Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

私は御身を信じ、礼拝し、希望し、御身を愛します!御身を信じぬ人々、希望せず愛さぬ人々のために、赦しを求めます(天使の祈)

--このブログを聖マリアの汚れなき御心に捧げます--

アヴェ・マリア・インマクラータ!
愛する兄弟姉妹の皆様をお待ちしております
2019年 8月の聖伝のミサの予定
【最新情報はこちら、年間予定一覧はこちらをご覧ください。】


8月 聖母の被昇天を祝いましょう。
意向:聖母の汚れなき御心の凱旋のため
実践すべき徳:心の柔和と謙遜
守護の聖人:聖母の汚れ無き御心

愛する兄弟姉妹の皆様を聖伝のミサ(トリエント・ミサ ラテン語ミサ)にご招待します

◎2019年 8月の予定
【大阪】聖ピオ十世会 聖母の汚れなき御心聖堂(アクセスEG新御堂4階 大阪府大阪市淀川区東三国4丁目10-2 
〒532-0002 (JR「新大阪駅」の東口より徒歩10-15分、地下鉄御堂筋線「東三国駅」より徒歩2-3分)

  8月2日(初金)教会博士証聖者司教聖アルフォンソ・デ・リグオリ(3級祝日)白
          午後5時半 ロザリオ及び告解
          午後6時 ミサ聖祭(歌ミサ)

  8月3日(初土) 聖母の土曜日(4級)白
          午前10時 ロザリオ及び告解
          午前10時半 ミサ聖祭(歌ミサ)

  8月11日(主)聖霊降臨後第9主日(2級)緑
          午後5時半 ロザリオ及び告解
          午後6時 ミサ聖祭(歌ミサ)

  8月12日(月) 童貞聖クララ(3級祝日)白
          午前10時 ロザリオ及び告解
          午前10時半 ミサ聖祭(歌ミサ)

  8月18日(主)聖霊降臨後第10主日(2級)緑
          午後5時半 ロザリオ及び告解
          午後6時 ミサ聖祭(歌ミサ)

  8月19日(月) 証聖者聖ヨハネ・ユード(3級祝日)白
          午前6時半 ミサ聖祭(歌ミサ)

【東京】東京都文京区本駒込1-12-5 曙町児童会館(地図)「聖なる日本の殉教者巡回聖堂」

  8月4日(主)聖霊降臨後第8主日(2級)緑
          午前10時  ロザリオ及び告解
          午前10時半  ミサ聖祭(歌ミサ)

  8月5日(月)  雪の聖母の大聖堂の奉献(3級祝日)白
          午前7時 ミサ聖祭

  8月18日(主)  聖霊降臨後第10主日(2級)緑
          午前10時  ロザリオ及び告解
          午前10時半  ミサ聖祭(歌ミサ)

愛する兄弟姉妹の皆様をお待ちしております。

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今年の秋田巡礼にはジョン・ヴェナリ氏が参加予定です

2014年02月27日 | トマス小野田神父(SSPX)のひとり言
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、

今年の秋田巡礼には、(クリストファー・フェラーラ氏ではなく、これは私の誤りでした、失礼しました)カトリック・ファミリー・ニュースのジョン・ヴェナリ氏が参加する予定です。

愛する兄弟姉妹の皆様の多くの参加をお待ちしております。また、ロザリオの十字軍のご報告も、よろしくお願いいたします!!

天主様の祝福が豊かにありますように!!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)
コメント (1)

シメオンの役を勤めた福者ヘンリコ・スソー

2014年02月27日 | トマス小野田神父(SSPX)のひとり言
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 2月2日は、童貞マリアの御浄めの祝日でした。3月5日の灰の水曜日からいわばロザリオの「苦しみの玄義」に入りますので、その前に、喜びの玄義の第四である聖母の御浄めの玄義を黙想する模範をご紹介します。

天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

*****


預言者シメオンの役を勤めた福者ヘンリコ・スソー(Blessed Henry Suso, Heinrich Seuse, (Henricus Suso) [1295-1366]

 驚くべき苦業とセラフィン的愛によって有名なドミニコ会員福者ヘンリコ・スソーは、聖母の潔めを次の方法で頌栄(しょうえい)していた。
 潔めの祝日の前三日間は、霊的に三本のロウソクを準備した。つまり(1)聖母の童貞としての汚れなき清さ、(2)聖母の底の無き深き謙遜、(3)聖母の母としての尊厳を尊敬し、毎日三回「マグニフィカト(Magnificat)」を唱え、これをロウソクとした。その祝日の夜明けに、信者等が聖堂に集まる前に、中央祭壇の前に跪いて聖母の御生涯を黙想し、聖母が幼きイエズスを抱き聖殿に奉献するのを観想した。

 聖母がエルサレムの外門に来られると、ヘンリコは立ちあがって、天主を愛する多くの霊魂たちと共に聖母を迎えに行った。聖堂の入り口へ行き、丁度そこに聖母が御子を携えて聖堂に入ろうとするのに出会ったかのようにして、聖母の名誉のために歌うので暫く停ってそれを聞いて下さいとお願いし、心の中で霊的に「インヴィオラタ」の讃辞を歌って申し上げ「ただ御身のみ汚れなき者としてとどまり給えり(Quae sola inviolata permansisti)」と云う句に達すると聖母に向って「哀れな罪に満ちた者(自分のこと)を憐れんで下さい」と願った。それから立上って、霊的に灯ったロウソクを手にして聖母のお伴をして祭壇の方へ進んだ。

Inviolata, integra et casta es, Maria,
Quae es effecta fulgida coeli porta.
O Mater alma Christi carissima:
Suscipe pia laudum praeconia.
Te nunc flagitant devota corda et ora:
Nostra ut pura pectora sint et corpora,
Tua per precata dulcisona:
Nobis concedas veniam per saecula.
O benigna! O Regina! O Maria!
Quae sola inviolata permansisti.
マリアよ、御身は汚れなき者、終生童貞、そして操正しき方なり:
御身は輝く天の門とされ給うた。
おお、いとも愛すべきキリストの慈悲深き御母:
われらの敬虔なる賛美の称讃を受け給え。
今われらの熱心な心と舌は御身を求め奉る:
われらの心と身体が純潔であらんことを。
御身の甘美なる響きの祈りによりて
とこしえにわれらに赦しを与え給え。
おお、愛すべき御者よ、おお、元后よ、おお、マリアよ。
ただ御身のみ汚れなき者としてとどまり給えり。


 聖母が自分の心にともされた天主の光と愛のこの炎が決して消されることがないように願いつつ、この神秘的行列にお伴する諸聖人に向って、自分と一緒に「アドルナ・タラムム(Adorna thalamum tuum)」を歌った。この「アドルナ・タラムム」は、御浄めの祝日にミサの前に、ロウソクの行列をしながら歌うグレゴリオ聖歌である。

Adorna thalamum tuum, Sion, et suscipe Regem Christum:
amplectere Mariam, quae est coelestis porta:
ipsa enim portat Regem gloriae novi luminis.
Subsistit Virgo adducens manibus Filium ante luciferum genitum:
quem accipiens Simeon in ulnas suas praedicavit populis Dominum eum,
esse vitae et mortis, et Salvatorem mundi.
シオンよ、汝の花嫁の部屋を飾れ、しかして王たるキリストを迎え入れよ:
天の門なるマリアを抱擁せよ。
マリアは実に、新しき光の栄光の王を運び給い、
明けの明星の上る前に生み給いし御子を手にしつつおとめにとどまり給う。
その御子をシメオンは両腕の抱え人々に予告せり、
この聖子は生と死の主にして、世の救い主なり、と。






 祭壇に到着して、マリアが御子をシメオンに渡す時、ヘンリコは聖母の前に跪き、その美しい御子を自分にも見せて頂き、そして彼を抱き、その御手足に接吻し、暫く自分の欲しい儘にする事を許されるよう願った。聖母はそれを許されるので、ヘンリコは愛と悦びに心躍り、イエズスを抱いて自分の心に押し当て幾度も抱擁するのであった。そして万物の創造主が、天上に於いて美しく大いなる光栄に満ち給うのに、地上に於いては弱く貧しくあり給う玄義を考えて恍惚とするのであった。最後に、讃辞と嘆声と感謝の中に御子を御母に返し、その祝日中、御子からも御母からも眼を放さないようにしていた。

【これは、渡辺 吉徳 (著)「ロザリオの信心 」(1980年)に掲載されている記事に、加筆編集したものです。】

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The Life of Blessed Henry Suso by Himself.
Creator(s): Seuse, Heinrich (or Suso, Heinrich) [1295-1366]

CHAPTER XII.

How he kept the feast of Candlemas.
FOR three days before our Lady's feast of Candlemas, he used to get ready with prayer a candle for the heavenly Mother; and he formed the candle of three twisted tapers in this manner:--The first taper was in token of her stainless and virginal purity; the second, of her unfathomable humility; and the third, of her maternal dignity;--three prerogatives which are hers alone above all creatures. And he made ready this spiritual candle every day with three magnificats. Now when the day of the blessing of the candles was come, he went early in the morning, before any one had gone into the church, to the high altar, and waited there in contemplation the coming of the august Mother with her heavenly treasure. When she drew nigh the outer gate of the city, he ran to meet her with the multitude of all souls that love God, and he outran them all with the longings of his heart. Then running in front of her in the street, he prayed her to tarry a while with her attendants until he had sung something in her honour. Thereupon, with a spiritual voice less melody, so that his lips moved, but no one heard him, he began to sing as lovingly as he could the prose, "Inviolata," &c. (O spotless one, &c.), and he bowed himself down before her as he sang, "O benigna, O benigna!" (O gracious one! O gracious one!) and he prayed her to show forth her gracious kindliness to wards a poor sinner. Then rising up, he followed her with his spiritual candle in the desire that she would never permit the burning flame of divine light to be extinguished in him. After this, on coming up to the multitude of all-loving souls, he began to sing "Adorna thalamum," &c. (Make ready the bridal bed, &c.), and he called upon them to receive the Saviour with love, and fervently to embrace His Mother; and thus he led them with songs of praise as far as the temple. Then drawing near to the Mother before she entered in and gave the Saviour to Simeon, he knelt down in front of her, and with uplifted hands and eyes prayed her to show him the Child, and to suffer him also to kiss It. When she kindly offered It to him, he spread out his arms to the boundless quarters of the wide world, and received and embraced the Beloved One a thousand times in one hour. He contemplated Its beautiful little eyes; he looked upon Its little hands; he kissed Its tender little mouth; and he gazed again and again at all the infant members of the heavenly treasure. Then lifting up his eyes, he uttered a cry of amazement in his heart that He who bears up the heavens is so great and yet so small, so beautiful in heaven and so childlike upon earth; and as the Divine Infant moved him so did he act towards It,--now singing, now weeping, with other spiritual exercises, until at last he gave It back to Its Mother, and, going in with her into the temple, remained there till all was fully accomplished.





