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聖ヨゼフ、我らの為に祈り給え! 聖ヨゼフの特別聖年(2020年12月8日〜2021年12月8日)

【再掲】2015年7月31日 聖イグナチオ・デ・ロヨラの聖伝のミサ SSPX Latin Traditional Mass

2020年07月31日 | お説教・霊的講話
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

5年前の記事ですが、再掲いたします。






 2015年7月31日に大阪での聖伝のミサの時の説教をご紹介します。日本に聖フランシスコ・ザベリオを派遣してくださった大恩人である聖イグナチオ・デ・ロヨラについてお話ししました。

天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)


2015年7月31日 証聖者聖イグナチオ・デ・ロヨラの祝日



  小野田神父 説教

 聖母の汚れ無き御心巡回教会にようこそ。今日は2015年7月31日、聖イグナチオのミサを行っています。

 このミサは特に、今週の月曜日に亡くなられた、マリアさんの、信徒会長様のお母様の霊魂の為に捧げられています。会長のお母様は、会長の手によって、緊急の洗礼を受けたい、という事で洗礼を受けて、そしてマリアという霊名で、そして私の訪問をお待ちだったのです。本来なら、今回日本に来た時に、お母様にお目にかかって、できれば終油の秘跡とか、或いは必要な祝福を、病者の祝福を、本当は授ける予定でしたが、一足先に主に召されてしまいました。どうぞ、お母様の為にお祈り下さい。

 
 「聖イグナチオ、我らの為に祈り給え。」
 聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

 愛する兄弟の皆さん、今日は聖イグナチオの祝日ですので、聖イグナチオの人生について、黙想してみましょう。

 聖イグナチオは、どういう人生を辿って、そして一体何がきっかけで大聖人になって、どんな事業をイエズス様の為になさったのか、そしてそれを見て、私たちがどんな点で、聖イグナチオを真似しなければならないのか、或いは、聖イグナチオの人生を黙想した、何か、私たちに与える教訓は何かを、見てみる事にします。

 聖イグナチオは、1491年にスペインのロヨラ城で、お父さんの名前は、ベルトラン・デ・オナス・イ・ロヨラ、そしてお母さんは、マリナ・デ・リコナ・イ・バルダ、というお父さんとお母さんを持った、夫婦の一番最後の末っ子として生まれて来ました。そして幼い頃は、イニゴという名前で、そのオナ地方にあった、ベネディクト会の修道者の聖人の大修道院長の名前を取ったのですが、後にローマ時代の、イグナチオと名前を変える事になります。

 子供の頃は、その当時の流行に従って、スペインでは非常に流行っていた、『騎士の物語』、エル・シードとか騎士が、イスラム教の、キリスト教に反対する人たちからの戦いに、都市を守って、そして貴婦人を助けて、そして英雄的な生涯を送る、騎士道の精神を守る、そして騎士としての栄光を高める、という本をたくさん読んで、それに憧れていました。

 そして、ちょうどその機会がやってきました、というのは、1517年に、ナヘラという伯爵の騎士として、兵士として仕える事ができるようになったからです。そしてその当時、その上流社会に出入りして、貴婦人を見て、「あぁ、この貴婦人が良いなぁ、好きだなぁ。」とか、或いは、この世の楽しみ、この世の栄華、この世の楽しみなどに非常に大きな憧れを持っていました。そしてそれを追及する為に、「騎士道の道を、ますます歩こう。」と、思っていました。そして彼は、イニゴには、それなりの体力と、勇気と力もありました。

 そのようなイニゴにとって、大きな転換期がやってきました。それは、1521年、フランスのアンドレ・ド・フォアという、ナバラ地方にいたフランス人が、それは力のある貴族だったのですけれども、それをスペインの、そこのイニゴが仕えていた上司に対して攻撃をかけます。そしてそのパンペルーナ城に対する攻撃に対して、イニゴが皆と力を合わせて、それに対抗します。上司はすぐに退却するのですけれども、イニゴたちだけは残って、一生懸命それに反撃するのです。結局5月20日、それは聖霊降臨後の月曜日、大砲の弾がイニゴの足に当たって、足の間で避けて、そして負傷を負って、もう歩く事ができなくなります。骨を折って、そしてイニゴが倒れたのを見て、他の仲間たちは皆、これで降参してしまいます。スペインのパンペルーナ城は負けてしまうのです。一生懸命、敵ながらにあっぱれに戦っていたイニゴを見て、フランス人たちも彼を助けて、治療して、家に帰させるのです。

 療養中、自分の家でいつも読んでいた、ロマンの本を、騎士道の本を、「ないかなぁ。」と、探すのです。しかし、そこにあった本は、『キリストの生涯』と、『聖人伝』だけでした。そこで、その時間に任せて、『聖人伝』、『キリストの生涯』を読んで、時を過ごしましたが、『聖人伝』を読めば読むほど、『キリストの生涯』を読めば読むほど、「自分にはもっと、仕えるべきもっと高貴な王がいる。」と、いう事が分かりました。今まで知らなかった、超自然の、天の王国についての事に目が覚めたのです。

 そこでイニゴは、「あぁ、私はもっと偉大な王に仕えなければならない。私の仕えるべき王は、イエズス・キリストだ。そして、もしもこの聖人たちが、これほどキリストの為に仕えたのならば、私も真似をして、彼らのようになりたい。断食をして、苦行をして、そしてイエズス・キリストに仕えたい。」という望みを多く持つようになりました。そしてイニゴは、「これからは、罪の償いと、悔悛と、苦行の生活を送りたい。」という願いに燃えて、「そして聖人たちに倣って、自分もエルサレムに巡礼に行きたい。そしてキリストの、イエズス様の生涯の色々な場所を訪問して、そこで黙想して、そこで一生を送りたい。そして巡礼者の霊魂の助けをしたい。」という決心を立てるようになります。

 そしてここでイニゴは、この大砲が当たって大怪我をしたおかげで、大回心をする事になります。今まで世俗の事だけに、世俗の栄光だけを夢見たのが、キリストの為に仕える痛悔者となったのです。

 そこでイニゴは、歩けるようになると、すぐにエルサレムの方に巡礼に行く事にします。しかし、そのエルサレムにすぐに行くのではなく、その前に、近くにあったモンセラトというマリア様の巡礼地があって、「そこでまず総告解をしよう。」という事で、そこに巡礼に行って、3日間良心の糾明をして、そして総告解をします。

 そしてその告解をした後に、ちょうどその当時の習慣では、騎士道では、人が青年が騎士になる時には、御聖堂に行って、一晩中寝ずのお祈りをします。そしてその夜通しのお祈りをした後に、特別の儀式があって、騎士に叙任されて、そして騎士の服を受けて、そして正式な騎士とするのですけれども、イニゴは、総告解をした後に、一晩中、モンセラトのマリア様の前でお祈りをして、寝ずのお祈りをして、そしてその翌日、今まで着ていた貴族の服を乞食に与えて、乞食に、「交換しよう。」と、言うのです。そしてこれからは、袋の汚い服を着て、そしてそのマリア様の所の聖堂に、自分の付けていた刀や、短剣を置いて、そして、「これからは、生涯、新しい一生を送るのだ。」という事でミサに与って、ちょうどその日は、1522年3月25日、聖体拝領をして、そして至聖所を、モンセラトの至聖所を出発します。

 かといって、どこに行くという当てもなく、「とにかく主の導きのままに。」と、言って出るのです。ところで、イグナチオと服を交換した乞食は後で逮捕されて、「お前、どっかで盗んで来たんじゃないか。」と。イグナチオがそれを説明するまで、泥棒の疑いをかけられたそうです。

 話は戻りますが、イグナチオがそこのモンセラトの至聖所を出ると、たまたま、非常に心の良いカトリックの婦人がいて、イニエス・パスカルという女性に会います。そしてその方がイグナチオをそこに泊める事をするように招いてくれます。そしてこのような乞食のみそぼらしい彼を、彼女がそれを受け入れて、その間、イグナチオは彼女のところに留まりながら、祈りと黙想に耽ります。マンレサ洞窟に行っては、お祈りをし、そして断食をし、特にイエズス様についての御受難を読んで、黙想し、ミサに与り、そして祈りと償いと苦行の生活を送ります。

 そうしてそういう時に、色々な傷心の問題や、或いは誘惑の問題や、色々な霊的な闘いがあるのですけれども、その時に色々な光を受けて、ある時には一週間、8日間続けて脱魂状態にあった、という記録が残っています、そしてそのような、特に霊的な修練に於いて、メモを取って出来たのが、『霊操』といわれるもので、そのノートが元になって、将来、『黙想をする30日の霊操』というものが成立します。

 最初は、罪の償い、改悛、という事だけしか頭になく、キリストに仕えたい、聖人に倣いたい、という事で巡礼の旅に出た聖イグナチオは、このお祈りの後に、霊的な師となって、大変化をする事になります。

 そしてその後にイグナチオは、そのイニエス・パスカルさんたちの家を出て、いつも黙想していた洞窟、マンレサの洞窟を離れて、とうとうエルサレムに旅立ちます。イグナチオが旅立つ時には、そのイニエス・パスカルさんと家族たちは、「私たちは、天使であり、私たちの聖人である、大きな友人を失ってしまった。」と、非常に悲しんだそうです。

 1523年の2月に聖地に向かって、そして聖地に到着して、聖地の色々な所を訪問して、非常に霊的な大きな慰めを受けます。が、フランシスコ会の管理者の方が、「お前は家に帰れ。お前のような者がいると、誘拐されたり、大きな問題が起こるから、すぐ帰ってもらいたい。」と、言われて、イグナチオはそれに従って、せっかく何年もかけてようやく辿り着いたエルサレムを離れて、スペインに戻ります。かといって、一体何をするべきなのか分からなくて、「とにかく霊魂の為になりたい、イエズス・キリストに倣いたい。」という思いで、その巡礼の地から離れなければなりませんでした。もしもそのような命令が無ければ、イグナチオは一生涯、聖地に骨を埋めていた事だったのです。

 しかし、イグナチオはスペインに戻って、「霊魂を救う為には、霊魂たちの役に立つ為には、キリストについての話をするには、そして自分の見出した、この『霊操』の指導をするには、霊的な話をするには、自分もちょっと学をつけなければならない。」という事で、33歳だったにもかかわらず、学校の小さな子供たちに混ざって、学校で勉強しだします。そして2年間、子供たちと一緒に勉強して、そしてアルカラという所の大学に行き、そこで何か、異端の疑いをかけられたので、次にはサラマンカの大学に行き、そしてそこでもまた、疑いがかけられて、牢獄に入れられ、今度はパリに行きます。

 そしてパリで神学を勉強して、そして多くの良い友人たちと会います。ペトロ・ファベル、聖フランシスコ・ザヴェリオ、ライネス、サルメロン、シモン・ロドリゲス、ニコラス・バディラ、などという6人の同志がいて、そして彼らと一緒に、「イエズス様の為に何かをしよう。」そして話しが合って、そして1534年8月15日、パリのモンマルトルのチャペルで、清貧と、貞潔と、そしてエルサレムに巡礼に行く、という3つの約束をして、それから、「これから自分たちは一緒に、自己聖化の道を捧げよう。」という風になります。

 そして、その約束の通り、自分たちの立てた誓願の通り、エルサレムに行こうとするのですけれども、その当時トルコと、戦っていたトルコ軍が海を、地中海を占領していた為に、舟は、エルサレムに行くような舟はありませんでした。幾度、何度も待っても待っても待っても、舟はない、という事で、「もしも天主様の聖旨がそうであるならば、エルサレムに行く代わりに、教皇様に、私たちの奉仕を捧げよう。」という事で、ローマに行きます。

 そして、「私たちは、イエズス様の為に戦う騎士であり、イエズス様の為に戦う小さな軍隊だから、この軍隊を教皇様は使って下さい。」そして、イエズス様の軍隊という事で、『イエズス会』という名前を付け出します。

 しかし、このイエズス会も、最初は修道会という明確なものはなかったのですけれども、しかしその当時、カトリック教会全体をみると、イスラム教徒からの危険、或いはプロテスタントによって、多くのカトリックの国々が影響を受けてしまって、教会を離れてしまっている。イギリスはヘンリー8世が、教会を離教状態にしてしまった。或いはフランスとスペインは、互いにバルワ家とハプスブルク家が戦っている。そして残念ながら、ルネッサンスの影響で道徳もゆるんでしまっている。そして多くの人々は、キリスト教について何も知らない、無知がはびこっている。という事で、「私たちは何か、永続的なものをしなければならない。」という事で、「1つの修道会として、従順の誓願を立てる。」という事を決意しました。

 そして、教皇様パウロ3世が、1540年9月27日に勅令を出して、そのイエズス会を公式に認可する事になります。

 すると、もしも従順であるならば、長上を決めなければなりません。そして、「長上を誰か、これから投票をして決めよう。」という事になります。

 ところで、その当時ポルトガルは、とても海洋的に力のある国でした。そしてアメリカにはブラジル、そしてアフリカにはエチオピア、そしてアジアにはインドがあって、その当時ポルトガル人は種子島にもやって来て、そして「日本と是非、そのポルトガルに、その色々な外国の所に、ポルトガルの領地に司祭を派遣して欲しい。」という事で、ポルトガルの王ヨハネ3世が、イグナチオにお願いするので、イグナチオはそこで、「さあ、すぐに是非派遣して欲しい。」という事で、すぐ近くにいた聖フランシスコ・ザヴェリオを送る事にします。本当は、別のロドリゲスを送る予定だったのですけれども、病気で、ザヴェリオがそこのすぐ近くにいたので、「お前、行け。」という事で、「はい。」と、行く事になります。
 イグナチオは、聖フランシスコ・ザヴェリオを送る事になります。

 聖フランシスコ・ザヴェリオは、イグナチオを非常に敬愛していて、イグナチオに手紙を書くには、いつも跪いて手紙を書いていたそうです。そしてイグナチオのサインをいつも胸に置いて、イグナチオの事を慕っていた。その「聖フランシスコ・ザヴェリオとイグナチオは本当に一番の弟子であった。」と、言われています。

 聖フランシスコ・ザヴェリオは、イグナチオができなかったような事を、インドや、或いは日本や、という所でして、そして多くの霊魂たちを回心させます。

 聖フランシスコ・ザヴェリオがインドに旅立つ前に、総長を選ぶ投票を、名前を書いていくのですけれども、そこにはイグナチオの名前が載っていました。総長の投票の時には、全員一致で、イグナチオ以外を除いて、皆がイグナチオが総長をやるように。イグナチオはそれを受けて皆に話をします、自分がやるには相応しくない、という理由をたくさん述べて。「だから3日間もう一度お祈りをして、もう一度投票しよう。」と。皆が同意して、3日間お祈りして、もう一度投票すると、皆がイグナチオを投票します。するとイグナチオはそれを受けて、霊的指導司祭に話をして、「彼に相談する。」そして彼に罪を告白して、その全てを打ち明けて、そして、「私はあなたの指導に従う。」すると、その神父様は手紙を書いて、「皆の前で読むように。」と。その手紙には、「イグナチオに命じて、総長の職を受けるように。」と言われ、そして聖イグナチオは総長になる事になります。

 すると、これからはローマに留まって、イエズス会を監督、指導しなければなりません。全く新しい生活が始まります。戦争の時に受けた足の傷や、断食や苦行で弱っていた体で、非常に健康には恵まれなったのですけれども、しかし総長として、非常に素晴らしい仕事をします。イエズス会は世界中に多くの会員を広め、日本、インド、イギリス、そしてプロテスタントのドイツ、フランス、イタリア、スペイン、ポルトガル、或いはアメリカ大陸にも広がって、そしてそのイエズス会の基礎を作ります。

 イエズス会は、非常に天主様の聖旨に適った修道会であった、という事は、その実りを見ると分かります。瞬く間に全世界に広まって、多くの人々が、イエズス会の手を通して、カトリックに回心します。そしてプロテスタントによって失われてしまった者よりもはるかに多くの者が、イエズス会の手を通して、イエズス様の元にもたらされました。

 後の時代には、学校教育を通して、宣教を通して、多くの霊魂がイエズス会の宣教師の手を通して、お恵みを受けます。多くの王たちや貴族たちも、イエズス会の素晴らしい知性を通して、霊的な指導を受けたり、そして教皇様は、イエズス会の素晴らしい神学者によって、トリエント公会議を進めたり、或いは、学校教育を通して、多くの子供たちが無料で、非常に高い水準の教育を受ける事ができました。

 「もしも、フランス革命が起こってしまったのは、それは残念ながら、イエズス会が廃止されて、そしてイエズス会によって教育を受ける事ができなかった人々が多くあったからだ。」とも言われます。

 或いは、「もしも、イエズス会が非常にカトリック教会の敵から攻撃を受けたのは、実はイエズス会こそが、カトリック教会を守る、非常に固い砦だったからだ。」

 特に日本は、最初のイエズス会の最も誇る聖人、最も高貴な聖フランシスコ・ザヴェリオをすぐに私たちの宣教師として受けた、特別のゆかりのある地ですから、聖イグナチオには深い恩義があります。

