Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

聖ヨゼフ、我らの為に祈り給え! 聖ヨゼフの特別聖年(2020年12月8日〜2021年12月8日)

トヨタからの希望のメッセージ :水泳選手のジェシカ・ロング

2021年02月10日 | プロライフ
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様!

ロシアの孤児院にいたジェシカちゃんは、障害を持って生まれてきました。足を切断しなければなりませんでした。

アメリカの夫婦がこの子を養子とする前に、障害者であるけれど、どうしますか?尋ねられて、夫婦は「簡単な人生ではないかも知れませんが、素晴らしい人生となるでしょう」と答えました。「その子と早く会いたいです。」



ジェシカ・ロングはアメリカで第二のパラリンピック金メダル獲得選手となりました。






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マリア様が特別の御恵みを多くの方々に、お父さんやお母さんに、希望と勇気を与えて下さいますように、御恵みを与えて下さいますように

2020年10月16日 | プロライフ
2020年7月19日(主日)聖霊降臨後第7主日のミサ

聖ピオ十世会司祭 トマス小野田神父(大阪)

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

愛する兄妹姉妹の皆さん、来たる金曜日、スポーツの日には、大阪で最初のマーチ・フォー・ライフが行なわれます。その意向で、ここでは午前中10時30分にミサがあります。

そして大阪市役所に15時集合、そして15時半から、御堂筋を1時間ほど、マリア様と共に、ロザリオを唱えながら行進します。

マリア様を見る方が、「あぁ、私たちにはこんなに素晴らしい、優しい、憐れみのお母様がいるんだ。」

だから、もしも「赤ちゃんを産みたい」というお母さんがいたら、あるいは苦しんでいる方々がいたら、「マリア様を信頼しよう」と、を与えて下さいますように。

マリア様が特別の御恵みを多くの方々に、お父さんやお母さんに、希望と勇気を与えて下さいますように、御恵みを与えて下さいますように、そしてこの大阪の最も大切な所から、大阪中に、そして日本中に、マリア様の憐みが広がりますように、マリア様に是非、大阪を歩いて頂きたいと思っています。

どうぞ皆さんもいらして下さい、心からお願い申し上げます。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。



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ヴィガノ大司教:キリスト教文明の至高の価値とは、生命であり、一人の男と一人の女と子供たちからなる自然な家族、祖国愛だ

2020年09月28日 | プロライフ

アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

以下は、2020年9月23日に開催された「全米カトリック祈祷の朝食会」にカルロ・マリア・ビガノ大司教が送ったメモです。今年はオンラインで行われたのですが、イベントの主催者はこのイベントで、ヴィガノ大司教のメモを声に出して読むことをしませんでした。ライフサイトニュースは、次のように全文を掲載しました。

愛する兄弟姉妹の皆様に日本語訳をご紹介いたします。

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私はドナルド・J・トランプ大統領が9月23日に開催される「全米カトリック祈祷の朝食」(National Catholic Prayer Breakfast)に参加することを、深い感慨をもって知りました。

この機会に、ウィリアム・バー司法長官が、教皇ヨハネ・パウロ二世による「一般信徒に関する使徒的勧告」にちなんで名付けられた「全米カトリック祈祷の朝食」の キリスト一般信徒賞 (Christifideles Laici Award)を受賞します。

もしもできるなら私は、この記念すべき機会に私自身も出席したいと思います。私は、教皇大使としてワシントン D.C.での任務中(2011年~2016年)、この集いに非常に熱心に参加したことがあります。

そこで私は、この特別な祝典に参列するすべての人びととすべてのアメリカのカトリック教徒たちと一緒にこの記念すべき祝典に出席したいと思います。何故なら彼らは、ドナルド・トランプ大統領においてキリスト教文明の最高の価値観の最大の擁護者であることを見ているからです。キリスト教文明の至高の価値とは、生命であり、つまり受精から自然死に至るまでの生命、また、一人の男と一人の女と子供たちからなる自然な家族というものの価値、さらに祖国愛、天主のもとにある一つの国という価値です! そして最も重要なことは、トランプ大統領は、私たちの信仰を自由に実践する権利を擁護し、それによって私たちがより完全に天主を敬うことができるようにしているということです。

11月に行われるアメリカ大統領選挙は、画期的な挑戦であり、聖書的な挑戦であります。その結果はアメリカ合衆国のみならず、全世界にとって決定的なものとなるでしょう。

アメリカのカトリック信者の全ての皆さんは、御摂理が皆さんの大統領に託された役割を十分に認識し、天主が、ディープ・ステートや新世界秩序という悪魔的勢力に対抗して戦うように備えている、通常を超えた戦いを認識している必要があります。

私は、何百万人ものカトリック信者たちそして世界中の善意の人々と共に、熱烈な祈りをもってあなたの側にいます。

私たちの信頼は、全能の天主にあります。その右の手は常に不思議な業を行います。

+ カルロ・マリア・ヴィガノ
ウルピアーナ名義大司教
元ワシントンD.C.の教皇大使(2011年~2016年)

【訳注:アメリカ合衆国(The United States of America)は、50の州(states)の連邦で構成されているが、そのもっと深いところで米国を操るとされるエリート・グループのことを、ディープ・ステート(deep state)と呼び、「闇の政府」あるいは「国家内国家」「深層国家」とも訳される。】

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「助産婦の手記」結語 忠実な母たちに対する感謝の挨拶

2020年09月14日 | プロライフ
「助産婦の手記」
 
53章 結語
 
一つひとつの樹から、私は小さな葉を寄せ集めて、一つの花束を作ろうとした。それは、色とりどりになって来た。まるで人生そのもののように、非常に色とりどりになって来た。この花束を、皆さんの部屋に置いて、しょっちゅう御覧になっていただきたい。いつの時でも、それには、多くの価値ある薬草が一緒に結びつけられていることと信じる。その花束が、一つの長い人生のもろもろの経験を、ほかの人々に対しても、結婚および家庭生活を有効に改革するために役立たせる一助ともなれば、幸いである。
 
私の多彩な花束は、また、こういうことを示すべきである。すなわち、助産婦というものは、自分の職業をば、忠実な社会の母として正しく理解するかぎり、どんなに大きな活動分野が助産婦に対して天主から与えられているか、ということである。この花束は、人々をして、いささか次のことを思い起させる。すなわち、人々はすべて、これらの婦人に対しても、少しくお礼をいわねばならぬということである。
 
そして最後に、この花束は、また、都市および農村の助産婦に対して、自己の職業についての喜びを保ち、かつ新たに蘇らせるべきである。然り、この花束は、母と子に関する自己の任務を正しく理解し、かつ遂行するすべての人々に対する感謝の挨拶たるべきものである。
 
すべての私たちの忠実な母たちに対し、感謝の挨拶を贈る。



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「助産婦の手記」50章 我が国民の大きな待降節。アドベントリースと幼いキリスト様のための藁の茎

2020年09月13日 | プロライフ
「助産婦の手記」
 
52章
 
あすは、待降節の最初の日曜日である。
待降節。黙想と反省の時期、痛悔と生活の更新の時期。もしヨハネが今日、再びやって来て、彼の『悔い改めよ。』という言葉を、人々の心に呼びかけるならば! 一つの新しい精神が、はいりこむであろうか?
一つの新しい星が、救世主の秣槽(まぐさおけ)の方へ、ベトレヘムへの道をさし示すであろう。
 
待降節。新しい時代が、わが国民のために来るであろうか、黙想と反省の時期が? 人々は、自然法に関する忠実さ、子供に対する忠実さ、純潔の忠実さを再び信奉するであろうか? そうなるならば、外面的な生活改善という話においてもまた、待降節となるであろう。
 
あす、私たちは、待降節を私たちの新しい借家人のところで、一緒に祝うことになっている。それは、よい人たちである、ラウエルさん一家。父親は、職工長だ。母親は、裁縫婦として少し働いている。しかし裁縫をする時間は、あまりなかった。彼女は、いま四番目の子供を宿している。一番上の子は七つ、二番目のは五つ、三番目のは三つだ。その全家族のために洗濯し、繕(つくろ)いものをし、アイロンをかけ、縫物をして、万事がととのえられるまでには、一日が殆んど一ぱいになる。そして子供たちも、少しは母親に相手をしてもらいたがる。晴れた日には、彼女は大抵、一時間ほど子供たちと一緒に野や森を散歩し、自然の素晴らしい事物に注意し、そしてそれを楽しむように彼らを指導する。それから、野外にまだ何か花が見いだされる限りは、彼らは、私への土産に、花束をもって帰って来る。そしてそのお礼に、彼らは、私が林檎を樹から採ってやるのを手伝うことができるのである。
 
私たちは、互いに仲がよかった。
ちょうど私たちは、美しい大きな待降節の花輪(アドベントリース)を一つ束ねようとしていた。このことは、ラウエルさんのところでは、新しいことであった。両親が悦ばしくも、この考えに思いついたのであった。この花輪は、来たるべきクリスマスの前夜の象徴として、待降節中の時日を特別に聖なるものとするであろう。それは、声高らかに叫ばれた「主の道を備えよ!」という言葉を表わすであろう。まだ本を読むことのできぬ子供たちのためにも。
 
間もなく、その花輪は、居間の天井にかけられた。紫のリボンで荘厳に吊るされ、かつ巻きつけられて。そして大きな黄色な蝋燭が、その上に立っている。四本だが、それは待降節中にある四回の日曜日に想応するものである。一個の空(から)の秣槽が、箪笥の上に置いてある。それは、幼いキリストのために中味を整えられねばならぬものである。
 
『お母さん、あれ何とキレイなんでしょう! なぜあの花輪は、きょう、あすこにかかっているの?』
『それは、最初の待降節だから。みんな今、幼いキリスト様をお迎えする準備をせねばなりません。晩に私たちは、一番目の蝋燭に火をつけ、そして待降節の歌をうたうのです。そして幼いキリスト様に、何を私たちはすることができるか、みんなで相談しましょう……』
『今晚、お母さん?』
『そう、今晚―――暗くなってから……』
子供たちは、それが殆んど待ちきれなかった。
『お母さん、まだなかなか暗くならないの?』と、小さい娘のロッテが、もう昼飯のときに尋ねた。とうとうその時が来た。私たちは、みんなその部屋に集まっていた。そこで父親が最初の蝋燭に火をともした。そして私たちは、あの好きな古い歌をうたう、天よ、義(ただ)しき人に露をしたたらせよ……子供たちは、とても、お祭のような気分になった。
 
『きょうは、私たちは、ただ一つ燈火をつけるだけです。なぜなら、まだやっと待降節中の最初の日曜日だから。日曜ごとに、もう一つずつ蝋燭がともされるでしょう。そこで、あんたたちは、みんなクリスマス前夜祭が、だんだん近づいて来るのがわかるんです。私たちが、ますます急いで秣槽を作り上げねばならないことが。
 
あすこに、秣槽は、もう置いてある。でも、まだ全く堅くて空(から)です。そこで、あんたたちは、藁(わら)の茎だの、羽根だのを集めて来なければなりません。いま幼いキリスト様のために、小さな犠牲を一つ捧げる人は、藁の茎を一本取って来ることになるんです。それを、あんたたちは秣槽の中に入れるんですよ……』
『お母さん、もしお母さんが燕麦の餅をつくり、そして僕がそれを食べ、そしてちっとも泣かなければ……それは二本の藁の茎だ、そうでしょう?』と、五つのフランツが、その間に叫んだ。
『そして、もし私がコーヒーに砂糖を入れなければ、その砂糖を、クリスマスに貧民院のカトリンお婆さんのところへまた持って行っていいの?』と、七つのマリアが尋ねた。この娘は、四旬節中に、そうすることが出来たのであつた。
『そうですとも、そうしていいわ。そしてロッテは、もうきかん坊であってはいけませんよ。そして、そのことを待降節の天使たちが見ると、とても悲しまねばならないのです。だからロッテちゃんは、すぐこう言うでしょう、幼いキリスト様のために、わたしは、おとなしくするって。そうすると、ロッテちゃんも、藁の茎を一本、もらえるんですよ。』
『お父さん、なぜ蝋燭は、ちょうど四本あるの?』
『なぜなら、嬉しいクリスマスの日まで、日曜日が四つあるから。』
そこで、一番小さい子でも、その日がだんだん近づくのを知るのである。
『そして、もし四本の蝋燭がみな燃えてしまうと、すぐクリスマスの樅の木が来るの? そして……そして……お母ちゃん、話してちょうだい、それからどうなるの?』
『それは、お母さんには判りませんよ。それもやはり、待降節の天使たちが飛んで行くとき、日曜ごとに、あんたたちのことを幼いキリスト様にお知らせすることに全くよるのです……』
『天使たちも、秣槽の中に沢山藁の茎があるかどうか、のぞき込むの?』
『確かに天使たちも見ますよ。でも何よりもまず、天使たちは、人間の心のうちを見ます。愛と親切心が、その中に沢山はいっているかどうかを……しかし、お母さんは、幼いキリスト様が、ことし、持って来て下さる或るものを知っているんです。』
『お母さん……何?……何?……教えてちょうだい……どうぞ、どうぞ!』
『全く可愛らしい或るもの、小っちゃいきょうだい……』
『あっ、小っちゃい弟?……そうでしょう、小っちゃい弟……』 フランツは全く嵐のように熱望した。『女の子は、もう二人いるのに、僕はいつまでも、ひとりぼっちなんだもの……』
『それは、弟になるか妹になるか、幼いキリスト様は、まだ打ち明けて下さいません。そこで私たちは、それが生れてくるまで、待たねばなりません。』
『お母さん、どうしてお母さんは、そのことを知ったの。』と七つのマリアが考え深そうに尋ねた。その間に、小さいロッテは、待降節の花輪の燈火を吹き消そうとして興(きょう)がって【おもしろがって】いた。
『なぜなら、一人の天使が、その小さな霊魂を持って私のところへ来たからです。この霊魂は、天主様が私に贈って下さったのです。天主様は、それを搖籃(ゆりかご)の小さなベッドの中に置かせなさったのですが、そのベッドは、天主様が御自身で、一人々々のお母さんの心臓の下に、赤ちゃんのために支度をなさったのです。そのベッドの中に、赤ちゃんが、いま眠っていて、そして幼いキリスト様とその聖天使たちの夢を見るのです。それから赤ちゃんが十分に大きくなると、私たちは、それを普通の小さなベッドの中に置くことができるのです。』
『では、私たちの赤ちゃんは、もうお母さんのところにいるのね。』とマリアが言った。そしてこの愛らしい秘密について、何ものかをうかがい知ることができるかのように、母親に非常にぴったりと寄りそうた。
『そうです。赤ちゃんは、もうここにいますよ。そして私たちは、赤ちゃんがいい子で、正直で、そして丈夫でいるように、これから毎日赤ちゃんのためにお祈りしましょう……』
『お母さん、なぜ天主様は、赤ちゃんを直ぐに贈って下さらないの? 天使は、赤ちゃんを直ぐお母さんのベッドか、お父さんのベッドかへ置くことができるんでしょうに……』
『あんたは、もう覚えていないの、美しい花が庭で咲いて出るが、その元の種子は、どんなに小さいものだったかということを? 赤ちゃんも、そんなに小さいんです。そして、そのお母さんは、天主様がその種子を植えつけなさる土地なのです…』
『私も、いつか、そのようにお母さんのところにいたの?』
『そうですよ。この子供たちは、みんな、一度は自分のお母さんのとこにいたものです。だから母と子たちは、またそんなに親密なのです。』
『そしてお父さんもね…』とその娘の子は言って、そして腕を両親に捲(ま)きつけた……
 
待降節。蝋燭は、つぎつぎと燃えて行った。どの土曜日の晚にも、その家族は、ほんとに嬉しい思いをいだいて、暫らくの間、一緒に坐っていたし、そしてどの日曜日にも、自己教育と自制への熱意が新たに燃え立たされた。子供たちは、クリスマスの日がますます近づいて来るのを知った。そしていつでも実際的な性質のフランツは、もっと多くの藁の茎を秣槽の中に入れるために、父親から数本のシガレットを、うまくだまして取り上げたのである。
 
『お父さん、もしあんたが、いまシガレットを吸わなければ、藁の茎を一本お供えすることになるのでしょう……そして僕は、それをクリスマスに貧民院のミヘル爺さんのところへ持って行ってやるんです。』
『子供たちが、我々を教育しはじめましたよ。』と父親が私に言った。そして息子の気に入るようにしてやった。
 
最後の待降節の日曜日の翌日の夜、男の子が生れた。それは、どんな喜びであったことか! 実に黄金色をした元気な子供! そのため、玩具のことなんか、すべて忘れられていた。私たちは、この小さな地上の市民を、お祭りのように迎えるために、四本の待降節の蝋燭をともして置いた。そしてその大きな赤い蝋燭の間に、小さな白い蝋燭を立て、そして銀色の小さな鈴を幾つか花輪にかけておいた。それが鳴って、クリスマスの祭日の開始を告げるのである。今夜、幼いキリスト様がお出でになる……!
『小っちゃい弟がもうここにいる。そして幼いキリスト様がお出でになる!』と子供たちは競って歓呼した。夕方、私たちは、クリスマス・ツリーをお母さんの部屋に置いた。小さな秣槽をその下に。絵本を一冊、玩具箱を一つ、人形を一つ、それから饅頭と林檎と胡桃を盛った皿、それになお、冬季用の暖かい小さなジャケツと、色とりどりの毛糸で刺繍した子供帽。それらは、今日の観念からすれば、わずかなものだった。しかし、正しく教育された子供たちにあっては、それは、大きな喜びを与えるにあまりあるほどであった。全く非常に多くの品物をもって、子供に不必要な願望と熱望とを目覚ますこと、および生活への要求を不適当な方面に導くことは、意味がない。心からの愛をもって与えられたわずかなものが、その目的を達するのである。
 