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パプア・ニューギニアにはこんな鳥たちがすんでいるそうです

2014年02月26日 | 私たちが今ここで生きている宇宙
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 天主様のみ業には、感嘆します。地球にはいろいろな生物が存在していますが、パプア・ニューギニアにはこんな鳥たちがすんでいるそうです。





天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)
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聖グリニョン・ド・モンフォール著『至聖なるロザリオの感嘆すべき秘密』 起源と名称

2014年02月26日 | カトリックとは
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 いかがお過ごしでいらっしゃいますか?
 今年はロザリオの八百周年です。それを記念して聖ルドヴィコ・グリニョン・ド・モンフォール著『至聖なるロザリオの感嘆すべき秘密』の一部をご紹介します。
天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)


第一連
ロザリオの祈りのすばらしさとその起源と名称について

第一のバラの花(ロザリオの祈り)
[9] ロザリオの祈りは二つのことを含んでいる。すなわち、黙想と口祷である。聖なるロザリオの黙想とは、イエズス·キリストとそのいとも聖なる御母の生涯と死と栄光の主要な神秘を黙想するに他ならない。ロザリオの口祷とは、主の祈りを一度唱えた後に続く、十回のアヴェ·マリア十五回を唱えることで、それと同時に、聖なるロザリオの十五の玄義においてイエズスとマリアとが実践された十五つの重要な聖徳を黙想し、観想することにある。ロザリオの最初の五連では、五つの喜びの玄義を敬い、黙想する。二番目には、五つの苦しみの玄義を、第三の五連は、五つの栄えの玄義を敬い、瞑想する。こうして、聖なるロザリオは、イエズス·キリストと聖母マリアとの御生涯と御受難と御死去と栄えとの玄義とその聖徳を敬い模倣するために、黙想と口祷とからなる聖なる祈りである。

二番目のバラの花(その起源)
[10] 聖なるロザリオは、その基礎とその実体において、イエズス・キリストの祈り(主祷文)と天使の挨拶(天使祝詞)、すなわち「天にまします」と「めでたし」、そしてイエズスとマリアの神秘を黙想することからなり、これは疑いなく、信者らの最初の祈りであり最初の信心である。この祈りは、使徒たちや弟子たちの時代から、今日に至るまで、何世紀を通じて使われてきたものである。
[11] しかし、聖なるロザリオは、現在私たちがそれを唱える形式と方法については、1214年になってようやく、カトリック教会に息吹かれ、聖ドミニコに聖母マリア様からアルビ派の異端と罪人たちの改心のために与えられた。その与えられた方法については、福者アラノ(ラテン語で Alano de Rupe 或いはフランス語で Alain de la Roche)がその有名な「詩編(ロザリオのこと)の尊厳について(De dignitate Psalterii)」と呼ばれる本の中で語っている通り、今から私が話しをしよう。聖ドミニコは、人々の重い罪の数々がアルビ派異端者らの改心を妨害していることをご覧になって、トゥルーズの近くにある森の中に入って三日間昼も夜も続けて祈りと苦行をした。天主の怒りをなだめるために、嘆き、泣き、自分の体を痛めつけるむち打ちを続け、半死半生の状態になった。
聖母マリアが三位の天使を連れて聖人に現れてこう言った。「私の愛するドミニコ、あなたは聖三位一体がこの世を改革するために使った武器がどんなものか知っていますか?」 聖ドミニコは答えて「ああ!聖母よ、御身は私よりももっとよく知っておられます。何故なら、イエズス・キリストの次に、御身こそが私たちの救いの主要な道具だったからです」と答えた。すると、聖母はこう答えた。「戦いの主要な武器は、天使的な詩編であったこと、これこそが新約の基礎であることを知りなさい。したがって、あなたがこれらの頑固な心の人々を天主に導くことを望むなら、私の詩編を説教しなさい。」 聖人はこの言葉に慰めを受けて立ち上がり、この民々の救いのために情熱に燃えて、司教座聖堂に入った。天使たちが鐘を鳴らして人々を集め、聖ドミニコが説教を始めようとすると恐ろしい嵐が起こった。地が揺れ、太陽が暗くなり、雷と稲妻が鳴り響き、そこにいたすべての人々が恐れて震えた。高いところに置かれていた聖母の御影が腕を三度天に上げて、もしも、悔い改めずに天主の聖母の保護を求めないならば、彼らに対する天主の復讐を求めるのを見て、人々はますます恐怖に駆られた。天はこのような超自然的な方法で、聖なるロザリオの新しい信心を増し、より広く知られることを望んでいた。ついに聖ドミニコの祈りで嵐は止んだ。聖人は説教を続け聖なるロザリオのすばらしさについて熱意と力をもって説明したので、トゥルーズのほぼすべての人々は、ロザリオを受け、今までの自分たちの間違った生き方を放棄した。非常に短い時間で、道徳と生活の大きな変化が行われた。


Le Secret Admirable du Très Saint Rosaire pour se convertir et se sauver
De Saint Louis-Marie Grignion de Montfort


PREMIERE DIZAINE
L'excellence du saint Rosaire dans son origine et son nom.

1ère Rose
9. Le Rosaire renferme deux choses, savoir: l'oraison mentale et l'oraison vocale. L'oraison mentale du saint Rosaire n'est autre que la méditation des principaux mystères de la vie, de la mort et de la gloire de Jésus-Christ et de sa très sainte Mère. L'oraison vocale du Rosaire consiste à dire quinze dizaines d'Ave Maria précédées par un Pater pendant qu'on médite et qu'on contemple les quinze vertus principales que Jésus et Marie ont pratiquées dans les quinze mystères du saint Rosaire. Dans le premier chapelet, qui est de cinq dizaines, on honore et on considère les cinq mystères joyeux; au second les cinq mystères douloureux, et au troisième les cinq mystères glorieux. Ainsi le saint Rosaire est un sacré composé de l'oraison vocale et mentale pour honorer et imiter les mystères et les vertus de la vie, de la mort et de la passion et de la gloire de Jésus-Christ et de Marie.

2e Rose
10. Le saint Rosaire dans son fond et dans sa substance étant composé de la prière de Jésus-Christ et de la Salutation angélique, savoir le Pater et l'Ave, et de la méditation des mystères de Jésus et de Marie, c'est sans doute la première prière et la première dévotion des fidèles, qui depuis les apôtres et les disciples a été en usage de siècle en siècle jusqu'à nous.
11. Cependant le saint Rosaire, dans sa forme et la méthode dont on le récite à présent, n'a été inspiré à son Eglise, donné de la très sainte Vierge à saint Dominique pour convertir les hérétiques albigeois et les pécheurs, qu'en l'an 1214, de la manière que je vais dire, comme le rapporte le bienheureux Alain de la Roche dans son fameux livre intitulé: "De Dignitate psalterii". Saint Dominique, voyant que les crimes des hommes mettaient obstacle à la conversion des Albigeois, entra dans une forêt proche de Toulouse et y passa trois jours et trois nuits dans une continuelle oraison et pénitence; il ne cessait de gémir, de pleurer et de se macérer le corps à coups de discipline, afin d'apaiser la colère de Dieu, de sorte qu'il tomba à demi mort.
La Sainte Vierge lui apparut, accompagnée de trois princesses du ciel et lui dit: "Sais-tu, mon cher Dominique, de quelle arme la Sainte-Trinité s'est servie pour réformer le monde? - O Madame, répondit-il, vous le savez mieux que moi, car après votre Fils Jésus-Christ vous avez été le principal instrument de notre salut." Elle ajouta: "Sache que la principale pièce de batterie a été le psautier angélique, qui est le fondement du Nouveau Testament; c'est pourquoi, si tu veux gagner à Dieu ces coeurs endurcis, prêche mon psautier." Le saint se leva tout consolé et, brûlant du zèle du salut de ces peuples, il entra dans l'église cathédrale; incontinent les cloches sonnèrent par l'entremise des anges pour assembler les habitants, et au commencement de la prédication un orage effroyable s'éleva; la terre trembla, le soleil s'obscurcit, les tonnerres et les éclairs redoublés firent pâlir et trembler tous les auditeurs; et leur terreur augmenta quand ils virent une image de la Sainte Vierge exposée sur un lieu éminent, lever les bras par trois fois vers le ciel pour demander vengeance à Dieu contre eux, s'ils ne se convertissaient et ne recouraient à la protection de la sacrée Mère de Dieu. Le ciel voulait par ces prodiges augmenter la nouvelle dévotion du saint Rosaire et la rendre plus fameuse. L'orage cessa enfin par les prières de saint Dominique. Il poursuivit son discours et expliqua avec tant de ferveur et de force l'excellence du saint Rosaire, que les Toulousains l'embrassèrent presque tous et renoncèrent presque tous à leurs erreurs, et l'on vit, en peu de temps, un grand changement de moeurs et de vie dans la ville.


몽포르의 성 루도비코 "묵주기도의 비밀"

첫 번째 장미꽃 (묵주기도의 기도문)
묵주기도는 묵상기도와 염경기도로 이루어졌습니다. 거룩한 묵주기도에서의 묵상기도는 예수 그리스도와 그분의 지극히 거룩하신 어머니의 생애와 죽으심과 영광의 주요한 신비에 대한 묵상 외에 다른 것이 아닙니다. 묵주기도에서의 염경기도는 주님의 기도 한 번으로 시작하여 성모송 열 번씩 열다섯 번을 외우면서 그와 동시에 거룩한 묵주기도의 열다섯 가지 신비 중에 예수님과 마리아께서 실천하신 열다섯 가지 주요한 덕행들을 깊이 묵상하고 생각하는 것입니다.
첫 번째 묵주기도 다섯 단에서는 다섯 가지 환희의 신비를 공경하고 묵상하며, 두 번째 묵주기도에서는 고통의 신비 다섯 가지를, 세 번째 다섯 단은 다섯 가지 영광의 신비를 공경하고 묵상합니다. 그러므로 묵주기도는 예수 그리스도와 성모마리아의 생애와 수난과 죽음, 영광의 신비와 덕행들을 공경하며 그 신비를 본받고 배우게 되는 묵상기로와 염경기도로 어우러진 거룩한 찬미의 기도입니다.

