta sunt, ad nostram doctrínam scripta sunt : ut per patiéntiam et consolatiónem Scripturárum spem habeámus. Deus autem patiéntiæ et solácii det vobis idípsum sápere in altérutrum secúndum Iesum Christum : ut unánimes, uno ore honorificétis Deum et Patrem Dómini nostri Iesu Christi. Propter quod suscípite ínvicem, sicut et Christus suscépit vos in honórem Dei. Dico enim Christum Iesum minístrum fuísse circumcisiónis propter veritátem Dei, ad confirmándas promissiónes patrum : gentes autem super misericórdia honoráre Deum, sicut scriptum est : Proptérea confitébor tibi in géntibus, Dómine, et nómini tuo cantábo. Et íterum dicit : Lætámini, gentes, cum plebe eius. Et iterum : Laudáte, omnes gentes, Dóminum : et magnificáte eum, omnes pópuli. Et rursus Isaías ait : Erit radix Iesse, et qui exsúrget régere gentes, in eum gentes sperábunt. Deus autem spei répleat vos omni gáudio et pace in credéndo : ut abundétis in spe et virtúte Spíritus Sancti. 兄弟たちよ、前にかきしるされた全てのことは、私たちへの教訓のために書かれたものであって、聖書の教える忍耐と慰めとによって、希望をもたせるためである。忍耐と慰めの天主が、キリスト・イエズスにならうあなたたちにも、たがいに同じ心をもたせてくださるようにと祈る。それは、あなたたちが、みな一致し、一つの口をもって、私たちの主イエズス・キリストの父であり、天主である者をほめたたえるためである。つまり、キリストが天主の光栄のために、あなたたちを喜び迎えられたように、あなたたちもたがいに喜び迎えよ。キリストが割礼者に奉仕するものとなられたのは、天主の真実のため、先祖たちが受けた約束を実現するため、異邦人もあわれみによって天主をあがめるためであると、私は宣言する。「これがために、私は、異邦人の中であなたをほめたたえ、そしてあなたのみ名を歌おう」としるされてあるとおりである。また、「異邦人よ、天主の民とともによろこべ」とある。また、「すべての異邦人よ、主をほめたたえよ。諸国の民よ、主をたたえよ」とある。また、「イェッセのひこばえが出るであろう。異邦人を治める者が立ち、異邦人はかれに希望を置く」とイザヤはいう。希望の天主が、信仰における全ての喜びと平和とを、あなたたちにみたし、聖霊の力によって、希望をゆたかにしてくださるようにと祈る。 弟兄们:从前所写的一切,都是为了教训我们而写的,使我们藉着从圣经上学到的坚忍和安慰,获得希望。愿赐与坚忍和安慰的天主,赏赐你们依照耶稣基督的精神,彼此怀着同一的心意,使你们同心同口地赞扬天主、我们主耶稣基督的大父。因此你们要彼此收留,如同基督为了显扬天主收留了你们一样。我主张:耶稣基督给受割损礼的人服务,是为了实践许给我们祖先的话,而表显天主的忠实。至于外邦人,他们显扬天主,却是由于祂的仁慈,正如圣经上所记载的:“因此我要在外邦人中赞扬祢,我要歌颂祢的名字。”圣经上又说:“外邦人呀,你们和祂的民族一齐喜悦吧!”又说:“你们万民颂扬上主吧!万族都歌颂祂吧!”依撒意亚也说过:“叶塞的后裔将要出现,祂将起来治理万民:万民多希望祂。”愿赏给你们希望的天主,由于你们信祂,使你们充满喜乐与和平,使你们藉着圣神的德能、有充沛的希望。 형제들아 기록된바는 다 우리를 가르치기 위하여 기록된 것이니 우리로 하여금 인내와 성경의 위로로 인하여 희망을 얻게코저 함이로다. 인내와 위로의 천주는 너희로 하여금 예수 그리스도를 따라 서로 합심케 하사 한 마음과 한 입으로 우리 주 예수 그리스도의 성부이신 천주를 현양케 하실지어다. 이러므로 그리스도가 천주의 영광을 위하여 너희를 대접함같이 서로 대접할지어다. 대저 나 말하노니 그리스도 예수는 천주의 진실하심을 인하여 조상들에게 허락하신 바를 굳게 하시려고 할손례(를 받은자)의 일군이 되시고 외교인들은 저의 자비를 위하여 천주를 찬송할 것이로다. 대저 기록하였으되 '주여 이러므로 외인중에서 나 너를 증거하며 네 이름을 찬양하리라' 하였으며, 또 일렀으되 '외교인들아 저의 백성과 한가지로 즐거워하라' 하였도다. 또 '만민들아 주를 찬양할지며 모든 백성들아 저를 찬송할지어다' 하였으며 또 이사이아는 이르되 '옛세의 뿌리에 순이 돋아 외교인을 다시리실 자 일어나시리니 외교인들은 저에게 바라리로다' 하였도다. 원컨대 희망의 천주는 신앙으로 말미암아 모든 기쁨과 평화로 너희를 채우사 하여금 망덕과 성신의 능력이 너희게 풍성케 하실지어다.
Graduale. Ps. 49, 2-3 e.t 5. 昇階誦 詩篇 49ノ2-3, 5 台阶经(咏49:2-3,5) 층계경(성영49.23,5)
Ex Sion species decóris eius : Deus maniféste véniet シオンから、主の美しさの外観が。天主は明らかに来給うだろう。 从全美的熙雍中,我们的天主已经发光,我们的天主要来。 시온에서 저의 광채가 비치며 천주 드러나게 임하시리로다. 
V/. Congregáte illi sanctos eius, qui ordinavérunt testaméntum eius super sacrifícia. いけにえの上に主の契約を結んだ聖なる人々を、その御許に集めよ。 你们要为祂聚集那些以牺牲同祂立约的信义者。 제사로 인하여 저와 언약을 맺은 저의 성인들을 저에게 모을지어다.
Allelúia, allelúia. V/. Ps. 121, 1. Lætátus sum in his, quæ dicta sunt mihi : in domum Dómini íbimus. Allelúia. アレルヤ、アレルヤ、 V/.詩篇121ノ1 私に言われたことにおいて私は喜んだ。「主の家に私たちは行こう」と。アレルヤ。 阿肋路亚, 阿肋路亚(咏121:1)当人对我说:“我们到上主的圣殿”时,我欢乐盈盈。阿肋路亚! 알렐루야 알렐루야.(성영121.1) 내게 말하되 우리는 주의 집에 들어 가리라 하매 나 기뻐하였도다. 알렐루야. 
+ Sequéntia sancti Evangélii secundum Matthǽum. マテオによる聖福音の続誦。 福音 복음
Matth, 11, 2–10. マテオ  11ノ2-10 (玛11:2-10) (성마두11.2-10)
In illo tempore : Cum audísset Ioánnes in vínculis ópera Christi, mittens duos de discípulis suis, ait illi : Tu es, qui ventúrus es, an alium exspectámus ? Et respóndens Iesus, ait illis : Eúntes renuntiáte Ioánni, quæ audístis et vidístis. Cæci vident, claudi ámbulant, leprósi mundántur, surdi áudiunt, mórtui resúrgunt, páuperes evangelizántur : et beátus est, qui non fúerit scandalizátus in me. Illis autem abeúntibus, cœpit Iesus dícere ad turbas de Ioánne : Quid exístis in desértum vidére ? arúndinem vento agitátam ? Sed quid exístis videre ? hóminem móllibus vestitum ? Ecce, qui móllibus vestiúntur, in dómibus regum sunt. Sed quid exístis vidére ? Prophétam ? Etiam dico vobis, et plus quam Prophétam. Hic est enim, de quo scriptum est : Ecce, ego mitto Angelum meum ante fáciem tuam, qui præparábit viam tuam ante te. そのとき、牢獄でキリストのみわざを伝え聞いたヨハネは、自分の弟子たちをみもとにおくって、「来たるべきお方はあなたですか?それとも、ほかの人を待たねばなりませんか?」とたずねさせた。イエズスはお答えになった。「あなたたちが見聞していることを、ヨハネに伝えに行け。めくらは見え、足なえは歩き、らい病人はなおり、耳のきこえない人はきこえ、死人はよみがえり、貧しい人には福音が告げられている。私につまずかない人はしあわせである」。かれらが去ると、イエズスは、ヨハネについて人々にお話しになった。「あなたたちはなにを見ようとして荒れ地に行ったのか?風にゆらぐ葦か?では、なにを見に行ったのか?やわらかい服の人か?やわらかい服の人なら王の宮殿にいる。それなら、なにをしようとして行ったのか?預言者を見にか?そうだ、私はいう。預言者よりもすぐれた人である。"私は、あなたの前に、私のつかいをおくる。あなたの道をととのえさせるために"と書かれているのは、その人のことである。 那时候、若翰在狱中听到基督的事迹,就遣门徒去问祂说:“祢是不是要来的那一位?还是我们要等别的一位?”耶稣回答他们说:“去把你们所见所闻的,回报若翰:瞎子看见了,跛子行走了,癞病人洁净了,聋子听见了,死人复活了,穷人接到了福音。谁不因我而失足的,是有福的。”他们回去时,耶稣就给群人论若翰说:“你们到了旷野里去观看什么?是随风摇动的芦苇吗?你们究竟去看什么?是穿细软的衣服的人吗?穿细软的衣服的人、是在王宫里的。但你们究竟去看什么?是先知吗?我对你们说:是的,而且不止是先知!这就是圣经上所指着的那位:“看!我遣我的使者,在祢面前、为祢预备道路。” 유시에 요안이 옥중에서 그리스도의 행적을 듣고 그 문제중 둘을 보내어 예수께 이르되 '마땅히 오실자가 당신이오니까 혹 우리가 마땅히 다른이를 기다리오리까.' 예수 대답하여 가라사대 '너희가 들은바와 본바로써 요안에게 돌아가 고하라. 소경이 보고 앉은방이가 다니고 나창든자 조찰하여지고 귀막힌자 듣고 죽은자 다시 살고 가난한자 복음을 받으며 또 나를 괴이히 여기지 아니하는 자는 진복자니라' 하시니라. 저들이 돌아가매 예수 비로소 요안을 들어 백성에게 이르시되 '무엇을 보러 광야에 나갔더냐. 바람에 흔들리는 갈대냐. 또 무엇을 보러 나갔더냐. 부드러운 옷을 입은 사람이냐. 문득 부드러운 옷을 입은자는 왕궁에 있느니라. 마침내 무엇을 보러 나갔더냐. 선지자냐. 옳다. 나 너희게 이르노니 선지자보다도 더 초월하느니라. 대개 이 사람을 들어 기록하였으되 보라 내 천신을 네 면전에 보내매 저 네 앞에서 네 길을 닦으리라 하였나니라' 
Credo 信経 信经 (신경외움)
Ant. ad Offertorium. Ps. 84, 7-8 奉献文 詩篇 84ノ7-8 奉献经(咏84:7-8) 제헌경(성영84.7,8)
Deus, tu convérsus vivificábis nos, et plebs tua lætábitur in te : osténde nobis, Dómine, misericórdiam tuam, et salutáre tuum da nobis. 天主よ、御身はかえりみて、われらを生かし給え。御身の民は、御身において喜ぶであろう。主よ、御身の憐みを我らに示し給い、御身の救いをわれらに与え給え。 天主啊!祢要再将我们救活,使祢的子民、靠祢欢喜。上主啊!求祢使我们得见祢的仁慈,又将祢的救恩赐与我们。 천주여 너 돌이키시면 우리를 살리시리니 이에 네 백성이 네 안에 즐거워하리이다. 주여 네 자비를 우리에게 보이시며 네 구원을 우리에게 베푸소서.
Secreta. 密誦 密祷经 묵념축문
Placáre, quǽsumus, Dómine, humilitátis nostræ précibus et hóstiis : et, ubi nulla suppétunt suffrágia meritórum, tuis nobis succúrre præsídiis. Per Dóminum. 主よ、願わくは、われらの謙遜の祈りと犠牲とによって御心を和らげ給え。功徳のよりどころとして何もふさわしくないゆえに、御身の御保護により我らに助けを給え。天主として、(…)。 主,求祢因我们这些谦卑之人的祈祷和献礼、而动慈心,并念我们无功可恃而亲来施佑。因我们主……。 주여 비오니 우리 겸손한 기구와 제물로 인하여 의노를 풀으사 전달의 공을 얻지 못할 우리를 두호하심으로 도와 주시되, 네 아들 우리 주 예수 그리스도를 인하여 하소서. 저 너와 성신과 ...
Præfatio de sanctissima Trinitate  序誦  三位一体と主日との序誦 天主圣三的颂谢引 성삼감사경
Vere dignum et iustum est, æquum et salutáre, nos tibi semper et ubíque grátias ágere : Dómine, sancte Pater, omnípotens ætérne Deus : Qui cum Unigénito Fílio tuo et Spíritu Sancto unus es Deus, unus es Dóminus : non in uníus singularitáte persónæ, sed in uníus Trinitáte substántiæ. Quod enim de tua glória, revelánte te, crédimus, hoc de Fílio tuo, hoc de Spíritu Sancto, sine discretióne sentímus. Ut, in confessióne veræ sempiternǽque Deitátis, et in persónis propríetas, et in esséntia únitas, et in maiestáte adorétur æquálitas. Quam laudant Angeli atque Archángeli, Chérubim quoque ac Séraphim, qui non cessant clamáre cotídie, una voce dicéntes : Sanctus… 主よ、聖なる父よ、全能永遠の天主よ、われらが御身に、いつもどこにても感謝を捧げるのは、実にふさわしく正しいこと、義務と救いである。御身は、御独り子と聖霊と共に、唯一の天主、唯一の主にて在す。すなわち、御身は、一の位格の単一にて在すのではなく、唯一の実体(substantia)の三位にて在す。御身の御光栄について、御身が啓示するがゆえに、われらが信じ奉ることを、聖子について、聖霊について、差別なく、われらは信じ奉る。真の永遠の天主の本性を告白するにおいて、位格における固有性が礼拝され、本質(essentia)における唯一性と、御稜威における等しさも礼拝されるためである。これを、天使らと大天使らは、智天使も熾天使も、讃美し、絶え間なく声を上げ、日々声をあわせてこう言う。聖なるかな、… 主,圣父,全能永生的天主!我们时时处处颂谢祢,实是正义而必须的,属于我们天职的,也属于我们得救的。祢与祢的独子及圣神,只是一个天主,只是一个主;不是因为位是单独一个,却是因为三位同具一个性体。的确,我们所怎样依照祢的启示,相信祢享的光荣,我们无区别地也同样确认祢的圣子,也同样确认圣神共享这个光荣。因此,我们在明认圣三真实而永在的天主性上,同时论位,我们敬拜圣三的各一,论体,我们敬拜圣三的无二,论尊荣,我们敬拜圣三的均等。这圣三的尊荣,是天神们和总领天神们,普知天神们和炽爱天神们,所虔诚歌颂的;他们日复一日,永不停止同声高呼说:圣、圣、圣…… 주여, 성부여, 전능하시고 영원하신 천주여, 우리가 어디서나 항상 주께 감사하는 것이 참으로 당연하고 옳으며, 지당하고 구령에 유익하나이다. 주는 외아들과 성신과 더불어 오직 한분의 천주시요, 오직 한분의 주이시되, 한 위가 아니시고, 한 체로서 세 위시니이다. 주의 계시로 우리가 주의 영광에 대하여 믿는 바를, 성자와 성신에 대하여서도 조금도 다름이 없이 믿나이다. 그리하여 우리는 참되시고 영원하신 천주성을 찬미함에 있어, 위로서는 각 품이시요, 체로서는 하나이시요, 지존하시기는 같으심을 찬송하나이다. 천신들과 대천신들 및 케루빔과 세라핌이 이를 찬양하며, 날마다 간단없이 제창하나이다. 거룩하시다, 거룩하시다, 만군의 천주이신 주는 거룩하시나이다. 하늘과 땅에 주의 영광이 가득하나이다. 천상에 좌정하신이여 호산나, 주의 이름으로 오시는 이는 찬미받아지이다. 천상에 좌정하신이여 호산나.
Ant. ad Communionem. Bar. 5, 5 ; 4, 36 聖体拝領誦 バルク 5ノ5, 4ノ36 领主咏(巴5:5;4:36) 영성체경(바룩5.5,4,36)
Ierúsalem, surge et sta in excélso, et vide iucunditátem, quæ véniet tibi a Deo tuo. エルザレムよ、起きよ、高き[ところ]に立て。御身の天主からおまえ[のところ]に来る喜びを見よ。 耶路撒冷!起来吧!站在高处观望吧!遥望由你的天主那里给你降来的喜乐吧! 예루살렘아 일어나 높은데 서 있어 천주께로 조차 네게로 오는 즐거움을 볼지어다. 
Postcommunio. 聖体拝領後の祈 领后经 영성체후축문
Repléti cibo spirituális alimóniæ, súpplices te, Dómine, deprecámur : ut, huius participatióne mystérii, dóceas nos terréna despícere et amáre cæléstia. Per Dóminum nostrum. 主よ、霊的な糧の食べ物に飽かされて、御身に伏して願い奉る。この奥義に与ることによって、われらに、地上のものを軽んじ、天上のことを愛させ給え。天主として、(…)。 主,我们既已饱餐了神宴的盛馔,求祢因我们参与了祢这奥迹、教我们轻看世物,但爱天上之事。因我们主……。 주여 신령한 음식을 충만히 받은 우리가 네게 간절히 비오니 우리로 하여금 이 미사에 참여함으로 인하여 세상 사물을 경천히 여기고 천상 사물을 사랑할 줄을 알게 하시되, 네 아들 우리 주 예수 그리스도를 인하여 하소서. 저 너와 성신과 ...

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2020年11月29日は、待降節第一主日です。聖伝のミサ(トリエント・ミサ、ラテン語ミサ)のテキストをラテン語・日本語・中文・韓国語でご紹介します

2020年11月28日 | ミサ聖祭

2020年11月29日は、待降節第一主日です。聖伝のミサ(トリエント・ミサ、ラテン語ミサ)のテキストをラテン語・日本語・中文・韓国語でご紹介します。

アヴェ・マリア・インマクラータ!

