tetujin's blog

映画の「ネタバレの場合があります。健康のため、読み過ぎにご注意ください。」

snow drop

2007-11-30 20:30:25 | プチ放浪 都会編

果たせなかった約束を果たすため、タツヤはこの海へ一人でバイクを走らせていた。海を間近にして、あんなに思っていた彼女はタツヤの心の中にもういないということに気付いた。不思議だなと思う。時の流れは人の心を変えていく。

「もう、冬が来るんだな」
タツヤはキーをオフにして、バイクを降りた。真夏には海水浴客で賑わっていた海も、今は誰もいない。もう一度、一緒にこの海に来たいと思っていた。彼女と約束した、この海に。
午後の日差しに波がきらめいて、遠くで貨物船が蜃気楼のように揺れていた。
 
「あなたは私にとって、一番そばにいてほしい人だけど、好きとか、そういう気持ちは、今はわからない」
しばらくの沈黙ののち、彼女は小さい声で言った。やっぱりそうか、と思った。いつも感じていた違和感は、これだったんだな、とタツヤは思った。一方通行ってやつ。『恋愛は掛け算である』と、誰かが言ってた。どんなに相手を思っていても、相手がゼロでは恋愛は成立しない。それでもタツヤは、一生懸命相手を思うことがいつしか彼女を振り向かせることができると信じていた。

本当に大好きで、彼女の両親にも気に入られていて、もう結婚するしかないなと思っていた。それでも別れってのは突然やってくる。約2年半ほど続いた恋愛は終わりを告げた。最後の言葉は彼女に言ってもらった。タツヤは現実を受け入れることがまだできなかったし、まだどうにかなるんじゃないかと期待もしていた。時間が解決してくれると思っていた。だから、タツヤは自分から別れの言葉は言えなかった。彼女に貸していたCDを受け取ったとき、その重さにタツヤは泣きそうになった。やっぱり別れたくない。ずっと一緒にいたいと。

『運命は不思議だね・・・』
2人でドライブするたびに聴いていた曲。街で耳にするたびに辛い気持ちになったけど、時間の経過と共に辛い思いも薄れていった。この歌の歌詞のように、錆び付いていた時間が動き出した気がした。
「好きな人ができた」と、たった一言だけ心の中で告げる。
彼女と過ごした思い出は、やさしく、そしてあたたかい、夏の終わりの太陽みたいだなと思った。
ヘルメットをかぶり、バイクにまたがるとエンジンをスタートする。次はどんな結末かわからないけど、新しい物語が始まる。

おわり。

広瀬香美「ロマンスの神様」

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