두 번째 장미꽃(그 기원)
거룩한 묵주기도는 원칙적으로 그리고 실질적으로 예수 그리스도의 기도와 천사의 인사로, 즉 주님의 기도와 성모송, 그리고 예수님과 마리아의 신비들에 대한 묵상으로 구성되었는데 이것은 신앙인의 첫 기도요, 첫 신심임을 의심할 수 없으며 사도들과 교부들 시대로부터 오늘에 이르기까지 여러 세기를 통하여 전해져 내려 온 것입니다.
그렇지만 1214년에 이르러서야 자모이신 성교회가 현재 형태의 묵주기도 방법을 받아들였고 오늘날 우리는 그 방법을사용하고 있습니다. 도미니코 성인에 의해 교회에 전파된 이 방법은 성모님께서 도미니코 성인에게 알비파의 이단과 다른 죄인들의 회개를 위해 주신 것입니다. 나는 이제 복자 알라노(Alan de la Roche)께서 쓰신「묵주의 존엄성에 대하여(De dignitate Psalterii)」라는 매우 잘 알려진 책에서 발견된, 즉 복자 알라노께서 이 묵주기도를 어떻게 받아들였는지에 관해 이야기하고자 합니다. 도미니코 성인은 사람들의 무거운 죄악이 알비파 이단들의 회개를 방해하고 있음을 보시고 툴루스 가까이에 있는 숲속으로 들어가 전능하신 천주님의 분노를 진정시키기 위해 열절히 통회를 하며 울었습니다. 그리고 자기 몸이 몹시 상하게될만큼 고행(편태)을 한 후 끝내는 혼수상태에 들고 말았습니다.
이때 성모님께서 세 천사를 대동하시고 성인에게 나타나시어 말씀하셨습니다. "사랑하는 도미니코, 너는 성삼위께서 이 세상을 다시 새롭게 하시고자 사용하시려는 무기가 어떤 것인지 아느냐?" 도미니코 성인은 "오! 나의 성모님, 어머니께서는 우리 구원의 중요한 도구로 항상 모시고 있는 당신의 아드님 예수그리스도 다음으로 우리 구원의 중요한 도구이시니 저보다도 더욱 잘 알고 계십니다." 라고 대답하였습니다. 그러자 성모님은 이렇게 응답하시는 것이었습니다. "나는 네가 영신적 전쟁에서 성을 무너뜨린 도구와 무기는 언제나 신약의 기초가 되는 '천사의 찬미가'였음을 알기를 바란다. 그러므로 네가 저 완고한 영혼들에게까지 도달하고 그들을 천주님께로 이끌어 들여 승리하고 싶다면 나의 찬미가(묵주)를 전파하여라. " 성인은 이 말씀으로 위안을 받고 일어나 그 지역 사람들의 회개를 위하는 열정에 불타 곧바로 대 성전으로 갔습니다. 그러자 즉시 보이지 않는 천사들이 종을 쳐서 사람들을 모이게 하였고 도미니코 성인은 그들에게 강론을 하려고 했습니다. 그런데 강론을 막 시작하자 무서운 강풍이 불고 땅이 흔들리며 태양이 가리워져 어두워지고 천둥과 번개가 치므로 거기 있던 모든 사람들이 무서워 떨었습니다. 그때 아직 회개하지 않고 자기 생활을 고치지 않고 천주 성모의 보호를 찾지 않는 사람들에게 성모님의 팔이 천주님의 분노의 징벌을 불러 내리는 모습이 세 번이나 완연히 나타났습니다. 그래서 사람들은 더욱 공포에 사로잡히게 되었습니다. 천주님께서는 이렇게 초자연적인 방법으로 거룩한 묵주기도의 새로운 신심이 퍼지고 더욱 널리 알려지기를 원하셨습니다.
결국은 도미니코 성인의 기도로 폭풍을 잠재울 수 있었으며 성인도 강론을 시작할 수 있었습니다. 그래서 성인은 강요당하듯이 열정적으로 거룩한 묵주기도의 중요성과 가치에 대해 설명하게 되었던 것이며, 툴루스의 거의 모든 사람들은 묵주를 붙들고 지금까지 자기들의 잘못된 생활방식을 끊어 버리게 되었습니다. 이렇게 매우 짧은'시간 안에 커다란 진보가 이 마을에서 이뤄졌는데 마을 사람들은 그리스도교 생활을 따라가기 시작하였고 과거의 나쁜 생활을 버리게 되었습니다.


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秋田の聖母への巡礼

2014年02月18日 | トマス小野田神父(SSPX)のひとり言
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、

今年も、聖ピオ十世会日本は、第八回目の秋田の聖母への巡礼を行います。

5月2日から6日までです。今年は、クチュール神父様を始め、ポーランドの聖ピオ十世会司祭も迎え、さらには、アメリカからクリストファー・フェラーラ氏も参加します。

愛する兄弟姉妹の皆様の多くの、多くの参加をお待ちしております。

毎年、多くの愛する兄弟姉妹の皆様が、巡礼でさまざまなお恵みを頂きました。今年も、より多くのお恵みを享受されることを祈り、熱望致します。

まだブログを通してのみでお会いしていない兄弟姉妹の皆様と、秋田の巡礼でお会いすることができるなら、心から嬉しゅうございます。

愛する兄弟姉妹の皆様が、巡礼のお恵みを頂けますように、お祈り申し上げます。

皆様の上に天主様の祝福が豊かにありますように!!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)
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2/16(日)現在のロザリオの総数は、2173環となりました

2014年02月16日 | ロザリオの十字軍
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 本日は、東京で聖伝のミサがありました。天主様の御恵みで、大雪にもかかわらず、26名の方々が御聖体拝領をするお恵みを頂きました。体調がすぐれずに聖伝のミサにこれなかった方々も複数おられ、ご連絡を頂きました。お大事にどうぞ!

 昨日の土曜日の東京での「グレゴリオ聖歌に親しむ会」は、雪のため、私を含めて参加者は5名でした。

 さて、2/16(日)現在のロザリオの総数は、2173環となりました。

 愛する兄弟姉妹の皆様からのたくさんのご報告をお待ちしております!
天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

【報告】

50環(名古屋から大阪の御ミサに与られたマリアさんの分)

 【報告】

アヴェ・マリア!

トマス小野田神父様

ロザリオの十字軍のご報告をさせていただきます。
12月30日から2月11日22時(日本時間)まで
私と子供2人あわせて42環でした。

昔発行された公教要理図絵を子供にみせながら
カトリック要理のおはなしをしておりますが、絵だと親しみやすいようです。

トマス小野田神父様に天主様の祝福が豊かにありますように!
第5次ロザリオの十字軍が成功しますように!


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天主様に感謝!ご報告

2014年02月15日 | トマス小野田神父(SSPX)のひとり言
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様

天主様に感謝します!大阪での聖伝のミサを捧げ、天主様に感謝します!

次のようなご報告を頂きました。愛する兄弟姉妹の皆様に御紹介します!

天主様の祝福が豊かにありますように!!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

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アヴェ・マリア!
大阪には珍しい大雪の為、電車が止まってしまったりと、道中大変なご苦労をされた方もおられましたが、それでも
14日金曜日は16人の方々が、
15日土曜日には23人の方々が
御ミサに与るお恵みを頂きました。デオグラチアス!
ほんの数時間で都会の薄汚れた町並みを真っ白に変えてしまった雪を見て、インマクラ―タ、無原罪を連想しました。私の汚さもマリア様がこんな風に綺麗にして下さるといいなとも思いました。

土曜日の御ミサ後には20人が公教要理を受け、あっという間に時間が過ぎてしまいました。(:_;)

土曜日のお説教でルルド、グアダルペ、ポンペイの聖母とロザリオの奇跡の話しをお聞きし、いっそうロザリオの祈りをたくさん称えたくなりました。

暑い国から雪降る国へと、体調管理も難しい神父様の御健康が心配ですが、ロザリオでマリア様に神父様をお守りいただく事に致します。

チョコレートの代わりに棕櫚の葉をリュックに詰めて帰られた小野田神父様に、マリア様が特別のチョコレートを下さいますように!!

大阪でのミッション本当にありがとうございましたm(__)m
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レネー神父によるシャザル神父の書簡への回答

2014年02月10日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、
「レネー神父によるシャザル神父の書簡への回答」を日本語に訳してくださった方がいらっしゃるので、感謝しつつ、それを愛する兄弟姉妹の皆様にご紹介します。

天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)


原文はこちら

レネー神父によるシャザル神父の書簡への回答

二〇一三年四月十九日、シンガボールにて
※[ ]内は訳者による補足

敬愛する神父様、

 あなたはいつから立証責任を被告の側に負わせられるようになったのでしょうか? それはむしろ原告の側にあるのではありませんか? あなたこそがフェレー司教様は進歩主義者であると非難している人です。あなたこそそれを立証するべき人です! 従ってあなたは次のように書いて、全くの見当違いをしています。「それで、あなた【レネー神父のこと】は、"私たちがフェレー司教は間違いを証明できていない"と最初に述べています……なるほど! それなら、それを証明してみて下さい!」と

 そらから、あなたは「単にフェレー司教様の言葉を引用したに過ぎない」と言い続けています。ここにもまた、別の重大な欠陥があります。何故なら、あなたが引用した文章は、不完全であり、欠陥があるものかもしれません、しかし、状況や文脈を無視して、これ以上ないほど歪曲して解釈しているからであり、これはあなたが間違っています。あなたは聖トマスの神学大全を読んだことがあるのですか?

 疑いがある場合には、それを最善の意味に解釈すべきか? …… 【善意に解釈するという原則を持つと、頻繁に悪人について良い見解を持って間違ってしまうだろうし、善意に解釈しないのであれば、善良な人間について間違って悪く思ってしまうだろうが、これはあまり多くあることではない。しかし】たとえ頻繁に起きることではないとしても、善良な人間についての悪しき見解をもって間違うよりも、邪悪な人間について良い見解を持つために頻繁に間違う方が、より良いことである。なぜなら、前者の場合は相手に被害を与えるが、後者の場合はそうではないからだ。(IIa IIae qu. 60 a.4 ad 1m)

 というわけで、他人の発言を悪い方向へと解釈する習慣は、重大な悪徳です。聖トマスはこのように説明しています。(上掲書 a.3)

 これ【悪しき解釈をすること】は、人間が、他者に対して悪感情があるせいである。というのは、ある人が他者を憎んでいる、あるいは軽蔑している、あるいは怒り、妬んでいる時、その人は、ほんのちょっとしたことで、他者を悪く考えるようになる。何故なら、人は自分がそう望むことをたやすく信じてしまうものだからである。

 明白なのは、こういった「聖ピオ十世会の指導者たち」に対して、そのような「悪感情を抱いている」ことが、あなたとあなたの仲間たちが書いたものに浸透しているということです。こういった傾向は高潔なものではありません。

 あなたがどれほど悪意に満ちて、フェレー司教様の言葉を引用したと主張しているかを証明するためには、あなたの手紙の引用文を調べてみればわかることです。あなたはこう書いています。

「メンツィンゲンの二枚舌は現在進行中であり、証拠が集められつつあります;第二バチカン公会議と新ミサは、修正可能だという考えを基礎においており、従って、私たちは、新ミサがそれら【第二バチカン公会議と新ミサ】を排斥するように要求できません。>>>二月十五日のNouvelles de Franceでのインタビューより

 さて、明らかに引用終了のしるし(>>>)がありますが、これは普通の終わり方ではありません。引用開始のしるしもありません。ですから「第二バチカン公会議と新ミサは、修正可能だという考え」が本当にこのインタビューの中にあるのかどうか、それをほのめかしてはいるものの、誰にもわからないのです。このような狡猾なやり方にはすでに悪意があります。その上、この文節はフェレー司教様が「私たちは、新ミサがそれら【第二バチカン公会議と新ミサ】を排斥するように要求できません」と述べていると偽っています。ここでインタビューの原文を見てみます。フェレー司教様はこう言ってるのがわかります。nous ne nous attendons pas a ce que Rome condamne Vatican II avant longtemps.「私たちは、ローマがすぐにも第二バチカン公会議を排斥することを期待してはいない」と。
この最後のavant longtemps(すぐにも)という言葉があるか無いかは、完全に文章の意味を変えてしまっています! つまり、もちろん、私たちは確かに、ローマが第二バチカン公会議と新ミサの誤謬を排斥することを要求しています。ですが、現実的に、そのことがすぐに・ただちにあるだろうと期待はしていません。従って、この最後の言葉をカットすることで、フェレー司教様が第二バチカン公会議と新ミサは、あなたの言葉を使用すれば「修正可能」であると考えていると誘導しています。しかし、その反対に、これは司教様が言ったことではないのです!