Dominica Prima Adventus 待降節第一主日 将临期第一主日 장림 제 일 주일
I classis 一級祝日 一等复式【紫】  (1급) 
Statio ad S. Mariam maiorem 指定巡礼聖堂。聖マリア大聖堂 集合祈祷于圣母大堂  
Ant. ad Introitum. Ps. 24, 1–3. 入祭文 詩篇  24ノ1-3 进台经(咏24:1-3,4) 초입경(성영24.1-3)
Ad te levávi ánimam meam : Deus meus, in te confíde, non erubéscam : neque irrídeant me inimíci mei : étenim univérsi, qui te exspéctant, non confundéntur. 御身に私の霊魂を上げ奉る。我が天主よ、私は御身に信頼し奉る、私は恥じないだろう。私の敵どもが私をあざわらうことのなからんことを。実に、御身に期待する全ての者たちは、辱められることなからん。 我的天主啊!我向祢举起我的灵魂。我依靠祢,求祢莫叫我羞愧。莫叫我的仇敌朝着我狂喜。没有一个期待祢的人,能蒙受羞辱。 내 천주여 내 영혼을 내게 받들어 내게 드리오며 네게 의탁하오니 나로 하여금 부끄러움을 당하지 말게 하시며 또 내 원수들이 나를 비소치 말게 하소서. 대저 네게 의탁하는 자는 누구나 부끄러움을 당하지 아니 하리이다. 
Ps. ibid., 4 詩篇24ノ4 咏24:1-3,4  (성영24.4) 
Vias tuas, Dómine, demónstra mihi : et sémitas tuas édoce me. 主よ、御身の道を私に示し給え。御身の小径(こみち)を私に教え給え。 上主啊!求祢指示我祢的道路,将祢的途径训示给我。 주여 네 길을 내게 보이시며 네 소로를 내게 가르쳐 주소서. 
V/.Glória Patri. V/. 願わくは聖父と・・・(栄誦)。 光荣归于父,及子,及圣神。起初如何,今日亦然,以至永远,及世之世。阿门。 영광이 부와 자와 성신께, 처음과 같이 또한 이제와 항상 무궁세에 있을지어다. 아멘.
Ad te levávi ánimam meam : Deus meus, in te confíde, non erubéscam : neque irrídeant me inimíci mei : étenim univérsi, qui te exspéctant, non confundéntur. 御身に私の霊魂を上げ奉る。我が天主よ、私は御身に信頼し奉る、私は恥じないだろう。私の敵どもが私をあざわらうことのなからんことを。実に、御身に期待する全ての者たちは、辱められることなからん。 我的天主啊!我向祢举起我的灵魂。我依靠祢,求祢莫叫我羞愧。莫叫我的仇敌朝着我狂喜。没有一个期待祢的人,能蒙受羞辱。 내 천주여 내 영혼을 내게 받들어 내게 드리오며 네게 의탁하오니 나로 하여금 부끄러움을 당하지 말게 하시며 또 내 원수들이 나를 비소치 말게 하소서. 대저 네게 의탁하는 자는 누구나 부끄러움을 당하지 아니 하리이다.
Oratio. 集祷文 集祷经 축문
Excita, quǽsumus, Dómine, poténtiam tuam, et veni : ut ab imminéntibus peccatórum nostrórum perículis, te mereámur protegénte éripi, te liberánte salvári : Qui vivis et regnas. 主よ、願わくは、御身の力を現して来給え。われらの[犯した]罪の[ゆえに]襲いかかる危険から主が保護し給うにより免れ、主が解放し給うにより救われるにふさわしいものと我らがならんことを。聖父なる天主と共に、(…)。 主啊!求祢大发威能,并惠然降来,使我们能于危迫的罪恶凶险中,赖祢的护佑而脱免,靠祢的援助而获救。祢和圣父、及圣神、是唯一的天主,永生永王于无穷世之世。阿门。 주여 비오니 너 대능을 떨쳐 오사 자기 죄로 인하여 장차 당할 바 위험 중에서 우리를 보호하시고 구원하시며 도우사 건지소서. 너 천주 성부와 성신과 한가지로 천주로서 세세에 생활하시고 왕하시나이다. 아멘.
Lectio Epístolæ beati Páuli Apóstoli ad Romános 使徒聖パウロの、ローマ人への書簡の朗読。 读经(罗13:11-14) 서간경
Rom. 13, 11–14. ローマ 13ノ11-14 罗13:11-14 (로마서13.11-14)
Fratres : Scientes, quia hora est iam nos de somno súrgere. Nunc enim própior est nostra salus, quam cum credídimus. Nox præcéssit, dies autem appropinquávit. Abiciámus ergo ópera tenebrárum, et induámur arma lucis. Sicut in die honéste ambulémus : non in comessatiónibus et ebrietátibus, non in cubílibus et impudicítiis, non in contentióne et æmulatióne : sed induímini Dóminum Iesum Christum. 兄弟たちよ、時を知っているあなたたちは、ますますそうしなければならない。今は眠りからめざめる時である。今、私たちの救いは、私たちが信じはじめた時よりも近いからである。夜はふけて、日が近づいた。だから、闇におこなわれる業をすてて、光の鎧をつけよう。昼のように慎んで行動しよう。酒盛、酔い、淫乱、好色、あらそい、嫉みをおこなわず、主イエズス・キリストを着よ。 弟兄们:我们知道:我们应该从睡梦中醒悟的时刻已经到了;因为得救的日子、比较我们以前开始信主的时候,现在更加近了。夜已深了,白昼快要到了。所以我们应该摆脱黑暗的行为,佩戴上光明的武器。举止要端方,就如在白昼一般;不可放纵饮食,不可酗酒,不可放荡,不可奸淫,不可争吵,不可嫉妒。相反的、你们却要佩戴上主耶稣基督。 형제들아 잠에서 깰 시간이 된 줄로 아나니 대저 지금 우리 구원이 우리가 믿게 된 때보다 더 가까우니라. 밤은 깊었고 낮은 가까웠으니 그러므로 어둠의 행실을 벗어 버리고 광명의 갑옷을 입을지어다. 백주에 함 같이 정직하게 걸을지니 폭식과 과음이나 간음과 음란한 일이나 쟁론과 질투에 나아가지 말고 오직 주 예수 그리스도를 입을지어다.
Graduale. Ps. 24, 3 et 4. 昇階誦 詩篇 24ノ3,4 升阶经(咏24:3-4) 층계경(성영24.3-4)
Univérsi, qui te exspéctant, non confundéntur, Dómine. 主よ、御身に期待する全ての者たちは、辱められることなからん。 主啊!没有一个期待祢的人,能蒙受羞辱。 주여 네게 의탁하는 자는 누구나 부끄러움을 당하지 아니 하리이다. 
V/. Vias tuas, Dómine, notas fac mihi : et sémitas tuas édoce me. V/. 主よ、御身の道を私に示し給え。御身の小径(こみち)を私に教え給え。 上主啊!求祢指示我祢的道路,将祢的途径训示给我。 주여 네 길을 내게 보이시며 네 소로를 내게 가르치소서.
Allelúia, allelúia. V/. Ps. 84, 8. Osténde nobis, Dómine, misericórdiam tuam : et salutáre tuum da nobis. Allelúia. アレルヤ、アレルヤ、V/. 詩篇84ノ8 主よ、われらに御身の憐みを示し給え。御身の救いを我らに与え給え、アレルヤ。 阿肋路亚, 阿肋路亚!(咏84:4)上主啊!求祢使我们得见祢的仁慈,又将祢的救恩赐与我们。阿肋路亚。 알렐루야 알렐루야.(성영74.8) 주여 네 자비를 우리에게 보이시며 네 구원을 우리에게 베푸소서. 알렐루야.
+ Sequéntia sancti Evangélii secundum Lucam. ルカによる聖福音の続誦。 福音 복음
Luc. 21, 25–33. ルカ 21ノ25-33. (路21:25-33) (성루까21.25-33)
In illo témpore : Dixit Iesus discípulis suis : Erunt signa in sole et luna et stellis, et in terris pressúra géntium præ confusióne sónitus maris et flúctuum : arescéntibus homínibus præ timóre et exspectatióne, quæ supervénient univérso orbi : nam virtútes cælórum movebúntur. Et tunc vidébunt Fílium hóminis veniéntem in nube cum potestáte magna et maiestáte. His autem fíeri incipiéntibus, respícite et leváte cápita vestra : quóniam appropínquat redémptio vestra. Et dixit illis similitúdinem : Vidéte ficúlneam et omnes árbores : cum prodúcunt iam ex se fructum, scitis, quóniam prope est æstas. Ita et vos, cum vidéritis hæc fíeri, scitóte, quóniam prope est regnum Dei. Amen, dico vobis, quia non præteríbit generátio hæc, donec ómnia fiant. Cælum et terra transíbunt : verba autem mea non transíbunt. そのとき、イエズスは、弟子らに仰せられた。「そして、日、月、星に、しるしがあらわれ、地上では国々の民がなやみ、海と大波とのとどろきに恐怖するだろう。人々は、この世に起ることのために、恐怖と不安とのうちに死ぬだろう。天の力がふるいうごくからである。そのとき人々は、人の子が勢力と大いなる栄光とをおびて、雲にのってくだるのを見るだろう。こういうことが起りはじめたら、あなたたちは身を立てて頭をあげよ。あなたたちの救いは近づいたのだから・・・」。そして、たとえをお話しになった。「いちじくの木と、すべての木とを見よ。木々が芽を出しはじめると、あなたたちはそれを見て、もう夏が近いと気づく。それと同じで、こういうことが起るのを見たら、天主の国は近いのだと知れ。まことに私はいう。それらがみな実現するまで、今の代はすぎ去らない。天地はすぎ去るが、しかし私のことばはすぎ去らない」。 那时候、耶稣向祂的门徒们说:“日月星辰要显异像,地上的万民要有大难,因着海浪的呼啸而惊慌。人们等着那要临到世界的事,都吓得要死:因为天德要动摇,那时还要看见人子显着大能、光荣地乘云降来。这些事发动时,你们就当挺身、仰起头来:因为你们的救赎近了。”祂又对他们讲个比喻:“你们可看无花果树、及一切的树木。他们结起果实了,你们一见、就知道夏天近了。同样、你们看见这些事情发生,也该知道天主的国近了。我切实告诉你们:这世代还没有过去,这些事情都要实现。天地要过去,我的话却不会过去。” 유시에 예수 문제들더러 이르시되 '일월성신에 괴변이 있을 것이요 땅에는 바다와 물결의 흉포한 소리가 요란하매 만민이 다 위박하리라. 온 세상에 당할 바 환난을 사람들이 무서워하며 기다리기로 마를 것이니 대저 하늘의 능력이 다 진동함일새니라. 이에 인자 큰 권능과 위엄으로 구름을 타고 옴을 보리니 이런 변이 되기 시작할 때에 너희는 머리를 들고 우러러 보라. 대저 너희 등의 구속함이 가까웠나니라' 하시고 이에 비유로써 이르시되 '무화과 나무와 및 다른 나무를 보라. 이미 그 순이 돋으면 여름이 가까운 줄을 너희가 아나니 이와 같이 너희도 이런 변이 있음을 보거든 천주의 나라가 가까운 줄을 알라. 나 진실히 너희에게 이르노니 이 인생들이 멸하기 전에 이 모든 일이 다 되리니 천지는 변할지라도 내 말은 변치 아니하리라.
Credo 信経 信经 신경외움
Ant. ad Offertorium. Ps. 24, 1–3. 奉献文  詩篇 24ノ1-3 奉献经(咏24:1-3) 제헌경(성영24.1-3)
Ad te levávi ánimam meam : Deus meus, in te confído, non erubéscam : neque irrídeant me inimíci mei : étenim univérsi, qui te exspéctant, non confundéntur. 御身に私の霊魂を上げ奉る。我が天主よ、私は御身に信頼し奉る、私は恥じないだろう。私の敵どもが私をあざわらうことのなからんことを。実に、御身に期待する全ての者たちは、辱められることなからん。 我的天主啊!我向祢举起我的灵魂。我依靠祢,求祢莫叫我羞愧。莫叫我的仇敌朝着我狂喜。没有一个期待祢的人,能蒙受羞辱。 내 천주여 내 영혼을 네게 받들어 드리오며 네게 의탁하오니 나로 하여금 부끄러움을 당하지 말게 하시며 또 내 원수들이 나를 비소치 말게 하소서. 대저 네게 의탁하는 자는 누구나 부끄러움을 당하지 아니 하리이다.
Secreta. 密誦 密祷经 묵념축문
Hæc sacra nos, Dómine, poténti virtúte mundátos ad suum fáciant purióres veníre princípium. Per Dóminum nostrum. 主よ、この聖なる[捧げ]ものが、力強き力で浄められたわれらがより清き者として、その[捧げものの]起源[なる御身]に至らしめ給わんことを願い奉る。天主として、(…)。 主,望这祭品发挥伟力,洗涤我们,使我们能日益清洁,趋就它的创造者。因我们主耶稣基督、祢的子,祂和祢、及圣神,是唯一天主,永生永王于无穷世之世。阿门。 주여 이 비사의 권력의 효능으로 우리를 조찰케 하사 더욱 조찰한 자로 제 근원이신 자에게 도달케 하시되, 네 아들 우리 주 그리스도를 인하여 하소서. 저 너와 성신과 한가지로 천주로서 세세에 생활하시고 왕하시나이다. 아멘.
Præfatio de sanctissima Trinitate ; 序誦 三位一体と主日との序誦 天主圣三的颂谢引 성삼감사경
Vere dignum et iustum est, æquum et salutáre, nos tibi semper et ubíque grátias ágere : Dómine, sancte Pater, omnípotens ætérne Deus : Qui cum Unigénito Fílio tuo et Spíritu Sancto unus es Deus, unus es Dóminus : non in uníus singularitáte persónæ, sed in uníus Trinitáte substántiæ. Quod enim de tua glória, revelánte te, crédimus, hoc de Fílio tuo, hoc de Spíritu Sancto, sine discretióne sentímus. Ut, in confessióne veræ sempiternǽque Deitátis, et in persónis propríetas, et in esséntia únitas, et in maiestáte adorétur æquálitas. Quam laudant Angeli atque Archángeli, Chérubim quoque ac Séraphim, qui non cessant clamáre cotídie, una voce dicéntes : Sanctus… 主よ、聖なる父よ、全能永遠の天主よ、われらが御身に、いつもどこにても感謝を捧げるのは、実にふさわしく正しいこと、義務と救いである。御身は、御独り子と聖霊と共に、唯一の天主、唯一の主にて在す。すなわち、御身は、一の位格の単一にて在すのではなく、唯一の実体(substantia)の三位にて在す。御身の御光栄について、御身が啓示するがゆえに、われらが信じ奉ることを、聖子について、聖霊について、差別なく、われらは信じ奉る。真の永遠の天主の本性を告白するにおいて、位格における固有性が礼拝され、本質(essentia)における唯一性と、御稜威における等しさも礼拝されるためである。これを、天使らと大天使らは、智天使も熾天使も、讃美し、絶え間なく声を上げ、日々声をあわせてこう言う。聖なるかな、… 主,圣父,全能永生的天主!我们时时处处颂谢祢,实是正义而必须的,属于我们天职的,也属我们得救的。祢与祢的独子及圣神,只是一个天主,只是一个主;不是因为位是单独一个,却是因为三位同具一个性体。的确,我们所怎样依照祢的启示,相信祢享的光荣,我们无区别地也同样确认祢的圣子,也同样确认圣神共享这个光荣。因此,我们在明认圣三真实而永在的天主性上,同时论位,我们敬拜圣三的各一,论体,我们敬拜圣三的无二,论尊荣,我们敬拜圣三的均等。这圣三的尊荣,是天神们和总领天神们,普知天神们和炽爱天神们,所虔诚歌颂的;他们日复一日,永不停止同声高呼说:圣、圣、圣…… 주여, 성부여, 전능하시고 영원하신 천주여, 우리가 어디서나 항상 주께 감사하는 것이 참으로 당연하고 옳으며, 지당하고 구령에 유익하나이다. 주는 외아들과 성신과 더불어 오직 한분의 천주시요, 오직 한분의 주이시되, 한 위가 아니시고, 한 체로서 세 위시니이다. 주의 계시로 우리가 주의 영광에 대하여 믿는 바를, 성자와 성신에 대하여서도 조금도 다름이 없이 믿나이다. 그리하여 우리는 참되시고 영원하신 천주성을 찬미함에 있어, 위로서는 각 품이시요, 체로서는 하나이시요, 지존하시기는 같으심을 찬송하나이다. 천신들과 대천신들 및 케루빔과 세라핌이 이를 찬양하며, 날마다 간단없이 제창하나이다. 거룩하시다, 거룩하시다, 만군의 천주이신 주는 거룩하시나이다. 하늘과 땅에 주의 영광이 가득하나이다. 천상에 좌정하신이여 호산나, 주의 이름으로 오시는 이는 찬미받아지이다. 천상에 좌정하신이여 호산나.
Ant. ad Communionem. Ps. 84, 13. 聖体拝領誦 詩篇84ノ13 领主咏(咏84:13) 영성체경(성영84.13)
Dóminus dabit benignitátem : et terra nostra dabit fructum suum. 主は、優しさを与え給うだろう。すると私たちの地はその実りを与えるだろう。 上主定要将遐福赐给我们,我们的地、也必生出自己的美果。 주 인자를 베푸시리니 이에 우리 땅이 제 열매를 맺으리로다.
Postcommunio. 聖体拝領後の祈 领后经 영성체후축문
Suscipiámus, Dómine, misericórdiam tuam in médio templi tui : ut reparatiónis nostræ ventúra sollémnia cóngruis honóribus præcedámus. Per Dóminum. 主よ、我らが御身の憐みを御身の聖殿の中で受けんことを。そは、我らの償いの来るべき荘厳[な祝い]を、我らが[それに]ふさわしい名誉をもって準備せんことを。天主として、(…)。 主,愿我们在祢的圣殿中、承受祢的慈惠,好能以相称的敬工、来筹备过这即将来临的我们得救之庆节。因我们主……。 주여 네 성전 가운데서 네 자비를 받게 하사 우리로 하여금 장차 임할 우리 구속의 첨례를 합당한 존경으로 예비케 하시되 네 아들 우리 주 예수 그리스도를 인하여 하소서. 저 너와 성신과 ...

 

待降節第一主日のミサの入祭唱の直前に歌う有名なトロープ:Sanctíssimus namque Gregórius - Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

アヴェ・マリア・インマクラータ!愛する兄弟姉妹の皆様、今年の待降節第一主日のミサの入祭唱の直前には、聖伝に従って次の有名なトロープを歌う予定...

待降節第一主日のミサの入祭唱の直前に歌う有名なトロープ:Sanctíssimus namque Gregórius - Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

 

 

【グレゴリオ聖歌】待降節第一主日のミサの入祭唱 Ad te levavi を黙想しましょう - Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

アヴェ・マリア・インマクラータ!愛する兄弟姉妹の皆様、待降節第一主日のミサの入祭唱Adtelevaviを黙想しましょう。典礼暦の最初の歌は詩...

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2018年12月2日は、待降節第一主日です。聖伝のミサ(トリエント・ミサ、ラテン語ミサ)のテキストをご紹介します。 - Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

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聖伝のミサにおける祭壇のお花の意味とは何か?【クレカリ10周年記念】 - Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

 

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2020年11月22日は、聖霊降臨後最終主日(降临后最后一个主日、성신강림 후 마지막 주일)です。聖伝のミサのラテン語と日本語・中文・韓国語の対訳のテキストをご紹介いたします。

2020年11月18日 | ミサ聖祭

2020年11月22日は、聖霊降臨後最終主日(降临后最后一个主日、성신강림 후 마지막 주일)です。聖伝のミサのラテン語と日本語・中文・韓国語の対訳のテキストをご紹介いたします。

Dominica Ultima post Pentecosten 聖霊降臨後最後の主日 降临后最后一个主日 성신강림 후 마지막 주일
II Classis 二級祝日 复式【绿】  (2급) 초록색
Ant. ad Introitum. Ier. 29,11,12 et 14. 入祭文 エレミア 29ノ11,12と14 进台咏(耶29:11-12,14) 초입경(예레미아29.11,12,14)
Dicit Dóminus : Ego cógito cogitatiónes pacis, et non afflictiónis : in vocábitis me, et ego exáudiam vos : et redúcam captivitátem vestram de cunctis locis. 主は言い給う。私は、平和の考えを考える、苦しみの[考え]ではない。あなたたちは私を呼ぶだろう、そうすれば私はあなたたち[の祈り]を聞き入れよう。そして私はあなたたちの捕囚を全ての場所から連れ戻そう。 上主说:我所怀的计划是和平的计划,不是降灾的计划。你们必呼吁我,我也必俯允你们。从你们被掳所在的各国各地,我要重新聚集你们。 주 가라사대 나는 고난의 생각을 하지 않고 오직 평화의 생각을 하노라. 너희가 내게 부르짖으면 나 너희를 들어 허락하여 도처에서 사로잡힌 너희를 구원하리라 하시도다.
Ps. 84, 2. 詩篇 84ノ2 咏84:2 (성영84.2) 
Benedixísti, Dómine, terram tuam : avertísti captivitátem Iacob. 主よ、御身は、御身の地を祝福し給うた。御身はヤコブの俘虜を帰させ給うた。 上主啊!祢已降福了祢的领域,救回了被掳的雅各伯。 주여 너 네 땅에 강복하시고 사로잡힌 야곱을 구원하셨나이다. 
V/.Glória Patri. V/. 願わくは聖父と・・・(栄誦)。 光荣归于父……。 영광이 부와 자와...
Dicit Dóminus : Ego cógito cogitatiónes pacis, et non afflictiónis : in vocábitis me, et ego exáudiam vos : et redúcam captivitátem vestram de cunctis locis. 主は言い給う。私は、平和の考えを考える、苦しみの[考え]ではない。あなたたちは私を呼ぶだろう、そうすれば私はあなたたち[の祈り]を聞き入れよう。そして私はあなたたちの捕囚を全ての場所から連れ戻そう。 上主说:我所怀的计划是和平的计划,不是降灾的计划。你们必呼吁我,我也必俯允你们。从你们被掳所在的各国各地,我要重新聚集你们。
Oratio. 集祷文 集祷经 축문
Excita, quǽsumus. Dómine, tuórum fidélium voluntátes : ut, divíni óperis fructum propénsius exsequéntes ; pietátis tuæ remédia maióra percípiant. Per Dóminum nostrum. 主よ、願わくは、御身の信徒らの意志をふるい起たせ給え。そは、彼らがますます熱心に、天主の業の実りを行いつつ、御身の優しさの薬を一層ゆたかに受けんためなり。天主として、(…)。 主,求祢激起祢信众的意志,使他们以更大的热忱,营求祢超性大业的果实,以便多蒙祢仁慈的救济。因我们主……。 주여 비오니 네 신자들의 마음을 분발시키사 저들로 하여금 선행의 열매를 더욱 열심으로 찾음으로써 네 자비의 도움을 더욱 풍성히 받게 하시되, 네 아들 우리 주 예수 그리스도를 인하여 하소서. 저 너와 성신과...
Léctio Epístolæ beáti Pauli Apóstoli ad Colossénses. 使徒聖パウロの、コロサイ人への書簡の朗読 书信 서간경
Col. 1, 9-14. コロサイ 1ノ9-14 哥1:9-14 (골로새서1.9-14)
Fratres : Non cessámus pro vobis orántes et postulántes, ut impleámini agnitióne voluntátis Dei, in omni sapiéntia et intelléctu spiritáli : ut ambulétis digne Deo per ómnia placéntes : in omni ópere bono fructificántes, et crescéntes in scientia Dei : in omni virtúte confortáti secúndum poténtiam claritátis eius in omni patiéntia, et longanimitáte cum gáudio, grátias agentes Deo Patri, qui dignos nos fecit in partem sortis sanctórum in lúmine : qui erí puit nos de potestáte tenebrárum, et tránstulit in regnum Fílii dilectiónis suæ, in quo habémus redemptiónem per sánguinem eius, remissiónem peccatórum. 兄弟たちよ、そこで私たちは、このことを聞いた日から、たえず祈り、すべての知恵と霊の悟りとをもって、あなたたちが、天主のみ旨を深く知るようにと願っている。こうしてあなたたちは、すべて主に嘉されるようにそのみ旨にしたがっておこない、すべての善業の実をむすび、いよいよ深く天主を知るであろう。また、天主の光栄の勢力によって、すべての力を強められ、すべてに耐える忍耐と根気強さとを得、光のうちに、聖徒たちの遺産にあずかるにたるものとされた父に、よろこびをもって感謝するであろう。天主は、私たちを闇の権力から救い出し、愛する子の国に移された。私たちは子において、おん血によってあがないと罪のゆるしをうける。 弟兄们:我们不断为你们祈祷,求天主赏赐你们具有充分的超性智慧和知识,完美地认识祂的圣意。这样,你们要度一种与主相称的生活,在一切事上使祂喜悦;在种种善功上多结果实;在认识天主方面日日有进步;你们要藉着祂光荣的能力充分坚强起来,因而在一切事上,修成完美的忍耐和宽容。你们要喜悦地感谢天主圣父,因为祂使我们配在光明中与圣徒共同分享遗产。天主把我们从黑暗的势力中抢救出来,把我们引入祂爱子的王国。因着这爱子、藉着祂的血,我们获得了救赎之恩和罪过的赦免。 형제들아 우리는 너희를 위하여 기구하기를 그치지 아니하며 너희가 모든 지혜와 신령한 명오로 천주의 성의를 (아는) 지식으로 충만하여지기를 간구하노라. 이는 너희가 천주께 합당하게 걸으며 만사에 마음에 흡합하고 온갖 선공에 열매를 맺으며 천주를 (아는) 지식에 있어서 자라고 저의 영광의 능력을 따라 모든 힘을 증가하며 기쁨으로 참고 인내하여서 우리로 하여금 광명중에 성인들의 몫을 받기에 합당한 자 되게 하신 천주 성부께 감사하기 위함이로다. 저는 어두움의 권하에서 우리를 구원하사 당신 사랑하온 아들의 나라에 옮겨 주셨나니 우리는 그 아들안에 그 피로 말미암아 구속 즉 죄의 사함을 얻었도다.
Graduale. Ps. 43, 8-9. 昇階誦 詩篇 43ノ8-9 台阶咏(咏43:8-9) 층계경(성영43.8,9)
Liberásti nos, Dómine, ex affligéntibus nos : et eos, qui nos odérunt, confudísti. 主よ、御身は、私たちを苦しめる人々から私たちを解放し給うた。御身は私たちを憎む人々を恥ずかしめ給うた。 主啊!祢曾救我们脱离我们的仇人,使忌恨我们的,蒙受羞辱。 주여 너 우리를 핍박하는 자들에게서 구원하시고 우리를 미워하는 자들을 부끄럽게 하셨나이다. 
V/. In Deo laudábimur tota die, et in nómine tuo confitébimur in sǽcula. V/. 私たちは天主において一日中賛美されるだろう。そして御身の聖名において代々に私たちは告白するだろう。 我们整日以天主为自豪,时时颂扬祂的圣名。 우리는 종일 천주 안에서 자랑하고 영원히 네 이름에 찬미를 드리리이다.
Allelúia, allelúia. V/.Ps, 129, 1-2. アレルヤ、アレルヤ。 V/. 詩篇129ノ1-2 阿肋路亚,阿肋路亚。(咏129:1-2) 알렐루야 알렐루야.(성영129.1,2) 
De profúndis clamávi ad te, Dómine : Dómine, exáudi oratiónem meam. Allelúia. 深い淵から、主よ、私は御身に向かって叫んだ。主よ、私の声を聞き入れ給え。アレルヤ。 上主啊!我自深渊向祢呼吁。吾主啊!求祢俯听我的祈祷。阿肋路亚。 주여 나 깊고 그윽한 곳에서 네게 부르짖나이다. 주여 내 소리를 굽어 들으소서. 알렐루야.
+ Sequéntia sancti Evangélii secúndum Matthǽum. マテオによる聖福音の続誦。 福音 복음
Matth. 24, 15-35. マテオ  24ノ15-35 玛24:13-25 (성마두24.15-35)
In illo témpore : Dixit Iesus discípulis suis : Cum vidéritis abominatiónem desolatiónis, quæ dicta est a Daniéle Prophéta, stantem in loco sancto : qui legit, intéllegat : tunc qui in Iudǽa sunt, fúgiant ad montes : et qui in tecto, non descéndat tóllere áliquid de domo sua : et qui in agro, non revertátur tóllere túnicam suam. Væ autem prægnántibus et nutriéntibus in illis diébus. Oráte autem, ut non fiat fuga vestra in híeme vel sábbato. Erit enim tunc tribulátio magna, qualis non fuit ab inítio mundi usque modo, neque fiet. Et nisi breviáti fuíssent dies illi, non fíeret salva omnis caro : sed propter eléctos breviabúntur dies illi. Tunc si quis vobis díxerit : Ecce, hic est Christus, aut illic : nolíte crédere. Surgent enim pseudochrísti et pseudoprophétæ, et dabunt signa magna et prodígia, ita ut in errórem inducántur (si fíeri potest) étiam elécti. Ecce, prædíxi vobis. Si ergo díxerint vobis : Ecce, in desérto est, nolíte exíre : ecce, in penetrálibus, nolíte crédere. Sicut enim fulgur exit ab Oriénte et paret usque in Occidéntem : ita erit et advéntus Fílii hóminis. Ubicúmque fúerit corpus, illic congregabúntur et áquilæ. Statim autem post tribulatiónem diérum illórum sol obscurábitur, et luna non dabit lumen suum, et stellæ cadent de cælo, et virtútes cælórum commovebúntur : et tunc parébit signum Fílii hóminis in cælo : et tunc plangent omnes tribus terræ : et vidébunt Fílium hominis veniéntem in núbibus cæli cum virtúte multa et maiestáte. Et mittet Angelos suos cum tuba et voce magna : et congregábunt electos eius a quátuor ventis, a summis cælórum usque ad términos eórum. Ab arbóre autem fici díscite parábolam : Dum iam ramus eius tener túerit et fólia nata, scitis, quia prope est æstas : ita et vos tum vidéritis hæc ómnia, scitóte, quia prope est in iánuis. Amen, dico vobis, quia nonpræteríbit generátio hæc, donec ómnia hæc fiant. Cælum et terra transíbunt, verba autem mea non præteríbunt. そのとき、イエズスは弟子らにおおせられた。預言者ダニエルがいった"荒らすもののいとわしいもの"が聖所に立つのを、あなたたちが見たら、・・・読む人はさとれ・・・そのとき、ユダヤにいる人は山に逃げよ。屋根のうえにいる人は、家のものをとり出そうとしておりてはならない。畑にいる人は、マントをとりにひきかえすな。その日、不幸なのは、みごもった女と、乳をのます女である。こういうことが冬や安息日に起って、逃げ出すことのないように祈れ。その時には、世のはじめから今までにもなく、のちにもないほどの大難難が起るだろう。その日がちぢめられないなら救われる人は一人もないが、しかしその日は、選ばれた人々のおかげで、ちぢめられるだろう。そのとき、あなたたちは、"そら、ここにキリストが!あそこにキリストが!"といわれても信じてはならない。偽キリストや偽預言者たちが起って、できるものなら選ばれた人たちをさえ迷わすほどの偉大なしるしや奇跡を見せるだろう。いま、私は、あらかじめこのことをあなたたちに知らせる。だから、ある人が、"かれは荒れ野にいる"といっても出て行ってはならない。"かかれは奥の間にいる"といっても信じてはならない。人の子の来臨は、いなずまが東から西へとひらめきわたるのに似ている。はげたかは、死骸のある所に集まってくる。これら日々の艱難がすぎると、直ちに日がくらみ、月は光を失い、星は空からおち、天の力がゆれうごくだろう。そのとき、人の子のしるしが天にあらわれる。地上の民族はみな後悔し、人の子が権力と大いなる栄光とをおびて、空の雲にのってくだるのを見るだろう。また、らっぱの高いひびきとともにつかわされた天使たちが、天のこの果てからあの果てまで、地の四方から選ばれた人たちを集めるだろう。いちじくの木から、このたとえをくみとるがよい。その枝がやわらかくなって葉が芽生えれば、もう夏は近いことがわかる。それと同じことだ。そういうことが起ったら、事はもうせまってきた。門に近づいていると知れ。まことに私はいう。それらがみな実現するまで、今の代はすぎ去らない。天地はすぎ去る、しかし私のことばはすぎ去らない。 那时候,耶稣向祂的门徒们说:“你们见了达尼尔先知所说的‘那悲惨可恶的事’临到圣地——读者注意——那时在犹太的人,该逃到山里去;在屋上的,不要下来拿家中的物件;在田里的,也不要回去拿外衣!在那些日子,怀孕和哺乳的是不幸的。你们该祈祷使你们逃走时,不遇到冬天,或安息日。因为那时,必有大灾难,从世界开始,直到那天,从未有过那样大的,后来也不会再有。这些日子若不缩短,一总人都不得保全,但为了选民的缘故,那些日子必要缩短。那时如果有人对你们说:‘看!基督在这里。’或说:‘在那里。’你们切勿相信,因为的确将有假基督、假先知出现,大显奇迹、大显奇能,倘若可能,连选民也要受到诱惑。我在这里预先告诉你们了。所以,如果有人对你们说:‘基督在旷野里。’你们不要去;或说:‘在内室。’你们不要信。正如闪电从东方发出,照到西方,将来人子降来,也是如此。尸体在哪里,老鹰也聚在哪里。    这灾难的日子一过,太阳就要昏暗,月亮要不发光,星辰要从天上落下,天地要动摇起来。那时人子的标记要在天空显出;地上各名族都要哀哭。他们看见人子,乘着天上的云,显着大能光荣地降来。祂要遣天神,用响亮的号筒,从四方,从天这边到天那边,召集祂的选民。你们可从无花果树取个比喻:一到树枝嫩了,叶子生出来了,你们就知道夏天近了。同样,你们看见了这一切事,也该知道祂近了,就在门口。我切实告诉你们:这世代尚未过去,而这些事都先要发生。天地要过去,我的话却不会过去。” 유시에 예수 그 제자들더러 이르시되 '너희들이 다니엘선지자의 이른바 멸망시키는 즈기여운 것이 거룩한 곳에 섰는 것을 보리니 읽는 자는 착심할지어다. 그때에 유데아에 있는 자는 산에로 피하며, 지붕에 있는 자는 집안에 무엇을 가지러 내려오지 말며, 들에 있는 자는 제 겉옷을 가지러 들어오지 말진저. 그때에 잉태한 이와 젖 먹이는 부인들에게 앙화로다. 너희 피난할 때가 겨울이나 혹 파공날에 당하지 아니키로 기구하라. 대저 그 때에 환난이 어떻게 심한지 그런 환난은 세상 배포할 때부터 지금까지 없었고 이후도 없으리라. 그 날수를 만일 줄이지 아니 하셨더면 한 사람도 구원함을 얻지 못할 것을 오직 간선자들을 위하사 그 날수를 줄이시리라. 그때에 누가 너희게 이르되 보라 그리스도 여기 있다 혹 저기 있다 하여도 믿지 말라. 대개 거짓 그리스도와 거짓 선지자들이 일어나 큰 괴변과 요술을 행하여 써 (만일 할 수 있으면) 간선자라도 그런데 빠지게 하리라. 나 문득 너희게 미리 고하였으니 이러므로 누가 너희게 이르되 보라 들에 있다하여도 나가지 말고, 보라 집안에 있다 하여도 믿지 말라. 대개 마치 번개가 동편에서 발하여 서편까지 비침같이 인자의 임함도 이와 같을 것이요, 어디든지 시체가 있는 곳에 독수리가 모이리라. 그때 환난이 지나매 곧 해가 어두워지고 달이 제 빛을 발치 아니하고 별이 하늘로 조차 떨어지고 하늘의 능력이 진동할 것이요, 이에 인자의 표가 하늘에 나타나매 보세 만민이 애통하다가 인자 하늘의 구름을 타고 큰 권능과 엄위로 내려옴을 보리라. 이에 천신들을 보내어 나팔의 큰 소리로써 그 간선자들을 사방에서 모으되 하늘 극변에로부터 저 극변에까지 하게 하리라. 너희는 무화과나무로써 비유를 삼으라. 그 가지가 연하여지고 잎새가 돋아나면 여름이 가까운 줄을 너희가 아나니 이와같이 너희가 이 모든 것을 보거든 인자 목전에 가까이 임한 줄을 알라. 나 진실히 너희게 이르노니 이 세대가 지나가기 전에 이 모든 것이 다 되리니 하늘과 땅은 변할지라도 내 말은 변치 않으리라.'
Credo 信経 信经 (신경 외움)
Ant. ad Offertorium. Ps. 129, 1-2. 奉献文 奉献咏(咏129:1-2) 제헌경(성영129.1,2)
De profúndis clamávi ad te, Dómine : Dómine, exáudi oratiónem meam : de profúndis clamávi ad te. Dómine. 深い淵から、主よ、私は御身に向かって叫んだ。主よ、私の声を聞き入れ給え。深い淵から、主よ、私は御身に向かって叫んだ。 上主啊!我自深渊向祢呼吁。吾主啊!求祢俯听我的祈祷。上主啊!我自深渊向祢呼吁。 주여 나 깊고 그윽한 곳에서 네게 부르짖나이다. 주여 내 소리를 굽어 들으소서. 주여 나 깊고 그윽한 곳에서 네게 부르짖나이다.
Secreta. 密誦 密祷经 묵념축문
Propítius esto, Dómine, supplicatiónibus nostris : et, pópuli tui oblatiónibus precibúsque suscéptis, ómnium nostrum ad te corda convérte ; ut, a terrenis cupiditátibus liberáti, ad cæléstia desidéria transeámus. Per Dóminum. 主よ、われらの祈願に対して憐れみ深くあり給え。御身の民の祈りと供物とが受け入れられ、われらすべての心を御身の方へと回心させ給え、そは、この世の欲望から解放され、天上を欲することへと我らが向かわんがためなり。天主として、(…)。 主,求祢显示仁慈,惠顾我们的哀恳;望祢接纳了祢子民的奉献和祈祷以后,变化我们的心归向于祢,使我们脱免了世俗的贪欲,转望天上的荣福。因我们主……。 주여 우리 간원함을 인자로이 굽어 들으사 네 백성의 제물과 기구를 받으시며 우리 마음이 네게로 향하게 하사 하여금 세속 원욕에서 구원을 받은 후에 천상 원욕에 이르게 하시되, 네 아들 우리 주 예수 그리스도를 인하여 하소서. 저 너와 성신과...
Præfatio de sanctissima Trinitate  序誦  三位一体と主日との序誦 天主圣三的颂谢引 성삼감사경
Vere dignum et iustum est, æquum et salutáre, nos tibi semper et ubíque grátias ágere : Dómine, sancte Pater, omnípotens ætérne Deus : Qui cum Unigénito Fílio tuo et Spíritu Sancto unus es Deus, unus es Dóminus : non in uníus singularitáte persónæ, sed in uníus Trinitáte substántiæ. Quod enim de tua glória, revelánte te, crédimus, hoc de Fílio tuo, hoc de Spíritu Sancto, sine discretióne sentímus. Ut, in confessióne veræ sempiternǽque Deitátis, et in persónis propríetas, et in esséntia únitas, et in maiestáte adorétur æquálitas. Quam laudant Angeli atque Archángeli, Chérubim quoque ac Séraphim, qui non cessant clamáre cotídie, una voce dicéntes : Sanctus… 主よ、聖なる父よ、全能永遠の天主よ、われらが御身に、いつもどこにても感謝を捧げるのは、実にふさわしく正しいこと、義務と救いである。御身は、御独り子と聖霊と共に、唯一の天主、唯一の主にて在す。すなわち、御身は、一の位格の単一にて在すのではなく、唯一の実体(substantia)の三位にて在す。御身の御光栄について、御身が啓示するがゆえに、われらが信じ奉ることを、聖子について、聖霊について、差別なく、われらは信じ奉る。真の永遠の天主の本性を告白するにおいて、位格における固有性が礼拝され、本質(essentia)における唯一性と、御稜威における等しさも礼拝されるためである。これを、天使らと大天使らは、智天使も熾天使も、讃美し、絶え間なく声を上げ、日々声をあわせてこう言う。聖なるかな、… 主,圣父,全能永生的天主!我们时时处处颂谢祢,实是正义而必须的,属于我们天职的,也属我们得救的。祢与祢的独子及圣神,只是一个天主,只是一个主;不是因为位是单独一个,却是因为三位同具一个性体。的确,我们所怎样依照祢的启示,相信祢享的光荣,我们无区别地也同样确认祢的圣子,也同样确认圣神共享这个光荣。因此,我们在明认圣三真实而永在的天主性上,同时论位,我们敬拜圣三的各一,论体,我们敬拜圣三的无二,论尊荣,我们敬拜圣三的均等。这圣三的尊荣,是天神们和总领天神们,普知天神们和炽爱天神们,所虔诚歌颂的;他们日复一日,永不停止同声高呼说:圣、圣、圣…… 주여, 성부여, 전능하시고 영원하신 천주여, 우리가 어디서나 항상 주께 감사하는 것이 참으로 당연하고 옳으며, 지당하고 구령에 유익하나이다. 주는 외아들과 성신과 더불어 오직 한분의 천주시요, 오직 한분의 주이시되, 한 위가 아니시고, 한 체로서 세 위시니이다. 주의 계시로 우리가 주의 영광에 대하여 믿는 바를, 성자와 성신에 대하여서도 조금도 다름이 없이 믿나이다. 그리하여 우리는 참되시고 영원하신 천주성을 찬미함에 있어, 위로서는 각 품이시요, 체로서는 하나이시요, 지존하시기는 같으심을 찬송하나이다. 천신들과 대천신들 및 케루빔과 세라핌이 이를 찬양하며, 날마다 간단없이 제창하나이다. 거룩하시다, 거룩하시다, 만군의 천주이신 주는 거룩하시나이다. 하늘과 땅에 주의 영광이 가득하나이다. 천상에 좌정하신이여 호산나, 주의 이름으로 오시는 이는 찬미받아지이다. 천상에 좌정하신이여 호산나.
Ant. ad Communionem. Marc. 11, 24. 聖体拝領誦 マルコ 11ノ24 领主咏(谷11:24) 영성체경(성말구11.24)
Amen, dico vobis, quidquid orántes pétitis, crédite, quia accipiétis, et fiet vobis. 真に私はあなたたちに言う。あなたたちが祈って願うことは何であれ、あなたたちはそれを受けるだろうと信じよ。そうすればあなたたちにそのようになるだろう。 我实在告诉你们:你们祈祷时所求的一切,相信必可得到,你们就必能得到。 나 진실히 너희게 이르노니 너희가 기구하여 구하는 바는 무엇이든지 너희가 받을줄로 믿으라, 곧 너희게 되리라.
Postcommunio. 聖体拝領後の祈 领后经 영성체후축문
Concéde nobis, quǽsumus, Dómine : ut per hæc sacraménta quæ súmpsimus, quidquid in nostra mente vitiósum est, ipsorum medicatiónis dono curétur. Per Dóminum nostrum. 主よ、願わくは、われらが受け奉ったこの秘蹟を通して、われらの心にある不徳なものをそれが何であれ、秘蹟の薬の賜物によって癒されんことを、我らに与え給え。天主として、(…)。 主,求祢开恩:使我们所领的圣事,以其回春的功效,疗愈我们的各种邪恶。因我们主……。 주여 우리가 이 성사를 영하였사오니 빌컨대 선물의 효험으로써 우리 영혼의 병을 낫게 하시되, 네 아들 우리 주 예수 그리스도를 인하여 하소서. 저 너와 성신과...