 私たちは、聖イグナチオの生涯をみて、どのような事を考えなければならないのでしょうか。
 イエズス様は、罪人であっても、それを使う事を良しとされる、という事です。聖パウロもそうでした。教会を迫害していたサウロはパウロとなって、教会の為に働く大使徒となりました。
 野心と、この世の栄華と、快楽を追及していた様なイニゴも、回心して、キリストの騎士となって、イエズス・キリストを真似る者となって、そして、全世界をカトリックに戻す為のイエズス会を創立する者となりました。

 聖イグナチオが元々思っていた、「エルサレムの巡礼」とか、「エルサレムに居てその巡礼者の奉仕をする」というのは全く打ち砕かれてしまいましたけれども、それよりも更に素晴らしい計画を、イエズス様は聖イグナチオを通して実現されました。多くの霊魂が、聖イグナチオと、その創るイエズス会を通して、果たされました。

 私たちも是非、聖イグナチオの御取り次ぎによって、例え私たちが罪人であっても、イエズス様の良き道具となる事によって、多くの霊魂を救う事を、イエズス様が望まれる、という事を記憶する事に致しましょう。

 そしてイグナチオの様に、厳しい苦行と、お祈りと、脱魂のお恵みは頂けないかもしれませんが、しかし、罪の償いの精神は、少なくとも真似る事に致しましょう。特にイグナチオは、マリア様の元で回心をしました、お祈りと回心と、そして霊操を受けました。ですから、マリア様の御取り次ぎをもって、私たちもイグナチオの精神を受けるように、キリストに従う精神を受けるように致しましょう。

 私たちはこの夏、霊操を、黙想会をする事ができそうです。ですから、聖イグナチオの御取り次ぎによって、私たちの黙想会を祝福して下さって、そして良い黙想会ができるようにお祈り致しましょう。

 「聖イグナチオ、我らの為に祈り給え。」
 聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。


コメント

「助産婦の手記」12章 『もうまた』

2020年07月31日 | プロライフ
「助産婦の手記」

12章

『もうまた』と婦人たちが言った、『踏切番のお上さんが、また赤ちゃんを生んだ! 全く恐ろしいことですね。今度のは、四番目ですよ。一番上のが、やっと復活祭に入学するというのに。それもまあ何とかよくなって行くでしょう。でも、こんなことは、非常な早婚の結果ですね……』
『もうまた』と男たちも、ビールのテーブルを囲んで話し合った、『踏切番さんは、実際、気が狂っているよ。そんなに子供を作るなんて。』そこに坐っていた連中のうち、幾人かは、自分もそれに劣らぬぐらい子供を持っていた。ほかの幾人かは、次のことをよく知っていた、すなわち、自分たちに子供がそんなに多くないのは、ただ偶然であるに過ぎぬということ、そして自分たちの生活のやり方では、恐らく十ヶ月每に一人子供が生れ得るということである。当時は、まだ大抵の人々が、自然を欺く試みをしようとするまでには立ち至っていなかった。しかし、二三の人たちが『もうまた!』と叫んだ以上、みんな黙ってしまい、そして何か違った意見を敢えて述べようとする者はなかった。ただ一人言ったのは、最初問題となったその本人であった。
『もうまただって、全くそうだ。私のうちでは、いつも直ぐそうなんだ。だが、どうすることができようか。我々だって、ほかの人たちよりも、放埓な生活をしているわけじゃないですよ。』
『そうだ、君、だが人間は、まさに自らを助けなくちゃならないんだよ!』と、一人しか子供のない太った行商人が叫んだ。『君は、いかに男たちが遊興や浮気をしながら、その厄介な結果の起るのを避けているかということを知らないほど馬鹿じゃないだろう。』
『私は、そんなことなんか知りたくもない。私は家にはれっきとした家内がある、淫売婦じゃないですよ。分ったかね!』
『君、軍隊では、そんなことは、みんな知っていたんだ。しかもその後、技術は一層進歩したんだよ……』
『軍隊ではお前さんは策略を使って公娼のところへ行っていたっけ。だから、私には構わないで、きょうでも、やはりその手を使ったらいいだろうね。私は、家庭を清らかにして置きたいんだ。私は、自然のありのままに妻と一体なんだよ。だからそれ以外のことは真平だね』踏切番は、怒り出した。

そこで行商人は、自分の考え通りの正しいドイツ語で話した。
『我々もまた紳士的な人間です――ただし、まさに理性的な人間です。もしもあんたが、子供たちを養育することができなければ、子供を沢山持っていても、どうするのですか? むしろ、一人だけ持っていて、その世話を正しくやって行く方が、より善くはないですかね?』
『私の子供たちの世話をするものは、我々以外には誰もいないんだ、だから誰にも関係のないことですよ。で私は、も一度言っておきますがね、我々はきちんと生活しているんですよ、それなのに、ほかの人たちと来たら……それに、私の子供たちの母親は、私にとっては善すぎるんだ――そしてほかの女たちは、どれも悪すぎるんだ、左様なら。』

彼は立ち上り、自分のビール代を払って、忠実な妻と、笑っている子供たちのいる自分の家に帰って行った。 しかし、不快なものが、彼の心の奥底に横たわっていた。彼が妻を見たとき、『もうまた』という言葉がまたもや耳にひびいて来た。きょうは、彼は非常に無口だった、全くいつもの習慣に反して。もしそうでなければ、彼はいつもその日に出くわしたいろいろのことを話して聞かせるのだった。二三週間前から、彼は最寄りの停車場を管理していた。そして、そこに常勤したいと考えていた。そこの社宅は、より大きく、庭もそうだった。しかも、その庭は、非常に綺麗な明き地であったから、何か小さい家畜を飼うこともできる。給料も少し高い。上級監督官は、彼にけさ約束した、『もうまた』子供が出来たのだから、あんたを真っ先きに推薦して上げましょうと。だから最初、この希望の光が、彼の気持を非常に嬉しくさせていたので、彼はいつもの習慣に反して、帰り道でビールを一杯引っかけたわけであったが、今やこの『もうまた』という言葉が、彼を腹立たせた。彼の妻は、さぐるように彼を眺めた。何事があったのだろうか? 彼女はそれを見いだすことができなかった。夕食後、子供たちをベッドへ連れて行った後で、妻は、きょう着いた彼の母親の手紙を渡した。読んでゆくと、『お前さんたちが、もうまた赤ちゃんを授かったことは……』とあった。『止せやい! もうまたなんて!』踏切番は、拳で食卓をたたいたので、お上さんがちょうど片づけようと思っていた皿が、跳ねとんだ。『おふくろまでが「もうまた」と書いてる! そのくせ、おれたちは、郷里では十一人きょうだいだったんだ!』
『でも悪い意味でじゃないでしょう、ペーター。』
『どこでも「もうまた」と言っている。今に私がどこに姿を現わしても、人から小突かれ、嘲けられないですますことはできないだろう。だが、きょう、私は、一体それがどうしたというんだと、あの連中に言ってやった。徹底的に言ってやったんだ。これからは、あの連中は私を煩らわさないでいてくれるだろう……』
ハハ―、そこが気に障ったのだな、と彼の妻は思った。私がいつも、自分の悩みを胸にたたみこんで、それを夫に知らせなかったのは、ほんとによかった。『もうまた』―― 何度、人は私にそう言ったことだろう。私の夫は、もっと賢くはないのか?
『いいですか、ペーター、男たちがどんなに馬鹿かってことは、あんた、よく知っているでしょう。勝手にしゃべらせて置きなさい。ビールの席で、ある一人が大きな口を開けて物を言うと、それが真面目なことに関係のあるときには、誰も違った考えを述べようとするものはないのですね。たとえ、どんなに反対意見を持っていても。ただ政治のことが問題になると、みんな互いに相手をどなり伏せようとするんです。ところが、もし道德問題か宗教問題について自分の考えを述べねばならぬ段になると、あの人たちはテーブルの下にもぐりこんでしまうんです。そんなことを気にやまなくてもいいですよ。私たち二人は、上の方に向って、光へ、天へ、進んで行こうと約束し合ったんです。そしてどんな困難、どんな不幸のときも、またどんな希望についても助け合うことを。そして自然に属する事柄についても。そして私たちは、お互いに助け合うために、夫であり妻なんです。他人には何のかかわりもないんです。そして結婚して子供が出来るなら―――それは、天主様から与えられるんです。そして、子供に歯を与えて下さる御方は、また食事の心配もして下さるでしょう。このようにして私たちは、直きにまた子供を育て上げることになるでしょう。』

踏切番のお上さんは、気丈夫な女であった。村中で最も気丈夫な人たちの一人だった。私はもうすでに、彼女の子供が三人生れるのを手助けした。しかし、四番目の子が生れたとき、彼女の結婚した若い妹が、何も知らずにたまたまその家にやって来て、そして全く驚いて『もうまた!』と叫んだときには、さすがのお上さんも、わっとばかりに泣き出した。もう数ヶ月前から、夫の親戚たちは、彼女が、もうまたそういうような有様で、夫にそんなに沢山の子供の重荷を背負わすという非難を彼女に浴びせかけたのであった! また、この村の上層の官吏や実業家の奥さんたちも、子宝ということを嘲笑した。その多くの人々の考えでは、それは愚かなことであり、他の人々にとっては、それは冗談であり、二三の人々にとっては、それはまた現代ばなれした精神であった。しかし、この「もうまた」という言葉は、その都度、針で刺すように、この母親の心にこたえた、それがますます繰り返されるほど、ますます深く。そして最後に、お産の苦痛のために、体力がもはや衰えてからは、今まで堰き止められ、彼女ひとりで辛抱して来た悲しみが、一度にほとばしり出たのであった。

私が彼女をなだめることに成功したとき、彼女は私に物語った。
『私は、あるお医者さんのところで、私として最後の勤めをしました。先生は、大変よいお得意がありました。財産もあって、いわゆる素封家です。で、一人お子さんが生れました。お姑さんが洗礼にお出でになったとき、その若い奥さんに申されました、「ですが、あんた、もうまた子供が出来ないように注意して下さい。私たち婦人は、もっともっと強くなければなりませんよ」と。そのお医者さんの奥さんは、 この忠告をよく肝に銘じました――そして御主人を拒みました。 ところが二年後に、そのお医者さんは、ある町の郊外で私生児を作ったのでした。――このことは、私をこのような問題について、篤(とく)と考えるようにさせました。そのお医者さんは当時、自分で言っていました、妻が私を拒んだから、そういうことになったんだと……そして私が結婚したとき、先生は、も一度私に言いました、「あんたの御主人にあまり禁欲を要求しないようになさい、そして御主人と仲よくなりなさい。男というものは、大抵、普通の女よりも欲望が強いものです。それは、自然にそうなっているもので、このことは、よく理解しておかねばなりません。私は、放縦な生活をすべきだというのではありません――断じてそうではない。しかし、すべてのことは、結局、限界があるんです。そして結婚した人の場合と、独身の人の場合とは違うのですよ……」
このことを私はたびたび熟考しました。聖パウロも言っているじゃありませんか、人、焦心するよりも結婚するを可とすと。お互いに助け合うこと、特にこのむずかしい問題についても、そうすることは、実に婚姻の目的ですね……
リスベートさん、私たちは、ほかの人たちよりも悪い生活はしてはいません。私たちは、力を鍛え、増すために、いつもある期間は禁慾しています。最初の子の産れた後は、三ヶ月でした。その次は、六ヶ月。最後のときは、殆んど一ヶ年でした。しかし、私の夫が、もはや昼も夜も落付きがなくなったということ、それを抑える力が殆んど足りなくなったということ――つまり、夫が誘惑に負けて婚姻を汚すかも知れないという危険が生じた(男たちは、このことを、いともたやすく、やってのけたものでした!)ということに、私が気がつくときには、私は彼の妻にならねばなりません。妻は夫に従うべしという天主の掟を別としても、私はこうせねばなりません。なぜなら、私は夫を愛し、そして助けたいと思っているからです。
いつも直ぐ子供が出来るということは、私の宿命でしょう。でも、生活のすべてが、天主の御手の中にあるのでしたら、このことも、また全く同様です。そして私は、私の小さな十字架を担うのです――しかも、私は喜んでそれを担います。子供たちは、実際、とても可愛いいものです。特に、全く小っちゃなのは、そしてそんな黄金のような小さなものを持っている家の中には、祝福があるわけですね……』

子供が生れたちょうどその日に、踏切番は、よりよい地位を与えられた。それは、赤ちゃんへの贈物ですよと、上級監督官は言ったが、彼自身も、実は五人も子供があった。さて、この出来事は、またビールの席で議論された。しかし、今度はウイレ老先生も同席しておられたので、いつもと違って鋭い反対票が存在したわけである。このときは、一人が演説をすると、他の人々もおのおの意見を持ち出すことを憚(はば)からなかった。
『実に旧式な人だね、』 と太った行商人が不平を鳴らした。『我々は、おっぴらに、そういう人の味方をするわけには行かぬだろう。』
『もし人が生活するなら――今のような生活の仕方では、』と老医師は言った。『男というものは、事の結果を自分で引受ける勇気も持たねばいけませんね。そうでなければ、その人は憐れむべきものですよ。』 先生は、まだ旧式な人であった。
『しかし、それは今日では、実際、変ってしまっているんですよ……』
『自然の法則は、決して変わるものではありません。成程、これまで自身自身を抑制することを学ばなかったか、または全く自制することを欲しない意志の弱い人々が、そのような手段をとることは理解できます……しかし、それは決して正しいことではありません。しかも、そうすることを人々に勧めようとすることは、実に、まさしく犯罪です。もしそういうことになれば、夫婦間の最も密接な関係は全く明るみに曝されることになるから、その神聖さは、ことごとく失われてしまうでしょう。相互の喜びであるべきものが、相互に対する嫌悪となります。自然に反してなされるものは、常にその報いを受けます。それは根本的には、人間にとって、貧困化をもたらすものであり、掠奪であり、傷害です……』
『しかし、人間は、自然を支配することを学ばねばならないですよ……』
『確かに、自分自身の中にある自然をですね。しかし、あんたの考えているものは、 自然の支配というものじゃありません。支配というものは、自分の衝動を抑制し、その満足を棄てることでしょう。これに反し、それ自身の目的から離れて、ただ享楽しようとする欲望は、自然を濫用することであり、あざむくことです。一つの暴行であって、それは罰せられずには置かれません。私は、互いに全く身を滅ぼし合った夫婦者を一組以上、あなた方にお目にかけることができます。また、まさしくそのために、もはや調和して行くことができない結婚生活を一つ以上、挙げることができます。この年老いた医者の言うことを信じて下さい。人間は、勝ったように見えるときに、却って破滅してゆくということを。そういう人たちは、子供を育てる代りに、金を節約しようと欲する。ところが、それから金を医者と薬剤師のもとへ、そしてまた病院の中に運ぶのです。彼等は、情欲を享楽しようと欲する――そして心の奥底では、お互いに忌みきらうのです。そして相変らず、満足を得られず、救われることもなく、そしてかようにして情欲の適正を得た真の不安に達することは決してできないのです。人は、もはや、自分自身にいや気がさすのです――その理由が判りもせずに。私はあなた方に特に警告しますがね。どうか現在、ドイツに氾濫しようとしているこの流れの中に、身をさらわれないようにして下さい……』
そこに居合わせた男たちのうち、踏切番の家に出産のお祝いに行った一人が、そのことをそこで話したのであった。

産児制限の問題が、当時初めて私の視野にはいって来た。確かに、いつまでも独身でいて機会を避けることのほうが、結婚していて、互いに相手に対して権利を持ち、そして昼も夜も機会がありながら自らを抑制することよりも、むしろたやすい。結婚していて、長い間、禁慾生活をおくるためには、大きな勇気が必要である。しかし、そうしようと思えば、できるのである。







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「助産婦の手記」11章 赤ちゃんは、実に天主の使者である。それはおのおの天主から特別の使命を受けて、この世に生まれて来る。

2020年07月30日 | プロライフ
「助産婦の手記」

11章

お産の後、四週間たつと、憐れな母親たちは、また工場に通った。彼女たちは、もしそれに該当する労働禁止規定が、そうすることを妨げなかったなら、もはや二週間後には、勤めに出たであろう。
しかし、それでも、二三日ぐらいは、この禁止令に違反した。夫が失業しているときには、彼女たちは、何をなすべきであろうか? 彼女たちは、大抵、よい女工であったから、工場では喜んで大目に見て、再び就業させた。また労働力の過剰ということも、今日ほどには大きくはなかった。最近、この冬に、私は六人の母親に分娩させたが、彼女たちは直ぐまた工場へ行った。生れた子供たちは、果してどうなるであろうか?
私は、主任司祭とウイレ先生とに、このことについて相談した後、三人一諸に、工場主のところに行って、私たちの切なる願いを述べた。彼は、私が心配していたほど非社会的な人ではなかった。