 私はいつもこう言いきかせています。「近代主義者たちが教父たちの言葉を引用する場合、彼らを信用してはいけない。引用文を調べよ!」と。今となっては、こう付け加えなくてはなりません。「シャザル神父とその仲間たちが誰かの言葉、特に聖ピオ十世会の指導者たちの言葉を引用する場合、彼らを信用してはいけない。引用文を調べよ!」と。他人の言葉をねじ曲げるというあなたの率直さを欠いたやり方、肝心の言葉をカットするというやり方は、正直なところ、あなたの知性的誠実さに対する私のすべての信頼を失わせるものです。

 悪意に満ちた引用例がもう一つあります。「あなた【=レネー神父様】が後に非常に素晴らしく引用したように、新しい教会は、第二バチカン公会議後に『明らかになった』」と。
 私の答えは「どこに書いてありますか?」です。私が見つけられる唯一の箇所は、一九七四年十一月二十一日のルフェーブル大司教様の宣言の引用だけです。

「それどころか、私たちは第二バチカン公会議とそれに由来して公会議後の全ての改革において明らかに現れた、公会議新近代主義と新プロテスタント主義の傾向を持つローマに従うのを拒否し、常に拒否してきました。」

 もう一度言います。あなたが悪意に満ちて引用文をねじ曲げたということが理解できない人がいると思いますか? ルフェーブル大司教様は「公会議新近代主義と新プロテスタント主義の傾向」について述べており、「新しい教会」について述べているのではありません。これが、人が言ってもいないことを言っているかのように思わせる、あなたの悪意に満ちたやり方なのです!

 その後、あなたは「教会法的正常化は……どうでもいいことです」と続けて言います。いいえ、どうでもいいことではありません。それ自体はよいことです。なぜなら位階制度自体がよいものであり、特に教会内においてはそうだからです。正常化とは「新ミサ」に服従することではなく、むしろ教会法的位階秩序に従うことです。まったく意味が違います。教会内における聖職者階級の位階制度は、第二バチカン公会議の革新者たちが作り出したものではありません。聖主イエズス・キリストご自身がお立てになったのです。このような位階制度の慣習は使徒たちの時代からあるものです。誰も罪を犯すことなく、この位階制度の有益性を拒否できないのです。

 「正常化などどうでもよい」と言うことで、あなたはこのような教会法的位階秩序の有益性を拒絶しています。従って……【結論は言う必要はありません】。あなたはシャリエール司教によって承認されたことが聖ピオ十世会にとって重要なのだと主張しておられたルフェーブル大司教様の言葉に決して聞いたことがないようです。シャリエール司教による承認により私たちの会は正当に誕生しました。つまり私たちはまことに教会によって認められた「教会のわざ」であったのだと。大司教様はこの事実を──正しく──重大視しておられました。大司教様の意志に反するただ一つのことは、教会法がその目的にまさに反して使用された時、大司教様はその教会法的位階秩序の[正しい使用を]否定された、このことです。(一九七五年に、聖ピオ十世会に対してなされた初期制裁は、教会法に反してなされました。その後一九七六年には、司祭叙階のための候補者たちの資質を保証するための叙階許可証に関する教会法が、常に聖伝のミサにあずかっていた良き神学生たちを叙階させないよう使われたのでした。これが聖ピオ十世会の不当な教会法的状況の始まりでした)。ルフェーブル大司教様は、教会法的位階秩序の有益性を非常によく確信していたので、一九八八年の不完全な議定書に、教会法的位階秩序を回復させようと、サインしたのでした。

 あなたは「従順から生じる悪への服従は罪である」と言って自分を正当化しようとしています。しかし、あなたはここで、聖主イエズス・キリストから来る、それ自体は良いものである、指導者たちの所有する権威と、その権威を指導者たちが悪用して──乱用して──行使するかも知れないこととの区別ができていません。

 教会法的正常化ということそれ自体は、聖主イエズス・キリストから来る権威への服従であり、つまり、その権威を持つものへの服従です。不正な命令、つまり、不正な命令の行使に従うことを暗示しているのではありません。ですから、教会法的正常化は「悪に服従すること」ではありません。一九七〇年代の初めには、多くの善い聖伝の司祭たちがいました。彼らは自分たちの正当な長上たちに礼儀正しく従い、反対に長上たちによってなされた乱用には従いませんでした。
「不正な命令への抵抗することは、それらの悪しき命令が発せられた権威そのものを拒絶することである」という考えは誤りであり、聖人たちの模範からはかけ離れています。

 聖ペトロ会(FSSP)、王たるキリスト会(ICKSP)、善き牧者会(IBP)、そしてカンポスに言及することで、あなたは自分をまた正当化しようとしています。ですが、彼らにおいて悪ではないことを、悪であると非難すべきではありません。聖ペトロ会の間違いは、正しい教会法的位階秩序への愛がなかったのではなく、むしろ、自分たちが一名の司教も持たなくとも、近代主義司教たちからの圧力に抵抗できるはずだと考えたことです。実際、叙階式の時に、近代主義の司教が「あなた方の神学校で第二バチカン公会議を教えないなら、私はあなたの司祭たちを叙階しませんよ」と言うなら、彼らは何を言えたでしょうか? こうして聖ペトロ会は近代主義の誤謬(特にBasile神父の主張)を彼らの神学校で教えるように誘導されて行きました。聖ペトロ会は司教一名を得ることよりも教会法的位階秩序のほうを選んだのです。これが彼らの過ちでした。

 次のことはその反証が与えられるまで事実です。私たち【聖ピオ十世会】を離れていった人々は、一人の司教もローマ委員会の聖伝代表も得られませんでした。こうして彼らは自らを明け渡し、手足を縛られ、進歩主義者たちの手中へと落ちていきました。このような状況下では、彼らは決して聖伝を維持することはできないでしょう(ルフェーブル大司教、司教聖別一年後のインタビューより)

 ルフェーブル大司教様は、信仰に忠実であり、典礼に忠実であり、道徳に忠実であるためには一名の、否、四名の司教が必要だと正しく判断なさいました。これこそ、聖ピオ十世会を司教聖別以来、堅固にさせている理由です。

 カンポスのさらなる間違いは、彼らが一人で【聖ピオ十世会を離れて】聖伝を守ることができると考えようとしたことです。一致は堅固さを生み出します。フェレー司教様は、二〇〇〇年のホヨス枢機卿の申し出について、といった重大事項を議論するため、ランゲル司教を丁重に招いていました(二〇〇一年一月十三日の会議に私は出席し、ランゲル司教は、当時まだ神父であったリファン司教を送ってきました)。しかし、リファン神父はフェレー司教様に事前に相談することなく取り引きをしてしまいました。予想通り、ローマは、リファン神父に聖ピオ十世会と決別しなければならない、と実質的に要求しました。

 リファン神父は孤立し、圧力に耐えることができませんでした(さて、このことはまた、いわゆる『抵抗軍』の緩やかな結束といった(そして、すでに公然と教皇空位主義者を宣言した一部の人々や Feeneyite たちを含めて)、カンポスとは別の方向に行った人々にもあてはまります──正しい結束が欠けていることは、大失敗への確実な方策です。すなわち、教会から離れるなら、誰も長期に渡って信仰を保つことはできないからです。)

 ドナトゥス派の歴史は、次のことをはっきりと教えています。彼らは最初は離教者となり、その後、異端者となりました。ですから、あなたがドナトゥス派について言っていることは、残念ながらあなたの無知を露呈してしまっています! ドナトゥス派の誤謬は、単に秘跡の有効性についてだけでなく、「不道徳な人々との交わり」の問題をも──それ以前からも──含んでいました。つまり、彼らは、不道徳な(人物であろうと思われた)カルタゴの司教、Ceciliusとの交わりにより教会の他の人々は「堕落した」という口実のもと、教会との交わりを拒絶しました。聖アウグスティノは「善い人々は不道徳な行為に同意しない限り、教会内において不道徳な人々と交っても害を被らない」というカトリックの基本原理を述べて、ドナトゥス派を強く叱責しました。しかし、あなたは、このカトリックの基本原理を実質的に拒絶してしまっています。

 そして、あなたは教皇(ベネディクト十六世)は異端者であると、何の制限条項も設けずに裁き続けています。不正な行いと教えを指摘すること─それはティシエ司教様がご自身の研究でなさっていますが──と、個人について判決を下すことは別のことです。聖トマス・アクィナスがこのように述べています。(ibid. ad 3m)

「一つの物事を判断することと人間を裁くことは別の問題である……。物事を判断するとき、私たちは一つ一つのことをあるがままに解釈しようとするべきであり、人間を裁くときには、前述したように、最善の仕方で解釈しようとするべきである。」

 あなたが聖トマスの教えを実行できていないということをわからない人がいるでしょうか? 不正な行いと近代主義の誤謬については、現在でもDICIと聖ピオ十世会のウェブサイトでは触れられていますが、それは良いことです。しかし、あなたが書いたものの中には悪いことしか見当たらず、良いことですら悪の光に照らして解釈されています(例えば、スンモールム・ポンティフィクムとロザリオ十字軍についてのあなたの解釈です)。これはルフェーブル大司教様が非難した、典型的な苦々しい熱心です。

 あなたの判断のなんと性急なこと! 判断保留という事実すら、あなたの能力にはないかのように思えます。フランシスコ教皇もすでに裁いてしまっています! 私たちの人生が終わるとき、聖主が要求なさるのは、私たちがすべての人々について正しく裁いたか、ではなく、私たちが自らの義務を果たしたかどうかです。そして、聖ピオ十世会におけるあなたの義務とは、いかなる不正をも押しつけなかった長上たちに従うだけでなく、司祭の職務を必要としていた信者たちのところへ、任命された修道院へ行く、これだけのことでした。あなたはこれを遂行しませんでした。

 あなたの書いた内容には驚愕します。「こういった、麦ともみがらが混ざり合っているような状況で、私たちは何をすればよいのでしょうか? 畑に赴き続けるのでしょうか? いいえ!」あなたは本当に聖アウグスチノの著作も聖チプリアノの著作も読んだことがないのですね! この二人の聖人は単純にこう答えるはずです。「あなたが聖主イエズス・キリストの収穫の畑にいないなら、聖主の収穫小屋に集められはしないだろう。あなたは天国へは行かないだろう!」あなたの断固とした「いいえ!」は、間違いなく離教を断言しています! 私たちが教会の中にいるなら、聖主の収穫の畑の中にいます。ところで、あなたは二つのたとえ話を混同しているようです。すなわち、畑には麦と毒麦があり(マテオ十三章二十四節~三十節)、麦打場には良い麦ともみがらがあります(マテオ三章十二節)。聖チプリアノが、続いて聖アウグスチノが正しく指摘していることは、もみがらの山にならないよう麦打場から離れるなら、その人は自らをもみがらであると証明する、もみがらだけが麦打場から投げ捨てられるからだ、ということです! 聖アウグスチノの著作をお読みなさい。おそらくあなたは私よりも聖人の言われることなら耳を傾けるかも知れないでしょうから。