【参考リンク】

2018年11月25日は、聖霊降臨後最終主日です。聖伝のミサ(ラテン語ミサ、トリエント・ミサ)のテキストをご紹介します。 - Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

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2020年11月15日は、聖霊降臨後第二十四主日(降临后第二十四主日: 성신 강림 후 제 이십사 주일)です。聖伝のミサのラテン語と日本語・韓国語の対訳のテキストをご紹介いたします

2020年11月10日 | ミサ聖祭

2020年11月15日は、聖霊降臨後第二十四主日(降临后第二十四主日: 성신 강림 후 제 이십사 주일)です。聖伝のミサのラテン語と日本語・韓国語の対訳のテキストをご紹介いたします。

Dominica Vigesima quarta post Pentecosten 聖霊降臨後第二十四主日 성신 강림 후 제 24주일
II Classis 二級祝日  (2급) 초록색
Ant. ad Introitum. Ier. 29,11,12 et 14. 入祭文 エレミア書、29ノ11,12,14   초입경(예레미아29.11, 12, 14)
Dicit Dóminus : Ego cógito cogitatiónes pacis, et non afflictiónis : invocábitis me, et ego exáudiam vos : et redúcam captivitátem vestram de cunctis locis. 主は言い給う。私は、平和の考えを考える、苦しみの[考え]ではない。あなたたちは私を呼ぶだろう、そうすれば私はあなたたち[の祈り]を聞き入れよう。そして私はあなたたちの捕囚を全ての場所から連れ戻そう。 주 가라사대 나는 고난의 생각을 하지 않고 오직 평화의 생각을 하노라. 너희가 내게 부르짖으면 나 너희를 들어 허락하여 도처에서 사로잡힌 너희를 구원하리라 하시도다.
Ps. 84, 2. 詩篇、84ノ2  (성영84.2) 
Benedixísti, Dómine, terram tuam : avertísti captivitátem Iacob. 主よ、御身は、御身の地を祝福し給うた。御身はヤコブの俘虜を帰させ給うた。 주여 너 네 땅에 강복하시고 사로잡힌 야곱을 구원하셨나이다. 
V/.Glória Patri. V/. 願わくは聖父と・・・(栄誦)。 영광이 부와 자와...
Dicit Dóminus : Ego cógito cogitatiónes pacis, et non afflictiónis : invocábitis me, et ego exáudiam vos : et redúcam captivitátem vestram de cunctis locis. 主は言い給う。私は、平和の考えを考える、苦しみの[考え]ではない。あなたたちは私を呼ぶだろう、そうすれば私はあなたたち[の祈り]を聞き入れよう。そして私はあなたたちの捕囚を全ての場所から連れ戻そう。 주 가라사대 나는 고난의 생각을 하지 않고 오직 평화의 생각을 하노라. 너희가 내게 부르짖으면 나 너희를 들어 허락하여 도처에서 사로잡힌 너희를 구원하리라 하시도다.
Oratio. 集祷文 축문
Præsta, quǽsumus, omnípotens Deus : ut, semper rationabília meditántes, quæ tibi sunt plácita, et dictis exsequámur et factis. Per Dóminum. 全能の天主よ、願わくは、[われらが]常に理に適うことを黙想し、御身に嘉みせられることを、言葉と行いとにおいて我らが実践するを与え給え。天主として、(…)。 전능하신 천주여 간절히 비오니 우리 생각을 항상 합당한 일에 붙이게 하사 하여금 말과 행실로 네 성의에 합한 바를 행케 하시되, 네 아들 우리 주 예수 그리스도를 인하여 하소서. 저 너와 성신과 ...
Léctio Epístolæ beáti Páuli Apóstoli ad Thessalonicénses. 使徒聖パウロの、テサロニケ人への書簡の朗読 서간경
1 Thess, 1, 2-10. テサロニケ前書、1ノ2-10   (테살로니까 전서1.2-10)
Fratres : Grátias ágimus Deo semper pro ómnibus vobis, memóriam vestri faciéntes in oratiónibus nostris sine intermissióne, mémores óperis fídei vestræ, et labóris, et caritátis, et sustinéntiæ spei Dómini nostri Iesu Christi, ante Deum et Patrem nostrum : sciéntes, fratres, dilécti a Deo. electiónem vestram : quia Evangélium nostrum non fuit ad vos in sermóne tantum, sed et in virtúte, et in Spíritu Sancto, et in plenitúdine multa, sicut scitis quales fuérimus in vobis propter vos. Et vos imitatóres nostri facti estis, et Dómini, excipiéntes verbum in tribulatióne multa, cum gáudio Spíritus Sancti : ita ut facti sitis forma ómnibus credéntibus in Macedónia et in Acháia. A vobis enim diffamátus est sermo Dómini, non solum in Macedónia et in Acháia, sed et in omni loco fides vestra, quæ est ad Deum, profécta est, ita ut non sit nobis necésse quidquam loqui. Ipsi enim de nobis annúntiant, qualem intróitum habuérimus ad vos : et quómodo convérsi estis ad Deum a simulácris, servíre Deo vivo et vero, et exspectáre Fílium eius de cælis (quem suscitávit ex mórtuis) Iesum, qui erípuit nos ab ira ventúra. 兄弟たちよ、私たちは、あなたたち皆のためにたえず天主に感謝し、祈りのうちにおもい出している。常にあなたたちの信仰の働きと、愛の労苦と、主イエズス・キリストへの根気強い希望とを、私たちの天主であり父であるものの御前に思い出している。天主に愛された兄弟よ、私たちは、あなたたちが天主に選ばれたものであることを知っている。実に私たちが福音を宣教したのは、言葉だけによったのではなく、力と聖霊と全き確信とによった。また、私たちがあなたたちの中であなたたちのために、どうしたかをも知っている。そして、あなたたちは、多く患難のうちに、聖霊の喜びをもってみ言葉を受け、私たちと主にみならう者となり、こうして、マケドニアとアカヤとのすべての信者の模範となった。まことに主のみ言葉は、あなたたちの中からマケドニアとアカヤに響いただけではなく、あなたたちの天主への信仰は諸方に広まった。そこで、私たちとしては、これについて言い加える必要がない。その地の人たちは、私たちがあなたたちの中にどのようにして入ったかを、また、あなたたちが生きるまことの天主に仕えるために偶像を捨てて天主に改心したことを、そして天主が死者の中からよみがえらせたみ子、迫りくる怒りから私たちを救うイエズスが、天から来られるのを待ち望んでいることを話している。 형제들아 우리는 항상 너희 모든 이를 위하여 천주께 감사를 드리며 우리 기구중에 간단함이 없이 너희를 기념하여 우리 아비이신 천주 대전에 너희 신덕의 행실과 수고와 애덕과 우리 주 예수 그리스도에게 의탁하는 항심을 생각하노라. 천주의 사랑하시는 형제들아 우리는 너희가 간선된 것을 아노니 대저 우리 복음은 너희에게 말로 뿐 아니라 능력과 성신과 또한 많은 풍족함으로 보하여진지라. 우리가 너희 중에서 너희를 위하여 어떠하였는지는 너희가 아는 바로다. 너희는 많은 환난중에 성신의 즐거움으로써 말씀을 받아 우리와 주를 따르는자 되어 마체도니아와 아카야에 있는 모든 신자의 모범이 되었도다. 대저 주의 말씀은 너희로부터 마체도니아와 아카야에 전파되었을 뿐 아니라 또한 도처에 천주께 대한 너희 신앙이 알려졌은즉 우리는 아무것도 말할 필요 없도다. 저들 자신이 우리에게 대하여 즉 우리가 너희중에 어떻게 들어간 것과 너희가 어떻게 사신에게서 천주께로 회두하여 생활하고 참된 천주를 섬기고, 오는 분노에서 우리를 구원하신 예수, (즉 죽은자 가운데로조차 부활하신) 저의 아들이 하늘로부터 내려오시기를 기다림을 말하였도다
Graduale. Ps. 43, 8-9. 昇階誦 詩篇、43ノ8-9 층계경(성영4.8,9)
Liberásti nos, Dómine, ex affligéntibus nos : et eos, qui nos odérunt, confudísti. 主よ、御身は、私たちを苦しめる人々から私たちを解放し給うた。御身は私たちを憎む人々を恥ずかしめ給うた。 주여 너 우리를 핍박하는 자들에게서 구원하시고 우리를 미워하는 자들을 부끄럽게 하셨나이다. 
V/. In Deo laudábimur tota die, et in nómine tuo confitébimur in sǽcula. V/. 私たちは天主において一日中賛美されるだろう。そして御身の聖名において代々に私たちは告白するだろう。 우리는 종일 천주안에서 자랑하고 영원히 네 이름에 찬미를 드리리이다.
Allelúia, allelúia. V/.Ps, 129, 1-2. アレルヤ、アレルヤ。V/ 詩篇、129ノ1-2 알렐루야 알렐루야. (성영129.1,2) 
De profúndis clamávi ad te, Dómine : Dómine, exáudi oratiónem meam. Allelúia. 深い淵から、主よ、私は御身に向かって叫んだ。主よ、私の声を聞き入れ給え。アレルヤ。 주여 나 깊고 그윽한 곳에서 네게 부르짖나이다. 주여 내 소리를 굽어 들으소서. 알렐루야.
+ Sequéntia sancti Evangélii secundum Matthǽum. マテオによる聖福音の続誦 복음
Matth. 13, 31-35. マテオ 13ノ31-35  (성마두13.31-35)
In illo témpore : Dixit Iesus turbis parábolam hanc : Símile est regnum cælórum grano sinápis, quod accípiens homo seminávit in agro suo : quod mínimum quidem est ómnibus semínibus : cum autem créverit, maius est ómnibus oléribus, et fit arbor, ita ut vólucres cæli véniant et hábitent in ramis eius. Aliam parábolam locútus est eis : Símile est regnum cælórum ferménto, quod accéptum múlier abscóndit in farínæ satis tribus, donec fermentátum est totum. Hæc ómnia locútus est Iesus in parábolis ad turbas : et sine parábolis non loquebátur eis : ut implerétur quod dictum erat per Prophétam dicéntem : Apériam in parábolis os meum, eructábo abscóndita a constitutióne mundi. そのとき、イエズスは群衆にこのたとえを示して言い給うた、「天の国は、ある人がとって畠(はたけ)に蒔いた一粒の芥子種のようである。それは、どの種よりも小さいが、成長すると、どの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て、その枝に宿るほどの木にさえもなる」。ほかのたとえもお話しになった。「天の国はパン種のようである。女の人が、それをとって三斗の粉の中に入れると、全部がふくらんだ」。イエズスは、これらの話をみな群衆にたとえで話し、たとえなしにはなにもお話しにならなかった。こうして、預言者のことばは実現した。"私の口はたとえを話し、世のはじまりのときからかくされたことをいおう" 유시에 예수 그 무리들에게 이 비유를 베퍼 이르시되 '천국은 마치 사람이 겨자씨 하나를 가져 그 밭에 심음과 같으니 이는 과연 모든 씨 중에 제일 작은 것이로되 이미 자라면 모든 나물중에 제일 크고 또한 나무 같이 되어 곧 하늘의 새들이 와서 그 가지에 깃들이나니라.' 하시고, 또 다른 비유로 말씀하시되, '천국은 마치 부인이 누룩을 가져 서말 밀가루 반죽속에 섞어 다 피어 일어나도록 함 같다' 하시니라. 이 모든 사정을 비유로써 백성에게 말씀하시고 비유없이는 말씀하지 아니하사 하여금 선지자로써 이른 바를 맞게 하심이니 일렀으되, '내 입을 열어 비유하여 써 세상 배포할 때부터 감추인 것을 드러내리라 하니라'
Credo 信経 신경 외움
Ant. ad Offertorium. Ps. 129, 1-2. 奉献文 詩篇、129ノ1-2 제헌경(성영129.12)
De profúndis clamávi ad te, Dómine : Dómine, exáudi oratiónem meam : de profúndis clamávi ad te. Dómine. 深い淵から、主よ、私は御身に向かって叫んだ。主よ、私の声を聞き入れ給え。深い淵から、主よ、私は御身に向かって叫んだ。 주여 나 깊고 그윽한 곳에서 네게 부르짖나이다. 주여 내 소리를 굽어 들으소서. 주여 나 깊고 그윽한 곳에서 네게 부르짖나이다.
Secreta. 密誦 묵념축문
Hæc nos oblátio, Deus, mundet, quæsumus, et rénovet, gubérnet et prótegat. Per Dóminum. 天主よ、願わくは、この捧げものがわれらを浄め、新にし、統治し、保護せんことを。天主として(…)。 천주여 비오니 이 제물로 인하여 우리를 조찰케 하시고 새롭게 하시고 다스리시고 보호하시되, 네 아들 우리 주 예수 그리스도를 인하여 하소서. 저 너와 성신과 ...
Præfatio de sanctissima Trinitate  序誦  三位一体と主日との序誦 성삼감사경
Vere dignum et iustum est, æquum et salutáre, nos tibi semper et ubíque grátias ágere : Dómine, sancte Pater, omnípotens ætérne Deus : Qui cum Unigénito Fílio tuo et Spíritu Sancto unus es Deus, unus es Dóminus : non in uníus singularitáte persónæ, sed in uníus Trinitáte substántiæ. Quod enim de tua glória, revelánte te, crédimus, hoc de Fílio tuo, hoc de Spíritu Sancto, sine discretióne sentímus. Ut, in confessióne veræ sempiternǽque Deitátis, et in persónis propríetas, et in esséntia únitas, et in maiestáte adorétur æquálitas. Quam laudant Angeli atque Archángeli, Chérubim quoque ac Séraphim, qui non cessant clamáre cotídie, una voce dicéntes : Sanctus… 主よ、聖なる父よ、全能永遠の天主よ、われらが御身に、いつもどこにても感謝を捧げるのは、実にふさわしく正しいこと、義務と救いである。御身は、御独り子と聖霊と共に、唯一の天主、唯一の主にて在す。すなわち、御身は、一の位格の単一にて在すのではなく、唯一の実体(substantia)の三位にて在す。御身の御光栄について、御身が啓示するがゆえに、われらが信じ奉ることを、聖子について、聖霊について、差別なく、われらは信じ奉る。真の永遠の天主の本性を告白するにおいて、位格における固有性が礼拝され、本質(essentia)における唯一性と、御稜威における等しさも礼拝されるためである。これを、天使らと大天使らは、智天使も熾天使も、讃美し、絶え間なく声を上げ、日々声をあわせてこう言う。聖なるかな、… 주여, 성부여, 전능하시고 영원하신 천주여, 우리가 어디서나 항상 주께 감사하는 것이 참으로 당연하고 옳으며, 지당하고 구령에 유익하나이다. 주는 외아들과 성신과 더불어 오직 한분의 천주시요, 오직 한분의 주이시되, 한 위가 아니시고, 한 체로서 세 위시니이다. 주의 계시로 우리가 주의 영광에 대하여 믿는 바를, 성자와 성신에 대하여서도 조금도 다름이 없이 믿나이다. 그리하여 우리는 참되시고 영원하신 천주성을 찬미함에 있어, 위로서는 각 품이시요, 체로서는 하나이시요, 지존하시기는 같으심을 찬송하나이다. 천신들과 대천신들 및 케루빔과 세라핌이 이를 찬양하며, 날마다 간단없이 제창하나이다. 거룩하시다, 거룩하시다, 만군의 천주이신 주는 거룩하시나이다. 하늘과 땅에 주의 영광이 가득하나이다. 천상에 좌정하신이여 호산나, 주의 이름으로 오시는 이는 찬미받아지이다. 천상에 좌정하신이여 호산나.
Ant. ad Communionem. Marc. 11, 24. 聖体拝領誦 マルコ、11ノ24 영성체경(성말구11.24)
Amen, dico vobis, quidquid orántes pétitis, crédite, quia accipiétis, et fiet vobis. 真に私はあなたたちに言う。あなたたちが祈って願うことは何であれ、あなたたちはそれを受けるだろうと信じよ。そうすればあなたたちにそのようになるだろう。 나 진실히 너희게 이르노니 너희가 기구하여 구하는 바는 무엇이든지 너희가 받을 줄로 믿으라 곧 너희게 되리라.
Postcommunio. 聖体拝領後の祈 영성체후축문
Cæléstibus, Dómine, pasti delíciis : quǽsumus ; ut semper éadem, per quæ veráciter vívimus, appétimus. Per Dóminum. 主よ、願わくは、天の美味に養われた我らが、それによって真に生きる同じ糧をつねに望まんことを。天主として(…)。 주여 우리는 천상 환락을 누리며 비오니 우리를 참으로 생활케 하는 바를 항상 사모케 하시되 네 아들 우리 주 예수 그리스도를  인하여 하소서. 저 너와 성신과....