ところが支配人は、嘲笑的な皺をよせて顔をゆがめた。『どうして愚かな人たちは、そんな子沢山なのだろう? 劣等な人的資源……』しかし工場主は、授乳室を一つ作るよう命じた。そして母親たちは、午前と午後と、三十分ずつ休憩を与えられて、赤ちゃんに乳を飲ませることができた。今は母親たちは、工場に赤ちゃんを連れて行き、授乳室の中に入れておいた。私の妹と、二、三の娘さんたちが、母親たちの就業中、交替で世話をしてやった。また数人の親切な百姓のお上さんたちは、每日ミルクを母親たちの朝食のために、進んで提供してくれた。

私たちは、赤ちゃんのお守りを、バベット婆さんに任せるつもりであった。そこでは、婆さんは、一日中、暖かい部屋にいることができ、しかも工場主は、わずかながら報酬を与えようと思っていた。しかし婆さんは、もはや、その仕事をすることはできなかった。残念ながら、婆さんは、一切合財、飲みつぶして、全くひどい状態になっていた。そして一杯の火酒を買う金もないときには、一日中、泣きわめき、そして、もう十年も経った今日でも、私を罵った――というのは、私が婆さんから、パンを奪いとったというのである。そういう日には、婆さんは、私の家に昼飯を食べにやって来た。奇妙な論法ではある! しかし、私はもちろん、昼飯をいつも喜んで食べさせてやった。

バベット婆さんは、それにもかかわらず、妊婦を不思議によく見る眼を失わずにいた。婆さんは、子供が生れそうなところへは、いつも現われて、お産の手伝いを申し出た。すると、お母さんたちは、婆さんが満足するように、一瓶のブドー酒、一壺の果実酒または火酒を与えた。それゆえ婆さんは、いつも酒を飲むためにやって来たようなものである。こういうことは、この村が、婆さんに、もはや十マルクの定時収入を与えないで、貧民院に入れて、一部屋と薪を割り当ててやってからでも、やはり続けられた。

一人の人間が、誤った道に滑り落ちて行くことは、それ自体、悲しいことではあるが、しかしこのバベット婆さんの場合は、まさに私の仕事をよりたやすくしてくれた。そのわけは、こうである。この村の母親たちの間では、妊娠中に火酒を飲む悪習が残っていた。ある人たちは、大酒をのむとお産が軽くなると言った。そして他の人々は、美しい子が生まれると言った。しかし、その母親たちが、私の教訓と火酒の禁止を、少しも重んじようとしないときには、私はバベット婆さんのことを実例として彼女たちの眼の前に示した。すなわち、あなた方は、やがてどういうことになろうとしているのか、そして特に、あなた方の子供を何になるように育てようとしているのか、よく考えて御覧なさい。そして居酒屋に入りびたっている父親を持つ子供たちが、全生徒のうちの最劣等のものでないかどうかを、一度、学校の先生に尋ねて御覧なさいと。すると、これは効き目があった。愚鈍な子供を、母親は欲しない。むしろ躾(しつけ)の悪い子供の方を、彼女たちは遙かに遙かに好むのである。
【注:妊娠中にアルコールの影響を受けた治りようもない生まれつきの愚鈍よりも、躾さえ良くすれば良くなる子供の方を好む、ということ。】

さて、授乳時間は、母親たちの授乳の励行を助けた。私が助産婦になった当時は、百人の産婦の中で、自分の子供に授乳したものは、殆んど十人もなかった。バベット婆さんには、授乳のことなどはどうでもよかった。婆さんは、産婦に、したい放題のことをさせていた。そして、その際、口実として利巧なことが言われたのであった。すなわち、授乳をすると、年を取る! 醜くなる! 暇がない!する仕事があまり多くなる! 体裁が悪い! というたぐいである。私は、一人でも母親を説得するまでには、骨の折れることがしばしばあった。しかし私は一歩も譲らずに、成功するまではベッドから立ち去らなかった。それから、産婦が一たび授乳しはじめると、彼女たちは、間もなく、そうすることが子供のためにも、いかによいものであるかということを認識し、そしてそれをさらにやり続けた。しかし、場合によっては、彼女たちをそうさせるまでには、天国にあるすべての諸聖人の助けをかりねばならないことがたびたびあった。

私たちが授乳室を作ったときには、私はもう十年も助産婦をしていた。時は、経過する――どのようにかは、人は知らない。私は、非常に喜んで助産婦をやって来た。人間は、薔薇の上に寝かされているのではない。このことは、私がこれまでに述べた事件がよく示している。しかし、私はまだそれを仲々述べ終らないのである。私が書き、かつ備忘録を覗いている間に、私はさらにますます何ものかを思い出す。それをさらに、つけ加えねばならない、そしてあのことも。しかし、何はともあれ、私は助産婦以外の何ものにもなっていなくてよかったと思う。実は、私もかつては、それとは違った考えを持っていたこともあった。しかし赤ちゃんを取り上げて、それを再び母親の腕の中に置くことのできるのは、一つの喜びである。父親が、赤ちゃんを注意深く胸に抱いて、髭だらけのキッスをその小さな顔に圧しつけて、こっそり臆病げに小さな十字を切るときも、そうである。大抵の愚かな父親は、私がそれを確かに見ていないかどうか、まず見まわす! もしも彼等が家庭の司祭として祝福を与えることは、いかに自分たちにふさわしいものであるかということを知っていたなら、そして、たとえ難産であっても、最後によい結果が得られたときには、お助け下さった天なる父の御手に接吻することができるなら、いかによかろうかと思うこともしばしばある。

親が子供を欲しがらないような場合でさえも、私はベッドのそばに坐っているのが楽しいのである。赤ちゃんが、この世に生れて来るときには、誰か多少なりとも愛情をもって挨拶する人がいればよいが。その赤ちゃんに対して、みんなが敵意を持っていなければよいが。私は、いつもこう思う。赤ちゃんの受胎した時の状態というものは、その子の全生涯を通じて、人々の前に現われるに違いない。しかも、赤ちゃんは、実に天主の使者である。それはおのおの天主から特別の使命を受けて、この世に生まれて来る。父母は、子供がその任務を果すように助けてやらねばならない。ただし天主の使者は愛と尊敬とをもって受け取らねばならない。少なくとも、私はそうしようと思う。そして、しばしば人は、母の心の中から、埋れた黄金を掘り出すことができる―まさに、そのような時に。すなわち、非常に長い心配な夜と昼には、人は多くのものを人間の心の中に目覚ますことができる。人間の心はこのような場合ほど、そんなに感じ易いことは稀である。そんなに正直で真実なことは稀である。それは、苦痛と心配とのため、私たちが普段、多かれ少なかれ、みんな持っているところの仮装と仮面を忘れ果ててしまうからである。まさにそれゆえに、私たちは、そういうときには、人間の心に、よりよく近づくことができるのである。

父親というものは、それが正しい父親である限り、大抵、バターのように心が全く柔らかである。父親は、母親がお産の時には、自分のために一緒に苦しんでいることを感じる。父母の双方にとっての喜びが――或いは父母の片方のみによって味わわれる喜びが――母親ただひとりによって、激しい苦しみをもって、購(あがな)われなければならぬとは! それゆえ、この時には、正しい夫もまた、妻のために非常に心配する。しばしば母親自身よりも遙かに心配し、昂奮しているのである。それゆえ、私は夫たちを大抵、室外に居らせて置き、そして時々彼等をして母親に何か親切な言葉をかけさせるのである。ところが、もし彼等が、いつも私たちの廻りにいると、彼等はやたらに心配するため、ただ不安と興奮とをまき起すだけである。残念ながら、こういう父親とは全く違った人々もいる。

隣村では、全く新しい一人の助産婦が、他所から引越して来た。ウッツという婦人だ。彼女は、そこの助産婦と激しい競走をし、そして今や、この村の私の領分にまで、はいって来ようと試みた。助産料金は、現在十二マルクであるが、彼女は十マルクでよいと申し出た。それは、ただ人々を獲得するためのものだった。ところが、後で彼女は臨時経費を請求するから、結局、私たちよりも多くの費用がかかることになる。彼女は、幾つかのお産を私から横取りした。しかし、婦人たちが、儲けたと思った喜びは、束の間であった。というのは、その助産婦は、自分に対するサーヴィスを非常に多く要求したので、人々は、やむなく彼女に非常に色んなものを、非常にしばしば運んで出さねばならなかった。それから、揚句のはて、臨時経費が請求された。

春になって私は、補足講習を受けることができた。私は職業に関しては、いつも最高水準を保っていたいと思う。私たちのように、いやしくも人命に関する職業にたずさわっている場合には、自分の知識を広め深めるためには、いくら熱心に努力しても足りるということはない。最近、私がある同僚と会ったとき、彼女はこのことを、いくら嘲笑しても足りないようであった。しかし、私はそんなことは、一向気にしない。どこでも 人間の欠点は現われるものだ。



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「助産婦の手記」10章『さあ、あっちへ行って仕事をなさい! ここで見物している必要はないんです! お母さんも、あんた方のために一度はこんなことがあったんですよ。行きなさい―― みんなここから! 』

2020年07月29日 | プロライフ
「助産婦の手記」

10章

紡績と織物工場の数本の煙突が、空高くそびえて、黒い煙の雲を盛んに吐き出している。あたかもそれらの煙突は、工場が拡張されたことを知っているかのように、そして自分たちも、それに対して、実際何ものかを寄与しているかのようであった。

繊維製品工場が、最近新たに付設された。いよいよ多数の労働者の群れが、かつては非常に静かだったこの村に移住して来た。近代工業のあらゆる暗い面があらわれて、私たちのかつては非常に透明だった空を暗くしていった。空には、陰気な黒雲が次から次へと作られてゆく。
これに反して、セメント工場は、ひっそりとしている。その製品は、ちっともはけ口がなかった。そして倉庫には貯蔵品がいっぱい詰っていた。とにかく、それは優れた品質のセメントではないという噂である。この村の建築業者でさえ、そのセメントは現場では使わない。この工場を建てる前に、多くの人々が、この企業に反対したため、この村では長い間、議論が戦わされた。反対論者は、埃(ほこり)がいつも立つのは、一般の健康を害すると言ったが、それは確かに誤りではなかった。その工場の周囲は、遠くまで、樹木と灌木、野原と牧場が、いつでも厚い灰色の埃の覆いで被われていた。幾人かの百姓は、よほど以前から、彼等の所有物被害の件について訴訟を起している。しかし、この件では、今日に至るまで、幾つかの家庭の間に、敵意が続いているという以上の結幕は出てはいない。今、この工場は休止している。それが再び操業を開始するかどうかは、まだ誰も知らない。人の話によると、セメント工場は、すべて合同するとのこと、そしてそのときは、全く優秀な工場だけが操業することになる、ということである。それはとにかくとして、もしこの埃工場が、その仕事を中止してくれるなら、私たちはみんな、ほんとに喜ぶことであろう。しかし、問題は、今日ではもはやそんな簡単なものではない。いま、多数の労働者が、その家族を連れてこの村に移住して来ている。彼らは今や路上に坐って、パンもなければ、またこの村でそれにありつく見込みもないのである。他の工場は、一定数の熟練した男女工をもっている。その多くの若い人たちは、当地方のあらゆる地域から出て来ている。従ってセメント工場の労働者は、大部分、どこにも避難所を探すことはできないのである。

種々の工場が建てられてから、この村には根本的な変化が起った。貧しい人々が、やって来た。彼らは、少しばかりの賃銀以外には、何も持っていなかった。この乏しい源泉が、ひとたび塞がってしまえば、彼らは全く無一物であった。彼らは、決して何ものをも蓄えることができなかった。何となれば賃銀は余りにもわずかであったから。

彼等は手から口への生活をせねばならず、 そして子供たちは、獣脂でいためた馬鈴薯や、薄いスープや、乾いたパン以外には、何も与えられることができなかった。やっと一切れの肉を料理鍋に入れるか、または自分で飼った小兎を食べるのは、彼らにとっては祭日以外にはなかった。

最初の二十年間というものは、この労働者の部落は、私にとっては、よい仕事場であった。そこヘ私はたびたび行った。もっとも支払いという点になると、時々、別問題であった。大抵の女たちは、多少の金は貯めていた。しかし、そうでないこともたびたびあった。すると彼女たちは、折り折り土曜日に二マルクずつの分割払いをした。彼女たちは、少なくとも、みんな善意をもつていた。そこで、私は、料金が全部支払われたかどうかを調べて見たことは決してなかった。むしろ私は、支払いのできない貧しい人々のところで、幼いキリストのために働いているのだと考えていた。なるほど、保健金庫は、数年前から労働者のために作られていた。しかし、お産の費用は、当時はまだそこから出してもらえなかった。それは各家庭で、工面せねばならなかった。

それにも拘らず、今日、私たちが非常にたびたび出くわすような、そんなに何もかも使い果たしてしまったような家庭は、まずなかった。大抵、世帯は非常に整頓されていた。お互いに、小さく狭くはあったが。しかし、私たちは、過ぎ去った世代の善い精神をその中に今なお認めた。女たちは世帯ということについて、なお何ものかを理解しており、そして彼女たちが持っているわずかなものを、正しく維持し管理することを心得ていた。ベッドは、たとえ青と赤の弁慶縞の布で被われ、そして繕われてはいたが、清潔で完全であった。たとえ、二三人の子供が、一つのベッドに寝ていても(一緒に寝ることは、私たちの地方では、かつては大体、普通であった)、 ベッドはよく整頓されていた。
私は、時々不思議に思った。どうしてそこの女たちが、大抵は織物工場へ行っていながら、よくこのことをやり通していたかということを。というのは、当時は、労働時間は十時間にも達していたからである。

ある水曜日の朝、私は、繊維製品工場へ呼ばれた。これは珍しいことと驚いて、私は出かけた。
大きな裁縫室の片隅に、人々が寄りたかっている。もちろん、前の方には、まだ十分に成長しない若者たちがいた。彼等は、この部屋には何の関係もなく、休憩時間に、他の職場から馳せ集って来た連中である。彼等は手をポケットにつっこんで、物珍しげな大きな目で見つめながら、傍らでクスクス笑いながら首を伸ばして見ている娘たちに向って、嘲笑的な言葉を弄していた。見ると、一人の憐れな女が、地面に横たわって、陣痛のため、身をもんでいた。機械に崩れかかって、もはや家に帰ることもできなかった。子供が、もう生れかかっていた。
  
ここに、一人の母親が身をもみながら、一つの新しい生命のために闘っている。その生命は、母親の心臓の一部分を取って、この世に生れて来るのである――それに反して、その周囲には、愚かなおしゃべりたちが、叱声を発したり、からかったりし、そしてその不純な眼には、官能的な焔が燃えかがやいているのである……しかも、そこで、そんなに恥も知らずに、ぐるりと立ち並んでいるすべての人々のためにも、かつて一度は、母親がこのように苦しみ、かつ血を流したのであった……

初めて私は、押し寄せて来る新世代に対立している自分自身を見いだした。戦慄と同時に怒りが、私をとらえた……
『馬鹿な人たち、さあ、あっちへ行って仕事をなさい! ここで見物している必要はないんです! あんた方のお母さんのことを思い出しなさい。お母さんも、あんた方のために一度はこんなことがあったんですよ。行きなさい―― みんなここから! 誰も口をあけて立っている必要はないんです!』
私は、強い一衝(つ)きをくれて、一番手近に立っている奴を後ろへ押しやった。唸りと怒声が起った――しかし人垣は、後ろへ退いた。幾たりかは、本当に恥じて立ち去った。ほかの人たちは、よほどそこに残っていたかったのであるが、今はもうあえてそうしようとはしなかった。遂に職工長と工場監督たちが私に加勢をして、その部屋から彼等を一掃してくれた。女工たちは、機械に取りかからねばならなかった。調革(ベルト)と歯車の音が、やかましく鳴った。その母親は、一言も語らなかった。お産が終ると私たちは、赤ちゃんを一枚の作業用前掛の中に包みこんだ。すでに工場災害救護班から、二人の男が担架を持って来ていたので、母子を急いでその家へ運んだ。

その憐れな女がベッドに身を横たえたかと思う間もなく、小さな足音が、階段をちょこちょこと上がって来た。五人の子供が、学校から帰って来たのだ。一番小さなのは保育園から。子供たちは、浴用の手桶の中に、お母さんが工場から連れて帰った赤ちゃんが、またもや手足を動かしているのを見たとき、少なからず驚いた。しかし、一番年上の八つになる男の子は、泣き出した。
『パンを食べるのが、また一人増えちゃったよう……』
すると、その母のこわばっていた表情もまた融けた。そして可哀想な女は、むせび泣いた。パンを食べるのがまた一人……しかも、彼女は家の中には全く一切れのパンもないのである。夫は、三週間前から失業している。セメント工場から解雇されたのだ。わずかな退職金は、もうとっくに使い果してしまった。彼等は、もはやこれ以上、身を支えることはできない。しかも、雇い主は、労働者が今後どうして生活して行けるかということについては、ちっとも心配してくれないのである。『あの人たちの鍋の中は、一杯なのです――それなのに私たちは? 三週間この方、うちの人は一銭も賃金をもらって帰りません。そこで私は立ち上って、工場にまた勤めたのです。実は、私は六週間前までは、そこで働いていたのですが、機械と取っ組んでいると、体が段々ひどく衰えるので、仕事を止めねばなりませんでした……そして今では、私も失業です……この子は、四週間も早すぎるんです……』
私が赤ちゃんをきちんと整えて母親にそれを渡したとき、子供たちはベッドに走り寄った。『また女の子なのね』と非常に優しく彼女は、その小さな子供を胸に抱いた。『お前が男の子であってくれたならねえ。もっとたやすく世を渡って行けるだろうに、可哀想な女の子……』そして母親の涙が小さいものの上に降りかかった。
子供たちの手がおどおどとこっそり、ベッドの掛蒲団の上に伸びた。『パン、お母さん。』『お父さんが帰るまで待っておいで。お父さんはきょうお城の百姓さんのところへ穀物打ちのお仕事に行ってるのだよ。だから多分パンを持って帰って下さるでしょう。ヨゼフ、お前もあすこへ行って、お父さんに女の子が生れたと言いなさい。』