 そうしている間にも、あなたは「祈りや、教皇たちや司教たちを認めるといった、目に見えるカトリック教会に属しているものなら、なんであれ、できる限り保つ」ふりをしています。それと同時に、あなたが教皇や司教たちに対して辛辣な裁きの数々を投げつけ、彼らのさまざまな言動をこれ以上ないほど酷いやり方で解釈し、正当な教会法的秩序のいかなる可能性をも拒絶するなら、口先だけで中身を伴っていません。 

 警戒なさい、親愛なる神父様、あなたの蒔いた種が芽を出し始めていることを! 一部の信者たちは、あなたの言葉よりも、むしろあなたの行動に従っており、横に滑り落ち始めています。例を挙げましょう。あなたが活動を始めたマレーシアの、あなたもよくご存知の一家は、今や極端な教皇空位主義者になったことを宣言し、あなたの司祭職の有効性すら認めなくなってしまいました。別の信者は、最近、香部屋で教区司教の名前を見ると眉をしかめていました。

 私たちは難しい立場に身を置きたがっているとでも言うのですか? 絶対にそうではありません! この件について、フェレー司教様は二〇〇〇年からずっと慎重に行動し続け、今なお、聖伝の擁護に熱心でおられます。ですから、十二年以上に渡る司教様の慎重な行動の結果、司教様に慎重が欠けていると非難できる人はいないのです! 私たちが活動できる教会法的状況を模索することと、組織的にいかなる教会法的正常化をも拒絶することは、別の問題です。さて、教会法的正常化を、まるでペーパーワークに過ぎないかのように「書類を準備万端に整える」ことに比較してみるなら、聖ロベルト・ベラルミノによる教会の唯一性の三番目の本質である「聖職者の交わり」の、本質的、霊的核心を見失うことになります。「聖職者の交わり」なくして誰も救われません。ですから書類上の問題ではありません。私たちの非合法的状況が私たちのせい、私たちの過ちでない限り、救霊の妨げにはなりません。しかし、正常化そのものを悪であり危険なもの、あるいは形式的には不必要なものだとして拒絶するなら、このような拒絶は救霊の妨げとなります。

 私は「ディノイア大司教の間違った思い込み」には賛成していません。レムナント紙に掲載された大司教への私の公開書簡をお読みいただけましたか?

 あなたの引用文を調べようとしていますが、残念ながらあなたの言っていることは間違いだらけです。あなたはルフェーブル大司教様の「一九七六年六月の宣言」を引用していると主張しています。さて、私の知る限り同年同月のルフェーブル大司教様の「宣言」とやらは、一九七六年六月二十九日の説教しかありません。さらに付け加えるなら、私はあなたに「さまざまな教会とは?」という私の書いた記事を参照していただきたく思います。「公会議の教会」についての考えに警戒なさい。公会議の教会はカトリック教会から分離した組織だと考えるなら、あなたは思い違いをしており、ルフェーブル大司教様の考えについても思い違いをしています。とても危険なことです。

 さて、私は曖昧さを好みません。この意味では四月十四日の声明を好みません。しかし、"後に撤回された曖昧な声明"と、"完全な裏切り"との間には、大きな違いがあります。ルフェーブル大司教様がサインしたとはいえ、一九八八年五月五日の議定書にもいくつか不明瞭な部分があると言う人がいるかも知れません。そして、大司教様が翌日、それを拒絶したというのは間違いです。五月六日の手紙の内容を読んで下さい。これはこういった断言への最高の反論です。すなわち、ルフェーブル大司教様はその手紙の中で、サインしたことを感謝しているのです!

 真実はこうです。ルフェーブル大司教様が五月六日に要求したこととは、議定書の内容の迅速な遂行と、近い将来それを果たすための日付です。つまり議定書の拒絶などではなく、むしろ切迫した思いでそれに同意を与えたのです。ローマの動きが遅々として進まないのを見て、大司教様はようやく、議定書にある承認、すなわち一名の司教の聖別を許可するという内容をローマが果たすつもりはないという危機を理解し、前進する決意を固めました。この決定は五月の下旬に採られました。拙著「ルフェーブル大司教とバチカン」を読んで下さい。要点となるすべての書類が載っています。

 教皇フランシスコのもとで「ローマが聖伝へと戻りつつある」のかどうか、私にわかる唯一のことは、教会のかしらは聖主イエズス・キリストである、ということです。すなわち、私は彼に信頼を置き、彼がお立てになった秩序に信頼を置き、誤謬と妥協することなく、そうでありたいと望みます。将来に関して私にわかる唯一のことは、聖主が主導権を握っておられるということです。ですから、私は自分の日ごとの義務を果たそうとします、それがどんなに退屈なものであろうとも。

 あなたが以下の私の論拠を完全にはぐらかしていることに気づいています。すなわち、あなたのフェレー司教様への反抗理由は、ルフェーブル大司教様の第二バチカン公会議、新ミサ、そしてアシジの集会へのそれよりも極度にごくごくわずかなことである、ということをです。賢明であるべきだ、には賛成しますが、あなたの公然たる反逆は否定します!

 このような反逆はルフェーブル大司教様の精神では決してありません。ルフェーブル大司教様は反逆者ではありませんでした。 大司教様の最初の心構えは、目新しいことに「対抗する」のではなく、むしろ、忠実である「ために」でした。その結果、大司教様は性急に糾弾はしませんでした。待つことをご存知でした。一部の人々は大司教様にさっさと司教聖別をしてもらいたがっていました! しかし大司教様は一九八八年まで待ちました。六月三十日は大司教様が設定した四つ目の日付であることを多くの人々は忘れてしまっています。すなわち、少なくとも三回、大司教様は聖別式を延期なさいました。正当な教会法上の正常な状況になることを望みつつ。あなたの教皇様とフェレー司教様への激しい、性急な糾弾とは、なんと対照的であることでしょうか!

 あなたが自分の書いたものを読み返しているのか疑問に思います。「従順が天主への不従順のために利用されたのは、今まで生きてきた中で、これで二度目です」とあなたは書いています。お待ちなさい! 正直なところ、あなた方全員、どのような「天主への不従順」を要求されたというのでしょうか??? この質問を、去年の八月にセントメリーのジョセフ・ファイファー神父へ投げかけましたが、彼は返答できませんでした。どんな罪を犯すよう要求されたのですか? 自分自身の意志で行動することをやめるよう要求されたかも知れませんが、天主のご意志に反抗するよう要求されたことは絶対にありませんでした。 

 人々は自分の意志を天主のご意志だと取り違えることがあります。このような主観主義はよくある傾向です。そして誰もがこのような傾向と戦わなければなりません。従順が福音の三つの勧めの一つであるのは、間違いなくこのような誤謬、まことの霊的生活への反抗に対する治療薬であるからです。「わたしのあとに従おうと思うなら、自分をすて、日々自分の十字架をせおって私に従え」(ルカ九章二十三節)

 あなたは公の宣言をやめるよう要求されたかも知れませんが、そのような要求の理由──至極もっともな──は、あなたが宣言書を乱発するからだと、理解できない人がいると思いますか? ド・カクレ神父様はあなたが進歩主義者だと非難するような司祭では絶対にありません。現在、フェレー司教様はあなたをド・カクレ神父様の指揮下に置きました。このような任命を拒絶してしまうとは!? フェレー司教様のこのような命令は「天主への不従順」だったのですか? そんなはずありません。それなのになぜ従わなかったのですか? 神父様、残念ですが、あなたの主張は、つぶれてぺちゃんこになっています。

 さて、あなたは「兵団、軍隊」を設立したいと嘯いています! 長上である「将軍」より与えられた立場を放棄し、無茶苦茶にやたらに大砲を打ち散らす危険人物となり、そして、軍団を組織できると取り繕っているとは!

 最初の約束を破った後、二度目の約束をあなたが守るとどうやって信じられますか? これこそ、離婚して再婚しては駄目だといわれる理由なのです。最初の義務を放棄した司祭たちにも同じことが言えます。

 あなたに与えられた立場とは、自分のやったこと悔やみ、行くべき場所へと戻ることです。すなわち、ド・カクレ神父様の配下へとです。これこそ、あなたが長上たちを通じて天主に対して立てた従順の「誓約を全うする」ための唯一の方法です。

 このために私は祈ります。特に聖母と聖ヨゼフに祈ります。聖ヨゼフの偉大な徳は間違いなく従順でした(そして、慎重さもでした。彼は性急に非難したりしませんでした。マテオ一章十九節~二十節をご覧なさい)。

イエズスとマリアにおいてあなたの

フランソワ・レネー神父



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日本──長崎、西坂の丘は「重要なカトリック巡礼地」

2014年02月08日 | カトリック・ニュースなど
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、
聖ピオ十世会のインテリジェンス・ウェブ・サイトDICI に掲載された記事を日本語に訳してくださった方がおられますので愛する兄弟姉妹の皆様にご紹介します。
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トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

原文はこちら

日本──長崎、西坂の丘は「重要なカトリック巡礼地」

二〇一二年十月八日

 今年の六月十日、日本のカトリック司教協議会は、二〇一二年二月の年次総会の間に告知されたことに一致して、長崎の西坂の丘を「重要な国際的巡礼地」であると指定した。今後、巡礼者たちは、大阪、広島、福岡を通過して、京都から長崎へと旅行できることになるだろう。巡礼者たちが通過する五つの各教区における記念のプレートとともに、つまり、一五九七年二月五日、西坂の丘ではりつけにされ、一八六二年六月八日、ピオ九世によって列聖された二十六人のカトリック信者たちが辿った道のりに従うことになる。

 時の権力者、豊臣秀吉は、一五八二年のその治世の初めに、イエズス会士たちに大阪に逗留し、同地で説教する許可を与えたにも関わらず、一五八七年、カトリックの全宣教師の追放令を発布した[訳注: バテレン追放令]。日本のキリスト信者の共同体は当時、二五〇の教会を持ち、信者数は二十万人に達していた。一五九五年には、一三七名のイエズス会とフランシスコ会の宣教者たちを含め、三十万人にまでなっていたと思われる。日本のカトリック教会の発展は、大名たち──影響力ある封建的総督──の改心によって成長を遂げ、九州の大名たちにすでに不満を抱いていた権威者たちを怯ませるほどであった。一五九六年十二月に、宣教師たちに反対する配下の一部の大名たちの讒言を受けて、豊臣秀吉はすべての宣教師と日本のキリスト信者たちの根絶を宣言した[訳注: サン・フェリペ号事件]。同年十二月三十日、秀吉は京都で捕縛された修道士たちと信者たちを大阪と堺を経て長崎へ連行し、そこではりつけにして殺害せよと命令を下した。死刑囚たちの公式名簿には二十四人の名前が乗せられており、その他二名の信者は長崎に向かう道中で加わった。囚人たちは縄で縛り上げられ、移動途中の村々の住民たちに見せしめとしてさらし者にされ、耳を削ぎ落とされ、陸路と海路で八百キロ以上の旅をした。一月のさなか、その地方では最も寒冷な月の一つであり、二十六日間旅は続いた。二月四日、二十六名はついに長崎から三十五キロ離れた彼杵に到着した。