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2020年11月8日は、聖霊降臨後第二十三主日(降临后第二十三主日: 성신 강림 후 제 이십삼 주일)です。聖伝のミサのラテン語と日本語・中文・韓国語の対訳のテキストをご紹介いたします

2020年11月05日 | ミサ聖祭

2020年11月8日は、聖霊降臨後第二十三主日(降临后第二十三主日: 성신 강림 후 제 이십삼 주일)です。聖伝のミサのラテン語と日本語・中文・韓国語の対訳のテキストをご紹介いたします

聖霊降臨後第二十三主日(二級祝日 緑)
【ミサ聖祭】天主がわれらに対して行い給うたことを見れば、天主のみ旨こそ、平和と愛以外の何ものでもないことを知るであろう。典礼暦年の終りは近い、キリストの再臨とその審判の日も近い。われらは、十字架によって、復活をうける。
主は言い給う。「私は、平和の考えを考えるのであり、苦しみの考えではない。あなたたちは私を呼ぶだろう、そうすれば私はあなたたちの祈りを聞き入れよう。そして私はあなたたちの捕囚を全ての場所から元に連れ戻そう。」主は、まだ、裁き主ではない。平和を与える方、救い主だ。本当の平和、永遠の至福を与える方だ。
私たちは祖国(天国)に戻らねばならない。「私たちの国籍は天にあり、そこからこられる救い主イエズス・キリストを待っている。」私たちのこの地上での囚われの身から主は解放してくださる。逐謫の身である私たちは、聖父と聖母とに見えることが出来る!逐謫の時はもうすぐ終わる!天のエルサレムに戻る日は近い!「主よ、願わくは、御民の罪をゆるし給え。われらの弱さにより得た数々の罪の鎖より、御身の優しさを持って解放し給え。」「我は、肉身のよみがえり、終わりなき命を信じ奉る!」
聖パウロに倣おう。聖パウロがしばしば話し、また涙とともに訴えることを聞こう。多くの人は、キリストの十字架の敵として生活している。かれらの行先は亡びである。かれらの天主は自分の腹であり、自分の恥に誇りをおいている。かれらは、この世のことだけにしか興味をもたない。ヒューマニストたちだ。
しかし、私たちは、天主の御憐れみと御恵みにより、十字架に付けられたイエズス・キリストを愛するキリスト教信者だ、私たちは、天からこられる救い主イエズス・キリストを待っている。イエズス・キリストは、私たちの卑しい体を、光栄の体のかたどりに変えられるであろう。「我は、肉身のよみがえり、終わりなき命を信じ奉る!」
聖パウロは、私たちに呼びかけている。「私の慕い愛する兄弟たちよ!私のよろこび!私の冠よ!愛するものよ!」と。本日、書簡において、聖パウロが、キリストの十字架を愛せよとわれらにすすめるのは、キリストへの愛を増せということに他ならない。天国に至ったその時、私たちはこう歌うだろう。「主よ、御身は私たちを苦しめる人々から私たちを解放し給うた。御身は私たちを憎む人々を恥ずかしめ給うた。私たちは代々に御身の聖名に賛美するだろう!」
そうだ。キリスト教信者にとって、死は、復活への待望における眠りだ。キリストの言うとおり「ねむっているのだ」。人々はあざ笑うだろう。しかし、最後の日、イエズスがこの地上にもう一度来られて、私たちは起きあがらせる、永遠の命の為に復活させる。「我は、肉身のよみがえり、終わりなき命を信じ奉る!」〈聖福音〉

在礼仪年度末尾的两周内,圣教会邀请我们感谢祈望的情绪。天主既然为我们做了一切,祂如今许给我们平安,我们怎能怀疑祂呢?所说的平安,便是指的,将来在天由战胜罪恶所得的安定永福(进台咏)。为这个缘故,我们在世上越感觉到我们的可怜境况,我们越该以全心信任上主的眷顾。基督初次来世,是为解救世人脱于罪恶的束缚。在圣洗中,祂恩赐我们为天主的子女,及天堂的继承者。现今所需要于我们的,只有一事,便是应依照基督的表样,努力操圣化的生活,并这样常准备着,以欢迎祂于重临世界之时(书信)。到了那日,耶稣将不费吹灰之力的复活我们,一如祂过去在世时,复活了死人一样(福音)。
在现在等待的时期,耶稣是仗藉圣体来援助我们的:祂援助我们克制偏情,解脱世渊,以及培养对天上事物的热切心火。祂援助我们,务使生活于此下土宛如“天国的公民”在这窜流之地似的,同时,祂以自己的圣体养育我们,连在我们的肉身上,也寄放了将来复活的萌芽或保证。

'예수 회당 으뜸의 집에 오사 통소부는 자와 많은 이가 들렘을 보시고 이르시되 '물러들가라.여자가 죽지 아니하고 오직 잔다' 하시니 저들이 비웃더라. 무리를 물리친 후에 예수 들어가사 손을 잡으시매 여자가 일어난지라' (복음)
퉁소부는 사람들, 그들은 그들의 창조주를 '비웃는' 사람들의 '무리'를 표상한다.
그런데 우리들은 얼마나 자주 그들 사이에 끼어 비록 영신적으로는 죽은 것이지만 소위 '생'이란 것을 향락하고 있는지 모른다.
성 바오로께서도 역시 우리에게, '그들의 끝은 멸망이요' '그들의 신은 탐욕'인 '그리스도의 십자가의 원수들'을 대적하라고 경고하신다. '우리의 시민권은 천상에 있으니 우리들은 예수께 '우리의 비천한 육신을 개조하여' 주시기를 간청할 것이며 그렇게 함으로써 '주안에 굳게 서서' 우리의 형제시민들과 더불어 한 마음이 되도록 할 것이다.

Dominica Vigesima tertia post Pentecosten 聖霊降臨後第二十三主日 降临后第二十三主日 성신 강림 후 제 23주일
II Classis 二級祝日 复式【绿】  (2급) 초록색
Ant. ad Introitum. Ier. 29,11,12 et 14. 入祭文 エレミア書、29ノ11,12,14   进台咏(耶29:11-12,14) 초입경(예레미아29.11, 12, 14)
Dicit Dóminus : Ego cógito cogitatiónes pacis, et non afflictiónis : invocábitis me, et ego exáudiam vos : et redúcam captivitátem vestram de cunctis locis. 主は言い給う。私は、平和の考えを考える、苦しみの[考え]ではない。あなたたちは私を呼ぶだろう、そうすれば私はあなたたち[の祈り]を聞き入れよう。そして私はあなたたちの捕囚を全ての場所から連れ戻そう。 上主说:我所怀的计划是和平的计划,不是降灾的计划。你们必呼求我,我也必俯允你们。从你们被掳所在的各国各地,我要重行聚集你们。 주 가라사대 나는 고난의 생각을 하지 않고 오직 평화의 생각을 하노라. 너희가 내게 부르짖으면 나 너희를 들어 허락하여 도처에서 사로잡힌 너희를 구원하리라 하시도다.
Ps. 84, 2. 詩篇、84ノ2 咏84:2  (성영84.2) 
Benedixísti, Dómine, terram tuam : avertísti captivitátem Iacob. 主よ、御身は、御身の地を祝福し給うた。御身はヤコブの俘虜を帰させ給うた。 上主啊!祢已降福了祢的领域,救回了被掳的雅各伯。 주여 너 네 땅에 강복하시고 사로잡힌 야곱을 구원하셨나이다. 
V/.Glória Patri. V/. 願わくは聖父と・・・(栄誦)。 光荣归于父……。 영광이 부와 자와...
Dicit Dóminus : Ego cógito cogitatiónes pacis, et non afflictiónis : invocábitis me, et ego exáudiam vos : et redúcam captivitátem vestram de cunctis locis. 主は言い給う。私は、平和の考えを考える、苦しみの[考え]ではない。あなたたちは私を呼ぶだろう、そうすれば私はあなたたち[の祈り]を聞き入れよう。そして私はあなたたちの捕囚を全ての場所から連れ戻そう。 上主说:我所怀的计划是和平的计划,不是降灾的计划。你们必呼求我,我也必俯允你们。从你们被掳所在的各国各地,我要重行聚集你们。 주 가라사대 나는 고난의 생각을 하지 않고 오직 평화의 생각을 하노라. 너희가 내게 부르짖으면 나 너희를 들어 허락하여 도처에서 사로잡힌 너희를 구원하리라 하시도다.
Oratio. 集祷文 集祷经 축문
Absólve, quǽsumus, Dómine, tuórum delícta populórum : ut a peccatórum néxibus, quæ pro nostra fragilitáte contráximus, tua benignitáte liberémur. Per Dóminum nostrum. 主よ、願わくは、御身の民の罪を赦し給え。われらの弱さにより身に付けた数々の罪の鎖から、御身の優しさにより我らが解放されんことを。天主として、(…)。 主,求祢宽恕祢子民的罪过:使我们信赖祢的仁慈,从我们因昏弱所招致罪恶的羁绊中解放出来。因我们主……。 주여 비오니 네 백성의 죄를 풀어주사 우리로 하여금 연약함을 받은 죄의 질곡에서 네 인자하심으로 구원을 받게 하시되, 네 아들 우리 주 예수 그리스도를 인하여 하소서. 저 너와 성신과... 
Léctio Epístolæ beáti Pauli Apóstoli ad Philippénses. 使徒聖パウロの、フィリッピ人への書簡の朗読。 书信 서간경
Philipp. 3, 17-21 : 4, 1-3. フィリッピ、3ノ17-21, 4ノ1-3 (斐3:17-21;4:1-3) (필립피서3.17-21,4.1-3)
Fratres : Imitatóres mei estóte, et observáte eos, qui ita ámbulant, sicut habétis formam nostram. Multi enim ámbulant, quos sæpe dicébam vobis (nunc autem et flens dico) inimícos Crucis Christi : quorum finis intéritus : quorum Deus venter est : et glória in confusióne ipsórum, qui terréna sápiunt. Nostra autem conversátio in cælis est : unde etiam Salvatórem exspectámus, Dóminum nostrum Iesum Christum, qui reformábit corpus humilitátis nostræ, configurátum córpori claritátis suæ, secúndum operatiónem, qua étiam possit subícere sibi ómnia. Itaque, fratres mei caríssimi et desideratíssimi, gáudium meum et coróna mea : sic state in Dómino, caríssimi. Evódiam rogo et Sýntychen déprecor idípsum sápere in Dómino. Etiam rogo et te, germáne compar, ádiuva illas, quæ mecum laboravérunt in Evangélio cum Cleménte et céteris adiutóribus meis, quorum nómina sunt in libro vitæ. 兄弟たちよ、私に倣う者たちであれ。あなたたちの模範である私たちにしたがって生活している人々を見よ。私がしばしばはなし、いままた涙とともに訴えることであるが、多くの人は、キリストの十字架の敵として生活している。かれらの行先は亡びである。かれらの天主は自分の腹であり、自分の恥に誇りをおいている。かれらは、この世のことだけにしか興味をもたない。しかし、私たちの国籍は天にあり、そこからこられる救い主イエズス・キリストを待っている。かれは、万物を支配下に置く力によって、私たちの卑しい体を、光栄の体のかたどりに変えられるであろう。そこで、私の慕い愛する兄弟たちよ、私のよろこびと冠なる者よ、愛するものよ、主において固く立て。私は、エヴォディアに勧め、シンティケに勧める。主において仲よく生きよ。私のまことの仲間であるシジゴスに頼む。かの女たちを助けよ。いのちの書に名をしるされているクレメンス、その他の協力者と同様に、かの女たちも、福音のために私とともに戦った人々だからである。 弟兄们:请你们效法我,谨慎观察那些依照我们向你们所表示的榜样而行的人。我多次告诉过你们,现在重新含泪告诉你们:有许多人在行为上显出是基督十字架的仇敌。这些人的结局必是灭亡,因为他们以自己的肚腹为神,以羞辱的事为荣,仅仅挂念世上的事物。我们的本乡是天堂,从那里,我们等待我们的救主、我们主耶稣基督降临,祂要按着使万物屈服于自己权下的能力,变化我们卑贱的身体,使它与祂光荣的圣体相似。我最亲爱、最惦念的弟兄们,你们就是我的喜乐,我的荣冠;我最亲爱的,你们要靠着主屹立不摇。我恳切地嘱咐厄奥第,也嘱咐孙第谷,要在主内彼此和睦。你、我忠实的同伴,援助她们吧。她们协助了我宣传福音,如同格肋孟和别的合作者一样,这些人的名字都列在生命册上了。 형제들아 나를 따르는 자 되며 또한 너희게 있는 우리 표양대로 행하는 자들을 바라볼지어다. 대저 나 너희게 가끔 말하였고 (또 지금 울며 말하거니와) 그리스도의 십자가의 원수로 다니는이가 많으니 저들의 끝은 멸망이요 저들의 천주는 저들의 배요 저들의 영광은 저들의 망신인지라 저들은 세속사물을 생각하느니라. 그러나 우리 행동은 천상에 있느니 저리로조차 구세주이신 우리 주 예수 그리스도의 임하시기를 기다리는도다. 저는 만물을 능히 당신께 복종시킬만한 능력으로써 우리 비천한 육신을 개조하사 당신 영화로운 육신과 같이 하시리로다. 그러므로 나의 기쁨이요 나의 화관이요 나의 지극히 사랑하고 사모하는 형제들아 나의 사랑하온 이들아 주 안에 굳이 서 있을지어다. 나 에보디아에게 빌며 신디케에게 간청하노니 한 마음이 될지어다. 또한 나의 진실한 동업자인 네게도 비나니 나와 글레멘스와 다른 우리 동업자들과 한가지로 복음을 위하여 노력한 저들을 도와줄지니 저들의 이름은 생명의 서책에 기록되었느니라.
Graduale. Ps. 43, 8-9. 昇階誦 詩篇、43ノ8-9 台阶咏(咏43:8-9) 층계경(성영4.8,9)
Liberásti nos, Dómine, ex affligéntibus nos : et eos, qui nos odérunt, confudísti. 主よ、御身は、私たちを苦しめる人々から私たちを解放し給うた。御身は私たちを憎む人々を恥ずかしめ給うた。 主啊!祢曾救我们脱离我们的仇人,使忌恨我们的,蒙受羞辱。 주여 너 우리를 핍박하는 자들에게서 구원하시고 우리를 미워하는 자들을 부끄럽게 하셨나이다. 
V/. In Deo laudábimur tota die, et in nómine tuo confitébimur in sǽcula. V/. 私たちは天主において一日中賛美されるだろう。そして御身の聖名において代々に私たちは告白するだろう。 我们整日以天主自豪,时时颂扬祂的圣名。 우리는 종일 천주안에서 자랑하고 영원히 네 이름에 찬미를 드리리이다.
Allelúia, allelúia. V/.Ps, 129, 1-2. アレルヤ、アレルヤ。V/ 詩篇、129ノ1-2 阿肋路亚。阿肋路亚!(咏129:1-2) 알렐루야 알렐루야. (성영129.1,2) 
De profúndis clamávi ad te, Dómine : Dómine, exáudi oratiónem meam. Allelúia. 深い淵から、主よ、私は御身に向かって叫んだ。主よ、私の声を聞き入れ給え。アレルヤ。 上主啊!我自深渊向祢呼吁。吾主啊!求祢俯听我的祈祷。阿肋路亚。 주여 나 깊고 그윽한 곳에서 네게 부르짖나이다. 주여 내 소리를 굽어 들으소서. 알렐루야.
+ Sequéntia sancti Evangélii secúndum Matthǽum. マテオによる聖福音の続誦。 福音 복음
Matth. 9, 18-26. マテオ、9ノ18-25 (玛9:18-26) (성마두9.18-26)
In illo témpore : Loquénte Iesu ad turbas, ecce, princeps unus accéssit et adorábat eum, dicens : Dómine, fília mea modo defúncta est : sed veni, impóne manum tuam super eam, et vivet. Et surgens Iesus sequebátur eum et discípuli eius. Et ecce múlier, quæ sánguinis fluxum patiebátur duódecim annis, accéssit retro et tétigit fímbriam vestiménti eius. Dicébat enim intra se : Si tetígero tantum vestiméntum eius, salva ero. At Iesus convérsus et videns eam, dixit : Confíde, fília, fides tua te salvam fecit. Et salva facta est múlier ex illa hora. Et cum venísset Iesus in domum príncipis, et vidísset tibícines et turbam tumultuántem, dicebat : Recédite : non est enim mórtua puélla, sed dormit. Et deridébant eum. Et cum eiécta esset turba, intrávit et ténuit manum eius. Et surréxit puella. Et éxiit fama hæc in univérsam terram illam. その時、こう話しておいでになると、一人の司が近よってひれ伏し、「私の娘が、いま死にました。ですが、あの子のうえに、あなたの手をのべにおいでくだされば、あの子は、生きかえりましょう」といった。イエズスは立ちあがって、弟子たちをつれて司についていかれた。すると、十二年前から出血症をわずらっていた女が、イエズスのうしろから近づいて、そのお服の房にふれた。そのお服にふれただけで、私はなおるにちがいない、と心にいいきかせていたからである。イエズスは、ふりかえって、かの女を見て、「娘よ、信頼せよ。あなたの信仰があなたを救った」とおおせられた。女は、このときいやされた。さて、司の家についたイエズスが、笛吹きと、さわぐ人々とをみて、「みなさがれ。娘は死んではいない、ねむっているのだ」と、おおせられると、人々はあざ笑った。群衆を追い出してから、イエズスがはいって、娘の手をおとりになると、娘は起きあがった。この噂は、その地方一帯にひろまった。 那时候,当耶稣向群众讲话时,有一会堂长到祂跟前来,朝拜祂,说:“我的女儿方才死了,但请祢来,把祢的手放在她身上,她就会活。”耶稣就起来,同了门徒跟他前去。适有一个妇人,患了血漏病已经十二年,她走到耶稣背后,摸祂的外衣的边缘;因为她心中说:“只要我摸到祂的外衣,我就会痊愈的。”耶稣转过身来,看见她说:“女儿!信任吧!你的信德救了你。”就在那时刻,妇人痊愈了。耶稣到了会堂长家里,看见了吹笛的和嘈杂的群众,就说:“退去吧!女孩没有死,她睡着了。”他们就嗤笑祂。群众被驱出之后,祂就进去,一拉女孩子的手,女孩就起来了。这消息传遍了全境。 유시에 예수 많은 사람들에게 말씀하실때에 문득 한 회당 으뜸이 나아와 예수께 절하며 이르되 '주여 내 딸이 금방 죽었사오나 그러나 오사 당신 손으로 저를 덮어주소서. 곧 살아나겠나이다.' 예수 일어나 저를 따라 가실새, 그 문제들도 따라가더니 문득 십이년 동안에 하혈하는 부인 하나이 뒤로 나아와 그 옷단을 만지니 대개 자기 속으로 이르되 나 비록 그 옷단만 만져도 나으리라 함이러라. 예수 돌이키사 저를 보시고 이르시되 '딸아 안심하라.네 신덕이 너를 낫게 하였다' 하시니 부인이 그시로부터 나으니라 예수 회당 으뜸의 집에 오사 퉁소부는 자와 및 많은 이가 들렘을 보시고 이르시되, '물러들가라 여자가 죽지 아니하고 오직 잔다' 하시니 저들이 비웃더라. 무리를 물리친 후에 예수 들어가사 그 손을 잡으시매 여자가 일어난지라, 이 소문이 그 온지경에 전파하니라. 
Credo 信経 信经 신경 외움
Ant. ad Offertorium. Ps. 129, 1-2. 奉献文 詩篇、129ノ1-2 奉献咏(咏129:1-2) 제헌경(성영129.12)
De profúndis clamávi ad te, Dómine : Dómine, exáudi oratiónem meam : de profúndis clamávi ad te. Dómine. 深い淵から、主よ、私は御身に向かって叫んだ。主よ、私の声を聞き入れ給え。深い淵から、主よ、私は御身に向かって叫んだ。 上主啊!我自深渊向祢呼吁。吾主啊!求祢俯听我的祈祷。上主啊!我自深渊向祢呼吁。 주여 나 깊고 그윽한 곳에서 네게 부르짖나이다. 주여 내 소리를 굽어 들으소서. 주여 나 깊고 그윽한 곳에서 네게 부르짖나이다.
Secreta. 密誦 密祷经 묵념축문
Pro nostræ servitútis augménto sacrifícium tibi, Dómine, laudis offérimus : ut, quod imméritis contulísti, propítius exsequáris. Per Dóminum nostrum. 主よ、我らの服従の増加のために、われらは御身に讃美のいけにえをささげ奉る。そは、御身が功徳無き我らになさり給いしことを、御身が憐れみ深く完うし給わんためなり。天主として、(…)。 主,我们献上这赞颂之祭,为增进我们为祢服务的精神;望祢对祢在无功受惠的我们身上所开始了的,惠然予以完成。因我们主……。 주여 우리가 우리 봉사를 완전케 하기 위하여 이 찬미의 제사를 드리오니 우리 공로 없이 너 허락하신 바를 또한 은혜로이 완성케 하시되, 네 아들 우리 주 예수 그리스도를 인하여 하소서. 저 너와 성신과...
Præfatio de sanctissima Trinitate  序誦  三位一体と主日との序誦 天主圣三的颂谢引 성삼감사경
Vere dignum et iustum est, æquum et salutáre, nos tibi semper et ubíque grátias ágere : Dómine, sancte Pater, omnípotens ætérne Deus : Qui cum Unigénito Fílio tuo et Spíritu Sancto unus es Deus, unus es Dóminus : non in uníus singularitáte persónæ, sed in uníus Trinitáte substántiæ. Quod enim de tua glória, revelánte te, crédimus, hoc de Fílio tuo, hoc de Spíritu Sancto, sine discretióne sentímus. Ut, in confessióne veræ sempiternǽque Deitátis, et in persónis propríetas, et in esséntia únitas, et in maiestáte adorétur æquálitas. Quam laudant Angeli atque Archángeli, Chérubim quoque ac Séraphim, qui non cessant clamáre cotídie, una voce dicéntes : Sanctus… 主よ、聖なる父よ、全能永遠の天主よ、われらが御身に、いつもどこにても感謝を捧げるのは、実にふさわしく正しいこと、義務と救いである。御身は、御独り子と聖霊と共に、唯一の天主、唯一の主にて在す。すなわち、御身は、一の位格の単一にて在すのではなく、唯一の実体(substantia)の三位にて在す。御身の御光栄について、御身が啓示するがゆえに、われらが信じ奉ることを、聖子について、聖霊について、差別なく、われらは信じ奉る。真の永遠の天主の本性を告白するにおいて、位格における固有性が礼拝され、本質(essentia)における唯一性と、御稜威における等しさも礼拝されるためである。これを、天使らと大天使らは、智天使も熾天使も、讃美し、絶え間なく声を上げ、日々声をあわせてこう言う。聖なるかな、… 主,圣父,全能永生的天主!我们时时处处颂谢祢,实是正义而必须的,属于我们天职的,也属我们得救的。祢与祢的独子及圣神,只是一个天主,只是一个主;不是因为位是单独一个,却是因为三位同具一个性体。的确,我们所怎样依照祢的启示,相信祢享的光荣,我们无区别地也同样确认祢的圣子,也同样确认圣神共享这个光荣。因此,我们在明认圣三真实而永在的天主性上,同时论位,我们敬拜圣三的各一,论体,我们敬拜圣三的无二,论尊荣,我们敬拜圣三的均等。这圣三的尊荣,是天神们和总领天神们,普知天神们和炽爱天神们,所虔诚歌颂的;他们日复一日,永不停止同声高呼说:圣、圣、圣…… 주여, 성부여, 전능하시고 영원하신 천주여, 우리가 어디서나 항상 주께 감사하는 것이 참으로 당연하고 옳으며, 지당하고 구령에 유익하나이다. 주는 외아들과 성신과 더불어 오직 한분의 천주시요, 오직 한분의 주이시되, 한 위가 아니시고, 한 체로서 세 위시니이다. 주의 계시로 우리가 주의 영광에 대하여 믿는 바를, 성자와 성신에 대하여서도 조금도 다름이 없이 믿나이다. 그리하여 우리는 참되시고 영원하신 천주성을 찬미함에 있어, 위로서는 각 품이시요, 체로서는 하나이시요, 지존하시기는 같으심을 찬송하나이다. 천신들과 대천신들 및 케루빔과 세라핌이 이를 찬양하며, 날마다 간단없이 제창하나이다. 거룩하시다, 거룩하시다, 만군의 천주이신 주는 거룩하시나이다. 하늘과 땅에 주의 영광이 가득하나이다. 천상에 좌정하신이여 호산나, 주의 이름으로 오시는 이는 찬미받아지이다. 천상에 좌정하신이여 호산나.
Ant. ad Communionem. Marc. 11, 24. 聖体拝領誦 マルコ、11ノ24 领主咏(谷11:24) 영성체경(성말구11.24)
Amen, dico vobis, quidquid orántes pétitis, crédite, quia accipiétis, et fiet vobis. 真に私はあなたたちに言う。あなたたちが祈って願うことは何であれ、あなたたちはそれを受けるだろうと信じよ。そうすればあなたたちにそのようになるだろう。 我实在告诉你们:你们祈祷时所求的一切,相信必可得到,你们就必能得到。 나 진실히 너희게 이르노니 너희가 기구하여 구하는 바는 무엇이든지 너희가 받을 줄로 믿으라 곧 너희게 되리라.
Postcommunio. 聖体拝領後の祈 领后经 영성체후축문
Quǽsumus, omnípotens Deus : ut, quos divína tríbuis participatióne gaudére, humánis non sinas subiacére perículis. Per Dóminum. 全能の天主よ、願わくは、天主[の玄義(=御聖体)]に与るにより喜ぶを御身が与え給う者たちをして、人間的な危険に陥ることを許し給わざらんことを。天主として、(…)。 全能的天主,祢既恩赐我们分享祢神圣的喜乐,求祢勿许我们陷于世人的危害。因我们主……。 전능하신 천주여 비오니 너 신성한 비사에 즐겁게 참예케 하신자들로 하여금 세속 위험에 지지 않게 하시되, 네 아들 우리 주 예수 그리스도를 인하여 하소서. 저 너와 성신과...

