「ミルクティって日本語じゃね?」
とエドはつぶやいた。確かにそうだ。お茶の本場、英国では"tea with milk"。日本で言う”レモンティ”も、英国では"tea with lemon"。ただ、香港では"lemon tea"がカフェのメニューにあったし、"lemon coke"という得体の知れない飲み物もあったような気がする。だから、ミルクティって日本語じゃなくてアジアの共通の言い方なのかもしれない。
「それから、スターバックスにはレモンティなんてねーぞ」
とエドは主張する。
なんでなんだろう。スターバックスのコンディメントバーには無調整乳や無脂肪乳、コーヒークリームはあるが、レモン果汁は置かれていない。だから、いくつか紅茶に種類があるタゾティーを注文した場合、ティー・ウィズ・ミルクにせざるを得ないのだ。アメリカ人はレモンティを飲まないのだろうか?エドに聞くも、彼も良く知らないらしい。
彼はまたイギリスのアフタヌーン・ティーの習慣について口にした。彼がイギリス滞在中、一番印象に残ったものという。
「だから違うって。イギリスで言う“high tea”って、ハイ・ソサエティの人々の習慣じゃなくて、どちらかと言えば労働者階級の習慣なんだ。ハイ/ローの違いはテーブルの高さの違い。ハイ・ティーは労働を終えて午後5時~6時に取る食事を言うんだ。一方、ロー・ティーは午後4時か5時に始まり7時に終わる低いテーブルで取る軽い食事。上流階級の人たちって、早めの昼食と遅い夕食の間に“finger foods”って言われる間食をする習慣があるんだ」
「そうか。銀のトレイに載せたお茶とスコーンやサンドイッチをお金持ちの高慢な女性たちがダベっているのは、イギリスの映画やジョークによく出てくるけど、あれを"high tea"って言うんだと思っていた」
「あれは、アフタヌーン・ティーもしくは"low tea"と呼ばれるものなんだよ」
「ふむむむ」
ほとんどのアメリカ人が“high tea”の意味を誤解していることをぼくに指摘されエドは目を丸くした。
「もう一つ。スターバックスって生クリームがトッピングしてある飲み物が多いけど、普通、紅茶には生クリームは入れない。入れるのは牛乳。クリーム・ティーって言うけど、それはスコーンとかビスケットと一緒に出てくるジャムと生クリームのことで、お茶には普通入れないんだよ」
「そうかあ」
エドは大きくかぶりを振って、大げさに感心して見せた。
ミルクティに入れる牛乳はお茶の有効成分の吸収を阻害する。また、レモンには皮膚がんを予防する効果があり、健康にはレモンティの方が軍配が上がるのかもしれない。それでも、圧倒的にミルクティを好む人が多いのは、レモンを入れることでお茶の味がわからなくなってしまうからからなのだろう。もっとも、アメリカ人のようにミルクと砂糖を大量に入れればミルクティにしろ、お茶の香りは半減してしまうが・・・・・・。
彼が注文した「ラテのトール」。カウンターで受け取る時に、
「お客様にはエスプレッソで一番美味しい30秒のところをお入れしました!」
と店の女の子に告げられ、ぼくはそれを通訳したのだが彼は大げさに喜んで店の子に笑顔で答えていた。
彼はそのスターバックス・ラテを一口飲むと、それから、深いため息をついた。
「ねえ、どうでもいいけど、紅茶にシナモンロールを浸して食べるのみっともないからやめなよ」
「え?・・・・・・これって、アメリカ人の習慣じゃない?」
「そんなことアメリカ人はしないよ。フランス人ならするかもしれないけど」
ぼくは、紅茶に浸そうとカップの上に持っていったシナモンロールを宙に止め、そして紅茶に浸さずに口に放り込んだ。
スコーンなどを飲み物に浸すのは今年になってはじめた習慣だが、なるほど、浸さずに食べた方がおいしいかもしれないとその時ぼくは思った。隣の席で、文庫本を広げた女子大生が眉をひそめてこっちをにらんでいた。やっぱり、行儀のいいもんじゃないのだろう。
アフタヌーンティの礼儀作法に、政治の話と宗教の話はご法度というものがある。だが、これは熱心に活動をしている人がいる場合の話で、今の日本では自民党や民主党の悪口を言ったところで、ほとんどの人が賛同するから外国と違ってこれは当てはまらないかもしれない。我々はなんて不幸な国民なのだろう。
Ray Charles-Leon Russell-Willie Nelson = A Song For You