失業! ――その経験のない人は、それがどんなものであるかは知らない。ところが、この村の百姓たちは、自分たちが、いかによい暮しをしているかということは全く知らない。パンは、いつでも家にある。誰もパンがなくなる心配をする必要はない。それなのに、ほかの人々は、朝、何もはいっていない戸棚の前に坐り、そして手も足もあって、働きたいのは山々なのであるが――誰も仕事を与えてくれない。子供はパンを求めて泣くが、親は彼等に何もしてやることができない。失業はしているが、乞食に出ることは恥かしい。そして、赤ちゃんは母の乳房にすがって泣く、なぜなら、その乳房からは乳が出ないから。母はまた母で、何も食べるものがない。

失業――今に冬が来たら、どうなることだろうか――あすは――あさっては。長い冷たい日々――燃やす木もなく――石炭もなく――職業もなく……
その頃というものは、私は、その前年中にお産をさせたすべての婦人たちのところへ出かけて、失業中の母親たちのために、物乞いをした。彼女たちの困窮を、これ以上、傍觀することができなかった。しかし、私も独りでは、彼女たちを助けてやることはできない。たとえ、朝、一瓶のコーヒーとパンを、そして晚にスープを持って行ってやっても――彼女たちの数は、私にとっては多すぎた。そこで、殆んどすべての婦人たちが、起ち上ってくれた。ある婦人は、一籠(かご)の馬鈴薯を送った。ヘルマンは、一瓶の豚油を。他の人々は、一塊のパン、卵、ヘット、穀粉といったような、田舎の人たちが持ちあわせているものを。最近、数年間は、貨幣は少なくなっていた。しかし、村では生活物資は高く評価されてはおらず、そして今度の場合のように、まさに何ものかが人々の心に触れるときには、彼等は喜んでこれを与えた。そして百姓たちは、次第に、失業中の家族の父親に対して、農場や田畑で日雇仕事を与えるようになって行った。今では、百姓と工場の人たちを分離していた塀が、少し打ちこわされた。なるほど、農家では、これらの日雇労務者に対し、大抵、金銭ではなく、収穫物をもって支払ったが、しかし、それは全く同じことであった。たぶん家族が空腹で苦しみさえしなければ、それでよかったのである。



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アメリカのテキサス州のジョセフ・ストリクランド司教は、今年の御聖体の祝日に生まれて最初の聖伝のミサを捧げつつ、深い感動を受けたとインタビューに答えています。

2020年07月29日 | カトリック・ニュースなど

アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

アメリカのテキサス州のジョセフ・ストリクランド司教は、今年の御聖体の祝日に生まれて最初の聖伝のミサを捧げつつ、深い感動を受けたとインタビューに答えています。

「そこには畏敬の念以外の何物もありません。ただコルポラーレ(御聖体を置く特別の聖布)の美しさと、御聖体とカリス(聖杯)がどのように扱り扱われているかには、私は…[長い沈黙]、私はほとんど聖変化の言葉を発声することができませんでした。私は感動に包まれ、その聖変化の言葉に心を打たれてしまったからです」とテキサス州タイラー司教区の司教は、Catholic Register紙の長いインタビューに答えました。

「私が司教として体験した後では、ミサの特別形式の美しさのうちに、素晴らしくも、イエズスと会いに行くように全ての人を励まさざるを得ません。」

“There’s nothing but awe. Just the beauty of the corporal and how the Host and the chalice are treated — and I have to say [long pause] I could hardly say the words of consecration because I became so filled with emotion, so deeply struck by those words,” the bishop of Tyler, Texas, told the Catholic Register’s Bree Dail in a lengthy interview.

“After what I have experienced, as bishop, I cannot help but encourage everyone towards meeting Jesus in wonder, within the beauty of the extraordinary form of the Mass,” Strickland said.

 

A US Bishop Discovers the Traditional Latin Mass

Bishop Joseph Strickland discusses what inspired him to celebrate the ...

National Catholic Register

 

 

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2020年8月2日は、聖霊降臨後第九主日(二級祝日 緑)です。聖伝のミサのラテン語と日本語・中文・韓国語の対訳のテキストをご紹介いたします

2020年07月29日 | ミサ聖祭

アヴェ・マリア・インマクラータ!
愛する兄弟姉妹の皆様、2020年8月2日は、聖霊降臨後第九主日(二級祝日 緑)です。

【ミサ聖祭】本日の<密誦>では、すべてのミサにおいてわれらの救いが新たにされていることを記憶させる。神秘的秘蹟的に新たにされるこの事実は祈りの家なる聖堂で行われる。<聖福音>は、主イエズスが、いかに熱心にこの聖所を守り給うかを教える。聖堂においては、常に信心深いうやうやしい態度を持し、世俗的なわずらいを遠ざける潜心を有しなければならぬ。

我们为得救,单独领受洗礼,仍嫌不足。人生是一个长期的试探;在这试探中,我们该显示我们的热爱与我们的忠实。在梅瑟的时代,全体的犹太人从埃及解放出来而经过红海;然而他们中凡不忠于主的,结果都死于旷野中而未到预许的福地。同样的凡放任私欲的基督徒,也必遭主摒弃,而不能进入天上的家乡(书信)。我们不该失望,也不该妄望,却要具有一种敬畏,为策动我们日益增长的信心,以依靠天主圣宠的助佑(进台咏、阿肋路亚)。天主的这个圣宠,在不断重行基督圣祭的弥撒中,我们可任意沾得。在每日弥撒中,我们汲取一种重振精神的勇力,为能坚持于试探之中,直至最后的胜利(密祷经)。今天我们该向基督呼求:望祂以极坚强而任何暴力所不能粉碎的团结,保持我们常与祂联合(领主咏);同时,望祂也保持我们已由罪恶中所提净出的灵魂,宛如献给主圣神的宫殿(福音)。

성신 강림 후 제9주일 『성전에 들어가서 거기서 매매하는 자들을…쫓아 내시며 이르시되「나의 집은 기구하는 집이라」…허나 너희는 강도의 굴을 만들었노라』(복음)예수의 눈물! 당신의 의분의 채찍질! 왜 예수께서는 아직도 우시는가? 왜 예수께서는 아직도『쫓아내셔야』하는가? 우리 가운데는 성화된 것―성세받고 그리스도화된 그들의 영혼을 더럽히는 자들이 있기 때문이다. 천주께 선택함을 받은 예루살렘이 그리스도를 배척한 것처럼.(복음) 역사의 가장 큰 교훈은 무엇인가? 그것은 인류는 그 교훈의 뜻을 보지 못한다는 사실이다. 천주를 배척하는『우상 숭배자』와, 다만『먹고 마시고 놀기』위해서 산다고 하는 유물론자에게 어떠한 일이 일어났던가를 생각해 볼 것이다. 전쟁, 병고, 기아, 억압은 그 천벌이었다.『하루에 이만 삼천명이 주었느니라』(서간경)그렇지만 우리들은 두려움 속에서 살아 가서는 안된다.『천주께서는…너희 힘에 넘치는 유감을 당하지 않게 하시느니라』천주께서는『나를 호위하시기』(층계경) 위해서 내 안에 계신다.(영성체경) 