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2019年11月17日:聖霊降臨後第二十三の主日の聖伝のミサのラテン語・日本語の対訳テキストをご紹介いたします - Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

 



 

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11月2日、全ての死せる信者の記念日(追思已亡 추사이망)聖伝のミサのラテン語・日本語・中文の対訳:第三ミサのテキストをご紹介いたします

2020年11月04日 | ミサ聖祭

11月2日、全ての死せる信者の記念日(追思已亡 추사이망)聖伝のミサのラテン語・日本語・中文の対訳:第三ミサのテキストをご紹介いたします

十一月二日 全ての死せる信者の記念 第三ミサ

IN COMMEMORATIONE OMNIUM FIDELIUM DEFUNCTORUM 全ての死せる信者の記念(第三ミサ) 追思已亡 第三台弥撒
Feria I classis 一級平日 黒 一等复式【黑】
Ant. ad Introitum. 4 Esdr. 2, 34 et 35 入祭文 エズラ第四2:34-35 进台咏(厄四2:34-35)
Réquiem ætérnam dona eis, Dómine : et lux perpetua lúceat eis. 主よ、永遠の休息を彼らに与え給え。絶えざる光が彼らに光らんことを。 主啊!求祢赐与他们永远的安息,并以祢的永光照耀他们。
Ps. 64, 2-3 詩篇 64ノ2-3 咏64:2-3
Te decet hymnus, Deus, in Sion, et tibi reddétur votum in Ierúsalem : exáudi oratiónem meam, ad te omnis caro véniet. 天主よ、シオンにおいて、御身に賛歌がふさわしい。エルザレムにおいて、御身に祈願をささげることが[ふさわしい]。私の祈りを聞き入れ給え。御身に全ての肉[人間]行くだろう。 天主啊!熙雍的人都要称扬祢;所许的愿,也要在耶路撒冷向祢偿还。俯听我祈祷的主啊!凡有血气的,都要来接近祢。
Réquiem ætérnam dona eis, Dómine : et lux perpetua lúceat eis. 主よ、永遠の休息を彼らに与え給え。絶えざる光が彼らに光らんことを。 主啊!求祢……。
Oratio 集祷文 集祷经
Deus, véniæ largítor, et humánæ salútis amátor : quǽsumus cleméntiam tuam ; ut ánimas famulórum famularúmque tuárum, quæ ex hoc sǽculo transiérunt, beáta María semper Vírgine intercedénte cum ómnibus Sanctis tuis, ad perpétuæ beatitúdinis consórtium perveníre concédas. 天主よ、赦しを与える方にして人類の救いを愛する方よ、われらは、御身の慈悲を願い奉る、願わくは、この世を去った、御身のしもべとはしためとの霊魂らを、終生童貞なる聖マリアと全ての諸聖人のとりつぎにより、永遠の幸福の列に到達するを給わんことを。天主として…。 天主,祢是普施宽宥、喜爱人们获救的,我们求祢大发慈悲:使已逝世的祢诸仆婢的灵魂,赖着卒世童贞圣母玛利亚以及诸圣的转达,得偕同他们共享永福。因我们主……。
Léctio libri Apocalýpsis beáti Ioánnis Apostóli. 使徒聖ヨハネの黙示録の朗読 书信
Apoc. 14, 13. 黙示録 14ノ13 (默14:13)
In diébus illis : Audívi vocem de cælo, dicéntem mihi : Scribe : Beáti mórtui, qui in Dómino moriúntur. Amodo iam dicit Spíritus, ut requiéscant a labóribus suis ópera enim illórum sequúntur illos. その時、私は私は天から声を聞いた。それは私にこう言った「書け、〈主において死ぬ死者たちは幸いである〉。そのとおりとすでに霊も言われる。彼らはその労苦を休む。実に、彼らの業(わざ)は彼らに従う」と。 那时、我听见从天上有声音说:“写下来:死在主怀中的人是有福的。圣神说:是的、他们以前辛劳了,今后让他们休息吧:因为他们的功劳永远不离开他们。”
Graduale. 4 Esdr. 2, 34 et 35 昇階誦 台阶咏(厄四2:34-35)
Réquiem ætérnam dona eis, Dómime : et lux perpétua lúceat eis. 主よ、永遠の休息を彼らに与え給え。絶えざる光が彼らに光らんことを。 主啊!求祢赐与他们永远的安息,并以祢的永光照耀他们。
V/. Ps 111, 7 In memória ætérna erit iustus : ab auđitióne mala non timébit. V/. 詩篇、111ノ7. 義人は永遠の記憶のうちにあるだろう、彼は悪しき[宣告]を聞くことをおそれないだろう。 连唱咏
Tractus. 詠誦 主啊!求祢赦免已亡诸信者的灵魂、脱离他们罪过的一切羁绊。
Absólve, Dómine, ánimas ómnium fidelium defunctórum ab omni vínculo delictórum. 主よ、死んだ信者すべての霊魂らを、全ての罪の鎖から解き放ち給え。 望他们赖祢圣宠的助佑、能脱免复仇的审判,
V/. Et grátia tua illis succurrénte mereántur evádere iudícium ultiónis. V/. また、御身の恩寵が彼らを助け、最後の裁きから逃れるに値せんことを。 并获享永光的幸福。
V/. Et lucis ætérnæ beatitúdine pérfrui. V/. そして永遠の光明の幸福を味わんことを。
Sequentia 続誦 (ディエス・イレ) 继抒咏
Dies iræ, dies illa, 怒りの日である、かの日、 依照达味与女先知,
Solvet sæclum in favílla : ダヴィドとシビッラとの[予言の]証言によれば、 预告世界将归烬灰,
Teste David cum Sibýlla. この世が灰に帰すだろう。 那天真是主震怒的日期!
Quantus tremor est futúrus, 恐怖はいかばかりであろうか 审判大主降临之时,
Quando iudex est ventúrus, すべてを厳格に糺(ただ)すために 追问一切清算无遗,
Cuncta stricte discussúrus. 審判者が来給うとき。 我心我灵将颤栗无比。
Tuba mirum spargens sonum ラッパが不思議な響きを撒き散らし 号筒响遍四方八极,
Per sepúlcra regiónum, 各地域の墓らを通して 死过众生起自墓穴,
Coget omnes ante thronum. 全て[人類]を玉座の前に集めるだろう。 向判主座前都来聚集。
Mors stupébit et natúra,  死と自然界とはおどろくだろう、 善者恶者都要复生,
Cum resúrget creatúra,  被造物[の人間]が、よみがえるだろう時、 前往判主答复鞫讯,
Iudicánti responsúra. 審判者に答えるために。 死与体质将不胜怖惊!
Liber scriptus proferétur,  書き記された本がもち出されるだろう、 那时展开案卷巨册,
In quo totum continétur,  そこにはすべてが[書かれ]収められているだろう、 其中纪录详细明白,
Unde mundus iudicétur. そこから、この世は裁かれるだろう。 全关审判普世的事迹。
Iudex ergo cum sedébit.  審判者が[審きの座に]座るだろうとき、 判主在座秋毫明察,
Quidquid latet apparébit :  隠れていることはことごとく明るみに出るだろう、 一切隐密显露透骨,
Nil inúltum remanébit. 裁かれずに残るものは何もないだろう。 断无一罪能逃脱谴罚。
Quid sum miser tunc dictúrus ?  そのとき、憐れな私は何を言おうか。 那时义者也难安心,
Quem patrónum rogatúrus,  どんな弁護者に頼もうか。 嗟我罪人何可诉陈,
Cum vix iustus sit secúrus ? 義人さえも、ほとんど安全ではないのに。 将呼何人作我的护身?
Rex treméndæ maiestátis,  畏るべき御稜威(みいつ)の王よ、 祢是赫赫威严君王,
Qui salvándos salvas gratis,  御身は救われるべき者らを無償で救い給う 凡蒙救者由祢恩赏,
Salva me, fons pietátis. 優しさの泉よ、私を救い給え。 仁慈之源请救我勿忘。
Recordáre, Iesu pie,  優しきイエズスよ、記憶し給え、 至慈耶稣求祢记忆,
Quod sum causa tuæ viæ :  御身の[地上での]御生涯の理由はこの私だったことを。 为着救我曾来犹国,
Ne me perdas illa die. かの日に、私を失い給うな。 切勿在那日把我殄灭。
Quærens me, sedésti lassus :  私をさがし求め、御身は疲れて座られた。 主为觅我奔走碌碌,
Redemísti crucem passus :  十字架を苦しみ、御身は[私を]贖い給うた。 被钉苦架把我救赎,
Tantus labor non sit cassus. かくも大いなる労苦が、空しくならんことを。 望此苦楚切勿无结局。
Iuste iudex ultiónis,  罰を与える正義なる審判者よ、 主的判决公正不偏,
Donum fac remissiónis   赦しの賜物をなし給え、 求祢容我清算日前,
Ante diem ratiónis. 報告の日の前に。 蒙受洪恩而恕免罪愆。
Ingemísco, tamquam reus :  私は、被告として嘆く、 我如罪犯挥泪忧惔,
Culpa rubet vultus meus :  私の顔は、罪で[恥じて]赤くなる、 因着罪愆满面羞惭,
supplicánti parce, Deus.  天主よ、請い願う私を容赦し給え。 恳求祢宽恕我的不堪。
Qui Maríam absolvísti,  御身は[マグダラの]マリアを赦し給うた、 玛达肋纳偕同右盗,
Et latrónem exaudísti,  [善い]盗賊の願いを聞き入れ給うた、 得祢宽恕与祢和好,
Mihi quoque spem dedísti. 私にも、希望を与え給うた。 勿使我失却祢的依靠。
Preces meæ non sunt dignæ :  私の祈りは、価値のないものである、 我的祈祷实属不堪,
Sed tu bonus fac benigne,  しかし、良き御身は優しく行い給え、 仗祢仁慈邀祢容涵,
Ne perénni cremer igne. 私が永遠の火に焼かれないように。 请救我于永火的难关。
Inter oves locum præsta,  羊らの中に場所を与え給え、 绵羊群内请给我位,
Et ab hædis me sequéstra,  牡山羊らから私を引き離し給え、 从山羊中把我引退,
Státuens in parte dextra. 御右に置き給え。 请将我置于祢的右队。
Confutátis maledictis,  罰を受けた呪われた者どもが、 祢使恶群惭愧慑服,
Flammis ácribus addíctis :  激しい火の中に加えられる時、 又把他们投诸永狱,
Voca me cum benedictis. 祝福された者らとともに私を呼び給え。 请招我享善人的永福。
Oro supplex et acclínis,  私はひれ伏して懇願し奉る、 向祢哀恳伏地战栗,
Cor contrítum quasi cinis :  心は灰のように砕かれた、 因着痛悔我心碎裂,
Gere curam mei finis. 私の最期の世話をなし給え。 求祢垂顾于我的末日。
Lacrimósa dies illa,  かの日は、涙の日、 罪犯复活起自土尘,
Qua resúrget ex favílla.  その日、塵からよみがえるは 应受审判到主法庭,
Iudicándus homo reus : 裁かれるべき被告なる人間。 真是悲惨日期的临身。
Huic ergo parce Deus :  だから天主よ、彼を容赦し給え、 吾主耶稣仁慈无匹,
Pie Iesu Dómine,  主よ、優しきイエズスよ、 请给罪犯宽恕怜恤,
Dona eis réquiem. Amen. 彼らに安息を与え給え。アメン。 并求祢赐与他们安息。阿们。
+ Sequéntia sancti Evangélii secundum Joánnem. ヨハネによる聖福音の続誦 福音
Ioann. 6, 51-55 ヨハネ 6ノ51-55 (若6:51-55)
In illo tempore : Dixit Iesus turbis iudæórum : Ego sum panis vivus, qui de cælo descéndi. Si quis manducáverit ex hóc pane, vivet in ætérnum : et panis, quem ego dabo, caro mea est pro mundi vita. Litigábant ergo Iudæi ad ínvicem, dicentes : Quómodo potest hic nobis carnem suam dare ad manducándum ? Dixit ergo eis Iesus : Amen, amen dico vobis : nisi manducaveritis carnem Fílii hóminis, et biberitis eius sánguinem, non habebitis vitam in vobis. Qui mandúcat meam carnem et bibit meum sánguinem habet vitam ætérnam : et ego resuscitábo eum in novíssimo die. そのとき、イエズスはユダヤ人の群集に仰せられた。天からくだった生きるパンは私であって、このパンを食べる人は永遠に生きる。そして私の与えるパンは、世の命のためにわたされる私の肉である」。そこでユダヤ人たちは、「この人は、どのようにして、自分の肉を私たちに食べさせるのだろう」とたがいに議論しあった。イエズスは、「まことにまことに、私はいう。人の子の肉を食べず、その血をのまなければ、あなたたちの中には命がない。私の肉を食べ、私の血をのむ人は永遠の命を有し、終りの日にはその人々を私は復活させる。私の肉はまことの食物であり、私の血はまことの飲み物であるから、 那时候,耶稣向犹太群众说:“我是自天而降的活粮;谁吃了这粮食,将永远活着。我要给的粮食,就是我的肉,作为世界的生命。”于是犹太人彼此争论说:“这人怎能将自己的肉给我们吃?”耶稣对他们说:“我切切实实告诉你们:你们若不吃‘人子’的肉,不喝祂的血,在你们内没有生命。谁吃我的肉,喝我的血,就有永生,我在末日要叫他复活。
Ant. ad Offertorium. 奉献文 奉献咏
Dómine Iesu Christe, Rex glóriæ, libera ánimas ómnium fidelium defunctórum de pænis inférni et de profúndo lacu : libera eas de ore leónis, ne absórbeat eas tártarus, ne cadant in obscúrum : sed sígnifer sanctus Míchaël repræséntet eas in lucem sanctam : 主イエズス・キリスト、光栄の王よ、全ての死んだ信者の霊魂らを、地獄の罰と深い池とから救い出し給え、獅子の口から彼らを解き放ち給え。願わくは[地獄の]深淵が彼らを飲み込まず、暗闇に倒れぬことを。旗手聖ミカエルが、彼らを聖なる光に導かんことを。 主耶稣基督、荣光的君王,求祢救拔已亡诸信者的灵魂,脱免阴府的刑罚与深渊的极处。求祢拯救他们脱离猛狮的口;求祢不容深坑吞灭他们,并不容他们陷落于幽暗的处所。但望祢的总领天神圣弥额尔、引导他们入于至圣的光明之中。
* Quam olim Abrahæ promisisti, et sémini eius. * 御身が、その昔、アブラハムとその子孫とに約束し給うたその光に。 这光明是祢昔时许给了亚巴郎和他之子孙的。
V/. Hóstias et preces tibi, Dómine, laudis offérimus : tu súscipe pro animábus illis, quarum hódie memóriam fácimus : fac eas, Dómine, de morte transíre ad vitam. V/. 主よ、賛美のいけにえと祈りとを、われらは御身に捧げ奉る。本日我らがその記念をする霊魂らのために、これを受け入れ給え。主よ、彼らを死から生命へと移し給え。 主啊!求祢把我们为赞颂祢所呈奉的祈祷与祭献,惠然收纳,为使我们今天所纪念的灵魂,由死亡而迁入于生命。
* Quam olim Abrahæ promisísti et sémini eius. * 御身が、その昔、アブラハムとその子孫とに約束し給うたその生命に。 这生命是祢昔时许给了亚巴郎和他之子孙的。
Secreta. 密誦 密祷经
Deus, cuius misericórdiae non est númerus, súscipe propítius preces humilitátis nostræ : et animábus ómium fidélium defunctórum, quibus tui nóminis dedísti confessiónem, per hæc sacraménta salútis nostræ, cunctórum remissiónem tríbue peccatórum. 天主よ、御身の憐みは無数なり。われらの謙遜の祈りを憐んで受け入れ給え。全ての死せる信者の霊魂らに、御身の御名を告白[する恵み]を御身は与え給うた。その彼らに、我らの救いのこの神秘を通して、各々の罪のゆるしを与え給え。天主として…。 天主,祢的仁慈是无限无量的,求祢惠然接受我们谦卑的祈祷,使已亡诸信者的灵魂既曾得信仰祢名的特恩,现今能赖这个救赎之祭、获得诸罪的赦免。因我们主……。
Præfatio defunctorum. 死者の序誦 为亡者的颂谢引
Vere dignum et iustum est, æquum et salutáre, nos tibi semper et ubíque grátias ágere : Dómine, sancte Pater, omnípotens ætérne Deus : per Christum Dóminum nostrum. In quo nobis spes beátæ resurrectiónis effúlsit, ut quos constrístat certa moriéndi condítio, eósdem consolétur futúræ immortalitátis promíssio. Tuis enim fidélibus, Dómine, vita mutátur non tollítur, et dissolúta terréstris huius incolátus domo, ætérna in cælis habitátio comparátur. Et ídeo cum Angelis et Archángelis, cum Thronis et Dominatiónibus, cumque omni milítia cæléstis exércitus, hymnum glóriæ tuæ cánimus, sine fine dicéntes.   Sanctus, ... 主よ、聖なる父よ、全能永遠の天主よ、われらの主キリストによって、われらがいつも、どこにても、主に感謝を捧げるのは、実にふさわしく正しいことであり、われらの義務と救いである。かれにおいて、幸せな復活の希望が、われらに輝いた。確実に死ぬべき条件により悲しむ者たちを、未来の不死の約束が慰めるためである。主よ、御身の信者たちにとって、生命は、取り去られるのではなく、変えられるのであり、この地上の肉身の住まいは滅びても、天において永遠のすみかを与えられるからである。ゆえに、天使、大天使と共に、座天使と主天使と共にまた天の万軍と共に、われらは、きわまりなく、主の御光栄の讃歌をうたい続けよう。 聖なるかな、… 主、至圣的父、全能永生的天主,我们藉我们主基督、时时处处颂谢祢,实是正义而必须的,属于我们天职的,也属我们得救的。因在基督身上给我们炫示着幸福复活的希望,使那些为着人性必死的现世所深怀忧伤的人们,凭有来日永生不死的恩许、而大感欣慰。主啊!对于信仰祢的人、生命并非被毁灭,只是改变而已:这个世上寄居的住所一经解体,天上就有个永远的安宅供给我们。为此、我们随同诸位天神、总领天神、上座者和宰制者以及天上万军、合唱光荣祢的圣歌,无穷期地说﹕圣、圣、圣……。
Ant. ad Communionem. 聖体拝領誦 领主咏(厄四2:34-35)
Lux ætérna lúceat eis, Dómine : Cum sanctis tuis in ætérnum : quia pius es. 主よ、永遠の光りが彼らに輝かんことを。* 御身の聖人らととともに永遠に。何故なら御身は優しいからである。 主啊!求祢赐与他们永远的安息,由于祢的仁慈,使他们永远偕同祢的诸圣。
V/. Réquiem ætérnam dona eis, Dómine : et lux perpétua lúceat eis : Cum Sanctis tuis in ætérnum : quia pius es. V/. 主よ、永遠の休息を彼らに与え給え。そして永遠の光りが彼らに輝かんことを。* 御身の聖人らととともに永遠に。何故なら御身は優しいからである。 主啊,求祢赐给他们永远的安息,并以祢的永光、照耀他们。
Cum sanctis tuis in ætérnum : quia pius es. 御身の聖人らととともに永遠に。何故なら御身は優しいからである。 由于祢的仁慈,使他们永远偕同祢的诸圣。
Postcommunio. 聖体拝領後の祈 领后经
Præsta, quǽsumus, omnípotens et miséricors Deus, ut ánimæ famulórum famularúmque tuárum, pro quibus hoc sacrificium laudis tuæ obtúlimus majestáti ; per huius virtútem sacraménti a peccátis ómnibus expiátæ, lucis perpétuæ, te miseránte, recípiant beatitúdinem 全能の憐れみ深い天主よ、御身のしもべとはしためとの霊魂らのために、この賛美の犠牲(いけにえ)を御身の御稜威(みいつ)に我らが捧げ奉りたり。願わくは、彼らが、この秘蹟の力を通して、すべての罪から浄められ、御身の憐み給うにより、絶えざる光の至福を受けんことを。天主として…。

全能至慈的天主,我们已将这个赞颂之祭呈献于祢的尊威,为救助祢仆婢们的灵魂;求祢赏赐他们:能赖这圣祭的功效、消除一切的罪污,并靠祢的仁慈、获享永光之福。因我们主……。

 

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11月2日、全ての死せる信者の記念日(追思已亡 추사이망)聖伝のミサのラテン語・日本語・中文の対訳 第二ミサのテキストをご紹介いたします