しかし、最も美しいキリスト様の贈物は、小っちゃい弟であった。それは興味の中心だった。
『いつ、それはスープを作ってもらうの?』とマリアが尋ねたが、この娘は、すでに小さな主婦であった。
『それは、まだスープは飲みませんよ。お母さんのお乳をのむんです。まあ御覧なさい。何という可愛らしいんでしょう……』と、私は赤ちゃんを寝かせながら、それに答えて言った。
『お母さん、私もそうしたの……?』そして母親にぴったり寄りそった。
『赤ちゃんは、みんなそうするんですよ。』もちろん子供たちは、何事でも、なされ且つ言われたそのままに受け入れた。子供たちは、真に無邪気な心で、そのような事物に出くわすならば、決してそれにつまずくことはない。
 
私がその翌日、赤ちゃんにお湯を使わせたとき、家族のものはみんな、風呂桶のまわりに集まった。そんな小っちゃいのが、水をパチャパチャするのを見るのは、とても面白いものだ。マリアは突然質問した。『おばさん、それじゃ、なぜ男の赤ちゃんは、そのように少しちがうの?…』
『赤ちゃんが生れて来ると、お母さんは、それが男の子か女の子かを見なければなりません。 だから、それは少し、ちがわねばならないのです。もし、そうでなければ、私たちは、女の子にハンス名づけたり、男の子にグレートヘンと名づけたりするようなことになるでしょう……』
二三人の兄弟姉妹が育ってゆくところでは、もし真実の親の愛が、小さな巣を支度し、そして、それを保ちつづけて行くなら、その家庭は遙かに温かい。そこでは、すべての祝日は、全く独特な光輝をもつのである。
 
待降節……
全くひそやかに、たとえば初めての春の予感のように、新しい理解が世界を貫いてゆく。世間には、今日まだ美しい真の夫婦がある。その数は少ない。しかし実際に存在する。そしてそれは、酵母のような作用をするであろう。もしそれが純粋に、かつ忠実に保存されるなら。そうすると、そのような夫婦生活からして、より高い価値に対する理解と、新しい理想への努力が、再び国民大衆の中に、しみとおるであろう。そのような夫婦の数は、増して行くであろう、もしそれが持ち続けられるなら。その人たちの上に、その少数の忠実な人々の上に、わが国民の将来と運命とが、かかっている。――それゆえ、それらの夫婦たちは、その生命力が窒息しないうちに、何よりもまず支持し保護されねばならない。そのような家庭で育った子供たちは、愛の真の精神をつかみ、そしてそれを次代へ伝えるであろう。かようにして彼らは、わが国民の大きな待降節を招き寄せることであろう。



 
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「助産婦の手記」49章 一滴の蜜をもってすれば、一樽の酢をもってするよりも

2020年09月12日 | プロライフ
「助産婦の手記」
 
51章
 
初雪が降ったとき、青年教師のウェルネルは、週末に山地へ行った。彼は長年にわたる戦争の後に再び得られた自由について非常に喜んだので、すべての人々が心の底より善良であるにちがいないかのように思われた。その山頂の十字架の傍らで、日曜日の御ミサのために準備がなされた。このことをウェルネルは、喜んだ。それは、この世の騒がしさと争いとを高く超越していて、非常に荘厳であり、かつ、天なる天主に近づいているものであった。
 
しかし、彼らが山小屋の中で心地よく一緒に坐っていて、そしてラム酒を入れたお茶が、脚の高いコップの中で湯気を立てていたとき、一つの影が、その喜ばしい連中の上に投げかけられた。それは、最後のお客として、やや遅く秘書のラインハルトが、一人の女性を伴って来たのであるが、その女は、彼に対して厭らしいほど親しげに振舞った。ラインハルトは、ウェルネルと一緒に捕虜を解かれて帰って来たのであった。彼はウェルネルと、ちょうど今ここで出会うことは、明かに愉快なことではなかった。果せるかな、ウェルネルは、早くも青年らしい無遠慮さをもつて、露骨に言った。『おい、君は全く非道(ひど)い奴だよ。奥さんと子供たちを家に置いて、ほかの女と一緒に出掛けるなんて。それも故郷の土を再び踏むか踏まないうちにだ。』
『家内は、僕のために割く時間はないんだよ。あれは、もう僕を必要としないんだ。』と、話しかけられたラインハルトは、著しく腹を立てて答えた。『もし、僕が山地へ一緒に行かないかと尋ねると、こう言うんだ。ああひとりで行きなさい。私は行く気はないわ、とても疲れているんだからと……そのくせ、僕が週末を、ひとりで馬鹿のようにぶらつくことはないだろう、ということぐらいは、ちゃんと判っているんだ。』
『しかし君は、ここで僕たちと一緒になることが出来ることは判っていたくせに……』
ラインハルトは、それを故意に聞き流して、つづけて言った。
『ウェルネル君、君は結婚していないことを喜びたまえ。女なんて、もう碌(ろく)なものではない。彼女たちは、長い戦争によって、みな堕落している。そうだ……そうでなくても、変わって来ている。我々如きものは、不用なものとなってしまったのだ。彼女たちは、すべてを自分で決定することに慣れている。例えば、こうだ。わたし今晚、映画へ行くわ……わたしの女友達が一人、あすの晚来るのよ……あなた、自分の長靴は、自分でよく磨けるでしょう。わたしよりも、時間をよけいにもっていらっしゃるんですもの……などと言った調子だ。僕はもう、それは一体、僕の家なのか、それとも家内の家なのか、わからないんだよ……』
『それは、戦争中にそうなったのですね。』と、ある一人が、考えながら言った。
『女たちは、戦争中、すべてを自分で決めねばならなかった。そして我々の忠告を聞くことも、また我々の助けを求めることもできなかった。そして彼女たちは、勇敢にそれをやってのけたんだ。』
『そうだ、もちろん、君はまだ妻帯していない。それは、傍観するには興味があろう。しかし、女のこの独立性というものは、消えうせてしまうべきだ。この独立性に会うと、何のために我々は帰郷したのか、もはや全然わからぬのだ……』
『ねえ、僕にも言わせてくれ給え。僕は、家内と直きに具合よく行くようになったよ。我々の間には、何一つ喧嘩口論の種はなかった。』とバルチュが言った。『二三日間、僕は家内に、母親のように僕を世話し、そして休養させてくれるように頼んで、その御嘉納(ごかのう)を得た。しかし、それから僕は、ある土曜日の晩に、家内と一緒に家のベンチに、全く気持よく、親しげに腰をかけ、そして言った。さあ、お母さん、いよいよ僕は、再び家庭の主人だ、そうじゃないかね。そこで、お前は再びそれにだんだん慣れるようにせねばならない。お前は、長い間ずっと勇敢にやって来てくれた。僕は、そんなことが全体、可能であろうとは、決して考えてはいなかった。そして、どんなにお前が母と協力して農場を整頓して置いてくれたかということを、いつもただただ驚かざるを得ない。これについて、僕はお前に一生涯中、感謝する。もし君たち婦人が、そんなに勇敢でなかったなら、我々は子供と一緒に多分今頃は、ほかの多くの人たちと同様に、大道の上に立ちん坊をしていなければならなかったであろう。しかし、君たちは、その代りに、今は楽をせねばならない。そして多分、もう一人、子供も出来るだろうね……』
『おおあなた、もう子供たちは、あんなに大きいんですよ。』と、彼女は少し驚いて言った。しかし、全く拒絶するような様子ではなかった。
『もう一度、結婚式を、ほんとに全く静かに、我々二人だけで祝うのは、美しいことじゃなかろうか、お母さん……もう四年間も、我々は一緒にいることはなかったんだ。そしてあすは、実に日曜日だ……』
『そうだとも、夫は一家の首長だよ。』とラインハルトは、苦々しげにあざけった。『そのことについて、長い夜な夜な、美しい夢を見る。そして君は奥さんを腕に抱こうとする、奥さんは身を退ける。もう一遍、赤ちゃんを育てることを始めるのは、たまりませんわ、とね……』
『そのことは、やはり、夫の不在中、何年間も家族を養い、すべての仕事をひとりでやらねばならなかった婦人にとっては、そう簡単なことではないね。僕は、婦人がまず第一に重荷を下ろして、息を吹き返そうという気になることは、至極もっともなことだと思うね。もし君の奥さんが清らかに君を待っていたのなら、大いに喜びたまえ。それは、誰にでもそううまく行ったわけではないよ。』
『なぜ妻は、一度だって映画を見に行ってはならないんだろう? また、訪問を受けてはならないんだろうか?…』
『そんなことはないさ。もっとも、彼女は、可否を尋ねることはできる。しかし、勝手に自分でやってはいけないのだ……』
『おやおや、僕なら、君なんかを絶対に亭主に持ちたくないね。よくもそんなに度量が小さくなれるものだね……』と、きめつけた。
『だが、そこには、確かにもっともな点があるね。』とバルチュが慰めた。『調子は音楽を作る! もし妻が、あなた、あす、わたし映画へ行ってもいい……、と尋ねれば、すべてが好調であり、そして彼女はまた目的を達する。しかし、多くの婦人たちは、このことを考えない。しかし我々は、直ぐさま、それを悪く取る必要はないんだ。人間というものは、もし彼が神経質にそんな小さな事柄に注意せねばならないならば、彼は内的価値というものを、あまり多く持っていないもののように、僕にはいつも思われるのだ。まあ、一つ上機嫌でもって、君の方から適当な良い言葉をかけてやりたまえ……とにかく、君の奥さんに喜びを一つ、また一つ、そしてさらに一つ、奥さんにやり、そして良い言葉をかけてやりたまえ。すると、どんなに、このことが奇蹟を行うか、そしてどんなに速く君たち夫婦間の一致が、再び正しい軌道に乗るかということが判るでしょう。
婚姻というものは、実に一つの神聖な秘蹟だ。結婚生活は、もし夫婦の双方に少しばかり善意が存在するなら、詰らぬ事のために、そんなに速く崩壊し得るものでは決してない。そこには、さらに天からの力と光と恩寵とが存在する。しかし、我々は、何が何でも、しょっちゅう、受け取ろう、受け取ろうとしてはいけない。そうではなくて、我々は何を与えることができるだろうかということを考え、そしてそれを行わねばならぬのですよ。それは、最もたやすい、そして最も近い道で、喜びを作るのであり、そしてその道の上では、誰も施しすぎて貧しくなるということはないんです。』
『では一体、どこから、それを持って来るのですかね……?』
『何を、喜びを? 君、それは自分の心構えの中に抱いていなければならないのですよ、するとそれはきっと輝いて出てくる。まあ一つ、奧さんの手から塵捨箱【ゴミ箱】を取って、それを自分で空になさい。少しばかり君の子供と遊びたまえ。まあ一つ石炭を一桶、地下室から運び上げたまえ。道ばたから摘み取った小さな花でも、すでに効果がある。夕食後、君たちが一緒に、なお暫くの間、沈んで行く夕焼けに照らされながら座っていることができるようにするために、器物(うつわもの)を拭く手伝いをしたまえ……君のお母さんのことを想い起したまえ、すると、君に何が欠けているかが判るでしょう……』
『では、君は結婚しているのかね!』と、今やラインハルトが驚いて異議を述べた。
『いや、ウェルネルだけは、まだだよ。我々の婦人たちは、戦争中は、スキーの講習もやらなかった。彼女たちは、ほかに用事があったのだ。しかし彼女たちは、我々を十分に走り廻らせてやることは、我々に喜びを与えるということを理解しており、そして心から我々に楽しみを恵んでくれる。だから我々としては、この信頼を尊重し、そしてそれを濫用しないように努力せねばならないね。』
 
ラインハルトの連れの女は、当惑してそっぽを向いていた。人々は、彼女がこのサークルの中では、全く居心地悪く感じているということを、彼女の様子から明らかに見て取った。彼女の常習的な鉄面皮は、彼女から去った。母への思い、それは今しがた話された最後の言葉の一つによって呼び起されたのであるが、それは、もはや彼女を離さなかった。その母なる善良な婦人は、その娘が困苦と惨めさとによって、正しい道から押し出されないように彼女をよく教育し、そして何ものかを学ばしめんがために、いかに苦心したことであったであろう。そして今、母親は、その子供が教区の青年たちと共に、黙想会に行ったものと信じていたのだ……そのような信頼をこういう具合に濫用するのは、いまわしいことではなかったか? そして彼女は、一体、何を欲したのか? よその一人の母から、天主の御前で結婚したその夫を奪い、よその子供たちから、その父を奪いとろうとしたのである。彼女は、子供のとき、父親がないことを辛(つ)らく思ったのではなかったか? それなのに今や彼女は、すんでのことで、ほかの子供たちを同様に不幸にしようとするところであった……愛からか? いな、冒険心と、よりよい生活への渇望とからだった。彼女は、自分の給料をもっては、あらゆる欲望を満たすことはできなかった……今や、働きつかれ、老いた母親は、きっとあすの晚、最終列車まで、冷たい台所に坐って待っているであろう。そして汽車が、ほどなく着く頃に、娘がよく温まることができるように、はじめて火をつけるであろう。そしてコーヒーのコップが一つ、帰宅の際のために用意されて立っていた。それに一切れのお菓子……母親がどこでそれを求めたのか、判らない……そうだ、彼女は、常に娘に喜びを与えようと心がけていた……それなのに彼女は……
その娘は、そっと立ち上がり、そして青年教師のウェルネルの方へ、すり寄って行った。『あの冒険家から私を救って下さい。』と彼女は低いで頼んだ。後は、殆んど目に見えぬくらいに、彼女へうなずいた。
 
この同じ晚、私もまた訪問を受けた。ラインハルトの奥さんは、心の変わった夫のことを悲しげに訴えた。彼女は夫に向って、家で子供のそばにいてくれるように希望したのであった。それなのに、彼はひとりで山に出かけた。しかも恐らく単独ではないようだ。事務所の娘も駅の方へ行ったと、ワインベルグ奥さんが彼女に知らせた。
私たち二人は、長い間、一緒に坐っていた。私は、事情がよく合点がゆくように、彼女に説明させ、心の不満を訴えさせた。人をして思う存分に打明け話をさせることは、私たちが誰にでも与えることのできる唯一の救いであることがたびたびある。しかし、最後に私は言った。
『ラインハルト奥さん、私には、どうもあなたが、御主人の気持を正しく理解していらっしゃらないように思えるんです。御主人は、あなたが、もはや自分にすがっていないのに釈然とすることができないんです。ですから、御主人に少し気に入るようになさいな。いいですか、私ならこう言うでしょう、「どう、あなた、わたし映画を見に行っていい? あなたは大へん御親切だから、切符を一枚買って来て下さらない、私がわざわざ買いに出かけるのは大変ですもの。」と。あなたは、調子は音楽を作るってこと御存知でしょう。』
『でも、あなたは、ずるいお方ですよ!』とラインハルト奥さんは驚いた。『あなたが結婚していらっしゃらないなんて、惜しいことですわ……』
『私がもし結婚していたとすると、欠陥が時々どこにあるかということを、そんなによく知ることができるかどうか判りませんよ。このことができるのは、大抵ただ自分がその渦中に立っていないで、いわば、それを超越している時だけですね。』
『でも、あす主人が帰って来たら、私は本気で話をせねばならないんです……』
『いや、ラインハルト奥さん、やり方をお変えなさいよ。最初のひと言で、御主人は忽ち頑固になり、そして、すべては石のようになって、ますます悪化するでしょう。あなたは、香料を加えた一杯の燗酒(かんざけ)【あたためた酒】か、または、それに似た何かを作り、それに、ちょっとしたものを添え、そして、それを暖かいストーヴの上にかけて置きなさい。それから御主人がお帰りになるのを待っていらして、そして、あちらの方は素晴らしかったかどうかをお尋ねなさい。そして御主人さんがベッドにはいる前に、よく身を温まらせねばなりませんよ……』
『あら、ブルゲルさん、するとあなたは、またもや直きに、私の出産予定を書き留めることができるんですわ。主人は、もう三人だけでも苦しんでいるのに。』
『そんなに心配なさいますな。御主人は、四人のために、またもや苦しまれることでしょう。御主人は、それに十分値(あたい)するんです……今度出来るお子さんは、多分あなたの夫婦関係を再び正しく取りもどす祝福の子となるでしょう。しかも、今は、待降節にはいろうとしています。マリア様は、天主の御旨に従おうとする愛情の深い気持をもって、私たちに幸福をおもたらしになったのです。そして一人一人の母親は、まさに自分の子供を通して天主の国の建設に協力することができるのです。というのは、子供たちを新しい肢(えだ)として、キリストの御体につぎ合わせるからです。私には、こう思われるのです。母親というものにとっては、待降節にはいろうとする時よりも、もっと美しい時は決してないのだと。』
 
この家庭でも、再び事情は好転した。一滴の蜜をもってすれば、一樽の酢をもってするよりも、より多くの蠅を捕え得るものである。



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「助産婦の手記」48章 継母に関する意地悪い歌!