Dominica Nona post Pentecosten 聖霊降臨後第九の主日 降临后第九主日 성신 강림 후 제9주일
II Classis 二級祝日 复式【绿】  (2급) 초록색
Ant. ad Introitum. Ps. 53, 6-7. 入祭文 詩篇  53ノ6,7 进台咏(咏53:6-7) 초입경(성영 53․6,7)
Ecce, Deus adiuvat me, et Dóminus suscéptor est ánimæ meæ : avérte mala inimícis meis, et in veritáte tua dispérde illos, protéctor meus, Dómine. 見よ、天主は私を助け給う、主は、私の霊魂の保護者なり。私の敵どもによる悪を取り除き給え。御身の真理において彼らを散らし給え、私の守護者なる主よ。 看哪!天主是我的扶持者,吾主是我生命的卫护者。主、我的保护者啊!求祢使灾祸反归我的仇敌,求祢凭祢的忠信消灭他们。 보라 천주는 나의 도움이시오. 주는 내 영혼의 보호자시니 나의 보호자이신 천주여 흉악을 내 원수들에게 돌이키시며 또한 네 진실하심을 인하여 저들을 격멸하소서. 
Ps. ibid., 3. 詩篇53ノ3 咏53:3 (성영 53․3) 
Deus, in nómine tuo salvum me fac : et in virtúte tua libera me. 天主よ、御名において、私を救い給え、御力によって私を解放し給え。 天主啊!求祢因祢的名拯救我,凭祢的威能解救我。 천주여 네 이름을 인하여 나를 해방하소서. 
V/.Glória Patri. V/. 願わくは、聖父と・・・(栄誦) 关荣归于父……。 영광이 부와 자와... 
Ecce, Deus adiuvat me, et Dóminus suscéptor est ánimæ meæ : avérte mala inimícis meis, et in veritáte tua dispérde illos, protéctor meus, Dómine. 見よ、天主は私を助け給う、主は、私の霊魂の保護者なり。私の敵どもによる悪を取り除き給え。御身の真理において彼らを散らし給え、私の守護者なる主よ。 看哪!天主是我的扶持者,吾主是我生命的卫护者。主、我的保护者啊!求祢使灾祸反归我的仇敌,求祢凭祢的忠信消灭他们。 보라 천주는 나의 도움이시오. 주는 내 영혼의 보호자시니 나의 보호자이신 천주여 흉악을 내 원수들에게 돌이키시며 또한 네 진실하심을 인하여 저들을 격멸하소서. 
Oratio. 集祷文 集祷经 축문
Páteant aures misericórdiæ tuæ, Dómine, précibus supplicántium : et, ut peténtibus desideráta concédas ; fac eos quæ tibi sunt plácita, postuláre. Per Dóminum. 主よ、御身の憐みの耳を、乞い願う者らの祈りに開き給え。主に乞う者らに、欲したものを与え給わんがために、彼らをして御身の嘉し給うことを願わしめ給え。天主として、(…)。 主,求祢开张慈耳,俯听我们恳求的祷声;并且,为能邀祢垂允我们的所求,望祢使我们单求合乎祢圣意的事。因我们主……。 주여 네 인자하신 귀를 열으사 네게 간구하는 자들의 빎을 들으소서. 너 그 기구를 들어 허락하시기 위하여 저들로 하여금 네 성의에 흡합한 바를 기도케 하시되, 네 아들 우리 주 예수․그리스도를 인하여 하소서. 저 너와 성신과... 
Léctio Epístolæ beáti Pauli Apóstoli ad Corinthios. 使徒聖パウロのコリント人への書簡の朗読。 书信 서간경
1. Cor. 10, 6-13. コリント前書  10ノ6-13 (格前10:6-13) (고린도전서 10․6-13)
Fratres : Non simus concupiscéntes malórum, sicut et illi concupiérunt. Neque idolólatræ efficiámini, sicut quidam ex ipsis : quemádmodum scriptum est : Sedit pópulus manducáre et bíbere, et surrexérunt lúdere. Neque fornicémur, sicut quidam ex ipsis fornicáti sunt, et cecidérunt una die vigínti tria mília. Neque tentémus Christum, sicut quidam eórum tentavérunt, et a serpéntibus periérunt. Neque murmuravéritis, sicut quidam eórum murmuravérunt, et periérunt ab exterminatóre. Hæc autem ómnia in figúra contingébant illis : scripta sunt autem ad correptiónem nostram, in quos fines sæculórum devenérunt. Itaque qui se exístimat stare, vídeat ne cadat. Tentátio vos non apprehéndat, nisi humána : fidélis autem Deus est, qui non patiétur vos tentári supra id, quod potéstis, sed fáciet étiam cum tentatióne provéntum, ut póssitis sustinére. 兄弟たちよ、これらのことは、私たちへの戒めとして起こったのであって、かれらがむさぼったように、私たちが悪をむさぼることをしないためである。あなたたちは、かれらのうちのある人のような偶像崇拝者になるな。「民はすわって飲食し、立ってたわむれた」とかきしるされている。私たちは、かれらのうちのある人々が淫行したように、淫行にふけるな。かれらは、一日で二万三千人死んだ。私たちは、かれらのうちのある人々がこころみたように、主をこころみるな。かれらは蛇に亡ぼされた。あなたたちは、かれらのうちのある人々がいったように不平をいうな。かれらは亡ぼすものによって亡ぼされた。かれらに起ったこれらのことは前兆であって、かきしるされたのは、世の末にあった私たちへの戒めのためであった。したがって、立っているとみずからおもう人は、倒れないように注意せよ。あなたたちは、人の力をこえる試みにはあわなかった。天主は真実であるから、あなたたちの力以上の試みにはおあわせにならない。あなたたちが試みに耐え、それにうちかつ方法を、ともに備えてくださるであろう。 弟兄们:我们不要贪恋恶事,如同我们的祖先一样。我们不要崇拜偶像,如同他们中间的几个人一样,就如经上所记载的:“民众坐下吃喝,起来嬉戏。”我们不要淫乱,如同他们中间的几个人一样,他们犯了奸淫,在一天内就死了二万三千人。我们也不可试探基督,如同他们中间的几个人一样,试探了主被蛇咬死。你们也不可抱怨,就如他们中间的几个人一样,抱怨了主被歼灭的天使歼灭了。这些事实都是我们的前鉴,他们记载在圣经中,为了警戒我们这些生于时代结束阶段的人。所以,以为自己站稳的人要小心,免得跌倒。愿除了不超越人的力量的诱惑以外,你们不遇到任何诱惑。天主是忠诚的,祂决不许你们受到超过你们力量的诱惑。遇到了诱惑,祂给你们布置出路,使你们能够抵抗。 형제들아 저들이 탐함과 같이 우리는 악을 탐하지 말지니라. 또한 너희는 저들중 어떤이와 같이 사신숭배자가 되지 말지니 대저 기록하였으되 먹고 마시려고 앚았다가 장난하려고 일어났다 함과 같도다. 또 저들중에 사음을 범한자 있어 하루에 2만3천명이 죽었으니 우리는 그들과 같이 사음을 범하지 말지며 저들중에(천주를) 시험하여 배암에게 망한자 있었으니 우리는 그들과 같이 그리스도를 시험하지 말지로다. 또 저들 중에 원망하여 박멸자(撲滅者)에게 멸망한자 있었으니 너희는 그들과 같이 원망하지 말지어다. 이런 모든 일은 저들에게 전조(前兆)로 나타난 것이로되 그 기록된 바는 마지막 시대에 사는 우리들을 훈계하기 위함이로다. 그러므로 스스로 서 있다고 생각하는 자는 넘어지지 않기 위하여 조심할지니라. 너희는 인성에 합한 유감만 당할지니 천주는 성실한지라, 너희 힘에 넘치는 유감을 당할지니 천주는 성실하신지라, 너희 힘에 넘치는 유감을 당하지 않게 하시고 오히려 그를 감당케 하기 위하여 유감과 한가지로 그를 이길 방법을 주시느니라. 
Graduale. Ps. 8, 2. 昇階誦 詩篇  8ノ2 台阶咏(咏8:2) 층계경(성영 8․2)
Dómine, Dóminus noster, quam admirábile est nomen tuum in universa terra ! 主よ、我らの主よ、御身の名は全地において何と感嘆すべきであるか! 上主、我们主!祢的名在普天下何其美哉! 주 우리 주여 네 이름이 온 세상에 어떻게 기묘한고, 
V/. Quóniam eleváta est magnificéntia tua super cælos. V/. 御身の偉大さは、天の上まで高められたからなり。 祢在高天彰显了祢的庄严。 대저 네 위엄이 모든 하늘에 높으시나이다. 
Allelúia, allelúia. V/.Ps. 58, 2. アレルヤ、アレルヤ。  詩篇  58ノ2 阿肋路亚。阿肋路亚!(咏58:2) 알렐루야 알렐루야.(성영 58․2) 
Eripe me de inimícis meis, Deus meus : et ab insurgéntibus in me líbera me. Allelúia. わが天主よ、私を敵どもより私を救い出し、私に逆らい立つ人々より私を解放し給え、アレルヤ。 我的天主啊!求祢救我于仇敌;求祢救我得脱免起而攻击我的人。阿肋路亚。 우리 천주여 나를 내 원수들에게 구원하시며 나를 거슬려 일어나는 자들에게서 호위하소서. 알렐루야. 
+ Sequéntia sancti Evangélii secundum Lucam. ルカによる聖福音の続誦。 福音 복음
Luc. 19, 41-47. ルカ 19ノ41-47 (路19:41-47) (성루까 19․41-47)
In illo témpore : Cum appropinquáret Iesus Ierúsalem, videns civitátem, flevit super illam, dicens : Quia si cognovísses et tu, et quidem in hac die tua, quæ ad pacem tibi, nunc autem abscóndita sunt ab óculis tuis. Quia vénient dies in te : et circúmdabunt te inimíci tui vallo, et circúmdabunt te : et coangustábunt te úndique : et ad terram prostérnent te, et fílios tuos, qui in te sunt, et non relínquent in te lápidem super lápidem : eo quod non cognóveris tempus visitatiónis tuæ. Et ingréssus in templum, cœpit eícere vendéntes in illo et eméntes, dicens illis : Scriptum est : Quia domus mea domus oratiónis est. Vos autem fecístis illam speluncam latrónum. Et erat docens cotídie in templo. そのとき、町に近づくと、それをながめて泣かれたイエズスは、「ああ、イエルザレム、もしこの日に平和をもたらすはずのものを、おまえが知っていたら・・・。だが、不幸にも、それはおまえの目にかくされている。敵がおまえのまわりに塁を築き、とりかこみ、四方からせまり、おまえと、その内に住む人々を地にたおし、石の上に一つの石さえのこさないような、ある日が来るだろう。それは、おまえが、訪れの時を知らなかったからである」とおおせられた。それから、神殿におはいりになったイエズスは、商人をそこから追い出し、「"私の家は祈りの家である"と書かれているのに、あなたたちはそれを盗人の巣にした!」とおおせられた。こうしてイエズスは、毎日神殿で教えておられた。 那时候,耶稣走近了耶路撒冷,一望见城,就哭吊它,说:“假使你也认识了给你的平安的报告……无奈现在那些事瞒着你的眼。将有日子要临到你:你的仇敌要用土垒包围你,困住你,四面压榨你,并要把你和你里面的儿女粉碎;在你里面,一块石头不留在一块石头上。因为你没有识得眷顾你的时候。”——耶稣进了圣殿,驱逐商人,对他们说:“经上写着:‘我的殿宇应称为祈祷之殿’,而你们却把它做‘贼窝’。”一于是,耶稣天天在圣殿里教训人。 유시에 예수 예루살렘에 가까이 오사 도엇을 바라보시고 울으시며 이르시되「슬프다 네게 평화함을 주시는 사정을 너 과연 오늘이라도 깨달으면 다행하련마는 지금 다 네 눈앞에 가리웠도다. 대저 때가 장차 네게 이르매 네 원수들이 너를 에워 진을 치고 가두며 사방에로 너를 핍박하며 너와 및 네게 있는 자녀들을 따에 거꾸러치며 돌 하니이라도 돌위에 남겨두지 아니하리니」이는 다 너를 돌아보시는 때를 깨닫지 아니함이니라 하시고 성전에 들어가사 거기서 매매하는 자들을 비로서 쫓아내시며 이르시되「나의 집은 기구하는 집이라. 기록하였거든 너희는 강도의 굴을 만들었도다」하시고 날마다 성전에서 교훈하시더라. 
Credo 信経 信经 신경
Ant. ad Offertorium. Ps. 18, 9, 10, 11 et 12. 奉献文 詩篇  18ノ9-12 奉献咏(咏18:9-12) 제헌경(성영 18․9-12)
Iustítiæ Dómini rectæ, lætificántes corda, et iudícia eius dulcióra super mel et favum : nam et servus tuus custódit ea. 主の正しい正義は心を喜ばせ、主の裁きは蜂蜜やハニーコム(蜂の巣)よりも甘い。御身の下僕もこれらを守る。 上主的命令是正直的,能快乐人的心胸。祂的判断比蜜甘美,比蜂巢滴下的汁更香甜。我主啊!祢的仆人把那些细心恪守。 주의 의덕은 옳은지라, 마음을 기쁘게 하며 저의 도리는 꿀과 꿀송이 보다 달으니 대저 네 종이 그를 지키는도다. 
Secreta. 密誦 密祷经 묵념  축문
Concéde nobis, quǽsumus, Dómine, hæc digne frequentáre mystéria : quia, quóties huius hóstiæ commemorátio celebrátur, opus nostræ redemptiónis exercétur. Per Dóminum. 主よ、願わくは、われらに、ふさわしく、しばしばこの秘蹟を受けさせ給え。このいけにえの記念が祝われる度ごとに、われらの贖いの御業が果たされるが故なり。天主として、(…)。 主,求祢使我们常能适当地参与神圣的奥迹:因为每次举行基督大祭的纪念,就是在我们身上实行救赎的工作。因我们主……。 주여 이 희생을 기념할 때마다 우리 구속의 사업을 행케 되오니 이 비사를 항상 합당히 거행하게 하시되, 네 아들 우리 주 예수․그리스도를 인하여 하소서. 저 너와 성신과... 
Praefatio de sanctissima Trinitate ; 序誦 三位一体と主日との序誦 天主圣三的颂谢引 성삼감사경
Vere dignum et iustum est, æquum et salutáre, nos tibi semper et ubíque grátias ágere : Dómine, sancte Pater, omnípotens ætérne Deus : Qui cum Unigénito Fílio tuo et Spíritu Sancto unus es Deus, unus es Dóminus : non in uníus singularitáte persónæ, sed in uníus Trinitáte substántiæ. Quod enim de tua glória, revelánte te, crédimus, hoc de Fílio tuo, hoc de Spíritu Sancto, sine discretióne sentímus. Ut, in confessióne veræ sempiternǽque Deitátis, et in persónis propríetas, et in esséntia únitas, et in maiestáte adorétur æquálitas. Quam laudant Angeli atque Archángeli, Chérubim quoque ac Séraphim, qui non cessant clamáre cotídie, una voce dicéntes : Sanctus… 主よ、聖なる父よ、全能永遠の天主よ、われらが御身に、いつもどこにても感謝を捧げるのは、実にふさわしく正しいこと、義務と救いである。御身は、御独り子と聖霊と共に、唯一の天主、唯一の主にて在す。すなわち、御身は、一の位格の単一にて在すのではなく、唯一の実体(substantia)の三位にて在す。御身の御光栄について、御身が啓示するがゆえに、われらが信じ奉ることを、聖子について、聖霊について、差別なく、われらは信じ奉る。真の永遠の天主の本性を告白するにおいて、位格における固有性が礼拝され、本質(essentia)における唯一性と、御稜威における等しさも礼拝されるためである。これを、天使らと大天使らは、智天使も熾天使も、讃美し、絶え間なく声を上げ、日々声をあわせてこう言う。聖なるかな、… 主,圣父,全能永生的天主!我们时时处处颂谢祢,实是正义而必须的,属于我们天职的,也属我们得救的。祢与祢的独子及圣神,只是一个天主,只是一个主;不是因为位是单独一个,却是因为三位同具一个性体。的确,我们所怎样依照祢的启示,相信祢享的光荣,我们无区别地也同样确认祢的圣子,也同样确认圣神共享这个光荣。因此,我们在明认圣三真实而永在的天主性上,同时论位,我们敬拜圣三的各一,论体,我们敬拜圣三的无二,论尊荣,我们敬拜圣三的均等。这圣三的尊荣,是天神们和总领天神们,普知天神们和炽爱天神们,所虔诚歌颂的;他们日复一日,永不停止同声高呼说:圣、圣、圣…… 주여, 성부여, 전능하시고 영원하신 천주여, 우리가 어디서나 항상 주께 감사하는 것이 참으로 당연하고 옳으며, 지당하고 구령에 유익하나이다. 주는 외아들과 성신과 더불어 오직 한분의 천주시요, 오직 한분의 주이시되, 한 위가 아니시고, 한 체로서 세 위시니이다. 주의 계시로 우리가 주의 영광에 대하여 믿는 바를, 성자와 성신에 대하여서도 조금도 다름이 없이 믿나이다. 그리하여 우리는 참되시고 영원하신 천주성을 찬미함에 있어, 위로서는 각 품이시요, 체로서는 하나이시요, 지존하시기는 같으심을 찬송하나이다. 천신들과 대천신들 및 케루빔과 세라핌이 이를 찬양하며, 날마다 간단없이 제창하나이다. 거룩하시다, 거룩하시다, 만군의 천주이신 주는 거룩하시나이다. 하늘과 땅에 주의 영광이 가득하나이다. 천상에 좌정하신이여 호산나, 주의 이름으로 오시는 이는 찬미받아지이다. 천상에 좌정하신이여 호산나.
Ant. ad Communionem. Ioann. 6, 57. 聖体拝領誦  ヨハネ  6ノ57 领主咏(若6:57) 영성체경(성요왕 6․57)
Qui mandúcat meam carnem et bibit meum sánguinem, in me manet et ego in eo, dicit Dóminus. 私の肉を食し、私の血を飲む者は、私にとどまり、私もまた彼に留まる、と主は言い給う。 主说:“谁吃我的肉,喝我的血,他在我内,我在他内。” 주 가라사대 내 산을 먹고 내 피를 마시는 자는 내게 거하고 나도 저에게 거하노라 하시니라. 
Postcommunio. 聖体拝領後の祈 领后经 영성체 후 축문
Tui nobis, quǽsumus, Dómine, commúnio sacraménti, et purificatiónem cónferat, et tríbuat unitátem. Per Dóminum. 主よ、願わくは、御身の秘蹟の拝領が、われらに、浄めを与え、一致を授与せんことを。天主として、(…)。 主,伏望我们所领的圣事,净化我们,并使我们精诚团结。因我们主……。 주여 비오니 우리가 네 성사와 결합함을 인하여 우리를 조찰케 하시고 또한 우리를 합일케 하시되, 네 아들 우리 주 예수 ․그리스도를 인하여 하소서. 저 너와 성신과... 

 

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黙示録的なバチカンの異常事態は、天主が好まれない3つの理由のためです。罪の償いのための国際十字軍が始動されました。

2020年07月29日 | お説教・霊的講話

アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

2020年7月26日、聖霊降臨後第八主日に東京で録画した小野田神父のメッセージをご紹介いたします。

天主を侮辱するこれらの罪の償いのため、シュナイダー司教様によって国際十字軍が始動されました。皆様、ぜひ参加してください!

ご復活祭でさえローマであっても皆のためにミサが捧げられなかったというこの黙示録的な異常事態は、御聖体に対する冒涜のための御父からの警告だとヴィガノ大司教は警告しています。

新しいミサや手による御聖体拝領を天主が好まれないと思われる理由は3つあります。
(1)手による御聖体拝領が横行しているが、これは1969年にパウロ六世が与えた特別許可にすぎない。一般規定によれば私たちは口による聖体拝領をすべきである。しかし現実には、法に反して、口による聖体拝領は事実上「禁止」され、手による聖体拝領が強制させられている。
(2)第二バチカン公会議の文書は、ラテン語とグレゴリオ聖歌を続けるべきことが言われているが、しかし現実にはラテン語やグレゴリオ聖歌の禁止や、祭壇を信徒の方に向ける、などという革命的な変化が強制させられている。
(3)聖ピオ5世の大勅令により聖伝のミサが義務となっている。パウロ六世は新しいミサを許可したに過ぎなかった。しかし現実には、法に反して、聖伝のミサが禁止され、新しいミサが強制させられている。

シュナイダー司教様は、天主を侮辱するこれらの罪の償いのため、ファチマの天使の祈りを祈ることを呼び掛けておられます。

Bp. Schneider: Join me in crusade of reparation for sins against Jesus in Holy Eucharist

 

Bp. Schneider: Join me in crusade of reparation for sins against Jesus in Holy Eucharist

In the current so-called COVID-19 Pandemic Emergency, horrible abuses ...

LifeSiteNews

 

 

聖ピオ十世会では聖伝のミサの後の感謝の祈りとしてファチマの天使の祈りを唱え続けます - Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

アヴェ・マリア・インマクラータ!愛する兄弟姉妹の皆様、恵みにあふれた2017年もあと一日を残すところとなりました。いかがお過ごしでしょうか。...

聖ピオ十世会では聖伝のミサの後の感謝の祈りとしてファチマの天使の祈りを唱え続けます - Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

 

 

 

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2020年7月26日は、聖霊降臨後第八主日(二級祝日 緑)です。聖伝のミサのラテン語と日本語・中文・韓国語の対訳のテキストをご紹介いたします

2020年07月28日 | ミサ聖祭

アヴェ・マリア・インマクラータ!
愛する兄弟姉妹の皆様、2020年7月26日は、聖霊降臨後第八主日(二級祝日 緑)でした。

【ミサ聖祭】聖霊と聖寵とによって、われらは、霊的に復活して天主の子となった。しかしわれらは未だに、たえず悪の方へとさそわれている。故に、天主の恩寵にしたがって生きるためには、たえずキリストによりたのまねばならぬ。主日ごとに信者が教会に集まるのは、より一層天主のあわれみをうけるためである。

我们藉着圣洗而成了天主的子女,向天上永生的道路行进。当我们生活于此下土之时,我们当该奋斗,为制服那在我们心中常冲动着罪恶的倾向(书信)。我们必须不断向基督求援,为能度圣化而对天主绝对孝爱的生活。为这个缘故,我们每周该凭藉结合于祂的圣祭,来恢复我们的勇力。祂赐给我们自己的圣神,指导我们,并使我们常以天主子女孝爱的精神,运用思想和进行活动(书信)。注福音:人们的救恩是比任何世俗事物更为重要的。吾主固然申斥不忠的管家,为达到他的目的,用了不义的方法,却也向祂的门徒指示,叫他们为获得救恩,也该具有同样的奋勉,同样的警惕与同样的机智,一如世俗之子为获得现世的钱财,而用了他们的机智一样。

성신 강림 후 제 8 주일 『어떤 부자 사람이 마름을 두었더니 이 마름이 마치 그 재물을 허비한 줄로 주인에게 고한바 된지라. 이에 저를 불러 이르되「너를 대하여 들리는 말이 웬일이냐? 네 보살피는 일을 셈바치라…이후는 마름 노릇을 하지 못하리라』(복음) 우리는 천주의 자녀로서 성부의 『재물』(복음)에 손을 대고 있다. 영세의 효험으로 말미암아『우리는(모두) 천주께 성부여!』라고 부르게 된다. 이 이상 우리는『육신에게 빚진 자』가 되어 우리 생명을 끊지 말고,『천주의 의자…그리스도의 공동 상속자』가 되어 우리의 생명을 연장할 것이다.(서간경) 구속사업을 함에 있어 성부께서는 우리를 인간적 사물과 천주성총을 관계하는『마름』으로 임명하시어 그것들을 날용하지 않고 선용하도록 안배하셨다. 초입경은, 지금 우리가『자비』를 받고 있지만 훗날에는『심판』대에 서야 할 것을 환기시킨다. 이 복음 이야기의 뜻은 이러하다. 천주의 자녀인 너희들은『조심스럽게 행동하며』영원한 친구가 되도록 물질적 보물을 사용하며, 영신적 및 육신적인 자선사업에 너의 재능을 발휘하라. 네가 도와서 구해준 사람들은 너를 구해내기 위하여 힘 쓸 것이다. 