2020年11月04日 | ミサ聖祭

11月2日は、全ての死せる信者の記念日(追思已亡 추사이망)でした。聖伝のミサのラテン語・日本語・中文の対訳の第二ミサのテキストをご紹介いたします

十一月二日 全ての死せる信者の記念 第二ミサ

IN COMMEMORATIONE OMNIUM FIDELIUM DEFUNCTORUM 全ての死せる信者の記念(第二ミサ) 追思已亡 第二台弥撒
Feria I classis 一級平日 黒 一等复式【黑】
Ant. ad Introitum. 4 Esdr. 2, 34 et 35 入祭文 エズラ第四2:34-35 进台咏(厄四2:34-35)
Réquiem ætérnam dona eis, Dómine : et lux perpetua lúceat eis. 主よ、永遠の休息を彼らに与え給え。絶えざる光が彼らに光らんことを。 主啊!求祢赐与他们永远的安息,并以祢的永光照耀他们。
Ps. 64, 2-3 詩篇 64ノ2-3 咏64:2-3
Te decet hymnus, Deus, in Sion, et tibi reddétur votum in Ierúsalem : exáudi oratiónem meam, ad te omnis caro véniet. 天主よ、シオンにおいて、御身に賛歌がふさわしい。エルザレムにおいて、御身に祈願をささげることが[ふさわしい]。私の祈りを聞き入れ給え。御身に全ての肉[人間]行くだろう。 天主啊!熙雍的人都要称扬祢;所许的愿,也要在耶路撒冷向祢偿还。俯听我祈祷的主啊!凡有血气的,都要来接近祢。
Réquiem ætérnam dona eis, Dómine : et lux perpetua lúceat eis. 主よ、永遠の休息を彼らに与え給え。絶えざる光が彼らに光らんことを。 主啊!求祢……。
Oratio 集祷文 集祷经
Deus, indulgentiárum Dómine : da animábus famulórum famularúmque tuárum refrigérii sedem, quiétis beatitúdinem et lúminis claritátem. Per Dóminum. 天主よ、赦しの主よ、御身のしもべとはしためとの霊魂らに、憩いの座と、休息の至福と、光の輝きとを与え給え。天主として…。 天主,宽仁之主,求祢将爽适、安息、及荣光的住所、赐给祢仆婢们的灵魂。因我们主……。
Léctio libri Machabæórum. マカベオの書の朗読 书信
2. Mach. 12, 43-46. マカベオの書下 12ノ 43-46  (加下12:43-46)
In diébus illis : Vir fortíssimus Iudas, facta collatióne, duódecim mília drachmas argénti misit Ierosólymam, offérri pro peccátis mortuórum sacrifícium, bene et religióse de resurrectióne cógitans (nisi enim eos, qui cecíderant, resurrectúros speráret, supérfluum viderétur et vanum oráre pro mórtuis) : et quia considerábat, quod hi, qui cum pietáte dormitiónem accéperant, óptimam habérent repósitam grátiam. Sancta ergo et salúbris est cogitátio pro defunctis exoráre, ut a peccátis solvántur. その時:それから一人の人についていくらかの額を決めて募金を行い、二千ドラクマの銀を集め、罪償のいけにえを捧げるようにエルサレムに送った。それは復活の考えによるもので、気高い良い行いというべきだった。じつに死んだ人たちのよみがえりを希望していなかったら、死者のために祈ることは無益な空しいことであったろう。彼は敬虔に眠りに入った人たちにすばらしい報いが準備されていると考えていた。これは聖い信心深い考えである。そのために彼は死者のための償いのいけにえをささげ、罪から解き放そうとした。 那时、即当犹太人与哥尔基雅的部队作战以后,慷慨的犹大向每人募捐,得款两千得辣克玛,送到耶路撒冷作为亡者赎罪祭的献仪,因他想到复活;这真是一种又美好又高尚的做法。如果他不希望那些已死的人还要复活,为亡者祈祷、便是一种多余而毫无意义的事。不但如此、而且他还想到为那些死在虔敬中的人所保留下卓越的酬报。这实在是一神圣而热诚的思念。为此他为亡者献赎罪祭,好叫他们获得罪赦。
Graduale. 4 Esdr. 2, 34 et 35 昇階誦 台阶咏(厄四2:34-35)
Réquiem ætérnam dona eis, Dómime : et lux perpétua lúceat eis. 主よ、永遠の休息を彼らに与え給え。絶えざる光が彼らに光らんことを。 主啊!求祢赐与他们永远的安息,并以祢的永光照耀他们。
V/. Ps 111, 7 In memória ætérna erit iustus : ab auđitióne mala non timébit. V/. 詩篇、111ノ7. 義人は永遠の記憶のうちにあるだろう、彼は悪しき[宣告]を聞くことをおそれないだろう。 连唱咏
Tractus. 詠誦 主啊!求祢赦免已亡诸信者的灵魂、脱离他们罪过的一切羁绊。
Absólve, Dómine, ánimas ómnium fidelium defunctórum ab omni vínculo delictórum. 主よ、死んだ信者すべての霊魂らを、全ての罪の鎖から解き放ち給え。 望他们赖祢圣宠的助佑、能脱免复仇的审判,
V/. Et grátia tua illis succurrénte mereántur evádere iudícium ultiónis. V/. また、御身の恩寵が彼らを助け、最後の裁きから逃れるに値せんことを。 并获享永光的幸福。
V/. Et lucis ætérnæ beatitúdine pérfrui. V/. そして永遠の光明の幸福を味わんことを。
Sequentia 続誦 (ディエス・イレ) 继抒咏
Dies iræ, dies illa, 怒りの日である、かの日、 依照达味与女先知,
Solvet sæclum in favílla : ダヴィドとシビッラとの[予言の]証言によれば、 预告世界将归烬灰,
Teste David cum Sibýlla. この世が灰に帰すだろう。 那天真是主震怒的日期!
Quantus tremor est futúrus, 恐怖はいかばかりであろうか 审判大主降临之时,
Quando iudex est ventúrus, すべてを厳格に糺(ただ)すために 追问一切清算无遗,
Cuncta stricte discussúrus. 審判者が来給うとき。 我心我灵将颤栗无比。
Tuba mirum spargens sonum ラッパが不思議な響きを撒き散らし 号筒响遍四方八极,
Per sepúlcra regiónum, 各地域の墓らを通して 死过众生起自墓穴,
Coget omnes ante thronum. 全て[人類]を玉座の前に集めるだろう。 向判主座前都来聚集。
Mors stupébit et natúra,  死と自然界とはおどろくだろう、 善者恶者都要复生,
Cum resúrget creatúra,  被造物[の人間]が、よみがえるだろう時、 前往判主答复鞫讯,
Iudicánti responsúra. 審判者に答えるために。 死与体质将不胜怖惊!
Liber scriptus proferétur,  書き記された本がもち出されるだろう、 那时展开案卷巨册,
In quo totum continétur,  そこにはすべてが[書かれ]収められているだろう、 其中纪录详细明白,
Unde mundus iudicétur. そこから、この世は裁かれるだろう。 全关审判普世的事迹。
Iudex ergo cum sedébit.  審判者が[審きの座に]座るだろうとき、 判主在座秋毫明察,
Quidquid latet apparébit :  隠れていることはことごとく明るみに出るだろう、 一切隐密显露透骨,
Nil inúltum remanébit. 裁かれずに残るものは何もないだろう。 断无一罪能逃脱谴罚。
Quid sum miser tunc dictúrus ?  そのとき、憐れな私は何を言おうか。 那时义者也难安心,
Quem patrónum rogatúrus,  どんな弁護者に頼もうか。 嗟我罪人何可诉陈,
Cum vix iustus sit secúrus ? 義人さえも、ほとんど安全ではないのに。 将呼何人作我的护身?
Rex treméndæ maiestátis,  畏るべき御稜威(みいつ)の王よ、 祢是赫赫威严君王,
Qui salvándos salvas gratis,  御身は救われるべき者らを無償で救い給う 凡蒙救者由祢恩赏,
Salva me, fons pietátis. 優しさの泉よ、私を救い給え。 仁慈之源请救我勿忘。
Recordáre, Iesu pie,  優しきイエズスよ、記憶し給え、 至慈耶稣求祢记忆,
Quod sum causa tuæ viæ :  御身の[地上での]御生涯の理由はこの私だったことを。 为着救我曾来犹国,
Ne me perdas illa die. かの日に、私を失い給うな。 切勿在那日把我殄灭。
Quærens me, sedésti lassus :  私をさがし求め、御身は疲れて座られた。 主为觅我奔走碌碌,
Redemísti crucem passus :  十字架を苦しみ、御身は[私を]贖い給うた。 被钉苦架把我救赎,
Tantus labor non sit cassus. かくも大いなる労苦が、空しくならんことを。 望此苦楚切勿无结局。
Iuste iudex ultiónis,  罰を与える正義なる審判者よ、 主的判决公正不偏,
Donum fac remissiónis   赦しの賜物をなし給え、 求祢容我清算日前,
Ante diem ratiónis. 報告の日の前に。 蒙受洪恩而恕免罪愆。
Ingemísco, tamquam reus :  私は、被告として嘆く、 我如罪犯挥泪忧惔,
Culpa rubet vultus meus :  私の顔は、罪で[恥じて]赤くなる、 因着罪愆满面羞惭,
supplicánti parce, Deus.  天主よ、請い願う私を容赦し給え。 恳求祢宽恕我的不堪。
Qui Maríam absolvísti,  御身は[マグダラの]マリアを赦し給うた、 玛达肋纳偕同右盗,
Et latrónem exaudísti,  [善い]盗賊の願いを聞き入れ給うた、 得祢宽恕与祢和好,
Mihi quoque spem dedísti. 私にも、希望を与え給うた。 勿使我失却祢的依靠。
Preces meæ non sunt dignæ :  私の祈りは、価値のないものである、 我的祈祷实属不堪,
Sed tu bonus fac benigne,  しかし、良き御身は優しく行い給え、 仗祢仁慈邀祢容涵,
Ne perénni cremer igne. 私が永遠の火に焼かれないように。 请救我于永火的难关。
Inter oves locum præsta,  羊らの中に場所を与え給え、 绵羊群内请给我位,
Et ab hædis me sequéstra,  牡山羊らから私を引き離し給え、 从山羊中把我引退,
Státuens in parte dextra. 御右に置き給え。 请将我置于祢的右队。
Confutátis maledictis,  罰を受けた呪われた者どもが、 祢使恶群惭愧慑服,
Flammis ácribus addíctis :  激しい火の中に加えられる時、 又把他们投诸永狱,
Voca me cum benedictis. 祝福された者らとともに私を呼び給え。 请招我享善人的永福。
Oro supplex et acclínis,  私はひれ伏して懇願し奉る、 向祢哀恳伏地战栗,
Cor contrítum quasi cinis :  心は灰のように砕かれた、 因着痛悔我心碎裂,
Gere curam mei finis. 私の最期の世話をなし給え。 求祢垂顾于我的末日。
Lacrimósa dies illa,  かの日は、涙の日、 罪犯复活起自土尘,
Qua resúrget ex favílla.  その日、塵からよみがえるは 应受审判到主法庭,
Iudicándus homo reus : 裁かれるべき被告なる人間。 真是悲惨日期的临身。
Huic ergo parce Deus :  だから天主よ、彼を容赦し給え、 吾主耶稣仁慈无匹,
Pie Iesu Dómine,  主よ、優しきイエズスよ、 请给罪犯宽恕怜恤,
Dona eis réquiem. Amen. 彼らに安息を与え給え。アメン。 并求祢赐与他们安息。阿们。
+ Sequéntia sancti Evangélii secundum Joánnem. ヨハネによる聖福音の続誦 福音
Ioann. 6, 37-40. ヨハネ 6ノ37-40 (若6:37-40)
In illo témpore : Dixit Iesus turbis Iudæórum : Omne, quod dat mihi Pater, ad me véniet : et eum, qui venit ad me, non eiíciam foras : quia descéndi de cælo, non ut fáciam voluntátem meam, sed voluntátem eius, qui misit me. Hæc est autem volúntas eius, qui misit me, Patris : ut omne, quod dedit mihi, non perdam ex eo, sed resúscitem illud in novíssimo die. Hæc est autem volúntas Patris mei, qui misit me : ut omnis, qui videt Fílium et credit in eum, hábeat vitam ætérnam, et ego resuscitábo eum in novíssimo die. そのとき、イエズスはユダヤ人の群集に仰せられた。「父が私にくださる人は、みな私のほうに来るし、来る人を私は決して退けない。私は、自分の考えではなくて、私をつかわされたお方のみ旨をはたすために天からくだった。私をつかわされたお方のみ旨とは、私にくださったものを一つも失わずに終りの日に復活させること、これである。私の父のみ旨とは、子を見て信じる人々にみな、永遠の命をうけさせ、終りの日に私がかれらを復活させることである」。 那时候、耶稣向犹太群众说:“凡父交给我的人都到我这里来;而到我这里来的人我不逐他出去:因为我自天而降,不是为承行我的旨意,而是为承行遣我者的旨意。遣我者的旨意就是:凡祂给我的人,要我一个也不失落,而且在末日要我叫他复活。我父的旨意就是:见了子、而信子的,要得有永生,我在末日要叫他复活。”
Ant. ad Offertorium. 奉献文 奉献咏
Dómine Iesu Christe, Rex glóriæ, libera ánimas ómnium fidelium defunctórum de pænis inférni et de profúndo lacu : libera eas de ore leónis, ne absórbeat eas tártarus, ne cadant in obscúrum : sed sígnifer sanctus Míchaël repræséntet eas in lucem sanctam : 主イエズス・キリスト、光栄の王よ、全ての死んだ信者の霊魂らを、地獄の罰と深い池とから救い出し給え、獅子の口から彼らを解き放ち給え。願わくは[地獄の]深淵が彼らを飲み込まず、暗闇に倒れぬことを。旗手聖ミカエルが、彼らを聖なる光に導かんことを。 主耶稣基督、荣光的君王,求祢救拔已亡诸信者的灵魂,脱免阴府的刑罚与深渊的极处。求祢拯救他们脱离猛狮的口;求祢不容深坑吞灭他们,并不容他们陷落于幽暗的处所。但望祢的总领天神圣弥额尔、引导他们入于至圣的光明之中。
* Quam olim Abrahæ promisisti, et sémini eius. * 御身が、その昔、アブラハムとその子孫とに約束し給うたその光に。 这光明是祢昔时许给了亚巴郎和他之子孙的。
V/. Hóstias et preces tibi, Dómine, laudis offérimus : tu súscipe pro animábus illis, quarum hódie memóriam fácimus : fac eas, Dómine, de morte transíre ad vitam. V/. 主よ、賛美のいけにえと祈りとを、われらは御身に捧げ奉る。本日我らがその記念をする霊魂らのために、これを受け入れ給え。主よ、彼らを死から生命へと移し給え。 主啊!求祢把我们为赞颂祢所呈奉的祈祷与祭献,惠然收纳,为使我们今天所纪念的灵魂,由死亡而迁入于生命。
* Quam olim Abrahæ promisísti et sémini eius. * 御身が、その昔、アブラハムとその子孫とに約束し給うたその生命に。 这生命是祢昔时许给了亚巴郎和他之子孙的。
Secreta. 密誦 密祷经
Propitiáre, Dómine, supplicatiónibus nostris, pro animábus famulórum famularúmque tuárum, pro quibus tibi offérimus sacrifícium laudis ; ut eas Sanctórum tuórum consórtio sociáre dignéris. Per Dóminum. 主よ、主のしもべとはしためとの霊魂らのためにささげ奉る我らの祈りを嘉し給え。彼らのために、我らは御身に讃美のいけにえを捧げ奉る、彼らの霊魂を御身の聖人らの列に加え給わんがためなり。天主として…。 主,我们将此赞颂之祭奉献于祢,为救助祢诸仆婢的灵魂;求祢怜视我们的哀祷,惠使他们列入祢诸圣的团体之中。因我们主……。
Præfatio defunctorum. 死者の序誦 为亡者的颂谢引
Vere dignum et iustum est, æquum et salutáre, nos tibi semper et ubíque grátias ágere : Dómine, sancte Pater, omnípotens ætérne Deus : per Christum Dóminum nostrum. In quo nobis spes beátæ resurrectiónis effúlsit, ut quos constrístat certa moriéndi condítio, eósdem consolétur futúræ immortalitátis promíssio. Tuis enim fidélibus, Dómine, vita mutátur non tollítur, et dissolúta terréstris huius incolátus domo, ætérna in cælis habitátio comparátur. Et ídeo cum Angelis et Archángelis, cum Thronis et Dominatiónibus, cumque omni milítia cæléstis exércitus, hymnum glóriæ tuæ cánimus, sine fine dicéntes.   Sanctus, ... 主よ、聖なる父よ、全能永遠の天主よ、われらの主キリストによって、われらがいつも、どこにても、主に感謝を捧げるのは、実にふさわしく正しいことであり、われらの義務と救いである。かれにおいて、幸せな復活の希望が、われらに輝いた。確実に死ぬべき条件により悲しむ者たちを、未来の不死の約束が慰めるためである。主よ、御身の信者たちにとって、生命は、取り去られるのではなく、変えられるのであり、この地上の肉身の住まいは滅びても、天において永遠のすみかを与えられるからである。ゆえに、天使、大天使と共に、座天使と主天使と共にまた天の万軍と共に、われらは、きわまりなく、主の御光栄の讃歌をうたい続けよう。 聖なるかな、… 主、至圣的父、全能永生的天主,我们藉我们主基督、时时处处颂谢祢,实是正义而必须的,属于我们天职的,也属我们得救的。因在基督身上给我们炫示着幸福复活的希望,使那些为着人性必死的现世所深怀忧伤的人们,凭有来日永生不死的恩许、而大感欣慰。主啊!对于信仰祢的人、生命并非被毁灭,只是改变而已:这个世上寄居的住所一经解体,天上就有个永远的安宅供给我们。为此、我们随同诸位天神、总领天神、上座者和宰制者以及天上万军、合唱光荣祢的圣歌,无穷期地说﹕圣、圣、圣……。
Ant. ad Communionem. 聖体拝領誦 领主咏(厄四2:34-35)
Lux ætérna lúceat eis, Dómine : Cum sanctis tuis in ætérnum : quia pius es. 主よ、永遠の光りが彼らに輝かんことを。* 御身の聖人らととともに永遠に。何故なら御身は優しいからである。 主啊!求祢赐与他们永远的安息,由于祢的仁慈,使他们永远偕同祢的诸圣。
V/. Réquiem ætérnam dona eis, Dómine : et lux perpétua lúceat eis : Cum Sanctis tuis in ætérnum : quia pius es. V/. 主よ、永遠の休息を彼らに与え給え。そして永遠の光りが彼らに輝かんことを。* 御身の聖人らととともに永遠に。何故なら御身は優しいからである。 主啊,求祢赐给他们永远的安息,并以祢的永光、照耀他们。
Cum sanctis tuis in ætérnum : quia pius es. 御身の聖人らととともに永遠に。何故なら御身は優しいからである。 由于祢的仁慈,使他们永远偕同祢的诸圣。
Postcommunio. 聖体拝領後の祈 领后经
Præsta, quǽsumus, omnípotens Deus : ut ánimæ famulórum famularúmque tuárum, his sacrifíciis purgátæ, indulgéntiam páriter et réquiem cápiant sempitérnam. Per Dóminum nostrum. 全能の天主よ、願わくは、御身のしもべとはしためとの霊魂らが、このいけにえによって浄められ、ゆるしと永遠の休息とを等しく得んことを。天主として…。

主,求祢惠使祢诸仆婢的灵魂,经此圣祭的净化,得获祢的宽宥与永远的安息。因我们主……。

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2020年11月2日は、全ての死せる信者の記念日(追思已亡 추사이망)でした。聖伝のミサのラテン語・日本語・中文の対訳のテキストをご紹介いたします

2020年11月04日 | ミサ聖祭

2020年11月2日は、全ての死せる信者の記念日(追思已亡 추사이망)でした。聖伝のミサのラテン語・日本語・中文の対訳の第一ミサのテキストをご紹介いたします

十一月二日 全ての死せる信者の記念 第一ミサ
一級平日 黒

死者への尊敬は、霊魂不滅の信仰にもとづいて、人類のはじまりと同じく古いものであり、原始人、異教徒の中でも行われていたし、今も行われている。ユダヤ人は、旧約時代にも、死者のために祈りといけにえとをささげていた。公教会でも使徒の時代から、死んだ信者のために祈っていた。しかし、長い世紀の間、すべてのミサで、死んだ信者を記念してはいたが、特にそのためのミサは行われていなかった。
この死者の記念日を、はじめて行ったのは、998年、聖オディロネ大修院長によって、クルニ(フランス)のベネディクト会修道院であり、そこから、次第に全教会にひろまっていったのである。教皇ベネディクト十五世は、1915年8月10日の教令により、全世界のすべての司祭に、この日三つのミサを立てる許可を与えた。
公教会は、この前日(11月1日)、すでに勝利の国(凱旋の教会)に入った信者を記念し、そして今日、まだ煉獄で苦しむ霊魂を思いやるのである。ここにあらわれるのは、公教会の神秘体の教義である。煉獄(苦悩の教会) の霊魂は、凱旋の教会のとりつぎと功徳とをうけ、また同時に、この世の戦闘の教会の祈りの効果をも受けるのである。「私の最も小さな兄弟の一人にしたことは、私自身に対してしたのである」というイエズスの御言葉は、煉獄の霊魂にも適用されねばならぬ。われらは、まずミサ聖祭によって、煉獄の霊魂を助けることが出来る。この煉獄の霊魂の中にはおそらくわれらの肉親、知人、家族のあることを考え、かれらにこのミサの功徳を与えねばならぬ。これは、最も効果のある、また、誰でもなしうる愛の業である。この三回のミサは、一回は煉獄にある死せる信者の霊魂のため、一回は教皇聖下の意向のため、一回はミサをささげる司祭の意向のためにささげる。もしこの日が主日にあたるときは、翌日に行う。

 

追思已亡
一等复式【黑】
追思亡者
我们所庆祝的瞻礼,通常只对胜利的教会及战争的教会而言,今天特为纪念受苦的教会,实为极合理的事。在炼狱的灵魂固然渴望胜利教会的功劳和有力的转达,但同时也需要战争教会的祈祷和有效的救助仪式。为亡者祈祷的出发点实由基督奥体诸圣相通功的信德道理。“凡给我弟兄中最小的一个做的,就是给我做的。”至于援助炼灵最有效的办法,便是弥撒。我们或望弥撒或领圣体,务使把我们的功劳让给炼狱中最穷乏或与我们最有关系的灵魂。查对已亡灵魂的追思,发起于古罗马的本笃会修院,不久便发展而普及整个教会。一九一五年、教宗本笃十五世特准普世的神父,在追思已亡日能举行三台弥撒,也无非为加强追思亡者的意思。追思已亡的瞻礼等别,原不过为无等级的复式吧了,但排除一切的遭遇瞻礼。就是说:倘十一月二日遇到主日,那末已亡的追思便移至瞻礼二举行。可见圣教对这一年一度的纪念、绝不容信友们放弃的啊。——今天每位神父能举行三台弥撒;若三台中欲举行一台大弥撒,当采用本日的第一台弥撒。

IN COMMEMORATIONE OMNIUM FIDELIUM DEFUNCTORUM 全ての死せる信者の記念(第一ミサ) 追思已亡 第一台弥撒
Feria I classis 一級平日 黒 一等复式【黑】
Ant. ad Introitum. 4 Esdr. 2, 34 et 35 入祭文 エズラ第四2:34-35 进台咏(厄四2:34-35)
Réquiem ætérnam dona eis, Dómine : et lux perpetua lúceat eis. 主よ、永遠の休息を彼らに与え給え。絶えざる光が彼らに光らんことを。 主啊!求祢赐与他们永远的安息,并以祢的永光照耀他们。
Ps. 64, 2-3 詩篇 64ノ2-3 咏64:2-3
Te decet hymnus, Deus, in Sion, et tibi reddétur votum in Ierúsalem : exáudi oratiónem meam, ad te omnis caro véniet. 天主よ、シオンにおいて、御身に賛歌がふさわしい。エルザレムにおいて、御身に祈願をささげることが[ふさわしい]。私の祈りを聞き入れ給え。御身に全ての肉[人間]行くだろう。 天主啊!熙雍的人都要称扬祢;所许的愿,也要在耶路撒冷向祢偿还。俯听我祈祷的主啊!凡有血气的,都要来接近祢。
Réquiem ætérnam dona eis, Dómine : et lux perpetua lúceat eis. 主よ、永遠の休息を彼らに与え給え。絶えざる光が彼らに光らんことを。 主啊!求祢……。
Oratio 集祷文 集祷经
Fidélium, Deus, ómnium Cónditor et Redémptor : animábus famulórum, famularúmque tuárum remissiónem cunctórum tríbue peccatórum ; ut indulgéntiam quam semper optavérunt, piis supplicatiónibus consequántur : Qui vivis. すべての信者の創造主かつ贖い主なる天主よ、御身のしもべらとはしためらの霊魂のために、各々の罪のゆるしを与え給え。彼らが常に希望したそのゆるしを、多くの敬虔な祈りによって、彼らが得んことを。聖父(ちち)なる天主とともに…。 天主,祢是信众的造主和救主,求祢除免祢仆婢们灵魂上的一切罪过,使他们能藉我们虔诚的祈祷、得到他们所时时仰望的恩赦。祢和天主父……。
Léctio Epístolæ beáti Pauli Apóstoli ad Corínthios. 使徒パウロの、コリント人への書簡の朗読 书信
1. Cor. 15, 51-57. 前コリント 15ノ51-57 (格前15:51-57)
Fratres : Ecce, mystérium vobis dico : Omnes quidem resurgámus, sed non omnes immutábimur. In moménto, in ictu óculi, in novíssima tuba : canet enim tuba, et mórtui resúrgent incorrúpti : et nos immutábimur. Opórtet enim corruptíbile hoc induere incorruptiónem : et mortále hoc indúere immortalitátem. Cum autem mortále hoc indúerit immortalitátem, tunc fiet sermo, qui scriptus est : Absórpta est mors in victória. Ubi est, mors, victória tua ? Ubi est, mors, stímulus tuus ? Stímulus autem mortis peccátum est : virtus vero peccáti lex. Deo autem grátias, qui dedit nobis victóriam per Dóminum nostrum Iesum Christum. 兄弟たちよ、実に、私はいま、あなたたちに奥義を告げようとする。私たちは皆死なない。しかし私たちはみな、最後の喇叭(ラッパ)がなりわたるとき、またたく間にたちまち変化するであろう。喇叭は鳴り、死者は朽ちないものによみがえり、私たちは変化するであろう。この朽ちる者が朽ちないものを着、この死ぬ者は不滅をまとわねばならない。この朽ちる者が朽ちないものを着、この死ぬ者が不滅をまとうであろうとき、「死は勝利に呑まれた」という聖書のことばが実現する。「死よ、おまえの勝利は何所にある。死よ、おまえの、刺は何所にある」。死の刺は罪である。また、罪の力は律法である。ともあれ、主イエズス・キリストによって、私たちに勝利を与えられる天主に感謝しよう。 弟兄们:现在我告诉你们一件奥理:我们不是都要死,却是都要改变。在一刹那、一眨眼间、听见最后的号角声时——最后的号角一定要响——死者必要复活,变为不朽坏的,至于我们(生者)、也要改变:这可朽坏的身体必须要佩戴上永不朽坏的性体,这要死的身体必须要佩戴上永不死亡的性体。当这要死的身体佩戴上永不死亡的性体时,经上所记载的话就应验了:“死亡在胜利中被吞噬了。死亡呀!你的胜利在哪里?死亡呀!你的芒刺在哪里?”死亡的芒刺就是罪恶,罪恶的势力就是法律。感谢天主吧!祂藉着我们主耶稣基督、赏赐我们得到胜利。
Graduale. 4 Esdr. 2, 34 et 35 昇階誦 台阶咏(厄四2:34-35)
Réquiem ætérnam dona eis, Dómime : et lux perpétua lúceat eis. 主よ、永遠の休息を彼らに与え給え。絶えざる光が彼らに光らんことを。 主啊!求祢赐与他们永远的安息,并以祢的永光照耀他们。
V/. Ps 111, 7 In memória ætérna erit iustus : ab auđitióne mala non timébit. V/. 詩篇、111ノ7. 義人は永遠の記憶のうちにあるだろう、彼は悪しき[宣告]を聞くことをおそれないだろう。 连唱咏
Tractus. 詠誦 主啊!求祢赦免已亡诸信者的灵魂、脱离他们罪过的一切羁绊。
Absólve, Dómine, ánimas ómnium fidelium defunctórum ab omni vínculo delictórum. 主よ、死んだ信者すべての霊魂らを、全ての罪の鎖から解き放ち給え。 望他们赖祢圣宠的助佑、能脱免复仇的审判,
V/. Et grátia tua illis succurrénte mereántur evádere iudícium ultiónis. V/. また、御身の恩寵が彼らを助け、最後の裁きから逃れるに値せんことを。 并获享永光的幸福。
V/. Et lucis ætérnæ beatitúdine pérfrui. V/. そして永遠の光明の幸福を味わんことを。
Sequentia 続誦 (ディエス・イレ) 继抒咏
Dies iræ, dies illa, 怒りの日である、かの日、 依照达味与女先知,
Solvet sæclum in favílla : ダヴィドとシビッラとの[予言の]証言によれば、 预告世界将归烬灰,
Teste David cum Sibýlla. この世が灰に帰すだろう。 那天真是主震怒的日期!
Quantus tremor est futúrus, 恐怖はいかばかりであろうか 审判大主降临之时,
Quando iudex est ventúrus, すべてを厳格に糺(ただ)すために 追问一切清算无遗,
Cuncta stricte discussúrus. 審判者が来給うとき。 我心我灵将颤栗无比。
Tuba mirum spargens sonum ラッパが不思議な響きを撒き散らし 号筒响遍四方八极,
Per sepúlcra regiónum, 各地域の墓らを通して 死过众生起自墓穴,
Coget omnes ante thronum. 全て[人類]を玉座の前に集めるだろう。 向判主座前都来聚集。
Mors stupébit et natúra,  死と自然界とはおどろくだろう、 善者恶者都要复生,
Cum resúrget creatúra,  被造物[の人間]が、よみがえるだろう時、 前往判主答复鞫讯,
Iudicánti responsúra. 審判者に答えるために。 死与体质将不胜怖惊!
Liber scriptus proferétur,  書き記された本がもち出されるだろう、 那时展开案卷巨册,
In quo totum continétur,  そこにはすべてが[書かれ]収められているだろう、 其中纪录详细明白,
Unde mundus iudicétur. そこから、この世は裁かれるだろう。 全关审判普世的事迹。
Iudex ergo cum sedébit.  審判者が[審きの座に]座るだろうとき、 判主在座秋毫明察,
Quidquid latet apparébit :  隠れていることはことごとく明るみに出るだろう、 一切隐密显露透骨,
Nil inúltum remanébit. 裁かれずに残るものは何もないだろう。 断无一罪能逃脱谴罚。
Quid sum miser tunc dictúrus ?  そのとき、憐れな私は何を言おうか。 那时义者也难安心,
Quem patrónum rogatúrus,  どんな弁護者に頼もうか。 嗟我罪人何可诉陈,
Cum vix iustus sit secúrus ? 義人さえも、ほとんど安全ではないのに。 将呼何人作我的护身?
Rex treméndæ maiestátis,  畏るべき御稜威(みいつ)の王よ、 祢是赫赫威严君王,
Qui salvándos salvas gratis,  御身は救われるべき者らを無償で救い給う 凡蒙救者由祢恩赏,
Salva me, fons pietátis. 優しさの泉よ、私を救い給え。 仁慈之源请救我勿忘。
Recordáre, Iesu pie,  優しきイエズスよ、記憶し給え、 至慈耶稣求祢记忆,
Quod sum causa tuæ viæ :  御身の[地上での]御生涯の理由はこの私だったことを。 为着救我曾来犹国,
Ne me perdas illa die. かの日に、私を失い給うな。 切勿在那日把我殄灭。
Quærens me, sedésti lassus :  私をさがし求め、御身は疲れて座られた。 主为觅我奔走碌碌,
Redemísti crucem passus :  十字架を苦しみ、御身は[私を]贖い給うた。 被钉苦架把我救赎,
Tantus labor non sit cassus. かくも大いなる労苦が、空しくならんことを。 望此苦楚切勿无结局。
Iuste iudex ultiónis,  罰を与える正義なる審判者よ、 主的判决公正不偏,
Donum fac remissiónis   赦しの賜物をなし給え、 求祢容我清算日前,
Ante diem ratiónis. 報告の日の前に。 蒙受洪恩而恕免罪愆。
Ingemísco, tamquam reus :  私は、被告として嘆く、 我如罪犯挥泪忧惔,
Culpa rubet vultus meus :  私の顔は、罪で[恥じて]赤くなる、 因着罪愆满面羞惭,
supplicánti parce, Deus.  天主よ、請い願う私を容赦し給え。 恳求祢宽恕我的不堪。
Qui Maríam absolvísti,  御身は[マグダラの]マリアを赦し給うた、 玛达肋纳偕同右盗,
Et latrónem exaudísti,  [善い]盗賊の願いを聞き入れ給うた、 得祢宽恕与祢和好,
Mihi quoque spem dedísti. 私にも、希望を与え給うた。 勿使我失却祢的依靠。
Preces meæ non sunt dignæ :  私の祈りは、価値のないものである、 我的祈祷实属不堪,
Sed tu bonus fac benigne,  しかし、良き御身は優しく行い給え、 仗祢仁慈邀祢容涵,
Ne perénni cremer igne. 私が永遠の火に焼かれないように。 请救我于永火的难关。
Inter oves locum præsta,  羊らの中に場所を与え給え、 绵羊群内请给我位,
Et ab hædis me sequéstra,  牡山羊らから私を引き離し給え、 从山羊中把我引退,
Státuens in parte dextra. 御右に置き給え。 请将我置于祢的右队。
Confutátis maledictis,  罰を受けた呪われた者どもが、 祢使恶群惭愧慑服,
Flammis ácribus addíctis :  激しい火の中に加えられる時、 又把他们投诸永狱,
Voca me cum benedictis. 祝福された者らとともに私を呼び給え。 请招我享善人的永福。
Oro supplex et acclínis,  私はひれ伏して懇願し奉る、 向祢哀恳伏地战栗,
Cor contrítum quasi cinis :  心は灰のように砕かれた、 因着痛悔我心碎裂,
Gere curam mei finis. 私の最期の世話をなし給え。 求祢垂顾于我的末日。
Lacrimósa dies illa,  かの日は、涙の日、 罪犯复活起自土尘,
Qua resúrget ex favílla.  その日、塵からよみがえるは 应受审判到主法庭,
Iudicándus homo reus : 裁かれるべき被告なる人間。 真是悲惨日期的临身。
Huic ergo parce Deus :  だから天主よ、彼を容赦し給え、 吾主耶稣仁慈无匹,
Pie Iesu Dómine,  主よ、優しきイエズスよ、 请给罪犯宽恕怜恤,
Dona eis réquiem. Amen. 彼らに安息を与え給え。アメン。 并求祢赐与他们安息。阿们。
+ Sequéntia sancti Evangélii secúndum Ioánnem. ヨハネによる聖福音の続誦 福音
Ioann. 5, 25-29. ヨハネ 5ノ25-29 (若5:25-39)
In illo témpore : Dixit Iesus turbis Iudæórum : Amen, amen, dico vobis, quia venit hora, et nunc est, quando mórtui áudient vocem Fílii Dei : et qui audíerint, vivent. Sicut enim Pater habet vitam in semetípso, sic dedit et Fílio habére vitam in semetípso : et potestátem dedit ei iudícium fácere, quia Fílius hóminis est. Nolíte mirári hoc, quia venit hora, in qua omnes, qui in monuméntis sunt, áudient vocem Fílii Dei : et procédent, qui bona fecérunt, in resurrectiónem vitæ : qui vero mala egérunt, in resurrectiónem iudícii. そのとき、イエズスはユダヤ人の群集に仰せられた。「まことにまことに私はいう。死者が天主のみ声を聞くときが来る。いやすでに来ている。そのみ声を聞く人は生きる。父が命を左右されるように、子にもそれを左右させ、こうして、父はかれを最高の審判者とお定めになった、かれは人の子だからである。こう聞いておどろいてはいけない。墓にいる人々がみな、そのみ声の呼びかけをきいて、墓を出る時が来る。善をおこなった人は命のために、悪をおこなった人は永遠の罰のために、よみがえる。」 那时候、耶稣向犹太群众说:“我切切实实告诉你们:时候到了,现在就是,死人将听到天主子的声音,听到的就要活。如同父在自己内有生命,同样也赐子在自己内有生命,而且交给祂审判的权柄,因为祂是‘人子’。你们不要因此希奇:因为时候到了,凡在坟墓中的,都要听到天主子的声音而出来:行善的,复活得永生;作恶的,复活受审判。”
Ant. ad Offertorium. 奉献文 奉献咏
Dómine Iesu Christe, Rex glóriæ, libera ánimas ómnium fidelium defunctórum de pænis inférni et de profúndo lacu : libera eas de ore leónis, ne absórbeat eas tártarus, ne cadant in obscúrum : sed sígnifer sanctus Míchaël repræséntet eas in lucem sanctam : 主イエズス・キリスト、光栄の王よ、全ての死んだ信者の霊魂らを、地獄の罰と深い池とから救い出し給え、獅子の口から彼らを解き放ち給え。願わくは[地獄の]深淵が彼らを飲み込まず、暗闇に倒れぬことを。旗手聖ミカエルが、彼らを聖なる光に導かんことを。 主耶稣基督、荣光的君王,求祢救拔已亡诸信者的灵魂,脱免阴府的刑罚与深渊的极处。求祢拯救他们脱离猛狮的口;求祢不容深坑吞灭他们,并不容他们陷落于幽暗的处所。但望祢的总领天神圣弥额尔、引导他们入于至圣的光明之中。
* Quam olim Abrahæ promisisti, et sémini eius. * 御身が、その昔、アブラハムとその子孫とに約束し給うたその光に。 这光明是祢昔时许给了亚巴郎和他之子孙的。
V/. Hóstias et preces tibi, Dómine, laudis offérimus : tu súscipe pro animábus illis, quarum hódie memóriam fácimus : fac eas, Dómine, de morte transíre ad vitam. V/. 主よ、賛美のいけにえと祈りとを、われらは御身に捧げ奉る。本日我らがその記念をする霊魂らのために、これを受け入れ給え。主よ、彼らを死から生命へと移し給え。 主啊!求祢把我们为赞颂祢所呈奉的祈祷与祭献,惠然收纳,为使我们今天所纪念的灵魂,由死亡而迁入于生命。
* Quam olim Abrahæ promisísti et sémini eius. * 御身が、その昔、アブラハムとその子孫とに約束し給うたその生命に。 这生命是祢昔时许给了亚巴郎和他之子孙的。
Secreta. 密誦 密祷经
Hóstias, quǽsumus, Dómine, quas tibi pro animábus famulórum famularúmque tuárum offerimus, propitiátus intende : ut, quibus fídei christiánæ méritum contulísti, dones et præmium. Per Dóminum nostrum Iesum Christum. 主よ、願わくは、御身のしもべとはしためとの霊魂たちのために御身に捧げるいけにえを、憐れみ深く見給え。御身がキリスト教信仰の功徳を与え給うた彼らに、報いをも与え給え。天主として、聖霊との一致において、御身とともに世々に生きかつ治め給うわれらの主よ、聖子、イエズス・キリストによりて。 主,求祢惠顾我们为救助祢仆婢们灵魂所奉献的祭祀;切望祢既曾赏赐他们立了对基督信仰的功劳,也恩予他们这个信仰的酬报。因我们主……。
Præfatio defunctorum. 死者の序誦 为亡者的颂谢引
Vere dignum et iustum est, æquum et salutáre, nos tibi semper et ubíque grátias ágere : Dómine, sancte Pater, omnípotens ætérne Deus : per Christum Dóminum nostrum. In quo nobis spes beátæ resurrectiónis effúlsit, ut quos constrístat certa moriéndi condítio, eósdem consolétur futúræ immortalitátis promíssio. Tuis enim fidélibus, Dómine, vita mutátur non tollítur, et dissolúta terréstris huius incolátus domo, ætérna in cælis habitátio comparátur. Et ídeo cum Angelis et Archángelis, cum Thronis et Dominatiónibus, cumque omni milítia cæléstis exércitus, hymnum glóriæ tuæ cánimus, sine fine dicéntes.   Sanctus, ... 主よ、聖なる父よ、全能永遠の天主よ、われらの主キリストによって、われらがいつも、どこにても、主に感謝を捧げるのは、実にふさわしく正しいことであり、われらの義務と救いである。かれにおいて、幸せな復活の希望が、われらに輝いた。確実に死ぬべき条件により悲しむ者たちを、未来の不死の約束が慰めるためである。主よ、御身の信者たちにとって、生命は、取り去られるのではなく、変えられるのであり、この地上の肉身の住まいは滅びても、天において永遠のすみかを与えられるからである。ゆえに、天使、大天使と共に、座天使と主天使と共にまた天の万軍と共に、われらは、きわまりなく、主の御光栄の讃歌をうたい続けよう。 聖なるかな、… 主、至圣的父、全能永生的天主,我们藉我们主基督、时时处处颂谢祢,实是正义而必须的,属于我们天职的,也属我们得救的。因在基督身上给我们炫示着幸福复活的希望,使那些为着人性必死的现世所深怀忧伤的人们,凭有来日永生不死的恩许、而大感欣慰。主啊!对于信仰祢的人、生命并非被毁灭,只是改变而已:这个世上寄居的住所一经解体,天上就有个永远的安宅供给我们。为此、我们随同诸位天神、总领天神、上座者和宰制者以及天上万军、合唱光荣祢的圣歌,无穷期地说﹕圣、圣、圣……。
Ant. ad Communionem. 聖体拝領誦 领主咏(厄四2:34-35)
Lux ætérna lúceat eis, Dómine : Cum sanctis tuis in ætérnum : quia pius es. 主よ、永遠の光りが彼らに輝かんことを。* 御身の聖人らととともに永遠に。何故なら御身は優しいからである。 主啊!求祢赐与他们永远的安息,由于祢的仁慈,使他们永远偕同祢的诸圣。
V/. Réquiem ætérnam dona eis, Dómine : et lux perpétua lúceat eis : Cum Sanctis tuis in ætérnum : quia pius es. V/. 主よ、永遠の休息を彼らに与え給え。そして永遠の光りが彼らに輝かんことを。* 御身の聖人らととともに永遠に。何故なら御身は優しいからである。 主啊,求祢赐给他们永远的安息,并以祢的永光、照耀他们。
Cum sanctis tuis in ætérnum : quia pius es. 御身の聖人らととともに永遠に。何故なら御身は優しいからである。 由于祢的仁慈,使他们永远偕同祢的诸圣。
Postcommunio. 聖体拝領後の祈 领后经
Animábus, quǽsumus, Dómine, famulórum, famularúmque tuárum orátio profíciat supplicántium : ut eas et a peccátis ómnibus éxuas, et tuæ redemptiónis fácias esse partícipes. Qui vivis. 主よ、願わくは、懇願する者たちの祈りが、御身のしもべとはしためとの霊魂らの益とならんことを。御身が、全ての罪から彼らを解放し、御身の贖(あがな)いに与る者たちとなさんことを。聖父(ちち)なる天主とともに…。 主,我们恳切求祢,使我们的哀祷供益于祢仆婢们的灵魂;望祢救他们脱免诸罪,使他们参享祢的救恩。祢和天主父……。