 一五九七年二月五日、日本最初の二十六名の殉教者たちは、西坂の丘ではりつけにされた。イエズス会士、フランシスコ会士、そして平信者たちは、いっせいに処刑されたのである。殉教者たちの遺骸は九ヶ月間、十字架上にさらされたままであった。

 その他六〇〇名の信者たちが、日本を血で染めた迫害の間、同じ場所で殉教を耐えた。それは一八七三年まで続いた[訳注: キリシタン禁令の撤廃]。一部の歴史家たちによると、殉教者の数は三十万に及ぶのではないかとのことである。

 処刑場所は長崎市と長崎湾の反対側に位置する小高い山にあり、死刑囚のキリスト信者たちが処刑された場所であった。今日では「殉教者の丘」という名を与えられ、長崎の中心を走る駅の近くにある。日本では、古代ローマのように、はりつけでの処刑は屈辱的かつ重罪犯のための処刑方法であった。西坂の丘の頂には、京都から日本のゴルゴダの丘へと徒歩で引き回された二十六名の信者たちに敬意を表して、一九六二年に感動的なモニュメントが立てられた。信者たちはその丘に祈りを捧げるために訪れる──殉教者たちは直立し、ずらりと並んだ姿で描かれている。隣には近代的なチャベルと、迫害時代からの多くの遺物を収めた博物館がある。

 一五四九年、聖フランシスコ・ザベリオの来日以来、日本におけるカトリック教会の信者数は、人口の一バーセントに満たない。約半パーセントが日本人であり、残りの半パーセントは、大部分が東南アジアやラテン・アメリカからの移民で成り立っている。


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ロザリオの総数は2月6日現在、2081環になりました

2014年02月08日 | ロザリオの十字軍
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、
ロザリオの総数は2月6日現在、2081環になりました。


U.Kさんから54環が報告されました。詳しいPDFファイルが添付されていました。ありがとうございます。

また、別の方から次の報告を頂きました。


【報告】
おはようございます、修院長様、
こちらでは連日私の部屋の室温が2度で大変寒い日が続いております。
フィリピンはいかがでしょうか。
第4次ロザリオ十字軍の1月のご報告を致します。
私は76環お捧げ致しました。
あのヨハネ二十三世でさえ1日3環を捧げていた、というので頑張りましたが少しづつ数が減ってしまいました。
2月に入ってからは1日2環で落ち着いてしまいました。

【報告】
小野田神父様
ロザリオのお祈りの環数ですが、
添付ファイルのような報告で
よろしいでしょうか・・・
ふさわしくないものがありましたら、
ご指導いただければ幸いです。

御御堂など・・・23環
CD/iphone・・・18環
Youtube・・・13環
合計54環


 フィリピンのタクロバンで先月行われたメディカル・ミッションには、合計3028名が治療その他のサービスを受けることができました!天主様に感謝!
 聖ピオ十世会のインテリジェンス・ウェブ・サイトDICI に掲載された記事を日本語に訳してくださった方がおられますので愛する兄弟姉妹の皆様にご紹介します。

天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)


フィリピンより──第八回ローザ・ミスティカ・メディカル・ミッション

原文はこちら


フィリピンより──第八回ローザ・ミスティカ・メディカル・ミッション


二〇一四年一月三十一日

 昨年十一月七日、台風三十号(ヨランダ)がフィリピンを直撃し、数千の死者を出し、数十万の人々から家を奪った。レイテ島とその首都タクロバンは、二十五万の住民を有し、最も甚大な被害を受けた。聖ピオ十世会も例外ではない。タクロバンの聖堂とそこに駐留しておいた宣教用車が破壊された。信者たちの多くは同じように打ちのめされた。ある者たちは親族を失い、多くの人々は財産を破壊されたことによってである。

 従って、今年のローザ・ミスティカ・メディカル・ミッションは、一月二十日から二十五日にかけて、壊滅したタクロバン市で行われた。医師と看護師がACIM(Association Catholique des Infirmieres et Medecins)と聖ピオ十世会アジア管区によってボランティアとして招かれた。(see DICI no. 285, 22/11/13)

 フランス人ボランティアのグループが一月十八日、タクロバン空港に到着した。彼らは車内にはもはや椅子がなく、紐でくくられた運転席と窓の開かないトラックへと乗り込んだ。一人の子どもが彼らに近づいて「お腹がすいた!」と食べ物をねだった。フランス人ボランティアが旅行用のお菓子の残りをその子に与えた。彼らがタクロバンから受けた最初の印象は、乱雑に立てられたいくつものテント、色付きの防水布、ひしゃげた金属板、そして道端に積まれた生ゴミの山であった。人々はそこで、ぬかるみの上で生活していた。倒壊した家屋、うず高く積まれた装甲車、屋根がなくなった、あるいは破壊された倉庫、数枚の壁だけしか残っていない家々という光景を見るのは恐ろしく、悪夢のようでさえあった。巨大な木々が大地に倒れ、その根元は哀れにも天を仰いでいる。電柱はなぎ倒されていた。トラックはこの中を数キロ走って行った。トラックの中で「私たちは声も出ず、死のような沈黙の中で、想像を遥かに上回る現実を見ていました。私たちがメディアを通して見たどんなものともかけ離れた現実でした」だが、ここで多くのフィリピン人ジャーナリストたちは、膨大な数のご像が被害を免れた、と強調するのを恐れなかった。

 現地では、彼らはさまざまな宿泊施設で、できうる限り自分たちの寝場所を整えた。いくつかは水が出ず、電気がつかず、ベッドもなかった。他のボランティアたちが少しずつ、ぽつぽつとやって来た。暴風と豪雨で多くの飛行機やボートが欠航となり、来れない者たちもいた。聖ピオ十世会の修道士たちはイロイロから四日かかった。普通なら飛行機で二時間半の旅行である。

 一月十九日、日曜日にオリエンテーション(説明会)が開かれ、世界各地からやって来たボランティアたちが集合した。番号順に以下の通りである。フィリピン、フランス、オーストラリア、アメリカ、スイス、アイルランド、ベトナム、ベルギー、ニュージーランド、シンガポール、韓国、南アフリカ、マレーシア、カナダ、そしてトルコ人を先祖に持つアラム語を話す若い女性である。合計六十名のボランティアが集まり、後日、マニラとアメリカから、さらに二十名が加わることとなった。

 ACIMの秘書、ヨリー・ガムタン(Yolly Gamutan)は、市当局に一ヶ月掛け合い、み摂理のおん助けと彼女の人を引きつける微笑みを武器に、比較的平和で安全な場所──国技であるバスケットボールのコートの中央にある巨大な円形競技場、このスタジアムの使用許可を得た。屋根は一部はぎ取られており、降りしきる雨から部分的にシェルターの役目を果たしていたが、医療処置を行う場所のど真ん中に、たちまち池を作り上げてしまった。皮肉なことに、水道も、トイレも、電気もない場所の中で、ボランティア・チームは一日につき五百名以上の人々のケアにあたらねばならないこととなった。

 十四名の医師たちはスタジアム内のぬかるみのないスペースへと散らばった。初日、通訳と患者の登録のための十六名のボランティアたちが、まだ到着していなかった。このため、続々とやって来る患者たちに対する当初の主な妨げとなった。各医師たちは、タガログ語と英語の通訳とともに、なんとかがたつかないテーブルを準備したものの、患者の多くはタガログ語ではなくビサヤの方言を話した。スタジアム内は数区画に区切られた。すなわち、七名の一般診療医、三名の小児科医、二名の眼鏡技師、一名の皮膚科医、一名の歯科医──ローザ・ミスティカ・ミッションのために記録的な数の医師たちがいた。隅の一区画は包帯の手当て、個別の診察、簡単な手術、心電図装置のために用意され、薬の調剤は三つのセクションに分割され(歯科医、大人、子ども)、パスケットボールのコートの全長を占めていた。

 押し寄せる患者たちを、まずは名簿に記録することから始まり、その後、高血圧、及び気づかずに進行中の糖尿病を考慮した臨床評価があった。それから各患者たちは適切な区画へと案内された。診察の後、患者は薬の処方へと進む。ローザ・ミスティカ・ミッションは、すべての恩人のおかげで、生物学、放射線医学、そして入院治療に関する診療活動の全費用を請け負っている。

 膨大な数の患者たちは、自分たちの困難な状況において、たくさんの祈りを捧げることに同意した。ボランティアたちは「反抗などまったくありませんでした。なんと素晴らしい、希望という名の教訓でしょう!」と報告した。

 今年は、恩人たちの素晴らしい寛大さにより、オーストラリア人五名、アメリカ人二名、アイルランド人男性一名、ニューカレドニアに移民したピエ・ノワール[訳注: アルジェリア生まれのヨーロッパ系植民者]一名、フランス人男性三名と、約二十名のフィリピン人からなる建設チームを送り込むことができた。これら三十二名のボランティアたち、大工、電気技師、屋根職人、配管工、タイル工たちは、四軒の住宅と一件の聖堂を十日間で再建するという信じ難い課題に取りかかった。切迫した状況下にある数名の人々には、時間が足りないため、金銭的援助が与えられた。天主の恩寵を得て、建設チーム一人一人の情熱と才能のおかげで、この難しい課題は首尾よく成し遂げられた。

 宣教活動はこれだけに限られなかった。四名の司祭たちはスカプラリオを配布し、秘跡を施すことができた。毎日、最初のミサが南アフリカ人司祭、Coenrad Daniels神父によって捧げられた。なぜこれほど早い時間にミサが捧げられたのか? 午後五時半には、突然真っ暗闇になってしまうからに他ならない。建設チームは非常に朝早く、七時に始まる第二ミサに医療チームがあずかるより前に、仕事を開始していた。

 日曜日のミサの説教で、アジア管区長ダニエル・クチュール神父は、あるエピソードを引用してあわれみについて説明した。インドの路上で、死にかけていた一人の異教徒が拾い上げられ、聖なる修道女によって手当を受ける。瀕死の男は修道女に「あんたの信じるイエズスは、あんたみたいにいい奴なのかい?」と尋ねる。修道女は微笑んで答える。「いいえ、私のほうが、彼みたいに善い人になろうと努力しているのよ」 