Dominica Octava post Pentecosten 聖霊降臨後第8主日 降临后第八主日 성신 강림 후 제 8 주일 
II Classis (ante CR 1960 : semiduplex) 二級祝日 复式【绿】  (2급) 초록색
Ant. ad Introitum. Ps. 47, 10-11. 入祭文  詩篇 47ノ10-11 进台咏(咏47:10,11) 초입경(성영 47․10:11)
Suscépimus, Deus, misericórdiam tuam in médio templi tui : secúndum nomen tuum, Deus, ita et laus tua in fines terræ : iustítia plena est déxtera tua. 天主よ、御身の神殿の中において、われらは御あわれみを受けた。天主よ、御名に従い、そのように御身の称賛も地の果てにまで。正義に満ちるは、御身の右手である。 天主啊!我们在祢的殿中,默念祢的仁慈。天主啊!祢受的称赞,正如祢的名,直到地级:祢的右手充满正义。 천주여 우리가 네 성전 가운데서 네 자비를 받았나이다. 천주여 네 이름같이 네 영광도 세상끝까지 이르고 네 오른 손에는 의덕이 가득하나이다.
Ps. ibid., 2. 詩篇 47ノ2 进台咏(咏47:2) (성영 47․2) 
Magnus Dóminus, et laudábilis nimis : in civitate Dei nostri, in monte sancto eius. 主は偉大であり、あまりにも称賛される方なり:我らの天主の町、その聖なる山において。 上主至尊至大,在祂的圣城中、在祂的圣山上,应受绝大的赞美。 주는 크시니 천주의 도시와 저의 성산에서 지극한 찬미를 받으심이 마땅하시도다. 
V/.Glória Patri. V/. 願わくは、聖父と・・・(栄誦) 光荣归于父……。 영광이 부와 자와... 
Suscépimus, Deus, misericórdiam tuam in médio templi tui : secúndum nomen tuum, Deus, ita et laus tua in fines terræ : iustítia plena est déxtera tua. 天主よ、御身の神殿の中において、われらは御あわれみを受けた。天主よ、御名に従い、そのように御身の称賛も地の果てにまで。正義に満ちるは、御身の右手である。 天主啊!我们在祢的殿中,默念祢的仁慈。天主啊!祢受的称赞,正如祢的名,直到地级:祢的右手充满正义。 천주여 우리가 네 성전 가운데서 네 자비를 받았나이다. 천주여 네 이름같이 네 영광도 세상끝까지 이르고 네 오른 손에는 의덕이 가득하나이다.
Oratio. 集禱文 集祷经 축문
Largíre nobis, quǽsumus,Dómine, semper spíritum cogitándi quæ recta sunt, propítius et agéndi : ut, qui sine te esse non póssumus, secúndum te vívere valeámus. Per Dóminum. 主よ、願わくは、正しいことどもを考えかつ行う霊を常に我らに憐れみ深く与え給え。そは、御者なくしては、存在しえないわれらが、御身に従って生きるためなり。天主として、(…)。 主,求祢恩赐我们,能在祢的默感下常想正理,常行正道;我们既非祢而不能存在,望祢使我们能循着祢的圣意而生活。因我们主……。 주여 비오니 옳은 것을 항상 생각하며, 행할 은혜를 인자로이 우리에게 베푸소서. 대저 너 없이는 우리가 존재치도 못하오리니 우리로 하여금 오직 네 성의를 준행하기로 살게 하시되, 네 아들 우리 주 예수․그리스도를 인하여 하소서. 저 너와 성신과... 
Léctio Epístolæ beáti Pauli Apóstoli ad Romános. 使徒聖パウロの、ローマ人への書簡の朗読 书信 서간경
Rom. 8, 12-17. ローマ書 8ノ12-17 (罗8:12-17) (로마서 8․12-17)
Fratres : Debitóres sumus non carni, ut secúndum carnem vivámus. Si enim secúndum carnem vixéritis, moriémini : si autem spíritu facta carnis mortificavéritis, vivétis. Quicúmque enim spíritu Dei aguntur, ii sunt fílii Dei. Non enim accepístis spíritum servitútis íterum in timóre, sed accepístis spíritum adoptiónis filiórum, in quo clamámus : Abba (Pater). Ipse enim Spíritus testimónium reddit spirítui nostro, quod sumus fílii Dei. Si autem fílii, et herédes : herédes quidem Dei, coherédes autem Christi. 兄弟たちよ、私たちは負債をおっているが、肉にしたがって生きるための、肉に対する負債をおってはいない。あなたたちが肉にしたがって生きるなら、死に定められており、霊によって体のおこないを殺すなら、あなたたちは生きる。実に天主の霊によって導かれている全ての人、それが天主の子らである。あなたたちは、再び恐れにおちいるために、奴隷の霊を受けたのではなく、養子としての霊を受けた。これによって私たちは「アッバ、父よ」と叫ぶ。霊おんみずから、私たちの霊とともに、私たちが天主の子であることを証認してくださる。私たちが子であるのなら、世つぎでもある。キリストとともに光栄をうけるために、その苦しみをともに受けるなら、私たちは、天主の世つぎであって、キリストとともに世つぎである。 弟兄们:我们对于肉体不欠债了,不可再随从肉体而生活。如果你们随从肉体而生活,你们必定要死亡;但是如果你们随从圣神,使肉体的妄动灭亡,你们才得生活。凡受天主圣神指导的人,都是天主的子女。的确,你们并没有领受了奴隶的精神,使你们重陷于恐惧;你们所领受的是义子的精神,它使我们高呼:“阿爸!父呀!”圣神也向我们的心证明我们是天主的子女。但是如果我们是子女,也就是继承者,是天主的继承者,基督的共同继承者。 형제들아 우리는 육정에 대하여 육정을 따라 살 의무가 있는자 아니니 대저 너희가 육정을 따라 살면 죽을지나 영신으로써 육정의 행실을 누르면 이에 살리라. 대저 천주의 성신으로써 인도를 받는 자는 누구나 천주의 아들임이로다. 대저 너희는 무서움을 품는 종의 정신을 받지 아니하고 오직 천주의 의자의 정신을 받았으니 그로써 우리는 아빠 곧 성부라 부르는도다. 대저 성신이 친히 우리가 천주의 아들임을 우리 영신에 증거하시느니라. 이미 아들이면 상속자인지라, 과연 천주의 상속자며 그리스도와 공동 상속자로다. 
Graduale. Ps. 30, 3. 昇階誦 詩篇 30ノ3 台阶咏(咏30:3) 층계경(성영 30․3)
Esto mihi in Deum protectórem, et in locum refúgii, ut salvum me fácias. 我にとりて、天主なる保護者、避難所となり給え、御身が我を救わん為に。 天主啊!求祢做我避难的处所,做搭救我们的保障。 너는 내게 나를 구하시는 보호자시오 의탁소가 되시는 천주 되소서. 
V/. Ps. 70, 1. Deus, in te sperávi : Dómine, non confúndar in ætérnum. V/. 詩篇 70ノ1 天主よ、我は主によりたのみ奉る。永久に、我、恥ずることなからん。 (咏70:1)天主啊!我投靠了祢;上主啊!我必永远不蒙羞辱。 (성영 70․1)천주여 나 네게 바랐으니 주여 영원토록 부끄러움을 당하지 않으리이다. 
Allelúia, allelúia. V/.Ps. 47, 2. アレルヤ、アレルヤ。V/. 詩篇 47ノ2 阿肋路亚。阿肋路亚!(咏47:2) 알렐루야 알렐루야.(성영 47․2) 
Magnus Dóminus, et laudábilis valde, in civitáte Dei nostri, in monte sancto eius. Allelúia. 主は偉大であり、極めて称賛される方なり:我らの天主の町、その聖なる山において。アレルヤ。 上主至尊至大,在祂的圣城中、在祂的圣山上、应受绝大的赞美。阿肋路亚。 주는 크시니 천주의 도시와 저의 성산에서 지극한 찬미를 받으심이 마땅하시도다. 알렐루야. 
+ Sequéntia sancti Evangélii secúndum Lucam. ルカによる聖福音の続誦 福音 복음
Luc. 16, 1-9. ルカ  16ノ1-9 (路16:1-9) (성루까 16․1-9)
In illo témpore : Dixit Iesus discípulis suis parábolam hanc : Homo quidam erat dives, qui habébat víllicum : et hic diffamátus est apud illum, quasi dissipásset bona ipsíus. Et vocávit illum et ait illi : Quid hoc audio de te ? redde ratiónem villicatiónis tuæ : iam enim non póteris villicáre. Ait autem víllicus intra se : Quid fáciam, quia dóminus meus aufert a me villicatiónem ? fódere non váleo, mendicáre erubésco. Scio, quid fáciam, ut, cum amótus fúero a villicatióne, recípiant me in domos suas. Convocátis itaque síngulis debitóribus dómini sui, dicébat primo : Quantum debes dómino meo ? At ille dixit : Centum cados ólei. Dixítque illi : Accipe cautiónem tuam : et sede cito, scribe quinquagínta. Deínde álii dixit : Tu vero quantum debes ? Qui ait : Centum coros trítici. Ait illi : Accipe lítteras tuas, et scribe octogínta. Et laudávit dóminus víllicum iniquitátis, quia prudénter fecísset : quia fílii huius sǽculi prudentióres fíliis lucis in generatióne sua sunt. Et ego vobis dico : fácite vobis amicos de mammóna iniquitátis : ut, cum defecéritis, recípiant vos in ætérna tabernácula. そのとき、イエズスは、弟子たちにこうお話しになった、「ある金持に、一人の支配人がいた。主人の財産をつかいこんでいるという訴えがあったので、主人はかれをよび、"あなたのことについて聞いたが、あれはなんだ。会計の報告を出しなさい、もうあなたを支配人にしておくわけにはいかないから"といった。支配人は、"さて、主人が私の管理職をうばったらどうしよう。土を耕す?それもできないし、乞食する?それも恥しい。ああそうだ、どうすればよいかがわかった。管理職をやめさせられても、人々がむかえいれてくれる方法が!"と心の中でいった。それから、主人に負債のあるものを一人一人呼んだ。はじめの人に、"あなたは、私の主人にどれだけの負債がありますか?"ときくと、"油百樽です"と答えたので、支配人は、"証書をとり、腰かけて早く五十と書きなさい"と答えた。また、ほかの人に"負債はどれほどですか?"ときくと、"麦百石"と答えたので、かれは"証書をとって八十と書きなさい"といった。ところで、主人はこの不正な支配人のしたことを、巧妙なやり方としてほめた。この世の子らは、自分の仲間に対しては、光の子らよりも巧妙なものである。私はいう。不正の富で友人をつくれ。そうしておけば、金がなくなったとき、その友人か、あなたたちを永遠のすみかにむかえてくれるだろう。 那时候,耶稣给祂的门徒设了这个比喻说:“有一个富人,他有一个管家,被人在他面前告发说是浪费了他的钱财。他叫管家来,对他说:‘我听到了人家说你的话,究竟是怎么一回事?可把你所经手的交出账来吧!因为从今以后、你不能再做管家了。’管家心中思量说:‘那我怎么办呢?我的主人撤了我管家的职司了。——耕田?却没有力量;乞食?又觉得羞耻……。我晓得怎么办了!我被撤了管家的职司,总要叫人接我到他们家里去。’于是把欠他主人的债户,一个一个叫来;问第一个说:‘你欠我主人多少?’这人说:‘一百桶油。’管家说:‘拿你的债券,快坐下来写五十。’又问另一个说:‘你欠下多少?’他说‘一百石麦子。’管家的说:‘拿你的债券写下八十。’于是主人称赞这个不义的管家,说他办事精明。因为这世俗之子对于自己的同类,却比光明之子还要精明。”——“我又告诉你们:你们尽可用那不义之财,交结几位朋友吧!好到钱财无用的时候,他们接待你们到永远的帐幕(天堂)里去。” 유시에 예수 제자들에게 이 비유를 이르시되, 어떤 부자 사람이 마름을 두었더니, 이 마름이 마치 그 제물을 허비한 줄로 주인에게 고한바 된지라. 이에 저를 불러 이르되 너를 대하여 들리는 말이 웬일이냐. 너 보살피는 일을 셈바치라. 대저 이후는 마름 노릇을 하지 못하리라 하니 마름이 속으로 이르되 내 주인이 마름을 떼니 나 무엇을 할꼬. 땅을 파자 하니 힘이 없고 빌어 먹자 하니 부끄러운지라, 나 어떻게 할바를 아노니 서 내 소임이 멀어지거든 저들로 하여금 나를 제집에 대접케 하리라 하고 이에 주인에게 빚진자들을 하나씩 불러 그 첫째더러 물으되 내 주인에게 얼마나 빚졌느뇨. 저 이르되 기름 백통이로다. 저에게 이르되 네 문서를 가지고 바삐 앉아 오십통으로 쓰라 하고 그  다음에 다른이더러 이르되 너는 얼마나 빚졌느뇨. 저 이르되 밀 백섬이로라. 저에게 이르되 네 문서를 가지고 팔십섬으로 쓰라 하는지라, 주인이 그 불의한 마름의 지혜롭게 행한 것을 탄미하였으니 대저 이 세속의 아들이 빛의 아들보다 그 생애 사정에 더 지혜로움이니라. 나 너희게 이르노니 너희는 악한 재물로써 벗을 삼아 하여금 너희가 핍진할 때에 저들이 너희를 영원한 집에 영접케 하라. 
Credo 信経 信经 신경
Ant. ad Offertorium. Ps. 17, 28 et 32. 奉献文 詩篇 17ノ28, 32 奉献咏(咏17:28,32) 제헌경(성영 17․28,32)
Pópulum húmilem salvum fácies, Dómine, et óculos superbórum humiliábis : quóniam quis Deus præter te, Dómine ? 主よ、御身はへりくだる民を救い、高ぶる者の目を卑しめ給う、何故なら、主よ、御身以外の誰が天主であろうか。 上主啊!祢必解救困苦的百姓,贬抑那些目空一切的人。上主啊!除祢以外,谁是天主呢? 주여 너 겸손한 백성을 구원하시고 교만한 자들의 눈을 낮추시니 주여 너 외에 누 천주시니이까. 
Secreta. 密誦 密祷经 묵념 축문
Súscipe, quǽsumus, Dómine, múnera, quæ tibi de tua largitáte deférimus : ut hæc sacrosáncta mystéria, grátiæ tuæ operánte virtúte, et præséntis vitæ nos conversatióne sanctíficent, et ad gáudia sempitérna perdúcant. per Dóminum. 主よ、願わくは、御身の寛大さから受けたものから御身へ我らが捧げる賜物をうけいれ給え。御身の恩寵の力によりはたらく御業によって、この神聖にして犯すべからざる神秘が、現在の生活の回心により我らを聖化し、またわれらを終わりなき喜びに導き給わんことを。天主として、(…)。 主,求祢收纳我们所受自祢的厚惠而复献给祢的礼物;望此神圣的奥迹,在祢圣宠大能的作用下,帮助我们妥度圣善的生活于世,并领导我们到达永远的喜乐于天。因我们主……。 주여 비오니 너 인자로이 우리에게 내리신 이 예물을 우리가 다시 네게 봉헌하오니 이것을 받으시고 이 거룩한 비사로써 네 성총의 능력을 인하여 현세에서 우리의 생활을 거룩케 하시며 또한 우리를 영복에 인도하시되, 네 아들 우리 주 예수․그리스도를 인하여 하소서. 저 너와 성신과... 
Præfatio de sanctissima Trinitate ; 序誦 三位一体の序誦 天主圣三的颂谢引 성삼감사경
Vere dignum et iustum est, æquum et salutáre, nos tibi semper et ubíque grátias ágere : Dómine, sancte Pater, omnípotens ætérne Deus : Qui cum Unigénito Fílio tuo et Spíritu Sancto unus es Deus, unus es Dóminus : non in uníus singularitáte persónæ, sed in uníus Trinitáte substántiæ. Quod enim de tua glória, revelánte te, crédimus, hoc de Fílio tuo, hoc de Spíritu Sancto, sine discretióne sentímus. Ut, in confessióne veræ sempiternǽque Deitátis, et in persónis propríetas, et in esséntia únitas, et in maiestáte adorétur æquálitas. Quam laudant Angeli atque Archángeli, Chérubim quoque ac Séraphim, qui non cessant clamáre cotídie, una voce dicéntes : Sanctus… 主よ、聖なる父よ、全能永遠の天主よ、われらが御身に、いつもどこにても感謝を捧げるのは、実にふさわしく正しいこと、義務と救いである。御身は、御独り子と聖霊と共に、唯一の天主、唯一の主にて在す。すなわち、御身は、一の位格の単一にて在すのではなく、唯一の実体(substantia)の三位にて在す。御身の御光栄について、御身が啓示するがゆえに、われらが信じ奉ることを、聖子について、聖霊について、差別なく、われらは信じ奉る。真の永遠の天主の本性を告白するにおいて、位格における固有性が礼拝され、本質(essentia)における唯一性と、御稜威における等しさも礼拝されるためである。これを、天使らと大天使らは、智天使も熾天使も、讃美し、絶え間なく声を上げ、日々声をあわせてこう言う。聖なるかな、… 主,圣父,全能永生的天主!我们时时处处颂谢祢,实是正义而必须的,属于我们天职的,也属我们得救的。祢与祢的独子及圣神,只是一个天主,只是一个主;不是因为位是单独一个,却是因为三位同具一个性体。的确,我们所怎样依照祢的启示,相信祢享的光荣,我们无区别地也同样确认祢的圣子,也同样确认圣神共享这个光荣。因此,我们在明认圣三真实而永在的天主性上,同时论位,我们敬拜圣三的各一,论体,我们敬拜圣三的无二,论尊荣,我们敬拜圣三的均等。这圣三的尊荣,是天神们和总领天神们,普知天神们和炽爱天神们,所虔诚歌颂的;他们日复一日,永不停止同声高呼说:圣、圣、圣…… 주여, 성부여, 전능하시고 영원하신 천주여, 우리가 어디서나 항상 주께 감사하는 것이 참으로 당연하고 옳으며, 지당하고 구령에 유익하나이다. 주는 외아들과 성신과 더불어 오직 한분의 천주시요, 오직 한분의 주이시되, 한 위가 아니시고, 한 체로서 세 위시니이다. 주의 계시로 우리가 주의 영광에 대하여 믿는 바를, 성자와 성신에 대하여서도 조금도 다름이 없이 믿나이다. 그리하여 우리는 참되시고 영원하신 천주성을 찬미함에 있어, 위로서는 각 품이시요, 체로서는 하나이시요, 지존하시기는 같으심을 찬송하나이다. 천신들과 대천신들 및 케루빔과 세라핌이 이를 찬양하며, 날마다 간단없이 제창하나이다. 거룩하시다, 거룩하시다, 만군의 천주이신 주는 거룩하시나이다. 하늘과 땅에 주의 영광이 가득하나이다. 천상에 좌정하신이여 호산나, 주의 이름으로 오시는 이는 찬미받아지이다. 천상에 좌정하신이여 호산나.
Ant. ad Communionem. Ps. 33, 9. 聖体拝領誦 詩篇 33ノ9 领主咏(咏33:9) 영성체경(성영 33․9)
Gustáte et vidéte, quóniam suávis est Dóminus : beátus vir, qui sperat in eo. 主がいかに甘美であるかを、味わい且つ見よ。主によりたのむ者は幸せである。 你要尝试,要瞻望,上主是何等的和蔼。凡投奔祂的人,是有福的。 주의 달으심을 맛보아 알지니 저에게 바라는 자는 복되니라. 
Postcommunio. 聖体拝領後の祈 领后经 영성체후 축문
Sit nobis, Dómine, reparátio mentis et córporis cæléste mystérium : ut, cuius exséquimur cultum, sentiámus efféctum. Per Dóminum. 主よ、天の神秘が、われらにとって、心と体との刷新たり給え、そは、その礼拝をうやうやしく行う我らが、その効果を感じるがためなり。天主とし天主として、(…)。 主,伏望这天上的奥迹,恢复我们的神形力量,使我们感受到我们所敬行了奥迹的实效。因我们主……。

주여 이 천상 비사로써 우리 영혼 육신을 새롭게 하사 하여금 우리가 거룩한 예식으로 공경하는 성사의 효과를 항상 깨닫게 하시되, 네 아들 우리 주 예수․그리스도를 인하여 하소서. 저 너와 성신과... 