2020年09月11日 | プロライフ
「助産婦の手記」
 
50章
 
村の端のところに、「森の邸宅」に面して、鍛冶屋がある。それは、この村の最後の家ではあるが、最小の家ではない。鍛冶屋さんは、副業的に少し農業もやっているが、本業として良い仕事を持っている。それは、彼が工場のためにも働いているから、特にそうなのである。大きな経営の中には、いつも何かする仕事があるものだ。最近、彼は鍛冶屋の傍らに、自動車用の補充部品を売る店を増築した。そして、この方面では特に熟練した職人を一人雇い入れた。鍛冶屋は、活動家である。
 
しかし残念なことには、彼はまた、自分の仕事が、そう要求するように、非常に頑固かつ頑丈であった。このことは、彼の鉄敷(かなとこ)【鍛造や板金で、加工しようと思う金属をのせる鋳鉄製または鋳鋼製の作業台。鉄床(かなとこ)】にとっては適していたが、奥さんに関しては、それほど具合よく行かなかった。五人の子供たちは、父親が鍛冶場から帰って来ると、おじけて、あらゆる隅にもぐり込み、息をころしている。況(いわん)や高い声で話をするなどということは、もっての外だ。もしそうすれば、すぐ稲妻が走って火花が飛び散るのである。父の手中に陥るということは、最も気持のよくない事柄だ。このことは、二才になるヤコブでもすでに知っている。父親がまだ本気になってやらなくても、彼の手につかまれると、きっと黒い斑点と青い痣(あざ)が出来る。
 
彼の奥さんは、彼には不似合である。単に外見上からしても、痩せた弱々しい体質の彼女は、彼の頑丈な外観に対して正反対のものであるばかりではない。さらに心情においても、彼女の琴線は、非常に繊細で微妙に張られているため、もし彼の堅い拳がこれに触れると、いつでも非常な不協和音を発して鳴りひびくのである。このことは、残念ながら非常にたびたび起る。奥さんにとっては、その結婚は、絶え間のない、つらい幻滅の連続であった。彼女の抱いていたあらゆる内気な希望と控え目な期待とは、すでに初夜から、粉なみじんになった。『私には、こんな気がしました。ちょうど一人の子供が、小さな熱中した手をもって、クリスマス・ツリーにかかっているピカピカ光る球と、燃えている燈火をつかもうとする。何という希望と幸福の期待でしょう。それなのに次の瞬間には、こわれたかけらと、消えた燈火と、火傷した小さな手より外には、何もないんです……』と、彼女は、いつか自分で私に訴えた。『そして今、人生は私の前に、そんなに灰色に荒涼として横たわっているんです……ただ子供だけが、まだわずかに、光と喜びなのです。可哀そうな子供たち。私はいつも、こっそり、お父さんの頑なさについて、あの子たちを慰めねばならないんです……』
 
こうしたところに、今またもや、六番目の子供が生れようとしている。母親は、よほど以前から、もはや自分の宿命について、訴えも、泣きもしない。彼女は、自分の十字架ののがれがたい重荷の下で、全く静かになっている。喜びの小さな火花の一つだも、もはや彼女の心の中には残っていない。
 
彼女は、子供たちにとっては、実に無くては叶わぬ人であるから、その家の忠実な女中は、彼女に生きて行く勇気を目覚まして置こうと試みたが無駄であった。平安……ただ一度、平安を……これが、彼女の心のうちに、今として、こだまするすべてである。それは、来たるべきものの予感であって、すでに彼女の心に浮んでいた……
 
お産の一週間後に、彼女は意外にも永遠の憩いの中にはいった。心臓衰弱が、彼女の寿命の長さを限っていたのであった。
一番上の子が十才、一番下のがわずかに八日という六人の子供が、孤児として残された。母親の死と共に、彼らの生命の最後の、そして唯一の小さな光が、消え去った。彼らの廻りに残っていたところのすべてのものは、頑(かたく)なで、冷たく、無情な感じのものであった……
しかし、そうではなかった。忠実な心の持主がそこにいて、子供たちの面倒を見てやった。それは下女であった。感動すべき真心をこめて、この単純な素朴な心の持ち主は、子供たちに対して母親の心の代りをした。子供たちは、何一つとして不自由をすることがなかったのみか、再び笑うことを学びさえした。なぜなら、その下女は、人生というものを、奥さんが考えていたように、そんなに煩わしいものとは考えていなかったから。彼女は、全く別の性質の人であり、そして非常に手荒らなことに、もっとたやすく堪えることができた。彼女は、あまり気に入られる必要はなかった――なぜなら、彼女は奥さんではないから――そして素早く殴り返した。彼女は、非常に惨めな愛情の幻滅というものを経験したことがなかったし、また鍛治屋の頑丈さは、それはそれで仕方がないから、我慢することにした。
 
しかし、半年後に、善良なエマは、私に言った。『もうこれ以上辛抱はどうしてもできません。私はもうあの家に留まっていられません――鍛冶屋さんは、違った考えを持っています。ですから、私は、どうしても立ち去らねばなりません。ただ子供たちさえいなかったら……可哀そうなあの子たちは、私をとても悲しませるんです。この後、子供たちは、またもや、どうなることでしょうか?』
子供たちと別れることは、彼女には非常につらかったので、彼女は、そのことを彼等に言ってしまうことは、とてもできなかった。十二本の小さな手、それは彼女をしつかりつかまえていた……さて、この憐れな子供たちは、三日間も村中をかけ廻って、エマを探したが、とうとう彼女がもはや帰って来ないことを観念した。今はじめて、彼らは本当に孤児になったことを感じた。
 
そしてその後の事態は、 私たちが惧(おそ)れていた通りになって行った。どんな下女でも、四週間以上は、その家にいたたまれなかった。その鍛冶屋は、腹立ちまぎれに、ますます荒っぽく乱暴になった。間もなく、もはや誰も下女になり手がなくなった。子供たちは、流浪者の子よりも、ひどいボロを着、ほったらかされていたので、女の地区世話人は、干渉する必要があると認めるに至った。
 
しかし、そうしているうちに、鍛冶屋の眼は、少しばかり開けはじめた。彼は、決してそのことがどうでも構わぬというわけではなかった。そして今や彼は、断然起ち上り、そして、自分の境遇に最も適する唯一の手段をとった。すなわち、彼はエマのところに赴いて、妻になってくれるように願った。天主の御慈悲のために――子供たちのために。自分は、自身でもよく知っているように、非常な乱暴者である。しかし、我々は、とにかく、いつも一緒に何とかしてやって来た。そしてあなたは、私をいかに取扱わねばならぬかをよく知っている。少なくとも、あなたは、以前それを御存知だった。そして、もし、もっと子供が出来ても、自分は確かに何の差別もしないつもりだ……もし必要ならば、まだ半ダースぐらい余計に養うこともわけなくできるだろう……それゆえ、あなたは何の心配をする必要もない。私はただ正式な結婚をしたい……たとえ、私は自分の職業のように荒っぽくはあるが、悪人ではない、と……
 
エマは、十二本の小さな手が、願うように自分の方に差しのばされているのを見た。十二個の悲しげな眼は、母性愛をもって満たされた幸福の中に再び輝くべきであり、六個の人間の霊魂は、不幸から……恐らく破滅から……保護さるべきである……六人の子供たちは、役に立つ人間に育て上げられるべきである……彼女は、遂に承諾した――子供たちのために。彼女は、子供たちを不幸の中に捨てて置くに忍びなかった。もっとも、幻想というものは、彼女は一つも抱かなかった。このことを、彼女は私にそう言っていた。また彼女は、往々夫とうまく行かないこともあるだろうし、また前の奥さんとは性質が違うとはいっても、しばしば、非常にしばしば歯を喰いしばって辛抱せねばならぬことがあるだろうということを知っていた。なるほど彼女は、こう言った。『粗っぽい丸太には、荒っぽい楔(くさび)が適するんです! あの人が突いて来れば、私は突き返してやるんです……』と。しかし彼女は、結婚というものは、結局、そう簡単なものでないことをよく知っていた。夫婦間の最も親密な間柄にあってさえ、妻は夫の乱暴に対しては無力であるということ、それからまた、ふだん、父親に対する子供たちの尊敬心を維持し、父親の権威をくつがえさないようにするためには、子供のことを念頭に置いて、夫を突き返すようなことをしないで、多くの事を堪え忍ばねばならぬであろうということを、よく知っていたのであった。
 
三週間後には、早くも結婚式であった。子供たちは、みんな、二つのヤコブに至るまで、『自分たちのエマ』が帰って来ると聞いたとき、はめをはずして喜んだ。私は、子供たちに、彼女を受け入れる準備をさせ、かつ軌道に乗せる役目を引き受けた。ところが、結婚の前日に、二人の大きな娘の九つのリナと七つのロッテとが、ふだんとは違っていることが私を驚かせた。おどおどし、そして気が沈み、心配して……喜びは、ぬぐい去られたように見えた。何が一体、起ったのだろうか? 私たちは、少し前から子供たちに、今度再び帰って来ようとする彼らの親愛なエマを迎えるために、彼らの心情にふさわしい小さな格言を教えて置いたのであった。その格言の中には、「新しい母」ということに関するものは、一つもなかった。『そのことは、子供たちとエマとの関係から自然に出て来るでしょう。』と教頭は言った。『なぜ、子供たちを前もって新しい概念をもって驚かす必要があるでしょうか? 愛というものが、間もなく子供たちに、エマに向ってお母さんと呼びかけることを教えるでしょう……』
 
私がいま娘たちに、その格言を、もう一度復習させようとすると、リナが反抗した。『今度来るのは、もう私たちのエマでは決してないわ……そうではなくて、継母(ままはは)よ……まま母は、今でも私たちをいじめるのよ……みんな、そう言っているわ……私は、エマを、もうちっとも好かないのよ……』
私がこの驚きから回復しない前に、十一才のフリッツが私に味方してくれた。『ねえ、そんなことは、みな本当じゃないでしょう? エマは相変らず僕たちのエマだよ――たとえ、お父さんのお嫁さんになっても……そうなったからって、エマは、僕たちに意地悪はしないよ……』
もちろん、悪い入れ知恵をしたのは、御親切な近所の人たちだ! 殆んど村の半分が、この子供たちを、何の理由もないのに、新しい母と仲たがいするように煽動するため協力したのであった。今、はじめて私は、それを知った。数日前から、それは子供たちに対し、絶え間のない強迫になっていたのだ。『まあ、待っていな。今にまま母がやって来たら、お前たちは、そこらをうろつき廻らねばならなくなるだろうよ!』
『まま母は、パンの籠をお前たちの手のとどかないところに高く掛けるだろう。食べる物よりは、ひっぱたきの方が多いよ……』
 
この無責任な根拠のない隣人の継母に対する態度は、婚礼がすんだ後も、なおつづいた。エマは、苦しい立場にあった。あらゆる側(がわ)からして、彼女は不信の眼をもって見られた。誰でもが、その継母に対して文句を言い、子供たちを引きつづき、けしかける権利があると感じていた。どうしても必要な一切の教育方法――今まで半ば荒(すさ)んでいた子供に対する――は、直ちに継母的な抑圧であり、悪い取り扱いだとして騒ぎ立てられ、そして子供たち自身も、ほかの人たちから、そのように暗示された。少年保護局にあててさえも、密告があった。たとえ、今までに子供たちは、現在のようにそんなに好い日々を送ったことはなかったといえ、また、たとえ本当の母親でも、子供たちにもっとよくしてやることはできないであろうとはいえ。そして、ある日、エマが妊娠したということが、人々に知れたとき、迫害はその頂点に達した。今や人々は、子供たちを自分の方に引っぱりこむことを恥ともしなかった。『さあ、お前たちは、これからどうなるかってことが、はじめて判るだろう……もしエマが自分の子供を生むというと……』
 
悲しげに、その継母は、私のところで泣いた。そんなに、むずかしいものとは、彼女はその事柄を考えていなかった。『ほかの人たちが、どうか私たちを平安にして置いてくれて、そして自分自身の事柄だけに気を配るようにしてくれたらねえ! そうだと、私のうちでは、万事とても調子がよかったでしょうに。それに今、あの人たちは、子供たちをいつも煽動するものですから、子供を教育することが全くできなくなってしまったのです……こんなわけで、私は、もうこれ以上やって行くことはできません……』
『一体、御主人は、それに対してどうおっしゃるのですか?』
『主人は、全くそれに気がつかないんだと思います。主人は、家の中が不穏で秩序だっておれば、喜んでいるんです……あの人の心には、どんなことでも、そんなに速くはひびかないんです。』
そこで私は、一度鍛冶屋さんを叱って、きめつけた。それは、何といっても彼の心に触れた。鍛冶屋の家では、三週間前から、三人の子供が猩紅熱(しょうこうねつ)で病臥していた。そしてエマは、流石(さすが)のその父親でさえ、その有様を見のがさなかったほどの愛情と忠実さをもって、日夜、子供たちを看病した。父親は、私の話を聞いて、少なからず驚いた。『そうか、それで判った。あの連中がいろいろお喋(しゃべ)りしているとき、彼らは一体何を言おうとしているのかと、私は度々考えていたんだ……エマに注意しなくちゃいけないって。私は、そのために、もう殆んど猜疑心を起しかけていたんだ……もし、もう一度誰かが、私に向って口を開きでもしたら……』
 
二三日後、男連中は、居酒屋『鹿』に集まった。彼らは、あれやこれやの話をした。そして教頭は言った。
『鍛冶屋さん、あんたは大籤(おおくじ)を引き当てましたね。お子さんたちは、全く別人になりましたよ。もし今日、学校でその様子を御覧になるなら――以前とくらべて! 本当に喜ばしいことです。お子さんたちが成績を取りもどして、なおもますます向上している有様は。』
『しかし、継母のことだし……それに、いま自分の子さえ生れようとしているんですから……』と、意地の悪い行商人が言いはじめるや否や、鍛冶屋は早くも彼の襟首をつかんでいた。そして彼を猛烈に揺すぶったので、彼から七つの大罪がことごとく落っこちた……槌(つち)【木製の物をたたく道具・ハンマー】のような拳を、殻の鼻の下にあてがった……
『こん畜生! もう一度、村の誰かがおれの家内の悪口を言ったら……そいつは、奥歯を全部一ぺんに呑み込まねばならんぞ、本当に! 今、おれは継母なんていう言葉は、もう沢山だ! そして、どんなおしゃべり女でも、ちっとも容赦しないぞ……誰かおれにつかまって見ろ! もしお前さんたちのお上さんが、おれのエマが継子(ままこ)によくしてやっているその半分でも、良い母親だったとしたら、そんな嘘っぱちなおしゃべりをする暇なんか、ありっこはないんだ……とっとと家へ帰って、お上さんにそう言いな……』
 
そして彼は、その連中が自分でその場から消えうせようとしない限り、片っぱしから一人ずつ居酒屋から投げ出した。それから、役は、教頭と一緒に家に帰って行った。『どうです、いま、奴っこさんたちは、どんな目に合うか判ったわけでさあ! 何日も前から、私は向っ腹が立っていたんですよ……』
鍛冶屋の家族のものへは、もはや誰もあえて近づこうとするものはなかった。しかし、秘かに、全く秘かに人々は、なおも見張っていた……アルグス(註、百眼を具えていたといわれる神話上の巨人の名)のような眼をもつて観察した……しかし何も後見されなかった。赤ちゃんが生れた。その兄さんや姉さんたちは、喜んでそれを大事にかつ忠実にお守りをした。長男のフリッツも、時々は子守の役を引き受けねばならなかった。たとえ彼は、復活祭このかた、町の実業学校へ通学していたのであるが。――それは、もちろん、彼が継子だからだと、親愛な村人たちは考えたのであるが、もはやそのことを言う勇気はなかつた。しかし母親は、こう言った。
『あの息子だって、そんなに小っちゃい子供の相手をし、大事にそれをお守りすることを学ぶべきです。あの息子は、兄弟としての注意をもって、自分の妹のお守りをすることに、早目に慣れて置くべきです。彼が、後にいつか結婚したとき、よく勝手がわかり、そして妻の仕事と苦労とを正しく理解するでしょう。そして、いつか必要な場合には、妻を助けることができるでしょう……』
 
継母に関する意地悪い歌!
いかに多くの不必要な悩みを、この歌は、これまでに、子と母の心の中にもたらしたことか! いかにしばしばすでにこの歌は、子供の教育を妨げ、または全く阻害したことであろうか。いかにしばしば母親の生活を悲惨にしたことか。いかにしばしば、せっかく孤児の母親になろうと思い立った婦人を引きとめたことであろうか?……
実子を得ることよりも、継母となることの方が、より多くの愛を必要とする。より多くの理想と、より多くの犠牲心とを。継母に関する偏見をもつて、そこに干渉し妨害することは、正しいことであろうか? いかに多くの悩みが、その偏見によって始めて生ずることか。もしそれがなければ、悩みは存在しないだろうに! 煽動されて意地悪くなった子供たちは、母親に対して、あらゆる種類の反抗をする。そして、もし子供がそのようにひねくれなければ取る必要のない教育方法を、とることを余儀なくされるのである――そして、このようにして怒りと失望とは、いよいよ高まって来る。往々にして良くない継母や継父があるからといって、継父母というものは一般にそうだと結論することは正しくない。悪い実父や実母もある。また概して、大事にされない子供というのは、再婚によって親子関係にはいった子供ではなくて、夫婦の一方がその結婚の中に持ち込んだ連れ子である。このことを人は、一度真剣に考えてほしいものである。
 
私は、その人が継母であるということに誰も気づかないような継母たちを知っている。このことは、子供に対する彼女たちの態度の中に、継母であるということが必ずしも現われるものでない証拠である。そして私は、表彰状を第二のお母さんたちに、または孤児の母親になろうとあえてする方々に捧げないでは、この日記を終りたくないのである。



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「助産婦の手記」47章  愛というものは、腸詰とは違うものです。

2020年09月10日 | プロライフ
「助産婦の手記」
 
49章
 
『リスベートさん、どうか急いでケラーおばさんのところへ来て下さい。マクスちゃんが病気なのに、お医者さんが留守なんですよ……』と、一人の学童が午後一時頃に走って来て言った。いつまで経っても、こういう具合で、もし医者が不在だと、人は助産婦を呼ぶのだ。人々が私に対して非常な信頼をかけてくれることは、ほんとに嬉しいことだ――もっとも私は、彼らにしばしば真実を全く明からさまに告げ、そして全然彼らと意見が合わないことがあるのではあるが。
 