 このミッションによってもたらされた援助が、たとえ大海の中のひとしずくにすぎないとしても、フィリピンの人々には現実的影響がある。彼らは逆境と戦い続けようと勇気づけられるからである。「困難は私たちに勇気を与える」「あなたの寛大さのおかげで私たちは立ち上がれる」「すべての人々に感謝します」と垂れ幕に書かれているとおりである。ローザ・ミスティカ・ミッションは八年間の宣教活動を続けてきたが「これほど多くの感謝を意を表されたことはありません。一人一人が前回同様に感動しています」とJean-Pierre Dickes医師は述べた。

 フィリピン人たちは、親切と微笑みと快活さを武器に、自分たちの苦しみのさなかにある些細なことや、親愛の情をあらわすしぐさ、友情を示すささやかな言葉を、なおも楽しむことができる。人々は自分たちのために互いに助け合うキリスト者の精神を持ち続けている。それは彼らが生きている劇的状況を考えれてみれば称賛に値する。

「私たちがイロイロで税関を通過する時」と、Dickes医師は述べた。「国境警備兵は五十五歳の女性でしたが、ボランティアたちがこの国にやってきた理由を尋ねてきました。私たちは定期的に行われる医療ミッションのためだと彼女に説明しました。毎年、私たちはさまざまな地域に行くのだが、今年はこういった状況のため、私たちは一番被害が甚大なタクロバンに行くところだと。彼女はそれ以上なにも質問せず、すぐに私たちのグループに通るよう合図をし、にっこりと笑ってくれました。彼女に感謝すると、彼女はこう言いました。「天主様が祝福してくださいますように! あなたたちのために祈るわ」と。

To help the SSPX mission in the Philippines:
-please make cheques out to the order of “ACIM”, with a note “for victims of the typhoon”, and send to Dr. Jean­Pierre Dickès, 2 route d’Equilhen, 62360 Saint-Etienne au Mont, France (tax receipt available upon request).
-or to the order of “MISSIONS”, with a note “Philippines” and mail it to MISSIONS, 60 avenue du Général Leclerc, 78230 Le Pecq, France (tax receipt available upon request).

IBAN: FR76 3000 3018 6000 0372 7114 114 - BIC: SOGEFRPP

(Source: ACIM – DICI no. 289, 31/01/14)



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ロザリオの十字軍 現在1951環が報告されました。ロシアの聖母の汚れなき御心への奉献のため

2014年02月05日 | ロザリオの十字軍
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 カトリック教会は、残念ながら、エキュメニズムや司教団体主義などの新しいイデオロギーに犯され、通常の状態ではありません。

 カトリック教会のその特徴は、一、聖、公、使徒継承であり、聖伝に従うことがその正真正銘性の源泉にあるのですが、聖伝を放棄しつつあります。

 私たちは、そのような苦しめる母なるカトリック教会のために、イエズス・キリストの真の教会のために、祈らなければなりません。

 だからこそ、カトリック教会の全体の善のために、共通善のために、教会内でどうしても聖伝が守り抜かれなければなりません、そして聖伝があるべき地位に戻らなければなりません、カトリック教会の正常化がなければなりません。

 だからこそ、カトリック教会内において聖伝が保護され、さらに、教会内において聖伝が回帰するように、ますます熱心に一致して祈らなければなりません。そして、教皇様が、全世界の司教たちと一致して、ロシアを聖母の汚れなき御心に奉献し、聖母のけがれなき御心が凱旋することを祈願しなければなりません。

 だからこそ、フェレー司教様は新しいロザリオの十字軍を起動させました。【今回のロザリオの十字軍は第5次であるということのご指摘を受けました。私の手違いで第4次はすでに行われているにも関わらず、ダブって数えてしまいました。訂正いたします。第1次ロザリオ十字軍 2006年8月~10月、250万環のロザリオが唱えられた後、2007年7月7日:トリエントミサの『解禁』。第2次ロザリオ十字軍 2008年10月末~12月25日、170万環のロザリオの後、2009年1月21日:『破門』の撤回。第3次ロザリオ十字軍 2009年5月~2010年6月、1200万環の目標に全世界から1900万環以上のロザリオが捧げられました。第3次報告 第4次報告

 ロシアは、ファティマの聖母マリア様のご要求通りにはまだ奉献されていません。それについては、以下のDICIの記事の日本語訳をご覧ください。【この記事を日本語にしてくださった方には、心から感謝します。】

 昨年、フランシスコ教皇様がなさるという噂が流れましたが、実際はそうではありませんでした。「ロシアを聖母の汚れなき御心に聖別する」のではなく、「私たち自身をファティマの聖母マリアに委託する・信頼する」ことがなされただけでした。

 フィリピンの或る教区司祭の中には、フィリピンカトリック司教評議会(CBCP)の重要なポストをしていますが、きわめて保守的で時々聖伝のミサを捧げていて、聖ピオ十世会にきわめて好意的な司祭がいます。昨年の10月13日に「ロシアが聖母の汚れなき御心に聖別・奉献される」という噂を聞き、この司祭は、ローマにまで行ったのですが、そうではなくきわめてがっかりしてフィリピンに帰ってきました。フランシスコ教皇様の言動に不安を抱いていることを、私にひっそりと教えてくれました。

 だからこそ、私たちはたくさんのロザリオを唱えなければなりません。
「教皇、司教、司祭のためにたくさん祈ってください。」(秋田の聖母)
「悪魔の働きが、教会の中にまで入り込み、カルジナルはカルジナルに、司教は司教に対立するでしょう。わたしを敬う司祭は、同僚から軽蔑され、攻撃されるでしょう。祭壇や教会が荒らされて、教会は妥協する者でいっぱいになり、悪魔の誘惑によって、多くの司祭、修道者がやめるでしょう・・・」(秋田の聖母 1973年10月13日)

 だからこそ、愛する兄弟姉妹の皆様をこの新しいロザリオの十字軍に、第5次ロザリオの十字軍にご招待します。

 現在のロザリオの十字軍の総計は、(私の1月の分87環を含めて)1951環です。

天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

【報告】
JMJ
二十六聖人の祝日、おめでとうございます。
アップをありがとうございました!今日が二十六聖人の祝日だということをすっかり忘れておりまして、神父様のブログを拝見して、はたと気づいた次第です。
一月のロザリオ十字軍の報告を忘れておりました。少なくて申し訳ありませんが、十八環です。よろしくお願い致します。

【報告】
十主の平安!!!♪♪♪
アヴェ・マリア!!♪♪
*マリア・ローザちゃん 17環
*マリア・テレジア 1環(今月は、少し頑張るらしいです♪)

以上です、どうぞ宜しく御願い致します<m(__)m>

*****


教皇フランシスコ、世界をファチマの聖母に委託する

原文はこちら

教皇フランシスコは、世界をファチマの聖母に委託する

二〇一三年十月十八日

 信仰年、そして二〇一三年十月十二日から十三日にかけての聖母とともに過ごす祈りの日々という名目のもと、巡礼用のファチマの聖母像がポルトガルからバチカンへ特別の方法で運ばれた。
 十月十二日土曜日の午後、普段はファチマのご出現地に建てられた小さな聖堂に置かれている、このファチマのロザリオの聖母像は、聖ペトロ大聖堂広場に集まった信者たちの崇敬のために顕示された。その後、聖母像は約十キロ(六マイル)かかってローマ南部の "天主の愛の聖母聖堂" へと運ばれた。この聖堂は巡礼者たちは徹夜で聖母像に崇敬を表すことができた。教皇フランシスコは「ルルド、ナザレト、ルハン、ヴァイランカンニ、グァダルーペ、秋田、ナイロビ、バンヌー、チェンストヴァ、そしてマリアン・ヴァレーから私たちの祈りに加わっているすべての人々」に一致して、「童貞マリアの注意深いまなざしのもとで、聖なるロザリオを祈り、聖体を崇めるすべての人々と一つになった」……とビデオ・メッセージで語った。

 十月十三日の朝、教皇フランシスコは聖ペトロ広場において、ファチマの聖母像の前で、十万人以上の人々の列席のもと、ミサを司式した。儀式の終わりに、教皇は「マリアへの委託の祈り」を唱えた。

「おお、ファチマの幸いなる童貞マリアよ、あなたが母としておられることを新たに感謝しつつ、私たちは、あなたを幸いなお方と呼ぶすべての時代の人々に声を合わせて一致します……。
私たちが今日、非常に愛しく思うあなたの姿をうつしたご像の前で、あなたに信頼をもって行うこの委託の行為を、母らしい慈愛深さでお受け取り下さい。
私たち一人一人があなたにとって大切な存在であり、私たちの心の中にあるすべてのことについて、あなたにとって関係の無いことは何もないと、わたしたちは確信しています。・・・
あなたのみ腕において、私たちの生命を無事にお守り下さい。善に対するすべての望みを祝福し、強めて下さい。私たちの信仰をよみがえらせ、養って下さい。私たちの希望を支え、教え導いて下さい。私たちの愛徳をかき立て、命を吹き込んで下さい。私たちすべてを聖性への道へと導いて下さい」

 ローマにおいてバチカン放送局が断言し、当局者たちが主張したところによると、教皇の今回の意志表示は、厳密に言って、ファチマの大聖堂がそのウェブサイトで告知したような「マリアのけがれなき御心への世界の奉献」ではないとのことである。

 今回のマリアとともに過ごす祈りの日々を企画した、新しい福音化のための教皇庁立委員会長官、Rino Fisichella大司教は「奉献」という言葉の意味をめぐって「非常に激しい神学上の議論」があったと説明した。この「奉献」はヨハネ・パウロ二世が回勅「レデンプトーリス・マーテル」(一九八七年三月)が出された後、放棄された。以前に、バチカン放送局によると、一九八二年五月にファチマにおいて、それから一九八四年三月にバチカンにおいて、ポーランド人教皇は、童貞マリアへの世界の奉献の祈りを公式に唱えたとのことである。

 教皇フランシスコは、今年の五月十三日に教皇に選出されたのち、当時のリスボン総大司教、ホセ・ダ・クルス・ポリカルポ枢機卿に、自分の教皇職をファチマの聖母に奉献したいと要請した。この奉献は、一九一七年にファチマの三人の牧童に聖母がご出現になった九六年目の記念日のミサ中に行われた。 (Cf. DICI no. 274 dated April 26, 2013).