 

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御受難の時に使徒たちが一緒になってイエズス様を捨てて逃亡した罪を償う為に、ファチマの聖母は、全ての司教と合わせて、教皇様がロシアを聖母の汚れなき御心に奉献する事を要求された

2020年07月28日 | お説教・霊的講話
2020年7月18日(土)御聖体降福式にて

聖ピオ十世会司祭 トマス小野田神父

今日、洗礼を受けた方々の為にお祈り下さい。アルベルト君の為にお祈り下さい。洗礼を受けた方々が、御恵みを受けますように。

ヴィガノ大司教の為にもお祈り下さい。元アメリカ教皇大使として、色々なコネクションもあり、色々な信頼できる情報を、正確な情報を入手しての上で、そしてバチカンの内部の出来事を一番よく知っている者として、身の危険をかけて、教会の危機を何とか救おうとしています。

教会の危機をこうやって訴えるヴィガノ大司教の声を聞いて、多くの高位聖職者の方々が、特に教会を襲う危機のその本当の原因がどこにあるかを理解できますように。そして臆病にならずに、卑怯な態度を取らずに、天主に人生の最後に決算を要求される事を自覚して、自分の高位聖職者としての責任を遂行する事ができますように。

ヴィガノ大司教も言っているように、教会に対する迫害、コンスタンティノローマ皇帝がキリスト教の地位を認めて以来、決して絶えた事がなかったミサ聖祭、しかもローマにおける復活祭のミサが、歴史上初めて捧げる事ができませんでした。前代未聞、歴史を覆すような出来事でした。

これを見ても何も分からない、理解できない人がどこにいるでしょうか。

ヴィガノ大司教は、「これは御聖体に対する冒涜と、特に手による聖体拝領の罪の結果だ」と断言しています。

もうこれ以上天主への冒瀆はいらないと、天主は御自分のやり方で禁止させようとされたかのようです。

私たちも天主の御悲しみを、御聖体降福式でお慰め致しましょう。

かつてイエズス様の聖心は、聖女マルガリタ・マリア・アラコックを通して、御受難の時に、この世の君主、王位たちから受けた侮辱を償う為に、フランスの王に、彼に償いをするように、彼らに代わって、王としてイエズス・キリストを崇敬して、フランスの王国をイエズス・キリストの聖心に奉献するようにと願われました。

100年経っても、なされませんでした。フランス王家の断絶と、フランス王国の滅亡が待っていました。

イエズス様はファチマの聖母を通して、かつて御受難の時に、使徒たちが一緒になって、イエズス様を捨てて逃亡した使徒たちが、一人は金で売り払い、一人は三度否んだ、その罪を償う為に、全ての司教と教皇様が合わせて、教皇様がロシアを聖母の汚れなき御心に奉献する事を要求されました。1929年。

100年には、あと9年しか残されていません。

世界中の司教様たちが、「今、私たちの生きている時代が非常に重大である。危機の時代である」という事の自覚を持ちますように。司教様たちが、教会の聖伝の宝を捨てて逃げてしまわないように。




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本当の意味で「教皇様を愛する、教皇聖座に忠実である、カトリック教会を愛する」とは「イエズス様が作られたそのままの、聖伝の、一・聖・公・使徒継承のそのままを信じる」という事。決して変える事ではない

2020年07月28日 | お説教・霊的講話
2020年6月28日(主日)聖霊降臨後第4主日のミサ

聖ピオ十世会司祭 トマス小野田神父説教(大阪)

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

愛する兄弟の皆さん、御説教はYouTubeをご覧下さい。一言、話しをするのを許して下さい。

今日は福音で、イエズス様は聖ペトロの舟に乗られました。

ベネディクト十六世は、引退する際その直前に、「ペトロの舟は今、沈みかけている。舟のどこかしこからも水が入っている。沈没しそうだ。今このカトリック教会は、危機の状態である」と訴えました。

愛する兄弟の皆さん、是非、カトリック教会を愛して下さい。聖ペトロ、その後継者、教皇様を愛して下さい。教皇様に、聖座に本当に忠実で、これを支持して下さい。

教皇様を、教皇聖座を愛する、これを忠実に支持する、というのは、これを変える事ではありません。なぜかというと、カトリック教会は天主によって、イエズス・キリストによって立てられたものですから、これを私たちが手を触れる事はできません、私たちが改造する事はできないのです。これを怪物のようにする事はできません。頭を二つにする事はできません。手を四つにする事はできません。

もしも、天主の創ったその神秘体を変えてしまおうとなるならば、神秘体はもちろん苦しみます。舟は穴が開いてしまって、沈みかけてしまいます。

私たちが、本当の意味で、「教皇様を愛する、教皇聖座を支持する、教皇聖座に忠実である、そしてカトリック教会を愛する」というのは、「イエズス様が作られたそのままの、聖伝の、一・聖・公・使徒継承のそのままを、私たちが確実に、本当に信じる」という事です。決して変える事ではありません

そして「この教会が保たれますように、教皇様の為にたくさんお祈りをし、犠牲をする事」です。

今つい最近、元アメリカの在米教皇大使が、「今まで私たちは、騙されていた。善意に信頼してきたけれども、実は教会は今、間違った道を歩み続けている。私たちはこれを元に戻さなければならない。そうしてこそ初めて、教会の不可謬性が輝き出すだろう。教会がまたもう一度復活するだろう」と仰っている大司教様がいます。ヴィガノ大司教様ですけれども、ルフェーブル大司教様と同じ事を言っています。

私たちも、昔からの聖伝のミサ、昔ながらの使徒継承の聖伝の教え、何も変わらない秘跡、教理、教え、これをそのまま信じ続けましょう。天主様の御恵みによりて、信じ続けましょう。

そうする事によって初めて私たちは、カトリック教会に最高の奉仕と、そして愛と、忠実を見せる事ができます。教皇様に対する奉仕をする事ができます。

ですから愛する兄弟の皆さん、ぜひ聖伝のミサに与り続けて下さい。教皇様の為に祈り続けて下さい。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。




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モラルを低下させる『デモラリゼーション』(demoralization)『不安定化』工作は、KGBが驚くほどアメリカでうまくいっている

2020年07月28日 | お説教・霊的講話

アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

2020年6月28日、聖霊降臨後第四主日に東京で録画した小野田神父のメッセージの書き起こしをご紹介いたします。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

愛する兄弟の皆さん、来週の主日、7月5日は東京でミサがあります。是非このミサに、特に初土の信心をする為に来て下さい。初土で御聖体拝領を東京ではする事ができませんだけども、主日に、それに代わってミサに与って、告解をされて、それから御聖体拝領をして下さい。なぜかというと、説明します。

まず、1917年7月13日に、マリア様は子供たちに、地獄のビジョンを見せました。

その後で、秘密をこう語りました。第2の理由です。

「今、多くの霊魂たちが地獄に落ちているビジョンを見ました。彼らを救う為に天主様は、この地上に、汚れなき御心に対する信心を確立する事を望んでいます。もしもこの私の願いが聞き入れられるならば、多くの霊魂は天国に行くでしょう。」

これによって、地獄か、天国か、という事が分かります。

そしてマリア様は、ご自分の願いとは何か、という事を言います。それは、「教皇様がロシアを奉献する事」そして「初土の信心をする事。初土曜日に、罪の償いの為に御聖体を拝領する事」です。

「もしもこの願いが聞き入れられるならば、ロシアは回心するでしょう。そして世界には平和が起こるでしょう。もしもそうでないならば、ロシアはその誤謬を世界中に広げるでしょう。それから多くの人々が殉教するでしょう。良い人も殉教するでしょう。教皇様は非常に苦しむでしょう。多くの国々が無くなってしまうでしょう。」

「無くなってしまう」というのは、“anihilated”「無と化してしまう、絶滅してしまうでしょう」と仰っています。

「あぁ神父様、これはもう昔の話ではないのですか?」

そうではありません。既にレーニンはこう言っていました、「たった1世代でもいいから、その国の誇りと愛国心を、効果的に抹殺できたら、私たちはこの国に勝利した事になる。そして海外へのプロパガンダを継続しなければならない。一般庶民、そして特に将来の青年たちについての忠誠心を殺す事だ。そしてできれば、麻薬、人生に対する意味のなさ、という事を広げよう。そうしたら私たちの勝ちだ」と言っています。

そして実際に、この計画が世界中で実行されました。1983年にアメリカに亡命した元ソ連のKGBのスパイ、ユーリー・ベズメノスという人が、1984年にロサンゼルスでインタビューしています。そしてこのインタビューは今、YouTubeでも見る事ができます。


それによると、「今、ソ連のプロパガンダ作戦は非常にうまくいっている」と。「皆スパイ活動というと、ジェームズ・ボンドのようなものを想像したかもしれないけれども、そんなのはたったの15%だ。それ以外のスパイ活動は、洗脳作戦をやっているのだ。何十年もかけて、多くの人々に共産主義の考えを洗脳させる。そして士気を喪失させる。モラルを低下させる『デモラリゼーション』(demoralization)をしているのだ。そしてその段階が終わったら、次には『不安定化』(destability)、そしてそれが2・3年かかる。そしてその後には危機を、内乱を起こす。それは数週間。そしてこの内乱が起こってゴタゴタになった後で、正常化させるのだけれども、その時には新しいイデオロギーを押し付ける。そして今これが全く非常に驚くべき事に、KGBの人たちが『本当にまさか、これほどうまくいくとは』と驚くほど、アメリカでうまくいっている。」

アメリカだけではありません。それは世界中でそれが行なわれています。ですから、「共産主義はもう無くなった」などと思わないで下さい。世界中にもう一度息の根を生やして、復活して、そして世界中にその毒を広める事ができます。

シスタールチアはある時、トマス・ウォルシュという方にインタビューをされました。

「シスター、『ロシアが世界中にこの誤謬を広める』という事はどういう事でしょうか?共産主義を広めるのですか?」

「そうです。」

「世界中が共産主義に陥ってしまう事ですか?」

「そうです。」

「アメリカ合衆国もそうですか?」

「そうです。」

では、私たちはどうやったらこれをストップする事ができるでしょうか?どうやったらこのデ・モラリゼーション、モラルを低下させる事から救う事ができるでしょうか?

共産主義に対して勝つ、勝利する方法はただ一つしかありません。カトリック信仰です。マリア様の汚れなき御心に対する信心です。そうでなければ、多くの国々は無くなってしまいます。多くの血が流されてしまいます。戦争・飢饉・教会に対する迫害が起こります。もう起こっているかもしれません。

ですからこれをストップさせる為にも、多くの霊魂が救われる為に、この地上が地獄にならない為に、私たちは今、立ち上がらなければなりません。

何をするかというと、「初土曜の信心」をする事です。

ですから皆さん、御聖体拝領をする為に、償いの御聖体拝領をする為に、跪いて、敬虔深く、口で聖体拝領する為に、是非ミサに与って下さい。

この次のミサは、曙町会館であります。9時と11時と12時30分です。どうぞたくさんの方がミサに与って、世界の平和の為に、償いの聖体拝領、初土の信心をする為にいらして下さい。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

チャンネル登録をなさいますと、新しくアップされた動画の通知が届くので便利です。チャンネル登録は、ここ「SSPX JAPAN 聖ピオ十世会日本」をご覧ください。



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カトリック教会に、教皇様、司教様、司祭、修道者、そして信徒の方々を護って下さり、教会が、御聖体の柱に、マリア様の柱に、しっかりと結ばれますように。

2020年07月28日 | お説教・霊的講話
2020年6月19日(金)至聖なるイエズスの聖心の大祝日

御聖体降福式にて

聖ピオ十世会司祭 トマス小野田神父

しばらくの間、御聖体の内に真に在し給うイエズス様の聖心の御前で、礼拝と、感謝と、讃美と、罪の償い、そして私たちの必要な御恵みを乞い求めましょう。

永遠無限の、全能の天主、この全宇宙の創造主が、罪びとである私たちの為に人となり、更に死を、十字架の死を受け、私たちに命を与えようと苦しまれて、更には私たちに御自分の御体を以って養おうと、御聖体として世の終わりまで留まり給う事を欲せられた、イエズス様の永遠の果てしない憐みと愛の前で、心から、感謝と讃美を申し上げましょう。

愛して下さるこの御方が、どれほど偉大で、どれほど至福の、私たちを全く必要とされておられない方であるか。

そして愛される私たちは、無に等しい、しかも天主に背いている罪びとである、赦された罪びとである事。

このあまりにも大きな隔たりがあるにも関わらず、極みない憐みによって、私たちの方に近寄って来られ、御自分を全て与えられる、その無限の憐れみ。

私たちの想像をはるかに超える、永遠があっても感謝しきれない、讃美しきれない、この憐れみ。

私たちの今、目前に真に在し給う、イエズスの聖心。

イエズス様の無限の功徳によって、多くの主を知らない人々、罪びとが、主の元に立ち戻ってきますように。

私たちはますます、イエズス様をお愛しする事ができますように。

今、イエズス様を見失っているが為に苦しむ、全世界。

イエズス様が追放されようとしている、その代わりに、世俗の精神が侵入しつつあるカトリック教会。

それを憐み給い、教会に、カトリック教会に、教皇様、司教様、司祭、修道者、そして信徒の方々を護って下さり、教会が、御聖体の柱に、マリア様の柱に、しっかりと結ばれますように。




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信徒たちの心が砕けるように張り裂けるように傷んでいても、御聖体に対する敬意はあたかも禁止されているかのように、多くの教会、特に日本では、御聖体は軽蔑されています。愛の秘跡は、冷たくあしらわれています。

2020年07月28日 | お説教・霊的講話
「信徒たちの心が砕けるように張り裂けるように傷んでいても、御聖体に対する敬意はあたかも禁止されているかのように、多くの教会、特に日本では、御聖体は軽蔑されています。愛の秘跡は、冷たくあしらわれています。」

2020年6月11日(木)御聖体の大祝日 御聖体降福式にて

聖ピオ十世会司祭 トマス小野田神父

私たちの目には見えませんけれども、御聖体の内には、イエズス様の御体・御血・御霊魂・御神性が真に在し給います。

御聖体の内に真に在し給うイエズス様の聖心、極みないこの愛の御恵みを礼拝し、感謝し、そしてお愛し申し上げましょう。

天主はこれほど、私たちの方に近寄り、私たちの傍に留まり、私たちを慰めよう、恵みを与えよう、祝福しよう、これほどまで小さく、御謙遜に隠れてまします、この愛の天主に、感謝と、礼拝を、御捧げ致しましょう。

特に現代、御聖体は非常に不敬に、冷淡に、心なく取り扱われています。信徒たちの心が砕けるように張り裂けるように傷んでいても、御聖体に対する敬意はあたかも禁止されているかのように、多くの教会、特に日本では、御聖体は軽蔑されています。愛の秘跡は、冷たくあしらわれています。

天主様の御恵みと、マリア様の御助けによりて、少なくとも私たちは、イエズス様をますます礼拝致しましょう。

つい最近、元アメリカ教皇大使、在アメリカ教皇大使がアメリカ大統領に手紙を書きました、「今、光の子と闇の子らの、壮烈な戦いの時代である。お金の力を使って、国を背後から支配しようとする闇の国家、奥底の黒幕の国家があって、少数であるけれども、自分たちの持っている力を使って、世界を支配しようとしている」と、警告を出しました。

御聖体に在し給うイエズス様、今も、いつも、変わらないイエズス様の御憐みによって、私たちがいつも、光の子として戦いに加わり、命を大切に、真の信仰、真の天主への信仰、カトリック教会のその教えをいつも守ることができますように。