マクスちゃんは、すばらしい子供だ。金物商の独り息子。ほどなく四つになる。きょう、この子は少し熱があり、頸(くび)が痛む。親たちは心配のため、死んだようになった。きっとジフテリアだろう。彼らは、すでにあらゆる家庭医学書を開けて見た。それは三種類の厚い本だ。しかしどうもよく判らなかった。これらの本もまた、実に一つの人騒がせ物で、人を健康にするよりは、むしろ病気にする。その本の中に、ある一つの病気の徴候が非常に麗々しく書かれていると、すべての読者は、きょうは、この徴候が、あすはあれが、自分にぴったり当てはまることを発見する。
 
マクスの咽喉を見終わるまでは――それは全く大変なことであった。で私は、その子は扁桃腺を少しわずらっていることを確かめたので、湿布をしてベッドに休ませるように忠告した。同時に塩茶でうがいをすることも……
『こんな小っちゃい子供は、まだ、うがいなんか出来ませんよ、まだ大変むずかし過ぎますよ……』と母親は、マクスのために抗議した。それに対して私は言った。『私の小さな姪と甥は、三つの時には、もう、それがよく出来ましたよ。もし人がそういうことを子供たちと一緒に行うと、子供たちは喜んでそれをやり、そして、いざという場合に、出来ていいのですね。』
『明るい日中には、うちの子供はベッドになんか寝ていませんよ。』と、今度は父親も言った。『暖かい部屋のソーファの上に寝かせてやりましょう……』
 
そこで両親は、マクスに湿布をしてやり、そして靴と靴下をはいたままソーファの上に寝かせた。そして母親が戸口から外へ出て行くたびに、 マクスは後から飛んで行った。 冷たい台所へ、鶏小屋へ、穀物倉へ、外の雪の中に、母親がいろんなものを取りに行くたびに。それなのに父親は、部屋の戸口のそばに手を揉みながら立っていて、こう言うばかりであった。
『マクス、さあここにいなさい!……マクス、さあ、よく聞き分けなさい……マクス、そんな乱暴をしちゃいけないよ……マクス、それじゃ病気が直らないよ……』
私が夕方、見舞おうとしたとき、 私はその家の人たちに出会った。『御覧なさい、今は新時代です。今日では、もう自由の気持ちが、子供の中に潜んでいるんですね。どうすればいいでしょうか……』
 
二分間のうちに、私はマクスをベッドに寝かせつけた。それは非常に驚くべきことだったので、マクスは、びっくりして泣きわめくことを忘れた。いつもこの子は、よく泣き叫ぶことを心得ていたのではあったが。そして、ただ一度深く太息をして、不平も言わなかった。
『あなたは、お子さんをお持ちになったことがないと見えますね。そうでなければ、そんな手荒らなことは、ようなさらないでしょう……』と、ケラー奧さんがむっとして言った。たとえ私はマクスに対して全然何のひどいこともしなかったのであるが。その子はただ、私の実に断固たるやり方に会って、これは、従順にせねばならぬと感じただけである。
『いえ、ケラー奥さん、あなたは、お子さんは、一人だけと見えますね。もしお子さんを三四人お持ちでしたら、きっともっと合理的にお扱いになるでしょう。でも、あなたは、その独りのお子さんをまるで半分主なる神様ででもあるかのように御覧になっているんです――取り返しがつかなくなる前に、この村の年寄り連中から、一度、話をお聞きになるといいですよ。肉屋のヘルマンさんが一人息子を際限もなく我儘放題にして育てそこなった結果、どういうことになったかということを。』
『私たちの境遇では、子供は一人だけで十分です。そうだと、少なくとも、正しく教育できます。その子が将来、どの道へでも進めるようにして置いてやれます。今日、子供が何人もあるところでは――少なくとも私たちの状態では、子供は大変いろいろなものに不足せねばならないし、いろいろ制限を受けなければなりません……』
『でも、お子さんが数人いて、互いに顧みあい、助けあうことを学びますと、それは子供たちのためになりますよ。大きな方が、小さな方を保護してやることに慣れるといいんです。また子供たちは、全世界が自分のために存在するものではなく、ほかのものたちも、自分と同じように、太陽の下に席を持っているのだということを学び知らねばならないんです。また子供たちは、お互いの間で遙かによく楽しむことができるものです。子供は、子供同士の方が、大人とよりは遙かに面白く遊ぶことができるんです。子供の立場から見れば、ひとりでいるよりは、兄弟姉妹たちと一緒に育つ方が遙かによいのですよ。』
『一年中、つぎはぎだらけのズボンをはいて走り廻るなんて、可哀そうですよ、ちょうど私たちが、以前、八人きょうだいだった時と同じように……子供部屋の中で、早くも人生の厳粛さに触れるなんて……私は、そんなのは真っ平です。そうさせるには、私のマクスはあまりにも可哀そうです。』
『あなたは、人生の厳粛さというものは、お子さんには味わわされずにすまされるとでも考えていらっしゃいますか? 一体、子供が、小さい時から困難に打ち勝つことに慣れるということ、欲望を捨てるということは、遙かにより良いことではないとでもお考えなのですか? そんなに子供のために、すべての小石を道から取りのけてやろうとすることは、全く誤っています。むしろ子供は、小石の上を飛び越えることを学ぶべきです。あなたは、お子さんに、人生にはいるための教育をせねばなりません――母親のスカートにぶら下りながら、永久に続く子供部屋にいつまでもいるように教育すべきではありませんよ。』
『もしのちに変わるようなことがあるなら、その時でも遅すぎることはありません。私たちに関するかぎり、子供には何一つ不自由をかけてはならないんです。もしそれが、兄弟姉妹を持っていたら、親の愛も分割せねばならないでしょう。』
『もしも一人の子供に兄弟姉妹があるとすると、あなたは、その子を愛する程度がより少なくなるというほど、自分の心持を貧弱なものとお考えなのですか? 愛というものは、腸詰とは違うものです。腸詰は、もし数人から請求されると、それは当然、数個の切れに分割されるのです。このへんのことは、あの年寄りの籠作りが、もっと正しく理解していました。彼は、こう言いましたよ。子供は、多くなれば多くなるだけますます可愛くなるものだ。そして、それだけますます一人でも他人にやりたくなくなる、と。』
『私たちのマクスは、私たちのただ一つのもの、私たちの全部です。また今後もその通りでなければならないんです。あの子は、私たちを全く満足させてくれます。そして私たちは、この一人息子と一緒にいるんです。そうじゃありませんか、あなた?』
『リスベートさんの言われた事柄には、確かに何らかの真理があります。しかし我々の境遇にとっては、子供は一人だけで十分です。もしそのひとり子が、何一つ不自由なく暮しておれるとしたなら、兄弟姉妹のある子供が恐らく量的にまさっているとしても、それを質的にきっと補うでしょう。』
 
マクスが始めて学校にはいったとき、悪質の猩紅熱(しょうこうねつ)が急に流行した。学校は閉鎖され、あらゆる予防法がとられた。それなのに、自分の家に留まっていないで、全くの我儘と生意気とから、病気の友達のところへ、こっそり抜け出して行ったのは、誰あろう、このケラーさんの家のマクスだった。彼は、病人のところへ行ってはいけないというのは、一体どんな悪いことがあるからだろうか知りたいと思った。彼は、ベッドの上によじ登り、その友達をあらゆる方向からつぶさに観察した。
『マクスや、言うことを聞いて、 お母さんのそばにいらっしゃい。』と、ケラー奥さんは、言いつけて置いたのであった。『いやだ、僕は退屈でたまらないや!』とマクスは叫んだ。『僕は小路を通って、ペーテルとハンスのところに行くんだい!』早くも彼は出かけた。夕方、彼がどこをかけ廻って来たかを、さも勝ちほこったように報告したとき、両親は少なからず驚いた。『ちっとも大病じゃないさ。友達は、ただ赤い斑点(まだら)があるだけだよ……』この子は、ひとたび学校でほかの子供たちと一緒になってからというものは、自宅で独りでいるのは、もはや気に入らなかった。彼は、何かを支配し、命令し、抑圧し、そして自分の我儘をどこかで発散させたがった。飼犬のカロは、それに疲れて、彼に噛みついた。猫は、その子が近づいて来ると、フーッといって引っ掻いた。
 
二日後に、マクスは、自身、猩紅熱で重い病床に横たわった。そして、この我儘に育てられ、虚弱になった男の子は、危機に堪えることはできなかった。早くも二週間後に、私たちは、その子を埋葬した。この村における最初の犠牲者の一人。ひとり息子を先立たせねばならないことは、つらいことである……もし兄弟姉妹が三人あれば、もっとたやすく堪えることができるだろうと、ある人たちは言った。――他の人たちは、こう言った。子供を一人だけしか持ちたくないなどというから、こんなことになるんだ。何か起ると、直ぐ一度にすべてのものが失われるのだ、と。
『きょうもまた、そうなんですよ。』と、年寄りの教会の門番が、それに対して意見を述べた。『もし我々の天主樣が御摂理によって、一人の子供を奪われますと、直きにまた、ほかの子供が生れるものです。ただあらかじめ生れないだけですよ……』
 
その子の親たちは、このように思いも寄らずに、自分たちのあらゆる希望を裏切られたので、殆んど絶望しようとした。奥さんは、憂鬱症に陥らないために――自殺をしないように、何ヶ月も、あるサナトリウムで手当てを受けねばならなかった。それから、新たな子供に対する憧れが、燃えるように目覚めた。長びけば長びくだけ、ますます多く。しかし、時はいたずらに経過した――しかし、もはや一人も生れなかった。彼らは、医者を訪れ、また州の首府の有名な教授のところへも赴いた――それでも、子宝は、訪れて来なかった。彼らはこれまで何年間も、各種の化学的および技術的方法を尽して、妊娠を防いでいたものだから、今では妊娠は全く起らなかった。『今では、天主様は、もうそれを欲せられないのだよ。』と舅(しゅうと)が言った。この人は、かつて子供を八人育てたことがある。『お前さんたちが、そんなに長く欲しなかったからだ。私は、いつも言っていたよ、そんな策略は、いつかは報いを受けるよと。』
 
しかし、ここで私は、次のことをつけ加えて置きたい。すなわち、もしどこかの家庭で、子供が一人しかない場合には、その原因について、早計に判断を下してはならないということである。現に私自身、この村で子供が一人しかない母親を二人知っているが、その人たちは、ひとり子のほかに、もっと子供を燃えるように欲しがっているのであるが、どうしてもそれ以上は得られないのである。こういうことは、以前にもいつもあったことであり、今日でもなおある。子供が一人しかないという事実は、その夫婦が、多分、正しくない生活をし、そして子宝を不正な方法で防止しているためだと見なす権利を、私たちにまだ与えるものではない。そうだと信じるためには、私たちは確実なよりどころを持たなければならないのである。



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「助産婦の手記」46章 『結婚は、実に生命共同体ですよ……』

2020年09月09日 | プロライフ
「助産婦の手記」
 
48章
 
猛烈な住宅難の折柄、私は自分の小さな家の一部分を護ろうと決心した。私は、ほかの人々が、自分の家族のために巣を見つけることができないでいるのに、必要以上に広い場所を持っているということに気がひけた。私たちは、地階のふた部屋を片づけ、そして物置部屋を、水と流し口のついた料理のできる臨時台所に改造した。私は、いやしくも一家族が、正しく暮して行くためには、小さくてもいいから、誰ものぞき込まない自分自身の台所と居間とを持つことが必要であると見ている。
 
その住居(すまい)は、早くも一組の夫婦者に割り当てられた。もし、それが正しい人たちであり、そして、もし子供たちが生れるなら、私は彼らに対してさらに、屋根裏のふた部屋を漸次譲ってやりたいと思っていた。私と妹だけの老人二人は、もうその程度で甘んじることができる。
 
間もなく、その夫婦者のブミラーさんが引越して来た。正午頃に彼らは盛装して階段を上って来て、自己紹介をした。彼らは、何でも物事を適当に心得ているということをおおっぴらに示そうとした。しかし、私には彼らが階段を上って来るのに、女の方は新しい粗(あら)びろうどの外套をまとい、そして男の方は、シルクハットを被っていたのが滑稽に思われた。何分、子供たちを喜ばすのは、小さなことで足りるものではある……
 
『よく住み慣れなさると宜しいが。』と私は、その若い奥さんに言った。『とにかく、私たちのところは、非常に静かで平穏なんです……』
『私たちは、少しもお邪魔をしないでしょう。主人は鉄道に勤め、そして私も職業をつづけます。お昼には、私たちは職場の酒保で食事をします――または、多分ほかのどこかでも。そして晚には、非常にたびたび留守にします。ここでは実際、何も致しません。悲しい巣です。 というのは、私たちも、まあZ町の劇場、映画と音楽会、またはカフヘーに行くことができるように、鉄道の定期券を買うつもりだからです。』
『それでは、あなたは今後も、事務所に行こうと思っていらっしゃるのですか? 私は、女というものは、そんな精神のない仕事から抜け出すことを――自分の巣を作ることを喜ぶものだと考えていたのですが……』
『私は、何よりも私の個人的自由を、私の独立を護りたいんです。いつも夫に養われていなければならないということは、実に恐ろしいことです……』
『それでは、あなたは一体なぜ結婚なさったんですか? そういうことなら、私だったら、独身のままでいるでしょう。結婚と同時に、あなたは、あなたの独立の九〇パーセントは失ってしまったのですよ……』
『私たちは、そのことをちょうど今、お互いに試験しているんです……』
『その試験は、結婚については、そう簡単なことではないように私には思われますね。結婚は、実に生命共同体ですよ……』
『それは非常に古くさい観念ではありませんか? 生命共同体? そういう考えの人では、誰が朝になって、その共同体が、なお自分の気に入っているかどうかを言おうとするでしょうか? その共同体が、彼にとって朝でもなお、その性的欲望の満足のために適しているかどうかを言おうとするでしょうか? 人は、その見解を変えて行くものですよ……』
『で、もし子供が出来たら……』
『そんなことは、もちろん、ないようにするんですよ。私たちはそんなことに、かかわっていることは出来ません。私たちが若い限りは、私たちの生活から何ものかを得ようとしているのです。そして子供といったような負担は、真っ平です。恐らく十年間は……』
 
翌日、私は村長に、借家人を取りかえて下さるように依頼した。もともと私は、子供のある家族を希望すると、はっきり言っておいたのであった。
『ああリスベートさん、あんたは旧式な女ですな!』と、村長は言った。『家の中に子供の喧ましい騒ぎがないということは、喜ばしいことじゃありませんか。ほかの人たちは、そんなことは真っ平だと、極力ことわるんですよ。』
『それは、ほかの人たちの勝手です。で、今でもまだ子供を育てたいと思っている夫婦たちが、もう殆んど住居を見つけることができないため、仕方なしに浮浪生活をはじめているのです。私は、その責任を一緒に負いたくないんです。それよりか、家の中に子供の叫び声がある方が結構なんですーほかの人たちが、住宅難のために、不道徳なことをせねばならぬようになるその責任を、こちらで感じて、そのために良心の苦しみを受けているよりは。』
 
村長は、住宅課の課長さんを呼んだが、その課長とはシュテルン氏の自称するところであった。『ははあ、それはお助けできるでしょう。』と彼は言って、サタンのように歯をむき出して笑った。『ヘルマンの奥さんが、私の家に駈け込んで、自分のところの借家人を追い出したいと言うのです。なぜなら、間もなく四人目の子供が生れるからというわけです。だから、あなたは、その人たちと交換できますよ……』
ヘルマンさんの家には、きちんとした人たちが住んでいる。子供が生れる家の様子については、助産婦というものはよく知っている。そこで私は、その交換を承諾した。しかし、私のところの借家人は、それに反対して、事は急速には運ばないようだった……
 
地階の夫婦間の調和は、長くは続かなかった。というのは、そんな生活を長い間つづけてやって行くには、彼の給料は少なすぎるし、彼女の給料も十分多くはなかったのに、彼らは、お昼ごとにレストランで食べ、每晚、殆んど町に出かけたからだ。――やがて、ある時は一方が、ある時は他方が、ある時は両方とも、家にいなければならぬ時が来た。彼らは、別々の会計をやっていた。もし財布が空になると、面白くなくなった。そこで彼らは、支払日がまたやって来るまで、互いに改革案を提出した。ところが、その後は、また元の通りになった。さて、それから本当に間もなく、地階から異様な騒音が、上にいる私たちの方へはげしく聞えて来た。あたかも拳(こぶし)でテーブルをたたきドアをバタンと閉め、器物を投げつけるかのような騒ぎであった。間もなく、雷のような男の大きな声がひびいた。
『もし君が、僕の言うようにしないなら、僕は別れるよ! 餓死に瀕するなんて、もう沢山だ……』
間もなく、高いソプラノが、はげしく叫び立てた。『私は圧制を受けたくないわ! 私は、あなたの気まぐれを辛抱するのには、もう飽きあきしたわ! 結婚すれば、誰がお金の心配をするんですか、夫か妻か?……』
『誰が家事をやって、食事の世話をするんだよ、ええ?』
『では、断然別れましょう……』
このようにして、地階では、お互いに対する顧慮だとか、譲歩だとか、実情への順応だとか、相手の性格に対して善意をもって自己を適合させることとか、相手の弱点を親切に一緒に担ってやるとかいうことは、全然なかった。夫も妻も、どんな犠牲を払っても、自分勝手な要求をし、自己主張をするより外には、何も知らなかった。お互いに相手の中に性的満足を見るのみで、その外には何ものもなかった。
 
そして幾らも経たないうちに、いかなる彼らも、その官能的共同体には飽いて厭になって来た。一体結婚というものは、ただ情欲の満足以外に、何らかのより高い意義と目的とが、その背後に存在していなければ、本質上、この夫婦のようにならざるを得ない。自然を欺くあらゆる可能な手段が、それに結びつけられているところには、いつかは必ずそういう事態が来なければならぬのである。
 