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2020年11月1日は、諸聖人の祝日(저성 첨례)です。聖伝のミサのラテン語・日本語・韓国語の対訳のテキストをご紹介いたします

2020年10月27日 | ミサ聖祭

2020年11月1日は、諸聖人の祝日(저성 첨례)です。聖伝のミサのラテン語・日本語・韓国語の対訳のテキストをご紹介いたします

諸聖人がキリストとともに喜ぶ光栄の国! 彼らは、輝く服をつけ、羔(こひつじ)につき従う。〈晩課〉本日、公教会が祝うのは、最も慰め深い情景である。公教会は、天の光栄に入った子らを、一人一人祝うことが到底不可能であったので、本日の祝日を設けて、それを祝うのである。
この祝日の歴史は非常に古い。初代教会時代すでに、すべての殉教者の祝日として祝っていた。グレゴリオ四世教皇は、835年ごろ、その祝日を11月1日と定めた。本日は、キリストが、諸聖人によって得給うたキリストの勝利の日であり、また、典礼の秋、すなわち、贖いの実を感謝し、神秘的収穫を祝う日でもある。
公教会が本日祝う知られざる聖人の中には、信仰のしるしをもって永遠の旅へと先立った我らの親戚知友もあるであろう。また、天の報いをすでに受けている人々は、かつてこの世において、われらと変らぬ生活をおくった人々である。聖アウグスティノの言葉をかりるまでもなく、彼らになしえた事なら、われらにも出来ないはずはない。

저성 첨례 
『너희가 풍성한 상급을 하늘에서 받을 것이니 즐거워 하라』(복음) 가다꿈바 안에 그려져 있는 그림에서 중앙에 있는 표상은 왕위에 오르신 그리스도를 상징한다. 밑에는 시간과 영원의 바다를 항해하는 교회라는 배가 있다. 순교자가 십자가를, 복음사가는 책을, 동정녀는 종려나무 잎을, 고해자는 칼을, 종도는 열쇠를, 성부(城婦)는 족자를 각각 들고 있다. 서간경은 장막을 들어올려『헤아릴 수 없는 많은 무리들』이 천당으로 들어감을 보여주고 있다. 그렇게 많은 무리라고 하니 얼마나 위안을 주는 말씀인가! 천당에 들어가는 기본절차는 무엇인가? 

die 1 novembris 十一月一日 11월 1일
IN FESTO OMNIUM SANCTORUM 諸聖人 저성 첨례
I classis 一級祝日 (1급) 흰색
Ant. ad Introitum. 入祭文 초입경(성영 32)
Gaudeámus omnes in Dómino, diem festum celebrántes sub honóre Sanctórum ómnium, de quorum solemnitáte gaudent Angeli et colláudant Fílium Dei. 私たちは皆、全ての諸聖人の名誉のもとで祝日を祝いつつ、主において喜ぼう。この諸聖人の荘厳祭について、天使たちは喜び、天主の御子を共に賛美する。 모든 성인들을 공경하여 첨례를 지내나니 우리는 모두 주 안에 즐거워 할지어다. 천신들도 이 첨례를 기뻐하여 천주 성자를 찬미하는도다.
Ps. 32, 1. 詩篇 32ノ1 (성영 32․1) 
Exsultáte, iusti, in Dómino : rectos decet collaudátio. 義人らよ、主において喜べ。ともに讃美することは、正しい人に相応しい。 의인들아 주 안에 용약할지어다. 정직한 자들은 찬미를 받기에 합당하도다. 
V/. Glória Patri. V/. 願わくは、聖父と・・・(栄誦)。 영광이 부와 자와... 
Gaudeámus omnes in Dómino, diem festum celebrántes sub honóre Sanctórum ómnium, de quorum solemnitáte gaudent Angeli et colláudant Fílium Dei. 私たちは皆、全ての諸聖人の名誉のもとで祝日を祝いつつ、主において喜ぼう。この諸聖人の荘厳祭について、天使たちは喜び、天主の御子を共に賛美する。 모든 성인들을 공경하여 첨례를 지내나니 우리는 모두 주 안에 즐거워 할지어다. 천신들도 이 첨례를 기뻐하여 천주 성자를 찬미하는도다.
Oratio. 集祷文 축문
Omnípotens sempitérne Deus, qui nos ómnium Sanctórum tuórum mérita sub una tribuísti celebritáte venerári : quǽsumus ; ut desiderátam nobis tuæ propitiatiónis abundántiam, multiplicátis intercessóribus, largiáris. Per Dóminum. 全能永遠の天主よ、御身は我らをして、御身の全ての諸聖人の功徳を一つの祝いのもとに崇敬することを恵み給うた。願わくは、取り次ぐ者たちが増やされ、御身の憐みの溢れという我らの欲したことを与え給え。天主として(…)。 전능하시고 영원하신 천주여 너는 우리로 하여금 모든 성인들의 공로를 이 한 첨례에 공경케 하셨나니 간절히 빌컨대 네 무궁하신 자비를 무수한 성인의 전달하심으로 우리에게 충만히 태워 주시되, 네 아들 우리 주 예수․그리스도를 인하여 하소서. 저 너와 성신과... 
Léctio libri Apocalýpsis beáti Ioánnis Apóstoli. 使徒聖ヨハネの黙示録の朗読  독서
Apoc. 7, 2-12. 黙示録 7ノ2-12 (성요왕묵시 7․2-12)
In diébus illis : Ecce, ego Ioánnes vidi álterum Angelum ascendéntem ab ortu solis, habéntem signum Dei vivi : et clamávit voce magna quátuor Angelis, quibus datum est nocére terræ et mari, dicens : Nolíte nocére terræ et mari neque arbóribus, quoadúsque signémus servos Dei nostri in fróntibus eórum. Et audívi númerum signatórum, centum quadragínta quátuor mília signáti, ex omni tribu filiórum Israël, Ex tribu Iuda duódecim mília signáti. Ex tribu Ruben duódecim mília signáti. Ex tribu Gad duódecim mília signati. Ex tribu Aser duódecim mília signáti. Ex tribu Néphthali duódecim mília signáti. Ex tribu Manásse duódecim mília signáti. Ex tribu Símeon duódecim mília signáti. Ex tribu Levi duódecim mília signáti. Ex tribu Issachar duódecim mília signati. Ex tribu Zábulon duódecim mília signáti. Ex tribu Ioseph duódecim mília signati. Ex tribu Béniamin duódecim mília signáti. Post hæc vidi turbam magnam, quam dinumeráre nemo póterat, ex ómnibus géntibus et tríbubus et pópulis et linguis : stantes ante thronum et in conspéctu Agni, amícti stolis albis, et palmæ in mánibus eórum : et clamábant voce magna, dicéntes : Salus Deo nostro, qui sedet super thronum, et Agno. Et omnes Angeli stabant in circúitu throni et seniorum et quatuor animalium : et ceciderunt in conspéctu throni in fácies suas et adoravérunt Deum, dicéntes : Amen. Benedíctio et cláritas et sapiéntia et gratiárum actio, honor et virtus et fortitúdo Deo nostro in sǽcula sæculórum. Amen. そのとき、見よ、私ヨハネは、日の昇るほうから上がる別の一位の天使を見た、彼は、活ける天主のしるしをもち、そして、大きな声で、地と海とを害する[権力]を与えられた四位の天使らに叫んだ。「我々が、天主のしもべらの額〔ひたい〕にしるすまでは、地も海も木も害するな」と。私は、しるされた人の数を聞いた。それは、イスラエルの子らのすべての部族の中から、十四万四千人であった。ユダ族の中から一万二干しるされ、ルベン族の中から一万二千しるされ、ガド族の中から一万二千しるされ、アゼル族の中から一万二千しるされ、ネフタリ族の中から一万二千しるされ、マナッセ族の中から一万二千しるされ、シメオン族の中から一万二千しるされ、レヴィ族の中から一万二千しるされ、イサカル族の中から一万二千しるされ、ザブロン族の中から一万二千しるされ、ヨゼフ族の中から一万二千しるされ、ベニヤミン族の中から一万二千しるされた。こののち、私は、すべての国と民族と人民と言葉とからの、誰にも数えきれぬおびただしい大群衆を見た。彼らは、王座の御前に、羔(こひつじ)の目前に立ちながら、白衣を着て、彼らの手に棕櫚(しゅろ)を持ち、大きな声でこう叫んでいた。「救いは、王座に坐し給う我々の天主と羔とにあれかし!」と。全ての天使たちは、王座と老人たちと四匹の動物たちとのまわりに立っていた。王座の目前に、自分たちの顔をつけてひれ伏して天主を礼拝した。「アメン、祝福と輝き、上智と感謝、誉れと力と強さとが、われらの天主に代々にあれかし、アメン」と言って。 유시에 문득 나 요왕이 생활하신 천주의 표를 가진 다른 일위 천신이 동편에서 올라 오는 것을 보았노라. 저는 육지와 바다를 해학하기로 허락을 받은 사위천신에게 큰 소리로 이르되「우리가 우리 천주의 종들의 이마에 표를 하기 전에는 육지와 바다와 나무를 해하지 말라」하더라. 나 표를 받은 자의 수를 들은즉 이스라엘의 아들들의 모든 지파에서 표를 받은 자가 십사만사천명인데 유다지파 중에 일만이천명, 루벤지파 중에 일만이천명, 가드지파 중에 일만이천명, 아셀지파 중에 일만이천명, 네프다리지파 중에 일만이천명, 마낫셋지파 중에 일만이천명, 시메온지파 중에 일만이천명, 레위지파 중에 일만이천명, 이스칼지파 중에 일만이천명, 사불론지파 중에 일만이천명, 요셉지파 중에 일만이천명, 벤자민지파 중에 일만이천명이더라. 그후 모든 백성과 지파에 말에서 온 아무도 헤아릴 수 없는 많은 무리를 나 보매 그들은 어좌앞에 고양의 면전에 흰 옷을 입고 손을 빨마를 들고 서 있어 큰 소리로 부르짖으며 이르되「어좌에 좌정하시는 우리 천주와 고양에게 구원이 있도다」하더라. 또한 모든 천신들이 어좌와 장로들과 네 동물을 둘러있다가 어좌앞에 엎디어 천주를 흠숭하여 이르되「『아멘』우리 천주께 찬미와 영광과 지혜와 감사와 명예와 권세와 용맹이 무궁세에 있어지이다」하더라. 
Graduale. Ps. 33, 10 et 11. 昇階誦 詩篇 33ノ10,11 층계경(성영 33․11)
Timéte Dóminum, omnes Sancti eius : quóniam nihil deest timéntibus eum. 主のすべての聖人らは、主を畏(おそ)れよ。主を畏れる者らには何も足りないものがない。 모든 성인들아 주를 두려워할지니 대저 주를 두려워 하는 자는 부족함이 없도다. 
V/. Inquiréntes autem Dóminum, non defícient omni bono. V/. 主をさがし求める者らは、すべての善がに不足することがない。 주를 찾는 자는 아무 선도 빼앗기지 않으리로다. 
Allelúia, allelúia. V/. Matth. 11, 28. Veníte ad me, omnes, qui laborátis et oneráti estis : et ego refíciam vos. Allelúia.  アレルヤ、アレルヤ、V/. マテオ、11ノ28 全て労苦する者、重荷を負う者は、私にきたれ、私はあなたたちを休ませよう、アレルヤ。  알렐루야 알렐루야.(성마두 11․28) 무릇 수고하는 자와 무거운 짐 진자는 다 내게로 오라. 나 너희를 쉬게 하리라. 알렐루야. 
+ Sequéntia sancti Evangélii secúndum Matthǽum. マテオによる聖福音の続誦 복음
Matth. 5, 1-12. マテオ 5ノ1-12 (성마두 5․1-12)
In illo témpore : Videns Iesus turbas, ascéndit in montem, et cum sedísset, accessérunt ad eum discípuli eius, et apériens os suum, docébat eos, dicens : Beáti páuperes spíritu : quóniam ipsórum est regnum cælórum. Beáti mites : quóniam ipsi possidébunt terram. Beáti, qui lugent : quóniam ipsi consolabúntur. Beáti, qui esúriunt et sítiunt iustítiam : quóniam ipsi saturabúntur. Beáti misericórdes : quóniam ipsi misericórdiam consequántur. Beáti mundo corde : quóniam ipsi Deum vidébunt. Beáti pacífici : quóniam fílii Dei vocabúntur. Beáti, qui persecutiónem patiúntur propter iustítiam : quóniam ipsórum est regnum cælórum. Beáti estis, cum maledíxerint vobis, et persecúti vos fúerint, et díxerint omne malum advérsum vos, mentiéntes, propter me : gaudete et exsultáte, quóniam merces vestra copiósa est in cælis. そのとき、人々の群れを見たイエズスが、山に登ってお座りになると、弟子たちは、おそばに近よった。イエズスは、話しはじめて、こうお教えになった。「心の貧しい人はしあわせである、天の国は彼らのものだからである。柔和な人はしあわせである。彼らは地を譲りうけるであろうから。泣く人はしあわせである。彼らは慰めをうけるであろうから。正義に飢え渇く人はしあわせである。彼らは飽かされるであろうから。憐れみのある人はしあわせである。彼らも憐れみをうけるであろうから。心の清い人はしあわせである。彼らは天主を見るであろうから。平和のために働く人はしあわせである。彼らは天主の子らと呼ばれるであろうから。正義のために迫害される人はしあわせである。天の国は彼らのものだからである。私のために、あなたたちを罵り、あるいは責め、人々が、あるいは数々の讒言(ざんげん)をいうとき、あなたたちはしあわせである。喜びに喜べ。あなたたちは、天において大きな報いをうけるであろう。 유시에 예수 백성을 보시고 산에 오르사 앉으신 후에 그 문도들이 가까이 나아 오거늘 입을 열어 저들을 훈계하여 이르시되「마음으로 가난한 이는 진복자로다. 천국이 저의 것임이요. 양선한 이는 진복자로다. 저들이 땅을 차지할 것임이요. 우는 이는 진복자로다. 저들이 위로함을 받을 것임이요. 의덕을 주리고 목말라하는 이는 진복자로다. 저들이 배부를것임이요. 애긍하는 이는 진복자로다. 저들이 애긍함을 받을 것임이요. 마음이 조촐한 이는 진복자로다. 저들이 천주를 뵈올것임이요. 화목하는 이는 진복자로다. 저들이 천주의 아들이라 일컬을것임이요. 의를 위하여 군난을 받는자는 진복자로다. 천국이 저희것임이요. 사람이 나 때문에 너희게 악답하고 너희를 핍박하고 모든 악한 것으로 너희를 거스려 망증하면 너희가 진복자 되리니 즐거워 하고 용약하라. 너희가 풍성한 상급을 하늘에서 받을 것이니라」하시니라. 
Credo 信経 신경
Ant. ad Offertorium. Sap. 3, 1, 2 et 3. 奉献文 智書、3ノ1-2、3) 제헌경(지서 3․1,2,3)
Iustórum ánimæ in manu Dei sunt, et non tanget illos torméntum malítiae : visi sunt óculis insipiéntium mori : illi autem sunt in pace, allelúia. 義人らの霊魂は、天主の御手にある。邪悪の苦しみ[死]は彼らに触れない。愚かな人々の目には、死んだと見えた。しかし彼らは平安のうちにいる。アレルヤ。 의인들의 영혼은 천주의 손에 있으니 괴악한 형벌이 저들에게 접촉치 않으리로다. 미련한 자의 눈에는 죽을 것 같이 보이나 저들은 평화중에 있도다. 알렐루야. 
Secreta 密誦 묵념 축문
Múnera tibi, Dómine, nostræ devotiónis offérimus : quæ et pro cunctórum tibi grata sint honóre Iustórum, et nobis salutária, te miseránte, reddántur. Per Dóminum nostrum. 主よ、われらは、われらの信心の捧げものを、御身に献上し奉る。各々の聖人らの名誉のためのこれらが、御身には嘉せられ、われらには御身の憐みにより救いとならんことを。天主として(…)。 주여 우리가 전심의 예물을 네게 드리오니 네 성인의 영광으로 네 성의에 합하게 하시고 또한 네 자비로 우리 구원에 유익이 되게 하시되, 네 아들 우리 주 예수․그리스도를 인하여 하소서. 저 너와 성신과... 
Præfatio de sanctissima Trinitate  三位一体の序誦  
Vere dignum et iustum est, æquum et salutáre, nos tibi semper et ubíque grátias ágere : Dómine, sancte Pater, omnípotens ætérne Deus : Qui cum Unigénito Fílio tuo et Spíritu Sancto unus es Deus, unus es Dóminus : non in uníus singularitáte persónæ, sed in uníus Trinitáte substántiæ. Quod enim de tua glória, revelánte te, crédimus, hoc de Fílio tuo, hoc de Spíritu Sancto, sine discretióne sentímus. Ut, in confessióne veræ sempiternǽque Deitátis, et in persónis propríetas, et in esséntia únitas, et in maiestáte adorétur æquálitas. Quam laudant Angeli atque Archángeli, Chérubim quoque ac Séraphim, qui non cessant clamáre cotídie, una voce dicéntes : Sanctus… 主よ、聖なる父よ、全能永遠の天主よ、われらが御身に、いつもどこにても感謝を捧げるのは、実にふさわしく正しいこと、義務と救いである。御身は、御独り子と聖霊と共に、唯一の天主、唯一の主にて在す。すなわち、御身は、一の位格の単一にて在すのではなく、唯一の実体(substantia)の三位にて在す。御身の御光栄について、御身が啓示するがゆえに、われらが信じ奉ることを、聖子について、聖霊について、差別なく、われらは信じ奉る。真の永遠の天主の本性を告白するにおいて、位格における固有性が礼拝され、本質(essentia)における唯一性と、御稜威における等しさも礼拝されるためである。これを、天使らと大天使らは、智天使も熾天使も、讃美し、絶え間なく声を上げ、日々声をあわせてこう言う。聖なるかな、…
Ant. ad Communionem. Matth. 5, 8-10. 聖体拝領誦  マテオ、5ノ8-10 영성체경(성마두 8․10)
Beáti mundo corde, quóniam ipsi Deum vidébunt ; beáti pacífici, quóniam filii Dei vocabúntur : beáti, qui persecutiónem patiúntur propter iustítiam, quóniam ipsórum est regnum cælórum. 幸いなるかな、心の清い人々、彼らは天主を見奉るであろう。幸いなるかな、平和を作る人々、彼らは天主の子と呼ばれるであろう。幸いなるかな、義のために迫害を受ける人々、天の国は彼らのものである。 마음이 조촐한이는 진복자로다. 저들이 천주를 뵈올것임이요. 화목하는 이는 진복자로다. 저들이 천주의 아들이라 일컬을 것임이요. 의를 위하여 군난을 받는자는 진복자로다. 천국이 저들의 것임이니라. 
Postcommunio 聖体拝領後の祈 영성체후 축문
Da, quǽsumus, Dómine, fidélibus pópulis ómnium Sanctórum semper veneratióne lætári : et eórum perpétua supplicatióne muníri. Per Dóminum. 主よ、願わくは、信ずる民たちに、全ての聖人らの尊敬によってたえず喜ぶを与え、彼らのたえざるとりつぎによって守られんことを与え給え。天主として(…)。

주여 비오니 네 믿는 백성들을 네 성인들을 공경함을 인하여 즐겁게 하시고 또한 저들의 전달하심으로써 보호하시되, 네 아들 우리 주 예수․그리스도를 인하여 하소서. 저 너와 성신과... 