「ロシアが誤謬を広め、教会に対する迫害や、飢饉、飢え、戦争を引き起こす」と、マリア様は警告しています。
「無くなってしまう国々がある」と、警告しています。

イエズス様の憐れみを、祝福を、乞い願いましょう。



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「助産婦の手記」9章 『お医者さんへ使いをやりましたか。奥さんは死にますよ!』

2020年07月28日 | プロライフ
「助産婦の手記」

9章

二十四時間も私はウンテルワイレルの百姓のお上さんのそばに坐っていたが、お産はまだいつ終るとも見えなかった。陣痛は、来たかと思うとまた去った――そして、その憐れな女を非常にゆすぶり動かしたので、彼女は踏みにじられた虫のように、のたくり廻った。しかし、分娩はまだ始まらなかった。嵐は、まだ最後を目ざして力を集中することなしに、いつも衰えた。

心配と、募る苦痛と苦悶との中にあること二十四時間――二十四時間というものは、長い長い時間である。もし人が、長い、暗い一夜を、苦痛のため、のたくり廻ったとしたならば、最後にやっと夜が明けそめて、日光がさして来るときには、いかに息を吹きかえすことであろうか。 朝の活動の潮が、少しばかり寄せて来る。人々の往来がはじまる。彼等は、よく時々、非常に詰らないことを話していることもある――しかし、それでもそれは一つの変化であり、気分転換になる。それに反して、夕方が近づいて来て、眼に見るものとては、ただ夜ばかりということになるとどうであろうか――あの長い、暗い、苦痛に満ちた夜……

このような二十四時間というものは、この世において限りもなく長いものである。母親でなくともその傍らで眠らずに待ち受け、希望し、かつ心配し、そして彼女に対してほんとに全く何の助けもなし得ない者にとっても、また同様である。

繰返し繰返し陣痛が、その憐れな女をゆすぶった。それなのに分娩は、まだ始まらない。
『お百姓さん、まだお医者さんを呼びにやらないのですか? 奥さんは、少し様子が変ですよ!』もう私は、とっくにお昼頃に、 その百姓にウイリ先生のところに使いをやるように頼んで置いたのであった。ところが彼は、お八つに来たとき、それをやっと思い出した。
『あっ、なに、自然は時間がかかるものさ。待っているよりほかに仕方がないさ。』 と、彼は気むずかしげに言って、中庭に出て行った。私は、彼について行った。
『ただ待っているだけでは何もできませんよ。今度は、何だか、いつものようではないと、私は気づいているんですよ。お医者さんをお呼びなさい。』
『時間は、かかるものだよ。お前さんは、家畜小屋で、もう三晚も待っていてもいいよ。お前さんたち、女というものは、全く何と騒々しいんだろう……』

夕方になった。クリスマスの頃には、夕方は余りにも早く暗くなる。病室では、ランプの光が、せわしなく油煙を立てていた。揺れ動く長い影を、壁に描いていた。雨が降りはじめ、そして風が重い水滴を窓ガラスにバラバラっと打ちつけた。外では、犬が吠えた。そして徴かな戦慄が、その家を通って行った。それは、死の陣痛であって、死神は、そのいけにえを眺めていたのだ。下女は、硬ばった眼つきで病室をのぞき込み、十字を切った。煉瓦ストーヴのそばにある革のソーファの上に、百姓はうずくまってジッと前を見つめていた。
『お医者さんへ使いをやりましたか。奥さんは死にますよ!』
『お医者さんだって、この悪い天気では断わるだろう……うるさい女だね。だが、待っておれるだろう。俺は、お金を窓から投げ捨てるために持っているわけじゃないよ。今までに、もうふんだんに金がかかっているんだ。だが、もちろん、お前さんの仕事が早くすまなくちゃ困るだろう。何かこわいことでもあるかい!』

夜が更けた。陰気な、真黒な夜だった。病室は静かだった、無気味なほど静かだった。そして今や、陣痛は衰えて、段々と短く弱くなって来た……全く無くなってしまおうとしているようであった。母親の胎內は、静かだった。もはや子供の心臓の音は聞えなかった……
そのとき、馬係りの若者が部屋にはいって来た。そこで私は、彼に呼びかけた。 『フェリックスさん、どうかお願いだから、村に走って行って、お医者さんを連れて来て下さい。子供がお腹の中で、死ぬんです、お母さんも。』
彼は、百姓の方を見た。『夜が明けるまで待っておれるだろう。今夜のことにするというと、沢山お金がかかる。自然は時間がかかるもんだよ。』 と、百姓は言って、ソーファの上に体を伸ばして鼾(いびき)をかいた。そこで馬係りの若者は、こっそり部屋から抜け出て、提燈を持って村に行った。その若者は、お上さんに対しては、その百姓よりも、もっと多くの親切心を持っていた。

こんな夜には、時間はいかに長々しく、心配に満ちたものであろうか! やっと、その下男は帰って来た。低い音で、彼は窓をたたいた。彼は、百姓の怒りをおそれて、部屋の中に、はいって来なかった。医者は、彼が村に着かないうちに、あいにく、よそへ呼ばれて行っていた。しかし、後でお宅ヘ行くでしょうと、医者の母親が言われたそうだ。

百姓のお上さんは、寝入っていた。しかし、青白い頬には、赤い斑点が現われていた。私は、体温計で測った。体温は、目立って下りはじめた。とうとう夜半すぎに、医者が見えた。
『遅すぎましたね。』と、医者は言った。『またしても半日遅すぎましたよ。』
わざと鳴らしていた百姓の喉の轟音が、停った。もし妻が死ねば、それはお前の責任だ! 殺人者だ!という考えが、彼の心にひらめいた。
『もう午前中から、私は先生をお呼びせねばならないと言い張っていたのです。どうも調子がよくないと見てとったものですから……』
もう一度、下男は村の薬局へ行かねばならなかった。彼は、できるだけ早く走った。しかし、またもや長い心配な時間が経った。あらゆる方法を尽くし、注射だの、産科鉗子や鉤(かぎ)だのを使って、長い時間をかけた後、やっと死んだ子供が母胎から取り出された。それは男の子であったが、すでに母胎の中で窒息していた。また母親にも、死体の毒がすでに感染していた。

五日後に、私たちは、その母と子を埋葬した。
その当座の日々を、その百姓は、いかに気違いのように振舞ったことか! 今や彼は、三人の子供をかかえて、自分の吝嗇(りんしょく)の果実を蔵におさめねばならなかった。老司祭は、さらに不幸が引きつづいて起らないようにするため、百姓を自殺させないように、お骨折りになった。
遅すぎた!

この初めての出來事から余り経たないうちに、私はさらに、もう一度、全く文字通りの悲劇を経験せねばならなかった。すなわち、自分自身の責任によって遅すぎたという事件である!
村はずれに、幾つかの工場がある。その近くに、労働者たちの家がある、醜い古いあばら家だ。そして、さらに森の方へかけて、工場の使用人たちが、次から次へと、小さな一戸建ての住宅を建てて移住している。もっとも、その当時は、やっと、こんな家が一軒立っていただけであった。この家には、一人の技術監督が、若い妻と住んでいた。もし正確に言おうとするなら、「ここに彼の若い妻が住んでいた」と言うべきだ。というのは、その監督は、在宅しているよりは、居酒屋か、または近くの町かにいる方が遙かに多かったからである。彼は、放蕩者というわけではなかったが、極端に意志の弱い人だった。 ほんの僅かな誘惑にも負けた――もっとも、彼は非常に才能のある男だった。もし、そうでなかったなら、彼の不しだらな生活は、もうとっくに彼の地位を失わせていたであろう。
しかし、彼は、半日怠けたところのことを、短時間のうちに 十分取りかえすことができたのであった。
もっとも、彼がそうできたのは、工場内で機械や設備と取っ組んだり、新しい考案を練る場合のことであって、生きた人間を相手にしたのでは、そうはゆかなかった。
かつて、彼は休暇に、ある山間の小さな町に逗留していたとき、今の妻を知ったのである。そして世間によくあることであるが、彼がそこにいる間は、万事うまく行った。彼女は、非常に物静かな、可愛らしい娘であって、自分が置かれた境遇に対して余りにも物柔らかに順応した。彼女が、その村はずれの家から、私たちの村にやって来たのは、稀であった。彼女は、プロテスタントであったから、日曜日には時々町の教会へ乗り物で出かけた。なぜなら、私たちの村には、カトリック教会があるだけであったから。村はずれの森の端には、彼女の家以外は、まだ一軒も立っていなかった。そこで彼女は、静かに独りで、家の周囲に色とりどりに美しく咲いている花と一緒に住んでいた。夫は、彼女をよその家庭に連れて行くような面倒なことはしなかった。恐らく、彼女がそこで、いろいろなことを経験するかも知れぬことを恐れたのであろう。そして彼女としても、自ら進んで、人と交際することはしなかった。

彼女の結婚から数ヶ月たって、その母親が一度、彼女のところへ訪ねて来た。その当時、その二人の婦人は、新妻が妊娠していることを知っておいてもらうために、私のところへもやって来た。そのとき、すでに私は、彼女の暗い眼の中には、深い悲しみが横たわっているかのように思われた。しかし、私は別に尋ねようとはしなかった。それから、数ヶ月経つうちに、私たちが、日曜日などに、ちょっとした散歩に連れ立って行くことができたときに、私は彼女を時々観察した。そのとき、彼女は赤ちゃんのために作って置いたものを私に見せた。そのよく気を配るお母さんは、疲れも知らずに、美しい小さなものを編んだり、縫ったりした。彼女は、あれこれと質問した。彼女は、旧い習慣に從って、まだ何も知らずに結婚したのであった。そして、そういうことが、かつては最高の理想とみなされていたのである。しかし、何ものかが彼女の心の中に、また眼の中に横たわっていた。 何ものかが、それは飛び出そうとはしたが、飛び出すことはできなかった。しかし、私はあえて尋ねようとはしなかった。というのは、恐らく彼女が予感もしなかったであろう事柄を、彼女の心の中に運びこむ怖れがあつたからである。

結婚してから数週間後に、その監督は、人が変ったかのように思われた。わずか数週間で、彼の以前の怠惰な生活が再びはじめられた。彼は、仕事が非常に忙しいのだと、彼女の前で偽りをいった。しかし、彼が帰宅したときの大抵の状態は、彼女にそれと気づかれずにはいなかった。彼女がいかに大きな愛情を持っていても、それは彼女をそれほど盲目にすることはできないであろう。

そうしているうちに、大体、お産の時刻を計らねばならぬほど近づいて来た。ある朝、この若い妻は、特別に具合が悪かった。そして昼食のとき、ごく微かに最初の陣痛が起った。
『今晚はどうか早く帰って来て下さいね、ヨハン。できるだけ急いで。私たちの赤ちゃんが、生れるような気がするんです。』
『もちろんだよ、マリア。仕事が片づき次第、早速ね……』
『もし、そうでなかったら、誰かをうちに寄こして下さい。もし具合がもっと悪くなって、リスベートさんを呼ばねばならぬようなことがあると、私ひとりでは困りますから……』
『お前は、何を考えているんだね。僕は、もちろん、直きに帰ってくるよ。』
『お母さんにきのう、手紙を出して下さったですか?』
『いや、そこまでは手が廻らなかった。』
『では、私が書きますから、葉書を持って行って下さらない?』
『それは止したまえ。僕が電報を打とう。お母さんは、用件をよく御存知だから、驚きはしないだろう。』
午後五時頃に、彼は工場で帰り支度をして出て行った。しかし、入口の門の前で、親友のある保険監督官と出会った。彼はちょうど、きょう、この村に着いたばかりであった。『弱ったなあ! 帰らなけりゃならないんだが……』
『三十分ぐらいは構わないだろう。初めての子は、そう速くは生れないものだよ。お互いに随分長い間、会わなかったね! それに、言おうと思っていたのだが、実はエルドマン氏も来ているのだ。そら、あのインキ塗装器具屋の彼氏だ。直きに、ここへやって来るはずだ……』
彼等は、居酒屋にはいって行き、酒を飲み、一緒に晚飯を食べた。昔の青年時代のいたずら気が目覚めた――連れ立っての冒険……自宅で苦しみ心配している憐れな妻のあることは忘れてしまった。アルコールの酔いが、いま彼が最も関心をもたねばならぬ現実の上に、ますます厚いヴェールを投げかけたのであった。――
村はずれの森の端では、これから母になろうとする妻が、夫の帰宅を待っていた。陣痛はますますひどくなった。忍び寄って来るもの――未知のものに対する恐怖は、ますます大きくなった……彼女は、あけ放たれた窓に腰をかけて、細い步道をずっと眺めやっていた。秋風が、気づかわしいほど冷やかなのに、気がつかなかった。夫は、どうしても帰って来るに違いない――どうしても。薄暗くなって、晩がやって来た――夜になってしまった。神樣、ああ神樣、あの人はいつ帰って来るのでしょう! 誰かを私のところへ送ってよこしたのでしょうか? お母さんもまた、どうして来ないのでしようか? ヨハンは、電報を打つのをまた忘れたのだろうか? いま私は全くの一人ぼっちだ。そしてあたりの恐ろしさ……彼女は頭を窓枠に置いて、胸も張り裂けるばかりに泣き出した。彼女が今までそんなに静かに胸の中に畳んでいた数ヶ月以来の苦痛と悩みとが、今や一度にほとばしり出た。彼女は、どのくらい長く待っていたのか、気がつかなかった。どこかで時計が鳴った。そして彼女は無意識に算えはじめた――十時。それなのに、夫はまだ帰って来なかった。
もう私は、誰かのところへ行かねばならない――どこかへ――もはや待ってはおれない――もうどうしても……
両足が彼女を運んで行くことは、非常な骨折りであった。苦痛に堪えかねて、彼女は地面に体を折り曲げた。そして、さらに垣根に添うて、苦労しながら進んだ――樹から樹へと――そしてとうとうまだ燈火がついている最寄りの労働者の家に辿りついた。そして彼女は、窓をたたいた。年寄りの女――母親――が燈火を手に持って戸口に出て来た。『あらまあ、監督の奥さん。どうなさったんですか……』そして彼女を内に引き入れた。部屋の中で、若い母親は崩れ落ちた。『宅の主人が帰って来ないんです……でも、私はもう待っていることができません。』
その年寄りには、子供がある。事情は、あまり尋ねなくても、よく判った。若い女をソーファに寝かせ、枕を運んで来た。そして、すでに寝ていた息子を呼び起した。『早くリスベートさんのところへ走ってお出で!』熱いお茶をわかした。優しい慰めの言葉を二つ三つ言った。直きに万事終ってしまいますよ。すると苦しみの代りに、母の喜びが来るのですよ。男っていうものは、確かにそういうものですね。いつも外に留められてばかりいて。妻がどうなっているか、知りもしない。それでも、女は子供を産まねばならぬとすると――この世には、もっとよいことが 非常に沢山あるだろうと。お婆さんは、少し冗談を言おうと試みた。

私は、呼ばれて行って見て、少なからず驚いた。熱、悪寒、陣痛……これは、一度には余り多すぎる。そこで私は、早速、お医者さんを呼びにやった。ウイレ先生が見えたが、これはどうなるのか、自分にはよく判らぬとおっしゃった。とにかく、非常に体が冷えている。それに多分、また興奮もある。その家の息子は、工場の災害救護部へ寄って来た。そして医者と若者とは、若い母を注意深く、その自宅へ運んだ。
重苦しい、心配な夜が来た。一時頃に、その夫が帰って来た。よろめき、わめきながら。彼が、私たちが彼の妻のベッドのそばに立っているのを見、そして事態が解りはじめたとき、彼は急に酔いがさめて、子供のように泣き叫び出した。そこで、ウイレ先生は、彼の襟首をつかんで、別室へ引き立てて行った。一言も言わないで。バタンと戸をしめた。『酔っぱらいの豚め……』と、先生は唸った。『ここは静かにしていなくちゃならないんですよ。』明け方に、女の子が生れて来た。しかし、お医者さんは、まだその家を辞さないうちに、すでに母親が両肺とも重い肺炎にかかっていることを確認することができた。そこで、今や本当に電報を打って姑を呼び寄せた。熱は、どんどん昇った。
そして三日目に、若い母親は死んだ。心臓がそれ以上持たなかったのだ。憐れな心臓……今までに、それが何に堪えて来なければならなかったかを、誰が推量することができようか……
夫の監督は、もはやそのベッドを離れなかった。髮をかきむしり、そして非常に優しい言葉をもって、亡き妻に向って、どうかただ一瞥を――ただ一言を――と乞い求めた。そしてあまつさえ、苦悩に満ちて祈りはじめたのであった。
遅すぎた!




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【参考資料】カルロ・ヴィガノ大司教の駐米教皇大使としてのマーチフォーライフ(ウォークフォーライフ)を励ますスピーチ(2015年)

2020年07月27日 | プロライフ
アヴェ・マリア・インマクラータ!

カルロ・ヴィガノ大司教の駐米教皇大使としてのマーチフォーライフ(ウォークフォーライフ)を励ますスピーチ(2015年)です。






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