自然というものは、罰せられることなしには、濫用を許さぬものである。もし濫用すれば、人々は互いに嫌い合うようになることは、いとも簡単な成り行きである。たとえ、彼らはそのことを白状はしないにしても、人々は、もはや互いに愛し合わないようになる。神経質になり、過度の刺激を受け、そして精神錯乱が起る。この神経質と嫌悪とが、ひとたび人間をとらえると、それはあらゆる生活問題に現われて来る、性の問題にだけではない。一体、禍(わざわ)いの根源はどこにあるかということを、人は全く明らかにしないことが稀れでない――その精神錯乱、その離ればなれの生活が、どこから始まったものであるかということを……
『私たちは、別々の生活をして来たのです。そして離婚するんです……』
私の借家人の女の方は、その二人が私の家から引越して行かないうちに、こう言った。『離婚は、双方の合意によって出来るというように、法律を変えねばいけないわ。で、私たちは、訴訟をはじめねばならないんです。』
起訴の理由は、すでにある。酒保のサービス・ガールが、挑発的に短い袖なしの黒い着物を着て、彼と静かな片隅に坐っていたとき、姦通への道が非常に急速に地ならしされた。そのような着物の自由というものは、悪魔の手先きとなって工兵の任務を素晴らしく果たし、そして悪魔をして、ちょっと襲撃しただけで、貞潔の城塞を征服し、汚させるのである。倫理、道徳を真面目に考えない人々は離婚をたやすく行うのである。――
 
今日、不幸な婚姻が沢山ある。それゆえ、離婚がもっとたやすく出来るようにされねばならぬという叫び声がますます高くなる。しかし、実際において、そのようにして救われるものであろうか? 確かに、すべての人が、私のところにいたあの借家人たちのように、物事を軽卒にする素質をもっているわけではない。そして誰もが、離婚の理由となるものを、そんなに非良心的に作りはしないであろう。また、多くの人は、そんな憐れむべき解消方法をとることを躊躇するものだから、破壊した婚姻共同体をも維持するのであろう。
しかしながら、全体的に一瞥すると、もし婚姻から、その生命共同体としての性格を原則として奪い去るならば、婚姻の絆(きずな)は、さらに一層弛(ゆる)まないであろうか? そうすると、もし気に入らなければ、またもや別れるまでだというような考えをもって、人々は、もっと『それをお互いに試験』して見ようとはしないであろうか? そうすると、勝手気ままとか利己主義というものは、もっと大きくなりはしないだろうか? 或いはまた、妻は、またもや夫を失うかも知れぬという心配のみからして、夫に対して全く不名誉な奴隷状態に陥らないであろうか? 私たち婦人は、夫婦間の一層強い結合は、常に私たちの側に責任があり、また今後もそうであろうということを忘れてはならない。
私たちは、結婚改革問題についてもまた、要点を誤っているように、私には思われる。私たちは、病んでいる樹木の根を治療する代りに、その尖端を切断する。私たちは、むしろ結婚に対して、より大きな尊敬と、より深い評価とを与えるように努むべきではなかろうか? 人間の心の中に、より高い責任感を呼び覚まし、彼らをして自然に則した生活のみが、結婚において永続的な幸福をもたらし得るものだということ、および、結婚前の正しい純潔は、結婚後において、濁りのない相互尊敬が存続するために必要であり、そしてこの相互尊敬からしてのみ、真の深い愛情と、親切な思いやりとが生じ得るものであるということを、確信させるべきではなかろうか?
 
私たちは、こう言ってはいけない――人間は、もはや理想のために努力しようとしないのだから、我々は理想の程度を引き下げねばならないと……私たちは、あえて人々にこう言わねばならない、『もしあなた方が、結婚の高い神聖な理想をば、しっかりと全力をもってつかみ、かつ実現しようと思わないなら、結婚から手をお引きなさい』と。
 
私は多くの破滅した結婚を見て来た。結婚を破滅させる最初の、かつ最も深い原因は、主として、子宝を防止すること、および婚約をする際において、すでに正しい相互尊敬が欠けていることとであった。相手の配偶者の責任によって不幸になった婚姻の数は、少なかった。こういう場合の離婚は、今日でも可能である――もし、しばしば起きるように、咎のない方の配偶者が、他方の落度にも拘らず結婚を持続しようと思わないならばである。
 
そこで、私は信じるのであるが、もし私たちが、物事の根本をつかみ、そしてまず婚姻取結びのための他の前提条件、すなわち婚姻に対する現在のとは違った態度を作るのでなければ、結婚生活の改革については何も達成することはできないのである。人々は、永続的生命共同体というものの深い全意義をつかみ、そして自分の生活を、それに従って形づくるように努めなければならない。 



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「助産婦の手記」45章 「でもそれは、神聖な自然法でありませんか?」

2020年09月08日 | プロライフ
「助産婦の手記」
 
47章
 
料理の講義が大切だということは、村会は、もう早く理解したが、しかし乳児の養育と病人の看護も同様に重要だということは、村会にはまだまだよく判りそうもなかった。しかし私たちは、それを試みにやって見ることにした。
 
私たちの助産婦協会の最近の会合で、私は童貞(シスター・修道女)のアンナさまと知り合いになった。彼女は、戦争中、赤十字に勤め、病院列車で指導していたが、今では巡回講習を行っている。私たちの村の若い母や、年頃の娘たちは、子供の正しい世話や教育のことを、もはや全くわきまえていない。そしてもし病人が出来ると、私たちは最も奇妙な事柄を見聞できるのである。ついこの間も、私の隣りの女が、その赤児のために、まとい布を作ってやったが、それで被ってやらなかった――なぜなら、まとい布は、熱を奪うからだそうである! もちろん、その憐れな子供は、その後、肺炎をわずらった。
病院で私たちは、教室を一つ用意した。アンナ童貞は、ほかの童貞たちのところに住み、そして食事には、主任司祭や教頭や村長のところへ行くか、または私のところへ来た。それはインフレーション時代である。講習参加者は、授業料の代りに、卵か粉か、またはバターを持って来てもよいことになっている。この講習が一たび発足すると、この村の連中は、きっと幾らか参加するであろう。村の長老たちには、それが何のことか、想像もできないのである。
 
私たちは、この講習を大いに宣伝させ、そして主任司祭は、説教台から、このことを告知された。まず最初は、看病の講習。予想外に、非常に多数の婦人と娘たちが参加したので、二部教授をせねばならなかった。その講習では、病人を自宅で正しく世話をし、栄養をとらせ、衣服を着せ、清潔に保つために、知って置かねばならぬ一切のことが教えられた。そしてこれに付随して、実習が、しょっちゅう行われた。私たちは、ベッドを二台、教室に置き、そして『病人』をその中に寝かせて、着替えさせ、洗い、布をまとう練習をした。また災難の場合の手当ての練習だの、腕や足の骨折、その他の負傷に対して包帯をする練習も行われた。病室のこと、病気見舞のこと、病人の心理的取扱いのことなども、興味を持たれた―――手落ちのことに至るまで。最後に、産褥、妊婦、婦人の悩み、更年期の特別な問題も取扱われた。
 
私も、この講習に参加した。共に学び、かつ助力した。そして、それによって得るところが多かった。私の母が、「人は牝牛のように非常に年をとっても、まだまだいつまでも学ぶところがあるものだよ。」と言ったのは、飽くまでも本当である。受講者の間には、興味と熱心が日々に増大した。最後に、ウイレ先生が、ちょっとした試験を行った時には、村長やまた村会議員の半数もいらっしゃった。そして驚きと認識とを隠すこともなく表明された。
 
これによって、基礎が作られた。数週間後に、私たちは、乳児保育講習の広告をした。すると、またもや非常に多くの人々が押しかけて来たので、講習をすぐ二度行わねばならなかった。子供についての喜びは、まだ絶滅してはいない。そして、このような講習は、その喜びを目覚まし、生き生きとして置くために良い手段である。この講習は、教育的に働きかける好い機会である。私にとっては、これらの講習は、自分の仕事を非常にやり易くしてくれた。もし婦人や娘たちが、いかに自己の生活の喜びと健康とを、不堅実、不道徳な生活によって破壊しているかということを、そしてまた、いかに自然法と天主の掟に対する違反は、報いを受けるものであるかということを、もう一度、別の方面から、かつ別の観点の下で聞くならば、彼女たちは、全くその通りだということを確かに再び信じ、そして、それを自己の誠めとするのである。少なくも暫らくの間は。
 
合理的な事柄ばかりでなく、非合理的な事柄もまた、いよいよ多く私たちの間に流行する。娘たちは、乳児講習のとき、「光の友」クラブについて、奇妙なことを物語ったが、それは、美と健康の増進の目的で、この村に作られたものである。そのクラブは、村はずれの森の中に、日光浴と空気浴とをするために、一定の場所を村区から当てがってもらった。なるほど、その周囲には、高い板塀が立てめぐらされたが、すぐその傍らに樹木が人を誘うように立っていたので、もちろん、数人の若者たちが、よほど以前から、その木にのぼって板塀の中には一体、何があるのか見ていた。その話によると、その中は、堕落前のパラダイスのようだそうである。男女が、あちこちに、寝そべっており、一緒に体操したり、遊戯をしたりしている――無花果(いちじく)の葉もつけないで。こういうことをすることが、いま、体の健康維持のために絕対に必要なのだそうである。人類が、この重要な知識を得るようになるまでに、実に数千年も生き延びて来ることができたという事実は、ただただ私を驚かせるのである! 人類が、着物の悪影響によって、よほど以前に滅亡すべきはずが、まだ生きているという事実が!
 
その光の友らは、同志を募っている。若い人たちは、もちろん、それに対して興味を覚える。娘たちは、もしそのことについて合理的に話をされれば、その事柄の中には危険が潜んでいるということがまだ判るのである。彼女たちは、異性に対する羞恥心の柵を全く取りこわしてはならないということ、特に大抵の人が、そのような心得を、もはや真面目に考えていない今のような時代には、この柵を、むしろ再びもっと丈夫に建てねばならぬということを了解するのである。
 
最も熱心な光の友の一人は、紡績工場の女秘書である。利口な正直な娘だが、非常に自負心が強い。彼女は、自分の思想を人に共鳴させようとするばかりではない――彼女は、青春の狂信をいだいているので、いやしくも自分のとは違う見解をもつ人だとか、古い偏見を固守しようとするような非常に旧式な人たちは、すべて彼女には、完全な馬鹿に見える!――人間は、人為的に、お互いを隔離することによってこそ、堕落するのである。裸でいれば、 人間は官能的な昂奮の鎖から解放される。すなわち真に自由人となって、地上的、動物的なものを超越する。ところが他の小人たちは、それをそんなに神経質に隠そうとしているのである。以上が彼女の信奉する福音なのである。
 
彼女は、また乳児保育講習を嘲笑する。一体今日、どんな女がまだ子供を作ろうとするだろうか? 女は、子孫を育てるように定められているという強制的な観念から、我々は、もう最後的に解放されねばならない。自分自身の生活をするということが、一人々々の最高の生存目的である、と。ある時、ほかの娘たちが、事務室で、アンナ童貞さまのところは、どんなに面白いか、そこでは傷害の予防法をどんなによく学ぶことができるかということを話したとき、その令嬢ベルタは、こう言った。私は何をなし、何をなすべきでないかを、すべて正しく知っている。だから、そのことについて教わる必要はない。私は自分自身をよく知っており、そして自主的な活動と力の自信がある――真に現代的なすべての婦人たちと同様に、と。
 
一人の新しい技師が、工場にはいった――そして日光浴クラブにも。しかし、そのクラブは、暫らくすると彼の気に入らなくなった。『板塀に囲われたこの場所は、大変冷えて、しかも狭くるしいですね、ベルタさん。本当の裸体は、自然の真只中においてのみ楽しむことができるんです。もしその裸体が自然の中にとけ込むような状態になることができるならば……もし、我々の体內にある何ものかが自然の永遠のリズムによって満たされるならばです。もちろん我々は、自然界の一つの小さな塵に過ぎないんですが、人為的に自然から分離しようとしたがっているんです……』
 
そこで彼らは二人きりで、高い山の森の中に上って行った。山の頂上の昼休み。背景には、人を保護し安全にする森があり、そして前方には、嬉々とした地上への遠望が開けている。暖かな夏の太陽は、嶺の上にかかっている……そこで、邪魔になる着物を脱ぎすてた。『自然の腕の中に、身を投げ入れましょう。自然の懐(ふとこ)ろの中で、人間であるということを、もう一度学びましょう……』
かようにして、彼らは束縛のない自由な憩いに身を委ねた。不思議な自然の酔いが、すべての保護の手から離れた二人の人間をつかんだ。心の慎みも、ますます弛んだ。そしてそれから……酔い心地のように、それは彼らの上に、やって来た。――
 
このようにして、あらゆる制止の弛んだ結果として起ったところのもの、それもあらかじめそうしようとして計画した意志をもってではないが、それにも拘らず、ただ彼らの責任によってのみ起ったところのもの、そのことが、今や最高の自然崇拝となって現われたのである。
『この前の時のようじゃなしに。』と、その娘は、次の日曜日に言った。ところが、相手の男は言った。『なぜ、そうしちゃいけないのですか? それは、最高の自然との合一じゃなかったですか? 自然の中には、到るところに、最高の目的が定められているじゃありませんか? 本当に人を酔わせる唯一の飲料! 僕たちは、あらゆる偏見を、あたかも無理に着せられた着物のように、かなぐり捨てたんです。僕たちは、自由人であって、自分の自由を享楽し、そしてその享楽を意識的に行うことによって、その責任を負わねばならぬのです。』
『リスベートさん、よくも人はそんな事柄について、実に美しいことを言うことができるものですね。ところが、いつの日にかは、どんな光輝でも消えてしまうんです――すべての言葉は、その意味を失ってしまったのです。それは、子供たちがクリスマス・ツリーからもぎ取って、地面に落すガラス丸(だま)のように粉みじんになるんです……何も、全く何も、後に残らないんです。
 
あの人は、私が妊娠したことを聞いたとき、私を侮辱して見捨てました。こうなると、彼はもう自然の目的ということについては、知らぬ顔をするんです……義務ということについても……責任ということについても。しかもこれは、彼がとても大言壮語して必ず自分が引き受けると言ったものですが……こうして彼は、私を捨ててしまったのです。もし義務とか責任とかを引き受けねばならぬ段になると……もし、一つの行為の結果を認めねばならなくなると、自由人というものは、どんなに憐れむべきくらい卑怯なものなんでしょう。
「君は知ってるだろう、欲しない胎児は、除き去るものだってことを。」これが、彼がやっと私に言った全部でした。』
 
それは、光と空気と太陽にも拘らず、難産であった。しかし、この母親は、陣痛が襲って来ると、歯を喰いしばって、その苦痛に圧倒されなかった。このような気丈夫な女は、段々珍しくなって来た。『この子供が、卑怯なルンペンを父に持ったことは、それだけで沢山です。だから、私は少なくとも正しい母になって、この子に人生の支えを得させてやりたいと思うのです……』
 
この独身の母親は、実に並みはずれの女であった。いかなる忠実さをもつて、彼女はその子供を大事にしたことか! あたかも彼女は、もしや、という私の考えを察したかのようであった。
『あなたは、多分私が子供をお腹に辛抱して来たことを不思議に思われるでしょう? でもそれは、神聖な自然法でありませんか? 自分の子供を胎内で殺すような母親は、どこで見いだせるでしょうか? それはただ堕落した無人格の人々のところだけです。もし小鳥が巣から落っこちれば、私たちは同情して、それをパン粥で育ててやろうと思います――それなのに、大切な人の子を、それがどんな天職を持っているかを問うことなしに殺してしまうのです! どんな貴重な宝を、全国民から奪うことになるでしょう。生命というものは、犯してはならない神聖なものです。いかなる人でも、生命を踏みつぶすことを決して引き受けてはなりません……』
『あなたは、一度も信仰したことはありませんか……?』
『いえ、決して。父はカトリック信者で、母はプロテスタントでした。父母は一致することができず、そしてどちらとしても、相手に子供を与えようとしなかったので、私は信仰を得ませんでした。私は、世界観の問題で、私と同じ基盤の上に立っていない男の人とは、 決して結婚しないつもりです。もし結婚すれば、いつも不調和があるんです――幸福な時でもそうですし、不幸の時には、とりわけ甚だしいわけです!』
とうとう非常な苦痛と苦悶の後、女の子が生れた。その子は、生存が覚束ないように見えたので、私は急いで非常洗礼を授けた。しかし私がやや骨を折った後、その子は全く元気になった。
『可哀そうな娘。』と母親は言って、涙が彼女の目に浮んだ。この短い言葉の中には、非常に多くの悩みと優しさとが、同時に含まれていた。非常に気づかわしい将来の心配が……
『この村で子供を預かるところを一つ探して下さいませんか? 私は子供をひとにやってしまいたくないんです。私がまた事務所に出るときには、勤務の前後に子供のそばにいて、それを見てやることができるでしょう……』
『では、ベルトルー奥さんが、確かに引き受けてくれるでしょう。また非常に適してもいるんです。あの人は、自分の子供を模範的に育て上げたんです。御主人は、戦争中に監禁されているうち、亡くなったのです。もっとも――あの奧さんは、確かにカトリック信者ですがね……』
『そして、その奥さんは、預かり児もカトリック的に教育するだろうと、あなたは言おうとしていらっしゃるんでしょう。それは構いません。もし子供が、もっと幸福な生活をし、そしてその人から、実母よりも、もっとよい支えを得るのでしたら……
そうです。御覧のように、結局、アンナ童貞さまの講習の中で忠告を受け、戒められた人たちのうちで一番愚かな百姓娘でも、私よりは増しだったのです……人は、機会を避けねばならぬということは、全く真実です……たとえ、自分はそんなに強く、かつ大丈夫だと感じてはいても……』





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「助産婦の手記」44章 天主様と協力して、あらゆる木材を材料として、聖人でもルンペンでも彫刻することができるのです