 

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婚姻のミサのラテン語・日本語・フランス語の対訳版をご紹介いたします

2020年10月21日 | ミサ聖祭

アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

婚姻のミサのラテン語・日本語・フランス語の対訳版をご紹介いたします。

INTROITUS 入祭誦 Introït    
Deus Israël coniúngat vos : et ipse sit vobíscum, qui misértus est duóbus únicis : et nunc, Dómine, fac eos plénius benedícere te. イスラエルの天主は、あなたたちを結びつけ、天主ご自身が、あなたたちとともに在さんことを。天主は、二人の一人っ子を憐み給うた。主よ、今、かれらをして、ますます良く御身を祝させ給え。* Que le Dieu d’Israël vous unisse : et que lui-même soit avec vous, lui qui a eu pitié de deux enfants uniques : et maintenant, faites, Seigneur, qu’ils vous bénissent de plus en plus. 
Ps. 127, 1.  Beáti omnes, qui timent Dóminum : qui ámbulant in viis eius. (詩篇、127ノ1)主を畏れる人々、主の道を歩む人々は、全て幸いなるかな。 Heureux ceux qui craignent le seigneur : et marchent dans ses voies.
V/Glória Patri.  V,願わくは、聖父と…(栄誦) V/Gloire au Père.
Deus Israël coniúngat vos : et ipse sit vobíscum, qui misértus est duóbus únicis : et nunc, Dómine, fac eos plénius benedícere te. イスラエルの天主は、あなたたちを結びつけ…(*までくりかえす) Que le Dieu d’Israël vous unisse : et que lui-même soit avec vous, lui qui a eu pitié de deux enfants uniques : et maintenant, faites, Seigneur, qu’ils vous bénissent de plus en plus. 
     
COLLECTA 集祷文 Collecte    
V. Exáudi nos, omnípotens et misericors Deus : ut, quod nostro ministratur officio, tua benedictióne potius impleatur. Per Dóminum. V. 全能の憐み深きの天主よ、われらの祈りをききいれ給え。そは、われらの聖務によりて執行されることが、御身の祝福によりてより満たされ完成せんことを。天主として聖霊との一致において御身と共に世々に生きかつ治め給う聖子、我らの主イエズス・キリストによりて。 V Exaucez nous, Dieu tout puissant et miséricordieux : que le rite accompli par notre ministère reçoive son parfait accomplissement par votre bénédiction.
R. Amen.. R. アーメン。 R Ainsi soit-il
     
EPISTOLA 書簡 Épître    
Ephes. 5, 22-33.    
V. Léctio Epístolæ beáti Pauli Apóstoli ad Ephésios. 使徒パウロのエフェゾ人への書簡の朗読 5:22-33 V Lecture de l’Épître de saint Paul Apôtre aux Éphésiens.
Fratres : Mulíeres viris suis súbditae sint, sicut Dómino ; quóniam vir caput est mulíeris, sicut Christus caput est Ecclésiæ : Ipse, salvátor córporis eius. Sed sicut Ecclésia subiécta est Christo, ita et mulíeres viris suis in ómnibus. Viri, dilígite uxóres vestras, sicut et Christus diléxit Ecclésiam, et seípsum trádidit pro ea, ut illam sanctificáret, mundans lavácro aquæ in verbo vitæ, ut exhibéret ipse sibi gloriósam Ecclésiam, non habéntem máculam, aut rugam, aut áliquid huiúsmodi, sed ut sit sancta et immaculáta. Ita et viri debent dilígere uxóres suas, ut córpora sua. Qui suam uxórem díligit, seípsum díligit. Nemo enim umquam carnem suam ódio hábuit, sed nutrit, et fovet eam, sicut et Christus Ecclésiam : quia membra sumus córporis eius, de carne eius et de óssibus eius. Propter hoc relínquet homo patrem et matrem suam, et adhærébit uxóri suæ : et erunt duo in carne una. Sacraméntum hoc magnum est, ego autem dico in Christo, et in Ecclésia. Verúmtamen et vos sínguli, unusquísque uxórem suam, sicut seípsum díligat : uxor autem tímeat virum suum. 兄弟たちよ、妻は、主にしたがうように、自分の夫にしたがえ。キリストがその体でありそれを救い給うた教会のかしらであるように、夫は妻のかしらである。教会がキリストに服従するように、妻はすべてにおいて夫にしたがえ。夫たちよ、キリストが教会を愛し、そのために命をあたえ給うたように、あなたたちも妻を愛せよ。[キリストが命をすて給うたのは]水の洗あらいとそれにともなう言葉によって教会を潔め、聖とするためであり、また汚点もしわも、すべてそんなもののない、聖い、けがれなき教会を、御自分に差出すためであった。そのように、夫も自分の体のように妻を愛さねばならぬ、妻を愛する人は自分を愛する人である。誰も自分の体をにくむ者はない、みなそれをやしないはぐくむ。キリストも教会のためにそうなし給う。我々は、彼の体の肢体であり、(その肉、その骨でなりたっている。)「これがために男は父と母とをはなれ、妻と合って、二人は一体となれ」と。この奥義は偉大なものである、私がいうのは、キリストと教会とについてである。あなたたちは、おのおの自分の妻を自分のように愛せよ、妻もまたその夫を敬え。 Frères : que les femmes soient soumises à leur mari comme au Seigneur, car le mari est la tête de la femme comme le Christ est la tête de l’Église, lui qui est le sauveur du Corps. Ainsi, de même que l’Église est soumise au Christ, que les femmes soient soumises en tout à leur mari. Maris, aimez vos femmes, comme le Christ a aimé l’Église et s’est livré pour elle afin de la sanctifier en la purifiant par le bain d’eau, dans la parole de vie, pour faire paraître devant lui une Église resplendissante, sans tache, ni ride, ni rien de tel, mais sainte et immaculée. De même, les maris doivent aimer leur femme comme leur propre corps. Aimer sa femme, c’est s’aimer soi-même. Aucun homme n’a jamais haï sa propre chair ; au contraire, il la nourrit et il la soigne, comme fait le Christ pour l’Église ; car nous sommes membres de son corps, nous sommes de sa chair et de ses os. Voilà pourquoi l’homme quittera son père et sa mère, et il s’attachera à sa femme, et les deux deviendront une seule chair. Ce mystère est grand, je l’affirme, par rapport au Christ et à l’Église. Et en ce qui vous concerne, que chacun de vous aime sa femme comme lui-même, et que la femme respecte son mari.
GRADUALE, ALLELUJA, 昇階誦、アレルヤ誦、Graduel, Alléluia  
Ps. 127, 3.  Ps. 19, 3.    
Uxor tua sicut vitis abúndans in latéribus domus tuæ. あなたの妻は、あなたの家の中にあるよく実るぶどうの木のよう。 Votre femme sera comme une vigne féconde dans l’intérieur de votre maison.
V/. Fílii tui sicut novéllæ olivárum in circúitu mensæ tuæ. V/. あなたの子らは、食卓のまわりの、オリーブの若木のよう。 V/. Vos enfants seront comme de jeunes plants d’olivier à l’entour de votre table.
     
Allelúia, allelúia. V/Mittat vobis Dóminus auxílium de sancto : et de Sion tueátur vos. Allelúia. アレルヤ、アレルヤ、(詩篇19:3)主は、聖所から、あなたたちに助けを送り給わんことを。シオンからあなたたちを守り給わんことを、アレルヤ。 Alléluia, alléluia. V/Que le seigneur vous envoie son secours de son sanctuaire : et que de Sion il vous protège. Alléluia.
S.EVANGELIUM 聖福音 Évangile    
Matth 19:3-6 マテオ19:3-6 Mathieu 19:3-6
Sequéntia sancti Evangélii secundum Matthǽum.  マテオによる聖福音の続誦  Suite du Saint Évangile selon saint Mathieu. X
R. Gloria tibi Domine. X R.主に栄光あれ。X R. Gloire à vous, Seigneur
(ここで額と口と胸に親指で小さな十字架の印をする。) (胸の前に手をあわせたまま聖福音を拝聴する) signe sur le front, la bouche et la poitrine
In illo témpore : Accessérunt ad Iesum pharisǽi, tentántes eum et dicéntes : Si licet hómini dimíttere uxórem suam quacúmque ex causa ? Qui respóndens, ait eis : Non legístis, quia qui fecit hóminem ab inítio, másculum et féminam fecit eos ? et dixit : Propter hoc dimíttet homo patrem et matrem, et adhærébit uxóri suæ, et erunt duo in carne una. Itaque iam non sunt duo, sed una caro. Quod ergo Deus coniúnxit, homo non séparet. そのとき、ファリサイ人が来て、イエズスをこころみていうには、「どんな理由のためにも、人はその妻を出してよいのですか」。イエズスは答えていい給うた、「あなたたちは読まなかったのか、元始から[すべてを]つくり給うたものが、人を男と女につくり “それゆえ男は父母をはなれてその妻に合い、二人一体となれ” といい給うたことを。では、もはや二人ではなく一体である。故に人は、天主があわせ給うたものを、離してはならぬ。」 En ce temps-là : Des pharisiens s’approchèrent de Jésus pour le mettre à l’épreuve, et ils lui dirent : « Est-il permis de répudier sa femme en toute espèce de cas ? ». Il répondit : « N’avez-vous pas lu que le Créateur, au commencement, les fit homme et femme, et qu’il dit : C’est pourquoi l’homme quittera son père et sa mère et il s’attachera à sa femme ; et tous deux deviendront une seule chair. Ainsi ils ne sont plus deux, mais une seule chair. Donc, ce que Dieu a uni, que l’homme ne le sépare pas ! »
R. Laus tibi, Christe. R. キリストに誉れあれ R. Christ, louange à vous,
HOMILIA 説教 Prédication    
     
OFFERTORIUM 奉献文 Offertoire    
詩編 PS 30:15-16    
In te sperávi, Dómine : dixi : Tu es Deus meus : in mánibus tuis témpora mea. 主よ、私は御身に希望した。私は言った、御身は私の天主である、私の現身(うつしみ)は御手のうちに、と。 J’ai espéré en vous, seigneur : je vous ai dit : Vous êtes mon Dieu : mon sort est entre vos mains.
     
SECRETA 密誦 Secrète    
Suscipe, quǽsumus, Dómine, pro sacra conúbii lege munus oblátum : et, cuius largítor es óperis, esto dispósitor. Per Dóminum. 主よ、願わくは、婚姻の聖なる定め(契り)のためにささげられたいけにえを受け入れ給え。この業の与え主なる御身が、守り主となり給わんことを。天主として聖霊との意一致において、御身と共に世々に生きかつ治め給う我らの主よ、聖子、イエズス・キリストによりて。 Recevez nous, vous en prions, Seigneur, le don que nous vous offrons pour consacrer le lien du mariage : et comme vous en êtes l’auteur, soyez-en aussi le gardien.
PRAEFATIO 序誦 Préface    
     
Præfatio communis通常の序誦  Préface commune  
VERE dignum et justum est, æquum et salutáre, nos tibi semper, et ubíque grátias ágere: Dómine sancte, Pater omnípotens, ætérne Deus: per Christum Dóminum nostrum. Per quem majestátem tuam laudant Angeli, adórant Dominatiónes, tremunt Potestátes. Cœli, cœlorúmque Virtútes ac beáta Séraphim sócia exsultatióne concélebrant. Cum quibus et nostras voces, ut admítti júbeas, deprecámur, súpplici confessióne dicéntes:  Sanctus, ... 主よ、聖なる父よ、全能永遠の天主よ、われらが御身に、いつもどこにても感謝を捧げるのは、実にふさわしく正しいこと、義務と救いである。我らの主イエズス・キリストによりて。彼によりて、天使らは、御身の御稜威を賛美し、主天使らは礼拝し、能天使らはふるえおののく。天と、天の力天使らと、福(さいわい)なる熾天使らは、共に喜んでたたえる。願わくは、彼らの声に、われらの声をも交えさせ給え。われらは懇願して祈り告白してこう言う。 聖なるかな、… Il est vraiment juste et nécessaire, c’est notre devoir et c’est notre salut, de vous rendre grâces toujours et partout, Seigneur, Père saint, Dieu éternel et tout-puissant, par le Christ notre Seigneur. Par lui les Anges louent votre majesté, les Dominations l’adorent, les Puissances la révèrent, les Cieux et les Forces des Cieux avec les bienheureux Séraphins la célèbrent, unis dans une même allégresse. A leurs chants nous vous prions de laisser se joindre aussi nos voix pour proclamer dans une humble louange : Saint, saint, saint le Seigneur, Dieu des Forces célestes , le ciel et la terre sont remplis de votre gloire. Hosanna au plus haut des cieux. Béni soit celui qui vient au nom du Seigneur. Hosanna au plus haut des cieux.
COMMUNICANTES, et memoriam venerantes, in primis gloriosae semper Virginis Mariae, Genitricis Dei et Domini nostri Jesu Christi: sed et beati Joseph, ejusdem Virginis Sponsi, et beatorum Apostolorum ac Martyrum tuorum, Petri et Pauli, Andreae, Jacobi, Joannis, Thomae, Jacobi, Philippi, Bartholomaei, Matthaei, Simonis et Thaddaei: Lini, Cleti, Clementis, Xysti, Cornelii, Cypriani, Laurentii, Chrysogoni, Joannis et Pauli, Cosmae et Damiani: et omnium Sanctorum tuorum; quorum meritis precibusque concedas, ut in omnibus protectionis tuae muniamur auxilio. 聖なる一致において、我らは、先ず、我が天主なる主、イエズス・キリストの御母、終生童貞なる光栄のマリアの記念をつつしんで行い奉る。 又、その浄配聖ヨゼフ、主の聖なる使徒、殉教者、ペトロとパウロ、アンドレア、ヤコボ、ヨハネ、トマ、ヤコボ、フィリッポ、バルトロメオ、マテオ、シモン、とタデオ、更に、リノ、クレト、クレメンテ、シクスト、コルネリオ、チプリアノ、ラウレンツィオ、 クリソゴノ、ヨハネとパウロ、コスマとダミアノ、及び、全て主の聖人らの記念を行い奉る。願わくは、彼らの功徳と執り成しとによりて、我らに、御保護の助力を与え給わんことを。 Unis dans une même communion, nous vénérons d’abord la mémoire de la glorieuse Marie toujours vierge, mère de notre Dieu et Seigneur Jésus-Christ, puis du bienheureux Joseph, époux de cette même Vierge, et de vos bienheureux Apôtres et Martyrs, Pierre et Paul, André, Jacques, Jean, Thomas, Jacques, Philippe, Barthélémy, Matthieu, Simon et Jude, Lin, Clet, Clément, Sixte, Corneille, Cyprien, Laurent, Chrysogone, Jean et Paul, Côme et Damien, —et de tous vos Saints. Par leurs mérites et leurs prières, accordez-nous en toute occasion le secours de votre force et de votre protection.
     
     
Per eundem Christum Dominum nostrum. Amen. 同じ我らの主、キリストによりて。アメン。 Par le Christ notre Seigneur. Ainsi soit-il.
¶ Dicto Pater noster, Sacerdos antequam dicat Libera nos, quǽsumus, Dómine, stans in latere Epistolæ versus sponsos ante Altare genuflexos, dicit super eos sequentes Orationes :  主祈文ののち、司祭は祭壇の前にひざまずく新郎新婦に向かって婚姻の祝福を与える。この祝福は婚姻の秘蹟とは別個のもので、またミサの間だけしか授け得ない。 ¶ Après avoir dit le Pater noster, et avant de dire le Libera nos, quǽsumus, Dómine, le Prêtre, debout du côté de l’Épître, tourné vers les époux agenouillés devant l’Autel, dit sur eux les oraisons suivantes : 
     
Orémus. Oratio. 第一の祈願 Prions. Prière.
Propitiáre, Dómine, supplicatiónibus nostris, et institútis tuis, quibus propagatiónem humáni géneris ordinásti, benígnus assíste : ut, quod te auctóre iúngitur, te auxiliánte servétur. Per Dóminum nostrum. 主は、願わくは、われらの祈りを、そして、御身の立てた制度[である婚姻]をあわれみ優しく援助し給え。この制度により御身は人類の繁栄をくわだて給うた。そは、婚姻の作り手である主によって結ばれたものが、御身の助けによって、守られんがためなり。天主として、聖霊との一致において、御身とともに世々に生きかつ治め給うわれらの主、御子、イエズス・キリストによりて、アメン。 Seigneur, montrez-vous favorable à nos supplications et, dans votre bonté, accompagnez de votre grâce l’institution que vous avez ordonnée pour la propagation du genre humain : que votre secours conserve ce que votre autorité a uni.
Orémus. Oratio. 第二の祈願 Prions. Prière.
Deus, qui potestáte virtútis tuæ de níhilo cuncta fecísti : qui dispósitis universitátis exórdiis, hómini, ad imáginem Dei facto, ídeo inseparábile mulíeris adiutórium condidísti, ut femíneo córpori de viríli dares carne princípium, docens, quod ex uno placuísset instítui, numquam licére disiúngi : 天主よ、御身は御身の力の権能により、無から全てを創り給うた。御身は、宇宙の基をととのえて、天主の似姿にかたどって創られた人間に、御身が女の体に男の肉から原初を与え給うほど、分たれえない助け手なる女を作り給うた。これは、主が一つに立てたものを、決して分つべからざることを教えている。 Dieu, par la force de votre puissance, vous avez tout tiré du néant ; après avoir disposé les premiers éléments du monde, et créé l’homme à votre image, vous avez formé la femme pour être son aide tellement inséparable que vous avez donné naissance au corps de la femme en le tirant de la chair de l’homme, nous enseignant ainsi qu’il ne serait jamais permis de séparer ce qu’il vous a plu d’unir ;
Deus, qui tam excellénti mystério coniugálem cópulam consecrásti, ut Christi et Ecclésiæ sacraméntum præsignáres in fœdere nuptiárum : 天主よ、御身は婚姻の契約において、キリストと教会との神秘をかたどる前兆とし給うた程の大いなる玄義をもって、夫婦の結びを聖なるものとし給うた。 Dieu, vous avez consacré le lien conjugal par un mystère si excellent que l’alliance nuptiale figurait par avance l’union sacrée du Christ et de son Église ;
     
Deus, per quem múlier iúngitur viro, et socíetas principáliter ordináta ea benedictióne donátur, quæ sola nec per originális peccáti pœnam nec per dilúvii est abláta senténtiam : 天主よ、御身によって妻は夫に結ばれ、原罪の罰によっても洪水の判決によっても唯一取消されなかった祝福によって、原初から築かれた[家庭という]社会が与えられた。 Dieu, par vous la femme est unie à l’homme, et vous avez posé ainsi la base de la société, par la seule bénédiction dont nous n’ayons pas été dépouillés, ni par la punition du péché originel, ni par la sentence du déluge ;
réspice propítius super hanc fámulam tuam, quæ, maritáli iungénda consórtio, tua se éxpetit protectióne muníri : 願わくは、婚姻により結ばれるべく、御身の保護を自分にいただけることを願い奉るこの御身のしもめの上に、御慈悲をもって御目をとめ給え。 Regardez avec bonté votre servante ici présente, qui au moment de lier son sort à celui de son époux, implore le secours de votre protection ;
sit in ea iugum dilectiónis et pacis : fidélis et casta nubat in Christo, imitatríxque sanctárum permáneat feminárum : sit amábilis viro suo, ut Rachel : sápiens, ut Rebécca : longǽva et fidélis, ut Sara : 彼女において婚姻が愛と平安との軛(くびき)となり、キリストにおいて貞潔・忠実な妻として、聖なる女性たちを常に倣わんことを。ラケルのようにその夫に愛され、レベッカのようにかしこく、サラのように長寿で忠実たらんことを。 Que ce lien soit un joug d’amour et de paix : qu’elle soit dans le Christ une épouse fidèle et chaste et suive toujours l’exemple des saintes femmes : qu’elle mérite l’amour de son mari comme Rachel ; qu’elle soit avisée comme Rebecca ; qu’elle vive longtemps et soit fidèle comme Sara ;
nihil in ea ex áctibus suis ille auctor prævaricatiónis usúrpet : nexa fídei mandatísque permáneat : uni thoro iuncta, contáctus illícitos fúgiat : múniat infirmitátem suam robóre disciplínæ : sit verecúndia gravis, pudóre venerábilis, doctrínis cœléstibus erudíta : sit fecúnda in sóbole, sit probáta et ínnocens : 彼女において、かの罪への作り手なる悪魔が、何一つもその悪の業をおこなわないことを。彼女が信仰と掟とにかたくとどまり、唯一の夫に結ばれて、ゆるされぬ関係を避け、その弱さを規律の力で守り強めんことを。彼女が恥じらいにより落ち着きを持ち、慎みにより敬われ、天上の教えをよくわきまえ、その子孫において繁栄し、鍛錬された、汚れなき者であることを。 Que le démon, l’auteur du péché, ne trouve rien à s’attribuer en elle ou dans ses actes ; qu’elle demeure attachée à la foi et aux commandements ; unie à son seul époux, qu’elle évite toute relation mauvaise ; qu’elle appuie sa faiblesse sur une forte règle de vie ; que sa réserve lui mérite l’estime, que sa pudeur inspire le respect, qu’elle soit instruite des enseignements divins : qu’elle ait une heureuse fécondité, qu’elle soit intègre et innocente ;
et ad Beatórum réquiem atque ad cœléstia regna pervéniat : et vídeant ambo fílios filiórum suórum, usque in tértiam et quartam generatiónem, et ad optátam pervéniant senectútem. Per eúndem Dóminum nostrum. 彼女が、諸聖人の安息と天の国とに至らんことを。そして夫婦はその子孫の子らを三代も四代までも見て、望んだ長寿に至らんことを。その同じわれらの主、イエズス・キリスト、天主として、聖霊との一致において、御身とともに世々に生きかつ治め給う御身の聖子によりて。 Et qu’elle parvienne au repos des bienheureux et au royaume du ciel. Qu’ils voient tous deux les enfants de leurs enfants, jusqu’à la troisième et la quatrième génération, et qu’ils arrivent à une heureuse vieillesse. Par le même Christ notre Seigneur.
COMMUNIO 御聖体拝領誦 Communion    
Ecce, sic benedicétur omnis homo, qui timet Dóminum : et vídeas fílios filiórum tuórum : pax super Israël. 見よ、主を畏れる全ての人間は、このように祝福される。あなたは、あなたの子らの子らを見るであろう。イスラエルの上に平安あれ。 Ainsi sera béni l’homme qui craint le Seigneur : puissiez-vous voir les enfants de vos enfants : Que la paix soit sur Israël.
POSTCOMMUNIO 御聖体拝領後の祈り Postcommunion  
     
Quǽsumus, omnípotens Deus : institúta providéntiæ tuæ pio favóre comitáre ; ut, quos legítima societáte conéctis, longǽva pace custódias. Per Dóminum. 全能の天主よ、願わくは、御身の摂理の定めに、優しき行為を伴わせ給え。そは、御身が合法的社会として結び給うた婚姻を長寿に平和のうちに守り給え。天主として聖霊との一致において、御身と共に世々に生きかつ治め給う聖子我らの主イエズス・キリストによりて。 Nous vous en prions, Seigneur tout-puissant : entourez des faveurs de votre bonté l’institution de votre providence et conservez dans une longue paix ceux que vous avez unis par un lien légitime.
R. Amen. R.アメン。 R.Amen.
     
V. Dominus vobiscum. V.主はあなたたちと共に。 V. Le Seigneur soit avec vous.
R. Et cum spiritu tuo. R.又、あなたの霊と共に。 R. Et avec votre esprit.
     
V. Ite, Missa est. V.行け、ミサは終わった。 V. Allez, la Messe est dite,
R. Deo gratias. (会衆は跪く) R. 天主に感謝し奉る。(会衆は跪く) R. Rendons grâces à Dieu.
ミサの終わり、祝福を与える前に、司祭は二人を次のように祝福する  
Ayant dit Ite, Missa est, le Prêtre, avant de bénir le peuple, tourné vers les époux, dit :.
Deus Abraham, Deus Isaac et Deus Iacob sit vobíscum : et ipse adímpleat benedictiónem suam in vobis : ut videátis fílios filiórum vestrórum usque ad tértiam et quartam generatiónem, et póstea vitam ætérnam habeátis sine fine : adiuvánte Dómino nostro Iesu Christo, qui cum Patre et Spíritu Sancto vivit et regnat Deus. per ómnia sǽcula sæculórum. アブラハムの天主、イザアクの天主、ヤコブの天主が、あなたたちとともに在さんことを。天主ご自身が、あなたたちに主の祝福を満たし給わんことを。そは、あなたたちが、三代、四代までも子供らの子らを見て、その後に終わりなき永遠の生命を受けるためなり。天主として、聖父と聖霊とともに世々に生き、かつ治め給うわれらの主、イエズス・キリストが助け給うことによりて。 Que le Dieu d’Abraham, le Dieu d’Isaac, le Dieu de Jacob soit avec vous. Que lui-même vous comble de sa bénédiction, afin que vous puissiez voir les enfants de vos enfants jusqu’à la troisième et la quatrième génération, et qu’ensuite vous possédiez pour toujours la vie éternelle, avec l’aide de Notre-Seigneur Jésus-Christ, qui, étant Dieu, vit avec le Père et le Saint-Esprit, dans tous les siècles des siècles.
R/. Amen. アメン。 R/. Ainsi soit-il.
PLACEAT tibi, sancta Trinitas, obsequium servitutis meae: et praesta; ut sacrificium, quod oculis tuae majestatis indignus obtuli, tibi sit acceptabile, mihique, et omnibus, pro quibus illud obtuli, sit, te miserante, propitiabile. Per Christum Dominum nostrum. Amen. 聖なる三位一体よ、しもべなる私の聖役を嘉納し給え。不肖の私が、敢えてみいずの御前に捧げ奉ったこのいけにえを喜び給い、私と私がこれを捧げた全ての人々との為に嘉納せられるものとならせ給わんことを。我らの主、キリストによりて。アメン。 Agréez, Trinité sainte, l’hommage de votre serviteur : ce sacrifice que malgré mon indignité j’ai présenté aux regards de votre Majesté, rendez-le digne de vous plaire et capable, par l’effet de votre miséricorde, d’attirer votre faveur sur moi-même et tous ceux pour qui je l’ai offert. Par le Christ notre Seigneur. Ainsi soit-il.
BENEDICAT 最後の祝福 La dernière bénédiction  
V.Benedicat vos omnipotens Deus, V.全能の天主が、あなたたちを祝福し給わんことを、 V Que Dieu tout-puissant vous bénisse,
Pater,  (一同十字架の印をする)  et Filius, et Spiritus Sanctus. 聖父(一同十字架の印をする)と聖子と聖霊とによりて。 le Père, et le Fils, et le Saint-Esprit.
R. Amen. R.アメン。 R. Ainsi soit-il.

コメント
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--このブログを聖マリアの汚れなき御心に捧げます--

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