私たちは次のことを思い起こそう。
ファチマのコーワ・ダ・イリアでの三人の子どもたちへの聖母のメッセージは、三つの秘密を含み、最初の一つは次のように宣言された。「あなたたちはかわいそうな罪人たちが行く地獄を見ました。彼らを救うため、天主は世界に私のけがれなき御心への信心を打ち立てることをお望みです。あなたたちへの私の言葉が実行されるなら、多くの霊魂たちが救われ、平和が訪れるでしょう。戦争は終わるでしょう。しかし人々が天主を攻撃することをやめないなら、ピオ十一世の在位中に、もっと酷い戦争が勃発するでしょう。未知の光が夜空を照らすのを見る時、それは天主が世界をその罪のために、戦争、飢饉、教会と教皇への迫害という手段で罰するおつもりだという、大いなるしるしだと悟りなさい」

 第二の秘密は次のようなものであった。「これ[第一の秘密]が起きないようにするため、私は、私のけがれなき御心にロシアを奉献してくれるよう、初土曜日に償いの聖体拝領をしてくれるよう来るつもりです。私の願いに耳を傾けるなら、ロシアは回心し、平和が訪れるでしょう。そうでないなら、ロシアはその誤謬を世界中に広め、戦争と教会への迫害を始めるでしょう。善き人々は殉教するでしょう。教皇はたいへん苦しむでしょう。さまざまな国々が絶滅させられるでしょう。最後には、私のけがれなき御心は凱旋するでしょう。教皇はロシアを私のけがれなき御心に奉献し、ロシアは回心するでしょう。そして平和の一時期が世界に与えられるでしょう」

 一九二九年六月十三日、トゥイにおいて、火曜日の夜の聖時間中に、聖母はシスター・ルチアにこのように言われた。
「天主が要求された、教皇が世界中の司教たちと一致して、ロシアを私のけがれなき御心に奉献するという時がやって来ました。この奉献によって世界を救うという約束です」そして一九三一年八月に、聖主イエズス・キリストは、リアンホで病み上がりのシスター・ルチアに以下のことを啓示された。「彼らは私の要求に耳を傾けることを望まなかった!……フランス国王のように、彼らは後悔するだろう。彼らは私の要求を実行するだろうが、後になってのことだろう。ロシアは戦争と教会への迫害を引き起こし、すでにその誤謬を世界に広めてしまった。教皇はひどく苦しむことになるだろう」


 一九四二年十月三十一日、ピオ十二世はラジオ訓話で、教会と世界をマリアのけがれなき御心へと奉献し、その後、一九四二年十二月八日に荘厳に行った。
「ピオ十二世はシスター・ルチアがトゥイで受けた啓示と、一九四〇年十月二十四日のルチアのオリジナルの手紙について知らされていなかったので、二つの要求があったこと、聖母の要求は世界中の司教たちと一致して果たされなければならないことを教皇が知るのは困難なことであった」(Joseph de Belfont, Mystères et vérités cachées du troisième secret de Fatima[ファチマの第三の秘密についての神秘と隠された真実]Éditions Lanore, p. 93)「従ってピオ十二世は一九三六年から知らされていた要求、世界の奉献という要求を果たしたのだった。その結果、教皇は戦争を終結させることができた。教皇はようやく少しずつ知ることとなった二つ目の要求になおも応えなければならなかった(ibid., p. 94)。

 数々の結果を勝ち得たことを見て、一九四四年五月四日、ピオ十二世は八月二十二日(被昇天の祝日の八日目)をマリアのけがれなき御心の祝日として宣言し、一九四二年十二月八日の奉献の記念であると説明した。

 一九五二年七月七日、ピオ十二世は使徒書簡「サクロ・ヴェルジエンテ・アンノ」を公布し、「ロシアの全国民」をマリアのけがれなき御心へと奉献したが、聖母が要求した全世界の司教たちと一致してではなかった。

 ヨハネ・パウロ二世は「私たちを一つの体、一つの集団に構成させる特別な絆による教会の全牧者たちと一致して」、一九八二年五月十三日、ファチマへの旅行中に、このような言葉を宣言した。「おお、すべての男女、すべての人々のおん母よ、私たちがじかにあなたの御心に訴える……嘆きをお受け取り下さい……。私たちがあなたに委ね、お捧げする、私たち人間の世界を……抱擁して下さい」「私たちは特別なやり方で、特にあなたにお委ねし、お捧げする必要のある個人個人と国々を、委ね、お捧げします」(Ibid., pp. 160-161)一九八四年三月二十五日、司教たちは、教皇がロシアを名指しで言及しない奉献に加わるよう招待された。

(Sources : apic /imedia/VIS/radiovatican/belfont – DICI no. 283 dated October 18, 2013)

【結論:まだ、ファティマの聖母マリアのご要求通り、教皇様が全世界のカトリック司教たちと一致してロシアを名指して聖母の汚れなき御心に奉献することはなされていない。】


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コメント (3)

第5次ロザリオの十字軍 2014年2月4日現在、1828環が報告されています

2014年02月04日 | ロザリオの十字軍
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 第5次ロザリオの十字軍の報告を感謝の内に頂きました。愛する兄弟姉妹の皆様にご紹介します。

 2014年2月4日現在、1828環が報告されています!天主様に感謝!

 ご報告がまだの方々は、是非ロザリオの環数をお教えくださるようによろしくお願いいたします。

 明日は、日本二十六聖人の祝日です。日本のために祈りましょう。

 日本が、原子力発電という子孫にあまりにも多くの負担と負債を強いる危険で維持費の高いものを早く放棄する賢明な日が来ることを希望し祈りつつ、日本が核ではなく、真の天主(カミ)を持つ日が早く到来しますように!

天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

 【報告】
トマス・マリア小野田圭志主任神父様
十主の平安!!!♪♪♪
アヴェ・マリア!!♪♪
童貞聖マリア様御潔めの大祝日!!♪♪おめでとうございます!♪
フェレー総長様の!♪御説教、有難うございます!♪
ルフェーブル大司教様に!♪聖会!♪聖ピオ十世会!♪与る信者!♪教皇様、司教様、神父様方の為にお祈り下さいませ!!を毎日祈っています!
早速ですが、聖なるロザリオの十字軍!!♪♪の御報告をさせて頂きます♪
シスター    93環
ヨゼフ  マリア        90環
ヨゼフ・パウロ   93環
マリア・クリスティーナ・ヨハネ   240環
マリア・ベルナデッタ・ヨゼフィーナ  223環
バルナバ    66環
エリザベト    93環
幼きイエズスの聖テレジア  74環
マリア・クリスティーナ    27環
マリア   29環
マリア・エリザベト   20環
マリア・ローザ  56環
マリア・クララ    5環
アンナ    57環
今の所以上で、1166環です、追加のご報告を頂きましたら、又御報告させて頂きます♪

アヴェマリア!
小野田神父様、ロザリオの十字軍1月の報告をします。
フランシスコ      31環
モニカ          31環
テレジア         93環

カトリック教会に聖伝の信仰が戻ってきますように。
天主様からの祝福とお恵みがありますように。祈りのうちに。デオグラチアス。


【報告】
+J,M,J,Ave Maria!

小野田神父様、聖務にお忙しいのに私たち日本の信徒のために
ブログやご連絡をありがとうございます。
拙くもロザリオ十字軍の意向で唱えましたロザリオの報告をさせていただきます。

マリア、マリアゴレッティ、マリアマグダレナ、マリアインマクラータ、パウロ マリア、マルガリタマリア、マリアレジナの8人で 1月分として507環を御捧げいたしました。

まだまだがんばりが足りないようで、申し訳ありません。 今月2月、頑張ります。
また毎日の自分の職務や境遇、つらいことを御ミサの犠牲に一致して
聖母の汚れ無き御心にお捧げいたします。

小野田神父様、どうぞお身体を大切になさってくださいますように。
2月の小野田神父様の御ミサを、ご帰国を心からお待ちしております。

至聖なるイエズス様の聖心よ、我らをあわれみたまえ。
聖母の汚れ無き御心よ、我らのために祈りたまえ。
いとも尊き聖ヨゼフ、我らのために祈りたまえ。
日本26聖人よ、我らのために祈りたまえ。

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 明日は、日本二十六聖人の祝日ということで、DICI に掲載されていた記事を日本語に訳してくださった方がいらっしゃいますので、それをご紹介します。


迫害下における日本のカトリック教会の模範

原文はこちら

迫害下における日本のカトリック教会の模範
二〇一四年一月三十一日

 二〇一四年一月十五日の一般謁見の間、教皇フランシスコは七つの秘跡に関する公教要理の一連の講話の中で、私たちをキリストの肢体とさせるがために、特に洗礼の秘跡について詳しく論じることを決定した。洗礼の秘跡の効力によって、各キリスト者は弟子となり──信仰を受け取るがゆえに──宣教師となり──信仰を伝えるがゆえに──世界に福音をもたらすために召(よ)ばれたのである。

 教皇フランシスコは、洗礼の秘跡の力を強調するため、十七世紀初めの迫害の間、何千という殉教者を生み出し、聖職者たちを排除されてもなお生き残った、日本のキリスト信者たちのことを思い起こさせた。

 大迫害を受け、日本のカトリック信者たちは教会の存在を奪われたままであった。十七世紀のこの国では、国家の決定により、一人の司祭も留まれなかったのだと教皇は説明した。つまり、聖職者たちはすべて追放され、結果として信者の集団は秘密裏の存在として身を隠したのである。

「子どもが生まれると、母親か父親がその子に洗礼を授けたのでした」と教皇は続けた。「特別な状況下では、すべての平信者は洗礼を授けることができるからです……二百五十年ののち、宣教師たちが日本に戻って来ると、身を潜めていた数千のキリスト信者たちが姿を現しました」と教皇は続けた。
「彼らは洗礼の恩寵を通して生き残ったのです」[かつ、定期的に良心の究明をし、償いを実行をしていた──編集者より]二百年以上もの間、この隠れキリシタンたちの家庭は、信仰と洗礼の秘跡を世代から世代へと伝えていった。これらの集団は、特に長崎地方の村々に居住していた。
(see Nouvelles de Chrétienté no. 110, March-April 2008)

「この日本の信者たちの集団の賞賛すべき物語から、私たちは大変多くのことを学び取れます」と教皇は強調し、とりわけ、ヨルダンと聖地からやって来たアラブ人のキリスト信者たちに呼びかけた。教皇は彼らに「困難と迫害、これらを受容と信頼と希望とともに受け入れるなら、信仰を浄め強めるでしょう……。キリストとその福音のまことの証人となり、教会の正真正銘の息子と娘になりなさい。愛徳と尊敬をもって、あなたたちの希望の理由を与える準備が常にできているように」と断言した。
(Sources: apic/imedia/vatican.va – DICI no. 289 dated January 31, 2014)

【参考資料】
日本のカトリック中央協議会による「教皇フランシスコの32回目の一般謁見演説」日本語訳

「神の民にとっての洗礼の重要性に関して、日本のキリスト教共同体の歴史は模範となります。彼らは17世紀の初めに厳しい迫害に耐えました。多くの殉教者が生まれました。聖職者は追放され、何千人もの信者が殺害されました。日本には一人の司祭も残りませんでした。全員が追放されたからです。そのため共同体は、非合法状態へと退き、密かに信仰と祈りを守りました。子どもが生まれると、父または母がその子に洗礼を授けました。特別な場合に、すべての信者が洗礼を授けることができるからです。約250年後、宣教師が日本に戻り、数万人のキリスト信者が公の場に出て、教会は再び栄えることができました。彼らは洗礼の恵みによって生き伸びたのです。神の民は信仰を伝え、自分の子どもたちに洗礼を授けながら、前進します。このことは偉大です。日本のキリスト教共同体は、隠れていたにもかかわらず、強い共同体的精神を保ちました。洗礼が彼らをキリストのうちに一つのからだとしたからです。彼らは孤立し、隠れていましたが、つねに神の民の一員でした。教会の一員でした。わたしたちはこの歴史から多くのことを学ぶことができるのです。」



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