2020年09月07日 | プロライフ
「助産婦の手記」
 
46章
 
私は、リングバッハ夫婦が、もう一週間以来、とても厭(いや)になった。この二人の信じられないぐらいの利己主義者は、生活の勇気を全然失っていたのであるが、同時にまた信じられないほどの自負心があったので、世間に対しまだまだ種々の要求をいだいていた。もっとも自分自身に対してだけは、何も要求しないのであるが。そう、この夫婦は、二人の子供を育てる気はないのである。一週間以来、私はその子供たちを、どこかへ世話しようと骨折ったのであるが、残念ながら無駄だった。出来そうに思われたことも、彼らの傲慢な利己主義のために、話がこわれた。ベルグホーフの百姓のお上さんが、赤児の方を引き受けたいと言った。もっとも一年間くらいは、その母親が赤児のそばにいて、乳を与え、面倒を見てやってほしいと希望した。そのお上さんは、自分で子供を持ったことがないので、そんなに全く小っちゃい子供をどう扱ってよいのか見当がつかなかった。『赤ちゃんが、まあ這いまわりだすようになると、私は自分で何とかやって行くつもりですよ、リスベートさん。よく御存知のように、この家では、私たちが何でも手に入れた以上、それはピーピー鳴いて、自由自在に走り廻ることができるんです。でも、そのお母さんは、しばらく家事を手伝って下さらねばいけないね……』
『私が? 乳搾り女になるんですって? 糞を掘りかえすなんて、いえ、そんなことを、あんたは、私に要求することはできませんわ。』と、リングバッハ奥さんは、直ちにはっきり答えた。
 
もちろん百姓のお上さんは、その母親が大喜びで、一日でも早く自分の家にやって来るだろうと期待していた。というのは、その子供に対しては、親となるべき人の立派な屋敷が開放されているばかりでなく、遙か彼方には、美しい農場に対する相続権が、またたいているからである。私もまた、もしある母親が自分の子供を養育することができなければ、この幸運を、両手をもってつかむだろうと思っていた。従って、彼女が相変わらずそんな態度をとっていることは、全く信じることができなかった。これには聊(いささ)か驚かされたので、私は一日々々と、百姓への返事をのばしていた。しかし、その噂は自然に拡がった。そして私が、リングバッハ奥さんに、やがて二つになる女の児の方をやる気はないかと打診して見たところ、彼女はこう言った。『リスベートさん、手をお焼きにならないでね。もしベルグホーフさんが、社会的に十分良い地位になければ、問題になりませんよ。あたられっきとした母親も、自分の子供にそんな家庭を得させるため、一生、下女で終ってしまうことでしょうね。』
 
私が、そのお産の後十日目に、リングバッハのうちへ行ったところ、奥さんは、行先を書き残しもしないで、夜のうちに旅立っていた。御主人は、 その日ある知り合いと出会ったが、帰宅して見ると、彼女はいなかった。二人の子供が、ひとりぼっちで置きのこされて泣いていた――一壜(びん)のミルクも家にはなかった、全く何もなかった。ビルク奥さんが、慈悲深く、その遺棄された子供たちの世話をした。母親は、もはや帰っては来なかった。
 
このやり方によって、最後の望みの綱切れた。『わたしゃ、そんな腐った女の赤児は引き受けないよ。』と百姓のお上さんが言った。『その子の体の中には、何が潜んでいるか知れたものじゃない。つい先だって、こんなことが新聞に出ていたよ。ある養子が、わずかばかりの小金を早く手に入れるために、年寄りの養母を殺したってことが。』
『でもね、これまでたびたび息子が実の父親を殺したこともありましたね。私たちは、結局、そんなにひどく取り越し苦労をしてもいけないですよ。』と私は、なだめようと試みた。しかし、それはもはや何の役にも立たなかった。同情心の最後の一片も、その母親の行状によって、粉なみじんとなってしまった。
 
それらの憐れな子供は、どうなることであろうか? ビルク奧さんに長く厄介をかけることはよろしくない。私は、子供の必要とするものを沢山、彼女のところへ持ち運んだ。しかし、私は彼女が費した時間の償いをすることはできない。しかもそれは少々のものではなかった。急に母親から、もぎ離されたそんな子供というものは、全く非常に注意深い世話を要するものである。黙々と事情を吞みこんで、ビルク奥さんは、その子たちを引き取った。自分自身の子供すら殆んど養育し兼ねる有様ではあったが。それなのに、その子の父親は、子供をまだ一度も見に來ない。彼にとっては、子供はもはや、ないも同然であつた。どうか聖天使たちが、お助け下さるように。さもなければ、私は本件を少年保護局に持ちこまねばならない。代父母制をもっては、この場合は救われない。なぜなら、その追い出された小鳥たちは、暖かい巣を必要とするからである。
 
その後、ある朝、私は早朝ミサへ行く途中で、助任司祭、すなわち駅長の御子息に出会った。そして快活な挨拶の後で、彼はこう言った。
『あなたにお会いできて嬉しいことです。ブルゲルさん。どうかぜひ、私の妹に赤ちゃんを二三人世話してやっていただきたいものです。妹は、あの女の子ひとりだけでは、とても満足しないんです。しかし妹の夫は、もう父親になることは出来ないでしょう。あの人は、ひどい戦傷を受けたのです。お解りのことと思いますが、そうじゃないでしょうか?』
『それは、ヨゼフィンさんにはお気の毒なことです。あの人は、どうあっても、少なくとも六人は、食卓のまわりに坐らせたいと思っていらっしゃったのに。』
『そうです。あなたにどうかヨゼフィンをお助け願わねばならないと、夫のパウルがきのう言っていました。彼は、喜んで相当の金は、かけるつもりでいます。しかしそれは健康な、そしてまあ正常な良い素質をもった子供で、将来立派な人となるような子でなければなりませんね。』
『それは天主様が私にお送り下さっています。』と私は喜んで言った。『一週間前から、私は二人の赤ちゃんを、一人は二つになる姉、もう一人は、やっと二週間の弟ですが、その子供たちのために暖かい巣を探しているんです。ところが、どうも成功しそうもないんです。誰でも、その不確かな暗い将来と、もし起るかも知れない良からぬ煩(わずら)いのことを心配するんです。』
『その子たちは、そんなに良くない境遇から生れたのですか?』
そこで私が簡単に事情を話したところ、助任司祭は言った。『それでは、その親たちは、全く責任感のない正真正銘の利己主義者ですね。しかし、それは遺伝素質ではなく、他人と自分との共同責任です。我々は、天主様と協力して、あらゆる木材を材料として、聖人でもルンペンでも彫刻することができるのです。そして、その子供たちの将来は! 人はあまり心配しすぎてはいけません。我々の天主様は、なおまだ、いらっしゃるのです。天主は、おっしゃったではありませんか、「小さきものを、我が名において引き取るものは、すなわち我れを引き取るものなり。主の御自ら住み給う家は、堅牢にして毀(こわ)るることあらじ。」と。』
『もし私たちが、この信仰を、もう一度、世間の人たちに与えることができますなら……』
『ですから、我々は、その問題を解決しようというのです。』……挨拶しながら、彼は香部屋の中に消えた。
 
私は、なお何を話すべきであろうか? その二人の子供が、両親の愛と配慮とを受けて、役に立つ人間になったということ? なおそのほかに、二人の棄児が引き取られたということ? リングバッハ夫婦のうち、どちらも、今までその子供たちの安否を尋ねたことがないということ? 彼らは、どうなったのか私は知らない。そう、少し私は報告しよう。
 
ヨゼフィンの結婚生活には、どんな小さな隙間も生じなかった。なぜなら彼らが夫婦愛の点で、もはや互いに贈り合うことができなかったところのものは、精神的な温情と心よりの愛情とによって完金に補うことができたから、ヨゼフィンの豊かな母性愛は、彼女の五人の子供たちの上に、正しく溢れることができた。一方、彼女の夫の支配人は、父性愛と忠実な配慮とをもつて常に彼女を助けた。この夫婦の間には、何の溝もなかった。役に立たない詮索や、詮議立てをする暇な時間はなかった。二人は、おのおの相手が、自分を喜ばせるために、そしてまた生活をば愛をもつて美化するために、注意深く骨折っていることを常に新たに見、かつ経験した。そしてこのようにして二人の心はいよいよ堅く結び合った。
 
もしも夫婦というものが、実子であると他人の子であるとを問わず、優しい愛情と、同時に賢明な指導と合理的な熱意とをもって、その子を育てることを共同目的とするなら、多くの婚姻は、戦後の危機から速かに脱することができるであろうと、私は信じるのである。
 
ビルク奥さんもまた、相手を喜ばせることを常に心がけるというやり方でもって、彼女の夫婦関係を、以前よりますます密接にした。最初のうちは、夫は躊躇したが、自分でもそうやって見る気になり、そして彼は徐(おもむ)ろに、手さぐりしながらこの道をぼつぼつ進んで行こうと試みはじめた……そして間もなく、彼にとっては、家族の方が、ダンスの伴奏よりも大切なものとなった。その伴奏は、もし母親が一緒に行って、楽しみにしようとでもするなら、稀れにやるぐらいのものであった。
 
互いに熱心に相手に喜びを与えようとすることは、なまじい、あらゆる説教や、または相手を教育し改善しようとすることよりも、遥かに効果的である。
 
しかし、経済的裏づけのない結婚生活は、存立することはできない。このことは、私たちの心の中に燃えていなければならない。もしも各々の人が、自分にとって可能なことをしようと心掛けさえするならば……私たちがこの課題を解決しないうちは、夜も静かに眠ることはできないであろう。



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「助産婦の手記」43章  『私は、もう家へは帰らない、どんなことがあっても。』

2020年09月06日 | プロライフ
「助産婦の手記」

43章

今では、私は墓掘人だ。もはや助産婦ではない。恐ろしい時代が、私たちの国民の上にやって来た。戦争が終ってからインフレーション時代にかけての、この数ヶ月間に、堕胎という伝染病が、ペストのように、国民のあらゆる階層に、都市に農村に、貧富、老若、既婚、未婚を問わず、拡がっていった。今では、私が来てくれと呼ばれる時には、それは大抵、流産だった。正常な出産は、稀れなこととなった。生育中の生命に対する殆んど信ぜられぬぐらいの無良心をもって、母親の生命と健康を無視して、堕胎の手段がとられた。人々は、もうわざわざ、そのような死刑執行者の務めに従事する医者を探しまわったり、あるいはまた秘密に堕胎をやっている人のところに行くようなことはしない。彼らは、自分自身でやるのである。夫は妻にしてやり、若者は娘に、友達は、ほかの友達にしてやる。多くの人たちが、非常に進んだ技術を持っているので、その手術を自分でやるのである。

私の職業は、もはや私を喜ばせない。正常な出産よりは、犯罪的な堕胎の方が多いのだ! 自分の母親によって、そんなに破廉恥的に母胎から追い払われて、死神の手へ渡された、憐れな小さな人間の子たちが、まだ命を保っているうちは、私はその子たちが、まだ永遠の幸福へ到達できるように、急いで洗礼を施すのである。そんな時でも、母親は、ただ重荷がやっと下ろされたのに満足して、産褥に横たわっており――母性愛の何の感動も覚えずに、わが子に対して憐れみの一瞥をすら与えようとはしないのである。彼女たちは、子供を普通のように埋葬させようとはしない。子供の小さな体は、ぞんざいに堕胎坑(あな)の中や、堆積した肥料の中や、河の中に投げこまれる。水浴中の子供たちが、河の中から、そのような赤児の死がいを引き上げたことがたびたびある。こういうことが起ってからというものは、私はその憐れな子供を墓掘人のところに持参し、教会墓地の一隅に埋めてもらった。

こうして私は、ほんとに墓掘人になってしまった――もともと私の天職は、新しい生命がこの世に出現するのを助けることにあるのであるが。
そして、かつては非常に賞讃されたドイツの母親たちの多くは、憐れむべき、卑怯な、冷酷な嬰児殺し人となってしまった。ある学者が、西洋の没落について、本を書いたのは確かに正しい。防ぐ術(すべ)もない赤児を卑怯にも大量に殺すような「不道德」に忠誠を誓うような西洋は、没落するに違いない。

この日、「自由母性全国連盟」の地方支部が、この村に設立された。その目的は、堕胎を無罪とすること、受胎予防を宣伝すること以外には、全く何もなかった。その知識と方法とは、家から家へと伝えられた。ある人が、警察に、この運動を取り締まるように要求したところ、警察では言った。これは単に、衛生に関する国民啓蒙であり、性病に対する予防方法に過ぎないと。この運動の背後には、何が潜んでいるかということは、余程以前から、みんなに知れわたっているに拘らず、誰もこの運動に停止命令を出すものはなかった。

私は、助産婦をやめたいと思ったが、主任司祭は、それを許そうとはされなかった。司祭は言われた。今こそあなたは、この職業に留まり、そしてまだ生れないものの権利と真の道徳とを擁護するために、戦いを続けて行くべきだ、と。今こそ我々は、動揺している人々を支え、迷っている人々を元へ導きかえし、脅迫されている人々を支持し、そして今でもなお世の中に存在している本当の真正の母親が、忠実な母親として留まっているように助けねばならぬのである、と。

この村出身の指物師のワルツは、全くやり切れない職人だ。彼は私と出くわすごとに、何かいやがらせを言おうと試みる。少し以前に、私があるお産のところへ行った時にも、その通りだった。彼は数名の気の合った連中と一緒に、議事堂の前に立っていたが、通りかかった私に呼びかけた。『お前さんも間もなく失業せねばならないんだ。女たちは、もうお産の機械にされてはいないよ!』と。ある日、私はワルツ奧さんのところへ呼ばれた。もちろん、流産。私も、それとは別のこととは全然思っていなかった。それは、彼女としては初めての流産ではなかった――。しかし、最後のものだった。半ば熱に浮かされ、半ば失望と胸中の苦しさとから、彼女は自分の結婚生活について、色んなことを物語ったが、その生活から推測されることは、お産の束縛から解放された女は、幸福な生活をするものではないようであった。

そして彼女の十七になる娘、それは目立って静かな可愛らしい子であるが、それは母のベッドのそばに坐り、室内を行ったり来たりしながら、色んな話を一緒に聞いていた。近所の女たちは、盛んにおしゃべりをし、その娘の前で用心するということは全然なかった。ところが、その娘のグレーテルは、人々が思ったよりも、余計にいろいろのことを知っていた。そして彼女が知らないことは、自分で総合して理解した。母の死後、その娘は、母の遺した手紙を読んでいるうちに、次のことに関するか確かな証拠を発見した。すなわち、自分もまた親から欲せられなかった偶然の子であるに過ぎないということ、つまり予防薬にも拘らず妊娠し、そして種々な堕胎な試みにも拘らず生長し、そしてとうとう生れて来たものであるということである。

ワルツ奧さんは、意識をはっきり回復することなしに死んだ。葬式がすんだ後、その娘は私のとこへやって来た。
『リスベートさん、助産婦さんたちは、お互いによく知り合っているんでしょう。あんたは、私に一つ勤め口を世話して下さるわけには行きませんか――もし、しっかりした家なら、女中だって構わないんです。私はただここから出て行ってしまいたいんです……』
『あんたは、お父さんを独りでほったからかして置こうとするのですか?』 私は、その娘が一体、全体、何を感じたのか知らなかった。
『なぜそうしてはいけないの? もしお父さんの思う通りになっていたら、私は生れて来なかったことでしょう……二日前のあの小さな弟のように。なぜ私は、ひとりきりなの? なぜ私はきょうだいがないの?なぜお母さんは死んだの?……あんたはそれをよく御存知だし、私だって知っているわ。私は、この家に留まっているわけにはいかないんです。私は、お母さんの写真を見ると、こう考えねばならないんです。お前のお母さんは、人殺しだ……ただ偶然に、お前は母の手からのがれたのだ――お母さんは、お前のきょうだいを殺したのだ、と……そして、もしお父さんを見ると、お父さんは、きょうでもまだ私をつけ狙い、そして私の生れぬうちにやったと同じように、私を殺そうとしているかのように思われるんです……』
『まあ一体どうしてあんたは、そんなことが判ったの?』
『お父さんがお母さんに出した手紙がまだ家にあるんです。私はそれをきのうの晚、読んじゃったんです。私の生れぬうちに、私を取り除こうとするため、どんなによい勧めが、その手紙の中に書かれていることでしょう……』
『多分お母さんは、それには全く従わなかったのでしょう。』
『いえいえ…「もしその方法が役に立たなかったなら」と、お父さんは書いてるわ。「もしそれがまたもや駄目なら。」と、その次ぎには言ってあるわ。「注射でさえ効き目がなかったのなら。」と、また書いてあるわ。いえ、私は家に留まっていることはできないのよ。私を助けだして、この人たちから逃がして下さい……あの人たちは、私を殺そうと思っているんです……もう私のきょうだいを殺してしまったんです……』
私は、父親のワルツのところへ行って、その娘の願いを持ち出した。すなわち、娘さんは、ここ数日間、昂奮しているから、暫らく村から離れて、違った環境に身を置く方が、娘さんのために良いことであると。彼は、不機嫌そうに、私の申出を拒絶した。妻が死んだ後は、彼は家の中に娘が必要だというのである。私は、あらゆる方法をつくして説得しようと試みたが無駄であった。彼は、家の中に女を必要とする。娘は十分そう出来る年頃だ。さもなければ、自分は、なぜあのお転婆を育て上げたのだろうか? 自分は父であり、決定権を持っているんだと。
なかなか名案が浮ばなかった。父親から親権を奪う処置は、法律上許されていなかった。子供は打ち見たところ、全くよく世話されていた。そのような心理的な葛藤に対しては、法律は干渉する使命を持っていないし、またそういうことは恐らく決してあり得ないであろう。それゆえ、父親が娘を普通に取扱っている限りは、仕方がないから家にいるようにと、その娘を説得するよりほか、私には何の施すべき術(すべ)も残っていなかった。

