MITIS 水野通訳翻訳研究所ブログ

Mizuno Institute for Interpreting and Translation Studies

矢野龍渓『経国美談』の文体論

2006年09月07日 | 翻訳研究
矢野龍渓『経国美談』(下)(岩波文庫)後編の「自序」に「文体論」がある。

「今や我邦の文体に四種あり。曰く漢文体なり。曰く和文体なり。曰く欧文直訳体なり。曰く俗語俚言体なり。」

「四体の精華を摘撰して、各々之を妥当なる地に填用せば、天下の事物、復た将に写出し難き者あらざらんとす。」

「意に随て漢文、和文、俗語の三体を雑用する者は、已に非常の便宜あるに、今叉欧文直訳なる一種の新体を生ずるに至る。是に於てか文を屬するの便、益々加て文体叉益々変ず。若し一体を墨守する者より、之を見ば其の奇怪幻妖なる実に愕貽(正しくは貝偏ではなく目偏)すべき者多からん。」

「叉欧文直訳体は、其の語気時として梗渋なるが為に、或は文勢を損するなきにあらず。しかれども、極精極微の状況を写し、至大至細の形容を示すに於ては、他の三体に有せざる、一種の妙味を含蓄せり。(中略)欧米の進歩せる繁密の世事を叙記して、毫も遺脱なからしむる、欧米の語法文体を移し来て、之を我が時文に用るは、非常の便宜を感ずること少なからず。余は深く信ず、後来欧文直訳の文体が我が時文に侵入し来ること、益々盛なるべきを。」

これでも旧字体を使っていない分だけましなのだが、書き写すのが大変。「┐(こと)」のような「合字」もあるし。(「ども」の合字は表記のしようがなかった。なんとかならないものだろうか。)なお地の文は原文ではカタカナ。明治17年なので、『繋思談』(訳者が序文で直訳の態度を鮮明にした)より1年早い時期に、直訳体が日本語に及ぼす影響を見通しているわけで、なかなかの慧眼というべきだろう。

この折衷案に対して末松謙澄は、「それはいいが、もっと流暢円滑で一般にも分かりやすい文にすべきだ」と批判し、たとえば(1)其の審理を識別せざるもの (2)其の道理を知らざる者 (3)其のことわりをわきまへしらぬやから、のうち、円滑流暢で尤も世間に通用しやすいのは(2)だと言ったのであった。(『日本文章論』明治19年)。


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