彼女は、私たちがどうすることも出来ないことを見てとった。逃亡の試みも、見込がなかった。なぜなら、彼女はまた父の家に連れ戻されるだろうから。父と娘の関係は、ただ悪化するに過ぎぬであろう。しかし、この際、私は全く娘と同じような不安な気がした。すなわち、私は一つの危険がひそんでいるという感じからのがれることは出来なかった。

三週間後、夜遅くなって、私の家のベルが、けたたましく鳴った。私は、もう床についていた。そこで、跳ね起きて、窓へ走り寄った。『下にいるのは、誰?』
『リスベートさん、早く、お父さんの来ないうちに開けて下さい、早く、早く……』
グレーテルだった。すく私は下に降りて、閂(かんぬき)をはずして、彼女を中に入れた。素早く街路を見渡したが、誰も見ていなかった。そこで私は、街路に光を投げていた燈火をも消し、そして慄(ふる)えているその娘を連れて梯子段を上り、部屋の中に入れた。いま彼女が私に物語ったところのことは、残念ながら、ちっとも驚くべきものではなかった。予期していた通りだった。父親は、彼女に――酒に酔って帰宅した時―一緒にベッドにはいることを強いようとした。そこで娘は、窓から高土間に飛びおり、そして私のところへ逃げて来たのであった。
『私は、もう家へは帰らない、どんなことがあっても。』

あくる朝、私は始発列車で、グレーテルを州の首府にいる私の同僚のところへ旅立たせ、そして本件を少年保護局へ報告した。今や、後見裁判所が、それに干渉することが可能だった。ワルツが、親権を奪われた後、一人の叔父が後見役を引き受けようと申し出た。そして この叔父さんは正しい人で、その娘を良い学校に入れ、そして民生委員になるための正しい職業教育を受けさした。グレーテルは、立派な娘である。彼女は、つい昨日も、私にこういう意味の長い手紙を寄こした。どうかリスベートさん、私が卒業するまでは、どうかその職業をつづけていて下さい。私は、いつかは、あなたの後継ぎとして助産婦になり、ほかの母親や子供たちのために尽くして、自分の両親がわが子に対して過ちを犯したその罪を償いたいのです、と。




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「助産婦の手記」42章  『一人から始めてそれを続けて行かねばなりません。』

2020年09月05日 | プロライフ
「助産婦の手記」

42章

ディーツのところでは、再び静かな平和が訪れ、家庭の喜びが、新たに咲き出たのに反して、隣家では、ますます危機が迫った。若い母親のビルク奥さんは、三人の子供を満腹させるために、大いに働かねばならなかった。夫は、召集されたものの、足に負傷したため、自動自転車乗りとして、郷里で勤務を命ぜられた。彼は、兵役の給料を自分自身の生活費に使ってしまったので、妻子は苦しい生活をせねばならなかった。ビルク奧さんは、子供服や、チョッキやセーターや、手袋、指無し手袋、帽子を、註文次第で、あるいは簡単に、あるいは非常に芸術的に編んだり、刺繍したりした。彼女は、機敏で熟練していた。そしてお得意は、主として田舎の人だったので、パン、馬鈴薯、幾らかの豚脂と卵、その他、日常生活に役立つものを謝礼としてもらった。しかし夜の半分は、仕事のために費やされた。そのうえ、たびたび田舎へ出向いた。というのは、もし彼女が自身で行かなければ、註文は思ったよりも遙かに少ししか得られなかったからである。自分で、そのような仕事をやったことのない人は、いかに多くの時間と労力とをそれに要するかということについては、何も知らない。しかも、この仕事は、すべて、秘密にやらねばならなかった。というのは、もし役所が少しでもそのことに気がつくと、早速、収入は減らされ、従ってあくせく苦労しても、結局、何のたしにもならなかったからである。さて、こういうわけで、子供たちは、非常に長い時間を、ひとりで遊んでいなければならなかった。そして、まさに困っているときには、どんなにか速く、一かたまりのパンが食べられてしまうかということを、子供たちは、とっくに知っていたのである。

このようなことを早くから経験したので、まだそんなに小さな子供たちが、父親の賜暇訪問を喜んで迎えなかったことは、もっともなことであった。母親は、すべての妻と同様に、乏しい配給の食料や、骨を折って獲得した物のうちから、絶えず少しずつ、夫を迎えるために節約したことは言うまでもなかった。子供たちは、父親からは全く何ももらわなかった。ただ彼が母親の教育を助けるために時々、子供たちを散々にぶつだけだった。そこで、子供たちは、自分たちよりも却ってその父親の方に、いつも二三片のよいパン切れが差し出されることに関しては、殆んど理解がなかった。そして三つになるフランツェルは、一度ならず、こう質問したのである。『お母さん、なぜあの人は、いつもいつも来て、わたしたちのものを、みんな食べてしまうの?』

さて、父親のビルクは、遂に自分の家庭に帰って来た。そして以前の職場へ復帰した。しかし、子供たちは、仲々彼になつかなかった。その上、彼は愛をもって、子供の心をつかもうとは決してしなかった。彼は、父親としての自分の権威に従わないものをすべて悪くとり、そしてそれに対して非につらく当った。彼は、子供たちに用事を言いつけると、子供たちはこう言うのだった。『わたしは、まあ、お母ちゃんに聞いて見なくちゃならない。』と。彼女は、夫が帰って来てからも、每日のパンの心配をせねばならなかったので、依然として彼女が、家庭の権威者であった。夫の興味は、音楽クラブに集中され、そして彼は間もなく、日曜日ごとに、その楽団と一緒に、どこかでダンスの伴奏をやった。彼と妻とは、生活を共にしなかった。互いに間が疎くなり、冷淡になった。彼女は、その間隙がますます大きくなったことに、長い間、気がつかなかった。ただ彼女は、夫が、最初逢った時よりは、全く別人のようになったということを非常に苦にした。

その家屋の同じ階で、一人暮しをしているヘニッヒ奥さんのところに、住宅課から一組の若夫婦を紹介して来た。彼らには、二番目の子供が生れようとしていた。彼らは、戦争の最後の年に結婚したものである。夫は、航空士官であり、そして当時は、まだ戦勝の後に来るはずの黄金時代への希望に満ちていた。なるほど、彼女は、いくらか冷静に物を考えてはいたのも、何分にも高級の航空士官というものには、一定の生活水準が保証されていたものであるから……
いま彼らは、家具を取りつけた一室に、一緒に坐っていた。彼は、軍隊の解散後、その職を罷免された。そこで今としては、彼は言語学の二学期を終えたかつての学生であるということと、間もなく二人の子供の父になるということ以上の何ものでもなかった。両親は死んでいたし、故郷からは何の補給も期待できなかった。営利事業の方面へは、はいれなかった。ますますひどくなる失業時代には、到るところに、十分資格を備えた候補者が沢山待ちかまえていた。だからといって、彼は、わずかばかりの収入しか得られない小さな地位につくためには、特に骨折ることもしなかった。

失望は、大きかった。しかも彼女は、一頃勤めていた通信員としての職をすてていた。というのはその会社は、今日では、敵国の中にあったから。さてしかし、この村は、彼女の知らない土地であった。彼女は、何か文筆の仕事を自宅でしたいと申し出たが、ここではそんな需要はなかった。またフランス語とか英語は、すでにその興味を非常に失っていた。インフレーション時代の物価の値上りと反比例して、外国語熱は、下って行った。間もなく、夫婦の間には、愛のいたわりの代りに、愚痴が出てきた。『あんたが、いつも抱(いだ)いていらっしゃった大望のうち、どれが今、私の手に残っているんでしょうか? 保障された将来……社会的地位……小学校の先生にも、あんたは、なれないんですよ。』 責任を互いになすり合った。『もし私が知っていたなら。』、『そう、もし私が考えることが出来たとしたら……』ああ本当に、もし、人のよく知っている「最もいぶせき伏屋」【非常にみすぼらしい掘っ立て小屋のような家屋】の中にでも、寛(くつ)ろげる場所のようなものがないとしたら、あの「幸福な愛するもの同士」でも、恐らく我々の詩人シルレルの詩にもかかわらず、そこから逃げ出したことであろう。この若妻は、それでも希望をもっていたのであるが……

戦争中、結婚が、たびたび非常に大急ぎで行われ、そして多くの人々が、それらの結婚から何ものかを希望し、期待していたのであるが、今やすべての希望は、消え去った。生活が、二人となり、三人となり、四人となり、そして間もなく日常の辛さと空虚の中に置かれて見れば、以前、独りでいた時よりも、遙かにつらいものであった。互いに支えと助けになるべきところのものが、却って重荷と不幸とになるのである。

狭い部屋の中に、 困難からのがれる術もなく、その人たちは、言わば赤裸々の姿で向き合っていた。幻影は、すべて飛び去った。彼らは、四方八方、丸裸かで、互いに摩擦しあい、痛み、かつ燃焼した。どちらも、もはや、相手の弱点を慈悲深く覆い、相手の重荷を共に背負ってやろうとは考えず、却って双方とも、しばしば自分の利益のみを護ろうと努める。おのおのは、相手の敵であり、互いに抑えつけ、軽蔑しあった。大抵の結婚の場合、残念ながら、そもそもの始まりから、何らかの利己主義が、夫婦関係を築いたものであり、何らかの希望が、その絆を結んだのであって、愛がそうしたのではない。どんな事情の下でも、相携えて終りを完了しようという堅い意思は、大抵の場合、決して存在しなかった。真にキリストのうちに打ち建てられた婚姻は、危機に陥らないとは 言えないが、しかし、そのために崩壊するということはないであろう。

『私は、子供はいらないんですよ。』と、その若いリングバッハ奥さんは、御主人が、お産のはじまろうとする最後の瞬間に私を呼んだとき、私に話した。そこには、肌着も、おしめも、風呂桶もなく、一台のベッド以外には実に全く何もなかった。そのベッドは、母親が、まだ二つにならない子供と一緒に使い、そして父親は、非常に使い古るした寝ソーファの上に寝ることにしていた。両親は、何も調達することが出来なかった。しかし、彼等が全然何も探し廻らなかったことは、殆んど許し難いことであった。そして今や夜である。

ヘンニッヒ奥さんのところでは、 どうしてもらうことも出来ない。彼女の二人の息子は、戦死した。彼女は、まだその悲しみに打ち勝っていないため、ただもう静かにして置いてもらうことを切望した。私はまた、こういうことも覚えている。彼女は、戦争が始まってから間もなく、その保存していた子供の下着類を、私に、自由に処分してくれと任せたのであった。こういうわけであるから、私は、ヘンニッヒさんのところには行かないで、急いでビルク奥さんのドアをたたいた。彼女は、まだ寝ずに編物をさしていた。そしてもう数分後には、彼女は、黙々と万事をのみこんで、すべて、必要なものを私のところへ持って来てくれた。
『あす品物は、お返しします、ビルク奥さん。私は、いつも、急な場合のための用心に、うちに少しばかり予備があります。でも私は、もう一度それを取りに帰る勇気はありません。』
『ああ、それは急がなくてもいいんですよ。』と彼女は、微笑をたたえて言った。『テーブルが、一台ぐらい満載だといいんですがね、しかし……』彼女は、あたりを見まわした。夫のリングバッハは、私が赤ちゃんを寝かせて置いたソーファに腰をかけていた。一台の小さなロココ式のテーブルもあり、そして二脚の椅子の上には、私たちは風呂桶を置いていた。すべてが何と恐ろしく狭いことであろう、そして水道も流しも、何もかも、なかった…… 『リングバッハさん、どうか私のところの台所に行っていて下さい、そこはまだ相当暖かです。ここでは、あなたは、どこにいらしても、私たちの邪魔になるんです。宅の主人は、まだ帰って来ていません。新聞や教会通報が、テーブルの上にあります。』とビルク奧さんが言った。
しぶしぶながら、リングハッハは、この要求に従った。ドアが彼の背後でしめられたとき、彼の妻はうめいた。
『ああ、もし私がそれを、もう一度せねばならぬのでしたら……そうしたら、十匹の馬でも、私を、もう一度、戸籍役場へ運んで行きはしないでしょう。すべては空虚です……全く空虚です……虚無以下です! 私が結婚したあの人は、当時は、ちっともそういう風には見えなかったんですが! どんな悪魔たちが、あの人をつかんだのでしょう……』
『悪魔ですって、確かにそうです! 男というものは、ただ美しくズボンをはいておさまっているだけだ、とシュワーベン人は言います。ただ私たちは、責任のがれをするために、罪の身代り人をそんなに急いで引き立てて来てはいけないんですね。』
 少し驚いてビルク奥さんは、私を見つめた……『リスベートお母さん、あなたは、夫婦の不和と失望とは、いつも双方に責任があるとお考えですか?……』
『いつでも、どちらかが、ほんのわずかばかり責任が多いのです。しかし大抵、片方が瓶(かめ)をたたき割り、他方が蓋(ふた)をたたき割るんです……』力強い衝動をもって、一人の新しい地上の市民が生れた。
『そら男の子、とうとうお前を無事に手に入れた、お前に天主の祝福があるように。』
『ああ、また男の子……』と、母親は嘆息した。ビルク奥さんは、テキパキと一緒に仕事をした。間もなく万事が整頓した。そして私は、何かもっと言わねばならぬような気がした。
『男の方ばかりが変わったのではなくて、私たちもみな、ここ数年間に変化したんです。いつも慣れた仕事と生活方法をつづけている私たちよりも、あなた方御婦人やお母さんたちの方が、もつと余計に変わっています。男に抑えつけられぬためには、みんながどんなに独立的にならねばならなかったことでしょう。このことは、効果が、後までつづきます。一旦そうなった以上、これは簡単に取り除くことはできません。』
『そうです、そしてあなたは、それを間違った発展とお考えですか……?』
『いえいえどうしまして。しかし男の方もまた、そのことに慣れねばなりません。そしてそれは、多くの人をこわがらせます。近年、僚友ということが、随分論ぜられるようになりましたが、それは色んな形における愛情というものを、もっと体裁のよいように書きかえたものに外なりません。妻を真の婚姻上の伴侶、独立的な配偶者と考えるように、男たちは、まず慣れねばならないんです。ところが、多くの男たちにとっては、そのことは、むずかしいのです。そういう男たちにとっては、そうした女は、もはや彼らがかつて希望し、かつ結婚したところの婦人ではないことが、非常にしばしばなのです。それは、逆に私たち婦人にとってそうであるばかりではありません。しかしお母さん方は、大抵、実際に行われているよりは、もっと親切な妥協によって、この障害を避けるようにせねばなりませんね。』
『ブルゲルさん、私はあなたに、このお言葉について、感謝せねばならぬと思います。』とビルク奥さんは興奮して言った。それなのに、若い母は、諦らめたように、肩をすくめて言った。『もし経済的に独立する力が全く欠けていますと、どんな考慮も意味がありませんね……』私は、この非常に重要な抗議を差当たり聞き流した。私は明日これを問題とせねばならない。『そして、忘れてはならないことは、記憶というものは、私たちを愚弄もするということです。記憶は、時が経てば経つほど、それだけ、すべての像に金めっきをします。記憶と憧憬(あこがれ)とは、私たちが現実的には決して持っていなかった理想を、さもあったかのように思わせるのです。しかし、もし、それが私たちの考えていた通りのものではないということを、急に確認せねばならなくなると、私たちは驚き、失望し、間(あいだ)がまずくなるんです。私はよくたびたび思うのですが、私たちはあまり多く驚いたり、くよくよしたり、比較して見たり、改善したりしようとすべきじゃないんではなかろうかと。夫婦というものは、むしろ、毎日互いに喜びを作りあうために、すべての時間を費やすべきではないでしょうか。そうすれば、随分多くの結婚問題が間もなく解決され、そして、もうこれ以上辛抱できないと、きょう信じ切っている夫婦が、やがてお互いに幸福になり、満足しておれるのじゃないでしょうか?』
『お互いに、ブルゲルさん、そうです、お互いに。でも、ただ一人だけでは……』
『まあ、一人から始めて、それを続けて行かねばなりません。すると、二番目の人は、直きに、あとからやって来ますよ。』




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「助産婦の手記」41章  自発的に取運ばれるものは良い結果になる

2020年09月04日 | プロライフ
「助産婦の手記」

41章

一部屋だけが、彼らに割り当てられた。その部屋に今、父と母が、二人の子供と祖母と一諸に住んでいる。この夫婦は、若い快活な人たちであって、彼らはアルサスで、中くらいの大きさの農場を手に入れていたが、これを妬(ねた)む人々のいまわしい策略によって、そこから追い払われ、そして改めてこの村に定住するために、いま国家から賠償を与えられるのを待っていたのである。その間、夫婦は、農業の手伝いをした。そこで彼らは、生活上の困難は全くなかった。彼らは、百姓仕事には慣れているから、それは過度の労働とならない。しかし、部屋の狭いことは、特に日中が短くなればなるほど、ますます強く彼らの重荷となった。夏には、それでも、時々互いに夫たり妻たることが可能であった。その頃は、お祖母さんは、子供を連れて漿果(しょうか)【ベリーなどの果実類】や茸(きのこ)を採りに、一日中、森の中へ行ったし、また子供を連れて、知人のもとへ数泊の訪問に出かけたことも、三度あった。今は、しかし、初冬の湿気と寒冷のため、そういう所に行くには道は遠すぎた。よくお祖母さんは、森の中に行きたいと頑張った。しかし、父親のディーツが、年寄りを独りで行かせないことは、明らかであった。

晩秋から初冬へかけての長い、暗い、そして寒い毎日を、その部屋の狭さに、彼らは圧迫された。昼も夜も、一緒にいなければならないということは、堪えられぬ重荷のように、みんなの気持ちの上にのしかかった。彼らは不満足となり、意地悪くなり、そしてとがった言葉や、近寄りにくい態度をとって、互いに傷つけ合い、もはや互いに理解することができず、離ればなれの生活をしはじめた。そして誰もが、一体自分のどこが悪いのか、そして、ほかの者は、なぜそんなに変わって来たのかが判らなかったのである。

彼らに、もっと広い部屋を与えてやることは、たやすく出来たであろうが、誰も、義務もないのに、そうしてやろうと考えるものは、なかった。誰も、ここで燃えくすぶっている困難を、ふり向いて見ようとはしなかった。嘆かわしいことである。お役所から強いられた救済策によっては、真のキリスト的愛の最後の一片も踏みにじられる。進んで救済しようという意思は、すべて麻痺させられる。人々は、役所の命令を行っただけで、人間の人間に対する救助の一切の義務から免かれたものと感じるのである。また、幾分か社会政策的差別をつけられた租税にしても、これを納めることによって、公共に対する自分の負担は、それだけで果されたという感じを起させ、養うのである。いかにして、私たちは、この難点を克服すべきであろうか? 国家が、こう言うのは正しい。「事は迅速に取扱わねばならない。民間人が救助しようとしても、それは遙かに不十分であり、しかも事態は、彼等の良心がゆり動かされ、心の準備がととのえられるまで、待っているわけには行かない。」と。――確かに、その通りである。しかし、それにも拘らず、官僚的な処置は、すべて禍いである。私は、ある人たちが、その宿泊人に対して、自発的に、より広い一室を譲ってやったところ、部屋の取りかえが終ったとたんに、その部屋を役所から再び押収されたことを知っている。

このような例が一地方に、一つだけでも起るというと、救助しようという心構えは、ことごとく打ちくだかれてしまうのである。ところが悲しいことに、私たち人間というものは、良心に対するこのような冷却剤を非常に喜ぶのである。――

私は、家主の若い百姓夫婦にいろいろ説いた揚句、ディーツの家族のために、もっと大きな住み場所を提供する必要のあることを、彼らに認めさすことに成功した。私は、見そこなってはいなかった。その百姓は、何年も長い間、戦争に行って、困難をよく理解していたからである。なお私は、私が、『お得意を飲み廻ること』を目的としているんだという、悪意のない、からかいは、甘んじて我慢した。それも、その百姓の奥さんが、私たちのところへやって来て、春のお産の予定を書き留めさせた時には、ますます喜んで我慢したのであった。

しかし、とにかく自発的に取運ばれるものは、概して良い結果になるものである。その夫婦は、これまで家事の目的のために使用していた隣りの一部屋を明け渡しただけではない。彼らは、さらに、大きな飼料用の台所の一部分を、簡単な壁で仕切った。そこには、食卓、棚、かまどが、一個ずつあったので、一かどの住宅用の台所が出来上った。

この喜びたるや、恐らく、同じ様に絶望的に見える困難の下におかれたことのある人でなければ、理解できないであろう。はじめてディーツ奧さんは、お菓子を焼き、子供たちは喜んでお祖母さんの廻りを踊りまわった。かようにして、今まで慰めのなかった十一月の日々も、きょう、はじめて喜ばしくその一日の終りに近づいて行った。
『お母さん、とうとう僕たちは、また本当に一緒になれたね!』
『あなた、お父さん! そうですわ、とうとう、やっと……』
『お母さん、再会のお祝いをしようじゃないか。僕は、きょうはじめて帰宅したような気がするんだよ。お母さん、お前は僕がいないのが淋しかったかね? 正直に本当のことを言っておくれ。お前は、僕がいなくてもよかったかね、僕が恋しかったかね?』
『そうですとも、あなた、ほんとに心から。昼も夜も、私の心は、あなたを求め、そして私の心臓は、あなたを呼んでいたんです。あなたには、それが聞えませんでしたか?』
『僕は、たびたびお前の声を聞いたよ、お母さん。お前は、たびたび苦しい時に、僕を、支えてくれた。お前の忠実さと思慕(おもい)とが、僕を堕落から守ってくれたんだ。戦場では、誘惑と悪德が、どんなに身近に迫っているかということを、お前、想像できるかね? 死というものが、すぐそばに立っている場合には、どんなに下品な享楽に、誰でも誘われやすいものだということを?』
『わかりますわ、あなた。』
『そして、今はもう僕たちは、お互いに遠慮気兼ねは、いらないんだ。』
『そうです。お父さん。でも今は、困難はいよいよ本格的で、もっと切迫していますわ。私たちは、自分自身のお家がなくて、借りたベッドがあるだけですもの……』
『それでも、お母さん……』
『もし赤ちゃんが生れたら、どこに寝かそうというのでしょう?』
『ああ、それは僕たちの間に寝かせばいいよ。春が近づくと直ぐ、僕たち二人は、稼ぐんだ。もうわずか二三週間だけだ。そして、いつか、もっとよくなるに相違ないよ……』
『ああ、あなた、それまでは……』
『それは何でもないよ、僕たちにとっては、五人でも六人でも、また七人でも大丈夫だ、お母さん。僕たちは、どんなにわずかしか、人間は物いりがしないか、ということを学んだのだっけ……』
『そう、私たち、あなたと私とは、でも子供たちは……』
『僕の子供たちは、まだ飢えてはいないよ、お母さん。さあ。気を小さく持たず、恐れないで。天主様は、まだ生きていらっしゃるんだ。天主様は、全く思いも寄らず、とうとう、あの好奇的な子供たちの眼を恐れることなしに、僕たち二人だけになることが出来るようにして下さったんだ。』
『確かに、あなた!』――

一方、二階では、若い百姓は、妻に言った。『テレーゼ、お前、あの下の部屋を貸してやったことを悲しんでいるかね? しかし、そのことは、大へん急に起ったことだし、また多くのことが、とにかく以前よりは、もっと便利になるね。』
『そう、確かにそれは、ほんとです。それに、あの人たちは、正しい方でもありますから、私たちの子供のためになることでしょう。』と彼女は、喜ばしげに答えた。『私は、ほかの人たちが正しくないことをしているとき、私たちまでが、困っている人を救い出してあげることを考えないという、ただそれだけのために、同情のない人たちと同罪にはどうしてもなりたくないのです……』



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「助産婦の手記」40章  子供の誕生に先立つ処世法

2020年09月03日 | プロライフ
「助産婦の手記」

40章

チンメレル奥さんは、十七になる娘を連れて、私のところにやって来た。奥さんの言うには、この娘は、一体どうしたのか、さっぱり見当がつかない。娘は、とても具合の悪いことが非常にたびたびある。月経は、もう長い間、とまっている。でも、それは、そのうち、またずっと強くなるでしょう……しかし、妊娠の疑いがあるということだけは、考えるべきではない。そんなことは、絶対にありっこはない。何かほかのことに違いない、と――

絶対に妊娠は、ある筈はないということは、しかし、私には実際、その確信はなかった。村中のものは、次のことをよく知っている。ロシヤ人の捕虜の一人が、チンメレルの家へ出入りしており、そして最近数ヶ月間は、 大抵そこで夜も過ごしていたということを。彼は、ロシヤの伯爵だそうである。実際、彼は非常な大金を自由にし、従って何でもすることができた。彼は今でもまだ、ロシヤに帰らないで、町のホテルに住んでおり、そして時々自動車を走らせてやって来るのである。彼は、ロシヤに帰るべきか、またはパリに移住すべきかについて、父親からの通知を待ち受けているのだと、チンメレル奥さんは、村中に吹聴した。そして、この問題が決定するや否や、彼は娘のパウラと結婚するはずだと。『あのロシヤの伯爵が、私の娘と結婚することは、あんた御存知でしょう? それなのに今、この娘の体具合がよくないという不運です……いつ何時、出発することになって、大きな幸福が転がって来るかも知れないというこの今…』
『チンメレル奧さん、もし娘さんが妊娠していないという自信がおありなら、娘さんを連れてお医者さんへ行かねばなりません。私としては、本当に、あなたに何も忠告してあげることはないんです。』
『でも、一度見てやって下さってもいいでしよう……医者の前では、娘はとても恥かしがるんですから……』
『しかし、娘さんは、その……ロシヤ人と適当に、交際していらっしゃったんですか?』
『でも、そうしていても何事も起らなかったんです。あの人は、娘と確かに結婚するんです。あの人は、実によい相手です。そして二人はまだ若く快活です。実際、戦争中は、誰にしても、非常に多くの事に不自由を忍ばねばならなかったのでした……特に若い人たちは。そういうわけですから、まあ彼らに少しばかり自由を与えてやらねばならないのです……』
『そこで、あなたは、その男を静かにあなたの娘さんのところで泊らせたのですか? そして御主人は? 一体、御主人は、それについて、どう言われたんですか……?』
『何も言うことは、ありません。もちろん、主人は一人娘の幸福の邪魔はしません。私たちは、快くあの人を喜ばしてやっているのです。二人は確かに結婚するんだし、そうすれば一緒になるんです。』

それは、実際、大した診察を要しなかった。事実は、非常に簡単かつ明瞭であった。妊娠四、五ケ月であった。
『そんなことは、決してありません!』と、母と娘が同時に叫んだ。『全くありません!』
『では、もう四ヶ月待っていらっしゃい――すると、私の主張の正しい証拠を御覧になるでしょう。』
『全くそんなことはありません! どんな事情でも、子供は生れてはならないんです! 私たちは、恥をかきたくないんです!……』母親は今や、怒りだした。
『じゃあ、なぜあなたの御意見では、子供が生れるということはないのか、どうかお聞かせ下さい。』

母と娘は、狼狽した。私は、その様子で、良心に疾しいところがあるのを確かに認めた。あのようには言っても、彼女たちは、その心のどこかの片隅で、少しばかり恥じているのは、明らかであった。たとえ、処世法上の道徳や羞恥心というものは、彼女たちにあっては、実際もはやあまり多く見いだし得べくもなかったのではあるが。とうとう彼女たちは、こう打ち明けだした。
『宅の主人が戦場から帰って来たときは、主人も、ほかの人たちと同様に、非常に賢くなっていて、どうすればよいか知っていました。で、それから私たちは、娘にも知らせてやったのでした。』
『そして、わたしは、いつもその通りにして来たのです。ですから、全くそんなことはないんですよ……』と、娘は、つけ加えて言った。
『親というものは、子供が恥をかかないように、保護してやらねばなりません。私たちは、大へん愚かな世渡りをして来たのですから、娘には、そうさせてはなりません。娘が堕落して、後で私を非難するようなことがあってはならないんです……』

しかし、私の心臓は殆んど停った。もしも親たちが、年の若い自分の子に対して、「何事も起らないように」、予防薬をその手の中に押しつけるのであるなら――私たちは、若い人たちから、一体、何を期待し得るであろうか……
『チンメレル奥さん、その予防薬をお子さんにお与えになったとき、あなたは、お子さんに対して罪を犯したんだということを実際お感じにはならなかったのですか? あなたは、お子さんに、あの日ロシヤ人との交際をやめさす代りに、その薬をもって、あの男との不品行を挑発なさったのですよ! そこで、あなたは、お子さんに対して、あらゆる道徳的支えをぶちこわし、そして娼婦にしてしまったんです……』
『結婚しさえすれば! ああ、どんなにあなたが言われようとも、そこには、何事もないんです。何事も起らないように注意しさえすれば! あんたは、私がそのような求婚者を断わるのを、まさか期待しているわけじゃないんでしょうね? 今日の時代に……そんなに多くの娘たちが、夫を得られないときに……そのような相手! あんたのおっしゃるようなことは、実際、子供のない婦人でなければ、言えるものじゃありませんよ。母親なら、自分の子のために、そんな処置はとりませんよ。』
『すべてそんな薬剤は、無条件に信頼できるものでないということは、お聞きになったことは、ないんですか? それを使っても妊娠が起り得るということを? このことは、あんたは、嫌でも応でも、確かに信じねばならないでしょう……』
『妊娠することはありません! 恥は、私の家には、やって来てはいけないんです……』
『何ですって? ここで恥とは、どういうことですか? 娘さんが、ロシヤ人と娼婦のように暮らして来たということ――あなたと御主人が、お宅の中でそんな行いを許し、引き起し、そしてあらゆる方法でそれを促がしたということ――あなたが、娘さんに対して、全く無制限に不品行に耽ることのできる薬剤を御自分でお与えになったということ、それが確かに、関係者の全部にとっての共同の恥辱です。しかし、いま子供が生れるということは、それはただ、あなた方のやり方の結果に過ぎません。子供と、そしてその誕生が、恥ではなく、それに先立つ処世法が恥なのです。そのことは、あんたはどうしても、一度よく明瞭にして置かねばなりませんね……』

今どきの人間は、奇妙な観念を持っている。数日前に、三十七になる女中が妊娠の身で、私のところへやって来た。『しかし、クララさん。』と私は言った。『どうしてあなたはまた、三十七にもなって、そんなことが出来たんですか……』これに対して、彼女は全く驚いて答えた。『私が三十七で妊娠したとしても、それが一体どうしたと言うんでしょうか! ――ほかの人たちは、二十でもう子供があるのに…』
チンメレル奥さんとその娘さんは、帰り支度をした。そのとき、母親は、私に意地悪げに、捨てぜりふを言った。
『私たちは、どうしても子供は、いらないんです。あんたは、一体それをどうお考えですか……』
『私は、赤ちゃんが生れることに対しては、責任はありませんよ、チンメレル奥さん。もし伯爵が娘さんと結婚なさるつもりなら、赤ちゃんが正式な婚姻から生れ、そして正しい名前を持てるように、すぐさま結婚すベきです』
『そしてパリかペテルスブルグヘ、乳飲児(ちのみご)をかかえて旅行するというんですか!』
『もし、そうしたくなければ、赤ちゃんをお手許に置いて養育なさったらいいでしょう。』
『いえ、子供は私の家へは、入れません。みんなが、私たちに後ろ指をさすんです! あの人たちは、全く大変な、やきもち屋なんですからね……』
『このことは、もちろん、前もってよく考えるべきだったんです。今でもまだ四ヶ月ありますから、赤ちゃんが生れる前に、あのロシヤ人と、このことについて、話をつけてお置きなさい……』
『その子は、どうあっても、生れてはいけないんです、知ってるくせに!』と、母親は、今や憤りのために我を忘れて叱りつけた。『婦人というものは、今日では、自分の体を処分する権利があるんです。我々は、あんたの世話にならなくても、何とかして行きますよ!』
『あなたは、しかし、事情を見誤っていますよ。私は、正式な結婚によらぬ妊娠をすべて少年保護局に報告する義務があるんです。私は、きょうのうちでも、そうするでしょう。なぜなら、赤ちゃんの生命が、あなたの口振りによると、危険に陥っているからです。それから先きのことは、自然の成り行きのままになるでしょう。とにかく、あなたは、今まで、ロシヤ人と娘さんとの交際をお宅の中で許し、しかもそれを促進なさったのですから、その媒介の廉(かど)で、あなたは御主人と一緒に、刑務所に入れられる覚悟をしていなければなりません。そこで、私は切にあなたに忠告しますが、堕胎によって、あなたの立場をもっと悪くしないようにして下さい。
また、想い起していただきたいことは、それは人間の生命に関するものだということ、「汝、殺すなかれ」という天主の掟は、まだ生れないものに対しても保護を与えるということ、そしてあなたは、子供の霊魂に対して責任を負うということです――もっとも、それは、あなたの今の態度では、どうしても効果を生じませんがね。』

刑務所という言葉が出たとき、 チンメレル奥さんの傲慢な自信は、消えうせた。またそれが目的で、私は言ったのだ。こういう場合には、どうしても、物を打ち貫ぬく大砲を並べねばならない。
『どうか、そんな話は、しないで下さい……それは、ほんとにお骨折りに値いしませんわ……』
『それは人間の生命に関することですから、私にとつては骨折り甲斐があるんです。私は、その妊娠のことを報告せねばなりません。それは職務上の命令です。さあ、これから先きがどうなるかは、あなたの掌中にあるわけです……』
『あなたは、ほんとに私の娘の妊娠を書き留めておいて下さってもいいですよ……もし、そうせねばならぬのなら……私たちはその子を乳児院に入れます……』
『娘さんは、分娩のために、ある施設にはいることもできますよ。その費用は、伯爵さんが出してくださるでしょう……』

その後間もなく、伯爵閣下が、後かたもなく消え去った。こんなことは、少し人生の経験のある人なら、誰でも予見できた一つの変化であった。今や後らは、恥じの上に、さらに嘲りを受けた。そして人々は、その両親に実際、同情することはできなかった。今日に至るまで、その娘は、この村で、伯爵夫人と呼ばれ、そして子供のハインツは、伯爵嗣子ということになっている。この子は、あのロシヤ人からの財源が、そんなに急に干あがった時に、自宅で全く慎ましやかに生れた。私は、今日になってもまだ謝礼金をもらっていない。私は、それは彼らの仇討ちだと信じている。なぜなら、私は、言わば、彼等をして無理やりに子供を生存させたからである。しかし、このことを、私は後悔していない。

その母と娘は、非常に仲が悪い。その娘は、今や自分の不幸の全責任を親になすりつけている。
『もし、あなた方が、私にあの呪わしい薬を下さる代りに、あの男を家から放り出して下さったなら……その薬は、何の役にも立たかなかったのに! そのために、この不幸が起ったのですよ。あの薬をもらったその日に、私は堕落したんです。それから、あの男は私を掌中に握ったんです……男たちが、私たちから最後のものを奪ってしまうと、私たちを好き勝手にするんです。』と。
『親に責任があるんです、あなた方にだけ! あなた方は、私をもっとよく保護し、違った教育をすべきだったのです…』いかに多くの親たちに関して、この非難の言葉は、後々までも、その墓を越えて、永遠の彼方にまで、響いてゆくことであろうか……



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